| 風の喜八3 「元禄の終焉」(無料公開) | |
| [【時代小説発掘】] | |
| 2011年8月28日 9時27分の記事 | |
【時代小説発掘】 風の喜八3 「元禄の終焉」 佐藤 高市(さとう たかいち) (時代小説発掘というコーナーができた経緯) 梗概: 赤穂藩隠密の風の喜八が、討ち入りの後、浅野家再興のために公儀隠密として活躍する物語。 プロフィール: 酉年でも喧嘩鳥の生まれ年で単純明快 東京都生まれ 小説「『谷中物語」で茨城文学賞受賞 江戸を舞台の小説「入梅」が韓国の常緑樹文学に翻訳掲載 江戸の歴史研究会会員 これまでの作品: 隠密廻り同心・磯貝真六 「お多勢八幡」 隠密廻り同心・磯貝真六2 「伊助の別れ火」 隠密廻り同心・磯貝真六3 『篤姫の守り人』 隠密廻り同心・磯貝真六4『富岡八幡土俵入り』 隠密廻り同心・磯貝真六5「丸山応挙の幽霊画」』 隠密廻り同心・磯貝真六6 『会津への旅』 隠密廻り同心・磯貝真六7 『会津西街道』 風の喜八1 「討ち入り」 風の喜八2 「丸木を持って水月を知れ」 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
************************************************************ 当サイトからの引用、転載の考え方 ・有料情報サイトですが、引用は可能です。 ・ただし、全体の文章の3分の1内程度を目安として、引用先として「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と必ず明記してください。 ・ダウンロードしたPDFファイル、写真等は、透かしが入っている場合があります。これは情報管理上のことです。現物ママの転載を不可とします。ただし、そこから情報を引用しての表記は可とします。その場合も、全体の3分の1内程度を目安として、「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と引用先を必ず明記してください。 ・商業利用の場合は必ず、連絡下さい。 メールは、info*officematsunaga.com (*を@にかえてください) ************************************************************ 【時代小説発掘】 風の喜八3 「元禄の終焉」 佐藤 高市(さとう たかいち) (一) 軍学師由井正雪の影 喜八とお勢は、四ツ木村の人達に見守られて八幡宮で生活を始めた。喜八は、時の鐘をつき、お勢と共に塩饅頭を境内で売る。 四ツ木の塩饅頭は、評判になった。八幡宮に近い農家のおかみさんたちも来て、小麦粉を酒でこねて忙しく働いていた。 十月の穏やかな日であった。荷を背負ったがっちりとした体格の男が、八幡宮に姿を見せた。 喜八は、男を家に入れた。男は笑みを浮かべて、小麦粉や赤穂の塩の積み荷を降ろした。 「喜八様、先日は失礼いたしました」 清三であった。同心の高畠十郎の指示を伝えに来たのだった。 服部半蔵の再来と言われる清三は、喜八に幕閣からの指示を伝えた。清三は、仔細についてよどみない口調で喜八に伝えた。 「大罪人の由井正雪と有縁の者と名乗る男が吉原に姿を現したという。遊郭で派手に遊び、人の守るべき道は由井正雪の言うとおりであり、楠木流の張孔堂は軍学の要であったと話したということです」 喜八は、由井正雪の軍学について聞いたことがあった。韓王劉邦の軍学師であった張良を信奉し、仁を根本にした孔子の思想を柱にした教えであった。 由井正雪の門弟は、一時は三千人という数にも上った。徳川家康の十男で紀州大納言の徳川頼宣も由井正雪の教えを受けていた。 「その浪人は、浅草花川戸の船宿に潜伏しているとのことです。高畠様からの指示でその浪人の正体を探って欲しいとのことです」 幕府からの初めての沙汰であった。喜八は、清三から浪人の人相書きを受け取った。 