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日本の核武装を容認するという選択肢も残している。例えばイスラエルには、アメリカとフランスが援助して、核武装を容認していますが、それと同じことを実は考えているかもしれない。(1)
[その他]
2017年12月8日 11時25分の記事



『誰がこの国を動かしているのか』
一握りの人による、一握りの人のための政治を変える
鳩山友紀夫  白井聡  木村朗
詩想社  2016/6/11



<戦後日本の根深い癒着構造>
・原発を止められないのも、東京オリンピックを開催するのも、政治と経済と行政の癒着です。それを大手メディアが正面から批判できないのは、政治と経済と行政とマスコミの癒着です。さらに学識経験者がだんまりを決め込んでいるのは、政治と経済とマスコミと学問の癒着と言えるでしょう。

・このような癒着の構造がグローバル化していることが「パナマ文書」で明らかになりました。タックスヘイヴンを利用したマネーロンダリングを薦めるコンサルタント会社から膨大な資料が流出して、世界の名だたる大統領・首相・政府高官たちやその家族・関係者が顧客になっていることがわかったのです。タックスヘイヴンを利用すること自体は違法ではないのですが、政治家が自国に税金を払わずに、他国を利用して脱税するということは、自国の国民の幸せよりも自分の利益を優先することですから、政治家として好ましからぬ行為と思われても仕方ないでしょう。

・世界はグローバル化の中で、ごく僅か1%の資産家と、99%のそうでない人々とに分かれてきています。そしてその1%の資産家の財産の多くがタックスヘイヴンを利用して税金逃れをされるのならば、99%の人々の幸せのためには使われないことになります。これはグローバル資本主義が役割を果たし得なくなってきていることを意味しています。私は、行き詰ったグローバル資本主義を打開していくためには、何らか「友愛」の理念を導入した新しい資本主義を創造していかなくてはならないと思います。

<官僚が日本の政治家よりも、アメリカと密接につながっている現実>
(鳩山)2009年、国民の大きな期待をいただいて政権交代を果たすことができたのですが、私たちが政権交代によってもっとも実現したかったのは、いわゆる官僚中心の日本の政治を国民の手に取り戻すということでした。いわゆる官から民へ、官僚指導から政治主導へということを強く主張してまいりました。それは長く続いた自民党政治が官僚と癒着し、政策は官僚任せとなり、自分たちは大臣のポストに満足し、結果として国民の声が届かない政治になっていたからです。

<官僚が特に外交においてはアメリカ追従型の政治を信奉>
・私が選挙の前につくらせたマニフェストでは、5つの原則を謳いました。まず一つが、いま言った官僚主導から政治主導へということ。そして、官僚たちの働き方も、いままでの省益中心から国益中心に変えるということ。また自民党政治が、うまく政府と与党というものを使い分けていましたが、そのような二枚舌の政治手法をやめて一体化し、政府=与党で政治を運営していくということ。さらに、いわゆる縦の利権構造の社会を、横の水平的なつながり、絆の政治に変えていきたいということ。そして5つ目が中央集権から地域主権へ変えたいということでした。

・我々のこのような革命的な発想よりも、とにかく国や官僚の無駄遣いをなくし、天下りを廃止して、官僚ばかりがいい思いをする国家から、より公平な社会に変えていこう。そのために、無駄を徹底的に排除するといった部分ばかりが国民に支持され、また我々自身もその部分のほうがわかりやすいという面から、そういったことばかりアピールしていたようにも思います。例えば予算の見える化を行った事業仕分けなどです。

・ただこのような状況の中でもいくつか実現したこともあり、官僚が間に入る中間搾取の仕組みをできるだけ排除し、例えば農家への戸別所得補償といったダイレクトな補償を行いました。高校の授業料の無償化や、子ども手当の創設といったものも、そういう趣旨で我々は考えていたのです。
 しばしばこうした新しい補助金を創設するときには、途中に官僚の天下り先をつくって、そこにお金を流していくのが彼らの常套手段でしたから、そういったものはつくらないでやっていこうということが、我々の本意でした。

<私の在任中は、「東アジア共同体」に対して直接的な批判はありませんでした>
・日本とアメリカの間には日米合同委員会など、いろいろなカラクリがあることは、首相になったあとに知ったことも多く、そのことは自分の不勉強でたいへん申し訳なかったと思っております。日本の官僚と米国、特に米軍が常に密接につながっていて、我々日本の政治家と官僚とのつながりよりも、むしろ濃いつながりを持っていることを首相になってから私は知りました。

