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村人はその女性を山神であるとみていますが、山神男性説をとるこの地方にも、こうした見方のあることはおもしろいことです。
[森羅万象]
2019年5月27日 7時38分の記事


『河童・天狗・神かくし』   現代民話考1
松谷みよ子   立風書房    1995/7



<日本民話の会>
・1978年、私どもの「日本民話の会」は『民話の手帖』という全国誌を発刊した。そのとき私は天啓のようにこの雑誌に依って現代の民話を集めようと、思いたった。

(原文修正;当ブログ)
<天狗考>
・天狗話の次の出合いは我家に来ていた山形県及位(のぞき)の娘さんから聞いた話で、大正の末頃、新庄の娘が行方知らずとなったが、数年後、新庄の祭りに蓑を着て現われた。天狗のかか(母)になっていたといい、その顔立ちのあまりにも若く美しいのに驚くと、天狗に年一度脇の下から血を吸われるからだ、こんなことをしていると天狗に叱られるとて逃げ去った。娘たちは親の家の炉端に詰めかけて報告したという。

・そして昭和54年、長野市で天狗のオーケストラなる話を聞き、ついで小さな瓢箪(ひょうたん)を持って酒買いに来た天狗の話を聞く。いくら注いでも酒はこぼれることなく瓢箪に入っていく。そのさまを酒屋の幼い娘はまじまじと見ていたのである。古峯原や御嶽の天狗の不思議は昨年聞いた。
 私の出合った天狗話だけでも、明治からつい近頃、昭和という時代に生きた人びとが、真実あったることとして、天狗の話をしてくれる。そして今あげたいくつかの話からでも、天狗の持つさまざまな側面を見る心持がするのである。
 では、天狗とはいったい何者なのであろうか。自ずから問いかけが生じるわけだけれども、いまここでその歴史や性格を述べつくすことができようはずもなく、ほんの概要を記すことでお許しを得たい。

・いずれにしても深山で音もなく打ち上げられる花火、山々をゆるがす笑い声は体験をした者をして深い怖れを抱かせ、神霊の存在を思わせずにはいられなかったのであろう。
 次に山人の存在があった。山人とは山で生活する者をいい、普通の農民とは生活が異なるだけに、村人らはある恐れをいだいた。しかし異民族とはいい難いというのが通念である。昔は各地方に鬼のような山人がいたとされ、役行者に従った前鬼・後鬼もそうだという。

・いたずら好きといえば井口文秀画伯の生家である富山県の光栄寺の天狗は有名で、7年間姿を見せぬままに寺の者を脅かし、ほうき、皿、小鉢を踊らせ、戸障子をばたばた倒し、火をめらめらと走らせ、畳までもしまいに躍らせた。こちらの話は筒抜けで返事の手紙が降ってくる。大変ないたずら者であったという。
 しかし一方では天狗の八つ裂きの例話に見られるように、訳なく首を引き抜き手足をもぎとる。天狗という者は、かなり残酷な妖怪なのであろうか。

<神かくし考>
・私が神かくしの話を初めて聞いたのは昭和28年頃だったか、結核で入院しているときであった。同室の江藤鈴子さんが小学校6年のとき、修学旅行の帰りに友達の姿が見えなくなった。神かくしにあったといって探し回ったが見つからず、翌日川向こうのお宮にいたという。冬のさなか川を渡り歩き回ったのに風邪一つひかず、何かにとり憑かれた様子だった。人びとは狐の仕業かといったという。
 この鈴子さんという人は生来の語り手で幼い日をよく記憶しており、大分でのさまざまの出来事の中にこの話はあった。

・捜索隊の体を縄で全員繋ぎ、これ以上神かくしに遭うことのないよう、点呼をしながら進むというのである。神かくしを怖れる村人の鼓動が聞こえてくるではないか。このたびの話の中にも近い例はあって、千葉の九十九里では晒一本に手をかけて離れぬよう並んで探し歩いたという。
 他の地方の例を見ても、捜索には似た風習が多い。鉦と太鼓をたたく、一升瓶をたたく、茶碗をたたくなどが多く、呼ぶ声も太郎かやせ子かやせ、次郎太郎かやせ、オラバオ、オラバオ、山の神様、〇〇さんを出したもれ、また単にかやせかやせなどであるが、全国にこうした風習があることも、考えなくてはならない点である。

・木樵りの幼女が行方不明になり、探す声をこれも友人の小沢清子さんが聞いている。新潟の出来事で父母は狂気のように探しまわり、狐の穴に赤飯を供えて歩いた。やがて探しつくした頃幼女は眠ったような姿で発見されたが少しもやつれた様子もなくまるまるとしていて、ただ体中にかき傷があったという。既にくり返し探しつくした所に横たわっていた幼女が、行方不明になってから何日も経つのに、何故ふっくらと肥って肌もつやつやとした顔で死んでいたのか。町の人は「子をなくした狐が、あんまりその子が可愛げで、さらっていって養っていたんかねえ」と言いあったという。

・夕方カクレンボしているうちに一人の女の子がいなくなり、探しつかれた頃お堂の下で泣声がした。そこは囲ってあって床下も低く人の入れるはずもない。周りをぐるぐるまわって叫んで、ひょいとみたら泥だらけのその子が泣いていた。どこから出てたか判らない………。
 この話を語ってくれたのは群馬県藤原郷の浜名マサさんである。

・江戸時代の記録では、讃岐高松藩の目黒下屋敷のお庭番が午後二時頃、天狗に連れられて飛行、その夜の八時に高松の父の許に帰された。国と江戸との照会文書ではっきりしているという。江戸と四国では歩くにも歩きようのない距離である。これなども一笑に附せば附せられるかもしれないが、青梅の話などを聞いた私には、作りごとと思われない不思議を感じるのである。
 このように私の聞いた神かくしだけでもさまざまな形があるのだが、もう一つ看過できない神かくしの一面に、山人、または天狗との婚姻があって、これは柳田国男の『山の人生』に詳かである。

・陸中南部の農家の娘が栗を拾いに山へ入って帰らず、親は死んだものとあきらめて枕を形代に葬式をする。2、3年過ぎてから村の猟師が五葉山の中腹で此の女に行逢って驚いた。女の言うには自分は山で怖しい人にさらわれ、一緒に住んでいる。そういう中にもここへ来るかもしれぬ。眼の色が怖しくて背が高く、子供も何人か産んだけれども似ていないとて殺すのか棄てるのか皆持っていってしまうと語ったという。
 また同じく五葉山で同じような話を語り、猟師にすぐ帰ってくれというのに、猟師はここで逢ったからには連れて帰ると手を取って山を降りかかったところを、いきなり後から恐ろしい男が飛んできて女を奪い返し山へ入ったと語る者もいて、これは維新前後の出来事であったらしく娘の父は生存していると家の名まで明らかにした。これは喜善の報告という。

<天狗による神かくし>
〇昭和47年の旧7月25日、盂蘭盆の日、この日は地獄の釜のフタのあく日で、「山川に入ったらいけないよ」というのに子どもは暑いので、前の谷川でボシャボシャはしゃいでいた。家の孫も六つで豊というのが行こう行こうというので連れていった。なかなか遊びをやめんので田の水加減を見に一寸そこを離れたすきに、豊の姿は見えなくなり、部落中の騒動になった。次の日の昼すぎ、佐賀町ごしの峠の近くで見つかった。

・背負って帰ってくる道々「ひだる(ひもじい・空腹だ)かった」といい、誰と来たかときくと「天狗のおんちゃん(おじさん)と来た」と言うたそうだ。   (高知県)

〇福島県南会津郡。星盛氏という人の親類の人が神隠しにあったので山々を捜し歩いたが見付からない。4、5日して親類の者が一人古峯神社へ詣って許される事を願った。ちょうど代参の者が古峯山へ着いたと思われる頃、村近くの山に蒼ざめて立っているのを発見された。その人の後の話に、夜は村の山にいたが夜明け頃になると小鳥のようなものが現れて、俺と一緒に来いというので、これについて行くと隣村の山へ入った。その小鳥のようなものは尻ぺただけ見えて他はわからなかったが、発見される日に天狗様が現れ、汝はここに居ては悪いから村へ帰れと掴まれて投げられ、しばらく飛ぶうちに人々に見付けられた所に落ちたという。

〇群馬県甘楽郡甘楽町秋畑。明治のこと。少々頭脳の弱い子が、ある秋の夕方突然家から姿を消した。村中で近くの山や町を尋ねたが、全然見つからない。次の日も次の日も、と捜したが、矢張り見つからなかった。約半月すぎて、ひょっこり村の辻の所へ着物が少しボロになって立っていた。家へつれて帰って「今迄どこへ行っていたか」と尋ねると、「天狗に突然連れて行かれて、大きな都市のあっちこっちの名所を回ってきた」といったと言う。妙義山の天狗とも、白倉神社の天狗ともいった。

〇群馬県多野郡。昭和のこと。山村のある人が突然行方不明になって神かくしではないかとされていたら、天狗にだまされて山の中で発見された。

〇群馬県利根郡水上町湯原。明治39年8月の話。湯原の須藤長松さんが寝ていた。ところが突然消えてしまい、家の人をはじめ近所から村中の騒ぎとなり、手分で川、沢、山から橋の下まで探した。5日間みてまわったが見付からずついにあきらめた。(省略)その後本人に聞いてみると茶の間に寝ており、起き出して家と倉の間までは覚えているが、その後の記憶は全然ないと言っており、夏の暑い日に5日間も飲まず食べずにいることは考えられない。よく問いただすと食べた覚えはないが、おもゆのようなものを飲まされ、谷を飛べ飛べと言われたようだったと言っており、体には見たこともない毛が何本もついていた。そこで人々は、長松さんは天狗にさらわれたんだろうということになった。その後1ヵ月ぐらいで死んでしまったが、死んだその晩は非常に大きな雷鳴があり、村人は天狗の仕業だと恐れたという。

〇群馬県。明治の頃の話。埼玉県与野市の者が榛名神社へ参詣に行ったが、ある者が急にいなくなってしまった。山中いたる所探したけど見つからず、仕方なくみな帰ってきた、何日かして、うすのろのような状態になってその人は帰って来た。どうしたのかと尋ねると、天狗さんにつれて行かれたという。(中略)それでその人は天狗さんの面を彫って榛名神社に奉納した。今もその面は残っている。

〇埼玉県入間郡。明治のこと、日向和田山の隣りの富士山で知られる小瀬名部落の若者が、ある日突然見えなくなってしまいました。これは天狗がくしにあったのだと、部落中総出で鐘太鼓をたたいて付近の山野をくまなく捜しましたが、どうしても見つかりません。ところがそれから半月もたって、その若者はボロボロの着物で気が抜けたようにひょっこりと戻ってきました。どうしていたのかと尋ねますと、夜は天狗に連れられて山中を歩きまわり、昼は木の上に寝ていて食事は天狗がどこからか草や木の実をもってきてくれたと話したそうです。昔小床(こいか)の人で、子ノ山で茶店を出していたおかみさんも、水汲みに行って天狗がくしにあい、気違いになってしまったといいます。

〇埼玉県入間郡。名栗の森河原の浅見常次郎さんは、実家の青場戸へ行った帰り、夜道になって豆口峠の上にきました。すると見上げるような大きな坊さんがいて、ついて来いと言うので行くと、岩上に立って向こうの山まで飛んでみろと命令するのです。浅見さんは、もし飛ばなくてもどうせ殺されるかも知れないので、死んだ気になって飛んでみるとアラ不思議、鳥のように軽軽と飛べるのです。そうして彼は大坊主と一緒に一晩中あちこちの山を飛び歩き、夜が明けて気がついた時はぐったりと疲れて、もとの豆口峠の上にいたそうです。これも短時間の天狗がくしなのでしょう。

〇千葉県木更津市。鎌足の人なんですけど、子供がいなくなっちゃったんです。探していたんですが、なんか近所の人が寄って探してもですね、分からないと。しばらく日数をおいてたのですが、その間も探していたのですが、そうしたら、あるとき、その子が裏口から入ってきた。それで、その子に「お前はどこへ、行っていたんだ」って聞いたら、お父さんお母さんによく似た人がきて「じゃあ、背中に乗れ」ということで、そして乗ったらね、連れて行かれた。考えてみると、天狗様と同じものだと思えるのですが。

〇東京都西多摩郡奥多摩町。大正の始め山から下駄ばきの子供がぽこっと出てきた。おじさんに連れられて恐い所へきたら目隠しをして歩いたという。身元を調べて青森から家族が引き取りに来た。おじさんというのが天狗だか、なんだか。

〇新潟県東頚城郡松代町池尻。明治初期の話。池尻の「万之助」という屋号の家にオモという若い嫁さんがあった。色白で肉付きがよく働き者であった。ある冬の吹雪の夜、夜なべの藁仕事をして遅くなってから風呂に入り、上って腰巻をつけただけで玄関の近くにある便所へ小用を足しにいった。それっきりオモの姿は忽然消えてしまった。オモは天狗にさらわれたのだということになった。村人の探索にもかかわらず遂に行方が知れなかった。その同じ頃、池尻の隣部落の千年という所の普門庵という尼堂の庵主さんが、寝る前に戸締りをしようと吹雪の戸口に出てみると、庭の大欅(けやき)の上に黒雲が飛んできて一時止まった。その雲の中から「庵主さま!」と助けを求める女の声がしたが、雲はまた東の方へと飛び去った、ということである。天狗が湯上りの半裸体のオモに色情し、さらっていったものと思われた。

〇富山県魚津市。89歳の頃(明治14、5年)と覚ゆ、越中魚津に住んでいた時、1年に1人や2人は天狗に捕まって行かれたものがあった。此の時組内の人々7、8人も寄って、夜10時過ぎより、天狗の棲めると伝わるる火の宮や愛宕の大杉の下へ、迷子の名を語尾長く呼びつつ、太鼓と一升桝の底を敲いて捜しに行った。丁度作次郎と云う子供が無くなったのであろう。或る冬の夜半であった。私は母から呼び起こされて床の上に座った。すると遥か7、8町先の火宮辺へ「作次郎やあーい」デンデンデンと、哀れな恐ろしい声がするのが聞え、彼は天狗に捕まった子を捜しに来たのだと説明された記憶がある。斯くすること7日終に見当たらざるに至って止む。彼の太鼓を敲くのは暗夜の物凄さを忘れる為の附け元気であろうが、桝の底を敲くと、天狗の耳が破れそうになるので、捕った子供を樹上から解放するからだと信じられて居る。今日でも天狗に関する迷信は消えないが、太鼓や桝を敲いて捜しに出る風習は、30年前から廃んで終った。

〇石川県能美郡遊泉寺村。今から20年ほど前に伊右衛門という老人が神隠しに遭った。村中が手分けをして捜しまわった果、隣部落と地境の小山の中腹、土地で神様松と謂う傘の形をした松の樹の下に、青い顔をして坐って居るのを見つけたと謂う。然るに村の人たちが此の老人を探し歩いた時には、鯖食った伊右衛門やいと、口々に唱えたと云う話が、是は何時でもそう言う習わしで、神様殊に天狗は、最も鯖が嫌いだから、かく謂えば必ず隠した者を出すものと信じて居たのである。

〇福井県三方郡美治町佐田。大正の頃のこと。隣家の辻治良八家のおじいさんが家を出たきり何日も帰って来なかった。ほうぼう探したが所在がわからず、家人が嘆き悲しんでいるとひょっこり帰って来た。おじいさんの話では家の前の正覚寺の庭に松の木があり、天狗がいて連れ去られ、何日も山中をさ迷い歩いたとのことであった。

〇山梨県南都留軍道志村。50年ほど前になるが川原畑の金次郎という人が雨の中を蓑笠姿で出たまま行方不明となった。2日目に谷村で村民が見付けたが、何でも川を一またぎに渡ったら、大男から眼をつむれと云われたが、その後はどこをどう歩いたかさっぱり判らぬと答えたまま、宙を歩く気持で家まで連れ帰られた。

〇長野県諏訪市。昭和13年の秋、塩尻峠へ遠足に行った。帰途3年の生徒が1人いなくなり村の人や消防団、警察と八方探したがいない。夕方8時、至急便が学校から届いて伊那の本通りに、ぽかんとうずくまっていたという。塩尻から伊那まで4、50キロ、4時間たらずで行けるはずもなく、担任が迎えに行っても何もしゃべらなかった。ただ下にあかりがチラチラ見えたとか、風がビュービュー吹いたということ位をやっと聞き出した。いい小梨を見つけておいたので、それを採って帰ろうと列から離れたという。ただそれを見た者もなく、神かくしか天狗にさらわれたのかと当時話し合ったものだった。

〇長野県上伊那郡。三峰川谷には幼児・少年の天狗にさらわれた類話はたくさんあります。浦の伝吉という52歳(昭和18年当時)くらいになる人ですが、7、8歳の頃、家の庭先に遊んでいるところを天狗様に連れられて行きました。村中で、「伝やあい。」と呼んで探したことが今でも記憶されていますが、一里ばかりはいった山中で、ことなく発見されました。子供がかどわかされるのは、多くは黄昏時に起こる現象でした。上村中根の45歳の(昭和33年当時)くらいの男ですが、子供のころ、隣家の子供の守りをしていました。夕方、赤子をかえしてわが家に帰る道で、行方不明になってしまいました。グリン様に連れ去られたといわれました。村中で探して歩きましたが、3日後、少年は自宅で寝ているところを発見されました。3日間は、山ばかりを歩いていたそうです。中根や上村の下栗辺で、夕方のかくれん坊遊び、が固くいましめられているのは、こうした災いの故でした。

〇長野県北安曇郡八坂村。八坂村上籠部落の北沢某の家で3歳になる男の子がいなくなった。3日目の朝、家の人が戸を開けてみると、その子が、ぼんやり立っていた。「遠くの山へ行って来た」というばかりだった。天狗にさらわれたのだろうという。

(原文修正;当ブログ)
〇長野県下伊那郡上村。上村と木沢部落との境に、中根という部落があるんだ。ある時、中根部落の息子がどっかへ行っちまって、おらなくなったことがあってなあ。近所の衆は心配して村中探したんだけれども、2日たっても、3日たっても1週間たっても見つからなんだな。とうとうその息子は、それっきり姿をあらわさなんだもんで、みんなは天狗様に連れていかれちまったんだって噂したんだ。

〇長野県下伊那郡上村。今から50年も前の話かなあ。わし(熊谷寛氏)と同い年で大沢某という人がおったんだ。この人が、ある夜、突然どっかへ行っちまったことがあるんだ。それで、2日たっても、3日たってもちっとも出てこないもんで、家の衆は勿論、村の衆も大そう心配して、あっちこっち探したんだけれど、ちっとも見つからなんだ。そうしとるうちに、1週間くらいたったら、その人は、どこからともなく真っ青な顔をして出てきたんだな。家の衆は「どこへ行っとったん。」って聞いたんだけで、本人は「どこへ行っとたのやら、さっぱり分からん」って言うだけだった。そうだもんで、みんなは、こりゃあ天狗様に騙されたに違いねえって大騒ぎしたもんだ。

〇長野県下伊那郡清内路村。明治の中頃、梅の実を採りに行った“おたき”という少女が天狗にさらわれ、7、8日して戻ってきたという話が伝わっている。「7、8日くらい経ってですか。“おたき”が帰ってきたんですね。でボーッとして立っていたから、どこへ行っとったんだ。なんとも受け答えもせずにボーッとしているってんですね。少し歩かせるとトコトコと歩くしまたスコッと立っているからね。あと押したりなんかして家へ連れて来て、で、いろいろと話してみて。どうやって行ったんだってったらね、吊し橋の岩の所へフッと目をつぶれって言うから、もう吊し橋のその恐ろしい山のね、百メーターのその上を登って行ったって言うんです。フッと目を開いたらね。でまた目をつぶせって言うから目をつぶしたら、コウ耳のところでね、風鳴りがさかんにしていて着いた所がね、男の人たちばかりいる山へ行ってきたってね。そして他にどんなとこ見たったらね、おそらく江戸あたりのことを考えれるような所をね、人がいっぱいおる、その所へ行って来たとかね。でまた目をつぶせっていうとね、コウ耳の後ろで風が鳴ってね。こういう話をしたそうです」。

〇滋賀県犬上郡多賀町。明治の中頃、多賀に神島政五郎という大工があった。少年の頃、天狗隠しに遭って以来、時々天狗に呼び出されたり、天狗が家に来て見えないながら三升飯を平らげていったりするのを妻子は見たり聞いたりもし、近所でも評判だった。

〇岡山県上房郡北房町阿口。明治の話。乾から巽方向に見通せる所はキシオジンスジといって天狗の通路である。阿口のキシオジンスジには大きな老木がある。助四郎老人が子供の頃に部落の子供が夕方になっても帰らないので、部落の人が集って「返せー 戻せー、チンカンドン」といって探し歩いた。しかし、どうしてもいなかった。それから数日したらキシオジンスジの杉の枝にその子供のケシコがぶら下がっていた。オウマガトキ(夕刻の人の顔が定かに見分けにくい時刻は天狗や魔物の通る時間であり、その時刻をいう)にキシオジンスジを通ると天狗に掴まれるというが、実際にあった話である。備中地方では子供がいなくなると「返せー、戻せー」太鼓と鐘をチンドンという形が決っている。

〇徳島県小松島市櫛淵町。大正の頃、T家の次男が神かくしに遭った。部落の全家から1人ずつ出て山野を探索したが、3日たっても発見出来なかった。ところが夜が明けてふと家族が門先の柿の木を仰ぐと、14、5歳のその少年が木の上にいるではないか。皆で梯子でかつぎ下すと放心状態で、聞き直したところ、天狗にさらわれて山野を飛び回ったあげく、この柿の木の小枝に掛けたまま飛び去ったというのである。以来、その少年は魂を奪われたようで、学校へ行ってもろくろく口を誰ともきかなかった。そのうちに流行性感冒にかかってぽきと死んでしまった。神かくしにあってから半年足らずで若死にした。

<山の神などによる神かくし>
〇東京都八丈町。昭和の初め頃のこと。八丈島ではテンジ、テッジメという山の怪が、神かくしをするといわれている。中之郷では、テンジが人を神かくしにしたという。ある時、子供が行方不明になって大さわぎになった。いくら探しても判らなかったのに、翌朝、集落の近くの山のふもとに立っていた。子供の話では、一晩中誰かに歩きまわされたという。この話は、赴任していた昭和45年頃、当時70歳のおばあさんから聞いた。

〇新潟県東頚城郡松代町。あのね、今月(5月)8日が松苧神社の礼祭なんですよ。そこへみんな、ホラ、1人で歩けるようになると御参りにいくんですよ。そうすると、その子が、あのしんれいの大工さんっていう家のお父さんの子供の時分でしょうね。なんか迷子してしまって山中へ、奥へはいっちゃって、もう父と一緒に帰らなかったそうです。そしてみんな大騒ぎしたんです。昔のホラガイ、ポッポー、カンカンってね、鉦念仏カンカンってたたいた。私の子供の頃だからポッポー、カンカンってそれだけよく覚えてます。三日三晩も松苧山の山を探したけれども見つからなかった。四日目だったかね、やっとこさ、道でて来たそうです。てつたろうがね。そして「お前どうして三日三晩も何食べてた」て言ったら「女のきれいな人がね、膝枕して、しっぱつ(いがほおずき)っていう、おいしいものを食べさせてくれた」そう言ったそうです。そして無事に家へ帰ったそうです。女の人は白い着物着ていて、それは近くに祀ってあるヌナガワヒメではないかということです。

〇長野県上伊那郡。浦の新三郎猟師といえば、山の神様となれ親しんだ逸話の持ち主として知られています。明治の初年のこと、新三郎は金子勢五郎猟師と連れだって仙丈岳へ猟に出かけましたが、二人は途中の小屋で単独行動をとることにきめ、別れ別れになりました。それから1週間、新三郎猟師は、杳として消息を絶ってしまいました。村人に依頼して山中を捜索してもらいましたところ、勢五郎と別れた小屋に戻っているところを発見されました。新三郎の話では、小屋を出てしばらく行くと、立派な婦人が現われて手招きするのに出会いました。誘われるままについて行くと、苺などの実る場所へ連れて行かれ、たらふくごちそうになりました。こんなわけで、山にいる間は、ついぞ空腹を感じなかったという話でした。村人はその女性を山神であるとみていますが、山神男性説をとるこの地方にも、こうした観方のあることはおもしろいことです。

〇和歌山県西牟婁郡上三栖。紀州西牟婁郡上三栖の米作という人は、神に隠されて二昼夜してから還って来たが、その間に神に連れられ空中を飛行し、諸処の山谷を経廻って居たと語った。食事はどうしたかと問うと、握り飯や餅菓子などを食べた。まだ袂に残って居ると謂うので、出させて見るに皆柴の葉であった。今から90年ほど前の事である。又同じ郡岩田の万蔵という者も、三日目に宮の山の笹原の中で寝て居るのを発見したが、甚だしく酒臭かった。神に連れられて摂津の西ノ宮に行き、盆の十三日の晩、大勢の集まって酒を飲む席にまじって飲んだと謂った。是は60何年前のことで、共に宇井可道翁の璞屋随筆の中に載せられてあるという。

<何ものとも知れぬ神かくし>
<話 一>
・昭和20年頃の話。私の家の近くの男の子(小六年)が昼間、にわとりをいじめたら神かくしにあって大騒ぎとなりました。井戸のそばにしゃがんでいたそうなのに、家人にはその姿が見えず、子供には家人の姿が見えるけど声が出なかったそうです。二昼夜、その状態だったそうですから、神かくしに違いないと、父母が言っていました。 (青森県)



