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ある (設計)図
 
2018年1月14日 16時19分の記事


ステロイドホルモンは
細胞の性質を大きく変えるという面でくわしく研究されている

ステロイドは膜のなかに多く見いだされるものだが、ステロイドホルモンは膜を通過して細胞内に進入し、染色体DNAの特定部分に結合しているステロイドホルモンレセプターに相互作用してその性質を変える。レセプターは転写制御因子であり、これによって一群の遺伝子のRNA合成が活性化される。

エクジソンとよばれる昆虫の変態ホルモンはステロイドホルモンの一種であり、幼虫からさなぎに変わる過程での元締め的なマスタースイッチの役割をはたしている。このホルモンが昆虫のリンパ中に出され、各細胞のなかに入ると染色体の特定部分で転写が開始され、さなぎになるまでたくさんの遺伝子があらたに活性化される。昆虫の唾液腺細胞にある巨大染色体を用いて観察すると、パフとよばれる染色体が開いたような発現部位が多数視覚化され、遺伝子の継続的な発現がみごとにしめされる。

発生とか形態形成の観点で見ると、細胞の空間的な位置も遺伝子発現に大きく影響する。多細胞体制をつくるプログラムはDNAに書かれており、形態の形成に必要ないろいろな遺伝子が発見されている。これらの遺伝子の変異体は形態の異常をもたらす。本来発現されるべきタイミングと位置でこれらの遺伝子の転写がおこらないと、形態の異常がおこる。
P104『細胞から生命が見える』岩波新書387/2012年 第7刷(1995年第1刷)/柳田充光



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「染色体」 細胞観察の歴史

織物業が発展した19世紀 染料が多く開発された 
当時の布 「生物がつくる繊維」からなっている = 細胞の集まり

染色体は遺伝子を格納している

細胞学者たちは,ある染料で染めた細胞を顕微鏡でくわしく観察すると,細胞の中ににある「核」だけが強く染色されていることに気がついた。ドイツの解剖学者ウォルター・フレミング(1843〜1905)は,染色されているのは核にある糸状の物質であることを発見し,「染色質」と名づけた。

さらに細胞学者たちは,染色質が別の姿に変化するようすを観察した。二つに分裂しようとしている細胞では,染色質からなる核が,何本もの棒状の物体へと変化していたのである。この,染色質が凝縮してつくる棒状の構造が「染色体」とよばれるものだ。ヒトの場合,1個の細胞に含まれる染色体の数は46本である。

さて,染色体の成分である染色質は,どのような物質でできているのだろうか? それが明らかになったのは,20世紀になってからのことである。染色質をつくっているのは,DNA(デオキシリボ核酸)と,それを巻きつけるしんの役目を果たす「ヒストン」というタンパク質だった。DNAとは,長いはしごのような分子で,はしごの段にあたる部分(塩基)の一つ一つが,いわば文字の役目を果たしている。

この文字によってあらわされる情報こそ,生命の設計図である「遺伝子」だ。おどろくべきことに,46本の染色体に含まれるDNAの全長はなんと約2メートルにもなり,そこには約60億文字の情報が含まれているのである。
P30/Newton/2006.2

…紆余曲折の末に確定した「人の染色体は46本」… P32-33

「X染色体」という呼び名は 
…「正体のわからぬもの(X)」もしくは「eXtra(余分な)」からきているといわれており… P53
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X染色体

ヘルマン・ヘンキングによって1891年に発見された

ヘンキングは、この染色体の特殊性について充分には気づかず「X染色体」と名付けて発表した。その後、1900年代に染色体研究が進展し、X染色体が性決定に関与する染色体であることが判明した。

X染色体という名称はヘンキングの命名によるものであり「正体不明」の意味と伝えられる。X染色体・Y染色体がそれぞれアルファベットのX・Yのような形をしているからそう呼ばれるようになったというのは俗説である。…  Wikipedia


細胞核 Wikipediaより
…核内には、糸状に連なったDNA分子が結合蛋白質と複合体を構成しながら散らばっており、クロマチン(chromatin)あるいは染色質と呼ばれる…



Wikipediaより 馬回虫 Parascaris equorum
(Goeze, 1782) Yorke & Maplestone, 1926

…ウマ、ロバ、ラバ、シマウマ、ウシの小腸、時に盲腸、結腸に寄生する回虫の1種
体長は♂15-28cm、♀18-50cm。感染様式は経口感染…

染色体は2本と非常に少なく、ドイツの動物学者テオドール・ボヴェリにより、1887年に初めての染色体削減(染色質削減)という現象が報告された動物でもある。…



染色体説 Wikipedia

…染色体説提唱の背景には、全ての細胞は細胞から生じるとする細胞説と、当時再発見されたばかりのメンデルの法則がある。20世紀初頭、黎明期の遺伝学と、先行して発展していた細胞学の融合から、遺伝の染色体説が誕生した。

メンデルの法則は1865年に報告されたが、長い間歴史に埋もれ、「再発見」されたのは35年後の1900年である(詳しくはメンデルの項目を参照)。遺伝の連続性が保証される背景には細胞説があり、これに基づく古典的な細胞学は、染色・観察技術の発達とともに19世紀末までには発展を遂げていた。またアウグスト・ヴァイスマン(August Weismann)は遺伝因子は生殖細胞にあるとする生殖質説を提唱しており、移植実験などからは細胞核に遺伝物質があることが予測されていた。1842年に発見された染色体に関しても、続く研究でさまざまな生物種における種類や数、細胞分裂において母細胞から二つの娘細胞へと受け継がれる様子などの知見が蓄積しつつあった(ヴァルター・フレミング (Walther Flemming)の項参照)。