<やろうとしたことの大きさに比して、覚悟がまったくなかった民主党の政治家>
(白井)民主党政権を鳩山政権だけではなく全体として見ると、鳩山政権が普天間基地問題でつまずき退陣し、その後、菅政権、野田政権と続くわけですが、その流れの中で、政権の方向性は第二自民党化していきました。そこことで民主党を支持した国民はひどく幻滅し、どうせ自民党と同じであるなら自民党にやらせておけばいいではないかということで、自民党政権に戻り、今日に至っているというわけです。

・私は外からこの動きを観察していて、官僚主導をやめるというが、それでは誰が政策を立案し、実行可能な形へと練り上げていくのだろうかと疑問に感じていました。それをやる実行力のある社会的勢力がないのです。結局これは、常識的に考えれば、官僚の中で、これまでの主流派とは違った考え方をする人たちを使う以外にはないということに実際はなると思います。

・そして、菅(直人)さん、野田(佳彦)さんになると、もう完全屈服ですよね。許してください。与党でいさせてください。我々は思い上がって余計なことを言いました、と完全に官僚や、その背後に控えるところのアメリカに土下座するという形になっていってしまったというのが、民主党政権のおおよその推移だったと思います。

<検察、メディアの攻撃で、発足時にすでに弱体化していた鳩山政権>
(木村)対米自立と脱官僚政治を掲げ、個別の問題で言えば、脱官僚政治では、事務次官会議を廃止しました。

・明治以来の日本はやはり官僚支配国家、悪く言えば官僚独裁国家だったと思います。それを脱官僚政治、官僚主導から政治主導へ本気で動かそうとした、その象徴的な出来事が事務次官会議の廃止だったと思います。

・それから年次改革要望書というのが1990年代半ば、94、95年から始まっていましたけれども、それもやめさせた。

(木村)鳩山政権崩壊の直接のきっかけは普天間問題と言われていますが、僕は普天間問題以上に、その背景として鳩山先生の東アジア共同体構想がアメリカなどの虎の尾を踏んだと思いますし、常時駐留なき安保論は封印されたとはいえ、日米地位協定の改定や思いやり予算の削減、撤廃といったさまざまな方向性を打ち出そうという姿勢を持っていたことに、既得権益層は大きな脅威を抱いていたのではないかと思っています。

<政治主導はいかに挫折したか>
(鳩山)民主党政権はやろうとしたことの大きさに比して、その覚悟が足りなかったのではないかという指摘がありましたが、私もそのとおりだと思います。もっと言えば、やろうとしたことの大きさが本人たちが必ずしも十分わかっていなかった。どこまで大きな抵抗があるかということを理解しないで、いきがっている部分があったのも事実です。

・局長以上の人たちには一旦、辞表を出してもらって、我々新しい政権がやろうとしていることに協力するのか、協力しないのかということをきちんと一人ひとりにあたって、その人が「わかりました。本気でやろうじゃないか」と言ってくれれば、もう一度、採用するということをやりたいと考えていました。政権をとる前はこういったことも安易にできると考えて主張していたのですが、いざ実際に政権交代して、これをやりたいという話になったら「いや、憲法違反ですからできませんよ」と松井孝治副長官から言われて実現できませんでした。本当にこれが憲法違反になるのか疑問は残るのですが、あのとき私自身も、あっさり引き下がってしまったことが悔やまれます。

・それと同時に、政治主導確保法案などもつくって、もっと行政に大量の政治家を入れて、そこで動かしていこうという発想を持ったのですが、これはむしろ小沢さんが党のほうを預かっており、そんなたくさんいい人間ばかりとられたら党の運営ができなくなるよと言われて、党と政府の間での葛藤もあって、なかなかまとまりませんでした。

(鳩山)国家戦略会議も私は国家戦略というのだから、一番の国家戦略は単なる予算の決定に主導権を発揮するということだけではなく、日本の歩むべき外交の軸をここでつくるべきじゃないかと主張しました。しかしこれは岡田(克也)外務大臣から「いや、外交問題は、ここに入れてはいけません。外交は外務省で行いますから、それは絶対駄目です」と言われて頓挫しました。

