日本は津波による大きな被害をうけるだろう  UFOパラレル・ワールド

(アベノミクスの10年とは何だったのでしょうか)。小野:まったく効果がないのに昔の経済理論がまだ通用すると思ってやって、案の定、失敗した壮大な実験でした。(1)
10/17 01:44



(2024/10/16)



『アベノミクスは何を殺したか』
日本の知性13人との闘論
原真人  朝日新書   2023/7/13



・この国にたまる、巨大な崩壊のマグマ。残された選択は、アベノミクスからの脱却しかない!
 財政悪化をものともせず、国の借金を膨らませ、日銀の紙幣発行を「打ち出の小槌」のように扱う……。なぜこれほど異端で、危険な政策が10年超も続けられたのか。

<はじめに>
・アベノミクス生みの親の安倍は選挙遊説中に襲撃され、命を奪われた。その不穏な時代の空気も、戦前的な政策のありようも、今なお続いている。
 言論への執拗な攻撃は、私だけに起きた特別な出来事ではない。

<すべてはクルーグマンから始まった>
・アベノミクスを語るときに、欠かすことのできないキーマンがいる。米国の経済学者、ポール・クルーグマンだ。

・内容はこうだ。日本は「流動性の罠」に陥っている。その罠から抜け出すのは容易ではない。日本政府が取り組んできた財政政策や構造改革では難しい。ではどうすればいいか。唯一の方法は、ゼロ金利まで下げきって無効になってしまっている金融政策を有効にするために、マイナスの実質金利を生み出すことだ。そのためには中央銀行(日本銀行)が「無責任」であることを約束し、人々に「インフレ期待」を作り出すことが必要だ――。そんな趣旨である。

・それが日本で現実のものとなった。1999年、日銀は世界で初めてゼロ金利政策に乗り出す。それでも、日本経済が目に見えるかたちで活気を取り戻すことはなかった。

・安倍はのちに自民党のアベノミクスに賛同する議員の集会で、「思い切った政策をやるときには権威が必要だ。クルーグマンやジョセフ・スティグリッツが支持してくれたことは大きかった」と振り返っている。安倍は2016年に消費増税を延期する際にも、クルーグマンらを官邸に呼んで、延期論の旗印として彼らの提言を利用している。

<安倍政権をとりまいた非主流のリフレ派>
・クルーグマンが権威を与えたことで、もともと「貨幣数量説」を根拠にリフレ論を唱えていた国内の学者たちは大いに活気づいた。

・実はクルーグマン自身も、リフレ派のような単純な量的緩和を唱えていたわけではない。持続的なマネタリーベースの引き上げによって「インフレ期待を引き起こす」という点に重きを置いていた。

・ノーベル賞受章者のクルーグマンはリフレ派にとって格好の広告塔だった。とはいえ、クルーグマンのノーベル賞受賞のテーマは国際貿易論と経済地理学であり、「流動性の罠」にかかわる金融緩和や不況理論がテーマではなかった。

<「日本への謝罪」クルーグマン>
・クルーグマン自身はリフレの「聖書」のような存在であった「日本の罠」の論考を、のちに「私にとって最高の論文の一つ」と振り返っている。だが、アベノミクスが始まって1年半ほど経った2014年秋、「日本への謝罪」と題して前言を翻すような論考もホームページに掲載している。そこではこんな説明をしていた。
「終わりの見えない停滞とデフレに苦しんでいた日本の政策を欧米の経済学者たちは痛烈に批判してきた。私もその1人だったし、バーナンキもそうだったが、謝らなければいけない。欧米も日本と同じように不況に陥っている」

・「日本の罠」で主張していたような、金融緩和が不足していた日本だからデフレに陥った、という批判は間違いだったと認めたのだ。日本経済に特有な問題ではなく、実は先進国に共通する問題かもしれないと述べている。

<成長幻想も経済大国の誇りも、もういらない>
・以前、TPPの是非をめぐって、TPP反対論の佐伯に対し、私がTPP賛成の立場で論争を挑むという形のインタビューをしたことがあった。

・その後、世界は米国と中国の激しい経済対立、コロナ危機、ウクライナ戦争などが起きて、ある意味では佐伯がグローバリズムの未来に悲観的な見通しを示した通りに動いてしまったように思える。

<佐伯啓思  ●アベノミクスをなぜ見放さないか>
――社会に漂う不穏な空気もどこか戦前に似てきています。安倍晋三・元首相の殺害事件がまさにそうです。
佐伯:不穏さ、ですね。戦争前に似ていると言う人も多い。だけど僕はやはり状況は少し違うと思う。

佐伯:それから安倍元首相殺害事件の特徴は、安倍さんを狙った犯人の政治的意図は皆無なのに、結局は標的が安倍さんにいってしまったという点にあって、非常に妙なことでした。

<“失敗だと断定できない”>
――佐伯さんは、現代は「世界中が資本主義化している」と指摘しています。その権化のような思想が「アベノミクス」だったのではないですか。マネー中心であり、カネさえばらまけばうまくいく、という考え方です。
佐伯:それはむしろアベノミクスに対する過大評価でしょう。資本主義を定義すれば、基本的にはお金を運用し、資本を拡大して新たなフロンティアをひらくことです。

――ブッシュ(父)大統領が自動車大手の米ビッグ3のトップを引き連れて来日し、日本に米国製品を輸入するよう求めてきたこともありました。
佐伯:日本に進出した米玩具小売りチェーン「トイザらス」の店にまで視察に行きました。

佐伯:しかし、政治はあくまで相対的なものでアベノミクスにも一定の評価はすべきだと思います。批判はいくらでもできますが、では他にどのような改革がありえたのか。あの程度でも、それまでと比べれば、かなり経済のムードを変えました。

・そして第2次安倍政権は、基本的に、しかも大規模に米国の真似をしたと言ってよいでしょう。米国からの示唆があったのだと思います。

・なぜ日本の経済政策の立案に対してわざわざ米国の経済学者を招くのか、と思いました。まあ、日本の経済学者の大半は、米国の受け売りですから仕方ないのかもしれません。でもこれが実態です。米国の経済学者の考え方を、安倍さんは全面的に受け入れたのです。

・しかし、政治はあくまでも相対的なものでアベノミクスにも一定の評価はすべきだと思います。批判はいくらでもできますが、では他にどのような政策がありえたのか。あの程度でも、それまでと比べれば、かなり経済のムードを変えました。
――いや、やらない方がマシだったのではないですか。安倍政権によって財政は悪化しました。先の参院選では全野党が消費税廃止か消費税引き下げを求めるような風潮を作ったのも安倍政権です。

――しかし日本にはその後も「大胆にやれ」と言っていた。これでは日本市場を実験場扱いしたようなものです。それを真に受けたアベノミクスは日本に無責任さを蔓延させ、政治を壊してしまったのではないですか。
佐伯:僕は、ほとんどあなたと結論は同じです。それを前提に、いくつか流れを確認しておきましょうか。アベノミクスがうまくいったかどうかは非常に難しい問題です。

・一方、雇用状況も良くなりました。デフレはいちおう脱却できています。いま起きているインフレは米欧ほどひどくはない。その点では成果がなかったとは言えません。しかし実態経済はよくなっていません。所得格差も開いています。その点ではマイナスは大きいです。つまり成功とはとても言えないが、失敗と断定するのも難しいという中途半端な結果です。
 一番の問題はアベノミクスのいわゆる第3の矢、成長戦略だと思います。

<矛盾する「第1の矢」と「第2の矢」>
――アベノミクスをやらなかったとしても、そして異次元緩和をやらなくても、おそらく世界景気の波に乗って日本の景気は良くなっていたはずです。雇用だって、人口動態などさまざまな要因で上昇基調に乗るべくして乗った面がある。安倍政権は単にその波に乗った、ツイてる政権だったのではないですか。

<エリートの背信が国民益を損なう>
・金融緩和のレベルを上げるような直接圧力をかけられた日銀、国債市場や外国為替相場の安定に直接かかわる財務省の幹部たちは、大いに危機感を募らせていた。このままつっこめば日本経済に何か不測の事態を招きかねない。それほど危うい政策だと受け止められていた。

<「白」と「黒」のはざまで揺れる日銀>
・そのころまさにアベノミクスのエンジンとなる役割を申し渡された日銀でも、組織的な動揺が広がっていた。リフレ政策に賛同することで安倍から日銀総裁に指名された黒田東彦が2013年3月、日銀総裁として着任した。

・そこで職員たちは白川支持派を「白」、黒田体制に付き従ってリフレを支持する者を「黒」と隠語を使って呼ぶようになった。

<門間一夫 ●「効果なし」でも、やるしかなかった>
・最初からうまくいくとは思えなかったが、政権と日本社会による「日銀包囲網」のなかではやるしかなかった――。当時そう振り返るのは、元日銀理事の門間一夫である。

――門間さんは著書やインタビューに答えて「異次元緩和は最初から効果がないとわかっていたが日銀はやるしかなかった。しかも全力でやりきるしかなかった」とおっしゃっています。たいへん正直な説明ですが、つまりそれは、日銀が生き残るために日本経済を犠牲にした、ということではないですか。
門間:それはちょっと違うと思います。日銀が生き残るためというより、中央銀行への信頼がない状態は国民にとって不幸だということです。

・もう一つは、日銀が全力を出してデフレに向けてできることを全部やりきる、というところまでいかないと、構造改革がより重要だという議論にもっていけません。「金融緩和が中途半端だから日本が成長しない」という間違った議論がなくならないからです。経済論壇に議論の整理をしっかりしてもらう環境を作る意味でも、日銀にはまだできることがある、という余力を残しておくのはいいことではないと思います。

――日銀の本音として、きわめて正直な説明ですね。日銀の現職幹部たちも以前ならそんなことは口が裂けても言いませんでしたが、門間さんが最近そういう説明をメディアでするようになったためか、同じ趣旨のことを言うようになりました。
門間:私は最初からそう思っていましたよ。それ以外に(異次元緩和を)やる理由はないですからね。日銀の政策によって(物価目標の)2%になんかならないし、日本経済が良くなるなんて思っていませんでした。

――それは日銀内で共通した理解だったのですか。
門間:この議論はもともと1998年からありました。そのころはそうでしたね。200年10月に日銀政策委員会が「『物価の安定』についての考え方」という文書を公表していますが、そこに「物価の安定というのは数値では表せない」とはっきり書いてあります。だから物価目標はもたない、と。それが日銀の正式見解でした。ところがそこから15年間、それが世の中に受け入れられませんでした。そして13年の異次元緩和へと向かうわけです。

<リフレ論を本当に信じていた黒田総裁>
――近年の「デフレ問題」という設定はおかしかったと思います。80〜90年代前半にはむしろ日本の物価が高い「内外価格差」が社会問題となり、その是正が社会的課題でした。物価をもっと下げろ、と。それが10年前には議論が逆転し、物価を上げろという議論になりました。何かがおかしいですね。
門間:私もそう思います。それがおかしいと日銀が国民を説得できなかったということです。

<日銀を縛ったのは共同声明でなく「空気」>
――植田日銀にとっては「2%目標」を示した政府・日銀の「共同声明」の見直しも焦点となります。
門間:日銀は、最初は2%をめざして全力で緩和を進めるしかありませんでした。

<のちのち「政策ミス」とつっこまれない修正が必要>
――日銀が一度でも利上げに動けば、あとで失速した場合、「早すぎた利上げ」だと批判されかねないと指摘されていますが、今後もそうですか。
門間:YCC(イールドカーブ・コントロール)の撤廃は利上げではない、という理解を世に浸透させるのが植田新総裁にとって一番大事なところです。

――門間は、黒田日銀の10年について異次元緩和がうまくいかないことは予測できたが、やることは避けようがなかった、という立場である。どういうことなのか。

<「金融市場は支配できる」という黒田のおごり>
――日銀が理想的なイールドカーブや長期金利を「コントロール」する、と言ってしまったのは日銀のおごりだったのではないですか。もともと日銀は「中央銀行に短期金利はコントロールできるが、長期金利はできない」と言っていたのに、なぜ急にそうなってしまったのか。
門間:私も日銀がYCCを持ち出したとき、本当にびっくりしました。

・ちなみにやはり長期金利操作を導入したオーストラリアの中央銀行は「イールドカーブ・ターゲット」と言っていました。ターゲットでも、やることはコントロールと同じです。その豪州中銀は出口で大失敗しました。そのくらい無理のある政策です。

<供給力さえ維持していれば財政破綻しない>
――黒田日銀は500兆円近い国債を買い上げ、事実上の「財政ファイナンス」をやってきました。これは、とんでもないことではないのですか。
門間:金融機関の収益源を吸い上げたということで言えば、とんでもないことです。ただ、別に財政規律に関連する話ではありません。ましてや、それで日本がダメになるとか、いずれ円が暴落するとか、そうういう話ではぜんぜんないと思います。

――日本は自然災害リスクがたいへん大きい国です。大震災だっていずれ必ず起きるでしょう。そのとき財政が悪化していたら復旧する力だって失われてしまうのでは?
門間:いや、最終的には供給能力さえ確保できれば必ず経済は復活し、そのときの税収でファンディング(財源、資金調達)できます。

<マクロ政策より国内の成長ストーリーを>
――門間さんは「将来不安」が消費を委縮させている問題に関心をお持ちですね。将来不安には長寿化も影響しているのではないでしょうか。
門間:将来不安というのも、その中身は人によります。本当に切り詰めないと生活が不安だという人もいるでしょうし、貯金がたくさんあって「もっとあればより安心」と考える人もいるでしょう。

<ブレーキがないからアクセルを踏めない>
――財政や金融政策というマクロ政策は日本の競争力にあまり関係ないのですか。
門間:金融政策はあまり関係ありません。でも成長戦略は大いに関係ありますし、成長戦略には財政もかかわります。その意味において財政も一部関係します。

<「最強官庁」財務官僚から不協和音がもれ出る>
・ところが、第2次安倍政権の7年半で、そのありようは様変わりした。
 官邸主導の予算バラマキ路線に、主計局が積極的に手を貸す事例が出てきたのだ。

<「韓信の股くぐり」と指摘した大物OBの苦言>
・主計局と主税局の間で、あるいは各局内で意見が対立することはこれまでもしばしばあった。ただ、一度省内で決まったら不満は外に持ち出さない、というのが財務省の不文律である。そうでないと他省庁や政治家がつけ入る隙が出る。予算や税はきわめて政治的なテーマだ。組織として弱みを見せれば政治的な介入を受けやすくなる。

<財務省嫌いの官邸とどう向き合うか>
・安倍はもともと財務省嫌いで知られる。それどころか、23年2月に発売された『安倍晋三回顧録』でわかるのは、異常なほどの財務省への不信、猜疑である。

<柳澤伯夫  ●正論を吐かぬ主計局の責任は大きい>
――アベノミクス、異次元緩和をどう評価しますか。
柳澤:日銀の異次元緩和は(2018年時点で)5年たっても、黒田東彦総裁が掲げたインフレ目標を達成するにはほとんど効果を生みませんでした。リフレ政策がなぜ効かないかを解明することに経済学者はもっと力を尽くすべきでした。
 我々の世代は単純化されたケインズ理論にかなり影響を受けていたかもしれません。故宮沢喜一元首相がそうでした。株価が下がると「政府が(株を)買えばいい」と言う。財政支出がオールマイティーだと思っていたみたいでした。あれほど頭のいい方がそう単純に考えるのが不思議でした。

・政治はもともとレベルが低く、期待はできません。がんばらないといけなかったのは大蔵省と、その理論的支柱となる経済学者です。彼らがもっとちゃんと論陣を張ってくれていれば……。

――これから何が必要ですか。
柳澤:今後は歳出を見直す必要があると思います。いくら消費増税をやっても、歳出がザル状態ではどうしようもない。毎年度の政府予算はいま100兆円規模ですが、そんなバカな、と思うほどの規模です。そこまで膨らませてしまった財務省主計局の責任は大きい。

――大蔵省の昔から、財政当局は嫌われるのが常である。汚職や不祥事でたたかれたのは論外だが、財政を巡っては、長らく「良き嫌われ役であれ」というエールがこめられた批判が多かった。

・財政が破綻せぬよう目を光らせる番人の力が損なわれることを、国民はもっと恐れるべきだ。

・アベノミクス以前と以後では、残念ながら「社会の木鐸」であろうとしたエリートたちの世界も様変わりしてしまった。

柳澤:僕は黒田日銀の罪は大きいと思う。本来ならこの財政状況に国債市場が反発して、むちゃくちゃやるなというシグナルを出すべきだが、そのシグナルを日銀が(国債買い支えで)止めちゃたからね。黒田総裁が先日の記者会見で、日銀の国債大量保有について「反省していない」と言っていたのは、本当にひどいと思った。

<石原信雄  ●「官邸の大番頭」が語る官邸と官僚>
・もしかすると誰が官邸の主になっても、危機管理の出来はいつだってその程度のものなのかもしれない。およそ政府というものは、いざという時にたいして役立たぬものと割り切るべきなのか。

――コロナ対策の番頭が多すぎたのでしょうか。
石原:厚生行政に通じた大臣が多いこの顔ぶれから見れば、もっと早くワクチン接種をやれてもよかったのではないかと思いますが、なぜできなかったか。よくわからないですね。関係者の連携が良くなかったのか。

石原:阪神大震災では初動が遅れたと批判されたが、あのときは通信が途絶えて貝塚俊民兵庫県知事からの連絡が遅れたという事情がありました。

・あのときの危機対応は阪神地域が対象でしたが、今回のコロナ危機は全国です。さらに大変な事態です。それなのに、あのときのように官邸に非常対策本部ができたという話は聞いていません。そこはやや手ぬるいという感じがします。

<官僚の力を削いでいる歪んだ「政治主導」>
――官僚機構も以前ほど機能していないように見えます。
石原:官僚は昔に比べ、権限を骨抜きにされました。1996年の橋本行革以来、政治主導が掲げられ、役人は政治家の指示に従えばいい、重要な政策判断をすることはまかりならん、ということになりました。

石原:私は政治主導というのは、重要施策は政権担当者が決め、それを官僚がフォローする、というやり方が最もいいと思います。

・官僚組織が強かった時代の役人は、各行政各分野で自分の責任において実行するという意識が強かった。しかし今は「政治家に決めてもらえば、お手伝いはする」というように当事者意識が薄くなっています。

石原:役人には責任を持って対応するという意識をもってもらいたいし、同時に役人に権限も与えないといけないと思います。

・日本にコロナ災害というのが起きたのは、政治体制の強化の裏で行政の弱体化が進んだ一つの結果だと私は見ています。

――官僚人事を官邸が掌握するようになったことも原因ですか。
石原:内閣人事局ができて、省庁の幹部人事を官邸が掌握するようになりました。そのことが官僚組織の取り組みに微妙な影響を与えています。所管行政について役人が我がこととしてただちに取り組むのが遅れちゃっているわけです。

石原:行政分野ごとに誰が一番適任かは各省が一番よくわかっています。官邸は全体を見るが、実質的には各省の人事案を尊重し、それを官邸がオーソライズするというやり方がいい。

<政権交代でも官僚人事いじらず>
石原:私は官房副長官として自民党政権にも非自民党政権にもお仕えしましたが、長い目でみれば政権交代があったほうがいいと思います。

・『安倍晋三回顧録』にも、はっきり安倍の言葉で財務省への不信が記されている。
 だが、そのような陰謀論を持ち出す前に考えてほしいのは、各省庁は政府内組織であり、官僚は首相の「部下」であるという事実だ。政権が政策のパフォーマンスをあげるために使いこなす「手足」である。

<モノあふれる時代の「ポスト・アベノミクス」>
<水野和夫  ●アベノミクスの本質は「資本家のための成長」>
・まずは「資本主義は終焉した」と喝破する経済学者、水野和夫の話を聞く。

――「アベノミクス」とは歴史的な視点からはどう位置づけられる試みだったのですか。
水野:すでに終わってしまった近代を「終わっていない」と勘違いしている人たちが作った支離滅裂のフィクション(幻影)と言えましょうか。

水野:この20〜30年で起きたのは、資本は成長しているけれど賃金が下がっている、ということです。「成長があらゆる問題を解決する」というのはいまや資本家だけについて言えることです。その背後で働く人々は踏み台にされ、生活水準を切り詰めることを迫られています。先進国はどこも一緒です。

――成長で人々は豊かになれなくなったと?
水野:アベノミクスが失敗したのは、そもそも近代の土台となってきた、中間層を生み出す仕組みがなくなってしまっているためです。

・当時、日本企業の平均的なROEは5〜6%でした。つまりアベノミクスというのは「ROEを5%から8%に引き上げよ」という資本の成長戦略だったのです。安倍政権は、成長の主語が資本家だということを隠していたのではないでしょうか。

――第1の矢(金融緩和)が資本家のための成長戦略だったとしても、第2の矢(機動的な財政出動)で労働者らへの分配を念頭に置いていた可能性はないですか。
水野:ちがうと思います。なぜなら安倍政権は社会保障をそれほど充実させてきませんでした。機動的な財政政策というのは、異次元緩和で物価が上昇していけば、さらに機動的な財政で実弾を注ぎ込む、という程度の意味だったと思います。

<何のためのアベノミクスなのか>
――アベノミクスの第3の矢は文字通り「成長戦略」です。ただ、それは安倍政権に限らずこの何十年も歴代政権が打ち出してきたことです。経済学はここ数十年、サプライサイド(供給重視)が主流だったので、政治も経営者も「供給側さえ強くすれば景気がよくなり経済が強くなる」という発想になっています。あとはトリクルダウンで生活者も豊かになるという発想ですね。それがまちがっていたのでしょうか。
水野:供給サイド経済学の大本はイノベーションです。技術革新を起こさないといけない。近代社会のイノベーションというのは、より遠く、より速く、でした。

<めざすは明日の心配をしなくていい社会>
水野:17世紀の英国の哲学者ジョン・ロックは「所有権」の正当性を主張した人ですが、「所有権は正義でもあり悪でもある」と言っています。
――欧州の富裕層にも今もそういう思想が残っているのでしょうか。
水野:そうですね。ただ、だんだん社会が大きくなっていくと、倒れている人がどこにいるのかわからなくなる。それで生まれたが福祉国家です。

