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薩摩いろは歌 雌伏編(七)父の生還 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2011年2月1日 11時59分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(七)父の生還
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


これまでのあらすじ
 大久保利通の原点はお由羅騒動ではなかったか。斉彬派に属し、喜界島遠島に処せられた父次右衛門は、「激しては負け」との言葉を残し、果たせなかった志を、正助(大久保利通)と吉之助(西郷隆盛)に託していく。一網打尽と思われた処分に、四人の脱藩者が判明し、敵方(庶子派)は探索の目をゆるめない。昨年はとうとう吉之助が斉彬出府に随従し江戸へ。そのほか多くの会読仲間も。一人取り残された正助を脇から支援する錦屋源助(黒田家隠密)。心の柱は郷中教育で叩きこまれた日新公いろは歌だ。


梗概
 生還した父の容貌が激変しているのに愕然とする正助。しばらく介護の日々が続く。一方、吉之助からは、他藩の有志との交流を綴る手紙が。その中心は水戸藩で、徳川斉昭および藤田東湖、戸田忠敬は我らの北斗なりとも。ところが、頼みとしている藤田と戸田の両田が大地震で死亡
「門を出うない、拙者を振り返り笑うのだ」
 思いだしたように樺山三円が、吉之助の噂をした。
(中略)
「黙然として、我らが藤田東湖と語るのを聞いておった」
「それが、辞して門を出うない何か申したのだな」
と、合点した正助。
「東湖は恰も盗賊の親分を見うが如し」
 

作者プロフィール:
古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。



薩摩いろは歌 雌伏編(一)
薩摩いろは歌 雌伏編(二) 血染めの裃(かたぎぬ)
薩摩いろは歌 雌伏編(三)島からの手紙) 
薩摩いろは歌 雌伏編(四)十六夜の空)
薩摩いろは歌雌伏編(五)慈父の眼差
薩摩いろは歌 雌伏編(六)耳目の門(みみめのかど



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【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(七)父の生還
古賀宣子



