このブログのトップへ こんにちは、ゲストさん  - ログイン  - ヘルプ  - このブログを閉じる 
薩摩いろは歌 雌伏編(十二) 精忠組(無料公開)
[【時代小説発掘】]
2011年7月24日 17時8分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(十二) 精忠組
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)



薩摩いろは歌あらすじ:
 お由羅騒動で斉彬派多数が切腹・遠島・謹慎等の処分を受けたのが、嘉永三年(一八五〇)。喜界島遠島になった父から叶わなかった思いを託される正助(大久保利通)と盟友吉之助(西郷隆盛)。生活は困窮を極めるが、志を失わず仲間との会読を欠かさない。斉彬襲封六年後の安政四年十一月、正助は徒目付となり、東上する吉之助と同伴し、初めて出国し熊本へ。国事奔走に加われる兆しが漸く見え始めたその年の暮、祝言を挙げた正助は、いずれ自分も身を投じていくだろうと新妻に覚悟を語る。が、翌年七月斉彬が急逝。再び身辺は激変する。支えは郷中教育で叩きこまれた日新公いろは歌だ。


 
梗概・精忠組:
 日向追放となった月照と錦江湾に入水した吉之助は一命を取り止めるが、幕吏の目を怖れた藩庁によって、菊池源吾と改名させられ、大島へ隠される。間もなく月照処分までの経緯が漏れ伝わり、激昂した正助たち会読仲間は、密かに突出を決意する。
「こうなったのも、もとはと申せば幕政によう」(略)
「藩を脱して、諸藩の志士と糾合し、義兵を挙げごと」
「先ずは京都所司代を討たねばならぬ」
「そして九条関白を退けう」


作者プロフィール:
古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。




薩摩いろは歌 雌伏編(一)
薩摩いろは歌 雌伏編(二) 血染めの裃(かたぎぬ)
薩摩いろは歌 雌伏編(三)島からの手紙) 
薩摩いろは歌 雌伏編(四)十六夜の空)
薩摩いろは歌雌伏編(五)慈父の眼差
薩摩いろは歌 雌伏編(六)耳目の門(みみめのかど)
薩摩いろは歌 雌伏編(七)父の生還
薩摩いろは歌 雌伏編(八)心の駒
薩摩いろは歌 雌伏編(九)吉之助帰藩
薩摩いろは歌 雌伏編(十)祝言
薩摩いろは歌 雌伏編(十一)痛撃


 ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓   ↓  ↓  ↓  ↓                                    


【PR】占いシステムの開発なら経験と実績があります。


************************************************************
当サイトからの引用、転載の考え方
・有料情報サイトですが、引用は可能です。
・ただし、全体の文章の3分の1内程度を目安として、引用先として「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と必ず明記してください。
・ダウンロードしたPDFファイル、写真等は、透かしが入っている場合があります。これは情報管理上のことです。現物ママの転載を不可とします。ただし、そこから情報を引用しての表記は可とします。その場合も、全体の3分の1内程度を目安として、「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と引用先を必ず明記してください。
・商業利用の場合は必ず、連絡下さい。
 メールは、info*officematsunaga.com
(*を@にかえてください)
************************************************************

