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〔助太刀兵法・12〕柳生天狗抄 (2) (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2011年10月16日 11時15分の記事


【時代小説発掘】
〔助太刀兵法・12〕柳生天狗抄 (2)
花本龍之介 



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


梗概
 安達屋藤兵衛にたのまれて、柳生へ乗り込んできた飛十郎だったが、その裏には柳生家と田沼家との意外な確執があった。芳徳寺の住職・柳生義堂に、天の岩戸ヘ行けば手掛かりがあるかもしれないと言われて、小坊主の案内で山奥へ入って行く。そこで天狗抄の秘剣と闘うことになった飛十郎は、果たして柳生剣の奥義に勝つことが出来るか……。飛十郎に、最大の危機が襲ってくる! 

【プロフィール】:
尾道市生まれ。第41回池内祥三文学奨励賞受賞。居合道・教士七段。
現在、熱海に居住している。


これまでの作品:
[助太刀兵法1]鎌倉しらす茶屋  
[助太刀兵法2]人助けの剣
[助太刀兵法3]白波心中
[助太刀兵法4]おとよの仇討 
[助太刀兵法5〕神隠しの湯
〔助太刀兵法6〕秘剣虎走り
〔助太刀兵法7〕象斬り正宗 
〔助太刀兵法8〕討ち入り象屋敷 
〔助太刀兵法9〕夜桜お七
〔助太刀兵法10〕夜桜お七 (2)
〔〈助太刀兵法11〉柳生天狗抄 (1)

猿ごろし


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【時代小説発掘】
〔助太刀兵法・12〕柳生天狗抄 (2)
花本龍之介 




一 陰の流れ

 これまでに五度(ごたび)働いた裏柳生が、最後に動いたのは?………。という早船飛十郎の問いかけに、柳生義堂はすぐには答えなかった。
 芳徳寺の本堂と客殿のあいだに中庭がある。その枯山水を形造った苔むす石の一つに目をやったまま、義堂はしばらく動かなかった。
 柳生谷に、陽が落ちるのは早い。
 谷底にある柳生陣屋や武家屋敷の屋根には、かすかに黄昏の気配が忍び寄っていたが、山の高みにある芳徳寺はまだ明るかった。
 山脈を越えて奈良盆地の方角から吹いてきた風が、ざあっと竹林をゆさぶりながら、飛十郎のいる客殿の中を涼やかに通り過ぎて行った。
「はてさて、いつの頃のことじゃたかの。わしも、年じゃでのう。思い出せんわい」
 とぼけた声を出すと、義堂は天井を見上げた。
「さっきまで記憶の良かったお人が、急に物覚えが悪くなられたようですな。では、もうひとつお尋ねいたす。裏の柳生は、今もいるのでしょうな。この柳生の庄に」
 「う、うむ」
 溜め息のような声をもらすと、義堂はふいに手を打ち鳴らした。
「茶がない。お客人に新しい茶を持ってこい」
 渡り廊下に姿を見せた小坊主にそう怒鳴ると、義堂は庭を指差した。
「あれを見なされ、早船どの。粗末な枯山水じゃが、いちばん上にある苔むした石に夕陽が当たって、あのように黄金色になるとの。むかい側の山の端に日が沈んで、柳生谷はすぐに夕暮れじゃ」
 飛十郎は、義堂が指差すままに、庭を見た。なるほど山の形に積み上げたいくつもの石のあたりが、山吹色に輝いている。
「みごとな枯山水ですな」
「石舟斎が作庭し、それを沢庵禅師が手直ししたと、柳生家では伝承しておるがの」
「ふうむ」
 感心したように声を上げると、飛十郎は顎をなぜながら、庭を見廻した。
「そういえば、たしかに禅味と剣機が入りまじったような、枯山水ですな」
 もっともらしく感想をのべたが、なに飛十郎、庭のことなぞ何も知らぬ。
「あは、はは、そうかの。ただの言い伝えじゃ。しかとしたことは、誰も知らん。ところで早船どの、さっきは辻の茶屋で、般若湯をずいぶん呑まれたようじゃが。柳生錦は、気に入ったかの」
「やあ、これは義堂どのも、お人が悪い。山の上から見ておられたか」
 へいこうしたように頭をかいた飛十郎を、義堂は笑顔のまま眺めていた。
「いや、べつに見ていたわけではない。早船どのは、この柳生谷に入られたとき、老婆に会ったじゃおてまえが茶店に寄られると同時に、この寺に急使を走らせたのじゃよ。江戸ことばを使う、酒好きの剣客浪人が里を訪れたとな。あのお婆、たいそうな人の目利きでの。剣の腕もなみなみならぬ、と見抜いておったわ」
「まいりましたな。江戸者と酒好きは当たってますが。剣のほうは、買いかぶりですな」「ふ、ふふ、どうかの。それは、いずれわかることじゃ」
 義堂のこの言葉は、柳生新陰流と早船飛十郎が、そのうち剣を抜いて技を競うという意味になる。
「ところで、早船どのは何流をお使いになられるのかな」
「無双直伝英信流を、少々」
「英信流といえば、居合じゃの。羽州の林崎甚助重信が流祖として世に広め、のちに七代宗家・長谷川主悦助英信が、その技精妙にして天下無双といわれ、流名を無双直伝としたというの」
「よく、ご存知ですな」
 飛十郎は、感心したように首を振った。
「柳生の庄には、全国津々浦々から、さまざまな流派の剣客がやってくるでの。この芳徳寺に顔を出しては、いろんな話をしていく。そのせいで、耳だけは肥えるのじゃよ」
「そうでしょうな。なんといっても剣の世界では、柳生の名は天下に轟ろいておりますからな」
「なあに、それも昔のことじゃ。将軍家指南役も三代宗冬までは、どうにか面目をたもっていたが、そのあとは剣技に秀出でた人物も生まれなかった。だいいち、木刀にさわるのも嫌な将軍がつづいては、指南役もくそもあるまいが」
 平手で頭を叩いて、義堂は言った。
「は、ははは。義堂どのは、正直でよろしいですな」
「しかし、居合はおそろしいのう。ぴかり、と刀が光った時には、もう首が落ちておる」「その居合も、柳生の剣にはかないますない。斬って勝つにあらず、勝ったのちに斬る。というのが柳生新陰流の極意だというではありませんか。ならば、居合より柳生の剣のほうが強い道理。居合は抜かせてしまえば、簡単に勝てるといわれておりますからな」
 義堂は、首を横に振った。
「それは、凡庸(ぼんよう)な技前の居合のこと。早船どののような、居合の名手には通用せんことじゃ」
「これはまた、おからかいにもほどがある。てまえを居合の名手などと。さっきもいいましたが、とんだ買いかぶりでござる」
「ま、いいじゃろう。剣の優劣は、立ち合ってみなければわからんからの」
そう言って、義堂は茶碗を取り上げると、ゆっくりと茶をすすった。
「それより、さきほどここへ茶を運んできた、小坊主どののことですが。名はなんともうされます」
「おう。あの小坊主は慈念といっての、わしのせがれじゃ。あれが、どうかしたかの」
 慈念と言った時、可愛くてならぬように、義堂の目が細くなった。
「柳生慈念どのと、いわれるか。いや道理で、さきほどこの座敷へ入られた時の身のこなしが、目付といい、足さばきといい、寸分も隙がござらなんだ。よほどに剣の修行をなされた、と不審に思っておりましたが。腑に落ち申した」
「さようか。たしかに三歳のおりから袋竹刀を持たせ、すぐそこの正木坂道場で、稽古をさせておるが。見ての通りの弱輩者じゃ。まだまだ修行を積んだとは、いわれんわい」
 口では謙遜してみせたが、飛十郎にわが息子をほめられて、義堂は満面に笑みを浮かべて喜んだ。
「不審ついでに、もう一つおたずねいたす。さきほど辻の茶屋をでたおり、正木坂をたずねると、どちらの正木坂かと聞き返された。柳生には、正木坂がふたつあるのですか」
「そうじゃ。たしかに、ふたつある」
 おだやかな表情で、義堂は答えた。
「それもやはり、表の正木坂、裏の正木坂と呼ぶのでしょうな」
 たたみかける口調で、飛十郎が聞く。
「いやいや、そうではない。陣屋へ通じておる坂を、谷の正木坂。この芳徳寺へ通じる坂を、山の正木坂と呼んでおる」
「ならば当然、道場もふたつあるわけですな」
 口元に微笑をたたえたまま、義堂はうなずいて見せた。
「なるほど。柳生新陰流の位取りに〔懸待表裏〕ありと聞きましたが、これもやはりそれにのっとった石舟斎どのの策略でござるか」
「そうじゃな。そもそも流祖・上泉伊勢守が編みだした新陰流が、その名の通り、鞘から抜いた敵の刀の光をわが身に受けて、陰の流れの気をもって反射し、瞬時に返して相手を倒す。という当時無敵の剣じゃったそうな」
「ふうむ、陰の流れですか……。面白い。伊勢守どのの光と陰が、石舟斎どのの表と裏に変わっていくわけですな」
「かもしれぬ。ま、そういった説もある、ということじゃ。すべては二百年余も昔のこと。悠久の時の流れの闇に沈んだ、幻じゃ」
 そう言って、義堂は軽く目を閉じた。
「幻ではないでしょう。この柳生谷へきて、いちばん驚いたのは、かっての剣豪たちが、生きて歩き廻っていることです。柳生石舟斎どのをはじめ、但馬守宗矩どのも、十兵衛三厳どのも、左門友矩どのも、飛騨守宗冬どのも、いやこの芳徳寺初世の義仙烈堂どののことさえ、まるで生きているかのごとく、ついさっき会って言葉を交わしたように、この里の住民たちは話す。どうしたことですか、これは」
「それもこれも、昔日の夢。過去の栄光を追っておるからではないかの。それこそが、今の柳生谷には何もないという、なによりの証しではござらんか。は、ははは、お笑いくだされ。柳生家は、ただの小大名に落ちぶれ申したわ。のう、早船どの」
 淋しげに自嘲の声を出すと、義堂は庭に目をやった。さっきまで落日の茜色に染まっていた枯山水に夕闇の気配が忍び寄っている。
「でもないでしょう。天明期の将軍位継承騒動の前後、裏柳生はなかなかの活躍ぶりを見せたようではありませんか」
 枯山水に向いた義堂の目が、刃物のように光ったのを、飛十郎は見逃さなかった。
「黙って聞いておれば、早船どのは家斉公が将軍になられたおり、裏の柳生が関わったように信じておられるようじゃが」
「いかにも、信じております」
打って返すように、飛十郎は答えた。
「ならば、拙僧もお聞きいたす。早船どのは、いつ何処で、裏の柳生が動いたと思われるのじゃ?」


