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〈助太刀兵法14〉山の辺道中(無料公開)
[【時代小説発掘】]
2012年1月8日 11時16分の記事


【時代小説発掘】
〈助太刀兵法14〉山の辺道中 
花本龍之介 



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


梗概
 柳生から奈良へ出た飛十郎は、酒船石の名にひかれて飛鳥を目指す。古刹・新薬師寺に立ち寄ったあと、のんびりと山の辺の道をたどる。途中で出会った小娘に、用心棒を引き受けさせられたことから、思わぬ事件に巻き込まれて、居合の腕を振るうことになる。果たして飛十郎の剣は、古代の謎を解くことが出来るのか?
 

【プロフィール】:
尾道市生まれ。第41回池内祥三文学奨励賞受賞。居合道・教士七段。
現在、熱海に居住している。



これまでの作品:
[助太刀兵法1]鎌倉しらす茶屋  
[助太刀兵法2]人助けの剣
[助太刀兵法3]白波心中
[助太刀兵法4]おとよの仇討 
[助太刀兵法5〕神隠しの湯
〔助太刀兵法6〕秘剣虎走り
〔助太刀兵法7〕象斬り正宗 
〔助太刀兵法8〕討ち入り象屋敷 
〔助太刀兵法9〕夜桜お七
〔助太刀兵法10〕夜桜お七 (2)
〔助太刀兵法11〕柳生天狗抄 (1)
〔助太刀兵法12〕柳生天狗抄 (2)
〈助太刀兵法13〉柳生天狗抄(終章)

猿ごろし

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【時代小説発掘】
〈助太刀兵法14〉山の辺道中 
花本龍之介 



一 飛鳥へ

 〔左・新薬師寺から山の辺の道をへて飛鳥へ〕と彫ってある石の道しるべの前で、早船飛十郎は足を止めた。石柱のもう一面には〔右・春日大社をへて南都東大寺大仏殿へ〕と彫り込んである。
 柳生谷で仇討を終えた田沼又四郎や、目役の伊蔵と耳役の友蔵の三人をまいて、猿沢の池のほとりにある茶店で、奈良の地酒を呑むのも悪くない。
 ―――うまくすれば、もう一度、春鹿に出会えるかもしれんぞ………
 そう飛十郎が思ったとたん、後ろから伊蔵が、
「旦那、猿沢の茶店あたりで、ちょいと一杯やりとうございますね」
 ずばりと、飛十郎の胸の内を言い当てたものだ。
「馬鹿をいえ。おれはな、はるか天平の面影を、色濃く残しているという新薬師寺に参拝するのだ。お前たち不信心者とは、心掛けがちがうんだ。いっしょにするな」
 舌打ちしそうな顔で、飛十郎は伊蔵を見た。
「そいつは、お珍しい。で、その新薬師寺とやらへお参りしたあとは、どうなさるんで」 いつもの気まぐれがはじまった、とばかりに伊蔵が聞く。
「うむ。そのあとはだな、江戸で安達屋に聞いた、飛鳥へ廻ってみるつもりだ」
「へえ、さようで。ところで、その飛鳥とやらは、いったい何処にありますんで?」
「いちいち、うるさいやつだな。ほら、そこに書いてあるだろうが」
 ふところ手を胸元から出すと、指で道しるべのほうを差して見せた。
「なるほどね。左の道を行くんですかい。へええ、驚きやしたね。飛ぶ鳥と書いて、飛鳥と読むんですかい」
「そういうわけだ。では、又四郎どの、ここでお別れする。柳生一族は、もう襲ってはくるまい。やるなら山の中のはずだ。このまま奈良街道を抜けて京で泊まり、明日は早立ちして東海道を江戸へむかわれるがよい」
「はい、そういたします。早船どの、このたびは、まことにお世話になりました。又四郎このご恩は生涯忘れませぬ」
 柳生家墓所で、仇敵柳生源之介を討ち果たした時のことが思い出されたのか、頭をさげた又四郎の目が、みるみる潤んできた。飛十郎は、あわてて顔の前で手を振った。
「なんの。これが、てまえの商売でござる。又四郎どのはまだお若い、人生はまだまだ長い。こんなことは、早く忘れるにかぎる。忘れなされ、忘れなされ」
 くるりと背を向けると、飛十郎は新薬師寺にむかう道を、足早に歩きはじめた。
「早船の旦那! 江戸でまた、お会いいたしやしょう!」
 伊蔵の大声を聞くなり、飛十郎は振り向いた。
「又四郎どのっ。江戸への道中で、なにかあれば伊蔵と友蔵をたよりにしなさい。そのふたりは目役と耳役といってな、助太刀の助太刀をする役目だ。おれなぞより、よほど役に立つ。は、はは、では、また」
 頭をかいた手を上にあげると、飛十郎はゆっくりと歩き出した。