【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(十二) 精忠組
古賀宣子



 一 志々目謙吉

「志々目謙吉、はて・・」
 平吉の取次ぎに、正助は首を傾げた。
 次期藩主と定められていた又次郎が襲封し、将軍に謁見するために江戸に参観した安政五年十二月のことである。
「初めてん方だと思います」
 平吉は年が明ければ十八歳。五十路を迎える嘉介に代わって、この頃は力仕事を一手に引き受けている。嘉介は専ら身籠った満寿の手足となって動いている。医者によると、出産は七月初旬であろうとのことだ。気の滅入るような状況のなかで、唯一の朗報である。 そして正助は三十歳。文字通り而立(じりつ)の年になる。
 戸口に出てみると、確かに会ったことはない。
「父志々目謙受が斉興様の侍医をしておいもして、手前は横目を致しておいもす」
 炭取りを引き寄せるのを制して、志々目謙吉は礼儀正しく挨拶をした。
「ご用の向きは」
 病床にある吉之助の顔が一瞬よぎったが、まさかと打ち払う。
「こん度の西郷さぁと月照和尚の処分についてじぁんどん」
 志々目謙吉は素早く周囲を窺う。気をきかせて、正助は板戸と座敷を区切る襖を閉めた。
「斉興様の真意は月照を種子島に潜伏さすっこっにあいもした由」
 近衛家と島津家とは、先祖以来、縁戚の関係があり、また月照は近衛家より西郷に依頼したものであるから、勤皇の志厚い斉興も、月照を幕吏に渡すに忍びなかったのではという。
「そいを変えたのはご家老方ですな」
 強く頷く志々目謙吉の目が怒りではっきり染まる。
「新納駿河様等が、種子島は船舶の出入いが頻繁で、諸藩の旅客もすこぶう多い。もしそれが幕府の知うとこいとなれば、薩藩の難事を惹起すうこっになう、と」
 新納駿河とは新納久仰のことである。
「斉興様には、いけなふうに申されたのだろうか」
「月照の出願なりと上申なさった由。それを聞知して父は憤い、仲間に報せてこいと申しまして」
「よくぞいらして下さいもした」
 怒りで身体が震えるほどであったが、それだけに謝意にも力がこもる。
「それともう一つ」
 志々目謙吉はひと呼吸の間をおいて、西郷は月照とともに変死したことになっていると言った。
「幕吏の検視をいけん切り抜けたのか」
「囚人の屍を以って西郷さぁの死体に装い、月照の遺骸と供したごとです」
 志々目謙吉を門口まで見送った正助は、畑にいる平吉に「ちょっと出かけてくる」と声をかけ、冬木立のなかを高見馬場通りへと急いだ。行き先は西千石町の岩下佐次右衛門宅である。幸い在宅していた。
「斉興様のご真意は」
 声の震えを覚られぬよう、正助はゆっくりと、一言々噛みしめるように言った。それに岩下佐次右衛門は四歳年長であり、正助たち小姓組の組頭でもある。日頃からそれなりの敬意を払っている。
 ちなみに小姓組は城下の九割を占め、六組に分けられ、一組五百家からなる。組頭は門閥が担い、その構成は一所持・一所持格・寄合・寄合格で、岩下家は寄合である。
「月照を種子島に潜伏さすっお積い、じゃったちゅうじゃなかですか」
「真か」
 驚いた切れ長の目が、誰から聞いたと問う。岩下佐次右衛門は新納駿河の甥にあたる。「幾つかの方面から・・」
「恐らく」
 岩下佐次右衛門は深くひと呼吸する。
「重役方は、藩の命運を第一に」
「そげんなこたあ重々解っておいもすう」
「ならば、拙者にいけんしろと申すのだ」
「駿河様は月照を殺害したのも同然、宜しゅ詰責して自刃せしむうごと取い計らってもらいたい」
 詰め寄られて顔をゆがめる岩下佐次右衛門。この男に罪はないのだが、もし種子島に送られていたら・・。そう思うと悔しくて仕方がなかった。