二 若年寄刃傷

 飛十郎は、右手を無精髭にあてて動かしかけた手を止めると、天井を見上げた
「………そうですな。まず最初が、天明四年(一七八四)の三月」
「ほう。天明四年の三月じゃと」
「そうです。その月の二十四日、田沼意次の長男で若年寄の重職についていた田沼山城守意知が、佐野善左衛門政言という新御番組の旗本に、江戸城内で刺されて、二日後の二十六日に死んだ」
「たしかに、あの刃傷事件は世に深い衝撃をあたえ、田沼意次の権勢がゆらぎはじめた端緒ともなった出来事じゃが。あれは佐野善左衛門の個人的な恨みによる凶行だったと、聞いておるがの。ただし、刺されたのではなく、城中桔梗の間から出てきた意知に、佐野がまず肩先に一太刀あびせ、羽目の間に逃げた意知を追って、さらに両股へ二太刀の深手をおわせた。つまり、三カ所を斬りつけたという刃傷じゃ」
「さすがに、よくご存知ですな。その三太刀のうち、致命傷となったのはどれですかな
「さあ、それはわからん。多量の出血のために死んだらしいから、おそらく三カ所の傷すべてが命取りになったのじゃろう。意知は、まだ三十五歳の働き盛りじゃ。父親の意次も、さぞ落胆したことじゃろうて」
 自分の子、慈念を思い浮かべたのか、義堂はしみじみした口調で言った。
「二十八歳の佐野善左衛門も、刃傷の十日後の四月三日に切腹させられましたな。元禄の赤穂事件もそうですが、どうも殿中の刃傷事件は原因がよくわかりませんな」
「多額の賄賂を意知に贈ったが、いつまでたっても見返りがなかったとも、佐野家の系図を見せてくれと頼まれて貸したが、いくら催促しても返してくれなかったとか、風説はいくつもあるがの」
「いずれも、たんなる噂でしょう。賄賂を贈るなら意次のほうでしょうし、田沼の家系は八代吉宗が紀州から江戸へ出てきたとき意次の父・専左衛門意行が将軍付きの御小姓となり、幕臣になったそうですから、佐野家の系図など無用でしょう」
「そういわれれば、たしかにそうじゃ。しかし、早船どのこそ、ようご存知じゃのう」
「今度の一件で、ちと調べました。どう考えても、佐野善左衛門にとって刃傷の真の標的は、意知ではなく父親の田沼意次としか思えませんな」
 飛十郎は、そう言いきった。
「ならば、見当はずれの意知ではなく、田沼意次を斬ればよかったのじゃ。どうして佐野は意次のほうを襲わなかった。殿中では、老中も若年寄も、たいした差はなかろう」
 義堂は、首をかしげるようにして言った。
「おそらく、意次は身辺の危険を察知していたのでしょう。老中の御用部屋は、隙なく護衛されていたはずです」
「そこで、警護の手薄な若年寄を狙った」
「敵の多い意次も、まさか息子の意知が襲撃されるとは、夢にも思わなかったでしょうな」
 腕を組みながら、飛十郎は言った。
「虚をつかれたわけじゃ。兵法の理にかなっておる。だが意知殺害に、裏の柳生が関わっているというのは……。ちと、どうかのう」
「あの刃傷事件は、断じて個人の仕業ではありません。組織の力が動いております。あのあとすぐに〔鉢植えて、梅が桜と咲く花を、誰たきつけて佐野に斬らせた〕という狂歌が、江戸の町々に張り出されました」
「は、はは、早船飛十郎ともあろうお人が、信じられんことをいわれる。狂歌なぞ、ただのざれ歌ではござらんか」
「そうでしょうか。義堂どのは一笑にふされたが、天の声とでも申すか、不思議と庶民というものは、政事(まつりごと)の真相をかぎつけるものです。この狂歌は、後ろにいる黒幕を見事に、いい当てているではありませんか」
 とぼけた顔を、義堂はした。
「黒幕……とは、一橋治済さまのことかのう」
「もちろん、そうです」
「それは無理じゃ。裏柳生は、徳川宗家か柳生家当主の命令でしか動かぬ」
「たぶん将軍から柳生へ、指令がくだったのでしょう」
「馬鹿な。あの頃は、病身とはいえ、まだ十代家治公が健在じゃぞ。自分の手で、五万七千石の大名に取り立てた、寵臣の田沼意次を追い落す命令を出すはずがない」
「ちがいますな。そもそも最高権力者というものは、たとえ自分が引きあげた家臣であろうが、その者だけに人気や権力が集中し、その人物の勢力が突出するのを嫌うものです。子供の頃から側にいた田沼に飽きがきていた家治が、徳川一門の松平定信を登用せよ、という一橋治済と大奥の声に抗しかねたと思いますな」
「ふうむ。面白いことを考えるものじゃな、早船どのは」
「家治という将軍は、病弱でもあったが、気も弱かったようですからな。しかし、田沼もしぶとかった。
 若年寄の息子を殺されて、一時ゆらいだ田沼政権は、そのあとも一橋や御三家を相手に、三年近くも暗闘をくり返した。その意次を倒し、とどめを刺したのが、やはり裏柳生ですな。義堂どの」
「はあて、なんのことやらのう」
 両手の指を組み合わせて後頭部に当てると、義堂はわざとらしく大あくびをした。
「あれは、天明七年のことでしたな。当時まだ十四歳だった家斉に、十一代将軍が朝廷から宣下されたのが、その年の四月十五日です。そのわずかひと月後の五月二十日に、田沼意次の命取りになった江戸大打ちこわしが起きています。義堂どののもご存知でしょう」「おう。のちに鬼平と呼ばれて有名になった、幕府の御先手組頭・長谷川平蔵が鎮圧を命じられて腕をふるったという、打ちこわし騒動じゃな」
