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薩摩いろは歌 幕末編7  勅使東下 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2012年4月15日 10時39分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 幕末編7  勅使東下
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


勅使東下・梗概
 勅使派遣によって幕政改革を促すという、徳川政権始まって以来の難業に臨むなか、薩長の亀裂修復に努める長州藩だが、懇親のために開いた会も激論暴論となり、挙句に一蔵はめったに見せない技を披露する羽目に・・。 


作者プロフィール:
古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。


これまでの作品:

薩摩いろは歌 幕末編1 口上
薩摩いろは歌 幕末編2 率兵上京に向けて
薩摩いろは歌 幕末編3 時に到りて涼しかるべし
薩摩いろは歌 幕末編4 久光入京
薩摩いろは歌 幕末編5 寺田屋事件 
薩摩いろは歌 幕末編6 舞台裏  

                  
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【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 幕末編7  勅使東下
古賀宣子
   


一 思召書

 勅使を派遣して、幕政改革をさせるとは。実に徳川政権はじまって以来ではないか。
 将軍家の勢威がいかに衰えたといえども、天下の諸侯を率い、兵政の大権を掌握している幕府である。そこへ、勅使随行の一員として、まさに江戸へ臨もうとしている。
 あれほど願っていた江戸行きが、このような形で実現したことに、一蔵は宿命に近い感慨を抱いていた。
 が、反面、明日からのことが頭からはなれず、晴れ渡った江戸湾の夕景を馬上から堪能するゆとりもない。
 勅使大原重徳は六月七日、宿所である辰之口の伝奏屋敷へ到着。随行する久光は疲れた様子もみせず、大木戸を目前にした高輪藩邸に入った。
 その晩五つ時、八時に久光のもとを退出した一蔵は、入来した大原重徳の参謀山科兵部とすぐに協議に入った。明日からの交渉談判の順序と方法についての話し合いである。
「先ずは無事の到着何よりだ」
「病も得ず、真である」
 応ずる山科兵部、実は吉井仁左衛門だ。その他数名の藩士が家臣となり、また勅使警衛には、薩摩国平佐の領主北郷作左衛門の部下一隊を充てている。
「しかし勅命が出たとはいえ、侮ってはならぬ。久光公の動きを知った幕府は、先手を打ったゆえ」
「一橋慶喜や越前の松平春嶽等、諸侯や公家の赦免であろう」
 安政の大獄で謹慎処分を受けた諸侯はその他、尾張徳川慶勝・土佐山内容堂等で、公家は近衛忠熙や後に中川宮と呼ばれる青蓮院宮らで、幕府は、彼らの赦免を朝廷に願い出た。
「さらに越前公は幕政への参与を命じられ、六月に入って将軍上洛の意志があることが老中より公表されたというではないか」
「勅命が出て、久光公の建言を実行する形になるのを嫌ったのではないか」
「老中の久世広周も五月十日ごろには上京してくると期待していたが、来なかった」
「源助の話だと、いろいろ絡んでおる」
 一足先に京を発った源助は、一里前の大森で一蔵を待っており、その間の事情を簡潔に告げると、再び江戸へ戻って行った。
「政務参与を命じた越前公に久世の上京に同行するよう求めたが、国是決定の上でなければと、容易には納得しなかったようだ」
「長州藩士らの話では越前公も幕政改革と将軍上京を求めていたのじゃなかか」
