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身請け (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2012年7月1日 11時42分の記事


【時代小説発掘】
身請け
篠原 景


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


【梗概】: 
大店に身請けされた吉原の遊女。家族に広がる波紋……。

 
【プロフィール】:
篠原 景。
2000年より大学で史学に没頭、時代小説の道へ。敬愛するのは東西のロックの神様。日本文芸学院客員講師。


これまでの篠原 景の作品:
「かまきりと遊女」
「遊女の絵筆」 
「廓の子供 」
「春の床」
「花魁のねずみ」
「土人形」
「幕末吉原の猫」
「化け狐」
「初吉原」
「幕末吉原文化談義」
「人魚の肉と遊女たち」
「秋月」
「宝屋の娘」

「やなぎ屋おかよのウェブ日記」(文久二年五月)
「やなぎ屋おかよのウェブ日記」(文久二年十一月)


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【時代小説発掘】
身請け
篠原 景



(一)幸蔵

 若紫(わかむらさき)はこの上ない女だ、と、幸蔵は何度も繰り返し思っている。
 とろんとして遠くを見るような目は、身ぶるいするほどの色っぽさだし、小さな唇は愛くるしい。
 床の中で、その小さな唇が、様々な務めに懸命に励んでいるのを見ると、愛しくて愛しくてたまらなくなる。
 小柄な体を形づくる肌の、白さ柔らかさは言うことないし、普段の声も、床の中での声も、幸蔵の耳の奥をくすぐってはたまらなくさせる。
 秘所に至っては、幸蔵以外で、若紫の秘所に触れた男は、全員罰当たりで途方もない果報者だ。
 日本橋で紙問屋を営む藤屋の総領息子、幸蔵は、吉原の中見世、亀屋の若紫に通いつめ、「遊びもほどほどに」「少しは商売にも目を向けろ」「親の金を何だと思っている」とお定まりのすったもんだを一通り経た挙句、若紫を身請けして嫁にするに至った。藤屋の商売が堅物で商い一筋の父親のお陰でうまくいっていたことと、若紫が中見世の妓(こ)で、どういうわけか格別の売れっ妓というわけでもなかったこと、それから、ちょうど一年前の嘉永四年三月には遊女大安売りの引き札が配されるほどに、吉原全体が不景気のなかにあり、かつてのような法外な身請け金でなくなっていたことが幸いした。さもなければ、今頃は、足抜け駆け落ちの騒ぎだったねえと、幸蔵はのんびり思い返す。
 遊女なんてものは、妓楼のきらびやかな部屋のなか、華やかな装いで行灯の明かりに照らされるのを眺め、朝になったら別れねばならないと思いながら床を共にするから格別なのだ。女房になぞしたら、煮炊きも針もまったく駄目、堅気の暮らしのしきたりもさっぱり、加えて体を酷使し続けた暮らしのせいで子供もなかなか望めない。残るのは後悔ばかりだとは、散々聞かされた。
 だが、若紫改めおきよを嫁にしてから、幸蔵は後悔するどころか、一層おきよが可愛いくてならなくなっている。
 身なりは地味になったが、それでも色気は隠しようがないのが言いようもなく乙だ。夜、二人きりになったときだけ以前の若紫に戻るのもたまらない。
 なにより周囲の者が皆、おきよの出自を知っているのもいい。男たちのおもちゃだった女と蔑む声があるのは知っている。だが、長屋に客を引き込む河原見世ならともかく、吉原のそれなりに格のある見世の女というのは、江戸の男たちにとって憧れの的、高嶺の花なのだ。相応の財力がなければ客にすらなれない女を、幸蔵は嫁にしたのである。
 ゆえに、おきよに集まる男たちの眼差しが、幸蔵には誇らしい。先日親戚の法事があったときにも、幸蔵は、つい背筋に力が入る自分がおかしくてならなかった。
 藤屋にいるのは、父親の安蔵と母親のおなみ、六つ下で十六才の妹おみわ、おみわより一つ年上で親類の信助、それから奉公人たちである。信助は、父親の従兄弟の息子で、幼い頃に母親を、二年前に父親を亡くし、藤屋に引き取られたのだ。
 幸蔵がおきよを身請けしたいと言い出してから藤屋に吹き荒れた嵐は、身請けと祝言が済んだ後は、すっかり収まって、いわゆる雨降って地固まった日々が続くはずであった。 しかし藤屋にはまだ時折、つむじ風や突風が吹き荒れる。主にその原因となるのは母親のおなみの、世に言う姑根性だが、藤屋全体が、元遊女でこの上ない女であるおきよとどう向き合えば良いのか分からないでいるようだ。要は少々堅物が過ぎるのだろう。
 皆、仲良くすれば良いのに、と幸蔵は思う。


