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秘太刀「一心の剣」(無料公開)
[【時代小説発掘】]
2010年11月28日 11時49分の記事


【時代小説発掘】
秘太刀「一心の剣」
髻/廾賚


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


第40回池内祥三文学奨励賞受賞作家


【梗概】: 

剣の腕は確かだが、生一本で純情、青臭くて単純な若者。北町奉行所風烈廻り昼夜廻り同心朽木重四郎の捕物帳らしからぬ捕物物語

 ふと、うるさいくらいの蛙の鳴き声がぴたりとやんだ。一瞬の静寂の時が来た。真っ暗な冬四郎の脳裏に、ちかっと光ったものがある。
 パチリと目を開けた冬四郎は、刀の鯉口をきって堂の入り口をはっしと睨みつけた。
 不思議。入口も開かぬのに冬四郎の眼前にあの神波左近が現れたのである。だが、その容貌は二日前と比べてうそのように痩せこけていた。立っている姿はまるで幽鬼のようである。陽気な印象だったが、眼前の左近は陰気で眼だけが異様にぎらついていた。何かにとりつかれたような眼である。冬四郎も相手が左近でなければ、背筋に冷たいものを感じたかもしれない。
(本文より)


【プロフィール】:

鮨廾賚此 昭和33年生まれ。浪華の地に単身赴任して半年が経過しました。関東と関西の文化の違いに戸惑いつつ、ひたすら文章修行中です。平成22年6月25日に雑誌『大衆文芸』掲載の「沼田又太郎の決意」等により、第40回池内祥三文学奨励賞をいただきました。そのため、今後は筆名を「鮨廾賚此廚謀一します。



(「末永喜一郎」改め)鮨廾賚困里海譴泙任虜酩福

信綱、再び  
風烈廻り昼夜廻り同心朽木重四郎 
雲、流るる
猿御前
信綱敗れる 


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【時代小説発掘】
秘太刀「一心の剣」
髻/廾賚



(1)無月冬四郎、好敵手神波左近と初めて会う
 
 無月冬四郎の剣名は上がりつつあった。
 剣に生きると志して早十年になる。立ち会うこと十数度、確かに危うい場面も何度かあった。都度、己の力で切り抜けてきた。それが自信にもつながっている。また、勝った、という事実が諸国の同じく剣を志す武芸者の間にも口伝いに広まり、少しずつだが冬四郎の名が口の端にのぼるようになっていた。
 街道の往来や辻々で己の名が語られ、それを耳にするときがあった。そんなとき、ある種の面映さを感じながらも、内心に笑みを浮かべていたのは事実である。だが、それが己の慢心であったと知るのにそれほどの時を要しなかった。教えてくれたのは神波左近という、これも剣を志す武芸者である。
 左近と初めて会ったのは、昨年の秋のことだった。鹿島、香取の両神宮で剣の指南を受け、さらに筑波の山篭りから降りて、鎌倉に向かう武蔵野路であった。
 道の左右には人の背丈ほどもあろう薄が風に揺れていた。白い頭がお辞儀をするような形で左右に傾いでいる。そのとき風は北から吹いていた。もうしばらくすると、それが身を切るような風に変わるのだが、そのときはまだ小春日和の柔らかな日差しとともに風も肌にやさしかった。
(鎌倉から東海路へ入るか)
 冬四郎も寒さは苦手である。できることなら避けたい、と思う。ひとまず西へ行こうと決めて鎌倉を目指していたのだった。
 冬四郎の身なりは貧しくはない。鹿島神宮から旅立つときに、餞別として新しい黒の革袴に麻織の厚手の小袖と絽の胴服を贈られていたからである。
 道はだらだらと続いていた。鎌倉街道とはいえ、往来に人通りはほとんどない。鎌倉が関東の中心でなくなって久しいからだろうか。この頃関東は小田原の北条氏を軸に動いていた。
 そんなとき、彼方から左近が歩いてきたのである。笠も被らず、懐手で悠然とした歩き方だった。口に薄の穂先を咥えている。
