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薩摩いろは歌 幕末編12  戦端 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2012年9月2日 12時28分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 幕末編12  戦端
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


梗概・戦端
 英艦来航の号砲が各砲台から鳴り響くころ。購入して間もない三隻の船の処置を巡り、船奉行添役松木弘安と中山中左衛門の意見が対立。そしてそれらが拿捕されるまでの様子が大久保一蔵の視点で描かれる。

作者プロフィール:
古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。


これまでの作品:
薩摩いろは歌 幕末編1 口上
薩摩いろは歌 幕末編2 率兵上京に向けて
薩摩いろは歌 幕末編3 時に到りて涼しかるべし
薩摩いろは歌 幕末編4 久光入京
薩摩いろは歌 幕末編5 寺田屋事件 
薩摩いろは歌 幕末編6 舞台裏  
薩摩いろは歌 幕末編7 勅使東下
薩摩いろは歌 幕末編8 無明の酒
薩摩いろは歌 幕末編9 極密献策
薩摩いろは歌 幕末編10 外交初陣
薩摩いろは歌 幕末編11 中川宮朝彦親王

                  
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【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 幕末編12  戦端
古賀宣子



一 避難

 藩が開戦を決定する四日前。
「頼んだぞ」
 一蔵の視線が平吉の眼底深く捉えた。
おびえを見せまいと歯を喰いしばっている。無理もない。戦などという、昔話でしか知らない事が始まるかもしれないのだ。それも異国との闘いだ。何がどうなるのか、まったく見当もつかないのだから。この年、平吉二十二歳。多忙な一蔵に代わり、一家を支える存在に成長している。
 数日のうちに天候が荒れるという漁師からの報せが入るや、藩庁は各家族へ早めの避難命令を発した。すでに英国艦隊が鹿児島に向かっているという情報を得ていたからである。三本マストの黒い船体七隻が鹿児島湾口に入ったことを報せる烽火が立ち昇り、号砲が発射されたのは、この日の午後である。
 指示した避難先は城西草牟田だが、難を近郷に避けて出水筋を行く者や家財を運搬する者たちが陸続として連なり、恰も火災の時の様相を呈していた。
 蒸し暑い曇天下、川沿いの道を上流へと砂埃が舞う。褐色の背に汗をにじませ大八車を引く人夫。その脇、先頭は母ふくに付き添う嘉介だ。もう五十代半ばになろうか。腰は少々曲がっても、大久保家を支えてきた嘉介への信頼は、未だに揺るぎないものがある。その後ろを三歳の伸熊を背負い、五歳になった彦熊の手を引く満寿子が続く。そして最後尾に、一家を護るようにして平吉が。
 実は隣にもう一人。嘉介が呼び寄せた子供がいる。七歳になった正太だ。平吉の弟で、一蔵の前名正助の一字をもらったと平吉は言っていた。普段は子供たちの遊び相手である。
 大久保家の避難先は、母の妹一家が住む新照院町だ。そこは草牟田とは隣接しており、新邸は新上橋近く、甲突川に面した一角にある。五月に父が亡くなると、母はふさぎ込むことが多くなったと満寿子が心配していた。妹の近くならば母も心強いであろうとの配慮からだった。
 おびえを見せまいと歯を喰いしばっているのは、一蔵とて同じであった。いや、もう少し正確に述べるなら、久光以下藩政の中枢にあった者たちの多くは心境を同じくしていたに違いない。
 昨夜交わした平吉とのやり取りが甦る。
「噂によりますと、異国に行かれたこっのあう方が戦に異を唱えられたとか」
「幕府使節団に随行して英吉利(エゲレス)に行き、アームストロングと申す大砲が盛んに造られうのを見てきた者がおってのう」
「国力の違いを肌で感じてこられた、ちゅうこっですか」
「鋭いぞ、平吉」
 松木弘安(寺島宗則)は、長崎で英国艦隊が鹿児島に向かったことを知り、以前、上海に行ったことのある五代才助(友厚)とともに急いで帰国し、戦をしないよう進言したが、受け入れられなかった経緯がある。
「でん、薩摩藩の砲台も洋式砲を備えておうのでしょう」
 何とか対抗できるのではと平吉はいう。
 一蔵らも同じように判断した面がある。アームストロング砲については、江戸藩邸情報掛の報告書で掴んではいた。が、まだ実戦には使われていないということで、実力のほどが分らなかったからである。間もなくその威力を思い知らされることになるのだが。
「無論、戦への備えを進めながらも、英吉利との闘いは是か非か、繰り返し反芻してきたが」
 国内外の形勢に通じていた小松帯刀以下一蔵等は開港もやむなしと覚知しており、かねてからの攘夷を非とする論に反するからだ。
「それでん避けられなかった、のなあ」
「生麦の一件について、あらゆう角度からの検討を惜しまなかったが、行きつく先は同じであった」
 つまり、非は相手側にあり、従って犯人処刑や賠償金支払いに応じる訳にはいかない。そして、藩内の多数を占める攘夷の空気を察すると、説得できる理由を見出せなかった。「時折、源助を遣わす。しばらくは城から戻れぬゆえ」
 一蔵は刻々と入る情報を精査しており、戦になれば本陣と定めた千眼寺へ移ることも話した。千眼寺は、出水筋西田町外れの一本西側の辻にある。
「肌着の着替えなどもお申しつけ下さい」
 平吉はしっかり頷くと、そう付け加えた。