(二)おみわ

 はじめの頃は、「若いうちは少しくらい遊んでいた方が」なんていわれていた兄の幸蔵が、家を空けがちになり、藤屋の心配の種となっていた頃までは、どこか他人事のように眺めていたおみわだったが、「義姉(ねえ)さん」となる人を、吉原から連れてくることになったのには、さすがに驚いた。
 身請け話が持ち上がった若紫と呼ばれるその人は、奉公人やらご近所やら、とにかくおみわの周囲の者たち皆にとって、最大の関心事となっていた。
 ただ、同じ噂話をするにしても、男たち女たちの間には、奇妙なくらい隔たりがあった。男たちの顔には、浮き浮きしたような笑みがあるのに、女たちは、どことなく嫌悪感を露わにしていた。
 何かにつけて子供扱いされるが、おみわは自分が一人前の女だと自負している。だからおみわは、何となくその若紫という人を毛嫌いしたい気持ちになった。
 それに繰り返しになるが、子供ではないおみわは、もう〈男女ですること〉についてはかなり知っている。〈男女ですること〉は、大層大変大仕事でとても恥ずかしい。思い浮かべるだけで、しゃっくりのような声が出そうになる。
 それなのに、初めて会う何人もの男に自分の体を自由にさせる女というのは、いくら可哀想な身の上と聞かされても、どこか受け入れがたい。
 徐々におみわを満たしていったのは、何かとんでもないものがこの藤屋にやってくるという感覚だった。角を生やした世にも恐ろしい女に襲われる夢にうなされたこともあった。
 だから正直なところ、初めておきよを見たときの感想は、拍子抜け、の一言だった。
 ひどく血色のわるい、病気持ちとも見える女だった。容姿も悪くはないが、兄や近所の男たちが大騒ぎするほどではない。「花と見紛う立ち姿――」と、妙ちきりんな節をつけて鼻歌にしていた兄は、おかしくなってしまったのではないかと思ったほどだ。
 しかも、一つ屋根の下で暮らしはじめると、あまりに物を知らず、飲み込みも悪いのが気になってきた。飯の仕度一つとっても、青物も魚も、煮たり焼いたりした後の様子しか知らないので、いつまで経っても、まともな買い物が出来ない。言葉も、子供の頃からずっと廓(さと)言葉だったとかで、たどたどしいことこの上ない。
 しかし、そう思って侮っていたりすると、妙に細かいところ、例えば誰かの湯呑みを手に取りやすいところにさり気なく動かしたり、履物をまめに揃えたりといったところには、よく気配りが行き届いているのである。
 おみわはおきよの言動に、逐一呆れたり戸惑ったりするだけだった。だが母親は違った。おきよの人並以下のところ、人並以上のところ、すべてに苛立っていた。
 最早、藤屋の平穏を乱しているのは、おきよの言動なのか、おきよが右から左に動くだけで機嫌をそこねる母親なのか、分からなくなるほどだ。だが、だからと言って、おきよの味方をしてやろうという気持ちにはならない。
 そして実はもう一つ、おみわには気になっていることがある。はとこである信助のことだ。
 信助の家は、奉公人を一人置く瀬戸物屋で、二年前に父親が病で急死しなければ、一人息子の信助が跡を継ぐはずだった。だが二年前、まだ十五であった信助が、突如瀬戸物屋の主人となるには無理があった。無論、奉公に出た先で、新入りの小僧として商いを一からという年でもない。
 信助の父親と仲の良かったおみわの父親は、結局信助を、藤屋で家族同然に扱い、店の仕事を手伝わせて商いの心得を学ばせ、相応の年になったら、元の瀬戸物屋と同規模の店を出させてやることにした。よって今信助は、かなり曖昧な立場ながら、懸命に藤屋の仕事に精を出している。
 その信助を、おみわは密かに好いている。二年前、信助が藤屋に来てから、いつのまにか自然と気持ちが引きつけられていた。
 太い眉の下の目はいつも伏し目がちで、商人(あきんど)としてやっていけるのか不安になるほど口数の少ない若者だった。だが、家族同然とされても分をわきまえ、黙々と仕事に取り組む姿や、時折おみわに話しかけるときの声の落ち着いた様子は、兄の遊蕩ぶりを見飽きていたおみわの心に、清々しい風を吹き込んだのだ。
 おみわは今、何とかして信助の嫁になれないかと考えている。
 藤屋とつりあうような商家に嫁いでも、相手の男が好ましい人物とは限らないし、嫁姑の苦労は、見ているだけでうんざりだ。
 多少は苦労をしても、信助と暮らせるならば本望だし、おみわの父親に店を出してもらう予定の信助にとっても悪い話ではないはずだ。
 ただしあくまでも、信助がおみわのことを嫌いでないならば、だ。
 そんなときに、おきよは藤屋に来た。
 奉公人や、藤屋に出入りする男たちが、独特の目でおきよをじっと見ているときがあるように、信助のあの伏し目がちの目も、時々おきよには特別な眼差しを向けるのだろうか。
 あれこれ考えると、おきよのやたらと柔らかな手足の運び、首のかしげ方などが、いちいち気になってくる。
 だが、おきよは別に信助の気を引こうとしているわけではないのだ。それは分かる。
 おきよは、初めて会ったおみわが拍子抜けするくらいに普通の女、角なぞ生えていない普通の女なのに、何人もの男と〈男女ですること〉をせねばならなかった、可哀想な女なのだ。
 〈男女ですること〉。男に自由に体を触らせること。それから――。
 やっぱりおみわは、信助に好いてもらって、信助としか、そういうことをしたくない。信助と……出来るのだろうか。
 おきよと暮らし始めて、何かと物思いに耽ることの増えたおみわは、いつしか他の女たちと同じように、吉原からやって来た「義姉さん」に対し、どうにも消せない嫌悪感を覚えていた。