 冬四郎も笠を被っていない。笠を被るのは自分の顔を隠すように思われて何となく好きになれないのだった。特に剣に多少の自信を得たいまは、なおさら太陽に向かってまっすぐ顔をあげて歩きたい気持ちが強い。それは、おれが無月冬四郎なんだと胸を張って歩きたいという思いでもあった。
 二人は互いの距離が一間くらいに狭まったときに、ふと眼と眼が合ったのである。
 ときに互いの眼と眼が合ったことが原因で果し合いになることがある。明らかに自分より強いと見た相手には、冬四郎も直接に眼を合わさないように気をつけている。だが、なにげなく視線をやった眼がぶつかったという感じだった。左近の方はずっと冬四郎を見ていたようだ。思わず冬四郎の五体が締まって、足が止まった。そのとき、まるで待っていたかのように左近はにっと笑ったのである。丸く大きな優しい眼であった。すでに歩をやめている。
 緊張を解いた冬四郎に、
「御貴殿が無月冬四郎殿か」
 咥えていた薄をぺっと吐き出して、姓名を問うてきた。案外に高く澄んだ声音だった。
 再び緊張が走る。
「どうやら確かなようだのう。それがしの名は神波左近。そなたと同じく剣を志すものだ」
 口調に敵意は感じられなかった。
「いかにも無月冬四郎だが・・・・」
「はっはっは。鹿島、香取で修行を積んだと聞いた。坂東では何度か名を聞いたぞ」
「・・・・」
 冬四郎は答えなかった。相手の真意が分からなかったからだ。
 そのかわりに、じっと左近を見た。丸顔で口の周りいっぱいに、生えるに任せた髭が特徴だ。元来は薄い紺色だが、褪せたうえに埃にまみれて白っぽくなった十徳羽織と擦り切れた袴を着している。冬四郎と同じく旅の武芸者と一目で知れた。がっしりとした体躯だが眼光は意外と優しかった。そのうえ口の周りの髭が全体的に愛嬌を与えている。いま眼前に立つ左近からは、武芸者らしい畏怖は微塵も感じられなかった。
「ふふ、答えぬか。仕方あるまい。立会いを所望じゃ」
 左近の態度が一変した。すでに懐手を解いている。
 その声をみなまで聞かず、冬四郎はさっと一尺ばかり後ろに引いた。手は刀の鯉口にかかっている。明らかに二人は互いの間合いに入っていたのである。ときに、口を開くと同時に抜き打ちをかける相手がいる。だが、左近は落ち着いていた。
 通常、剣の果し合いは時間と場所を決めて立ち会うのが慣例となっている。正々堂々という言葉があるが、互いに持てる力を十分に出し切っての勝負が武士たるものの潔さとされていた。勝っても負けても勝負はその場限り、というわけである。むろん、見届け人も必要で、その口から語られる勝負の内容が勝った人物の剣名をさらに高めていく。
 だが、世は乱世である。ときに理不尽な勝負を挑まれ、不本意な負け方をすることもある。勝った方は何とでも言えば良いわけで、それも兵法のうち、とみなす考え方があるのも事実だった。
「ほう。さすがじゃな。このまま抜こうと思ったがやめた。また、会おう」 
 鋭く変わった眼差しをもとのやさしいそれに戻して、そのまますたすたと冬四郎の横を通り過ぎていった。
 気がつくと脇の下にじっとりと汗をかいていた。長年の修行から咄嗟に後ろに飛んだが、これからはこうしたことが間々あるのではないかと思われた。剣名があがるということは、無月冬四郎としての自分を狙う者が出てくるのだという、素朴な事実に愕然とする思いだった。と同時にそのことを教えてくれた左近に、いまは感謝したい気持ちもわずかにあった。
 だが、正々堂々と立ち会ったならばどちらが勝つだろうか。
(きゃつは傍を通り過ぎるときに全く隙を見せなかった)
 冬四郎の手は刀の鯉口を切っていたのである。それは抜かなかったのではなく、明らかに抜けなかったのだった。
 道に佇みながら思案する冬四郎を怪訝そうに見ながら旅の商人が通り過ぎた。
 追うものから追われるものへの自覚、それは冬四郎にとって辛いことだった。
 旅の武芸者と行きあうときは我知らず緊張し、一人で居るときはどこからか己を狙う者がいないかと気を研ぎ澄ます。やがて、そんな日々に神経をすり減らした冬四郎は、
「いかん。このままではわずかばかりの剣名に己が潰される」
 自ら一念発起した。

