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隠密廻り同心・磯貝真六6 『会津への旅』(無料公開)
[【時代小説発掘】]
2011年2月6日 13時16分の記事


【時代小説発掘】
隠密廻り同心・磯貝真六6 『会津への旅』
佐藤 高市(さとう たかいち)


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)

梗概:
隠密廻り同心・磯貝真六のシリーズである。幕末の江戸の治安を守る隠密廻りたちの痛快で粋な物語。

プロフィール:    
酉年でも喧嘩鳥の生まれ年で単純明快 東京都生まれ 
小説「谷中物語」で茨城文学賞受賞
江戸を舞台の小説「入梅」が韓国の常緑樹文学に翻訳掲載
江戸の歴史研究会会員 
 

これまでの作品:

隠密廻り同心・磯貝真六 「お多勢八幡」
隠密廻り同心・磯貝真六2 「伊助の別れ火」
隠密廻り同心・磯貝真六3 『篤姫の守り人』
隠密廻り同心・磯貝真六4『富岡八幡土俵入り』
隠密廻り同心・磯貝真六5「丸山応挙の幽霊画」』


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【時代小説発掘】
隠密廻り同心・磯貝真六6 『会津への旅』
佐藤 高市(さとう たかいち)



(一) 伊助の別れ火

 日本橋の裏通りでは、読売を売る者がいた。通りがかりの者たちが群がっていた。読売には、安政の由井正雪と名乗る一派が捕縛され、それらを召し捕った同心として、紺の足袋を履いた姿で颯爽と賊に縄を打っているのは、役者のような涼しげな顔の磯貝真六であった。家紋の鶴丸も描かれ、隠密廻り同心と読売には書かれていた。
「安政の由井正雪の郎党が捕まったってよ。捕まえたのは、隠密廻り同心の旦那よ、政、心当たりはあるかい?」
「兄貴、八丁堀の磯貝の旦那様に良く似てますね」
「磯貝様かよ。うーん、似てるな。だがよ、磯貝様は定廻り同心の旦那のはずでぇ。他人の空似よ。べらぼうめぇ、政、言葉に気をつけろってぇんだ。八丁堀の磯貝の旦那様が隠密廻りであるはずがねぇ、だが、似てるぜ・・・・・・・」
 駕籠かきの常と政が読売を見ながら言い合っていた。
「兄貴、磯貝様に直接聞いてくだせぇ」
「それもそうだが・・・・・・、おいらは聞けねぇ、べらぼうめ」
 駕籠かきの常は、役者のような磯貝真六を駕籠に乗せ、多めの金子を貰ったことがあった。伽羅の香りがした。磯貝真六からねぎらいの言葉を受けた常は、嬉しくて足を速めたことが思い出された。
 八千代は、読売を見て驚いた。一目で磯貝真六だと分かった。八千代は、八丁堀の磯貝の下に急いだ。磯貝は、自宅の仏壇に向かってお題目を唱えていた。先祖への供養であった。
 八千代は、台所にいた治平に読売を見せた。治平は、読売を見ると茫然として八千代の顔を見た。隠密廻り同心の磯貝真六の正体が白日の下に晒されたのだった。
 隠密廻りの正体を知られたからには、幕府の隠密として働くことはできなかった。八千代と治平は、朗々として経を唱える磯貝真六の声を聞いていた。
甚吉も読売を見て、磯貝の屋敷に駆けつけて来た。
「これは……、謀られたな。」
 磯貝は、八千代が持ってきた読売を見て、すぐにそうつぶやいた。
「若、これは、何者かが、召し捕りの一部始終を見ていたことになります」
 甚吉は、くやしそうにつぶやいた。
「すると、召し捕られた賊も放免されるかも知れぬ」
 磯貝の予感は当たった。召し捕られた安政の由井正雪を名乗る者たちは、即日、所払いとなっていた。追放刑の中でも最も軽いものであった。
 西国の雄藩から、幕府に横槍があったのは明らかであった。