二 十二神将

 新薬師寺は、はるか昔この奈良の地に、平城の都が置かれていた頃、聖武天皇の眼病平癒を祈るために天平十九年(七四七)光明皇后によって建立されたという。当時は東大寺と共に、南都十大寺のひとつに数えられ、四町四方の境内に壮大な七堂伽藍を並べ、修行する僧がなんと千人もいたらしい。それが創建よりわずか三十三年後の宝亀十一年、不運にも西塔に落雷し、瞬時にして伽藍は炎上した。と、ものの本に記(しる)されている。
「ふうむ。この本堂だけが焼けのこって、奈良に都があったころの面影を伝えているわけか……」  
 つぶやきながら南門の前に立った飛十郎の足に、太った黒猫が鳴きながら背中をすり寄せてきた。喉をなぜてやると、ころりと身を返して腹を見せて、じゃれかかってくる。猫がいたのは門の柱の下で、飛十郎は石段を登って、敷居をくぐったところである。
 目をあげて本堂を見た飛十郎は、ゆっくりと立ち上がると、今度はしみじみとした視線で、お堂の屋根
に目をやった。
「ほう。これは……、見事だ」
 寺院の本堂としては、それほど大きくはない。江戸・浅草の観音堂や、奈良・東大寺の大仏殿の大屋根を見た者には、ことさら小さく見える。
 が、素晴らしい。飛十郎は、ひと目で気に入った。
 左右に、のびのびと広がった屋根の優美な曲線が、まるで白鳥が大きく翼を開いた姿のように見える。その屋根の瓦の色が、また良かった。江戸の寺々の屋根のように、味もそっけもない黒一色ではない。白に近い灰色の瓦もあれば、赤味がかった瓦や、肌色の瓦もある。それらの多種多様な色彩が入りまじった瓦屋根のうえに、真上から太陽の光線が、しんと照りつけていた。
 南門から一筋の細い参道が、本堂の中央にむかって伸びている。参道には屋根の瓦とは対照的な、黒々とした板瓦が敷き詰められていた。
 本堂の正面に、石造りの常夜灯が立っている。それにむかって飛十郎は、板瓦の参道をゆっくりと歩きはじめた。
 古びた常夜灯は、こじんまりとした本堂のふさわしく小振りである。そのまわりを一周すると、飛十郎は笠台石を見上げた。
「ふむ」
 笠石の後部が、斬り落とされたかのように、すぱりと欠落している。
「まさか、柳生十兵衛がこの寺までやってきて、斬ったのではあるまいな……」
 ぶつぶつ口の中で言いながら飛十郎は、賭けた笠石をしげしげと見た。あり得ないことではない。滝坂の道と呼ばれる、柳生街道へむかう坂のすぐ傍に、この新薬師寺はあるのだ。十兵衛にかぎらず石舟斎も宗矩も、柳生家の者は必ず参拝しているはずだ。それに剣の道を志すほどの者ならば、世に名高い十二神将を見ずして、奈良を素通りするはずがない。  
 手をのばすと飛十郎は、笠石の欠けた部分にさわって見た。ちがう。――これは落雷か地震で、燈籠が倒れた時に割れたものだ。
 ざらついた石の断面にふれたあと、その指を袖に入れて、ふところ手になると本堂をぐるりと廻って、
横手にある入口から中に入って行った。
 明るい屋外から急に本堂へ入ると、一瞬目がくらんで何も見えない。だが、すぐに飛十郎の目の前に十二体の塑像が、ぼんやりと浮かび上がってきた。
「よう、あらせられました。お武家さまは、剣術修行の旅のお人でござりますな」
 扉の横の暗がりから、ふいに声がして僧侶があらわれた
「まあ、そんなものだ」。
「さようでしょうな。目の配り、身のこなし、足の運びで、拙僧にはすぐに名のある剣客とわかりました
わい」
「いや。名なぞはない」
 眩しげに目を細めると、飛十郎は無精髭をこすった。
「なんの、ご謙遜にはおよびませぬ。拙僧は、日がな一日こうして暗がりにうずくまり、これまでに何百何千の侍の姿を見ておりますぞ。剣の腕なぞ、ひと目でわかりますわい」「うむ、そういうものですかな」
「そういうものですわい。ご覧なされ、この十二神将は剣術をはじめ、弓術、槍術、棒術とありとあらゆる武術の極意をあらわしておられますぞ」
「ほほう」
「よって奈良にこられる武芸者は、ひとり残らず見物にこられますわい」
 そう言いながら、僧侶は飛十郎の目の前に、手を差し出した。
「はい。ご喜捨料、二十文」
「おう、さようか」
 飛十郎は袖の中をまさぐって、一分銀を取り出すと相手の手の上に置いた。
「これは……。多すぎますぞ」
「まあ、いいではないか。あとは仏への賽銭だ」
「さようで、では薬師如来さまへのお賽銭としていただきまする。ところで、お侍さまは何歳でございますか」