(2)無月冬四郎、小田原城下の入り口で神波左近と再会す 

 冬から春にかけて冬四郎は伊豆の天城山に篭った。
 修行の甲斐あって、不必要に気を研ぎ澄ますことはなくなった。
 まだ自分にそれほどの剣名があるとも思われない。立ち合いを所望されたならば、今までと同じように勝てる相手とは立ちあい、勝てそうもない相手とは勝負を避ければ良いのである。そんな今までと同じように生きていく、というごく平凡な考え方にようやく達して、やや気持ちが楽になった。
 山篭りから降りてきたとき、伊豆の里には満開の桜が咲き誇っていた。
 冬四郎に花鳥風月を愛でる趣味はない。だが、うららかな風に流れて舞う桜の花びらに、
「ほう。何と美しい」
 と思わず感嘆の言葉が出るほどに心の余裕を取り戻していたのだった。
 冬四郎はひとまず熱海の里を目指した。 
 熱海の里は古くは『伊豆国風土記』にも紹介された湯の里である。諸病治療の温泉で名高い。冬四郎は修行で疲れた身体を癒そうと考えたのである。
 熱海の里に行く途中で一人の武芸者と立ち合った。互いに名乗りあったが、相手は冬四郎と知って勝負を挑んだわけではなかった。そのことに軽い失望と安堵を覚えたとき、山篭りによる修行の確かな成果を感じていた。
 だが、軽く勝てる、と踏んでの立会いだったが、相手を倒すのに予想外のときを要した。ばかりか自身も手傷を負ってしまったのである。
(そんな馬鹿な?)
 冬四郎の見込みでは、もっと楽に勝てると思っていたのである。
 その勝負の後、そのまま熱海の里で湯治を兼ねての修行を行ったが、迷いが多すぎてはかばかしい成果を得られなかった。
 己の剣の型と見切りが、何か未完成な隙だらけなものに思われて、型を取れば取るほど今までに得たものが崩れていきそうだった。
(ううむ。一つを超えて、また一つか)
 もうもうとあがる湯煙に黒光りする柱、熱海の里の中でも特に霊験あらたかなりと言われる湯につかりながら、冬四郎は思案した。その湯は古の淳仁天皇の御代に箱根金剛王院の万巻上人が開いたと伝えられる霊湯で、少彦名命を祀った伝承の湯でもあった。
(さて、これからどうするか)
 傷が癒えて、熱海の里から三つの行き先が考えられた。一つは三島大社に詣でて神仏の加護を頼む道。もう一つは箱根の山で再度山篭りする道、そして最後は小田原の城下で高名な剣士に教えを請う道、の三つである。
 山篭りは終えたばかりである。再度行うことは気が進まなかった。さりとて三島大社も躊躇われた。鹿島、香取の両神宮で修行したのは昨年のことである。だけでなく、冬四郎は無性に人が恋しかった。熱海の里で遊女と一晩肌を合わせたが、それでは満たされないものだった。剣の道について無性に誰かと話をしたいと思うのだった。
 熱海の里から小田原へ向かった冬四郎は、城下への入り口で再び左近と出会ったのだった。
 小田原は北条氏康の城下町である。祖父早雲から数えて三代目、坂東八カ国に覇を唱える北条氏の根城として小田原は殷賑を極めていた。坂東といえばかつては鎌倉が栄えていたが、公方が古河へ去って以来寂れていく一方で、すでに坂東の中心は小田原にとって代わられていた。
「また会ったな」
 城下への入口には関所が設けてあった。その門の人並でごった返す街道の溜まり口で、突然左近から話しかけてきた。
 相変わらず髭は伸ばし放題である。まなざしに険しさもなく、人懐っこい、親しい友にでも接するような口調だった。ふと、十年来の知己に出会ったような錯覚を感じて、慌ててその感情を振り払った。
「ふふ。この人込みでは、ここでの立ち合いもなるまい。どうだ、明日の巳の刻この先の城下はずれのお堂のところで立ち合わぬか」
 左近はまたも立ち合いを希望している。
(勝てるか)
 冬四郎はじっくりと思案した。
 年も背格好も同じくらい、体躯はやや左近が大きい。左近は冬四郎を倒そうとしている。昨年、鹿島、香取で剣を学んだ際に、かなりな数の諸国流浪の武芸者と語り合った。だが、神波左近という武芸者の名前はついぞ聞いたことがない。このまま立ち合っても自分にとってあまり利はなかった。むしろ、負ければ今までの剣名も無に帰す。
「迷っておるな。臆したか」
 明らかな左近の挑発に冬四郎の目がぴくりと動いた。
(このまま立ち合いを拒否すれば、どんな噂が流れるとも知れない)
 左近は饒舌な質のようである。冬四郎は意を決した。
「承知した」
「はっはっは。では、明日お会いしよう」
 髭を震わせるような高笑いを残して左近は去っていった。顔はほころんでいた。自信があるのだろう。だが、挑戦を受けた以上、冬四郎も負けるとは思っていない。
「あの、饒舌に惑わされぬことだ」
 一人ごちながら関所に入ろうとすると、
「冬四郎、どうせ今宵の宿は小田原であろう。一酒つきあわぬか」
 去ったはずの左近から再び声を掛けられた。どうやら引き返してきたようだ。
「それがしのねぐらにわずかだが酒がある。それで一杯やろう。肴に鮎を何匹か捉えてある。焼きながら酌みかわそうではないか。そして、目が覚めたら勝負だ」
(罠か?)
 一瞬そう感じたが邪気のない眼差しに、
「承知」
 二つ返事で答えた。なぜかほっとした思いがあった。剣の道を語れるのではないかという小さな期待も芽生えていた。己の名を呼び捨てにされたことさえ不思議と気にならなかった。