浅草花川戸は、喜八が住んでいた伝法院裏の骸骨長屋からも近く、大川端の船宿には知り合いの権助と言う人足頭がいた。 「ごくろうさまです。どうぞ召し上がってください」 お勢が、湯と塩饅頭を運んできた。 お勢は、喜八から幕府の命を受けて働くことになることを聞いていた。清三と話す喜八の表情は、少し緊張しているようにお勢には見えた。 「分かりました。清三さん、了解したとお伝えください」 喜八は、お勢に聞こえるように清三に伝えた。それを聞いた清三は、笑顔を見せた。そして、懐から金子の入った袱紗を喜八に渡すのであった。 「幕閣からお預かりしたものでございます」 清三は、戸を開けて外の様子を窺って、立ち去るのであった。 「お勢、仕事が入っちまいやがった。今晩から出かけるぜ」 喜八はそう言うと、八幡宮の社に向かった。古くなった敷板をはずして新しいのと取り換えるのだった。 お勢は、鰯を七輪で焼いて普段より早く夕餉の支度をした。近所のおかみさんから貰った青菜を茹でて醤油を掛けたものを出した。 喜八は、材木を買って、八幡宮を立派にしたいという夢をお勢に話した。そして、袱紗に包んだ金子をお勢に渡した。お勢が見たことも無い小判がそこにあった。 「大石様から頂いたものを貯めておいたのだ。それから、今日幕府から頂いたものを一緒にした。お前が持っていてくれ、おいら達の産土神である八幡様のために役立てておくれよ」 「喜八さん、ありがとう。身体には気をつけて下さい」 お勢はそう言うと微笑んだ。お勢は、喜八が時折見せる暗く沈んだ表情が気になっていた。 喜八は、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)の命を受けて、江戸市中を探る隠密であった。喜八は、いつも泉岳寺に葬られた義士たちのことを思っているようにお勢には見えた。 喜八は、夕飯を平らげるとお勢が箱膳を片付けた。喜八は、神棚に手を合わせると白樫の棒を持つ。お勢は、喜八の後ろで火打ち金を火打ち石に強く当てて切り火をした。 「火の神様が、災いから喜八さんを守ってくれますよ」 「ありがとよ、行ってくるぜ」 喜八は、そう言うと浅草を目指して走り去った。 (二) 公儀隠密の初仕事 喜八は、手に持つ丸木の棒を役人に問われれば、青物売りの担ぎ棒と答えるつもりであった。 討ち入りのために、江戸市中を駆け回った喜八は、按摩や虚無僧に度々姿を変えて、吉良上野介の動きをを探っていたことがあった。 喜八は、大川橋を渡った。浅草花川戸は、浅草観音の手前にあった。お勢の姉を騙したマムシの銀二が大川に落ちて死んだのがここであった。 銀二は、大川橋の手前にいた女の乞食に銭を与えた。乞食は、借金のために銀二によって、女郎屋に奉公をさせられたお秀であった。 お秀は、自分を苦界に沈めた銀二に復讐をするために、般若のような形相で銀二に体当たりをした、 二人は、大雨で増水した大川に落ちた。女は、銀二の帯に両手を入れて、浮き上がろうとする銀二を川底に引きずり込んだのだ。 (なんでこんなことになっちまったんだ)銀二は、そう思った。これからの人生をやり直そうと思っていた矢先であった。二人は、そのまま渦に巻き込まれて浮き上がることは無かった。 喜八は、大川に向かって手を合わせた。 「ごめんよ、いるかい?」 喜八が訪ねたのは、大川端の船宿近江屋の裏長屋に住む権助であった。 「喜八さん・・・・・・、生きていなすったのかい。そりゃ、良かった」 権助は、燗酒を飲んで布団に入ろうとした時であった。 権助は、喜八に頼まれて船を出し、船宿に出入りする人たちのことを伝えていた。喜八は、由井正雪の有縁の者と称する輩について話をした。 「その浪人は、うちの船宿に長逗留しております。楠木流軍学のことをしゃべっております。遊び好きで吉原には、度々行って今晩も猪牙船で吉原に出かけているはずです」 権助は、喜八のために命を救われたことがあった。吉原に猪牙船を出した時であった。 菅笠を被った若い侍が、吉原への迎えが遅いと因縁を付けて船頭に刀を抜いた。高価な小袖に羽織を着た侍の姿から高貴な武家だと権助は見ていた。 