「なにどし……」
 飛十郎は、いぶかしげな顔をした。
「さよう、干支でござる」
「干支なら、午(うま)だが」
「おお、午歳ならば、あなたさまの守護神は〔珊底羅(さてら)大将〕でございまする。ほれ、あの三つ叉の槍を手に、人間界を睨みすえていなさる御神将さまじゃ。早よう行って大願成就を祈りなされ」
 ―――願い事など別にないが。ま、しいて言えば、うまい酒が呑みたい。といったところかな………
 気楽なことを考えながら、飛十郎は言われるままに僧侶が指差す、三つ叉槍を手にした塑像の前まで歩いていった。見事な出来映えの神将像である。天平のいにしえには、全身に華麗な彩色がほどこされていたのであろうが、すべて落?して、わずかに肌色のような陰影を残しているのみである。
「燈明をともされて、お祈りなされ。願いは必ず珊底羅さまがかなえて下さいますぞ。蝋燭代は、わずか二文!」
 僧侶の声に足元を見れば、先客の午歳生まれがともしたものか、小さな灯りが二つ、ちらちらと風に揺れている。銅銭二枚を取り出すと、飛十郎は豆蝋燭が積み上げてある三宝の中に投げ込んだ。
 蝋燭に火をつけて台に差し込むと、何を願ったのか飛十郎は、口の中でぶつぶつ言いながら、殊勝にも手を合わせて、珊底羅大将にむかって頭を下げた。
「十二神将さまたちは、仏を守護しておる神々でしてな。ひとりのご神将が、七千人の眷族(けんぞく)を
したがえていると古来よりいわれておりまする」
「ふむ。ならば、七千の十二倍の家来ということになるわけか」
「さよう。八万四千人もの軍勢が、当寺の御本尊・薬師如来さまをお守りしている勘定になりますな。ご
ゆるりと拝観なされませ」
「それは、たいしたものだな」
 ―――さすがは、天上の仏の世界だ。言うことが大きい………
 そう思いながら飛十郎は、十二神将が立ち並ぶ円陣にそって、ゆっくりと歩きはじめた。いずれ神将像も甲冑に身をかため、手に剣、弓、矢、槍、棒、斧を握って、憤怒の形相すさまじく、下界の罰あたりたちを見おろしている。身を低く落とす居合腰の構えになると、両手をだらりと脇にたらし、遠山の目付で、剣を握った神将像に斬りかかろうとしたが、どうにも隙がない。
「む」
 へたに斬れば、たちまち刀をはねのけられ、手ひどく打ち返されて、飛十郎のほうが一刀両断されそうな気になった。五、六体の神将像に試みたが、いずれも同様に隙がない 「あの坊主が、武術の極意をあらわしているといっていたが………。なるほど、このことか」
 指先で無精髭をひとこすりすると、飛十郎はゆっくりと歩きだした。
 堂内を一周すると、最後に薬師如来の前に立つことになる。袖から一文銭を四、五枚掴み出すと、飛十郎は賽銭箱に投げいれた。
「いや、ご奇特、ご奇特。その心がけなら、剣の技前もめきめきと上達なさるはず」
「ふ、ふふ。そううまくいけばよいがな」
「大丈夫ですとも、拙僧が受けあいますぞ。それで、ご神将は斬れましたかな」
 この僧侶、どうやら飛十郎の居合いの身構えを、うかがっていたとみえる。
「だめであった。どうにも、つけ入る隙がない。逆にこちらが斬られそうになった」
「そうでしょうとも。伝承によれば、塚原卜伝をはじめ上泉伊勢守、伊藤一刀斎、柳生石舟斎と宗矩の親子、小野次郎右衛門、吉岡拳法、富田勢源、宮本武蔵などの廻国修行中の名だたる名人上手たちが、このご神将像に立ちむかって、いずれも敗れしりぞいたといわれておりますからな」
「ほほう」
 剣の道を志す者ならば、知らぬ者はない達人たちの名を耳にして、飛十郎 は目を見張った。
「武蔵など、日がな一日じゅうご神将像と睨みあって、うなり声を上げたあげく昏倒し、担ぎ出された時には全身が汗でびっしょりと濡れていたそうでございます」
「そうか。あの宮本武蔵が、な」
 信じられん、といった顔で飛十郎は本堂の高い組み天井を見あげた。
「この本堂は、はるか天平の昔、落雷によって焼失した七堂伽藍のうち、ただ一つ焼け残った建物で、もとは食堂(じきどう)であったといわれております」
 飛十郎の視線を追って天井を見あげると、僧侶はなめらかな口調でしゃべりはじめた。「いや、造作をかけた」
 引き止められては面倒とばかりに、軽く会釈すると飛十郎は外へむかった。
「お武家さま!。境内の左手にあります鐘楼は、一見の価値がございますぞ。なにしろ遠く飛鳥から、はるばるこの地にやってきた大鐘でございますからな」


