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真核細胞の起源「共生発生」説
 
2017年1月17日 18時42分の記事

Symbiotic Planet/1999/Lynn Margulis


共生とは、ドイツの植物学者アントン・ド=バリが1873年に考え出した用語で、異種の生物どうしが一緒に生活することを指す。

ド=バリは「異なる名称をもつ生物が一緒に暮らすこと」と定義 55

共生発生は、ロシアのコンスタンティン・メレシコフスキー(1855〜1921)が提唱した概念だ。

進化を支える基本的な事実である 56


〈取り込みで生じる個体〉 55〜79


  共生発生が新核細胞の起源であるという私の説は、四つの過程があることを証明する必要がある。この説は過去に起きたにちがいない段階的な出来事を、とりわけ植物の緑色細胞で的確に描き出す。すべての植物の構造上の単位は細胞である。ゼブリナ、ムラサキツユクサなどの花でとくによく見える細い雄しべも、細胞が並んでできている。細胞壁のある大型の緑色の細胞は植物の登場以前から存在した。植物の祖先である水生の緑藻の段階ですでに完成していたのである。真核生物が合体によって生じたことを理解するには、植物を見るのがよい。植物の細胞は大きくて美しく、構成要素であるオルガネラが完全な状態で観察できるからだ。考え方は簡単で、かつて完全に独立し、離れていた4種類の祖先がきまった順序で合体し、緑藻の細胞になったとみる。四つはすべて細菌であり、それぞれ今日でもそれと推測できるほど違っていた。四種類の細菌の子孫は、合体したタイプとしても自由生活のタイプとしても現存している。四種類はたがいの捕虜となり、植物のなかに植物として閉じ込められているのだと言う人もいる。かつての細菌はそれぞれ、その祖先型についての手がかりを備えている――生命体は化学的にきわめて保守的なので、結合が起こった順序まで推定できる。連続細胞内共生説の「連続」という言葉は、一連の合体に順序があることを指している。
  いまでは多くの研究者や学生に、細胞の一部分であるオルガネラが、永続的な共生の結果として生じたという説を受け入れてもらえたと確信している。もちろんこの説の裏づけとなる所見のうち私が出したものはごくわずかで、何百人もの研究者がいまも貢献をつづけている。 56、7