 生麦事件の発生および英国が鹿児島に艦隊を派遣する可能性のあることが地元に知らされたのは、昨年の閏八月二十八日で、久光の使者松方助左衛門によってである。間を置かず久光一行も帰国し、直ちに武器・弾薬の手当て、特に砲台の築造に努めた。
 そして十一月に行った軍制改革では、斉彬時代に進めてきた洋式訓練について「とかく人心の帰向が薄く」ということで、慶長年間以前の旧制に復した。それは京や江戸での久光の言動とはそぐわないのだが、理由は二つある。
 一つは異説雑説の鎮静化に努めていた久光は、それらと同根の守旧派の主張を容認した点だ。もう一点は、攘夷は勅命であり、従って排外主義が国論と受け止められていたため、洋式否認を拒否できなかった面がある。ただ英国艦隊が来るといっても、それは海軍なので、「但し」として「台場備えの大砲などは、これ迄通り西洋の規則に基づき申すべく候」とした。陸軍のみを旧式復帰やむなしとしたわけである。
 城については、大隅国国分村に居城を移さんとする議も起きていた。というのは、鹿児島の地は、一衣帯水を隔てて桜島に対しており、水深く船舶の出入りに便利ではある。けれども、もし敵艦が進入し、この地を砲撃したならば、城下は無論のこと、城も悉く灰燼となるのを免れまい。その懸念が大いにあったが、結局は移転に至っていない。
 生麦事件時、大番頭・家老吟味役であった小松帯刀はその後、驚異的な出世を遂げていく。事件への冷静な対応が、久光の認めるところであったことはいうまでもない。
 久光は一門による門閥体制打倒のために精忠組を取り込んだが、それ以上に重きを置いていたのは、家老を一門以外から起用することであった。事件以後、英国との戦という最悪の事態を想定した久光人事は、若き宰相誕生へと突き進んでいく。
 その年の十二月には、その家老を命じられ、御側詰となり、役料高千石を賜り、さらに御勝手掛、御軍役掛他、名は省くが、多くの掛を兼務することになる。よって藩の軍事、外交、財政、産業、教育などの指揮命令権が小松帯刀に集中し、久光―小松体制が確立していった。