三 鬼の爪

「なに、飛鳥だと」
 敷居を跨ぎかけた飛十郎の足が止まった。
「飛鳥とは、あの酒船石があるという、飛鳥のことか」
「あたりまえで。このあたりに、ほかの飛鳥はございませんからな。その飛鳥の地に、わが国最初の仏教寺院が出来たことは、ご存知でしょうな」
「いや、知らぬ」
 飛十郎は、顔を横に振った。
「ま、無理もございませぬ。はるか千二百年以上も昔のことですからな。法興寺という名でございます」
「ふん、いったい誰がたてたのだ」
「蘇我の馬子という、お人ですわい」
「馬子とは、また変わった名だな」
「たしかに。もしかすると、午歳生まれのお方だったやもしれませぬ。とすれば、お武家さまと同じということになりますな。では、飛鳥にあります、石舞台というのをご存知ですかな。
「初耳だ」
「やれやれ、なにも知らないお人ですな。石舞台というのは、その馬子さまの墓所だといわれているところでございますよ」
「だが墓の名が石舞台とは、奇妙ではないか。なにか由来でもあるのか」
「もちろん、ございますが。それはまあ、行ってからのお楽しみということに……。さて、当寺の大鐘でござりまするが、その法興寺が創建されてより百二十二年後の、養老二年(七一八)に奈良の都・平城京に移されて、元興寺と名を変えたおり、はるばる飛鳥の地から運ばれてきた大鐘でござります」
「ということは、その大鐘も蘇我の馬子という男が造ったわけか」
 それがなんだ、という顔で飛十郎が訊く。
「はい、そういわれております」
「そうか。教えてくれてありがたいが、寺の鐘には興味がない」
 言いすてて、敷居の外の石段を降りかけた飛十郎のうしろから、また僧侶が呼びかけた。
「なんと、その大鐘には鬼の爪痕がありますぞ。お武家さま!」
 飛十郎の足が、石段の途中で止まった。
「鬼だと……」
 柳生の天狗のあとは、奈良の鬼か。苦笑いをして飛十郎は振り返った。
「いかにも。日本霊異記という、ありがたい書物にそう記してございます」
 本が苦手な飛十郎にとっては、初めて耳にする名である。
「その昔、この奈良の御所の馬場にあった、松浦という長者の屋敷にある男が盗みに入り、運悪く召使いたちに捕まって殺されたあと、近くの鬼陰山の谷に捨てられたといいますわい」
「なるほど、その盗っ人が鬼になったというわけだな」
「よほどむごい目にあって殺されたらしく、鬼に変化すると、夜な夜な奈良の町の衆を喰らったそうですわい」
「わかった。その鬼を誰かが退治したという話だな」
 意気込んでしゃべろうとした話の出鼻を折られて、僧侶はむっとした。
「――元興寺の修行僧が出かけていって、鬼と闘ったそうですわい」
 ぷいと横を向いて言う
「それから、どうした」
「どうしたもこうも、その若い僧が鬼を退治して終わりですわい」
「そうではあるまい。鬼の爪の話が、まだ残っているぞ」
 僧侶は顔をそむけると、床にうずくまってしまった。
「おい、悪かった。そう怒るな。あやまる。このままでは鬼の爪が気になって、飛鳥に行けぬではないか」
 仕方なく引き返すと、飛十郎は扉の外から呼びかけた。
「鬼の爪ではない、爪痕じゃ。ま、あやまるというなら教えてしんぜよう」
「うん、たのむ」
 気を取り直した僧侶は、立ちあがった。
「待ち伏せていた僧は、計略通り元興寺へ鬼をさそい込み、その広い境内で武器を片手に勇ましく鬼と闘かったということですわい」
「人を喰う鬼に立ちむかうとは、かなり豪の者だな。その修行僧は、おそらく元興寺の僧兵だろう。ならば武器は、両手で振り廻す薙刀か斬馬剣だろう。どうだ、その書物にはそう書いてないか」
「存知ませんな」
 僧侶は、そっけない声を出した。
「武器の種類など、一行も出ておりませぬ。霊異記には、修行僧と鬼の激しい戦闘のために、大鐘に無数の爪痕が残された。と書いてあるだけですわい」
 重々しく僧侶はうなずく。
「そうか。とにかく、この寺は気に入った。また奈良へきた時には、かならず立ち寄るからな」
 飛十郎は、身をひる返すと、石段を降りはじめた。
「名は、なんといわっしゃる」
 僧侶の声が追ってくる。
「おれか。おれは、早船飛十郎。おぼえておいてくれ」
 背後にむかって答えると、飛十郎は常夜燈の横を通り抜けて、瓦敷きの参道の上を南門を歩いていった。