『信濃の民話』  [新版]日本の民話1
瀬川拓男、松谷みよ子  未来社  2015/4/22



<仙人の碁うち(上高井郡) (原文;当ブログ修正)>
昔、菅平のふもとの仙仁という部落に太平さんという木樵りが住んでいました。今日も一日、山で木を切って、さあ帰ろうと、荷股に丁度いい木がぼやの中にあったので、一本引き抜いて杖にし、すたすた下ってきました。
 ふとみると、眼の前をいつ現われたのか1人のおじいさんが歩いて行きます。長い杖をつき、真っ白な髪と長いひげ、着ているものは何やらゆったりしたもので、ただの人とは思われません。
「はて、どこの人だろう。」とついて行くと、仙人岩の辺りでふっと姿を消しました。
「ははあ、ありゃ、仙人かもしれぬ。」
 太平さんはひとりうなずいて岩をそろそろ回りました。仙人岩は中が洞窟になっていて仙人が住んでいるといわれているのです。
 太平さんが覗いて見るとどうでしょう。今しがた眼の前を歩いていた老人と岩窟の主人らしい老人が碁を打ち始めるところでした。どちらも品のよい姿でのんびりと石を置いていきます。静かな山の空気の中にぱちりぱちりという音が澄んでひびきました。
 太平さんは木樵りながら碁好きでした。石の数が増えていくにつれて、すっかり夢中になりました。
「あそこの石はこうしたらいいに。」と思ったり、「さすがに仙人の碁はおら達と違う。」と感心したりしているうちに、どの位たったのでしょうか。はっと気がつきました。
「はて、もうどの位たったろう、家へ帰らねば。」
と我にかえってついていた杖をとり直そうとしたとたん、太平さんはよろよろとよろめいて倒れました、杖の木はいつの間にか朽ちておりました。いいえ太平さんもすっかり年をとって白髪のおじいさんになっておりました。
 ようよう起き上って仙人岩をのぞくと、もう仙人達の姿はなく、しずかな夕暮れの風があたりに吹きわたっていただけだと申します。

<早太郎犬と人身御供 [上伊那郡]>
・昔、正和の頃といいますから六百年余りも前の事です。上伊那郡の宮田の駅にさしかかった一人の旅人がありました。旅人は何か落ち着かない様子であたりを眺めておりましたが、道端の茶店が眼にとまるとつかつかと中へ入っていきました。
「ばあさんや、このあたりに早太郎という人はいないかな。」
「そうでありますなあ、早太郎という人はききませんなあ。」
 茶店のばあさんは茶を汲んでだしながら首をかたむけました。

・すると、端の方で茶を飲んでいた百姓が独り言のようにつぶやきました。
「光前寺に早太郎という犬がおりますが、犬ではお話になりますまい。」「犬? 早太郎という犬……。」
何を思ったか旅人はひざをのりだすと、「それはそんな犬かご存知かな。」
と、真剣に問い詰めました。
「どういう犬というても、わしはようは知らんが、何しろ駒ガ岳に住んでいる山犬が、光前寺の縁の下へきて5匹、子犬を産んだそうでありますよ。(中略)ると、子犬が大分大きくなったある日、1匹だけ子犬を残して山へ帰ったそうで、山犬っちゅうもんは人間の言葉が判るといいますでなあ、その子犬がはあ、でかくなりましてな、早太郎といいますに。」
「山犬の子ならさぞ強いだろうな。」
「強いの何のってあの犬ならイノシシでもかみ殺しますに。それでいて普段は温和しい利口な犬ですだ。和尚様はそれは可愛がっていなさるのだ。」
「うむ、その犬だ、その犬の事だ。」
旅人はひざをたたいて立ち上ると、すぐその足で光前寺を訪れました。
「私は遠江国、府中の天満宮の社僧でございます。和尚様にお目にかかりたくて参上いたしました。」
「はて、天満宮の衆が何しに。」
和尚様が出てみなすと旅にやつれた社僧は手をつかえ、
「御当寺には早太郎という犬がいるとの事でございますが、どうかその犬をしばらくお貸し下さいませんでしょうか。」と申します。
「一体それは何事ですか。」「実は――。」
天満宮の社僧が話したのは次のような事でした。
いつの頃からか誰も知りませんが、天満宮には毎年の秋祭りに娘を人身御供にさしあげるという悪いならわしがありました。もしそのならわしを破ると一夜のうちに田畑は荒され、幼い子供などがさらわれたりするというのです。そういうわけで秋になるとどこの家でも生きた心地もなく、ひたすら娘がおみくじに当たらぬように祈っているのでした。
 この年もいけにえの娘が決められました。娘は唐びつに入れられ、しずしずと社前にささげられました。かがり火があかあかとたかれる中で村人たちは何遍もひれ伏しては、作物の実りが良いように、悪い病が流行らぬように祈り続けるのでした。社僧も村人に混じってひれ伏しておりました。毎年毎年繰り返されるこの光景が、たまらなく不思議になったのです。どんな神様か知らないが、人を獲って喰う神様がいるとは思えないのです。そう思うと矢も盾も耐らなくなり、社僧は村人が立去るとすぐに傍の大木によじのぼり、どんな神様が娘をとってくうのか、みきわめようとしました。
 やがてあたりはしーんと、しずまり返って丑密時になりました。闇の中にかがり火だけが不気味に燃え残っています。と、俄かに一陣の生臭い風が吹き渡り、天満宮の廟がギ、ギイと開かれました。さっと躍り出した怪物の影は三つでした。おきのような眼が真赤に燃えて、長い毛を打ちふり打ちふり唐びつの周りを嬉し気に踊り狂うのでした。
 そのうち一番大きい怪物がぴたりと立ち止まると、「信濃の国の早太郎は、今夜来る事はないか。」
とさけびました。すると他の二つの怪物が頭をさげ、「大丈夫。」とこたえました。聞くより怪物は、おどり上がって唐びつを打ち壊し、泣き叫ぶ生け贄の娘をさらって廟の中へ姿を消しました。ギギ、ギイッと扉は閉ざされました。
 恐ろしさに気を失わんばかりになりながらこの有様を見届けた社僧は、夜明けになるとようよう木をはい降りました。ともかくもこの怪物を退治するには怪物の恐れている信濃国の早太郎という人を捜しだし、その人の力にすがるより仕方がない。そう決心した社僧は、すぐその足で信濃路へ旅立ったのです。しかし、何といっても広い信州の事です。山を越え谷を越えて尋ね尋ねても早太郎というだけでは雲をつかむようで何の手がかりもありません。春もすぎ夏の終りになってもみつからず、途方にくれていたところなのでした。そこへ、「光前寺に早太郎という見事な犬がいる事を宮田で聞き、あの怪物の恐れていたのはその犬だと判り、参上したわけでございます。
 どうか早太郎をしばらくお貸し下され、もうほどなく村祭りの日がやって参ります。このまま戻ればまた、罪のない娘が一人怪物に喰い殺されるのでございます。」
 話終わった社僧の眼には涙が浮かんでいました。

・光前寺の和尚様も、あまりに不思議な話で驚きましたが、ともかく早太郎を庭に呼び寄せて、人間にものを言うように今の話をしてやりました。
「どうだ、お前、言ってやるか?」
 すると早太郎は耳をたれ、尾をふってじっと和尚様の顔を見つめました。それはまるで、「はい、参ります。」と言っているようでした。

・「早太郎が行くというているわ。お役に立つかは知らぬが、どうかお連れ下され。」
 社僧はおどり上がってよろこび、すぐに早太郎を連れて遠江国へと急ぎました。村の祭りはもう日がありません。社僧は眠る間もおしんで歩き続けました。こうしてようよう村へ帰り着いたのは今日が祭りという日の朝でした。生け贄の娘ももう決まって、家の者は娘を取り囲んで嘆き悲しんでいました。
「ああ危いところであった。」社僧は驚き怪しむ家の者に今までの事をすっかり話して聞かせました。
「これが怪物どもの恐れている早太郎じゃ。のう早太郎、しっかり頼んだぞ。」早太郎はりんとした眼でじっと社僧をみつめ、尾をふりました。やがて娘のかわりに早太郎を入れた唐びつが、社前にしずしずと運ばれました。そして社僧をはじめ村人達は木の上にひそみ息をこらして怪物を待ちました。
 丑満時、生臭い風と共に廟からおどり出した怪物は何もしらずにおどり狂っていましたが、足をとめ、「今夜、信濃国の早太郎は来ることないか。」と叫びました。すると愚かにも他の怪物が頭をさげて、「大丈夫。」
と答えたから耐りません。安心した怪物は歓びの声をあげて唐びつにとびかかりバリバリとひきあけました。その瞬間猛然とおどり出た早太郎はガッと怪物にかみつき、たちまち物凄い闘いが始まりました。叫び声は深山にこだまして、その恐ろしさはたとえようもありません。樹の上の人たちは手に汗を握り、ただ神仏を祈るばかりでした。
 やがて、ばったりと叫び声はとだえ、あたりはしーんと静かになりました。少しずつ、少しずつ、辺りが明るくなりました。夜が明けたのです。
 そこに倒れていたのは三匹の年へた大狒々でありました。銀の針をうえたような毛深い体には鉄のような鋭い爪がかくされ、真赤な口は耳まで裂けた恐ろしくも醜い怪物でした。
「こ、こやつがわしの娘を喰いおったのか。」
娘を前の年生け贄に出した村人が泣き崩れました。
「わしらはこの怪物を神とあがめてひれ伏しておったのじゃ。」
村人たちの驚きと憎しみはつきません。その時社僧が叫びました。
「早太郎がおらぬ、皆の衆、早太郎の姿をさがして下され。」
 しかし早太郎の姿はどこにも見えず、 ただ一筋の血のしたたりがまっすぐに、信濃へ向かう道に続いておりました。
 早太郎は傷つき、よろめきながら光前寺に戻ったのです。そして和尚様を見ると一声高く吠えてがっくりと息をひきとったのでした。

<猟師・渋右衛門の話  (北安曇郡)>
・渋右衛門はたいした男だ。身の丈は六尺余り、ひげだらけのあばたづら。太い眉の下ではびっこの目がギョロッと光っている。
 根っこのような足、すねの毛の長さは四寸。それをこきさげて、わらでくくれば脚絆もいらない。
 山へ行く時は山刀を腰に、南蛮鉄四尺二寸と、方外に大きい鉄砲を持って出かける。
 これが南の松本様から、北は越中までなりひびいた大男の猟師渋右衛門だ。
 渋右衛門は北安曇の北城村の貧しい家に生れた。小さい時から猟が好きで、一年中ほとんど山を駆けめぐっていた。山へ行かない時は、一貫二百匁もある大鍬をふりふり、大きな畑を耕していたともいう。

・いい若者になった時、松本の城下に江戸角力があった。
 渋右衛門は見物かたがた力だめしにでかけて、当時、音に聞こえた大力の力士を、苦もなくぐっと抱きしめて土俵の外へ出してしまった。お前は力士になれば江戸一番の男になる。と、その頃みんなからはやされたが、でも渋右衛門はやっぱり山が好きで、猟をやめる気にはならなかった。
 
・あるとき、渋右衛門は山で狼の子を捕まえてきた。それからは、これを飼いならして猟犬の代わりに使うようになった。
 山へ入ったまま何日も帰らぬ時、渋右衛門は白馬岳の奥深くわけいり、鑓ガ岳から唐松山、五龍岳とぬけて、遠く青木湖、木崎湖の方へと渡り歩いていた。

・また、風の向きによっては、ざばざばと姫川をわたり、八方山を越えて戸隠の奥まで足をのばした。ここらあたり八里四方の山々は、いわば渋右衛門にとっては庭の中を歩いているのと同じ気持だった。
それでも、やはり、渋右衛門は神さまでも化物でもなかった。山々を歩くうちには、いろいろと珍しいことや、恐ろしいことに出遭った。
春の山の雪崩れ、夏の森での嵐、冬の峰での恐ろしい吹雪………。
そんなとき渋右衛門は人間の誰も見たことのない化物や巨人にでくわすこともあった。
 そして渋右衛門はやはり人間であったから、ときには死にそうになったり、ひどいけがをしたり、得体の知れぬ熱病にやられたり………。
だが、こうして渋右衛門は、その名を知られた腕利きの猟師になった。
いつのまにか、渋右衛門の本当の名を呼ぶ者はいなくなり、村人たちは「鬼渋」と呼んである者は恐れ、ある者は親しんだ。
 今でも渋右衛門のことは北安曇ばかりでなく、遠い土地にまでなりひびいているが、その物語のいくつかを話してみよう………。

一 二子岩の山の神にあったこと。
山では、人間のはかり知れない不思議な出来事が起きる。
渋右衛門が白馬岳の近くの岩穴で泊ったときがそうだった。星の美しい晩で、空を仰ぎながら弁当の麦焦粉を食っていると、急に山鳴がし、雷がなって、外はものすごい大荒れとなった。
まず、一休みと、渋右衛門は穴の中で横になった。
腰からキセルを抜いて、スポーっと煙草をふかしていると、目の前がかっと明るくなってものすごい落雷があった。渋右衛門が驚いて外を見ると、人間のような化物のようなものが、こちらを覗いている。
渋右衛門は鉄砲を引き寄せた。黒い影、たしかに人間ではない。よし、ぶち殺してやろう!
そっと鉄砲をかまえて片目をつぶると、また激しい落雷。かっと明るくなる。その青白い光りの中に浮んだ16、7のかわいい娘の顔………。
渋右衛門はふーっと息をはいて鉄砲をおろした。娘がにこにこ笑いながら入ってきた。
「渋右衛門、煙草を吸わせてけろや。」
 そういって、娘は四尺もあるキセルを取り出し、渋右衛門の煙草を両手ではかりこむほど詰めて、すぽすぽと美味しそうに吸い出した。そして渋右衛門の方をちらちら見ながらまた云った。
「渋右衛門、お前の食っていた麦焦粉もくいてえなあ……。」
麦焦粉をくれると、娘は三、四升もあるのを片手にうけて、一口にぺろりとたいらげてしまった。渋右衛門はすっかり感心してしまった。
 あんな小さな唇と、一合の麦焦粉ものりかねる小さな手で、よくもまああんなに食えるもんだ。ははあ、これが話に聞く山の神とか山姥とかいうもんだろう………。
 山姥のことなら、渋右衛門も小さい時からよく聞かされた。なんでも小さなとっくりに、三斗ぐらいの酒をつめるというから、これが山姥なら、三、四升一口で食べるのもあたりまえだ………。
 渋右衛門が一人で考えていると、娘は煙草をすい終り、「おごちそう。」と声をかけて出ていってしまった。
 雨はまたひとしきり激しく降り、地鳴もしばらく止まなかった。
 渋右衛門は深い眠りにおちたが、ふと誰かにおこされて目を覚ました。
 そこにはさっきの娘がいた。
 雨はやんで、穴の外の西の山に、大きな月がかかっていた。
「渋右衛門よ。わしは二子岩に住むものだが、これから一緒に行かないか。」
と娘がさそった。さすがの渋右衛門も二の足をふみ、
「用事があるでなあ。」とことわった。
「用事とはなんぞい。」「弾丸がつきたで家へ取りに行かねばならぬ。」
「ああ、弾丸ならわしのところにある。それもただの弾丸ではない。黄金の弾丸をくれるから来なされ。」
 しきりに誘われて、とうとう渋右衛門は腰をあげ、娘の後について二子岩の岩穴にはいった。
「渋右衛門、煙草もどっさりあるで。それからお前の一番好物はなんだね。」
「おらの好きなものは餅だ。」
「そうか、じゃあすぐついてやろう。」娘は岩穴の奥に向かって叫んだ。
「おーい、渋右衛門の好物は餅だとよう。」
 すると、姿は見えないのに何人もの女の声が答えて、うすだのきねだのが、ごとごとと出てきた。かまどに火がつく。餅つきが始まる。そしてたちまち熱いつきたての餅が、皿に山盛りになって運ばれてきた。
 渋右衛門がほおばってみると、そのうまさといったらない。これは土産にいい、と考えていると娘はすぐ気がついて云った。
「渋右衛門よ。この餅はここで食うならいくら食ってもよいが、一つでも外に持ち出すと石になるぞ。」
「むう。」と、生返事をしながら、渋右衛門はこっそりひとつ、懐に押し込んでおいた。
 さて、渋右衛門が帰る時、娘は黄金の弾丸を二つくれた。
 この弾丸はなんでも好きなところへ射てば必ず命中し、左手を伸ばしていると、また、手のひらに戻ってくるという不思議な弾丸であった。
「渋右衛門、この弾丸が返ってこない時があったら、猟師はやめにするがいい。」
 娘は岩穴の出口まで送ってきてそういうと、ふっと姿は消えてしまった。
渋右衛門は山を下りながら、黄金の弾丸をつくづくとながめたが、ふと気がついて懐に手を入れると、昨夜の餅は白い石に変わっていた………。

二 西山の化物を退治したこと。
 渋右衛門には一人の弟がいた。弟は渋右衛門ほど強くもなく、山にもなれていなかったが、それでも兄に負けない猟師になろうと思っていた。
 ある日、二人は連れ立って西山へ猟に出たが、急に夕立ちがきて谷川の水かさが増し、どうしても向うへ渡れなかった。
 と、川上の方から黒い丸太が流れてきて、うまく向う側へかかり、いい橋になった。二人はようやくその上を渡った。
 岸に着くと渋右衛門は黙って歩いていたが、そのうちやっと弟の方を振り向いて、「これさ、さっきの橋をてめえはなんと見たやア。」と尋ねた。
「自分は黒い大木だと思ったが……。」と弟が答えると、
「ふむ、そうだったかなア。」と渋右衛門はなさけない顔をして、またしばらく黙って歩いていたが、急に立ちどまってきっぱりと云った。
「お前、あれの正体を見極めえなかったとすると、これからは猟につれて行くわけにはならんぞ。」
 その太い丸太と見たのは実は大きなうわばみ(大きな蛇)だったということである。
 弟思いの渋右衛門は、それから二度と弟をつれては西の山へいかず、いつも一人で山の奥へ入っていったが、それに深いわけがあったからである。
 ある日の夕暮れ。渋右衛門は西山の奥でついに化物とぶつかった。
 岩の上に大釜をすえ、見たこともない老婆が苧を績んでいる。苧(お)を績むというのは、麻から糸をとることだが、その老婆が渋右衛門の方を向いてにかにかと笑った。口は耳まで裂け、白髪を釜の火の照り返しで朱に染めて笑うその物凄さ………。
 これだ、こいつが俺の狙っていた化物だ!
 渋右衛門は銃をかまえ、十二三発、続けざまにぶっぱなした。
 たしかに手ごたえがあったと思うのに、老婆はやはりこっちを見て笑っている。釜の火は盛んに燃え、湯はがらがらと湧きたち、気味の悪いにかにか笑いは、やがて高笑いとなって深山の闇にこだまする。
 このとき、渋右衛門の頭をふっとかすめたのが、山の神にもらった黄金の弾丸のことだった。「そうだ。あれだ!」
渋右衛門は急いで黄金の弾丸を銃につめ、今度は釜の火に狙いをつけてぶっぱなした。
「渋右衛門、やりよるのう。」
 しわがれた声がしたかと思うと火はぱったりと消えて、苧を績む老婆の姿もかき消すようになくなってしまった。
 次の日、朝日の昇る頃に行ってみると、年老いた大きなむじなが撃ち殺されていたという……。

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると、「山梨県西八代郡の富士山麓の「おもいの魔物」や相州(神奈川県)の「山鬼」をはじめ、東北地方、中部地方、中国地方、九州地方など日本各地に、サルのような姿の怪物、または山男、天狗、タヌキなどが人間の心を読む妖怪の民話が伝承されており、これら一連が「サトリのワッパ」として分類されている」とのこと。

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると、
「▪見附の裸祭と悉平太郎
静岡県 磐田市、淡海國玉神社の「見付天神裸祭」は台風大雨洪水となっても決行される。これは前述の「白羽の矢」の由来にもなった人身御供の儀式が、決まった日時に遅延なく行わなければならなかったことの名残であると伝わる。 その昔、遠江の見附村では毎年、どこからともなく放たれた白羽の矢が家屋に刺ささると、その家は所定の年齢にある家族(娘)を人身御供として神に差し出差ねばならなかった。ある時、神様がそんな恐ろしい要求をする筈がないと考えた旅の僧侶によって、神の正体が怪物だと発覚。僧侶はその怪物が怖れているのが信濃の山犬、悉平太郎(しっぺいたろう)であると知り、信濃国光前寺から悉平太郎を連れて来て、怪物を退治した。 人身御供の風習を止めた山犬の悉平太郎は、故郷である信濃側駒ヶ根市では「早太郎」と呼ばれている」とのこと。

▪神隠しと人身御供
人身御供は、神が人を食うために行われるとも考えられているが、神隠しと神が人を食う事との関連を柳田國男は自身の著書「山の人生」にて書いている。柳田によれば、日本では狼は山神として考えられており、インドでは狼が小児を食うという実例が毎年あり、日本には狼が子供を取ったという話が多く伝わっているという。これが山にて小児が失踪する神隠しの一つの所以であるとも考えられる。



『大人の探検 奇祭』
杉岡幸徳   有楽出版社   2014/8/10



<奇祭の旅への誘い>
・日本には、恐るべきことに、30万もの祭りが存在すると言われています。これは神社本庁の調べです。それは、我国が八百万の神のいる多神教風土だからです。神が多い分、それを祀る祭りも多くなるのです。一神教のキリスト・イスラム・ユダヤ教文化圏には、ここまで多くの祭りは存在しません。

<杉;杉岡幸徳(作家・奇祭評論家)、担;担当・鈴木(本書の編集担当)>
<おんだ祭   天狗とおかめがベッドシーンを……奈良県:飛鳥坐神社>
<――「じじい」が来りて尻を打つ>
<杉岡と鈴木、奈良県明日香村の中を歩いている。>
<仮面の男、何も言わず立ち去る。>
(杉)あの男は「じじい」(翁)と呼ばれていてね、ああやってこの祭りを見に来た人のお尻を叩くのを生業としているんだよ。

<――正統的かつ奇怪な田植えの儀式>
<二人、明日香坐神社の境内を通り、拝殿の前に辿り着く。>
・そのうち、拝殿に神官が現れ、農作物をお供えし、厳かに祝詞を唱える。その後、翁と天狗と牛に扮した男が現れ、田植えの動作を無言で披露する。牛は、時々寝転がって仕事を怠けたりして、観客を笑わせる。

(担)あ、田植えが終わりましたね。今度は天狗と翁、それとお多福さんが出てきました。三人で並んで座っています。微笑ましい光景ですね。
(杉)結婚式だよ。天狗とお多福が結婚し、翁が仲人というわけさ。さあ、これからが祭りの本番だよ!

