カルスト地形は分厚い石灰岩層の上に形成される.石灰岩の主成分である炭酸カルシウムが地下水にわずかに含まれる炭酸に溶けこんでいく影響で,この石灰岩層は少しずつ侵食されていく.特に地層の割れ目で侵食がよく進むので,割れ目上部にはドリーネ(すり鉢上のくぼ地),そして地下には鍾乳洞が発達していく.こうしてできる鍾乳洞は,メインとなる主洞窟の周囲に多数の小洞窟が広がる複雑な構造をしていると考えられている.たとえばイタリアにあるグロッタギガンテ(Grotta Gigante)は典型的な主洞窟である.洞窟を進んでいき,地下115mの地点に達すると,突然巨大な空間(105㎥)が現れる.1995年の夏,ここで,ミュオグラフィ観測が行われた(Caffau et al.,1997).
坑道上部には一様な密度約2.7g/cm³の岩盤中に平均密度3.2g/cm³の鉱床があることが,ボーリング調査の結果から見積もられている.この鉱床のイメージングを目指して,カナダグループが2011年ミュオグラフィ観測を開始した(Liu et al.,2012).彼らが使用したのはシンチレーション検出器だ.ボーリング調査から推定された鉱床の規模は14.5キロトンである.さて観測結果はというと,ミュオグラフィ観測から計算された鉱床の規模は12.3キロトンであった.鉱床の広がりもボーリング調査,ミュオグラフィ調査ともに水平方向に3-5kmの範囲で広がっていると推定され,両者の数字は20-30mの精度で一致している. 145
(5.4 断層破砕帯の調査)
地震などで地下の岩盤に大きな力が加わって割れた面がずれ動くことでつくられる断層には,断層破砕帯と呼ばれる地質構造が見られることが多い.断層破砕帯では断層面周辺の岩盤が破砕されることで,岩石の破片の間の隙間が多い状態となっている.この隙間には大量の水が含まれ,地下水の通り道となっていることが多い.そのため,断層破砕帯はトンネル工事で大量出水事故の原因となる地質構造としても有名だ.また,大雨時には破砕帯中を流れる水量が大幅に増え,今のところ,地表に顔を出している断層から外挿するか,ボーリング調査で直接サンプルを取り出すか以外にこれを調べる方法はない. ミュオグラフィの欠点は検出器位置より下部の情報を得ることができないことだが,地形の起伏を使えば,可能性はある.窪地に検出器を置けば,眼上に断層破砕帯をのぞむことができるからだ.実時間モニタリングができるミュオグラフィは,断層破砕帯の研究にとってこれまでにないまったく新しい情報をもたらしてくれるかもしれない. 糸魚川静岡構造線(ISTL;Itoigawa-Shizuoka Tectonic Line)は,新潟県糸魚川市から諏訪湖を通って静岡県静岡市に伸びる大断層線である.ISTLの北部と中央部は活断層領域と考えられている(たとえばOkumura et al.,1994).UNESCO世界ジオパークに認定されている糸魚川市のフォッサマグナパーク内では,ISTLの断層露頭(地表にむき出しになっている断層)を確認できる.西側の古生代の変はんれい岩と東側(フォッサマグナ側)の新生代中新世中期の安山岩が,断層破砕帯を境に接している.これまでの地質学的調査で,断層破砕帯の右側は1600万年前の安山岩で,左側の変はんれい岩は2億6000万年よりも古いものであることがわかっている.また,この断層は少なくとも4回の地震を経験したこともわかっている. 145
フォッサマグナパークの断層露頭はミュオグラフィ観測に適している.それは,断層が丘陵地帯の南斜面に位置しているため,断層より低い位置に検出器を設置することが可能だからだ.この断層に対して,2010年,東京大学と糸魚川ジオパーク推進室の共同研究チームがミュオグラフィ観測を行った(Tanaka et al.,2011).設置された平板型システムの有感面積は0.4?で断層露頭からの距離は6mである. 観測の結果,断層破砕帯の密度は周囲より20%程度低いことがわかった.ここを水はどのように流れるのだろう?大雨直後の透過ミュオンフラックスの日変化を見ると,それがわかる.それは岩石の隙間に雨水がとらえられると,密度が上昇するはずだからだ.断層上部は谷地形となっていて,効率よく雨水を集め,破砕帯の密度を有意に上昇させることが期待できる.