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「払暁の風」第二章 合縁奇縁 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2012年2月26日 11時26分の記事


【時代小説発掘】
「払暁の風」第二章 合縁奇縁
鮨廾賚


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)



【梗概】: 
〈全体〉
 南北朝末期、室町三代将軍足利義満の時代。美濃、尾張、伊勢三か国の守護土岐氏は、惣領康行の弟満貞が、自ら惣領にならんとする野望を抱いていた。主人公沼田又太郎は、満貞の信頼厚い家臣であり、土岐頼益の内室玉木の方に仕えている早希とは、互いに慕い合う関係にあった。だが、明徳元年(1390年)、土岐康行を討った頼益の台頭を恐れた満貞は、又太郎に土岐頼益の暗殺を命ずる。

〈第二章 合縁奇縁〉  
 黒田の合戦が終わり、京都に戻った沼田又太郎は、早希との逢瀬を重ねつつ、合戦での恥辱の出来事を忘れていなかった。又太郎は、親友土岐新次郎の師匠念大慈恩に兵法を学ぶべく、土岐邸に新次郎を訪ねるが、そこに居たのは・・・・。


【プロフィール】:
鮨廾賚此 昭和33年(1958)生まれ。大阪在住。平成22年(2010)第40回池内祥三文学奨励賞受賞。現在、新鷹会会員、歴史研究会会員、大衆文学研究会会員。



鮨廾賚困里海譴泙任虜酩福

秘太刀「一心の剣」
第一話はるいち−風烈廻り昼夜廻り同心朽木重四郎−  
雲、流るる
猿御前
信綱敗れる 
あかね空
中条流平法 
沼田法師 
女忍び無情
ぼろぼろ系図 
帰心の風
「払暁の風」第一章 黒田の合戦
第二話 筑波ならひ−風烈廻り昼夜廻り同心朽木重四郎−
蝉丸無明剣(前編)