一 綿のような軽さ

 祇園之橋を渡り、岸壁の迫る海沿いで、正助たちは赦免船の到着を待っていた。安政二年三月十四日のことである。
「流人船は半里ほど先の仙巌洞からでしたよね」
 真上にある陽を見上げ、母は懐かしむように言った。出かける前、薄く紅を引き、鏡に眼を凝らしながら生え際の白髪が増えたのを気にしていた。細身の背がやや丸くなってきたのは、五十三歳という年齢のせいだけではないであろう。
「松の根元で、こちらを向かれたお父上様。今でんそのお姿をはっきいと」
次妹すま子がいう。十九歳と、もうすっかり大人で、親戚からは縁談話が出てきている昨今だ。
「私もよ」末妹みね子の口調も軽やかだ。正助とはちょうど十歳違いで十六になる。
「お前達が娘らしゆなったのを一番驚かれうだろうな」
 妹達に調子を合わせつつも、正助はもう一つ乗り切れないでいる。
「平吉は初対面だろう」正助は後ろを振り返った。
「旦那様が発たれた後に参いましたから」
「幾つになう」
「十四歳です」
「そうか」
 来年は元服だと思ったが、口にはしなかった。父は隠居が決まっているし、一家の長としての立場は変わらない。しなくてはならない事が続く。
 それにしても、父は・・。あの日、荷を背負っていた正助は、一人だけ船着場まで降りていき、背負い梯子ごと父に渡した。
 笑みさえ浮かべ、横目に何か話しかけながら船牢に入っていく父。痩身の正助と違い、肩幅があり、厚みのある胸。そして小鼻も顎も肉付きがいい。
 あれから五年の歳月が過ぎたとはいえ、眼窩に焼き付いている姿は変わらない。頭髪はほとんど白くなり、色白だった肌は焼け、そして恰幅のいい体躯は、幾分締まり・・。想像できる変化はその程度である。
 沖永良部島の代官附役として赴任した経験のある父は、流人の暮らしがどのようなものか知ってはいたであろうが、家族に一度も語ったことはないし、役所でも話題になったことはない。
 たとえ外見がどんなに変貌していようと、生還できる喜びは何事にも変えがたいに違いない。それゆえ、生き生きとして、多少の変貌など気にならぬほどであろう。
 それでも父は今年六十二歳だ。本土で順調に暮らしてきた人に比べれば、足腰は弱っているかも知れぬ。
 下加治屋町までは約一里。途中で背負うことも・・。それに備えるため、家政を預る家僕嘉介が自分の跡継ぎとして育てている平吉を、連れてきた。荷を担がせるためである。「ご赦免船ちゅうのは、普通の船と変わらんのでしょうか」
 背後から平吉が尋ねる。暗算の能力に優れる平吉は、嘉介を助け、充分に役目を果たしている。
「恐らく。拙者も見うのは初めてだが、まさか船牢はないだろう」
 正助は声を挙げて笑った。母や妹たちも同様だった。
 祇園之橋の手前には、湾に突き出すように琉球島が造られ、琉球糖船などが碇を下ろしている。しかも、つい半月前までは、琉球人の花見船が行き交っていた。風向きによっては軽快な三味の音が、潮見橋を越え浜町辺りまで伝わってきていたが、沿岸を縁取る桜は葉桜に変じつつある。
 やがて船尾の櫓が力強く海面を掻き、赦免船が近づいてきた。
「あれなあ」
 真っ先に声を上げたのは母だ。
 この船で戻ってくるのは父一人と聞いている。だが、舳先に立てひざをつき、着岸に構える水主の陰で、父の姿は見えない。
 縁をまたぐ際に揺れて踏み外さぬよう、父に両手を差し伸べねば。待ちきれず正助は、母達に断わり、岸へ下りていった。が、船中を目の当たりにして、正助は言葉を無くした。
 横たわっていた父は、眼が落ち窪み、頬はやせ、髯髪(びんはつ)はまるで霜に覆われたようで、咽喉元は骨が突き出て、五年前の面影はすっかり失せていた。袖口から覗く手首も肉が削げ落ちている。 
 水主は、父を起こすと、背後から腋の下に腕を入れて持ち上げる。とっさに正助は背を向けて腰を落とした。物乞いが放つような臭気に、一瞬、息を止める。
「平吉、荷を取いに来い」
 無言の動きに耐え切れず、正助は叫んだ。
 父は綿のような軽さだ。目の曇った正助は、母の視線を避け、言葉を交わすことなく歩を進めた。
 みね子が生まれた翌年だったか、母に命じられ、少しの間膝にのせて抱いたことがあった。あのときでも肉体の硬さが感じられたのに、今の父にはそれがない。
「ゆうと(よく)、ご無事で」
辛うじて母は、それだけ呟いた。妹たちのすすり泣きが続く。
 正助は吉之助からの手紙をなぞっていた。昨日弟の吉二郎が届けてくれたものである。・・・殿様は、文武を奨励し、志気を養わんとして、芝の藩邸に新たな学問所を設け候。名は幕府の嫌疑を避けるため、糾合方としているが、学生を選抜し、修学せしむるためとのこと・・。
 年初に、岩下方平をはじめ有馬新七、奈良原喜左衛門等十名近い
会読の仲間が東上したのはそのためだったか。
 江戸は益々遠のいていく・・・。正助はずり落ちてくる父の臀部を押し上げ、いろは歌の一首を思い起こした。

 名を今に残しおきける人も人
        心も心 何かおとらん


 後世まで名前を残すような立派な人でも、みな同じ人間である。自分も努力すれば必ず名を残す人になれる。
 つまりと、昔、郷中の二才衆は強調した。
 要は、自分に相応しい道を選んで修養をつみなさいということだ。


