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真夏の帰郷
[短編]
2010年7月12日 8時58分の記事

「……あれ?」
 気がつくと、俺は川辺にいた。
 どうやってそこにたどり着いたのか、覚えてない。
 それくらい深くものを考えていたのだろう。

 からから
 からから

 小川のせせらぎ。
 懐かしい音色だった。
 森に囲まれた川辺の木々のざわめき。

 みーんみんみん
 みーんみんみん

 それは、頭にきんと響く蝉時雨にかき消される。
 都会と隔離された田舎町。
 それが俺の故郷だった。
 見上げれば、つり橋。
「……変わってないな」
 町と、外とを結ぶ道程となるつり橋。
 今では街道が出来、このつり橋を使う人も減った。
 だが、この橋に愛着のある人は、今でも使い続けている。
 俺は、このつり橋から旅立った。
 ちりちりと照りつける太陽。
 季節は夏。
「あいつら、元気かな……」
 つり橋を見上げてつぶやいた俺のそんな声は、蝉時雨にかき消された。

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 家に帰ると、母が驚いた。
 これでもかとばかりに驚いた。
 確かに連絡を入れなかったのは悪かったが、そんなに驚かなくてもなとは思った。
 ま、今日一日いるだけだからな。
 親父と酒を飲んだり、母が寿司を出前したりして、軽い宴会のような状態となる。
 それがさめるのを見計らって、俺は抜け出した。
 この町を出るまで、俺の親友だった徹に会いにだ。
 ちょっとした事情で俺はこいつに何の知らせもなく旅立った。
 ま、喧嘩別れみたいなものをしたわけで。
 一応和解をしておきたかった。
 あの時は俺もかなり感情的になってしまった。
 今では冷静に笑える。
 車もほとんど通らない田舎道。
 蒸し暑い道をを歩く。
 アスファルトを焼く匂いがする。
 陽炎が果てに見える。
 徹の家が、揺れている。
 俺は足早にそこに向かう。
 徹の家は、この町ではどこにでもある、手前が庭になって、奥に母屋がある家だ。
 庭は畑になっていることが多いが、徹の家は芝生と花に囲まれていた。
 親父さんの趣味なのだろう。
 そして、そこに徹はいた。
 穏やかに芝生に座っていた。
 女と、二人で。
「よお、徹。それと、歩か?」
 俺は二人に声をかける。
「み、充樹……?」
 二人は、驚きと、恐れの混じった目でそう言い返す。
 ま、そうなるのも無理はない。
 俺だって、二人を見た途端、色々な感情が沸いてきたのだから。
 だが、それを出すわけにはいかない。
 俺は今日一日だけ帰って来て、またすぐに出て行く人間に過ぎない。
 出来れば綺麗に帰りたい。
 今日の目的は、仲直りだ。
 そう、心を抑え、深く息を吸い込んだ。
「……何しに、来た?」
 こちらに歩いてきた徹が、恐怖と警戒を含んだ声で言う。
「ま、盆で帰ってきたから一応挨拶をな……」
 徹は芝生に座ったままの歩と俺の間に立ち、警戒する。
 そんな警戒は、もう、無用だというのに。
「それに、あんな別れ方をしたから、気になってな」
「………………」
 俺の言葉に、徹が俯く。
 そう、この徹こそが俺をあのつり橋へと導いた男。
 この町の戸籍から俺を消した男だ。
 理由は、とても簡単だ。
「元気そうでよかった、二人とも……」
 歩は、かつては俺と付き合っていた。
 幼馴染からの発展と言うやつで、結構長い仲だった。
 それを、徹が横取りした。
 ま、俺に魅力がなかったんだろう。
 よくある話だ。
 今なら笑ってそう言える。
 だが、当時俺はその事実に絶望した。
 それを二人の口から聴いた瞬間、その場──それは奇しくもこの場所だが──を走り去り、町を出て行った。
 それっきり。
 戻ってくるほどの未練もなく。
 復讐心もなく
 もう、一年ほど前の話だ。
「仲よさそうで、よかったよ」
「…………」
 徹は、複雑な表情で俺を見返す。