このように19世紀末までには染色体説の下地ができていたが、遺伝の染色体説を主張するためには、配偶子形成における染色体の挙動を示す必要があった。なぜなら、遺伝の一過程である受精では、卵子と精子の融合によって染色体数が倍加するため、あらかじめ染色体数を半減することが必要である。しかし、この過程に関する知見がまだ得られていなかった。

減数分裂における染色体の挙動と染色体説の提唱

サットンの貢献

体細胞分裂と減数分裂における染色体の分配: 簡単のため一組の相同染色体のみ示した。通常の細胞では父系と母系由来の染色体を一組ずつ持つ(左上)。分裂に先立って染色体の倍加が起こる(左中)。体細胞分裂では2倍になった染色体がそれぞれ娘細胞に受け継がれる(右上)。減数分裂では相同染色体が対になる(左下)。第1分裂で倍加したまま分配され(下中央)、続く第2分裂でさらに分離する(右下)。最終的に形成される配偶子では染色体数が半減する。

遺伝の染色体説を明確に提唱したのはウォルター・サットン(Walter Sutton)の1902年の論文が最初である。彼はバッタの一種 Brachystola magna を用いて減数分裂の細胞学的な研究を行い、配偶子形成における染色体の挙動がメンデルの法則に従うことを見いだした。メンデルの法則が再発見されて間もない頃である。

サットンはこの昆虫では染色体が大きくはっきりと観察できる利点を利用し、配偶子形成における染色体の観察を行った。1902年の論文『 Brachystola magna における染色体群の形態について』において、配偶子形成時の細胞分裂では相同な染色体(相同染色体)どうしが対を作っており、これらが配偶子に一つずつ分配され、染色体数の半減、すなわち減数分裂が起こることを示した(右図、および減数分裂の項目参照)(Sutton, 1902) 。配偶子形成における染色体の減数と分配が明らかになったことで、それまで推測の域を出なかった染色体説に対して最初の明示的な証拠が提出された。この論文の最後の段落でサットンは「この現象がメンデルの法則に従っており、これが遺伝の物理的基盤である可能性を示唆し、この主題について場を改めてすぐに紹介したい」と述べている。そして翌年の論文『遺伝における染色体』では、この仮説をより発展させ、それぞれの染色分体がランダムに分配されることから、メンデルの法則を説明した (Sutton, 1903) 。

配偶子がもつ染色体の組み合わせは、体細胞の相同染色体対の累乗であり、次世代における染色体の組み合わせはさらに累乗する。つまり2組の相同染色体をもつ場合、配偶子は 22=4、次世代は 42=16 通り生じる。これはメンデルが交配実験で得た結果と合致する(具体例はメンデルの法則を参照)。さらに、この論文では一つの染色体には多数の遺伝形質が存在することを予言し、またそれらは不分離だろうと述べている(実際には組換えが起こる)。

このようにして、25歳の大学院生だったサットンによって細胞学から遺伝現象へと手が差し伸べられたのである。後に遺伝学的手法により染色体説を実証したモーガンやアルフレッド・スターティヴァント(Alfred Sturtevant)は「サットンの仮説で染色体説は既に完成していた」と著書や講演の中で述べている。…




ヴァルター・フレミング
(Walther Flemming, 1843年4月21日 - 1905年8月4日)ドイツの細胞学者

来歴
ドイツのザクセンベルク(Sachsenberg)生まれ。父親カール・フリードリッヒ・フレミング(Carl Friedrich Flemming)は著名な精神科医。ロストック大学で医学を学び、従軍医として働いた後、プラハ大学に職を得る。1876年より、キール大学の解剖学教授。フリーメイソンの内組織「シュライン(英語版)」に所属していた。

業績
フレミングが描いた染色体の動き Zellsubstanz, Kern und Zelltheilung, 1882
細胞の固定法および染色法の開発と改良に貢献。細胞核内にアニリンで強く染まる構造を見いだし、これをクロマチン(chromatin:染色質)と名付ける。さらに細胞分裂時には、クロマチンが糸状の構造体に変換すること、さらにそれが縦裂することを発見。すなわち、現在の言葉に置き換えれば、染色体凝縮と姉妹染色分体分離の過程を初めて正確に記載したことになる。これらの結果は、1882年、「細胞質、核、細胞分裂 (Zell-substanz, Kern und Zelltheilung)」にまとめられ、その後の有糸分裂研究の基礎となる。有糸分裂 (mitosis) も彼の命名による。mitosisとは、ギリシャ語で糸 (thread) の意。ちなみに染色体(chromosome)という語は、1888年ヴァルデヤー(Heinrich Wilhelm Waldeyer)によって初めて用いられた。

フレミングは、メンデル(1822-1884)の業績を知らなかったといわれ、自らの観察と遺伝の関係について明確に言及することはなかった。しかし、1900年メンデルの法則が“再発見”されるに伴い、フレミングの観察の本質が再評価されることになった。 …Wikipedia



木綿 Wikipedia



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画面デザイン:「世界情勢」→「オレンジストライプ」 (18-1-18)
→ちょうどいいのが無くて「水」に(18-1-21)


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