二 三隻の船

 来航の号砲が各砲台から鳴り響くころ。
 二の丸御用部屋で、一蔵は中山中左衛門、伊地知貞馨らと薩摩藩全体の絵図を広げ、各要所を確認していた。それらは川上式部らを中心とした防備会議によって定められた大枠に沿って決めていった細部の要所である。
 鹿児島湾を囲む地域だけでも砲台は、桜島の他二島を入れて十か所。修築には西田町全体より男女日々五百人余ずつの加勢が出たせいか、今年三月の久光上京時には、ほぼ完成。
 その他、野砲砲台、野砲のみの設置個所、遠見番所そして新たに築かれた烽火台など、海岸線沿い全域に点在している。当初は長崎経由でくるのではと思われていたためだ。
 久光自身、昨年十一月十六日に、茂久とともに、沖小島や桜島の台場築造工事や集成館の大砲鋳造等を視察している。
「新たに建築した永吉村の米蔵は、これだな」
 中山中左衛門が指先で確認する。
 藩庁には予め米穀の貯蓄が数千石あり、従来その蔵は鹿児島・桜島ともに城下付近の海岸に接近した箇所にある。それをこの春末ごろに、移送を終了させている。
「城山の後背に位置しておい、ここならば焼かれう懸念はあうまい」
「何十日の連戦にも欠乏の憂いはないであろう」
 嘉永の頃より、連年製造貯蓄してきた乾飯は、城中台所内の倉庫に貯えていたが、これも尾畔(おぐろ)の別邸内に移した。乾飯は前藩主斉彬の命によって製造を始め、以来年々増製し、新古貯え替えをしてきたものである。
 その時、廊下を慌ただしい足音が・・。両肩を激しく上下させて現れたのは松木弘安と五代才助だ。二人は船奉行添役で、汽船の乗頭としての職にある。船は通称前之浜と呼ばれている城下の前に広がる浜に碇泊中だ。
「まんいつを慮い、汽船三隻の鹿児島湾外への避難を是非、許可頂きたいのですが」
 三隻とは天祐丸、白鳳丸、青鷹丸を指す。
「湾外だと、どこへ」即座に気色ばむ中山中左衛門。
「瀬戸を通過して坊泊辺いに回船し、こん場を避けうのが、機宜に適した処置じゃなかかと」
「何たう卑怯未練なう行為だ」
「そいどん三隻ともに、前年よいこん春にかけて買い入れたばかいの船でござおいもす」「それが、いけんした。敵が現れうや背中を見せうとは何事か」
 小松帯刀以下四名の中では、中山中左衛門だけが攘夷寄りだ。
「おぬしの言い分も解からぬではなかが」
 激しい物言いに、一蔵は思わず口をはさんだ。中山中左衛門は士気低下を懸念しているのだ。城を移さなかったのも、同じような理由による。決して中山中左衛門の意見だけが異常なのではない。
「こん献策は果たして卑怯未練と罵られうだけのもんであろうか。判断は微妙だ」
「価格を思えば当然の処置では、ござりませぬか」
 松木等も引き下がってはいない。
 三隻で三十万両を支払っており、英国が要求している賠償金の三倍に値する額だと、船方の掴む現実で反論する。
「日新公いろは歌の“ゆ”を解かっておうな」
 たたみかけるように中山中左衛門が詰問する。防備体制に入るにあたって、城下に伝えられた歌である。

  弓を得て失ふことも大将の
     心ひとつの 手をばはなれず


「大将の心ひとつで、軍の意気が上がったい、反対に衰退したいすうものじゃぁと、士気の大切さを謳っておうじゃなかか」
「お言葉ではござおいもすが、よく部下の心をとらえて士気が衰んようにすべきじゃぁ、との意味も」
 松木弘安は語尾を濁した。
 要は上に立つ者の采配ひとつで状況が変わると。訴えたかったのはそこであろうが。
「こや、帯刀殿の耳に入れておいては如何か」
 小松帯刀は川上式部等と、下町下会議所で、防備の総指揮をとる会議に臨んでいる。
 一蔵の意見に、久光の寵臣と言われている中山中左衛門の怒りが倍加した。
「金勘定と武士の意地、どちらを重んじうかだ」
 中山中左衛門の考えは変わらず、二人を責め立て、退けていく。
 その夕刻、詰所に向かった一蔵は、源助に耳打ちした。
 そしてその夜。
「三隻は密かに重富脇元浦に避泊した後でした」
しかも陸から離れること五十間の所で、城下の前の浜沖より望見することは出来ない位置に隠匿したという。
「帯刀様はそん旨の報告を受けておられました」
「それならば双方が一応納得でくう」