<天狗、いきなり立ち上がり、股間に竹筒をあて、何度も執拗に回転させる。>
(杉)男性器に見立てた竹筒から、精液に見立てた酒を出しているんだね。

<――絡み合う天狗とお多福、そして翁>
・天狗とお多福、神主の前から立ち上がる。お多福が拝殿に寝転がり、天狗が覆いかぶさり、腰を振り始める。

(杉)これが「おんだ祭り」のクライマックス、「種つけの儀」さ。

<――子宝成就!股間を拭いた「拭くの紙」>
・天狗の腰の動きが止まる。コトが終わったらしい。お多福がよろめきながら立ち上がる。

<――農業は、セックスだ ⁉>
・祭りが終わり、観客は三三五五帰っていく、杉岡と鈴木は境内の石の上に腰かけている。

(杉)僕は本当のことしか言わないよ。これこそ、正統的で古式ゆかしい御田植祭なのは間違いない。昔の日本人は、農作物の繁殖(五穀豊穣)と人間の生殖(子孫繁栄)を同一視していた。だから、農作を祝う祭りには性的要素がつきものだったんだよ。例えば、農作を祈願する愛知県の田縣豊年祭には、巨大な男性器の神輿が出てくるし、各地の田遊びでも、性交を演じたり、遊女が田植えに参加したりしていたんだよ。それと、こんな決定的な絵もある。(カバンの中から1枚の絵を取り出す)

・(杉)江戸時代に描かれた田植えの絵さ。これなんか、田植えとセックスが結びついていることを見事に表現したものといえるね。それと、実は、農耕とセックスが結びついているのは、実は日本だけじゃないんだよ。これは世界的な現象なんだ。例えば、中央アメリカのビビル族は、種まきの前の夜には、夫婦は必ず交わりを持たねばならなかった。ジャワでは、稲の開化の季節に、農民が夜に水田でセックスをする習慣があった。古代ギリシャやローマでも「種子」と「精液」は同じ単語で表現したんだよ。

<猿追い祭り  猿を追え!しかし追い越すな 群馬県武尊神社>
・そのうち、ようやく神官や村人たちが集まってくる。村人は境内の祠に赤飯と甘酒を供えた後、参道をはさみ、東西に分かれる。

<――ただ、猿を追え!>
・村人たちは赤飯を投げ終え、神社の社殿の中に入り、「高砂」「四海波」を歌いはじめる。歌声は、外まで響いてくる。

<白装束の男(猿役)が本殿から飛び出してくる。口に半紙を咥え、幣束を手にしている>
・猿は走って社殿の周りを回る。村人たちも走り始める。
(杉)猿を追い越すと凶作になると言われているんだよね。

・(杉)この祭りが始まったのは350年ほど前と言われ、起源としてはこんな話が伝わっている。「武尊山麓の猿岩というところに猿がいて毎夜出てきては畑の作物を荒した。そこで村人は困りはて相談した結果、その猿を神様にしようということになった。ちょうどその時、猿が出てきたので村人は猿を追いまわした。これが今のような猿追い祭りになったという」

<猿、社殿を三周し、再び社殿の中に姿を消す>
・(主祭神)穂高見命、日本武尊命

<牛乗り・くも舞 意識不明の男が牛に乗る  秋田県・東湖八坂神社>
<――男は、意識を失っていた>
・(杉)あの男は、「牛乗り」と呼ばれる存在で、いちおう須佐男命ということになっている。

<牛に乗っても、男は目をつむったままである>
<――門外不出の秘儀!その部屋で、いったい何が?>
・神輿に先導されながら、トランス状態の男は牛に乗り、町を練り歩き始める。

(杉)周りの人が牛乗りの体を支えているでしょう。あれは、自力では体を起こせないからなんだよね。この「牛乗り・くも舞」は、僕が今まで見た奇祭の中でも、一番奇怪で神秘的なものかなあ。あの牛に乗っている男は、ついさっきまでは正常な意識があったんだ。ところが、さっきの建物の奥に、ある部屋があってね。そこに入れるのはあの男と「牛曳き」と「酒部屋親爺」と呼ばれる人の三人だけ。で、そこである儀式をした後、男は意識を失い、神がかりになっているんだよ。
(担)なんと、それは不気味ですね。その部屋で、どんな儀式が行われているんですか?
(杉)わからない。その儀式は完全に門外不出で、その三人以外は誰も知らず、誰も見られず、誰にも語ってはいけないんだよ。地元の人も知らないんだ。
(担)語ってはいけない儀式ですか ⁉ 恐ろしいですね。そんなオカルトみたいなお祭りが現代日本にあるものですかね  ⁉
(杉)あるから仕方ないさ。もともと祭りとは神秘的でオカルティックなものだけで、これはその中でも飛びぬけて謎に満ちているよね。

(杉)この「牛乗り・くも舞」は、東湖八坂神社の「統人行事」の中の一つの行事でね。この統人行事というのがまた、異様なまでに複雑な儀式が延々と1年も続く、不思議な行事なんだ。

<牛乗りたち、やって来た道を戻り始める。>
(杉)この祭りはね、八郎潟の豊漁と、疫病退散を祈願したものだと言われている。ちょうど季節は夏だし、かつては八郎潟から疫病が発生して人々を苦しめていたんだろうね。
(担)でも、どうしてお祭りに牛が出てくるんですか?
(杉)東湖八坂神社は、須佐男命を祀った神社なんだ。須佐男命と同一視されている神に、疫病の神の牛頭天王がいる。インドの祇園精舎の守護神であったともいわれる神で、その名からイメージされたのかもしれないね。牛がこの地で昔から農耕に使われた身近な家畜だったことも関係があるだろうね。

・(杉)不思議な祭りでしょう。これほど奇怪な祭りには、なかなかお目にかかれない。なまはげといい、男鹿半島にはまだまだ不可解な事象が隠されていそうだよね。

・(主祭神)須佐男命

<一夜官女祭り  少女をヒヒの生贄に……大阪府;野里住吉神社>
<――この世と別れの盃>
<野里住吉神社から行列が出立する、杉岡と鈴木、後を付いていく。>
(杉)4歳から8歳くらいの女の子が、7人も出てくるんだよ。みんなきらびやかに着飾って、そりゃ華やかなものさ。

・行列が当矢の家に到着し、中に入っていく。杉岡と担当も上がらせてもらう。

・(担)(同じく声を潜めて)ほんとだ!7人の女の子たちがピンクの綺麗な着物を着て、ちょこなんと座ってますね。可愛い〜!

・一人の男が、盃に酒を酌み、少女たちに手渡す。少女たち、盃に唇を少し当て、飲んだふりをする。盃は後ろに控えていた男たちにも廻される。その後、少女を交えて、行列は住吉神社に向かって出立する。

(杉)この「一夜官女祭り」はね、生身の女性を人身御供に捧げる祭りなのさ。
(担)人身御供!つまりあの女の子たちが生贄ということですか ⁉

<――なぜ女は生贄になったのか>
(杉)こういう言い伝えがあってね。この地域は淀川の河口にあり、かつては近くを流れる中津川が定期的な氾濫を繰り返し、村に恐ろしい凶作と疫病をもたらしていた。「泣き村」と呼ばれるほど悲惨な村だったんだ。ある時、困り果てた村人が占い師を呼ぶと、占い師は「毎年定まった日に処女を神の生贄として捧げよ。そうすれば、水害はなくなる」というお告げを下した。村人は恐怖に打ち震えながらも、真夜中、1本の矢を弓につがえ、放った。その矢が突き刺さった家は、娘を生贄として差し出さねばならないとした。1月19日の真夜中、生贄となる娘を、煌びやかに着飾らせて唐橿(かろうど、4本または6本の脚と、かぶせ蓋の付いた箱)の中に入れ、餅、豆腐、干し柿、鯉、鮒などの供え物と共に、次の朝、村人たちが慄きながら池のそばまで行くと、唐橿(かろうど)は破られ、もはや娘の姿はどこにもなかった。辺りには添え物が食い荒らされていた。そしてその年は、不思議にも中津川の氾濫はなく、五穀も豊かに実った。村人たちは、神が娘の生贄に満足してくれたのだと思った。

・(杉)ところが、この人身御供が始まってから7年が経ったある日、1人の旅の者がこの村に現れた。旅人は村人からこの話を聞いて不審に思い、「それは妙な話だ。それなら、今年は拙者が生贄になろう」と言い出した。そして自ら娘の服を着て、唐橿の中に入り、龍の池まで運ばせた。
・(杉)夜が明け、村人たちが恐る恐る龍の池まで行くと、唐橿は破られていた。しかし、旅の者の姿はどこにもなかった。ただ、周囲におびただしい血が流れていた。村人たちが、点々と続く血の痕を追っていくと、それは隣の申村まで続き、そこには1匹の狒々(サルを大型化したような姿をしており、人間の女性を襲う)が血まみれになって息絶えていた。「神」の正体とは、これだったたんだ。そして、この旅人こそ、武者修行中の剣豪・岩見重太郎(安土桃山時代から江戸時代初期に活躍した剣豪。諸国を放浪し、天橋立で父の仇を討ち、各地で狒々や山賊を退治したことが講釈や立川文庫などで語られている)だったという。この祭りは、この悲劇を後世に伝えるために、娘たちの命日を祭りの日として始められたと言われているのさ。
(担)そう言えば司馬遼太郎の小説のタイトルにもありましたよね。まさか実在する村での出来事とは……。でも、その話はどこまで本当なのでしょうね?

<――揺さぶられる女の魂>
・行列が野里住吉神社の社殿に入っていく。「人見御供神事」が始まる。神官による祝詞の後、巫女たちが舞いを舞う。
・(杉)さっきも言ったように、この地域は淀川の河口にあり、近くに多くの支流が流れている。太古に、人々が洪水に苦しめられ、それを鎮めるために、人間を人柱にしたということはありうるだろうね。さっき、旅人が狒々を成敗したと言ったけど、戦前までは「蛇」を成敗したと言われていたんだよね。蛇は、しばしば大河の象徴と見なされることがある。それと、もう一つの解釈がある。
(担)どんな解釈ですか?
(杉)蛇は、男性器の象徴だという解釈だ。実はこの祭りは、江戸時代には「一時上臈」とも呼ばれていたんだ。「上臈」というのは「遊女」という意味もあるんだよね。かつて、日本のいくつかの地域では、村に迷い込んできた旅人(マレビト)に、一夜妻として女を差し出す風習があった。数少ない村人たちだけで交わり続けると、血が濃くなってしまうから、外部から新しい血を入れる必要があっあんだ。マレビトはしばしば「神」として扱われたから、この祭りは、一夜妻の風習の痕跡を留めたと見ることもできるんじゃないかと思うんだけど。

・(主祭神)住吉三神、神功皇后

<性の祭り――かなまら祭り 女装者たちがピンクの男性器の神輿を担ぐ  神奈川県・金山神社>
<――これは公然猥褻か?>
<杉岡と鈴木、京急大師線の川崎大師駅の改札口から出てくる>
 (担)私、この駅で降りるの初めてですよ。すごく外国の方の多い街ですね〜。
(杉)いや、ここは普段は普通の街だよ。祭りの日だけ、世界中から外国人が押し寄せるのさ。
(担)そんなに世界的なお祭りなんですか?

<二人、若宮八幡宮の境内に入っていく。>
(担)すごい人出ですね!ラッシュ時の新宿駅なみです!半分くらいは外国の方だし、何やら露店も無数に出てて、訳がわからないですね…。あ、あれは ⁉
(杉)これが、今日見に来た「かなまら祭り」のエリザベス神輿さ。
(担)こんなの表に出していいんですか?モロにあれの形ですよね?しかも色はショッキングピンクに光り輝いている……。

・(杉)そう、東京の浅草橋に「エリザベス会館」という女装クラブがあってね、あの神輿はそこが神社に寄進したものなんだよ。神輿を担ぐのも、エリザベス会館の女装愛好家ばかりなのさ。

(担)なんなんですか、この掛け声は ⁉ほとんど放送禁止じゃないですか!

<巫女が神前で優雅な舞いを舞い、神主が神輿の前で祝詞を唱える。>
<――全世界から注目の奇祭>
・エリザベス神輿、街を練り歩き始める。相変わらず女装者は「でっかいまら、かなまら!」と叫んでいる。男性器の神輿はほかにも二基ある。杉岡と鈴木はその後を付いていく。

(担)それにしても、すごい観客ですねえ。半分くらい外国人ですよね?みんなカメラやビデオで撮影しながら、大騒ぎ、それにしても、ものすごい人で…………ううっ、どんどんもみくちゃに……。

・杉岡、踊りの様子を撮影しながらスイスイと人混みをかき分けて行く。
・(杉)この祭りは、海外で“Utamaro Festival”として有名でね。毎年BBC、ロイター、フランスの国営テレビなど、世界中のメディアが取材に来るんだよ。世界でも珍しい祭りなんだろうね。

・(杉)まず、若山八幡宮の中にある金山神社の祭神は、ふいごの神でもあるんだ。ふいごの動きが男女のセックスを連想させるという理由から、性の神でもあるんだよ。江戸時代、この辺りに東海道五十三次の川崎宿があってね。そこには「飯盛り女」という名の娼婦がいたんだ。彼女たちは、劣悪な環境の中で働かされていた。だから、桜の咲く季節に、梅毒などの性病除けと商売繁盛を祈願して、神社の境内にゴザを敷き、神社にあった男性器の奉納物を持ち出し、卑猥なしぐさをして遊んだ。これが、かなまら祭りの起源とされている。その後、祭りは忘れ去られていたが、1970年代に女装クラブの「エリザベス会館」が、あのピンクの神輿を寄進して、現在の祭りが始まったのさ、今でも性病除けの祭りとされている。

<昔は男が女装、女が男装する祭りは結構あった>
(杉)今でも女装する祭りは、神奈川県のお札まき、山梨県のおみゆきさんなど、ちらほら残っている。

<――虐げられた者に桜の降りかかる>
・エリザベス神輿、街を元気にピストンした後、若山八幡宮の境内に還っていく。
(担)桜が輝いてますねえ。さっきはよくわからなかったけど、ものすごく露店が出てますね!しかも、ほとんどがエッチなグッズじゃないですか!男性器の形をしたチョコやキャンディ、オブジェ、「万古」「金玉」という名前のお酒、四十八手を描いた手拭いとか……。変な被り物をした人もいます。まるで出張秘宝館のようですね。

・ゴザの上に、先ほどの女装者たちが集まってくる。そして酒を飲み、料理を食べ始める。

<奇妙かつ不可解な祭り>
<キリスト祭り  キリストの墓で盆踊り   青森県新郷村>
<――まさかいきなり青森の奥地で十字架に遭遇するとは>
<――キリストは日本で死んでいた>
・担;先生がこのあいだ「キリストの墓が日本にある」なんて仰るから、頭ごなしに「ありえない」と言ったのは謝りますよ。でも、まさか本当に青森まで来ることになるとは………!

・杉;それは聖書に書かれている物語だよね。だが、本当は違うんだ。十字架に架けられて死んだのは弟のイスキリであり、キリストは実は生き延びていたんだ。イエスはその後、世界を放浪し、今の青森県八戸港から日本に上陸した。そして「八戸太郎天空」と名を改め、戸来村(現・新郷村)に居を定めた。彼は山に住み、「天狗」と呼ばれて恐れられた。ユミ子という妻を娶り、三人の娘を残した。そして、西暦81年に118歳でこの世を去り、村に葬られた。それが、僕らが今見ている「キリストの墓」なのさ。

・杉;今の話は、高名な超古代文書『竹内文書』に書かれているんだよ。歴史にはいろいろな見方ができることはわかるよね?さらに、こんなことも言われている。戸来とは「ヘブライ」の訛ったものだ。この村では、生まれた子供を初めて外に出すとき、額に墨で十字架を描く習慣がある。足が痺れたとき、人差し指に唾をつけて十字架を3回描くと治ると村では言い伝えられている。また、この地の沢口家の人々はキリストの子孫と言われ、代々赤ら顔で彫りが深い。そして沢口家の家紋は、ダビデの星にそっくりなんだ。これら全てがこの村とユダヤとの深い結びつきを示しているのさ。

・(竹内文書)竹内巨麿が祖父より譲り受けたという、世界の歴史や太古の天皇家を記した古文献。原本は焼失。これによると、古代の天皇は天空浮船(あめのうきふね)という乗り物で世界中を飛び回り、キリスト、マホメット、モーゼ、釈迦、孔子などはみな日本に留学に来たという。

<――ヘブライ語で盆踊り>
<キリストの墓の前で、祭壇が作られ始める>
<浴衣を着た女性たちがキリストの墓の周りに集まり、唄い、踊り始める。>
<♪ナニャドヤラ、ナニャドナサレノ、ナニャドヤラ……>
・担;盆踊りの唄でしょうか。でも、何を言っているのか意味がわからないですね……。
・杉;わからないでしょう。実は、この歌は、現地の人にも意味不明なんだよ。だから、ヘブライ語の歌だという説があるんだ。
・担;は⁈ヘブライ語の盆踊り唄が青森に⁈
・杉;そう。川守田英二という神学者が、この唄をヘブライ語として解釈している。「御前に聖名をほめ讃えん 御前に毛人を討伐して 御前に聖名をほめ讃えん」という意味らしい。

・杉;実は、この唄はこの村だけで唄われたものではなくてね、南部地方で広く唄われているものなんだ。民俗学者の柳田國男は、この唄は方言の崩れたものだとして、「何なりともせよかし、どうなりとなさるがよい」という、祭の日に女が男に呼びかけた恋の唄だと解釈している。もともと盆踊りとは死者を供養するほかに性的乱交の場という機能もあったんだよ。だから、こちらの解釈のほうが当たっているかもしれないね。
・担;なんと、盆踊りにそんな意味が⁈

<ナニャドヤラの踊りが終わり、女性たちが解散し始める>
・杉;この近くに、「エジプトのピラミッドより古いピラミッド」が存在するんだよ。大石神ピラミッドと言ってね。そもそも、日本にはエジプトのものより古い、数万年に造られたピラミッドが7基もあるという説があるんだ。その1つが、うまい具合に近くにあるから、ぜひ見に行こう!
・(主祭神)イエス・キリスト

<こじき祭り  岐阜県加茂郡  県神社>
・杉;ここではね、乞食が「神」なんだよ。この祭りは、乞食を崇拝する祭りなのさ。

・杉;それにはね、聞くも涙の物語があるんだよ……。昔、この土地を恐ろしい旱魃が襲った。雨が全く降らなくなり、作物が育たなくなり、村人は飢えに苦しんだ。そんな時、一人のみすぼらしい乞食が忽然と村に現れ、神社の縁の下に住み着き始めた。この村人たちは貧しいながらも親切な人々だったので、食うや食わずの生活を送りながらも、乞食に施しを与えた。するとそのうち、雨が降り始め、田畑は潤い、作物が育ち始めた。村人たちは飢餓から救われた。そして誰ともなしに言い始めたんだ。「ひょっとして、あの乞食は神の使いじゃなかろうか。あの乞食のおかげで雨が降り始め、わしらは救われたんじゃなかろうか」村人たちは乞食にお礼を言いに行こうとしたが、その時すでに乞食の姿はなかった。その後、二度とこの乞食の姿を見たものはなかった。それ以来、村人たちは乞食を神の化身と信じ、乞食を崇め奉る祭りを始めたというわけさ。

・杉;祭り自体は江戸時代の中期に始まったと言われているから、その頃の出来事じゃないかな。

・杉;「マレビト信仰」は国文学者の折口信夫が提唱した概念でね。日本には昔から「外部からやってくる異人が幸福をもたらしてくれる」という考え方があったんだよ。男鹿半島のナマハゲなんかがそうだよね。だから共同体から外れた乞食という存在が神としても崇められても、必ずしも不思議ではない。

・杉;ただ聖と賤は表裏一体でね。愛と憎しみがコインの裏表であるようにね。こういう「マレビト」たちは、尊敬され、崇められると同時に、軽蔑され、憎まれる対象でもあったんだ。旅人なんかが村に迷いこんできたりしたら、崇拝されるどころか、捕まって殺されてしまうこともままあったのさ。

<神ころばしと七五膳  静岡県 若宮八幡宮>
<3年に1度行われる奇祭。ミノムシ男がひたすら転ぶ>
・上半身裸の男たちが、ミノムシ男の周りを固める。ミノムシ男はもみくちゃにされながら境内を疾走する。

<――「小糠三合持ったら婿に行くな」>
・杉;昔は「小糠三合持ったら婿に行くな」と言われてね、入り婿は凄まじい苛めにあったんだよ。かつての日本の村では、「女は村の男の共有財産」という考え方があっから、外部から来て、村の女を奪ってしまう男は、壮絶な嫉妬と苛めに晒されたんだ。例えば、1926(大正15)年に、栃木県芳賀郡清原村で、ある事件が起こってね。その村に入り婿に来た男が、「裸揉み」と称する祭りで、殴る蹴るの暴行を受け、人事不省の重体に陥り、暴力を振るった村人たちは逮捕され、実刑を受けているんだよね。

・杉;ただ、これはたまたま刑事事件になった稀有な例だよね。ほとんどが、誰にも訴えることができず、泣き寝入りだったと見ていい。ほかにも、例えば、雨乞いの祭りで、雨乞地蔵を川の中に放り込む。それを入り婿一人に取りに行かせるんだ。婿が必死になって、思い地蔵を抱えて川から上がってこようとすると、村の男たちが水や泥をかけたり、石を投げつけたりして邪魔をする。当然、婿が大怪我をすることもある。今でも、新潟県の松之山温泉には「むこ投げ・すみ塗り」という行事が残っている。これは、その地区の娘を嫁にもらった外部の婿が、崖の上から放り投げられるというものなんだ。まあ、雪が積もっているから怪我をすることもないし、今は「結婚祝いの夫婦の絆を強くするための祭り」ということになっているが、かつては、村の娘を取られた男たちが腹いせにやったとされているんだよね。

<『泥まみれの怪物の襲撃 パーントゥ 沖縄県宮古島市島尻』>
<――輝く島のタブー>
<タクシーはUターンし、今来た道を戻り始める。>
・杉;今回見に来た祭りは、「パーントゥ」と言ってね。パーントゥというのはこの島のことばで「妖怪・化け物」という意味なんだが、そのパーントゥが誕生する井戸、ンマリガー(生まれ井)という場所を目指していたんだ。しかし、ンナリガーでパーントゥが誕生する瞬間は、現地の人以外は見ることが許されないんだ。だから車の通行を拒否され、引き返したというわけさ。
 鈴木さん、さっき君は「南の島は開放的だ」と言っていたけど、実は沖縄のような南の島ほど、タブーが多いんだよ。だいたいtabooという言葉自体、元は南洋のポリネシアの言葉だからね。「アカマタ・クロマタ」って聞いたことある?

・杉;そうだろうな。あまりにも強烈なタブーだからね。これは西表島などで行われる祭祀なんだけどね。いまだ実態がよくわかっていないんだ。「アカマタ・クロマタ」という神が出現するとされているのだが、よそ者は、まずこの祭りを見せてもらえない。仮に見せてもらえたとしても、写真を撮ることは許されない。メモを取ることも、録音することも許されない。しかも、そこで見たことを一切、外部に漏らしてはならないんだ。ここで密かに写真を隠し撮りした者が、大変な目に遭わされたとも言われているんだよね。
 太陽の光が眩くなればなるほど、影もそれだけ瞑さを増す。明るい南の島だからこそ、隠された何かがあると思っておいたほうがいいよ。

<――襲いかかる怪物>
・担;き、来たって言ってますよ、先生!あっ、不気味な仮面をかぶった化け物が三匹、向こうから近づいてきています。全身ぐちゃぐちゃの泥まみれです!

<――闇に蠢く妖怪>
・闇が濃くなってくる。パーントゥ、野外での男たちの酒宴に招かれ、酒を飲んだ後、男たちを泥まみれにする。また、道行く人にも手当たり次第に襲いかかる。

・担;小さな子供たちは、本気でパーントゥを怖がってますねえ。泣き叫んで逃げ回ってますよ。男鹿半島のナマハゲみたい。

・杉;伝説では、パーントゥの仮面が、クバの葉に包まれて海岸に流れ着いたことに始まるといわれている。かつては、この地域は街灯もなく、闇も今より深かった。だから、暗闇の中で疾走するパーントゥは、本当に恐怖の対象だったというよ。いつ、どこからパーントゥが襲いかかってくるのか、わからないんだからね。そして、かつては、村の掟を守らない者を襲撃していたというんだ。パーントゥは、地域の秩序や規律を維持する役割を担っていたんだろうね。

<ヨッカブイ 怪物が子供を袋に放りこんで脅す 鹿児島県・玉手神社>
・杉;ヨッカブイとは「夜具をかぶる」という意味でね、夜具の綿を抜いて着ているんだ。さらに棕櫚の皮をかぶって顔を隠しているのさ。

・二人も幼稚園の中に侵入する。大きな袋を持ったヨッカブイが、泣き叫びながら逃げる子供たちを追い回している。

<――ヨッカブイと子供、決死の相撲!>
<ヨッカブイ、子供や女性を襲いながら、神社の中に入っていく。>
・杉;河童が相撲好きだという話は聞いたことあるでしょ?ここでヨッカブイと子供が相撲を取るさ。

・杉;これを高橋十八番踊りといってね、これが本来の祭りのメインイベントなんだよ。水難事故から守ってくれる水神(ヒッチドン)を祭る踊りなんだ。歌は変わったけれど、踊り自体は300年ほど前から踊られているそうだよ。
 不気味と言えばね、ヨゥカブイには妙な言い伝えがあってね。祭りの終わった日、夜中にこっそりこの神社に来るとね…。河童たちが密かに相撲を取り続けているという………。

<日本三大奇祭の謎>
・何しろ、私の知る限り、「日本三大奇祭の一つ」を自称する祭りは、全国で百近くあるからである。
 三大奇祭というものは、別に文科省やユネスコが認定するわけではない。言ったらもの勝ちなのだ。

・古来から「日本三大奇祭」と呼ばれていたのは、鍋冠祭り、縣祭り、鵜坂の尻叩き祭りである。これら三つは、どれも性の薫りが濃厚なものばかりだ。

・それから時代が下がり、割と最近まで言われてきた「三大奇祭」には、吉田の火祭り、島田の帯祭り、国府宮はだか祭りなどがある。

・私なら、現代の日本三大奇祭としては、キリスト祭り、笑い祭り、かなまら祭りをそれぞれ知性、ユーモア、エロスの奇祭の頂点として挙げる。だが、これも近い将来、大きく変動するかもしれない。世界は今、激動の時代に突入しているのである。



『もののけの正体』  怪談はこうして生まれた
原田実   新潮社     2010/8



<恐怖の琉球――南国のもののけ奇談>
<アカマタ――魔物の子を宿す>
・ある日のこと、乙女が畑に出て芋を掘っていた。乙女が一休みして、また畑に戻ろうとしたところ、岩のうしろから赤い鉢巻をした若者が顔を出してはまたひっこめたのに気づいた。歩こうとすればまた顔を出し、立ち止まればまた隠れる。乙女がその若者の顔に見入って動けなくなっていた時、乙女の様子がおかしいことに気付いた農民たちがかけつけて乙女を畑に引き戻した。
 乙女が見ていた若者の正体は、アカマタという蛇だった。アカマタは誘惑した乙女と情を通じ、自分の子供を産ませようとしていたのだ・・・。このパターンの民話は、沖縄の各地に伝わっている。

・石垣島の宮良では7月の豊年祭にアカマタ・クロマタという神が現れ、一軒一軒の家を回り祝福していくという(なお、この祭りは秘祭とされ撮影が一切禁じられている)。
 沖縄では同じアカマタという名で、若い女性にとりつく蛇のもののけと、豊作を予視する来訪神の二通りの異界の者が現れる、というわけである。

