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〔助太刀兵法23〕尾道かんざし燈籠 (3) (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2012年12月2日 12時30分の記事


【時代小説発掘】
〔助太刀兵法23〕尾道かんざし燈籠 (3)
花本龍之介 



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


梗概
 荒くれ者の船頭や船乗りたちを叩きのめした飛十郎が酒を呑んでいると、騒ぎを聞きつけた尾道奉行所の町役人が乗り込んできた。軽くあしらって追い返したのを見たお紺は、喜んで今夜は自分の部屋へ泊まれとせまる。先約があると断わった飛十郎は、必ずまた来てくれと言われる。昼間約束した潮見楼へ顔を出した飛十郎は、意外な話を聞かされ助太刀人になってくれと女郎に頼まれる。
 

【プロフィール】:
尾道市生まれ。第41回池内祥三文学奨励賞受賞。居合道・教士七段。
現在、熱海に居住している。



これまでの作品:
[助太刀兵法1]鎌倉しらす茶屋  
[助太刀兵法2]人助けの剣
[助太刀兵法3]白波心中
[助太刀兵法4]おとよの仇討 
[助太刀兵法5〕神隠しの湯
〔助太刀兵法6〕秘剣虎走り
〔助太刀兵法7〕象斬り正宗 
〔助太刀兵法8〕討ち入り象屋敷 
〔助太刀兵法9〕夜桜お七
〔助太刀兵法10〕夜桜お七 (2)
〔助太刀兵法11〕柳生天狗抄 (1)
〔助太刀兵法12〕柳生天狗抄 (2)
〈助太刀兵法13〉柳生天狗抄(終章)
〈助太刀兵法14〉山の辺道中
〈助太刀兵法15〉山の辺道中(2)
〈助太刀兵法16〉十五夜石舞台
〈助太刀兵法17〉五夜石舞台 (2)
〔助太刀兵法18〕大江戸人形始末)
〔助太刀兵法19〕大江戸人形始末(2)
〔助太刀兵法20〕大江戸人形始末(3)
〈助太刀兵法21〉尾道かんざし燈籠
〈助太刀兵法22〉尾道かんざし燈籠(2)

猿ごろし




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【時代小説発掘】
〔助太刀兵法23〕尾道かんざし燈籠 (3)
花本龍之介 



一 新開と新地

 節分の豆撒きよろしく、威勢よく塩を撒き終えると、お紺は両手をはたきながら飛十郎の席へ帰ってきた。どうなることかと深川亭の暖簾の向こうから、息をひそめて店の中をうかがっていた客たちは、それを見て、どっと雪崩込んできた。
「おや。助太刀の旦那は、とんだ福の神だったんだねえ」
 広い入れ込み座敷いっぱいになった客たちの間を、嬌声をあげて歩き廻っている酌女たちを横目に、お紺はしなだれかかるようにして飛十郎の盃に酌をした。客たちは、こわごわと遠くから二人を眺めているだけだ。
「けど、ほんとに強いんだねえ。見ていて惚れぼれしちまったよ」
 お紺はうっとりした目で、飛十郎を見た。
「なあに、あいつらが弱すぎたんだ」
 女からそんな目付きで見られたことが無い飛十郎は、居心地悪そうに背中を掻いた。
「なんだよう、水くさいねえ。かゆいんだったら、躰中どこでもあたしが掻いてあげるよ」
 お紺は、甘えるような声を出した。
「いや、なに、もうかゆくなくなった。……ところでさっきの連中だが、船乗りたちはともかく、四人の地廻りたちは、どういった素性(すじょう)の者たちだ」
「ああ、あいつらは新地組の三下ですよ」
「なんだ、その新地組というのは」
 しばらくこの港町に滞在するつもりの飛十郎としては、喧嘩をした相手の身元は調べなくてならぬ。
「新地を縄張りにしている、地廻りのやくざの組のことですよ」
「そうか、ならばこの新開にも、やくざの組があるんだろうな」
「ありませんよ。なにしろ新開は女だけの町ですからね。だからああやって、三下が乱暴を働くんじゃないですか。旦那が、ずっといてくれりゃ助かるんですけどねえ」
「それで、新開と新地は仲がいいのか」
 お紺の、すがりつくような目を無視して、飛十郎は聞いた。
「とんでもない。尾道の色里はずっと昔から、新開の町と東隣りにある新地の町と二つに別れて、ことあるごとに角突きあっていますのさ」
「どうしてだ」
 空になった飛十郎の盃に、すかさずお紺が酌をした。
「さあ、どうしてでしょうかねえ。原因なんざ、おたがいにとっくに忘れちまってるんじゃないですか。とにかく新地の連中は、新開は下品な女郎町だといって見くだす。新開のほうは、新地だって不見転(みずてん)芸者が金で躰を売っているのに、えらそうにするんじゃねえや。といって喧嘩をふっかける。銭湯で女郎と芸者が出くわせば、たちまち取っ組みあいがはじまる始末ですよ」
「ふ、ふふ、一番に取っ組みあうのは女郎じゃなく、お紺のほうだろう。つまり、この港町では新開と新地が、いがみ合ってるというわけだ。おもしろいな」
 何を考えているのか、にんまりとして飛十郎は無精髭をごしごしこすり始めた。
「なにが、おもしろいもんかね。夜中なんざ危なくって、一人じゃ中浜通りや海岸通りを歩けやしないんだからね。旦那も今度の一件で新地組を敵にしちっまったようだから、用心してくださいよ」
「おれは大丈夫だが、お前たちは大変だな。奉行所の役人や目明したちは、なにをしてるんだ」
「尾道奉行所の連中ですか? ふん、よろしくやっていますよ」
 嫌なものでも見るような目をすると、お紺はそっぽを向いた。
「ほう。どう、よろしくやっているのだ」
「新地の料理茶屋や置屋の旦那衆から、たんまり袖の下をもらい。そのうえ新開の忘八連中からも、袖の下をふんだくって見て見ぬ振りをしていますのさ。お役人のやることは、お江戸も尾道も同じことですよ」
「所変われば品変わるというのに、役人どもがやることは、どこも同じとみえるな」
 ぐいと酒を呑み乾した飛十郎に、酌をするように身を寄せたお紺は、ささやくように言った。
「噂をすれば影っていうのは本当だね。旦那、お役人だよ」