四 信貴山の風

 新薬師寺から一歩足を踏み出すと、目の前の道が〔山の辺の道〕である。
 ゆるやかな弓なりの細い道は、春日山のふところから高円山の裾までつづき、そこでふいに折れ曲がると、田畑の中を奈良盆地に点在する丘稜にむかって、長く伸びていた。
「お、早いな。もう赤蜻蛉(とんぼ)か……」
 のんびりと歩いていく飛十郎のまわりを、何処からあらわれたか、無数の赤蜻蛉が透明な羽根をしならせて飛び廻っている。
 季節は、飛十郎の知らぬ間に、夏から秋へと移っていく。広い空を横切る雲は高く、朝夕は涼風が立っている。が、日中の陽差しは、まだかなり強い。
 丘に添った長い竹林の前で、飛十郎は足を止めた。
「風がやんだ。これは、たまらん」
 ふところから手拭いを取り出すと、飛十郎は胸と脇の下の汗をぬぐった。
「茶店でもありょうてれば、元気づけに、冷や酒でも一杯やるところだが……」
 見渡すかぎり、田畑と竹林がつづく道の何処を眺めても、茶店など一軒も見えない。
 かって古代の大和朝廷があった飛鳥京から藤原京へ、さらには平城の都へとつづく官道の一つだった山の辺の道も、ただの田舎道になったようだ。
「それにしても、山が多い」
 両手を思いきり空へ突きあげ、気持ち良さそうに伸びをすると、飛十郎はつぶやいた。 天武天皇が稗田阿礼に誦習させ、太安万侶が和銅五年(七一二)に撰録したという最古の歴史書・古事記の中に登場する、古代の英雄・日本武尊が東征の途上、はるか故郷の飛鳥をしのんで詠った〔大和は国のまほろば、たたなづく青垣、山こもれる大和しうるわし〕の歌のことは、飛十郎も奈良ヘきてから何度も耳にしていた。
 古代の官道は、まだいくつあった。大和盆地をつらぬいて伸びる三筋の道、上津道・中津道・下津道である。最初に山々の裾を巡る山の辺の道がつくられ、次に沼湖(しょうこ)であった盆地の水を抜き干し、田畑としたのち、藤原京から平城京へむかう諸道を造ったといわれている。いずれにせよ山の辺の道が、最古の街道の一つであることに変わりはない。
 道添いに流れる小川の清冽な水が、小さな水車を回転させている。飛十郎は、水車の傍にしゃがみ込むと、両手を流れに差し入れて、喉を鳴らしながら水を飲んだ。
「うまい」
 酔い醒めの水は値千金と言うが、日盛りの街道を歩く旅人が、汗を流しつくしたあとに口にする水も、それに負けぬ甘露の味である。手の甲で口を拭いながら立ち上がると、飛十郎はまたのんびりした足取りで歩き出した。
 ひと筋の細い道は、ある時は田圃の中を通り、うっそうと茂った竹林の中を抜け、ある時は咲き乱れる野の花の間を、ゆるゆると曲がりながら長くつづいていた。
 飛十郎の右正面に見える、屋根形の山が生駒山であり、その尾根が西にむかって長く伸びる山脈の南端が信貴山である。この山の頂きに城を築いた松永久秀という戦国武将は、主家である三好長慶を殺し、大仏殿を焼き、室町将軍・足利義輝を自刃させた。
 織田信長が年老いた久秀を、徳川家康に引き合わせたおり「この老人は、常の者がなすことの出来ぬ、三つの悪業を、さらりとしてのけた稀代の大悪人でござる」と久秀の肩を、鞭で打ちながら嘲笑しても、眉ひと筋動かさなかった、というのは有名な逸話である。 天正五年(一五七七)信長に叛いた久秀の信貴山城を、織田家の嫡男・信忠の軍勢が取り囲んだ。落城のとき、天下の大名物〔平蜘蛛〕の茶釜を差し出せば一命を助ける。という信長の言葉を伝え聞いた久秀は、手ずから平蜘蛛を微塵(みじん)に打ち砕き信長に届けたとも、おのれの躰に火薬と平蜘蛛を鎖で縛りつけ、城壁の上から信長を嘲ざけりながら大名物もろとも飛び散ったと言われている。
 それを知ってか知らずか、飛十郎はつかの間、信貴山に目を止めたあと、前方に見える明神の社の鬱蒼とした森にむかって歩きはじめた。飛十郎の歩みにつれて、広々とした大和盆地をへだてて遠く見える信貴山も、ゆっくりと移動していく。
 やがて竹林の中の急な坂道へかかると、信貴山とそれにつづく山脈も姿を消すが、坂を登りきって竹林を抜け出せば、また青垣のような山々が明るく飛十郎の視界に入ってくる。
「ううっ、むむむ」
 両手を天に突き上げて、いかにも気持良さそうに大きく伸びをすると、飛十郎は眼下に広がっているのどかな大和の田園を、心ゆくまで見渡した。
 淡い緑の田圃や畑のあいだに、瓦屋根の民家や藁屋根の農家が入りまじった集落が点在している。傾きかかった午後の陽光を反射している小さな煌めきは、干害(かんがい)にそなえて作られた池や沼であろう。その水面のほとりや森陰の思いがけない場所に、寺院の大屋根や塔が見え、神々を祀った社(やしろ)の鳥居が影を落としていた。 
「なるほど。まさに、国のまほろば……、といった感じだなあ」
 目の前の雄大な景色に感嘆した飛十郎が、思わず声に出して言った瞬間、霞がかった青い山脈のむこうから吹いてきた涼やかな初秋の風が、山の辺の道のほとりに咲き乱れている野の花や笹の葉をゆすりながら通り過ぎていった。
「これは、たまらぬ」
 飛十郎の胸元から吹き入った風が、背中や両の袖や袴を大きくふくらませたかと思うと、髷の鬢(びん)をかき乱していく。たちまちのうちに、躰中の汗が引いていったように飛十郎は感じた。