二 菊池源吾


 仲間がみな、藩庁の処置に憤慨したのはいうまでもない。快方に向っている吉之助の枕元に、所狭しに十数人が集まった。
「こうなったのも、もとはと申せば幕政によう」
 有村俊斎が口火を切ると、「その通いだ」と誰もが頷き、炎は一気に燃え盛る。
「藩を脱して、諸藩の志士と糾合し、義兵を挙げごと」
「先ずは京都所司代を討たねばならぬ」
「そして九条関白を退けう」
「さらに江戸の井伊直弼以下を討ち滅ぼし、幕政の革新が必定だ」
「西郷は大島渡航をやめ、肥後に逃れ、いっとっ長岡監物に頼って、時機を待ってはいかがか」と大山正円。
「拙者は敗軍の士卒ゆえ、藩命を受けて、しばらく島へ潜伏せねばならぬ。時機がもし至れば直ぐに奮起すうであろう」
 声に生気が感じられず、頬がこけて目だけが異様に光っている。
「いまや藩は当てにならぬゆえ」
 それまで黙って聞いていた正助が提案する。
「諸藩士との連合を計い、義兵を挙げうにしても、先ずは諸藩の意向や志士の動静を察し、機を見て興起してはいけんか」
 みなその意見に異論はなく、年明け早々に東上予定の堀仲左衛門に、諸藩の形勢と意見を探る任を委ねることになった。
 十二月晦日、藩命により、吉之助は名を菊池源吾と改めて、鹿児島を出帆。その途中、潮待ちのため山川に数日停泊するという。
 吉之助がいなくなると思うと、大きな穴が開いたようで、臓腑すべてが冷え切っていく感覚に襲われた。
 これからどんな事が起こるか。出帆の前夜、正助は想定しうるあらゆる事態を綴ってみた。吉之助の意見を求めてみよう。同じ日に、たまたま陸路山川へ向う伊地知竜右衛門に、認めた覚書を託せばよい。
 堀、肥後藩の有志者と会合し、もしその同意を得たならば、直に突出決起すべきや。
 堀、江戸に到り、幕府のために捕縛されることがあれば、薩藩の同志者は大いに憤激して制止することは出来ぬであろうが、如何。
 その他、幕府が水戸・越前・尾張の三藩に暴命を下し、三侯に自刃を命ずるようなことがあれば如何。有志の公卿に対して、幕府が難事を強いるときは如何といったことなどを。
 なんといっても吉之助は、江戸をはじめ京、大坂を往来し、多くの優れた有志と交わってきた人だ。その深く幅広い視点を仰がなくてはなるまい。
 正助を慎重にさせた一つは、喜界島へ遠島になる朝、父が残した言葉である。
「企ては発覚してはならぬ。慎重に、念には念をいれど。激しては負けだ」
 二つ目は、嘉永六年暮れに、思いがけなく届いた前藩主斉彬からの諭告書にあった行りだ。
・・当国は昔より隼人と唱え、人気(じんき)勇壮比類なき候えども、第一のかん忍は薄き方にて候間、かん忍の二字第一に心がけるは、漢之韓信も恥を忍んでこそ世に美名を揚げ申し候・・
 正月二日付けの返書に、吉之助は各項目について丹念に答えてくれているが、その意見を要約すると・・。
 有志等が慷慨悲憤の情に堪えられなくなり、ややもすれば血気に乗じてしまうと、大事を誤りかねない。そして烏合の力では幕府に敵わぬであろうと説いた上で、次のように記している。
 先ず天下の形勢を詳らかにし、諸藩の連合を計り、同盟の根拠を堅固にし、時機一度至ったならば、断然決起すべし。
 そして諸藩の有志者中、共に国家の大事を謀るべき人材は如何という問いには、水戸・越前・肥後など六藩と八人の名が記されている。
 正助は早速これを写し、出立の迫った堀仲左衛門に届けた。
「道中と江戸で参考にしてくれ」
 しかし、その後に届いた堀仲左衛門の手紙には、肥後の形勢は、力を合わせて大事を決行すべき見込みはないとあった。
「長岡監物は嫌疑甚だしく、旅客など立ち入るこっなどとても出来んとあう」
「変われば変わうものだ」
「突出はやめだな」
 正助の決断は早かった。
「先ずは時勢の来会を俟たねばなうまい」
 大山正円も賛同する。
「しばらくは江戸の同志と気脈を通じ、時機到来を待とう」
 その頃、江戸在住の仲間は、堀仲左衛門、有村勇助、有村治左衛門、田中直之進、樺山三円、高崎猪太郎などがいた。
 堀仲左衛門の手紙にはその動静が記されている。
 堀等は、井伊直弼を除き、海内の人心を覚醒せしめ、朝廷尊崇の道を明らかにし、それによって国家の一和を計らねばなるまいと考え、水戸藩の志士等と会合して謀るところがあったようだ。
 さらに詳しく書状は綴る。
 相議して曰く、この一挙は実に国家の一大事件となるであろう。宜しく正々堂々、先ず井伊の罪状を叙し、上は天子に奏聞し、下は諸侯に告げなくてはなるまい。そう談じて、水戸藩士関鉄之助と薩藩は高崎猪太郎を京師に派遣したという。井伊の罪状書を携えた高崎猪太郎等は、朝彦親王(後の中川宮)及び近衛忠熙等に訴えた後、再び江戸へ帰着したとある。
 水戸藩は意見が二つに分かれ、態度がはっきりしないと、有村勇助等は憤り、薩藩の志士だけでこれを断行すべしと主張。だが、堀仲左衛門は留めたという。両藩の志士が相結託して、決挙を誓った以上は、宜しく共に事を謀るべきと制止し、その機会を俟つことになったと記されている。
 吉之助の返書は無駄ではなかった・・。


