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戦場の休日
[短編]
2010年6月21日 20時17分の記事



イラスト:一葉

「さあ……!」
 荒野に立つ少女。
「行くわよっ!」
 荒野に似つかわしくない少女の声。
 殺風景な景色と上品な少女の服。
 防寒着が荒野の風邪にはためく。
 長い髪が、彼女の背後で踊る。
 そして彼女の目の前に広がる無骨な塀と建物たち。
 それがS国の前線基地であることはこの辺りの人間であれば誰もが知っているだろう。
 町を挟んで向こう側に陣取るK国の基地との戦闘は、この町の悩みの種だ。
「絶対見つけ出して───」
 そこに向かおうという彼女は、険しい顔で基地を睨む。
 だが、その少女の険しい顔を見ても、多くの人間が微笑ましく思うことだろう。
 成長しきっていない身長。
 防寒具にもこもこと膨らんだ体。
 そんな、戦場に似つかわしくない少女。
 彼女を見て、誰が考えるだろうか。
「仕返ししてやるんだから……!」
 彼女が実は、K国基地の総司令などと。

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 彼女の祖国であるK国はS国と多くの国境線で戦争中である。
 ここはその一つ。
 国境にある小さな町の利権をめぐっての戦闘が繰り広げられている。
 だが、この町を手にすることで何か両国に利益になることはあまりない。
 だから、ここはそれほど重要視されていない前線の一つになっている。
 そこに指令として派遣されたのが彼女だ。
 名前はミリィノヴ=マリュ=コノダフ。
 本当なもっとかなり長い名前らしいが、彼女ですら覚えてない。
 とにかく名門コノダフ家の令嬢だ。
 彼女は普段、ミリィと呼ばれている。
 その呼ばれ方を彼女も気に入っている。
 そんな彼女が何故、こんなところで総司令などをしているのか。
 K国という国はとても古臭いところがあり、戦場の責任者は高貴な出でなければならないという暗黙の決まりがある。
 だが、S国との戦争がいたるところで行われている今では、そもそもの高貴な武官どころか、爵位を持つシビリアンですら不足している。
 そこで彼女のような少女が指令として立つことになってしまった。
 だが、それは彼女にとって望むところだった。
 元が元気ではねっかえりだった彼女は、自分も戦場で戦いたいと思っていたからだ。
 だが、それは世間知らずのお嬢様のこと。
 就任早々、張り切って自ら討って出て、返り討ちに遭い、危うく彼女自身が戦死しそうになるほどの危険な目に遭った。
 それ以来、自ら基地を出ることがなくなった。
 彼女にとって、本物の戦場はとても怖い場所になった。
 だが。
 それでも彼女は彼女だった。
 自分の軍を倒し、自分自身を殺しかけた男が許せなかった。
 悔しくて仕方がなかった。
 だから、こうして、S国の基地へと向かっているのだ。
 ただ、仕返しをするために。