二 介護の日々

 家に戻ると、嘉介が風呂を沸かしてくれていた。
「垢は無理に擦らぬほうが宜しかですよ」
 着物を脱いでいる正助に、嘉介がいう。
 皮膚も弱っているだろうから、回復を待つこと、そして何度か風呂に入るうちに、垢は水気を含んでふやけてくると。
 父を抱きかかえ、風呂場に入ると、下帯姿の平吉が板壁寄りに置いた盥に湯を張っている。どこまで嘉介は行き届くのだろうか。
 平吉の手を借りて、父の背を支えながら立て膝にさせ、何とか盥に座らせることが出来た。嘉介の指示通りに、正助は弱った身体を扱っていく。手拭は湯を含ませたまま、弛んだ皮膚を延ばしつつ、丁寧に当てていった。
 父は船で、正助の顔を見るなり「おお」と微かに発して以来、一言も口を利いていない。が、気まずさは欠片もなかった。
 胸、腹部、手足とゆっくり押さえるように扱い、最後に風呂の湯を汲んで、肩から流していく。父は気持ち良さそうに、深いため息をついた。
「湯船にも入いもすか、父上」
 正助がいうと、まるでそれを合図にしたかのように、嘉介の声がした。
「のぼせてはないもはん。もうこん辺で」
 嘉介と平吉に父を任せて、正助は自身の身体を洗い、湯船に浸かった。繰り返し両手で顔を拭っても、涙が止め処なく溢れてくる。正助は腰を浮かして桶の縁にかけた手拭を取ると、固く絞って目頭を押さえ続けた。
 が、しかし、と思い留まる。
 自分が国事に奔走していたら、大久保家はどうなっていたであろうか。脆弱な基盤の上で、果たしてどれほど本気になれるか。その疑問が浮かぶにいたって、正助はようやく、国元をはなれぬ定めにある自分に納得できたのだった。
 風呂から上がると、布団の傍らで、嘉介が父の月代と髯を剃っていた。支えているのは母だ。
 その後、父は用意してあった粥を一口食しただけで、眠りに就いた。が、母は枕元から離れようとしない。そのまま正助は座敷の襖を閉めた。
「あまい大事にしすぎもすと、寝たきいにないもすので」
 嘉介は家族の接し方が肝要といった。
「六十二歳では、まだ早か」
 正助も嘉介の意見に納得する。
「朝餉の後とか、あういは昼過ぎの一時とか、決めた時刻に手足を動かすこつお、徐々に増やしていってはいかがでしょう」
「そやよか。早速明日から始めごと」
 勢いづく正助を、嘉介が遠慮気味に制する。
「奥様がなさうのが・・」
「そうよ、母上様の方が適任では」
 妹たちも口を揃える。
 早速、翌朝、母が白湯を運んできたとき、正助は勧めた。
「ご気分が宜しければ、ちっと、母上様と庭を眺められてはいかがですか」
「うむ」父の弛んだ目元が和らぐ。
「そうなあ」
 羽織を出してくる母の歩調も弾んでいる。
 父を母に任せて、正助が障子を開けると、父が「おお」と感嘆。船のときより力が感じられた。
 これを何日か繰り返すうちに動きが滑らかになり、母だけでも充分にこなせるようになった。
「ああ、やっと」と呟く父。
「やっと・・」
聞き返す正助の膝を、母が突付いた。
「我が家にやっと戻ってきた」
そういう意味ではと、母の目は語る。
 頷く正助を嘉介が襖の陰から手招きした。
「いっとっ(しばらく)、お二人だけになさっては」
「身体が回復すうにつれ、心も癒されていくものらしか。初めて気づいた」
「奥様のお力は大きいと考えもす」
 次には障子までいざり、その次には立ち上がる訓練と、赤子の成長をなぞっていく。そして半月後には、とうとう庭へ降り立った。
 庭はほとんどが畑で、愛でる花などはない。それでもねぎや青菜を見ながら、母は杖をつく父の背を支えている。
 母が語らい、うなずく父。目線を交わす後姿は、すべてを受容し切っているようで、そこだけゆったりとした空気に包まれている。 
 年老いたとはいえ、二人は夫婦(めおと)だ。五年の間、どのような思いで過ごしてきたのだろうか。今の今までそれに思い及ばなかった。伴侶のいない正助に、そこまで解れというのも、無理ではあるが。それでも嘉介は独身(ひとりみ)だ。伊達に年はとってはいない。
 寝返りを打つことも難しかった父が、人の手を借りずに立ち上がれるようになったのは、二ヵ月後であった。粥も七分、五分と変じてゆき、三分粥を茶碗一杯食せるようになってきた。
 やがて地方へ出かけるときがきて、正助はしばらく城下を離れた。