三 島津周防


 同じ頃、薩摩では、暗くよどんだ空気を一変するような事情が顕現していた。
 報せてくれたのは錦屋源助だ。
「斉彬公はご逝去直前に周防様を枕頭に招かれ、後事を託されたそうです」
 周防様とは重富領主で、新藩主の実父である。
「そや、真か」
 絶望の淵で呻吟していても何も解決しない。誰かいないか。わが身を奮い立たせ、考えおよぶあらゆる重臣たちを思い浮かべていった。その時、突き詰めた先に周防の名前が・・。
 どのような人物なのか。それだけでも確かめられたら。その思いに駆られ、税所喜三左衛門の助言もあって、吉祥院住持乗願に、面会の仲介役を頼んだ経緯がある。無論、周防にとっては初めて耳にする名だ。そんな平侍の依頼に応ずるわけがない。周防には断られたが、目指した方向は間違ってはいなかったのだ。
「国家皇室のために尽力せんことを遺言なさったのです」
「周防様といえば、暗愚の公子と看做されていたが、本当は違ったのだな」
 あの英明な前藩主が、周防の嫡男又次郎を継嗣とした疑問が、ようやく氷解した思いだ。
「吉之助さぁが初めて江戸に行った年のことを思い出す」
「虎寿丸様が急逝なさい、その上、斉彬公も重い病に伏された時ですね」
「殿様はすでに周防様という人物を見抜いておられたのだ」
 周防の嫡男を世嗣となさんと決意したが、これが明らかになると、藩地に在る斉彬派が軽挙と看做し、大いに失望するであろう。それゆえ予め報せておくようにと。
 命じられた側近はこれを吉之助に告げ、二人して斉彬に諫言したが、決意は固く、内意を伝えさせるため、密書を帰藩する有村俊斎等にさずけたのだった。
 庶子派を排除せんとする吉之助等の意思は益々激烈となり、東西相応して彼等を除かんと謀る動きに出ようとした。しかし、吉之助等の過激な企図を聞知した斉彬によって諭され、それが鹿児島にも伝えられ、危うく短慮を免れたのだった。
「あんときは、殿様の本旨は継嗣を争うこっではなく、薩摩国のために、そん政の手腕を試さんとしておられうと受け取ったが、違ったのだな」
「おいも、庶子派との争いを防ぐためには、多少は彼等の意見を受け入れなくてはとのお考えだと思いましたが、斉彬公の目線はもっと真っ直ぐであられたわけだ」
「凡庸な藩主なら、真っ先に恨む相手であろうに。そん活眼は驚嘆すべきなり、だ」
「一門の中に、斉彬公の意思を継ぐ方がおられうこっが判っただけでん光明ですね」
「拙者も同じ事を。藩に絶望していただけに」
 以前、吉之助から聞いた話が思い出された。
 斉彬公は大度量の君公であるから、島津豊後や新納駿河など家老どもが自分に逆ろうても、高輪(斉興)様のご機嫌を損なわないように、家老どもを使っておられるのだ。だから拙者が島津豊後の更迭を申し上げても、お聞き入れがない。人間はことごとく小人を去らす訳には往かない。小人でも時によって役に立つものであるから、一概に斥けるものではないと言って戒められたことがある。
 しかし、と、正助は思っていた。
 斉彬公がご存命中はそれでもよいだろうが・・。庶子派が跋扈する現在、この報せには、跳びあがらんばかりの勇気が与えられた。
「正助さぁたちの思いが、何とか周防様に伝わう手立てはないものですかね」
「薩藩の一門家といえば、五、六万石を領すう諸侯にも勝うほどの勢威があり、我ら如き平侍は、容易に面謁すうこっなど叶わぬゆえ」
「ことに、そん意見を陳述すうなど望むべくもない・・」
「しかし」と正助は思う。
 西郷吉之助という太い柱が抜けた今、残された親しい仲間でなんとしても考えていかなくてはならぬ。


四 乗願


 正助は役所から戻ると、意見書を練っていた。
 台所からは生まれたばかりの赤子をあやす満寿の声が聞こえる。長男彦熊の誕生に両親、特に跡継ぎができたことへの父の喜びようは、正助の比ではない。そう思えるほどだ。どうか丈夫に育ってほしい。大きく息をし、緩みかける気持ちを引き締めると、正助の視線は再び筆先に集中する。
 あの時、乗願は言った。先ずは会ってみようかと、相手に思わせることだ。それには根気よく意見書などを差し出しては如何かと。
 重富領主と我ら斉彬派が見えない糸で繋がる機会など全くないと、誰が断言できよう。諦めるな。いつかその時のために。
 日新公いろは歌にもあるではないか。