若い侍は、酒に酔っていた。目が据わって、酒乱のようであった。権助は、船頭をかばって侍の前に出た。 侍が真剣を振り下ろそうとした時、白樫の丸木の棒が若侍の刀の柄(つか)にくくり付けられ、瞬時に侍のみぞおちに丸木の棒の突きが入った。侍は後ろに下がったが、続けざまに白樫の棒が半円を描いて、侍の面を打ちつけた。 喜八であった。侍は目をむいてその場に倒れた。しばらく昏倒していた侍は、役人に介抱されて半時ほど経ってようやく立ち上がることができた。 侍を迎えに数人の武士と中間たちが籠を用意してきた。ふらつく侍を乗せた籠は、逃げるようにその場を離れた。 権助は、真剣に木刀で立ち向かう喜八の姿に魅せられた。その剣が無想流杖道であることを後で知ることになった。 それが、喜八と権助の出会いであった。権助もまた西国から下ってきたこともあって、喜八と馬が合った。二人は度々居酒屋で飲むようになった。 権助は、喜八に頼まれて船や船宿の部屋を用意するうちに、喜八が赤穂のために動いていることを知った。 この頃、江戸市中では、赤穂浪士の討ち入りが噂になり、誰もが主君の仇討を行う赤穂浪士を贔屓にした。 権助は、大石内蔵助にも会っていた。権助は、温和な大石の姿を思い出しては、仇討の成就に喝采をしたのだった。 「喜八様、由井正雪といったら大罪人ではありませんか。それに繋がる者がうちの宿にいるんですか、火でもつけられたら大変だ」 喜八は、権助の部屋を借りて男を見張ることにした。 「こんな汚い所ですが、使ってくだせえ」 喜八は、権助の長屋から船宿近江屋の部屋を窺っていた。この夜、その部屋の行燈の灯は点かなかった。 (三) 幕府を混乱させる闇の力 船宿近江屋に潜伏する浪人が動いたのは、三日後の早暁であった。旅支度をした浪人は、周りを気にしながら足早に西の方角に急ぐのだった。権助が、相手を確かめて当人であることを喜八に告げた。 浪人は、背中が割れた羽織を着て両手には手甲を着けていた。長旅のための姿であった。喜八は、町人の格好をしてその後に続いた。 東の空が白んできた。往来には、納豆売りや青物を売る棒手振りがいた。町人たちは、朝餉をこしらえるために、棒手振りを呼びとめていた。喜八は、先を急ぐ浪人の背中を追った。 喜八は、自分以外にも浪人を追っていることも知っていた。公儀は、慎重であり幕府を混乱させる輩には、次々と追手を差し向けて仕留めるはずであった。 西国に向かう浪人の名は、伊原源吾と言った。信州から江戸に下って来た浪人であったが、由井正雪の楠木流軍学を学んでいた。教えていたのは、町医者の源浄という年寄りであった。 本郷にある寺の離れに源浄は住み、時折、上方の言葉を使う商人たちが、源浄の下に集まって来た。富豪の商人たちは、由井正雪が起こした乱の顛末を伊原に教えた。 商人たちの話では、由井正雪の背後には、家康の子である紀州大納言の徳川頼宣がいた。つまり、慶安の変は、将軍の後継ぎ争いが関係しているということであった。 伊原は、楠木流の軍学を江戸で広めよと源浄に命じられ、富豪の商人からも大金を与えられた。伊原源吾は、調子に乗って吉原で大騒ぎをした。 気がつくと、本郷の寺には、源浄の姿は無く、荒れ寺に人の気配も無かった。伊原は、キツネに化かされたような思いだった。 それは、巧妙に仕組まれた罠であった。西国の富豪な商人たちの狙いは、徳川幕府を混乱させることであった。 伊原源吾は鈍感な男であったが、ある日、自分を付ける男たちがいることを知った。思い当たることと言えば、徳川家の転覆を謀ったと言われる由井正雪の有縁の者であると吉原で吹聴したことであった。 恐ろしくなった伊原は、西国に行く振りをして故郷の信州に逃げようとしていた。田舎に帰って、百姓になることも考えていた。 伊原源吾は、急に走り出した。喜八もまたその背中を追った。辺りは、日暮里の田畑が広がる場所であった。刈り取られた田んぼには、人の姿は無かった。 伊原が振り返ると町人姿の喜八がすぐそこにいた。 「なんだお前は、何のようだ!」 伊原は、恐怖に駆られて、手入れを怠っていた真剣を抜いた。