 老中からは、隠密廻りとして知られたことで、市中の見廻りを止めて奉行所の書記をするようにと磯貝は命じられた。又、刺客に気を付けるようにとの達しがあった。
 盂蘭盆会の時であった。磯貝真六が通りを歩くと、立ち話をしていたおかみさんたちが、話しを止めて磯貝を見た。知り合いの商人たちが、読売を見ましたと声を掛けてきた。 磯貝真六は、その場に立ち尽くした。江戸市中で隠密廻り同心磯貝真六は、人気になっていた。読売に書かれた隠密廻りが、磯貝の実の姿であることを江戸市中の人たちが知ることになった。
 磯貝は、昨日までとは違う世界がそこにあった。隠密廻りとして知られ、自分の命を刺客が狙ってくることもある。
 時は、井伊直弼が、勅許を待たずに、アメリカと条約を結んだことで、尊王攘夷の潮流が激しくなっていた。 
 磯貝は、自分の手下には、伊助を通じて、指示を与えていた。自分の動きが見えない敵に読まれているとしたら、手の者の中に裏切っている者がいることになる。
 それが、回り髪結の伊助だと磯貝は考えていた。毎朝、伊助は磯貝真六の月代や髭を剃り、髪を結う。磯貝は、細かな指示を与えて、江戸の秩序を乱す者たちを取り締まってきた。
 伊助は、甚吉と同様に伊賀の忍びであった。
 ある日、伊助の住む長屋に叔父が訪ねてきた。火急の要件であった。叔父もまた、密命を受けて江戸に潜伏していた。
 伊助は、訪ねてきた叔父の口からとんでもないことを聞いた。御下命により、江戸市中を混乱させる役目を与えられたという。尊王派は、手下の浪人たちに、由井正雪の一派を名乗らせ、豪商たちから金を巻き上げることで、幕府転覆を謀るものであった。
 尊王派は、現将軍が紀州藩の出のため、由井正雪を騙る真意は、現将軍を意識したものであった。慶安の由井正雪の背後には、家康の子徳川頼宣がいた。その時も将軍継嗣にまつわる徳川家の内乱であった。
 伊助は、両親が流行病で次々と亡くなると、叔父に引き取られた。叔父もまた伊賀の忍びであった。徳川の中で特に水戸藩とのつながりが強く、そのために大君である天皇のために、働くことが天命であった。
 天皇家とのつながりが強い水戸藩は、将軍継嗣で藩主の徳川斉昭の子慶喜が将軍になれなかったことで、大老の井伊直弼を恨んでいた。
伊助は、悩んだ。大君のためという大義を持ち出した叔父の言葉に、主人さえ裏切ることを是としたのであった。臣は君のためにという命により、自身の主人を裏切った。
 いまや、尊王の気運が高まっていた。その先にあるのは、天皇主体の国としての船出であった。
 伊助は、由井正雪の一派を騙る一味に加担して、隠密廻り同心の磯貝真六を罠にかけたのだった。
 磯貝真六は、伊助の罠を察知して、刺客の剣に立ち向かった。
「大君のために、尊王こそがこの国を豊穣にするのだ!」
 男はそう叫ぶと、奇声を上げて、刀を降り下ろしてきた。野太刀示現流であった。野太刀示現流は、八相に構えて剣を天に向かって突き上げ、腰を低くして相手を切断する必殺剣であった。
 磯貝真六は、八相大上段・三日月の剣で男の剣先を見定めて、長刀で男を斬り倒した。血しぶきが磯貝の着物を朱に染めた。 
 磯貝真六の手下であった髪結いの伊助は、大川沿いの船宿で殺された。磯貝真六は、その夜、老中に事のてん末を説明した。だが、幕閣は、磯貝真六を襲った侍たちに指示をした雄藩までは取り調べることはしなかった。
 その夜遅く、城を後にした磯貝真六は、堀端に狐火が燃えているのを見た。二八蕎麦屋の亭主が大声を上げた。
 磯貝真六は、供の者が持つ提灯をその狐火に向けさせた。槍持ちが磯貝の前に立って、槍を狐火に向けた。
「構わぬ。伊助の別れの挨拶じゃな」
 磯貝がそう言うと、狐火が上下に動き、一瞬、火が大きくなるとやがて消えていった。後は、闇だけがそこにあるのだった。