二 蟹の同心

 十手の先で暖簾を跳ね上げて、店へ踏み込んだ目明しにつづいて、目付きの鋭い町方同心が、のっそりと土間へ入ってきた。
「なんか、騒ぎが起きたそうじゃのう」
 鬢(びん)に白い毛が目立つ五十近くの、でっぷり太った目明しが、入れ込みで呑んでいる客や酌女たちに声をかけた。
「答えんかい。誰か見たもんが、おろうが」
 関わり合いを恐れてか、ひとり残らず石のように口をとざしている。目明しの後で腕を組んで傲然とあたりを見廻していた同心が、座敷の隅で盃をかたむけている飛十郎を見て、おやというように目明しの耳に何かささやいた。へい、と答えて頷くと目明しは躰の向きを変えて、飛十郎の前にやってきた。
「ご浪人さん、お楽しみのとこをわるいがのう。ちいと訊ねたあことがあるんじゃ」
「おや。誰かと思えば、防地(ぼうじ)の勘平親分じゃありませんか。あたしのお客さんに、なにか用ですかい」
 すかさず、お紺が口をはさむ。勘平の顔が、しぶくなった。
「御用だから、聞いとるんじゃ。お紺は口を出すな。話がややこしゅうなる」
 盃を手にしたまま、飛十郎はじろりと勘平を見た。
「おれに、なにか用か」
 目明しと同心を見れば、たいていの人間は多少は顔色を変えるのが普通だ。左腕をふところに入れたままの飛十郎を見て、勘平の身構えが油断のないものに変わった。
「へい。ちいと、うかがいますが。ご浪人さんは、江戸からきんさったのかのう」
「そうだが。それが、どうかしたのか」
 袖から抜き出した手で、膝の横に置いた刀の下げ緒にさわりながら、飛十郎は勘平を見た。
「いえね。深川亭で、ひと騒動あったと耳にはさんだもんじゃけえ、ほっとくわけにもいかんから、乗り込んできたんじゃ。なんでも、江戸者のお侍さんが、大暴れしたそうじゃのう」
 のんびりした口調だが、港の荒くれ男たちを相手にしているだけあって、目付きは同心と同じように鋭どい。
「は、はは。なんだ、そんなことか。太平丸の五平次とかいう男が、いきなり刃物を抜きおったのでな。ちょっと説教をしただけだ」
 盃を下に置くと、左手で下げ緒をいじりながら、飛十郎は無精髭をこすった。
「説教にしちゃあ荒っぽすぎるゆうて、新地の若いもんが手首と肩を押さえて、うんうんうなっとるようですのう。ありゃあ、ちいとばかりやりすぎじゃ、なあですかのう」
 磨きあげた鉄の十手で掌を叩きながら、勘平は奥の帳場のあたりを見た。江戸もそうだが、目明しや岡っ引というお上の御用をつとめる手先の多くは、商い者の弱みをつついて金にするのを仕事だと思っている。
「冗談じゃないよ、勘平親分。この旦那はね、五平次にからまれて困っているあたしを助けてくれたんだ。それを根にもって十人もの手勢で殴り込んできたのは、むこうじゃないか。悪いのは、あっちだよ。そうだろ? みんな」
 お紺に問いかけられて、盃や銚子を手にした客や女たちは、そうだそうだと言うように下を向いたまま頷いた。もてあましたように後を振り向いた勘平と目が合うと、同心は無言のまま飛十郎の前にやってきた。
「旅のご浪人だと思うが、役目がらお名とお住まいをうかがいたい」
 年は三十を過ぎたばかりか、眉の濃い金壺眼に腮(えら)の張った四角い顔をしている。単衣(ひとえ)の着流しに黒羽織を着ているが、江戸と違い裾を帯に巻き込んでなく、ぞろりと長いのがいかにも田舎くさい。
「ふむ。江戸では、まず自分が名のってから相手の名を聞くのが礼儀だが、尾道では違うようだな」
 もてあそんでいた下げ緒から手を離すと、飛十郎は同心を見た。町方同心の肩はたくましく筋肉が盛り上がって、軽く腰を落として立った姿にも、かなり剣の修行を積んでいることをうかがわせる。
「これは、失礼いたした。てまえは尾道奉行所の町廻り同心・蟹江陣五郎でござる。住まいは兼吉(かねよし)の渡し場そばにある、海に面した組屋敷でござる」
 これでどうだ、と言う顔で蟹江は飛十郎を見返した。名は体をあらわす、とはよく言ったもので、陣五郎は顔と同様、躰も肩の張ったずんぐりむっくりと四角く、まことに蟹によく似ている。
「さようか。叮嚀なご挨拶、かたじけない。おれは、早船飛十郎。江戸っ子ではないが、三代つづいての浪人者だ。住まいは江戸深川の海辺大工町の貧乏長屋でな、おぬしと同じく大川に面した水っぺりだ。助太刀人という商売をして暮らしている。以後よしなに頼む」
 なれているから蟹江が首をひねっているのを見ても、飛十郎は驚きもしない。