へっぴり腰であった。喜八は、慎重に伊原との間を詰めていく。 喜八は、右手を真っ直ぐに垂らして丸木の棒の中ほどを握り、棒の先を相手の目に向けて対峙していた。伊原の真剣の切っ先が動くと同時に、「えいっ!」という掛け声とともに、喜八の棒は伊原のこめかみに当たった。 一瞬の出来事であった。同時に「ほぉっ!」と声を上げた喜八は、棒の先を伊原のみぞおちで強く突いた。伊原は、後ろ向きに倒れた。 その時であった。周囲から御用だという声と共に捕り手たちが十手を向けていた。伊原は、あっけなく捕らえられた。 捕り手の中には、同心の高畠十郎がいた。鎖帷子(くさりかたびら)を着て、股引をはいた姿で白い胴締めとたすきを掛けていた。月代(さかやき)の青さが凛々しかった。 高畠十郎は、喜八に目配せした。 喜八は、その場を離れた。初めての役目を終えて、久し振りにお勢のいる四ツ木八幡宮に帰る。 喜八は、四ツ木に帰る途中で、ゆったりと流れる大川を見ていた。大石内蔵助の穏やかな笑顔を思い出していた。 大石の切なる願いは、浅野家の再興だけであった。大石内蔵助は、亡き主君の弟である浅野大学がお家を再興する時を周到に計っていた。 喜八は、命を賭して公儀隠密として生きることを亡き大石と藩士たちに誓うのだった。 (四) 白龍の如く 夕暮れになって、喜八は四ツ木村の八幡宮に帰ってきた。お勢は、大根を樽に漬けこんでいた。 「お勢、帰ったぞ!」 喜八は、お勢に声をかけた。お勢は、振り返ると喜八の顔を見て泣き始めた。 「初めての御用だったが、何とか仕上げることができた。お勢、もう泣くな・・・・・・」 お勢は、喜八の帰りを待っていた。夜も眠れずに、八幡様に手を合わせていたのだった。 お勢は、涙を拭いて、かまどに薪をくべて雑炊を作る。喜八は、帰りがけに酒屋に寄って買って来た酒の燗をする。 「疲れたな、熱燗できゅっと飲むか、つまみは要らないよ」 「喜八さんの代わりに、八幡様の時の鐘をついたの。前の世でもこうして、鐘をついていたように思えたの。お饅頭もたくさん売れて、おかみさんたちにお金を包むこともできたわ」 お勢は、手際良く青菜を入れて雑炊を作った。喜八は、浅草七味唐辛子を雑炊にかけて、空きっ腹を満たすのであった。 喜八は、酒を飲むのは後にして、白樫の棒を握って境内に行った。伊原源吾との立会いをもう一度再現する。自分の剣に迷いは無かったのか。喜八はそう思いながら、丸木の棒を打ちつける。 白樫の棒を持った遣い手は、真剣を持った相手と対峙し、相手の心を見据えて、瞬時に棒を打ちつけるのであった。 喜八は、己心に流れる川面に、今空にある月を映す。月を映すことは、自らの心を映すことであった。心を鎮静させて、剣が自らの体と一体になる。その時、夢想流杖道は、真剣をも打ち負かすほどの剣となる。 喜八は、相手の剣が丸橋忠弥の鎌槍であった場合、どのように対峙していたのかを考えていた。 宝蔵院槍術の鎌槍は、猿沢の池の三日月を突いて編み出された槍術であり、槍先に十文字の鋭い刃が付いていた。槍と長刀、そして鎌としても使えた。 喜八は、刀と対峙する場合は、一足一刀又は二足一刀の間合いを計りながら棒を振った。だが、十文字槍が相手であると相手との距離を計ることが難しかった。 相手の懐近くに入るために、色々な組形を試して四尺二寸一分の白樫の棒を振るうのだった。 捕り方に捕縛されたた伊原源吾は、奉行所で吟味方に厳しく調べられるが、所詮、蜥蜴の尻尾切りであった。 この時期に、何故、由井正雪の名を出して世間を騒がすのか。喜八は、幕府に弓を引く輩たちは、次の手を繰り出してくることは必定であると思っていた。 八幡宮の境内では、白装束で袴をつけた喜八が、曲芸のように棒を動かし、流れるような動作で突いたり、打ったり、払ったりを繰り返していた。 その夜、「えいっ!」、「ほぉっ!」という気合を入れた掛け声が、八幡宮の境内から聞こえてきた。 お勢は、喜八を見守っていた。やがて喜八の動きは、闇の中で白い龍がうごめいているように見えた。お勢は、思わずその姿に手を合わせるのだった。 (五) 元禄の終焉 その年の十一月二十三日の未明に大地震が江戸を襲った。雷のような地鳴りがして家々は小舟が大波に乗るように揺れ動き、柱はまるで箸が折れるように折れて、家々は潰れた。 本郷辺りから出火し、北風によって江戸市中は大火に襲われた。多くの者が家の下敷きになり、助けを求める弱々しい声が辺りから聞こえるのだった。 喜八とお勢は、川向こうの町で火の手が上がるのを茫然と見ていた。それは、まさに地獄絵図のようであった。 紅の炎が至る所に現れて、町を炎で包んでいく。半鐘の音が至る所から聞こえていた。犬が狂ったように鳴き続けていた。 喜八は、すぐに四ツ木村の家々を回った。月明かりも無い闇の中で、子どもたちの泣く声がしていた。 村人たちは、崩れた家から逃げ出していた。大地の激しい揺れは、その後も起こり、ねんねこ半纏を着た人たちは、対岸に見える火事の恐ろしさに震えていた。 空は塵でおおわれ、炎が空を焦がすようであった。鳥の大群が、鳴き声を上げながら炎に追われて飛び回っていた。 ようやく東の空が白んできた。火事は深川辺りまで飛び火をしたようだった。幕府の役人たちが、駆けずり回っていた。四ツ木村では、村長の指示で炊き出しが始まっていた。 喜八は、倒れた家屋から年寄りを助け出した。老婆は、喜八の背中で震えながら念仏を唱えていた。 時が経つにつれて、烈震による家の損壊や火事に焼かれた惨状が明らかになった。大津波で房州や江戸、そして小田原などの海辺の町が甚大な被害を受けた。 江戸市中では、地震除けの鯰絵は飛ぶように売れていた。町人たちは、鯰絵を家の壁に貼って手を合わせた。 八幡宮は、瓦がガラガラと落ちて屋根も傾いていた。頻繁に起きる地震で梁にひびが入っていた。時の鐘をつく鐘つき堂も土台から崩れていた。 喜八は、八幡宮を建て替えなければならないと思った。これまで、八幡宮に費やしてきたことが、一瞬で水の泡になった。 「喜八さん、私たちの産土神のために新しい社を造りましょう。きっと、できるわよ」 お勢は、落ちた瓦を拾いながら、そう言って笑った。 四ツ木八幡は、建物が半壊した。喜八は、近在の家々を回って修理した。 喜八は、新しい社の造営のために、世の中が平穏になれば喜捨を募って、近在の村々を回るつもりでいた。 烈震の後、江戸市中には赤穂浪士の怨みによって、大地震が起こったとまことしやかに言う者たちがいた。江戸庶民は、この流言に惑わされていた。 四十六人もの赤穂浪士たちを切腹させたのは、柳沢吉保と将軍綱吉であった。さらに、悪法と言われた生類憐みの令を定めた犬公方綱吉への庶民の怒りが渦巻いていた。 喜八は、そんな噂を笑い飛ばしていたが、庶民の怒りが増大して幕府を揺るがすことには懸念をした。 将軍綱吉は、殿中で刃傷をおこした赤穂藩主の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)に対して、縄を打った籠に入れて、不浄門の平川門から城の外に出した。それは、罪人としての扱いであった。 その夕刻に、綱吉は、評定所での詮議もしないまま、浅野内匠頭を預け先の田村右京大夫邸において切腹をさせた。切腹の場は、座敷ではなく白砂の上であった。 喧嘩両成敗ではなく、浅野内匠頭だけが殿中での刃傷と勅使接待の非を責められたのだった。 さすがに、綱吉は、後になって、自分の所業を後悔し、赤穂浪士たちの助命を考えていた。だが、天下の法に照らした時には、将軍といえども最早、赤穂浪士たちの命を助けることはできなかった。 徳川綱吉は、江戸庶民の不安の増幅と天変地異を抑えるために、年号を宝永と改めるのであった。 (六) 白龍の化身が現れる 喜八とお勢は、四ツ木八幡の新しい社を造営するために、喜捨を募って近在の村々を回っていた。 烈震の後のこともあって、浄財はすぐには集まらなかった。時の鐘が一刻も早く鳴ることを村人たちは願っていた。 春風が吹く穏やかな日であった。八幡宮の境内の縁台にすわった白髪の老人が、前のめりに倒れた。境内で塩饅頭を売っていた喜八は、男を助け起こして、お勢を呼んだ。 二人は、家に男を運んだ。