(三)おなみ

 息子が吉原の女を嫁にすると言い出したとき、最初に反対した一番の理由は、孫のことだった。
 毎晩、複数の男の相手をする女の体は、子を産むことが難しいのだという。
 夫と夫婦のことがなくなり、顔にも皺が刻まれ、子供らもおおよそ育ったおなみの心の中で常日頃輝いていていたのは、いつか腕に抱く孫の頬の柔らかさ、首にぶらさがろうとする愛くるしい重みであった。
 藤屋ほどの身代であれば、親類をたどって適当な養子を迎えることくらいわけないだろう。だがおなみが欲しているのは、藤屋の跡取りではない。
 妾では駄目なのかというおなみの言葉に、幸蔵は首を振り続け、夫は、世間にもないことではないと、幸蔵が遊蕩をやめて商いに励むことを条件に、おきよの身請けを決めた。 嫁いびりとの悪口を、おなみは知らないわけではない。しかしそもそも、夫や息子にいびられたのは自分だと思っている。
 加えて、おきよと一つ屋根の下で暮らすようになってから、思わぬ絶望がおなみを襲った。
 おきよは、いつまで経っても所作一つ一つから女郎稼業の名残が抜けない女だった。元来気の利かない女とも見えた。
 だがおきよは幸蔵の嫁なのである。それは間もなくおきよが、今の自分と同じ「藤屋のご新造様」と呼ばれる立場になることを意味する。
 長年苦労して、藤屋の内向きのことをしっかりと取り仕切ってきた己の自尊心が、粉々に打ち砕かれる思いがした。
 もう、おきよのことだけでも手一杯なのに、二年前から預かることになった信助を、おみわがやたらと気に入っているようなのも気になる。おきよが男女の淫蕩な空気を藤屋に持ち込んだのだとは思いたくないのだが……。
 最近、おかしな夢を見る。豪奢でけばけばしい着物を羽織った妖怪が、身をくねらせて近づいて来たかと思うと、おなみの体からひょいと骨を一つ抜いて持ち去るのだ。抜かれる箇所は日によって違う。
 汗みどろで、おなみは目を覚ます。


