このブログのトップへ こんにちは、ゲストさん  - ログイン  - ヘルプ  - このブログを閉じる 
薩摩いろは歌 雌伏編(十四)四天王誕生 (無料公開) 
[【時代小説発掘】]
2011年9月4日 12時27分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(十四)四天王誕生
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


薩摩いろは歌あらすじ:
 お由羅騒動で斉彬派多数が切腹・遠島・謹慎等の処分を受けたのが、嘉永三年(一八五〇)。喜界島遠島になった父から叶わなかった思いを託される正助(大久保利通)と盟友吉之助(西郷隆盛)。生活は困窮を極めるが、志を失わず仲間との会読を欠かさない。月照処分までの経緯が漏れ伝わり、激昂した正助たち会読仲間は密かに突出を決意。が、藩主直筆の諭書によって思い留まり、精忠組が誕生する。常に心の支えは郷中教育で叩きこまれた日新公いろは歌だ。

 
梗概・四天王誕生:
 藩政補佐の功績を認める幕府の通知が届き、周防忠教は藩内で国父の礼をもって迎えられ、同時に本家に復帰。和泉久光と名を改め、小松帯刀を柱とする人事刷新を行う。
「何事があっても決して揺るがん藩是の確立が肝要だ」
「しかも、確固たう政策を持たん浪士とは一線を画すべきでは」
「それに機密を漏洩してはなうまい」
 鉄の結束を誇る四天王誕生である。(本文より)


作者プロフィール:
古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。



薩摩いろは歌 雌伏編(一)
薩摩いろは歌 雌伏編(二) 血染めの裃(かたぎぬ)
薩摩いろは歌 雌伏編(三)島からの手紙) 
薩摩いろは歌 雌伏編(四)十六夜の空)
薩摩いろは歌雌伏編(五)慈父の眼差
薩摩いろは歌 雌伏編(六)耳目の門(みみめのかど)
薩摩いろは歌 雌伏編(七)父の生還
薩摩いろは歌 雌伏編(八)心の駒
薩摩いろは歌 雌伏編(九)吉之助帰藩
薩摩いろは歌 雌伏編(十)祝言
薩摩いろは歌 雌伏編(十一)痛撃
薩摩いろは歌 雌伏編(十二)精忠組
薩摩いろは歌 雌伏編(十三) 思案堪忍

                         
 ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓   ↓  ↓  ↓  ↓                                   



【PR】占いシステムの開発なら経験と実績があります。


************************************************************
当サイトからの引用、転載の考え方
・有料情報サイトですが、引用は可能です。
・ただし、全体の文章の3分の1内程度を目安として、引用先として「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と必ず明記してください。
・ダウンロードしたPDFファイル、写真等は、透かしが入っている場合があります。これは情報管理上のことです。現物ママの転載を不可とします。ただし、そこから情報を引用しての表記は可とします。その場合も、全体の3分の1内程度を目安として、「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と引用先を必ず明記してください。
・商業利用の場合は必ず、連絡下さい。
 メールは、info*officematsunaga.com
(*を@にかえてください)
************************************************************

【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(十四)四天王誕生
古賀宣子



一 事変余波

「出兵の機会を失ったのが、千載の恨みじゃぁ」
 正助は一瞬顔をゆがめ、唇を固く結んだ。灰落としに当てた羅宇の音がひときわ強く響く。
 正助は勘定方小頭格に昇進したばかりである。これは、昨年九月と今年二月そして桜田門外の変と、三度突出の機運が高まったが、血気にはやる同志をなだめ抑えたのが、評価の一端となったようだ。しかし心境は複雑だ。
 怒りをぶつけた相手は、閏三月一日に帰ってきた精忠組同志の田中謙助。田中は有馬新七と共に、薩藩激派の一人と見做されている。
 田中謙助は二月二十一日に、水戸藩過激派の切迫した状況と薩摩藩への京都護衛のための出兵依頼の手紙を携えて帰藩している。出兵依頼については、周防側近を通じて正助は何度も訴えたが許されず、四日後の二十五日、田中は突出中止の結論をもって江戸組同志の説得に向ったのだった。
「桜田の変報はいずこで知ったのか」
「大坂だ。京は警備が厳しゅ、諦めざうを得なかった」
 太めの低い声で残念がる田中謙助。
「では堀さぁも同じだな」
 堀仲左衛門は正助より四歳年長だ。外部との折衝に長けており、同志の信頼も篤く、京都の状況を探ってから江戸へ向うことになっていた。鹿児島を発ったのは、田中謙助より三日早い。
「堀さぁは直ちに江戸へ」
「何分にも井伊を倒したゆえ」
 正助はもう一度煙草に火をつけた。田中謙助にも勧めるが、今はいいという。
「幕府の勢いはよほど挫かれたであろう。それだけは安心すべきこっだが、出兵の機会を失ったのが」
 正助は同じ言葉をつぶやくように繰り返し、ひと吹かしした。