・さて、蛇ににらまれた女性が動けなくなるという話は、本土の古典でも、たとえば『今昔物語集』などに見ることができる。また、蛇身の神が女性の元を訪れて交わるという話は古くは記紀にも見られ、さらに日本各地の伝説・民話などに見ることができる。ちなみに記紀ではその説話の舞台が大和の三輪山(現・奈良県桜井市)の麓とされているため、神話・民話研究者の間ではそのタイプの説話はその三輪山型神婚説話と呼ばれている。沖縄のアカマタの話はその三輪山型神婚説話に発展する可能性を秘めながら中断させられた話とみなすこともできよう。
実は、沖縄にも三輪山型神婚説話に属する類型の話が残されている。

・これは江戸時代の琉球王府が正史『球陽』の外伝として、琉球各地の口碑伝承を集めた『遺老説伝』に記された宮古島の始祖伝承の一部である。
 この話に登場する大蛇には、娘が魅入られるという点からすれば憑き物的側面があり、夜に訪れるという点からすれば来訪神的側面もある。この話は、憑き物としてのアカマタと来訪神としてのアカマタの関係を考える上で暗示的だ。
 ところで私はかつて、三輪山型神婚説話の起源について、異なる共同体に属する男女間の婚姻がその背景にある可能性を指摘したことがある。

<キムジナー 日本のエクソシスト>
・沖縄ではその昔、樹木に住む精霊の存在が信じられていた(あるいは今でも信じられている)。

・沖縄では古木の精をキムジナー(木に憑く物、の意味)という。また地域や木の種類によってはキムジン、キムナー、ブナガヤー、ハンダンミーなどの別名もある。赤い顔の子供のような姿とも全身が毛に覆われた姿ともいわれ、水辺に好んでよりつくことから、本土でいうところの河童の一種とみなす論者もいる。

・『遺老説伝』の話の全般に見られるように、キムジナーは友だちになれば魚をわけてくれたり、仕事を手伝ってくれたりするという。また、他愛ないいたずらを好む、ともされ、たとえば、夜、寝ていて急に重いものにのしかかられたように感じたり、夜道を歩いている時に手元の明かりが急に消えたりするのはキムジナーのしわざだという。
キムジナーが出没するという話は現在でも沖縄ではよく語られる。ただし、最近では、観光客のおみやげなどでキャラクター化されたかわいいキムジナーが流布する一方、人に憑いて苦しめるような悪霊めいたキムジナーの話が広まる、という形でのイメージが二極化する傾向があるようだ。

<キンマモン――海からの来訪神>
・その昔、屋部邑(現・沖縄県うるま市与那城屋慶名)は幾度となく火災に遭い、多くの家が失われていた。ある日、その村に君真物(キンマモン)と名乗る神様が現れて村人たちに仰せられた。
「ここに火事が起こるのは屋部という村の名が悪いからです。屋慶名と改名すれば火事が起きることはない」
 村人たちがそのお告げにしたがったところ、その後は火事が起きることはなくなった(『遺老説伝』より)

・キンマモンに関する記録は、江戸時代初期の僧・袋中(1552〜1639)の『琉球神道記』にすでに見ることができる。それによるとキンマモンは琉球開闢以来の守護神とされる。キンマモンは、ふだんは海底の宮に住んでいて、毎月、人間の世界に現れて遊んでは宣託を与えていくのだという。

・また、曲亭馬琴の『椿説弓張月』(1807〜1811年)は保元の乱に破れて伊豆に流された源為朝が流刑地から脱出して琉球にたどりつき琉球最初の王朝である舜天王統の祖になったという伝説を読本にしたてたものだが、その中でキンマモンは「きんまんもん」と呼ばれ琉球を守護する神だとされている。ちなみにこの読本に挿絵を付したのは葛飾北斎だが、北斎は「きんまんもん」を、魚の胴体に人間の顔、鱗だらけの手足
があって直立するという異形の姿に描いた。
 キンマモン=君真物で、「君」は君主もしくは神女は君主もしくは神女への尊称、「真」は真実、本物という意味の尊称、「物」は精霊の意味とみなせば、キンマモンは、精霊の真の君主ともいうべき偉大な精霊といった意味になる。「物」はまた本土の言葉で言う「もののけ」にも通じている。

・キンマモンは海から人里にやってくる宣託神であり、典型的な来訪神である。最近の沖縄では、この神について、単に沖縄の守護神というだけではなく、世界の救世神だとして主神に祭る新興宗教も出現している。
 沖縄の習俗伝承には、憑き物系のもののけや来訪神に関わるものが多い。これは沖縄の社会事情とも深く関連している。後述するように、沖縄では、ノロやユタといった神女たちがさまざまな祭祀をとりおこない、庶民の生活に深く関わる存在となっている。
 そして、彼女たちの職掌というのはつまるところ来訪する神を迎え、憑き物を払うことなのである。彼女たちが人々の生活に深く関わっている以上、来訪神や憑き物は社会的・文化的に認知された存在であり続けるし、またそうしたものたちが認知されている以上、神女たちの職掌も必要とされ続けるのである。

<メリマツノカワラ――神女と異神>
・沖縄には各地に御嶽と呼ばれる聖域がある。それらは神がかつて降臨した(あるいは今も降臨する)とされる聖地である。本土でいえば神社の本殿に相当するといえようが、御嶽は神社のような建築物ではなく自然の岩や洞窟をそのまま聖域と見なすものである。
 その御嶽の由来の中には、異形の神の降臨について伝えるものもある。

・13か月が過ぎ、真嘉那志は一人の男の子を生んだ。いや、それを男の子と言っていいものかどうか・・・生まれた子供は頭に2本の角を生やし、両目は輪のように丸く、手足は鳥に似て細長く、奇妙な顔立ちで少しも人間らしいところはなかったからだ。
 目利真角嘉和良(メリマツノカワラ)と名付けられたその子供は14歳になった時、母と祖母とに連れられて雲に乗り、空へと去って行ってしまった。
 しかし、その後、メリマツノカワラは彼らがかつて住んでいた近くの目利真山にたびたび現れ、その度に人々を助けるような霊験を示した。人々は目利真山を御嶽として崇めるようになったという。
 この話は『遺老説伝』や『宮古史伝』に出てくる。

・一部の古代史研究家は、メリマツノカワラの容貌が鳥に似ていたとされるところから、中国の長江流域にいた鳥トーテムの部族が漢民族に追われて海に逃れ、沖縄に渡来して鳥崇拝を伝えたのではないか、と考察している。

<神女が重んじられる文化>
・明治政府の廃藩置県によって王政が廃止された後も聞得大君(きこえおおぎみ)を頂点とする神女制度は存続し、現在は聞得大君こそ空位だが、各地のノロ(祝女、各地域の神を祭る女司祭)は祭祀によってそれぞれの地元の人の精神的なよりどころとなっている。

・一方、正規の神女制度に属さないユタという人々もいる。彼女らは庶民の祖先祭祀について指導したり、憑き物落としをしたりする民間の神女であり、その存在は沖縄の人々の生活に深く根付いている。ユタは祖先崇拝を通して庶民生活における伝統を伝えようとする存在ともいえよう。
 
・ノロやユタが沖縄の人々の精神生活に深く関わっていることを思えば、沖縄の民俗伝承に来訪神や憑き物系のもののけが多い理由も改めてよくわかる。
 ノロの大きな職掌は来訪神を迎えることであり、ユタの仕事の一環には憑き物落としが含まれているからだ。沖縄の異神やもののけは、神女たちの存在意義を支えてきた。
そして、彼女らが沖縄の人々の生活に深く関わっているということは、とりもなおざず、彼女らに関わる異神やもののけが沖縄の人々の生活と密着しているということでもあるのだ。

<もののけ天国・蝦夷地――アイヌともののけ>
<蝦夷地の妖怪や異神>
<コロポックル――妖精はどこにいる?>
・アイヌの伝説で本土の人にもよく知られているものと言えば、筆頭に挙げられるべきは、コロポックル(蕗の下に住む人)という小人族に関する伝説である。彼らはまた、トイチセウンクル(土の家に住む人)、トンチなどとも呼ばれる。この小人族たちは、伝承上、あくまで「人間」とされており、カムイ(神)でもカミムンでもないが、西欧の伝承における妖精などとよく似たところがあることも否めない。

・また、十勝地方の伝説では、コロポックルはアイヌに迫害されてその地を去ったが、その時、川に「トカップチ」(水よ、枯れろ)という呪いをかけた。これがトカチという地名の由来だという。
 この伝説に基づき、コロポックルを北海道におけるアイヌ以前の先住民族とする説を唱える論者も多い。明治20年(1887)には人類学者・坪井正五郎がコロポックルは北海道のみならず日本列島全域の先住民族で、日本民族に追われてかろうじて北海道に残っていたものが、そこからさらにアイヌに追われた、という説をたてた。

<魔女ウエソヨマ――北国の天孫降臨>
・アイヌの伝説を論じる場合に避けて通れないのはユーカラといわれる口承叙事詩だ。その中には、もののけと戦って人間の世界に平和をもたらした英雄たちの物語も含まれている。

<水の精ミンツチ――半人半獣の謎>
・ところでアイヌの信仰で、和人のカミ(神)にあたる霊的存在を「カムイ」ということはよく知られている。

・ミンツチは半人半獣のもののけで小さい子供くらいの背格好をしているという。肌は海亀のようで色は紫とも赤とも言われる。
 川辺に来る人を襲って水の中に引きずり込むとして恐れられる一方で、山や川で働く人を苦難から救うこともあると言われる。

・ミンツチの行動パターンには和人の伝承における河童に似たところがある。さらに言えば、ミンツチは和人との接触でアイヌの伝承にとりこまれた河童とみなした方がいいだろう。ミンツチの語源「みずち」は、水の神を意味する日本の古語(「蛟」という漢字を当てられる)だが、一方で青森県における河童の呼称「メドチ」と同語源でもあるのだ。



『ど・スピリチュアル日本旅』
たかのてるこ   幻冬舎    2014/8/5



<会社を辞めて“旅人・エッセイスト”として独立した私>
<「世界一、スピリチュアルな国」日本をめぐる旅>
・私も、人生のテーマは「お金儲け」ではないので、「うわ、こんなおもろい人に出会えて、ラッキー!」と思えるような出会いを求めて、“人もうけ”をモットーに生きていきます。

・案内された沖縄コーナーには、沖縄の文化や宗教、歴史等の本がズラリ。沖縄では、年間300冊近くの沖縄本が出版され、この店だけでも1万5000冊を取り扱っているのだという。沖縄の総人口は約140万人だというから、沖縄人がいかに故郷を愛し、アイデンティティを大事にしているかが分かる。

<いよいよ“沖縄最強のユタ”と対面!>
・このイシキ浜は、海の向こうにあるとされる「ニライカナイ」を拝む聖地で、毎年、島の祭祀が行われているのだという。ニライカナイとは、東方の海の彼方にあるとされる異界、「神の住む国」で、祖先の霊が守護霊に生まれ変わる場所だといわれているのだ。

・「照屋家庭はんだん」の看板の掛かった鑑定所に着くと、普通の家のような落ち着いた風情の居間に通され、ユタの照屋全明さんが現れた。長身の照屋さんは穏やかな雰囲気ではあるものの、どこか存在感に凄みを感じる人だった。
「取材に見えたとお聞きしましたが、それには私の仕事を見てもらうのが一番なので、たかのさん、ご自身を鑑定させて頂くということでよろしいですか」
「あ、はい! お願いします!」
 思いもよらない展開に、胸がドギマギしてくる。照屋さんは毎日、朝10時から19時まで、30分刻みで1日16名を鑑定しているというのだが、毎朝8時から、その日の鑑定予約を電話で受け付け、たった10分で予約が埋まってしまうほどの人気だと聞いていたのだ。

・「スタンスがフリーですね。一匹狼。自由人。組織はムリです。持っている良さが、フリーだからこそ出てきます。人徳はあり。ボランティア精神で、人材育成もしていくでしょう」
 な、なぜそれを?!私はこの秋から、私立大で「異文化の理解」という講義を週イチで受け持つことになっていたのだ。非常勤の講師料は、目がテンになるほどのボランティア価格。国公立はもっと講師料が安いと聞き、非常勤講師は不安定な派遣社員みたいだなぁと思っていたところだった。

・動揺している私をよそに、怒濤の勢いで鑑定が続く。
「3、4年後、新しい才能が出てきます。それまでは、才能にフタしてる状態ですね。ゆくゆくは経済面も安定します。今はゆとりがないけれど修行だと思って、今までの道は間違いではないです。仕事はイエス・ノー、ハッキリさせていいですが、人間関係は『テーゲー』で、テーゲーは沖縄の言葉で『細かい事を気にせず、大らかに』という意味です。人間関係は突き詰めず、ほどよく適当にいきましょう」

・鑑定中の照屋さんは、物言いはあくまでジェントルなのだが、恐ろしく早口だった。神様からのメッセージはイメージのようにダーッと伝わるのか、照屋さんは神様のお告げを全部伝えたいがために、なんとか早口でしゃべって、そのスピ―ドに追いつかんとしている感じなのだ。
 と、突然、真剣な面持ちの照屋さんから「タバコ、いいですか?」と聞かれ、「あ、はい」と頷くと、照屋さんは鑑定しながらタバコをスパスパ吸い始めた。神様のメッセージがあまりに早口だから、気持ちを落ち着かせるようとしてるんだろうか………。
 その後、私の両親、兄ふたり、義姉たち、甥っ子たちの性質もズバズバ言い当てられ、それぞれの将来まで示唆されると言葉が出ず、「いやはや、恐れ入りました!」という感じだった。
「家族のことまでみて頂いて、ありがとうございます!」
 鑑定後、お礼を言うと、照屋さんが言う。
「お悩みに家族のことが連鎖している場合も少なくないので、私はいつも、来た人の家族全員、鑑定させて頂くんですよ」
これで8千円ならリーズナブルだなぁと思いつつ、鑑定料をお支払いさせて頂く。

・ユタはたいてい家系で継承され、圧倒的に女性のユタが多いのだという。そんな中、男性の照屋さんがユタになったのは、照屋さんの祖母が、祭祀を取り仕切る神職「ノロ」だったことが大きいというのだ。

 ノロが神職のシャーマンなら、ユタは民間のシャーマン。沖縄には古くから「医者半分、ユタ半分」ということわざがあり、これは「ユタの助言で精神的な癒しを得る」という意味で、ユタは生活全般のアドバイザーのような存在なのだという。


<●●インターネット情報から●●>
ユタ ( 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
<概念>
沖縄の信仰において、琉球王国が制定したシャーマンであるノロ(祝女)やツカサ(司)が公的な神事、祭事を司るのに対し、ユタは市井で生活し、一般人を相手に霊的アドバイスを行うことを生業とする、在野のシャーマン・巫(かんなぎ)である。

ユタはいわゆる霊能力者であるが、迷信と考える者も多い。だが、一般にユタの力は古くから広く信じられており、凶事に当たった場合や原因不明の病気、運勢を占いたいとき、冠婚葬祭の相談など、人が人知を超えると考える問題を解決したいときに利用される。こうした行為は「ユタ買い」といわれ、通常、ユタは相談料をもらって問題解決にあたる。医者がユタを勧める例もあり、沖縄には「医者半分、ユタ半分」ということわざが古くからある。

ユタは単なる霊能力者ではなく、信仰上、自らを神と人間の介在者と位置づけており、広義にはノロやツカサなどと同じく「神人(かみんちゅ)」と呼ばれる。沖縄では神に仕えるのは一般に女性と考えられており、ユタもノロやツカサと同じく、大多数が女性である。
ユタは弾圧の歴史を持つことから、隠語として、ユタのことを三人相(サンジンゾー:易者)やムヌシリ(物知り)などと呼ぶこともある。



『うわさの人物』 心霊と生きる人々
加門七海   集英社   2010/3



<『普通の高校生がユタになるまで』(平博秋)(ユタ)>
・それは17歳のことだった。

・母方のお祖母さんがカミンチュ(神人)だったんだから、きっと感じたんでしょうね。

<拝みの言葉は自然に出る>
・はい。お祖母ちゃんのときもあるし、大日(大日如来)さん、天照さんが教えてくれたり。

<神様の生の姿とは>
「ユタの世界や霊感の世界で、ある程度できるようになったら、夢で免許証みたいな、本をもらうんです。「帳簿」と言いますが、聞いたことあります?」
「あります。なんとか長老という方が出てきて、ユタの許可証を渡すんでしたっけ。」
「ウティン長老。白い髭のお爺さんです。」
「それ、本当なんですか。」
「本当です。杖を持っていてね。」
「平さんの許にも現れて?」
「はい。自分はこの神様にいろいろ教えられて、何回も天照さんのお姿も見て。それから弁財天さんも。」
「弁財様。すごい美人なんじゃないですか(笑)?」
「ものすごい美人、真っ白です。大日如来さんは、こっちに赤いのがついていて。髪がね、剛毛で長いんですよ。」

<インタビューを終えて>
・こんなにはっきり神の姿を語る人を、私は彼のほかに知らない。ターリと共に、何よりインパクトがあったのは、容姿や口調、身長まで、平氏が「神様」をすごくリアルに捕らえているということだった。無論、その真偽のほどは、私には計りようがないことだ。だが、氏は神々を親戚や教師であるかのように語った。



『ほんとうは怖い沖縄』
仲村清司    新潮社      2012/6/27



<死霊>
・「別の生き霊がいくつも寄ってきたり、死霊が取り憑くおそれがあります。霊にも人間のようにそれぞれ性格がありますから、悪さをする霊がつくと危険ですね」

<キムジナーとケンムン>
・日本の妖怪といえばワタクシなど、すぐにカッパが思い浮かぶのだが、風土や環境が内地と著しく異なっているせいか、沖縄にはカッパは存在しないようだ。ただし、似たのはいる。
キムジナーと呼ばれる子どものような背格好をした妖怪である。
 全身真っ赤で、髪の毛はパサパサにして茶髪ならぬ赤髪、顔も赤ら顔。ひと頃流行った渋谷系ガングロ女子高生に近いかもしれない。

・しかし、コヤツはどうやらオスらしく、地域によっては大きな睾丸をぶらさげているのが特徴とか。
また、腕はオランウータンのように長く、木の枝みたいに細くふしくれだっているとも。なにやら、やせすぎの老人を思わせるところがあるけれど、これでもやはり10歳ぐらいの子どもらしい。

・興味深いのは………、
実はこのことがキムジナーを特徴づける要素になるのだが、漁師の船にいっしょに乗って魚をとるのを手伝ったり、農家の野良仕事の手伝いを買ってでたりするなど、人間の前にくったくなく姿を現して、人と積極的にご近所づきあいする点である。また、いかにも子どもっぽいのは人間と相撲をとりたがることで、負けると何度も勝負を挑んでくるとされる。
 いうまでもなく、カッパも人間社会と接点をもつ妖怪にして、相撲が大好き。キムジナーが沖縄版のカッパといわれるのは、こうした性格も大きな理由になっているようだ。
といっても、キムジナーには頭のお皿や背中の甲羅がないので、風姿からいえば、カッパの系統とするにはやや無理があるように思える。

<キムジナーに気に入られた家は栄える>
・キムジナーに気に入られた家は栄える、逆に嫌われた家は滅びるという伝承もあることから、民俗学者の折口信夫は座敷わらしの系統をくむものという見方をしているが、ともかくも、人間と深い関係をもつ妖怪であることは確かなようだ。
 ガジュマルなどの古い大木に住んでいるので、「木の妖精」、「森の妖精」などと呼ばれたりもするのだが、その親しみやすいイメージから、いまでは観光みやげなどにキャラクター化されるほどのアイドル的存在に昇格している。

・それらの話を総合すると、キムジナーの生息地は沖縄本島北部、東村、大宜味村など、いわゆるヤンバル地区、背後に深い山を背負う村や、漁村に出没しているようだ。
 なかには、キムジナーが住んでいた小屋もあったと証言する人もいたし、大勢のキムジナーがまるで運動会のように海岸でかけっこをしていた、あるいは、ある時期まで毎晩のようにかまどの火をかりにきたという人までいた。

・ただし、どの目撃談も戦前もしくは昭和20年代のものばかりで、最近の目撃例はまるで聞かない。1975年前後に本部半島を住みかにしていたキムジナーが大宜味村や東村に「集団疎開」したという噂もあるが、その頃はちょうど海洋博ブームで大型リゾート開発があちこちで行われた時期でもある。森を住みかにしてきたキムジナーは住むところを追われたというわけだ。

・奄美諸島にはケンムンが住んでいるといわれている。ケンムンとはキムジナーと類型のものとされる森の妖怪。性質や特徴がキムジナーと酷似している一方、奄美ガッパとも呼ばれ、内地のカッパにも似ているともいわれる。

 その容姿が『南島雑話』という書物に図入りで記されている。幕末の薩摩藩士、名越左源太がお家騒動に連座して奄美大島に遠島を命じられた期間に著したもので、1800年代半ばの奄美の実情をビジュアルで知ることのできる貴重な史料となっているが、そのなかにケンムンに関する記述を見出すことができる。

・それによると、体毛が長く、頭に皿をいただいている様がはっきりとわかる。一見すればカッパのような印象を受けるが、顔は人間の子どものようでもある。人間の大人と仲良く手をつないで歩く姿を紹介していることから、キムジナーと同じく、人間社会と接点をもつ妖怪であることは一目瞭然で理解できる。

・といっても、容姿や性質については諸説あるので、はっきりしたことはいえないのだが、口伝からその恰好を推察すると、全身真っ赤で、おかっぱの髪の毛はやはり赤毛。背丈は子どもぐらいで、いつも鼻をたらし、ヨダレをたらしていることもある。
 また、座るときは膝を立て、頭を挟むようにして座る。そのため、奄美大島では膝を立てて座ることを「ケンムン座り」といって嫌うらしい。
 また、人間が悪さをしなければ敵対したり、危害を加えたりすることもないという。相撲が大好きで、人を見ると勝負を挑む。住むところはガジュマルなどの大木で、好物は魚の目。苦手なものはタコ、おならといった具合に、このあたりの特徴はキムジナーと酷似している。

・しかし、ケンムンとキムジナーには決定的な違いがある。それは、ケンムンが伝承や迷信の世界ではなく、いまも目撃談が絶えない「生物」として存在し続けていることだ。
 数年前、奄美大島の名瀬に出向いて聞き取り調査を行ったことがある。すると、「実在する」「見た人を知っている」「存在を否定できない」という人がぞろぞろいて、あまりの証言の多さにめんくらってしまった。

<ケンムンマチ>
・奄美博物館では「ケンムンマチ」を見たと証言する人までいた。ケンムンマチとはケンムンが発する火の玉のことで、伝承では雨の降る夜に山の尾根伝いに無数に火が灯るという。

 その証言者は「ちょうどあの方向の山女の中腹です」と、名瀬市内のすぐ裏手の山を指して、「揺らめいているような火ではなく、松明ぐらいの火が右左とあちこちにものすごい速さで動き回るんですね。すぐにケンムンの仕業だと思いました」と、毅然としていってのけたものである。

・そのせいか、アイドル的なイメージの強いキムジナーと違って、ときに人間に害を為す歴とした妖怪として、いまもどこか怖れられている部分もある。前述した奄美博物館では1990年頃にこんな事件があったと話す人がいた。
「ある老父が野良仕事に出たまま失踪しました。3日後、その老父はカマのような切り傷を体中につくり、畑の中でうずくまっていた状態で発見されたんです。老父はケンムンにやられたと証言しましたが、出血多量で手当のかいもなく亡くなりました」
 証言者が亡くなっているので真偽のほどは闇の中だが、目撃例が絶えて久しい沖縄と違って、奄美ではアンビリボーな生々しい事件がいまも発生していることになる。

・ほかにも、単に轢断されたケンムンの死体が山道に転がっていたなどの証言が報告されたり、目撃談がたまに地元紙に掲載されたりするという話も伺ったが、奄美の郷土民俗の研究家である恵原義盛は自らの不思議な体験を自著『奄美のケンモン』の中で語っている。

・その話が『南島雑話の世界――名越左源太の見た幕末の奄美』(南日本新聞社刊・名越護著)に掲載されているので孫引きさせていただく。
――1966(昭和41)年1月29日午後2時半ごろ、恵原は名瀬市根瀬部の水源地近くで、水が流れるコモリ(湖)のそばの石の上に子どもが座っているのを見つけた。山仕事をしている人の子どもだろうと、恵原は「そこでなにをしているの」と声をかけた。すると、振り返った瞬間、子どもは「稲妻の速さ」で、左側の渓谷上の方に掛け飛んで消え失せた。

・こちら側を振り向いた一瞬に見たその顔は、髪は伸びてまゆを隠し、着物は文目もわからず、年のころ6、7歳ぐらいで顔は黒かった。集落に下りて心当たりを聴いたが、そんな子は集落にいない、という。この外、恵原は「奇妙というか不思議な、常識では割り切れない現象は数知れない」と書く――。

・恵原はこれがケンムンであるとは述べていない。また、名越左源太が図で表現したカッパ様の生き物とも違っている。なにやら、かつての山間の漂泊民・サンカを思わせるような風貌ともいえるが、ともかくも、明らかに人間に近い姿をしているぶん、この目撃談はいっそうリアルに感じられるものがある。
 この話を読んだとき、僕はすぐに奄美博物館で聞いたケンムンマチのことを思い出したのである。
ケンムンが放つという火の玉のことである。
 もし、その子どもらしきものが、深夜に松明のようなものをかざして山中で動き回るとすれば………。
 尋常でない速度で動いたというあの火の玉と、「稲妻の速さ」で掛け飛ぶという恵原の証言はこの点で見事に一致するのではないか。