・結局、そのような国家戦略会議であるなら、いったい何のためにつくるのかということになり、うまく機能しない状況に陥りました。これらのことを振り返ると、やはり一番は私自身、そしてこのあと政府に入った首相や閣僚、あるいは議員や党員全員が十分な勉強も準備も覚悟もできていなかった。しようとしていたことの大きさ自体も、たぶん十分に把握できていなかったのではないかと思います。

・ですからこれまでの海上自衛隊による支援ではなく、アフガニスタンの国民に直接的に意味のある支援の方向に変えるべきだと考え、その方向に変更しました。これは正しい発想であったと、いまでも思っております。
 また、新しい政権になったのだから、日米規制改革委員会は、あり方自体を変えようと、開かないようにしたのですが、ただ、逆にそのことに対する怒りが、その後、TPPの押し付けの方向に変わり、日本の政府がそのとき以上に反動的にアメリカの圧力に対して屈服する状況をつくってしまったのはたいへん残念でした。郵政民営化はまさに年次改革要望書の中から出てきた話であったものですから、このような対米依存のやり方を当然、根本から変えなきゃいけないということで行動しました。その方向性は間違ってはいなかったと思うのですが、結果として、それが今度は逆噴射するような形になってしまった。

・民主党自身も、リベラル左派の人からネオリベラル系右翼まで、いろんな人がいて全く一枚岩ではない。明らかにまともではない人もいる。こういう状況においては、僕はまず自民党を解党にまで追い込むべきだというふうに見ていました。

・それこそ検察の力なり国税の力なり、あらゆるものを動員して自民党をたたけば、いくらでも埃が出てきて、ギリギリまで追い詰めたはずでしたが、それが民主党にはできなかった。これも、力の使い方がわかっていなかった。

<財務省の巨大な権力と、事業仕分けがもたらした混乱>
(白井)さきほど民主党政権が人事権を十分に行使できなかったという鳩山先生からの話がありましたが、一つお聞きしたいのは、それこそ官僚支配の中心をたたく必要があると考えていたときに、私は財務省の主計局を解体すべきで、セクションを廃止すべきであると思っていたのですが、そういった考えというのは出てこなかったのでしょうか。
(鳩山)そういう考え方もかつてはあったと思います。いわゆる大蔵省解体論を五十嵐文彦君などは唱えていました。実際に大蔵省は解体されました。その後財務省解体論まで叫ぶ声はあまりなかったように思います。いずれにしても実際に政府の中に入ってしまうと、財務省の力によって、いつの間にかご利益にあずかるという形で懐柔されてしまう。

(鳩山)八ッ場ダムはマニフェストに書いたのですから、もうやめるという結論をすぐに出して、あと戻りしてはいけなかったのが、最期までフラフラして結局、やることになってしまった。

(鳩山)ただ、そのシナリオが財務省の中でつくられていて、たぶん政権交代して、すべての予算が政治家の頭の中に入っていたわけではないですから、「こういうものは事業仕分けしたらどうですか」という感じで、役人のほうからインプットされてつくられていった可能性はあると思います。
(木村)藤井裕久さんが無駄なお金はいくらでもあると言って、やってみたら10兆円出せるところが、3兆円しか出てこなかったという結果は、完全な財務省官僚の主導によるもので、彼らのサボタージュだったのでしょう。自民党政権に代わったら、10兆円、ポンと特別会計から出したじゃないですか。
(鳩山)自民党には出しますが、我々には出さない。

・(白井)特別会計が肥大化していて、複雑怪奇なものになっている。日本であの全容を把握している人というのは1人もいないのではないかと思えるぐらいです。

<対米自立路線は、いかにつぶされていったのか>
(木村)1993年の初めての非自民党政権である細川政権が志向したものと、鳩山政権が2009年に志向したものは対米自立なり、脱官僚政治なり、かなり重なっていたと思うのです。細川政権のほうがより短期で、成果もほとんどなく終わったと思いますが、鳩山政権は従来やっていたことをやめたことも含めて、僕は業績はいろいろな形で残っていると思っています。東アジア共同体の問題でもいま、事務局ができて残っていますよね。
(鳩山)ええ、ソウルにあります。日中韓三国協力事務局を2011年にスタートさせ、いまでもソウルに残っています。

<どのような力に負けたのかさえわからなかった退陣当時の状況>
(鳩山)どのパワーによって、私は破れたのかという認識は、のちにウィキリークスや、いろいろな分析、自らの検証によって、「何だ、最初から役人はアメリカを向いていたんじゃないか」ということがわかって、かなりはっきりしてきました。

