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「信綱敗れる」
[【時代小説発掘】]
2010年4月10日 10時23分の記事


【時代小説発掘】
「信綱敗れる」
末永喜一郎


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


【梗概】:

上京した上泉信綱は、一人の若者と立ち会って敗れる。その理由は・・・・。

【プロフィール】:

末永喜一郎。かつて評論を志すも、人と社会を描く歴史・時代小説の大きな魅力に抗えず・・・・!!


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【時代小説発掘】
「信綱敗れる」
末永喜一郎

 
 (一) プロローグ

 上泉伊勢守信綱は、三度上洛している。
 一度目は弘治二から永禄二年までの間で、武道史家綿谷雪氏によると、このとき信綱の新陰流は、すでに完成していたという。
 この頃信綱は、上野国大胡の城主であり、関東管領上杉憲政配下の長野業正に属する武将であった。
 二度目は永禄七年のことである。このとき信綱は浪人であった。
 興亡常なき戦国の世のならいとはいえ、上野国のあり様は、他国に比してもことの他に熾烈であった。北に上杉、南に北条、西に武田という強力な大名に囲まれて、三氏の均衡の上にようやく城を保つ状態が続いていたのである。
 上杉憲政から関東管領職を譲り受けたのは、越後の長尾景虎であった。それにより景虎は、名を上杉政虎(後の謙信)と改めた。
 信綱は、関東管領配下長野氏に属する武将であったから、当然、越後の上杉(長尾)氏に従ったのだが、武田信玄の猛攻を受けて、やむなく大胡城を開城した。信綱の武勇を惜しんだ信玄は、信綱へ仕官の誘いをかけたが、信綱は決然としてこれを断り、疋田文五郎、神後伊豆の二人のみを供に上野国を旅立った。自ら創始した新陰流を世の中に広めようとしたのである。

 (二) 疋田文五郎の不快

 二月に京に入った信綱は、洛西の西福寺を訪ねた。西福寺は、かつて応仁の乱でいったん焼亡したが、その後、関東管領上杉氏の助力を得て再興した。塔頭(たっちゅう)こそないが、それでも山門、法堂、仏殿、僧堂に庫院など七堂伽藍を有する大きな寺院だった。
 西福寺は、一度目の上京の折りにも宿泊したことがある。住職はそのことを覚えていて、信綱一行を快く迎えてくれた。方丈の奥には、新たに書院が建て増ししてあって、信綱一行はそこに逗留することとなった。
 信綱は後に剣聖と称されるが、剣門江湖の評価は分かれていた。その理由は、信綱の使う袋竹刀にあった。この時代剣の修練では、刃引きした刀か木太刀を使うのが普通である。
 だがそれでは、打ち合いの際にどちらかに障害がでたり、重い傷害を負ったりして、思い切った稽古ができない。そのために信綱が自ら考案したものだった。現代から見れば画期的なこの袋竹刀は、命より名を惜しむこの時代にあっては、余りにも手ぬるく感じられて、賛否両論があったということである。
 ところが、その評価が一変する出来事が起こる。三月に足利十四代将軍義輝の御前で、新陰流を披露する機会を得たのである。義輝の上覧に供したことで、京洛における信綱と新陰流の評判は大いにあがった。
 このとき信綱は五十七歳。髪は白く、痩せて、静かに老いの陰が忍び寄っていたが、なお眼光は鋭く、長年の風雪に耐えた風貌には、人を威圧してやまない凛とした威厳が備わっていた。
 だが、名声の高まりは、同時に受難の始まりでもあった。評判の信綱を倒さんものと、剣門江湖に名のある兵法者が、こぞって仕合(試合)や立ち会いを申し込んできたのである。