・だからといって、ケンムンの正体が明らかになったわけではないけれど、あの山中には何か得体の知れないものがいる――、そう思わせるに十分なほど、奄美の山塊は依然として黒々とした深さを保ち続けていることだけはたしかである。
 恵原は先のくだりに続けてこう結んでいる。

――(ケンモン)はもっと人間の生活の中に入り込んでいて、奄美という空間、広漠なる海に浮かぶ島の、存続と秩序を維持してきた要素の一つであったように思われます。



『未確認飛行物体観測日記』
宮本一聖   湘南社   2011/1



<UFO出現現象>
・本書は九州・長崎県の西方に浮かぶ五島列島において、近年展開されているUFO出現現象の2007年〜2009年迄の出来事をまとめた日記です。

・本書でご紹介するUFOについてですが、目撃時の飛行高度が100〜200mと低空であり、かつ飛行速度が自動車並みの30〜40kmと低速であること等の理由から、通常の飛行物体でないことが推測されています。

・さらに、この長崎県の五島列島という地域は、昔からUMA(河童)の出現で有名な場所で、UFO出現場所と符合することからUFOとの関連も疑われています。
 もしかしたら、これらのUFOはUMAと何か関連があるのかもしれません。  



『2000年5月5日 宇宙人大襲来』
映画インディペンデス・デイはなぜ緊急制作されたのか
アメリカ政府が隠し続けた恐るべき事実
(草刈龍平)(第一企画出版)     1996/12



<地球から520光年にある人類祖先の星>
・またある研究者によると、このベテルギウス(正確には周辺の惑星)を中心とする惑星系こそ「エンジェル」の故郷であると同時に銀河系のすべての宇宙人の故郷でもあるという。この研究者によるともう一つの宇宙人「グレイ」の故郷もこのベテルギウス(オリオン座の恒星)なのだというのである。驚くべきことに「グレイ」の先祖と「エンジェル」の先祖は同じだと言うのだ。彼らの共通の先祖がベテルギウスを中心とする惑星系に住んでいたというのである。

・一万年以上前のベテルギウス星人の容姿は現在の「エンジェル」とほぼ同じであったらしい。彼らは、背が高く豊かな金髪と美しい顔を持っていた。我々人類の先祖にあたるのは、この頃のベテルギウス星人だったのである。

<それは核戦争の放射能だった。>
・ある時を境にベテルギウスの二つの国が互いに対立を深め、ついに大戦争が勃発したのである。ベテルギウスの惑星に核ミサイルが飛び交い、戦いは何年も続いた。多くの人々が死に、かろうじて死をまぬかれた人びとも放射能の影響で原爆病になってしまった。生まれる子供たちに奇形が続出し、世代を経るにつれベテルギウス星人の背は縮んでいった。彼らの目は巨大化し、鼻は縮んで二つの穴を残すのみとなり、美しかったベテルギウス星人は不気味な姿へと変身していったのである。彼らの肌の色は透き通るような白から不気味な青味がかった灰色へと変わっていった。そして、彼らは、肌の色から「グレイ」と呼ばれる宇宙人になってしまったのである。

・放射能に汚染された「グレイ」は声帯をやられ、言葉を声にして喋ることができなくなってしまった。代わりに彼らには声に出さずに言葉を伝えるテレパシーの能力が発達していった。

・また、放射能で消化器官をやられた「グレイ」は、肉などを消化する能力が徐々に衰えていった。代わりに動物の内臓から直接酵素や分泌液を吸収するという方法で、彼らは、栄養を取るようになった。



『最新! 秘密結社の謎』
世界の裏側で暗躍する組織の実態を暴く
知的発見探検隊    イーストプレス   2011/7/15



<エコロジーを実践しカッパとの共生をはかる「下総カッパ団」>
・下総カッパ団は、1724(享保9)年、下総国印旛村の豪農、安田伝兵衛によって設立された人間とカッパの親睦団体だ。大の相撲好きだった伝兵衛が印旛沼で出会ったカッパのシンサクと偶然相撲をとって勝ったことで、意気投合。カッパと人間の共生を目的として旗揚げされた。設立当初は、うなぎ釣りや川相撲、水泳などの各種の催事を開き会員数は増え続け、最盛期には300名もの会員数を誇ったという。

<ナチスを生みだした秘密結社トゥーレ協会>
・ナチスは1926年から1942年まで毎年、チベットや中央アジアに遠征隊や調査団を派遣しました。何を探し求めていたのかといえば、アガルタです。
 アガルタとはフランスのオカルティスト、J・A・サン=ティーヴ・ダルヴェードルが詳しく紹介した一種の桃源郷です。
 彼はその死後の、1910年に出版された『インドの使命』という著書で、世界の中心に当たるアジアの地下深くに不可視の王国があると述べています。

<グレート・ホワイト・ブラザーフッド>
<神智学協会やゴールデン・ドーンを生んだ謎の集団>
<多くのオカルト結社に影響を与えた存在>
・ブラヴァツキー夫人が神智学協会を創立する際、多大な影響を受けたとされているのが、ヒマラヤで出会ったグレート・ホワイト・ブラザーフッドだ。

<未知の上位者との交信で真理に近づく>
・グレート・ホワイト・ブラザーフッドは、太古の昔より天界や宇宙の超存在と交信し、授かった智恵で人類を導き続けてきたという。

・交信できるのは、マスター(導師)と呼ばれる一部の者だけで、そうそうたる人々の名が連ねられている。超存在が何者であるかは不明だが、その導きに従えば、人間の内に秘められた真理に近づけるとされる。

・こうした神秘性を高める構造は、オカルト系秘密結社でよく見られる「未知の上位者」のシステムと呼ばれる。

・オカルト要素に満ちたグレート・ホワイト・ブラザーフッドは、未知の上位者からの情報を伝えることで、そのカリスマ性を維持していた。

<地球外生命体の正体>
<地球を揺るがす秘密をNASAと秘密結社が隠蔽>
<エリア51には宇宙人がいっぱい!?>
・地球には既に知的な宇宙人が到来しているという説がある。そして、宇宙人とアメリカ合衆国とNASA既に接触しているというのだ。

・また、ネバダ州にあるアメリカ空軍の実験施設エリア51周辺ではUFOらしき未確認飛行物体が何度も目撃されている。

・そして、エリア51には極秘裏にロズウェル事件の残骸が運び込まれ、地球外生命体から得た技術でUFO研究が行われ、リトル・グレイと呼ばれている宇宙人が存在しているなど、様々な憶測が飛び交っている。

<信じられている噂>
<地球外生命体を隠し続けるNASA>
・NASAは実は地球外生命体と既に接触しているという噂が後を絶たない。
 NASA中枢には根強い秘密隠蔽派が存在し、秘密結社と結びついて、これまでの発見や地球外生命体に関する情報を隠し続けているというのだ。



『彼岸の時間』 “意識”の人類学
蛭川立  春秋社  2002/11



<聖なる狂気―沖縄のシャーマンの巫病は「精神病」か?>
<人はどのようにしてシャーマンになるか>
・沖縄の精神科の病院には、ときどき、神がかかった女性も診療にくる。そういうときには、この病院ではカルテに「カミダーリ」(巫病)と書いて、近隣のユタを紹介したりもしていた。「ソゾ(精神分裂病)には薬が効くけど、ターリ(巫病)には効かないからね、薬を出してもおさまらないさ」と、ドクターは語っていた。

・人がユタになるとき、沖縄ではだいたいある決まったコースをたどる。まず、「タカウマリ(高生まれ)」という先天的な資質(運命?)があると考えられている。そして、大人になってから「カミダーリ(神垂れ?神祟り?)」とか、「カミブリ(神触れ)」という、心身の異常を経験する。これはだいたい20〜40歳ぐらいの女性に起こることが多い。病気や家庭の不和など、不幸な出来事がきっかけになる場合が多いが、特別なきっかけがなく突然起こることもある。

・医者に行っても治らない。自分でも意味が分からない場合は、ベテランのユタのところに相談に行く、先輩ユタは、お告げの主が誰なのか、何代前の祖先なのか、どういう神様なのかをみきわめ、それを拝むように指令する。守護霊的存在を特定してそれを拝むようになるとカミダーリはおさまり、かわりに必要に応じて先祖や神のメッセージを受け取ったり病気を治したりすることができるようになる。こうしてユタが再生産される。はじめは日本人は戸惑うらしいのだが、必要なことは神の声が聞こえてきて助けてくれるというものらしい。

<巫病・分裂病・臨死体験>
・カミダーリの症状は、妄想型の精神分裂病(統合失調症)の幻覚、妄想状態と似ているが、個々の点をみると違っているところも多い。カミダーリは圧倒的に女性に多いし、同じ幻覚でも分裂病では幻聴が多いが、カミダーリでは幻視が多い。

・アメリカでは近年、こうした巫病状態を霊的危機と呼んで、いわゆる精神病とは区別しようという考えも出てきている。

<神は右側頭葉に宿り給う?>
・1938年、カナダの精神科医は、てんかんの治療の一環として、本人の意識を保ったまま大脳皮質を電気刺激する実験に成功する。側頭葉を電気刺激すると、ある部分では人は過去の記憶をありありと思い出し、ある部分では自分が自分自身やこの世界から離れていってしまうような離人感を体験し、ある部分ではキリストの姿を見るという体験さえ引き起こされたという。臨死体験研究の第一人者、M・モースは、2001年の夏にシアトルで行われたIANDS(国際臨死研究学会)で「神は右側頭葉に宿り給う」と宣言していた。

・全体の8割の社会に脱魂型または憑依型のシャーマンが存在し、しかも、脱魂型と憑依型のシャーマンが同じ社会に存在することはほとんどない。むしろ、脱魂型のシャーマニズムと憑依型のシャーマニズムは、同じ現象の異なる社会的表現だと見ることができる。



『物語の世界へ』 (遠野、昔話、柳田国男)
(石井正巳)(三弥井書店)



<沖縄のニライカナイ>
・南西諸島では、海の彼方や海底に異郷があると信じられている。沖縄本島では、それを「ニライカナイ」と呼び、奄美諸島では「ネリヤ」「ニラ」、宮古諸島では「ニツザ」、八重山諸島では「ニーラ」などと呼んでいる。
この地域には、本土では竜宮に相当する海底の浄土を“ニライカナイ”と考える昔話が幾つもみつかる。例えば、沖永良部島の「竜宮童子」「浦島太郎」「玉取り姫」「炭焼長者」などの中では「ニラ」「ニラの島」と呼び、喜界島の「竜宮童子」「竜宮女房」「竜神と釣縄」「花咲か爺」などの中では、「ネイ」や「ネィーの島」と呼んでいる。これは南西諸島の昔話の地域的な特色であり昔話の宇宙観の特色を考える上でも重要である。

・こうした昔話とは別にニライカナイから初めて稲がもたらされたという伝承もある。稲作の起源を説明する伝承はいろいろあった。
・ニライカナイからは、稲の実りをはじめとする幸福を授けて神々が村落を訪れる、と信じられている。その様子は祭りの中で、村人によって演じられるが、八重山諸島のプーリィという収穫祭にでるアカマタ、クロマタや石垣島川平のシツという祭りに出るマユンガナシなどの神がよく知られている。どちらの神も仮面や覆面で顔を隠し植物を全身につけた仮装の神である。こうした神秘的な神々にヒントを得て、異郷から訪れるマレビトの唱える神聖な言葉から、日本文学の発生を説明しようとしたのが、折口信夫である。



『「伝説」はなぜ生まれたか』
小松和彦   角川学芸出版    2013/3/23



<「生贄」と「異人」、身代わりの論理>
<二つの生贄祭祀>
・ところで、右の事例は、村落共同体とその幻想的な異界(自然)との関係を描いたものである。村落の存亡は作物の出来・不出来であり、それを左右する天からの水を支配しているのは、天界の大蛇(龍神・水神)である。長い日照りが続いたために共同体が危機に瀕している。長者はこれを救うために天竺の大蛇のところまででかけ、「生贄」を求められることになる。
 水を支配する大蛇(異界)が「生贄」を好むならば、日照りが襲ってこないように、定期的に「生贄」を差し出そう。それを提供し続けることで作物の豊穣を確保できる――こうした思想に基づいて行われるようになったのが、「生贄」祭祀である。いいかえれば、これは異界との「富」の交換の物語ということができるだろう。しかも、この異界との交換は、両者ともに満足のゆく結果をもたらす限り、安定した関係といえるだろう。

・ところで、共同体の「長」が共同体内の誰かを生贄として差し出す祭祀を、共同体の外部(=異界)から訪れた者(=異人)が廃止するという説話も伝えられている。『今昔物語集』巻26の第7話と第8話は、その種の物語のなかでももっとも有名な話である。この話はまた、生贄の
祭祀の状況をリアルに描いている点でも興味深い。

・この二つの生贄話は、一見した限りでは、上述の事例と同様の話にみえる。しかし、まことに対照的な構造となっている。すなわち、一方は異界と共同体の間の直接的な交換であるのに対し、他方は、第3項としての「異人」が介在する物語だからである。しかも、二つの話の内容には微妙な差異も見出せる。第8の話は、村落共同体自体が共同体内部からの「生贄」の調達を厭いだし、共同体の外部の者(回国の僧)を「身代わり」に立てる方法で対処しようとしているのに対し、第7の話は、共同体の外部(東国)からやってきた者(猟師)が、「生贄」祭祀のことを耳にし、自分から進んで「身代わり」に立っているのである。

<身代わりに立てられた僧>
・まず、第8の方の話から検討してみよう。この話の概略は、次のようなものである。

 飛騨国の山中で道に迷った回国の僧が、たまたま出会った男に山里に案内され、郡殿(大領)の決定に従って、ある男の家で世話をしてもらうことになり、しかも一人娘を妻としてあてがわれる。8ヵ月ほど経った頃から、家の者が「男は肥えた方が良い」といってご馳走攻めにする。不審に思った僧が妻にわけを詰問すると、妻は「じつは、この郷の者が祀る猿神は、年に一度生贄を求める。この私が次の生贄になることになっていたが、その身代わりとしてあなたを出そうとしているのだ」と教える。
 祭礼の当日になり、村人たちは僧を裸にして俎(まないた)の上に載せ山中の祠の前に運び、神楽を奉納したあと、一人残らず郷に帰っていった。やがて猿神が現れるが、僧はこの猿神を捕縛し村に連れ帰る。そして人びとの前で、二度とこのようなことはしない、という約束をさせて追い払った。その後、この男はたくさんの人を使う「長者」となった。

・この話で興味深いのは、この村落の人びとが村落の外部に「身代わり」を探し求めていたのであって、その外部からやってきた僧は、自分が身代わりの生贄とされるためにもてなしを受けているのだということを知らなかった、ということである。僧の妻となった娘が事前に真相を明かさなければ、僧は生贄として猿神に差し出されて食べられていたのである。さらに推測すれば、この僧が猿神を退治するまで、たくさんの旅の者が身代わりの生贄として猿神に差し出されていたにちがいない。
 いま一つ留意したい点は、この僧は猿神を退治した後、この里に住み着いて「長者」になった、と語られていることである。この「長者」が「郡殿」(大領)をしのぐほどの存在、つまり「首長」であったかどうかはわからないが、共同体の「外部」からやってきた者が土地の女性と結婚してその「王」となるという、人類学で言う「外来王」的な性格をもっている。

<自ら身代わりに立った猟師>
・第7の話の概略を紹介しよう。

・美作国に中参・高野という神がいた。中参は猿、高野は蛇であった。土地の者は、毎年一度の祭りには人間の生贄を差し出すことが決まりになっていて、ある家の、年の頃16、7歳の美しい娘が次の年の生贄に指名された。たまたま東国からやってきた猟師がこの話を耳にし、娘を妻にくれるなら自分が娘に代わって生贄となろう、と申し出る。娘の命が助かるならばと、親は娘を人知れず男に娶らせる。男は飼っている猟犬から二匹を選び出して特別な訓練を行ない、刀をしっかり磨きあげた。
 やがて、祭りの当日がきた。「宮司」(神主もしくは祭司)を筆頭にたくさんの人がやってきて生贄を入れる長櫃を寝屋に差し込んだ。男がこの長櫃のなかに犬とともに入ると、親たちはそのなかに娘が入っているかのようなそぶりをしながら、一行に長櫃を差し出す。祭礼の行列が社に到着し、「祝」が祝詞を唱え、瑞垣の戸を開けて長櫃を差し入れたあと、その戸を閉じ、その外で宮司たちは並んで待機する。
 男が長櫃を少し開けて覗き見ると、丈七、八尺もあるかと思われる猿を中心にたくさんの猿が居並び、俎と刀も用意されていた。この大猿が長櫃を開けると同時に、男と犬がそこから飛び出し、大猿を捕えて俎の上にすえて刀を当て、頸を切って犬にやろうか、と迫った。このとき、一人の「宮司」に神(大猿の霊)が憑いて、「もう生贄を求めない、この男や娘の親にも復讐したりしない。だから助けてくれ」と助けを求めた。これを聞いた宮司たちが社のなかに入ってきて、「神様がこのように申されているのだから、どうか赦してください」と頼んだが、男が「この者と一緒に死ぬのだ」と少しも赦そうとしないでいると、「祝」(つまり大猿の霊)は言葉に窮し、誓いの言葉を何度も述べたので、赦してやると、猿は山に逃げ去る。家に戻った男は末永くその娘と夫婦となって暮らした。

<能登半島の猿鬼退治伝説>
<発掘された猿鬼伝説>
・ここで、その具体的な例として、第1章で詳細な検討を加えた能登半島の輪島市と能都町旧柳田村に伝わる「猿鬼退治」伝説を、「天皇」と「村落」との接続のプロセスを物語る事例として取り上げ直してみよう。
 繰り返しになるが、地元に伝わる「猿鬼伝記書」によって、この伝説の概略を改めて紹介しておこう。

 昔、当目(能登町旧柳田村)という集落に岩井戸という洞窟があって、そこに「猿鬼」と呼ばれる恐ろしい鬼の一党が潜んでいた。当目の村の家々は、次から次へと猿鬼に襲われ、この噂が神々の耳にも入り、日本中の神たちが「出雲の国」に集まって猿鬼退治を相談をし、能登での出来事は能登の神が解決すべきだということになり、気多大明神(大穴持命)と三井の女神の神杉姫という神に、猿鬼退治の命が下される。神軍が猿鬼一党を攻撃したが、猿鬼は不思議の術を使う化生の者なので、なかなか征伐することができないでいたが、神杉姫の策にはまって鬼たちが酒宴を開いていた隙を狙って急襲し、ついに猿鬼の首を切り落とす。
 その後、猿鬼の魂魄が祟りをなしたので、神杉姫が僧に身をやつしてやってきて、その魂魄を鎮めた。

<猿鬼を退治した神は誰か?>
 この猿鬼退治に関する記録が現れた最初は、安永六年(1777)の『能登名跡志』記載の記事である。この記録は、いわば現代の民俗学者や地誌学者が地方を訪問して、地元に伝わる文書や聞き取りから制作した地誌・民俗誌のたぐいである。それには、次のように記されている。

 この当目村方々へ散村になりて蓮華坊いふが往来也。千毒といふ川中に、岩井戸といふ不思議の洞あり。海辺より三四里の山奥なれども、汐のさしひきあり、烏賊など吹き出せしことあり。昔この洞に猿鬼といふもの住みて人を取る。これを大穴持命退治ありて、その霊を祭て今猿鬼の宮とてあり。案ずるにこれは狒々(ひひ)の類なるべし、そのほかこの猿鬼退治ありし時の旧跡色々あり。



『世界不思議大全  増補版』
泉保也     Gakken   2012/8



<ジョージ・アダムスキー  史上最大のUFOコンタクティ>
<驚異の宇宙旅行と素晴らしい宇宙船>
・アダムスキーは、その後数回にわたって異星人とコンタクトすることになるが、そのたびに彼は驚くべき体験をしている。
 1953年2月18日、例によって彼は予感めいた衝動に駆られ、ロサンゼルスのとあるホテルに投宿した。
 夜になって、ロビーにいたアダムスキーにふたりの男が接近してきた。ふたりは普通の服を着ており、話す言葉にも何らおかしなところはなかった。
 しかし、彼らが握手を求めてきたとき、アダムスキーは異星人だとわかった。彼らは特殊な握手をするからである。
 ふたりはアダムスキーを車に乗せ、砂漠地帯に向かい2時間ほど走行。ドライブ中、ひとりは火星からやってきたといい、もうひとりは土星からやってきたと話した。
 車が砂漠に着くと、そこにはUFOが待機していた。近くには例の金星人がいて、アダムスキーをにこやかに出迎えた。不思議なことにこのとき彼は、英語を流暢に話せるようになっていたのである。
 アダムスキーは、彼らに仮の名前をつけ、金星人をオーソン、火星人をファーコン、土星人をラミューと呼ぶことにした。

・UFOは信じられないくらいの高速で飛行し、地上1万2000メートルの高度に達した。そこにはなんと、全長600メートルはあろうかという巨大な葉巻型母船が滞空していたのである。

・アダムスキーを宇宙旅行に招待したのは、偉大な指導者(マスター)と呼ばれる人物だった。

・土星型UFOは、上空に待機している母船に向かった。今度の母船には、20歳前後にしか、見えない人々が大勢いたが、彼らの年齢は、実際には30〜200歳以上にも達するという。

<コンタクティ  異星人からのメッセージを伝える人々>
・コンタクティの証言を「コンタクト・ストーリー」という。

<ハワード・メンジャー>
・アメリカ人。初コンタクトは1932年の夏で、金髪の金星人女性と会見。高校卒業後、陸軍に入隊してからハワイで黒髪・黒眼の異星人と出会い、太平洋戦争時の沖縄戦に従軍した折、沖縄で軍服を着た金星人と会見、「今後もコンタクトが続く」と告げられた。

・退役後の1956年にニュージャージー州プレザント・グローブでUFOを目撃して搭乗員の男女と会う。以後、金星や火星、木星、土星から来たという異星人と何度も会見し、UFOに同乗して金星や月の裏側にある基地を訪れた。妻も金星人の転生者だという。

<安井清隆>
・日本人。岡山市で語学塾を開いていた1960年4月23日の夜、満月の2、3倍はありそうな土星形のUFOを目撃。1週間後の30日午前4時すぎ、テレパシー通信を受けて戸外へ出たところ、3機のUFO編隊を組んで旋回しているのを目撃した。うち2機は姿を消したが、残る1機も導かれるようにあとを追った。

・UFOは総合運動場に着陸し、中から銀色のスーツに身を包んだ、2メートル40センチほどの長身でマスク姿の人間が現れ、両手を差しだしながら安井に近づいてきた。握手後、マスクをはずした男の顔は彫りの深いヨーロッパ系だったが、日本語で話しかけてきた。しばらく、会話を交わしただけで、最初のコンタクトは終わった。

・同じ年の10月30日、「富山県黒部市の宇奈月温泉近くの河原で待つ」というテレパシーを受信。11月1日の夕刻、黒部川で先に会見した男性と金髪の女性と遭遇した。男性はチュェレイと名乗り、それが母星の名でもあると語り、直径5〜6メートルの小型円盤への搭乗を許された。円盤は15分ほどで白馬岳の頂上付近に到着。直径30〜40メートルの円盤に乗り換えた。内部は操縦室、食堂、倉庫、会議室からなっていた。

・その後コンタクトは中断し、再開されるのは1970年2月。岡山市郊外でチュェレイと再会し、円盤で白馬岳の基地を訪問。全長60キロはあろうかという葉巻型の巨大母船の映像を見せられた後に、その母船へ案内された。母船は恒星間飛行に用いられるもので、内部には森や湖、山などがあり、建物が立ち並び、小型円盤が飛び交っていた。1971年2月末には、その巨大母船に乗ってチュェレイ星を訪問した。が、その後テレパシー通信はぱったり跡絶えてしまったという。

<ステファン・デナルデ>
・オランダ人実業家。1967年7月、オランダ南西部ウースタ―シェルトの沖合をヨットで航行中、海面に浮かんでいた異星人の宇宙船(水上艇)に乗り上げて異星人と遭遇し、乗船を許された。

・身長150センチほどの異星人はヒューマノイド型ではなく、顔の真ん中に窪みがあり、手は鉤状で、全身が薄褐色の毛で覆われ、獣じみて見えた。
 会話はテレパシーでなされた。彼らの母星は、地球から10光年彼方にある惑星イアルガで、自転速度は地球よりも遅く、重力は地球の約3倍。窒素やアンモニアからなる大気は濃密で、大気圏の雲が視界をさえぎっており、太陽光は見えない。

・そのイアルガ星へ、小型の円盤から高空に滞空する大型円盤に乗り継いで案内された。イアルガ星は海が大部分を占め、陸地は島だけで、それらは鉄橋で結ばれていた。石油タンクのような形状をした集合住宅が立ち並び、ひとつの建物の直径は約300メートル、高さは約135メートルで、約1万人が居住できる。

 ほかに自動機械化された農園、恒星間飛行用の大型円盤の建造工場なども見学してから、再び円盤に乗って地球へ帰還した。

<R・N・フェルナンデス>
・メキシコ大学教授。原子力委員会のメンバーも務める科学者。1972年11月14日、大学構内で異星人女性とすれ違った。身長190センチの長身で、瞳は緑色、黒髪の美女である。それより先、教授は女性の声で何かを訴えようとするテレパシー通信を受けており、異星人であると直感したのだった。

