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傀儡子御前 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2013年1月20日 13時48分の記事


【時代小説発掘】
傀儡子御前
鮨廾賚


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


【梗概】: 
 念流の兵法者念大慈恩は、弟子二宮左近左衛門と美濃国青墓宿(あおはかのしゅく)で傀儡子女宿(くぐつめやど)の危難を救うが、祝いの場で二宮左近左衛門が何者かに毒殺されてしまう。さらに傀儡子女宿は土岐氏の軍勢によって焼き討ちされるが、傀儡子女宿の長者は、伊吹山で会おうといって去る。不思議な縁で伊吹山を訪ねた慈恩だったが・・・

【プロフィール】:
鮨廾賚此昭和33年(1958)生まれ。平成22年(2010)第40回池内祥三文学奨励賞受賞。現在、新鷹会会員、大衆文学研究会会員、歴史研究会会員、歴史時代作家クラブ会員。




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【時代小説発掘】
傀儡子御前
鮨廾賚


一 青墓宿(あおはかのしゅく)の傀儡子女宿(くぐつめやど)

 その出来事は、念大慈恩にとって、全くの偶然であったかも知れない。
 だが慈恩は、そう思わなかった。なぜならば、その後に続く一連の出来事は、あたかも傀儡師に操られてでもいるかのような流れだったからである。
 そのうえ操っているように思われた者たちが、傀儡子(くぐつ)の一族であればなおさらであろう。
 人為という言葉がある。作為といっても良いが、慈恩にとってそれはむしろ、前世からの宿縁とでもいいたいほどのものだった。
 始まりは、美濃国青墓宿の傀儡子女宿での出来事である。
 永和四年(一三七八)、夏――。
 この時代は、元号がもう一つあった。〈天授〉といい、同じく四年になる。
 慈恩はこのとき二十九歳。禅宗の僧侶となっておよそ十年。なお修行中であったが、すでに兵法については、名人の域に達し、諸国に名がとどろいていた。
 慈恩は近頃弟子となった二宮左近左衛門といっしょに、近江国から美濃国へ入った。
 弟子とはいえ、左近左衛門とそれほどの差があるわけではない。二つ違いの二十七歳であった。慈恩は、義侠に富む左近左衛門を〈左近左〉と呼んで親しんだ。
 慈恩の目指すは、信濃国大河原である。信濃宮宗良親王から、たっての再会を所望されたからだった。
 宮は後醍醐帝の皇子で、吉野から還御されたばかりだった。南朝再興に向けた秘命があるものと思われた。
 知らせを受けた慈恩は、そのとき京都に居た。弟子たちに兵法を教えていたのだが、直ぐに左近左一人を伴い、京都を出発したのだった。それが一昨日のことである。
 二人は夜を日に継いで、青墓の宿に着いたばかりだった。
 青墓という奇妙な名を持つ宿駅は、今日では岐阜県大垣市のうちにある。かつては東海道というよりも、東山道美濃路の宿駅だったが、いつの頃からか東海道の宿駅と目されるようになった。
 だが、往事の繁栄はない。わずかに傀儡子女宿〈旅屋〉の繁盛が、往事を偲ばせるだけである。
 旅屋の繁盛には理由があった。遊君三千載の評判である。美しく、いつまでも若々しい肌の張りと艶を失わない。それでいて三千年は大げさとしても、三百年は生きていると噂される遊君だった。
 もともと遊女とは、川岸や港津に居る者をいい、陸の宿駅に居る女は、傀儡子または傀儡子女(くぐつめ)と呼ばれていた。だが、全体の呼称としては、やはり遊女の方が通りが良い。
 傀儡子女宿は、単なる遊女屋ではない。贅沢な酒肴が用意され、艶麗優雅な歌舞音曲の披露とともに、望めば一夜を共にすることがある。それゆえ貴人の、否、貴人・長者しか利用できない宿でもあった。
 慈恩が宿縁と感じた出来事の始まりは、その傀儡子女宿〈旅屋〉が、大勢の武士たちによって乱暴、狼藉をつくされたということだった。
 武士たちは総勢で五十人ほどは居たろうか。皆腹当に脛巾、太刀に長巻などの得物を持ち、追捕にでも出かけようかという出で立ちだった。中に、壺袖、腹巻、草摺を身につけ、たっぷりと口髭を蓄えた大柄な武士がいたが、その者が主将と思われた。
 慈恩たちが行き合ったとき、武士たちは傀儡子女宿の前で、二十人ばかりの男衆とにらみ合っていた。水干に萎烏帽子の男衆は、傀儡子女宿の使用人と思われた。
 口髭を蓄えた主将と思しき男と、こちらは宿の手代と思われる年輩の丸顔の男は、盛んに口論していた。
「どうあっても移らぬか」
「おおよ。移る謂われがない」
「傀儡子は元来が漂白の民。一所に落ち着くのが希有のことではないのか」
「それゆえ川手に移る謂われもなかろうが」
「傀儡子女宿は、こちらで建てても良い。三千載だけでもよいのだ。川手に来るがよい」「断る。本人も望むまい」
「ええい、やむを得ぬ。痛い目を見なければ分からぬようだ」
「乱暴、狼藉はお止めくだされ」
「武者の習いよ。それっ」
 主将と思しき男の下知で、武士たちはいっせいに傀儡子女宿に踏み込もうとした。そうはさせじと男衆が前に立って防いだが、力の差違は明らかだった。
 男衆をけちらし、武士たちはあっと言う間に旅屋に土足で踏み込んだ。調度を荒らし、逃げまどう傀儡子女を捉えて、慰みものにしようとする者もいる。
 旅屋の男衆も、若者を中心に得物をとって立ち向かってはいるが、とても歯の立つ相手ではない。武士は戦闘の玄人である。劣勢は明らかだった。
「やめておくれ。我らは誰の迷惑にもならず、かけず、傀儡子宿を守って生きているんだよ」
 突然、一人の老婆が現れて、乱暴する武士たちに向かって必死で叫びだした。しゃがれた声で、哀願、哀訴といっていい。
 着ているものは、一目で分かる上等な絹物の小袖だったが、腰が曲がり、包帯を巻いた手で杖を掴んでいる。顔には深い皺が刻まれていた。身体もやせ細り、必死に叫ぶ老婆の姿は痛々しいものだった。
「かわいそうに。青墓の長者もこれでおしまいよなあ」
 遠巻きに見物している野次馬の言葉を、慈恩は聞き逃さなかった。
 そうか、あのおばばが青墓の長者か。してみるとこの傀儡子女宿の主ということになるな、と思ったとき、
「お師匠」
 左近左が左手で太刀を掴んで囁いた。
 助けに入ろうということであろう。人一倍義侠心に富んだ男である。目前の出来事が我慢ならないのだ。
 右手が太刀の柄にかかったとき、
「待て」
 慈恩は小さく、だがきっぱりと言って、止めた。
「お師匠!」
 左近左の言には、明らかに不満の意が込められていた。
 慈恩が止めたのには理由があった。そのとき、偶然にも男衆の一人と目が合ったのである。記憶に間違いがなければ、傀儡子の男たちは弓馬に巧みで、剣をよく使うはずなのである。もしその通りなら、劣勢とはいえ、本気を出せば、十人でもかなりの防御ができると思ったのだ。
 だがそれは、錯覚だったかもしれない。目の合った男は、鋭い光を急に和らげて、慈恩から目を逸らせた。と見る間に、そそくさと隠れてしまった。
「やかましい。ばばあ」
 気がついたときには、武士の一人が手にした棒で老婆を打擲しているところだった。
「最早、我慢なりませぬ」
 左近左は慈恩の手を振りきって飛び出していった。
 まず老婆に狼藉を働いていた武士を一蹴すると、手近な武士に向かって太刀を向けた。「やむを得ぬか」
 老婆にまで手を出すようでは、武士たちの狼藉を黙って見過ごすことはできない。手にした錫丈を構え直して、慈恩もまた傀儡子女宿に飛び込んでいった。いかに左近左が使い手とはいえ、一人で五十人を相手にするのは、さすがにまだ無理だった。 