「ところが、例の内々の沙汰だが」
「和宮降嫁と攘夷について諸臣に伝えられた天皇のお考えだな」
 それは、幕府は七、八ヵ年あるいは十ヵ年の内に、外交交渉か征討によって必ず「拒絶(条約の破棄)」を実現すると約束した。いわゆる「破約攘夷」である。
「つまり武備充実、海軍調練は勿論だが、第一に国内が一心一同にならなくては蛮勇を圧倒することはでけんちゅう」
「従って、国中一和の基源を開くために、幕府の願いを容れて和宮と将軍の婚儀を許した」
「公武御合体表明だな。であるから、天皇の深いお考えを広く布告し、国威伸張の機会を失わぬよう、遠略を巡らしてほしいと思召されたちゅう」
「その思召書が五月十一日に、禁中で堂上方に示された」
「その日は、勅使が幕府に要求する三事策について、群臣に諮詢(意見を求めること)が行われた日であろう」
「同じ日に、天皇の攘夷についてのお考えが明らかにされたわけだ」
「つまり公武合体は破約攘夷のための手段じゃぁちゅう位置関係が明らかになった」
「しかも、期限以内に約束が実行されなければ、征夷大将軍をさしおいて天皇が自ら公卿・諸侯を率いて親征すうちゅうのじゃぁから、重大な決意表明だ」
 そう述べた吉井仁左衛門が「しかし」と首を傾げた。
「あれは、朝廷の外部にまでは公表されず、勅使に同行する薩摩藩と世子が上京していた長州藩にのみ写しが与えられたのじゃなかか」
「次第に漏れ広がり、叡慮は攘夷にあるとの説が幕府にも伝わった」
「出所は長州藩だな。我等は東下直前であったし」
「そのため約束した久世広周が上京を渋り出した」
「なかなか来なかったのは、そのためか」
「ついに十七日に上京中止を決め、五日後には辞職してしまった」
「板倉勝静に代わったちゅうこっだな」
「京を発ってから堀宛てに岩倉様からの書状が届き」
 久世が所労につき上京を取り止めたため、代わりに板倉勝静を上京させたい旨、言上があったという。
「それで、岩倉様は何と」
「青天の霹靂としながらも、行間には大歓迎の雰囲気が滲み出ており、板倉上京の叡慮は下されぬ、であろうと」
「朝議の結果は」
「名代老中の上京も必要なしと、これは高崎左太郎からの知らせで分かった」
「あれやこれやともたついていた朝議も、ようやく胸のつかえが下りた、そげん状況なのだな」
「ただ随従する久光公を、幕府が誤解しておるらしい」
「それも、源助からか」
「入京した久光公を大いに野心を抱く者と見なしておったごとだ」
 寺田屋の一挙が起こるにおよび、その疑惑は解け、久光の意見は公武御一貫にあると覚った。
「そいどん、勅使に従い兵を率いて東下してきた久光公を、なおも胸中に包蔵するところあるに違いないと」
「幕府の隠密による探索だな」
「幕吏のみならず、越前公も疑っておうちゅう」
「先ほどの幕府に要求する三事策のことじゃぁなかか」
 三事策とは、勅使の使命として決められた三カ条をさす。
 第一項は将軍が諸大名を率いて上京し、朝廷で朝政を討議する。
 第二項は沿海五大藩主(島津・毛利・山内・仙台伊達・前田)を五大老として国政に参加させる。
 第三項は一橋慶喜を将軍後見とし、松平春嶽を大老とする。久光が以前から主張しているのは、この第三項だ。
 久光が一面識もない一橋慶喜と松平春嶽を推薦したのは、亡兄斉彬が春嶽と親しく、その推薦する慶喜を将軍家定の後継者とする将軍継嗣問題に力を尽くしており、斉彬から両人について聞かされていたからである。
「大原様によると、第一項は長州藩の主張で、第二項は、朝廷の要求ちゅうこっだ」
「考えたのは岩倉様だな。思召書も」
「恐らく、そのようなことが出来るのは、あのお方しかいない」
「久光公と薩藩の武力に頼りながらも、朝廷としては薩摩藩の独走を牽制したい」
「それでも朝廷側は、第一、二項は幕府も受け入れ難いであろうから、第三項を中心に進めるようにとのことだという」
「先ずは誤解をとかねば、話し合いも進まぬ」