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【時代小説発掘】
「払暁の風」第二章 合縁奇縁
鮨廾賚



一 土岐新次郎

「いかがいたした。時候に合わぬ暗い顔をして」
 顔を合わせると、いきなり土岐新次郎から問いかけられた。
 目元にふわりとした微笑が浮かんでいる。
 ここは、京洛乾の方角(北西)にある土岐邸の新次郎の部屋である。
 沼田又太郎が新次郎のもとを訪ねたのは、嘉慶二年陰暦六月に入って、しばらく経ってからのことであった。
 晩夏とはいえ、梅雨が明けて京の町は蒸し暑い。しゃあしゃあと降るように鳴く熊蝉の声が、ことのほか五月蝿く感じられた。
 黒田の合戦に敗れた満貞は、
「美濃国にぐずぐずしていては、我が首も危ないわ」
 と、体勢を立て直すどころか、あっさりと京に逃げ帰ってしまった。
 又太郎も満貞に従って京に帰るはずであった。できれば、その足ですぐにでも訪れたかったのである。それができなかったのは、合戦で渡辺源左衛門が、負傷してしまったからである。それも、右太股を槍で突かれ、左手の筋を長刀で斬られるという重傷であった。 あのとき又太郎は逸りに逸っていた。敵将を求めて陣を飛び出した後、又太郎に代わって源左衛門が、よく沼田軍をまとめ上げた。そのため満貞は、なんとか無事に逃げ切れたのである。 
 ところが、満貞を逃がすために無理をした源左衛門は、自らが負傷してしまったのだった。
 傷が癒えても、再び戦場に立つことはできないと思われた。それだけではない。歩行や食事など日常の暮らしにも障りが出る。
「許せ。じい・・・・」
 泣いて詫びる又太郎に、
「勝つも負けるも兵家の常。やむを得ぬことにござりまする」
 かえって源左衛門に慰められる始末だった。
「とはいえこの身体では、殿のお側でご奉公も叶いますまい。里に帰って、大殿の昔話の相手にでもなるよりほかござりませぬなあ」
 大殿とは隠居した又太郎の父のことである。
「すまぬ・・・・」
 源左衛門の達観したような言い方に、かえって又太郎は、胸突かれるような思いだった。
「殿の結納は、じいの手で納めとうござりましたぞ。そればかりが気がかり。京に有る者どもは、みな武骨者ゆえ」
「じい・・・・」
「いや、それがしこそが、最も武骨でござりまいたか。はっはっは」
 源左衛門は、冗談めかして笑いにごまかしたが、おそらく本心であったろう。又太郎は、すまぬ、と胸の内で手を合わせた。
「ですが、殿」
 源左衛門は言葉を改めた。
「やはり殿は、弓馬の道よりも兵法を習うべきかも知れませぬな。此度の合戦も馬上とはいえ、打物取っての戦いがいたるところでござった。それがしも弓矢に執着したばかりに不覚を取り申した」
 自嘲を込めて言う源左衛門に、
「敵は多勢。それに引き替え味方は無勢だったのだ。じいの武芸が古かったわけではあるまい」
 又太郎は励ましたが、
「いやいや、合戦の様子が変わっていくのも世の流れ。古い弓矢は、蔵にしまわれねばなりますまい」
 と、寂しい言葉を残して源左衛門は、美濃の領地に止まったのだった。
 代わって源左衛門の長子源太郎が、又太郎の従者となって、上京することとなった。
 源太郎は又太郎と同じ歳である。ついこの前までは、いっしょに長良川で遊んだ仲である。だがさすがに、
「まずは京のお務めに慣れねばなりますまい」
 と、謹厳なことを言って、上京後は務めに没頭している。
 とはいえ、いかに源左衛門の子とはいえ、いきなり京の沼田家の執事を任せるわけにもいかなかった。
 それやこれやで、六月に入ってもすぐには、土岐新次郎のもとを又太郎も訪ねることができなかったのである。
 新次郎は、又太郎の主土岐満貞の一族である。又従兄弟の間柄だが、いまは土岐氏の中でも傍流に属している。
 又太郎と新次郎は、旧知の間柄であった。又太郎の父は、土岐氏の惣領頼遠、頼康の二代に仕えた。頼康に請われて、隠居する前の数年間は、満貞にも仕えていた。
 新次郎の父近江守は、美濃国外山の地に領地を持っている。そこから外山姓を名乗り、外山一門の当主の位置にある。
 又太郎の父と近江守は、南北朝の戦を通じて知り合った。ともに猛将として聞こえ、互いに武勇を認め合うという関係にあったのである。
 新次郎には兄がいるが、又太郎に兄弟はいない。母に聞いたところ、上に何人か生まれたそうだが、いずれも夭死したという。新次郎は二つ年長だが、気さくな人柄で、兄弟のいない又太郎は、幼い頃から実の兄のように慕ってきた。
 美濃国の生まれとはいえ又太郎は、沼田家の当主になるまで美濃国に籠もっていたわけではない。京に屋敷もあれば父も居た。むしろ、頻繁に京と美濃の領地を往来していたのである。そして京の屋敷に遊びに来たときは、父は又太郎を連れて、必ず近江守の屋敷を訪ねたものだった。
 そんな二人の間柄だろうか、新次郎は、すぐに又太郎の異変を感じ取ったようだ。
 だが、今日の又太郎は、自身でも分かるほどに思い詰めていた。
「はっはっは。そなたは隠し事のできぬ質よ」
 それが顔色や物腰に出たものだろう。
 新次郎の屈託のない明るい言葉に、むしろ救われる心地がした又太郎は、挨拶もそこそこに、いきなり用件に入った。
「それがしも兵法を習いたいのです」
「なんと、兵法をとな!」
「いかにも」
「では、念流を・・・・」
「なにとぞ、念大慈恩どのにお取り継ぎを願いたい」
「む、む・・・・」
 又太郎の必死さに、新次郎は、気圧されたように押し黙ってしまった。 
 新次郎は陽に焼けて逞しい。顔が引き締まり、肩幅が張ったように見える。
(かつての新次郎どのはこうではなかった)
 顔は青白く、痩せて、公卿の子弟かと見紛うばかりの、文人肌の人物だったのである。 それが、ここ一、二年で見事な武者振りの若者に変わった。
「それはな、兵法を学んだからよ」
 と、あるとき新次郎は、その理由を話してくれた。
「禅僧でな。念大慈恩どのとおっしゃる方なのだが、京八流、板東七流とは異なる〈念流〉という兵法を教示していただいておるのだ。これからは〈弓馬の道〉だけでは、戦の役には立たぬ」
 剣や槍、組み討ちに体術、兵法とは、戦場における実践的な武芸、武術のことである。それは、かつて武士の心得であった〈弓馬の道〉に代わって、このところ少しづつ広がってきているものでもある。
 武士の発生から二百年以上が経つ。いつしか〈弓馬の道〉は形式に流れていた。流鏑馬や犬追物は、まだしも武芸の鍛錬という側面を残しているが、その他はもはや礼式に近いものといってよいだろう。
 渡辺源左衛門が、弓矢に執着したばかりに、と悔やんだのは、まさにそうした時代の流れを読み切れなかったという無念の言葉だったのだろう。
 ――打物とった戦いこそこれからの戦の有り様だ。
 と、又太郎もいまでは、はっきりと自信を持って言えることだった。
 打物とは、太刀や長刀、槍などの打ち鍛えた武器のことであり、白兵ともいう。白兵戦とは、打物をとっての肉薄戦といって良い。鎌倉時代以前と南北朝時代を比較した場合、その戦いの特徴は、まさにこの白兵戦にこそあるといってもいいかもしれない。
 兵法は自らの心身を鍛え、白兵の特性を活かして敵を倒す武芸である。新次郎が逞しく成長するのも当然のことだったのである。
 しばしの沈黙の後、
「そなた、もしや黒田での合戦のことを・・・・」
 新次郎は眉根を寄せた。
 すでに黒田の合戦の詳細は、口さがない京雀たちの噂話に上っているようだ。
 面白おかしく、あれこれ尾鰭、背鰭のついた話を言いかわしているようだが、土岐満貞の弱腰をなじる声が多いのは、やむを得ないことだった。
 又太郎と長井掃部介の戦いは、合戦の大勢を決するようなものではなかった。華々しい戦いでもなく、今のところ二人の戦いについての噂話は聞かない。もしかしたら、又太郎たちの知らないところであれこれ話されて入るのかもしれないが・・・・。
(しょせんは負け戦でもあった)
 そんなことを思うと、又太郎の気は滅入ってしまうのだった。
 新次郎は、奉公衆として将軍義満に近侍している。確かなことを知っているはずである。
 そのためか、新次郎はすぐに笑顔を作って、
「分かった。慈恩御師匠に相談してみよう」
 と、力強く請け合ってくれた。
「かたじけない」
 又太郎は、ほっと安堵の息をついた。
「では、今日はこれで・・・・」
「何だ、もう帰るのか。茶でも喫していかぬか。駿河国の今川どのから新しい茶をいただいてのう」
「他事もありますれば。兵法修行のこと、よしなに頼み入りまする」
「茶では気が進まぬか。ならば酒はどうだ。柳酒屋のものが届いたばかりぞ」
「いえ・・・・」
 引き留める新次郎を振り切って、又太郎は丁重に礼を述べると、早々に土岐邸を辞した。
 新次郎は気の置けない親友である。酒が入れば、あれこれと励ましてくれるのは分かっていたが、いまは、黒田の合戦のことを話したくなかった。
 まだ、先月の出来事である。いかに親友とはいえ、そのことを話すのは、ようようふさがってきた古傷の瘡蓋をはがすような気がして嫌なのだった。
(すまぬ。我れから頼んでおきながら)
 又太郎は、早々に新次郎の屋敷を出た。
 姉小路の屋敷に戻った又太郎は、自分の部屋にごろんと寝ころんだ。
 この時代は守護や守護代だけでなく、有力な地頭や国人も京に屋敷を構えている者があった。又太郎の沼田家もそんな国人の部類に入る。多くは主と仰ぐ守護の屋敷近くだが、沼田家のように離れている者もいた。
 ――そなた、もしや黒田での合戦のことを。
 先ほどの土岐新次郎の言葉が鮮やかに蘇る。
 その通りなのだ、と思う。
 又太郎の脳裏に黒田の合戦の模様がありありと蘇ってくる。
 初陣とはいえ、長井掃部介と戦ったあのときの恥辱は、忘れようにも忘れられないものだった。と同時に、こうして一人になってみると、又太郎の胸の内に燃え上がるものがある。
(二度と口惜しき思いをすまいぞ)
 きっと天井を睨みながら、又太郎は固く己に誓った。


