思い込みを捨てると楽になる | |
[つぶやき] | |
2013年8月19日 1時4分の記事 | |
私がリーディングの技術を公開することに決めたのは、 それを公開することでより多くの人に自分自身を見つめる契機としてもらい、 人生をよりよく生きるためのツールとして活用してもらいたいと思ったからです。 リーディングの技術を公開することは、数年前から構想としては頭の片隅にあったのかもしれません。 ただ、それを顕在意識で意識はしていませんでしたが。 ちょっと前まで私は、「・・・ねばならない。」といった固定観念にとらわれていたところが多くありました。 スピリチュアルに関することは無料で提供しなければならないといった固定観念を持っていたことも確かです。 でも、今はそれはありません。 全くないのかというと、そうではないのかもしれません。 しかし、今はその固定観念をただの固定観念として客観視することができるようになりました。 そうすると、そこに良い悪いといった価値判断はなくなります。
話が脱線するかもしれませんが、もしかしたら関係するかもしれませんので、脱線させてください。 私は今日仕事中、車の運転をしていて、ある感情を思い出し、それを味わっている自分に気づきました。 おそらくは人との出会いの中で生まれた何気ない感情です。 それがいったいどこから来るのか定かではありません。 特に思い当たることがなかったので、もしかしたら過去世の時の感情なのかもしれないとさえ思いました。 まあそれは別として、今日の気づきは、そういったある特定の感情に浸っている自分を客観的に観ることができるんだということに気づいたことです。 もしかしてこれは、いかなる場合にも成り立ちうるのではないかなと思いました。 我々は、感情に浸っている時の自分を客観視することができるんです。 つまり、感情イコール自分ではないということになります。 我々は、あらゆる固定観念をもって、生きています。 たいていの場合、その固定観念が当たり前だと思っているか、それについて何も考えたことがありません。 でも、本当は当たり前ではないんですね。 例えば、以前の私の例でいうと、スピリチュアルなことにお金をとってはいけないという固定観念です。 今はそれを客観的に観ています。 物事に良い悪いもないんですね。 好きなようにやったらいいんです。 「私は一人でも多くの人をより良い方向に導かねば!!」という強い信念を持っている人はともかくとして。 でも、人を導けるだなんて、思い上がりもはなはだしいですよ。 人を変えるよりも、自分がどうあるかが問題なんですから。 そう考えると、人のやっていることに何も批評や批判はできなくなります。 何でもありに見えてくるからですね。 そうすると、今まで以上に自分自身も自由であることに気づきますし、自由に生きられるようになります。 最近そんな心境になりつつあります。 皆様、応援の方、よろしくお願いします ↓ポチッとお願いします(^0^)/) Some rights reserved by alextorrenegra 最終編集日時:2014年7月31日 18時21分 | |
このブログへのチップ 0pts. [チップとは] [このブログのチップを見る] [チップをあげる] |
このブログの評価 ★★★★★ [このブログの評価を見る] [この記事を評価する] |
◆この記事へのコメント | |
コメントはありません。 | |
◆この記事へのトラックバック | |
トラックバックはありません。 トラックバックURL https://kuruten.jp/blog/tb/imimi/265208 |