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¶二年目 15 学年無差別剣の練習試合、前日
[¶二年目 15 学年無差別剣の練習試合、前日]
2011年2月8日 15時44分の記事



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$「アースルーリンドの騎士」


15 学年無差別剣の練習試合、前日

 ローランデは隣のアイリスを見た。
一年の彼は自分より小柄だったけれど、それでも他の一年に比べたら、明らかに背が高かった。

色白の肌に濃紺の艶やかな巻き毛が映え、奇麗な顔立ちで育ちが良さそうな気品に溢れ、時折見つめる自分に振り向いては、人懐っこい微笑を湛える。

ローランデがこっそり、顔を傾けながら囁く。
「…本当に…大丈夫だった?」
アイリスが振り向き、にっこり微笑む。
「ええ。ご心配頂き、光栄です!」

あんまりきっぱりそう言われ、ローランデはつい、アイリスの顔を伺う。
「…でも…その、私は友人にシェイルが居る。
去年私達は一年で…。
四年に王族のディアヴォロスが居たから、グーデンも無茶は慎んでたけどそれでも…シェイルは随分と、嫌な思いをした」

アイリスはそう言う、貴公子を見つめる。
気品がどの仕草からも漂い、身の内に備わっていた。

上げた顔も、その柔らかな濃い栗毛と淡い栗毛が混じる独特の美しい髪からもいい香りが漂い、触れがたい気品を醸し出していて…。

大公家の催し物で、多くの都の貴人達との交流に慣れた自分だったけれど、これ程気品溢れ崇高な若者には出会った事が無くて、アイリスは感嘆した。

その癖、見つめてくる青の瞳は柔らかな輝きを放ち、優しい。
が面を上げて前を見据えると…明日が、学年無差別剣の練習試合のためなのか、稟とした仄かな気迫が、目に見えるようだった。

つい…とても白い肌のその横顔に魅入る。
並んで歩く度触れ合う、腕の温もりを感じてなければ、彼が人間だとは信じがたい程の神聖さで、都の大貴族達の、気品はあるものの一皮剥けば我欲と自尊心の塊の、内情はそこらの農婦より余程下品な人々を思い浮かべた。

かけ離れている。
彼は…彼こそは、天上に住む人種のようだった。
アイリスは目を見張った。

その癖隣で、兄のように優しく気づかわしげな“気”で自分を優しく…とても優しく包んでくれて、アイリスは彼につい、心惹かれて度々その顔を見上げる。

「…でも、本当に大丈夫だったんです」

けれどローランデは、本当に?と言う表情で、顔を覗き込んで来る。
だからアイリスは努めて、にっこりと微笑んで返した。

横に並ぶ、ほんの少し…高い背のローランデ。
この所、毎日骨が軋むように軽い痛みを伴って背が伸びていたから、もしかして…いつか彼を簡単に追い越すかもしれない。

そんな感じはした。

だからアイリスはまだ彼より小柄で、弟扱いしてくれるこの時期を、惜しんだ。

寄り添い護るような凛々しい守護天使に、幾度も微笑みかけながら。


「アイリス!」
休憩に入ったのか、剣の講義室は皆が布で汗を拭き、群れていて、スフォルツァが駆け寄って来る。

ローランデがその背から、ふっ…と離れ、講師の姿を見つけると話しかけていた。
スフォルツァは顔を伺い詳細を訊ねたけど…アイリスは心満たされる素晴らしい気配が身から離れ、とても…残念で寒々しい気持ちに成って、講師と話すその貴人…ローランデの姿を盗み見た。

仄かな、周囲にまるで銀の輝きを纏うような彼を。

ローランデは事の仔細を簡単に話す。
講師は、微かに頷く。

茶の鼻ひげと顎鬚を上品に湛えた彼は、その厳しい細面をローランデに向ける。
「…ディアヴォロスの卒業で…心配していた事がとうとう表面化したか…」

ローランデは微かに頷く。
「マレーはディングレーが保護していて…アスランはギュンターが面倒見ています」

「ギュンター?
彼は編入したてだろう?」
ローランデは面を上げる。
「でもディングレーの助っ人に、飛び込んで行きましたよ?」

講師は
「ムゥ…」
と唸って首を傾げた。
「ディングレーと近しいのなら…警告は必要ないか…」

ローランデは講師の顔を、見上げる。
「何も知らず…グーデンと敵対してはまずいとお考えですか?」

が講師は顔を上げる。
「彼は目立つしな」

ローランデは意図を察する。
「その…つまりグーデンは己の容貌に自信を持っているから?」
講師は苦笑した。
「聞いた話では、ギュンターの顔を潰そうとした男達は皆、返り討ちに合ったそうだ」

ローランデは呆れた。
「…ではますます目の敵にされますね」
「だが大人しくしてるタマじゃなさそうだ。
早速オーガスタスと、つるんでるようだしな。

明日の試合で、君の強敵になるかもしれん」
が、言って講師はローランデを見つめる。

品格に溢れ、普段は優しげにすら見える彼が、どれ程の腕前なのかを思い出して。

「失言だ。
ディアヴォロス卒業後、君の敵になる相手は、ここには居ない」
がローランデは首を横に振る。

「去年は皆、油断してくれましたから」
講師は剣を握る時、一切の私情を捨て去るその若き剣豪を見つめた。

「アイリスが…心配です。
もし、必要なら…今夜は私の宿舎に泊まって貰って構いません」
が、講師は頷く。
「彼には大きな後ろ盾がある。
必要なら釘を刺すよう、理事に告げる事も出来る」

「ならそう、なすって下さい。
一年では背は高いとはいえ…ここは体格のいい男ばかり…。
更にアイリスは、シェイルと比べても遜色ない容貌ですから」

講師はローランデの心配に、くすり。と笑った。
「まあ…そうだろうが…」

が、剣を交え始めたアイリスが、スフォルツァ相手に少し遅れを取り…振ってくる剣を受け止めそびれ、スフォルツァが慌てて駆け寄る姿に、ローランデが心配げに視線を向ける姿を見つめ、講師は囁く。