 いにしへの道を聞きても唱へても
       わが行ひに せずばかひなし


 正助は何度も筆を止めていた。
 果たしてこの言葉は適切であろうか。本意が伝わるであろうか。言葉や文節を吟味しながら考えをまとめていく。その繰り返しだ。
 あの日、乗願は意見書提出に弾みをつける報せを伝えてくれた。乗願自身がそれを意識していたかどうかは不明だが。正助たちが古史傳を回読している旨を告げると、周防はそれに関心を示し、閲覧を所望したという。
「いよいよ機会到来であるぞ」
 税所喜三衛門と肩をだきあった。
「提出すう毎に、天下の形勢、公武の事情など伝えた方がよいな」
「うむ。恐らく周防様にはそん辺は伝わってはいまい」
 これがいかに浅薄な推量であったか。斉彬は周防を藩主名代と考え、何かと相談していたこと。また周防は学問を好み、その見聞の広さと記憶力の強さには斉彬自身及ばないと受け止めていたこと。そして正しく厳しい考えを守っていることも自分より勝っていると斉彬が認めていたこと等々。後に正助たちはそれら事実を知るが、この時点では、かえってその浅薄さが好都合に運んでいた。
「まさしく。藩主茂久様の後見は祖父斉興公ゆえ」
 昨年十二月江戸に参観した又次郎は、年が明けて将軍家茂に謁見を許され、将軍の諱の一字を授けられて、これまでの諱である忠徳を茂久に改めた。
「我等の意見や同志の姓名も認めてはいけんか」
「同じことを考えておったのだ。真っ先に吉之助さぁを記す」
 密封意見書として古史傳の中に挟み、さらに書物を入れる袋を作り、しっかり糊付けした。表書きには島津周防様、古史傳第一巻といった具合に。そして毎回巻数を書き添えた。
 一門家のなかに意見書を受け止めてくれる人がいる。藩政に絶望していた正助たちにとって、それは、どれほどの喜びであり、励みになったことか。同時に有頂天になるなと戒めてもいる。島津豊後や新納駿河に知られては、どのような妨害を受けるか。油断は禁物だ。隙を見せるな。憂国の思いに突き動かされ、正助たちの足取りは目立たなく、より着実なものになっていった。
 そんな折の九月半ば過ぎ、源助からまた一報が入った。
「斉興公が薨去なさおいもした」
「すうと、いよいよ周防様が補佐されうな」
「これまではご尊父を憚り、藩政への容喙を控えておられましたが、今は隔日に重富邸よりご登城されておられうとか」
 人の縁は、ひとたび誰かと本気で関わると、次から次へと繋がっていくようだ。この時も正助は、前後して斉彬の側近だったという二人と面識を得ている。一人は児玉雄一郎という、斉彬の小姓から小納戸に昇進した人で、もう一人の谷村愛之助は、小姓のまま茂久にも仕えている。ともに二人は勤皇の士でもある。
「周防様から諮問をうけました」と谷村愛之助。
「どのよな」
「斉彬公の事績や天下の形勢及び薩摩藩士の動静などです」
 あれを読んで下さったに違いない。初めて確かなものが胸に落ちた瞬間である。だが、それに安堵する正助たちではなかった。
 吉祥院及び児玉・谷村両士の力によって糸は確かに繋がったようだ。しかし冷静に状況を把握するならば、周防は藩主の実父といえども、その家格は一門に過ぎない。藩主を補佐するに及んだとして、直ぐに斉彬の遺志に基づいて藩政を改めていくなど、島津豊後や新納駿河といった家老が抗うに違いない。まして正助等の意見が反映されるなど・・・。