 翌日二日には、参府のため出立していた藩主茂久が急遽帰国。茂久側近で、正助とも親交のある谷村愛之助から聞いたところによると、宿泊していた筑後瀬高で桜田門外の変報に接し、松崎駅まで進んだところで、これに藩士有村次左衛門が参加していたことがわかり、病と称して戻ったという。
 先月からの慌しい藩役人の出入りは、この事変の余波がなおも続いていることを感じさせる。藩主に代わって家老川上式部が派遣され、郡山一介等は町人数名を召し連れ、名目は天草長崎御用だが、内実は彦根藩の内情偵察で出立という。そして今月六日には江戸守衛として小姓組番頭関山糺以下百名近い人数が出府した。これについては、精忠組の意向を汲んでくれたと看做している。
 九日には堀仲左衛門が幕閣からの要請を藩庁に報告するため帰藩。
「此度の件でお国には難題はかけんで、早く藩主は参勤されうごとちゅう催促がきた」
「代わいに川上様が出府なさったが、周防公がどのような対応をなさうか」
 その数日後。
「参観は控ゆっと仰せであった」
 理由は参府するとなると、二、三百人も連れて行かねばならないであろう。幕府の嫌疑を避けるため、随従の姿を見せておく。
「いずれ乱が起きるに違いない。そのときは堂々と勤皇の忠誠を尽くす。そんごと述べられた」
「すうと、周防公も兵乱の発生を期待しておられう」
「いかにも。乱が起これば出兵の裁断が出来やすかのにと・・」
 堀仲左衛門はそこで一旦言葉を切ると、実は側近にと、顔を近づけた。
「乱をお好み、とのお言葉があったごとだ」
「では、順聖院公のご遺策を名目として、挙藩出兵に起たれうときが必ずくうと、受け取ってよかのだな」
 ご遺策とは朝廷守護と公武一和を目指す幕政改革をいう。
「そいどん、その時期だが。何せ井伊亡き後、久世広周が老中に再任されたゆえ」
「久世と安藤信正とを軸とした政権は、路線を転じたちゅうこっか」
「朝幕間の融和と諸藩との協調に重きを置いておう」
「だからといって、朝廷の意向を尊重すうかいけんかは別であろう」
 堀仲左衛門も黙って頷く。
 正助は板戸越に手を叩いた。間もなく居間から満寿子が茶を運んできた。
「いつもながらお世話をかけもす」
「遠慮は無用」
 正助の一言に満寿子も黙ってうなずき、盆ごと二人の間に置いた。
「おっ、坊はもう、しっかいお座いしておうな」
 板戸から言葉になりかけた音を盛んに発している彦熊に、堀仲左衛門は目を細める。
「どうぞごゆっくい」
 根を詰めた空気が和んだひと時だった。