三 用意された答弁

 その日の夕刻、報告の使者が次々と現れた。
「城下六組の兵士はすべて、かねて定められた防備の配置に従いまして、各々の部署に就きました」
「各砲台そん他の守備兵は」
「こちらもすべて持場に参集致しました」
「兵糧弾薬方他も予定通い準備されました」
 兵糧方は大乗院、福昌寺等五か所の寺に、人馬寄所は草牟田と定められている。
「糧食の配備は」
「今夜よい各営所に実施せられておいもす。尚、各郷の兵士来着は、明後日までには終了致します」
「人数が多数に及んだ場合の対策もできておうな」
「大乗院と福昌寺の支坊にと考えておいもす」
事実、その通りに分集となった。
 六月二十八日朝。昨夜、御用部屋番であった一蔵のもとに一報が入ったのは、城の時計が七時を少しまわった時である。
「つい先ほど艦隊が仮碇泊地を発し、こちらに向かっておいもす」
 合図の烽火が次々に立ち昇る様が咄嗟に浮かぶ。仮の碇泊地は七島岩付近で、鹿児島から三里ばかりの所に位置している。
「と、なうと、ここに到うのは九時前であろうか」
 一蔵はそう換算した。
 時計が八時をまわる頃、第二報が。
「艦隊は小艦を先頭に配し、水深を測りつつ先導せしめ、神瀬と天保山の間を過ぎつつおいもす」
 その頃になると、泊部屋で休んでいた小松帯刀をはじめ中山中左衛門や伊地知貞馨も現れた。
 八時半過ぎに前之浜到着。旗艦を中央にして舳艫(じくろ)が触れ合うほどに単縦陣のまま碇泊したと報せが入った。ちなみにこのあたりは水深二十尋(三十六m)、陸地を距てる千二百ヤード(約千二百m)ほどの地点である。
 その後、一蔵等も久光と茂久の前に並び防備会議に参加。会議の人員は小松帯刀の他、惣物主家老川上式部、同じく川上但馬そして惣若年寄大目付勤川上龍衛である。
 かねてから決められていた通りに、軍役奉行折田平八、軍賦役伊地知正治、そして英語を理解する助教今藤新左衛門と庭方重野厚之丞(安繹)を旗艦に遣わし、その来意を尋ねさせたのは、午前十時ごろであった。
 重野厚之丞は西郷吉之助が沖永良部島へ送られたのと入れ替わりに、大島から赦免となり、庭方に就いた。順聖院の時代、同じ時期に、二人は江戸藩邸で過ごしている。重野厚之丞は学者として学問仲間との交流に努めていたので、親しい交わりはなかったようたが、重野の罪の軽減に骨を折ってくれたのが、西郷だったという経緯がある。二人は大島で再会し、親交を深めていったようだ。
 長崎にいる中原猶介からの書状で、シ―ボルトと申す少年が通弁として同乗の由と知らされており、言葉の障害についてそれほど懸念はなかった。
 返答を待つ間にも艦隊の様子が告げられてくる。
「投錨後、直ちに乗組の士官が諸所に散らばい、測量を始めました」
 ある者は小艇に乗り、沖小島に到って平然として海岸に上陸。測量機器などを据え、諸方を観測し始めたという。島上の守衛兵らの激昂する様が咄嗟に浮かぶ。が、固く暴挙は戒められており、物主青山愚痴の命令は伝わっているはずだ。ただし、もし台場内に闖入してきたならば捨て難しと、全員が刀を按(お)さえて待ち構えているに違いない。幸い相手は島頂まで登ってこなかったと後に知る。
 英人の眼に映ったであろう前之浜までの情景を、一蔵は刻んでいた。鹿児島付近の西岸ならびに島に構えた砲台、しかもその多数は、城下の前面に連接し、守備が厳重なのは理解したであろう。そして各砲台には薩摩藩の旗と幡が翻り、高所には柵をめぐらした陣地があり、その周囲には多数の兵士が立ち並び・・。