――どうしたらいいのですか。が言っているのですが、経済学の目的である「豊かにすること」はあくまで中間目標です。その先にあるのは「明日のことを心配しなくていい社会です。そのためには社会保障を充実しないといけない。
水野:経済学者のJ・M・ケインズが言っているのですが、経済学の目的である「豊かにすること」はあくまで中間目標です。その先にあるのは「明日のことを心配しなくていい社会」です。そのためには社会保障を充実しないといけない。困ったときには援助の手がさしのべられる。今なら国家によってです。
労働問題でいえば、非正規労働者が3年勤務して更新できないなんて問題も最近はあります。非正規労働、派遣制度はすぐやめるべきです。勤めている人の最大の特権は辞める自由です。だけどいまは会社が「辞めさせる自由」をもっている。これはおかしい。

<労働時間を減らしても日本経済に問題なし>
水野:次にやらないといけないのは労働時間の短縮です。ケインズは、将来の労働は週15時間になると予言しましたが、それはちょっと無理にしても、もっと短縮が必要です。

――日本人の労働時間の長さは完璧性、たとえば、商品をピカピカに磨くとかお辞儀をするとか、そういう追加的な仕事が積み重なった結果ではないのですか。
水野:付加価値につながらない仕事をいっぱいやっているからです。

――でも日本の公務員は先進国で人口当たりの職員数が一番少ないです。よく働いているとも言えるのでは?
水野:内閣府でも人手が足りない、足りないと言っていました。

<近代社会に代わる社会を作るしかない>
――社会福祉の充実には賛成ですが、それには財源が必要です。国民はその財源を税金や保険料で負担したくないから、みな「成長」という言葉に逃げているのではないですか。アベノミクスは資本家のためでもあるけれど、結局、国民も望んだ結果ではないでしょうか。
水野:そうですね。成長すれば何とかなるという刷り込みが国民に行き渡っています。

<無理に成長をめざす必要はない>
――リフォームができなくなっても、それに変わるシステムが見当たりません。
水野:そう、ないことが問題です。

<利潤を極大化しない交易をすればいい>
――アベノミクスはやりすぎでしたが、資本主義で豊かな人口が増え、おかげで寿命が延び、生活水準が上がったのは確かです。戦争も減りました。資本主義をやめたら、また暗黒、戦争、貧困の時代になりませんか。
水野:ロシアのプーチン大統領は、国内が貧しいから内政の失敗を国外に目を向けさせてごまかそうとしました。しかし、欧州、米国、日本のような国々はもはや外に領土を取りに行く必要はないし、資本をこれ以上増やす必要もない。

<ゼロインフレ・ゼロ成長の社会がベターだ>
――日本企業は利幅が小さく、国内で価格も上げられない。物価も抑制的です。昨今それがよろしくないということになっていました。水野さんが描く世界は、ベストでないにしても相対的に欧米に比べて日本のほうが良かったということでしょうか。
水野:そのほうがよかったと思います。米国の中央銀行FRBのグリーンスパン元議長が言っていたのは、「物価を意識しない水準が望ましい物価」ということです。

――ゼロ金利・ゼロインフレ・ゼロ成長は欧米から「ジャパニフィケーション」(日本化)と言われ、避けるべき状態と言われてきました。むしろそれが望ましい状態だということですか。
水野:そうです。「ジャパニフィケーション」とは、ヨーロッパが発明した「モダニゼーション」(近代化)と資本主義が上手く機能していないということを覆い隠すために使用している言葉です。日本のバブル崩壊後の姿は、より欧米の資本主義を忠実に実行してきた結果ですから。

――19世紀の英国の思想家ジョン・スチュアート・ミルは、経済成長は最終的に「定常状態」になると考えたそうです。水野さんも同じ考えですか。
水野:そうです。いま起きているのは(成長重視の)新古典派の世界ではなく、ミルやリカ−ドら古典派学者が言っていた世界がようやく百数十年たって実現しつつあるということです。

――私も無理に成長率を引き上げるのはどうかと思います。ただ、相対的に他の国より成長率が低いと、国家としての力も相対的に弱くなります。
水野:日本は多分中国の30年くらい先を走っているだけです。この先、どの国も日本を追いかけてゼロ金利の世界になっていくと思います。

――ゼロ金利、ゼロインフレ、ゼロ成長は必然だったのですか。
水野:どの先進国も出生率は2を割っています。移民を増やさない限り人口は減ります。日本は移民を増やしていないから人口が一番減っている。それだけのことです。結局はどの国も日本を追いかけることになります。

・米国の経済学者ウィリアム・ボーモルの成長収斂仮説というのがあって、1人当たりGDPは最終的にどの国も4万ドルくらいに収斂していくというのです。そこに早くたどり着いた国ほど矛盾点も早く出てくる。いまの日本がそうです。300年400年かけてゆっくり近代化し、そこにたどり着いた欧州の国では、まだ日本ほど著しい人口減とか借金膨張とかの問題が出ていません。でも、いずれ同じことになります。

<人口大国の1人当たりのGDPが低いのは当然>
――米国の1人当たりのGDPは日本よりはるかに高いですよ。
水野:米国は6万ドルと日本よりずいぶん高いです。それは基軸通貨国という特殊な要因があるからです。あとは、高い国はスウェーデンとかクウェートとか人口がそれほど多くない国ばかりです。統計的には人口が1000万人を下回ると、1人当たりGDPが指数関数的に上に上がっていく傾向があります。

<株式会社はもう上場しなくていい>
――株式会社制度も否定されるのですか。
水野:株式会社は、もう上場しなくてもいいと私は思います。株式上場というのは資本調達をするのに有利です。だけど、いまの企業は内部留保が潤沢となり、資本調達しなくてもいい状態です。

<小野善康  ●デフレとは「お金のバブル」>
・ここで登場してもらうのは、世界で唯一と言っていい「長期不況理論」の提唱者である経済学者、小野善康だ。

・当時、日本経済は「失われた20年」と言われ、超高齢化や少子化という難題を抱えていた。それらは欧米からは日本特有の病と見られていたが、小野の見立てはまったく異なっていた。停滞の原因は「人々がお金を神のようにあがめていること」であり、それは富裕な先進国が行き着く「成熟社会」に共通する病理だと言うのだ。

・デフレは物価が下がり、同じ金額で買えるモノが増える現象だ。つまりお金の価値の上昇であって、価値が異常に膨らんだ「お金のバブル」状態だというのだ。
 アベノミクスの10年を経て、今もなお、お金のバブル状態は基本的に終わっていない。

<足りないのは新しい需要を考える力>
――アベノミクスの10年とは何だったのでしょうか。
小野:まったく効果がないのに昔の経済理論がまだ通用すると思ってやって、案の定、失敗した壮大な実験でした。ムダに流動性を増やし、あとの収支がつかない状態まで持っていってしまいました。途中で失敗とわかっているのにやめなかった。それは金融緩和と財政出動のマクロ政策だけではありません。生産性向上とか働き方改革、女性活躍など、成長戦略と言われる分野にも同じことが言えます。

<日銀券への「信心」が崩れたら恐い>
――日本の供給力が相対的に強すぎるということですか。政府の借金財政をもっと拡大してもかまわないというMMT論者たちは、その供給力がある以上は政府がどれだけ借金を膨らませても政府財政が破綻することもハイパーインフレが起きることもない、と主張しています。それは本当ですか。
小野:供給力の問題とハイパーインフレはぜんぜん関係ありません。

<「ジャパニフィケーション」は日本だけの問題ではない>
――格差や貧困、金融危機の頻発など、近年、資本主義の欠陥が目立っています。資本主義は曲がり角を迎えたのでしょうか。
小野:人々がまだ貧しかった成長経済の時代には、資本主義は非常にうまく機能する制度でした。しかしモノがあふれ、人々が物質的にとても豊かになった今日のような成熟経済では、慢性的に需要が不足し、失業が増え、長期不況に陥ってしまう構造的な欠陥をもっています。

――日本人の民族性が引き起こした特殊な状況ではないのですね。
小野:そうです。長期停滞に陥ることは資本主義の宿命と言ってもいいくらいです。人々がある程度豊かになって、モノが満ち足りた成熟社会になると、「もっと買いたい」という欲求が少なくなるからです。そういう社会では、「お金のまま保有しておきたい」という欲望が逆に高まります。これこそが長期停滞の原因です。

<人々の「お金の欲望」が不況を作る>
小野:ところが、お金にはもう一つ大きな特徴があります。時間を超えて購買力を「保蔵」できる機能です。経済が拡大してくると、この機能の魅力がどんどん増してきます。何を買おうか具体的な目的がなくとも、お金の保有そのものに魅力を感じるようになるわけです。この欲望のことを、私は「資産選好」と名付けました。いまの日本経済はその資産選好が異常に高まっており、貧しかった時代のモノの経済からお金の経済へと変わってきたのです。

<二宮金次郎の道徳律は害になる>
――日本には世界最大の対外純資産があり、家計の金融資産は2000兆円を超える金持ち国です。もっと景気が良くなってもおかしくないと思うのですが、なぜそうならないのでしょうか。
小野:逆です。それでは景気は良くなりません。家計金融資産がそんなにたくさん積み上がっているということは、貯蓄をしたまま使わない人が非常に多いということですから。

<格差拡大は資本主義のもつ病理>
――格差拡大も需要不足が原因なのですか。
小野:経済格差も、資本主義が抱える構造的な欠陥がもたらす症状の一つです。資本主義経済においては人々が資産選好をもっているかぎり、金持ちと貧乏人の資産格差は縮まるどころか、むしろどんどん拡大してしまいます。

<どれだけ魅力的な需要を作れるか>
――エコノミストや経営者たちは、停滞から脱するには「生産性向上こそが重要」と主張しています。生産性が日本経済の活性化のカギを握るのでしょうか。
小野:成長時代の時代ならそれにも意味がありました。効率的にたくさんモノを作れば必ず売れたからです。でも、今のようにモノ余りの時代になると、単に生産性を向上させるだけでは逆効果です。

小野:重要なのは新たな需要を作ることです。もちろんそれは簡単ではありませんよ。

<おわりに>
・その「負の遺産」がどれほど重く巨大なのか、アベノミクスでもたらされた受益に対していかに割の合わないものかを感じとっていただけたのではないだろうか。

・20世紀に世界最速で経済大国に駆け上がった日本は、21世紀になってゆっくりと階段を下りる時代を迎えていた。

・ところがその大事な時期に、さらに経済大国の高みに無理やり駆け上がろうと逆噴射してしまったのがアベノミクスということになる。その時代錯誤の罪は大きい。

・安倍政治が破壊したものは財政や金融政策にとどまらない。政治から節度と責任感を追いやり、官僚組織や中央銀行の矜持を踏みにじり、日本の国家システムの根幹をかなり壊してしまった感がある。

・アベノミクスの後始末はそういう意味では想像以上にやっかいな取り組みだ。表面的な政策修正だけでは、とてもおぼつかない。


(2024/8/25)


『高橋洋一のファクトチェック 2023年版』
高橋洋一  ワック  2023/4/22



・「経済政策も安全保障も、私は常にデータと根拠に基づいた国際標準の政策を採用すべきだと言って来ました。そんな単純なことがわからない輩が、政治家にも学者にも、そしてマスコミにも何と多いことか。彼らの間違いを徹底的に指摘していきたいと思います」

<「はじめ」に替えて>
<高市さんが言った通り捏造だったでしょ!>
――小西文書とは一体なんでしょうか。
・第一面に「厳重取扱注意」と書いてありますが、普通は「取扱厳重注意」です。「あれ、どうしてなのかな」と正直に思いました。後から取ってつけて書いたのかもしれません。そんな間違いを役人はしませんから。

・また、通常、大臣室での話は、大臣秘書官にも回しています。というのも、変な記録があったらまずいからです。だから、必ず配布するのですが、それが明記されていないのは不可解です。どのように記録を取ったかが重要だから、先方に回すのが当然です。

・私は小泉内閣時代、総務大臣補佐官をしていましたが、当時の総務大臣は情報共有として補佐官と秘書官を集め、「今から小泉総理に電話するから」と言ったうえで、報告していました。ただ、必ず情報共有するかといえば、総務大臣に拠るので、何とも言えません。

――行政ファイルの管理簿への記載も行われていないことが判明しています。
・小西さんは「超極秘文書だから、行政ファイル管理簿に記載されなかった」と言っていますけど、それほど重要な書類を管理簿に記載しなかったら、重大な規律違反です。

――小西議員は、総務省の答えで諦めることはないでしょう。
・でも、答弁を見る限り、西がたさんは、正しいことを書いたようです。だから、上司2人が怪しいと思われる。3人のうち、少くとも1人は正確なことを言っていない。今後の追求を待ちたいと思います。

・これは2023年3月21日まで3回にわたって放送した「高橋洋一チャンネル」の「高市早VS小西洋之問題」をまとめたものです。

<国内経済篇「悪い円安」?財務省も日経も経済オンチ>
<政権最大の敵は財務省! 安倍回顧録の衝撃>
――安倍元総理の回顧録『安倍晋三 回顧録』(中央公論社)が話題になっています。お読みになった感想は?
・売り切れ続出で一般の書店では入手困難になっているようですね。

――なんで出版が見送られていたんですか。
・とくに感慨深いのは財務省に関する記述です。財務省という言葉が繰り返し、繰り返し計71回出てくる。めちゃくちゃ多い。それも「財務省にやられた」とか、「財務省に騙された」とかって、すごく率直に語っているんだよね。
 私は日頃よく「財務省は酷いことを平気でする」と言っているでしょ。するとみんな「高橋さん、それはちょっと大げさでしょ、言い過ぎですよ」と笑うんだけど、安倍さんも同じように思っていたってことなんだよ。森友事件は財務省の倒閣運動だったんじゃないかとか、そんなことまで書いてある。

・経済政策についても、「強硬に増税を主張してくる財務省に対抗するためには選挙しかない」というので、「選挙で消費増税を先送りにした」と、そういうことも書いてあります。

・<財務省の発信があまりにも強くて、多くの人が勘違いしていますが、様々なコロナ対策のために国債を発行しても、孫や子に借金を回しているわけではありません。日本銀行が国債を全部買い取っているのです。日本銀行は国の子会社のような存在ですから、問題ないのです。信用が高いことが条件ですけどね。
 国債発行によって起こり得る懸念として、ハイパーインフレや円の暴落が言われますが、現実に両方とも起こっていないでしょう。インフレどころか、日本はなおデフレ圧力に苦しんでいるんですよ。財務省の説明は破綻しているのです。もし、行き過ぎたインフレの可能性が高まれば、直ちに緊縮財政を行えばいいわけです>

・これ、私が年中している話と同じでしょ。「増税なしでコロナ対策がどうやったらできるか」と安倍さんに聞かれたので、私はこの話をしたんですけどね、財務省の主張を真っ向から否定する文章が総理の回顧録にはっきりと載っているんだから、痛快ですよ。

――本の中に高橋さんのお名前が出てくるのですか?
・数カ所出てきます。安倍さんの回顧録に名前を出していただけるのは非常に名誉なことで、私としては満足といえば満足なんだけど、それよりも、やはり生きていていただきたかったというのが本当のところです。

<日銀総裁人事についての岸田政権の思惑と植田新総裁>
――じゃあ、黒田さんが退任間際に示した利上げ路線はもう変わらないということですね。

・その答えは『安倍晋三回顧録』に書いてある。総理だよ、総理がこういうことをキチンと理解していたんです。歴代の総理でここまで理解している人はいない。その部分を引用してみます。

<世界中どこの国も中央銀行と政府が政策目標を一致させています。政策目標を一致させて、実体経済に働きかけないと意味がない。実体経済とは何か。最も重要なのは雇用です。2%の物価上昇率の目標は、インフレターゲットと呼ばれましたが、最大の目的は雇用の改善です。マクロ経済にはフィリップス曲線というものがあります。英国の経済学者の提唱ですが、物価上昇率が高まると失業率が低下し、失業率が高まると物価が下がっていく>

 実に素晴らしい。このあたりのくだりって、私がこの番組でかつて言ったことと同じですよ。

<完全雇用というのは、国によって違いはありますが、大体、完全失業率で2.5%以下です。完全雇用を達成していれば、物価上昇率が1%でも問題はなかったのです>

 数字まで入れて説明しているわけ。完全失業率を2.5%以下にするためにインフレ率が2%必要だと、安倍さんは回顧録にはっきり書いているんですよ。素晴らしい回答です。私が大学の教授として採点すると満点です。

・インフレターゲットっていうと物価の話のように思えるけれど、本当は雇用がポイントなんだよね。雇用を重視するのかそれ以外を重視するのかっていうので真面目に議論すると、経済学者でも時々、「雇用以外を重視する」って人がけっこういるんだよね。

<実は日本は黒字! 国債の仕組みを解説します>
――日銀が国債を買い取れば政府の借金は消えるということですが、これはどういうことでしょうかという質問がきています。

・どういうことかと言うと、政府が借金するということは国債を発行するということです。ということは国債を買って持っている人に必ず利息を払わなきゃいけない。これは間違いない。普通の借金と同じです。だけで、国債を持っているのが日本銀行だったらどうなるかって話だよ。
 もちろん、日本銀行にだって政府は利息を払う。政府から国債をどうやって買うかっていうと、お札を刷って、その刷ったお札で国債を買う。お札は無料で刷れるから、日本銀行の収益はどのように発生するかっていうと、国債の利子がまるまる日本銀行の収益になる。ここまではいいよね。ところで、日本銀行は政府の子会社だから、日本銀行の収益は100%政府に収めることになっている。これを日銀納付金というんだ。

・だから日本銀行に政府はどれだけ利払いしてもぜんぶ納付金で回収できるから、その意味では日本銀行が持っている国債については全く利払いする必要がない。

――では国は借金漬けだという巷説は誤りですか。
・日本銀行からの“借金”がいくらかを言わないで、全体として「1000兆円の借金がある」という言い方をするから、大変な借金を背負っているように聞こえるけれど、1000兆円のうち日本銀行の持ち分が500兆円あるんです。

――それでもまだ500兆円ある。大変な額だという人もいるのでは。
・500兆円を民間に借金しているのは事実だけれど、一方で政府は、実は600兆円以上の金融資産を持っているんです。

――実は日本政府は黒字経営なんですか?
・ものすごい黒字というわけでもないけど、トントンって感じかな。

――国債を日本銀行が引き受け続けると、日銀が保有する割合が増え続け、いずれ日本国債市場が消滅してしまうと思います。すると国際的な信用がなくなって円や日本株式が暴落してしまうのではないでしょうか……こんな質問もきています。
・日本銀行がどんどん国債を買い増していくと、最後は1000兆円になる。そうなったら実は財政問題はなくなっちゃう。だって、いくら利息を払ったってぜんぶ戻ってくるんだから、財政再建なんてする必要がなくなるぞって。それは理論的にあり得ることなんですよ。

――国際的な信用がなくなるという問題は?
・財政問題がなくなるんだから、逆に国際的信用は高まりますよ。国債市場がなくなるということは事実ですけどね。

――円とか株式の暴落はあり得ない?
・だって、財政再建しないと円が暴落するっていうのと真逆の話じゃない。日銀が国債を買い続けて財政再建しちゃったら、どうして暴落するんだってことですよ。

――これはものすごくぶっ飛んだ意見なんですけど、国債の発行を際限なく増やして税金を減らせば実質的に無税国家になるみたいなことって理論的に可能なんですか。
・国債の発行による無税国家論というのは、頭の中では可能かもしれないけど、実際に計算してみると、税金の分だけ国債を発行するとものすごくインフレ率が高くなる。だからそういうおいしい話は実はほぼ起こり得ないですね。

――インフレギリギリのところで、国債によって無税に近くなるくらい税金を減らすことは不可能ですか。
・できないでしょうね。これは物価の状況に依存するんだけど、今回のコロナみたいな時には消費がドーンと落ち込むでしょ。そういう時には物価が下がるからできるけど、ノーマルな状況になったらなかなかできない。インフレ率が2%じゃなくて8%とか10%になるから。

――耐えられるインフレ率って10%くらいですか?
・10%は無理。せいぜい耐えられるのは4%ぐらいまでだと一般的に言われていますね。だから案外そういうオイシイ話っていうのは実はほとんど不可能なんです。残念だけどね。

<アベノミクス潰えて失われた20年がやってくる>
――高橋さんがツイッターに書かれていた、アベノミクスが潰えて失われた20年が再来する、というのは本当なんですか。
 ・本当になったらまずいなとは思っているんだけど、岸田さんは反アベノミクスの人だからね。可能性はなきにしもあらずですよ。

・失業率とインフレ率の間にはある一定の関係がある。それを表すのがフィリップス曲線です。失業率が高い時にはインフレ率が低くなる。そういう関係がこの線に表れるんですよ。
 失業率はあるところで下がらなくなります。日本だと失業率2.5%くらいのところなんだけどね。そこに対応するインフレ率はだいたい2%くらい。

・ではインフレ率をどうやって測るかということだけど、GDPデフレーター(GDP算出時に物価変動の影響を取り除くために用いられる指数)で測るのが普通なんだ。GDOデフレーターで測ってインフレ率が2%を長く超えるようになると本当のインフレだから、こういう時には増税も許される。フィリップス曲線の「増税可」のあたりですね。ただしGDPデフレーターが2%をずっと超えない時は、もうちょっと金融緩和すると失業率が下がるから今は「増税不可」だって、安倍さんにもそういう説明をしていたわけ。
 インフレ率の話をすると、みんなすぐ消費者物価が上がっているというけれど、GDPデフレーターで見ると現在は増税不可のところにあるんです。

――まだそのあたりなんですか。
・だってGDPデフレーターがマイナスなんだもの。増税したい人たちは自分たちに都合よく消費者物価でやるんだけど、GDPデフレーターで見るとマイナスだから、インフレ目標2%より右にいっているとは思えませんよ。インフレ目標を定めてやっている時に消費者物価を便宜的に使ってやっているんだけど、理論を言えばGDPデフレーターだから、そういう意味では私の認識はまだ増税不可の状況です。