喜八は、自分のように行き倒れた人を救うことが、恩返しだと思っていた。 喜八は、大石内蔵助から預かった書状を下総布川宿の和尚に届けた帰りに、この四ツ木村の八幡宮で倒れ、利助とお勢の親子に命を救われた。 喜八は、産土神である八幡様に助けられ、前世の縁で同じ産土神を持つお勢と所帯を持つことになったと信じていた。 老人は、薄汚れた着物を着て、髪はざんばらで仙人のようなひげ面だった。 「この三日、何も食べていないので、雑炊でもいただければ有難い」 男は、消え入りそうな声を出した。 お勢は、鍋にかけていた雑炊を温めて、春の野草を入れて卵を落とした。男に勧めるとまたたく間に三杯ほどの雑炊を平らげた。 「あなた方は、命の恩人でござる。わしは、願人坊主の臥龍である。しばらく飯を食っていなかったのでなぁ。厚かましいが、そこにあるのは酒ではないか?」 願人坊主の臥龍はそう言うと、豪快に笑った。 喜八は、笑いながら酒を茶碗になみなみと注いだ。 「甘露、甘露。新しい社を作れば、近在の者たちがここに詰め掛けて来るであろう。この八幡様は、栄えるであろう。何故なら、白龍様がこの宮を守るからである」 願人坊主の臥龍は、酒を飲み干すと、横になっていびきをかき始めた。 夕方になって、お勢が夕餉を持って行ったが、願人坊主の臥龍の姿はなかった。まるで煙のように消えてしまった。 臥龍の寝ていた場所は、水にしばらく浸かっていたように濡れていた。その枕元に無色透明の水晶玉があった。 翌朝のことであった。村長が、息を切らして八幡宮に姿を見せた。 「昨夜、珍しい夢を見てな。この八幡様から白い鳥の群れが南の空に飛び立っていった。バサバサという羽音も聞こえる夢じゃった」 喜八は、お勢の入れた茶を飲む村長、昨日の願人坊主の臥龍の話をした。そして、枕元にあった水晶玉を見せた。 「これは見事な水晶玉だ。そのお方は、大川の龍の化身かも知れぬな。お前たちのような正直で人のために尽くす姿に、ほだされて現れたのであろうよ。吉兆であるぞ」 この話は、すぐに世間の知ることになった。 正直な夫婦が守る八幡様に龍の化身が現れた。これは、良いことが起きる前ぶれであるという話が広まった。 元禄の烈震と大火事で江戸庶民の心は沈んでいたので、白龍の化身の話は、またたく間に長屋の井戸端で人から人に伝わって行った。 実は、この願人坊主の臥龍は、寺や社の仏像や奉納品を狙う盗人であった。四ツ木八幡のあまりのみすぼらしさに驚き、御馳走になった礼に別の寺から盗んできた水晶玉を置いてきたのだった。 そして、四ツ木の八幡様に白龍の化身が現れたという話が江戸市中に伝わり、多くの人たちが、望みを求めて境内を訪れた。 木場の材木問屋のお大尽は、龍の話に興味を持って、三千両の喜捨を願い出た。それだけではなく、江戸市中から喜捨が次々と集まってきた。 新たな八幡宮の社を造る金子が集まり、新しい社は、腕のいい職人たちによって、建立をされた。 白龍を現した鬼瓦が取りつけられ、白龍の八幡と言われて参拝客が押し掛けた。赤穂の塩饅頭は四ツ木八幡の名物として江戸市中で知られるようになって行った。 喜八とお勢には、その後、これまでのように、八幡様を守り静かに暮らしていた。お勢は、女の子を産み、小春日和のような幸せが続いていた。 放生会には、お勢は娘の登勢と一緒に亀を売る。 「放し亀です。放せば御先祖様の供養になります。えー、放し亀です。いかがでしょうか。放し亀は要りませんか? お客さん、亀の泳ぐ方に手を合わせてください。それが御先祖様のいらっしゃる方角でございます」 お勢は、いつもの口上で参拝客たちを集めた。 お勢の真似をして、娘の登勢は、藁で縛った吊るし亀を客に見せた。吊るされた亀は、手足を宙で動かしていた。 「おばちゃん、亀を買っておくれよ。竜宮城に行けるよ」 娘の登勢は、得意になって声を掛けた。 「お姉ちゃん、それは浦島太郎だよ。しっかりしておくれよ。それじゃぁ、大きいのを貰おうか」 「ありがとう。えーと、二十文になります」 「お姉ちゃんは、商売上手だね」 またたく間に、方生会に用意した亀は皆売れたのだった。 