二 一歩一歩

「誤解を解く近道は、私心なき姿勢を貫くことしかあるまい」
 一蔵は日新公いろは歌の「お」を諳んじた。すぐに吉井も従う。

  思ほへず違(たご)ふものなり身の上の
          欲をはなれて 儀を守れひと


「人道にはずれてまでも欲に引かれてはならない」
 二才衆から教えられ、我らも伝えてきたと吉井仁左衛門。
 続く意味を一蔵が。
「私利私欲を捨てて正義、世の中の道を守るのが大事である」
「すでに登用がなされておる松平春嶽の大老就任は、それほど難しゅあうまい。問題は一橋慶喜に絞られた」
「恐らく一筋縄ではいかぬだろう」
 一蔵は吉井の眼をじっと見て、続ける。
「将軍が十七歳に達したちゅう理由で、後見職に就いていた田安慶頼を免じたゆえ」
「それに、かつて現将軍と将軍継承の座を争った当人だ。老中も容易に認めたくないのでは」
「先ずは常盤橋の越前邸に赴き、京師の事情をつぶさに述べることからだ。それが駄目なら更に書状を贈る」
「味方になって頂くよう興起を促していくことが肝要だ」   
「恐らく初対面の久光公に本心は見せまい」
「親しくしておられた斉彬公さえも一度は裏切っておられる」
「詳細はしらぬが、西郷が越前公に運んだ近衛家宛ての密書の件であろう」
「それだよ。斉彬公は、一橋慶喜を将軍後継者にと考えた越前公の意見に共鳴なさり」
 天皇の内勅によって慶喜後継を有利に展開しようと、内勅降下を近衛家に懇願する。そしてその写しを松平春嶽に届けさせた。
「ところがそこに自分の名前があることに不安を感じて、老中の松平忠固にそれを見せてしまう」
「この動きの張本人と受け取られては困ると思ったのだな」
「それにもう一つ。篤姫の意を受けた老女幾島の密書も、吉之助さぁは持っていったのだが」
「それも、老中に見せたのか」
「まあ、よくとれば、家門の立場を重んじたということか」
「一橋派の朝廷工作の進展が筒抜けであったわけだ」
「それゆえ、急いで井伊直弼を担ぎ出したようだ」
「斉彬公の遺志を継ぐといわれて、越前公はどう出るか・・」
「勅使登城は一日おいた十日がよいな。越前邸の様子は必ず幕吏へ流れる」
「つまり、幕府側の反応から推し量れる。いいだろう」

 翌日五つ時、久光は高輪邸を供揃いにて出発し、内々に越前邸を訪問。久光の後方に控えていた一蔵には、松平春嶽の細かい表情までは掴めなかったが、入室してきた際のゆったりとした雰囲気は、生まれながらのものであろうか。穏やかな声音がそれに和をかけていた。この年、松平春嶽は三十五歳。久光より十一歳若い。
 初対面の挨拶の後、久光は近衛家に対すると同様の趣旨を臆することなく述べた。
「家督を継いだ者ではないが、亡兄遺言の一筋を以って不肖の身を忘れ・・公武の御為に周旋つかまつり・・」
 久光は「亡兄遺言の一筋」に力を込めた。久光を支えているのはこれであり、加えて培った教養と鎌倉時代から続く島津家の歴史ではないだろうか。
 昨夜吉井が帰ったあとで、就寝前の久光に呼ばれた時の短い会話を一蔵は噛み締めていた。
「この度は、どの歌を諳んじておるか」
「思ほへず・・を吉井仁左衛門と」
「余と同じだ。これしか、あるまいのう」
 八つ時、午後二時に越前邸を退出し、高輪邸に戻った久光は手応えを感じた面持ちを隠さなかった。
「至極よき納得なされた」
 小松帯刀以下従った四天王も同感だった。そう思えるほど松平春嶽は久光の一言一言に強く頷いており、ほとんど意気投合したような場の空気であったからである。
 その晩、一蔵は吉井に越前邸での様子をつぶさに語った。吉井はそれを大原重徳に告げ、幕府側の反応を知る手立ての一つにするためだ。
「回答を迫るのは二日おいた十三日」
「その間も源助らの報告を待つ」
 初めて登城した大原重徳は、まず将軍家茂に面接し、勅命を伝え、速やかに上洛すべきであると伝えた。それを吉井は認め、源助に託した。
「越前公は登城なされなかったようです」
 一蔵が小松帯刀に報告すると、やはりと頷き小松帯刀が続けた。
「理由は」
「病と称して、あえて」
「戊午の大獄以来、深く恐れるところがあるのだろう」
「幕吏の反応は、明後日待ちか」
「思わしくなければ、内々に脇坂安宅様を訪ねて頂きます」
 脇坂安宅は親戚筋にあたる。
「一歩一歩だ」
 小松帯刀は自分に言い聞かせるように呟いた。