(鳩山)このことに関して若干、申し上げれば、私の経理担当の秘書官が私の目をごまかすために、すなわち母から金をもらって、それをうまく事務所の運営に充てたということを私に言えないがために、いろんな人からもらった、もらったと書いてしまった。その中に亡くなった人までが入っていたので、故人献金だと言われた。とんでもないことをしたと思うのですが、要するに私をごまかすためにでたらめな政治資金の報告をしてしまった。しかし、そのことで内閣の支持率がどんどん落ちていくのを目の前で見ていますと、それはとても耐えられないことであり、そちらのほうがどちらかというと退陣の理由としては大きかったと思います。

<日本人にとっての原爆、原発、核開発>
<拉致問題を利用して成り上がった政治家たち>
(木村)それらのことがすべてつながっていて、安倍政権になって石破幹事長(当時)は2014年3月、米日韓軍事同盟を核として「アジア版NATO」を形成し、日本が積極的にその役割を果たしていくと表明しました。
 しかし、これは不毛な選択であって、それに対抗するものとしては、やはり日本と周辺諸国、東アジア諸国の間の信頼関係の構築であって、鳩山先生が一貫して提起されている東アジア共同体構想であると私は思うのです。

(木村)拉致問題においては、家族会元副会長の蓮池透さんが本(『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』)を書かれて、安倍さんが拉致問題を利用して首相にまで上り詰めたといった指摘もされていますが。
(鳩山)蓮池さんは、いたずらに北朝鮮を悪者に仕立て脅威をあおる中で、拉致問題を扱うことは政治的にたいへん脚光を浴びるのでそれを自分たちの出世に利用した人たちが、あまりにも多すぎる。その極みが安倍総理だという主張をなさっています。まさに安倍さんは拉致問題がなければ総理になっていなかったのではないかと思いますから、そういう意味では理解できるお話です。
 さらに蓮池さんがおっしゃるには、安倍さんは少なくとも一時帰国した拉致被害者を絶対に北朝鮮に帰さないと、当初はおっしゃっていなかった。むしろ帰るべきだと中山さんはじめ、みんな言っていたのが、蓮池さん自身が絶対に弟を返さない、弟もその気になっているということで、周囲に働きかけ、なんとか帰国を阻止したということが書かれています。

<ドイツ、イタリアにはできても、日本が脱原発できない事情>
(白井)いわゆる公然たる核武装をやっている国々というのは当然、原子力発電もやりながらフロントエンド事業、バックエンド事業もやっていますが、日本という国が世界で唯一、特殊だという点は、核武装しない、核兵器を持たないという体制をとっていながら、フロントエンド事業とバックエンド事業をやっているという点です。もちろん原子力発電をやっている国はたくさんありますが、核武装をしていない国の場合は、どこもフロントエンド事業、バックエンド事業には手を出していません。

・おそらくは日本が原子力事業に乗り出したときの最初の動機は、あの戦争に負けた理由を考えて、石油を獲得しようとして泥沼に陥っていき
負けたというトラウマがありますので、何とかしてエネルギーをもっと自給したいという欲望があった。そして、もう一つが間違いなく核兵器開発への欲望だったと思うのです。

・(白井)それではひるがえって、日本はどうか。なぜ核オプションというものをいまだに捨てられないかと言えば、要するに、これは核攻撃を受けるかかもしれない不安がいまだにあり、そういった不安がある以上はこちらも、いつでもやれるようにしておかなければまずいだろうという思いが無意識にあるからです。そのように考えた場合、安倍さんがやっている政策は、確かに首尾一貫性があると言えばあります。つまり中国や北朝鮮との関係を改善する意志を示さず、緊張状態を保ち続けているということと、核兵器、核武装するポテンシャルを残し続けるということは首尾一貫しています。

<核抑止論はもはや意味を失いつつある>
(木村)非常にリアリティのある発言をする人は、イスラエルがやっているように、原発は全部なくせ、核関連施設は地下に置いて核武装能力は維持せよ、そうすれば戦争はできると言います。パワー・ポリティックスの立場をとれば確かにそのとおりだと思います。しかし、いまの政権は、そんなことを何も考えておらず、戦争に向かおうとしている。
(白井)結局それは、平和ぼけだと思うのです。何やら勇ましい言動をしているわりには、プラクティカルな発想がない。ぼけた頭で戦争を夢想している。