「ありがたきことでござりました」
 老婆が丁寧に礼を述べた。
 慈恩と左近左の働きで、乱暴狼藉を働いていた武士たちが去った後、
「ぜひとも当宿にお留まりを」
 老婆に懇願されるままに慈恩たちは、傀儡子女宿にとどまった。
 すでに日が暮れて、そのまま旅立っても野宿は確実だったし、慈恩は老婆のことが気にかかっていた。さらに先ほどの武士たちが、このまま黙って手を引くとも思われなかったのだ。
 被害の小さかった部屋は手早く片づけられ、高麗縁の畳が敷かれている。黒塗りのお敷きに酒肴が並べられて、慈恩と左近左の前にあった。二人の前に来て、老婆が手をついて礼を述べたのだった。
「さあ、さあ。宿を守ってくれた恩人のお二方にせいぜい気張って侍っておくれ」
 老婆の一声でしずしずと入ってきた傀儡子女四人は、二人づつ慈恩と左近左の左右に侍った。垂髪に濃い黒々とした作眉、桃色の小袿に白い袴をつけている。いずれも若く美しい女たちである。
 女たちが二人の酒杯に酒を注ぐ。芳醇な香りがぱっと広がった。
「では、一杯だけ頂こう」
 普段慈恩は酒を嗜まない。そう言って、口に含むとまろやかな味がした。かなり上等な酒であろう。
「何者でござろうか。あの侍どもは」
 左近左は先ほどの武士たちが気になっているらしい。
 注いでもらった土器(かわらけ)の酒をぐいと飲み干してから言った。
「悪党や野伏りの類とも思えませぬが」
 左近左の問いは、慈恩に対して発せられたものだった。
「土岐の家人じゃ」
 老婆が白い眉根を寄せて答えた。
「土岐の家人!」
 山彦のように叫んで、
「土岐大膳太夫殿の家人でありますのか?」
 と、続けて問うた。
 土岐大膳太夫は、名を頼康といい、美濃国の守護である。
「いかにも。我らに川手の城下に移らぬかと、きついご命令でな」
 川手の城下とは、土岐頼康が新たに築いた美濃国の守護所で、そのにぎわいは海道近辺では並ぶものがないほどに盛んになってきている。
「ふうむ。何かわけがおありだな」
 慈恩が土器を置いて訊ねた。
「聞いてくれるかね、お坊様」
「話によっては力にもなろう」
「舞や謡いの後が良かろうのう」
「構わぬ。拙僧は僧侶ゆえ酒もこれで十分よ」
 慈恩は傀儡子女が注ごうとする酒を断った。
「お師匠。手前は今少しばかり」
 左近左は上等の酒と、注いでくれる美しい傀儡子女に未練があるようだ。
「そなた、酒は強いゆえ、そのまま続けるがよい」
「ありがたきお言葉」
「ならばお話申しましょう。お坊様は徳が高そうだ。我らの力になっておくれ」
 破れた墨染めの衣をまとった慈恩だったが、風呂を馳走され、こざっぱりとした僧衣をまとって、こうして座っていると、さすがに近寄りがたい威があるから不思議である。
「うむ」
 老婆の哀願に慈恩が力強く頷いた。
「かれこれ五年ほど前になりましょうかえ」
 老婆はぽつりぽつりと語りだした。


二 今様(いまよう)と三千載(みちとせ)