三 蔵役

 蔵役の長屋は、川内川沿いに並ぶ西目外場の下代蔵近くにある。八月半ば過ぎに、錦屋源助が長屋にこっそり訪ねてきて、開口一番、全身の力が抜けるような知らせを告げた。「関勇助殿が亡くなられました」
「いつだ」
「御父上様の生還を真っ先に知らせに行かれたのでしょう」
「暫くは遠慮しておこうと、回復を楽しみにしていたが、二人は会えたのだろうか」
「六月二十六日じぁんどん、御母上様になお伝えしておっもした」
 無理だな。心中で呟きながら、正助は僅かに首を左右に振った。
 それからと、源助の口調は余韻に浸る間を与えない。
「樺山さぁ宛の西郷さぁの手紙です」
 樺山三円は五月下旬に帰藩していたが、ゆっくり江戸の話を聞く前に、正助は城下を出ている。手紙は六月と八月付の二通ある。
「越前藩の矢島錦助と申す人の住まいで会合を開いとうごとだ」
 この時期、江戸にて国事に尽力している者は、水戸、尾張、越前をはじめ薩摩、長州、土佐、肥前、肥後などの諸藩及びその他の有志者である。そしてその中心となっているのが水戸藩で、徳川斉昭及び藤田東湖、戸田忠敬は、我等の北斗なりと、昨年、吉之助が手紙に記してきている。
 また、吉之助が藤田東湖に面接するきっかけをつくったのは藩主斉彬で、吉之助を御庭方に抜擢するや、ひそかに手書を以って藤田東湖に紹介したと、これについては源助より聞いている。
 吉之助が樺山三円と肥後の津田山三郎に伴われて、初めて小石川水戸藩邸を訪れたのは、その後のことらしい。
 羨望は尽きないが、それでは己が卑屈になるばかりだ。その西郷吉之助と最も親しいのが大久保正助なのだ。江戸に赴いたその他の者は、あくまでも脇から吉之助を補助しているに過ぎないというではないか。正助は、遠く南国の地で、江戸の空気を察知せねばならない境遇に、そう言い聞かせている。
「霊巌島にあう越前家の下屋敷に学問所があい、そこに矢島錦助の住まいもあいもすとか。儒学で名をなした勤皇の志士で、藩内の橋本左内等と志を同じくしていると聞いておいもす。六月ごろから始めたそうでよ」
「八月からは月に二度ずつにない、日を定めて朝から終日の会合で、誠に面白く・・。さもあいなん」
 思わず正助は溜息をつく。
「そこに集まうのは」
 源助は黒田藩からの情報を告げる。
「水戸藩の戸田忠敬をはじめ、越前藩の鈴木力、尾張藩の田宮如雲、熊本藩の長岡監物、津田山三郎そして柳川藩の池辺藤左衛門等で、最初は各所に集まっていたが、一箇所になっていったごとですよ」
「そん方が、いちいち場所を確認すう煩わしさもない。矢島錦助宅は至極閉所にて津田山三郎の企てとあう。恐らく密談に適した場所なのだろう」
「内外の形勢を観察し、幕府の内情を探っては国事を計画し、そん傍ら互いにそん精神の修養につとめておいもすとか」
「そやともかく、幕府の内情は誰が探っておうのだろうか」
「多くは戸田忠敬が幕府の役人と接触し、聞知して得とうとのこっです」
「つまうところ、目下向かうべき第一は、幕政改革を行い、勤皇の実を挙げしむうちゅうこっか」
「いかいも。大義名分を明らかにし、公武の一致を計い、人心を統一し、兵備を整え和戦の実力を備ゆ」
「異国への政策を決定し、国家の独立を維持せんとすうのは、そん後なのだな」
「これについては、薩摩は無論、水戸、越前、宇和島、福岡、土佐そして佐賀の諸侯も同意しておい、こん目的のためにな、旧来の政治手法を改め、水戸斉昭を幕政の総裁に挙げてはいけんかと」
「御三家の一つであい、特に豪傑の資質を備えておられうらしかな」