「助太刀人というのはな、困っている人たちに腕を貸す商売だ。おぬしも困ったことがあれば、おれに頼めばいい。ただし少しばかり金がかかるがな。は、ははは」
 頭を掻いたあと高笑いをすると、飛十郎は金壺眼を丸くしている蟹江の顔を愉快げに見た。
「むむ、さようか。いや、お気楽なご身分で、けっこうでござるな。また、お会いするおりもござろう。では、ごめん」
 軽く会釈すると、蟹江陣五郎は身をひるがえして外へ出た。勘平がそれを見て慌てて後を追う。
「蟹江の旦那。ええんかいのう、これで」
「かまわん。いくぞ」
 四角四面の躰と同じく、この町廻り同心は、恐ろしく生真面目なようだ。二人の足音が聞えなくなると、それまで黙り込んで酒を呑んでいた客や酌女たちが、どっと笑い声を上げた。深川亭は、いつものように女たちの嬌声と、酔客たちの怒鳴り声を取り戻した。
「ふん、いけ好かないったらないよ。あたしは町方役人なんか、だいっ嫌いさ」
「しかし、あの蟹江とかいう同心、なかなか憎めんやつではないか。それほど悪い男には、見えなかったがな」
「良かろうが悪かろうが、奉行所の同心や目明したちは、みんな同じさ。見ただけで虫酸(むしず)が走っちまうよ」
 顔をしかめて立て膝をすると、お紺は苦いものでも呑み下すように盃をあおった。
「よほど嫌な目にあったらしいな」
 赤い蹴出しがこぼれて、飛十郎は顔をそむけるように外の通りに目をやった。角行灯のぼんやりした明りに照らされて、遊女町を行き来する男たちの数が前より増えたようだ。「そりゃあ、そうですよ。江戸から大坂、播磨の姫路、四国の松山と、あちこちを流れ流れてこの尾道にたどり着くまで、役人にゃひどい目にあわされてますからねえ。あいつらにとっちゃあ、あたしのような流れ者の酌女は人間じゃないんだ。野良犬や野良猫と同じさ」
 空になった盃の中に、ふいに大粒の泪が落ちた。痛ましげな顔で銚子を取ると、飛十郎は盃に酒をそそぎ入れた。
「弱い者いじめをするやつは、あたしは大嫌いさ。けっして、ゆるさないんだ。おや旦那、この酒は、ちょいと塩(しょ)っぱいねえ」
 お紺は、泣き笑いの顔で飛十郎を見た。
「うむ。おおかた、海の水でもはいったんだろう」
「ほ、ほほ。おかしいねえ、旦那は。そうだ、今夜の宿はまだ決まっちゃいないんだろ。ねえ、あたしは早船さんが気に入ったよ。ここへ泊まっておくれよ、いいだろ」
 お紺は子供に返ったように飛十郎の膝に手を置くと、左右にゆすった。
「だが、ここは呑み屋だろう。客を泊めてもいいのか」
とまどったように飛十郎は頭をかいた。
「ああ、居酒屋さ。けど気に入った客がいれば、二階のあたしの部屋へ泊めてもいいんだ。ここの主人が、さばけた人でね。好きにできるんだよ」
「ありがたいが。じつはな、お紺。泊まるところは、もう決まっているんだ」
 がっかりして、お紺が肩を落とした。
「旦那、それは何処のなんという宿屋です」
「かき船の近くにある、藤半とかいう宿だ。もっとも、そこへ行く前に潮見楼へ寄らねばならんがな」
「なんですって。潮見楼といえば、遊女屋じゃないですか。冗談じゃありませんよ!」
 お紺の権幕(けんまく)に、飛十郎は恐れ入ったように無精髭をなぜた。
「いや。それが、よんどころない事情で、そこのお千代という女と約束をしてしまったのだ」
 お千代の名を聞いて、お紺の眉がきゅっと吊り上がった。どうやら顔見しりらしい。
「そんなの、すっぽかしちまえばいいじゃないですか」
「そうはいかん。おれは一度約束をすれば、ぜったいに守る男だ」
「へええ、相手が女郎でもですか?」
「あたりまえだ。相手が武士であろうが町人であろうが女郎であろうが、おれは口にしたことは守る」
 あきれた顔で、しばらく飛十郎を見ていたお紺が、ふいにうれしそうに笑った。
「ほ、ほほほ。そんなところが、早船の旦那のいいところかもしれませんねえ。女郎との約束を、きっちり守るところが……」
 しんみりした口調で言ったお紺が、気を変えたように飛十郎を見た。
「今夜はあきらめるよ。でも、明日の晩はあたしの部屋に泊まっておくれ。ね、約束だよ」
 深川育ちの、船宿の娘だ。雷が落ちても離さない勝ち気さを見せて、飛十郎の袴の紐を握った。
「よし、わかった。明晩は、かならずこの店に泊まる」
「よおし。そうと決まれば、あとは酒だ。一両もらったんだ、じゃんじゃん呑もうじゃないか。なにか、おいしい肴でもあつらえさせるよ」
 勢いよく立ち上がると、お紺は弾むような足取りで板場にむかって歩き出した。