 ばさらが死んだ。応安六年(一三七三)、秋のことである。永和四年から五年前ということになる。
 ばさらは〈婆娑羅〉の字を当てる。華美、贅沢なこと、放逸な行動をいう。この時代の流行といって良い。
 ばさらの名は、佐々木導誉といった。佐々木氏はいくつにも分流しているので、佐々木京極導誉ともいう。
 一人の人物の死が時代を分けることがある。時代を象徴することもある。佐々木導誉の死は、史上そこまでの評価はない。
 とはいえ、それを好機と捉えた者がいた。名を、
「土岐頼康」
 という。武将である。
 三百年から四百年に渡る歴史を持つ土岐源氏の中で、頼康は粉うことなく筆頭に位置すべき出色の人物である。
 頼康は導誉の死を奇貨として、導誉の遺産を傘下に収めるべく動き始めた。
 その総仕上げとでもいうべきものが、旅屋への襲撃であったのだ。
 頼康が土岐家の総領職を継いだのは、康永元年(一三四二)のことである。文和三年(一三五四)には評定衆に列せられ、延文五年(一三六〇)には、伊勢国の守護にも任じられた。これで美濃、尾張と合わせ、東海道の要というべき三か国の守護職を得たことになり、その力は一気に膨らんだ。
 頼康はそれまでの美濃国の守護所であった長森城から、文和二年に、
「川手城」
 を築き、移っていた。
 そして川手城を海道三か国の中心とすべく、その繁栄を図ったのだった。川手城は、革手城とも書く。
 川手城は城を名乗ってはいるが、大きな館町といった方がよい。木曽川と荒田川に挟まれた天然の要害で、七堂伽藍を持つ霊薬山正法寺、源氏の守護神八幡神社をはじめ数多くの神社仏閣を建築し、町屋を建て、多くの職人たちを招いた。
 人の集まるところ酒屋、遊君屋も必須である。青墓宿からも多くの遊君宿が移っていった。だが、傀儡子女宿旅屋だけは、頑として川手城へ移ることを拒否していたのだった
「傀儡子とは、もともと漂白の民と聞いたが」
「さすが坊様は知識がある」
 老婆はそう持ち上げて置いて、
「じゃが、それは三百年も昔のこと。いつの頃からか、定住が習いとなりましたのよ」
 はあ、とため息をついた。
「男は皆弓馬を使へ、狩猟をもて事と為す。或は双剣を跳らせて七丸を弄び、或は木人を舞はせて桃梗を闘わす」
 慈恩は京都で読んだ『傀儡子記』の一節を口ずさんだ。
 ほう、と老婆は、驚いたように、太息をついた。
「女は愁眉・啼粧・折腰歩・齲歯咲を為し、朱を施し粉を傳け、倡歌淫楽して、もて妖媚を求む」
 さらに慈恩が続けると、老婆は驚きを越して探るような目つきになった。
「はっはっは。許されい。我らはいささか兵法を学ぶ者」
 そこで老婆の目がきらりと光ったように見えたが、慈恩は話を続けた。
「大江匡房殿の著した書物を学ぶは当然のことでござれば」
 大江匡房は平安後期の公卿にして学者である。源氏の棟梁八幡太郎義家に兵学を講義したことでも名高い。『傀儡子記』は、その大江匡房が書き残したものである。
「なるほど。それゆえに強いのかえ。これは頼もしい」
 老婆はさらに持ち上げつつ、
「定住の後は、見目よく芸ある女は、傀儡子女として海道の宿に住むようになりましたのよ。昔の青墓の宿の傀儡子女の富貴をご存じか」
 慈恩は、うむ、と頷いた。
 青墓宿の傀儡子女は、今様を得意とし、後白河院との深いつながりがあったことで知られている。ことに上手といわれた乙前は、齢七十を過ぎていたにも関わらず、三十一歳の院に呼び出され、師弟の契りを結んだといわれている。
 今様とは〈今様歌〉のことで、近時流行の歌と謡いと呼べばよいだろうか。最盛期には身分の上下を問わず口ずさんだというから、すごい、といわざるを得ない。その歌謡の世界に後白河院が惚れ込んだということも、すごいことである。なぜならば後白河院は、当時権力の頂点に立つ人物であったからだ。
 だが、後白河院亡き後、今様は廃れ、傀儡子女も白拍子の人気に押され、急速に忘れられていった。飛鳥井雅有の著した『春の深山路』には、青墓宿の往事を偲ぶ描写がある。弘安三年のことである。
 ――青墓の宿は昔はその名高き里なれど、今は家も少なう、遊女もなかめり。故宰相の「名は大方の青墓の里」と詠み給へりしも、げにはかなく、跡とも見えず。
 そんな青墓宿と傀儡子女の衰退を嘆いたのは、一代の風流人にして、名代のばさらであった佐々木導誉である。
 導誉はどこに潜んでいたのか、傀儡子女三千載を探し出してくると、青墓宿に傀儡子女宿を開くことを積極的に援助した。
 三千載は『傀儡子記』にも登場する遊君の名前である。齢三百年を過ぎても衰えぬ容姿と歌謡は評判を呼び、青墓宿は再び賑わいを取り戻した。その長寿の秘密は、人魚の肉を食したからだと真しやかに噂されたこともある。
 そして傀儡子女宿の復活は、佐々木導誉にある副産物をもたらした。傀儡子は元来漂白の民であり、女は遊君だが、男は武芸者である。この男たちが恩義を感じて、導誉を裏で支えたことである。陰の働きといったらよいだろうか。忍びのいない時代である。導誉にとっては、大いに重宝したに違いない。鎌倉幕府の重臣から室町幕府の実力者への鮮やかな転身とともに、常に影響力を失わなかったのも、彼らの力あればこそというべきだったかもしれない。
 それを冷静にみていたのが土岐頼康であった。そして導誉亡き後、陰で働く傀儡子を自らの元に組織しようと図っているのだという。
「ふう」
 猿御前の長い話を聞いて、慈恩は思わず吐息をついた。
 京都の室町幕府の将軍は、三代目に入っている。名を義満といい、今年二十一歳になる。わずか十一歳で将軍位を継いでから十年、その勢威が衰えぬのは、管領細川頼之の良き補弼を得ているからだが、それに対しているのが斯波義将といって、互いに足利の一族である。
 そして土岐頼康は、斯波義将の最大の協力者だった。おそらく、そんな頼康が傀儡子たちを傘下に収めたならば、さらに強大になることは火をみるより明らかだった。
 それ故の狼藉と知って、慈恩は吐息をついたのである。実力者の権力闘争で、常に泣きをみるのは地下の者たちである。
「おお。これは長居をしてしもうた。つい時を過ごしてしまいましたわい。いつまでもおばばが座を占めるは無粋というものござろうわい」
 これこれ、今様を歌え、舞え、と二人の側近く侍る傀儡子女に命じると、曲がった腰をさすりながら部屋を出ていった。
 一人の傀儡子女がすばやく琴を持ってきて、快い音を奏で出す。もう一人は鼓を出してぽん、ぽんと打った。
 やがて、琴と鼓の音に合わせるように、