・だから私が今の状況を説明するとすれば、「見かけ上はインフレ目標を達成したように見えるけれどデフレーターで見ると達成していませんから、こういう時には積極財政と金融緩和が必要ですよ」ということになる。緊縮財政と金融引き締めをすると、グラフの矢印が左に動くけれど、積極財政と金融緩和をすると右に動くんです。そうしてフィリップ曲線上の〇印を目指すのがアベノミクスです。
 だから、アベノミクスって実はすごく簡単なんですよ。どこに現状があるかを判断して、この〇印を目指すだけ。簡単でしょ。これが本当の経済です。安倍さんはこの仕組みを完璧に理解していたから、安倍さんが御存命だったらおそらく日銀に利上げはさせなかったと思いますよ。

・安倍政権はインフレ率2%まで完全に行かなかったから失敗だと言う人が多いけれど、安倍政権以外、2000年代以降の政権はどれもインフレ率がマイナスばかりだから、安倍政権は2000年代以降ではトップの成績なんだよ。

――このいちばん右にある「鳩山政権」はあの民主党の鳩山由紀夫内閣とは別の政権ですか。
・これは1955年の鳩山一郎政権。自民党の初代総裁で、鳩山由紀夫さんの祖父です。この時は高度成長期だったから、放っておいても右側にいく。

・もう一つ、図表6で歴代政権の雇用状況を見てみましょう。
 横軸に失業率の低下をとって、縦軸で就業者数がどれだけ増えたかを見るわけ。これは右上のほうがいいに決まっているけど、安倍政権は歴代政権の中でトップ、それも断トツなんですよ。こういうデータを見て評価しなきゃいけませんね。

・マクロ経済についての私の採点基準も簡単で、まず雇用のウェイトが6割。なぜかというと、雇用さえ確保できればまあ及第点と言えると思う。残りの4割は給料上がったかどうか。それはGDPで見ればいい。だからGDPの成績が4割。安倍政権は雇用が断トツだから、これは100点満点で60点をあげてもいい。成長率のほうは、2000年代以降はトップなんだけど、歴代政権をぜんぶ含めて考えるとだいたい真ん中あたりだから、GDPは50点。それが4割だから20点。60点と20点を足して80点。安倍政権にはそういう成績をつけています。

――まずまずのいい成績ですね
・まずまずですね。ABCDでいうとBくらいかな。

・そういうふうに見ていくと、今の岸田政権の防衛増税と利上げの話はいちばん最初に出したインフレ率と失業率のグラフの矢印が左側に向いている。これはまずいですね。

――だから失われた20年の再来ということですね。
・〇印のターゲットにいっていないのに増税なんかすると、もう一回、あの時代がくるかもしれない。安倍政権と菅政権は、どんな状況にあってもアベノミクスでいつも〇印を目指してやっていた。だから、安倍政権も菅政権も増税はしなかったんです。消費税は前の民主党政権で決めたことだからしかたがないけれど、ほかは基本的にやらなかった。利上げもしませんでした。

<ようやく30年前に戻れたのに、円安の何が悪い?>
――昨年(2022年)秋以降、1ドルが150円になって、マスコミは円安の危機感を煽って大騒ぎしました。この状況をどうとらえればいいでしょうか。
 とくに日経新聞ね。円安だ、大変だ、大変だって騒いでいた。面白いね。
 日経新聞がなぜこういうスタンスにあるかを先に言っておくとね、日経は今まで日本企業の中国進出をすごく後押ししてきたわけ。そのためには、実は円高のほうが都合がいいんだよね。少ないお金で大きな投資ができるから。ところが、円安が進むと中国進出もままならない。それに加えて、中国の経済成長も鈍化しているし、ウイグルをはじめとする人権問題も露わになってきた。かといって、今まで中国進出を勧めてきた手前、いまさら日本に戻るべきだとも言いにくいし、そもそも中国は資本規制が厳しいから、撤退するのが難しいんだよ。下手をすれば撤退と引き換えにこれまでの工場からインフラからすべて取り上げられてしまう。そんな中国をずっと推してきたわけだから、円安が悪い悪いって言わざるを得ないんだ。

・日経新聞の事情はさておいて、経済学の話をすると、自国通貨安は「近隣窮乏化政策」と言われるんです。日本の円安に限らず、どこの国もみんなそうだけど、自国通貨安というのは自国の輸出関連を優遇して、外国からの輸入関連にペナルティを与えることになる。輸出関連企業のほうが自国のエクセレントカンパニーが多いでしょ。だからそこに恩典を与えたほうがGDPは増えます。これは輸出依存度とかに関係なく、どこの国でもだいたい同じ。だから近隣窮乏化と言われるんですよ、

・日本の場合で言うと、10%の円安で成長率を0.5〜1%ぐらい引き上げているから、例えば今のIMFの世界見通しでも日本だけ成長率が高いんだよね。これは円安だからですよ。

・円安は、だから本当はすごくいいことなんだよね。それなのに円安をけなしたい人はどういうふうに言うかっていうと、現在の為替レートでやると日本のGDPが世界の30位、40位になっちゃうと、そういう言い方をするわけですね。

・その話を解説する前にね、32年ぶりの円安だと騒がれているので、それじゃ32年前の1990年の経済状況はどうだったかについてちょっと言っておきましょう。そんなに良くない時代だったかどうか、数字を見てみると、1990年の名目経済成長率は7.6%、実質経済成長率4.9%、失業率2.1%、インフレ率3.1%。まったく文句のつけようのない数字です。

――それはいわゆるバブルの時代ですか?
・うん、実はバブルの時代の経済の成績は文句のつけようがないくらい良いんです。それを日経新聞がバブルは悪いものだと煽りに煽った結果、バブル潰しのために日銀が金融引き締めをした。日本の不況はその時から始まったと私は見ています。
 ところが日銀は今でもその金融引き締め策を間違いと認めていない。間違った政策を正しかったものとして継続したために、実はその後30年間の平成不況があったというのが私の解釈です。

・日本のバブルは悪くなかった。上がっていたのは株と資産価格だけだったんだよ。それだけが上がったのは別の要因、つまり、税制上の問題で上がっていた。それだけの話。マクロ経済のパフォーマンスは全く悪くなかったんです。それなのに日銀が間違った金融引き締めをしてしまったというのが正しい理解ですよ。

――現在は当時と同じ為替レートに近づきつつあるわけですね。
・それが悪いかのように騒いで、円高を狙って金融引き締めなんてやったら、バブル後の30年間の過ちを繰り返すことになります。バブルの終わった後に不況が待っていることに誰も気がつかず、ずっと金融引き締めを続けた。それと同じことを繰り返したら、新たな不況がまた起こるよ。

――要するに、円安は悪いことではないんですね?
・今回、1ドル150円台になったのは、いい話なんですよ。ようやく30年前に戻れると思わなきゃいけない。失われた30年を取り戻すいいチャンスだよ。
それを日経のように円安が悪いと言っていたら大変なことになる。

――いま思えば平成の初め頃はすごく良い時代でしたものね。
・それは円安だったからだよ。ただそれだけのこと。なんでその時代に戻っちゃいけないの? 30年ぶりにようやくいい時代が来ると書いてしかるべきなのに、日経を読むとバカになるというけど、そのいい例だよ。

――日銀はまだ金融緩和を続けるべきだということですね。
・当たり前でしょう。インフレ目標がある限り、金融引き締めはやっちゃいけない。これはあの「平成の鬼平」と言われた三重野康さんが日銀総裁だった時はインフレ目標がなかったから、バブルが悪い世論に押されて三重野さんは引き締めをやっちゃった。そのせいで長い長いデフレを招いた。その反省の上に現在の日銀総裁はある。

・この質問はどういうことかっていうと、インフレ目標の中に株と土地の価格は含まれているかどうかとい意味です。「含まれません。土地と株価が上がったからといって引き締めるのは間違いです」と、先生ははっきり答えたよ。実に明快な答えでありました。

――インフレ目標の中に株価と土地の価格は入っていないんですか?
・そう、どの二つは私の分析だと税制上の問題だからです。だから金融引き締めするのは間違い。税制上の対策をするのが正しい政策だった。その間違いを日本銀行は犯し、しかもそれを失敗と認めないから、こんな不況になっちゃった。そのうえ日経をはじめとするマスコミも性懲りもなく、また同じ間違いに誘導しようと煽っている。今はそんな非常に情けない状況ですよ。いくらなんでも同じ間違いを二度繰り返してはいけません。

<防衛三文書と防衛増税に関する朝日・産経のおかしな社説>
――政府は、防衛費の大幅な増額と反撃能力の保有などを盛り込んだ新たな防衛三文書を決定し、防衛費はGDP比2%に増やすと発表しました。

・本当はみなさんご自身で三文書の全文をお読みになったほうがいいんだけれど、それもなかなか大変だろうから、どう理解すべきかのノウハウを、初めにお教えましょう。
 各新聞の社説を読むんですよ。

・だから、社説は朝日と毎日、読売と産経をそれぞれ読むとよろしい。なぜかというと、朝日と毎日は左派、読売と産経は右派にはっきり色分けされているので。この4紙を読めば、左右両方の意見がわかります。

――何をダメだと言っているんですか?
・とにかく防衛費を増やすのはけしからんと言っているわけだよ。防衛費について議論する場合、当然ながら防衛の中身の議論が必要になってくる。

――ではどうしろと言っているのですか。
・この期に及んでも、「防衛費を増やすとお隣の国を刺激するからやめろ」という意見だよ。

――とにかく防衛費を増やすのはけしからんということ?
・防衛費を増やすのはけしからん。そのための増税などもってのほかだ。わかりやすいと言えばわかりやすい議論です。「近くにどんな凶暴犯がいても温かく接しろと」いうことだよ。

――今の時代でも、まだそういうことを言うんですね。
・まだ言っている。だからこういう社説になるわけじゃない。これが朝日なんだよ。毎日の社説も似たり寄ったりだけれどね。

――それでも朝日と毎日にも一定数の読者がいるわけですよね。
・産経の社説も読んでみましょう。
「安保3文書の決定 平和を守る歴史的大転換だ 安定財源確保し抑止力高めよ」(2022年12月17日)というのが見出し。中身はどうかというと、「平和を守る抑止力を格段に向上させる歴史的な決定を歓迎したい。政府の最大の責務は国の独立と国民の生命を守り抜くことだ。岸田政権が決断し、与党と協力して、安倍晋三政権でさえ実現できなかった防衛力の抜本的強化策を決めた点を高く評価する」

・私は防衛国債がいちばん正当だと言っているし、当座をしのぐんだったら、たとえば外為特会の評価益とか、国債の一般会計に繰り入れている債務償還費というのが15兆円くらいあって、これがとりあえずは使えるから、それを充てるべきだと言ったわけね。
 ところが、税制改正大綱という自民党の文書には増税が盛り込まれていて、さらに税調の資料には、財源確保法という法律を次期通常国会に提出すると書かれている。それが本当に出されたら増税確定で、一巻の終わり。だからいま自民党内では財源確保法を阻止すべく、いろんなバトルが水面下で行われていますよ。

――防衛三文書の中身自体は評価していますか?
・非核三原則と専守防衛に関してはちょっと弱いけれど、他のところは評価しますよ。けっこういいことがたくさん書いてある。まぁ当たり前といえば当たり前のことなんだけどね。

<マスコミは絶対言えないマイナンバーカード反対のホントの理由>
――マイナンバーカードと健康保険証の一体化に反対する人が大勢いました。これはなぜでしょう。
・それで、私は「立民と共産党とれいわが反対する理由は何でしょう?」ってクイズ形式でツイッターにあげたわけ。その答えは何かというとね。この3党に共通しているのは実は在日外国人の支持を受けている政党だってことなんだよ。

――けっこう杜撰だったんですね。
・そうなんですよ。だから健康保険証で本人確認なんて、ハッキリ言って意味ないんだよね。それもあって健康保険証からマイナンバーカードに移行することになったわけです。

――今まで通称名称でやっていた人たちと、その支持政党の声が大きいから、勘違いしてしまうというだけなんですね。
 立民・共産・れいわはプライバシーがどうのこうのと理屈をこねるけど、マイナンバーカードのID(本人確認)で保険証や運転免許証、銀行口座やクレジットカードを紐付けるっていうのは、どこの国でもやっていることなんだけどね。そうしないとなりすましがいくらでもできちゃうから。でも、そういうごく当たり前のことを、マスコミは絶対に口にできないというのが、日本の特殊なところだよ。

<少子化対策・奨学金問題・研究開発費について語ります>
――少子化対策、奨学金や大学の研究開発費の問題について、まとめて解説をお願いしたいと思います。
・少子化対策については、私は人とはちょっと違う意見を持っているんですよ。少子化がこのまま進むと、経済成長が鈍って大変なことになると、そういう話をする人が世間には多いんだよね。

・だから、私は人を増やすということは考えない。人口の減少で何が困るかというと、基本的には労働力の不足です。だから、人が減った時にはロボット化を進める。そういうことを私はいつも言っているんですよ。

・つまり、人口を増やそうと考えるよりも、機械化を推進して一人当たりのGDPを高めるほうが人口減少に対する対策としては有効だと思うわけです。何かというと人口を増やさなければいけないとみんなすぐ言うんだけど、さっきも言ったように、人口を増やすのって案外難しいんだよ。お金があれば子供をたくさん産んで人が増えるかっていうと意外にそうでもないんですよ。だから少子化対策だといってお金をバラ撒くことを考えるんだったら、そのお金を機械化投資に回したほうがいい。

――働き手が少なくなると年金制度が崩壊するのではないか、という意見についてはどうでしょう。
・はっきり言って、年金については問題ない。人口減少の傾向はだいたい10年先ぐらいまではすごく読みやすいわけ。年金の制度なんていうのは2〜3年で変えられるから、もし人口減少で年金が危なくなるっていうなら、その前に制度を変えればいいだけだよ。

――あとよく言われるのが、人口が減ってしまうと防衛費も削られるんじゃないかという問題です。
・それも機械化と同じく無人化で対応する。どこかの国が侵攻してきた時には無人機で対応するとかね、無人兵器もこれから増えていくでしょうね。

<国内政治篇 なぜ公明党は中共の支持団体なのか?>
<旧統一教会と自民党の関係はそれほど不適切か>
――旧統一教会と自民党の親密な関係について説明してくださいという質問がたくさんきています。
・まず一般論として、政治と宗教の問題は必ずあります。先進国ならどこの国にも信教の自由というものがありますから、政治がどこかの宗教とあまりに密接に結びついていると、それ以外の宗教の人から、信教の自由が損なわれるという批判が出る。

・その昔、安倍さんのおじいさんの岸信介さんをはじめ、他国の大統領なんかも支援していた過去があります。その関係が時とともにだんだん薄れてきた。

・安倍派には旧統一教会と関係のある議員が30人いるとか言われるけれど、どこの派閥でもそれくらいのつながりはあります。たとえばある会合やパーティにメッセージを送ったり、何万円レベルだったら政治資金の提供を受けたりすることもあるかもしれません。これは安倍派に限らず自民党もそうだし、野党も同じですね。そういう意味ではたくさんの政治家が旧統一教会系とは薄いつながりがある。

――薄いつながりですか?
・薄いよ。数も少ないし、旧統一教会系の候補なんてまずいません。そんなこと言ったら、与野党を問わず立正佼成会系の議員は多いし、いちばんはっきりしているのは、公明党の議員は全員、創価学会系じゃないですか。政治の世界で考えると、創価学会は公明党が与党になっているという意味で自民党議員にも影響が大きい。

――公明党の山口代表はどうして旧統一教会問題について発言しないのでしょう。
・それはだんまりに決まっていますよ。自分のところが政界に関わるいちばん大きな宗教団体をバックにしていることは周知の事実ですから、そのことで根掘り葉掘りやられたくないし、下手をすれば自分のところに火の粉が飛んでくるから、ずーっとだんまりを続けるしかない。

――安倍派がことさら槍玉に上がっているのはなぜですか。
・反安倍ということで、わかりやすいからでしょうね。

――立憲民主党も党内でヒアリングしたということですが。
・私は国会でいろんな法律の案件を担当したから知っているんだけれど、旧統一教会の霊感商法の被害はずいぶん前に社会問題になっていたわけ。さっきもちょっと言ったけど、旧統一教会は最初は反共主義の団体だった。それがどんどん変節して、霊感商法が問題になったのは1980年代以降だだと思うけど、人気アイドル歌手の桜田淳子とかが広告塔になって話題になっていた時の話ですよ。強制的に壺を売りつけて、寄付やお布施を巻き上げるような、そういう霊感商法をやっていた。

・その当時は、霊感商法については宗教にかかわる話だからってまだ規制という話は出なかった。それで、この問題にいちばん熱心に取り組んだのは第2次安倍政権なんですよ。第2次安倍政権ができた翌年の2013年には、すでに霊感商法に関する訴えが続出していました。ところが、当時は直接の被害者でないと裁判が起こせなかった。

・被害にあっても、信者は教えを信じ込んでいるから、自分を被害者だとは思わない。だから裁判を起こそうとしないんです。そこで、直接の被害者でなくとも、周囲の人たちが訴えることができる共同訴訟(集団訴訟)という概念を取り入れることにした。
これは海外ではクラス・アクションという言い方をするんだけどね。

・それでも裁判を起こすっていうのは大変なことだから。安倍政権の2018年だったかな、霊感商法を一掃するために消費者契約法を改正したわけ。消費者契約法というのは、消費者がいろんな商品に関して契約を結ぶ場合に消費者の利益を守るための法律なんだけれど、不当な勧誘行為などによる霊感商法のような商売をしたら、契約そのものが取り消せるように法改正したんです。それ以降、霊感商法の被害はグンと減ったはずです。

――クーリングオフではなくて、後になってからでも取り消せるんですか。
・霊感商法による売買は最初から契約がなかったものとする、そんな感じです。これはちょっと画期的だった。それ以降は、霊感商法の被害があっても、霊感商法自体が成り立たない。いつでも取り消せるから、弁護士がただ契約を取り消せばそれで終わっちゃうんだよ。

・この1999年の奈良地裁の判決というのは、霊感商法は宗教の問題ではなく、消費者契約法で扱えというものだった。ところが、この時点では消費者契約法が不備だったから、契約取り消しまではできなかったんです。それで2018年までかかってしまったんだけど、安倍政権の時に法改正をしたわけ。それで今は契約自体が取り消しできるようになった。霊感商法にひっかかったら、内閣府の国民生活センター、確か特別のダイヤルがありますから、そこに連絡して、弁護士を間に入れて取り消せば、お金も全額戻ってきます。

<読売の「国葬・統一教会問題」世論調査の裏にナベツネの影?>
――読売新聞の世論調査で、安倍元総理の国葬決定を評価せず56%、旧・統一教会との関係を断つことに賛成76%という結果が出ました。この数字をどうご欄になりますか。読売は関連会社を使って旧統一教会はけしからんと執拗に報道しました。

・一つは読売グループが、とくにテレビ番組を使って旧統一教会との関係はけしからんと世論を煽りに煽った理由ですね。どうして読売がそんなに統一教会をけしからんと言うのかを探ると面白いのではないか。

・安倍元首相が暗殺された後で統一教会の話が出てきたでしょ。それを政治的に利用した人がいた。あの時に旧統一教会はけしからんと大声で叫べば、旧統一教会と関連団体との関係を認めた岸信夫さんや安倍派議員は内閣改造で打撃を受ける。だから、岸さんと安倍派グループを政治的に排除するために旧統一教会批判を読売が煽ったと考えると、それはすごくすっきり理解できる。

・その私から見ると、安倍派潰しのために読売グループが旧統一教会を叩くというのは政治的にはあり得る話なんです。ただ結果的に叩きすぎちゃって政権にブーメランが戻ってきちゃったというのが私の解釈。
 国葬についても読売グループは絡んでいるんだよね、国葬を実行・運営したムラヤマというイベント会社は、昔からイベント業界ではけっこう有名な知る人ぞ知る存在で、たとえば武道館や国技館に関係するイベントはずっと以前から手掛けているんですが、実はこれが読売グループの子会社なんです。

――国葬にかかる追加費用が14億円以上にもなって、当初2憶5000円とされていたものが、総額16億6000万円に膨らんだことも問題視されていますが。
・でも、追加される額はそんなに大きくない。当初の2億5000万円にプラスアルファでしょうね。

――旧統一教会と国葬とを一緒に考えるのがどうしてもわかりません。
・統一教会はお祖父さんの岸信介さんの時代にはけっこうまともな団体だったんだけど、孫の安倍さんの代になると、北朝鮮に近づいたり、北の拉致問題に関係したりして、韓国で合同結婚式をする時には慰安婦問題に言及したりする。安倍さんは嫌いに決まっていますよ。拉致問題と慰安婦問題なんて安倍さんが最も怒っている話だからね。だからこそ霊感商法の法律改正を閣法でやっちゃったわけですよ。つまり、内閣の権限で法改正したわけだから、安倍さんが統一教会をよく思っていなかったことは間違いない。

――そういう話はなぜ表に出てこないのでしょう。
・こういうことをネットで言うでしょ、そうすると、猛烈な反発がくる。あちら系の人からだったことはすぐわかるよ(笑)。

――前提が崩れると、国葬批判までぜんぶ崩れてしまうから?
・ぜんぶ崩れますよ、話の筋としては。

<公明党と創価学会と中国の不思議な関係>
――公明党はなぜ親中なのでしょう。支持団体の創価学会はどのようにカルトなんですかといった質問が寄せられています。
・宗教に関してはそれぞれの見方によるからね、興味のない人には、その宗教を信じているというだけでカルトに見えることもある。カルトを客観的に説明するのは難しいから、創価学会がカルトかどうかということは、正直なところ、私には何とも言えません。
 でも、前者の公明党がどうして親中国なのかというのは歴史上の常識みたいなもので、過去を振り返るとすぐわかることなんだけどね。