三 姉と妹

 深川亭の暖簾をくぐるまでは、お紺の肩を借りねば歩けぬほど深酔いした飛十郎だったが、外へ出て路地の角を曲がったとたんに、足取りがしゃんとした。大酒を呑ませて泥酔させ、お千代のところへいった時には、足腰立たぬようにするのがお紺の策略だったようだが、その手に乗る飛十郎ではない。
「さてと」
 町角で立ち止まると、飛十郎は夜空を見あげた。薄雲が広がって、星の数はそれほど多くないが、月は江戸より尾道のほうが綺麗に見える。
「ふうむ……。いい月だ」
 飛十郎のつぶやく声に重なるように、遠くから三味線の音が聞えてきた。冴えた月光に負けないほどの、澄んだ音締(ねじ)めの音である。ふところ手をした飛十郎の横を、遊客たちが絶え間なく通り過ぎていく。
「なかなか、いいものだな」
 見知らぬ港の遊女町の風情というものは、何ともいえず良い。左右の屋根がせまった細い路地から、狭い空を見上げていた飛十郎は、格子の中から呼びかける女たちの声を聞き流すと、すれ違う男たちをかき分けるようにして歩きはじめた。
 潮見楼に着いて、お千代の名を告げると、飛十郎はすぐに二階に座敷に案内された。
「まあ、約束を守ってくれたんじゃねえ。うちゃあ、うれしいわあ」
 お千代は、派手な花柄の両袖を胸に抱くようにした。小柄で痩せたお千代は、肌こそ尾道では珍しく白かったが。少し離れて見ると、顔の輪郭が空豆にそっくりだった。
「好かんけえ。なにを、笑っとりんさる」
思わず、にやりとした飛十郎を見とがめて、お千代は片袖を振って打つ真似をした。
「いやなに、おぬしの顔があまりに可愛いので、ついな」
 まさか空豆に目鼻が付いているようだ、とはいえないので飛十郎は下手な世辞を言った。
「どうせ、うちの顔が豆みたいじゃゆうて笑ったに、きまっとりゃん。お客さんは、皆そうじゃけえ」
 つんとして立ち上がると、お千代は窓の小障子を引き開けて、手摺りにもたれて夜空を見あげた。
「綺麗な、お月さんじゃこと……。ねえ、お客さん。うちは、こぎゃあに不細工じゃけど。妹は、あのお月さんに負けんほど、綺麗じゃったんよ」
くるりと振り向いた、お千代の顔は笑顔だった。
「ほほう、そうか」
「うちのお父っあんは芝居者で、うちも妹も小さい頃から新地にある玉栄座(たまえざ)と言う芝居小屋で働いとったんよ」
「では、おぬしはこの港町で生まれたのか」
「ほうよ。うちは、尾道生まれの尾道育ちよ」
「めずらしいな。生まれ故郷で、苦界づとめをするのは」
「しょうがなかったんよ」 
 月を見上げながら、明るい声でお千代が答えた。
「おっ母さんが病気になって、薬代がかさむもんじゃけえ。お父っさんが、つい旦那賭博に手を出したあげく負けが込んでしもうて、命を取られるとこまでいったんよ」
「旦那賭博とは、なんだ」
「新地の料理茶屋で開かれる、浜の旦那衆がやりんさる博打場のことよ。港の男衆がする波止場賭博とちごうて動く金高がすごいけえ、当たりゃあ儲けも大きいけど」
「はずれれば、大火傷(やけど)するわけだな」
「負けた金を返えさんのに腹を立てた新地組の権造親分が、お父っさんを簀巻きにして海へ放り込もうとしたんを、納屋(なや)の大旦那が止めてくだすったんよ」
「何者だ、その納屋というのは」
「納屋吉兵衛さんゆうたら、本通りや中浜通りの商い店の土地や、海岸通りの浜蔵をいっぱいもっていなさる尾道一の大金持じゃ。それだけじゃ、ないんよ。この新開や新地の家作や土地も、ほとんど納屋の大旦那のものじゃゆうことや」
 無精髭をこすりながら聞いていた飛十郎の目が、きらりと光った。
「ふん、たいしたものだな。その納屋吉兵衛という男は、いがみ合っている新開と新地の両方を支配しているのか。ならば、新地の権造とかいう博打うちの親分も、吉兵衛の息がかかっているというわけだ」
「江戸からきんさったばかりじゃゆうのに、ようわかりんさるのう。権造親分の後ろ楯は、納屋の大旦那じゃゆう、もっぱらの噂じゃ」
 空豆に似たお千代の顔が、感心したように飛十郎を見た。
「なに、ちょっと考えればすぐわかることだ。そんなことより、おぬしの父親はどうしている」
「うちは、おぬしゆう名じゃないけえな。ちゃんと、お千代ゆうて呼んでつかあさい」
 怒ったように言って、お千代はまた月を見あげた。膨れると空豆がお多福に変わった。「そうだな。いや悪かった。すまん、今度からお千代と呼ぶからな」
 飛十郎はそう言って、お千代にむかって頭を下げた。
「ああ、びっくりした。うちらみたいな女郎に、あやまるお侍さんは初めて見た」
「は、はは。刀を差しているが、おれは浪人だ。町人とあまり変わらん身分だ。そう驚くことはない」
 尾道のような商いを主とした港町では、袴をはいた侍の数は少なく、よほど威張り返っているとみえる。
「うちのお父っさんは、今は前のように玉栄座の木戸口で、下足番をしていなさるよ」
「そうか。妹は元気だろうな」
 飛十郎が何気なく聞いたとたん、月に叢雲(むらくも)がかかったように、お千代の顔が暗くなった。
「妹のお春は、もうおらん。死んでしもうた」
 これには、飛十郎も驚いた。
「ちょっとまて。妹は、どうして死んだんだ。簀巻きにされたのは親爺さんではなく、お春だったのか?」
「簀巻きは、お父っさんだよ。お春は、新地にある祇園さんの境内にある井戸に身を投げて死んだんよ」
「まてまて、落ち着け。それでは、妹のお春は祇園社にある井戸で死んだというのか」
 落ち着かねばならぬのは、慌てた口調の飛十郎のほうである。
「いったい、いつのことだ」
「野辺の送りがすんでから、もう半年ほどたつかのう」
 その時のことを思い出したのか、淋しげな声を出した。
「おかしいではないか。お前たち姉妹の父親は、危ないところを納屋吉兵衛の口ききで助かったのだろう。そのうえ博打の借金は、お千代が身を売って返したというし、死ぬことはあるまい」
 納得のいかぬ顔で、飛十郎はお千代を見た。
「恋や恋、なすな恋。ゆうことよ、お客さん」
「なすな恋だと。なんだ、それは?」
 お千代が言った歌言葉は、文化十五年(一八一八)に初演された清元万吉作曲、篠田金治作詞による歌舞伎舞踊〔深山桜及兼樹振(みやまのはなとどかぬえだぶり)〕の中で安倍保名が恋人の形見の小袖を抱き、菜の花が乱れ咲く春の野辺を狂い歩く場面で唄われる一節である。
「うちみたいなお多福とちごうて。お春は雛人形みたいに目鼻だちがととのうて、同じ母親から生まれたのが信じられんような、それはそれは美しい娘じゃったんよ」
 雛人形と言う言葉を聞いて、たちまち飛十郎の脳裏に佐吉が持っていた有職雛のみやびな顔が浮かび上がってきた。
「本当に、お客さんにも一度見せたかったほどじゃね。玉の浦小町とか尾道小町とかいわれとったけど、この世のものとは思えんほど綺麗じゃった。実の姉のうちがゆうんじゃけえ、まちがいないよ」
「ふうむ。それほど美しいというなら、もしかすると御祭神の奇稲田姫(くしなだひめ)がやきもちを焼いて、お春を黄泉の国へ呼び寄せたのかもしれんぞ」
「誰かのう。その奇稲田姫ゆう人は」
「祇園社にまつられている素戔鳴尊(すさのおのみこと)の妃だ。出雲の国で、尊が八岐大蛇を退治したおり、姫を櫛の姿にして髪に差して戦ったというのは有名な伝説だ」
「ああ、それなら子供の頃、うちも祇園さんのお祭りの飾り物で見たことがありゃん。でも、お春が死ぬことになった原因は、櫛じゃのうて簪(かんざし)なんよ」