<NPT体制において実は特権が与えられてきた日本>
(木村)僕はやはりアメリカはオプションを2つ残しているのではないかと思います。日本の核武装を容認するという選択肢も残している。例えばイスラエルには、アメリカとフランスが援助して、核武装を容認していますが、それと同じことを実は考えているかもしれない。いまの世界でイスラエルに一番近い扱いを受けているのが日本だと考えれば、非常にわかりやすいのです。

<永続敗戦論>
<すべてのメディアが鳩山由紀夫という政治家個人の資質に対する批判を喚き立てた>
(白井)要するに、政権交代などこの国ではできないと端から決まっているのではないか。だとすれば、戦後民主主義とは何なのか。民主主義はどこにあるというのか。
 いったい何が戦後民主主義に対する決定的な制約になっているのかをよく考えたとき、鳩山退陣劇の本質が見えてきた。その制約とは、つまるところ、アメリカであり、日本の政官財メディアの中枢を占拠する勢力の対米従属である。「(沖縄普天間基地の移設先を)最低でも県外にする」という日本国民との約束を果たすために、「辺野古に新基地をつくる」という日米間の合意を無効にしようとした日本の首相は、アメリカの手によって間接的にクビにされたに等しい、と私は『永続敗戦論』において書いた。

・鳩山氏を引きずり降ろしたのは、アメリカではなく、アメリカの意を忖度し、またアメリカの意を「虎の威を借る狐」式に振りかざす日本の官僚と政治家であった。

・あの退陣劇以来、鳩山元首相は、主流派メディアから散々に叩かれてきた。その理由は明らかだ。なぜなら、鳩山氏こそ、あの退陣劇を通じて「永続敗戦」状態を表面化させた張本人であるからだ。

・(木村)なぜマスコミが鳩山先生の言動をとらえて「お坊ちゃん」「宇宙人」「ルーピー」といった言葉で常に揶揄するのかという理由も本書を通読していただければ、ちゃんと理解してもらえると思います。ここでいま言えることは、鳩山先生の存在と勇気ある言動が日米のある既得権益層にとってはきわめて不都合なものであり、それを恐れているからこそマスコミによるバッシングの対象となっているということです。それは劣化した日本のマスコミの実情を反映しているだけでなく、権力とメディアが一体化して行う情報操作に容易に騙される多くの情報弱者の存在を表していると思います。




『世襲だらけの政治家マップ』 47都道府県・諸藩のお家事情
八幡和郎  吉田健一  廣済堂   2011/11



<「世襲政治家の黄金時代」にいまこそ終止符を>
・民主党政権になって日本が良くなったかといえば、おおいに疑問である。ただ、「世襲政治家」による「バカ殿政治」に終止符が打たれる希望が出てきたことは、この国が絡んできた宿痾に終止符を打つものかもしれない。たとえ今後、与野党再逆転してもこれは引き継いで欲しいところだ。

・野田佳彦はその轍を踏まないように政経塾仕込みの政治技術で細心の注意を払っているが、その一点への過度の配慮は、政策より政局重視という別の落とし穴へ向かいかねない危惧と隣り合わせだ。政治的な配慮が勝ちすぎた「適材不適所内閣」は、早々から閣僚の更迭を強いられた。

・政治家が死んだ場合に、政治団体に蓄積された資金を相続税なしで引き継げる制度も健在であり、野田首相をはじめ、世襲でない政治家に頑張ってもらいたいものだが、それを応援する気持ちも込めて、この日本がいかに世襲政治家の天国であるか、また、それがどんな弊害をもたらしているかの全体像を、国民の皆さんに知ってもらいたいという願いで本書を書いた。

<政治家に知力を求めないバカ殿政治>
・世界のたいていの国では、国のリーダーには抜群の知力と政治的な経験の持ち主であることが求められている。官僚、軍人、学者、弁護士、企業家、社会運動家、地方自治体の長などとしてしかるべき実績を積んだ人間が、さらに、それなりの期間にわたって閣僚など重要な政治的なポストを経験してからなると決まっている。