(四)安蔵 

 女郎稼業は並大抵のことではない。明日の飯粒を口に入れるためには、一人でも多くの男に媚びて、悦ばせて、拗ねて、甘えて、一文でも多くの銭を出させねばならない。そういうものなのだ。
 だから、幸蔵が入れ揚げた女の性格に多少難があっても、廓育ちゆえと、大目に見てやるつもりでいた。しかしおきよという女は、予想以上に素直な質のようで、ほっとしている。
 ほっとしたと同時に、安蔵の胸には、言い知れぬ寂しさのようなものが去来するようになった。
 安蔵の父親は遊びに遊んだ男だった。吉原にも通ったし、深川の若い芸者に籍を抜かせ、囲ったりもした。結局父親の最期を看取ったのは、その若い妾だった。
 藤屋は父親の散財で傾きかけていたし、母親を泣かせ通しだった父親を憎んでもいたので、安蔵は商い一筋の堅物となった。
 だが幸蔵が、飯のときにおきよを幸せそうに眺めていたり、先日の法事で親類の目を盗みおきよにじゃれつくようにしていたりするのを見るたびに、自分には知らない何か、忘れてきた何かがあるような気がしてくるのである。
 女房のおなみに不満はない。実によく出来た女房だ。
 ただ、寂しい。
 最近安蔵は、父親と妾が好んで口にしていた天麩羅を食べなくなった。おなみには年を取って口が変わったようだと言ってある。


(五)信助 

 おきよが藤屋に来て、信助が一番感じたことは「助かった」の一言に尽きる。
 信助は藤屋主人の温情で、藤屋の家族同然としてもらっている。遠まわしに、ゆくゆくは店を出してやるつもりだとも言われている。感謝してもしきれない。
 だが同時にそのことは、信助に常にある種の緊張を強いている。
 家族同然と言っても家族ではないのだ。半端な年齢で突然藤屋にやって来た自分に、藤屋の家族も奉公人も戸惑い気味であることは、痛いほどに感じていた。極端な言い方をすれば、信助は江戸の他の商家同様、家族と出世を競い合う奉公人たちという仕組みのなかにある藤屋にとって〈異〉なのだ。無我夢中で働くよりない。
 だがもっと〈異〉である存在が藤屋にやって来た。おきよには悪いが、信助はようやく、一息つけたような心地がした。
 元吉原勤めのおきよは、男たちの関心の的で、商いの用事で出かけた先などでも、信助は頻繁におきよのことを尋ねられる。
 信助は、吉原を始めとした、いわるゆ悪所にはまったく縁がないまま今に至っている。 男だから興味がないわけではない。あいつは堅物だからと噂されるのを聞きとめれば、言い知れぬ劣等感も沸き上がってくる。
 だが、おきよを初めて目にしたとき、地味な女という印象を持っただけで、以降も心の動きは何一つなかった。おきよよりも、いつも生き生きとしてよく笑うおみわの方が何倍も輝いて見えた。
 そう、信助はおみわを密かに好いていた。
 おみわは本当に可愛らしい。
 先日、裏庭を通りかかったとき、縁側で錦絵を食い入るように見ているおみわを見かけた。持っていたのは、どこで手に入れたのかは知らないが、花魁を描いた錦絵だった。
 どことなく眠たげな春の陽射しのなか、恐らくはおきよを思い浮かべ、おきよがかつていた世界を思い浮かべ、一枚きりの錦絵に見入っていた。庭の低木に雀の群れが舞いおりて、けたたましく囀っていた。
 あまりにも平穏で、可愛らしい光景であった。
 雀の囀りに顔を上げ、信助に気づいたおみわが少し怒ったような顔をした。
「なあに。そこにいたの」
「あ……いえ」
「あたしが絵を見てちゃいけない?」
「いえ」
「見て、すごい着物」
 ひらり、と、おみわの手許の花魁が、信助に向けた立ち姿となる。
「本当にこんな格好なのかしら」
「さあ」
「信助さんは見たことないの?」
「ええ」
「きっとすごく重いのね。夏は大変そう」
 軽く肩をすくめてみせた後、再びおみわは絵に見入って、信助はその場を後にした。
 信助は何かにつけておみわのことを考えてしまう。出来るだけ一緒にいたい。いつも心の片隅に引っかかっている、自分もいつか女とやるであろうことも、相手がおみわだったら、と思う。思い浮かべるだけで気恥ずかしいが、そう思う。
 しかし、たとえもしおみわが頷いてくれたとしても、信助の大恩人であるおみわの父親が許してくれるはずがない。
 信助のなかに今ある感情は、固く封じ込めねばならぬものなのだ。
 ふと、幸蔵の顔が思い浮かんだ。散々遊び呆け、無理を押して親に大金を遣わせ、おきよを家に迎え入れた幸蔵の、それを当然とばかりに考えている顔を、心底殴りたくなった。それもまた、封じ込めねばならぬ感情であった。