「放し亀です。放せば御先祖様の供養になります。お客さん、亀の泳ぐ方に手を合わせてください。それが御先祖様のいらっしゃる方角でございます」 お勢は、大川に向かう参拝客たちの後ろから大きな声で得意の口上を告げた。 (七) 深川仲町の密談 喜八は、隠密廻り同心高畠十郎からの指示を受けて、富岡八幡宮に近い深川仲町の伊勢屋に入り込んでいた。料理を出し、布団を敷く雑用であった。 伊勢屋は、深川で一、二の料亭であった。そこは、お勢が奉公した店だったので、お勢が女将さんに頼みこんでくれて、喜八は伊勢屋で働くことができた。 源浄と西国の富豪の商人たちは、月に一度、この料亭の座敷に上がった。喜八は、源浄たちが座敷に上がると隣の座敷に隠し部屋があり、そこで源浄たちの様子を窺うことにした。 「座敷の端に膳を置いて、もっと真ん中にできないのか?」 源浄は、膳が端に用意されていることに注文を付けた。 「お客様、辰巳芸者が踊りを見せます。楽しみにしていて下さい」 喜八は、源浄にそう言うと隠し部屋のすぐ前に源浄と商人たちを背中向きに座らせた。「もう何年にもなるが、伊原源吾はその後どうした?」 「命だけは、助かったようです。吟味方の取り調べで、伊原は、泣いたりわめいたりして女々しく、遠島になったということでした」 喜八は、隠し部屋で源浄たちの会話に耳を澄ました。 「家光公亡き後は、神君家康公の十男である南龍公様が徳川宗家を継ぐべきであった。保科正之や酒井忠清が余計なことをしてくれた・・・・・・」 源浄の低い声がした。 南龍公とは、紀州大納言だった徳川頼宣のことであった。 「由井正雪先生の楠木流軍学は、まさに惻隠(そくいん)の情により、孔子の仁を何よりも大事にしておられた。親を思うように多くの流浪の武士のことに心を痛めていたのである。惻隠の心は仁の端であろうよ」 別の男の声がした。 「そうだ、惻隠の情で世は治まる。人を憐れむ心が大事なのだ。多くの大名たちが不行や不敬ということで改易になった。そして、多くの侍が流浪の身となったのだ。悲しいのは、忠臣蔵の浅野家だけではないのだ」 源浄は、落ち着いた声でそう言った。 喜八に衝撃が走った。心の臓の鼓動が激しくなった。 「ところで、我らの動きを幕閣は察知しているのではないか?」 「我らが何をしたというのか。ただ、酒を飲んでいるだけではないか。いかに幕閣といえども紀州に関係する我らを責め立てることはできはせぬぞ」 「そうよ、我らの願いはただ神君の築いた徳川宗家の繁栄のみである」 男たちの笑う声がした。辰巳芸者が座敷に上がって、三味線が聞こえてきた。 喜八は、体が震えていた。幕府転覆を謀ったと言われる由井正雪の乱と徳川頼宣のつ ながりを聞いたためであった。 さらに、紀州藩と言えば、初代藩主は浅野家宗家の浅野幸長であった。喜八は、不思議な巡り合わせを感じていた。 伊勢屋の外が騒然としていた。喜八は、外の様子を見に出ると大声を出して、刀を振り回している男がいた。料亭の提灯の灯に見えたのは、伊原源吾であった。 髪は乱れて、髭を生やした見苦しい格好をしていた。喜八は、伊原の心情を読もうとしたが、伊原の目は尋常ではなく、口からよだれを垂らしていた。 奉行所での吟味方の厳しい調べの後、伊原源吾は流罪になった。赦免によって故郷の信州にようやく帰ったが、伊原は既に狂っていた。 故郷を追われた伊原源吾は、乞食の風体になって江戸に流れ着いた。富岡八幡宮の境内で乞食をして命を繋いでいたが、源浄を見かけて深川仲町を訪れたのだった。 雑踏の中で、遊び人風の若い男が伊原の胸に飛び込むのが見えた。伊原が驚いた顔をしていたが、瞬時に伊原の胸から血が噴き出した。女の悲鳴が聞こえた。 遊び人風の男は、刺客だった。喜八は、雑踏の中に消え男を追おうとしたが、清三が現れて、喜八を止めるのであった。 伊勢屋の二階から、源浄たちが辰巳芸者と騒ぐにぎやかな声が、三味線の音と共に聞こえていた。 | |
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