☆ ★ ☆


「ちょっと待て」
 彼女が声をかけられたのは、S国基地の入口ゲートだった。
「何よ。後にして。私は忙しいんだから」
 そのまま素通りしようとする彼女を、声をかけた男が止める。
「忙しいのは分かるが、一応俺の仕事もさせてくれ。あんたはどこの誰で、この基地に何の用だ?」
 門番の男が、厳しくそう彼女に問う。
 もちろん門番としては当然の行為だ。
 軍服を着ていない彼女は、普通の少女にしか見えない。
「どこの誰なんてどうでもいいでしょ。たかが門番のくせに。それより聞きたいことがあるんだけど」
 彼女の上からの物言いに門番が若干押される。
 ここがS国の基地である以上、S国の色々な人間が出入りする。
 中には高貴な人間もいるかもしれない。
 当然、いつ誰が通るかは、特に高貴な人間なら、予め知らされているものだ。
 だが、高貴な人間というのはいつでも気分屋だ。
 何かの拍子にアポイントメントなしに訪れることもあるかもしれない。
「何だ……ですか?」
「この基地に、金髪で、仕官服を着た、若くて目の鋭い男がいるでしょ?」
「仕官で、若くて……それは、リョウシュン中尉のことですか?」
 門番は思い出すように言う。
「この基地には仕官も数人しかいませんが、その特徴に当てはまるとなると、指令官のリョウシュン中尉ではないかと」
「リョウシュン中尉?」
「この基地の責任者ですが」
 門番が説明する。
 ちなみに彼女には准将という階級が与えられており、中尉よりは遥かに上の階級である。
 だが、彼女はそもそも階級をよく知らないので、それが自分より上かどうかも分からない。
「そう。で、どこにいるの?」
 相変わらずの高飛車な態度でミリィが聞く。
「あの、指令棟に通常はいらっしゃいますが、今日はどうでしょう」
「分かったわ。ありがとう」
 そう言って、通り過ぎようとするミリィを門番が止める。
「ちょっと待ってくださいよ、お嬢さん」
「何よ! こっちは忙しいって言ったでしょ! 聴こえなかったの?」
 彼女はイライラと門番を振り返る。
「いえ、ここを通るなら、お名前を言っていただかないと」
「あーもう、うるさいわね! 私はミリィノヴ=マリュ=コノダフ。コノダフ家の長女よ! これでいいでしょ?」
 怒鳴るような声でミリィが言う。
「あ、はい。分かりました。ミリィノヴ様で、コノダフ家の……って、K国の名家じゃないか!」
 彼女の態度に、礼をして見送ろうとした門番だが、突然声を荒げた。
「K国の令嬢がこの基地に何の用だ!」
 門番は微妙に距離を取りながら、ミリィに怒鳴る。
 何しろ、敵国の人間が堂々と門からやってきたのだ、
 何らかの強力な武器、あるいはデススイッチ(スイッチボタンを押して、離した瞬間爆発する仕組みになっており、このボタンを押した状態で敵地に乗り込むと、死んで指が弛緩した瞬間に爆発する)などを持っていてもおかしくないのだ。
 特に大き目のショルダーバッグの中が怪しい。
「どうなんだ!」
 門番は更に怒鳴る。
「別にどうでもいいでしょ。今日はクリスマス休戦だからいいじゃないの!」
 ミリィは平然と言い放つ。
 クリスマス休戦。
 今日は確かにクリスマスだ。
 そして、S国とK国の協定により、本日は一切の戦闘、諜報、作戦行為を行わないことになっている。
 もちろんあくまで戦争を一日だけ休むだけの話であって、敵味方が手に手を取って歌い、騒ぐわけではない。
「クリスマス休戦だからこそ、この侵入は協定違反だろう!」
 門番の言い分は極めて正しい。
 そもそも今日は敵が来ないからこそ、門番が彼一人しかいないのだ。
 そこに敵国の人間が訪れたのだ。
 それこそ協定違反の行為と看做されても仕方がない。
「あーもう、そんなことどうでもいいのっ!」

たたたた……

 相手するのに飽きた彼女は門番を置いて、基地の奥へと走り出した。
「ま、待てっ!」
 門番は途中まで追うが、そうすることで門に誰もいなくなってしまう。
 彼女がおとりで、門番がいなくなった瞬間に本隊が駆けつけないとも限らない。
「くっ!」
 門番は引き返し、通信機を握る。
「敵国の女が第二ゲートより侵入。至急捕獲を! 特徴は───」
 彼の通信により、基地内が一気に緊張したのは言うまでもない。