五 道連れ

「ねえ。お侍さんは、旅の人やろ」
 ふいに背後から声を掛けられた飛十郎は、振り向きながら刀の鯉口を切り、柄を握っていた。それまで後ろに人の気配がなかったことが、飛十郎を驚かせていた。
 振り返って見た山の辺の道には誰の姿もなく、陽に照らされた坂下の白い道を、竹籠を背負った農婦が遠去かっていくのが見えただけである。苦笑した飛十郎は、鍔に押し当てた左手の親指を離すと、竹林の中を覗き込んだ。
「おい、出てこい。おれは江戸からやってきた旅の者だ。安心しろ、なにもせん」
 飛十郎の呼ぶ声に、竹藪に伏せていた小柄な人影が立ちあがった。
「なにか用か」
「もちろん。用があるから、呼びとめたんや」
 女の声である。それも、まだ若い。
 竹林のあいだを走り抜けて、崖から路上へ飛び降りた姿を見て、飛十郎はまた驚いた。若い女というより、まだ小娘である。
「ふうん、江戸者か。それにしては、へんやな。なんで旅の格好をしとらんのや」
 小娘に言われて、飛十郎はあらためて自分の姿を眺めた。
「おう、これか。荷を持つのは、どうも面倒でなあ。どこへ行くにも、おれはこの調子だ」
 文政のこの時代、金さえ出せば、草履でも古着でも薬でも旅に必要な物は、ほとんど宿場で手に入れることが出来た。草鞋が苦手な飛十郎は、東海道を旅するあいだも草履でとうして来た。もっとも奈良へ着くまでに三足ほど履きつぶしてしまったが。
「………そういえば、江戸をぶらぶらしている時の姿と、あまりかわらんな」
 頭をかくと飛十郎は、よれよれになった木綿の黒紋服の単衣と、旅の土埃で白く汚れた古袴を、しみじみと見廻した。
「ふん。旅の人なら、それでええのや。お侍さん、たのみがあるのやけど、聞いてくれへんかな」
 生意気な口をきく小娘のほうは、飛十郎と違って立派な旅装束である。手甲脚絆に草鞋の足拵えをして、手には笠と杖を持っている。
「まて。そのまえに聞くが、おぬし年はいくつだ」
「十三歳や」
「ううむ。名はなんという」
「人に名をたずねる前に、まず自分が名のるんが礼儀や。と、うちのおじいちゃんが、いうとった」
「そうか。それもそうだな。おれは、早船飛十郎。江戸は深川の、裏長屋に住む浪人者だ」
 名を告げながら、江の島の宿屋〔日の出屋〕で出逢った、おとよのことを思い出していた。飛十郎は、この年頃の、女の子に弱い。
「うちの名は、ひみ。日が美しい、と書くんや」
「ほう、お日美か。かわった名だな」
 変わっているのは名前だけではない。まず着物の柄が、これまで目にしたことがない珍しい模様である。生成り色の麻地の上に、葡萄の実と蔓草が紫色に染めつけてあり、ところどころに弓を手にした騎馬王子が鹿を追う図柄が散らしてあった。
「それで。たのみというのは、いったいなんだ」
 信貴山の方角から流れてきた雲が切れて、あたりが急に明るくなった。まぶしげに目を細めると、お日美の顔から飛十郎は視線をそらした。おとよの肌は海育ちらしく健康的で浅黒かったが、お日美の肌色は抜けるように白い。それも、飛十郎が初めて見るような、透き通った白さであった。
「うちを、飛鳥まで連れていってほしいのや。お礼はします」
「つまり、このおれに、道連れになってくれというのか」
「そうや」
 右手を袖から抜き出すと、飛十郎は無精髭をごしごしこすり始めた。考えごとをする時の、この男の癖である。飛鳥の何処へ行くのか知らないが、目的地は同じだ。連れて行くのは簡単だが、この小娘の行動は、いかにも不審である。用心に越したことはない。
「わるいが、ことわる」
「あかん、ことわったらあかん。お願いや、うちは朝からこの竹林の中で、ずっと待っていたのや。早船はんみたいな、強そうなお侍さんがくるのを……」
 おおきな目を見開くと、お日美はすがるような顔をした。その瞳が濃い緑色を帯びているのを、飛十郎は不思議な感覚で眺めていた。
「なにか、面倒なことに巻き込まれているのか」
 のんびりと山の辺の道を歩こうと思っていた飛十郎は、そうはいかないことに気付いた。目の前のお日美の顔が、ふいに強張ると、素早く飛十郎の背後に隠れたからである。
「へ、へへ。旦那、ちょいと相談ごとがおます。そこまで、顔をお貸しねがいま」
 人を小馬鹿にした口調で近寄ってきたのは、抜け目のなさそうな顔をした三十男だった。
「なんだ、おまえは」
「へえ。わては河内と大和郡山で縄張りを持ってはる親分、楠公の政五郎の身内で松次というもんだす」