(二) 薩摩の深い悲しみ

 磯貝真六は、雄藩に繋がる侍たちを斬ったことで、影の巨大な力が自分を狙っていることを感じていた。自分の正体も知られ、通りを歩けば町人たちが寄ってきた。
 町人たちは、磯貝を役者のように見ていた。八相大上段・三日月の剣は、市中の者たちも知るところになっていた。
「三日月の剣は、真田幸村、そして丸橋忠弥の武芸者が使っていた宝蔵院流の十文字槍に勝ったそうよ」
 今度は、読売に磯貝真六の八相大上段・三日月の剣が描かれていた。町人たちは、磯貝真六の役者絵を見て、安政の隠密剣士として騒いでいたのだった。
町中を歩いて奉行所に向かう時に確かに見られていた。通りを行く職人や物売りたちの中に磯貝を見つめている者がいた。
 奉行からは、しばしの間、奉行所に出仕することなく自宅屋敷で次の命を待つようにとの言葉があった。
 まるで蟄居のような生活の中で、磯貝は薩摩の動きを読みながら、不動心の鍛練を行っていた。己心の川面に月を映す。水面に映る月影は決して流れはしない。磯貝真六がたどり着いた不動心の境地であった。静かな時間が過ぎて行った。
 治平が台所で天ぷらを揚げていた。八千代がそれを手伝っていた。猿若町の芝居小屋では、許嫁を殺された力士の臥龍山を演じた富岡八幡土俵入りが好評を博していた。
 孤児になった八千代に手を差し伸べたのは、磯貝真六の父であった。知己にしていた火付盗賊改めからの依頼で、八千代の里親を探した。
 八千代は、猿若町で芝居茶屋をやっていた夫婦に貰われ、今では一座を持つまでになった。磯貝の危機に、忙しい時を割いて屋敷に通っていた。
 治平も普段の様子で、料理を作った。磯貝の好きな穴子の天ぷらを揚げ、磯貝の亡き父親の友人である作兵衛の作った味噌で作った汁を出した。八千代は、瓜の漬けものを切って食前に添えた。
磯貝真六も普段と変わらずに、早朝に起きて木刀を振り、日中は書物を読んで時を過ごしていた。
 その頃、磯貝真六の手下の甚吉と三五郎は、幕閣の命で三田の薩摩屋敷を見張っていた。島津斉彬は、幕府が勅許を得ないままアメリカと条約を結び、開国を決めた暴挙を糾弾するため、藩兵五千の兵と共に上洛をする準備をしていた。
 京都では、島津斉彬の上洛に備えて、幕府の警護は固められていた。
 甚吉は商人に化けて、芝高輪の薩摩屋敷を訪れ、台所方の女たちにギヤマンのかんざしを売った。
 三五郎は、鍋の穴をふさぐ鋳掛屋として薩摩屋敷でふいごを使ってしろめを溶かし、その場で鍋を直していた。台所方の役人の許しを得て、明日もこの場所を借りて鍋の修理をすることになった。
 甚吉は、かんざしを売り切ると、門の外に出た振りをして、その後、三五郎の手引きで屋敷に潜り込んだ。門番は、顔見知りの三五郎に安心していた。三五郎は門番に清酒を渡していた。
 広大な屋敷には、身を隠す場所が所々にあった。屋根裏に忍び込み、押し入れに身を隠して薩摩の現状を知るために耳をそばだてた。
 薩摩藩の重臣たちが奥座敷に集まっていた。家臣たちは押し黙ったままであった。嗚咽する声が漏れるのが聞こえた。甚吉は、薩摩屋敷の異様な雰囲気を察した。その日、薩摩からの早飛脚によって、島津斉彬の訃報が届けられたのだった。
 夜半になって、長屋門に住む下級藩士たちが騒いだ。
「大殿様が天保山での調練場から帰った後、身まかれたでごわす。おいたちはどげんするとか。悲しか」
「悲しか。大殿様は、徳川幕府を糺すために上洛をするはずじゃった。そいどん、それもでけん、くやしか・・・・・・」
 長屋門の中にある部屋住みの藩士たちが、そう話すのを甚吉は聞いた。
 島津斉彬が死んだ。英明な西国雄藩の当主の死は、日本を揺るがすような出来事であった。
 甚吉は、すぐにその場を離れ、海岸に沿った道を走り、八丁堀の磯貝真六の屋敷を目指した。
 磯貝真六は、早暁の庭で真剣を構えていた。己の命を狙う者たちへの恐怖心を払しょくするためであった。甚吉は、磯貝に声を掛けることもできずに、しばらく庭先の主人を見ていた。
 甚吉から島津の死を知らされた磯貝は、篤姫の悲しみは如何ばかりかと推し量った。夫である将軍家定が亡くなり、同じ月の七月に養父の島津斉彬までが亡くなった。
 島津斉彬と養女篤姫は、日蓮の富士門流に帰依していた。磯貝もまたその宗派の住職日昇と親しく、法華経を唱えるまでになっていた。磯貝は、島津斉彬の逝去に手を合わせてお題目を唱えた。
 日蓮の弟子が起こした小さな宗派に帰依した大大名は、篤姫を将軍の正室にして、何を祈願していたのか。磯貝は、考えることを止めて合掌をした。
 三五郎は、朝早くから薩摩屋敷で鍋を直していた。台所方の女たちは、昨日の笑いが無かった。門番の姿も無く、薩摩屋敷からは物音が聞こえなかった。甚吉から三五郎は島津斉彬の死を知らされていた。
 主を失った薩摩の動きを幕閣に知らせるために、三五郎は女たちの振る舞いを見ていた。女たちは、主君の死を口に出すことを禁じられているのか、普段通り振る舞い、言葉を慎んでいた。
 薩摩屋敷は、深い悲しみに包まれていた。悲しみは抑えることが出来ずに、女たちのすすり泣く声が聞こえた。
 島津の死は、八月になって日本中に知らされることになった。西国の雄の死で、日本は箍(たが)が外れたように混迷した。特に朝廷は、勅許なしで日米修好通商条約を結んだ幕府に対して激怒した。孝明天皇は、攘夷を声高に言い続けて水戸藩に攘夷の密勅を送ることになる。
 これが、橋本左内、吉田松陰を罪人として斬った安政の大獄の引き金になっていく。