二 崖っぷち

 その後の幕府の動きは、正助らの予想する兵乱の発生とはますます異なる方向へと進んでいた。ひとつは一橋慶喜らの謹慎を一部分解くなどして、一橋派との対立をゆるめつつ、以前から進めていた孝明天皇の妹和宮を将軍家茂の正室にむかえることを発表し、朝廷との融和を進めようとしていたからである。
年が明けた万延二年(二月に文久に改元)早々、訪ねてきた羅宇屋の源助に、正助は鬱憤をはらした。
「一昨年、人望のある下総を家老にと願い出たが、日置派はどうもいかん」
 家老下総とは日置領主島津久徴のことで、腹心には蓑田伝兵衛らがいる。蓑田は、順聖院の遺志を継ごうとしていく正助ら精忠組の建言を、阻んできた役人だ。それが判った正助は、昨年三月、周防に直接会って訴えねばと、重富屋敷で会えるまでは帰らないと粘り、やっと叶った経緯がある。しかし、その後も、容易に拝謁して意見を陳述することができず、もどかしく感じていた。
「おぬしが教えてくれたであろう。会ってみてはと・・」
「小松帯刀様ですね。奈良原喜八郎さぁの組の」
 藩内を家の数で分けるなら、正助たち小姓組が最も多く、九割を占めている。それを五百家ずつ六組に分け、組頭は門閥が担っている。ちなみに正助たちの組頭は岩下佐次右衛門(寄合)で、小松家は寄合の上、一所持の大身分である。さらにその上に位置しているのが一門四家だ。
「昨年十一月でしたね」
「喜八郎が案内してくれた」
「いかがでした」
「あれは、よか」
「歳も若いはずです」
「拙者よい五歳下とわかったが、聡明で筋がよく、それでいて尖ったところがない」
「呑み込みも早かでは」
「順聖院公の側近として仕えておられたこっもあい、こちらの意見が滑らかに通じう。それが何よい有難い」
 それにしてもと、正助は独り言のように呟く。
「周防公はよか方に目をつけられた」
「小松様を推挙なさったのは、山田壮右衛門様じゃなかかと」
「山田様ちゅうのは順聖院公の治世で小納戸頭取を勤めておられ、周防公が前職に戻された方じゃなかか」
「お二人は、そん後も親交が続いていたごとです」
「そいどん、推挙を鵜呑みになさうほど、周防公の山田様への信は厚いのだろうか」
「側近を通じて調べておられもす」
「側近・・」
「中山中左衛門様や谷村愛之助様との接触を通じて。特に中山様は頻繁じゃったごとですよ」
「黒田様に仕えとうだけあって、さすがに源助の読みは深か」
 正助は舌を巻き、同時に自分にも思い当たることに気付いた。
 吉之助同様に仲の良い税所喜三衛門の兄で、吉祥院の住持乗願を通して建言書を出すようになったころである。前後して順聖院の側近だった谷村愛之助や児玉雄一郎と面識を得た。児玉は当時の小姓から今は小納戸に昇進している。谷村はそのまま小姓として藩主に仕えている。二人はともに勤皇の士でもある。
 あの時は、人の縁はひとたび誰かと本気で関わると、次から次へと続いていくと、捉えたが、もしや・・・。周防が大久保正助という人間を調べさせていたのでは。
「小松様とは」源助の相槌に、正助は我に返った。どのような時でも、乱れることのない声音だ。
「強い味方を得もした。また精忠組の若い者たちを刺激しそうな事が江戸で起きましたから」
「伊牟田尚平によう亜米利加通訳官のヒュースケン斬殺であろう」
 若い者たちだけではない。有馬新七や大山正円といった正助より年長の者たちまでが、谷山郷の町人志士是枝柳右衛門らと組んで突出しようとしている。長崎の異人襲撃を企てているのだ。
「拙者は周防公の挙藩出兵を信じてこれを押しとどめておう。もし実行されにゃ、単なうお人よしと同志から見放されてしまうじゃなかか」
 揺らぎかける心に正助は、日新公いろは歌の一首を懸命に刻んでいる。

 私を捨てて君にし向はねば
          うらみも起り 述懐もあり


 私心があるから不平不満がつい出てしまう。私利私欲に捉われず、無心でつかえることが自身の成長にもつながっていく。
 正助はこのように解釈している。
「そいどん、そや周防公とて同じじゃなかですか」
 二年前の藩主直筆の諭書では、精忠組の突出を抑える理由として挙藩出兵を約束し、正助たちはその誠意を認めて突出をやめたのだ。
 その後も突出の動きがあるたびに周防を信じてきた姿勢は変わらない。武士であり、藩政の中枢にある周防には、これを実行する義務がある。そうでなければ、その場逃れの食言となり、信用をなくし、藩政は混乱するであろう。源助はそう言いたいのだ。
「周防公も拙者も崖っぷちだ」
「恐らく周防公の視線は清国に向いておうのでは」
「以前、吉之助さぁから聞いたのだが、順聖院公の懸念もそこにあったごとだ。太平天国の乱で、異国の干渉を受け出し」
「いよいよ従属への色合いを強めておうごとですよ」
「我が国も今、内乱が発生すれば・・」
「清国の二の舞です」
「転落の引き金にならぬごと、すぐに鎮圧に乗い出し、乱を治め」
「幕政の改革に乗い出していく。そげなお積いでは」
「いくつか騒動は起きているものの、大兵乱には程遠い」
「そいどん、食言の危険性も出てきましたね」
「小松さぁに訴えてみうか」
 正助や堀仲左衛門は精忠組の中心にはいたが、身分が低く、直接自分たちの意見が藩政の中枢には届き難い。これが二人の泣き所でもあった。が、小松帯刀の面識を得、何度か会談を持つうちに、徐々にその感触が薄らぎつつある。小松帯刀の言が加われば、自分に従えぬ者も得心するに違いない。
「長崎伝習に発たれうごとですから、早か方がよろしかでは」