  恋ひ恋ひて たまさかに逢ひて寝たる夜の夢は いかが見る さしさしきしと抱くとこそ見れ

 一人の傀儡子女が、高く澄んだ声で歌いながら入ってきた。手にした扇を開いて、ひとさし舞った。
「何と艶やかな」
 左近左が感に堪えぬげに呟いた。輝くばかりの美しさとは、この傀儡子女を形容するためにあるかと思われるほどだった。
 慈恩もまた女たちの連携に、流麗なものを感じていたし、もしやこの女が噂の三千載ではないか、と思うのだった。
 舞終わった女は、慈恩の前に来て座ると、
「三千載と申しまする」
 手を仕えて名乗りながら、妖艶な流し目をくれた。
 やはり三千載であったか、と思っていると、
「今度はありがたきことでござりました」
 武士たちの狼藉から宿を守ってくれた礼であろう。
 そう言って三千載は、傍らに控えた少女から瓶子を受け取って、慈恩の酒杯に注ごうとした。ゆっくりとした動作だったが、その動きは華麗に見えた。そのとき三千載は、再び妖艶な流し目をくれた。
「はっはっは。拙僧は坊主である。末世に救済を訊ねるなら分からぬこともないが、妖眉を求めるとは面妖なことよ」
 慈恩は酒を嗜まない。婉曲的に断ったのである。
 三千載は、無言のまま微笑を残して左近左の前に座を移した。
 同じく名乗った後に、酒杯に並々と酒を注いだ。
「こなたが三百歳生きていると噂の三千載か?」
「あい」
「名の通り三千歳生きても若く美しいのであろうなあ」
〈載〉の字義は、乗る、載せるだが、もう一つ〈千載一遇〉のように年、歳の意味がある。
「騒々しい世の中でござりますゆえ、この後も生きられまするかどうか」
「不老不死と申すが」
「仙人ではござりませぬ」
 三千載は、小袖の袂に顔を隠して、ほほ、と忍び笑いした。艶冶な動きであった。
 うっとりと見ほれるような感じで左近左が酒杯を傾けた。
「ふう。甘露。甘露」
 左近左が一気に飲み干すと同時に、再び琴が奏でられた。
 三千載が立って扇を開いた。
「吹く風に・・・・」
 と歌いだしたときである。
「うっ」
 という声とともに、隣の左近左が喉をかきむしるようにして腰をあげた。そのまま目前のお敷きの上に倒れ込んだ。酒肴が大きな音を立てて散った。
「毒でござりまする。お気を・・・・」
 左近左は慈恩の方を見ながら、そこまで言って息絶えた。
「左近左!」
 慈恩が左近左を抱え上げたとき、
「火が!」
 そう叫んで戸を開けたのは、前に慈恩と目が合った男衆の一人だった。
「火事だ」
 という叫声が、立て続けにあがった。
 慈恩が気づいたときには、部屋に煙が垂れ込み始めていた。侍っていた傀儡子女たちが、先を争うように部屋から出て行った。いつのまにか三千載の姿が消えている。
「土岐の軍勢が・・・・」
 外から男衆の声が聞こえる。
「ここは二階であったな」
 呟いて、慈恩が窓のところに寄ると、下には土岐家の家紋である桔梗の旗指物を翻した軍勢が気勢を上げていた。その数は優に百を超える軍勢だった。むろん指揮を執っているのは、昼間の口髭を蓄えた武士で、今度は馬に跨り、侍烏帽子ではなく、鉢形の兜を被っている。合戦支度である。
 慈恩はその武士と目があった。
「うわっはっはっは。そこに居るのは昼間の坊主だな。出てこい。今度は八つ裂きにしてやろうわい」
 口髭を蓄えた武士の合図で、近くに控えていた弓隊が、ひょう、と弦音を響かせた。
 かッ、かッ、と快い響をたてて火矢が突き刺さる。うち一本は慈恩の頬を掠めた。
「坊様。いけませぬわい」
 いつの間に来たのか、慈恩の後ろにおばばが立っていた。
「日を改めましょうわい。ばばには坊様に頼みがあったのじゃ。伊吹山の傀儡子一族の里にお出でなされ。そこで再びお会いしましょうぞ」
「伊吹山と言うたか?」
「いかにも」
「断ったら」
「ふふ。坊様は、我が里に来る定めにある。一月後に会いましょうぞ」
 そこまで言うと、慈恩の返答も聞かず、おばばはすたすたと部屋を出て行った。相変わらず腰は曲がったままで、杖にすがっていたが、存外早い足運びだった。
「やい、坊主。臆したか。出てこい」
 外では口髭の侍が、口汚く罵っている。
 部屋には煙だけでなく、赤く黄色い火も回り始めている。最早、部屋を出て階下には行けないだろう。
「すまぬ」
 慈恩は左近左に死体に向かって片手を合わせると低く合掌し、次にくるりと外に向かうと、そのまま窓から飛び出していった。
「おお。出てきたぞ。射よ。討て」
 口髭の武士の号令で、ぴゅっ、という矢音が飛んできたが、慈恩は錫杖で矢を払いざま、口髭の武士の胸板を突いた。
 たまらず口髭の武士が馬から転げ落ちると、巧みにその馬に跨った。
「はいっ」
 掛け声も勇ましく、慈恩は馬を駆って傀儡子女宿を後にした。
「追えっ」
 口髭の武士の罵声が、虚しく響いた。