二 上賀茂社

 二日後――。
 沼田又太郎は、鴨川の河原で久しぶりに早希と会っていた。
「黒田の合戦で、渡辺源左衛門が負傷をしてな」
「まあ。渡辺さまが・・・・」
 びっくりした早希は、丸い目をくりっと見開いた。 
 早希も源左衛門は知っている。近江国の実家に婚姻の内諾を得に行ったのが、源左衛門だったからである。
「寄る年波もあって、美濃国で養生することとなった」
「さようでござりますか」
 又太郎は、源左衛門の負傷についての詳しい話は避けた。
「代わって、嫡男の源太郎が上ってきたぞ」
 と言って、従ってきた源太郎を早希に引き合わせた。
 いつもの従者ではなく、早希も疑問に思っていたようだ。源左衛門の子と知って親しみを感じたのか、丁寧に辞儀をしたが、黙ったままだった。
 早希が、必要以上のことを口にしないのは、又太郎のことを思ってのことである。なぜならば話題が、黒田の合戦のことになると又太郎が、悲しむだろうと思っていたのだ。
 すでに負け戦のことは、都中の噂になっていて、婆娑羅な出で立ちで、颯爽と都を離れた満貞だっただけに、逃げるように京に帰ってきたその落差が、京雀のかっこうの噂の種になっていた。
 そのうえ又太郎が、血気に逸って満貞の側を離れたこと、長井掃部介と立ち会いながらも途中で逃げたことも早希は知っていたのだった。仕える玉木の方から聞いたことである。又太郎の気性を知っているだけに、早希も合戦のことには、必要以上には触れないようにしていた。
 源太郎も父源左衛門から二人のことは聞いているのだろう、
「よしなに頼み入り申す」
 と言うと、すぐに二人から離れた。気を利かせたつもりであろう。
「暑いな」
「水無月でござりますもの」
 二人は、どちらからともなく河原に寝そべった。
 陰暦六月の空は、陽がじりじりと照りつけてきて、河原に寝そべっていても汗が止まらない。
 川の中では童達が水遊びに興じていた。
 やがて、二手に分かれると印地打ちを始めた。本来印地打ちは、五月五日の端午の日に、子供たちが二手に分かれて小石を投げ合う遊びである。遊びとはいえ勝負でもある。投げ合うのが石だけに、当たれば負傷することもある。それだけに双方共に真剣に投げ合っていた。
 二人はしばらく印地打ちを眺めていた。
 やがて、早希は思い出したように、ぱっと起き上がると、扇を出して風を送ってくれた。生温かな風だったが、早希の心遣いが嬉しかった。
 又太郎は、その扇を見て、
「そういえば、やとに初めて会ったのは、確か昨年の今頃であったな」
 又太郎は早希をやと(野兎)と呼んでいる。
 むくりと起き上がって、思い出したように言った。懐の布を出して汗を拭きながら、努めて明るい声で言ったつもりだった。
「あい。上賀茂社の境内でござりました」
「あのとき、ずいぶん耳の大きい女子(おなご)だと思うたぞ」
「まあ。ひどい」
 早希は扇をたたんで軽くぶつ真似をした。
「はっはっは。そのすぐ後に、ここで再会したのだったな」
「あい。あれが縁というものでござりましょうか」
 感に堪えぬというふうに早希は、遠くの山脈に視線を移して、一年前のことを思い出していた。

 一年前、すなわち至徳四年(一三八七)陰暦六月の二十九日。
 その日早希は、玉木の方に従って、上賀茂神社へ参詣に行くこととなった。
「至徳の前の永徳は四年、その前の康暦は三年で年号が改まりました。至徳もちょうど四年目でござります。また改まるのではござりませぬか」 
「良いではありまぬか。年号は主上がお決めになること」
 玉木の方の澄んだ高い声が返ってきた。主上とは御門(みかど)のことである。このときは後小松帝であった。
 ちなみに南朝は、後亀山帝であったが、玉木の方や早希ばかりでなく都人には、遠い存在であった。この時代は、当然のことながら、北朝の御門こそ正統と認識されていたのである。さらにいえば、この時代〈天皇〉という敬称は一般的ではなく、今日我々がイメージする〈天皇〉は、すぐれて近代の所産である。
「あまりにもくるくる変わりますと覚えられませぬ。まったく煩わしいことにござりまする」
「ほほ。早希は暦が苦手とみゆる」
 玉木の方は笑ったが、早希の不安は、的中することとなる。二月後の八月二十三日には改元があって、嘉慶元年となるのである。この頃の改元はめまぐるしい。
 ちなみにこの年は、閏月が五月にあったが、季夏の六月になったとはいえ、まだまだ日の光には力があって、いつにない暑さだった。
 昼下がり、あれほど五月蝿かった熊蝉の鳴き声は、ぴたりとやんでいる。上賀茂神社は、不思議な晩夏の静寂にあった。
 玉木の方と二人きりという気安さから早希の足取りは軽い。
「都の夏は、いつまでも暑うござりまする」
 早希は話題を変えた。
「水無月という名の通り、ほんに雨のない月でありましたな」
「とはいえお方様。近江国のお日様に比べれば、なんのこれしきの日差し」
「早希は、真夏の日差しを苦にしませぬか」
「はい」
「これは心強い」
 市女笠の玉木の方は、くすりと笑った。
「それに、直に秋になりまする」
「文月か。秋とは名ばかりであろうのう」
 玉木の方は、小袖の上に濃色の単の袿(うちぎ)を歩きやすいように裾を上げ、腰のところで紐で結んであった。壺折り装束といって、高貴な女性の一般的な外出姿である。この装束は、懐が緩やかになるので、扇や手巾などを忍ばせておくことができる。頭の市女笠には、周縁にむしの垂衣をかけていて、飾り紐がついている。
 早希は亀甲を散らした浅黄色の小袖一枚である。笠の代わりに被衣(かずき)という薄衣を被っていた。日除けというよりも、元来は顔を隠すためのものである。
「おお、そうじゃ」
 玉木の方は、突然何かを思い出したように、一首の歌を口ずさんだ。