四 玉栄座

 お千代は、髪に差していた簪を引き抜いて飛十郎に見せた。
「簪だと? それは、どういうことだ」
「うちら女郎は、金が仇の世の中じゃと、ようゆうけど。お春には、簪一本が仇じゃったんじゃねえ」
 窓から差し込んでくる月の光に照らされながら、お千代はしみじみした口調で言った。じつを言うと飛十郎は、冷たく取り澄ました美貌の女よりも、お千代のような暖かさがにじみ出したお多福顔のほうが好きである。
「わからんな。大切な簪を失くしたか、盗まれでもしたのか」
 ごしごし頭を掻きながら、飛十郎は窓に腰掛けているお千代を見た。
「ちがうんよ。うちとお春は、玉栄座でお茶子をしとったんじゃ。知っとるかのう、お茶子ゆうんを?」
「あれか。芝居の合間に客のいる枡席を廻って、茶や菓子を売って歩く商売だな」
 飛十郎は、浅草奥山や両国広小路の芝居小屋で、かいがいしく働いている娘たちを思い出していた。
「夏は冷やしあめや、くず餅。冬は甘酒や、焼き団子にお煎餅を売るんよ。あの頃は、貧乏じゃったけど、皆んな元気で楽しかったなあ」
 幸せな頃を思い浮かべているのか、うっとりした顔でお千代は言った。
「家族四人、元気で健康ならば、いくら貧しくとも関係あるまい」
 利いたふうなことを言った飛十郎を、まじまじと見ていたお千代が、ふいに窓から立ち上がると座敷から出ていった。怒らせたか、と首をすくめた飛十郎の前にすぐに戻ってきた。
「はい、これ」
 丸盆にのせた土瓶と茶碗を目の前に置いた。滑(なめ)らかな陶器の表面には、細かい雫(しずく)が見える。
「これは、うまい」
 ひと口飲んだ飛十郎が、思わずうなるような声を出した。
「酔いざめの水は、甘露の味というが本当だな。お千代は気がきくな。おれが酔っぱらっていることがよくわかったな」
 いくら酒を呑んでも、顔に出さないことが自慢の飛十郎が、不思議そうに聞いた。
「そりゃあ、客商売じゃけえね。酔ったようには見えんかったけど、ぷんぷん匂ったけえ、すぐにわかりゃん」
 二杯目の水を茶碗に注ぎながら、お千代はにっこり笑った。
「そうか。じゃあ、これは水代だ」
 袖に手を入れて袂をさぐっていた飛十郎は、一分銀を三枚取り出してお千代の膝の前に置いた。
「いくら酔いざめの水が値打ちがあるゆうても、これは高すぎりゃん。うちの揚げ代は、一晩で六百文じゃけえね。一分もろうても、多すぎるくらいじゃ」
 眉をひそめると、お千代は二枚の一分銀を、そっと飛十郎のほうへ押しやった。
「いいから、遠慮せずに受け取ってくれ。これは、お千代のおれへの気使いの、心付けだ。帳場には渡さず、家族になにか買ってやれ」
 畳の上の四角な銀貨二枚を取り上げると、お千代の袖の中へ放り込んだ。
「旅の空で、こんな無駄使いをしんさって、この先だいじょうぶかのう」
「いいんだ。なにしろ江戸から尾道という長旅だからな。路銀は、あるお方からたっぷり貰ってある。心配するな」
「ほうじゃけど、そのお方ゆうんが気になりゃん。いったい誰じゃろうのう?」
「それは、いえぬ。内緒だ」
 飛十郎は、人差し指を口の前に立てて見せると、にやりと笑った。
「それより、話のつづきを聞きたい。幸せだった一家四人の生活が、簪一本でどう変わったんだ」
 お千代は傍ある行灯の火に目をやりながら、遠いところを見るような顔をした。