三 謎の女との出会い

 中天の日が西に傾いた。
 丈の低い潅木の中を念大慈恩は、黙々と歩きつづけていた。彼方に比良の山地を見ながら、目指すは、伊吹山中の傀儡子一族の里である。
 時に眼下には、姉川と琵琶湖の静かな湖面が広がりを見せるかと思うと、鬱蒼と生い茂った樹木に日も隠れがちになる。
 伊吹山は標高七百五十七間、近江と美濃の国境、近江国寄りにある。薬草の産地としても名高く、後世、竹中半兵衛が隠遁した地としても知られている。
 古来から修験の山として知られ、慣れぬ山道は、熊笹や地を這う蔓に足をとられがちである。だが、若くして兵法を修めた慈恩にとっては、特に苦しいものではなかった。
 どれほど登ったのであろうか。流れる汗も樹間を渡る風に、ひんやりとしてむしろ心地良いほどである。
 山鳥の鳴き声や、野に咲く花に心なごませながら、慈恩が登っていたそのとき、
「あたいよりお前の方が腕は上。だが、負けないよ。いつかお前を抜いて見せる」
 甲高く怒っているような女の声が聞こえてきた。声の質からしてまだ若い女のようである。
「くっ。気の強い女め!」
 ぺっ、という音がしたのは、男が口の中の物を吐き出した音であろう。
「去ね!」
 鋭い声は、なにやら争っているように思われた。
 ――近い!
 こんな山奥に何ゆえに・・・・。
 不審に思った慈恩は、声のする方へ足を早めた。
 しばらく行くと樹木が切れて、小さな岩場が見えた。そこは沢になっていて、幅二間ほどの小さな川が、しゃらしゃらと流れている。季節がら浅くゆるやかな流れであった。水は澄み清らかである。
 はっ、として慈恩は、近くの松の木の陰に身を隠した。
 いましも女の声を背に受けて、一人の男が立ち去るところであった。慈恩の方からは、男は背になっていて顔は分からない。無造作に束ねた髪、下帯から下はがっしりとした肢体が見て取れる。この男も若いが、地面に血の後がある。
 男の身のこなしは見事であった。岩場から大きく跳躍したかと思うと、あっというまに彼方の潅木の林に姿を消した。
 後には女が一人残っている。口からわずかに血が垂れていた。
 ――あ・・・・!
 思わず慈恩は、息をのんだ。
 なぜなら、女は男が行ってしまうのを見届けると、着ていた衣装を脱いで、一糸まとわぬ裸形となったからである。
 慈恩の目は女に釘付けになった。
 遠目に面立ちを見る限り、年齢の頃は、十九か二十ぐらいだろうか。伸びやかな姿態に、ふっくらと三角に尖った形の良い乳房、くびれてきれいな曲線を描く腰から尻への流れ、淡い繊毛も露なその身体には、黒子一つ見えない。桃の果実のようなみずみずしさに溢れていた。
 そんな慈恩の視線を知ってか知らずか、やがて女は、岩場から川に入った。
 口を濯ぎ、女は水浴みをしているようでもあり、身を清めているようでもあった。先ほどの男に唇を奪われそうになり、逆に男の唇か舌を噛み切ったのであろうか。男がそれ以上のことをせずに去ったのは、そんな気の勝った女を犯すのに、ためらいを覚えたからかも知れない。
 ややあって、川から上がった女は、岩にかけてあった薄絹をまとった。その姿は、噂に聞く天女もかくやとばかりに見まがうほどの美しさであった。
 やがて、女は同じく岩にかけてあった浅黄色の小袖を身につけた。そのとき、ふと、寂しげな表情がよぎったように見えた。
 女は川に近づくと、細く白い手で、長い髪をかきあげるようにして、川面に自分の顔を映していた。
 まるで雷に撃たれでもしたかのように、じっとその不思議な光景を見ていた慈恩は、ようやく我に返って、
 ――先ほどの男の体術といい、もしや傀儡子の一族につながる者ではないか。
 という疑念が湧いた。
 もし、そうであるならば、一族の里への案内を請えないものか。
 慈恩は、意を決して林から出ると、川べりにたたずむ女に近づいた。
 女は川面に映った自分の顔をあかず眺めながら、物思いに沈む風情であったが、慈恩が後ろから近づいて、
「もし、そこなお方」
 と声をかけるや否や、ぱっと跳躍して慈恩の後ろに回った。
 その身の軽さに驚愕して振り向いたとき、女の小刀が、慈恩の喉元につきつけられていた。