五 森山棠園


 季節は十一月。その頃江戸では、井伊大老の鎮圧政策が益々その歩を進めていた。
「先ずは斉昭を水戸に蟄居せしめ、水戸藩主慶篤に差控、一橋慶喜に致仕謹慎を命じたそうです」
 息荒く声を潜めるのは源助。
「そや、いつのこっか」
「八月です」
「大老は本気だな」
「それだけではあいませぬ」
 作事奉行岩瀬忠震・軍事奉行永井尚志は差控・免職。西丸留守居川路聖謨は隠居・差控・免職。
「水戸藩の志士たちは、いかがか」
 一月に東上した堀仲左衛門からの書簡によって、諸藩との連合は難しく、先ずは水戸藩志士と結んで大老を倒し、天下の人心を覚醒せしめんと決心した旨を知り、正助たちは大いに奮起し、突出の準備をはじめ、次の知らせを待っていたからだ。
「水戸藩家老安島帯刀は切腹、茅根(ちのね)伊予之介と鵜飼吉左衛門は死罪にないもした」
「子の鵜飼幸吉は」
「獄門で、もう一人鮎沢伊太夫は遠島です」
 二人は同時に深い溜め息を洩らす。しばらくして源助が再び・・。
「梅田雲浜は江戸小倉藩邸にて拘束中に病死しましたとか」
「名声高い橋本左内や吉田松陰にも幕吏の手は及ぶでは」
「その両名に加え、頼山陽の子である三樹三郎も死罪にないもした」
「すでに死罪に・・」
「その他大名では山内容堂が謹慎になり、公卿の家司数名は中追放になりました」
「けいし数名が・・。近衛家は」
「老女村岡が押込です」
「あん時期に斉彬公が亡くなられたのは」
 言いかけて正助は黙った。
「見方を変ゆっなら、薩摩藩にとっては不幸中の幸いじゃったともいえもす。獄中で病死した日下部伊三治の子である裕之進が遠島になった以外は、罰せられた者はおいませんで」
「西郷さぁもなんとか逃げ遂せたし」
 このような報が鹿児島に達するや、執政者たちはいよいよ戦慄し、幕府を憚って無事を計るのに汲々とするだけであった。その姿勢が正助たち同志に火をつけた。
「天下の人心を覚醒させねばならぬ」
「それがでくっとは我々以外にない」
「そうだ。断然藩を脱して京師に出でて、義兵を起こそう」
「先ずは九条関白を退け、酒井所司代を除くことだ」
 正助等は決死文を認め、勤皇の士と思われている者たちへ密かに回覧し、突出の覚悟ある同志を募った。その結果得た人数は、吉之助と正助を含め四十余名。この中には、前年に思いとどまった突出の際に申し合わせた堀仲左衛門、樺山三円、高崎猪太郎など江戸在住の士も含まれている。
 主だった人物は、岩下佐次右衛門、伊地知竜右衛門、吉井仁左衛門、税所喜三左衛門、奈良原喜左衛門、有馬新七、大山正円、奈良原喜八郎、有村俊斎、森山棠園等だ。この顔ぶれは、常に会って謀議に与している者たちと重なる。
「これだけをまとめていくとなうと」
 正助は総裁が必要ではないかと、座を見回す。
 皆もそれには異論ないという。
「今日は欠席だが、岩下佐次右衛門はどうか」と大山正円。
「それはいい。勤皇の志が篤いのは無論だが、資性忠実で国学にも通じておうし」
「加えて志士中最も家格が高く、この任には相応しか」
「次は突出の軍資金だが、お主が頼りだ」
 正助は森山棠園に頭を下げる。
 森山棠園とは、父次右衛門の代から付き合いが深い。森山家は元郷士で後に鹿児島の町人となった素封家で、かつて多数の金穀を藩主に献納した功績により士籍に列せられた経緯がある。
「喜んで引き受けごと。先祖よい金穀を蓄積しとっとは、国家有事の用に備ゆっためゆえ」
「長年の思いが漸く実現に向けて動き出したわけだな」
「同志の荷を運ぶのも、拙者が当たろう」
「そや有難い。船か」
「心当たいがあう」
「川田丙蔵が我等の動きを嗅ぎまわっとうらしか。購入の際はくれぐれも気をつけてくれ」
「田中新兵衛と申す勇敢で義気のあう漁師がおり、そん男を通して購入し、船長も頼むつもいだ」
「では、水主もいけうな」