「そうです。米屋九百八十軒が打ちこわされ、そのほか材木屋、呉服屋、油屋、酒屋、質屋など江戸庶民を相手に暴利を得ていた大店が、約八千軒も暴徒に襲われ、金品を残らず奪い去られたあげく店を叩きこわされた。江戸で未曾有の大騒動です。結局この騒動の責任を取らされて、田沼意次は罷免させられたのでしたな」
「そうじゃたかのう。昔のことじゃ。さだかには、もう覚えておらんよ」
「たしか義堂どのは、二十二、三歳でしたな」
「よう知っておるの。あの頃は、まだ若かった。いちばん楽しい時代じゃ。月日のたつのは、まことに早い。あっという間にこんな年寄りじゃ。情けないのう」
 憮然とした顔で、義堂は庭を眺めた。枯山水の片隅から、かすかに虫の鳴く声がした。「あの騒動の時、取締りにあたった町奉行所と火盗改方が、やっきになって追った奇怪な一団がありました」
「ふん。奇怪とは、どんな連中かの」
 夜の闇につつまれた庭を見つめたまま、義堂が聞いた。
「四天王と称する、四人にひきいられた十五人ほどの集団です。首魁とみられるのが、坊主頭の容貌魁偉な巨漢 ――」
 と言って、飛十郎は義堂の顔を、じろりと見た。それに応えるように義堂の金壺眼が、ぎょろりと動く。
「それと十七、八歳と見える前髪の若衆と、花やかな着物を身にまとった仇っぽい三十がらみの粋な年増女」
「それで、三人じゃの。残るひとりが楽しみじゃて」
 指を三本折りながら、にやりと義堂が笑う。
「四人目は、からだが地につくほど腰が曲がった、醜い片目の小男だったそうです」
「大入道に、美貌の前髪若衆。それに粋な年増に、片目のせむし男か。まるで安達屋藤兵衛が、両国広小路に出している、見世物小屋のような取り合わせじゃのう」
「藤兵衛を、よくご存知のようですな」
「よう知っておる。もう三十年になるかのう。あれが旅役者の一座を連れて奈良へ来た時に、小屋へ入って芝居を見たのが縁のはじまりじゃ。そのあと三条通りの呑み屋で、偶然出くわして、たちまち意気投合しての。わしが柳生家の人間だと知ると、柳生谷で芝居をさせろといってきかん。そこで、ここへ一緒に来たものじゃ。いや、あの頃は、ふたりとも若かったのう」
 若き日を懐かしむように、義堂は目を閉じた。
「そのあたりのことは、藤兵衛に聞かされてよく知っています。柳生へ行ったなら、かならず芳徳寺の義堂どのをたずねろ、といって書状まで持たされましたからな」
「それが、この紹介状じゃな」
 義堂は僧衣の袖の中から、書状を取り出すと、畳の上に置いた。
「思えば、あの男も立派になったものじゃ。江戸へ出るたびに、本所松阪町の安達屋へ寄るが、藤兵衛のやつどんどん大きくなりおる。近頃は、仇討宿というのも、やっておるらしいの」
「はあ」
「早船どのは、助太刀を商売にしておられるとか。なかなか面白そうな仕事じゃな」
「まあ、そうですな。世間には、あまりない商売です」
 頭をかきながら、飛十郎は義堂を見た。
「稼げるかの。ま、安達屋は、気前のいい男じゃからな」
「給金は、いいほうですな。だが、この仕事は、そうたびたびありませんからな。てまえは独り者の長屋暮らし。毎日うまい酒が呑めれば幸せ、という口ですからな。なんとかやっていますが、所帯持ちには、すすめられませんな」
「は、ははは、そうかもしれんのう。この商売は、必ず斬り合いをしなければならん。妻子持ちには、ちと無理じゃろう。仇の剣の腕が上ならば、助太刀するほうが殺されかねんからのう」
 軽く言ってのけると、義堂はあぐらの足に止まった蚊を、ぴしゃりと叩き潰した。
「ところで早船どのは、この柳生へは商売で来られたのかな」
「商売、というと助太刀ですかな」
「あたりまえじゃ。それが、おぬしの商売じゃろう。仇討じゃ」
 飛十郎は、慌てて手を振った。
「あ、いや、とんでもござらん。てまえは、ただ剣客のひとりとして、柳生新陰流を生んだ柳生谷を見ようとして、来ただけです。ま、物見遊山ですな」
「ふ、ふふ、物見遊山のう。そうは思えんが。まあ、よかろう。この書状にも、どこぞへ案内してやってくれ、とあるしな。どこぞ、見たい所があるかのう」
「できれば、天の岩戸明神と一刀石を。石舟斎どのと弟の松吟庵どのが、天狗抄の秘剣を会得されたと言う場所を、後学のために拝見したいのですが」
「よろしかろう」
 あっさりと、義堂はうなずいた。
「ところで、今夜の宿はお決まりかな。まだならば当寺の客殿でも、正木坂道場でも、お好きなほうにお泊りいただいて構わぬのじゃが」
「ご親切なお言葉、痛み入ります。ですが、さきほど立ち寄った、辻の茶屋で話しをきめてまいりました」
 飛十郎は、軽く頭を下げた。
「さすがは早船どのじゃ。やることが素早いのう。兵法家は、そうでなくてはな。そろそろ夕餉の仕度ができる頃だ。晩めしだけでも、喰っていったらどうじゃ」
「ありがたいですな。ですが、てまえは呑む前に食べると酒がまずくなるほうで。せっかくですが、それもご辞退いたす」
「さようか。辻の茶屋の柳生錦が、それほど気に入られたか。なら仕方がないの。拙僧の顔は丸つぶれじゃが、無理強いはよそう。では、明朝六つ前に正木坂道場の前でお待ちいたすでな」
「六つ前といえば、まだ暗いですな」
「さよう、夜明け前じゃ。天の岩戸明神へいくのに、一番よい時刻が明け六つ前での。楽しみにしていなされ。なにか、珍しいものが見れるかもしれぬぞ」
 義堂は、にんまりと笑った。