「…ちょっと体力は心配だが、剣の腕は確かだ」

ローランデが顔を上げて講師を見つめる。
「…どころか、玄人筋だ。
余程鍛えてきている。
ただ…言ったように、突然原因不明の熱を出し、体力に問題があるそうだ。

それさえなければ…一番実力ある、アイリスと今剣を交えてるスフォルツァ相手に、見応えのある試合を披露してくれる筈だ」

「つまり…性根は武人だと?」
講師は無言で、頷いた。



 アイリスはそっ…と、身を庇うように支えるスフォルツァの向こうで、心配げな視線を投げる貴人を見つめた。

彼は微笑んで…そして一度頷くと、練習場を後にする。

アイリスは吐息混じりに、抱くように支えるスフォルツァの体から、身を起こした。

「…大丈夫なのか?」
明日は試合なのに、怪我をさせたかと、伺うスフォルツァに微笑み、何でもない。と告げる。

彼から離れ、再び剣を交えようと退けると、その手が熱を帯びて腰から離れない。

夕べもだった。
が今夜は試合前日だから、もう夜戯には付き合えない。と告げたばかり。

その手は更に熱を帯び、夕べの甘い一夜に引き戻されたように見つめてくるその瞳もが熱く潤み行き、アイリスは心の中でちっ!と舌打った。

スフォルツァは自分に夢中だし、機会あれば直ぐ抱き合いたい。と思ってる。

その気持ちは理解出来た。

12、3から年の近い父の取り巻き達とつるんでは、その旅に同行させて貰っていた。

アドルッツァが神聖神殿隊付き連隊だったから、しょっ中一緒で、冒険とスリルに満ちた愉快な旅を満喫した。

旅先では自分を大貴族だなんて誰も思ったりしないから、大公家の名の下から解放されて、本当に気軽だった。

出会いも豊富で…。
アドルッツァの知り合いで居城に泊めてもらった時、城主の娘は17で…咲き誇る花のように奇麗で、取り巻きが大勢居た。

彼女は取り巻きをやきもきさせる為に自分を贔屓にしてくれたけれど…彼女の侍女の一人と、恋に落ちた。

それでも16の彼女は透明な空気に包まれ…密やかな輝きを放ち、控え目で…夢中に成った。

彼女の事を思うと、世界は輝きに満ち…その姿を目で追い、語りかけ、振り向き微笑んでくれるだけで、心が熱く満たされた。

初めて…彼女と結ばれた後はもう…どうしようも無くて…彼女無しではいられない程の中毒患者のようで、アドルッツァに呆れられた。

姿を見つければ…彼女と満たされた時間が過ごしたくて…つい、甘えて強引に…誘った。

がある日とうとうアドルッツァに言われた。
“ここを、去るぞ”

驚きに目を見張る私に、アドルッツァは言った。
“彼女は、侍女なんだ。アイリス。
このままじゃ、暇を出される”

当然、異論を唱えた。
が…。
家族をその領主に養って貰ってる彼女を、連れ出すのは無理で…。

屋敷を去る馬上で…物陰から見送る彼女の姿に胸が、締め付けられた。
アドルッツァは憮然、とぶやく。

「お前が…悪い。
お前のはただの恋だ。

愛じゃない」

「…どう違う」

「恋は周囲が見えない。
だから…往々にして、敗れ去る運命にある。

が、恋から愛へと…その思いを変える事が出来れば、未来がある」

顔を上げると、アドルッツァは囁いた。
「愛とは…彼女だけで無く、彼女を取り巻く周囲の環境にまで、気を配れる事を指す」

アイリスは愕然とした。
確かに…彼女しか、見えてはいなかった。
彼女の、迷惑だって考えに及んだ試しも無い…。

アイリスは項垂れた。
餓鬼の恋だと、嘲笑われても無理は無かった。

旅先で幾人もの若者が、村娘に夢中な様子を見て、知っていた。
若者が彼女に逆上せ上がり、周囲にその無遠慮を咎められ若者が項垂れると…暫くの間自分も胸が、痛かった。

私もあんな、風だったのかと思い返して………。


アイリスはスフォルツァを見た。
シェイムに
『どうしてきっぱり振る親切が出来ないんです?』

そう…幾度言われても出来なかったのは、スフォルツァの輝きが自分から永久に去ったような、暗い落ち込む姿を、見たくなかったからだ。

自分のように…。

だからやんわり熱の籠るスフォルツァの手を振り解いて、剣を構える。

スフォルツァは一つ、吐息を吐きだしたが、剣を振りいれて来た。

カン…!

打ち合うと直ぐ、スフォルツァは剣を振る事に夢中になる。

真っ直ぐな気性。重い剣。
そして見据える、揺るがぬグリングレーの瞳。

その剣は激しく…が時に軽やかで巧みだった。

小技を使うかと思えば突然大技で、斬り込んで来る。
もう…彼の型は出来上がっていて…殆どの剣技を、自分のものにしていた。

がふっ…と意識が途切れると、突然自分の剣を振る相手が恋しい人だと思い出し…その揺るがぬ瞳に動揺が上り、瞳が潤み出す。

その瞳は
“自分が君としたいのは、こんな事じゃない!”