(3)神波左近、秘太刀「一心の剣」について語る 

 左近がねぐらと言ったそのお堂は、すでに相当くたびれていた。軒は落ちていまにも崩れそうである。何とか雨露が凌げるといった感じで、
「ぜいたくを言える身分ではないのでな」
 案外と左近は謙虚な言い方をした。
 日が暮れて、ちょうどおりからの月明かりでぼうと闇に浮き出たような感じのお堂は、見ていて余り気持ちの良いものではなった。
 そのお堂の前に雑草の生えた小さな広場がある。そこに熾した火を挟んで二人は向かいあうように座った。竹に刺した鮎を四匹火の回りに立てて焼いている。
 土器(かわらけ)が二つ、白く濁った酒をそれぞれ手酌で呑み始めた。酒の入った瓶子は火から離して二人の間に置いてある。
 改めて姓名を名乗りあってから、
「お主、鹿島では塚原卜伝殿の知遇を得たそうだの」
「うむ。若いに似ず筋が良いと誉められた」
 思わず冬四郎の顔がほころぶ。塚原卜伝の皺だらけだが赤銅色に焼けた顔が思い出された。
 すでにして剣聖とまで呼ばれる塚原卜伝は、いまや伝説の剣士となっている。本名は新右衛門高幹といい、今年六十一歳になる。天真正伝香取神道流を学び、後に鹿島新当流を創始するとともに、諸国を廻り自らの兵法の弘流に努めていた。室町第十三代将軍足利義輝を指南したことでも知られている。だが、さすがによる年波には勝てず、数年前から回国をやめて故郷の鹿島で後進の指導に当たっていたのだった。一手卜伝の指南を求めて諸国から多くの剣士たちが鹿島神宮を訪ねていた。
「他流の者にも親切でな。随分と目をかけていただいた」
「うらやましいことよ。ところでお主何ゆえに剣を学ぶ」
「強くなりたいのだ」
 冬四郎は物心ついたときから天涯孤独であった。世は乱世である。生きるためには強くあらねばならない。そのために学びはじめた剣だった。
「強くか。強くなってどうする」
 冬四郎は一瞬答えにつまった。深く考えたことなどなかったからだ。
 わおーん・・・・。
 遠くで山犬の咆哮が聞こえる。
 一声、また一声。
「分からん。それよりもお主はなにゆえ剣を学ぶ」
 沈黙に耐え切れず、冬四郎ははぐらかすように逆に問うた。手が焼きあがった鮎に延びる。
「わしか。わしは秘太刀を完成させたいのだ」
「秘太刀?」
 冬四郎は手にとってかぶりつこうとした鮎の手を止めて思わず反復した。それほどに意外な答えであった。
「亡き御師匠との約束でな」
 左近の師は無名の人物だったが、剣の腕は確かだったらしい。
「先年、身罷った。そのときの遺言で秘太刀一心の剣を完成させるよう命じられたのだ」
 左近の師は念流の剣を使ったという。
 念流とは幻の流派である。流祖は念大慈音といい、遠く応安元年五月に筑紫の安楽寺で剣の奥義を得たというが、ときに十八歳であったという伝説の人である。百六十年以上も前のことである。二代目はその弟慈三禅師だと伝えられているが、以後の流れが全く不明なのである。ただし余談ながら、後に文禄の頃、樋口又七郎定次が樋口念流を起し、その子孫が上州馬庭村に住したことから馬庭念流として今日に伝わっている。
 だが、当時は無名であっても念流を受け継ぐものはいたのである。左近の師がまさにそうであった。
「御師匠は一心の剣という秘太刀を編み出そうとされていた。それは御師匠の極めた念流の奥義だとも言っておった。だが、それを完成させる直前で亡くなられたのだ。それゆえその秘太刀を完成させるよう遺言された」 
「秘太刀。念流の奥義とな」
「一心の剣は塚原卜伝の一の太刀にも匹敵する」
「なに、塚原卜伝の!」
 それは冬四郎を驚かすに十分だった。
 剣聖塚原卜伝の一の太刀は、天下無敵を謳われた鹿島新当流の神髄を一身に集めたものと言われている。伝授一人と言われ、伊勢の国司北畠具教卿のみがその太刀を唯一伝授されていた。
「いかにも。それが完成すれば我が念流の総仕上げとなる」
「完成すれば・・・・」
 冬四郎の剣の基本も念流である。それだけに左近の語る秘太刀一心の剣に気持ちが吸い寄せられた。
「さよう。その完成が御師匠の遺言なのだ」
「ううむ」
 冬四郎の気持ちは大いに動いている。塚原卜伝の一の太刀にも匹敵する秘太刀である。ぜひ見てみたいものだと思った。