三 国父島津久光

 周防の藩政補佐の功績を認める幕府の通知が届いたのは三月三日であった。それを機に、藩内では国父の礼をもって迎えられ、同時に本家に復帰。同じ日、通称の周防を和泉に、諱の忠教を久光に改めた。そして久光の本家復帰にともない、茂久は重富家を弟又次郎(珍彦)に相続させた。
 小松帯刀が長崎から帰藩したのは三月十八日。正助はその帰藩を今か今かと待っていた。
 有馬新七等は突出を思いとどまったものの、心底から納得したわけではない。正助等の処置を緩慢なりと評しているという。
「有馬等の主張は」
堀仲左衛門が困惑の表情を見せる。
久光を中心に、この際、越前・因幡・土佐・長州などの勤皇諸雄藩と連合していく。
「そん上で、京都で所司代酒井忠義を、江戸では老中安藤信正を討ち、幕政を改革して攘夷を行う、ちゅうものだが」
「そいどん諸藩連合といってもなあ」と正助も首をかしげる。
 越前藩をはじめとする諸藩が、果たして久光のいう挙藩出兵行動をとれるだろうか。
「それぞれが分散し、孤立した状況でん連合ちゅう程度じゃなかか」
「どれだけの兵力を結集でくうか、そん辺も大いに疑問だ」
「しかも有馬等は、武力を行使して、攘夷をも行う。そげなであろう」
「諸藩連合武力改革説であろう。我らはあくまで薩藩単独挙藩改革説じゃぁゆえ」
「戦術と外交政策で、これだけ対立しておっては・・」
 内乱の発生を極度に警戒する久光は、武力は携えるものの、不必要な武力行使は考えてはいない。
しかし不満が募っていけば、いずれ暴発するときがくるであろう。そうなると、精忠組どころか薩摩藩にとっての痛手となる。 
学識豊かな有馬新七である。それを認めて従っている若い者も多い。いつまで箍(たが)をまといきれるか。だからといって弱気は禁物だ。順聖院の遺志のもとに、精忠組が薩藩の力として発揮できるようになるまでは、なんとしてもまとめていかなくては・・。
「ほかいも久光公を悩ます動きがあうしのう」
「挙藩出兵自重を主張すう日置派であろう」
「それに、少数ではあうが、豊後一派も健在じゃぁ」
「こんよな混沌とした有様を抑ゆっ必要があうが、それがでくっとは吉之助さぁ以外にいまい」
 二十数回にわたる小松帯刀との会談において、正助は日ごろの心情を吐露し、挙藩出兵の大勢をどのようにして整えていくか、速やかに考えていく重要性を訴えた。堀仲左衛門も外交の立場から同様に訴えているという。
 漏れ伝わるところによれば、小松帯刀は久光とは無論のこと中山中左衛門とも頻繁に話し合いを重ねているようだ。
 正助等の意に反する精忠組内の動きと挙藩出兵の問題と。二つの狭間で心の休まらぬ正助だったが、自宅に戻るとあどけない笑顔に疲れは吹き飛んでいく。先月四月二十二日に誕生した二男伸熊と三歳になる彦熊である。続けての男児誕生に、父は「でかした」と、満寿子の枕元で両手をついたという。夕焼けの空にゆったりと泳ぐ鯉のぼりに視線をとめながら、正助は煙草盆を引き寄せた。