<敵基地攻撃に反対する皆さん、抑止力をデータで説明します>
――防衛費増額への動きが着々と進んでいますが、敵基地攻撃能力に反対する人がいるようですね。
・でもこれ、「中国や北朝鮮」という言葉を「日本」に置き換えると、どういう表現になるか。「日本は相当数のミサイル施設があり、全て一気につぶせなければ、中国や北朝鮮が報復される」ということになるでしょ。だから、逆に言うと日本が相当数のミサイル施設を持てばいいんじゃない。これを抑止論っていうんだよ。

――こういう人が一定数いるわけですか?
・抑止力を説明するのは簡単だけど、本当にそういうことが実際のデータで言えるのかどうか、学者として検証したことがあるんですよ。
 その結果、やっぱりお互いに防衛力を持つと戦争確率は圧倒的に下がることがはっきりした。過去のデータから言うと、4割から5割下がる。防衛力がアンバランスな時の戦争確率が半分くらいになる。お互いに防衛力を持つと攻撃しにくくなる。片方の戦力が突出していると、一方的にやられるか、威圧されて降参するかどちらかになっちゃう。

<原潜はいらないって、岸田さん正気ですか?>
――岸田総理が原潜保有に慎重という報道がありました。
・びっくりしましたね。慎重というより、はっきり否定していましたよ。

・その中に「抑止力向上のために原子力潜水艦を保有すべきか」という質問があった。これにはまず挙手で答えるんだけど、手を挙げたのは維新の松井一郎さんと国民民主党の玉木雄一郎さん、それになんとN党の立花孝志さん。この3人がりりしく賛成した形になった。
 
・抑止力の話だから、すぐには実行できないにしても、方向性だけでも示すべきでしょう。原潜というのは抑止力に当然なるから、持つべきだとは言わなくても、総理大臣としてはせめて検討するくらいは言うのが普通なんだけどね。

・私もその時テレビを観ていたんだけれど、手を挙げた松井さんたちが頼もしく見えたのに比べ、岸田さんは何だか全く興味がなさそうな感じだった。さらに、「原潜を保有する必要はない」という、その理由にはもっと驚いた。
 岸田さんはなんと「開発コストがかかるから……」と言ったんだよ。他の分野にもお金が必要だから、原潜はできないって。
 この言い方が間違い。国防に関してお金の話をするべきじゃない。国防というものはコストを考えないでやるっていうのが常識なんだよ。
 たとえば有事の際、いろんな戦費の調達をする時には、どこの国でも財務諸表大臣を入れないで検討するというのが国際的な常識です。

――財務大臣を入れないんですか?
 当たり前ですよ、入れたら大変じゃないですか。「弾丸がなくなりそうです」という時に「節約しろ」とか言われたら軍隊は焦るでしょ。そんなことはできないよ。だから財務大臣を入れないでやるのが常識。それはそういうものなの。良い悪いじゃなくて、現場を考えたらしかたないんだよ。有事に近い話をしているときに、一国のリーダーが「開発コストが……」なんて言っちゃいけない。
 それに、そんなの簡単に反論できる。私の今までの言論を見ている人だったらすぐ思いつくだろうけど、原子力潜水艦をわざわざ持たなくても、レンタルでいいわけ。つまり、借りるだけだよ、自動車だって、新車を買うより借りたほうがずっと安いでしょ。

――耐用年数が過ぎていても大丈夫なんですか?
 どんな機械でもそうだけど、耐用年数が過ぎたらすぐバタッて倒れるわけじゃない。耐用年数は余裕をもって考えられているから、10年落ちの中古車だってメンテナンスすれば何とかなるでしょ。

――ゼロから原潜を作るとなったら、配備されるのはずっと先の話になるんですか。
 はっきり言えば、ゼロから開発するのは無理です。すっごい大変。

――中国は国産の新しい空母を完成させましたよね。
 新しい空母には、電磁カタパルトが3本も付いている。これがすごいんだよ。中国は、最初のうちは中古をどんどん買って、それからそういうすごい国産の空母を造った。

・そういうことを考えたら、原子力潜水艦がないと大変なんだよ。それなのに「開発コストがかかる」なんて、情けないことに一国の総理大臣が財務省の主計局の主査レベルの話をしてるんだよね。ちょっとやめてほしいよな。

・あれで保守層は自民党に対して失望したと思うよ。だって、出演した党首9人の中で、当然、立憲民主党と共産党、それにれいわと社民は手を挙げなかったから、岸田さんはそういう人たちと同類項になっちゃった。これじゃどうしようもないよ。

<国際経済篇 アメリカで利上げが良くて日本でダメな理由>
<プーチンが「経済制裁は失敗」と主張。ロシア経済は万全だって?>
――プーチン大統領が、「ロシア経済は安定している。西側の経済制裁は失敗だ」と語ったというニュースが流れました。これは本当なんでしょうか。

・ルーブルが回復したのはそのとおりですよ。だけど、ルーブルを回復させるために金利をすごく上げちゃったんだよね。ハッキリ言うと、これは為替というか金融政策としては初歩的な誤りなんだ。金融政策というのは何のためにやるかというと、何度も言いますが、国民生活、もう少し具体的に言うと、実は雇用のためにあるんだよ。

――日本も、いま円安が進んでいるからといって……。
・金利を変えたらアウト。マスコミも円安が大変だと騒ぐでしょ。金利を上げれば円安は簡単に是正できると言う人がいるけれど、経済が良くない時に金利を先に上げるととんでもないことになるのを知っている人は「ああ、バカなことを言っているな」で終わってしまう。

<英国トラス首相の経済政策が失敗した理由を図解します>
――英国のトラス首相が減税政策の失敗で辞任することになりました。
・トラスさんが減税したから英国経済が急落したって思い込んでいる人が多いようだけど、そこが間違っている。

・イギリス経済のことを考えてみると、ちょっと前にEUを離脱したでしょ。それに加えて最近のウクライナの問題によるエネルギー高騰。この二つがイギリス経済にけっこう影響があるんですよ。

・それでトラスさんは減税をした。減税は需要を増やすから、こういうふうに需要曲線が上がっていく。でも、そうするとインフレ率も高くなってしまう。こういう時に減税はあまりやっちゃいけないんだ。だからトラスさんは間違った政策をした。マクロ経済の対応を見誤ったというだけなんだよ。

――じゃあ増税をすればよかった?
・こういう時に増税すると需要曲線は左下に下がってインフレ率は下がるけれど、実質GDPも下がっちゃう。だから増税もできなければ減税もできないパターン。仕方がないからTPPに加入するとか、貿易相手をたくさん増やすとか、そういうやり方しかないんだよ。

――じゃあ、その逆であるいまの日本の状況は対処しやすいんですか。
・日本の場合はコストアップがなくて需要だけ下がっている。あまりインフレにならないでGDPが下がるパターンだから、需要を戻すという意味では簡単な政策でできる。
 置かれている状況によってどういう処方箋がベストかは違ってくるけど、日本の場合は需要が少ないんだから、需要を付けるのが解になる。だけど、イギリスの場合は供給が上がっているから需要対策は解にならないんだよ。

<SHEINでクレジットカード情報盗られまくりの危険!>
――中国のアパレルのSHEINが日本の進出して話題になっていますが。
・前に中華製のアプリのことを調べたことがあるんだけど、だいたい情報を抜かれるんですよ。SHEINで情報を抜くといったら、クレジットカード情報でしょ。これはみんなけっこう抜かれているんじゃないかなっていう気がして、それまでそういうことをテレビで言ったんだけど、それなりの反響があったんです。

<国際政治篇 日本の最善策は「原潜レンタル+核共有」>
<共産党大会の胡錦涛退場劇で近づく台湾侵攻>
――中国共産党大会で、前国家主席の胡錦涛さんが強制的に途中退席させられる映像が世界的な話題になりました。これはどう見ればよいのでしょうか。
・ああいう映像を見ると、いくらなんでもびっくりするよね。共産党大会は原則として非公開なんだけど、海外のメディアを含めて報道陣を入れた閉幕式の場で、ああいうことが起こった。でも、あれこそが中国でしょう。

――まるでプーチンですね。
・共産主義はそうなんだよ。みんな共産主義を勘違いして、自分たちの民主主義の基準で見がちだけど、全く考え方が違う。だって、憲法なんか、中国共産党の規約の下にあるんですからね。憲法よりずっと権威のあるその共産党規約に、習近平の言うことは絶対であるって習近平を奉る条項が入っちゃったんだから、もう誰も文句を言えるわけないよ。

・独裁国家の経済成長はあり得ないとも私は言っていたけれど、それも明らかになってきましたね。成長率が予想以上に鈍ったから、共産党大会での発表を控えたくらいです。
 これまでも数字を操作してきたけれど、ずっと前から少しずつやっているから違う操作をするとわかるんだよ。だからやりにくかったんじゃないの。「いくらなんでも今さらそんなインチキをしたらさすがにバレますよ!」というので、発表を控えるしかなかった。そのくらいのレベルだよ。だから、経済成長がストップしたことは間違いない。
 そうすると独裁者は、台湾か何かで一発当てようと考える。歴史を振り返ると、実によくある話です。

<北朝鮮の核ミサイルに対抗するには大量報復しかない>
――北朝鮮が相も変わらずミサイルをどんどん撃ってきている。今後はどうなるのでしょう?

・まず、相互主義にのっとって、ミサイルを用意する。ディフェンスの仕方は3段階あって、最初は向こうが撃ったらすぐ叩く。次は、実際に日本に飛んで来そうだったら、これを叩く。しかし、現在の技術で100%撃ち落とせるわけはないから、何本か撃ち漏らす。それが日本に落ちたら3倍返しで大量報復する。この3段階になっているんですよ。
 第1段階の撃ったらすぐ撃ち返す。これができればいちばんいんだけど、さすがに難しい。途中で迎撃するのも難しい。

・国際関係に関する考え方にはリアリズムとアイデアリズムがある。リアリズムは現実主義、アイデアリズムは理想主義です。アメリカで国際関係論を習うと、必ず両者が出てくるけれど、はっきり言うと答えはリアリズムしかない。

・戦争を回避するためのリアリズムの対応策は簡単で、防衛費を相手と同じように増やすこと。もう一つは同盟を結ぶ。この二つがリアリズムの典型的な対応。
 一方、アイデアリズムつまり理想主義者の対応は、まず国際機関に参加しているかどうか。基本は話し合いだからね。もう一つ、盛んに貿易しているかどうか。理想主義の人は交易を活発にすれば戦争をしなくなるという言い方をするんです。

・何の要素がいちばん大きいかという話をすると、私の研究では「相手国が民主主義かどうか」、「防衛費がアンバランスかどうか」。3番目は「他国と同盟を結んでいるかどうか」。これが大きい。相手国が非民主主義国だと戦争が起こりやすくなるんです。

・私の出した答えは、歴史のデータから見ると完全にリアリズムの勝利ということです。話し合いも国際機関に頼るのも効果がない。最近の国際社会を例にとっても明らかなんだけれど、国連なんか機能していないでしょ。

・そうすると、リアリズムから出てくる答えは「話し合ってもしょうがない」。「大量報復を考えて相手に思いとどまらせる戦略をとる」ということになる。理想主義の人は「そんなことをしたら相手をもっと刺激する」とか言い出すけれど、それは逆で、国際機関に入っていようが、いくら貿易を盛んにしようが、相手はやる時はやる。そう割り切れば、実は大量報復が答えになります。

・北朝鮮と中国とロシア、これすべて非民主主義国だから、非常に戦争の確率が高い。とくに北朝鮮なんかは話し合いも何もないから、対応は日本の防衛力を高めること。日米同盟を強めること。防衛費を高めることで大量報復を可能にする。どこから報復するか敵に悟られたら先にやられるから、いちばんいいのは海の中の原子力潜水艦のSLBM。これが大量報復にはいちばん適しています。
 そこから導かれるのは、アメリカから借りた原子力潜水艦を日本海に沈めておいて、そこからSLBMを撃つという形。これが理詰めで出てくる答えです。

――開発するよりずっと安上がりですね。
・コスパと時間を考えると、「原潜レンタル+核共有」が最良の手段です。これは安倍元総理も同意見だったけれど、いまはその話をしてくれる人がいませんね。

――国会でもその話題は取り上げられない。誰か言い出してくれる人はいないのでしょうか。
・この話を国会でしてくれたら面白いと思うんだけどな。私は年中言っているけれど、国会議員で言う人はいない。核兵器と原子力潜水艦だからね。でも何か手立てはありませんかと聞かれたら、こういう言い方しかないんだけどね。



『週刊東洋経済』2014.12.27
「危機  著名投資家ジム・ロジャーズ」



<世界規模の破綻が2020年までに来る>
<行きすぎた紙幣増刷は世界に何をもたらすか>
(――東京オリンピックまでの世界経済をどう見ていますか。)
・安倍晋三首相がおカネを大量に刷らせているから、日本経済は当分の間、景気がいいでしょう。しかし、東京オリンピック前に状況が悪化し始め、日本のみならず、世界のほぼ全土で経済が破綻するでしょう。2020年までに、少なくとも1回は世界規模の破綻が起こります。米国や欧州など多くの国々で、今後6年の間に問題が起こるでしょう。正確な時期はわからないが、たぶん16年か17年でしょう。

(――つまり国債が暴落すると?)
・そうです。国債が大暴落し、金利があがります。株価も暴落します。今すぐにというわけではありませんが、20年までに起こるでしょう。世界規模の経済問題が発生し、ほぼすべての人が影響を被るでしょう。

<安倍首相は円安誘導で日本を破滅に追い込む>
(――なぜ破綻が起こるのですか。)
・大半の国々では4〜6年ごとに経済問題が発生しています。だから、もうじき、いつ起こってもおかしくない状態になります。
 今の景気浮揚は、日本や米国、英国など欧州の国がおカネを大量に刷ったことによる人為的なものです。

(――破綻を回避する道は。)
・今のところ、防ぐ手立てはありません。(何をしても)非常に悪い状態になるか、少しましなものになるかの違い程度でしょう。いずれにせよ、世界経済は破綻します。

・日本は減税をし、大型財政支出を打ち切るべきです。人口問題対策も
講じなければなりません。どうせやらないでしょうがね。仮にやったとしても、問題は起こります。しかし、(何もしないと)16〜18年に事がうまく運ばなくなったとき、問題が表面化するでしょう。

・安倍首相は、「日本を破滅させた男」として、歴史に名を残すでしょう。投資の世界の人たちや、(金融緩和)でおカネを手にしている人たちにとっては、しばらくは好景気が続くでしょうが、安倍首相が過ちを犯したせいで、いずれはわれわれ皆に大きなツケが回ってきます。

(――日本は、東京オリンピックがあるから、少しはマシ?)
・いや、逆かもしれません。オリンピックで大量におカネを使い、債務が増えていくため、状況が悪化する可能性があります。1億2000万人強の日本の人たちを、オリンピックで救うことはできません。

(――円安誘導が間違っている?)
・最悪です。短期的には、一部の人が恩恵を受けますが、自国通貨(の価値)を破壊することで地位が上がった国はありません。この2〜3年で、円は対ドルで50%も安くなりました。このことが日本にとってよいはずはありません。

<『日本を破滅させた男』として安倍首相は歴史に名を残すでしょう。>
(――以前「米国は世界の警察をやめるべき」と言っていました。オバマ大統領は実際そう宣言しました)
・米国がおカネを大量に刷るのをストップし、(世界の)人々に対し何をすべきか、あれこれ言うのをやめるとしたら、世界にとっても米国にとっても素晴らしいことだと思います。しかし、私はオバマ大統領のことは信じません。

・多くの米国人は「米国が他国にあれこれ指図すべきだ」と思っています。私は、そう考えない少数派の一人です。「米国の言うことを聞くべきではない」と考える人たちが世界中に増えているのに、大半の米国人は今でもそう思っています。
 日本でも「米国に指導してもらうべき」だとみんな考えているのでしょうが、それは間違い。自分で考えるようにしなければなりません。



『円高・デフレが日本を救う』
小幡績  ディスカヴァー携書  2015/1/31



<21世紀最大の失策>
・しかし、やったことは間違っている。現実経済の理解も間違っている。戦術的に見事である以外は、最悪の緩和だった。
 結果も間違い。現実認識も間違い。最悪だ。
中央銀行としては、21世紀最大の失策の一つとも言える。なぜか?

・まず、原油下落という最大の日本経済へのボーナスの効果を減殺してしまうからだ。
日本経済の最大の問題は、円安などによる交易条件の悪化だ。原油高、資源高で、資源輸入大国の日本は、輸入に所得の多くを使ってしまい、他のものへの支出を減らさなければならなくなった。これが今世紀の日本経済の最大の問題だった。交易条件の悪化による経済厚生の低下として経済学の教科書に載っている話そのものだ。

・その結果、他の支出へ回すカネが大幅に減少した。雇用が増え、勤労所得が増えても、資源以外は買えるものが減り、より貧しくなったという生活実感だった。
 この実感は、数字的にも正しく、輸入資源以外への可処分所得が減少したのである。これが実感なき景気回復である。

・影響は原油だけではない。円安が急激に進むことによって、多くの生活必需品、原材料が高騰した。パソコンや電子機器の部品を含めて輸入品はすべてコスト高となった。我々は貧しくなった。

・そして、さらに根本的な誤りがある。テクニカルだが、将来の危険性という意味では最も危険で致命的な誤りがある。
それは、誤った目的変数に向かって戦っていることである。
誤った目的変数とは、期待インフレ率である。期待インフレ率とはコントロールできない。
それをコントロールしようとしている。不可能なことを必死で達成しようとしている。
この結果、政策目的の優先順位まで混乱してしまった。期待インフレ率のために、あえて日本経済を悪くしてしまっている。

・異次元緩和という、長期にはコストとリスクを高める政策をわざわざ拡大して、わざわざ日本の交易条件の悪化を目指している。長期のコストとリスクを拡大することにより、短期的に日本経済を悪くしている。しかも、それをあえて目指している。
 21世紀中央銀行史上最大の誤りだ。

<量的緩和による中央銀行の終焉>
・ここで、量的緩和のリスクについて触れておこう。
 量的緩和とは、現在では、実質的には国債を大量に買い続けることである。これはリスクを伴う。国債市場がバブルになり、金融市場における長期金利、金融市場のすべての価格の基盤となっている価格がバブルとなるのであるから、金融市場が機能不全になる。
 それを承知で、すなわち、バブル崩壊後の金融市場の崩壊のリスクは覚悟のうえで、国債を買い続けている。中央銀行が買い続けている限りバブルは崩壊しないで、そのバブルが維持されている間になんとかしよう、という政策である。

・この最大のリスクは、財政ファイナンスだと見なされることである。それによって、中央銀行に対する信頼性、貨幣に対する信任が失われることである。
 財政ファイナンスとは、政府の赤字を中央銀行が引き受けるということである。実質これが始まっている、という見方もあり、アベノミクスとは異次元の金融緩和に支えられた財政バラマキであるという議論も多い。 

・財政ファイナンスに限らない。貨幣およびその発行体である中央銀行に対する信任が失われるのであれば、その原因は、きっかけは何であれ、中央銀行は危機を迎える。危機と言うよりも終わり、中央銀行の終焉である。
 量的緩和は、あえて、自己の信用を失わせるような手段をとりつつ、信用を維持することを目指すという綱渡りのような、非常に危うい政策なのである。

<米国FEDと日銀の根本的違い>
・実は、国債などを大量に買い入れるという、この「量的緩和」は米国も行ってきた。
しかし、「量的緩和」は前述のようなリスクを伴う危うい政策である。このような危うい政策は、どこかで脱出しないといけない、できれば、勝ち逃げして逃げ切りたい、つまり、景気刺激といういいとこどりをして逃げ切りたい……。

・米国中央銀行FEDは脱出に成功しつつある。出口に向かい始めたのだ。しかし、日本は脱出に失敗するだろう。なぜなら、米国FEDとは根本的に考え方が違うからだ。日銀は、達成できない目標を掲げ、その達成に向けて全力を挙げているからだ。

・なぜ、米国が成功し、日本が失敗するのか?
 米国は、インフレターゲットは手段であり目的ではない、ということをわかっているからだ。
 彼らは、2%のインフレターゲットを掲げながら、インフレ率が2%に達していなくても、出口に向かい始めた。なぜなら、目的は米国経済だからだ。失業率が十分に下がれば、インフレ率がターゲットに達していなくとも、異常事態の金融緩和を解消し、正常化に向かい始めるべきだ、と判断したのだ。米国は手段と目的を取り違えていないのである。

<期待インフレ率を目的とする致命的誤り>
・なぜ「期待インフレ率」を目標とすることが、そこまで致命的に誤っているのか?もう少し詳しく述べておこう。
 第一に致命的なのは、目標を達成する手段を持っていないことである。
 期待インフレ率という目標を達成する手段を中央銀行は持っていない。手段のない目標は達成できるはずがない。だから、これは永遠に達成できない目標であり、たまたま運良く経済インフレ率が2%に来て、そこにたまたまとどまってくれることを祈るしかない。これは祈祷である。祈祷だから、異次元であることは間違いがない。



『円高・デフレが日本を救う』
   小嶓績   ディスカヴァー携書    2015/1/31



<アベノミクスは失敗したのではない。最初から間違っていただけだ>
・円安・インフレを意図し、達成した。唯一の問題は、アベノミクスの達成により日本経済が悪くなったことである。

<人に価値を蓄積させるような政策に絞って、それを全力で行う>
・これは、賃金の上昇をもたらすことになる。賃金の継続的な上昇は、企業の利益を吐き出させることでは持続しない。日本経済のためにならない。単なる移転であるから、日本全体としては何の意味もないのだ。
 そうではなく、働き手が労働力としての価値を高めれば、企業にとっても価値が高くなるから、高い賃金を払ってでも雇いたくなる。そうなれば、企業の製品の価値も上がり、利益も増え、賃金も上がる。
 これこそが、真の好循環である。
これが、真の成長戦略であり、アベノミクスの代案だ。
個人的には、代案などと比べられるのは本当は不満だが、ここに対案として提示したい。