(4)無月冬四郎、神波左近に情を感じ、密かに去る

「ところでお主未完成の秘太刀を師よりどうやって受け継いだのだ」
「口伝でな。そのとき、それを完成させたら新しい流儀を立ててよいと約束されたのだ」
 やはりな。冬四郎は聞いてややがっかりした。
 この時代、師から弟子への流儀の神髄や秘太刀の伝授は口伝である。塚原卜伝も北畠具教への伝授は口伝でなされたと聞いていた。
「お主の師とはどのようなお方だ」
 冬四郎は話をかえた。今まで師らしい師について学んだことがない。興味を覚えたのだった。
「うむ。わしの師はそれは厳しいお方であった」
 と言って、左近の語った師との修行はまさに剣一筋のものだった。
 左近は十歳にして孤児となったという。それを師に拾われ、以後はずっと二人で過ごした。人里離れた霊山に篭り、自らの念流の剣の完成に生きる師は、始め左近を飯炊き、洗濯、風呂の番などの下僕として使った。こらえきれずに逃げようとすると激しく打擲された。雑用は師が亡くなるまで続いたという。
「里に下りることもなく、山の中で奴隷のような生活であったわい」
 左近は顔をしかめて言った。だが、悲壮感はない。
 やがて、自らの死を意識した師は、左近に対して剣を指南するようになった。
 朝は日が登る前に起きて、飯炊きなどの雑用をこなし、その後は剣の修行、ときに山を巡って薪や食料を調達する。川に入ることもあった。
「おおよそ十五年、春夏秋冬毎日が同じことの繰り返しであったわ。何の楽しみもなかった」
 左近はうんざりしたような顔で言った。
 毎日が修行にのみ明け暮れる禁欲的な生活の果てに、左近の師は自らの剣の完成を見ずに死んだ。そして、その夢を左近に託したのである。
「十で師に拾われ、それからずっと師とともに生きてきた。それゆえにそれがしも剣の道しか知らぬ」
 師の死に接して、始めは解放感があった。しかしながら、剣しか知らない左近は何をしたら良いか己の生きる道が分からず、やがて師の教えを守って秘太刀の完成を目指すようになったという。
「はっはっは。だが、もう御師匠はおらぬ。これからはそれがしのみの毎日じゃ」
 生来左近は饒舌で楽天的なようだ。天性の気質が本人の言う何の楽しみもない修行を乗り越えさせたのだろうか。そう思ったとき、冬四郎は一抹の寂しさを感じた。
「お主、もしや師に会いたいのではないか」
「はは、馬鹿な」
 否定の言葉に力がなかった。
 何の楽しみもなく、ただひたすらに雑用と修行に毎日を過ごしてきて、そしてそこからの解放と同時に生きる当てもなく、所詮は師の遺言に従わざるを得ない左近に冬四郎はふと同情を覚えた。
「ところで、お主も念流と聞いたぞ。武蔵野で初めて会ったときも腕は互角と見た。いや、ややそれがしが上か。ちょうど良いのだ、わしの相手にな。お主と闘ってわしの秘太刀を完成させたいのだ」
「秘太刀か。未完成なままで良い。一度その型を見せてもらえぬか」
「お主と立ち会うときに存分に見せてやろう」
「立ち会わぬとだめか」
 そこまでの執念、叶えてやりたいと思う。だが、同じ念流に連なる者ではないか。まして左近の生い立ちを聞いたいまは、倒すか倒されるかという立会いではなく、別な方法でどちらも傷つかない形で完成させられないものか。冬四郎は痛切に思った。
「当たり前だ」
 だが、そんな冬四郎の気持ちに忖度なく、左近の返事はにべもないものだった。
「ところで、この広い日の本で当今の使い手といえばどなたであろうか」
 冬四郎はともすれば湿りがちな話しから話題をかえた。
「うむ。まずは上泉伊勢守信綱殿であろう」
「上泉殿か!」
 冬四郎も名前だけは知っている。武田信玄の誘いを蹴って、自ら考案した新陰流という剣技を諸国に広めるため旅に出た武芸者だと聞いていた。
「いかにも。今度将軍義輝公に剣を指南すると聞いた」
「なに。義輝公に」
 冬四郎の目が大きく見開かれた。塚原卜伝以来ではないか。
 義輝は室町幕府の将軍だが、戦乱続く京にあって自ら剣の道を求める希有な将軍だと聞いている。塚原卜伝の薫陶を受け、自身相当の剣を使うとも聞いていた。
「ううむ」
 冬四郎は考え込んだ。
 静かに夜が更けていく。山犬の遠吠えもいまは聞こえない。満月に間近い月が頭上に浩々と冴え渡っていた。
 火が小さくなっている。炎の先端に小さな虫たちが舞っていた。
 いつの間にか左近は寝入ったようだ。ごろんと横になってしどけなく寝ているその姿は無防備なように思えた。邪気のないその寝顔を見て、冬四郎の闘志は完全になくなっていた。そっとその場を離れると月明かりを頼りに街道を目指した。
 ぐぁーぐぁー、という気持ちの良い寝息が背後から遠ざかっていった。
「秘太刀一心の剣か」
 冬四郎は何度も呟いた。
 東海道を京へ向かいながら、脳裏には左近が言ったその言葉が湧いては消え、消えては湧いてくる。
 左近は塚原卜伝一の太刀にも匹敵すると言った。念流の奥義とも言ったのである。冬四郎も念流に連なる者の一人である。ぜひとも極めてみたい。だが、同時に左近は未完成だとも言ったのである。
(せめて、型なりと分かれば後は己の工夫で)
 とも思う。糸口さえあれば左近より先に完成させる自信はあった。だが、そのために左近と太刀を合わせる気はしない。同じ念流の剣を志す者として、不思議と新愛の情が湧いていた。師とともに厳しい風雪を生きてきた左近に対してある種の畏敬の念も加わっている。
(同じ念流ではないか。共に手を取りあって完成できないものか)
 という思いを、いかん、いかん、と慌てて振り払った。
 剣を志す者に感傷は禁物である。
 我知らず足が早くなった。

(5)無月冬四郎、番場の宿はずれで、ついに神波左近と立ち会う。決着は?