 実は薩摩側は、来航が確認された時点での出方を、前もって決めていた。
 面接は恐らく将官室において行われるであろう。そしてニ―ル公使は、通訳官および将校数人を従えて現れ、薩摩公松平修理大夫(茂久)閣下へ国書を渡すために来航したと告げる。国書の中身については、予想はついている。直ちに藩主が応じることなどもっての外ゆえ、時間稼ぎをしなくてはなるまい。
「先ずは、次んごと返答してはいけんか」
 小松帯刀が提案。
 我が君は病のため、今霧島という温泉に療養中なり。そこは鹿児島から距てること二十里と遠く、使者の往来には数日を費やす。それゆえ、一両日では藩主の確答を得るのは不可能と。幸い国老は藩庁に在るので、上陸して対談せんことを願っておると。
 事はその通りに運んだ。
 実は、小松帯刀からその案を聞いた久光は、更なる考えを示唆している。
「英吉利の要求する所は判っておるゆえ」
 一点は幕府への謝罪と賠償金の要求であり、二点目は加害者逮捕と英吉利官吏の目前での判決処刑そして被害者遺族扶助料支払いである。いずれも本国政府よりの訓令と威嚇してくるであろう。
「ゆえに、二点について公使と弁論し、その曲直を分明にせんと欲する旨を提示せよ」
 それを受け、川上但馬によって日時空欄の答書が準備された。
一、来翰之趣相達ス、生麦一條ニ付申立候事件、書面往復ニテハ弁知致し難キ義有之候間明  日午刻、他国人応接公使館ニ於いて事理明白ノ応接ニ及び度候ニ付き水師提督其餘重役ノ面々、上陸アランコトヲ乞フ
 その他、各船へ番船二隻ずつ用意するので、薪水そのほか必要な物は望み次第、指し送る。これは我が国法でその方への礼節であること。これらの事柄が不便なきよう準備される間に、端船などで上陸されては我が国人が騒ぎ失礼に及ばんとも限らず前もって案内するものであることが綴られている。そして末尾に薩州政府と記しておいた。
なお、文中にある他国人応接公使館とは御舂屋内客室のことで、そこにて応接の準備を整えているという意味だ。
 国書を持して使者が戻って来たときに、久光の意見を提示したのは茂久で、薩摩側の言い分を直に訴えるいい機会だと久光は同意した。
 その間に川上但馬は日付を「明二十九日」と「六月二十八日」を書き入れた。答書を記す間を考慮した上で、折田らは再び艦隊へ。
 使者が去った後、茂久自ら国書を読み始めた。
 先ずは簡潔に記された事件に至る状況と列挙された死傷者の名前が。続いて。
 この事態は、大いに英国政府およびその国民を辱め、文明諸国の同情を起こし、且つ愁傷の感を生ぜしめたり。大君政府は、我英国女王と平和懇親の条約を結びたり、故に予は篤と熟考の上、大君政府に、島津三郎の従者中に在る、その罪人を速やかに逮捕し、且つ又これを死刑に処せと責めたり。
「これは英吉利政府に於いて承諾され、幕府もこれを受謝しておると」
 茂久はそこまで読むと、一瞬、空を睨み、小松帯刀に差し出した。
「もしこの堪忍の処置を行わなければ、島津三郎を生捕りにし、直接の応報により殺害するに至る・・」
 国書を差し出した折田平八の報告が甦る。
「二十四時間以内に回答がなければ、自由に行動をとるべしと」
 そこで、藩主不在云々を告げると、
「公使は我らに詭計ありと疑いましたようすで、然らば定時よりなお、六時間を猶予すべしと、実に峻厳な挨拶でした」
「峻厳な挨拶は善意からではあうまい」
 川上但馬の意見に、同意の空気が一斉に流れたのだった。