 風そよぐならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりける

 早希は、玉木の方の高く澄んだ声音が好きだった。その声は、ひばりの鳴き声に似た心地良さがある。
 うっとりと聞き惚れていると、
「この歌を存じていますか?」
 はっ、と我に返った早希は、いえ、と小さく首を振った。
「百人一首にある従二位宮内卿藤原家隆さまの歌じゃ。確か九十八番のはず」
「知りませんでした」
「まあ、良い。おいおい、そなたも歌など覚えるがよかろう。良い殿方から文を届けられたら何としますぞえ」
 この時代、男は女を見初めたら、文や歌で気持ちを伝える、という平安以来の伝統がまだ生きていた。
「お方様・・・・」
 玉木の方にからかわれて、早希は恥かしくなった。
 ほほほ、と微笑んだ玉木の方は、歌にまつわる蘊蓄を披露した。
「今の歌は、今宵の上賀茂社の大祓(おおはらえ)を詠ったものなのですよ」
「ええっ!」
「こなたが驚くのも無理はありますまい。大祓はいにしえ奈良に都があった頃より続いているのですよ。六月と十二月の年二回、晦日に行われるものと決まっております」
「あの。大祓とはいかなる行事なのでござりまするか?」
「その年の半年間の罪や穢れを祓い、残り半年間を無事に過ごせますようにと祈願するものです」
 と言って玉木の方は、六月に行うものを夏越祓(なごしばらえ)、十二月に行うものを年越祓と呼ぶのだと教えてくれた。
 ちなみに『百人一首』とは、天智帝から順徳帝までの約五百年間にわたる代表的な歌人百人から、各一首を選び出し時代順に配したものである。『新古今和歌集』の撰者として有名な藤原定家の選定になるものと伝えられている。
 一の鳥居をくぐって長い参道を歩いていくと、やがて二の鳥居である。
 六月とはいえ、さすがに由緒ある神社である。往来の人通りは絶えることがないかと思われた。
「まあ、一服一銭まで出ておりまするよ」
 見れば、片側に風炉、もう片側に水桶と茶碗類を置いて、法師姿の男が、茶筅で椀の中の茶を点てている。
「これ。聞こえまするぞ」
 玉木の方がたしなめた。
 早希の言葉には、この暑いのに熱いお茶を誰が飲むのだろうか、という疑問が含まれていた。そのことを、余計な詮索だ、と玉木の方がとがめたのである。
「あ! 地下(じげ)の者が求めておりまする」
「これ・・・・」
 呆れたように言って、玉木の方はくすりと笑った。
 茶はもともと薬として大陸から伝えられたが、この頃になると地下の者にまで喫茶の風習が広まって、一服を一銭で売る露店が出るようになっていた。地下の者とは、この時代の庶民のことをいう。
「そなたは、この社は初めてでありましたな?」
「あい。ですが、祖神が賀茂別雷命であることは存じておりまする」
 早希は得意そうに答えた。
「神代の昔にあの秀峰神山に降臨なされたそうな」
 そう言って、玉木の方は亥の方角(北北西)を指さした。
 早希がその先を見ると、饅頭型に盛り上がったなだらかな山が見えた。
「あそこにでござりまするか」
 感心していると、
「ほっほほほ。そういう言い伝えでありまする」
 玉木の方が穏やかに笑った。