三 薩州畳踊り

 勅使が登城した同じ日の八つ過ぎ、一蔵は堀次郎に同道して木挽町の酔月楼へ。その途中、堀に誘われ、眺望絶景で名高い愛宕山に登った。
 しばし国事から解き放たれたひと時を味わう。晴れ渡った江戸湾は、遥か房総まで望め、蒸気船が幾隻も浮かぶ。桜島が間近に迫る錦江湾を見なれた眼には眩しいほどだ。手前築地御堂の森とそれに沿うように伸びる東海道の町並み。今日も行き交う人々の数は多く、品川宿の喧騒が蘇える。
 酔月楼では長州藩士周布政之助に招待を受けての面会である。他に江戸藩邸留守居役の小幡彦七もいた。
 実は、長州藩主毛利敬親は、勅使が江戸到着する前日早朝に麻布邸を発し、道を中山道にとり上京の途に就いている。朝廷より長州藩とともに幕政改革に努めるよう命じられていた久光にとって、これは意外なことであった。
「なんとも不審千万。心底量り難し」
 久光は不快な面持ちを隠そうとはしなかった。
 長州藩からは来島又兵衛が再三訪ねてきて、勅使東下が決まらぬうちに、中山道を通って上京することになっていたのだという。
「なぜ中山道を」
「それは昨年参勤の節、福川で御病気になられ」
 暑い時分に東海道を通行しては、身体によくない、木曽路ならば涼しいので、その方がよいと早くにきまっていたのだと。
「それゆえ、勅使を待たずに出立するという事情は、周布政之助を川崎まで遣わして、大原様に弁解申し上げてある」
 しかし薩摩側は面と向かっては言わないまでも、それは一つの口実であると捉えていた。だから心底がはっきりせぬまま、胸襟を開いて話をするわけにはいかない。一蔵等もつい奥歯に物の挟まったような言い方になる。
 それを融和しようと周布政之助が働きかけてきたのは明らかだ。
 源助が探索で知り得たことを告げる。
「事の始まりは、久光公の率兵上京にあうごとです」
 毛利敬親は朝廷との間に入って周旋するよう、幕府から命じられていたのだ。
「幕府は辞職した久世広周に代わって五月二十七日、老中板倉勝静に松平春嶽と長州藩主を加えた使節団を京都におくることを内定しています」
「六月一日に期日は未定ながら将軍上京を布告した、その関連だな」
「使節団の目的は、朝廷に開国を入説するものです」
「その先兵が『航海遠略策』を記した長井雅楽だった」
「大原様は熱心な攘夷家ですから、航海とか開国については粘り強く尋ねられたそうです」
「長井は充分に説明した」
「岩倉様も非常に賛成を表されたとか」
「つまり長井の周旋に一大打撃を与えたのが率兵上京だったのか」
「薩州が勤皇の旗を挙げるのに、勤皇の名家たる毛利家が人の尻につくようでは我らの恥辱である。藩が決心しなければお互いでやろうではないか、という動きになった」
「長州藩は藩論を統一しないまま、幕府の意向を受け入れて動いたちゅうこっか」
「そうではないようです。毛利敬親は先ず、長井雅楽に長府、徳山、岩国の同意を得させております」
 長井雅楽が記した建議案の眼目は、航海の術を開き、五大洲各国の形勢を熟考の上、宇内(世界)を見渡して、神州の国体を立つるように処置するのが第一の急務、という点にある。
「詳細を掴んでいるわけではありませんが」
 源助は毛利敬親の建白書が出来上がる迄の経緯を簡潔に語る。
「しかしと長井雅楽は記しています。開国といっても、幕府のように偸安忌戦(一時逃れ)の臆病根性で、余儀なく諸港を開くという様では国体が立たぬ」
 是非開鎖和戦の権を我が国が執って、諸外国を左右する勢いでなくてはならぬ。非常の功は非常の時でなくては出来ぬ。今は皇権を拡張して中興の偉業を立てる時であるから、是非一大変革をしなくてはならない。
「そのためには大艦を造り、巨砲を鋳造し、将を択び、士を練り、航海万里五洲各国を横行して、皇威を宇内に輝かし・・・」
「それは吉田松陰の説と同じじゃなかか」
「その通りです。しかもこの議案の文中に、神州固有の忠孝を體(体)となし、洋夷功利の説を用となすという句があるのは、周布政之助の持論とか」
「そこまでん注意を払っておうのに、なにゆえ、久坂玄瑞らはあんよな動きに出たか」
「この一件で百五十石加増になった長井に感情を害した点もあります。それに」
 源助はひと呼吸の間をおいて続ける。
「吉田松陰を拘送した張本人として、松下村塾生の反感を買っていたようです」
「解せなかった寺田屋事件後の長州藩の対応も見えてきたな」