四 西瓜売り

 答書の返答をもって折田平八らが戻って来た時は、四時を回っていた。和文を訳するのに手間取った様子で、明朝再び来るべしと答えたという。
 夕刻、数艘の端舟が諸所を偵察している模様だとの報せが入る。しかしこの時点では、薩藩側はこの報告を、それほど重くは受け止めていなかった。が、念のため一蔵は松木弘安宛てに書状を認め、詰所にいる源助に手渡した。
「ところで店の方は如何した」
 源助の義母は海岸に近い地区で古着屋を営んでいる。戦が始まれば、戦火を被ることは間違いない。多忙にまぎれて今までうっかりしていたと一蔵は詫びる。
「号砲が轟いた午後、平吉が店にきて、草牟田の借家への避難を手伝ってくれました由」「おお、それは良かった」
 束の間、緊張がほぐれたいっときだった。

 六月二十九日朝、側役伊地知貞馨と軍賦役伊地知正治が英艦に赴き、ニ―ルの上陸を促したが、応じなかった。
「敵もさる者」
 戻って来ての感触を、伊地知貞馨は一蔵に吐露した。昼近く、二の丸御用部屋でのことである。
 実は、薩藩が強硬に陸上談判を主張しているのは、もし英国公使並びに提督が藩の請求に応じないならば、談判の後、彼らを御舂屋内に幽閉し、同所を火炎に附す計画を立てていた。伊地知貞馨が敵もさる者といったのは、それを見抜いているという意味である。
 ニ―ルは旗艦にての商議か、或いは、「ハボック」を海岸近くに碇泊させるので、同艦に於いて談判することを主張し、陸上での会合要求を拒絶。しかも今後来艦を欲するならば、平和を表わす旗章を掲げて来るべしと公使は命じた。加えて、艦隊より魚卵および野菜などの求めがあったという。
「先ほど、会議所で帯刀殿に聞いたが、奈良原喜左衛門が彼らを殺害する策を度々家老たちに上申しており」
「退けられていた件であろう」
「上陸を拒否したことを知り、海江田武次と一策をめぐらし、また上申してきたそうだ」 これに対して家老たちも「策の巧拙」には問題があるが、「忠誠勇奮」の心情に免じて、公使と提督の殺害計画を任せることにした。
「任せざうを得なかったと、いうのが本当だろうか」
「拙者も、各砲台を巡見してきたが、兵士等の苛立ちも募いつつあうごとだ」
 このままだといずれ暴発するであろう。現場の物主(ものかしら)も同じことを言った。ここでなんとか鬱憤を晴らす必要があると。戦は覚悟をしているものの、戦端を開くきっかけは、出来得るならば薩摩側でない方がよい。生麦一条に強気に出られるのは、行列を横切ろうとしたという大義名分があったからである。
「任せるのも一計かも知れぬ。あん生麦での一件も」
 江戸で幕府への不満を募らせていた奈良原喜左衛門と海江田武次は、何度も武力に訴えようとしかけたが、一蔵はそれを懸命に抑えてきた。それが結果としてあの行動へと繋がったのではないか、という忸怩たる思いが今でもあるからだ。
「帯刀殿も同じこっお申しておられた」
「但し仕掛けうならば、一気に勝利すう奇策でなくては、効果は薄いに違いない」
「それもこれも承知の上で、御手並み拝見のごとだ」
「ある意味、過程が大切な、ゆえ」
 それは勇敢な士数十人を募り、小船に乗り込ませ、公使が求めてきた諸品及び西瓜などを積んで各艦に到らせる。短兵急に艦中に斬り入り、これを合図に諸方の砲台より砲撃して一戦に勝利を得る、というものであった。
 二人は更に詳しくその内容を、久光と茂久の前で述べた。
「身を商売に扮し、八隻の小艇に分乗。その一隻は答書を持して、旗艦に乗り入り、他は皆菜果を与えると称してそれぞれ六艦に上がるとする。答書を交付する使節の両脇には談判役と艦長を斬るべき者を決め、先ず談判の云々を開き、号砲一声の下に、艦長らを斃すことに決め、号砲は実弾を発射する。使節ほかの人名はそれにふさわしい人物の名を挙げた。
 これに対して久光は次のような忠告をした。
「計画はすこぶる良し。然れども号砲に実弾を用うるは不可なり。もし実弾を放たば、恐らくは船体を毀損せん。願わくば傷つけずして奪取せんことを欲す。故に空砲を放ちて合図となすべし」
 出発に際しては、久光と茂久より各離杯を与えられ、諸士の決心は更に高まっていく。 それぞれ各家族に別れを告げ、旗艦に向かう以外の者たちは商売人に扮して、小船に分乗して六隻の英艦へ。旗艦に向かった一艘には三十二人、他の六艘には十一人ずつ乗船。だが、英艦はこの体を見て大いに怪しみ、あえてこれを各艦に接近させなかった。ただ、旗艦イユーリアラス号のみに乗艦させたが、警衛が頗る堅固で、その策は実行できず、答書のみを公使に渡すにとどまった。
 あまり手間取るようなら小舟を出し、ひとまず引き上げよとの君命を伝える手段も、実は久光の指示のもと決められており、事実その通りに運び、決死隊の謀計は水泡に帰したわけである。
 そしてその夜、改めて届けた回答書は川上但馬の名のもとに、次のよう記されていた。加害者は未だに捕獲できていないこと。日本政府の事は専ら江戸政府に従うべき事はもとよりそこ下の知るところにして、諸侯はその指揮に従って進退を受くる者なり。各諸侯の往来を妨げることは禁じられておるが、その重き国法の事を条約に載せずして、みだりに諸侯の過とするは幕府の不行き届きである。従って、政府の罪か太守の罪か、いずれか判明あって後に賠償金のことは論議すべきで、ここにては片論しない。貴国の軍艦が鹿児島に渡来するについては、幕府から何も知らされておらず、薩摩藩はすべて幕府の命によってしか行動し得ない。
 一切の責任は幕府にあるとばかりで、英国側の要求は無視された内容に、公使はもはや無事に落着すべき道はなしと見なし、翌七月一日の朝、来艦した薩摩側の使者に宣言した。
「これは英吉利の要求への拒絶である。よって提督に適宜の強硬手段を取るべく依頼する」
 間もなく各砲台への伝令が散ったのはいうまでもない。時に午後より天候が頗る険悪となり、東風強烈で晴雨計が降下して暴風雨襲来のおそれが出てきた。
 各砲台では、英艦が薩摩側の回答書に対して返書も贈らず、退去もせず、依然として碇泊するのを以って、一声のもとに撃退せんと激昂する者たちが出てきた。が、物主らは固くこれを戒め、命令を待たずして、みだりに戦端を開いてはならぬと繰り返し訓示との報せが御用部屋にも入る。