三 出会い

 二の鳥居をくぐった玉木の方は、道を右に折れた。真っ直ぐ行くと片岡山に出る。山の麓に小さな祠があるきりで、後は草地である。
 本殿に向かうには、左側の楼門をくぐらなければならない。早希は不審に思って、
「お方様。本殿はこちらでござりまする」
 と、念のために左側を指差したが、
「良いのです。今日はこちらへのお参りなのですよ」
 玉木の方は意に介する風もない。
「そちらは、朽ちた小さな祠があるきりと承っておりまするが」
「良いのです。余の者も歩いているではありませぬか」
 玉木の方は、早希に構わず、ずんずんと歩いていった。
「お方様」
 言われてみれば、右の方にも人が流れている。左右半々くらいだろうか。早希も早足になって玉木の方の後を追った。
 やっと早希が追いついたとき、そこは黒山の人だかりであった。ただし、みんな女性だけである。
「・・・・?」
「前に出ましょう」
 玉木の方に促されて早希は、人をかき分けるようにして、ようやく最前列に出た。
 そこには、確かにみすぼらしげな小さな祠が一つあるきりだった。それでも周りの女性たちは一心不乱にお祈りしている。
 気がつけば、玉木の方も何事かを一心に願っているようだった。慌てて早希も祈る振りをした。祭られている神様が分からないため、祈りようがなかったのである。
 やがて、祈願を終えた二人は、再び二の鳥居近くまで戻ってきた。
「あの鄙びた祠に詣でるお積もりだったのでござりまするか」
「そうじゃ。上賀茂社は、厄除けの参詣人が多い」
「賀茂別雷命さまが祭神でござりまするゆえ」
 早希は覚えたばかりの神様の名前をしきりに強調する。
「いかにも。ですが、さきほどの小さな祠は、神の母上であられる玉依比売命を祭っているのです。縁結び、子授けの神として、近頃名高いなのですよ」
「ええっ!」
 早希にとっては、初めて聞く話である。
「縁結びですと下鴨のお社ではありませぬか」
 賀茂神社は、上賀茂神社と下鴨神社で一つと見なされていたが、それぞれに祭神が異なっていた。子が授かるということは、子と縁ができるということである。そのため出産は、広い意味で縁結びの一つとみなされていた。下鴨社の祭神は、もともと玉依比売命なのである。
「確かにそうなのですが、さきほどの祠が霊験あらたかだと、このところ大層な噂なのですよ。それに下鴨社は、先月詣でたではありませぬか」
「そうでございました」
「ところがの。先ほどの祠は、女子のみで詣でなければ、霊験が現れぬそうなのです」
「それで従者の方を総門のところにお待たせしたのですね」
「たとえ従者とはいえ、男を伴っては効かぬからのう」
 と言って玉木の方は、手を口元にあてて、ほほほ、と笑った。
 早希は玉木の方が、従者を総門のところで待機させた理由を始めて知った。と同時に、玉木の方の並々ならぬ決意を見たと思った。
「早く元気な和子を産まねばなりませぬゆえな」
 早希の気持ちを知ってか知らずか、すぐに笑いを収めて、玉木の方はきっぱりと言った。
 土岐頼益は、今年三十七歳になるが、不思議なことに跡継ぎに恵まれなかった。
 玉木の方は後妻であるが、先妻も子をなさずに身罷っている。
 頼益の池田家は、土岐氏の分流であり、側室を設けても良いのだが、生真面目な頼益は、遊女さえも近づけようとしなかった。ばかりか、そのような場所にも出入りしたこともないという堅い人物だった。
 それだけに玉木の方は、自身が後妻に迎えられた意味をよく理解しているのだろう。
「縁結びの神様だったのですね」
 早希は祈る振りをしたことを後悔した。そんなに御利益があるのなら、良き男の子(おのこ)との縁結びを願えば良かった、と思ったのだ。
 そんな早希の気持ちを察したのか、
「そなたの縁結びもいっしょにお参りをしてあげましたよ」
「わたくしは・・・・」
 玉木の方に言われて早希は、思わず頬をぽっと染めてしまった。
 二の鳥居を過ぎて、先ほどの一服一銭の法師姿の男の近くまで来た。
 玉木の方は、また歌を一つ詠んだ。

 たつる茶のあわれ消ゆとも逢うことの 一せにかふる命ならばや

 この歌は〈一せにかふる〉という部分が、逢う瀬の〈一瀬〉と〈一銭〉をかけたしゃれになっている。『七十一番職人歌合』の二十四番で、一服一銭の対になる煎じ物売りにある歌である。
 玉木の方は、そなたも一服一銭を喫して見るがよい、という暗示を含んだつもりだったが、
「あっ! 坊様が茶を喫しておりまする」
 早希には全く通じなかったようである。むしろ、もの珍しそうに頓狂な声をあげた。
 やれやれ、早く歌を手ほどきせねばならぬな、と玉木の方が呆れながらも、一服一銭の方を見ると、熱い茶を喫している若い僧侶が確かにいた。その僧侶は、青々と剃り上げた頭から吹き出る汗を拭おうともせずに、ふうふうと息を吹きながら、一心に茶を喫していた。
 その横には、萎烏帽子に胴服をまとった四十絡みの男が、こちらはうまそうに飲んでいる。やや太めのその男は、どこかの有徳人(うとくじん)が、都見物に来たものであろうと思われた。近くに供の者であろう 一目で神社への供え物だと分かる荷を持った者が控えていた。
 飲み干して、茶碗を返したその有徳人が、玉木の方を見た。垂衣越しとはいえ目が合いそうになって、慌てて視線をそらすと、
「これ、早希。先を急ぎまするぞ」
 きつくたしなめて、玉木の方は急ぎ足で歩きだした。
 この暑いのに熱い茶を飲む者の多いこと、と感心して見つめていた早希は、玉木の方との距離が空いたので、
「お方様」
 と、慌てて振り返りざま、その後を追おうとした。
 そのときである。
「危ない!」
 という若い男の声が聞こえたときには、ばしん、とその若者とぶつかっていた。
「先を急いでおりました。申し訳ござりませぬ」
 早希は丁寧に詫びた。
「いや。それがしも、つい周りの景色に目をとられての。すまぬことをした」
 萌葱色の単衣の小袖に侍烏帽子。すらりとした、目元の涼しげな御曹司風の若武者であった。
 はっ、として早希は、詫びもそこそこに、
「先を急ぎまするので」
 慌てて小走りになった。頬に熱があるのが自分でも分かった。
 玉木の方にはすぐに追いついた。
「ほほほ。いかが致したのです」
 早希は遅れた詫びを言って、
「鄙育ちの荒武者にぶつけられまして」
 と、言い訳を続けた。
「まあ! 荒武者と」
「はい。都には様々な者が居りまする」
「ほほ。その荒武者がそなたを追って参りましたよ」
「えっ!」
 早希がびっくりして振り返ると、
「待たれよ。女房どの」
 先ほどぶつかった若武者が、早希に近づいてきた。
 どうしようと思いながら、玉木の方をかばうように立つと、
「落とし物でござろう」
 そう言って、若武者は早希に扇を差し出した。
「あっ。それはわたくしの・・・・」
 確かに早希の扇であった。若武者とぶつかったときに落としたものであろう。
 若武者はその扇を早希の手に握らせると、玉木の方に一礼して去って行った。
「あ! あの・・・・」
 早希は礼を述べる間もなかった。
「ほほ。玉依比売命さまの御利益でありましょうか」
「お方様!」
 玉木の方の軽口に、思わず早希は、頬を染めて、何と答えてよいのか困っていた。
 その顔がよほど面白かったのか、しばらくは玉木の方の忍び笑いが止むことはなかった。
 早希に扇を届けた御曹司風の若武者こそ、沼田又太郎だったのである。