 そしてこの年(文久元年)十月、久光による人事の刷新が行われた。
 すでに小松帯刀は五月に側役に就任していたが、さらに改革方・御内用掛を兼務。中山中左衛門は小姓から小納戸そして五月には
小納戸頭取に就いていた。
 十月七日、造士館助教堀仲左衛門が小納戸に抜擢され、その日のうちに京都・江戸への使者を命じられ、名を次郎と改める。仲左衛門では幕府筋に知られすぎているための改名だ(後の伊地知貞馨)。同じく正助は二十三日、勘定小頭格から一躍小納戸に昇格。一蔵の名を賜る。
 そのほか側用人岩下佐次右衛門を軍役奉行兼趣法方掛に、名越左源太を大番頭に、そして有馬新七を造士館訓導師に任命。さらに有村俊斎・吉井仁左衛門をともに徒目付に任用。その一方で島津久徴は家老を免職になり、腹心の蓑田伝兵衛・桂久武等日置派は左遷された。
「短期間でん徹底した人事には、久光公の鉄の意志を感じもす」
 小納戸昇進を祝いにきてくれた源助が唸り声を発する。
 率兵上京をどのように図っていくか、会談の中心は常にその点にあり、小松帯刀を柱に中山、堀そして一蔵の四人、白熱した議論はこれからも続くであろう。
 今、正助は、その熱気をかみしめている。
「何事があっても決して揺るがん藩是の確立が肝要だ」
「しかも、確固たう政策を持たん浪士とは一線を画すべきでは」
「それに機密を漏えいしてはなうまい」
 鉄の結束を誇る四天王誕生である。
 無論、久光の指示のもとに形成されていったわけだが、その重責を担ったのが、小松帯刀であることはいうまでもない。
 四天王が藩是として建言した骨子は・・。
 順聖院の遺志である通商条約容認を暗黙の了解としながらも、朝廷・幕府・諸藩有志に対して、「開国」という外交政権で臨むと、大騒擾が勃発し、国威を著しく傷つけることに繋がる。薩摩藩としては、まずは内政に重きをおき、封建秩序の回復と国民の心の調和を目指し、開国・鎖国は天下の公論をもって決定する・
 この建言に藩主父子は同意し、藩是は確定した。そしてこの藩是を実現するために、朝廷の権威を最大限に活かす政略を採るが、その際に薩摩藩を正当化する鍵となる言葉として、「皇国復古」が唱えられた。


四 久光参府の口実

 人事を刷新した久光は、四天王を駆使して、自ら掲げる国事周旋の目標に向けて動き出す。その端緒は、堀次郎と中山中左衛門の江戸と京都における、率兵上京への地ならしである。
 小納戸役抜擢早々に堀次郎が出立したのは十一日。その前夜、二人はもう一度確認しあった。この時点では、一蔵の小納戸役抜擢は無論のこと、刷新されたすべての人事を堀は知らない。
「江戸は何度目になりますか」
「数えてはおらぬが、行くたびに情勢は変化しておう」
「何度目などちゅう捉え方は、まずいですね」
「そん通いだな。却って目を曇らすこっにないかねん」
 この柔軟な視線が、的確な情勢探索と他藩との交渉を得意とさせているのだろう。その手腕に久光は全幅の信頼を寄せている。
「地ならしの手始めは、やはい福岡藩か」
「黒田様に謁見して、薩摩藩の方針と久光公の国事周旋の趣意を説かねばならぬ。あわせて」
 堀次郎はいったん口を閉じたが、間もなく続ける。
「参府延期への助力を要請し、両藩の連携についても言上すう」
「まず頼うは親類縁者だ。ともあれ、実現されうごと祈っておう」
「久光公が藩主に代わって参府すう口実は、何としてもつくらねばならぬゆえ」
 堀次郎は一瞬はにかむようにうつむき、話題を変えた。
「西郷は一昨年、龍家一族の枝加那の娘とま(のち愛加那と改名)を刀自(島妻)としたそうじゃなかか」
「今年一月には、菊次郎ちゅう男児も誕生しておう」
「召喚状が到来すれば、刀自は悲しむであろうな」
 不意に一蔵の脳裏に一通の手紙が蘇った。父が流人船で発ったのと入れ違いに届いた、島妻筆からのものである。筆には父との間にできた娘二人がいたが、そこには上の娘が亡くなった悲しみが綴られていた。出産時の出血多量が原因で、赤子も半月後には亡くなったという。手紙はそのまま島への荷物に入れて送った。
 実は筆からの手紙をもう一通受け取っている。四年後の安政元年秋である。この年は、藩庁から父の赦免の通達があったので、忘れもしない。下の娘マツが島の名家である土持家の長男政照に嫁いだと、拙い文面に喜びが溢れていた。  
 父は翌年三月、衰弱した姿で帰還。体力の回復を待って、一蔵は良かったですねと囁いて、それを父に手渡した。
「十年ひと昔とはよく言ったものだ」
 思わず発した呟きに、堀次郎が驚いて聞き返す。
「十年だと・・」
「召喚状からつい、父の遠島を思い出してしもた」
「そういえば、いつぞやの手紙に吉之助は書いておった」
島民から遠島人の扱いを受けているから代官所から一言ってくれること、また龍郷はとても住めないので場所替えなど幾つか陳情したと。
「拙者の手紙は何度も読み直し、三日ほどして焼いとうそうだ」
「用心のためか」
「国事の活動に参加できず、島民の中に埋まっとう自分を嘆いてもいうよな文面じゃった」
「そいゃあ、刀自に慰めを求めたくもなう」
「弟の龍庵だが、最近茶坊主から還俗して信吾に戻っておう」
「あれは幾つになった」
「十九だ」
「有馬新七に傾倒しておうと聞くが」
「要注意だな」
「吉之助の一日でん早い召喚を願うこっだ」