「博打うちが、おれになんの用だ」
「へ、へ。ですから、ちょいとお顔を。旦那にとっちゃあ銭になる話や。こっちも手荒なことは、しとうはおまへん。算盤ずくで、けりをつけまひょ」
 油断のならない目付きで、飛十郎とお日美を見くらべると、顎をしゃくって歩き出した。
「ちょっと待て。こっちも、この娘と話をつけることがある」
 道の脇にお日美を引っ張っていくと、飛十郎は小声になった。
「さっき礼はするといっていたが、あれはどういうことだ?」
「三輪明神の近くにある知り合いの家に、お泊りいただくつもりでした」
「それだけでは駄目だ。お日美、おれは助太刀を商売にしている。いくらでもいいから、銭を出しておれを雇え」
 にこりと笑って頷くと、お日美は巾着の中から出したものを、飛十郎の掌の上に置いた。
「ほな、これを」
「よし。二朱銀一枚と五文だな。これで、おまえはおれの雇い主だ。飛鳥だろうが何処だろうが、好きなところへ連れていってやる」
 受け取った助太刀料を袖に落とすと、飛十郎は尻端折りをして待っている松次にむかって歩いていった。
「旦那は、あの小娘と前から知り合いでっか」
「いや。さっき会ったばかりだ」
「ほなら、話が早い」
 ぽんと手を打つと、松次は懐中から小判を一枚取り出した。
「どうだす。これで小娘を、わてに引き渡しなはれ。一両受け取って、旦那は好きなとこへ行きはったらええのや。うまい話やおまへんか。な、商談成立、お手を拝借といったとこや」
「さっきまで、そのつもりだったが、そうはいかなくなった」
「へ」
 松次は、鳩が豆鉄砲をくった顔になった。
「そりゃまた、どういったわけで」
「たった今、あの娘に助太刀人として雇われた。残念だが、そっちの話はことわる」
「ちょ、ちょっと、待ちなはれ。むこうの値は、なんぼや」
 にやりとして飛十郎は袖から手を出すと、松次の顔の前で開く。
「見ての通り、二朱と五文だ。商売だからな、後口のほうが値が高いといって、先口を裏切るわけにはいかん。信用が一番だからな」
「ほんまに、あこぎやな旦那は。よろしゅうおます、ほならこれでどうや」
 くやしげに唇を歪めると、松次は小判二枚を追加した。
「どや、新品の小判で三両や。どんな阿呆かて、わかる算盤やで。さあ、早う受け取って、あの小娘を渡しなはれ」
「ことわる! その楠公の政五郎とかいう親分へ伝えておけ。小判を三十枚や五十枚つまれても、この娘は絶対に渡さんとな。わかったら、早く帰れ」
 信じられないような顔で飛十郎を見ていた松次が、指を唇に当てると、鋭く口笛を吹いた。それを合図に、隠れていた男二人が飛び出すと、いきなりお日美を担ぎ上げて走り出した。
「まて!」
 鍔に左の親指を押し当てた飛十郎が、山の辺の道の土埃りを蹴立てて追いすがる。
「む」
 追い抜きざまに飛十郎が、柄頭を後ろの男の背中に叩き込む。急所に入ったとみえて、男は担いでいたお日美の足を離すと、声も無く地面に崩れ落ちる。
「あきらめろ、逃げられんぞ」
 飛十郎の声に立ち止まった男は、抱えていたお日美を道脇の雑草の中へ投げ出すと、ふところの中へ手を差し入れた。
「くらえっ」
 怒声と共に引き抜いた匕首が、銀色の光のように鋭く飛十郎にむかって突っ込んでくる。
 ふわりと身をかわした飛十郎が、たたらを踏んで止まった男のほうを見た時、追ってきた松次がその横に並んで、同じように九寸五分の匕首を抜いた。
「なかなかやるな。おい、きさま達。これまでに何人の女子供をかどわかし、何人殺した。三人や四人ではきくまい」
「やかましいわい! おどれも殺してやる」
 じりじりと松次が横に廻る。前後から同時に、匕首で刺すつもりだ。飛十郎の躰も、松次の動きにつれて向きを変えた。
「よく覚えておくんだな、松次。世の中には、算盤ずくではいかぬこともあるぞ」
「そんなことは、あらへん!。万事金で片付く世の中や。おんどれみたいな、阿呆な人間を見たのは初めてや」
「ふ、ふふ、そうか。おれは、阿呆か。そうかもしれんな」
「ど阿呆っ。死にくされ」
 苦笑した飛十郎の脇腹めがけて、松次は体当たりで飛び掛かった。躰がぶつかれば、飛十郎は間違いなく腹を刺されたろうが、そうはならなかった。
「悪いが、とうぶん刃物を使えぬ躰になってもらおう」
 すっと身を沈めると、左に体(たい)を開き、柄を一回転させると匕首を握った手首に叩きつける。骨が折れる鈍い音が、あたりに響いた。