 一陣の風が吹き過ぎたように感じた。だが、それは髭を震わす気合いとともに踏み込んだ神近左近の抜き打ちだった。
 あやうく身をかわした冬四郎の頬にツッと血が糸を引く。
(やはり、強い!)
 と冬四郎は思った。今までに幾度となく戦った武芸者の中でも左近は五本の指に入るだろう。冬四郎は全身に鳥肌が立つのを感じた。
 必殺の抜き打ちをかわされた左近は、ちっ、と軽く舌うちして八双に構えなおした。
 できれば闘いたくない、という気持ちが心の奥底にあった冬四郎だが、迷っていては勝てない相手だった。
(やむを得ぬ)
 冬四郎は意を決して腰の刀を抜いた。そのままぴたりと正眼に構える。
 背格好は冬四郎と変わらないが、いまは眼前に立つ左近の姿が大きく感じられる。
 いつもはやさしさを称えた目、丸っこい顔に愛嬌のある髭面なのである。だが、炯々と光る眼、全身から立ち上る殺気、隙のない構え、どれをとってもいま眼前に立つ左近は、まるで別人のようであった。
 互いに対峙したまま時が流れた。
「臆したか」
 激しい気が送られてくる。その気を押し返しながら冬四郎は、負けるものか、と刀を握る左手に力を込めた。そんな気持ちを見抜いたような言葉だった。
 どれぐらいの時が過ぎたのだろうか。冬四郎には長く長く感じられたが、あるいはほんの短い間のことだったかも知れない。
 冬四郎はゆっくりと右手を引き、刀をやや右に寝かせるような構えをとった。
「ほほう。面白い構えだのう。まさか秘太刀ではあるまいな」
 左近が皮肉を込めて問う。
 ここは近江国番場の里の手前である。
 小田原の城下のはずれで、寝入った左近をおいて冬四郎は京を目指した。それを、
 ――逃げた。
 と思った左近は、後を追い掛けてきたのである。無理もない、果たし合いの約束をしていたのだから。そしてこの番場の里の手前で追いつかれ、立ち合いとなったのである。
 酒を飲みながら語った冬四郎は左近にある親しみを感じていた。お互いに生死をかけて戦いたくないと思っていたのだ。だから、黙ってその場を去った冬四郎だったのだが、その行動は左近の気にいらなかったようだ。
「ふふ。どうかな」 
 冬四郎は相手の言葉につりこまれまいと短く答えた。
 聞いて左近はニタリと笑った。
「ふん。秘太刀などを編み出す修行をしていたとは思えぬぞ」
 その通りだった。冬四郎は小田原の城下のはずれで別れて以来、ひたすら京都を目指していたのである。だが、秘太刀一心の剣への思いを抱いていたのも事実だった。
 見破られて冬四郎の目が険しくなった。胸奥たぎる反骨の気概に火がついた感じであった。
「ほう、良い目をしてきたぞ。獲物を狙う獣に似た目だ。剣をとって立ち会うものの目だかくあらねなばならぬ。ふふ、その目は良い。良いぞ」
 相変わらずよくしゃべる奴だ、と冬四郎は思った。
 余裕なのだろうか。それともこれがこの男の手の内なのだろうか。いずれにしろ立ち会いに饒舌は不要である。そう思うと心持威圧感が薄らいだように感じた。
「冬四郎、真の念流の剣を良く見ておけ。この世の見納めにな」
 じりっ、じりっと左近が間合いをつめてくる。
(ううむ、念流!)
 冬四郎の目がピクリと動いた。お互いの剣の動きは想像できる。冬四郎もまた基本は念流なのである。だが、流派に対するこだわりはあまりない。
「ちょうど良い。お主を相手に念流秘太刀一心の剣を試してみようかい」
(一心の剣!)
 左近の師直伝の秘太刀だと語っていた。同時にまだ未完成だとも語っていたはずである。
 冬四郎は良い機会だと思った。不思議に恐怖は感じなかった。未完成とはいえ、念流の秘太刀の型が見られるのである。己が勝負に破れてこの場で果てるとも、なぜか悔いは残らないような気もしていた。それほどに左近の語った秘太刀一心の剣に渇望していたといって良いだろう。純粋に太刀の流れを見てやろうと思ったとき、不思議と冬四郎の気は左近の太刀に集中していた。
 冬四郎の気が集中するのをまるで待っていたかのように、左近が一気に間合いを詰めてきた。流れる風のように踏み込むと見せて右へかわし、冬四郎の剣が流れると同時に上段から打ち下ろしてきた。
 左近の太刀風は早い、だが、その太刀に集中している冬四郎にはその動きが陽炎のようにおぼろげながらも、その流れがはっきりと視認できた。
「見えた!」
 叫んだのは左近だった。
 だが、数秒後、地面に倒れたのもまた左近だった。右脇腹を深々と切り下げられている。
(勝った・・・・)
 冬四郎は血刀を地面に置き、すでに虫の息に近い左近の上体を抱え起こした。
「しっかりせい」
 声はかけたが止血は無駄であろう。押さえた自らの手の中から血が溢れている。
 左近の眼から鋭さが消え、視線は虚空を彷徨っている。愛嬌のある髭が風に震えていた。最後が近いのだろうか、身体がぴくぴくと痙攣を繰り返している。
 ふと、乱世に剣の道を求める男だけが分かりあえる奇妙な友情の念が湧いた。互いの命のやり取りは偶然に過ぎない。そして勝負もまた・・・・。それは勝者が敗者に対する憐憫や同情ではないと思う。確かに友情と呼ぶ以外にない心の動きだった。その気持ちは左近にも通じたと見えて、力のない目で冬四郎を見返すとにっと笑ったように思えた。
 冬四郎には気になることがある。
「左近殿。先ほど『見えた』と叫んだは何が見えたのだ」
 心持上体を起しぎみに問う冬四郎に左近の応えはなかった。
「無念!」
 わずかに力のない声で呟くように言ったかと思うと、左近の身体の重さが冬四郎の腕にずんときた。
 剣の流れからいって明らかに冬四郎が負けていた。だが、そうならなかったのは、最後のところでの左近の躊躇にも似た一瞬の剣の動きだった。それはまっすぐこずに動きがやや止まったように思えたのだった。その一瞬の差が勝負を分けたといってよい。それがなぜなのか冬四郎には理解できなかった。いやおそらくそうであろうという思いはある。その一瞬におそらく左近は一心の剣の完成を見たのだ。だが、それは同時に己の命を失うことでもあった。あの場合冬四郎とてそのように剣を動かさねば己が斬られていただろう。だが、一心の剣は左近の死とともに封じられたのだった。勝負に勝った冬四郎が初めて後悔した。