 そんな五月のある日のことである。その日は梅雨入り前ながら、空はよく晴れて雲一つ無い、じらじたとした蒸し暑い日だった。
 信綱は、一人の兵法者から立ち会いを申し込まれた。
 申し込まれたといっても、その兵法者は、寺僧に書面を託すと、すぐに去っていったという。
 書院の入り口で、寺僧からその書面を受け取った疋田文五郎兼景は、戻って読み終えると、
「またか!」
 と、大きく舌打ちした。
 後に疋田陰流の祖となる文五郎が、忌々しげに舌打ちしたのは、その日の蒸し暑さや、この三月ほどの間に、続けざまに立ち会いを求められていることばかりが原因ではなかった。
 剣名が上がるのと引き替えに、次々と立ち会いや果たし合いの依頼が来るのはやむを得ないことだった。乱世である。剣一つを頼りに名をあげるには、より高名な兵法者を倒すのがてっとり早い。それは覚悟の上での兵法流布の旅であり、上覧試合でもあったからである。文五郎もそこのところはよくわきまえていた。
 申し込んできた男の名は無月冬四郎。明日申の刻(午後四時)、寺の裏手にあるすすきが原で、と時刻と場所が一方的に指定してあった。そのうえ、一手御指南願いたい、という文面ながら、必ず真剣にて、という条件が添えられてあった。丁寧な文面ながら、実際はぶしつけな仕合の申し込みだったのである。
「寺の者に聞いた話では、無月冬四郎という兵法仁(ひょうほうじん)の年の頃は、二十五、六とか。増上慢にも程がありましょう」
 と言った文五郎も、実は二十七歳である。
「まったく無礼な奴!」
 己とそれほど歳が違わぬ兵法者ゆえに、手前勝手なその書面の中身に怒りが収まらなかった。そのうえ、自ら届けてこずに、寺の者に預けるとは、心得違いも甚だしい、という思いもある。
 文五郎とは対照的に神後伊豆は無言のままだった。その無表情な顔を見て、文五郎の気は益々高ぶった。
「着ている物も貧しく、髭も伸びるに任せたままだったとか。相手にせぬほうが賢明でござりましょう」
 文五郎は信綱の甥でもあり、師信綱を尊崇すること一方ならぬところがある。礼を失した態度や文面は、師を貶めるなにものでもない。それに、いちいち立ち会いの申し込みを受けていてはきりがない。申し込むのは相手の勝手だが、立ち会いを受ける受けないはこちらの勝手だという思いが文五郎にはある。
 そのとき信綱は庭に向かって端座していた。信綱一行が宿泊している西福寺の書院は、およそ八畳ほどの広さがある。南に小さな池と山を配した庭があり、白い五月躑躅が見事に咲き誇っていた。ことに向かって右側の紅紫の絞り咲きの一群は鮮やかであった。
 信綱の目は開かれていたが、花は見ていないようであった。何事かを一心に考えている様子である。

 (三) 信綱の思案

「聞かぬ名ですな」
 眉宇を曇らせてぽつりと言ったのは、それまで黙って聞いていた神後伊豆である。神後伊豆守宗治といい、後に神後流を創始しているが、近年は鈴木意伯と同一人物だという説が有力である。
 かつて長野業正麾下の勇将として聞こえた神後伊豆は、齢四十を越してなお武将としての精悍な面差しを残していた。と同時に、ものに動じない落ち着きを秘めている。
「ふむ」
 思案するような信綱の声に、
「やむを得ませぬな。それがしが立ち会いましょう」
 文五郎はきっぱりと言った。
 信綱への立ち会い、果たし合いの場合、まず文五郎か神後伊豆が代わって相手を務めることが暗黙の了解であった。とはいえ、いつもは信綱からいずれかに指名があるのだが、今回それがないのは、信綱は他のことを思案していて立ち会いの気がなく、神後伊豆は迷っている、と文五郎は睨んだからである。
「思い出したぞ。無月冬四郎という若者を」
 突然の信綱の言葉に、
「は・・・・?!」
 文五郎は怪訝な面持ちで師を見た。
「但馬殿の屋敷に逗留したときのことだ。一日、そぞろ歩いたおり、偶然に見かけたのだ」
 信綱は遠くを見るように言った。
「柳生殿のお屋敷でございまするか?」
 肯いた信綱は、そのときのことをゆっくりと語り出した。

 昨年、伊勢国から大和国に入った信綱一行は、柳生の里で領主にして新当流を遣う柳生宗厳に勝負を挑まれた。三度立ち会い、三度ともに破れた宗厳は、その場で信綱に弟子入りした。
 柳生の地に留まって、しばらく宗厳に伝授することとなった信綱は、一日、近くに散策に出た。その帰り道のことである。柳生屋敷の入口で一人の若者が、門番の老爺とやりとりをしているのが目に入った。
 聞くともなしにその問答を聞いていると、無月冬四郎というその若者は、どうやら柳生宗厳との立ち会いを望んでいるようであった。たが、門番から宗厳が上泉信綱に仕合を挑んで負けたこと。それゆえ、しばらく立ち会うことはないであろうという門番の話を聞いて、