・だが、日本では総理候補に限らず、政治家に専門的識見は求められないのが常だ。野田首相が財務大臣に就任するまで船橋の駅前で毎朝欠かさず街頭演説を続けたことが美談として語られるが、そんなことに時間を割いて、彼はいったいいつ書に親しみ、政策を学んでいたのだろうかと、国民は疑問を持つべきだ。夜の会合を早々に切り上げ、早朝に起きて政策の勉強をする政治家もいるのである。

・本人の能力より父親の祖父が政治家であったということで評価されて国会議員になり、その後も、政界で異例のチャンスを与えられた末に「収まりの良さ」がゆえに権力の頂点に立つ、というのがこの国の現実である。

・ここ20年ほどの総理たちを見れば、世界各国のリーダーたちに比べて、何よりも知力においてひどく見劣りがする。政治家という仕事には、歴史や文化などについて深い理解、外交、法律、経済、社会などについての相当な専門的知識が要求されるが、そうしたものが備わっていた政治家はほとんどいなかった。
 経歴においても重要閣僚ポストの経験を踏んでいない者が多かった。そうしたことは、今後の総理候補といわれる人たちについても同じようなもので、選択が悪いという以上に、総理候補を育てるシステムそのものが崩壊してしまっているのが問題だ。まっとうな候補者がいないのだから、誰を選んでもうまくいかなくて当然なのだ。

・日本人で、政治家にまともな期待をしている人はほとんどいない。その責任は政治家にもあるのだが、彼らを選んだのは国民である。国民が政治の主人公でなく“消費者”としての意識しか持たず、もっぱらストレスのはけ口として政界のドタバタを傍観し、あえて毒にも薬にもならないバカ殿のほうがましという行動をとる限り、ついこの間まで「日が昇る国」といわれたこの国が、歴史の地平線に沈んでいくのは不可避であろう。

<能力が劣ることは認めたくないが血筋の差なら我慢>
・現代日本において宰相候補となるもっとも有利な条件は、代議士の息子にして、父親が若死にすることだ。

・日本でもかつては、一国の命運を背負う仕事は、知力はもちろん専門的な学歴についても職業実績においても第一級の人だけにふさわしいと考えられていた。総理の仕事は、平凡な能力や経験で務まるようなものではないのだから当然である。

・田中角栄は、外相、蔵相、通産相の少なくとも2つを務め、国際舞台で一国を代表して丁々発止とやり合った経験を持つことが総理の資格だといっていた。
 だが、大平正芳の急死を受けて鈴木善幸が総理になったあたりから、ベテラン政治家なら誰でも宰相候補になれるようになり、「陣笠宰相」の時代になった。
 ところが、そうなると、我も我もとなり、国会議員のなかで優れた資質の人を、「この人はさすがだ」と誰もが納得するまでに育てていく風潮がなくなった。自分より「能力が優れている人」の存在を認めたくないという、嫉妬心だけ強い小物の天国になったのである。
 そこで出てきたのが、毛並みのよい「プリンス」を押し上げることだった。それなら生まれつきのものだからとあきらめもつき、自分たちのプライドを傷つけることがない。

<直接地盤を継承する日本の世襲は、政治の私物化>
<どうして二世は駄目なのか>
・たしかに、海外においても、アメリカのブッシュ大統領親子をはじめ、親譲りの政治家は珍しくない。だが、北朝鮮に代表される独裁国家でもない限り、日本ほど多く二世議員がおり、しかも、その政治たちが枢要なポストを占めている国はない。
 このことから、いわゆる「地盤」が私有財産のごとき存在となり、個人の後援会組織が利権獲得マシーンと化して、世襲による円滑な継続を要求するなど日本の政治風土は独特のものになっている。

<世襲を美風とする特異性>
・それでは、日本で「二世」が多い特殊事情は何なのだろうかといえば、「親の職業を継ぐことを美風とする意識」「政党組織が個人後援会から独立して存在していない政党組織の私物化現象」「利権につながる後援会・秘書団のジュニアが好まれる傾向」などが挙げられる。
 べつに政治家だけでないが、日本では、親の職業が子どもが継ぐと、「親孝行」として誉められる。あるいは、同じ質のものやサービスを提供しても老舗のほうが高く評価される。