と訴えていた。

アイリスは極力気づかぬ振りをしたが、吐息が漏れそうだった。
ともかく明日。

それが終われば、演技する必要も無くなる。
相変わらず目立つマネは出来ないが。

アイリスは続けよう。と微笑み、スフォルツァの熱い視線を交わし、剣を振り続けた。




 ギュンターは激しく扉を叩く音に眉間を寄せる。
チラ…と寝台で寝入ってる、アスランを見つめ憮然と扉を開ける。

「緊急の使者だ!
直ぐこれを渡し…馬で発てと!」

『馬で、発て?』
心の中で疑問符を浮かべ、手渡された書状を開けると、叔父から緊急に薬草が必要で、それはこの都(テールズキース)にしか無いから入手次第直ぐこっちに向かえ。と書いてあった。

「マジかよ…」
教練中で大騒ぎする、恒例行事の前日だってのに。

おまけに故郷は、都(テールズキース)に隣接してる西領地(シュテインザイン)とはいえ、その最果てだ。

下手をすれば、往復に三日はかかる。
だが緊急だ。
直ぐ発って…馬を飛ばせば…。

が、夜通し駆けて手渡し、挨拶もそこそこに直ぐ戻ったとして…。

多分一睡もせず休憩も取らず走っても、自分がここ(教練)に戻った頃、行事は間違いなく終わってる。

ギュンターは吐息を吐いた。

振り向くと、アスランが目を、開けていた。
動かず、目だけをぱっちり開けて。

「心配するな。もう少し寝てろ」
アスランは頷くでも無く、そのままだった。

戸を開け、部屋を出ようとし…アスランの、不安な“気”を感じ取り、取って戻ってアスランを、シーツで包み上げて抱え上げる。

一気に引き上げられその胸に抱き寄せられて、アスランは真赤に成った。
ギュンターは
『薬が、抜けたようだな』と心の中で囁いた。

努めて優しく顔を傾けるが、目が合った途端、その茶色の瞳の愛くるしい美少年は、真っ赤になって顔を背けた。

「悪いが、急用だ。
俺は不案内だから、暫くディングレーに預けるが、迎えを寄越す」

がアスランは疑問を口にしたそうだったが、頬を赤らめたまま俯く。

返事もロクに尋ねぬまま、ギュンターはアスランを抱いた部屋を駆け出し、階段を駆け下りようとして、咄嗟に振り向く。

さっ!と身を翻し隠れる姿を目にし、ギュンターはほっとした。

自分に、報復か警告か…するつもりだった奴が留守の間アスランを見つければ、間違いなく連れ去られていた。
再びグーデンの餌食に、されていただろう。



 ディングレーはどん!と扉が音と共に揺れ、体当たったようなその衝撃に顔を、跳ね上げる。

扉を開けるとギュンターが、裸のアスランをシーツに包み、運んで来ていた。

扉を開けるなりずかずかと入り込み
「寝室はどっちだ?」

と尋ねるので、隣部屋を目で指すと、金髪の派手な美貌の男は一つ、頷いてずかずかとそっちに身を進めるから、慌てて扉を、開けてやると奴は感謝の代わりに一つ、頷いて中へと入る。

ディングレーが戸口で見ていると、ギュンターは入った部屋の豪華さに一瞬足を止め、目を見開いて周囲を見回し、が思い直して寝台にアスランを、そっと下ろす。

心配げに見つめるその黒髪の美少年を見つめ返し、そっと囁く。
「…安心な奴を寄越すから…それ迄ここに居てくれ。
いいな?」

その美貌に見つめられ、アスランはこっくり。と頷くと、ギュンターはそっ…とその顔に、被さって行く。

言って聞かせるような口づけをし、顔を離すと囁く。
「何も…心配は要らない」

ディングレーは感心した。
だってロクに話もしない相手なのに…アスランはもう、ギュンターをすっかり信頼して…頷く。

ギュンターはさっ!と顔を戸口のディングレーに向ける。

ディングレーは組んでいた腕を振り解く。

ギュンターはディングレーを真っ直ぐ見つめ、早口でつぶやいた。
「ローフィスってのが来て、シェイルに頼めと。
だが俺はシェイルを知らない。

それに…俺の部屋を奴らが見張ってたようだ」

ディングレーの、眉が寄る。
「奪還のつもりで?」
「多分な。

…俺がシェイルってのを探し、ここに連れて来るまで…悪いが、預かってくれ」

ディングレーはローフィスの意図がはっきり解った。
不器用な自分では、傷ついた繊細な少年の世話はとても無理と判断し、ギュンターにシェイルを勧めたのだと。

しかもそれは、正しい。

「…で、お前はどうした?
すごく、急いでないか?」

ギュンターに聞いてやると、ギュンターは話す間も惜しいように、戸口に歩を進めながら振り向く。

「故郷より急使だ!
誰かが急病だから、こっちでしか手に入らない薬草を手に入れて持って来いと!

俺は不案内だが、ここらでどこに行けば薬草が手に入る?」

ディングレーは吐息を吐いた。
「…何て薬草だ?」

ギュンターは慌てて、尻のポケットから、丸めた書状を引き出し、見つめる。

「…シースムーク?」

ディングレーは一つ、頷く。
「高熱の時の解熱剤だな」

言って、呼び鈴を手に、それを鳴らす。
直ぐ、隣室から侍従が顔を出す。

「シースムークをあるだけ彼に、渡してやれ」
侍従は一つ、頷きギュンターに顔を向ける。
「…少し、御待ちを」

そして直ぐに扉を閉めて、下がる。

ギュンターはディングレーに笑顔で寄って行く。
「有難い!常備してたのか?」

ディングレーはつい、医療室へ行くのが嫌で一通り揃えた。とは言えなくて俯く。

「幾ら、払えばいい?」
ギュンターに詰め寄られ尋ねられ、値段を知らない彼は頭を横に振った。
「気にするな」

が、ギュンターの瞳がきつく成る。
「そうはいくか!
薬草は高価だ。
幾ら…あんたが金持ちだろうが…簡単に譲られる金額の代物じゃない筈だ!」

が、世事に疎いディングレーは眉間を寄せる。
「助っ人に入ってくれた、俺の礼だ」

ギュンターの、眉が寄る。
「俺は礼を期待して、助っ人に入ったんじゃない!」

…とうとう、ディングレーは面倒に成って怒鳴った。
「金額なんて、知るか!
お前の必要な物を俺が持ってる!