「ううむ!」
 それは全く見事というほかないものだった。兵法に優れた慈恩をうならせるに十分な体術であった。
「何者!」
 女の声は、低く鋭い。だがその声音は、慈恩にとってはむしろ快く響いた。
 並の僧侶なら、眼前の小刀と女の激しい誰何で縮みあがっていただろが、慈恩は、兵法に覚えがある。悠然として小刀と女の眼を見比べると、わずかの油断を見逃さずに、さっと身を引いて、女の小刀を打ち落とした。そのまま、女の片手を後ろにねじ上げようとした。
 それより早く女は、慈恩の手を振りほどくと、くるりと一回転して、河原に腰を落とすと、そのまま石を拾って礫を打った。
 さらに、すぐさま移動しながらさかんに礫を打ってくる。
 慈恩は、やむなく錫杖で礫を払いながら、女に近づく機会を窺った。
 やがて女は、落ちていた小刀を拾い上げると、そのまま慈恩に向かってきた。
 ガッ――。
 小刀と錫杖が打ち合う鈍い音がした。
「・・・・!」
 女に驚愕の表情が浮き出た。
 それは自慢の技前が、無残に打ち砕かれた兵法者のそれに似ていた。
 小刀と錫杖とではやはり無理があったのだ。勝負の帰趨は明らかだった。
「そなた傀儡子一族に縁のものではないのか」
 今度は慈恩が、錫杖を女に突きつけた。そして、努めて柔らかい声音で問うた。
 だが女は、その問いには答えずに、
「お坊さん強いねえ」
 ややいたずらっぽく言った。
 突きつけられた錫杖を無視するような、邪気のない言葉だった。その微笑を含んだ顔は、先ほどの気丈な女と同じだとはとても思えないほどの愛くるしさがあった。
「ふふ。世の中は広い。拙僧より強い者はたくさん居るぞ」
 慈恩は気の張った身体から力が抜けるようであった。
「強いだけの男は嫌」 
 女は目を輝かして慈恩を見た。
 だが、すぐに悲しげな表情を作ると、ぱっと身を翻した。一瞬のうちに慈恩との距離が離れる。
「あたいは、強くて学のある人が好きなんだよ」
 にっこり微笑んでそう言うと、女はそのまま跳躍して、林の中に消えていった。
 それはあっという間の出来事だった。
「見事な!」
 慈恩の口から感嘆の言葉がもれた。それほどに優れた体術だったのである。
 消えた林の方を見つめながら慈恩は、最後に微笑んだ女の顔を思い出していた。
 丸い顔に大きく澄んだ瞳と赤い唇が、ひときわ鮮明に脳裏に焼き付いている。白い歯も鮮やかな印象を持って思い返された。
 ――このような山奥に面妖なことよ。
 慈恩は、先ほどの女との出会いが、とても現実に起こったこととは思われなかった。
「狐にでも化かされたか」
 一人ごちながら、再び傀儡子一族の里を目指して歩き始めたときだった。
 キキッ、という猿の鳴き声が聞こえたかと思うと、礫が飛んできた。ひょいと顔を傾げてやり過ごすと、さらに二粒、三粒。その礫打ちは、先ほどの女の礫の打ち方に近いものがある
 はっとして、慈恩が礫を打ってくる猿を見返すと、猿はキッ、と泣いて前の木に飛び移った。
 慈恩が無視して歩き出そうとする、再び猿が礫を打ってくる。
「はっはっは。なるほど、そういうことか」
 慈恩は猿を追うように歩き始めた。

 大河原の城で信濃宮に見えた慈恩は、
「伊吹山にいるという傀儡子一族を我が方に招きたい」
 と相談を受けて、思わず苦笑してしまった。
 青墓宿でのおばばの去り際の言葉が、思い返されたからだった。
「この後、伊吹山に傀儡子一族を訪(おと)なう約定になっておりましたゆえ、宮様のお言葉をお伝えいたしましょう」
「おお! 行ってくれるか」
 宮は嬉しそうに相好を崩すと、突然、

  そよ 我やどの池の藤波咲きにけり 山ほとゝぎす何時か来啼かん

 今様を一首歌った。
「御坊は『梁塵秘抄』を存じよるか?」
「いささか。いにしえ、後白河院の編まれた歌謡集と承知しておりまする」
「さすがに慈恩よな。近時も今様歌を伝えるものなれば、是非とも聞いてみたいのだ。すでに余の傀儡子宿は衰え、聞けば青墓宿のみ往事を偲ばせるとか」
「青墓の三千載は、齢三百歳とか。後白河院の御世も知っておりましょう。お招きあればよろしいのでは」
「すでに幾度となく使者を遣わしたが、いっこうに返事を得られぬのだ」
 青墓宿の傀儡子女の後援は京極道誉だった。その道誉亡き後、傀儡子女を味方につけて、さらに男たちも味方に付けようとの算段かと思われた。同じことは土岐頼康も策していて、そのため青墓宿で事件に巻き込まれ、二宮左近左を失っている。厄介な依頼かな、と思ったのだが、
「それゆえ一族の元を訪のうて欲しいのだ。要はあくまでも傀儡子女の今様と心得られい。一度でよい。秘曲『足柄』をこの耳で聞いてみたい。頼むぞよ」
 後白河院も愛した『足柄』とは、『黒鳥子』『伊地古』などと並ぶ今様の〈大曲秘蔵の歌〉と呼ばれる伝説の歌である。神秘的な伝承を有し、実際に歌う場合には、歌い手に高度な技術が要求されると伝わっている。それゆえ、後白河院亡き後、だれも聞いたことがない伝説の音曲であった。
 宮のお言葉には、意外な、というよりも、落胆した慈恩であった。
 この年三月、京都では足利三代将軍義満が、花の御所を造営し移っている。四季折々の花々に囲まれた室町の御所は、義満将軍の権威をさらに高め、いよいよ南朝の凋落を印象付けるに充分であった。
 大江匡房の『傀儡子記』のことを知らない宮ではないはずである。南朝の衰微を憂えて、少しでも味方は欲しいはずなのだが、内乱時にあって『新葉和歌集』を撰し、歌集『李花集』を出したほどの文芸好きである。その宮もすでに七十に近い。父後醍醐帝が崩御されてからでも四十年近く、その間陣中にあったことを思えば、やむを得ぬか、と諦めざるを得なかった。
 土岐頼康の動きを知っているだけに、慈恩としては悔やまれてならないが、さりとて傀儡子一族が南朝に味方するという確たる保証もない。
 慈恩が南朝のために働いているのは、父相馬四郎左衛門尉忠重からの縁による。生前忠重は、新田義貞に従って戦功のあった武将だったのである。
 だが、北朝といい南朝といい、すでに大義を失って久しい。慈恩は禅僧としてではなく、兵法仁としての新たな生き方を模索しなければならない時期にきたことを強く意識した。
 宮のお言葉は、慈恩に深い内省を呼び覚ますものだった