<小選挙区制も世襲否定の決め手にならず>
・小選挙区制が導入されたとき、誰しもが、これで世襲候補でなくとも政治家になれるはずだといった。中選挙区制度では、同じ政党の複数の候補が同じ選挙区で争う。そうなると、どうしても、個人後援会を持つ候補者同士が、それぞれ中央の派閥の支援を受けて戦う現象が見られた。
 それが小選挙区だと、派閥に属さずともその党の支持者はみんな応援してくれるし、個人後援会も必須ではなくなるはずだった。そして、少し時間はかかったが、たしかに派閥は空中分解しつつある。だが、相変わらず世襲候補は多い。
 その最大の理由は、政党の地方組織が国会議員の個人的後援会から十分に独立していないからだ。

・本来の筋からいえば、国会議員が死んだり、別の政治家に支部長が交代したら、その時点での残存資金はすべて党のものとなるべきである。そうでないとすれば、支部への献金を非課税扱いしたり、企業・団体の寄付を許す理由がない。

<二世代議士を減らすためには>
・「二世」が政治家になることは悪いことではない。また、政治家になった二世が困った人たちであるとは限らない。だが、日本の政治家、とくに有力政治家のなかにジュニアたちが占める割合が高すぎる。そして、日本の政治家に特有のひ弱さとか、知的能力の低さといった欠陥をもたらす大きな理由の一つが、ジュニアたちの「マフィア」で政治が動かされていることにあることは間違いなさそうだ。そうであれば、もう少しジュニアたちの割合を低下させる工夫くらいはしていいだろう。

<? 二世であることをネガティブにとらえよう>
・二世候補がさまざまな意味で有利な条件にあることは、結局のところある程度は避けがたいものである。そうであれば、世襲であることをネガティブにとらえる逆風がある程度は吹くことがバランス上も必要である。

<? ネガティブな遺産も引き継ぐ義務>
・世襲候補は、義務的に父たちの政治家としての足跡について、自分の見解を明らかにし、否定するならきちんと糾弾し、否定しないなら甘んじて批判と戦うべきだ。

<? 明らかに経験不足の世襲候補を排除しよう>
・政治ポストの世襲はよいことではないが、かといって、いかなる場合でも排除できるものでもない。だが、最低限、本人の経験なり見識が一定レベルに達していないにもかかわらず、世襲させるのだけはやめてほしい。

<? 大臣などへの世襲的登用の監視>
・国会議員になるということでも二世は有利だが、それ以上に、大臣などによる場合では、その有利さはさらに際だっている。
 そのひとつの理由は、当選回数が重んじられるゆえに、若くして初当選することが多い世襲政治家に有利になっていることである。

・世襲政治家の有利さはそれに留まらない。父親たちの旧恩に報いるための抜擢人事が行われていることは、これまで書いてきたとおりだ。
 官僚出身者は世襲議員のライバルだが、かつては、たとえば、事務次官経験者はいきなり閣僚にすらなることがあった。それが田中角栄政権のころから見られなくなり、当選回数重視主義になった。それも小渕政権あたりから崩れ始めているのだが、まれに行われる抜擢人事の主たる対象も実力が抜群である者でなく、世襲議員である。

<?地盤の相続には相続税がかからないが>
・選挙地盤の継承に相続税をかけることができないのは、まことに残念というほかない。
 ただ、ひとつ考えなければいけないのは、世襲候補の場合、政治資金が事実上、相続されることへの対処である。政治団体に資金がプールされ、あるいは、会員がいる。これを世襲議員はそのまま世襲することが多い。これは厳しく禁止されるべきだ。まして、政党支部については、これが公的な存在だとすれば、世襲でなくとも後継候補者にそっくりそのまま渡されるべきものである。

・また、投票に際して、姓だけの投票は、親と間違っての投票と区別がつかないので不公平だ。そもそも、選択式でなく、記名式の投票は知名度の高い現職に有利にしようという不純なものだから、選択式にすべきだ。

<?二世に対抗する候補者を助ける国民運動を>
・二世には地盤、看板、カバンがそこそこある。しかも、多くの日本人は二世が好きである。そのことを少し補正するために、「アンチ二世候補」という看板を与え、資金的にも少し助けてあげればいいのである。また同時に、「二世」であることをネガティブにとらえ攻撃する動きをしてメリット、デメリットを中和させることができればよい。

<政治家供給の幅を広げる>
・まず、公務員を含めてサラリーマンについては、選挙への立候補を理由に辞職を強いることをなくすべきである。当選すれば官民を問わず、それまでの職を休職とし、議員を辞めたときは、特段の事情がない限り復帰を拒めないようにしてはどうだろうか。地方議員の場合は兼職も認めるべきだ。