・その後、2度遭遇したものの、会話を交わすことなく迎えた1974年12月22日、彼女が「テレパシーでは通じないようなので、直接話にきました」と教授を尋ねてきた。彼女はアンドロメダ銀河からやってきたリアと名乗り、知的生命体の調査のために地球を訪れていると説明、近いうちに宇宙船へ招待すると約束した。

・それが実現したのは翌1975年4月22日だった。宇宙船は直径5メートルほどのドーム状円盤で、乗船するや、超高速で大気圏外に飛び出した。リアは宇宙空間に浮かぶ青い地球を見ながら、地球環境の脅威、遺伝子工学、反物質などについて語った。

・リアはその後、近い将来凶悪な異星人が地球に来襲する、という警告を残してアンドロメダ銀河へ帰っていった。

<宇宙飛行士が認めたコンタクトの事実>
・ならば、彼らの主張はすべて虚言や妄想の産物かというと、必ずしもそうではない。宇宙探査によってコンタクティたちの話が真実と判明したケースもあるからだ。

・かつてのアポロ計画にも注目したい。宇宙飛行士と管制センターとの漏洩交信記録から、「道」「ドーム群」「構築物」「トンネル」「テラス」などが月面に存在するらしいことが指摘されたからだ。それらはおそらくUFOの基地だろう。

・アポロ14号で月面に降り立ったエドガー・ミッチェルが2008年7月、「アメリカ政府は過去60年近くにわたって異星人の存在を隠蔽してきた」と爆弾発言したことも、コンタクティに有利に働く。地球へ飛来している異星人が人類との接触を試みないとは考えられないからであり、すべてのコンタクト・ストーリーを荒唐無稽と斬って捨てるわけにはいかないのである。



『女神イシスの降臨』
古代エジプト神話の謎に迫る
大川隆法   幸福の科学出版   2011/8/9



<女神イシスの正体は、琴座、ベガ星出身の神秘の女神であり、古代エジプトの実在の歴史上の初代の王とも呼ばれているホルス王の母でもある>
・また、「オシリスの復活信仰はイエスの復活信仰の原型であり、古代エジプトに流れる、この神秘思想がキリスト教に流れてきた」という考えもありますし、「転生輪廻の思想も、このあたりから始まっていて、それが仏教に入っている可能性もある」という考えもあります。

・ハトホルとこのイシスとを、ほとんど同一視するような見方もあります。

<夫であるオシリスの腹違いの妹だったイシス>
<オシリスとイシスの子ホルスはエジプトの覇権を確立した>
<天照大神(あまてらすおおみかみ)とイシスの深い縁>
・天照大神は日本担当、イシスはエジプト担当として下りた。

・天照大神とイシスは「ベガの女王」。

・プレアデスは“顕教”ベガは“密教”を担当している。

・ケンタウルス座α星人の中には、映画「猿の惑星」に出てくる、猿が人間になったような外見の者もいる。



『妖怪文化入門』
  小松和彦      角川学芸出版   2012/6/22



<異人・生贄>
<「異人」とはなにか>
・「異人」とは、一言で言えば「境界」の「向こう側の世界」(異界)に属するとみなされた人のことである。その異人が「こちら側の世界」に現れたとき、「こちら側」の人びとにとって具体的な問題となる。つまり「異人」とは、相対的概念であり、関係概念なのである。
 ところで、「こちら側」の人びとが想像する「異人」は、おおむね次の四つのタイプに分けられる。

ある社会集団(共同体)を訪れ、一時的に滞在するが、所用を済ませればすぐに立ち去って行く「異人」。こうした「異人」の例として、遍歴する宗教者や職人、商人、乞食、観光目的の旅行者、聖地への巡礼者などを挙げることができる。

ある社会集団(共同体)の外部からやってきて、その社会集団に定着することになった「異人」。こうした「異人」の例として、戦争や飢饉などによって自分の故郷を追われた難民、商売や布教のために定着した商人や宗教者、共同体を追われた犯罪者、「異国」から奴隷などとして、強制的に連行されてきた人びとなどを挙げることができる。

ある社会集団(共同体)が、その内部の成員をさまざまな理由で差別・排除する形で生まれてくる「異人」。前科者や障害者、金持ちや貧乏な人などが、この「異人」の位置に組み入れられることが多い。

空間的にはるか彼方の「異界」に存在しているとされているために間接的にしか知らない。したがって想像のなかで一方的に関係を結んでいるにすぎない「異人」。海の向こうの外国人や、はるか彼方の「異界」に住むという「異神」たちが、こうした「異人」のカテゴリーを形成している。

こうした種類の「異人」たちが「異人」とみなされた社会集団の問題になってくるのは、当該集団がその集団としての「境界」を意識し、その集団の構成員とそれ以外の人びとを区別しようとするときである。人びとは「我々の集団・仲間」を作り出すために、その<外部>に「異人」を作り出すのである。この「異人」を媒介にして集団は結束し、その「異人」に対処する作法を編み出し、ときには歓待し、ときには差別や排除に及ぶことになる。

・異人論の先駆的研究として位置づけられる研究は、折口信夫のマレビト論であり、岡正雄の異人論であろう。
 折口の「マレビト」概念は彼自身が厳密な定義をおこなっていないこともあって難解であるが、その概念は二重構造になっていると思われる。一次的なマレビトは来訪神のことであり、二次的マレビトが共同体の外部から訪れる祝福芸能者のたぐいとして想定されている。共同体の人びとはこれと祝福芸能者を「神」そのもの、もしくはその代理人とみなすことによって歓迎し、その祝福を受けることで共同体の繁栄が期待されたのであった。すなわち、共同体の来訪神信仰との関係のなかで「異人」を理解すべきであるということを示唆したわけである。

<異人・生贄・村落共同体>
・すなわち、「異人」をめぐるテーマを検討していくと、その一角に「生贄」のテーマが現れ、逆に「生贄」のテーマをめぐって考察を進めていくと、その一角に「異人」のテーマが現れてくるからである。そして、この二つのテーマを媒介しているテーマが、「人身供犠」(人身御供)もしくは「異人殺害」という説話的・儀礼的モチーフであると言えよう。

・旧来の神に代わって山王社に祀られることになったのは、いかなる「神」なのだろうか、ということである。ここでの文脈で言えば「農耕神」としての山王神ということになるだろう。「しっぺい太郎」の昔話でいえば、外部からやってきた旅の僧などの「異人」や「人間の側の犬」が、そこに祀られていることになるはずである。

<「異人」と「家」の盛衰>
・その物語の一つが最近まで民間に流布していた、次のような物語である。これを私は「異人殺し」伝承と名づけた。「異人殺し」伝承は、怪異・怪談そして恐怖といった要素がたっぷり詰まった伝承である。

 旅人(六部や座頭、巡礼、薬売り)が、とあるムラのとある家に宿を求める。その家に泊めてもらった旅人が大金を所持していることに気づいた家の主人が、その金欲しさに、旅人を密かに殺して所持金を奪う。この所持金を元手にして、その家は大尽になる。だが、殺害した旅人の祟りをうける。



『山神を見た人びと』
 高橋貞子   岩田書院   2009/3



<東北文化史の古層へ>
・今では有名になった『遠野物語』ですが、当時これを評価したのは泉鏡花と芥川竜之助くらいで、多くの人は趣味本位の書物にすぎないと見ていました。しかし、この発刊が機縁になって、地方に埋もれた文化への見直しが始まり、やがて民俗学が生まれました。人々の語る伝承の比較によって日本人の歴史がわかるというのは、まったく新しい学問の誕生でした。

・遠野で、『遠野物語』が再発見されたのは新しく、昭和45年(1970)ごろからでした。岩手国体の実施に当たって、地域の文化を観光資源として活用することが図られましたが、その年はちょうど発刊60年にあたっていました。その後、遠野では民俗学資料に重点を置いた博物館、佐々木記念館を核にした伝承園、柳翁宿と柳田の隠居所を含むとおの昔話村、南部の曲がり家を移築した遠野のふるさと村といった施設を整備しました。

・『昔なむし』の巻末にある「岩泉地方の昔ばなしとわたくし」には、幼少時に昔話を聞いた思い出から、家業と子育てをしながら採集と執筆を行った様子が書かれています。店先や汽車の中が聞き書きの場であり、夜中や早朝が原稿用紙に向かう時間だったのです。書くことへの執念と信頼が、こうした貴重な資料集を生みだしたのです。

<山の神に出遭った人>
・岩泉の向町の佐々木亥之松(いのまつ)さん(明治生)は、20歳だったある日、山仕事で山中に入りました。奥山まで行ったとき、いきなり樹の間から顔の真っ赤な大柄の人が出て、ずいと顔を合わせました。「あ、あー」とおどろいた亥之松さんは、後退りました。ところが、相手は亥之松さん以上におどろいた様子で、うろたえながら樹の蔭に隠れました。
 さあ、亥之松さんは転がるようになって家に戻ると、
「その顔はらんらんとして燃える火のようだった」
と家の人に話したきり、40度の高熱を出して寝込んでしまいました。
 高熱はなかなか下がりません。亥之松さんは重態でした。あまりのことに家の人は、神子さまに、ご祈祷を頼んでお宣託を聞きました。
 お宣託は、
「山中で出遭った顔の赤い人は、山の神だったのです。
山の神は<木調べ>のために山中を歩いておられたのです。人間に見られてはならない姿を見られて、山の神もおどろかれたのでしょう。亥之松さんの病は、40日間病床に臥せば恢ります」
と、告げました。
 そのご、ほんとうに亥之松さんは40日間でもと通りの健康体にもどって、そのあと長生きをして生涯を終えました。

<山男にさらわれた娘>
・田野畑村田代の南という家に、名をハツエと呼ぶ美しい娘がおりました。ある日、ハツエは、手籠を持って春菜を摘みに出かけたまま、突然、姿を消しました。

 家族はもちろんのこと、村中が総出となって探しましたが、ついにハツエを見付ける「ことはできませんでした。ところが、その日から十数年たったある日、村のまたぎ(狩人)が山中でハツエを見ました。
 ハツエは、ごつごつとした岩の上に座って、長い髪を櫛でとかしていました。またぎはおどろいて、「ハツエではないか」と、声を掛けました。
 ハツエもまたぎを見ると、おどろいた様子で、なつかしそうに涙をはらはらと流しました。やがて、
「あの日、山男にさらわれて山女になった。あのころのハツエではない。今は山女なれば、おいらに出会ったことをだれにもしゃべるな。もし、しゃべったら、われの命は無いと思え」
 こう言うと、さいごは恐ろしい形相となって威しつけました
またぎは、
「だれにも一切しゃべらない」
と、約束をしました。ハツエは、
「約束を破れば、3年のうちにお前は死ぬぞ」と、更に威しました。
またぎは秘密を抱えて山を下りましたが、心の中は平らではありませんでした。だんだん体の調子まで悪くなるようでした。こらえかねたまたぎは、ついにある日、ハツエと出会った一部始終を、村のだれかに話しました。
 またぎはだんだんやつれてきて、青白くなって死にました。山女に出会って3年以内のことでした。

<人身御供とヒヒ>
・遠い昔のことです。小本海岸の波鼓が舞のあたりに巨大な松の古木があって、その枝に強そうなヒヒ(マントヒヒの異称)が腰掛けていました。そこは浜通りとして人びとの往来するところでした。
ところが、よく人隠しがあって、突然、人が見えなくなってしまう騒ぎがありました。
「なんでもあのヒヒが人を食うらしい」と、人びとは恐れました。
 村人たちは相談の結果、若い娘を人身御供にヒヒに差し出して、ご祈祷をすることになりました。
若い娘は毎年一人ずつ、裸にされてヒヒに供えられました。のちにその娘たちの魂を鎮めるために「人殺神社」が建立されましたが。明治以前に廃社になったということです。

<天狗山から鼓の音>
・小川の国境峠に天狗山があります。海抜654メートル。昔から天狗の隠れ住む山と伝えてきました。
今でも国境集落の人びとは、
「トン、トン、トン、トン」
と、天狗山から鳴り出す鼓の音を聞いています。
 やがて鼓の音は、集落を囲んで立つ峰から峰をわたり歩いて、
「トン、トン、トン、トン」
と、鼓の音を聞かせるといいます。
 鼓の音は、四季も時刻も関わりがなく、いつ、どうともなく聞こえ出すようだと、国境の人びとは気付きました。
「きっと、天狗様は、ご自分の所在を知らせたくて、鼓を打つのだろう」と言い合って、鼓の音を聞くと、どんな仕事をしていても手を休めて戸外に集まり、天狗山を眺めるということです。

<天狗に殺された12人の神楽団体>
・天狗森は、猿沢の奥にあって、昔は天狗が隠れ棲んでいた深い森でした。近くの与一屋敷では、あるとき神楽宿をしたのですが、朝には、12人の神楽団体全員が死んでいました。与一屋敷の人は全員無事でしたが、この一大事に気付きませんでした。

 その夜、真夜中の与一屋敷に天狗が舞いおりて、神楽衆の一人ひとりの口に息を吹き込んで殺したのでした。人間は天狗に息を吹き込まれると、即、死ぬといいます。その方法は、天狗は鼻が高いので、人間の頬に頬を近寄せて息を吹き込むと伝えていました。
 猿沢の武田博さん(昭和4年生)は、少年時代に与一屋敷跡に行ってみました。そのときの与一屋敷跡には、土台石や腐った建築材が見えたので、そんなに遠い出来事ではないと思ったそうです。

<ツチグモと呼ばれた種族>
・遠い昔、この地方をはじめて開拓したころ、われわれと別にアイヌとツチグモがいました。アイヌは狩猟をして山で暮らしていましたが、ツチグモは極端に小さい体で、山野に穴を掘ってその中に隠れ住んでいました。
 穴の入口に木の葉や草を被せていましたが、とても獰猛でアイヌや村人が通ると、いきなり襲って穴の中に引きずり込んで、猟物や食料を奪い、衣類を剥ぎ取りました。ツチグモはとても怖かったということです。
結局、ツチグモは絶滅したのですが、ツチグモを退治したのはアイヌでした。



『プレアデス星訪問記』 
上平剛史  たま出版   2009/3



<宇宙太子との再会>
・それは、私が故郷である岩手県に住んでいた16歳のときのことである。

<葉巻型巨大宇宙船へ>
・「葉巻型母船は長さ4キロメートル以上で、太さは一番太いところで、直径7、8百メートル以上あります」
                     
・「この母船はひとつの都市機能を持っており、ありとあらゆるものが備わっています。生き物のような船であると言っても過言ではないでしょう」

・なんと、これでも中規模程度の母船らしい。10キロメートル、20キロメートル、さらにそれ以上の大きさの地球人類には想像もできないほどの巨大な母船も存在するという。この母船では縦横およそ50メートルおきに道路が設けられ、階層は最も厚いところで40〜50層になっているそうである。母船の中に公園や山河まであるらしい。この母船で生まれ育ち、一生を過ごす者もいるそうである。

・宇宙人にはそれぞれ母星があるが、母船には母星の都市機能が備わっており、母星の社会がそのまま存在している。母船の惑星としての役目を果たすため母船が故郷となる者もいて、そういった者は、ある意味で、母星で暮らしている人間よりも精神的に進化しているらしい。

・「この母船には我々プレアデス星人だけでなく、様々な星人が協力のために同乗しています。地球人類がグレイと呼んでいる宇宙人もいます。もっともグレイは我々が遺伝子工学、バイオ化学、宇宙科学を駆使して造ったロボットでしたが、今では宇宙や特定の星の調査など、さまざまな分野で活躍しています。他にも爬虫類、鳥類、魚類、昆虫、植物などの生態から進化した人間もいます」

・「この母船は、最大収容能力は5千人ですが、現在は4千人くらいでしょう。ただ、乗せるだけならば、1万人は乗せられるでしょうが、常時生活して長く滞在するとなると5千人が限度です。食料やその他の問題がありますからね。この母船には、ここで生まれた子供たちを教育する係もちゃんといるのですよ。子供達が大きくなれば、母星の学校や他の進んだ星へ留学する場合もあります」

・UFO研究家で有名な韮澤潤一郎氏も「微に入り細に入る教訓的宇宙オデッセイであり、近頃には珍しい詳細な本物の体験記であると思う」と記している。

・だれしも、ある時夢での宇宙をさまよったこともあるのだろうが、本書によって、しばし宇宙旅行を楽しまれることをおすすめする。



『遠野物語事典』 
(石井正巳) (岩田書院)2003/7



<山の神>
背丈は「丈高き」「背高く」。顔色は、「顔は非常に赤く」「顔は赤く」「顔はすてきに赤く」「面朱のような」とある。眼の光は、「眼は輝き」「眼の光かがやける」背が高く、顔が赤く、眼が輝くという点でパターン化している。

「山男」
遠野郷の民家の子女にさらわれる者が多く、特に女に多いという。「女は、恐ろしい人にさらわれたが、その人は、背が高く、眼の色は凄く。生んだ子供を持ち去ってしまうものの、仲間と連れ立って食物を持って来てくれるという」。「山里で髪の長い美しい女を撃つ」証拠として、黒髪を持ってきたが途中で眠くなり、背丈の高い男が取り返して立ち去ったと見ると眼が覚める。その男は山男だろうという。

「山女」
「山女は、ぼろぼろの着物を着ているが、色白で長身、長い黒髪を持ち、あでやかである。幼児のいる母親でもある。飛ぶように走ったり、記憶をなくさせたりする特異な力を持つが、銃弾には倒れる。人恋しいかのように里人の前に現れるが、その特異な力や叫び声、大きな笑い声のため、里人にとっては、非常に恐ろしく、恐怖で病死する者もいる。
山女が現れる場所は、遠野地方の東にある六角牛山。白望(白見)山などの山中である。六角牛山は、女神が住んだと信じられた遠野三山の一つである。



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■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

・天狗や異人、神人の「神隠し」の伝承は、全国的にあるようです。しかしながら、当時の警察がどのように対応していたのか分かりません。『遠野物語』は農民の「作り話」ではなく「事実」と柳田国男は主張しているようです。柳田国男は当時の警察の「異人」の情報を調べなかったようです。「夜這いに関する資料としては、昭和26年に出版された柳田国男監修の『檜枝岐民俗誌』があります。柳田国男はここ(檜枝岐村)を「桃源郷」と呼びました。しかしながら、柳田国男は、性的な習俗は、意識的に研究しなかったとも言われています。当時から警察の情報は、他の者が調査できなかったようなのです。当時からの警察の情報を集めれば、かなりのことが分かったのかもしれませんが、私たち一般人は、理解できません。

・現代では、20世紀末までには宇宙人のアブダクションが大変な話題になりました。「神隠し」は、昔からの宇宙人のアブダクションアブダクション(誘拐)だったともいえそうです。牛若丸と鞍馬山の天狗の伝承のように、源氏はオリオン 星人との繋がりがあったようです。そして天狗もオリオン星人だったようです。また「神隠し」に関わる「異人」はオリオン星人だったようです。オリオン人は、地球と直接的なつながりを持つと指摘されています。オリオン星人が創造した異次元生命体が「河童」だったようです。書名の『河童・天狗・神かくし』は、オリオン星人の繋がりを示しているようです。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。

・「宇宙には発生上に二種類の宇宙人がおり、抗争がありスターウォーズをしている」といわれます。「サタンといわれるリラ星人系列の宇宙人とエンジェルといわれるシリウス星人系列の宇宙人の争い・スター・ウォーズがある」そうです?「二派の対立とは火星由来のアーリア人に対するアヌンナキ・レプティリアン(爬虫類人)の争い、戦争」であったともいわれ、今でも継続しているのでしょうか? 「実験室で人間を創った」といわれるリラ星人と「遺伝子操作や思念(?)で人間を創った」といわれるシリウス星人との対立でしょうか?宇宙人は「霊格」が高いとはいえず、絶えず「戦争」をしているのかもしれません。ネガティブ・グループのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こると指摘されています。小人族のグレイも核戦争で退化した姿ともいわれますが、「人類の未来」という説もあるようです?

・よく『狐つき』に間違われたアブダクション(誘拐)・ケースも多かったようです。ちなみに、アブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)もいろいろな形態があったようです。21世紀になると、アバブ・トップシークレットの影響がメディアにも深く浸透し、アブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)も忘れられてしまったようです。異星人のアブダクション(誘拐)の被害者や交配実験の被験者を地上で見た伝承が多かったようです。進化している宇宙人が、目に見えない大天使、天使、堕天使となって工作しているので、私たち一般人は、何も理解できません。宇宙人情報を公開すると主権が危うくなるともいわれます。「はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。「いざ大統領に就任すると、この話題には関与せずという概要が出されるのだ。こうした態度は“大統領の黙秘症候群”と呼ばれている」といわれます。大天使が大組織や都市等を統括しているといわれます。
「サイバー戦争をみても第3次世界大戦はもう始まっている」という説もあります。

・アブダクション(誘拐)で人間の幽体を容易に操作したり、物質化、非物質化ができたり、異次元移動ができる天狗や異人の(非常に進化した)オリオン星人は、想像を絶しますので私たち一般人は、理解できません。堕天使の段階にある異星人かもしれません?
 明治の文明開化で、マスコミが発達すると、河童や異人はどこともなく消え去ったようです?クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「日本の河童はグレイの一種で、現在も(異次元の)海底基地にいる」といわれます。

・「来訪神」といわれるものは、人間タイプが識別できないため、異類異形タイプがほとんどのようです。
インタ―ネット情報によると、2018年11月29日(産経ニュース)「ユネスコ、ナマハゲなど「来訪神」を無形文化遺産に決定」
インド洋・モーリシャスで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の政府間委員会は29日、無形文化遺産に「男鹿(おが)のナマハゲ」(秋田県)など8県の10行事で構成される「来訪神(らいほうしん) 仮面・仮装の神々」を登録することを決定した。

・登録される行事は、「男鹿(おが)のナマハゲ」(秋田県)、
「甑島(こしきじま)のトシドン」(鹿児島県)、
「吉浜(よしはま)のスネカ」(岩手県)、
「薩摩硫黄島のメンドン」(鹿児島県)、
「米川(よねかわ)の水かぶり」(宮城県)、
「遊佐(ゆざ)の小正月行事」(山形県)、
「能登のアマメハギ」(石川県)、
「見島(みしま)のカセドリ」(佐賀県)、
「悪石島(あくせきじま)のボゼ」(鹿児島県)、
「宮古島のパーントゥ」(沖縄県)−の8県10行事。

・「来訪神、仮面・仮装の神々」ということですが、いずれも異類異形のモンスタータイプの妖怪(神々)のようです。これらを神々として扱うのか否かは、数百年の歴史的背景があるようです。長い杖をつき、真っ白な髪と長いひげの仙人のような神々のイメージとは程遠いようです。仙人のような者について行き、異界や隠れ里やマヨイガ(東北、関東地方に伝わる、訪れた者に富をもたらすとされる山中の幻の家、あるいはその家を訪れた者についての伝承の名である)に行き着いた話は、全国でどれくらいあるのでしょうか。正確なことは分かりません。人間タイプの神々の、集団幻覚や集団幻視なのでしょうか?「異人」についてもよく分かりません。

・『信濃の民話』([新版]日本の民話1)は、新しい本ですが、未來社版「日本の民話」シリーズは108冊ほどあります。その中で、宇宙人の現象を連想させる話は、どれくらいあるのでしょうか。昔は、キツネやタヌキ、ムジナに騙された話は、田舎では多かったようです。「迷信」としては片づけられない量のようです。すべてを農民たちの「作り話」とできないようです。どこまでがフィクションで、どこまでがナンフィクションなのか不明の伝承のようです。柳田国男は『遠野物語』は民衆の作り話ではなく事実だと述べています。様々な奇怪な現象は、太古からのオリオンETグループの宇宙人のイルージョンの現象なのかもしれません。


・また、3割は存在すると言われている「動物タイプ」の異星人が、昔から「異類混血」を狙ってアブダクション(誘拐)を繰り返していたのでしょうか?「鬼」や「天狗」も宇宙人か、そのバイオロボットだといわれます。「レプティリアン自身もコード化された コンピュータープログラムで、決められたことを実行しているに過ぎないのです」といわれます。レプタリアンは創造主が喜ぶであろうことを計画し、それを実行するのが自分たちの義務であると考えているそうです。「要するにレプティリアンの上にも、彼らの行動や人間を操作する究極の力を持つ「透明な人々」が存在する」と指摘されています。

・本書の大きな狒々のような「猿神」の「人身御供」の話は、「昔、正和の頃といいますから六百年余りも前の事です」ということですから、全国には「獣人」による「人身御供」の伝承があったようです。集団幻覚、集団幻視、集団ヒストリーだったのかもしれません。どれくらいあったのか正確なことは分かりません。「猿神」という「獣人」は、村の若い娘を人身御供として要求したようです。当時の原住民や農民たちと、「猿神」「獣人」との間にどのような交渉があったのでしょうか?「猿神」というのは、全くのUMA(未確認動物)ではなかったようです。犠牲者もどのようになったのか、分かりません。覚(さとり、かく)のように人の心を読むという妖怪(獣人)もいたとされています。六百年余りも前には「猿神」や「獣人」も異次元移動してきたので、「来訪神」として、「人身御供」を提供していたのかもしれません。「正和」の時代は、1312年から1317年までの期間を指しますが、鎌倉時代で、山間部の田舎では、文明・文化とは程遠い時代だったようです。「河童」も文明開化の明治時代から、急速にいなくなったようです。