<円高・デフレが日本を救う>
・本章では、最後に、本書のタイトルでもあり、私が今、どうしても本書を世に問わなければならなかった理由である円高・デフレの必要性について、ここまでの議論と重複する点も多いが、改めてまとめて述べることにする。

・今、日本に一番必要なのは、円高だ。
 自国の通貨の価値を高める。これが、一国経済において最も重要なことだ。通貨価値とは交易条件の基礎であり、交易条件が改善することは、一国経済の厚生水準を高める。つまり、豊かになる。

<通貨価値至上主義の時代>
・かつて19世紀までは、これは常識であった。
 古代において、国家権力を握る目的は通貨発行権を得るためであり、通貨発行益、いわゆるシニョレッジを獲得するためであった。
 歴史を経て、シニョレッジの安易な獲得が難しくなった近代は、通貨価値を高めることが重要となった。発行益を得ることができる通貨発行量が限られているのであれば、その単位当たりの利益を高める。すなわち、高い通貨価値を維持することが国家の利益を最大化するうえで最重要となったのである。
 しかし、いつの時代にせよ、通貨価値は最も重要なものであった。シニョレッジは、<通貨発行量×通貨価値>だから、あえて価値を下げる国家はなかった。価値が下がっていないように見せかけて、大量発行することに邁進したのであった。

<通貨価値、資産価値、成熟経済>
・このように見てくると、通貨を安くすることが自国の利益になったことは、例外的な場合を除いては、歴史上なかったと言える。大恐慌時や一時的な大不況に陥ったときの緊急脱出策として選択肢になる場合があるだけであり、しかも、それは一時的で、長続きはしない。
 ましてや、21世紀の現在の成熟国において、ストックである資産価値についても、将来へ向けての投資についても、そして、フローの輸出に関しても、すべての軸において、通貨は強いほうが望ましい。

・現代における経済成熟国の最適戦略は、通貨高による資産価値増大およびそれを背景とする新興国など世界への投資である。それにより、さらに自国の資産を増大させ、さらなるシナジーなどを加え、資産価値を通貨価値の上昇以上に増大させることを目指す。

<国富の3分の1を吹き飛ばした異次元緩和>
・日本の国富(負債を除いた正味資産)は、2012年度末で3000兆円ある。これを1ドル80円で換算すると、37.5兆ドルだ。1ドル120円なら、25兆ドル。33%の減少だ。3分の1が失われたのである。そんな経済的損失は、これまでに経験したことがない。
たとえば、12.5兆ドルの損失とは数百年分の損失である。

<円安で輸出が増えない理由>
・円安に戻して輸出で世界の市場を制覇するというのは、1960年代、あるいは1980年代前半の日本経済の勝ちパターンに戻りたいということだ。それは不可能であるというより、望ましくなく、圧倒的に不利な戦略である。

<円安の企業利益≦他部門の損失>
・人口減少で日本経済が衰退する前に、金融政策により40%日本経済は小さくさせてしまったのだ。
 どうしたらいいのか?
「円高・デフレで日本を救う」のである。

<円高は日本を救う>
・手段としては、具体的にどうするか?
 まず、円安を止める。日本国内の資産価値が高まり、海外の投資家や企業に、不動産や知的所有権、企業、ノウハウ、人材を買収されるのを防ぐ。ストック、資産、知的財産の国外流出をまず抑える。
 次に、通貨価値を少しずつ回復していく。この過程で、海外の最貧国、あるいは低コスト労働の生産地と価格競争だけで生き残ろうとする企業、工場、ビジネスモデルは、現代の世界経済構造に適した企業、ビジネスモデルへの移行を迫られる。高い価値を持ったノウハウ、労働力、知的財産を安売りするのを止め、高い付加価値をもたらすものに生産特化していく。
 自国生産にこだわらず、日本でも海外でも生産する。海外労働力、海外工場をうまく使い、その生産から得られる利益の大半を知的財産による所得、あるいは投資所得、あるいは本社としての利益として獲得し、国内へ所得として還流させる。
 これは実際に、日本企業が現在行っていることである。リーマンショック以降、この流れは加速しており、実現しつつある。実は、現在の円安誘導政策で、この流れを政策によって止め、過去のモデルに企業を引きずり戻そうとしているのである。
 これを直ちに止める。

・といっても何も特別なことはしない。円安を修正するだけである。
 この方向が進むと、国内生産量、工場労働者数は減る。しかし、生産量や国内工場雇用者数をとにかく増やそうとすることは、世界最低コストの労働力と永遠に競うことを意味する。

<欧米は強い通貨を欲している>
・しかし、円安を非難しない最大の理由は、欧米はもはや通貨安競争の枠組みにはないということだ。
 欧米は強い通貨を欲している。自国経済を強くするためには、自国の利益のためには、通貨が強いほうが圧倒的に望ましい。もはや資産のほうが重要であり、政治的に労働組合などがうるさいが全体では圧倒的に強い通貨を望んでいるから、日本が勝手に通貨を弱くしてくれるのは大歓迎なのだ。
 通貨を強くし、世界の魅力ある有形、無形資産を手に入れ、国力を強くしていく。経済を強くしていくという考え方だ。他国の通貨が安くなるのは、投資しやすくなるので、絶好のチャンスなのだ。

・日本ももう一度、遅まきながら、この流れに加わる必要がある。円の価値を維持し、高める。これにより、世界の資産、財を安く手に入れる。
 円高を背景に、世界中の企業を賢く買収し、世界に生産拠点、開発拠点、さらには研究拠点のポートフォリオを確立し、それを有機的に統合する。
 すでに大企業ではこれを行なっているが、中堅企業を含めて、この大きなグローバルポートフォリオに参加する。

・企業は人なりである。国家も人なり、地域も人なりだ。だから、人を、個人を徹底的に育てる。政府がそれを支える。
 マクロ経済全体では、円高で経済の価値を高め、強くする。ミクロでは、プレーヤーである人を育てる。人が育ち、成長する結果、経済全体も成長する。
 これが日本という地域の「場」としての力を強める唯一の道である。

<デフレは不況でも不況の原因でもない>
・社会は、第一には生活者の集まりである。消費者としての個人を支えるためのヴィジョンがデフレ社会だ。我々は、「デフレ社会」を目指す。
 現在、巷で使われているデフレ、デフレ社会、という言葉は本来の意味から離れている。間違って使われている。
 デフレとは不況ではない。デフレとはインフレの逆であり、物価が上がらないということであり、それ以上でも以下でもない。景気が良く物価が上がらなければ、それは最高だ。あえて無理にインフレにする必要はまったくない。

・所得が下がったのはデフレが原因ではない。デフレは結果である。
所得が下がり、需要が出ないから、モノが高いままでは売れないので、企業は価格を下げた。効率性を上げて、価格を低下させても利益の出た企業が生き残った。バブルにまみれて、高いコスト構造を変革できなかった企業は衰退した。

・さて、デフレ社会が望ましいのは、同じコストでより豊かな暮らしができるということに尽きる。所得が多少減っても、住宅コストが低ければ、経済的にもより豊かな生活が送れることになる。広い意味で生活コストを下げる。これが、生活者重視の政策であり、円高・デフレ政策の第二の柱だ。
 円高は、エネルギーコスト、必需品コスト、あるいはさらに広げて、衣料品やパソコンのコストを下げることになる。まさに交易条件の改善による所得効果だ。

<円高・デフレ戦略の王道>
・マクロ政策としては、円高を追究し、世界における研究・開発・生産ポートフォリオを効率よく確立する。場としての日本の価値を守るために、また発展させるために、日本の資産価値を上げる円高を進める。

<異次元の長さの「おわりに」>
・成長の時代は終わった。もはや経済成長を求める時代ではないのである。それは成熟経済だ。成熟とは何か。経済を最優先としない経済社会である。

・日本経済の昔の構造にとらわれ、昔のビジネスモデルに固執し、円安は日本にプラスという昔のイメージに支配され、日本経済が置かれている現実を直視しない。

<コントロールの誤謬。政策依存症候群。>
・人口が減少する。これはたいへんだ。じゃあ、移民を増やそう。子供を産ませよう――これは問題を裏返しているだけだ。問題の裏返しは解決にならない。
 人口が減少している原因は何なのか。人口が減少することはなぜ悪いのか。これを突き詰めて考えずに、人口減少という現象を嘆き、悲観し、右往左往しても、何も解決しない。ただ、対症療法を繰り返すだけでは、かえって問題を複雑化し、解決をさらに難しくするだけだ。
 年金問題が立ちいかなくなるから、若い世代を増やす。それは間違いだ。問題は、人口ではなく、年金制度にある。

<将来の経済状況の予想により左右されるような制度は、根本的に誤りだ。>
・GDPの増加率が、人口が減ると低下する。マイナスになる。労働力が減ると生産力が落ち、GDPが減少する。だから、人口を増やさないといけない。これは最悪の間違いだ。

・それも、政策で無理に増やすのではない。国のために増やすのではなく、子供を育てたい両親が実現できない障害があれば取り除く。政策にできることは、それだけであり、それで十分だ。

・アベノミクスとは、問題の裏返しそのものだ。
 異次元の金融緩和とは、現象への対症療法に過ぎない。一時しのぎに過ぎず、より大きなシステムリスクを呼び込む政策だ。
 昔の日本経済に戻ることはできない。円安で輸出して不景気をしのぐ時代は終わった。価格競争で通貨を安くして輸出を増やす時代は終わったのだ。フローで稼ぐ時代は終わり、これまで蓄積したストックの有効活用により健全な発展を図る。成熟する。それがヴィジョンだ。
 蓄積したストックとは金融資産だけでない。これまでのノウハウ、ブランド、いやそんなものをはるかに超えた、日本社会に存在する知的財産だ。それが社会の力だ。
 そして、その力は、個々の人間の中にある人的資本だ。それを社会で有機的に活かす仕組みだ。

<金融政策がまったく意識されない状態。それが理想だ。>
・だから、現状で言えば、ゼロ金利は継続する。しかし、量的緩和は縮小する。市場をびっくりさせることはしない。国債の買い入れはできる限り少なくする。しかし、スムーズに少しずつ減らす。ゆっくりと慎重に出口に向かう。財政も金融も影武者でなくてはならない。

・政府の政策は、社会政策に絞る。経済成長ではない。人を育てる。健全な人間を社会が育てる。その環境を整備する。

・リフレ政策に見られるような一挙解決願望。願望を持つ側も悪い。それに応えられるようなふりをする有識者、エコノミスト、政治家も悪い。両側で、日本経済の成熟を妨げている。

・所得水準は、これから平均ではそれほど伸びない。世界の競争は激しく、日本だけが勝ち残ることを無邪気に期待するわけにはいかない。生産の多くは途上国、新興国にゆだねることになる。国内の働き手は、国内サービス産業を中心に雇用を得ることになる。
 同時に、ストックの有効活用が進む。政府は、ストックの活用を助けるのが仕事だ。

・すべての個人、すべての企業が自分で責任を持って、自分の選んだ道を行く。コストの低い、しかし、環境の充実した、ストックの豊かな社会であることが、それを支える。
 政府は、その補助をし、制度を、社会システムを、修正して、社会の持続を支える。デザイナーとして日々修正をしていく。
 もちろん、経済成長という名のGDPの拡大は目指さない。この社会の結果としてそうなればそれでいい。
 これが21世紀から22世紀のヴィジョンだ。



『リフレはヤバい』
小幡績   ディスカバー携書   2013/1/31
アベノミクス 円安、インフレで国債暴落から銀行危機、そして日本経済危機へ



<リフレとは、インフレをわざと起こすことである>
・この金融政策を支えているのが、リフレ派と呼ばれるエコノミストや経済学者であり、その政策をリフレ政策という。
 メディアは、このリフレ政策を中心とする安倍首相の経済政策に関する主張をアベノミクスと呼んではやし立てた。

・なぜ、インフレを意図的に起こすことである「リフレ政策」が悪いのか。日本経済が崩壊する可能性があるからだ。
 確かに日本経済は停滞している。構造的変化も必要だ。しかし、それはリフレでは実現できないし、それどころか、日本経済が破滅してしまう恐れすらある。

・それは、リフレが国債を暴落させるからである。国債が暴落するのは、円安と名目金利上昇となるからだ。国債が暴落すれば、国債を大量に保有している銀行は、経営破綻に追い込まれる。銀行が破綻あるいは、その危機に陥れば、すなわち、銀行危機となる。貸し渋り、貸しはがしとなり、中小企業はひとたまりもない。
 このときに、国債が暴落しているから、政府が銀行に資本注入して救済しようとしても、その資金を調達するために発行する国債を買ってくれる人がいない。それを日銀に引き受けさせようとすれば、それはさらなる国債暴落を招き、銀行の破綻は加速する。
 これこそ、スパイラル的金融危機だ。

・リフレ政策は、インフレをいったん起こしてしまうと、そのインフレが制御不能になってしまうことが問題なのではない。インフレを起こせないのに、インフレを起こそうとすることが問題なのだ。
 インフレが起きないのに、インフレを起こそうとすれば、歪みだけが蓄積する。その歪みが副作用という言葉を超えて、日本経済を危機に追い込むことになる。

<円安戦略はもう古い>
<通貨価値上昇=国富増大>
・経済学的には、通貨は高いほうが基本的にその経済にはプラスなのです。自国の資産はほとんどが自国通貨に連動していますから、国富の増大とは、通貨価値の上昇にほかならないのです。

・このように、自国の国富、とりわけ、土地や企業などのいわば国の経済を動かす「資産」を守るためには、自国の通貨が値下がりすることは、最も避けなければいけないことなのです。

<フローからストックの時代へ>
・しかし、オイルショックを経て、1980年代から世界経済の構造は変わったのです。右上がり成長の時代は終わり、低成長時代に入りました。
 この時代、内需成長の限界から、各国が輸出競争に走ったのかというと、そうではありません。かつて日本は1980年代、米国との貿易摩擦が激しく、また、1985年のプラザ合意以後は急激な円高が進みました。このため、通貨安競争、輸出競争こそが、21世紀の今の日本の戦うツールと戦場だと思っている人が多いのですが、それは現実とはまったく異なります。
 世界の先進国は低成長時代を迎え、低成長、つまり年々の所得の伸びに限度があるのであれば、これまでに蓄積した国富を有効活用しよう、膨らませよう、という時代に入りました。
 つまり、フローからストックの時代に入ったのです。フローとは毎年の所得。フローの積み重ねがストックで、年々のGDPの積み重ねが国富、国の資産になるわけです。

・80年後半の日本の国際的な存在感も、円高、株高、不動産高による急激な資産拡大がもたらしたものであり、貿易黒字というフローではなかったのです。

・したがって、1980年代以降はストックの時代。そのストックの時代には、通貨は高いほうがいい。ストックが、つまり、資産が高く評価されるということですから。

・時代は変わったのです。通貨は安いほうがいいというのは、1970年代までの古い常識なのです。

<円安戦略では、日本は勝てない>
・時代そのものが変わったので、通貨は強いほうがよくなったのですが、日本が変わったことも、日本にとって円が強いほうが国益になる第2の理由です。

・日本はもはや超成熟経済国家です。高齢化ばかりに話題がふられていますが、実は、これまでのノウハウなど蓄積がものすごい。経済にとって大きな財産が蓄積されています。
 同時に、日本文化やライフスタイルが、世界的に貴重で価値あるものだと思われています。
 今や、日本そのものの価値、社会の価値はものすごいものなのです。

・そして、これらの貴重な資産は、経済的には、円またはドルで金銭的に評価されます。ですから、この評価をグローバルには下げることになる通貨安というのは、問題外なのです。
 通貨を安くして韓国と競争するという発想自体が時代遅れであり、おかしいのです。

・そして、韓国のような国は世界中にたくさんあります。それらのすべての国と戦うのは、美学としてはいいかもしれませんが、無理です。本来日本が有利な土俵ではありません。日本のよさが最大限発揮できる、きちんとした利益が出る土俵で戦うべきなのです。

 日本の土俵とは、今から大規模投資をして、コスト競争、品質競争をするような分野、スタイルではなく、ソフトの戦いとなる土俵。つまり、人間のアイデアや文化、ライフスタイルの厚み、歴史、独自性が発揮されるような分野です。そういう分野に力を入れて稼ぐべきなのです。

<大事なことは、通貨安競争をすれば日本は負ける、ということです。>
・日本の場合は違います。下手に通貨を安くしたら、上場企業がドル建てで見たら割安になってしまう。あとから追いかけてくる国、自分たちではとうてい日本が築き上げたノウハウを生み出せない国が、カネでノウハウの詰まった企業を買ったり、優秀な技術者を高い年俸雇ってしまったりするのです。

・ですから、日本は通貨安競争などするべきではない。日本以外の成熟国で通貨安競争をしている国はありません。
 ドイツがユーロ安のおかげで輸出が好調で景気がいい、というのはユーロ圏のなかの一領域の話なので、例外です。日本で言えば、東京だけが好調だというのと同じことです。ユーロ全体では、ユーロの価値を維持することに必死なのです。

<ドル思考で広がるグローバル戦略>
・第3にビジネスモデルが古い、円安志向の理由として、時代認識、日本の世界経済における位置づけの認識、これらが共に古いということを述べてきたのですが、さらに、世界経済で戦う個々の企業レベルでも、ビジネスモデルが古いのです。だから、超大企業のトヨタですら円安を喜んでいるのです。

<グローバル企業とは、ドルで経営戦略を考える企業。そういう企業のことです。>
・米国だけが、世界ではありません。しかし、通貨においては、ユーロの登場により相対化が進んだといってもやはり基軸通貨はドルなのです。とりわけ金融市場においては、すべてはドルです。そうであれば、ドルをどれだけ増やすか。それを軸に据えた企業。それがグローバル企業なのです。

・その場合、円高になると、日本本社のドル価値が上がります。円建ての自社の株式の時価総額が上昇します。これをどう利用するか?
 コストが安いという理由だけで、生産拠点を移すのは、実はよくありません。なぜなら、為替レートは変動するので、一時的なレートの安さでそこを選んでも、高くなってしまう可能性があるからです。

・為替がずっと円高なら、いつでもいい企業を見つけた瞬間に買えます。毎日がバーゲンセール。それも、円という世界に住んでいる自分たちだけへのバーゲンセールなのです。このチャンスを逃してはいけません。

<日本企業の価値の源泉>
・こういう状況においては、逆説的ですが素晴らしいモデルをひとつつくり上げて、それを世界に売り込むというのが、ひとつの道です。

・日本企業が日本企業であり続けるためには、日本という「場」、東京という「場」、あるいは京都という「場」、日本の本社や研究所が立地するその「場」が、何かそこでしか生み得ないものを生み出す「場」でないといけません。

・ドルで戦略を考え、生産拠点、市場をグローバルなポートフォリオと考え、同時に、企業の根源的な価値を生み出す「場」を日本に据え、世界のどの企業とも違う企業であり、世界唯一の製品を生み出し、それを世界市場に打ち出していく。

<クルーグマンは間違っている>
・クルーグマンの理論には、同時にもうひとつ大きな前提があります。それは、消費者は十二分な資産や所得があるということです。

・一般的なインフレーションでは、多くのモノの値段が上がるわけですから、生涯の所得が減るのであれば、今から少しずつ倹約しなければなりません。日本経済の将来は依然として不安で、公的年金の将来の支給額の減少や将来の消費税の増税などを考えると、さらに不安になってきます。
 ですから、現在、デフレに対応して広まっている節約生活が、一時的な負景気対策ではなく、生涯にわたるものになります。日本の消費者の大多数は、倹約家になり、インフレの下で景気はさらに悪化することになるのです。

・駆け込み需要を促すような役割をマイルドなインフレが果たすためには、給料、所得も、インフレに連動して同じ額だけ上がらないといけません。
 同時に、消費者は、十分に所得または資産があって、お金が余っている人でないと、モノの値段が上がってしまう前にあらかじめ買っておこうとは思いませんから、駆け込み需要があるとしても、それは、相当なお金持ちだけの話なのです。

<デフレスパイラルは存在しない>
・一方、デフレスパイラルも話も誤りで、価格だけが勝手に動くと考えているところがおかしいのです。
 もう一度整理すると、デフレスパイラルとは、物価が下がり続け、それにより、企業の売り上げが減り、それに応じて給料が下がり、その結果、人々が消費を減らし、その結果、モノの値段はますます下がり、この悪循環が継続し、経済は縮小し続ける、ということでした。

・物価が下落するには理由が必要です。そして、それは需要不足です。マクロレベルでも、ミクロレベルでもそれは同じです。企業は売れないから、価格を下げる。経済全体で需要が弱いから売れないので、すべての企業は価格を下げる。だから、全体的な価格が下落し始める。
 つまり、物価が下落する結果、景気が悪くなるのではなく、景気が悪いので、需要が弱く、その結果が物価の下落となるのです。
 ですから、デフレスパイラルというのは存在しないのです。

<リフレではなく何をするか?>
・日本経済にとって必要なのは、雇用です。それ以外はありません。なぜなら、人間こそが、経済を動かす力であり、社会を豊かにするものだからです。
 人間は必要とされていないと活力を失います。必要とされることのひとつがお金を得るために働くということです。

・人的資本の蓄積をもたらす雇用。そういう雇用を増やす。これが唯一の日本経済の改善策です。

・人的資本の蓄積をもたらす雇用とは、働くことによって学ぶ機会があり、やりがいを持って働くことができる仕事です。
 その学びとは、仕事上の蓄積もあれば、人間としての成長ということもあります。個人は成長し、充実感を得ることによって幸福を感じ、そして何より、働き手として、価値のある労働力になっていくのです。これで日本経済は成長します。

<人的資本の蓄積は、とりわけ若年層にとって重要です>
・ですから、政策としては若年雇用の確保、そして、その質の向上。これに全力を挙げるべきです。
 この具体策は、また改めて別の機会にしたいと思いますが、ひとつの提案は、学校をつくることです。日本には素晴らしい学校もあり、一方、役に立たないと言われている大学もあります。
 素晴らしい学校のひとつである、高等専門学校、いわゆる高専を拡大、充実させます。

・この高専を、工業以外の分野にも広げ、充実させるのです。
 農業、漁業。これは、2011年の大震災の被災地に建設するのがいいと思います。被災地に必要なのは、人なのです。そして、質の高い仕事、雇用なのです。

・これからは、工業はもちろん、農業、漁業でも、グローバルに活動していく必要があります。そのチャンスがあります。そのために、これまでの高専に加え、大学院を併設します。大学はいりません。

・若年だけではありません。高齢者も人的資本が蓄積できるように、学校をつくります。定年退職後、働く意欲も能力もある人がたくさんいます。しかし、その場面がない人もいます。そこで、もう一度、教育を受けて、これまでの経験に加えて、その時代のニーズに合わせた知識や技術を身につけて新しい仕事をするのです。これまでの経験とシナジー(相乗効果)が生まれるかもしれません。

・中年層も同じです。これからは、海外の工場と低賃金争いをして、従来と同じように比較的単純な作業の雇用まで守ろうとしても無理です。日本人技術者は、プレイヤーではなく、これからはコーチになるのです。プレイングマネージャーでもいいかもしれません。一線で働きつつ、新興国へ赴任、出張して、現地の労働者、スタッフのコーチになるのです。
 そのためには、技術そのもののレベルが高いだけでは駄目で、異文化の労働者、技術者、スタッフをリードするコーチとしての能力と経験が必要になってきます。そういう学校、教育も必要です。

・日本経済は、新しい現在の世界経済構造のなかで、新しい役割を担うのです。その場合もすべては「人」です。その「人」に、新しい構造のなかで、新しい役割を持たせ、新しい働き方をつくる。そのために、政府の政策は動員されるべきなのです。



『自民党ひとり良識派』
村上誠一郎   講談社   2016/6/15
誰よりも自民党を愛するからこそ覚悟の正論!