 有馬新七等と連携し、京都での義挙を企んでいた長州藩だ。しかも大坂藩邸留守居役宍戸九郎兵衛や京都藩邸にいた家老浦靭負が事実上与して、義挙計画の最終段階では、資金援助を施すなど、むしろ主導権を握っていたといっていい。
 だが長州藩は、その事実はないとして、関与した藩士の捕縛を拒絶したのだ。この一件があるため、久光の長州藩への拘りが増幅している。
「何故あの時点で鎮撫使が現れたか」
 周布政之助は逆にその疑問をぶつけてきた。
一蔵は鹿児島を発つときからの久光の存念を順序立てて説き、有馬等にも再三注意し、あの時点でも尚、久光の元へ来るよう促した。が、義挙派は聞き入れず、上意討となったと。
 そしてもう一点は、薩摩藩義挙派と長州藩がすでに一体となっている事実をつかんだことである。
「義挙が実行された場合、鎮圧は長州藩との関係から好ましくないと、久光公は判断された」
「長州藩の存在が、鎮撫使派遣と上意討を早期に決断させた主因と申されるか」
 この上意討ちされた八人については無論、薩摩側は久光の命令を奉じなかった罪人としている。が、この後、間もなく京都より届く勅諚の写しに「近くは伏見一挙に於て死失致候者共」という十六字を見出し、薩摩藩は心情をさらに硬化させていく。
 その罪人を許すというのは、久光の面目を踏みつぶすようで、甚だその意を得ないと。 勅諚は毛利家世子定広に与えられたものである。毛利定広は勅使一行とは入れ違いに、寺田屋事件の僅か五日後に入京したという。定広の働きかけがあったことは容易に判断できる。
 そしてこの問題は八月に入り、桂小五郎が江戸へきて、勅使の宿所や薩摩藩邸を訪ね、段々奔走するうちに、十六字が原因と突き止めていく。桂小五郎がその事情を大原重徳に告げたことから、大原重徳は事態収拾に動き出す。が、その過程で、桂小五郎は筋を通して譲らず、一方薩摩藩も同様に譲らない。挙句に窮した大原重徳が、勅文を改竄するという事件が出来し、事態は鎮火するどころか却って油を注ぐ結果になるのだが・・。
 時を元へ戻そう。
「納得頂けたなら、こちらの疑問にもお答え下さらぬか」
「来島又兵衛が申し上げた通り、当藩は別に慌てて出立したわけではない。拙者は先月二日、久世に建言書を出しておるが、内容は越前公と同様に、幕政改革と将軍上京を求めたものだ。が、例の件で久世は辞任してしまった」
「代わって板倉勝静の上京が決まったのであろう」
 堀は岩倉具視からの手紙をなぞっているに違いない。
 幕府は所司代を通して、朝廷側の動きは逐一掴んでいたはずだ。そうはさせまいという心底が透けて見える。
「そこへ天皇の真意は攘夷にあると伝わって来た」
「そいどん、そや段階を経ての話であろう」
 周布政之助はそれには応じず、堅い話はこの辺でと、芸者を呼び、座は俗興に及んだ。 十二日には先日の返礼として、薩摩側が柳橋の河長へ周布政之助等を招いた。先ずは船問屋万年屋へ向かい、そこから乗船し両岸の風景を愛でながら隅田川を登る。この船はあらかじめ周布政之助が用意しておいてくれたものだ。周布政之助の気遣いは痛いほどわかったが、だからといって長州藩への拘りが消えたわけではない。
 河長には小幡彦七や宍戸九郎兵衛もきており、再び激論になった。宍戸九郎兵衛は、義挙計画に関与した藩士の捕縛を求めるため派遣された吉井仁左衛門に、その事実はないと拒否した張本人だ。
 激論は暴論へと変じ、懇親のために開いたつもりの会が、訳のわからぬ会合になってしまった。
 最初、周布政之助がこう切り出した。
「両藩ともに力をあわせ、国家のために尽くしたい。もし其の事が変わるようであったら、周布政之助、腹を切ってお目にかけます」
 すると堀次郎が嘲笑気味に言った。
「然らば、拙者が介錯を致しましょう」
「何を申すか」
 慌てて一蔵が叱ったが、もう遅い。
 周布政之助は一瞬顔を歪めるや、すっと立ち上がった。
「剣舞をヤリまする」
 そう言うなり、刀を抜いて振り回し、堀の鼻先に突きつける。
「マアマア、そうして呉れるな」
 小幡彦七が心配して周布を抑えつけた。
 ならばと、一蔵はめったに見せぬ技を披露した。
「薩州の畳踊りをお目にかけよう」
 一蔵は畳の間に指を突っ込むと、たちまち畳を引き起こし、手首を巧みに使って、これをグルグルと回した。誰の頭にあたるか知ったことか。来島又兵衛は刀を引寄せ、イザと言えば直ぐ斬りつけるぞと身構えている。
 こんな具合であったが、何事もなく済んだのは幸いであった。これは後に「鴻門の会」と呼ばれるようになった。