四 奇縁の二人

 月が変わって文月の五日――。
 陰暦七月は孟秋ともいう。秋とは名ばかりで、
「暑いのう」
 思わず愚痴ともつかぬ呟きが漏れたのは、沼田又太郎である。
 又太郎が京に来て、始めての暑い夏が過ぎた。文月になればと期待を抱いていたのだが、月が変わっても暑さはやわらぐ気配が微塵もない。それが愚痴ともつかぬ呟きになって出たのだ。いったん口に出してしまうと後は、暑い、暑いを連発して止まらなかった。
「夏が過ぎたというに、こう暑くてはのう」
「若、いや殿。京の秋口はこのようなものでござりますぞ」
「今年が特に暑いわけではないのか」
「何の。都の残暑はこれからでござりまするぞ」
「困ったことよ」
「残暑はことのほか厳しゅうござるぞ。お覚悟を」
 と言って、供の渡辺源左衛門は、からからと笑った。
 やがて未の刻(午後二時)あたりである。一日で最も暑い時刻だった。
 又太郎は空を見た。群青色の抜けるような大空である。ぐるりと見回すと、遠く比叡の山並みであろうか、北の方に大きな入道雲がもくもくと沸き上がっていた。
「なんと雲の峰の大きいことよ。極みが入道のようではないか」
 故郷美濃国を思い出して、又太郎が感心していると、
「この時季には珍しゅうござるな」
 源左衛門が冷めたように応えた。
 土岐満貞の屋敷を退出しての帰りである。
 先月二十九日に満貞は、侍所頭人に任じられた。そのことを知らず、その日に上賀茂社を見物していた又太郎は、
「のんびりと何をしておった。ここは都ぞ。美濃の片田舎とは違うぞ」
 と、満貞から烈火の如く怒られた。
 それから昨日までの五日間、寝る間を惜しんで奉公に励んだため、満貞の怒りもようやく解けたようで、
「今日はこれくらいで、ひとまず屋敷に帰れ」
 と、暇をくれたのである。
 閏五月に上洛してから初めての叱責で、又太郎はずいぶん気に病んだものだったが、
「いつものことでござるよ。怒られた後のご奉公こそ大事」
 と源左衛門は、淡々としたものだった。
 その結果、満貞の怒りも納まり、ようやく平穏な日に戻ったようだった。ほっと一安堵という気持ちもあった。
「鴨川で涼んで帰ろう」
「まさか水遊びを?」
「童臭いと笑うか」
「はは。ここは美濃とは違いまする。都でござりまする」
「そなたも殿と同じことを言う」
「は・・・・?」
 満貞に怒られたことを思い出して皮肉ったつもりだったが、むろん源左衛門には通じない。
「まあ良い。止せと申すか」
「いかにも。それに鴨川には人が大勢出ておりましょう」
「涼みにか?」
「いかにも。貴賤、老若男女を問わず」
「面白い。寄っていこうぞ」
「殿。なにとぞ分別を」
「じいは良い。先に帰っておれ」
 面倒くさくなって、又太郎が追い払うように言うと、源左衛門は気分を害したのか、
「暗くならぬうちにお帰りあれ」
 と、馬に一鞭あてると、さっさと一人で行ってしまった。
 じいを怒らせてしもうたか、と少し後悔したが、むしろ一人になった方を喜んだ。
 早速、鴨川に足を運んだ。
「うむ。良い」
 一人合点して河原に立った。
 源左衛門の言ったとおり、様々な者たちが思い思いに涼んでいた。
 眼下には清流が、規則正しくそろそろと流れている。
 又太郎は川が好きだった。故郷の美濃では、毎日長良川を見て育ったのである。
「この川も良い」
 鴨川に向かって又太郎は、大きく伸びをした。
 心地よい風が河原を渡っていった。
 故郷の長良川はやや狭くて深い。対して鴨川は広くて浅い。だが、それは穏やかなときであって、いったん風雨にさらされると荒れ狂う濁流になるのは変わらないだろう。その陰陽二つの面を含めて又太郎は川そのものが好きだった。
 昔、ときの最高権力者である白河院が、思うようにならないものを三つあげたという。 鴨川の流れと僧兵、さて残る一つは何だったか、と思っていると、又太郎の横をさっと走り抜けた者がいる。
「はて・・・・?」
 訝っていると、その者は鴨川の流れに飛び込んだ。
「女!」
 裾をからげてばしゃばしゃと川に入っていったのは、以外にも女であった。
 真っ白で健康的な肢体が又太郎の目に眩しく写った。日の光を照り返してきらきらと輝く水面の影響もあったかもしれない。
 女は川の中でぴょんぴょん飛び跳ねている。白地の小袖で、
「まるで野兎のような」
 と、又太郎が呟いたとき、女と目があった。
「あっ!」
 という驚きの声はどちらだ先だったか。
「扇の女」
「上賀茂神社での荒武者」
 それが早希との二度目の出会いだった。
 又太郎は、河原の土手を降りて、早希の近くに行くと、
「それがしは、美濃国の国人沼田又太郎じゃ」
 と名乗った。
「わたくしは早希と申しまする。先日は扇をありがとうござりました」
 女も名乗ると、丁寧に礼を述べた。
 その声は清らかに高く流れて、まるで一陣の薫風を思わせた。
 細身の身体に長い髪を後ろで束ねている。瓜を思わせる小さな顔に切れ長の目。睫が長く、黒い瞳が強く印象に残る。鼻は高くはないが形よく、口元もすっきりとした美しい女だった。耳が人より大きいのが特徴である。
 早希は川から上がってくると、
「わたくしは川が好きなのです」
 と、唐突に言った。
 早希は近江国坂田郡国友の里の生まれだと言った。
「里には姉川という大きな川があるのです。わたくしはその川で育ちました」
 坂田郡国友の里は、草野川と合流して大きな流れになる姉川沿いにある。後に鉄砲鍛冶の村として有名になる里だが、この頃は他の村落と同様小さな聚落に過ぎなかった。
「ほう。それがしも美濃の長良川で育ったぞ」
「奇縁でござりますね」
 早希は、ふふっと微笑んだ。
 その笑顔に、
「鄙の者どうしということか」
「まあ」
 又太郎の軽口に二人は笑いあった。
 二人は垣根が取り払われたような親しさを感じて、互いの身の上を語り合った。
 又太郎は、土岐満貞の家人で、先々月に父の跡を継いで上京してきた、と言うと、
「それも奇縁でござりますね」
 早希は、土岐頼益の北の方に迎えられた玉木の方に従って、近江国からやはり三年前に上洛してきたと語った。
 互いに土岐家に縁のある者どうしであった。
 若い二人は意気投合し、三日毎にここで会おうと約束した。
 南北に帝が対する時代とはいえ、すでに都の治安は回復していた。
 二人は三日毎に逢瀬を重ね、やがて互いに恋い慕うようになっていったのである。