<日本をおかしくした5つの法律>
・私は最近の自由民主党の方向性を非常に心配しています。
 昔と違ってなぜ自由闊達な議論のできない「不自由民主党」になってしまったのか。

・私の自民党衆議院議員生活30年間、自民党が国会に提出した法案で、私が猛然と反対を表明した6つの法案があります(うち一つは廃案)。

1987 スパイ防止法(廃案)
1993 小選挙区比例代表並立制
2005 郵政改革法案
2013 特定秘密保護法
2014 公務員法改正案
2015 集団的自衛権の行使容認
 これらの6つの法案によって自民党は徐々に変容し、現政権による集団的自衛権の行使容認」という、解釈改憲、立憲主義の否定に至るのです。

<小選挙区制導入で劣化した議員の質>
・国民の支持率が高いあいだは官軍ですから、政権の言いなりになって、ウケのいい政策だけを言っている方が楽ではないでしょうか。自らあれこれと政策を考える必要がない。ただ、党の言うことに、従っていればいい。
 逆に従っていないと、次の選挙では公認はもらえないし、比例代表では、よい名簿順位をもらえなくなります。
 小選挙区比例代表並立制とはそのように政治家が選挙とポストだけを考えてしまうようになる制度なのです。その結果、選挙とポストのすべてが官邸や党幹部次第ということになるのですから、時の権力者の言いなりになってしまう危険性をはらんだ選挙制度だと私は思います。

<言うことを聞けないのなら自民党を辞めろ!>
・「自民党をぶっ壊す」
 というのが、その時のセリフですが、実は特定郵便局というのは、自民党田中派以来の経世会の有力な支持母体です。「自民党の経世会支配をぶっ壊す」というのを感じました。
 ともかく、小泉政権の郵政選挙で「郵政民営化」に反対した自民党の政治家はすべて公認を取り消され、その上に刺客まで送り込まれました。
 郵政民営化反対を言ったら政治家が政治生命を奪われたのです。「俺の言うことを聞けないのなら自民党議員を辞めろ!」と。

<小選挙区比例代表並立制は即刻廃止せよ!>
・小選挙区制はできるだけ早く見直すべきだと思います。
 小選挙区制が政権交代で民主党中心の連立政権をもたらして失敗、さらに解釈改憲を許す遠因となったわけですから。
 衆議院選挙制度の抜本改革を目指す議員連盟は2011年に発足しています。中選挙区制の復活を議論する議連で、選挙制度に欠陥があるというのは、今や自民党、民進党はもちろん、社民党や共産党など各政党すべての共通認識なのです。

・そもそも、私が最初から反対していたように、斡旋利得罪と連座制の強化を行っていれば、選挙制度を中選挙区制から小選挙区制にしなくても、金のかからない選挙ができたのです。
 ちなみに、私が考える選挙制度改革は、150選挙区定数3人は良いとしまして、実現は難しいでしょうが、一人2票制にするのはどうかと考えています。
 義理やしがらみで1票を投じる有権者も多いでしょうが、残った1票は、政党なり政治家の政策に対して投じてもらいたいのです。もちろん、2票とも、継続的に支持している議員に投票しても構いません。
 これによって、個々の政治家の政策の継続性がある程度、担保されますし、人の顔色、雰囲気、風頼みといった、およそ政策とは無関係な事柄が政治活動に悪影響を及ぼすことを排除できるのではないでしょうか。

<派閥崩壊がもたらしたもの>
・中曽根首相から、2回連続の当選の重要性を指導していただいたというわけです。
 さらに、中曽根首相自身が、初当選後からずっと、日本の今なすべき政策は何かを考え続け、これと思う政策や提言には真摯に耳を傾け、重要だと思う政策等はすべて大学ノートに書き留めてきたという話がありました。
 私は中曽根元総理の精神を取り入れ、今も政治活動のため収集した資料や、制作をパワーポイント化して、国政報告、講演の場ではすべてパワーポイントを使って説明することにしています。

<河本派に所属した理由>
・このような環境の中で育った私は、東大に進学したあと、司法試験を目指していました。ある日、農林大臣、郵政大臣、三木内閣の官房長官を歴任した、当時、三木派の重鎮だった井出一太郎先生が私に会いたいと言ってきました。
 井出先生は、私の顔を覗き込むようにしてこう言いました
「君は票が取れそうな顔をしているな」

・「政治家には休みはありません」
 そのときに河本先生からは、座右の銘が“政治家は一本の蝋燭たれ”だということなどを伺いました。蝋燭は、わが身を焦し周囲を明るくするのだ、と話されました。
私は、この先生についていこうという決心をしたのです。

<議論するより携帯で撮影>
・初当選の頃、ある先輩が、
「自民党は1回生でも10回生でも発言は自由であり、皆、黙って聞いている。しかしアナタが発言している間、頭のてっぺんからつま先まで人物鑑定しているんだよ。発言する場合はよく勉強して理論武装を完璧にしておけよ」
 と、忠告してくれたことがありました。
 徐々に、その助言が、先行きの政治活動に大きな影響を及ぼすことになることがわかってきたのです。政策をめぐって意見をするのは自由ですが、しっかりと勉強をしておかなければいけません。逆に何か問われてもきちんと反論や返答ができるようにしておかなければいけないのです。
 しっかりした議論ができて初めて、派閥や党の幹部に認められて大事な仕事を任されるようになっていくのですから、我々が若い頃は、部会や党の税制調査会等が言わば登竜門、大切な真剣勝負の場のひとつでした。

・若手の皆さんが自分のツイッターやブログなどの更新に熱心なようなのです。もちろん政策の議論がないとまでは言いませんが、どちらかというと勉強会や部会に参加したことを、有権者に情報発信することに重きを置いているような気がします。
 せっかくの真剣勝負の場、政治家としての質を高める場が十分に生かされていないのではないでしょうか。

<部会や勉強会の形骸化が、政治の劣化、政治家の劣化につながっているような気がします>
・それもこれも、次の選挙が不安だからだと思います。政治家として、確立した選挙基盤と支持者との信頼関係が構築されていないことに原因があるのではないでしょうか。

・小選挙区制が導入されて、小泉政権以降、派閥が力を失った結果、自民党も野党も政治家の質が落ち、知性や専門性を持つ人物は、だんだん少なくなっているのです。

<自民党が健全だったころ>
・小泉政権以降、現在の安倍政権まで、天下の自民党がこのようなことをしてはならない、総裁辞めなさい、などと言える雰囲気が自民党に残っているでしょうか。
 今は何も言わず、選挙の公認をはずされるような問答無用の状況に追い込まれるのですから。
 若手から、政権幹部まで今はあまり見識が感じられないのです。

<意見が言えない優秀な官僚たち>
・国民の皆さんは誰が政治をやっても変わらないとよく言われますが実は違います。政治や行政が失敗したら取り返しのつかないことが起こるのです。小選挙区制の導入が政治家に人材が集まらなくなった要因ですが、公務員法の改正で官僚にも人材が集まらない危険性を持っているのではないか。非常に憂慮しています。

・公務員法を改正してしまった結果、官僚たちが本音と正論を言いにくくしてしまったのです。公務員法改正は、国民の皆さまには関心が薄いか、あるいは日本の意思決定を遅らせたり、無責任な行政が続くのは官僚制に原因があるから、良いことなのではないかとみる向きも多いでしょう。けれども、実はこの法律によって有能な官僚が意見を言えなくなってしまったのです。

<政権に迎合する官僚ばかりになる>
<遠ざけられた財務省>
・財務省の影響が落ちたのは1998年に発覚した大蔵省接待汚職事件からで、官僚は小狡い輩と国民からみられるようになりました。

<官僚を活用できない>
・公務員法改正は能力本位にするためだと言いますが、政権に異を唱えるような言動をすれば、人事権をいつでも発動できるという脅しが効いています。

<名こそ惜しけれ>
・「名こそ惜しけれ」とは、名を汚すような恥ずかしいことをするなという日本人独自の道徳観だというのです。
 ところが、司馬遼太郎が想像もしなかったような政治家の不祥事が、大臣の収賄報道から若手議員の女性スキャンダルまで、2016年に入って続出しているのが、今の自民党なのです。言語道断です。
 いくら官僚たちが、「清潔」だったとしても、公務員法改正で、彼らに「ニラミ」を利かせやすくなった政治家たちに問題があったとしたら、「この国の将来のかたち」は、いったいどうなってしまうのでしょうか。

<最優先事項は財政再建>
<金融緩和、自国通貨安で繁栄した国はない>
・つまり、アベノミクスはこの3年半の間、ずっと金融緩和と当初の機動的財政出動によって経済を刺激し続けているだけなのです。実体経済は、すなわち賃金上昇と個人消費は、デフレ下の経済状況からなんら変わりがありません。新たな提案もしくは産業による雇用の創出が求められてきましたが、骨太の成長戦略が打ち出されないままですから、アベノミクスは金融緩和に頼っただけの経済政策であったという結論になります。

・2015年4月、安倍首相は「来年の2月までに物価目標2%を達成できないのであれば、アベノミクスは失敗であったと言わざるを得ない」と発言しました。約束した期日はとうに過ぎているのですから、その一点だけを考えても、アベノミクスはうまくいっていないと言わざるを得ません。
 実態経済が伴わず、自国通貨を安くする経済政策で繁栄を築いた国はどこにもないのです。

<子や孫にツケを回してはならない>
・このまま、量的緩和でお金をばら撒いていけば国債の金利の上昇を招き、国債の価値は暴落するかもしれません。国債を保有している個人、銀行、生命保険会社や日銀が大きな損を被り金融資産を失うとともに、悪性のインフレになりかねません。
 そこまでいかなくても、成長戦略の成果がないままお金をばら撒いているので、賃金が上がらないのに物価が上がる傾向が出てきます。

<国民一人当たりの借金額は830万円!?>
<消費税は予定通り10%に>
・では、この経済状況をどのように乗り切ればいいのかと言えば、やはり、財政再建を行うことが日本の経済危機の最善の処方箋なのです。国が安定すれば、経済活動も活発化し、国民は安心して暮らすことができるのです。
 そのためには、予定通り消費税を10%に引き上げ、財政再建路線を明確に打ち出すことで、国民も国際社会も日本に対する信用を取り戻すことができるのです。

<社会保障改革へ>
・私は、消費増税を予定通り10%に引き上げるという主張をしました。私自身の選挙を考えればマイナス材料となるばかりですが、日本のため、国民のため、次の世代のためを思えば、反発されることを承知で消費増税を有権者に説得し続ける覚悟です。選挙のための間違った財政政策、経済政策はやるべきではありません。

<中福祉・中負担>
・社会保障制度についても、現在は高福祉・低負担でありますが、将来、中福祉・中負担への改革を提案したいと思っています。
 自分の受けたサービスに見合う費用は受益者負担として応分に負担しなければならないと思うのです。方策としては、電子レセプト、電子カルテルの活用、末期医療の改革、オーバートリートメント(過剰診療)の解消、初診システムの見直しなどが挙げられます。

<人口問題と移民政策>
・要は、国民はすでに、アベノミクスでは経済再生は一朝一夕には立ち直ることがないとわかってしまったのです。政治に対して国民はまったく期待感が持てないということが、徐々にわかってきているのではないでしょうか。

・これまでの経済統計から、日本の潜在成長率は1%程度しかないことがはっきりしていますので、税収を50兆円とすれば、翌年には5000億円の税収増しか見込めません。これ以外のほとんどは赤字国債に頼っているのが日本の財政実態なのです。1300兆円の借金を返すには直ちに消費税を30%近い高水準にしなければならないという試算を財務省が公表していますが、これほど、財政状況は危険水域に達しているのです。

・一方で、人口は減り続け、生産年齢人口は2010年時点で8000万人と推計されています。2030年には17%前後減り、6700万人と予想されています。人口減少によって十数年後には50兆円の税収も見込めないことになるのです。一刻も早く、財政再建をしなければならないということがご理解いただけると思います。
 そこで、私は、自民党内で移民問題検討会議のメンバーとなり、移民受け入れのルール、有り様を模索しています。

・20年前からヨーロッパ並みの消費税率にしていれば、私たち世代が作った膨大なツケを子や孫に回すことにはならなかったのではないでしょうか。私たち政治家がこうした将来設計を怠り、国民への説明を避けてきたというそしりは甘受しなければならないのです。


(2023/6/27)



『有事、国民は避難できるのか』
「ウクライナ戦争」から日本への警鐘
日本安全保障戦略研究所  国書刊行会  2022/10/10



<ウクライナ戦争の教訓から緊急提言――日本に「民間防衛」が必要――>
・2022年2月24日に勃発したロシアによるウクライナへの軍事侵攻(ウクライナ戦争)は、日本をはじめ世界中に深刻な衝撃を与えました。特に、戦後の平和ボケの中で戦争のことなど全く念頭になかった日本人にとって、その衝撃は計り知れないものとなりました。
 ウクライナ戦争が日本人に突き付けたことは、@戦争が始まれば国土全体が戦場となり、安全な場所などないという現実です。
 また、A民間人を保護することによって、戦争による被害をできる限り軽減することを目的で作られた国際法は安易に破られるという現実です。
 いま、国際情勢も安全保障環境も激変する中で、日本は空想的平和主義から現実的平和主義への大転換を迫られています。

・ウクライナ戦争では、ロシアは「国連憲章第51条に基づいて『特別軍事作戦』を行う」と述べ、ロシア軍がウクライナ領土に侵攻しました。それをJus ad Bellum(戦争法)に照らして大多数の国家が非合法であると明確に意志表示しています。
 ウクライナ戦争では、多数の民間人が犠牲になるとともに、国内外併せて1300万人の避難民が発生しています。このロシア軍による攻撃は、ジュネーヴ条約第1追加議定書52条2項の軍事目標主義を逸脱しています。つまり、Jus in Bello(戦争遂行中の合法性)の考え方に明らかに反しています。

・本書では、特にJus in Belloに違反する民間人への戦争被害をいかに極小化するかについて「民間防衛」というテーマで考察しています。

・提言の主要な事項は、憲法への国家非常事態及び国民の国防義務の規定の追記、民間防衛組織とそれを支援する地方予備自衛官制度の創設、各地域の国民保護能力と災害対処能力の拡大などです。
 
<はじめに>
・こうした緊張状態が加速する中、2023年2月24日にはロシアがウクライナに軍事侵攻しました。非戦闘員である民間人の犠牲者は日々増加しているとの報道が毎日のように流されています。

・NPO法人「日本核シェルター協会」が2014年に発表した資料によれば、本書で「民間防衛」研究の対象とした米国、韓国、台湾、スイス4か国の「人口あたりの核シェルターの普及率」は、アメリカが82%、韓国(ソウル市)が300%、スイスが100%であり、各国ともに緊急避難場所を確保していますが、日本はわずか0.02%にしか過ぎません。
 台湾は、本資料には入っていませんが、100%です。台湾では、全国の公的場所には必ず地下壕を用意することが法的に義務付けられており、年に一度は必ず防空演習も行われています。
 世界各国では、核ミサイルの脅威に対する備えの重要性を認識し、いざという時の避難場所として、核シェルターの整備を政府主導で進めています。しかし、わが国は唯一の戦争被爆国であり、周囲を中国、ロシア、北朝鮮などの核保有国に囲まれているにもかかわらず、核シェルターの普及が全く進んでおらず、議論すら行われていません。
 
・このため、世界の国々は、武力紛争事態において国民の生命及びその生命維持に必要な公共財等を守るために軍隊以外の政府機関及び地方自治体並びに民間組織及び一般国民が参加する、国を挙げて行う「民間防衛」の制度を整備しています。
 わが国においても、遅ればせながら、武力攻撃事態等において、国民を保護するための「国民保護法」が作られ、2004年に施行されました。

<諸外国の民間防衛を知ろう>
<諸外国との比較による真の「民間防衛」創設に向けた日本の課題>
<諸外国の民間防衛を知ることの意義>
・その際、日本の唯一の同盟国である米国、日本と同じように中国や北朝鮮の脅威に直面し、かつ自由、民主主義などの基本的価値を共有する隣接国の韓国と台湾、及び「永世中立」政策を採り世界でも最も民間防衛に力を入れているスイスの4か国を対象とする。

<諸外国における民間防衛の概念>
・一般に諸外国では、自然災害及び重大事故に対応する措置を市民保護と称し、武力攻撃に対する被害の最少化を民間防衛と位置付けており、民間防衛こそが軍事行動―国防と密接に連動した概念である。

<民間防衛の歴史的変遷>
・戦時に国民を保護する体制を意味するものとしての民間防衛の起源は、欧州における第一次世界大戦時の空襲経験にその緒を見ることができる。

<民間防衛と市民保護の関係性>
・民間防衛と市民保護の関係性をみると、国家レベルの民間防衛が、地方レベルの市民保護の発展を促してきたという各国に共通した特徴をみることができる。

<「共同防衛」を基本とする米国の民間防衛>
<アメリカ合衆国憲法>
<全般>
・わが国の現行(占領)憲法の起草に当たって、基礎史料の一つとされたアメリカ合衆国憲法は、その前文で、次頁のように宣言している。

 われわれ合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保証し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。

・なかでも、「…、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、…」の記述は、州政府を束ねる連邦国家が、各州および国民の力を結集して社会全体で国を守ろうとする強い決意を表わしており、それを踏まえて、付帯的な内容が、立法、行政及び司法の各条項に定められている。
 まず「連邦議会の立法権限」では、「宣戦布告」、「陸軍の設立」、「海軍の設立」、「軍隊の規則」、「民兵の招集」、「民兵の規律」に関し規定している。
 「大統領の権限」では、冒頭の1項目で「大統領は、合衆国の陸海軍、及び現に合衆国の軍務に服するために召集された各州の民兵の最高指揮官である」と軍の統帥権について規定している。

・なお、米国議会は、1950年5月に、それまであった沿岸警備隊懲戒法を含むすべての軍事犯罪に関する法律をまとめた『軍事法典』を可決、施行している。
 以上の他に、連邦議会の権限の冒頭にある徴税の項で、「共同の防衛および一般の福祉のため、租税、(…)消費税を賦課徴収すること」として、税徴収の主要な目的は防衛のためであることを明記している。

<日本国憲法とアメリカ合衆国憲法>
・日本国憲法の成立過程研究の第一人者とされる米国のセオドア・マクネリー博士の研究によると、日本国憲法の前文は、時系列的に、@アメリカの独立宣言、A米合衆国憲法、Bリンカーン大統領のゲティスバーグ演説、C米英首脳による大西洋憲章、D米英ソ首脳によるテヘラン宣言、Eマッカーサー・ノートの6史料を基礎として作られた。

・すなわち、米国憲法は、連邦法律の執行、反乱の鎮圧及び侵略の撃退を目的とする軍務に服する組織として民兵団を設けることを定め、その招集、編成・武装・規律及び統率に関して規定する権限を連邦議会に、将校の任命及び訓練の権限を各州にそれぞれ与えている。
 その歴史は、アメリカ合衆国の植民地時代に遡る。当時、各植民地は志願者から成る民兵団を結成した。それは基本的に入植民による自警団であったが、独立戦争では大陸軍とともに重要な戦力の一翼を担い、また独立後も国内外の紛争・事案にたびたび動員されたことから、1792年民兵法が制定され、究極の指揮権を州に与えた。

<米国民の「国防の義務」>
・国防の義務については、ほとんどの国の憲法に明確な規定がある。しかし米国の場合は、さらに踏み込んで、修正第2条で「規律ある民兵は、自由な国家にとって必要であるから、人民が武器を保有し、携帯する権利は、これを侵してはならない」と規定し、国民の民兵としての必要性を強調するとともに、武器を保有する権利すなわち武装の権利を保証している点に大きな特徴がある。

<米国の「武器保有権」と銃規制問題>
・アメリカでの銃の所持は、建国の歴史に背景があり、アメリカ合衆国憲法修正第2条によって守られているアメリカ人の基本的人権である。
 全米で適用されている銃規制の法律では、銃販売店に購入者の身元調査を義務づけ、未成年者や前科者、麻薬中毒者、精神病者への販売を禁止し、また、一部の自動機関銃などの攻撃用武器の販売を禁止している。

・銃販売、保持するための許可証の取得、使用など銃に関する法律は州によって異なり、カリフォルニア、アイオワ、メリーランド、ミネソタ、ニュージャージー、ニューヨークなどの州は銃規制が厳しく、銃の所持禁止区域が設定されている。