 みーんみんみん
 みーんみんみん

 近くの森の蝉時雨が、ここまで届く。
 蒸し暑い空気が、重くのしかかる。
「その……悪かったと……思っている」
 徹が搾り出すような声で言う。

 みーんみんみん
 みーんみんみん

「でも…………だったんだ……」

 みーんみんみん
 みーんみんみんみんみん……

 徹の言葉は、突然始まった蝉の合唱に負ける。
 だが、何を言ったのか、俺には分かった。
「ああ。分かってるさ」
 俺は笑って言い返す。
「でも、俺も、好きだった」
 徹はその言葉を受け止める。
「好きだったんだよ」
 さっきとは違い、覚悟を決めた態度で。
「だから、さ……」
 こんな奴だから、俺はこいつが好きだった。
 親友だった。
「一発だけ、殴らせてくれないか」
 突然の申し出。
 理不尽な口調で。
 俺は、そう言った。
 徹の次の言葉は分かっている。
 こいつが俺の期待を裏切るわけはない。

 みーんみんみん
 みーんみんみん

 蝉時雨は勢いを増し、突き刺さるような音を俺たちにぶつける。
「ああ。分かった」
 徹の声が、俺に耳に響いた。
 だから、俺は拳を振りかざした。
 そのまま
 徹の顔へ
 正確に。

 ぶおん

 風の音が通り過ぎる。
 一瞬の静寂が、訪れる。

 みーんみんみん
 みーんみんみん

 だが、すぐに蝉時雨が、辺りを支配した。
「充……樹……?」
 空を切った俺の拳を、徹が不思議そうに見る。
 驚くのも無理はない。
 俺も驚いた。
「当たらなかったな……」
 俺は自嘲気味に笑う。
「ま、仕方がない。一発は一発だ……」
 俺は差し出した拳を収める。
「これで、チャラだ」
「充樹……」
 徹が、やはり複雑そうに俺を見る。
「幸せにな。泣かすんじゃないぞ」
 俺はやりたいことの、全てをやり終えた。
 俺はもう、この町の人間じゃない。
 ここには、いるべきじゃない。
 俺は、もう一度歩に手を振って、その場を後にした。

 みーんみんみん
 みーんみんみん
 みーんみんみんみんみん……

 後ろで徹が何か叫んだが、蝉時雨にかき消された。



 これでやりたいことの全てが終わった。
 一旦実家に帰り、親に別れの挨拶をしに言った。
 親父はもう少しいろと言うわ、お袋は泣き出すわで大変だったが、何とか出て来られた。
 あのつり橋に、行こう。
 そこが、この町からの出口。
 いくら便利な道が出来ようと関係ない。
 俺にとってはあそこが出口。
 次はいつ帰ってくるだろう。
 次の盆は、帰ってこないかもしれない。

 みーんみんみん
 みーんみんみん

 つり橋の上は、相変わらずギシギシと、危なっかしい。
 下を見ると、流れる川が、遠い。
 ここから落ちたら、助からない。


 いや、助からなかった。


 一年前、俺はここから飛び降りて、死んだ。
 一時的な感情だった。
 それについて、後悔はある。
 生きていれば、出来た可能性が全て消えた。
 ありえた幸せが、消え去った。
 だが、もう吹っ切れた。
 一年かかった。
 多分、短いほうだと思う。
 俺にとっては一瞬だった。
 ここで自殺した俺の魂は。
 やっと、安らかに眠れることだろう。
 もし、次の盆に目を覚ますことがあれば。
 両親だけに、会いに行こう。

 うっすらと。
 ゆっくりと。
 自分が消えていく。
 光に包まれていく。
 この光はとても暖かい。
 炎天下にあって、気持ちよい暖かさ。
 ああ。
 俺が「還る」ってことか。
 みんな、俺はちょっと先に「還る」わ。
 じゃあな、この町の人々。

 みーんみんみんみんみん
 みーんみんみんみんみんみん……

 最後に、蝉時雨だけが、聞こえた。

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