・議員秘書については、各政党は国政選挙のたびにある一定割合の議員秘書(二世を除くのはいうまでもない)を公認するといったことにしてはどうか。そうすることによって、有能な人材がこの世界に流入することが促進されるはずだ。

<ついに天下を取った「松下政経塾」とは何か>
・そもそも、世間での大きな誤解は、松下政経塾が選挙技術などのHOW TO的なノウハウを教え、「選挙サイボーグ」を作るところだと思われていることである。だが、実際はそういうものではない。
 政経塾では、開塾以来ずっと「自習自得」の精神の中で、自分の必要なものを身につけていくという考え方のもと研修プログラムが組まれており、選挙を目指す塾生が先輩の選挙を手伝うということは伝統的に行われてきた。何事も「現地現場」というのが政経塾の基本理念であり、「政治学」を学んでも分からない政治の現場を体験する中で、世襲でなくても、ある種の「政治の個の人間」という空気の中に身をおくことは可能である。

・座学では、歴史観、国家観、政治理念などについての各種の専門家からの講義がある。そして、座学と実践は互いに授業を受けるだけではなく、かなり、実習することに重きがおかれている。ちなみに、「経営理念」に含まれる研修は、製造実習、農業漁業実習、営林実習、販売実習とすべてが実践的なものから成っているくらいだ。実習的なものは初期により多く行われていたらしい。一時、中断されていたものが、最近、幸之助の存命中への「原点回帰」の意味から復活している。

・そして、2011年、塾の開設から30年あまりの年月を経て、ついに総理大臣が輩出された。野田佳彦は幸之助が自ら選んだ一期生の中でも、特に期待をかえられていた人物だといわれている。

・本書では、いかに日本において世襲議員が多いか、また、彼らが議員になってからも優遇されているかを描き出してきたが、この現状を打破するためには、「政治の世界に関わりにある人でなければ政治家になれない」という側面だけでなく、「政治の世界以外の人の中に現実政治に向かっていく人が少ない、だから、比較的可もなく不可もない世襲に頼らざるを得ない」という側面にも目を向けなければならないこともまた事実である。

<政治家になってからの能力向上こそ大事>
・いずれにせよ、世襲政治家が多いことの大きな問題点は、それ自体が民主主義にふさわしくないということと、もうひとつは、本来、高い専門性を要求されているはずの政治家という職業に、その能力なり経験に不足した人がつき、この国の舵取りを誤らせているということなのだ。
 そして、国際交渉の場でも、いまや、日本は経済力だけを背景には発言力を確保できなくなっており、政治家個人の魅力や能力がなくては国益を実現できないのだから、国際的に評価を得られないような政治家はお引き取り願わなくてはならないといっても過言でないのである。

<第二の維新>
・坂本龍馬の墓は京都東山の中腹にあるが、龍馬を始めとする志士たちの顕彰と墓地整備に力を尽くしたのは松下幸之助だった。その幸之助翁が、第二の維新を成し遂げられるような良質の政治家を育てようと創立したのが松下政経塾である。

・いまの日本はまさにその時代の再現で、若くして大名になると幕閣で出世できたように、国会議員の子どもにして親が早く死ぬことが総理への理想的な条件になってしまった。国政が第一級の頭脳と見識、そして、豊かな社会経験を持った政治家によってなされている諸外国のそれと比して、あまりにも低いレベルの世襲政治家だらけになってしまったのだ。

・政官財のトライアングルがそれなりに機能した30年以上前と比べて、日本経済をめぐる状況は根本的に難しくなっているのに、よく根回しして、みんなが納得する政策をやりましょうということでは、何の問題も解決できないことは明らかである。

・本書と並行して『本当はスゴい国?ダメな国?日本の通信簿』(ソフトバンク新書)という本を執筆し、世界主要十カ国との徹底比較を試みた。そこで強調したことだが、日本というのは、かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれた時代にあっても、四番打者とエースだけが優れた野球チームのようなもので、オールラウンドに優秀だったわけではなく、遅れた分野も多かった。いまも状況は変わっていないどころか、瀬戸際に追い込まれている。ひとつひとつ最高の知恵を出して改善していかないと、落日の一途をたどるだろう。ここは、政治家や官僚がよほど賢くならない限り、よい見通しは持てないのである。




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