五 拿捕

 その時は七月二日払暁にやって来た。
 気付いたのは砂揚場(天保山)の夜番物見だ。
 早馬が、艦隊が動き始めたとの報せを伝える。暗くて船名や正確な数までは判らない。「小池沖に碇泊した船が何隻か動き出したぞ」
 二度目の泊番だった一蔵は、廊下を隔てた部屋へ。伊地知貞馨と中山中左衛門が飛び起きてきた。さらに奥の部屋からは小松帯刀他重役らが。
 続いて大門口、弁天波戸からと情報が入る。が、艦隊は投錨の気配もない。
 暫らくして祇園洲からの早馬が、五艦北上の報せを伝える。
「重富の方へ進航しておうのだろうか」
 一蔵の脳裏に、先日の激しいやり取りがよぎる。
「脇元浦ではないか」小松帯刀だ。
数艘の端舟が諸所を偵察しているとの情報が入ったのは、一昨日の夕刻だった。あれ以来源助は松木弘安のもとにいる。
 その間にも新たな情報が・・。
「脇元沖に至った五艦は、突然汽船の舷側に横着」
「拿捕、では」
 小松帯刀の声に、中山中左衛門が心持視線を落とす。
祇園洲台場から汽船三隻を曳航との報せが入ったのは午前十時前。
この暴状を受けて藩庁に於いては愈々開戦を決定。久光・茂久以下小松帯刀らは千眼寺へ。以後、諸般の指揮命令はこの地より達せられることになる。
 一蔵が舷側横着後の様子を源助から聞いたのは、薩英戦争が終了し、桜島に上陸させられた乗組員への監視が解かれてからである。
「ぐらっと、背中を押されたような揺れに目を覚ましました」
 私は松木様率いる青鷹丸に乗っておりましたが、昨夜からの暴風を受けての揺れとは異なる衝撃でした。甲板へ駆け上がる足音のなか、英艦だと叫び声が。乗組員の狼狽ぶりは一方ならず、すでに甲板には見上げるような男たちが五、六十人はいたでしょうか。間髪いれずの闖入はさすがと思いました。中の一人が威厳のある面持ちで一言いうと、傍らの若い通史が「船長は」と呼びかけた。後に一蔵はその通史の名をアーネスト・サトウと知るのだが。
 昨夕の公使宣言を受け、対策を練るため五代才助も青鷹丸におり、二人が進み出ると、その引き渡しを要請。それに対して松木弘安は、まだ宣戦の布告なきに、何を以って我が船を掠奪するかと抗論して応じなかった。が、一斉に銃で威嚇する英人には力及ばない。松木弘安も従わざるをえず、妄りに不穏な行為に出ぬようとの訓示を与える。
「しかしながら、腹の収まらぬ者たちもおりました」
 敵の士官と闘争せんとしたために、銃剣で突かれ、海中に飛び込み行方不明になりました。太鼓役の師匠だそうです。
「佩刀を渡せ渡さぬと争っている間に、背後から他の英兵に剣で突かれ、海中へ投入された者」
 これを見て続いて飛び込み助け、用意された端舟に乗り、二人は重富に上陸しました。その後、英艦は速度を下げて三隻を曳航しつつ小池沖の錨地に帰航。我々は桜島に上陸させられました。ただし松木様と五代様は英艦に移乗することを望まれましたので、別れ際に、何故上陸なさらないのかと、伺いましたところ、
「我等は切腹を免れまい。ならば捕虜になり敵方を少しでも知ることに努めん。そう言われまして」
 源助はもしもの時は、渡唐口・加世田屋・弥助宛てに書状をと早口で伝えたという。



                     



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