五 小松帯刀

 堀次郎出立後に、かねてから検討されていた一橋慶喜・松平春嶽の謹慎全面解除と要路登用の建言およびその実現のための周旋という使命が、あらためて堀次郎に託された。それらは十月二十四日と十一月十二日に差し立てられた急飛脚によって綴られている。
 この人事案は、有馬新七がこの四月と十一月に提出した建白書で述べているのだが、実は三年前、堀自身が越前藩の橋本左内に提案していたもので、薩藩上下を通じた幕政改革の目玉であった。
 一蔵は十一月十八日付書簡で、国事周旋に反対していた家老島津久徴が罷免され、腹心等の左遷が実現されたと記した。そして急飛脚によってあらためて託された使命が成就されることを偏にお頼み申し上げ候と綴った。続いて一奇策が上首尾に運べばこの上ない大幸である。何分にもこの一挙に、今後の大事の成否がかかっているのでと、堀次郎の周旋への期待を込めた。
 さらに一蔵は十二月五日付の書簡を送っている。
 二度の急飛脚が速やかに相達し、ご趣意通り、周旋に奔走しておられることでしょうが、その実現は特に難問の義と察している。しかし、最初からお任せの予定であったので、私どもに至っては安心している。また仙台藩主参府免除などが賄賂で実現していると聞いているので、参府延期の一条も、余程容易に運ぶのではないかと推察していると。
 
 筆を持つ一蔵には、一橋慶喜・松平春嶽要路登用のための周旋という「一奇策」と久光による幕政参画を意味する「大事」が、常に離れない。四天王はこの二点を胸に秘め、動き出したのである。