四 松平春嶽

 十三日登城した大原重徳は、板倉勝静、脇坂安宅等を引見して談判するが、幕府の反応は捗々しくなかった。
 その翌日、脇坂安宅から招かれた久光は、越前公に対してよりも一段と詳しく趣旨を述べ、幕政改革の重要性を訴えた。
 久光の感触は「越前同様能き納得」で「至極の上都合」と喜びを隠さない。
 今度こそと期待が膨らんだが、松平春嶽は容易に起とうする気配がない。越藩老臣中根雪江も、元来老公は名望にそえるだけの才徳
はなく、このような天下の形勢を負担に感じており、加えて生まれつきの薄弱で胆力にも乏しくその任でないという。
 初対面の時の印象が一蔵の脳裏をかすめ、松平春嶽の一面を垣間見た思いだ。
また閣老等は、やや覚るところがあったと雖も、議論紛々として決しない。
 そこで久光は十六日、さらに書面で脇坂に受諾を迫った。命じられて堀と一蔵が起草したものである。
「勅使下されたのは、公武御一和御国内一致の処にこれ無くては相済まずと思し召されてのことで・・」「一日も早くご評決、勅諚ご遵奉なられ候よう伏して希い上げ候」
 こちらの存念が正しく伝わるよう、そして相手方が心を動かされるよう、言葉を選び順序立てて綴っていく。
 そして十八日、大原重徳は再び登城し、両閣老に面接して督促したところ、遂に松平春嶽の政事総裁職だけはお受けすると答えた。
譜代大名の大老に相当する役職である。  
 だが、一橋慶喜の後見職はなかなか承知しない。大原重徳は二十二日、二十五日と続けて老中を呼んで迫るが、猶予を求めるだけで明確な回答はない。
「勅使が着府して既に二十日になる。聞くところによれば、幕府はなお、そん色なしちゅうじゃなかか」
 業を煮やした海江田武次と奈良原喜左衛門が、一大勇断の処置で幕吏の頑強を制して、勅命を遵奉させるべきとの強硬論に出てきた。
「大原勅使および久光公は帰途につかれては、いかがか」
「我ら十余名ほどが残留して幕府の奸吏を斬る」
「そうして久光公の勤皇愛国の精神を世に明らかにすべきでは」
「そこ下等の意見は一理あるといえども、お二人は勅命を奉じて出府なさったのだ。今空しく退去するべきではない」
 更に最後の手段を尽くして幕吏の確答を促し、その決答の如何によっては大いに処置するところはある。
「今はまだ、時期尚早である。軽易に大事を誤ってはならない」
 一蔵はもうしばらくの忍耐を説いた。
 海江田武次等はその挙は中止したものの、後日のためにと閣老らが退城する状況を一覧したいと願った。一蔵は軽挙を固く禁じた上で、漸くこれを承諾。
 海江田等十余人は二十八日、桔梗・下馬などの橋畔に徘徊して閣老等の退城を待ったが、幕閣等はすでにこれを聞知したのか、その日は日没まで退営しなかったようだ。
「そいどん、こや確実に、示威運動になったな」
 二日前の勅使宿所での光景をなぞりながら、一蔵は空しく戻って来た海江田等を励ました。
 二日前の光景とは、中山中左衛門と勅使を訪ねていった時のことである。大原重徳が板倉・脇坂両老中を呼んであるというではないか。一蔵は瞬時に好機と捉え、勅使に申し入れた。海江田等の不満が蘇えったことは言うまでもない。
「今日も、もし承知せん時は、老中を帰さぬ決心だ」
 柄を握り締める一蔵に、大原重徳は目を見開いて頷いた。
「それほどの事なら自分も大いに頑張る」
 勿論、中山の性格からしても異論はない。三の間に控えるのは吉井を加えた三人。襖の陰で固唾を飲んでいた。
大原重徳も腹を括った物言いである。そして・・。
「もし承知をしないなら、只今、変に及ぶ」
 大原重徳は一旦言葉を切って、静かに語を強めた。
「大変なことになりますぞ」
 同時に響く小口を切る鋭利な音に、老中の顔色が変わったという。
「お請けする方向で努力します」
 緊張しきった声音が聞えた。
 この時、老中がどうしても承知しなければ、大原重徳が座を立って次の間に入るので、それを合図に三人が突入し、違勅の罪をならして天誅を行う約束だった。
 それでも老中は努力すると言っただけで、確答は避けている。
 高輪に戻って、久光にその旨を告げると苦笑した。
「幕府にはこれまでのような威力もないのう」
 微かに嘆息して続ける。
「勅使への待遇も大変手厚く、下手に回ってだましつける手段と見える。越前公には自己の非力を嘆く手紙を書きはしたものの・・」
六月二十九日、勅使は四回目の登城を行い、やっと老中から一橋慶喜の後見職を受け入れる確約を得た。
 この日の日記に一蔵はその喜びを記した。
 実に有難く皇国の大慶この上なく、昔年の鬱を散じ候心持也。