五 簪ひとつ

「あれは、うちが二十(はたち)で妹が十七の頃じゃった。本通りにある老舗の小間物問屋の若旦那が、芝居を見に玉栄座においでになりんさった。そこで、お茶を売っていたお春をひと目見るなり、深惚れなすったんじゃ」
「うむ。役者ではなく、お茶子に見とれたというわけか。芝居小屋へはよく顔を出すのか、その若旦那は」
「めったに見ん顔じゃった。その時は、江戸から大歌舞伎が下ってきたゆうて大評判になったけえ、誰かに連れられて来たんじゃろうなあ」
「ほう、江戸から歌舞伎役者がな。どんな顔ぶれだった」
「市川団十郎に中村歌右衛門、それに松本幸四郎と大名題が三人も顔を揃えたもんじゃけえ。備前の岡山から船乗り込みしちゃった時には、もう大騒ぎで見物衆で鈴なりになった住吉浜じゃあ、何十人も海へ転げ落ちたほどじゃった」
「そいつはたいしたものだ。あの団十郎が文句もいわずに演じたなら、玉栄座という芝居小屋も、さぞ立派なものだろうな」
 あの気難し屋の団十郎が、はるばる尾道までやってきて、どんな顔で芝居をしたかと、その胸の内を想像して思わず笑いが込み上げてきた。
「うちは、江戸や大坂の芝居は見たこともなあけど、江戸の三座や、京の南座や、大坂の中座や角座の芝居小屋にも、ぜっぴ引けは取らんゆうていなさったよ」
「なるほど。ぜっぴ、というのは絶対にという意味か。よし、そういうことなら、ぜひ玉栄座へいかなくてはならんな。下足番をしているお千代の親爺どのにも会いたいし、お春と若旦那が顔をあわせたという場所も見たいしな」
「そうしてやってつかあさい。若旦那の芳次郎さんが、玉栄座へ大歌舞伎を見にこんで、お春と出会わにゃあ妹が死ぬようなこともなかったけえな。こぎゃあなことをゆうても、あとの祭りじゃけど」
「つまり、こういうことだな。玉の浦小町の美しいお茶子と、やさ男の大店の若旦那が、芝居小屋でばったり顔を合わせてひと目惚れしたあげく、相思相愛になったのはいいが添い遂げることができなくて、お茶子は悲しみのあまり死を選んだ、というわけだな」
「ようわかりんさるのう。ほぼ、おうとりゃん」
 目を丸くすると、お千代は感心したように首を振った。
「なあに、おれのようにいつも兵法をねっていれば……。いや、ちょっと考えればすぐにわかる。だが、わからんのは簪のことだ」
 そう言って、飛十郎は顎の先をこすった。
「お春を見染めた芳太郎さんは、雨の日も風の日もかかさず玉栄座へ通ってきたんよ。その熱意にほだされて、とうとうお春も若旦那を憎からず思うようになってしもうたんじゃね。ふたりは、いつも祇園さんの境内にある大銀杏の木の下で忍び逢うようになったんよ」
「反対したのは、やはり男の父親か」
「ほうじゃ。つり合わんのは不縁の元、ゆうんは本当じゃねえ。むこうさんは浜旦那や、寺院や、瀬戸内の島々の豪家を数多く得意先に持っている大店の惣領息子。それに引きかえ、うちのほうは西国寺下の貧乏長屋に住む、しがない芝居者の娘じゃもん。住屋(すみや)さんが嫌うんも無理はないんよ。あまりにも身分違いじゃけえね」
「人が人を恋したうのに、身分もくそもあるまい。相手が武家の後継ぎというなら格別、たかが小間物屋の倅なら問題はあるまい」
 飛十郎は、憤然として肩をいからせた。
「まてよ。住屋というのは荒神堂小路を上がって、すぐの本通りにある大きな小間物屋のことか」
「ほうじゃけど。尾道へきたばっかりじゃゆうのに、よう知っとるのう」
 怪訝そうな顔で、お千代は飛十郎を見た。
「うむ。本通りを抜けて、この新開にくるまでに目についたものでな。そうか、あの店か……。そういえば店先に、見事な細工の簪が何本も並べてあったな」
「ほうよ、その店じゃ。間口が六間(約十メ−トル)もある立派な店じゃろう。思えば、その簪をたとえ一本でも妹が持っとりゃあ、あぎゃあな悔しい思いをせんでもよかったんよ。うちは、あの住屋誠兵衛を死ぬまでゆるさんけえね」
お千代の愛敬のある優しげな相貌が、たちまち目尻が吊り上がって、別人のように険しい顔になった。
―――これだから、女は怖い。くわばら、くわばら………
 首をすくめると飛十郎は、お千代の怨みに満ちた目を見た。
「あれは、お春が死ぬ三日前のことじゃった。お父っさんは芝居の仕事で、うちは薬を買いに薬師堂浜まで出かけて、家にはお春と病気のおっ母さんしかおらんかった。そのすきに父親の誠兵衛が番頭や手代を引き連れて長屋へ押しかけてきたんよ。うちが帰ったときには、もう全部終わっとったけど、畳の上に小判が十枚ちらばっとったけえ、何があったか位は、なんぼ馬鹿なうちでもわかりゃん。ほうじゃろ? お客さん」
「そうだな。たぶん、その十両は縁切り金だろう」