だからそれを友達に贈るのは当然の事だ!
それとも俺を、友達と思わない気か?!」

言って、ディングレーははっ。とした。

友達。は不味かったかもしれない。
今後、事あるごとに友達面してたかられても、面倒だ。

が、ギュンターはまだ眉間を寄せていた。
「…貧乏人への施しじゃなくて?
本当に、会って間も無くのたいして知らない俺を、友達扱いする気か?」

ディングレーはむっとして言った。
「一緒に喧嘩したろう?
それ位の好意は受けたっていい筈だ」

ギュンターは即答した。
「受け取るには高価過ぎる」

「30ガリオン。
それだけ今、お持ちですか?」

侍従が戸口でそう、つぶやく。
手に、薬草を持って。

ギュンターは慌ててポケットを探り、袋の中から金貨を三枚、侍従に手渡す。
侍従はにっこり笑って、金を受け取り代わりに薬草を、差し出した。

が、ギュンターは薬草を手に、侍従に顔を寄せて小声で話す。
「…そんなに安いのか?
第一、主人は金は受け取らない。と言ってるのに、逆らって後で、ぶたれないか?」

二人はこっそりディングレーを見たが、ディングレーは眉間を思い切り深く、寄せていた。

「それ位でぶったりはしないし!
小声にする意味があるのか!

筒抜けだぞ!」

侍従はディングレーの怒鳴り声を聞いた後、ギュンターに顔を向けて囁く。
「知り合いが栽培しているので安く入手できますし、私のご主人様は、聞く耳をお持ちです」

ギュンターは安堵して頷く。
が顔を上げてディングレーに告げる。

「俺は金の貸し借りは、友達でも気をつけろと言われてる。
友情が、ぶっ壊れる要因に成るからと」

ディングレーは髪が揺れる程頷き、呻いた。
「いいから行け。
シェイルには使いを出してここに来るよう俺が伝える」

ギュンターは目を、丸くした。
「…いいのか?
何から何まで」

ディングレーは一つ、吐息を吐くと言った。
「忘れてないか?
面倒を起こしたのは、俺の兄だ。
弟として、尻ぬぐいは当然だ」

ギュンターの瞳が、尊敬で輝いた。
「…偉いな。
俺ン家でグーデンのようなマネをしたら、とっくにぼこぼこに殴られて、後始末は自分でしろ!と怒鳴られてる所だ」

このセリフに、ディングレーはどうしてギュンターが喧嘩っ早いのか、納得がいって青ざめた。



 嵐が来たようなギュンターが去ると、マレーがくすくす笑う姿を目にする。

部屋の隅の大きな椅子で、事の始終を見ていたからだった。
『可笑しいか?』
聞いて、やりたかったがマレーが無邪気に笑う姿に、ほっとする。

表情が、無かった。
人形のように。

それが、氷が溶けたように微笑む様は、ディングレーを心からほっとさせた。

「シェイルはどうせまだ、授業だ。
終わる迄ここで預かるから…話す気なら寝室へ行ってアスランと話せ」

マレーは突然、泣き顔に変わる。
俯くと、肩が震えた。

片方の拳をきつく握り…もう片手でその手を、握り込んでいる。

ディングレーは吐息を吐いた。
やっぱり…自分は不器用だ。

気を回す事が下手で、無様な事を言っちまう。

一つ、息を吸い呼び鈴を、取って鳴らす。

直ぐ、侍従が顔を出した。
「…二年の…講義室を探し…シェイルを呼んで来てくれ。
ここに来るようにと」

侍従は頷くと、部屋を出て行った。
ディングレーは扉が閉まる音がすると、そっ…とマレーの座る椅子の肘掛に腰掛け、俯くマレーを見やる。

そっ…と、震えている彼は顔を、上げるから、ディングレーはギュンターを見習って、微かに頷いて微笑んだ。

「シェイルが直来て、アスランの相手をしてくれる」

マレーは微かに頭を揺らし…寂しい笑顔を作ってみせた。

ディングレーはその笑顔に胸が痛み…眉を悲しげに、寄せた。



 正直、ドラーケンはがっかりしていた。
マレーが自分を利用した、と知って。

彼を逃がしたのは、自分だろう。
と四年のデカい猛者に胸倉掴まれた時は正直、恐怖すら感じた。

が、幸いな事にグーデンが腹を立てた相手は、ギュンターだった。
自分を揺さぶっていた猛者に、ギュンターの見張りを命じ、機会あらばアスランを取り戻せ。と命じたからだ。

が、グーデンはこうも言った。
「怪我をさせるな。
明日は恒例の試合。

自分の目を掛けているあの金髪の生意気な男とディングレーは、学年一の称号を掛けて戦う。

…ギュンターが勝てばディングレーも少しは大人しくなり、野良犬なんぞに情けをかけた自分の馬鹿さ加減を思い知るだろう…。

その後ギュンターの顔を、二目と見られぬ程に潰して、見せしめにしてやれ!」

「…けど…ボス。あいつとやるとオーガスタスが出て来る」

情けない同学年のその言葉に、グーデンはいらいらと怒鳴ってた。

「オーガスタスが殴れば私が!
奴を退学に追い込んでやるさ!」

が、四年の猛者は、本当に?と言う顔をした。

自分程度を殴ったところで、退学になんて出来ない。
王族のグーデンを殴らなければ。

そうぼやいてるのを、聞いた事があった。

けどボスは大事な顔に傷を付けたくないから、オーガスタスと正面切って相対すのは、とことん避けていた。

獲物が姿を消して皆散って行き、ドラーケンは心からほっとした。

自分としては、マレーといい思いをしたし、二年は噂の剣聖ローランデが睨みを利かし、三年はディングレー。

四年にはオーガスタス。
が一年は…せいぜいが、スフォルツァだ。

あの品と育ちのいいアイリスは病弱。
スフォルツァとて、ただのお坊ちゃんで、睨まれた所でチョロい。

明日の試合だってあんな甘っちろい面したボンボンに、負ける気はしなかった。

校門近くの草むらでサボっていたドラーケンは、が門を潜り入ってくる美少年に、身を跳ね上げた。

輝く金髪を背に垂らした、まだ入学するには小さすぎる年若い顔。

門番に身内に会いに来た。と告げ、馬を引いている。
門番は一人で来たのか?
だとか、誰なのかを訪ねていた。

がとうとう身内のその名が一年の大貴族、スフォルツァだと解ると、門番は美少年を通し、横に厩があるからそこで馬を繋ぎ、その後手前の宿舎に行って、通行人に一年のスフォルツァを呼び出して貰うように忠告していた。