・しかし、近年、銃乱射事件が劇的に増加し、銃規制強化を訴える世論が高まりを見せている一方、米国社会では銃規制より、自衛のための銃器に関する正しい使い方の教育、情報、訓練の必要性と強化を求める動きも広がっている。
なお、2022年5月に発生した南部テキサス州の小学校銃乱射事件など相次ぐ銃乱射事件を受け、上下両院が超党派で可決した銃規制強化法案にバイデン大統領が署名して6月25日、同法が成立した。本格的な銃規制法の制定は28年ぶりで、21歳に満たない銃購入者の犯罪暦調査の厳格化や、各州が危険と判断した人物から一時的に銃を取り上げる措置への財政支援などが柱となっている。

<「国家警備隊」あるいは「郷土防衛隊」としての州兵>
<連邦政府と州政府との関係>
・州政府は連邦政府の下部単位ではない。各州は主権を有し、憲法上、連邦政府のいかなる監督下にも置かれていない。ただし、合衆国憲法や連邦法と州の憲法が矛盾する場合には、合衆国憲法や連邦法が優先する。

<州兵>
・州兵は、アメリカ各州の治安維持を主目的とした軍事組織で、平時は州知事を最高司令官として、その命令に服するが、同時に連邦の予備兵力であり、連邦議会が非常事態を議決した場合には、アメリカの連邦軍の一部として、大統領が招集することができる。

<兵役制度と予備役制度>
<兵役制度>
・米国の兵役制度は、志願制である。
 予備役は、現役の連邦軍および州兵とともに米軍を構成する重要なコンポ―ネントの一つであり、「総合戦力」として一体的に運用される。その勢力は、約80万人である。

<予備役の目的>
・予備役の目的は、戦時または国家緊急事態、その他国家安全保障上必要な場合に、米軍の任務遂行上の要求に応えるため、動員計画に基づいて部隊および人員を確保・訓練し、現役に加え、必要とする部隊および人員を提供することである。

<予備役としての州兵>
・民兵に起源があり、国家警備隊あるいは郷土防衛隊としての性格をもつ州兵には、陸軍州兵と空軍州兵があり、連邦と州の「異なる二つの地位と任務」を付与されている。

<米国の民間防衛体制が示唆する日本への主な教訓>
<憲法前文における「共同防衛」の欠陥>
・連邦制を採る米国の憲法は、その全文で、国家の安全を保障するためには、「共同防衛」が重要であることを強調している。この共同防衛では、中央の連邦政府から州・地方政府に至るまで、また軍官民が一体となり、社会全体で国を守る防衛体制が必要であると説いている。

<米国の州兵に相当する「郷土防衛隊」の欠如>
・米国の州兵は、植民地時代の志願者から成る「自警団」としての民兵に起源があり、国家警備隊あるいは郷土防衛隊としての性格をもち、地域の緊急事態等において、大規模災害対処や暴動鎮圧等の治安維持などの主任務に携わっている。

・このような、多種多様な任務の急増に応えているものの、自衛隊は前掲の「主要国・地域の正規軍及び予備兵力」に見る通り、その組織規模が列国に比べて極めて小さいことから、本来任務である国家防衛への取組みが疎かになるのではないかとの懸念が高まっている。
 自衛隊は、中国や北朝鮮からの脅威の増大を受けるとともに、ロシアに対する抑止にも手を抜けないことから、本来任務であり国家防衛に一段と注力する必要がある。そのため、自助、共助を基本精神として具現化すべき、米国の州兵に相当する「郷土防衛隊」が欠如していることは大いに懸念されるところである。

<予備役制度の拡充の必要性>
・予備役は、陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊、陸軍州兵、空軍州兵の各予備役、そして公共保健サービス予備役団の八つから構成されており、その体制は極めて充実している。
 
・近年、東日本大震災以降、即応予備自衛官が招集され、また、医療従事者、語学要員、情報処理技術者、建築士、車両整備などの特殊技能を有する予備自衛官補の需要も高まっており、この際、予備自衛官制度の抜本的な改革増強が急務である。

<国家非常事態における国家の総動員体制と組織の統合一元化の欠落>
・日本国憲法には、その根本的な問題の一つである、国家の最高規範として明確ににしておかなければならない「国家非常事態」についての規定も各省庁を統合する体制もない。

<「統合防衛」体制を支える韓国の民間防衛>
<大韓民国(韓国)憲法>
<全般>
・大韓民国(韓国)憲法は、米国の軍政下にあった1948年7月に制定、公布されたものであるが、その後9回の改正が行われている。

<韓国の民間防衛体制が示唆する日本への主な教訓>
<日本国憲法には国防及び国民の「国防の義務」についての規定なし>
・韓国の憲法は、前記の通り、国軍の保持とその使命並びに国民の「国防の義務」について明記している。また、憲法の規定を根拠に、「民防衛基本法」を制定し、民間防衛体制を整備している。
 一方、日本国憲法は、第9条2項で、「戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認」を謳い、国家の唯一の軍事組織である自衛隊は、憲法のどこにも明記されていない。

<国民の「国防の義務」に基づく民間防衛体制の欠如>
・韓国は、憲法によって国民の「国防の義務」を定め、徴兵制度と民防衛隊を制度化してその目的に資する仕組みを作っている。
 わが国の憲法には、国家と国民が一体となって国の生存と安全を確保するとの民主主義国家としてごく当たり前のことが記述されていない。

<国家非常事態に国を挙げて対処できる枠組みの欠如>
・韓国は「江陵(カンヌン)浸透事件」を契機に、国家として適切な対処が行えなかったという反省を踏まえ、「統合防衛法」を制定し、この法律のもと、国防関連諸組織をすべて組み合わせ、網羅して、外敵の侵入、挑発などに一元的に対処する仕組みを作った。
 わが国でも、東日本大震災において、国家として適切な対処が行えなかったことなど多くの問題や課題が指摘された。

<「全民国防」下の台湾の民間防衛>
<中華民国(台湾)憲法>
・中華民国(台湾)憲法は、その「まえがき」で、「国権を強固にし、民権を保障し、社会の安寧を確立し、人民の福利を増進する」ために憲法を制定するとし、国家目標の四つの柱の一つに国防の重要性を掲げている。

<台湾(中華民国)の民間防衛体制が示唆する日本への主な教訓>
<全国民参加型の国防体制の欠如>
・台湾は、憲法20条で「人民の兵役の義務」を定め、それを基に台湾全民参加型の「全民国防」体制を敷いている。
 台湾は、九州とほぼ同じ面積の領土・領域を守るため、現役を約16万人にまで削減したが、約166万人の予備役を確保しており、有事には現役と予備役を併せて約182万人を動員することができる。さらに、高等学校以上の生徒を含めた70歳までの市民の力と自衛・自助の機能を有効に活用し、人々の生命、身体、財産を共同で保護する民間防衛体制を整備して、全民国防の実効性を担保している。

<民間の力と国民の自助・共助の機能を組織化した民間防衛体制が欠如>
・台湾は、「人民の兵役の義務」を背景に、全民参加型の「全民国防」体制を敷き、現役及び予備役を背後から支える民間防衛体制を整備している。 
 その役割は、「民間の力と市民の自衛と自助の機能を有効に活用し、人々の生命、身体、財産を共同で保護し、平時の防災・救援の目標を達成し、戦時中の軍事任務を効果的に支援すること」にある。
 民間防衛体制は、現役及び予備役以外の、高等学校以上の生徒を含めた70歳までの市民によって組織化されており、平時の重大災害対処と戦時の軍事任務支援の平・戦両時に備える構えになっている。

<学校における国防教育の欠如>
・台湾では、「全民国防教育法」に基づき、台湾全民に対する国防教育に力を入れ、全民国防を知識や意識の面からも高めている。特に、学校教育では、国防教育を必修科目とし、青少年の愛国心と国防意識を高揚し、軍事能力の向上を図っている。
 それに引き換え、日本の国防教育は、あらゆる世代を通じて皆無に等しい状態にある。
 中国は、現代の戦争の本質を「情報化戦争」と捉え、「情報戦で敗北することは、戦いに負けることになる」として、情報優勢の獲得を戦いの中心的要素と考えている。そして、「情報化戦争」においては、物理的手段のみならず非物理的手段を重視し、「輿論戦」、「心理戦」および「法律戦」の「三戦」を軍の政治工作の項目に加えたほか、それらの軍事闘争を政治、外交、経済、文化、法律など他の分野の闘争と密接に呼応させるとの方針を掲げている。特に近年は、サイバー、電磁波および宇宙空間のマルチドメインを重視して情報優越の確立を目指そうとしている。

・その際、情報の優越獲得の矛先は、軍事の最前線に限定される訳ではなく、相手国の政治指導者、ソーシャルサイトやメディアそして国民など広範なターゲットへ向けられるため、中国の「情報化戦争」は、一般国民の身近な生活や社会活動、ひいては国の防衛に重大な影響を及ぼさずには措かないのである。
 台湾と同じように、中国の世論戦、心理戦、サイバー戦などの脅威に直面する日本としては、敵から身を守り、敵の侵略を阻止するには、物理的な力と無形の力を組み合わせる必要性に迫られている。自衛隊の防衛能力を強化するのは当然であるが、併せて国民が脅威を正しく認識し、防衛意識を高める施策が伴わなければならない。
 そのため、特に学校教育では、国防教育を必修科目とし、青少年の愛国心と国防意識を高揚し、自衛隊の活動に関する理解を深め、それに協力して共に支える社会環境の醸成が不可欠であるものの、甚だ不十分な状況と言わざるを得ない。

<「永世中立」を政策とするスイスの民間防衛>
<スイスの「永世中立」政策」>
・スイスの「永世中立」政策は、以下述べるように、民兵制の原則(非専業原則)に基づいた「国民皆兵」制度の下、軍隊と民間防衛、すなわち軍民の力を結集した国防努力によって成り立っている。

<スイス憲法>
<国防及び緊急事態の規定>
・スイスは、憲法第58条第1項に「スイスは軍隊を持つ。基本的には民兵制の原則の下に組織される」と規定している。同第2条に、軍隊の主な任務として、@戦争の防止及び平和の維持、A国土防衛、B国内的安全への重大な脅威が生じた場合及びその他の非常事態の場合における非軍事部門の支援の三つを定めている。
 また、同第59条第1項で「すべてのスイス人男性(18歳以上)は、兵役に従事する義務を負う。非軍事的代替役務については、法律でこれを定める」と規定している。

<憲法の枠を超える緊急事態に対する措置>
・過去、2度の世界大戦の際、1914年と1939年に、いわゆる「全権委任決議」により、連邦議会は、連邦参事会に無制限の全権を委任し、憲法秩序の一部の変更を認めた。

<民間防衛>
<スイス憲法の「民間防衛」に関する規定>
・スイス憲法では、第3編「連邦、州及び市町村」第2章「権限」第2節「安全、国防、民間防衛」の第61条(民間防衛)において、以下の通り、民間防衛について定めている。
• 武力紛争の影響に対する人及び財産の民間防衛についての立法は、連邦の権限事項である。
• 連邦は、大災害及び緊急事態における民間防衛の出動について法令を制定する。
• 連邦は、男性について民間防衛役務が義務的である旨を宣言することができる。女性については、当該役務は、任意である。
• 連邦は、所得の損失に対する適正な補償について法令を制定する。
• 民間防衛役務に従事した際に健康被害を被った者又は生命を失った者は、本人又は親族について、連邦による適正な扶助を要求する権利を有する。

<シェルター(避難所・設備)の整備>
・スイスでは、国民の95%を収容できるシェルターが整備済みであり、旧型のシェルターを含めると100%程度に達する。
 また、一戸建ての家を建てる場合は、地下に核シェルターを設置することを義務付けている。

<「民間防衛」から「市民保護」へ>
<背景・経緯>
・欧州を主戦場とした東西冷戦が終結し、欧州を中心に、民間防衛の課題が武力紛争対処から災害対処へと重点を移行した。従来の民間防衛は、全国民にシェルターを用意するなど市民保護の概念が強調されるようになった。

<市民保護組織(民間防衛隊)>
・緊急事態に際し、警察、消防、公共医療サービス、技術サービスと協力して住民のシェルターへの避難誘導、救助等を実施する。

・市民保護組織(民間防衛隊)は、民兵制の原則(非専業原則)に基づいた「国民皆兵」制度の下に作られている。
 スイス人男性は、18〜30歳まで兵役義務があり、兵役義務を終えた男性は40歳まで民間防衛に従事する。40歳以降は各人の自由意志となっている。

<スイス政府編『民間防衛』に見る民間防衛の精神>
・東西冷戦時代に作られたスイスの政府編『民間防衛』は、冷戦終了とともに廃刊となっているが、その精神は、CPS(市民保護システム)の中に脈々と受け継がれている。

<スイスの民間防衛体制が示唆する日本への主な参考事項>
・スイスの場合は、永世中立国としての国家政策の下、国防や民間防衛の努力がなされており、日米安全保障体制下で安全保障を構築している日本とは大きく異なる。よって、直接的に教訓にはなりにくいものの、民主主義国家としての国防の在り方には大いに参考にすべきことがある。

・スイスの「永世中立」政策は、民兵制の原則(非専業原則)に基づいた「国民皆兵」制度の下、軍隊と民間防衛、すなわち軍民の国防勢力いかんによって成り立っている。
 スイスの安全保障は、軍民の国防努力いかんによって左右されるとの考えが、「民間防衛」の冒頭に記述されている。軍が国防の責任をもっているのに加えて、民間人及び民間団体組織にも国防努力の必要性が認識されているのである。
 
・また、スイスは、国民のほぼ100%を収容できるシェルターを整備済みである。
 わが国も、大規模災害や武力攻撃事態などの場合には、国民を安全な場所に避難誘導することは避けて通れない最重要課題であり、核攻撃にも耐えうる避難所と必要な設備の整備を義務化することは喫緊の課題である。憲法改正には主権者である国民の認識が進むことが必要であり、それには時間がかかることが予測される。

<マルチドメイン作戦を前提とした民間防衛のあり方>
<マルチドメイン作戦とは>
・現代における戦いは、新たな領域(ドメイン)に拡大した「マルチドメイン作戦」として戦われることが明確である。そして、領域の拡大が平時と有事の区別を一層曖昧なものとし、いわゆるグレーゾーンでの戦いが常態化してきている。

<「グレーゾーンの事態」と「ハイブリッド戦」>
・いわゆる「グレーゾーンの事態」とは、純然たる平時でも有事でもない幅広い状況を端的に表現したものです。

・いわゆる「ハイブリッド戦」は、軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした現状変更の手法であり、このような手法は、相手方に軍事面にとどまらない複雑な対応を強いることになります。

・これからの我が国のあるべき民間防衛という概念では、平時からグレーゾーン事態そして有事を通じて展開されるマルチドメイン作戦によって引き起こされるであろう脅威から防衛することも視野に入れるべきである。

<中国・ロシアによるマルチドメイン作戦型の脅威>
<中国のマルチドメイン作戦>
・中国では、日米などが新たな戦いの形として追求しているマルチドメイン作戦という言葉は使用せず、それに相当する概念を「情報化戦争」と呼んでいる。

・そして、「情報戦で敗北することは、戦いに負けることになる」として、情報を生命線と考えるのが中国の情報化戦争の概念であり、そのため、電磁波スぺクトラム領域、サイバー空間及び宇宙空間を特に重視して情報優越の確立を目指すとしている。

<ロシアのマルチドメイン作戦>
・ロシアは、自らはマルチドメイン作戦あるいはハイブリッド戦という言葉は使用していないが、2014年にプーチン大統領が承認した「ロシア連邦軍事ドクトリン」の概念、いわゆる西側諸国の考えるマルチドメイン作戦及びハイブリッド戦に該当する。

・改めてロシアを見ると、実際に国家に対する破壊妨害を目的とした初めてのサイバー攻撃は、ロシアがエストニアに対して行ったものである。

・ロシアは、2014年、ウクライナのロシア離れを契機にクリミア半島併合と東部ウクライナへの軍事介入を敢行した。

・ウクライナに対するロシアのサイバー攻撃は、紛争の初期段階では、情報の窃取あるいは政府や軍のC4I系統の混乱等を目的としたサイバー戦が主であり、一般国民の目に触れる攻撃は見られなかった。

<中国・ロシアのマルチドメイン作戦による脅威>
・これまで、中国やロシアのマルチドメイン作戦について述べてきたが、両国が日本や日本人に対していかなる工作活動を行っているか、そしていかなる組織を日本に置いているのかについては、ほとんどの日本人は認識していないのではないだろうか。

・なお、北朝鮮については特段説明しなかったが、北朝鮮もサイバー部隊を集中的に増強し、サイバー攻撃を用いた金銭窃取のほか、軍事機密情報の窃取や他国の重要インフラへの攻撃能力の開発を行っているとみられており、中国やロシアと同様に警戒を厳重にすることが必要である。

<宇宙・電磁波空間における脅威――新たな脅威としての高高度電磁パルス(HEMP)攻撃>
<北朝鮮が使用をほのめかすHEMP攻撃>
・高高度電磁パルス攻撃とは、高高度での核爆発によって生ずる電磁パルス(EMP)による電気・電子システムの損壊・破壊効果を利用するものであり、人員の殺傷や建造物の損壊等を伴わずに社会インフラを破壊する核攻撃の一形態である。

<予想されるHEMP攻撃の効果・影響>
・HEMP攻撃は、これまで考えられてきた核爆発による熱線、爆風及び放射線による被害範囲を遥かに超える広大な地域の電気・電子機器システムを瞬時に破壊し、それらを利用した社会インフラの機能を長期間にわたり麻痺・停止させ、社会を大混乱に陥れる。

・いずれにしても、万一、HEMP攻撃があれば、国家としての機能が麻痺する可能性が極めて高く、国民一人一人がこのような脅威の存在を認識し、自ら避難し、避難生活等では自助及び共助によって命を守る行動をとらなければならない。

<マルチドメイン作戦を前提とした民間防衛のあり方>
・こうしたグレーゾーン事態は、明確な兆候のないまま推移し、被害発生時点では一挙に重大事態へと発展するような重大なリスクをはらんでいる。

<有事対応型の法律からグレーゾーン段階で対応しうる法律体系へ>
・こうしたニーズに応えるには、現行国民保護法では対応が困難であると言わざるを得ない。マルチドメイン作戦による脅威に対応しうる組織編成を盛り込んだ法律を制定するか、現行の「国民保護法」を全面的に改定するべきである。

<国民に精神的な安心感を付与できる体制構築>
・つまり、今後は、マルチドメイン作戦により国民がパニック状態に陥った状況、もしくはパニック状態に陥ることが予測される状況を想定し実効性のある対処法を確立しなければならないのである。

<国を挙げた対応ができる組織体制の整備>
・しかし、各省庁の縦割り行政では、効果的・実効的な対応は期待できないので、その弊害をなくし、政府が総合一体的な取組みを行えるよう、行政府内に非常事態対処の非軍事部門を総括する機関を新たに創設することが望まれる。

・このように、国家非常事態における国家防衛や国民保護、そして重要インフラ維持の国土政策、産業政策なども含めた総合的な対策を、いわば「国家百年の大計」の国づくりとして、更には千年の時をも見据えながら行っていくことが、わが国の歴史的課題である。

<都道府県知事直属の民間防衛組織創設>
<民間防衛組織創設の必要性>
・こうした国土防衛事態における住民避難は、強制力を伴わないために緊急性に欠け、統一的行動を取れないという致命的な欠陥を露呈する恐れがあり、早晩、国民保護法の改正も必要となろう。

<自衛隊の役割再考と都道府県知事直属の民間防衛組織創設>
・前述の通り、国民保護法は総務省所管(実際は消防庁)であり、敵部隊対処のための自衛隊運用は防衛省である。

・特に陸上自衛隊は、災害派遣等で培ってきた地方公共団体との連携や住民との信頼関係から、何が何でも国民保護に万全を尽したいとの思いがあるのは間違いない。

・民間防衛の研究については、日本でも過去にその検討がなされたことがある。それは、予備役の在り方を通じた検討であり、この研究は民間防衛を研究するにあたり極めて重要な先例となるだろう。

<戦後の予備役制度と民間防衛組織としての郷土防衛隊創設の検討>
<検討の経緯>
・わが国において、正規兵力を補完する予備兵力や郷土防衛隊等の民間防衛組織の必要性が問題提起されたのは、1953年8月に駐留米軍が「戦闘警護隊」の創設を勧告した吉田内閣時代にさかのぼる。

・昭和28年、吉田内閣の木村保安庁長官は、「民間防衛組織」建設の必要性について言及した。

・昭和29年8月、防衛庁長官は砂田重政氏に交替し、同長官は郷土防衛隊構想を積極的に推進した。「国民総動員による国民全体の力によってのみ防衛は成り立つ」と述べ、予備自衛官制度と並ぶ自衛隊の後方支援と郷土防衛を担う組織としての郷土防衛隊構想を掲げ、地域社会の青年壮年を対象にこれを組織する必要性を説いた。同時に、予備幹部自衛官制度の検討を指示した。

・他方、郷土防衛隊について、砂田防衛庁長官は昭和30年9月、「自衛隊の除隊者ではなく、消防団や青年団をベースとした民兵制度を考えている」と述べた。

・同年10月、防衛庁は、郷土防衛を目的とし、非常の際、自衛隊と協力して防衛の任に当たる「郷土防衛隊設置大要」を決定した。

・また、同じころ、「屯田兵」構想が持ち上がり、昭和31年度予算で正式に予算化された。自衛隊退職者を北海道防衛のための予備兵力として有効活用しようとするもので、1人10町の耕地を与えて入植させる計画であった。しかし、応募者が少なく立ち消えになった。背景には、戦後の経済復興が軌道に乗り、国民所得も戦前の最盛期であった1939年の水準に回復し、屯田兵の魅力が高まらなかったことが挙げられる。

・自民党内部でも再検討を要求する声が強くなったが、旧自由党系は時期尚早として郷土防衛隊構想に消極的であったこともあり、郷土防衛隊設置大要は、事実上白紙還元された。