 打ち合わせ通り、堀次郎は福岡藩に寄った後、次いで京都の近衛忠房にも謁見し、黒田長溥(八代藩主重豪十二男)に述べたと同様の趣意を伝えた後、江戸へ向かう。そして江戸参府中の八戸藩主南部信順(同十三男)および支藩佐土原藩主島津忠寛にも茂久参府延期助力などの協力を懇請。
 一蔵は堀次郎が自由自在に奔走する姿を思い浮かべ、秘めた企図が成就へと進みつつあることを疑わなかった。
 一方、中山中左衛門は、江戸工作の結果が不明のまま、十一月九日、京都へ出立。近衛忠熙・忠房父子に謁見し、順聖院の遺志である王事に邁進する旨を言上する。あわせて久光父子への国事周旋の大義名分となる内勅降下を懇請。これは、当面の堀次郎の江戸周旋における大義名分を得るためにも必要であった。
 そのほか中山中左衛門の使命は二点あった。順聖院が起案し、その死後にいったん中止されていた刀剣奉呈と近衛家との新たな縁談取り決めである。縁談は加治木領主島津久長の娘直子(貞姫)を本家の養女として、近衛忠房の夫人とすることであった。
 これはみな打ち合わせ通りで、実際の動きについての詳細は、小松帯刀宛ての飛脚便で、一蔵は知ることになる。
 小松邸へは千石馬場通りを御城の方へ。かつて一蔵が勤めていた記録所の一角の東寄りにあった寺社奉行所と、道を挟んでほぼ向かい側に位置している。
「御剣献上と縁組の方は順調に進んでおるが」
「問題は内勅の件ですね」
「近衛忠熙様は大獄で失脚中のため、代わいに忠房様が朝廷への働きかけを担って下さったごとだが」
 鼻筋がとおり、太く、形よい眉に二重瞼の眼と広い額。一蔵の話にじっと耳を傾け、終わると的を射た簡潔な一言で応じる。ああ、自分の思いが伝わったと安堵する一瞬だ。育ちの良さと聡明さ溢れる顔立ちと物腰は、何よりも信頼に足る風情である。やや受け口で、大きめの口元が完璧な造作を崩しているが、それがまた良い。親しみがわき、接する者に妙な緊張感を与えない。
 肝付家から小松家に養子に入ったと聞いているが、肝付家は馬術で名を馳せた家柄で、小松帯刀も、その名に恥じぬ達人である。
「首尾よくいくとよかじぁんどんね」
「近衛忠熙様は孝明天皇の信頼も厚かったが」
 小松帯刀は声を落とす。
「忠房様がまずは議奏正親町三条実愛様に打診して下さっておう」
「朝廷内で大きな影響力を持っておられう方ですね」
「うむ。周旋は、京・江戸ともに不首尾に終わったごとだが」
「堀の顔が浮かぶごとです」
「まあ、そいどん、茂久公はこれまでに何度も参府延期を行ってこられたゆえ」
 度重なる実現には当初から難航は予想していたと小松帯刀。
「刀剣奉呈のことは順調と申されたが」
「孝明天皇に嘉納され、その返礼として、御製和歌を含む宸翰を下賜されう栄誉を、久光公・茂久公ともに受けられた」
「そや、順聖院公同様に、天皇が久光公いも期待感を示されたと、見なして構わぬ、ちゅうこっですね」
 一蔵は胸の震えを覚え、思わず襟元をつかんだ。
「心の内で強い味方を得たと・・」
 小松帯刀も澄んだ眼もとを輝かせる。

 それから間もなくであった。芝薩摩藩邸炎上の一報が入ったのは。
とっさに実現に窮した堀次郎の歪んだ顔が迫ってきた。が、次の瞬間、一蔵ははっと息を飲んだ。
「参府の口実を、なんとしてもつくらねば」
 はにかむようにうつむいた面ざしは、柔和な人柄の奥底に潜む豪胆さの裏返しであったのだろうか。
                      






このブログへのチップ   101100pts.   [チップとは]

[このブログのチップを見る]
[チップをあげる]

このブログの評価
★★★★★

[このブログの評価を見る]
[この記事を評価する]

◆この記事へのコメント
コメントはありません。

◆コメントを書く

お名前:

URL:

メールアドレス:(このアドレスが直接知られることはありません)

コメント:


くる天
officematsunaga
速報情報は、オリジナル取材ネタも含めてtwitterで無料公開!
twitter

【オフイス・マツナガのブログ】

【CONTACT/連絡先】

カレンダー
<<2011年09月>>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
マーケット情報
by 株価チャート「ストチャ」


FX経済指標


会員制システム
会費は月額1000円で、すべての記事、すべての連載、バックナンバーを見ることができます。また、一般には入手困難な資料等をダウンロードできます。
 購読の規約に関しては、くる天 よくある質問を参考ください。


会費の支払い方・課金の仕方

1:くる天へ会員登録する。
2:ポイントを購入する。
3:記事を購入する 。
 という手順となります。
 初めての課金の申し込み方

返金システムに関して

なお、会費を支払い購読されて「これは課金に値しない」と判断された方には、すみやかに返金に応じます。詳細は、返金システムに関してを参考ください。

入稿後は加筆・修正しません

有料会員制度のサイトという性格と、くる天さんのシステムから、有料記事に関しては入稿後の修正、訂正はきかないようになっています。そのため誤字・脱字・錯誤が含まれる場合があります。誤字・脱字・錯誤等の修正に関しては、別途、指摘させていただく場合があります。誤字・脱字・錯誤  修正情報