その美少年が不案内のように、馬を引いてキョロキョロと厩を探していた。

金の長い髪と、育ちの良さそうな、とても整った可愛らしい顔立ちの子供で、とても目立つ美少年だった。

明るい邪気の無い青の瞳を輝かせて周囲を伺っている。

ドラーケンは内心
『極上品だ』と唾を飲んだ。



 アシュアークはもう、我慢なんて出来なかった。
相手をしてくれていたうんと年上のラウレスを振ってスフォルツァだけにしたのに…。

勿論、自分がスフォルツァに逆上せ上がったせいだったけど、スフォルツァはいつも一緒の美少女には丁重に扱うのに、自分にはぞんざい。

嫌ならこれっきりにするか?と言われ…その素晴らしい顔立ちも若者らしい初々しい逞しさにもゾッコンだったから、泣いて縋って
『そんなの絶対に嫌だ!』
と言い

『なら我慢しろ』
と言われて、いつも不満だったけど会うと…必ず抱いてくれたから、仕方なかった。

事の始まりは、祖母が亡くなって…間もなくの事だった。

父も母も馬車の事故で亡くし…出かけたきり帰って来なくて寂しくて、思いきり甘えさせてくれた祖母は病で突然倒れ…三日後に逝ってしまって、がらん。とした大きな城の中で独りぼっちで…。

寂しくて庭をさまよい歩き…。
一人の、少年に出会った。

「アシュアーク?」
名前を言われて、頷いた。

さらりと真っ直ぐな栗毛の…年上の少年で、でも背が、高かった。
「多分…俺の家に来る事になる」

「どうして?」
尋ねると
「俺の家が代々、お前ん家の、家来だったからさ!」
と言った。

僕は小さかったから、家来の意味が分からなかった。
けど、解る事もあった。

両親が死んで、今までいた家から祖母の城に移った。

今度は祖母が死んだから…。
また別の家に、行くんだと。

「僕を迎えに来たの?」

「迎えに来るのは俺の親父だ。
近くに来たから、どんな子か顔を見に寄ったんだ」

言われて、アシュアークは寂しかったから、頷いた。

…6歳の頃の話だ。

彼は時々遊びに来てくれて、そして一緒に過ごしてくれた。
年は12で、六つも年上。

色々な事を知っていて…一緒にいると、寂しさが紛れた。

でもある日、彼は顔を近づけ、口づけをし…その時はそれが何かも、解らなかった。

体を彼の手や唇であちこち弄られたし、そうすると…なんか熱くてなって変に、成った。

お尻の穴に彼の固いものを入れられた時はびっくりしたけど…。
でもそれをされると一番変で…。

度々されると、彼が来て、入れて突いて貰わないと、いられないように成っていて…。

それに、終わった後胸に、抱き締めてくれる。

祖母の柔らかな胸とは違ったけど…その、温もりが、暖かくってその時間が大好きだった。

来て、くれるのが毎度待ち遠しかった。

でもやがて彼の言うとおり、迎えが来て…。
彼の屋敷に移り住んだ。

屋敷の息子。と、彼と…もう一人、同い年の男の子を紹介された。

弟のラフォーレンは僕に付きっきりで世話をしてくれて、屋敷の案内をしてくれて、家庭教師と一緒に講義を受けたり、食事も一緒だったし、僕が嵐を怖がって以来、寝室も一緒だった。

僕が待ち焦がれた兄のミラッゼルは、一人の時必ずこっそりラフォーレンに気づかれない様腕を引いて、人差し指を唇に当て、しーっと言って温室に連れ出す。

「どうして?」
と尋ねたら、ラフォーレンに知れたらもう、会えなくなるって言われて、必死で隠した。

でもある日、僕の居なくなった姿を探してラフォーレンが温室に来て…ミラッゼルと抱き合う姿を見つけられて…ミラッゼルの、言う通りになった…。

屋敷の当主、ミラッゼルとラフォーレンの父に、きつくミラッゼルは言い含められ…屋敷から、ミラッゼルは出されて僕は…一人きりに成った。

けどもう、体が可笑しくなっても誰も、突いてはくれず、ラフォーレンにねだったけど駄目で…。

近くの村に、近隣の貴族の子はしょっ中顔を出して祭りにも大勢詰めかけ、村の中心にある屋敷は貴族の子供の、集会所に成っていて良く、ラフォーレンの目を盗んで出かけていて、ラウレスに会った。

ラウレスは二十歳を超えたうんと年上で…けど事情を察し、相手をしてくれて…。

慣れていて、とても優しかった。

けど暫くして、スフォルツァに出会った。

集会所で彼は一番の…英雄で、彼が来ると男の子達も女の子達も、一斉にスフォルツァを取り巻いた。

男の子は、高い崖から川に飛び込む事が唯一出来て、どんな時でも決して怯まず勇敢なスフォルツァを尊敬していたし、女の子達は彼がとても毛並みが良く、更にとても感じのよいハンサムで、そして粋で女の子の扱いもダンスも上手で、彼の視線が自分にどれだけ向けられるかを、毎度競ってた。