・わが国防衛力の一大欠陥は、第一線防衛部隊並びに装備に次ぐ背景の予備隊またはその施設の少ないことである。予備自衛官3万人は余りにも少ない。

・この点について、「百万人郷土防衛隊」を整備すれば、相当な自衛隊の増強に匹敵し、自衛隊が郷土の防衛問題に後ろ髪をひかれることなく正規部隊をフルに前線で使用できる体制が整備できると強調している。

<自衛隊の予備自衛官(予備役)制度の現況>
・戦後、わが国は、警察予備隊発足当初から、終始一貫して志願制を採用してきた。その基本政策の枠組みの中で、わが国の予備役制度は、1954年の自衛隊発足と同時に予備自衛官制度として創設された。

<陸上自衛隊のコア部隊>
・陸上自衛隊の組織の一つで、平時の充足率を定員の20%程度に抑えた、部隊の中核要員によって構成された部隊のこと。

第3章<政策提言 民間防衛組織の創設とそれに伴う新たな体制の整備>
<国、自衛隊、地方自治体および国民の一体化と民間防衛体制の構築>
<国の行政機関>
・国家防衛は、軍事と非軍事両部門をもって構成されるが、その軍事部門を防衛省・自衛隊が所掌することは自明である。他方、非軍事部門については、民間防衛(国民保護)を所掌する責任官庁不在の問題があり、その解決と縦割り行政の弊害をなくすために、行政府内に国家非常事態対処の非軍事部門を統括する機関を新たに創設することが望ましい。

<自衛隊>
・「必要最小限度の防衛力」として整備されている自衛隊は、武力攻撃事態等において、現役自衛官の全力をもって第一線に出動し、主要任務である武力攻撃等の阻止・排除の任務に従事する。

<地方自治体>
・各都道府県には、国の統括機関に連接して「地方保全局」を設置し、その下に民間防衛組織としての「民間防衛隊」を置く。
 市区町村には、「地方保全局」に連接して同様の部局を置くものとする。

<国民>
・国民は、それぞれ「自助」自立を基本とし、警報や避難誘導の指示に従うとともに、近傍で発生する火災の消火、負傷者の搬送、被災者の救助など「共助」の共同責任を果たす。また、地方自治体の創設・運用される「公助」としての民間防衛隊へ自主的積極的に参加するものとする。
 
 以上をもって、国、自衛隊、地方自治体および全国民が参画する統合一体的な国家非常事態対処の体制を構築する。
 その際、わが国の国土強靭化に資するため、国・地方自治体あるいは地域社会において、危機管理に専門的機能を有する退職自衛官の有効活用が大いに推奨されるところである。
 また、各地方自治体と自衛隊の連携・協力関係の一層の強化が求められており、そのための制度や仕組みを整備することが必要である。

<自衛隊(陸上自衛隊)の後方地域警備等のあり方>
・自衛隊の後方地域警備のあり方については「陸上自衛隊の警備区域に関する訓令・達」の規定を前提として検討する。
 陸上自衛隊の師団長が担任する「警備地区」に、予備自衛官をもって編成され、専ら後方地域の警備等の任務に従事する「地区警備隊」を創設し、配置する。
 「地区警備隊」の下に、各都道府県の警備を担任する「警備隊区」ごとに、「隊区警備隊」を置く。

<民間防衛隊の創設>
<編成と任務>
・民間防衛隊は、各都道府県知事の下に創設することとし、退職自衛官、消防団員など危機管理専門職の要員を基幹に、大学等の学生や一般国民からの志願者の参加を得て編成する。

<民間防衛隊の創設に必要な人的可能性>
<一般国民からの公募の可能性>
・「自衛隊に参加して戦う」【5.9%、人口換算約748万人】という最も積極的な回答を除くとしても、「何らかの方法で自衛隊を支援する」54.6%、「ゲリラ的な抵抗をする」1.9%、「武力によらない抵抗をする」19.6%を合計すると76.1%となり、人口に換算すると約9642万人の国民が、いわゆる武力攻撃事態に、国・自衛隊とともに何らかの協力的行動を起こす意志を表明している。

<民間防衛隊を保護する予備自衛官制度の創設>
<民間防衛隊と自衛隊の部隊・隊員の配置・配属>
・2022年2月24日早朝、ロシアはウクライナへの武力侵攻を開始した。国際法では、軍事目標主義の基本原則を確認し、文民に対する攻撃の禁止、無差別攻撃の禁止、民用物の攻撃の禁止等に関し詳細に規定している。ましてや、病者、難船者、医療組織、医療用輸送手段等の保護は厳重に守らなければならないことを謳っている。
 しかし、ウクライナに武力侵攻しているロシア軍は、文民に対する攻撃や民間施設・病院等への攻撃など、いわゆる無差別攻撃を行い、国際法を安易に踏みにじって戦争の悲劇的な現実を見せつけた。
 このような事態を想定して、国際法は、民間人およびそれを保護する非武装の民間防衛組織の活動を守るため、自衛のために軽量の個人用武器のみを装備した軍隊の構成員の配置・配属を認めている。

・民間防衛隊は、都道府県知事の指導監督を受けるものとし、必要に応じて各市町村に分派される。
 各都道府県知事は、「地方保全局」相互の調整を通じて、民間防衛隊が、各都道府県および各市町村において広域協力が行える体制を整備する。

<「民間防衛予備自衛官」の新設と予備役の区分>
・しかし、現行の制度においては、特に、後方地域の警備に充当できる予備自衛官は、ほぼ皆無に等しい。全国の後方地域の警備を行うには、大人数の予備自衛官が必要であり、その勢力の確保が不可欠である。
 さらに、現行の制度に加え、国家非常事態に際して、民間防衛隊に配置・配属し、文民保護の人道任務に従事させるために「民間防衛予備自衛官」が新たに必要であり、併せてその勢力を確保しなければならない。

<おわりに>
・米国は、各州および国民の力を結集し社会全体で国を守ろうとする「共同防衛」の強い決意を表明しています。銃の保有権は、建国の歴史である民兵(自警団)の象徴なのです。
 韓国は、外敵の浸透・挑発やその脅威に対して、国家防衛の諸組織を統合・運用するための「統合防衛」体制を重視し、中でも郷土予備軍や民防衛隊が大きな役割を果たしています。
 台湾は、現代の国防は国全体の国防であり、国家の安全を守るには、全民の力を尽くして国家の安全を守るという目標を達成するため「全民国防」体制を敷いています。
 スイスは、「永世中立」政策を国是とし、安全保障は軍民の国防努力いかんによって左右されるとの方針のもと、民間防衛はその両輪の片方となっており、そのため、かつてのスイス政府編『民間防衛』は、次のように国民に問いかけています。
・今日では戦争は全国民と関わりがある。
・軍は、背後の国民の士気がぐらついていては頑張ることができない。
・戦争では、精神や心がくじければ、腕力があっても何の役にも立たない。
・わが祖国は、わが国民が、肉体的にも、知的にも、道徳的にも、充分に愛情を注いで奉仕するだけの価値がある。
・すべての国民は、外国の暴力行為に対して、抵抗する権利を有している。

・中国の覇権的拡大や北朝鮮の核ミサイル開発によって、戦後最大の国難に直面している日本にとって、今ほど真の「民間防衛」が求められている時代はありません。真の「民間防衛」が整備されれば、国土防衛に直接寄与することになり、同時に周辺国に対する抑止力にもなりうるのです。

・実際、欧州に目を転じてみれば、2022年2月以降のロシア軍の侵攻により、ウクライナ国民がロシア軍によって虐殺とも言えるような被害が大規模に行われている現実をみて、我々はその教訓をただちに活かさなければなりません。



<●●インターネット情報から●●>
Hanadaプラスより引用(抜粋)
2021/10/24


徹底検証!習近平の「台湾侵攻」は本当に可能なのか? |澁谷司 

今年(2022年)2月24日、ロシアがウクライナへ侵攻した。それ以来、盛んに、台湾海峡危機とウクライナ危機が同列に語られている。本当に中国は「台湾侵攻」を決行するのか、徹底検証する。


<台湾とウクライナの相違>

台湾とウクライナには、いくつもの相違が存在する。したがって、中国の台湾侵攻とロシアのウクライナ侵攻を別モノと考えた方が良いのではないだろうか。
第1に、台湾に関しては、後述するように、米国内法である「台湾関係法」が存在する。ウクライナには、そのような法律は存在しない。
第2に、すでに台湾には米軍が駐屯している。ウクライナには米軍やNATO軍は駐屯していない。
第3に、台湾と中国の間は、台湾海峡で隔てられている。だが、ウクライナとロシアは地続きである。したがって、ロシアはウクライナを攻撃しやすい。

第4に、中国にとって台湾は必ずしも安全保障上のバッファーゾーン(緩衝国)ではない。他方、ロシアにとって、ウクライナ(とベラルーシ)は、対NATOとの安全保障上の死活的バッファーゾーンを形成している。

<「中台戦争」は即座に「米中戦争」になる>

中国の「台湾侵攻」は、即、「米中戦争」となるのは間違いない(ここでは「米中核戦争」については、両国が“共倒れ”になるので捨象する)。また、中国による「台湾海峡封鎖」も、やはり「米中戦争」となるだろう。なぜなら、基本的に、台湾は米国の「準州」と同じ “ステイタス”(地位)だからである。

<台湾に米軍を駐在>

2018年6月、台北市の米国在台協会(AIT)の新庁舎が落成した。総工費は2億5500万ドル(約280億円)である。その建設には、台湾人は一切関わらず、秘密裡に完成した。新庁舎には、すでに在台米軍が駐屯しているが、最大4000人が駐留可能だと言われる。

<米国が台湾を特別視する理由>

なぜ、米国はそれほどまでに台湾を特別視しているのか。
まず、第1に、台湾の地政学的重要性にあるだろう。台湾は「第1列島線」(日本・沖縄・台湾・フィリピン・ボルネオ島を結ぶライン)の要所に位置する。同列島線は米国にとって中国「封じ込め」の重要なラインである。

第2に、台湾は半導体の重要生産基地である。

とりわけ、台湾のTSMC(台湾積体電路製造)はナノ・テクノロジーで世界トップ企業となった。同社は5ナノメートルの半導体を供給している。近くTSMC は3ナノメートルの半導体を製造するという。同社は、今後しばらくトップを走り続けるだろう。
第3に、台湾は米国の重要な武器輸出国の一つである。

第4に、台湾は李登輝政権下で、蔣経國の権威主義体制から、民主主義体制へと変貌を遂げた。同国は米国の期待通りの理想的な国家となったのである。

<台湾のハリネズミ戦略>
近年、中国側が圧倒的な軍事的優位を確立している。そこで、台湾は非対称戦略であるハリネズミ戦略を採る。
イスラエルの防空システムは世界1の密集度を誇っている。台湾は防空システムでは、イスラエルに次ぎ、世界第2位の密集度だという。現在、台湾は、米国から購入した迎撃ミサイルシステムPAC3を72基設置している。

ところで、昨年11月、台湾・嘉義空港では約40機で構成されるF‐16V戦闘機部隊の発足式が行われた(その他、台湾軍はF‐16A/B、仏製ミラージュ2000、経国号<IDF>等、合計約280機を保有)。
他方、我が国の航空自衛隊は、戦闘機349機を保有する。とすれば、国土の狭い台湾が日本とほぼ同数の戦闘機を保有していることになるだろう。


<台湾人の高い祖国防衛意識>
「台湾が『独立宣言』したが故に、中国が台湾侵攻した場合、台湾防衛のために戦うか」という設問では、「戦う」と回答した人は62.7%で、「戦わない」と回答した人は26.7%だった(「無回答」は10.6%)。
次に、「もし中国が台湾を統一する際に武力を使用したら、台湾防衛のために戦うか」である。「戦う」と答えた人が72.5%、「戦わない」という人は18.6%にとどまった(「無回答」は9.0%)。

結局、「中国が武力統一のため台湾へ侵攻する場合、与党・民進党支持者のうち90%が、野党・国民党支持者のうち過半数が『戦う』という考えを持つ」という。
この結果を見る限り、中国の「台湾侵攻」がそう簡単ではないことがわかるのではないだろうか。

<米海軍少将マハンの金言>
米海軍少将だったアルフレッド・マハン(1840年〜1914年)は戦略研究家として名を馳せている。特に、マハンは「いかなる国も『海洋国家』と『大陸国家』を兼ねることはできない」と喝破した。

実際、世界の大国が「海洋国家」は陸で苦戦し、「大陸国家」は海で苦戦している。その失敗例を挙げてみよう。

【失敗例1】第1次世界大戦と第2次世界大戦で、「大陸国家」ドイツはUボート(潜水艦)でイギリス等に対抗したが、どちらも敗北した。

【失敗例2】第2次大戦前、「海洋国家」日本は中国大陸へ“進出”したが、結局、敗戦に至る。帝国陸軍は強かったが、やはり限界があった。
【失敗例3】第2次大戦後、「海洋国家」米国は朝鮮戦争で勝利を収めることができず、またベトナム戦争でも敗れている。
【失敗例4】「大陸国家」旧ソ連は、原子力潜水艦を製造して米国に対抗した。しかし、最終的に、ソ連邦という国家自体が崩壊している。

【失敗例5】21世紀初頭、「海洋国家」米国がアフガニスタンへ派兵したが、20年後の今年、アフガンから撤退せざるを得なかった。

近年、「大陸国家」中国が、空母を建造し「海洋国家」米国の覇権に挑戦している。けれども、その試みは、果たして成功するだろうか。大きな疑問符が付く。

おそらく、マハンの金言には、経済的側面も含まれているのではないか。つまり、膨大なコストがかかる。したがって、どんな大国でも優れた海軍・陸軍を同時に持つのは極めて困難なのかもしれない。

<八方塞がりの中国経済>
2012年秋、習近平政権が誕生して以来、中国経済はほぼ右肩下がりである。

なぜ、中国は経済が停滞しているか。その主な原因は3つある。
第1に、「混合所有制改革」が導入されたからである。ゾンビ、またはゾンビまがいの国有企業を生き延びさせるため、活きの良い民間企業とそれらの国有企業を合併している。これでは、大部分の民間企業が“ゾンビ化”して行くに違いない。

また、これでは「国退民進」(国有経済の縮小と民有経済の増強)ではなく、真逆の「国進民退」(国有経済の増強と民有経済の縮小)という現象が起きる。習近平政権は、中国経済を発展させた搶ャ平路線の「改革・開放」を完全否定したのである。

第2に、「第2の文化大革命」が発動されたからである。政治思想(「習近平思想」)が優先され、自由な経済活動が阻害されている。これでは、成長は見込めないだろう。

第3に、「戦狼外交」(対外強硬路線)が展開され、中国は国際社会で多くの敵を作ったからである。そのため、経済的にも八方塞がりの状態となった。
例えば、昨年来、習政権がオーストラリアに対して強硬姿勢を取り、豪州産石炭の禁輸措置を行った。そこで、現在、中国は電力不足に悩まされている。加えて、習近平政権が推し進める「一帯一路」構想は「コロナ禍」で行き詰まった。貸付先の「債務国」の借金が中国へ戻って来ない。中国が借金のカタに相手国の湾岸等を租借しても、すぐに利益は産まない。


<中国に味方する国は皆無>

いったん「中台戦争」が開始されたら、台湾に味方する国々は多い。新軍事同盟である「AUKUS」(米英豪)、安倍晋三首相が提唱した戦略同盟「Quad」(日米豪印) 、機密情報共有枠組みの「Five Eyes」(米英豪加NZ)等のメンバーは、真っ先に台湾を支援するだろう。

既述の如く、近年に至るまで、習近平政権は対外強硬路線の「戦狼外交」を展開し、“四面楚歌”の状態にある。したがって、中国に味方する国はほとんどないだろう。

したがって、「海洋国家」群の台湾・米国・日本・英国・オーストラリア・カナダ・ニュージーランド・フランス+インドVS. 「大陸国家」中国という図式になる。中国共産党は、苦しい戦いが強いられるだろう。

<人民解放軍の問題>
たとえ中台だけで戦火を交えても、中国軍が台湾軍に勝利するとは限らない。

「通常、攻撃側は防御側の3倍の兵力が必要である。台湾はおよそ45万人(予備役を含む)の兵力を持つ。もし地形が不利な場合、攻撃側は5倍以上の兵力が必要となる。そうすると、人民解放軍幹部は台湾へ派遣する兵力は、少なくても約135万人、できれば約225万人欲しいだろう」と鋭く指摘した。

現在、中国人民解放軍は総数約200万人である。仮に、約135万人の兵力を台湾へ投入したとしても、台湾軍に勝てるかどうかはあやしい。

<『孫子』は中国人の行動原理>

中国の古典で、最も重要な文献の一つは『孫子』である。これを読めば、中国共産党幹部(人民解放軍幹部を含む)の行動様式が、ある程度わかる。

孫子の唱える“ベスト”は「戦わずして勝つ」である。

そのため、様々な手法で敵を脅すのはもちろんのこと、(1)偽情報を流す、(2)賄賂を送る、(3)スパイを送り込む、(4)ハニートラップを仕掛ける等、あらゆる手段を採る。武力を用いずに敵に勝利する事こそが、孫子の唱えた最高の戦法である。

当然、共産党幹部もこの孫子の兵法を熟知している。また、中国が必ずしも「中台戦争」で勝利するとは限らない。そのため、孫子の哲学に沿った戦法を採るのではないだろうか。したがって、人民解放軍が軽々しく「台湾侵攻」を敢行しないと考える方が自然である。


<「台湾侵攻」の模擬演習で6勝48敗>

だが、中国は、1979年の中越国境紛争以後、40年以上、大規模な本格的戦闘を行っていない。だから、実戦経験に乏しい。せいぜい、近年の中印国境紛争ぐらいだろう。これとて、棍棒で殴り合うという原始的な戦いである。

実は、朱日和(内モンゴル自治区にある中国陸軍の総合訓練場)に“台湾総統府街区”の模擬建築物が建造されている。そこで、人民解放軍が「台湾侵攻」の模擬演習を行った。昨年9月、『三立新聞網』の報道によれば、解放軍側が6勝48敗6引き分けと散々な戦績に終わったという。模擬演習でさえ、この有様である。実戦となれば、更に厳しい結果が待ち受けていよう。

<「アキレス腱」三峡ダムをミサイルで破壊>
現在、揚子江の三峡ダムは、中国のアキレス腱となっている。ダムは湖北省宜昌市に位置する世界最大の水力発電所で、1993年着工、2009年完成した。着工から完成に至るまでの間に、そのダムの寿命がなぜか1000年から100年に短縮されている。完成間際には、10年もてば良いと言われるようになった。

2019年、「Google Earth」では、三峡ダムは歪んでいるように見えた。そこで、ダムはいつ崩落するかわからないと囁かれ始めた。その後、台湾の中央大学研究員が、ダムの防護石陥没を発見している。
中国当局は、長江へ大量の雨水が流れ込むたびに、三峡ダムの崩壊を恐れ、上流の小さなダムを決壊させている。そのため、四川省および重慶市ではしばしば大洪水が起きている。
仮に、「中台戦争」が勃発すれば、台湾はすぐさま射程1500キロメートルの中距離ミサイルで、三峡ダムを狙うに違いない(台湾島から三峡ダムまで約1100キロメートル)。
台湾がミサイルで三峡ダムを破壊すれば、中国経済に決定的ダメージを与えるだろう(ダム下流の経済は中国全体の40%以上を占める)。もしダムが決壊すれば、下流に位置する武漢市、南京市、上海市は壊滅するかもしれない。また、ダム下流の穀物地帯は広範囲に浸水し、ひょっとして、中国は食糧危機に陥るおそれもある。

このようなアキレス腱を抱えたまま、中国共産党が「中台戦争」を敢行するとは考えにくい。

<「中台戦争」が勃発する3つのケース>
万が一、中国軍が「台湾侵攻」に踏み切る場合、3つのケース(地域)が考えられる(おそらく、中国は3地域いっぺんに攻撃することはないだろう)。
第1に、中国軍が南シナ海の南沙諸島にある太平島・中洲島を攻撃する。この場合、民進党(本土派)の蔡英文政権が、太平島・中洲島を守るのだろうか。一応、台湾が両島を実効支配しているので、とりあえず防衛を試みるかもしれない。

第2に、中国軍が福建省の一部、馬祖・金門を攻撃する。馬祖・金門については、現時点で、「本土派」の蔡政権は死守する公算はある。だが、最終的に、民進党政権は馬祖・金門を中国に明け渡す可能性を捨てきれない。そして、中華民国から馬祖・金門を切り離した後、「台湾共和国」の樹立を目指すというシナリオもあるのではないか。
第3に、中国軍が澎湖島を含む台湾本島を攻撃する。この場合、台湾軍は死に物狂いで郷土を守ろうとするだろう。いくら現代戦はミサイル等のハイテク兵器が勝敗を決すると言っても、最後は”精神力”がモノをいうのではないだろうか。

他方、多くの人民解放軍兵士は自分とは直接関係のない台湾を真剣に「解放」しようと考えていないはずである。大半の兵士は如何に生き延びるかしか関心がないと思われる。

<合理的判断ができない共産党トップと偶発的事故>
結論として、中国共産党幹部が“合理的判断”をする限り、「台湾侵攻」を決行する可能性は著しく低い。中国の「台湾侵攻」(=「中台戦争」)は即、「米中戦争」となるからである。中国はサイバー戦争・宇宙戦争は別にして、米国との従来型の戦闘・戦争は望んでいないのではないか。

ただし、共産党トップが、“合理的判断”ができない場合、「中台戦争」の勃発する可能性を排除できない。

その他、中台間の偶発的事故(どちらかがミサイルを誤射する、戦闘機が敵機を打ち落とす等)によって、「中台戦争」が勃発する事はあり得るだろう。
澁谷司
© 株式会社飛鳥新社






コメント一覧

コメントを書く
ヤマドリ1122さんブログTOP

ブロくるTOP
(c) 2024 KURUTEN
All right reserved