五 一筋の光

 七月一日正式に登城した勅使に将軍が、一橋慶喜を将軍後継職に、松平春嶽を政事総裁職に任用すると答える。
 同じ日、幕府は久光の浪士鎮撫の功を賞して刀一振りを与えた。が、久光は陪臣のため、薩摩藩主名代として受け取ったのは、支藩日向佐土原藩主島津忠寛である。
なお、勅命実行の期日は、それぞれ六日と九日で、漸くここに勅使の目的は達成されたわけだ。
 十一日には小松帯刀以下、中山・堀等と一蔵は汐留山崎屋より墨田川を上り、大七楼で国家皇国のために祝宴を開いた。
 日記に記した如く、長い間の鬱を散じ、全員がしばしの緊張をほぐしたことは言うまでもない。
「政事総裁職の議が決定した後も、越前公は固く辞退しておられたからのう」
 中山中左衛門はやや非難めいた物言いだ。
「勅使側がしきりに勧告したのは無論のこと、幕閣や大久保一翁等の尽力もあったと聞くが」
 性格的なものもあるのではないかと小松帯刀は指摘する。
「拙者も同感です」
 一蔵は源助から得た内容を述べた。
「越前公は、藩に招いていた横井平四郎(小楠)の意見によって、進退を決定しようとなされていたごとだ」
「横井は藩地におるのでは」と堀次郎。
「使者を派遣して出府を促しており、今月六日に到着したごとだ。そん横井もまた賛成したこっで、遂に決心なされたちゅう話だ」
「そん人となりは聡明誠実な方かも知れぬが、豪胆かつ果断の資質に乏しかのだろうな」 今後、幕府と渡り合う場合に、心しておいた方がよいな。そう述べる小松に皆頷いた。 帰りは五つ時分、汐留に着き、祝宴の余韻をかみしめつつ談笑しながらの帰邸は九つ、午後十二時になった。
 その二日後、一蔵は芝高輪大円寺内にある曾祖父大久保正左衛門利辰の墓に参詣した。無論どの辺にあるかも分からなかったが、探したところ不思議にもすぐ見つかった。
 まるで法名「賢道廓心居士」に手繰り寄せられるようにして・・。
 一蔵は、多年その苦心焦慮してきた宿志に一筋の光を見出した喜びを、拝香に込めた。







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