ラウレスと一緒に…抱き合う姿を偶然見つけられてからだった。

スフォルツァと目が合う。そして彼は、近づいて来て言った。

「…多分奴より、俺の方が君を満足させてやれる」
耳元で囁かれ…そして、ウィンクした。

あんまり…男らしくて爽やかで…そしてチャーミングに見えて、彼に一目惚れ。

そして…それ以来スフォルツァを追いかけ…スフォルツァは人気者で忙しくて、でも時間が出来ると抱いてくれた。

ラウレスの親切丁寧な扱いと違って…時には荒々しく激しかったけど…でも、彼に抱かれると凄くどきどきしたし、見つめられてキスされると、ぽーっと成った。

けど抱いてはくれるものの、いつも素気なくて…理由を尋ねると、言われた。

「だって相手してるのは、俺だけじゃないんだろう?」
「…スフォルツァだけにしたら…僕だけのもので居てくれる?」

けどスフォルツァの返事はこうだった。
「お前にそれが、出来るのか?
俺一人じゃ満足出来ないから…俺と付き合い出してもまだ、ラウレスと続いてるんだろう?」

アシュアークは項垂れた。

だって、言いたかった。
スフォルツァはいつも大勢取り巻きが居て、更に付き合ってる美少女もいて、都合が悪いと抱いてくれないじゃないか…。

ラフォーレンにいつも、無断で外出してほっつき歩くのを咎められたけど…。

体が、可笑しくなるせいも勿論あったけど、あの温もりが無いと、寂しくて気が、狂いそうだった。

思い出してしまうから。

馬車から身を乗り出して、手を振った両親の笑顔。

それが、最後だった。

もう、帰って来なかった。

ぽつん。と城に取り残された僕の元に来た祖母は
「まあまあ…」

そう言って抱きしめてくれて、冷えた手を、両手で握りしめ、抱き寄せてくれた。

あんまり…温かくって、涙が溢れた。

「…どうして…ゼレッタとアスミス(父母の名)は、帰って来ないの?
もう…僕が、嫌いになったの?」

祖母はうんと、困ったのだろう…。

その後、どれだけ悪さしても、咎められた事が無い。

家宝の壺を割った時ですら、駆け寄り両手を広げさせて、血の滲む手を見つめ、囁いた。

「血まみれだわ!痛くない?」

膝を付いて見上げる、優しい青の瞳。
ふくよかで柔らかな体。

必死で気遣う、暖かな温もり。
父母とは違ったけれど、大好きだった。

だけどある日…寝台に横に成ってひどい咳をしながら、彼女は言った。

「じきよ。アシュアーク。じき治って…一緒に庭でまた、お茶が楽しめるから」

けど彼女は目を閉じ…冷たくなって、結局寝台から再び起き上がる事は無かった。

一人きりで温もりが無いと、繰り返し思い出す。

口を開け目を閉じた…優しい皺を刻んだ青ざめた顔が二度と…僕に、笑いかけてくれなかった事。

だらりと垂れた手は冷たく、固くなって、二度と温かくならなかった事…。

だから、必死だった。

スフォルツァが暫く忙しいから。って駄目だと…誰か代わりを探した。

森番の若者とした時、あんまり…大きくて乱暴で、血まみれで帰って以来、ラフォーレンが仕方なしに、相手をしてくれるように成った。

ラフォーレンは嫌々だったけど…凄く優しくて、大好きだった。

けど…彼はスフォルツァを見つけると、ほっとして言う。
「彼に予定を、聞いてやるよ」

そして、スフォルツァの元へと飛んで行って、その後スフォルツァに僕を押しつけると、ラフォーレンはほっとしてた。

「ラフォーレンは僕が、嫌い?」
スフォルツァに尋ねると、スフォルツァは苦笑した。

「奴は女の子に逆上せ上がってるから…。
男の子はそれ程好きじゃないようだ」

でも分からなかった。
どうして…男の子だとダメなのか。

けど、スフォルツァが付き合ってる美少女を特別扱いしていつも丁寧なのと、男の子達が、胸が豊満な年上の女の人を見て騒ぐのを聞いて、解った。

みんな、女の人が良くって男の子は相手に、しやしないんだって…。

何人かの年上の子が、僕とスフォルツァが抱き合ってるって知っていて…練習台に、やらせろ。と言われて
「いいよ」
って言った。

けど、他の子が言った。
「スフォルツァに、怒鳴られるぜ。
彼のモノだろう?こいつ」

どうしてスフォルツァが怒鳴るのかが分からなかったけど、でもその男の子は
「そうか…」
と言って、何もしないでそれきりだった。

後でスフォルツァに聞いた。
「他の子としたら、その子にスフォルツァは怒鳴るの?」

けどスフォルツァはやっぱり苦笑して言った。
「そうじゃない。
俺とした後だと、比べられるし自信がないから、そう言って逃げたんだ」

「どうして逃げるの?」

スフォルツァは見とれる程整って男らしい顔で、言った。
「俺とだと、うんと気持ちいいんだろう?」

僕は頷く。
「…けど…気持ち良くなくても平気なのに」

スフォルツァの、眉間が寄った。
「抱いてくれるなら、誰でもいいのか?!」

僕は叫んでた。
「だってスフォルツァはずっと一緒に、居てくれない!」

駆け出そうとしたけど直ぐ腕を捕まえられて抱きしめられた時…息が止まりそうなくらいどきどきし…真剣な顔を傾けられて口づけられた時…こんな風に最高なのは、スフォルツァだけだって思った。

けど…ずっと温もりを得るには…馬車から笑顔で手を振る両親の顔と、口を開けて目を閉じる冷たい祖母の姿を思い出さずにいられる為には…贅沢なんて、言えなかったから…。

仕方なかった。

だって…させると大事に、してくれる。

そうで無い相手も勿論、居たけれど…。
それでも、抱き寄せて、突いている間は温もりを、感じていられた。

それなしでは、寂しくて居られなかった………。


それでもスフォルツァが教練に上がる頃、ラフォーレンと一緒にお前達も教練に進むから。と剣の教師を付けてくれて、その講師は最高に腕が良くて夢中で剣を振る内に…少し、落ちついた。