(三) 江戸を離れる磯貝真六

 磯貝真六は、会津藩に公務のため遣わされることになった。表向きとは別に、磯貝には、会津藩を取り巻く東北の諸藩の事情を調べ上げることが命じられていた。
 会津への公務は、一年に及ぶものであった。出立まで一月も無かった。
 奉行から申し付けられた翌日であった。朝餉をすませた磯貝は、久し振りに、本郷にある白幡賢資の道場に出かけた。
 白幡賢資は、磯貝が幼少から剣の修業を受けた師であった。雪の日の寒稽古は、その厳しさを今でも覚えていた。そして、稽古が終わると、餅を入れた汁粉が振る舞われた。
 白幡道場は、水戸家の屋敷に近く、又、白幡賢資の一刀流を学ぶために水戸藩の侍たちが稽古に来ていた。すさまじい殺気が道場にあった。白幡賢資は、弟子たちの心の高揚が、尊王攘夷の思想から来ていることが心配であった。
 いつか、水戸の血気盛んな侍たちが、尊王の大義で事を起こすことを白幡は心配していた。
 皇室との関わりが深い水戸徳川家にとって、天皇を守ることは必定であった。それが、水戸徳川家に与えられた役割であった。
 白幡賢資は、久しぶりに磯貝真六と剣を交わすことになった。磯貝真六は、雑念を捨てて得意の八相・大上段に構えた。白幡賢資は、磯貝との間合いを詰めることが出来なかった。
 水戸藩士たちは、息を飲んで二人を見守った。水戸の激しい剣とは全く異なる不動の剣であった。
 白幡は、木刀を置いた。白幡は、戦わずして負けたのであった。磯貝は、手拭で身体の汗を拭った。奥座敷で、二人は麦湯を飲み、久し振りに会えたことを喜び合った。
「磯貝殿には、歯がたたん。不動心を己のものにしたのだな」
 白幡は、会津に旅立つ磯貝に餞別を渡した。一年もの間、幕府の命により、雪深い会津の地に行くことになった剣の弟子が愛おしかった。
「会津は、雪が深く底冷えがすると聞く、体にはくれぐれも気をつけるようにしていただきたい」
 白幡は、そう言うと餞別を磯貝に渡した。
 白旗道場を後にした磯貝真六は、根津権現裏の林に差し掛かった。この道を通り、桜の大木の下で三人の刺客に襲われた場所であった。磯貝は、伊助のことを思っていた。
 加賀藩や水戸徳川家の大名屋敷が連なり、お茶の水に掛る水道橋を目指して、磯貝は歩いた。
 忙しい日であった。磯貝は、この後、磯貝の叔父の浦辺光正に会津への出立の挨拶をする約束をしていた。浦辺の屋敷は駿河台にあった。
 水道橋のたもとで水菓子を売る者がいた。手拭いで頬被りをしていたが、それが稲荷親分であることがすぐに磯貝は分かった。稲荷の屋台は繁盛していた。旅人や町人たちが切った西瓜を口にしていた。
「水菓子でございます。今朝取ったばかりの西瓜だよ。葛飾四ツ木のあまーい西瓜だ。旅姿の旦那、一つ召し上がれ」
 稲荷は、水戸屋敷を見張っていた。
 磯貝が、会津に行っている間、稲荷が岡っ引きとしての仕事を続けられるように、磯貝は、奉行に相談をしていた。
 磯貝は、水道橋を渡る時に稲荷に目をやった。稲荷は、客に気付かれないように磯貝を見送った。
「真六殿、会津は寒いぞ。気をつけるのだぞ。だが、酒は旨い」
 浦辺光正は、そう言って豪快に笑った。だが、一年もの長きに渡って見知らぬ場所に行かされる甥のことが心配でならなかった。
 浦辺は、酒の用意を家の者にさせた。磯貝は、普段から酒を飲むことはほとんどなかったが、この日ばかりは酒を口にした。酒好きの浦辺は、うれしそうに杯を空けた。