もし共生体が完全に合体すれば すなわち融合して新しい種類の生物ができれば
合体の結果である新しい「個体」は当然 共生発生を通して進化したことになる

共生発生という概念は1世紀も前に提唱されたもの 57

  この概念のあらましをできるだけ簡潔に書いてみる。まず、発酵性「古細菌」(サーモアシドフィル)と呼ばれる、硫黄と熱を好むタイプの細菌が、遊走性の細菌と一緒になった。一体化した二つは、動植物や菌類の細胞の祖先細胞の基本となる核を含む細胞質を構成した。この原初の遊走性プロチスト[狭義の原生生物で、多くは単細胞]は嫌気性でありこれと同じ子孫が現存する。この種の生物にとっては酸素が毒物だったので、有機物が豊富な泥や砂のなか、岩の割れ目、水たまりなど、酸素がまったくあるいはほとんどないところに生息していた。動植物や菌類の細胞はいずれも真核細胞であり、水分が豊富で透明なので核が見える(菌類には、キノコ類や酵母が含まれる)。植物や動物、それに一部の菌類やプロトクチスト(原生生物)では、細胞が分裂するたびに、核膜が溶解して核が消え、染色体が見えるようになる。染色体を構成しているのは赤く染まるクロマチン(染色質)で、これがコイルのように巻いて見えやすい構造になる。教科書には、クロマチンが凝縮して目に見えるようになり、各生物種特有の本数の染色体になると説明されている。やがて染色体が見えなくなって、ゆるく巻いたクロマチンとなり、核膜がふたたび出現する。この染色体のダンス(染色体運動)は有糸分裂と呼ばれる独特の細胞分裂を構成する。プロトクチストや菌類の段階でさまざまな分裂を試みた後に真核生物になって確立したのが、有糸分裂だ。まず、有糸分裂をするようになった遊走性のプロチストに別のタイプの自由生活微生物である酸素呼吸細菌が組み込まれた。こうして大きくて複雑な細胞が生まれたのである。この酸素呼吸性の三者(好熱好酸菌、遊走性細菌、酸素呼吸細菌)複合体は、微粒子状の食物をのみこめるようになった。この複雑で驚異的な生物、つまり遊走能と酸素呼吸能をもつ真核細胞が地球上に現れたのは、およそ20億年前のことだった。
  この第二の合併体、すなわち酸素呼吸能を獲得した遊走性の嫌気性菌は、三つの構成要素をもち、大気中に蓄積した酸素に対処できる細胞になった。小さな遊走性細菌と耐酸性や耐熱性の嫌気性菌と酸素呼吸細菌の三つからできたこの細胞から、数々の動物が生まれることになる。
  複合細胞が生まれた一連の合体の終わりとして、真核細胞のうちのあるものが緑色の光合成細菌をのみこみ、消化しそこなって体内に残した。細胞内での闘いのすえに、消化されなかった緑色細菌は葉緑体になった。日光を好み光合成ができる緑色細菌が第四のパートナーとして完全に一体化したのだ。この最後の合体で生まれた遊走性の緑藻が、今日の植物の祖先である。植物細胞を構成する個々の要素はいまなお独立の細胞としても生きており、遊走、発酵、酸素呼吸をしている。
  私の最大の業績は、連続細胞内共生説の細部を練りあげたことであり、その中心となったのは、真核細胞の細胞質にある遺伝子は「裸の遺伝子」ではなく、細菌の遺伝子に由来するという考えである。これらの遺伝子は、激しく争った結果停戦協定を結んだ細胞たちの遺産なのだ。はるか昔に他の生物に食べられ、その体内に閉じこめられて葉緑体になった「シアノバクテリア」の仲間は、光合成をして酸素を生産する細菌としていまも池や小川、泥のなかや砂浜に生息している。
  昔の植物遺伝学者は植物細胞の葉緑体に遺伝子を発見して驚いたが、シアノバクテリアの子孫なのだから遺伝子があって当然だ。
  シアノバクテリアはいまも広く繁栄している。シャワーカーテンにこびりついたり、プールやトイレや池の水面をおおっており、日光があたって温まった、よどんだ水たまりを数日のうちにあざやかな緑色にする。大半のシアノバクテリアは今日でも自由生活をしているが、緑色植物の葉の空洞や根や幹に共生しているものもいる。

一方 ミトコンドリアは酸素呼吸をする自由生活細菌と近い関係にある 58〜61

動植物のミトコンドリアの直系の祖先が 自由生活細菌だったという主張はこれまで無視され続けてきた

ミトコンドリアは細胞内のエネルギー工場として 化学エネルギーを産み出している

それらの生物の祖先である微生物や プロトクチストの大多数の中でも はたらいている

ミトコンドリアは筋肉の運動 消化 脳での思考の動力源 62


  私は、学生や同僚と一緒に、連続細胞内共生説(SET)が主張する四つの闘いのうちの三つを明らかにしたことを自慢にしている。私たちはいまや、細胞を構成する四つのパートナーの三つまでを同定できる。この説に熱中している研究者のあいだでは、細胞の基本となる細胞質は核も含めて嫌気性細菌の子孫だという点で意見が一致している。とくにタンパク質をつくる代謝の大半は、好熱好酸性細菌(サーモプラズマに似ている)に由来する(ステップ1)。真核細胞内で酸素呼吸をするミトコンドリアは、「紅色細菌」あるいは「プロテオバクテリア」と呼ばれている細菌が共生したものだ(ステップ3)。葉緑体その他の色素体は、かつては光合成シアノバクテリアだった(ステップ4)。ここでステップ2が抜けている。
  遊泳するための付属物である繊毛はどこからきたのかという大問題が一つ残っており、大半の研究者が私と意見を異にするのはここだ。マックス・テイラーを初め多くの研究者は、私の主張を「極端なSET」と決めつける。ブリティッシュ・コロンビア大学のテイラーと彼の同僚のトム・カヴァリア=スミスは、真核細胞の起源について非共生的な「派生」説をとっており、その仮説がいまも有力だ。しかし、まだ正体は不明だが共生の第2段階に、ある細菌が関わったことを示す知見があると私は思っている。 62、3

(「遊走する微生物が、真核細胞の起源の最初の段階で共生したという私の仮説は、SETのなかでいちばんあいまいな部分だが、20億年ほど前にこれが起きたと思う。SETの鍵となるステップ2をこう考えると、繊毛、精子の尾、感覚突起、そのほか数多くの真核細胞の付属物が、嫌気性菌と遊走性細菌との融合から生じたことになる」 63