三 吉原騒動

 あくる日の朝 ―――。
 まだ夜が明ける前の暗闇の中を、飛十郎は辻の茶屋の離れ座敷から忍び出た。
 宿代は、昨夜のうちにすませてある。足元から絶えず川音が聞こえてくる。この川に添って上流にむかえば、黙っていても正木坂の下へ出る。
 飛十郎が、芳徳寺や正木坂道場ヘ泊まろうとせず、夕餉の誘いさえも断ったのは、柳生一族の襲撃を予想したからである。
 さすがは柳生谷の総帥、柳生義堂の目は鋭どかった。商売できたのか。という問いを、剣客として物見遊山にきた。と、からくも躱したが……。
 じつは飛十郎、義堂が見抜いた通り、この柳生には助太刀商売でやって来ていたのだ。それも、安達屋藤兵衛の依頼ではなく、寺社奉行・脇坂淡路守の直直(じきじき)のお声がかりで来たのだ。
「それにしても、このたびの仇討は、ちと根が深い……」
 左に渓流の音を聞き、川に添った道を歩きながら、飛十郎はつぶやいた。
 
 ことの起こりは、去年の七月に吉原の中万字屋という妓楼でおきた三人斬り事件であった。抱え遊女の秀夢をめぐっての鞘当てで、若い侍ふたりが殴り合いをはじめたが、ひとりが何を思ったのか妓楼から飛び出すと、茶屋へむかって走り出した。それを見た残るひとりも、はっとして別の茶屋へ駆け出した。これは当時武士の刃傷沙汰の多かった吉原では、腰の刀はすべて出合い茶屋に置いて登楼するしきたりがあったためだ。
 ふたりの若侍は茶屋の刀部屋へ踏み込むと、おのれの大小を腰に差すや、中文字屋へ取って返して、たちまち斬り合いをはじめた。腕に違いがあったものか、それとも気組みが違っていたか、片方の若侍が斬り立てられると、たちまち脇腹に傷をおって倒れてしまった。斬った若侍は、血刀を持って秀夢を捜しはじめた。それを見て、花魁が危ないと止めに入った二階番の若い者と、遣り手婆が斬り殺された。女たちの悲鳴が耳に入ったのか、昏倒していた浅手の若侍が立ちあがって、また斬りむすぶ。さすがにその頃には、町方役人をはじめ廓中の男たちが集まってくる。囲まれては面倒と思ったのか、血刀を振りまわして大門から飛び出すと、浅手の若侍もそれを追いかけて、浅草田圃のあぜ道を、浅草寺にむかって走って行った。
 ふたりの若侍が、次に姿をあらわしたのが浅草寺の境内である。ひとりは脇腹の傷から流れ出た血で、もうひとりは返り血で、真っ赤に染まった姿で斬り合ったから、女こどもを中心に出盛っていた観音さま境内は大騒ぎになった。仲見世からやってくる参拝客と、境内から逃げ出す人の群れが、二天門でぶつかって渦になる。その人の渦のなかを、血まみれの侍がやたらと刀を振り廻しすのだから、たまったものではない。
 大混乱の果てに、ようやく片方の若侍が肩先を斬り下げられて倒れると、斬った方も、よほど疲れ切って気が動転していたのか、とどめを刺すのも忘れて、刀を投げつけて逃げ去ってしまった。これは、侍の心得としては、不覚といわざるをえない。
 すぐに浅草寺管主が住む伝法院から、脇坂淡路守の芝口南にある上屋敷へ急使が差し立てられた。江戸で一、二をあらそう盛り場で侍同志が斬り合って、ひとりが斬られ、下手人が逃亡したと聞いた淡路守は、すぐさま馬に打ちまたがって浅草へ駆けつけた。追ってきた家来たちに命じて、群集を整理させると、虫の息ながらまだ生きていた若い侍を、ただちに伝法院へ運び込ませた。切れ者と言われる淡路守、やることが素早くぬかりがない。迷惑がる浅草寺の役僧たちを一喝して医者を呼ばせると、厚く手当てをした。
 深手を負った若侍は、三日間生きのびた。その間の淡路守の取り調べで、驚くべき事実が判明した。当初、遊里でありがちな若者同志の、遊女の奪い合いと思われた刃傷沙汰が、寺社奉行の探索がすすむにつれて、意外な展開をみせたのだ。
 斬られて死んだ若侍は、田沼家一門につらなる田沼右京であり、右京のほか妓楼の若い者と遣り手の三人を斬殺して逃亡したのが、柳生家一門の端につらなる柳生源之介であった。右京と源之介という、ともに部屋住みの若者ふたりは、不思議な運命に糸に引かれるようにして、吉原の中文字屋の遊女・秀夢を間にはさんで顔を合わせた。遠州相良で生まれ、父母が病死したあと吉原へ身売りした秀夢と右京は、旧知の間柄だったという。
 寺社奉行・脇坂淡路守の厳重な掛け合いにも、そのような者は当家にはおらぬ。と突っぱねていた柳生家も、大名同志の争いを憂慮した幕閣の詰問に、ついに家老職の家の四男に源之介なる者がいることを認めた。大目付が持参した、柳生鍔が動かぬ証拠になったという。これは殺害犯が投げ捨てて行った刀に付いていた鍔である。
 身柄引き渡しを求める幕府に、当家もやっきになって源之介を捜しているが、あの事件後いっこうに屋敷に姿をあらわさない。こちらとしても、まことに困惑している。というのが柳生藩の返答であった。その後の、町奉行所と火付盗賊改めの必死の探索にも、柳生源之介はついに捕えられなかった。