「それに藤田東湖や戸田忠敬といった俊傑が、補佐しておいござんで」
「水戸斉昭が総裁に。なうほど。江戸はかない動いておうな」
「それだけではあいもはん。越前、薩摩、土佐、肥前などの賢侯の名が挙がい、各要職に任じさせ、そん上で天下の有志を抜擢し、任用しては、いけんかと」
「そこまで、話はいっておうのか。そいどん、幕府はそう簡単にな応じまい」
「幕閣と尊皇攘夷の水戸派では対外の策に於いて、意見を異にしておいもんで」
「幕府の大権を掌握させたくはないであろうな」
「水戸公も進んでそん大任にあたう覚悟が見受けられんごっちゅうのが、専らの見方です」
「本心が見えぬ、と、いうこっではなくて、か」
「判いません」
「つまい、天下はそん辺いで滞っとうちゅうこっだな。それにしても、殿様のご本意はどの辺にあっとだろうか」
 昨年、五千両を要してオランダ式反射炉の大竃(おおかま)を建築したが失敗し、再度建築を命じている。宇宿行誼・中原尚男・市来広貫が掛(かか)りとなり、肥後天草産原土を得て、耐火煉瓦を作成中だという。そのほか隣地には洋式溶鉱炉が昨年秋竣功し、鑽開台(さんかいだい)建設も、昨年ほぼ二年かけて竣功している。一時に砲六門を鑽開し得るもので、動力は水力だ。
 だからこそ、庶子派から蘭癖と非難され、嫡子虎寿丸の急死などもあり、お由羅騒動の再来かと思われる諍いが吉之助等を中心にして起きそうになった。幸い、斉彬自身がいち早く吉之助等の動きを察知し、事なきを得た経緯がある。
「殿様のご本意は奈辺に」
 正助はもう一度呟いた。
 斉彬の挙動を遠くから眺めていると、一概にも攘夷とはいえず、対外政策に関しては幕府側に近いのではと思える。
「ややそん趣を、諸藩とは異にしておいもす」
「解かう」と、言い切ってから、正助は「ような気がすう」と付け加えた。
「海外の兵器や学芸を取い入れ、先ずは薩摩藩におくう諸般の改革を行おうと、幕閣ばっかじゃのして、外国掛の諸士とも深く交わっておられもすし、蘭学者の多くも斉彬公に接しておいもす」
 そのほか、一昨年大船製造の禁制が解かれると、白地に日の丸の船旗を翻した昇平丸を献じた話など、源助から入る情報は興味が尽きない。
「ですから、一途に攘夷の考えを強くし、蘭学者を開国派と看做す人々は斉彬公の挙動に対しても又、非難すう者があうごとです」
「水戸派の有志と深く交わい、大いに計画すうとこいのあう吉之助さぁの心は揺れているのでは・・」
「一面あります。兵備を整理して、人材を養育し、国家の危急に備えるという斉彬公の姿勢は天下の仰望するところですが」
 家臣のなかにも蘭癖ありと密かに憂えるものが少なくない。それについて吉之助は斉彬公に諫言したという。
「殿様のお答えは」
「それは万国の形勢を知らぬからで」
 今や欧米諸国は互いに攻伐(こうばつ)を第一とし、力で列国を制し、自国の領土を拡張せんとしておる。そして国内では、兵器を発明し、戦艦を製造してその利害得失を講究している。それゆえ技術はさらに発達し、向かうところ敵なしの感がある。加えて人民の智勇に依って国家の経営も功を奏し、また忠勇を以って人民は国に殉じている。
「列国の形勢はこの如くである。ゆえに吾はその長を採り、我が短を補い、国家を改良せんと欲しておるのだ。これを何故蘭癖というか。汝も宜しく眼光を活大にした後にもう一度、考えてみよ」
「吉之助さぁは一言もなかったであろうな」
「斉彬公の遠大な見識に悟うとこいがあったごとです」