「ぐえっ!」
 獣が吠えるような声を上げると、松次が倒れ込む。残った一人が、飛十郎の背中をめがけて突きかかった。紙一重の差で匕首の刃をかわした飛十郎は、鞘ごと刀を引き抜くと、男の額を勢いよく突き叩いた。
「うわっ」
 悲鳴をあげると、男は匕首を投げ出して、両手で額を押さえたまま地面を転げ廻った。飛十郎は、まだ刀を抜いていない。柄を使っただけである。鞘の内を奥義とする無双直伝英信流居合〔颪(おろし)〕と〔行違い〕の、柄打ちの技前であった。
「これで、しばらくは悪さができぬ」
 唸り声をあげて、手首と額を押さえている男たちをちらりと見て、飛十郎は倒れているお日美にむかって歩きはじめた。
「ま、またんかい」
 なんとか起き上った松次が、歯の間から声をしぼり出した。
「なんだ」
「ど、ど侍(さんぴん)……。これで、話がついたと思うたら、大間違いやで。こっちは、まだなんぼでも手勢が控えてるのや。ええか、後悔さしたるぜ」
「楠公の政とやらは、よほどあの小娘がほしいと見える。いや、面白い。鬼が出るか、蛇が出るか。この一件、早船飛十郎が引き受けたと、親分にいっておけ」
 風がまた信貴山から吹いてくると、飛十郎の袖と袴を大きくふくらませていく。
「おい、早船とかいう、ど侍……。わいも鬼政とまでいわれた男や。この算盤の帳尻は、きっちり合わさせてもらうで」
「ほう、きさまが鬼か。ならば、次に出てくるのは蛇か。ますます面白い。おれは江戸の男だ。銭勘定は、とんと苦手でな。その右手が使えるようになれば、好きなように算盤玉をはじけ。だが、いつまでも、ここにはいないぞ」
「ど阿呆! 勝手にほざけ」
 泥を小鬢に付けたまま、がっくりと松次が肩を落とした。
「は、ははは。馬鹿といわれるのと違って、阿呆では気がぬけて腹も立たんな」
 笑いながら、お日美の傍へ寄ると、飛十郎は片膝を突いて顔を覗き込んだ。攫われた恐怖と、投げ出された衝撃で気を失っているらしい。
 抱き起そうとして肩に手をやった飛十郎は、どきりとした。雑草と野の花に埋もれたお日美の顔が、思いがけないほど大人びて美しかったからだ。透き通るほど白い肌に、閉じた瞼の睫毛(まつげ)が驚くほど長い。形のいい鼻に、ふくよかな唇が赤味を帯びて、かすかに震えているのが見える。
 ―――馬鹿な、まだ十三歳の小娘ではないか………
 飛十郎は知らなかったが、娘から女へと移り変わるほんの一瞬、成熟した女がとうてい及ばぬほどの、陽炎(かげろう)のような不思議な美しさに包まれる時期があるのだ。
「これ。お日美、起きぬか。安心しろ、悪い奴らはもう片付けたぞ」
 肩をゆさぶられて、お日美は夢から覚めたように、ゆっくりと目を開いた。
 くっきりした二重の瞼があき、目の中に午後の陽光が差し込んだとたん、つぶらな瞳が緑だけではなく、青や鳶色や金色が入り混じった〔びいどろの玉〕のように飛十郎には見えた。
 ぼんやりした視線であたりを見廻していたお日美が、逃げて行く男たちを見て、ほっと溜め息をついた。
「やっぱりや……」
「なにが、やっぱりだ」
「うちの目に、狂いはなかった。早船さんは、思うた通りのお人や」
 飛十郎に助けられて立ちながら、お日美はうれしげな声で言った。
「剣術がつようて、心ばえのある、お侍さんや」
 心意気というのは知っているが、心ばえというのは初めて耳にする言葉である。飛十郎は軽く咳ばらいをすると、頭をかきながら聞いた。
「心ばえ、とはどういう意味だ。お日美」
「思いやりがあって、こころ使いのやさしい、青い空のような澄んだ心の持ち主のことをいうのや。な、早船さんにぴったしやろ」
「ば、馬鹿な。おれは、そんな立派な人間ではない」
 慌ててお日美から離れると、ふところ手をしながら飛十郎は、山の辺の道を歩き出した。
「おれは、江戸からやってきた、ただの浪人者だ。だらしのない大酒呑みだ。気をゆるしたら、ひどい目にあうぞ。わかったか、お日美」
 両手を袖に入れ肩をひとゆすりすると、飛十郎は顔をしかめて足を早めた。
 そのすぐ後ろを、笠と杖を手にしたお日美が、笑いながら小走りに追って行く。すれ違う百姓や行商人たちが、この奇妙な二人連れを首をかしげて見送った。

                         了 〈山の辺道中2へつづく〉






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