四 沓形茶碗

「それが、わかったのじゃ。どうやら源之介は、大和の柳生谷へひそんでおるらしい」
 鮮やかな手際で入れた薄茶を、飛十郎の膝元へ押しやりながら、坂崎淡路守は言った。「あ、いや。てまえは、どうも茶は苦手でして」
 飛十郎は、窮屈そうに正座したまま、頭をかいた。
「ふ、ふふ。そうか、ならばこの茶は予が呑もう。心配いたすな飛十郎、ちゃんと好物の酒と肴を運ばせるよう命じてある」
 淡路守はそう言いながら、湯滴天目の大振りな茶碗を取り上げると、底に沈んだ濃い緑の抹茶を、ゆっくりとすするようにして飲んだ。
「茶が苦手とは、奇妙じゃのう。たしか、そのほうの父親と祖父どのは、茶人であろうが」
「これは脇坂さま、よくご存知で。いや、まいりましたな」
 首をすくめるようにして、飛十郎は言った。
「ちと仔細があってな。配下の者に、そちのことを調べさせた」
「さようで」
「そこでじゃ。ひと肌ぬいでほしいことが出来た。柳生谷へ出むいて、助太刀をしてもらいたい」
「はあ。仇討ですか」
「田沼右京には、十八になる弟がいての。兄の仇を討ちたいと、公儀へ申し出たのじゃよ」
「御免状が、出たのですな」
「いくら柳生家一門の家柄でもな、人を三人も殺して逃亡したとあっては、捨ておくことは出来ぬ。本来ならば、幕府の手で捕らえて斬罪にすべきじゃが。それでは角が立つ」
「それで、仇討という形で処理するわけですか」
 そう飛十郎が言った時、躙り口の戸が静かに開いて、白魚のように形のよい指が、酒器と肴皿をのせた黒塗りの膳を、茶室の中へ滑るように差し入れた。
「おお、きたか。飛十郎が、さきほどから待ちかねておる。今宵は、予も忍びじゃ。早う受け取って、思うぞんぶん呑め」
「では、遠慮なく」
軽く頭を下げると、悪びれた様子も見せず、飛十郎はその白魚のような手から膳を受け取った。
「じつは吉原での騒動のおり、柳生源之介が右京と秀夢という遊女に、容易ならぬことを口走ったというのじゃ」
 金蒔絵の銚子から、やはり蒔絵で描かれた菖蒲の花模様の大盃へ、手酌で酒をついでいる飛十郎を、目を細めて眺めながら淡路守は言葉を続けた。
「田沼家没落の端緒となった、意次の嫡男・意知の刺殺事件と、意次が罷免させられた直接の原因である江戸大打ちこわしは、すべて裏の柳生が策謀したことだ。と、言ったというのじゃ。まあ、だいぶ酒に酔っていたというが、それにしてものう」
「ほう。裏の柳生が、ですか」
「つまり、裏柳生じゃ。予も耳にしたことがある。大献院(家光)様の頃、柳生但馬守が大名取り潰しのために作った組織だというが。とうに消滅したと思っていたがのう」
「それを聞いて、田沼右京が激昂したわけですな」
「うむ。喧嘩の原因はそうらしが。仕掛けた田沼のほうが、柳生に斬られたわけじゃ」
「いえ。仕掛けたのは、やはり柳生源之介のほうでしょう。わざわざ裏柳生の機密を、自分からもらしたのですから」
「そうか。源之介のやつ、最初から右京と秀夢を殺害するつもりであったか」
 腑に落ちた声を出すと、淡路守は膝を叩いた。
「おそらく遊女をめぐっての、間夫(まぶ)あらそいに負け、破れかぶれになったのでしょう」
「なるほどのう……。若いうちは、目先のことしか見えぬで、思いつめたとみえる。しかし、考えて見れば恐ろしいことじゃ。だが、今度のことも発端は、先年なくなった儀同・一橋治済卿が、わが子の豊千代ぎみ(のちの家斉)を将軍位につけようという、野望を持った時からすべてが始まっているのだからな」
「すさまじいまでの、謀略家だったそうですな」
「予が生涯で出会うた人物の中で、もっとも油断ならぬ男だったな。なにしろ対抗馬の田安定信を追い落とすために、田沼意次をとことん利用し、息子の家斉が将軍継承の世子になるやいなや、最大の功労者たる意次の領地を没収しただけでなく、その遠州相良の地を自分のものにした。のみならず意次が心血をそそいで築いた相良城をのべ十万人の人夫を動員して、わずか十日間で破却したというからの」
「お血筋正しき、御三卿のひとりとは思えぬ、冷酷な人物ですな」
「なに、それが徳川の血筋じゃ。家康公が、そうであったではないか」
 淡路守は苦笑いすると、炉のほうに向き直り、鮮やかな手さばきで茶を入れはじめた。「では、脇坂さま。てまえは殺された右京の弟と一緒に、柳生へむかえばよいのですな」「いや。田沼又四郎は、すでに出立しておる。そちがよく知っている、目役の伊蔵とな。そのほかにも耳役の友蔵や鼻役の鉄蔵も、そろそろ奈良へ着いている頃じゃ」
「さようで」
「飛十郎は、明後日に立つがよい。安達屋が、委細は承知しておる。予の書状と、公儀の仇討御免状、それと源之介が落としていきおった柳生鍔を受け取っていけ。どう使うかは、そちにまかせる」
「は。それでは、てまえは、そろそろ……」
 飛十郎は、手にした盃の酒を呑み乾すと、盃を裏返しにして膳のうえに置いた。これは御前を下がる、という合図である。
「まあ、よいではないか。どうじゃ飛十郎、今宵は夜話の茶会にせぬか。そちは酒を呑み、予は茶を楽しむ。心くつろいで茶を喫すれば、わずか二畳の茶室も天地のごとく広し。は、ははは、つき合え、飛十郎。長屋住まいの剣客浪人と、世間話をする機会など、めったにないからのう」
「おおせのままに」
 そう言って、膳の上の盃に飛十郎は手をのばした。
「まて。さっきから見ておったが、その盃は小さすぎて面倒じゃ、これをつかわす。今宵の記念に持って帰るがよい」
 無雑作に古びた桐箱を、飛十郎の前に置く。その箱を飛十郎は、なんのこだわりもなく開けて、なかの茶碗を取り出した。
「む。これは、また見事な。織部の沓形(くつがた)茶碗ですな」
「そうじゃ。古田織部が手ずから焼いたという沓形の本歌じゃ。予の好みとしては、ちと小振りでのう。前から茶より酒をそそいだほうが似合うと思っておった。されで呑んでみるがよい」
 水屋から新しく運ばれた銚子から、なみなみと酒をつぐと、飛十郎はぐいと茶碗を掴んで、ひと息に呑み乾した。
「おお、見事な呑みっぷりじゃ。まことに、その茶碗の銘にふさわしいぞ、飛十郎」
 淡路守の称賛の声に、飛十郎は茶碗を置くと、共箱の蓋の裏に目をやった。癖の強い筆跡で、破衣(やぶれごろも)と書いてある。
「瓢庵宗二、という署名がありますな。宗二といえば……」
「かの千利休の、一の弟子・山上宗二のことじゃ。天正十八年の小田原攻めのおり、北条家の食客として滞在していた宗二は、太閤秀吉にむかって罵詈雑言のかぎりを浴びせ掛け、激怒した秀吉に耳と鼻をそぎ
落とされ、むごたらしく殺されたという。へそ曲がりでは天下一の豪の者じゃ」
「この飛十郎は、貧乏暮らしの長屋住まい。このような名物道具は、いただけませぬぞ」 渋い顔で、飛十郎は淡路守を見た。
「なにを申す。深川の裏長屋こそ、破衣はふさわしい。天下の大名物茶碗が、破れ畳の上に転がっているのを面白いとは思わぬのか。飛十郎、その破衣で、もっと呑め」
「呑むのは、かまいませんが。持ち帰るのは、お断りいたす。酔ってこの茶碗を使えば、たちまち割ってしまいますからな」
「割ってもかまわぬ。われたら、継げばよい」
「暮らしに窮すれば、この飛十郎、遠慮なく古道具屋に叩き売りますぞ」
「は、はは、売ればよい。予がすぐに買い戻してつかわす」
 明け方まで淡路守と夜話を交わしたのが、つい昨日のことのように思えるが、あれからもう二十日間もたったのだ。