 その頃、八千代の芝居小屋では、富岡八幡土俵入りが好評を得ていた。客席には、商人姿の伊勢屋嘉平がいた。伊勢屋は、芝居が終わると座長の八千代に挨拶をするために楽屋に姿を見せた。供の者には、見事な鯛を持たせて金子も用意をしていた。
 八千代は、伊勢屋嘉平を見ると依頼されている石田三成の芝居はまだできていないことを詫びた。
「八千代様、宜しいんですよ。大きな声では言えませんが、積年の恨みを晴らす時が近いのです。主君石田三成の芝居が・・・・・・、大手を振ってこの芝居小屋で演じられる日を待っているんです」
 伊勢屋は、谷中のお化け長屋に住む箕輪岩居という戯作者に書かせたという『筑摩江や』という台本を八千代に渡した。
 戯作者の箕輪岩居は、貧乏も本物であり、陽気のいい時は上野の山で乞食となり、寒くなるとお化け長屋で熊のように冬眠をしていた。見かねた長屋の連中が差し入れをして、命を繋いでいたのである。
 作品を思いつくと夜も眠らずに憑かれたように物語を書くのだった。これまでに忠臣蔵を題材にした作品が世に知られていた。
「ここに書かれている物語は、一人の武将が六条河原で首を刎ねられる時にこれまでの人生を思った話でございます。名は伏せておりますが、先祖の石田三成でございます。石田三成は、処刑される土壇場で、喉が渇いても柿は痰の毒だと言って食さなかったのです。それを笑う者もいますが、命を大事にすることは、石田一族の誉れなのでございます。生きる限り命を大事にする。それが武士道であると私は思っているのです」
「読ませていただきます」
 八千代は、台本を受け取った。
 伊勢屋は、石田三成の一族であり、関ヶ原の戦から二百数十年も耐え忍んできた。石田一族の悲願を口にした。
「ところで、八千代様の一座が興行に行かれるそうですが?」
「はい、宇都宮宿で、お多勢八幡というお芝居を半月ほど小屋掛けいたします」
「そうでございますか、それではこれを興行のお祝いでございます。納めてください」
 伊勢屋は、そう言うと袱紗に包んだ百両の金子を強引に八千代の手に握らせた。江戸では、石田三成は悪人として言われ続けていた。江戸の豪商として名を馳せた伊勢屋嘉平は、石田三成の汚名を晴らすことが全てであった。
 その晩、遅くなって、磯貝真六は駿河台の浦辺光正の屋敷から駕籠で帰ってきた。八丁堀の屋敷には、甚吉、三五郎そして稲荷の姿があった。
 治平がうどんを作っていた。遅い夕餉を取りながら、三人は磯貝に薩摩藩の動きをつぶさに述べた。甚吉は、奉行には詳しく伝えていた。
 会津には、磯貝は会津には、独りで行くことを皆に告げた。初めは、小者の治平を同行することを考えていたが、最近になって、心の臓が悪く寝込むことがあった。
磯貝が隠密同心と読売に書かれてから、病状は悪化していた。そのため、治平を雪深い会津の地に連れて行くことはできなかった。
 磯貝は、この晩、商人に化けて東北の諸藩の内情を探ることを皆に告げた。来年の秋には、戻ることを話した。甚吉、三五郎と八千代には、奉行から指示を受けるようにと命じた。稲荷には、八丁堀の定廻り同心の下で働くように伝えた。
 磯貝は、八千代の芝居小屋で暮らすように治平に告げたが、磯貝は、まともに治平の顔を見ることが出来なかった。
「旨い。治平の作るものは皆旨いぞ」
 うどんを食した磯貝真六は、そう言った。そして、先代から仕える治平に感謝をした。治平は、台所で涙を拭っていた。