・平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔といわれます。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると、「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」そうです。やはりオリオンETグループの「異人」が、「獣人」や「河童」等の妖怪を、空飛ぶ円盤から降ろしていたのかもしれません。現代においてもビッグフットやサスカッチのような「獣人」を「空飛ぶ円盤」からオリオンETグループが降ろしているといわれています。「オリオン人は宇宙連合に属していない。彼らは、彼らだけの連合を作っている」といわれます。グレイ等のバイオロボットを創って、アブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)のようなおぞましい生体実験をしているといわれます。

・「人間をゴキブリ以下に考えるエーテリアン(異次元種族)がいる」といわれます。しかし、今なお、底層4次元にモンスター・タイプが生存しているともいわれます。シリウス星人が遺伝子操作等でモンスター・タイプの生物を創り神に嫌われたといわれます。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった」という奇妙な話もあるようです。「シリウス人はオリオン人と交戦していた。この敵対関係は今でも続いている」といわれます。「オリオン大戦」やスター・ウォーズの原因や結果も詳しくは分からないそうです。セム系氏族が北極星、北斗七星信仰、ハム系氏族がオリオン、シリウス信仰であることを明らかにしてきたといわれます。「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの綱を解くことができるか」(旧約聖書、ヨブ記38章31節)という謎の文言も、スター・ウォーズの原因についての言及なのかもしれません。

・エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。天狗もオリオン星人だったようです。リゲル人と爬虫類人の交配人種が築いた国が現在の日本と中国であるといわれます。「リゲル人は、米政府と協定を結んだオリオン連盟リーダーであり、この集団は1954年に米国政府と協定を結び、彼らの技術と科学情報を米国に与えるのと引き換えに、米国民を誘拐する(ただし傷つけない)許可を米国政府から得ている」といわれます。「米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、プレアデス人が招聘されたが、過去ヒトラーの人類浄化政策を画策し仏教を堕落させた」という驚愕すべき情報もあります。米国政府は秘密協定を結ぶ相手を間違ったともいわれます。現在でも「全世界で獣人の出没」の情報があり、オリオンETグループが「空飛ぶ円盤」から降ろしているようなのです。しかもエイリアンの超科学技術は、想像を絶します。モンスター・タイプのUMA(未確認動物)も巨人も異次元異動で消えたようです。

・異類混血がスター・ウォーズの原因だともいわれます。政府の中に政府があってアメリカ大統領といえどもコントロールできないといわれます。政府内部のそのまた奥にある、合衆国大統領でさえ手のだせない領域に、UFO目撃事件の開示を強い力で押さえこんでいる権力者グループがあるといわれます。「いざ就任すると、この話題には関与せずという概要が出されるのだ。こうした態度は“大統領の黙秘症候群”と呼ばれている」と指摘されています。

・現代の山の怪異話を集録した『怪異』(田中康弘、山と渓谷社)という本が3部出版されて人気ですが、現代でも山は異空間で不思議な話が多いようです。すべての山の怪異現象は、太古からオリオンETグループが異次元に存在していることが原因なのかもしれません。オリオンETグループは遥かに進化した、時空を超えている宇宙人種族のようです。突如、米国に飛来したわけではなく、昔から地球とコンタクトがあったようなのです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」と言われるくらい日本とも関係が深かったようです。太古、神人はスバル、北極星、オリオンからやってきたといわれます。「リゲル人と爬虫類人の交配人種が築いた国が現在の日本と中国である」といわれます。つまり、日本民族の遺伝子の中に、オリオンETグループのものが入っていて、強いつながりがあるようなのです。太古から現在も。
また「欧米イルミナティは、日本のイルミナティは竜座人階層の下等な種の末裔であると主張している」そうです。

・「性の習俗」については研究している人もいるのでしょう。Amazonに「性の習俗」といれますと430件の書籍がわかります。『日本人の性と習俗』、『戦後性風俗大系』、『夜這いの民俗学』等、多くの研究書があるようです。昔から「遊郭」等が、庶民の生活に普通にあったようです。欧米でも昔から「性の習俗」については、豊富な習俗があったことでしょうか。敗戦後、「売春防止法」ができて、規制が大きく強化されていきます。世界的にも、当然ながら、「性の習俗」とは、庶民の生活に大きく関わってきたようです。興味深い話も多いのでしょう。民俗学の創始者、柳田国男は、「性の習俗は、悪習」として、意図的に調査しなかったし、発表もしなかったといわれます。宇宙人が、太古からスパイと売春と麻薬を扱っているという怪説もあるといわれます。人間が性の習俗を作ったというよりは、人間を創造した異星人の介入があったともいわれます。堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。疫病をばらまく堕天使も存在すると語られています。宇宙人が、人間に穀物の作り方や、生活の仕方を教えたという説だそうです。現代の性の習俗や結婚の習俗は、世界中においても、様々な形態があるようです。私たち一般人は、今の「性風俗」についても当然詳しくはありません。インターネット情報によると、「実は日本の一夫一妻制の歴史はここ100年程度のお話なんです。一夫多妻制から比較すると、圧倒的にその歴史は短いというわけです」という話もありました。「一夫一妻制の歴史」は、日本でも世界でも、太古からの遅れた歴史の話です。

・「女性の権利・登用」とか「性教育」、「性風俗の問題」、「安楽死」等の問題は、「時期尚早」という言葉が、頻繁に使われ、その都度改革が遅れてきたと指摘されています。「問題のない所はない。改革は恒常的に遅れている」といわれます。社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。時代遅れの面の改革の速度も大変遅いようです。どこの国でも常に社会問題を抱えているといわれます。「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や政治家が登用されていないからだ」といわれます。その点については政治家と官僚の認識も自覚もないといわれます。「失われた20年」の前は「経済一流、政治二流」といわれていましたが、現在は「経済二流、政治三流」といわれます。それ以上の酷評もあるそうです。「社会の分け前の分配、再分配がうまくいっていない」といわれます。国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートの英知を結集した「国家改造計画」が求められているそうです。政府をベスト&ブライテストの要員で固めておれば、もう少し良好な結果や政策ができるだろうといわれます。

・「人身御供」や「人間のような狒々(サルを大型化したような姿をしており、人間の女性を襲う)の伝承は、太古から日本全国ではどのくらいあるのでしょうか?詳しくは調べていませんが、人間化した「獣人」の伝承のようです。女性を狙うともアブダクション(誘拐)するともいわれます。覚(さとり)のような人間の意識を読む獣人の伝説もあります。現代でも北米で時たま目撃されたビッグフットやサスカッチはUMA(未確認動物)として、多くの書籍にもとりあげられています。「獣人」は、世界中にその目撃情報があります。「獣人」のビッグフットやサスカッチを「空飛ぶ円盤」から降ろしているという報告もあるといわれます。「日本でも1970年代前半、旧比婆郡西城町を中心に目撃された、身長約1・6メートル、逆三角形の頭でゴリラのような体つきとされる「幻の類人猿」のヒバゴン」の話がありました。ヒバゴンの目撃とUFOの目撃を結びつける話もあったようです。

・現代において「獣人」のビッグフットやサスカッチを「空飛ぶ円盤」から降ろしているという異星人はオリオンETグループでしょうか?「現代的な解釈ですと堕天使ルシファーとかリラ星人のサタン(悪魔)という言葉は、遺伝子科学者の研究集団の名前だ」といわれます。ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われているそうです。おぞましい生体実験をしているオリオンETグループが、宇宙人情報をアバブ・トップシークレットにしたのでしょうか?UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象といわれます。超太古、ネガティブなシリウス星人が遺伝子操作等でモンスター・タイプの生物を創り神に嫌われたといわれます。現在もモンスター・タイプの生物実験が、マッドサイエンエィスト、オリオンETグループによって続けられているのかもしれません?カイパーベルト・エイリアンの謀略が懸念されているそうです。

・日本の「奇祭」も昔からのさまざまな習俗や伝承が背景になっているようです。現代の「奇祭」は、形式や内容が大きく変化してきているようです。日本の「奇祭」も世界的に見ると類似なものも多く見られるそうです。「一般に性的な習俗も自然に発生したものではなく異星人や異人が始めて、原始人に教えた」ともいわれます。太古のそれは、現代のものと大きく違っていたようです。

・amazon「本」に「沖縄」といれますと11753件、「すべてのカテゴリー」といれますと388787件の膨大な結果がでます。「政治」や「安全保障」とか、社会、経済や観光旅行等に話題が毎日のように新聞に載るほど、注目の集まる県のようです。

・沖縄は本土とは海で離れていますので、歴史的にも習俗的にも独自な発展を経た特殊な地域として、民俗学者等に注目されています。沖縄のスピリチュアルな世界も「ユタ」のように独特な習俗があり、特異な世界を作っているようです。キムジナーのような河童に似ているUMA(未確認動物)の伝承もあります。河童に似たような妖怪も地域的な特色があったようです。沖縄のユタに限らず、変性意識に入り神仏と交信できる人物も日本には多いようです。沖縄のスピリチュアルな世界も、私たち一般人は、研究者ではないので、詳細な情報は知りません。

・来訪神と蛇や動物が非常によく結びつけられる伝説が多いようです。来訪神とのコンタクトに伴うイルージョンでしょうか。高次元の来訪神とのコンタクトでは、人間は変性意識状態になるようです。宇宙には動物タイプの宇宙人が3割ほどいるといわれています。爬虫類的異星人(レプティリアン)もオリジナルは、モンスター・タイプのようです。しかし、遺伝子交配や異類混血などで人間化しているようです。「爬虫類的異星人(レプティリアン)も人間タイプは知性的な顔をしている」とクラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロは述べています。沖縄のような本土と隔絶された地方では、来訪神や異神は特徴があるようです。沖縄のノロやユタも本土とは別の精神世界のようです。

・「沖縄では、年間300冊近くの沖縄本が出版され、この店だけでも1万5000冊を取り扱っているのだという」とのことですが、「沖縄もの」の本は、他県の本よりも特に多いようです。日本の歴史上、激戦地になり多くの戦死者がでた太平洋戦争に関するものでも、相当な量になるようです。終戦の日が近づきますと昔の「沖縄戦」の報道が増えてきます。若い人々にとっては「悲惨な戦場だった」記憶よりも「観光スポット」の印象が強いようです。

・沖縄は日本のミニチュアのように、王国が形成され、独自の習俗や文化が発達したところです。また沖縄の妖怪、河童に似たキムジナーの話も異次元移動ができるグレイタイプの宇宙人を連想させます。今は沖縄に「移住」するような人々もいます。昔は、サトウキビの価格が急落して、本土や海外に移住した沖縄の人々も多かったようです。また近年では、海外からの沖縄への観光客も増えています。とにかく沖縄は話題の豊富な県です。

・沖縄のユタに限らず、変性意識に入り神仏と交信できる人物も日本には多いようです。沖縄のスピリチュアルな世界も独特なものがあり興味深いものです。不思議なスピリチュアルな世界や幽霊現象、宇宙人現象などは繋がっているようなのです。

・異類異形の異星人は、住民から怖れられたのでしょうか。沖縄のキムジナーも本土で言う河童なのかもしれません。沖縄の来訪神や異神やもののけは、本土と同じくオリオン星人系列の宇宙人だったのかもしれません。異次元移動ができたようなのです。米国政府と秘密協定を結んだオリオン星人は、人類に5万年進化しており、「人間の魂の交換」ができるそうです。ラージノーズグレイもオリオン星人で、米国と秘密協定を結んだともいわれますが、トラブルが起きているともいわれています。また河童に似たキムジナーはゼータ・レチクル星人系列のバイオロボットだったのかもしれません。東北地方のザシキワラシ(座敷童子)のように「子供の神」もいたのかもしれません。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」ということですから、オリオン星人は地球人との関わり合いが強かったようです。「米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、プレアデス人が招聘されたが、過去ヒトラーの人類浄化政策を画策し仏教を堕落させた」ともいわれます。ホロコースト(大虐殺)にプレアデス人(宇宙人)が関係していたとは驚きです。歴史の教科書はいつ書き換えられるのでしょうか?

・「オリオン星人は非常に階級意識の強い宇宙人だ」ともいわれ、神々の人間タイプとか、モンスター・タイプとかの関係は複雑なようです。「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)等がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動している」ともいわれます。おぞましい生体実験をしているという報告もあるようです。「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの綱を解くことができるか」(旧約聖書、ヨブ記38章31節)という奇妙な文がありますが、解釈ができません。スター・ウォーズの「オリオン大戦」もあり、アバブ・トップシークレットのようです。近年、オリオンに向かった日本人もいるという与太話もあったそうです。「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった」ともいわれます。オリオンやプレアデスに多くの日本人が住んでいるという法螺話もあるそうです。古代の伝説に登場する『蛇人』というのは、オリオン人の霊魂が地球に投影されたものと思われるといわれます。

・北海道のコロポックルやさまざまな異神、もののけも宇宙人との繋がりが窺われます。ミンツチも河童に似た宇宙人だったのかもしれません。フィクションとナンフィクションの割合は、現代では分かりませんが、全部が全部「現地の住民やアイヌの作り話」ということはいえないようです。後講釈しても理解不能なことも多いようです。米国での小柄なグレイのアブダクション(誘拐)事件やキャトルミューテレーション(動物虐殺)事件も数十年経つと、その事実さえも忘れ去られるようです。目に見えない神々や天使の世界は、不可視のために注目されないことが大部分のようです。現代では街中で出会った普通の市民が助けてくれて、後に天使だと分かったという話が米国などで多いそうです。

・沖縄のキムジナーや奄美諸島のケンムンも「日本の妖怪」として登場します。河童に似ているともいわれます。全国に伝承のある河童は、文明開化とともにどこに消えたのでしょうか。ケンムンはウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)に「図」が載っています。河童と猿を合わしたイメージです。「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」そうです。「河童もゼータ・レチクル星人系列のバイオロボットの一種かもしれない」そうです。キジムナーもケンムンも純粋なUMA(未確認動物)というよりも異次元移動ができて、人間との交流話もあるといわれます。

・河童は人間との関わり合いが多くあり「UMA(未確認動物)」とはいえないようです。「ハリウッド映画にもなった小柄な異星人グレイはバイオロボットだ」といわれます。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。「グレイの後に金髪碧眼のノルディックが来た。その後に、人間タイプのオレンジと呼ばれる宇宙人が来て、その後に“東洋人タイプの異星人が来た」と言われます。「宇宙連合」が戦後に米国に飛来したようです。金髪碧眼のノルディックはプレアデス人ともいわれます。東洋人タイプに日本に関係する神々がいたのかもしれません。人間タイプの宇宙人は特にアバブ・トップシークレットのようですし、誰も街中で識別できないともいわれます。

・イタリアのマオリッツオ・カヴァーロというクラリオン星人のコンタクティは、「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」と語っているようです。「河童はグレイの一種で、現在も異次元に生息している」のかもしれません。河童も動物タイプから人間タイプまで幅広い種類のバイオロボットなのかもしれません。異星人の遺伝子実験の結果なのかもしれません。「河童もゼータ・レチクル星人系列のバイオロボットの一種かもしれない」そうです。グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。エササニはオリオンの方向にあります。グレイも核戦争を繰り返した未来の人類だと言う奇説もありました。「時空間を超えてこの地球にやってきて、人類をアブダクション(誘拐)し、受精して、子孫を作りました」。それがエササニ人のバシャールだといわれます。

・河童はUMA(未確認動物)として扱われる場合がほとんどです。しかしながら、動物タイプばかりでなく、人間とのコンタクト話もあるようです。「河童は小柄な異星人グレイの一種か、バイオロボットだ」とすれば、日本全国に一種のグレイ(河童)の伝説があり、昔から宇宙連合が来ていたということになります。「河童とUFOを結び付ける日本映画」もありましたが、異類混血などで、かなり人間に近いものになっているという話もあるそうです。地球上にはかなり多くの宇宙人が「同化」して住んでいるそうです。「現代は宇宙人と普通の人間を区別できなくなっている」時代だそうです。「宇宙人は“幽体”や“霊体”で目に見えない異次元に存在している」ともいわれます。

・日本の伝説に残る「天狗、河童、鬼、異人、神人」などの話は、「農民たちの作り話」でなく「宇宙人とのコンタクト話」のようなのです。共同幻想や共同幻覚ではなさそうです。ちなみにUMAとは「未確認生物」のこと。このブログでは河童以外のUMA(未確認動物)はほとんどとりあげていません。You Tubeには多くの不可思議な映像が載っています。まさに「映像の時代」です。

・明治時代の『遠野物語』の中の「山の神の子」という話では、
「上郷村に河ぶちのうちと呼ばれる家があり、早瀬川の岸に建っています。
 ある日、この家の若い娘がひとり、近くの河原に出て、石ころなどを拾っていました。すると、みなれない男がやって来て、ふところから木の葉やなにやらを出して娘にくれました。その人は、とても背が高く顔が朱のように赤い人でした。
 娘は不思議なことに、この日から占いの術を使えるようになりました。その異人は、きっと山の神で娘はその山の神の子になったのだと、みんなは信じています」という話があります。

・この「赤い顔の異人(山の神)」は、グレイの一種の“河童”とともに飛来した宇宙連合の『宇宙人』ではなかったのでしょうか。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれます。人間と異類混血や同化して、「赤い顔の異人」も普通の人になっていったのかもしれません。異人や神人の伝説も少なくないといわれます。

・「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。−遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。−遠野物語第八話」という“異人”もオリオン星人だったのかもしれません。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。「セム系氏族が北極星、北斗七星信仰、ハム系氏族がオリオン、シリウス信仰であることを明らかにしてきた」ともいわれます。堕天使ルシファーもオリオンからやって来たそうです。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。「大本教の出口王仁三郎は自分はオリオン星から来たと語っている」そうです。

・「宇宙には発生上に2種類の宇宙人グループがおり、対立・抗争がありスターウォーズをしている」ともいわれます。2種類の宇宙人の対立・抗争が際限なく続いており、それが頻繁なスター・ウォーズになるようなのです。インド神話でも帝釈天と阿修羅の対立・戦争が、とても長期間あったようです。インド神話の猿の神様は「ケンタウルス座α星人」ともいわれます。動物タイプが3割も存在しているようです。ハリウッド映画『猿の惑星』は、長いシリーズになって世界中で放映されました。「オリオン人は宇宙連合に属していない。彼らは、彼らだけの連合を作っている」といわれます。「シリウス人はオリオン人と交戦していた。この敵対関係は今でも続いている」といわれます。

・宇宙人のほうが進化の速度が大変早く、タイム・トラベラーになっているともいわれています。「サタン(悪魔)といわれるリラ星人系列の宇宙人とエンジェルといわれるシリウス星人系列の宇宙人の争い・スター・ウォーズがある」ともいわれます。「現代的な解釈ですと堕天使ルシファーとかリラ星人のサタン(悪魔)という言葉は、遺伝子科学者の研究集団の名前だ」そうです。

・「実験室で人間を創った」といわれるリラ星人と「遺伝子操作か思念(?)で人間を創った」といわれるシリウス星人との対立でしょうか。「シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物である」そうで、上には上があるようです。シリウス星系(龍)対オリオン星系(牡牛)の対立とも言われます。小人族のグレイも核戦争で退化した姿ともいわれますが、「グレイが人類の未来」という説もあったようです。牛神がテクノロジーで龍神を圧倒し「低層4次元」に追い払ったともいわれています。モーゼとユダヤ人は龍神の系譜にあり、イエス・キリストは牛神の系譜で、お互いのバックはオリオン星系とシリウス星系という宇宙にあるといわれます。

・カッパは、欧米では「リトル・グリーン・マン」ともいわれ、米国では「リトル・グレイ」の一種として知られています。グレイも様々な種類があるようでバイオ・ロボットとも言われますが、河童は日本では昔から全国で人間との交流やコンタクトの伝説があるようです。「リトル・グレイ」の円盤に同乗する金髪碧眼のノルディックという宇宙人の情報は、タブー、アバブ・トップシークレットのようです。「1959年に米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、技術格差を埋めるためにプレアデス人が招聘された。だが、過去、彼らは、ヒトラーの人類浄化政策を画策し、仏教を堕落させた。チベットに広大な地下基地を持っている」そうです。ナチの背景には金髪碧眼のノルディックといわれるプレアデス人がいたとは驚きです。

・アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。ナチが崇拝した異星人のようです。シュメール文明を打ち立てたのが金髪碧眼のアルデバラン星人といわれ、牡牛座のアルデバランが故郷の惑星のようです。アルデバラン星人は現代でも「幽霊」のように現れたり消えたりするようです。シュメール文明を打ち立てたのが金髪碧眼のアルデバラン星人といわれ、牡牛座のアルデバランが故郷の惑星のようです。

・ゼータ・レチクル星人ともいわわれる「リトル・グレイ」は、壁を透き通るようにして部屋に侵入してくるそうです。 「グレイ」は人間の無意識の中に入ってくるという説もあります。昔からカッパに連れられて、ゼータ・レチクル星にでも行った人々(日本人)でもいたのでしょうか。「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球レプトイド(恐竜人)」がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。グレイには、「ビーガン。シリウスA人の遺伝子から作られたグレイ」、「ゼータ・レティクリ1。地球人監視のためリゲル人が作ったグレイ」、「ゼータ・レティクリ2。遺伝子操作で作られたグレイ。爬虫類人に奉仕」などが存在するといわれます。グレイも人間化している種族もいるといわれます。

・アメリカの宇宙飛行士の多くはフリーメーソンだそうですが、その辺から秘密が守られているのでしょうか。米国におけるフリーメーソン組織の存在の重さは日本人の知識人には分からないそうです。「フリーメーソンの結社員同士は、例えば特殊な握手の方法などでお互いを知る」ともいわれますが、フリーメーソンのネットワークは、やはり特殊なのでしょう。「超太古、人間は常に天使と交信していた」そうです。現代でもマスター(大師)と交信している人間が存在するようなので不思議です。グランドマスター・クラスは、シリウスやリラ、プレアデス等の重要な場所にニルヴァーナ(涅槃・天国)から瞬時に移動できるそうです。

・フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのであるとも伝えられています。「彼に冠せられた「宇宙の建築家」という称号は明らかにフリーメーソンとの関連を示している。プタハは太陽系の外からやって来て、トトの指示に従って世界、太陽、惑星、すべての生き物を造ったとされる。となると当然、彼はオシリス一家よりも古い神々のカテゴリーに属することになる」と指摘されています。またUFOはフリーメーソンの創作といわれます。

・アガルタの地下都市のネットワークは、目に見えない異次元に存在するようですが、現在では多くの書籍、特に米国のコンタクティなどにより紹介されています。エーテル界やアストラル界、霊界のような「異次元にある」というイメージが私たち一般人には理解不能のようです。

・ホワイト・ブラザーフッド(白色同胞団)の本拠地はアンタレスにあるそうです。その昔、アンタレスにエーテル質量を操作できる異星人がいて、自由に宇宙旅行をしたといわれます。「シリウスのテクノロジーは、アヌンナキによって地球にもたらされた」そうですが、恐らく人類に数十万年(?)ほど進化しているシリウス星人の宇宙船は、「都市規模の超巨大宇宙母船」なのでしょうか。どれだけ進化しているのかは正確にはわかりません。「竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を支配している」ともいわれます。「イルミナティは宇宙人の集団なので強力なのだ」そうです。

・天国に自由に出入りし、人間への"憑依"や人間の"転生"を自由に操作するシリウス星人の詳細はまだ日本では翻訳されていません。が、「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので戦争が絶えない」とか「イスラエルがシリウスと通商協定を結んだ」とか「イルミナティなどのフリーメーソンに入ると『神』に会える」という与太話もあるそうです。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も利用しているそうです。「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」ともいわれます。

・グレイの「空飛ぶ円盤」に同乗していた「ナチス」とも言われている金髪碧眼のノルディックは、プレアデス星人といわれていました。が、ヨーロッパでよく登場したウンモ星人なのかもしれません。ウンモ星人も金髪碧眼で、ヨーロッパにその末裔が多く住んでいるともいわれています。黒目黒髪のウンモ星人もいるらしく日本にも飛来していたのかもしれません。そのほかにも「オレンジ」とよばれる宇宙人もいて「宇宙連合」の人間タイプの宇宙人も多種多様のようです。「オレンジ」と呼ばれるぐらいですから容色が若干「オレンジ」色なのでしょうか。金髪碧眼のノルディックと金髪碧眼のアルデバラン星人がよく混同されるそうです。アルデバラン星人は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当したそうです。アルデバラン星人は、こと座文明の再創造を支援しているとも伝えられています。

・憑依の現象と精神病の関係は昔からあり、昔は「神がかり」になった人は、よく「気狂い」と間違われ迫害を受けたようです。新興宗教の教祖も最初は「気狂い」扱いされたことが多かったそうです。よく『狐つき』に間違われたアブダクション(誘拐)・ケースもあったようです。狐や狸に化かされた現象の話は非常に多いそうですが、グレイタイプの宇宙人によるイルージョンかもしれません。amazonに「シャーマン」と入力すると3439件が検索され、マンガ本も多いようです。また、「ユタ」と検索すると1165件が反応します。沖縄とユタという項目は、現代人の関心をひきつけるようです。