五 天の岩戸

 飛十郎は、夜明け前の柳生谷の闇の底で、川添いの白い道を正木坂にむかって歩きながら、脇坂淡路守の顔を懐かしく思い浮かべていた。
「こたびの相手は、名にしおう柳生一族じゃ。油断は禁物。無事に帰ってくるのを、予は楽しみに待っているぞ。飛十郎、では行け」
 茶室の外の風雅な露地を歩きつつ、そう言った淡路守の声が、飛十郎の脳裏によみ返えってくる。
 柳生藩は、小なりといえども大名である。陣屋の武器倉には、火縄銃とその玉薬、弓や槍もそなえ付けてあるにちがいない。領主がその気になれば、手勢をくり出し、飛十郎を押しつつんで密殺するのは、赤子の手をひねるよりたやすい。
 田沼又四郎に同行した、伊蔵、友蔵、鉄蔵も、見つけしだい討ち果たされて、柳生谷の山中に人知れず埋められてしまう。そうなれば寺社奉行・脇坂淡路守といえども、打つ手はない。この時代、一歩江戸を離れて、他国の領地に踏み込めば、たとえ公儀の役人が行方不明になっても、幕府は表立って抗議ができぬ仕組みになっていた。犯罪者が人を殺して他藩に逃げ込んでも、同様に追っ手は手も足も出ない。だからこそ、仇討という制度もあったのだが。
「さて。これから、どうしたものか……」
 正木坂の下で足を止めると、袴の股立ちを取りながら、飛十郎は思案した。
 見上げると、はるか高みにある正木坂道場の門前あたりで、約束通り提灯の明かりが、闇の中でぽつんと光りを滲(にじ)ませている。
 このまま柳生義堂の言うままに、天の岩戸明神へむかえば、死地に入ることになるやも知れぬ。約束をたがえて、あたりが明るくなるまで待機したのち、敵の動きを見つつ次の策を練るのも、また兵法かもしれぬ。
「ええい、運を天にまかせるか」
 低くつぶやくと、飛十郎は胸をつくような急勾配な坂道を、ゆっくりとした足取りで登りはじめた。

「これは、慈念どの。早くから、ご苦労でござる」
 提灯を片手に持って、辛抱強く待っていた小坊主の慈念にむかって声を掛けると、飛十郎は義堂の姿を目で捜した。
「和尚さまは、所用があって遅れるそうです。わたくしが早船さまを、ご案内せよといいつかりました」
「さようか。では、よしなに」
 飛十郎の会釈に、軽くうなずき返すと、慈念はなれた足取りで裏山にむかって歩きはじめた。
 朝の気配は、まったくない。明るくなるまで、あと半刻(一時間)ほどはあろう。人がようやくすれ違えるような細い山道を、提灯のわずかな光りだけで、慈念は恐れるようすもなく、深い山へ入っていった。
 山道の左側は深い谷で、右手は見上げるばかりの杉の巨木が立ち並んでいる。一歩足を踏みはずせば、もちろん命はない。いま何者かが闇の中から襲いかかれば、いかな飛十郎でも受けようがなかったかもしれぬ。あたりの気配に耳を澄ませながら、飛十郎は無言で慈念の足元を照らす提灯の光りの輪について歩いていった。
 細い山道は、下りになって左に曲がったかと思うと、ふいに登り坂になり、また右に折れた。あとで考えると、さほどの距離ではなかったのだろうが、初めての道でしかも暗闇の中を歩かされた飛十郎には、かなり遠かったような気がした。
 やがて道は急に広くなると、杉木立の間を抜けて、なだらかな山の斜面に出た。はるか向こうに、山々が重なり合っているのが、夜空にまたたく無数の星明りによって、ぼんやりと見てとれた。
「これが、天の岩戸明神の鳥居でございます」
 足を止めると、慈念は提灯を高く差し上げた。建て直したばかりなのか、真新しい白木の簡素な鳥居に、やはり飾り付けたばかりのように見える注連縄が、横に張られているのが見える。
「おう。ここが、そうか」
 飛十郎は、そうつぶやいて鳥居の奥を覗き込んだ。頭上の星が、高々とした杉の巨木のためにさえぎられて、参道が深い闇の中へ消えているように見える。
「ここから先は、他国の者はもとより、領民も入れぬ結界になっております」
「ほう、柳生一門しか入れぬわけですな」
「はい。もし無断で押しいれば、たちどころに神罰がくだるという言い伝えがあり、みな恐れております」
「ふむ。では、それがしも危のうござるな」
 生真面目な顔で見上げる慈念に、思わず飛十郎は微笑を浮かべた。
「いえ、早船さまは大丈夫です。わたくしが道案内をしているのですから」
 にこりともせず言うと、慈念はまた提灯で足元を照らしながら歩き出した。鳥居をくぐると、急速に濃い闇が飛十郎めがけて押し寄せてくるような気がする。
「これが天の岩戸です」
 左手の深い闇にむかって、また慈念は提灯をむけた。
「む、これは……」
 飛十郎は、思わず息を呑んだ。驚くほど巨大な岩の板が、目の前にそびえるように立っていた。
「何千年も前のはるか昔、天上の高天原(たかまがはら)から、この柳生の庄へ、飛来してきたという岩戸だといわれております」
「ふうむ」
 感に堪えぬような声をもらすと、飛十郎はその板状の岩を見上げた。岩は一枚だけではない。あるものは半ば土に埋もれ、あるものは地面に直立し、あるものは二つに割れて無雑作に転がっている。
「なるほど、これならば天照大神が、弟・素戔鳴(すさのお)の暴状を怒り、身を隠したという天の岩屋の扉にふさわしい雄大さだ」
 いかにも空を飛んできて、地面に突きささったような感じがする巨岩の群れを見ながら、飛十郎は感嘆の声をあげた。
「いや、慈念どの。じつに見事な岩戸でござるな」
「……こちらへ」
 飛十郎の言葉など、意に介さぬように無表情に提灯を振ると、慈念はすたすたと歩きはじめた。天の岩戸の周囲には、注連縄が張りめぐされ正面に小さな拝殿が造られている。その横を通り過ぎると、なだらかな坂になった道を、奥にむかって進んでいった。まばらな杉木立の間を抜けると、やがて平地へ出た。そこが、行き止まりのようだった。
「早船さま。あれが柳生家の剣祖・石舟斎宗厳が、斬り割ったといわれる一刀石です」
 提灯をかざしながら、慈念が指差す先を見て、飛十郎は目を見張った。
 各地に、刀による石斬りや、岩割りの伝承は数多くある。しかし、いずれも二つに斬り割られた石や岩は、大きくてもせいぜい腰から下である。
「若き日の石舟斎は、この場所で日夜剣の修行をしておりました。ある夜稽古のおり、杉の大木から飛び降りてきた天狗に斬り立てられ、あわや落命かというほど天狗の剣に追いつめられました。もはやこれまで、と覚悟した石舟斎は相討ちを狙い、無想のうちに真っ向う唐竹割りの秘太刀を、天狗の顔面にむかって振るったそうです。おのれの刀にしたたかな手ごたえがあり、してやったりと月の光りにすかして見ると、なんと一刀のもとに斬っていたのは天狗ではなく、この石だったそうです」
「さようか……。いや、それにしても、これは」
 山とまでは言わないが、小さな丘ぐらいはある巨石である。
「一刀石と聞いたときは、もっと小さい庭石ほどの大きさだと思っていたが」
 飛十郎は、唖然とした声を出した。
「驚かれましたか。は、はは、皆んなびっくりなさいます。でも、柳生谷の人たちは、ひとり残らずこの石を斬ったのは、柳生石舟斎だと信じています。柳生剣の極意・合撃(がっしうち)は、天狗との真剣勝負から生まれたといわれておりますから」
 笑いながら、慈念は一刀石に近寄っていく。提灯が投げかける光りの輪には、とうてい納まらぬほど、石は大きい。夜が明けたあとの朝の光線の中でなければ、全体の姿を見ることは出来ないであろう。それほどの巨石が、三寸(九センチ)ほどの割れ目をみせて、見事に二つに切り裂かれていた。
「だが、いかに石舟斎どのとはいえ、これほど巨大な石を刀で斬ったとは、とうてい信じられぬが」
「早船さま。お疑いなら、提灯をお渡しいたしますから、もっと近くでご覧なさいませ」「や。これは、かたじけない」
 手渡された提灯を持って、飛十郎は一刀石の前へ歩いていった。提灯をかざすと、その灰色のざらざらした石の表面を、右の掌で撫ぜてみた。手ざわりが品川の御殿山の、象の皮膚の色と感触に似ていた。
 これほどの巨石が、こうも綺麗に二つに割れたのは、落雷の直撃か、地震によって山から転げ落ちた時の衝撃しかない。と、飛十郎は直感したが、石舟斎が斬ったと素朴に信じ込んでいる慈念に、まさか言うわけにはいかない。
「それがしも剣を修行する身、よいものを見せていただいた。礼をもうす」
 提灯を返そうと振り向いた飛十郎は、また驚かされた。どこへ姿を消したのか、いくら捜しても地中に吸い込まれたように、慈念の姿は見えなかった。