☆ ★ ☆


「間違えたわ」
 小さな声で言う。
 とりあえず門番が言った方にあった建物に入ってみた。
 だが、そこは司令棟ではなかった。
 どう見ても食堂だった。
「そもそも、指令棟が門の近くにあるわけがないじゃないの!」
 あくまで小さな声で、ミリィが悪態をつく。
 食堂の入口通路に身を隠す彼女。
 いや、隠しているつもりの、と言うべきだろうか。
 誰かが通りかかったら、すぐに見つかることだろう。
 幸い、食事時でない今は食堂を訪れる人間はほとんどいない。
「まったく、クリスマス休戦なのに、基地に入っちゃ駄目だなんて、S国は何考えてるのかしら! 指令が悪いのよ、指令が!」
 責任を転嫁して怒るミリィ。
 実は彼女の基地も厳重に警戒されているが、彼女がそれを知らないだけだった。
 一度危険な目に遭って以来、作戦などのほとんどは幹部の人間に任せっきりにしてある。
「捕まったら、どうなるのかなあ……」
 食堂の外が慌しくなって来た。
 彼女を探す兵が辺りを走り回っているのだろう。
 何しろここは敵国の基地の中だ。
 彼女は殺されても仕方がない。
 クリスマス休戦などと安心して来たものの、そんな単純なものではなかった。
 結局彼女は世間知らずのお嬢様であり、その事をこの戦地に来て何度も思い知らされた。
 一度目は、就任してすぐのことだったか。
 彼女は張り切って自軍を作戦もなしに進行させ、自らも中心となって敵基地へと向かった。
 そして、敵軍にあっさり蹴散らされ、敗走した。
 逃げ遅れた彼女は敵軍の先頭に迫られた。
 その時だ。
 彼が来たのは。
 K国の兵を蹴散らして一直線に自分へと向かってくる男。
 ヘルメットを落としたのか、最初からしてなかったのか、迷彩ヘルメットの中でひときわ目立つ金髪。
 明らかに他の兵と異なる軍服には、勲章が煌く。
 無骨な男たちの中でその鋭い眼と、端正な顔がこちらを向いている。
 どう見てもこんな最前線で戦うための人間ではない。
 後方で指揮を担当するはずの人間が、目の前で、誰よりも早く、彼女の元にたどり着いた。
「え……?」
 状況のあまりの速さに、彼女は何が起こったのかすら分からないままに、彼に銃を突きつけられていた。
「動くな!」
 言われるまでもなく、彼女は動けなかった。
 息すらも止まってしまった。
 心臓だけが高鳴り、生存を主張している。
 向けられた銃口。
 彼が指をほんの少し動かせば、彼女はその短い人生を終えることになる。
「……子供?」
 碧く鋭い眼光が少し細くなる。
 それはほんの一瞬のことだっただろう。
「引くぞ!」
 男が銃を別の方向に向けると、そう言った。
 敵兵は、その言葉とともに、攻撃しつつ撤退する。
「K国の指令はシビリアン貴族と聞き、人質に取ろうと思ったが───」
 身動き一つ出来ない彼女の目の前。
「やれやれ、女子供を人質にとる趣味はない」
 男が、ため息とともに彼女を見る。
 鋭い眼が彼女を捕らえる。
 この男は自分をいとも簡単に殺すことが出来た。
 誘拐して、幽閉することが出来た。
「さらばだ。これに懲りたら二度と戦場に出てこないことだ」
 だが、何もせず、引き換えしていった。
 兵として、軍人として彼女を見ていなかったのだろう。
 軍人しか殺さない、だから軍人でないと分かっているK国の指令官は捕虜にしようとした。
 だが、彼女は捕虜にすらされなかった。
 彼女はそれに腹が立った。
 生き残り、もはや戦場に出ることがなくなったが、腹が立って仕方がなかった。
「女子供は捕虜にしないのは分かったけど……」
 それだけのために、ここに来たのだ。
「どうして私が子供なのよ!」
 だが、ここでも彼女は自分の世間知らずを思い知らされた。
 食堂から外に出ることはもはや出来ないだろう。
 いや、隙をついて走れば、門外に出ることくらいなら出来るかもしれない。
 だが、それでは意味がない。
 食堂で待っていれば来るか。
 仕官クラスの人間がこんな食堂で食事をするとも思えない。
 少なくとも、彼女はとりたくない。
「ああ、もうっ!」
 ミリィはその場にしゃがみこむ。
 ショルダーバッグを床に置き、中を漁る。
「三つも持ってきたのになあ……」
 火薬の匂いのする物質。
 それを確かめて、再びしまう。
「使うとしたら、今日しかないと思ったのに……」
 軍の基地の中。
 食堂の通路に佇む少女。
 明らかに違和感のある彼女は、落ち込む暇もなく、人の目に付いた。