(四) 戌午(ぼご)の密勅の激震が走る

 磯貝真六が、会津に旅立つ間近のことであった。江戸城では将軍家定の喪に服していた。京都で孝明天皇から水戸藩に勅諚が下された。水戸藩京都留守居役の鵜飼吉佐左衛門は、勅諚を藩主に至急繋げたのである。
 これが、戌午の密勅であった。日米修好通商条約を天皇の許可を受けないまま幕府が結んだことへの叱責であった。
 水戸藩を介して諸藩にも回すようにとのことで、これを知った大老の井伊直弼は激怒した。開幕以来、天皇が幕政に口を出すことは無かった。
将軍継嗣で幕政が揺らいだこともあり、ようやく落ち着いた矢先に、この密勅であった。 井伊直弼は、アメリカからの圧力と内政の混乱で困惑をしていた。正道を貫くためには、天皇を動かした者たちを捕らえなくてはならなかった。そして、断固たる措置を取らねばならなかった。
 磯貝真六は、明日の早暁に会津に向けて出立する。八丁堀の住み慣れた屋敷を後にするための大掃除を終えて、雨戸を閉めた。
 治平の作った夕餉には、穴子の寿司が出された。磯貝は、奉行から届けられた京都で醸造された清酒を杯で飲んでいた。
「磯貝、会津藩主松平容保様への書状である。御老中から託されたものである」奉行から会津公宛ての書面を磯貝は託された。
 磯貝真六は、会津藩に近接する諸藩の事情をつぶさに探ることを命じられていた。商人や六十六部に姿を変えて市井の人達の話を聞き、朝廷や反徳川の動きに耳を傾ける隠密であった。
 一年の長きに渡る任務であったが、磯貝は二年以上掛ることも念頭に入れていた。探索の途中で、刺客に命を狙われることもある。役目柄身元が分かる物を一切身に付けず、そこで、命を失えば客死となる。武士として名を残せず、草むらに屍を晒すこともある。
 まして、磯貝は隠密廻り同心として正体を暴かられていたため、反徳川の輩に命を狙われることもある。又、幕府にとって都合が悪くなれば、考えたくはなかったが、徳川家に仕える陰忍の忍びに磯貝は命を狙われることもある。
 磯貝は、隠密廻り同心の役に就く前に、町奉行の命を受けて、甚吉を伴って一年間の修行に出たことがあった。甚吉は、伊賀の忍びであり、忍びの腕は老中も一目を置いていたほどであった。
 二人で、諸国をさすらい、限られた路銀で、一年の歳月を生き延びて、修業を続けた。江戸から、上州に抜け越後に向かった。越後から日本海に沿って、鶴岡から新庄に向かい、山間を流れる雪の最上川を見て歩き続けた。
 岸辺からすぐに山がせり上がり、ゆったりと流れる川面に雪が横なぐりに降っていた。雪が止み、日の光に照らされて、山や林は白銀の輝きを発した。二人は、あまりの風景の美しさに、ただ驚きの声を上げた。
 だが、この度の任務は、甚吉も伴わず、会津では磯貝がただ独りで東北の諸藩に潜入をするのであった。