けどやっぱし…たまにどうしようも無く温もりが欲しく成って、スフォルツァが戻って来る日が待ちきれなくて、ラフォーレンに強請(ねだ)り…。

でも教練の様子を知ってる客人が来て、その女性は僕とスフォルツァの恋の話を尋ね、そして言われた。

「どうして、会いに行かないの?
私だったら、押しかけて行くのに」

…それが今日の、昼だった。

三点鐘には彼女は帰ったけど…。
居ても経ってもいられなかった。

だから…剣の練習の後、ヘバるラフォーレンを盗み見て、こっそり屋敷を抜け出して馬を走らせた。

同じ…都(テールズキース)だったし、馬で二時間も駆ければ着いた。

日は暮れかかっていたけれど…でも、我慢出来なかった。

押しかけさえすればきっと後の事は、スフォルツァが考えてくれる。

多分…。


「人を探してるのか?」
声を掛けられて、アシュアークは振り向く。

見ると背の高い少年が、こちらを見つめていた。
跳ねた栗毛。
グレーの瞳。

スフォルツァのような品の良さは全然無くって、けど肝が据わって強そうな感じで、アシュアークは変に

「(さすが騎士の養成校…。
教練。って、自分の腕に自信がある男の人ばっかりなんだ)」
と感心した。

「…スフォルツァを、探してるんなら案内するぜ?」
鼻の上にそばかすを散らし…けど自信に溢れたその少年の態度に、アシュアークはにっこり。と微笑んで頷いた。

馬を厩に繋いでくれて、顎で促されて横を、付いて歩く。
彼は
「こんな時間に出歩いて、家の人は何も言わないのか?」
だとか、スフォルツァとはどういった関係なのかを訪ねて来た。

だからアシュアークは
「スフォルツァは大切な人だし、家族(ラフォーレン)も解ってくれる」

と言った。

彼は「ドラーケンだ」
と自分の名を、名乗った。

連れて行かれた場所は宿舎の一室なのか、剣の練習場らしき広い場所の二階にあって…。

質素な作りで、アシュアークは首を捻った。

だってスフォルツァは召使いを続き部屋に住まわせられるから、身の回りの事は自分でしなくていいって、言ってたし

「大貴族用の特別宿舎で部屋も綺麗で広い。
田舎の宿屋より、うんとマシだ」

と言ってたのに、田舎の宿屋とここは、変わらなかった。

貴族の少年達は集まって…たまに遠出もしたから、アシュアークはまだ小さかったけど、強引にスフォルツァに付いて行った。

スフォルツァにねだったら、出先の宿屋に部屋を借りてくれて、そこでした。

皆が宿屋のある村の周囲で遊び回っていて、人目が有りすぎて場所が無かったから。

スフォルツァは質素なその部屋を珍しがる僕に、言った。
「田舎の宿屋にしては、綺麗だ」

…どのみち寝台があれば、どこだって同じだったけど。

ドラーケンに、腕を引かれ訪ねる。
「スフォルツァはどこ?」

捕まれた腕が痛い程きつく握られて、逃すまい。とするようで、アシュアークは顔を傾けた。

途端、ドラーケンの顔が被さって来る。
「…う…んっ………」

口づけられて、ちょっと驚いたけど、慣れてたから彼が自分と、したいんだと解った。

けどドラーケンが逃げないアシュアークに興奮を高め…寝台の上に口づけたまま、どさっ!と音を立ててアシュアークの背を押し倒した時、隣部屋の扉が開いた。

「…何してんだ?」

それは同じグーデン配下の二年生達で…。

二人は身の下に組み敷く金髪の育ちの良さそうな幼い美少年を見つけ、にやっ。と笑った。

ドラーケンはがっかりした。
…つまり俺達で遊ぶから、獲物を寄越せ。

と言う事だった。

仕方なしに押し倒したアシュアークから身を起こす。

アシュアークの小さな手が起き上がる自分の胸の衣服を掴み、ドラーケンの胸はちくん…。と小さく痛んだが、一つ大きなため息を吐いてその手を、解いて身を起こし、代わりに入ってくる二年の二人に猛者にその場を譲った。


アシュアークには分からなかった。

どうして彼らが縛るのか。
けどとても乱暴に腕を掴まれたし、彼らはドラーケンよりも大きくて力も強かったから、逃げ出す事も出来なかった。

第一、スフォルツァが教練に入ってから、彼は干物だった。

ラフォーレンは全然相手してくれなかったし、幾度スフォルツァの元へ飛んで行こうか。と思った程だった。

でも…縛られてると抱きつけなくて、あんまり相手の温もりを得られなくて、もがいた。

板のようなものに、貼り付けられるように縛られてもがいていると、二人は正面に立って、にゃにや笑ってる。

衣服をはだけられて体を触って来るから、つい感じて反応すると、二人はちょっと怖い感じで、けど興奮してるのが分かったから、つい「欲しい」と目で、訴えた。

けど、標本みたいに貼り付けられて、動けずじれてる自分を、見てるのが好きなのか、体を嬲る癖に全然その先を、してくれなかった。

乳首を唇に含まれ、指が深く差し込まれて弄られるともう、たまらなくて、必死で目前の二人を見つめるけど、二人は作業に夢中でちっともくれない。

「やっ…!もう………」
涙が滴りそうだった。

(このシーン、客観的に描写すると多分、凄くいやらしいでしょうが…。
アシュアーク視点だといやらしくありませんね…。
ローランデとギュンターも、ローランデ側から書くといやらしいけど、ギュンター側から書くと、いやらしくなくなります…)

でも途端に扉が開く。

人が飛んで来て、二人に怒鳴った。
「オーガスタスが、直来るぞ!」

二人は血相変えてばっ!と僕から離れる。

もう…泣いていた。
こんなにして、放っといて、逃げ出すなんて!