(6)神波左近、未練を残して現れ、ついに「一心の剣」成る

 神波左近を懇ろに弔った冬四郎だったが、もはや左近のことが気になって頭から去らなかった。いや正確にいうと一心の剣のことと言ったほうが良いだろう。
 小田原城下のはずれで、念流秘太刀一心の剣は未完成だと言った。師の遺言を受けて、それを完成させるために回国修行しているとも言っていた。だが、同時に上段から打ち下ろすときに、見えた、とも叫んだのである。あれは間違いなく一心の剣の完成だと思う。冬四郎はいまや確信に近い思いだった。
 冬四郎が左近に襲われたのは、近江国番場の里のはずれであった。番場の里はすぐる元弘三年五月六波羅探題北条越後守仲時等が足利尊氏に京を追われ自害したところである。『太平記』によるとそのとき自害した者は四百三十二人にものぼるという。爾来、恨みを含んで五月が近づくと夜な夜なあやしのことが起こるという伝承がある里であった。
 そのとき冬四郎は京を目指していたのである。京にはいま剣名最も高い上泉伊勢守信綱が、将軍足利義輝に指南するために滞在していると聞いていた。それほどに高名な信綱とぜひ立ち会って見たい、と思っていたのだ。
 冬四郎の脳裏には左近との対決が鮮やかに蘇ってきた。見えた、と叫んだ左近の声が二重、三重にこだまするのである。
 すでに冬四郎の意識のうちに京のことはなくなっていた。
 左近の決闘と弔いにけっこうな時間を費やしたようだ。そのうえ、不思議と決闘の際の想念に捕らわれて歩が進まない。いくらも歩かないうちに日が暮れてしまった。
 左近との決闘があってから二日後の夜。冬四郎はまだ番場の里はずれの薬師堂に寝ころんでいた。食を取る気もない。初夏の普通ならやかましいくらいの蛙の鳴き声も耳に入らない。むろん、伊勢守信綱どころではなかった。どうしても左近のことが脳裏から去らないのである。まるで魅入られたようである。それは不思議な感情であった。今までにないものである。
 冬四郎はもう何度そうしたか知れないのだが、目を閉じて左近との決闘をゆっくりと思い返した。あのとき、左近は一気に間合いを詰めてきた。そして踏み込むと見せて右へかわし、冬四郎の剣が流れると同時に上段から打ち下ろしてきたのである。念流の剣の流れとを合わせながら、左近の剣の流れを思い描く。
「む。むむ・・・・」
 何かが見えそうであった。だが、今一歩というところで具体的な像を結ばない。
 こうして二晩を過ごしていたのだった。
 瞑目した冬四郎は、これまで何度も試みた己の気を一点に集中する。深い深い闇に左近の剣の流れが溶け込んでいきそうであった。冬四郎の意識も遠のく。
 ふと、うるさいくらいの蛙の鳴き声がぴたりとやんだ。一瞬の静寂の時が来た。真っ暗な冬四郎の脳裏に、ちかっと光ったものがある。
 パチリと目を開けた冬四郎は、刀の鯉口をきって堂の入り口をはっしと睨みつけた。
 不思議。入口も開かぬのに冬四郎の眼前にあの神波左近が現れたのである。だが、その容貌は二日前と比べてうそのように痩せこけていた。立っている姿はまるで幽鬼のようである。陽気な印象だったが、眼前の左近は陰気で眼だけが異様にぎらついていた。何かにとりつかれたような眼である。冬四郎も相手が左近でなければ、背筋に冷たいものを感じたかもしれない。
「御貴殿は!」
 あえて問う冬四郎に、
「左様。神波左近でござる。冬四郎殿、今一度それがしと立ちおうてはくれぬか。あの時確かにそれがしにはつかめたのでござる。念流の秘太刀一心の剣の流れが。あの時はそれがうまくいかずに負けてしまったが、遺恨を抱いてこうして出てまいったのではござらぬ。それがしの秘太刀の流れをつかみたいがためでござる。何とぞいま一度・・・・」
 深々と頭を下げる左近に、
「お相手つかまつろう」
 と答えてすっくと立ち上がった。冬四郎は左近の執念にも似た秘太刀へのこだわりを心地よいものに感じていた。
(剣を志す者はかくあるべし)
 と思う。それはまた己への叱咤でもあった。
 堂を出て冬四郎と左近は対峙した。冬四郎の眼は闇に溶け込まれんばかりの、輪郭の薄い左近の五体を確実にとらえていた。互いに剣を構えて激しい闘志がみなぎった。
 左近は八双に、冬四郎は正眼に、二日前と寸分違わぬばかりの同じ型であった。
 長く短い対峙の後、やがてじりじりと間合いをつめてきた左近に冬四郎の剣先が動く。左近は踏み込むと見せて右へかわした。
 空を斬った刀を持ちかえてそのまま冬四郎も右へ進んで半身のまま下段に構え直そうとした。
 だが、左近の上段からの打ち下ろしがわずかに早かった。
「しまった!」
 叫んだがすでに遅く、冬四郎は左から袈裟がけに深々と切り下げられていた。
 くずおれた冬四郎はにっこりと微笑んで立っている左近を眼前にとらえた。身体に激痛も走らない。むしろ完璧に敗北したある清々しさがあった。
「お見事!」
 賛辞の言葉は自然に出た。と同時に自分の身体のどこにも刀傷のないことを不思議に感じていた。
「それがしの太刀筋つかめてござる。冬四郎殿、お礼申し上げる」
 左近は深々とお辞儀をした。そのまま頭をあげない。
 しばしの沈黙があった。
 ややあって、頭をあげた左近は、
「ふふ、こうなることを望んでいたのも知れぬな」
 それはいつもの左近らしいものの言い方だった。
「それがしは行かねばならぬ。これから行く世界には御師匠が待っている。御師匠と再び会える。小田原城下のはずれでそなたが言ったように、それがしは御師匠に会いたかったのかも知れぬ。これで、それがしは胸を張って御師匠に披露できる。と、同時にそれがしの秘太刀、この世の置土産に御貴殿に伝えよう。一心の剣をそなたに伝えたとて御師も怒るまい。さらば・・・・」
 言い終えると同時に闇に溶け込むかのように姿を消した。
 再び、蛙の鳴き声がかまびすしくなった。
 はっ、と目覚めた冬四郎は堂の左右を見回した。だっ、と扉を開けて外へ出る。月明かりの中風がやんで、闇が静かに横たわっていた。
 冬四郎は瞑目すると、いま夢に見た左近と己の剣の流れを反復した。やがて剣が自然に動き出す。右に左に冬四郎はほとんど無我の状態であった。動く剣にただ身を任せているに過ぎなかった。ひたすら、一心に剣をふるっていた。その姿を見る者がいたら、おそらく余人をしていっさい近づけさせない鬼気迫るとしか形容できないような気が横溢していたであろう。
 やがて、かなたの稜線がほんのりと紅丹(あかに)色に染まり始めた。
 (了)