 ――柳生殿が破れたのか。
 残念そうに一人ごちながら、若者は柳生屋敷を去っていった。
「その後ろ姿に、かつてそなたや柳生殿と相通ずるものを見たのだ」
 信綱は文五郎に向かって穏やかに言って話を終えた。
 ――師はこのときすでに、新陰流の道統を柳生宗厳殿に譲ろうと決めていたのかも知れない。
 文五郎は、はるか後になってそう思うのだった。
「柳生殿を破ったことを承知で立ち会いを申し込んできたのでしょうか?」
 しばらくして神後伊豆が訊ねた。
「やはり、功名志願でござりましょう」
 断定するように文五郎が言ったとき、寺の者が、
「上泉様、上泉様と立ち会いをしたいという兵法者が僧坊に参っておりますが」
 と、取り次いできた。
「また、立ち会いの所望か」
 うんざりしたように言うと、文五郎は袋竹刀をとって立ち上がった。
「それがしが追い払って参ります」
 言いようのない怒りが込み上げている。
「待て!」
 信綱は出て行こうとする文五郎を制して、
「その者の姓名と風体は?」
 と、取り次ぎの寺の者に訊ねた。
 聞き終えて信綱は、
「会ってみよう。こなたへ通してくれ」
 そう言うと、急ぎ酒肴の膳を整えて欲しい、と寺の者に頼んだ。
「はて・・・・?」
 師信綱が、仕合を申し込んできた者と直に会うことはめったにない。疋田文五郎はその胸中を図りかねていた。見れば神後伊豆も同じような面持ちである。

 (四) 信綱の依頼

 寺の者に案内されてきた兵法者は、三十を少し過ぎているように思われた。
 丸い顔に愛嬌のある目鼻立ちで、播州浪人曾根崎源斉と名乗った。
 だが、茶の小袖に絽の袖無し羽織、革袴を着した整った出で立ちは、とても旅の兵法者とは思えぬものであった。
 源斉は今すぐにでも立ち会いたいと望んだが、信綱はそれをやんわりと断り、
「三日後、お相手を仕りましょう」
 と、約束した。
「左様か。しからば、三日後に再び参ろう」
 あっさりと言って、辞去しようとする源斉を、
「折角のお出でゆえ、一献差し上げたい」
 信綱は、そう言って源斉を引き留めた。
 やがて、酒肴の膳が整うと、自ら瓶子をとって酒を勧めた。
 弟子の二人は師信綱の心中を図りかねていたが、
「夜は更けたようだ。飲もう飲もう」
 師に勧められて、それぞれ盃を重ねていった。
 酒が進んでくると源斉も遠慮が無くなってきた。
「ときに伊勢守殿は、板東において武田信玄公と兵馬を交えたとか。是非ともその模様を伺いたいものだが」
 いかに酒席とはいえ、負け戦のことを聞くなど無礼ではないか、と気色ばむ文五郎を制し、
「いやお恥ずかしい。当代の戦上手にかかっては、我らは赤子も同様でござりましたよ」
 信綱は、源斉の頼みに快く大胡開城の模様を語ってやった。
 
 話し終えて信綱が、
「ときに源斉殿。無月冬四郎という兵法者を御存知か?」
 と、改まった口調で問うと、
「無月冬四郎でござるか・・・・」」
 反芻するように呟きながら、源斉は小首を傾げてしばし思案する体であったが、
「いや。知りませぬな」
 あっさりと答えた。
「実は、明日立ち会うことになっておりましてな」
「ほう。左様でござるか」
「指南とは名ばかりの立ち会いでござろう。源斉殿、検分をお願いしたいのだが」
「心得申した」
 信綱の依頼を、源斉はにっと笑って引き受けた。三日後に立ち会う相手の太刀筋をじっくり見てくれようとの腹づもりは明らかだった。
 文五郎と伊豆は顔を見合わせた。源斉の思惑が明らかなだけに、二人は師の意図がいよいよわからなくなったのだ。

 (五) 立ち会い

 翌日――。
 約束の刻限に信綱は、西福寺の裏手にあるすすきが原で無月冬四郎と見えた。
 そこはすすきが原とは名ばかりの、雑草が伸びるに任せただだっぴろい野原だった。かつては公家の邸宅があったというが、うち続く戦乱に建物は焼失し、一族もまた都を捨てたに違いない。
 無月冬四郎は、麻の筒袖に裁着袴(たっつけばかま)という軽装であったが、頭の白い鉢巻が覚悟の程を示しているように思われた。
 真剣でという申し条に対し、
「当方はこれにて十分」
 信綱はあくまでも袋竹刀を取っての立ち会いを譲らなかった。
「臆したか!」
 無月冬四郎の挑発にも、
「新陰流の流儀なり」
 信綱は泰然として自若であった。
 やむなく冬四郎は、文五郎の差し出した袋竹刀を受け取った。
 不本意であったろうが、兵法指南を望んだ以上、相手が真剣を取らぬうえは、おのれが真剣というわけにもいかなかったのだろう。
 二人は五間ほどの距離を置いて対峙した。
 互いに中断に構えている。