六 源茂久

 森山棠園が鰹漁船二隻を購入したという知らせに、同志は皆、父や母あるいは兄に遺す書を執筆した。
 私事この度、士臣の分を尽くさず候て、叶わず儀これ有り、御暇乞をも申し上げず、京師に出張仕り申し候。生きては再び帰るべく儀に御座無く候間(略)尤も趣意の儀は、御家老座へ向け、一封差し出し置き申し候間、自ずから追々御聞き及び可くこれ有り存じ奉り候、只この節に至り忍び難きは、御老身の御行く末いかがと、是のみ気懸かり御座候得ども、古より大義之為に父母妻子をも顧みず身命を捨て候儀、士たる者の職分にて甘心(満足する)仕り可く儀に御座候。(略)私儀は、天朝之御為、且つ御国家之御為、順聖公(斉彬)の御遺志に従ひ随分働き申し候間・・・・。
 脱藩して大挙を計り、事がもし成れば、大は国家を益し、小は島津家の為となるであろう。不幸にして失敗に帰するとも元は脱藩の徒なり。あえて君家に難を及ぼすことはないであろう。
 これが同志の覚悟であった。
 国家の現状や行末について憂える気持ちを抑えきれずに奮起し、いよいよ薩藩の志士を率いて脱藩せんと正助が準備を整えていたとき、にわかにその挙を中止せざるを得ない事情に遭遇した。
「大山正円様から至急参じうごととのご伝言です」
 応対に出た平吉が忙しげにいう。
 出向いてみると、谷村愛之助がいるではないか。有村俊斎もかけつけていた。
「いかがした」
「拙者が突出に加わうと」
 藩主が操っているのではと疑われ兼ねないので、あえて応じなかった。が、親交ある有志者の言動からその機が切迫しているのを見て苦慮し、藩主に密告して、平穏な間にこの挙を中止させようと欲していたという。
「しかし、周囲には幕府側についた門閥者が多く」
「島津豊後や新納駿河であろう」
「いかにも。こん企てが一度漏洩すれば、過酷な処置が施されるのではないかという情勢であった」
「お由羅騒動を思い起こせばのう」
 自分など斬首であろうと正助は思った。
「それゆえ密告の機会を待っていたのだが、容易にそん機会は得られず」
 藩主が厠に赴いたのを追跡し、周囲に人のいないのを確認して、突出の企てとその切迫している顛末を告げたという。
「何しろ、お主ら一団は俊英にして、天朝のために尽くそうと欲すうなら、こん一派の他には依頼すべき人材はおらぬであろう」
「これが諭告書だ」
 大山正円が目を輝かせる。

 方今、世上一統動揺容易ならざる時節に候、万一時変到来の節は、第一 順聖院様御深意をつらぬき、国家を以って天朝を守りたてまつり、忠勤を抽(ぬ)きんずべき心得に候、各有志の面々、深く相心得、国家の柱石に相立ち、我等の不肖を輔(たすけ)、国名を汚さず、誠忠を尽くし呉れ候様、偏に頼み存じ候、仍て件の如し。
  安政六年己未十一月五日       
                    源茂久 花押
精忠士面々へ

「早速、皆を集めよう」
 大山正円が短文の回覧を記す。
「連名の血判ですね」と谷村愛之助。
「請書には勿論、最初に吉之助さぁの姓名だ」
「大島渡海 菊池源吾、とな」
 見えなかった糸が確かに繋がった瞬間である。

・・・・・・・・・・了・・・・・・・・・・




 


このブログへのチップ   101100pts.   [チップとは]

[このブログのチップを見る]
[チップをあげる]

このブログの評価
★★★★★

[このブログの評価を見る]
[この記事を評価する]

◆この記事へのコメント
コメントはありません。

◆コメントを書く

お名前:

URL:

メールアドレス:(このアドレスが直接知られることはありません)

コメント:


くる天
officematsunaga
速報情報は、オリジナル取材ネタも含めてtwitterで無料公開!
twitter

【オフイス・マツナガのブログ】

【CONTACT/連絡先】

カレンダー
<<2011年07月>>
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
マーケット情報
by 株価チャート「ストチャ」


FX経済指標


会員制システム
会費は月額1000円で、すべての記事、すべての連載、バックナンバーを見ることができます。また、一般には入手困難な資料等をダウンロードできます。
 購読の規約に関しては、くる天 よくある質問を参考ください。


会費の支払い方・課金の仕方

1:くる天へ会員登録する。
2:ポイントを購入する。
3:記事を購入する 。
 という手順となります。
 初めての課金の申し込み方

返金システムに関して

なお、会費を支払い購読されて「これは課金に値しない」と判断された方には、すみやかに返金に応じます。詳細は、返金システムに関してを参考ください。

入稿後は加筆・修正しません

有料会員制度のサイトという性格と、くる天さんのシステムから、有料記事に関しては入稿後の修正、訂正はきかないようになっています。そのため誤字・脱字・錯誤が含まれる場合があります。誤字・脱字・錯誤等の修正に関しては、別途、指摘させていただく場合があります。誤字・脱字・錯誤  修正情報