「これが、そのときの扇でござりまする」
 そう言って早希は、先ほどたたんだ扇を差し出した。
 受け取って又太郎は、ゆっくりと広げた。
「おお!」
 又太郎から驚きの言葉が漏れたのは、扇面に描かれたものが武者と武者の一旗打ちだったからである。
「これは、婆娑羅絵ではないか」
 又太郎の声があまりにも大きかったのか、
「又太郎様。声が・・・・」
 と言って早希は、下をうつむいてしまった。
 婆娑羅絵とは、その頃評判となった勇壮な武者や勝負を絵に描いたものである。乱世を反映してのことだろう、絵馬や扇面に描いたものが人気を博していた。
「女だてらに、とお思いではござりませぬか」
 恥ずかしいのか、わずかに顔を染めている。
 そんな早希に又太郎は、たまらないいとおしさを感じた。
「なんの。武門に仕える者。女性(にょしょう)とはいえ婆娑羅絵の扇を持つなど天晴れではないか」
「都では流行りなのでござりますよ」
「聞いた。これは阿保どのと秋山どのだな」
「はい。観応の頃だと申します」
「今から三十五年ほど前か。足利尊氏様と弟の直義様が争った頃だな」
「はい。四條河原で尊氏様方の阿保某さまと直義様方の秋山某さまとが戦った見事な一騎打ちを描いたものと伺っておりまする」
「ううむ」
 その見事な婆娑羅絵にしばらく見入っていた又太郎は、長井掃部介との勝負を思い出して、
(何としても慈恩どのに兵法を習いたい)
 と、決意を新たにした。