四 日新寺

 公用があって、正助が九月に城下に戻ると、父は日々の暮らしに支障がないほどに体力を取り戻していた。その上、妹すま子の縁談がまとまりそうだと母の顔色もいい。
「短い滞在ですで、ご一緒に過ごしたかのですが」
 どうしてもいかねばならないところがあると、正助は両親に頭を下げた。
「日新寺か。いっどは参ったほうがよい」
「確か加世田郷の武田村でしたね」
「はい。城下より申酉(しんゆう・西南西)の方、およそ十里ほどと、聞いておいもす」「谷山から伊作峠を越えて吹上に出う道筋だな」
「帰藩中の樺山三円と有村俊斎を誘いもんが、帰りは北上して出水筋に向かい、日置で二人と別れ、そんまま役所へ戻いもすので」
 参詣を思い立ったきっかけは、虎寿丸の一周忌に高輪大円寺へ墓参したと記された吉之助の手紙である。それも、暑さに当たり五十回ほども下すという酷い痢病に見舞われ、漸く治った後のことだったという。虎寿丸は聡明鋭敏の資質を備えていたようで、吉之助をはじめとする有志の士は、斉彬直系として、その成長を切に願っていた。それが昨年わずか五歳で急逝したため、病後をおして墓参した旨の文面には、吉之助の無念さが滲み出ていた。
「江戸の様子を知るにつれ、私も藩主への思いが一層強まい」
 母の手前、源助の名はださなかったが、父は心得たように頷いている。
「斉彬公のご加護を祈願してくうがよか」
 龍護山日新寺の起源は室町時代までさかのぼり、永禄七年(一五六四)島津忠良が再興して菩提寺となった。寺号が日新寺と改められたのは、忠良死去の後である。
「こん川は万之瀬川に合流して海へ流れ落ちていくはずだ」
 板橋を渡りながら樺山三円がいう。樺山三円は正助の義兄に当たる新納嘉藤次の実弟だ。正助より年長で、温厚な人柄は郷中でも悪くいう人はいない。
 左手の松林と右方に群生する蘇鉄が眼を引く。大門の前には石造の仁王像が二体、参詣客を出迎える。石段を上がって潜ると、一丁ほど先に二階建ての山門が聳える。申し合わせたわけではないのに、三人はほとんど同時に階段の前で立ち止まり、扁額を見上げた。「龍護山」
 山門の先は回廊に囲まれた広い境内で、真っ直ぐ本堂へと進む。
しばし手を合わせていると、どこからともなく「よく参ったのう」と聞こえた。日新公だ。驚いて面を上げる。
「日新公の石塔があうと聞いたが」有村俊斎が呟く。
「あっちだ」樺山三円が回廊の奥を指差した。
 島津忠良は、南九州統一の基礎を築いた貴久(大中公)の父で、加世田に隠居し、急速に増大化していた家臣団としての規範を、解りやすく覚えやすいようにと、いろは歌にした。それが脈々と受け継がれ、正助たちの血となり肉となっている。それだけに初めての参詣にもかかわらず、どこか懐かしさを覚え、城下にある貴久が創建した南林寺ほどの規模ではないが、稟とした空気の中にも温かさを感じた。
 汗をかきながら峠を越え、日新公の声音に触れたような感慨に、衰弱した父を迎えた日の寂寥感は消え失せたかに思えた。
・・・人も人 心も心 何かおとらん
 一字一句が胃の腑に落ちつつあったとき、鳩尾を強打されたような報せが、源助によってもたらされた。
「江戸に大地震が」
「いつだ」
「十月二日に」
 源助が広げたのは、吉之助から樺山三円宛に出された短い書簡だった。上屋敷はとても住める状態になく、殿様は渋谷の別邸に移ったとある。
・・さて二日の大地震には誠に天下の大変にて水戸の両田もゆひ打ちに逢われ何とも申訳けなき次第に御座候・・・
「水戸の両田とは、藤田東湖と・・」
「戸田忠敬のことです」
「両氏が震死したのか」
 何をどう述べたらよいのか、言葉が浮かばない。
 日新寺で交わした仲間との会話が唐突によみがえった。
「門を出うない、拙者を振り返り笑うのだ」
 思い出したように樺山三円が、吉之助の噂をした。
「昨年、小石川水戸邸へ参ったとき」
 肥後の津田山三郎と、西郷をはじめて藤田東湖のもとへ連れて行ったときのことである。
「あいつは初対面の者とはほとんど話さぬからな」
「沈黙しじぁこっが多い」有村俊斎が相槌を打つ。
「黙然として、我等が藤田東湖と語るのを聞いておった」
「それが、辞して門を出るなり何か申したのだな」
と、合点した正助。
「東湖は恰も盗賊の親分を見うが如し」
「何となく想像はつくが、実際の容貌は」
「色黒く、骨格は図抜けて大きく、眼光炯炯たるう面差しだ」
「心ひそかに感ずうもんがあったのだろう」
「そん後しばしば訪問しておうが、意気投合し深く結託すうごとなった」
 手紙をたたみながら正助は、父の回復を喜ぶ気持ちを胸底に押し込んだ。
「吉之助さぁの胸のうちを思うと・・」
 寒々としたものが臓腑に沁みわたっていく。
 しばらくして、沈んだ空気を払うように源助が言った。
「藤田東湖と戸田忠敬の死は、国家の一大不幸です。有志の諸侯諸士を大いに失望させておいもすが、これでめげてはなんもはん」