皆様へのお願い

 申し込まれたアクセスコード、パスワードを他人に教えたり、譲渡する行為は犯罪行為です。すでに、第三者におしえてしまった!という方は、すみやかにパスワードの変更をお願いします。やむなき場合は、しかるべき対応をさせていただきます。
皆様へのお願い  
当サイト連載コラム
週刊日程表

本日のマーケット

今週の永田町

永田町レポート

本日のオフレコ情報

遠藤顧問の歴史だよ

時代小説発掘(無料公開)

カテゴリ
全て (3356)
2014衆議院選挙当落予想 (12)
無料公開記事 (7)
週間日程表 (154)
選挙 (26)
政治 (86)
経済 (6)
社会 (17)
永田町レポート (67)
今週の永田町 (326)
本日のオフレコ情報 (71)
本日の日経225 (29)
本日のマーケット (1654)
特オチ最前線 (75)
瘋癲老人のレイジーな日々 (25)
扱い注意 (38)
ネットでメシウマ!ウェブマーケティングの虚実 (32)
伊藤博一の事件の眼 (23)
鬼デスクの酔いどれ日記 (44)
アダルトサイト運営奮闘記 (3)
遠藤顧問の歴史だよ (30)
業界記者の覆面レポート (2)
真名のケーザイ探検 (27)
ホッピー・モツ焼・闇市の世界 (4)
ネットでビビるな!ネット音痴の業界人へ (14)
今週のマスコミがびびったネットネタ by 野次馬 (10)
アラカルター久里&占い軍団 (46)
コーヒーブレイク・エクササイズ編 (64)
コーヒーブレイク・ボイスエクササイズ編 (12)
医読同源 (1)
永田町奥の院を新人記者「僕」行く (12)
アンコール (2)
「永田町に棲んだ女たち」2 (13)
「永田町に棲んだ女たち」 (15)
ぼやき三毛猫 (49)
白川司郎訴訟関係 (4)
動画で go !!!! (7)
縄文だよ!!!! (4)
【時代小説発掘】 (204)
2009年 衆議院選挙  最新調査データ (26)
衆議院選挙 選挙区レポート (4)
島田が行く!報道現場の盲点 (2)
誤字・脱字・錯誤  修正情報 (6)
見落とすな!ネット情報・リンク先・保存先 (3)
「永田町に棲んだ女たち・特別番外編」 (8)
雑誌販売動向 (7)
最近の記事
12/06 12:26 江戸浅草物語14「月こそ心よ花こそ心よ」 (無料公開)
11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
オフイス・マツナガのサイト
[現役雑誌記者によるブログ日記!by オフイス・マツナガ]

[オフイス・マツナガ書籍部]

[今週のキーワードbyオフイス・マツナガ]

[オフイス・マツナガのブログWordPress版]

[週刊日程表(アクセス規制有)]

[調査分析報道・資料倉庫]

【公にされない公の資料を公開】

【その他 オフイス・マツナガweb管理人】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最近のコメント
風雲 念流剣 七 (無料公開)(鮨廾賚此丙郤圈)
宿志の剣 三 (無料公開)(会話スキル★吉野)
週刊・月間誌 販売動向13年3月6-7日(管理人:kitaoka)
週刊・月間誌 販売動向13年3月6-7日(珈琲好き)
■この国の最大の問題点は「スパイ防止法案」がない点。マスコミだけでなく、政党にも外国勢力が跋扈。(珈琲好き)
イチローストレッチが止まらない!(バーバリー 時計)
■あまりにあっけなく、野田民主党惨敗。あまりにあっけなく、安部自民党大勝利(takeshi.komi)
時代小説発掘 !!!!!告知!!!!!()
〈助太刀兵法21〉 尾道かんざし燈籠 (無料公開)(モンクレール ダウン)
薩摩いろは歌 雌伏編(十一)痛撃(無料公開)  (株式の初心者)
ブログ内検索

RSS
携帯からも見られます!
QRコード対応の携帯で、このコードを読み取ってください。

Copyright (c) 2006 KURUTEN All right reserved