その人は、別の扉から逃げ出す二人に取って代わって、直ぐに縄を解いてくれた。

腕を解かれて思い切りその人にしがみついた。
…とてもしっかりした感じできっと、上級生なんだ。
と思った。

爽やかで信頼出来る雰囲気で、もうたまらなくて体をすり寄せる。

けど…その人は耳元で囁いた。
「…誰に、会いに来たって?」

仕方なしに、顔を上げて囁き返す。
「一…年の、スフォルツァ………」

その人は頷くと、手早く衣服を直し、一気に抱え上げてくれた。

その後は、丸で風のようだった。

部屋を出て暗い廊下と階段を駆け下り、もうすっかり暮れた外へと
飛び出したかと思うと、走ってる振動がとても少なくて、つい顔を見上げる。

明るい栗毛と整った美男で…。
けど、ときめくと言うよりくるまれるみたいで…。

安心して抱き留めてくれる、兄のような人だと思った。
それで仕方なく…じれる体を引っ込めて大人しく抱かれ、運ばれる。

宿舎の広い食堂みたいな所へ飛び込んだ時、人がいっぱい群れていて…カードをしたり雑談したりしていた人が一斉に、こっちを見る。

けど運んでくれる人に比べたらみんな若い顔で、きっとここが、本当の一年宿舎なんだと分かった。

その人はでも、横にある階段を駆け上って行く。
上がった直ぐの部屋は扉が無く、広いテーブルが中央を占め、壁紙も家具も手の込んだ美しい部屋で、ここが大貴族用の宿舎なんだ。と分かった。

「…スフォルツァの部屋はどこだ?!」

抱き上げてくれてる人が叫ぶと、その部屋に続く円形にぐるりと並ぶ扉の一つに手を掛け、開けてこちらを見つめてるスフォルツァの姿を見つけ、あんまり嬉しくて叫ぶ。

「スフォルツァ!」
抱いてくれていた人がスフォルツァに向き直る。

スフォルツァは、抱いている上級生で無く僕をうんとまん丸な、見開いた瞳で口を閉じたまま見つめていた。

抱いてくれていた人が告げる。
「…悪戯されてたぞ!
お前の知り合いか?!
ちゃんと校門で出迎えてやれ!

目を離すな!こんな子が一人じゃ、狼の群れの中に子羊だ!」

叫んで…怒鳴っている筈なのにどこか明るい、軽い口調で…言い諭すような響きがあって、けどとても強い言葉で…。

スフォルツァがようやく口を、開いた。
「…ラフォーレンはどうした?
本当に…一人で来たのか?」

久しぶりに見るスフォルツァはやっぱり、凄く格好良くて男らしくて綺麗で、目にした途端どきどきしたし、甘い気持ちになったからつい…言った。

「だってたったの、二点鐘だ…」
スフォルツァの、目が怖く成る。

「…まさか、ラフォーレンは知らないのか?!
抜け出して来たのか!!」

どうして怒るのか、分からなかった。
スフォルツァと会う時、不都合な時はいつだって抜け出していたのに。

「…だって…きっとラフォーレンは駄目だって言う…」
「当たり前だろう!」

スフォルツァに怒鳴られ、その人の胸の中で小さく成っていると、スフォルツァはその人の前で両腕広げ、僕を迎えてくれた。

嬉しくて顔を上げたけど、スフォルツァは抱き留めて助けて(?)くれたその人を真っ直ぐ、見つめて言った。

「すみません…。俺の落ち度です。
助けて頂いて、感謝します」

僕はつい、助けてくれた人を見上げる。
そんなに…背が凄く、高い訳でも体格が凄くいい訳でも、無かったけど…。

スフォルツァにも、分かったようだった。
その人が真剣に心配し、思いやって言ってくれてる事が。

だってスフォルツァがこんなに素直に、頭(こうべ)を垂れて謝罪する姿なんて、滅多に見た事が無かったから。

スフォルツァは胸に抱き留めてくれたけど、その胸から、怒ってる雰囲気が感じられた。

けどもう…じれた体を我慢しなくていいんだと分かったから、ついスフォルツァに、思い切りしがみついた。

「…ひどい扱いをされてる。
最悪な事はされて無いようだったが」

スフォルツァはその人の言葉に、頷く。
そしてつぶやいた。
「俺が面倒見ます」

その人は頷き、僕は舞い上がった。
僕を捕まえて縛り上げた二人に、感謝したい程だった。

だってきっとその事が無かったらもっと、スフォルツァに怒られて…もしかして、抱いてもらえずラフォーレンが迎えに来る迄ずっと、怒鳴られ続けていたかもしれない。

迎えに来たラフォーレンもきっと凄く不機嫌で…僕は抜け出して二人を怒らせただけで終わり。で、ちっとも良い事なんて、無かったかもしれない。

胸に顔をすり寄せると、それでもスフォルツァは労るように抱きしめてくれたから、一気に胸が、高鳴った。

こんな風にスフォルツァに大事にされると、胸がきゅんきゅんする。

だって誰が見てもスフォルツァは、王子様みたいだったから。

「お名前を、伺ってもいいですか?」

けどスフォルツァのその言葉に、二人が初対面だと知って、びっくりして顔を上げる。
その人は
「四年のローフィス」
と名乗った。

その人を見つめていると、彼は優しく微笑んで頷くから…。
ああきっと、この人には兄弟とか居て、いつもその人を大事に…とっても大事にしてる人なんだな。って思った。

途端…肉親の温もり。をその人から感じて、目が潤んだ。
それはだって僕にはもう、永久に無くなってしまったものだったから…。

祖母が寝台の上で、その瞳を永久に、閉じた時に。










つづく。
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 ファントレイユの教練入学でゼイブンがパニック!
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