五 永代売り願

 師走に入ったある日、障子の張替えをしていると、畑の土を掘り起こしていた嘉介が正助に言った。
「吉二郎さぁがお見えにないもした」
「こっちへ」
 縁側から手招きすると、会釈をして近づいてきた。上がるよう勧めたがまだ家で用事があるからと応じなかった。細めの目元には精彩がなく全体にやつれた印象だ。母親に似て目が大きく丸顔の吉之助と三男信吾と違い、吉二郎と四男小兵衛はあごが尖っている。
「役所は」
 吉二郎は勘定方書役助を務めており、正助とは三つ違いで二十三になる。実務能力があり、吉之助の信頼も厚い。
「休みをもらおいもした」
 実はと、吉二郎は視線を落とす。
「なに、屋敷の永代売い願を出していたと・・」
「はい、鎌田源次郎殿への」
 役所から許可が下りたので、明日引っ越すという。
「鎌田殿といえば、亡くなられた遊山さぁが言っておられた」
 遊山とは吉二郎の祖父竜右衛門のことである。
 三年前の夏の光景が甦ってきた。あの朝、竜右衛門がいないことに気づいた西郷家では、男達が手分けして探し回っており、正助に知らせに来たのは当時十歳の信吾である。
 その日は前夕から風を伴う雨が降り続き、明け方ようやく止んで、正助は食事前に溝を浚っていた。竜右衛門はすでに痴呆の症状があらわれており、ずぶ濡れのまま倒れている姿を正助はとっさに思い浮かべたものだった。
「で、借家は上之園」
 そこには、家政が行き詰まったら売れと言われていた家がある。
「そうです」
「吉之助さぁには」
「許可が下いてすぐ手紙を出しもした」
 吉二郎によると、江戸を立つ時点で覚悟はしていたようだ。
「妹の鷹が九月に無事出産できたのを喜び、市来家にな、豊田天功という人の書が贈られてきたと聞いておいもす」
「公私ともに吉之助さぁも大変だ」
国家の改革の柱と仰いでいた人物の死からようやく立ち直りかけたころであろうに・・。 翌日、正助は布団や箪笥の積荷を手伝い、高麗町橋の袂まで見送った。妹安が年老いた祖母の手を引き、信吾と小兵衛が荷車を押していく。名残惜しそうに旧宅の方を何度も振り返る信吾。青洟を垂らしていた信吾も来年は十五歳だ。真っ直ぐな眼差しには、深みが増し、天性のおおらかさが漂っている。

(続く)


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12/06 12:26 江戸浅草物語14「月こそ心よ花こそ心よ」 (無料公開)
11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
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09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
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