皆様へのお願い

 申し込まれたアクセスコード、パスワードを他人に教えたり、譲渡する行為は犯罪行為です。すでに、第三者におしえてしまった!という方は、すみやかにパスワードの変更をお願いします。やむなき場合は、しかるべき対応をさせていただきます。
皆様へのお願い  
当サイト連載コラム
週刊日程表

本日のマーケット

今週の永田町

永田町レポート

本日のオフレコ情報

遠藤顧問の歴史だよ

時代小説発掘(無料公開)

カテゴリ
全て (3356)
2014衆議院選挙当落予想 (12)
無料公開記事 (7)
週間日程表 (154)
選挙 (26)
政治 (86)
経済 (6)
社会 (17)
永田町レポート (67)
今週の永田町 (326)
本日のオフレコ情報 (71)
本日の日経225 (29)
本日のマーケット (1654)
特オチ最前線 (75)
瘋癲老人のレイジーな日々 (25)
扱い注意 (38)
ネットでメシウマ!ウェブマーケティングの虚実 (32)
伊藤博一の事件の眼 (23)
鬼デスクの酔いどれ日記 (44)
アダルトサイト運営奮闘記 (3)
遠藤顧問の歴史だよ (30)
業界記者の覆面レポート (2)
真名のケーザイ探検 (27)
ホッピー・モツ焼・闇市の世界 (4)
ネットでビビるな!ネット音痴の業界人へ (14)
今週のマスコミがびびったネットネタ by 野次馬 (10)
アラカルター久里&占い軍団 (46)
コーヒーブレイク・エクササイズ編 (64)
コーヒーブレイク・ボイスエクササイズ編 (12)
医読同源 (1)
永田町奥の院を新人記者「僕」行く (12)
アンコール (2)
「永田町に棲んだ女たち」2 (13)
「永田町に棲んだ女たち」 (15)
ぼやき三毛猫 (49)
白川司郎訴訟関係 (4)
動画で go !!!! (7)
縄文だよ!!!! (4)
【時代小説発掘】 (204)
2009年 衆議院選挙  最新調査データ (26)
衆議院選挙 選挙区レポート (4)
島田が行く!報道現場の盲点 (2)
誤字・脱字・錯誤  修正情報 (6)
見落とすな!ネット情報・リンク先・保存先 (3)
「永田町に棲んだ女たち・特別番外編」 (8)
雑誌販売動向 (7)
最近の記事
12/06 12:26 江戸浅草物語14「月こそ心よ花こそ心よ」 (無料公開)
11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
オフイス・マツナガのサイト
[現役雑誌記者によるブログ日記!by オフイス・マツナガ]

[オフイス・マツナガ書籍部]

[今週のキーワードbyオフイス・マツナガ]

[オフイス・マツナガのブログWordPress版]

[週刊日程表(アクセス規制有)]

[調査分析報道・資料倉庫]

【公にされない公の資料を公開】

【その他 オフイス・マツナガweb管理人】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最近のコメント
風雲 念流剣 七 (無料公開)(鮨廾賚此丙郤圈)
宿志の剣 三 (無料公開)(会話スキル★吉野)
週刊・月間誌 販売動向13年3月6-7日(管理人:kitaoka)
週刊・月間誌 販売動向13年3月6-7日(珈琲好き)
■この国の最大の問題点は「スパイ防止法案」がない点。マスコミだけでなく、政党にも外国勢力が跋扈。(珈琲好き)
イチローストレッチが止まらない!(バーバリー 時計)
■あまりにあっけなく、野田民主党惨敗。あまりにあっけなく、安部自民党大勝利(takeshi.komi)
時代小説発掘 !!!!!告知!!!!!()
〈助太刀兵法21〉 尾道かんざし燈籠 (無料公開)(モンクレール ダウン)
薩摩いろは歌 雌伏編(十一)痛撃(無料公開)  (株式の初心者)
ブログ内検索

RSS
携帯からも見られます!
QRコード対応の携帯で、このコードを読み取ってください。

Copyright (c) 2006 KURUTEN All right reserved