五 再会

 沼田又太郎が、土岐新次郎の邸を訪れて、慈恩への弟子入りを頼んでから十日ほど経った頃。
 突然、新次郎からの招きを受けた。
 むろん、月が変わっているが、あまりの残暑に、心なしか土岐邸の緑がへばって見えた。
 五辻の土岐邸は、さほど大きくない。それでも、塀で囲った八百坪ほどの中央に母屋があり、東西北に回廊で結んだ対屋(たいのや)があった。
 母屋は主殿とも呼ばれ、主の近江守が使う。東の部屋を嫡男の兄が、西の部屋を次男の新次郎が使っていた。
 南側は庭になっていて、東西に中門を設けてある。他に武家らしく家人の詰所、厩と小さな馬場、さらに家人と下人用の建物などがあった。小さな馬場は笠懸ができるように造ってある。ごく普通の造りである。
 土岐近江守は、惣領家とともに、もともとは一条堀川の近くに住んでいた。
 だが、新次郎が公方義満の奉公衆になったこと、惣領の頼康が亡くなったことから、昨年、この五辻の地に屋敷を構えたのである。檜皮葺の屋根がまだ新しかった。
 喜んだのは父の近江守であった。
「これであの陰険な満貞輩に顎で使われずにすむわ」
 近江守は、一本気で婆娑羅を好む。引っ越してしばらくは、酒席とはいえ屋敷を訪れる誰彼構わずに喚いていたらしい。
 ところで〈婆娑羅〉とは、この時代を代表する言葉である。本来は梵語で金剛石を意味するといわれているが、この時代は大きく二つの意味があった。
 一つめは、身分にとらわれないぜいたくで華美な服装を指す。尾張国の守護に任じられた満貞が、京を立つとき、婆娑羅で行こうぞ、と言ったのはこちらの意味である。
 二つめは、荒々しく破天荒な行動を指す。
 南北朝という乱世を通じて台頭した武将たちに好まれた美意識や行動で、特に佐々木(京極)道誉、高師直が名高いが、土岐近江守の父土岐頼遠もまた婆娑羅大名の一人といわれている。
 頼遠は頼康の先代の惣領だが、武勇に優れた武将でもあった。そんな頼遠の婆娑羅を語る有名な話が『太平記』にある。
 康永元年(一三四二)というから、いまだ足利尊氏が健在の頃のことである。今からざっと四十年以上も前のことになる。ちなみに、この年を暦応五年としてあるものもあるが、四月二十七日に改元されていることから、正しくは康永元年となる。
 陰暦九月六日――。
 その日深夜、上皇である光厳院の輿と樋口東洞院の辻で遭遇した頼遠は、院のお通りである、という上皇の先駆けや従者の言を聞いても、道を譲るどころか、
「なに! 院と言うか、犬と言うか。犬ならば射て落さん」
 と、大音声に呼ばわって、あろうことか光厳上皇の輿に矢を射かけるという狼藉を働いたのである。
 笠懸を終えて、酒盛りの後だったらしく、したたかに酔っていたという。軍略に秀でた頼遠とすれば、北朝が安泰なのは、武家の力だという思いもあったであろう。酔った勢いもあったかもしれない。
 だが、矢を射た相手は、仮にも上皇である。
 この当時、政務を見ていたのは足利尊氏の弟直義であった。事態を重く見た直義は、頼遠を六条河原で斬首して事を収めた。その際に土岐家の惣領職は、頼遠から甥の頼康に移り、幕府内から頼遠の系統は遠ざけられてしまった。
 そのため、親父殿がしくじらねば我らは惣領家の流れである、という意識が近江守にはある。
 満貞の性格がどうこうよりも、むしろ康行、満貞兄弟の下風に立たなければならない己の置かれた宿命が許せないのだろう。
 惣領だった頼康の死後、後を継いだ康行は、領国の美濃へ引っ込んでしまった。邸は実弟の満貞が預かることとなった。
「目代でありながら、まるで惣領の如くではないか」
 と、近江守がよく不満をならすのも、そうしたことと無関係ではあるまい。
 そのうえ、反りが合わないとなれば最悪の関係である。
「親父殿の側にいて、そうしたことが話される度に身が縮む思いをしたぞ」
 以前、新次郎がこぼしていたことがある。
 とは言いながらも、そういう新次郎も本心では、満貞を敬遠している節がある。
 いや新次郎だけではなく、総じて、公方義満に近侍する奉公衆の間では、満貞の評判はあまり芳しくないらしい。
 そんなことを思いながら、又太郎が土岐邸に着くと、ちょうど門際にいた下人が目ざとく寄ってきた。来意を告げると、新次郎に知らせるため、すぐに西側の中門に入っていった。又太郎が来るのを待っていたのだろう。
 又太郎は、馬の手綱を渡辺源太郎に預けると、ゆっくりと中門に向かって歩きだした。 陽は西に傾き、嵐山の辺りが真っ赤に燃えている。時刻は申の刻(午後四時)を少し過ぎた頃であろうか。
 ドドドドッ・・・・。
 遠くから馬蹄の響きが聞こえてきた。どこかの大名が、馬を責めているのだろうか。
 今はまだ京都と南の吉野(さらに南の賀名生)に、帝が並び立っている異様な時代である。後世、南北朝時代と呼ばれる時代だが、このところ南朝の凋落は激しい。北朝ににとって、脅威は全くといってよいほど感じられなかった。
 それがあらぬか、馬のいななきは、戦のためというよりも、むしろ、のどかさそのもののように思われるのだった。
 又太郎は聞くともなしに心地よさげに耳を傾けた。
 中門の近くで待っていると、新次郎が自ら迎えに来た。上がれ、という合図を送りながらも、待ちきれないのであろう、
「喜べ。慈恩御師匠への弟子入りが叶ったぞ」
 と、弾んだような声で続けて言った。
「ありがたい」
 又太郎の胸の内に喜悦の思いがどっと込み上げてきた。
 重くどんよりと垂れ込めた雨雲が払われて、燦とした陽光が、一気に射し込んできたような感じだった。こんなに早く望みが叶うとは思ってもいなかったのである。
「新次郎どの、お礼を申し上げる」
 中門を入ると、深く辞儀をして丁重に礼を述べた。
 新次郎は将軍義満の側近く仕えている。忙しい身でありながら、あれからすぐに又太郎のために仲介の労をとってくれたようだ。
「良かったのう。願いがかなって」
 新次郎が又太郎の左腕を軽く叩いた。
「おお!」
 又太郎は、喜びで身体がはじけていきそうだった。両の拳をぐっと握りしめた。
「はははは・・・・」
 どちらからともなく二人は、互いの顔を見て笑い合った。 
 そのまま、西の部屋へ向かって、廊下を歩きながらの立ち話となった。
「明日、七条の河原にそれがしと参ろう。そこで御師匠に引き合わせよう」
「七条の河原?」
「そこで、御師匠は兵法を教授しておるのだ」
「なるほど」
 又太郎は立ち止まると、再び礼を述べて、深々と頭を下げた。
 その顔を上げたとき、新次郎の部屋の半蔀から武士の後ろ姿が目に入ってきた。
「先客か?」
「そなたに引き合わせようと思うてな」
(おやっ?)
 又太郎は、その後ろ姿を見て、どこかで会っているような気がした。
 新次郎は妻戸を開けた。
 若い二人の声高なおしゃべりは聞こえていたことだろう。
「これは失礼を仕りました」
 新次郎に続いて入りながら、詫びを述べる又太郎に、
「いやいやお気遣いはご無用」
 部屋の隅の円座にぽつねんと座っていた先客は、野太い濁声でぶっきらぼうに答えて振り向いた。
 又太郎は先客と目と目が合った。
「あっ! 御辺は・・・・」
 その先客は浅黄色の直垂を着し、真新しい侍烏帽子を被っていた。四角くて髭の濃い、いかにも武者という感じのいかつい顔をしていた。年齢の頃は又太郎と同じか、やや上であろうか。
「確か、長井掃部介どの!」
「はっはっは。覚えていただけていたとは、重畳、重畳」
 破鐘のような声が響いた。これも奇縁であろうか。
「何だ。知っていたのか」
 新次郎の間延びしたような声がうつろに響いた。
「和殿(わどの)は、粗忽者の沼田又太郎であろう」
「なにっ! 粗忽者とな」
 思わず気色ばむ又太郎に、
「おおよ。卑怯者と言うても良いぞ」
 高らかな声だが、掃部介は、明らかに又太郎を嘲っていた。
「黒田の合戦での醜態。土岐家の内で知らぬ者とてないわ」
 掃部介は手元の太刀を引きつけて、すっくと立ち上がると、
「主の伊予守どのを守るべきが、あろうことか己の功名に逸って敵陣深く入り込みおろう。それを粗忽と言わずして何という」
 さらに畳みかけるように覆い被せてきた。声音が心なしかさらに大きくなっている。
「言うな」
 又太郎の胸にかっと燃えあがるものがあった。
 確かに掃部介の言う通りである。だが、初陣の興奮から血気に逸ったのである。それを粗忽と言われるのは、武士として心外だ、と又太郎は思った。
「そのうえ、われと名乗りをあげて戦いながら、本陣が崩れたことを良いことに、勝負も決せぬうちに逃げるとは。それを卑怯と言わずに何という」
「おのれ。言わせていけば」
 又太郎は、口を真一文字に結んで、上下の歯をきりきりと噛みならした。両眼は、掃部介をきっと見つめたまま、手にした太刀の柄に右手をかけた。
(続く)








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