「むっ・・・・」
 冬四郎の剣先がぴくりと動いてすぐに止まった。
 しかめた顔が、真剣や木太刀とは違う感触に戸惑ったようにも見えた。
 信綱は表情も変わらず、まるでそのまま石像になったように微動だにしない。
 二人は対峙したままだった。
 およそ一刻ほどが過ぎた後、やっ、という気合いが信綱から発せられた。
 あっ、と小さく叫んだのは文五郎である。
「ま、まさか・・・・」
 両眉がつり上がり、口を閉じるのさえ忘れている。
 文五郎は眼前の展開が信じられなかった。
 立ち会いで信綱が先に仕掛けるのを初めて見たからである。
 だが、勝負は一瞬のうちについた。

 踏み込むと同時に、中段から上段にゆっくりと引き上げられた信綱の袋竹刀は、一瞬のうちに振り下ろされて、冬四郎の左肩を鮮やかに打ち据えていた。
 一方の冬四郎は、信綱の動きに合わせて身を沈めると、袋竹刀が中段から右下に鋭く回転し、こちらも見事に信綱の左胴をとらえていた。
 そのまま、両名ともぴくりとも動かなかった。
「む、むむ・・・・。いずれが・・・・」
 検分役の源斉は、信綱の左肩が先か冬四郎の胴が先か見極められなかった。
 両者互角のように見えたのであろう。

 ややあって信綱は、
「お見事。それがしの負けでござる」
 からりと言って袋竹刀を納めた。
「いや、この勝負は相打ちでござる。是非、今一度真剣にてご教示願いたい」
 冬四郎は明らかに不満の意を表した。
 むろん、冬四郎は指南とは名ばかりの仕合を求めている。
 そのことは信綱も承知していて、それゆえの袋竹刀での立ち会いだと文五郎は思っていた。
 それがまさに新陰流の流儀だったからだ。
 だが、真剣で殺るか殺られるかの勝負を繰り返してきた冬四郎にとっては、双方が傷一つなく生きていて勝っている。
 しかも、相手が自分の負けを素直に認めているというこの光景は信じられないものだったのだろう。

「信綱殿、再度真剣にて」
 すがるような冬四郎に、
「竹刀なればこそ今の勝負は、相打ちのようにも見えよう。だが、貴殿の竹刀はそれがしの胴を一寸のところで止めている。それに対し、それがしの竹刀は貴殿の左肩を打った。貴殿がそれがしの胴を一寸のところで止める呼吸が、後手を引いたに過ぎぬ。おそらく、日頃の修練や仕合での止めを身体が覚えていたということであろう。真剣であれば、その止めがかからぬゆえに必ずやそれがしの胴が斬られていた。
 信綱は言い置いて、文五郎、伊豆を促すとさっさと寺へ帰ってしまった。
 冬四郎は呆然としてその場に立ちつくしていた。
 信綱の言った意味が理解できなかったからである。

 (六) 時の流れ

「負けた。上泉殿が負けた」
 呻くように呟いた源斉は、逃げるようにその場を離れた。やがて、
 ――上泉信綱が無月なにがしという若者に負けた。
 という噂が、ぱっと京中に広まった。
 検分役の曾根崎源斉から出たことは明らかだった。
 なぜなら、源斉は約束の三日後に現れなかったからである。

 以後、信綱に立ち会いを望む者はいなくなった。
 この事実に歯を噛みしめて悔しがったのは文五郎である。
「なにゆえに先に仕掛けられたのでござりまするか?」
 若い冬四郎は、高齢の信綱に対して体力的に優位である。
 そのため、対峙したまま時を稼いで、信綱の疲れを誘うおうとしたのである。
 新陰流は元来が受けの太刀である。
 にも関わらず、それを承知で信綱が先に仕掛けたことが、文五郎にはどうしても理解できなかったのである。
 文五郎がこのときの信綱の真意をただすと、
「時の流れ、と言うておこうかの」
 と、笑って答えたという。

 文五郎は、はぐらかされたような気持ちになって、その心中を図りかねる、と神後伊豆に愚痴をこぼしたが、
「つまらぬ仕合を繰り返すことがなくなって良かったではないか。師の心中など我らには分からぬよ」
 とは、慰めともつかぬ神後伊豆の返事であった。
 翌年四月、信綱は新陰流の皆伝印可を柳生宗厳に与えた。

 信綱が三度目に上洛したのは、織田信長が足利義昭を奉じて入京した翌年、永禄十二年のことである。
 天下は争乱から統一へと向かいつつあった。


 (注)上泉信綱の大胡開城と兵法流布への旅立ちは、近年永禄九年説が有力だが、本作は従来の永禄六年説に従った。









最終編集日時:2010年12月14日 13時50分

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