・私たち一般人は、心理学者や精神科医でもないので、詳しくはしりませんが、精神病理学的に憑依現象などが研究されているようです。「幻覚」や「幻聴」は精神病の対象範囲であったようです。『遠野物語』の柳田国男は「この本に取り上げた伝承は事実であって農民たちの作り話ではない」と語っていますが、「集団幻想だ」といって無視する学者も多いそうです。

・「ザシキワラシ(座敷童子)を見た」と言う話も「幻覚」ということになるそうです。また、人間の「死後の世界」を真剣に研究している世界中の学者もいるようです。沖縄の「ユタ」は現代的な話題のようです。沖縄には「ユタ」になる過程が伝統的にあったようです。

・シャーマンはあの世とのコンタクト窺わせますが、世界中にシャーマニズムが存在するようです。事典による定義によると「シャマン(シャーマン)は踊りや歌、呪文、太鼓、鈴などによって特殊な意識状態(トランス)に入り、神や霊と直接接触して、神霊の意を告げたり、吉凶を占ったり、悪霊を除いたり、病気を治療したりする。アジアの北方民族に由来する語。近年、霊能者という語も流布するようになったが、彼らの多くはシャマンとみなしてよい」とのこと。(現代用語の基礎知識2012年版より引用)

・稲の起源は、プレアデス星座にあると言う説もあります。“異人”とは、人間タイプの異星人の記憶なのでしょうか。トウモロコシ等の穀物も宇宙人が異星から持ってきてインディアンたちに作り方を教えたといわれます。いわゆる「文化神」の話です。河童(かっぱ)伝承が、グレイ・タイプの異星人とすると、人間タイプの異星人“異人”も遠野地方に現れていたのではないでしょうか。「日本民族の原郷は、プレアデス星である」という伝承も、老人ホームの老人たちが異星に移り住む物語のハリウッド映画「コクーン」の場面を思い出します。「多くの日本人がプレアデスとオリオンに住んでいる」という夢のある与太話はどうなったのでしょうか。プレアデス星人は人類に6000年進化している種族ですが、人類に近く「神でも天使のような宇宙人」でもありません。

・その昔「猿神」とか「猿鬼」とか「狒々」といわれていたものは、猿の神様(ケンタウルス座α星人)のことではないのでしょうか。ハリウッド映画の「猿の惑星」のような進化した猿顔の宇宙人が存在しており、数百年前まで異次元から人間を脅して、アブダクション(誘拐)等をしていたようです。「猿神」や「猿鬼」は異次元移動ができたので、農民たちから恐れられたのかもしれません。人肉食の鬼(宇宙人)もいたのかもしれません。生贄や人身御供による宇宙人のアブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)が大昔から連綿として、山奥の村々で習俗としてあったのかもしれません。『今昔物語集』ができたのは12世紀の平安時代の末期の頃のようです。猿田彦神も天狗の容貌とか猿のような容貌とかといわれています。

・現在のアブダクション(誘拐)は、グレイタイプが犯人といわれます。しかし、グレイの「空飛ぶ円盤」に同乗していた「ナチス」とも言われている金髪碧眼のノルディックは、プレアデス星人といわれていました。アブダクション(誘拐)によって生体検査や生体実験をしていたようです。空飛ぶ円盤の中で生体検査をしているグレイの横に、人間タイプの異星人がいたといわれます。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。米政府は、密約によって人間のアブダクション(誘拐)を黙認したともいわれます。インプラントされた米国人もかなりの数に上るともいわれます。しかし、アブダクション(誘拐)の体験の記憶を宇宙人は消してしまう超テクノロジーをもっているようで、退行催眠で記憶を蘇らせるそうです。「蛇」や「龍」もよく伝説にでてきますが、レプティリアン(爬虫類人)だったようです。異類混血で「人間化」してきているそうです。アブダクション(誘拐)のときの人間の肉体か幽体を、家の中から空高く引き上げ、空飛ぶ円盤の中に引き入れ、生体検査をして元のベッドに戻す超テクノロジーは、科学者の誰も理解できないようです。

・日本に昔に会った人身御供の伝承は、猿の神様(ケンタウルス座α星人)が関係していたのかもしれません。昔のチャンバラ映画にでも「巨大な狒々の人身御供」の映画もあったそうです。米国のキャトルミューテレーション(動物虐殺)もグレイの仕業だと言われます。血や内蔵の液体をグレイの栄養物にするともいわれています。しかもグレイの皮膚から吸収するともいわれます。グレイはバイオロボットであり、消化器官や排泄器官がないともいわれます。東欧の昔の「吸血鬼」の伝説も、アブダクションでキャトルミューテレーション(動物虐殺)のような事件が、大きな噂話になったのかもしれません。アブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)の事件の時は、当時の米国のマスコミは大いに騒いだようです。現在は米国政府に協力して、沈黙しているようです。日本の河童も人間や馬の内臓を取り出すといわれています。なにか、キャトルミューテレーション(動物虐殺)と似ているところがあります。

・宇宙人で動物タイプは3割ほどいるといわれます。「爬虫類的異星人(レプティリアン)も人間タイプは知性的な顔をしている」ともいわれます。グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。エササニはオリオンの方向にあります。「竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが人類を管理している」ともいわれます。「フランスの『美女と野獣』の話は、異類婚姻譚だ」そうです。動物タイプとの異類婚姻譚や異類混血の伝承は豊富にあるようです。異類混血がスター・ウォーズの原因だともいわれます。「タウ人の遺伝子を使ってグレイを作るために主に子供を標的にして誘拐し、殺して細胞とホルモンを取りだしたのでタウ人がグレイを殺そうと狙っている」といわれます。ロシアはタウ星人と当初コンタクトがあったそうです。「ロシア人はタウ人との協定を破棄し、同じ協定をリュウ座人の前衛部隊と交わしてタウ人を追い払ったと考えられている」とも伝えられ複雑な問題のようです。「くじら座タウ人は、イプシロンのエラダナス星系で大きなコロニーを保持している」といわれます。遥か昔にリゲル人がくじら座タウ星系の侵略準備を整えようとしていたそうです。

・進化した異星人は、人間の精神体に自由に憑依したりしますので、誰も識別できないようです。ウォークイン(憑依)やワンダラー(転生)や、様々な形態で、人間社会にでてきますので、宇宙人と人間の区別ができないようです。空飛ぶ円盤から出てきた異星人という話は、昔の話になるのかもしれません。異星人は高次元のアストラル界やエーテル界に都市を創り壮大な文明を営んでいるようです。「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」ともいわれます。「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」そうです。

・4次元以上の目に見えない世界ですから、進化した異星人、天使や神々の生態は私たち一般人には、想像もつきません。昔から異界に行って様々な体験をしたけれど、気付いたら夢だったという話も多いようです。アダムスキーも当時も現代でも「詐欺師」扱いをする人々もいるそうです。やはり「異次元の金星や火星」という概念が理解できないようです。現代になって地球から金星へ探査衛星が飛び出してから「異次元にある見えない金星」という概念が強調されだしました。

・岡山の安井清隆さんの話は、当時、新聞社でも注目を浴びたそうです。当時は新聞社もUFOには熱くなっていたそうです。「安井清隆」と言う名前は「仮名」のようですが、金髪の長身のヨーロッパ系の宇宙人に日本語で話しかけられたという点でも注目されます。母船の巨大さから見ても、とてつもなく進化した異星人と窺われます。第2のチュェレイ人とのコンタクティがでないものでしょうか。岡山県は鬼の伝承など、宇宙人の伝説が昔から多いようです。

・コンタクト・ストーリーばかりでなく、現実にチュェレイ星と往復して、その超科学や超テクノロジーを日本のものにしたいものです。アメリカを始めどこの国でも異星人は諜報機関によりコンタクトが継続されているそうです。日本でもネットワークがあるのかもしれません。2メートル40センチの長身の人骨化石がアメリカで発見されたこともあったようです。異星人情報は、国家安全保障上の最高機密(トップ・シークレット)の数段階上の厳秘(アバブ・トップシークレット)扱いですから、異星人が社会に溶け込んでいる現代では何もわからないそうです。「トールホワイト」とよばれる2メートルから3メートルの白人種のオリオン星人も報告されているようです。トールホワイトと米政府はコンタクトがあるようです。3メートルの巨人タイプの宇宙人のコンピュータが最も速いそうです。月に基地があり、地球人を選別して連れて行くとも伝えられています。

・公安調査庁の元部長によれば「日本は諜報機関のない世界的にも珍しい国だ」そうですが、それから様々なことがいわれているそうです。曰く「諜報機関がないためにスパイ天国となり外国人からバカにされ、物笑いの種にされている」、「諜報機関のない国は国とは言えない」、「諜報機関のない国は国家競争から脱落する」、「諜報機関のない国は抑止力も弱く、拉致事件にも無力だった」、「諜報機関のない国は始めから負けている」、「諜報機関のない国は既に国益を大きく損ねている」、「諜報機関は国家にとって最も重要な死活の国家組織だ」そうです。被害者もその家族も高齢化しており、拉致事件はどうなるのでしょうか。この程度の問題に数十年以上もかかっているようでは政治家の非力が窺われます。

・イアルガの異星人は「馬頭観音」を連想させます。馬面の異星人も昔から日本にも来ていたそうです。異類混血なども遺伝子操作などで進んでおり、かなり人間化しているのかもしれません。宇宙人も多種多様で、容貌が人間と違いますし、指でも6本の宇宙人もいるようです。また『ガリヴァー旅行記』の馬の国『フウイヌム国渡航記』を連想させます。「フウイヌムは彼らを悩ませているヤフーと呼ばれる邪悪で汚らしい毛深い生物と対比される」と言う具合に、人間との異類混血もいたのかもしれません。ところでまた「獣の数字」というものが思い出されます。「獣の数字」は、『新約聖書』の『ヨハネの黙示録』に記述されています。以下に引用すると、「ここに知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は666である」(13章18節)。この意味は後世に色々な解釈があるようです。「獣の666」は「反キリスト」で、異類混血で創られたヒューマノイドなのかもしれません。ナチスのヒトラーのように歴史上、重大な役割を果たすといわれております。聖書の言う「獣」とは、イアルガ星人のように馬頭観音が人間化した者かもしれません。

・『ガリヴァー旅行記』には当時は誰も知らなかった火星の2つの衛星の正確な描写があり、「宇宙旅行記」ではないのかという説もあるようです。広い宇宙には動物タイプの異星人が2〜3割位いるともいわれております。コンタクト・ストーリーから様々な情報が流れてくるようです。アンドロメダ星雲からも様々な宇宙人が飛来しているようです。まるでハリウッド映画『スター・ウォーズ』の世界のようです。

・「オリオン星人は非常に階級意識の強い宇宙人だ」そうです。世界中の神々は各国では名前が違うけれども、ランク別には同一の存在らしいのです。神々は理論的にも不死で時空を超えている理由で神様というのですから、「女神イシスの降臨」といっても不思議なことではないそうです。チャネラーやコンタクティの接触密度が高まりますと、新興宗教の教祖ということになるそうです。「スサノオ命は絶対神ヤハウェにほかならない」という奇説もあります。西洋神界はスサノオ神とその系統の神々が1万年ほど前に拓いた地域で、シュメール族は「スサノオ神系」だといわれます。「ゲルマン神話の神々は日本の神々だった。まず、主神・オーディンは「須佐之男神」だ」といわれます。

・「ケンタウルス座α星人の中には、映画『猿の惑星』に出てくる、猿が人間になったような外見の者もいる」そうです。インドの神話でも猿の神様「ハヌマーン」が出てくるようです。インドの神話は、神々の世界や超能力を割と正確に伝えているのではないかという説もあるそうです。「アストラル界やエーテル界に『猿異星人』がはいると、人間の遺伝子的に非常にまずい状況になる」という説もあるそうです。インド神界と日本神界は、超太古から繋がりがあったといわれます。

・ハリウッド映画『猿の惑星』は、シリーズで7本も作られましたが2014年には、新作『猿の惑星 新世紀』が上映されました。「猿の異星人」は昔から、人間タイプの宇宙人に固執するグループを悩ませているそうです。また「異類混血がスター・ウォーズの原因」ともいわれているそうです。進化した異星人は、動物タイプの異星人にも変身できるのかしれませんが。宇宙人には動物タイプは3割ほど存在するともいわれます。

・人間は、超太古には完全なものであって長寿だったそうですが、その後、病気になったり、障害児が生まれるという現象もあり、遺伝子的に問題が出てきたそうなのです。ゲイ(LGBT等)の原因も障害児が生まれる原因も現代医学では完全に把握していないそうです。障害児が生まれると困りますよね。難病や奇病も増えています。人間が困ることは異次元の宇宙人にその原因を求める説もあるようです。現代医学で不明なことは、異次元の高等知性体には分かることばかりでしょうか。「魔神が障害児を創る」という不気味な説もあるそうです。病原菌をばら蒔く堕天使もいるそうで、地上地獄化なのかもしれません。かつての善神が魔神になるというまるでファンタジー物語のようです。「言い換えれば、現在われわれが生きているこの世界を悪の宇宙、あるいは狂った世界と見て、原初には真の至高神が創造した善の宇宙があったと捉える」グノーシス主義もあるようです。

・「ネガティブなシリウス星人が遺伝子操作などで人間がぞっとするモンスターのような生物を創り神に嫌われて、それらの生物は天変地異の洪水などで絶滅された」という神話があるそうです。また、天使団の3分の1を率いて神に反乱を起こしたという堕天使ルシファーやサタン(悪魔)の名前は、現代のリラ星人のコンタクティによると「遺伝子科学者の一集団の名前」だそうです。

・それで、リラ星人とシリウス星人の争いは「悪魔と天使」の争いとして、異次元でも続いているし時代を超えて、地球上にも深刻な影響がでてくるようです。「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれ、シリウス星人のネガティブ・グループも“暗黒の勢力”を形成しているのでしょうか。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。ネガティブなオリオン・グループも“闇の勢力”を形成しているのでしょうか。

・皇祖神の天照大御神(あまてらすおおみかみ)についても膨大な情報や資料・研究があるようですが、私たち一般人には、詳しく勉強する機会がないようです。「知る人ぞ知る」話なので、私たち一般人は、理解できません。アマテラスは、個人的には、昔は確か、男神のイメージだったと思うのですが、女神説の話も近年、増えてきて主流になったようですが、勉強不足で、訳の分からない話です。

・ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると「神仏混淆と天照大神男神説」「中世の神仏混淆で本地垂迹説が広まると、インドの仏が神の姿をとって日本に出現したとする考えが広く浸透した。はじめ天照大神には観音菩薩(十一面観音菩薩)が当てられたが、やがて大日如来となり、両部神道が登場すると天照大神は宇宙神である大日如来と同一視されるようになる。平安末期の武士の台頭や神仏混淆による男系社会が強まると、一部に天照大神を男神とする説が広まり、中世神話などに姿を残した」そうです。また、「一般に、大和絵や宗教、日本人が最初に神代の時代を知る小中学校の社会科などでも女神であるとされるのが主流である」ということです。

・米国に登場したメン・イン・ブラック(黒服の男たち)はオリオン星人だそうですが、「オリオン星人は階級意識の強い宇宙人種族」のようです。グレイのようなバイオロボットを召使・部下に使っているのかもしれません。天狗もさまざまな階級があったようです。メン・イン・ブラックは、「この世のものとは思われない美男子」ではなく容貌魁偉か人間とは少しかまたは大きく違った奇怪な容貌だったそうで、UFO研究者を脅す悪者のイメージでした。しかし、ハリウッド映画の「MIB・メン・イン・ブラック」では、宇宙警察のイメージでした。

・オリオン星人のトップは、いわゆる神々なのかもしれません。神々といっても魔神なのかもしれません。魔神の存在が「人間が障害者の子どもを持つ原因だ」という説もあるそうです。「河童=宇宙人」説が出始めてきておりますが、「異人=宇宙人」説はまだのようです。そもそもアバブ・トップシークレットのためか、「宇宙人やUFOの存在を主張する学者」はまだ少ないようです。

・米国のように国家の総力を挙げて異星人文明や超テクノロジーを入手すべきでしょうか。日本でもプレアデス星人とのコンタクト話があるようですが、国家の総力を挙げて「プレアデス星人の文明や恒星間飛行技術」の「超テクノロジー」を入手すべきだと思いますが。宇宙連合とコンタクトすれば神々ともコンタクトできるらしいのですが、アバブ・トップシークレットのためその存在も否定されているようです。ちなみにハリウッド映画「猿の惑星」のような顔が猿の宇宙人(神)も存在するそうで、インド神話でも猿の神様(ケンタウルス座α星人)の神話があるようです。昔は猿の神様(ケンタウルス座α星人)との異類混血が恐怖であり、「人身御供」とされたのでしょうか。

・私たち一般人は、学者ではないので日本におけるさまざまな「神」についても詳しくは知りません。「ウィキペディア(フリー百科事典)によると
「山王信仰(さんのうしんこう)とは、比叡山麓の日吉大社(滋賀県大津市)より生じた神道の信仰である。日吉神社・日枝神社(ひよしじんじゃ、ひえじんじゃ)あるいは山王神社などという社名の神社は山王信仰に基づいて日吉大社より勧請を受けた神社で、大山咋神と大物主神(または大国主神)を祭神とし、日本全国に約3,800社ある。神仏習合期には山王(さんのう。山王権現、日吉山王など)と称され、今日でも山王さんの愛称で親しまれている。猿を神使とする」とのこと。

・「異人」の正体が解らないのは、ウォークイン(異星人の憑依、人格転換された人間)やワンダラー(転生)のような人が分からないのと同じではないでしょうか。フリーメーソンのようにその実体は不明で手法は巧妙なようです。フリーメイソンリーは発祥がシリウス星人とも関係があったといわれ、現在では表向きは秘密結社ではなく、一般に公開されていますが、その根本的なところは秘密のままだそうです。

・「山の神」や「天狗」、「異人」は、全国に伝承があるようです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」という説からは、東北地方の異人は、オリオン星人だったのかもしれません。「天狗」も全国に伝説があり、オリオン星人系列のようです。羽のはえた天狗(烏天狗)はオリオン星人のドラコ人だったのかもしれません。オリオン星人はモンスタータイプばかりでもなく異類混血などで人間化しているようです。天狗の高い鼻も異類混血などで低くなったのかもしれません。赤い顔の遺伝子は現代人にも残っているようです。またオリオン星人はいろいろと種類があり、白人種の支配人種が生まれた星座ともいわれております。オリオン星人は階級意識が非常に強く、羽の生えた天狗やバイオ・ロボットのグレイは最下層だそうです。

・オリオン星人というのは、プレアデス星人に較べて、その正体がよくわかりません。コンタクティの話は非常に少ないようです。オリオン星人のなかのリゲル人は、グレイの人間タイプで身長も高く、高度な文明を持っているともいわれます。リゲル人が龍神の末裔で、天使長ミカエルの系列なのかもしれません。米国はリゲル人と秘密協定を結んでいるともいわれております。昔は「金星蛇人と火星霊人と対立・戦争」と言われていましたが、人間化しており、金星のマスター(大師)が神に近い系列の種族で、コンタクティも多いらしいのです。オリオン星人もいろいろと種類が多いようです。猿の神様(ケンタウルス座α星人)も知られていますが、昔インドにも猿顔の異星人が現れたようです。
しかしながら、ケンタウルス座アルファ星(アルファ・ケンタウリ)からは、人間タイプの金星人の末裔がきているといわれます。遥かに進化した異星人は人間の精神体に憑依するともいわれます。信じられないくらい同時に多数に憑依可能なようです。それで「神」といわれる所以なのかもしれません。「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった。シリウス人はオリオン人と交戦していた。この敵対関係は今でも続いている」ともいわれ複雑怪奇な話です。

・「火星霊人と金星蛇人の対立・戦争」は、神と天使長ミカエルと堕天使ルシファー間の「天の戦争」、スター・ウォーズだったようです。堕天使ルシファーに従ったのは天使団の3分の1だったともいわれているようです。現代でも宇宙連合は2種類以上あるようです。その昔、インドで阿修羅と帝釈天が戦争をしたとき、阿修羅が崇拝したのが金星の大師だったそうです。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると、「爬虫類的異星人(レプティリアン)も人間化しており、知性的な顔をしている」そうです。「ネガティブなシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれます。

・その昔、「オリオン大戦」という大規模なスター・ウォーズがあったことでも知られているようです。また、戦後米国に現れたメン・イン・ブラック(黒衣の男たち)は、オリオン星人であったともいわれています。テレポート(瞬間移動)や幽体離脱が自由にできるようなのです。テレポート(瞬間移動)の技術は、人間には奇跡ですが、異星人にとっては「それほど難しくないテクノロジーだ」そうです。異人はアストラル界や異界を出入りしていたようなのです。そこに人間を引き込んだのかもしれません。昔の「人さらい」や「神隠し」は謎の多い不思議な現象だったようです。

・遠い昔の「人身御供」の伝承も種々あったようです。「ツチグモ」についても昔からいろいろと伝承があるようですが、北海道のコロポックルよりも小さい「グレイ・タイプ」の種族がアメリカのコンタクティの話にあるそうです。またオリオン星人は階級意識が非常に強く、「邪体霊」ともいわれ、宇宙の悪役のように描かれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているともいわれ、プレアデス星人が6千年人類に進化しているともいわれています。シリウス星人のネガティブ・グループがオリオン星人と関係があるのかもしれません。米国の「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」の対象が、オリオン星人の超テクノロジーのようです。米国政府は提携した異星人の選択を誤ったともいわれます。

・「遠野郷の民家の子女にして、「異人」にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。−遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。−遠野物語第八話」という伝承がありますが、「人さらい」や「神隠し」は異人や天狗の仕業だったのかもしれません。異人や天狗は、オリオン星人系列だったといわれます。異界に棲んでいた天狗もテレポート(瞬間移動)や幽体離脱が自由にできたようなのです。

・オリオン星人が「異類混血」をすすめていた可能性があります。秘密主義がその背景にあったそうです。人間に最も近いプレアデス星人は、人間に好ましいイメージがありましたが、「ナチスのユダヤ人虐殺の黒幕だった」という奇説もあるといわれます。プレアデス星人の中にはネガティブ・グループが存在するのかもしれません。またプレアデス星人は宇宙連合を通じて、ニルヴァーナ(涅槃・天国)評議会とコンタクトがあるようです。ヒトラーのナチスは金髪碧眼のアルデバランの宇宙人とコンタクトがあったようです。ゲルマンの神々の「超人」たちは、幽霊のような形態で人とコンタクトしていたようです。「米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、プレアデス人が招聘されたが、過去ヒトラーの人類浄化政策を画策し仏教を堕落させた」といわれます。

・世界的不況で困難に直面している産業界が渇望している宇宙連合の超テクノロジーは「エリア51」などで、米国は国家機関の総力をあげて取り組んでいるそうです。『ペンタゴンの陰謀』という本によれば、エイリアンの超テクノロジーが現在までかなり新兵器などに応用されたということです。リバース・エンジニアリング(逆工学)によるエイリアンの超テクノロジーのおかげで、米国の科学者のノーベル賞受賞者が増えているともいわれております。「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」に関しては、日本もNASAに資金を出しており、何らかの情報があるのかもしれません。NASAも人間タイプの異星人には驚いているそうです。「その彼らは地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」そうです。クイントニアに住む異星人もグレイタイプのようです。

・エイリアンの超テクノロジーの導入(「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング」)は、国家プロジェクトとして、取りかからねば、超テクノロジーのコストという面で、遥かに遅れることになるのでしょうか。この方面では米国の1人勝ちだそうです。どうもこの面についても日本人的な対応が限界のようです。

・『平成維新』として、江戸時代の「鎖国」から「開国」のように、プレアデス星人の宇宙連合との「開国」を主張する者も少数説となりましょうか。「地球は遥かに遅れていて宇宙連合に参加できない」とかっては、いわれていたそうですが「開国」の声は小さいようです。アメリカの「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング」は、今後どのように展開するのでしょうか。地球製の「空飛ぶ円盤」も具体化しているという情報もあるようです。昔は、「宇宙人は人類の進化に関与できない」という宇宙法があったともいわれていたそうです。

・日本にも「沈黙のコンタクティ」が多いそうです。日本も太古からプレアデス星人と関係が深いそうで、コンタクトは当然のことなのでしょう。『プレアデス星訪問記』のようにプレアデス星人と東北の住人とのコンタクト話もあったようです。ほかにもコンタクト話はあるそうで、「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング」も進めたらいいと思いますが。

・東北の田舎や全国の山間部には、昔は『異人』が俳徊していたといわれます。異類異形の異人ばかりではなかったようです。異星人のアブダクション(誘拐)の被害者や交配実験の被験者を地上で見た伝承が多かったようです。アブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)もいろいろな形態があったようです。宇宙人による人間の虐殺もあったのでしょうか。それでコンタクト・ストーリーは豊富なようですし、その後、異人たちもさまざまな方法で社会に浸透しているのかもしれません。また、全国的に社会に同化した異人は、誰にも分からないそうです。「遥かに進化した高次元の高等知性体・異星人は、人間の肉体や精神体に憑依するので誰も識別できない」そうです。はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。「宇宙人と普通の人間を区別できなくなっている」時代のようです。宇宙人も街中の雑踏に混じると識別できないそうです。地球上にはかなり多くの宇宙人が「同化」して住んでいるともいわれます。「何とか苦労して宇宙人といわれる人に会ったが、そこらへんにいるオッサンと変わりなかったので驚いた」という話もあるそうです。


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「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」
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