六 天狗抄

「やはり、柳生の罠か……」
 鞘から小柄(こづか)を引き抜くと、手近かの杉の幹に突き立てて、提灯を掛ける。内側で揺れる蝋燭の火の光りから躰をずらせると、飛十郎は杉の大木のうしろへ廻った。これは弓矢や火縄銃の弾から、身を守るための処置である
 刀から下緒をとると、素早く襷(たすき)を掛けて、草履をぬぎ捨てると素足になった。これだけの用心をしたが、柳生一族がその気になって襲いかかれば、むろんひとたまりもない。
――さて、鬼が出るか、蛇が出るか……
 腹をすえると、飛十郎は片膝を立てて、地面の上にすわり込んだ。無双直伝英信流居合の、立膝の構えである。本来これは甲冑を身に付けた時の構えだが、暗闇の中で四方八方から攻撃された場合に、臨機応変に技をくり出せる構えでもある。
 静かに鯉口をきると、飛十郎は息を止めて、あたりの気配に耳をすませた。不思議なことに、殺気はない。息を吐き出しながら、飛十郎は空を見上げた。さっきまで輝いていた星の煌めきが、わずかに色褪せたように見える。
 夜気の流れを感じ、朝が近いと飛十郎が思った瞬間――、一刀石の左右にたつ杉の大木の梢から、ふいに激しい殺気が、飛十郎めがけて降るように落ちてきた。
「うわ、ははは。江戸からやってきた早船飛十郎とは、そのほうか。助太刀屋のぶんざいで、柳生谷の大天狗と剣をまじえようとは片腹いたいわ」
 あざ笑う声とともに、空中を舞うように降りてきた黒い影は、一本朴歯の足駄で、ひらりと地上におり立った。
「出てこい、飛十郎。木のうしろに隠れていては、勝負にならぬわ。こっちは二人じゃ。なにも恐れる
ことはあるまい」
 飛び道具はないと見て立ち上がると、あたりに気を配りながら、飛十郎は木の陰から出ていった。
「さすがは、神通力ゆたかな天狗どの。それがしのことは、すべてお見通しとみえますな」
「そのほうが、どのような役目をもって柳生谷へまいったか、とうに江戸の大天狗から知らせがきておるわ」
「ならば、話しは早い。天狗どのが柳生一門にかけあって、柳生源之介をこちらに引き渡してもらいたい」
 小柄に掛けた提灯の火は暗く、異形の姿をした天狗は、ぼんやりとしか見えない。
「ほう、源之介を渡せか。簡単にいうが、あやつは柳生藩の重職のせがれじゃ。渡せばどうする、腹でも切らせるか」
「いや、切腹などはさせません。それがしは助太刀を商売にしております。源之介に殺害された田沼右京の弟・又四郎に、仇討をさせようと思っています」
「ふん、仇討か。その田沼又四郎とやらは、もう柳生谷へ入っておるのか」
「まだです。しかし、使いを出せば、すぐに駆けつけられる場所に、待機しています」
「手回しのよいことじゃな。よかろう、飛十郎。仇討をさせてもいいが、条件が二つある」
 天狗はそう言って、背後の一刀石を振り返った。
「ひとつは、源之介にも助太刀をつける。これで、二対二じゃ。文句はなかろう。
「いいでしょう」
「柳生一族から、よりすぐりの手錬者(てだれ)が出るぞ。飛十郎、覚悟はよいな」
「江戸を立つときから、命は捨てております」
 うなずくと、飛十郎は答えた。
「いい覚悟じゃ。気にいったぞ」
「で、のこる条件は」
「そのほうの居合と、柳生剣極意との手合わせじゃ。どうだ飛十郎、柳生新陰流ゆかりのこの場所で、兄の石舟斎と弟の松吟庵が、ふたり力を合わせて編み出したという、秘剣〔天狗抄〕を見たくはないか」
「おう、ぜひお願いしたい。たとえそれがしの居合が破れて命を落としても、剣客として悔いはござらん」
 飛十郎は、きっぱりと言い切った。
「ふ、ふふ、そう意気込むな。死んでもらっては、こちらが困る。田沼又四郎の居場所がわからぬでな。仇討まで、生きていてもらおう」
 いぶかしげな顔で、飛十郎は天狗を見た。
「仇討を選んだのは、源之介も同じだ。あやつは又四郎を返り討ちにして、好き勝手に生きるつもりじゃ」
「それはまた、図々しいですな」
「いまどきの若い者が、考えそうなことじゃ。だが、そのためには助太刀も殺さねばならぬでな。早船飛十郎、死なすには惜しい男だが、柳生藩存続のためには生かしておくわけにはいかぬ。と、まあ、柳生一族が申しておる」
「なるほど、では仕方がありませんな」
「さて、と」
 ふわりと空中に飛び上がると、あたりを見渡しながら、天狗はまた地面に降り立った。「まだ、ちと暗いな」
 天狗は、一刀石を見た。
「烏天狗! このあたりを照らせ」
「ははっ。ただいま」 
 応じる声がしたかと思うと、飛十郎の目の前を、まばゆい一筋の光りが、さっと横切っていった。
「お師匠さま、これでよろしゅうございますか」
 一刀石の上の異形の影が、手にしていた明りで、しきりに地上を照らしていたが、指図の声に明りは
 固定されたらしく動かなくなった。
「こんどは、逆の方角から照らせ」
 天狗の命令に、小柄な烏天狗は素早く一刀石のうしろに姿を消したと思うと、一本の光りの筋が背後の山腹を移動していくのが見えた。
「ふたつも龕燈(がんどう)を用意されたとは、なかなか大変ですな」
 飛十郎は、無精髭をこすりながら、天狗の顔を見た。
「あたりまえじゃ。こう暗くては、戦さにならん」
 龕燈は、別名忍び灯りとも言い、筒型金属製の照明器具で、蝋燭に火をつけると動きにつれてこれが中で回転し、反射鏡と共に外部を照らす仕組みになっている。やがて、杉の幹に取り付けたと見えて、二筋の光線は、一刀石の前の地面を明るく浮かび上がらせた。「よかろう。これ、烏天狗。わしの横に飛んでくるがよい」
「かしこまって、そうろう」
 古めかしい返答がしたかと思うと、ざざっと夜気を騒がせて、烏天狗が宙を滑るように天狗のすぐ横に、ひらりと降りてきた。
「飛十郎、刀をはずすのじゃ。命のやり取りは、仇討の場でいたせ。のぞみ通り、天狗抄を見せてつかわすが、得物はこの木太刀にいたす。よいな」
 そろりと歩み出した烏天狗が、無言で木太刀を飛十郎の前に置いた。
「どうした、刀をはずさぬか。それとも居合は、木太刀は不得手かの」