「いたぞ! こっちだ!」

 声とともに、走りこんでくる兵士たち。
「〜〜〜〜!」
 とにかく奥に逃げるミリィ。
「待て!」
「お、おい、そっちは今……」
 奥には食堂しかない。
 そんなことは分かっていたが、逃げる先がそこしかない。
 後ろには、彼女を追いかける兵。
 前には彼女を知らないであろう兵。
 ほんの少しだけ、そちらの方がマシなだけだった。
「待てっ、そっちには行くな!」
 後ろの兵士が慌てている。
「だって行かないと捕まえるんでしょ!」
「当たり前だ!」
 彼女にはこっちにしか行き先がない。
 通路の先、食堂へと。
 息を切らしながら、走り出た。
「……!」
 誰もいない。
 食堂の奥にあるであろう厨房。
 そこで誰かが食器を洗っている音が聴こえるだけ。
 そう思った。
 切羽詰った彼女が
 食堂を横切ろうとした瞬間。
 奥のテーブルにいた男が立ち上がった。
 その男の眼光はかつて見たことがあった。
「リョウシュン中尉!」
 後ろの男が言う。
「いたっ!」
 たまたま今日はここにいたのか。
 いつもここで食事をするのか。
 そんなことは知らないし関係ない。
 ここに来た目的が、そこにはいた。
 ミリィの視線と交差する、あの鋭い眼光。
 前はあれに萎縮した。
「今日は、そんなことないっ!」
 ほんの少し躊躇する脚に力を入れ、彼の元に走るミリィ。
 リョウシュンは構えることもなく、それを見つめる。
「お前は確か……」
 口を開いた瞬間。
 ミリィがバッグから取り出したものを、彼に向けた。

 パンッ
 パンッ
 パンッ

 小さな爆発音が三つ。
 次の瞬間、リョウシュンが何かにまみれていた。
 ミリィは、精一杯の声を振り絞り、叫んだ。

「メリークリスマス!」

 唖然とする追っ手の兵。
 自分の髪や服に降りそそいだクラッカーの紙テープを払うリョウシュン。
「こ、これっ!」
 ミリィがバッグの奥にあったものを、リョウシュンに突きつける。
「これは、何だ?」
 リョウシュンは、警戒もせずにそれを受け取る。
 袋にも包まれていないそれを、彼は広げてみる。
「ふむ……いい出来だ」
 それはウールで出来た編物。
 マフラーだった。
「私が編んだのよ。私はレディだからそれくらい簡単なんだからね!」
 少しは緊張が解けたのか、ミリィが自慢げに言う。
「これを届けるために、ここまで来たのか……」
 リョウシュンの顔がほんの少しだけ、緩むのがミリィにも分かった。
「そうよ、今度から、私をレディとして扱いなさい!」

 たたたたたたた……

 そう言い捨てると、ミリィは食堂の入り口に走る。
 唖然としたままの追っ手の兵士を抜けて。
 兵たちは、指揮官の眼が今日ほど緩むのをこれまで見たことがなかった。
 そして、今後も見ることはないだろう。


☆ ★ ☆


 基地から抜けるのは簡単だった。
 リョウシュンの指示で、基地から出て行く分には見逃すようにしたからだ。
 K国の基地は、彼女がいなくなったことで騒動が起こっていたが、それは彼女が帰ることで収拾した。
 彼女は近衛に説教されることになったのだが、いつもならすぐに機嫌を損ねてむすっとする彼女がが、今回はずっと機嫌のいいままだった。
 どこに行って何をしていたのかを訊いても、彼女は何も言わなかった。
 ただ、機嫌よく笑っており、「サンタクロースが入ってこれないから」と、門番を帰すなど、変な指示をするだけだった。
 結局周囲はクリスマスに浮かれていたと結論付け、彼女がレディでなく、子供と認識される羽目になったのだが、そんなことはもうどうでもよかった。
 彼女は、もっとも認めさせたい人間に、認めさせたのだ。
 こうして彼女のクリスマスは終わった。

 翌日には再び戦闘が開始された。
 その先頭に立つ中尉の首には、彼女が贈ったマフラーがあったが、戦場に出ない彼女はそれを見ることはなかった。

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