(六)おみわ 

 手習いや琴が一緒で、日頃から仲良くしているおかつに誘われ、おみわは久しぶりの浅草寺参りにやって来た。供はおかつの家の年嵩の女中一人である。
 天気も良く、友達との気取らない遠出は久しぶりで楽しい。簪や袋物の店をひやかした後、開放感からおみわたちは、普段なら入らないような簡素な菜飯屋で一休みすることにした。女中は不満そうだったが、はしゃぎ疲れて急に空腹を覚えたのだ。
 狭い店のなかには、職人らしい男の二人連れと、担ぎ荷を持った商人(あきんど)が一人いた。明らかに身なりのいいおみわたちを、一瞬意外そうな顔で見たが、すぐに各々の飯に戻った。
 三人分の菜飯と汁はすぐに出てきて、おみわたちはすぐに箸をつけた。黙々と食べるおみわたちの耳に、すぐ横の職人らしい男たちの話し声が聞こえてくる。
「吉原からよ、投げ込み寺に運ばれる途中の女郎を見たぜ」
「へえ」
「哀れなもんだな。おっ死(ち)んだら、菰にくるまれて、投げ込み寺の穴に放り込まれて、はいおしまい、だぜ」
「女郎はとにかくよく死ぬからな。なんつうか、慣れっこなんだろうな」
「そうなの?」
 おみわが上げた甲高い声に、男たちは呆気にとられた顔をこちらに向けた。供の女中が慌てた様子を見せたが、おみわは構わない。
「お女郎さんはよく死ぬの?」
「……そ……そりゃア、まあ……」
「どうして?」
「あそこはよ……その……ろくでもねえ暮らしだから病もすげえし、自分でおっ死(ち)んじまう女も多いらしい。何せ、一度泥水に漬かりゃア、……その……なあ……」
「皆、身請けを楽しみにしているんじゃアないの?」
「そりゃないぜ、お嬢さん。……おっと、何でよりによってこんな話をしているんだか……まアいいや。身請けなんてのは、大事(おおごと)だぜ。そんな運に恵まれる女は、そうそういやしねえ」
 おみわは押し黙った。
 藤屋の若嫁が吉原から来たことを知っているおかつと女中は、気まずそうに箸を動かしている。おかつが一度だけ、「運がいいんだ」と小さく呟いた。
 男たちは不思議そうな顔をしていたが、また自分たちの他愛ない話に戻った。
 しばらく俯いた後、おみわは、ゆっくりゆっくり時間をかけて汁を飲んだ。
 おみわは涙をこらえていた。思い浮かべているのは、今日家を出るときにおみわの着物の襟を直してくれたおきよである。慣れないことづくめのなかで、懸命に人に気を遣うおきよ。おみわの「義姉(ねえ)さん」だ。
 吉原で死んでしまわないで良かった。死なないでいてくれて良かった。心からそう思った。
 かりかりしているおっかさんにも、今の自分が思ったことを伝えてたい。出来たら義姉さんにも、伝えたい。
 おきよが藤屋に来てからのあれこれを全て受け入れた気持ちになったおみわは、自分では気づかないが、急に大人びた顔になっていた。
 そして、ぼんやりと信助のことも考えていた。信助にも、ずっと好いているという一言を、伝えたいと思った。

                     了





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■あまりにあっけなく、野田民主党惨敗。あまりにあっけなく、安部自民党大勝利(takeshi.komi)
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