「いや、木太刀でかまいません」
 飛十郎は両刀を帯から抜き取ると、杉の大木の根元に置いた。
 天狗の言葉通り、竹刀や木太刀を使う剣術と違って、居合の稽古はつねに真剣を振る。しかしあまり知られていないが、居合でも木太刀を使う〔太刀打ちの位〕という技前がある。これは無双直伝英信流の奥義を極めた者だけに伝授される組太刀で、出合い、拳取り、絶妙剣、独妙剣、鍔留、受け流し、真方、の六本がある。
 飛十郎は、木太刀を二、三度振ると、静かに帯の間に差し込んだ。
「では、まいられい」
 だらりと、両手を脇にたらすと、飛十郎は軽く膝を折って、居合い腰になった。
 天狗と烏天狗は、木太刀をそれぞれ右脇と左脇に構えると、するすると滑るように飛十郎にむかって進んできた。背の高さこそ違うが、長い修練を思わせる、同じ歩調、同じ速度の歩みであった。引き寄せられるように、飛十郎も前へ出る。
 両者の間隔が、およそ二間(三・六メ−トル)ほどになった時、脇構えだった二本の木太刀が斜(しゃ)に回転して、後構えになった。ちょうど飛十郎にむかって、扇が大きく開いた形である。
「む」
 声にならぬ音を発して、飛十郎がさらに一歩進むと、二本の木太刀はたちまち変化して、先端の物打ちあたりで、ぴたりと交差した。その二つの剣先が、みるみるうちに飛十郎の喉元にむかって伸びてくる。
 ―――これは、なんだ。天狗抄とは、二人懸かりの剣だったのか………
 うろたえながら飛十郎の顔が、さっと青ざめた。
 龕燈が投げかける光りの中を、交差した木太刀が鎌首をもたげた二匹の蛇のように、飛十郎めがけて殺到してくる。間境いを越えたと思った瞬間、飛十郎は地面に身を沈めた。片膝を立てて前進しながら、抜き放った木太刀を真横に構え、切っ先で天狗の木太刀を払うと、そのまま天狗の胴をはらいつつ、柄頭で烏天狗の右太ももを突き打った。
「うあっ!」
 が、ほとんど同時に、天狗の木太刀が飛十郎の左肩を打ち、烏天狗が悲鳴を上げて地面に転倒しながら、くり出してきた木太刀の先端が、飛十郎の足首に当たった。
 この死闘を誰かが見ていれば、三人はすれ違い、走り抜けただけかのように、見えたかもしれない天狗は止まることなく走りつづけ、転倒した烏天狗も、くるりと一回転して立つと、天狗のあとを追って姿を消した。
 飛十郎は、木太刀を構えたまま進みつづけ、一刀石に当たってようやく走るのをやめた。
「見事じゃ、飛十郎。これまで誰も、あの十兵衛三厳さえも勝てなかったという、天狗抄をよくぞ破った」
 頭上から落ちてきた天狗の声に、あわてて飛十郎は一刀石を見上げた。石の上に天狗があぐらをかき、すぐ傍に烏天狗がちょこんと立っている。
「ちがう……。それがしの負けだ」
 背中を流れる冷や汗を感じながら、飛十郎は唇を噛みながら言った。
「なんの、烏天狗は太股を突かれ、このわしは胴を抜かれたわ。そなたが本気で打ったなら、こやつの足は骨が折れ、わしは肋骨を五、六本折られて死んだやもしれぬ」
 木太刀の勝負は、ほとんど真剣と変わらないと言われている。本気で打ち合えば、よくて不具、悪くすれば命を落とすことが多く、どの流派の道場でも禁止されていた。
「いえ、こちらこそ天狗どのが本気であったら、肩の骨が砕かれて、こののち剣客として生きていくことは出来なくなっていたでしょう」
「ふ、ふふ。そうか、よし。ならばこの試合、勝ち負けなしの相討ち、といたそう。どうじゃ、飛十郎、異存はないな」
「ございません」
 にこにこ笑いながら、天狗は横を見た。
「烏天狗はどうじゃ。いい修行になったであろう」
「はい。お師匠さまの、よろしいように」
「よしよし、それでよい。そろそろ小鳥が鳴きはじめたぞ。飛十郎、空を見ろ。夜明けじゃ。江戸もよかろうが、柳生谷の日の出もまた格別じゃ。ゆっくり見ていくがよい」
 天狗は、烏天狗の肩に手を掛けると、そっと立ち上がった。
「さてと。行くか、烏天狗。われら一族は、夜しか行動できぬ。朝の訪れとともに、去らねばならぬ定めじゃ。飛十郎、仇討のことは芳徳寺の生ぐさ坊主に伝えるからの、安心せい。用意が出来しだい、宿へ使いを出す。それまで、よく肩を冷やしておけ。は、はは、手かげんしたが、少し痛むかもしれぬのう」
 手を上げると、天狗はゆっくりとした足取りで、奥の杉木立にむかって歩きだした。
「もう会うこともなかろう。飛十郎、さらばじゃ」
 見上げるばかりの杉の巨木のあいだへ、天狗の声が谺(こだま)するように吸い込まれてゆく。
 それと入れ替わるように、山ひだや谷底から、靄がいっせいに湧きはじめた。その白い朝靄につつまれて、天狗と烏天狗の姿は、みるみるうちに見えなくなった。
 あたりが、うっすらと明るくなりはじめた。

                  了   〈柳生天狗抄 ―終章― へつづく〉







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10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
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10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
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09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
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09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
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