四 傀儡子の里 

 傀儡子の里は、伊吹山の頂近く、鬱蒼と生い茂る古杉の林を抜けたさらにその先にあった。
 そこは山と山が入り組んだ、外界と遮断された谷間になっていた。めったによそ者が入りこめない造りになっていた。秘境といって良いかもしれない。なるほどこれでは探すのに難渋するはずである。
 傀儡子一族は、老若男女およそ百人ほどであろうか。谷間に開けたわずかばかりの土地に、肩を寄せ合うように暮らしていた。
 田はないようである。だが、いわゆる焼畑とも違い、陸稲や狩猟を中心とした一族といって良いかもしれない。山の民とも少し異なるようで、他と交わらず、孤高を貫いているようにも見えた。
 ――傀儡子は、定まれる居なく、当る家なし。穹盧氈帳、水草を逐いてもて移徙す。頗る北狄の俗に類たり。
 大江匡房の『傀儡子』は、このような記述からはじまるが、すでに漂白をやめ、伊吹山に定住している彼らは、わずかに一族の名にのみ〈傀儡子〉を伝える種族となったのであろうか。
 里には猿が多い。ばかりか猿に芸を教えている者がいる。猿飼い、あるいは猿引きという生業があるが、彼らは操る対象を、木偶(でく)から猿に代えたということであろうか。
 慈恩は、長老のいる屋敷に案内された。子の方角(北)に位置する長老屋敷は、質素な入り母屋風に造ってはあったが、中には高麗縁の畳が贅沢に敷かれていた。さすがに青墓の長者と呼ばれただけのことはある。調度も贅沢なものが置かれていた。
 老婆は青墓宿で会ったときと全く同じだった。
「このようなむさくるしいところへよう参られたの」
「約定の通りでござれば」
 慈恩は笑みを湛えて挨拶した。青墓宿で別れて、ちょうど一月後であった。
 正面に長者の老婆が座り、左右に一族の主だった面々であろう四人づつ居流れている。いずれも屈強そうな青、壮年で、男ばかりであった。
「傀儡子女は無事でござったか」
「皆、この里に難を避けた。だが、男衆にはすまぬことをした」
 おばばの顔が曇った。
 あの日、圧倒的な土岐勢の前に、犠牲になった者が多く、威勢のよかった手代も矢を受けて亡くなったという。
「三千載は無事でござろうか?」
 両手を合わせた慈恩の問いに、軽く肯いた老婆に、
「おばばどの。このような破れ坊主など早々に帰ってもらおうではないか」
 居並んだ男の一人が、不機嫌そうな声を出した。
 慈恩は好奇の目を向けて、はっとした。記憶に間違いがなければ、青墓の宿で目があったあの男衆の一人に違いない。
「聞けば南朝縁(ゆかり)の坊主とか。我らの敵ではないか」
 言葉に険がある。
「待て。武者が来たわけではない。用件を聞こうではないか」
 老婆の左側に座っていた四十ばかりの男が言った。
 その男は、胸のところで組んでいた手をはずした。鹿革の袖無しに麻の筒袖を着している。髪は無造作に後ろに束ねてあるだけだ。丸顔の思慮深そうな男で、大猿大全と名乗った。座の順序からいって、おばばを補佐する人物であろう。
「信濃宮様のお使いで参りまいた。今様歌、特に秘曲と噂に高い『足柄』を指南願いたいとのことでござる」
「今様歌を! 南朝に力を貸せ、との命ではないのか」
 居丈高に言ったのは、あの男である。
「今様の教えを請いたいとな」
「真か?」
「今様のみを望むとな」
「信じられぬ」
 急に座がざわつきだした。
「先ほどからの無礼を赦されよ」
 大猿は詫びの言葉を述べると、陰猿というその男をたしなめた後、みなを静めて、
「土岐家の難題に頭を痛めておりましてな。気が高ぶっておるのでござる。赦されよ」
 もう一度詫びの言葉を述べた。
「気にしてはおり申さぬ。それよりも焼けた傀儡子女宿は?」
「仮に再び宿を開いても、土岐家の難題は続きましょう」
「川手に移りまするか?」
「それも業腹なこと」
 大猿は両手を組んで思案の体になった。
 おばばが青墓の長者と呼ばれたのは、傀儡子女宿の繁盛にある。青墓の宿が寂れ、川手城が繁栄していくと、それも難しくなるだろう。噂では、道誉の子高秀は凡庸な跡継ぎで、父ほどの器量はないらしい。土岐頼康と張り合う気もないという。
「難しい話はこれまでにしようわい。しばらく時をくだされ。今様を披露するとしても、ばばはすでに齢八十を越した身」
「後白河院に召された乙前は、齢七十を過ぎておりましたぞ」
「ほほ。そうじゃったのう。忘れておったわい。じゃが、八十四歳で身罷ったともいうぞよ」
「それは・・・・」
 やられた、という感じの慈恩だったが、むろん後に尾を引く感情はない。
「今様は後白河院の御代に今様であったものじゃ。近頃は廃れて今様ともいえぬ」
 すでに過去のもの、という意味であろう。おばばの声は沈んでいた。
「なればこそ、宮様の召しに応じられてはいかがか」
 慈恩は迫ったが、おばばはすでに八十を越している身。大河原までの険しい道のりは無理かもしれない。といって、三千載を遣わすことは、傀儡子宿を再開できなくなる。困難な要望だと言うことは、慈恩も理解していた。
「少し時をくだされ。余人を交えず、一族の内でいま少し話し合うてみたい」
 大猿が再び腕組みを解いて言った。
「ま、ま、しばらく時をのう」
「分かり申した」
「青墓では助力をいただきながら、供のお方を死なせてしもうた。すまぬ、と思うておりまする」
 言われて慈恩は、胸の前で手を合わせた。
 左近左のことは片時も忘れたことがない。毒を使って左近左を殺めたのは誰か、その詮索と場合によっては仇を討とうとの秘めた思いもある。
 あのとき酒を飲んでいれば、間違いなく己も命を落としていたのである。しばらくこの里に滞在すれば、必ずや仕掛けてくるだろう、という読みもあった。そんな慈恩の胸の内を察したかのように、