(マックス・テイラーの仮説…直接派生説など 65〜66


マクマスター大学のラドニー・グプタは、最古の真核細胞が「キメラ的な」性質をもっていたことを示す知見を、数多くの必須タンパク質のアミノ酸配列を分析した結果出している。彼が使っている用語や分類は私たちのものとはちがうが、基本的な考え――古細菌と細菌との融合で膜に囲まれた核をもつ細胞が生まれたという考え――は同じである。  71


つねに乾燥や食物不足や有害物などの潜在的な災難にさらされている外に比べれば、細胞内環境は水分と栄養分に恵まれたところだ。古細菌の細胞膜という障壁を突き破ったスピロヘータ(あるいはそのほかの遊泳性の細菌)は、常にエネルギーと食物を享受できることになった。襲撃したものとされたものの増殖のしかたはしだいに関連してきた。生息の拠点となる元の細胞を制圧してしまったのでは、襲撃者も長くは生き伸びられない。襲撃者は共生体となり、時の経過とともにオルガネラとなったのである。合体のあと新しい生き残りの策略が生まれたのだ。私は、くねくねと動く酸素に弱い細菌が食物を求めて古細菌を襲い、侵入していった場面を心に描く。動く細菌にすみつかれた古細菌は、そのおかげで速く動けるようになった。真核細胞は、「染色体のダンス」と呼ばれる有糸分裂をするが、これこそスピロヘータのたえまない動きに由来するという私の考えは、別の機会に書いた。 72


  ミトコンドリアをもつ細胞はかならず、昔のスピロヘータの名残である微小管をもっている。これはスピロヘータと古細菌の共生が最初に確立したという考えと合致する。今日、有糸分裂をする遊泳性細胞のなかには、嫌気性でミトコンドリアをもっていないものもある。そこで私は、真核生物の共通祖先である有糸分裂型の祖先は、大気のすみずみまで酸素が充満する前に進化したと推定している。
  現存のスピロヘータは、酸素の豊富な環境にも、乏しい環境にもいる。どきどき近くの生物に付着するが、その巧みさは、生物学者がその付着部を中心小体/キネトソームと、体部を繊毛とまちがえるほどだ。スピロヘータは、木質を食べる昆虫の腸に大量に生息し、人間の腸や精巣にもいる。泥のなかやトリコモナスなどのプロチストの細胞膜上で暮らすものもいる。湿り気と養分の多い暗いところが好きなのだ。スピロヘータの一生は、くねくねと動き、養分をとり、細菌と同じ分裂によって増殖するというものだ。繊毛への道は、初期のスピロヘータたちがねらいやすい近くの細菌に、可能なかぎり侵入し、一部がそのまま外に出なかったのがはじまりだ。たくさんの小さなスピロヘータが共同して運動し、それが統合していき、核をもつ遊泳者、最初のプロチストが生じた。
  中心小体とキネトソームは、いわば友好的なジキル博士とハイド氏で、分裂中の細胞内に両方が同時に姿を見せることはない。中心小体は有糸細胞分裂が終わるとすぐにキネトソームに変わり、軸糸をのばす。これは両者が同一のものであることを示している。1898年に、パリの生理学教授L・F・エネギュイとブカレストのミハリー・フォン・レンホセックが、動物細胞の中心小体とキネトソームが同じものであることに気づいた。有糸分裂のあと中心体が極から移動してきてキネトソームになるという彼らの考えは「エネギュイ=レンホセック説」と呼ばれている。この説は彼らの死後に、電子顕微鏡の所見によって証明され、私が中心小体/キネトソームという二重の名称を使うきっかけになった。  73、4『共生生命体の30億年』2000 リン・マーギュリス
中村桂子 訳


訳者あとがき P199 に

…(お断りしておきたいのは、共生とは、この文字から受ける印象とはちがって、それぞれの生物が懸命に生きようとし、時には闘いながら、結局そこに落ち着いた姿であるということだ。共生とは相手を思いやってのことではなく、そうでなければ生きられない生き方と見た方がよい。)…    と 

「状況証拠を越えるものがほしい」 200

......................................................
ふたをされていたような 「学校」「教科書」その他の機会などで提示されなかったあれこれでしょうか?

興味深く また 現実味の感じられる部分について 相当入り込んだのでは




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