「蒲団の上で抱き合って泣いている妹とおっ母さんに聞いたら、ひどいことを言うじゃないか住屋は」
 お千代は、行灯を睨むと、悔しげに唇を噛んだ。
「福山、尾道、三原の三都で人に知られた小間物問屋の住屋が、こんな破れ長屋に住む芝居者の家から嫁がもらえるかどうか、頭を冷やしてよう考えてみい。こっそり玉栄座にも見にいったが、器量(きりょう)はええが粗末な木綿着のうえに、頭には簪一本差しとらん。うちの家業は、櫛・簪をあつかう小間物屋じゃど。簪ひとつ、よう買わん貧乏人の娘など嫁にしたら、世間さまの笑いもんじゃ」
「うむ。ひどいことを言うもんだな」
 聞いているうちに、飛十郎も腹が立ってきた。
「番頭や手代や、聞き耳を立てている近所の人の前で、そう嘲(あざけ)ったゆうことや。かわいそうに妹は、うちに取りすがって、姉ちゃん簪が欲しかった。ほかには何もいらんけど、簪ひとつ買えん貧乏がうらめしい。悔しがって、泪をぽろぽろ零しとった。うちは今でも、あの時のお春の悲しげな顔を夢に見て、夜中に目が覚めることが、ようあるんじゃ」
「そうか。いや、さぞ悔しかったろうな、お春は。ところで、十両はどうした」
 こんな時でも、飛十郎は小判が気になるらしい。
「それが、また腹が立ちゃん。わしの大事な惣領息子と色恋沙汰をしとる暇があるんなら、早ようこの金で親爺の博打の借金のけりをつけたほうがええぞ。姉が身売りの相談をしとるゆうのに、悠長なことじゃのう。そう言って誠兵衛は、懐中から取り出した小判を投げすてて出ていったゆうんよ」
「しかし、その十両があれば親爺どのの借金も返せて、母親の薬も買えるではないか。また、お前も女郎になぞ、」
 飛十郎がそう言ったとたん、お千代は激しい口調でさえぎった。
「冗談じゃないよ、お客さん。貧乏人には貧乏人なりの、意地ってもんがあるんよ! 頭にきたけえ、うちは本通りの住屋の店へいくなり、啖呵をきって十両たたきつけてやったんじゃ。あぎゃあに胸がすかっとしたことは、生まれてこのかた、なかりゃん」
 晴れ晴れとした顔で、お千代は言った。
「そいつはよかったな。おれも見たかったな。……いや、ちょっとまてよ」
 組んでいた腕をおろすと、飛十郎は何かを思いついたように、右手に指でこめかみを押した。
「誠兵衛は小判を出した時、博打の借金のことも、おまえの身売りのことも知っていたというのだな」
「ええ。たしかに、そうゆうとりました」
「おかしいな。誠兵衛は、どうしてそんなことまで知っていたんだ」
「そういえば、そうじゃねえ」
 お千代は首をかしげた。
「もしかすると、裏で糸を引いている連中がいるのかもしれん。住屋は、地所も自分持ちなのか?」
「うちみたいな長屋住まいの人間には、本通りで店を張っている商人(あきんど)の地所のことなぞ、かいもく見当もつきゃあせん」
「よし。そいつは、おれが調べよう」
 手に持っていた茶碗の水を飲み乾すと、飛十郎はお千代の顔をじっと見た。
「何を見とるん。うちの顔の真ん中を、お神輿でも通っとるん?」
 顔を赤らめる、お千代はうつむいて畳のけばをむしり出した。
「聞いてくれ、おれの考えはこうだ。玉栄座のお茶子のお春に、芳太郎が夢中になり、父親に一緒にしてくれなければ家を飛び出すと膝詰め談判をした。困った父親は、ある人物に相談を持ちかけた。その男は恐ろしく知恵が廻るやつだ。なにしろ惚れあった男と女を別れさせるために、まず女の親に博打で借金させるように仕むけ、つぎに女の姉に身売りをするように持ちかけさせた」
「ふうん、うちが知っとる人かのう」
「そいつはわらんが、えらく頭の切れる男だ。それに大勢の人間を動かす実力のあるやつだな。お千代、誰か心当たりはないか」
「ううん。うちは頭が悪いけえ、ぜんぜんわからんよ」
 お千代は、上目使いで飛十郎を見た。手には引きむしった藺草(いぐさ)を一本持っている。
「まあいい。そいつらは、そうやってお千代の家族を追いつめて、縁切り金の十両を目の前でちらつかせたわけだ。猫が捕らえた獲物をいたぶるようにな。だが、やり過ぎた。おまえを怒らせて、小判を叩き返されたからな」
 飛十郎の言葉に耳を傾けているうちに、お千代の目の奥がぎらぎら光ってきた。
「けど、お春が井戸に身を投げて死んだんじゃけえ、悪いやつらは目的を達したわけじゃん。死んでしまえば、芳太郎さんと一緒になることは出来んけえね」
「その芳太郎は、今どうしている」
「商いの修行じゃゆうて、広島の親戚の店へ行かされとるそうじゃ。けど、うちは悔しい。一生懸命いきとる貧しい人間を馬鹿にして、うちは住屋誠兵衛をゆるさんけえね。かわいそうにお春は、たった十両のために、いやそうじゃなかりゃん。人を好きになったばかりに、あたら花も実もある十八歳で、冷たい水の中で溺れて死んだんじゃからね」

 

