文化の日(憲法公布の日)によせて | |
[政治] | |
2019年11月3日 16時47分の記事 | |
日本国憲法は平和主義が骨格をなし、そのために前提として基本的人権が保障され象徴天皇制がセットになっている。 ところがどうか、昨今は立憲主義ならまだしも、文言をそれも九条を変えるだの変えないだの、文言を一切変えないのはおかしいなどと、その根底に何があるか、どういう動機があるか、 その答えは、こうだろう、自衛隊を旧陸軍組織をそのまま再編したもの。をいつまでも冷や飯を食わせるわけにはゆかない? 苟も(憲)法は文言が命、整合性もないまま、憲法学者が嫌いでも、九条に入れればすむものなのか。 自己都合観での改憲発議。好戦的傾向性があるものがトップでこうなるものなのか。 また、変えねばならないというのもおかしいだろう。憲法は歴史そのものである。戦後の平和主義路線が変わり、他国と交戦するような歴史的事実が現実のものとなっているのであろうか。 歴史が憲法を変えるものなのにそもそも国民的議論すれば変えられるというのもへんだ。憲法を変えるそれほどの歴史的事実があるのでないのに、変えよかえよとはなんだ。 逆によしや戦争の危機の時こそ外交交渉の努力による紛争解決をすべきときなのではないのか。そこに敗戦の深い反省に立って成立した日本国憲法の戦争放棄の真の狙いがある。 もうひとつ、憲法違反の疑い濃厚な安保法を成立させていませんか。憲法を守らない者に憲法を変える資格はないと言えましょう。 それは、憲法改正ではなく憲法改廃であって許されません。 へたに国民投票をやるへまをしたばかりに英国は国民的深い対立を招き収拾もつかず、世界から呆れられている。まさに国民投票は猛獣を檻から出すようなものなのだ。 安易に考えてはいけない。
| |
このブログへのチップ 0pts. [チップとは] [このブログのチップを見る] [チップをあげる] |
このブログの評価 評価はまだありません。 [このブログの評価を見る] [この記事を評価する] |
◆この記事へのコメント | |
コメントはありません。 | |
◆この記事へのトラックバック | |
トラックバックはありません。 トラックバックURL https://kuruten.jp/blog/tb/mb/436182 |