(五) 会津への旅

 早暁であった。江戸を離れる磯貝は治平に見送られて、八丁堀の屋敷を後にした。その頃、猿若町の通りで旅役者たちが旅立つところであった。まだ暗いうちから八千代の一座を見送る者たちが、浅草寺の境内に集まっていた。
 見送る者たちは、長屋のおかみさんたちや職人たち、そして僧侶たちもいた。 
 半月ほどの興行であったので、おかみさんたちの中で、涙ぐむ者もいた。『お多勢八幡』や『富岡八幡土俵入り』の芝居の中に自分の悲しみや喜びを重ね合わせていた。
 骸骨長屋に住む梅婆さんは、流行り病で子どもを亡くしてから、長屋の者たちと共に生きてきた。針仕事で生活の糧を得ていた。古着屋から持ち込まれた着物を洗濯をして、ほころびがあればそれを縫い合わせた。丁寧な仕事で、梅婆さんの商売は繁盛していた。
 長屋に住む人たちは、お互いに働き口を世話したり、おかずを持ち寄ったり、病人があれば医者を呼んだ。江戸に来る前のことを聞く者は誰もいなかった。野暮なことは聞かないのが江戸の流儀であった。
 骸骨長屋の大家伊作は、店賃を払えなくなった店子の世話を良く見ていた。一度江戸っ子になった者たちを見捨てないのが江戸の粋であるかのようであった。
「八千代様、早く帰ってきておくれよ。あたしゃ、芝居だけが楽しみなんだ。もう年だから、お迎えが来ちゃうよ」
梅婆さんの言葉に、どうと笑い声が上がった。
「皆様、ありがとうございます。宇都宮宿で興行を行ってまいります。暮れの興行は、浅草で行いますから、見に来てください」
 八千代は、挨拶をした。
旅役者たち中には、磯貝の手下の三五郎もいた。日が差してきた。静かで穏やかな日であった。
 治平は、磯貝真六の後ろを歩き、治平の後には中間が続いた。磯貝は、商人に化けて単独で会津に行くことも考えたが、今生の別れになることも考えられることから、越谷宿まで治平と中間を連れていくことにした。
 その日は遅く、越ケ谷宿に着いた。旅役者たちは別の宿であったが、八千代と三五郎が晩になって磯貝を訪ねた。甚吉も遅くなって磯貝の部屋を訪れた。
「若、粕壁の宿にも行って見ましたが、特に変わったことはありません」
「ごくろうであった。会津道は日光を過ぎてからが峠越えで難儀をする」
 磯貝は、再び会津道を目指し、途中で東照大権現に詣でるつもりでいた。
 幕府は、異国と交わることを決めたが、尊王と攘夷という大きな波が一つになって、西国から押し寄せていた。
 神となった家康の御霊に、徳川の進む道を求めるのだ。磯貝は、その熱い思いを手下の者に語っていた。
「民を治めるためには、民の心を知らなければならない。民の心を知れば、天道は善に導くであろう」
亡き父磯貝孫兵衛の言葉を磯貝は思い出していた。
「八千代や三五郎は、宇都宮宿までだな」
「はい、会津までお供をさせていただきたいのですが、足手まといになるばかりでございますので・・・・・、宇都宮宿で興行をして江戸に戻ります。贔屓のお大尽が宇都宮宿で小屋を掛けていただいております」
「江戸で評判の芝居が来るのを楽しみにしてるはず、よかったではないか」
磯貝は、煙管で煙草を吸った。宿の外では夜回りの拍子木を打つ音がした。
 八千代は、磯貝真六の心中を察していた。隠密廻り同心の正体が世間に知られ、それが信頼をしていた髪結いの伊助の裏切りからであった。
 八千代は、ふと寂しそうな眼差しをする磯貝が心配であった。
 若き会津藩主の松平容保への書状を老中から託された磯貝真六は、役目を終えて、会津の道場で数日間、剣の修業をするつもりでいた。それが唯一の楽しみであった。
「若、私も日光まで参りますが、その後もご一緒に会津までお供をしたいのですが・・・・・・」
「甚吉、ご老中の命により、幕府を守るのだ。それが我らの務めぞ。昔のように東北の山々を回ってみたいのは、私も同じだぞ」
 磯貝は、西国の雄藩が公家と共に天皇を動かしたことに、大老の井伊直弼が激怒していることを知っていた。
 徳川幕府は、内憂外患によって揺らぐことはできなかった。磯貝に託された会津藩主への書状は、徳川宗家の下に結集し武力の発動があることをしたためてあった。
 翌朝も早い出立であった。治平と中間は、ここで磯貝と別れることになっていた。二人は、昨晩のうちに磯貝に別れの挨拶をして、迷惑をかけないようにとまだ暗い街道を江戸に向かった。治平の嗚咽は、しばらく続いた。
 闇の中に、忍びの者たちが磯貝真六を付けていた。忍びの者たちは、磯貝の敵なのか味方なのか。会津まではまだ遠い旅路であった。





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