六 助太刀依頼

 お千代の奥歯が、かちかちと鳴った。噛みしめた歯が、あまりの怒りに打ち震えたようだ。
「お願いじゃ。うちを助けてくれんかねえ。大松屋ひとりが仇じゃ思うとったけど、お客さんの話じゃもっと悪いやつがぎょうさんおるらしい。そうなったら、うちの手には、おえりゃあせんじゃん。お春の
怨みを晴らすのを、どうか手伝うてくれんかのう」
 大粒の泪をぽろぽろ零しながら、お千代は飛十郎の膝に取りすがった。こうなると、飛十郎は弱い。
「わかった。しかしな、お千代。おれは早船飛十郎といって、江戸で助太刀人を商売にしている者だ。助けてもいいが、費用がかかる。ただ、というわけにはいかんぞ」
「助太刀人じゃと? そりゃあ、どぎゃあな商売かのう」
「困っている人を助ける商売だ。まあ、仇討の助太刀が主な仕事だが」
 お千代の顔が、ぱっと明るくなった。
「ほんなら、ちょうどええが。うちは必ずお春の仇討をする気じゃから、助太刀をしてくだしゃあ。その費用ゆうんは、どの位かかるん?」
「まず、大負けに負けて五両。しかし、それはおれ一人がしてのけての料金だ。もし人を使えば、最低あと三両かかるな」
 飛十郎は、むずかしい顔をして、無精髭をこすった。
「そりゃあ、無理じゃん。うちはもう、この躰に十両もの借金を背負うとるんじゃけえ。あと八両いるんなら、住み替えせにゃあならん」
 悲しげに下をむいたお千代の目から、こぼれた泪が畳に落ちた。
「そいつは、まずい」
「親もおることじゃし、このまま尾道へおりたいんよ」
「うむ。住み替えは、いかんぞ。……これ以上お千代の借金がふえぬよう、なにか策を考えねばならんな」  飛十郎は、窓のほうを見た。月のおもてを雲が流れているのか、差し込んでくる青い光が明るくなったり、暗くなったりした。屋根の上で猫の鳴く声がした。
「よし……。これなら、お千代が助太刀料を払うことなく、おれも損をせずにすむかもしれん。それどころか、おまえの身請けの金も、なんとかなるかもしれんぞ」
 何を思いついたか、袖から抜き出した拳で手の平をぽんと叩くと、飛十郎はうれしそうにお千代を見た。
「うちが金を払わんでお客さん、いや早船さんも損をせんで、そのうえ身請けが出来るゆう策があるそうなが。どぎゃんしたら、そぎゃあなことが出来るんかのう」
 口ごもりながら、信じられないことを聞いたような顔をお千代はした。
「ああ、出来るとも。だが細かいことは、まだいえぬ。内緒だ」
 飛十郎は首をすくめながら、口の前に人差し指を立てた。
「敵をあざむくには、まず味方からというからな。お千代にも、いずれわかる。それより、この新開の町に妹のお春によく似た女はいないかな」
「その、ええ策ゆうのに、お春にそっくりの女がいるんじゃね?」
「まあ、そういうことだ」
「うちが妹に似とりゃあ、世話はいらんのじゃけど。同じ腹から生まれたのが信じられんほど似ても似つかんけえな。ほじゃけど新開や尾道の町はおろか、近郷近在の町や村をさがしても、お春にそっくりなんは、おりゃせんねえ」
お千代は、首をかしげた。
「そっくりでなくとも、遠目に見て似ていればいいんだが……。いないか?」
 飛十郎は困ったように、ごしごしと頭をかきはじめた。
「そうじゃねえ。姿が似とりゃええんなら、あの人がおりゃん。すれちごうた時、あんまり妹に似とったけえ、どきっとしたもん。顔の輪郭もよう似とるけえ、遠目ならごまかせるかもしれんよ、早船さん」
 考え込んでいたお千代は、顔をあげて頷いて見せた。
「だ、誰だ。それは?」
 勢い込んで、飛十郎は聞いた。
「深川亭の、お紺さんじゃ。あの人は感じが、お春によう似とりゃん」
「ふうむ……。酌女をしている、お紺か」
 溜め息のような声をもらすと、飛十郎は天井をあおいだ。
「知っとりんさる顔じゃねえ、お紺さんを」
「ああ、さっき知りあった」
 ―――尾道へきて、初めて言葉を交わした女ふたりが、次の助太刀人の仕事に関わりがあるとは………
 不思議な因縁に、これは死んだお春の引き合わせかも知れない。そう考えて、飛十郎は憮然とした。
「とにかく、うちが知っとる女の人のなかで、ちょっとでもお春に面影が似とるのは、お紺さんしか思いつかんのよ」
「そうか。いや、よかった。お春に似ている女がいなければ、策も何もない。助太刀どころか、手も足も出ぬところであった」
「お紺とは、思わぬことで知り合った。明日さっそく深川亭へおもむいて、頼んでみよう。なに、あいつも下町育ちの深川っ子だ。ことを分けて話せば、二つ返事で引き受けてくれるかもしれんぞ」
 お千代の顔が、ぱっと明るくなった。
「ほんなら今夜は、うちのとこへ泊まってくれるんじゃねえ。うちゃあ、うれしいわあ」「泊まってもいいが、深川亭で呑みすぎた。悪いが、なにも出来んぞ」
 飛十郎は手の平を横にすると、喉仏の上に当てた。
「なにしろ、ここまで酒を呑んだ。もう限界だ」
「ええじゃん。うちは、添い寝してもらうだけで、幸せじゃけえね。それで、ええんよ」「それでもいいなら、喜こんで泊めてもらうぞ。お千代」
 立ち上がると、飛十郎は窓まで歩いていって、障子の間から夜空を見上げた。月はすでに見えなかったが、重なり合った雲の間から数え切れないほどの星が見えた。遠くのほうで、波の音が聞えたような気がした。

             了 〈助太刀兵法24−尾道かんざし燈籠4−につづく〉








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