【参考】

○念流
 念大慈恩(「慈音」ともいう)が創始した剣術の流派。新当流、陰流とともに剣術の日本三大源流と称される。その出典は上泉信綱の「新陰流『影目録』」といわれている。
 なお、現在も群馬県馬庭の地に「馬庭念流」または「樋口念流」が存在する。
 また、念大慈恩は念阿弥慈音ともいい、綿谷雪の『日本剣豪100選』によれば、俗名を相馬義元といい、奥州相馬の人。相馬四郎左衛門尉忠重の子であるという。
 父を殺され武蔵国今宿(横浜市保土ケ谷区今宿町)に隠れ棲んだ。7歳のとき、相州藤沢の遊行上人の弟子となる。念阿弥と言う。
 18歳のとき、筑紫の安楽寺で修行して、剣の奥義を感得し、後還俗して見事父の仇を討ったという。

○太平記
 北条仲時は北の六波羅探題であった。光厳天皇を守って京を落ちようとしたが、番場宿で野伏に包囲され、自害したのである。これをもって六波羅探題の滅亡としている。
 『太平記』巻九に記載がある。さわりを知りたい方は、http://j-texts.com/yaku/taiheiky.htmlをどうぞ。

○エッセイ
 剣術の各流派の系譜を見ていると、面白いことに気付く。
 例えば、新陰流の流祖上泉信綱は、もともと上州大胡城の城主で武将であった。その弟子には、大和国の国人柳生宗厳がいる。
 新当流の塚原卜伝は、鹿島神宮の神官だが、戦国大名鹿島氏の家老でもある。その弟子には、足利十三代将軍義輝、伊勢国司北畠具教がいる。
 ところが、戦国時代が終わり、江戸時代に入って泰平の時代が続くと、大名や上士で名のある人物は登場しなくなってくる。
 江戸初期、柳生宗矩は、徳川将軍家の剣術指南役として一万石を拝領したが、これは剣術のみの手柄ではない。一方の剣術指南役小野忠明は、六百石である。
 小野忠明の例は、幕府の例外ではなく、おおむね諸藩で召し抱えた剣術指南役も二百〜六百石くらいが相場であったと言われている。一生懸命に剣術を修行した結果が、二百から六百石では割に合わない気がしないでもない。宮本武蔵が仕官しなかったのも、提示されたその余りの石高の低さだったという説もある。
 それとは逆に、江戸時代を通じて剣術は、ほぼ隆盛であった。泰平の時代にいっとき廃れることはあったが、おおむね道場は盛んで、いわゆる「剣豪」が多く輩出している。防具が工夫され、稽古で致命的な負傷を負うことはほぼなくなったことも影響しているかもしれない。道場によっては、百姓や町人に教えているところもあった。
 考えようによっては、剣術は特定の層の独占から大衆化したと言えなくもない。現代では「剣道」となり、会得しようと思えば、いつでも誰でも学ぶチャンスがある。これは剣術にとって〈幸福〉なことなのだろうか。それとも〈不幸〉というべきなのだろうか?
 一つの流派を創始すること、そしてその流派の隆盛と衰亡。それはあたかも、その国の文化の歴史にも当てはまることではないだろうか。例えば、絵画(日本画)なども剣術と似たような歴史のように思われる。
 ところが、例えば「能」のように完成後何百年も変わらぬものもある。「歌舞伎」のように波のあるものもある。これは単に「栄枯盛衰」ということだけでは説明がつかない。あるいは、そもそも栄枯盛衰はなぜ生じるのだろうか?
 そう考えていくと、剣術の歴史を探ることは、人間とは何かを探ることのように思われて、なかなかに面白い作業なのである。





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