「この里ではいらぬ邪魔は入りませぬわい。青墓の続きと思うて楽にしてくだされ。誰ぞ。坊様を別棟に案内せよ」
 おばばの命に、
「それがしが案内申そう」
 大猿が自ら立ち上がって、ござれ、と先に立って歩きだした。
「よしなに」
 慈恩は座に一礼すると、大猿に続いた。
 長老屋敷の左隣を少し歩いたところに別棟はあった。そこは籬で囲ってある板葺きの一丈四方の建物だった。慈恩一人が寝泊まりするには充分である。
 慈恩は案内してくれた大猿に興味を抱いた。二人で歩く間、一分の隙も見出せなかったからである。かなりの手練者と思わねばならない。
 思いは大猿も同じだったと見えて、別棟に着くと、
「和尚どのは、ただの僧侶とは思えませぬな。ここまで全く隙を見せなかった」
 と言って、にっと笑った。
 その親しみのこもった言葉に、
「こなたどのとて・・・・」
 と返して、互いに高らかに笑った。
 ふと、慈恩はこころの通いあうものを覚えて、
「大猿どの。少し尋ねてもよろしいか」
 この里に来てからの疑問をぶつけてみようと思った。
「それがしで分かることであれば、なんなりと・・・・」
 大猿は部屋に入るように促した。
「傀儡子の男は皆弓馬を使へ、狩猟をもて事と為す。或は双剣を跳らせて七丸を弄び、或は木人を舞わせて桃梗を闘わす。生ける人の態を能くすること、殆に魚竜曼蜒の戯れに近し。沙石を変じて金銭と為し、草木を化して鳥獣と為し、能く人の目を惑わす」
 と聞き及んだが。
「それは昔のことでござる。我らは傀儡を木人から猿に代えて生きる道を探ってござる」「やはり」
「導誉どのの庇護はありがたかった。だが、都と違い、鄙で今様など・・・・」
 最早、時勢ではないと言いたいのだろう。武家も確かに和歌を嗜むが、それはあくまでも余技である。貴族たちとの交わりに必要だからこそ学ぶのであり、戦乱の時代は武技こそ武士の本義であった。
 導誉以外のばさらで有名な土岐頼遠、高師直も歌を詠み選集に何首か残しているが、頼康以降になると和歌よりも連歌の方が盛んになっていく。連歌は数人で歌を連ねていくもので、遊君とのつながりは全くない。
「遊君に文芸は不要でござろう。武士どもが求めるものは、若く美しい女体。もはや今様など身に修める女はおりませぬ」
 遊女に求めるものが、より直截になったということだろう。
 南北朝の内乱を経て武士の力はさらに強大となった。命のやりとりをする合戦を経験した彼らは、その心のすさみを癒すために遊君たちを求める。そこに歌舞や音曲は不要である。てっとり早く性のはけ口を求めるだけであろう。
「我ら男どもも、戦乱の世に漂白をなして生きていくのは至難のこと。さりとて、定住しても生業なく、やむを得ず走狗のごとき役割を果たして参りましたが、傀儡子が傀儡になっては・・・・」
 大猿は、そこでいったん言葉をきって大きく嘆息した。
 動乱の世は、武家や貴族のみでなく、地下の者、なかんづく〈道々の輩〉にまで生活様式の変更を迫っているのかもしれない。
 慈恩もまた自らが属す僧界を思った。比叡山、興福寺の力は強いが、幕府の庇護を受けて禅宗の力が大きくなりつつある。時衆の広がりも無視できない。
 伝統にあぐらをかく比叡山は、強訴を繰り返し多方面にわたって特権を享受してきたが、地下の者には嫌われつつあり、貴族と同じく、やがて没落の定めにある。僧界も大きく動きつつあった。
「里から降りてはいかがか。一族存続のため、我らが力を貸しましょう」
 今様に限らず、男どもも南朝に力を貸してくれれば、一族が存続するように計らおう、と申し出た。
「確かに里を降りる道もある。和尚どののお言葉、おばばに伝えてみよう」
「お願い申す」
 大猿は南朝に味方する、しないはどちらでも良いようだ。
 それは、自分の考えを持っていない、というよりもおばばや一族の総意に従うのが、自分の努めと考えているように思われた。
(腕が立つ上に控えめで思慮深い。このような者と組めれば)
 慈恩は大猿に限りない期待が高まるのを止めようがなかった。
「ところで大猿どの。もう一つ聞いてよろしいか」
「うむ・・・・」
「陰猿どののことだが・・・・」
 慈恩は気に掛かっていたもう一つの問いをぶつけてみた。
「いや。そのことはやめましょう」
 大猿は話を打ち切った。
「では話を変えて。先ほど集まっておられた者たちは、皆ひとかどの武芸達者の者とみました。だが、青墓の里では土岐の武士どもに抗せなんだ。何故でござろう」
「二宮左近左どのを喪ったことをお恨みか?」
「我が弟子ゆえ。事によっては仇討ちも考えて、宮様の使いを承知いたしました」
 慈恩は正直に言った。
「ご容赦くだされ。・・・・直にそのことはお話し申そう」
 大猿は、直に、以下をほとんど聞き取れないほどの小声で言った。


五 左近左の縁

 大猿が出て行って、慈恩は別棟に一人残された。がらんとした部屋で、床は板張りだが、畳が一枚奥に置いてあった。周りを大きめの簀子縁が囲んでいた。戸は開け放ってある。
 慈恩は僧衣を脱ぎ、畳に腰を降ろした。
 待つほどもなく、別棟の引き戸が開けられ、酒肴が運び込まれ、傀儡子女が二人入ってきた。棟の内は一気に賑やかになった。
「おお! こなたたちも無事であったか」
「あい」
 青墓宿での歓待の際に、左右に侍った傀儡子女であった。慈恩の問いに嬉しそうに答えた。
 あのときと同じく黒塗りのお敷きには贅沢な料理が並べられている。
「こなたも無事であったか」
 あのときと同じ少女が前にきて、慈恩の酒杯を満たした。馥郁とした酒の香りが漂う。「わらわも無事でありましたえ」
「三千載か!?」
 にっと笑って入ってきたのは三千載であった。
 棟の内は狭い。女たちと脂粉の匂いで、咽て咳き込みそうなくらいだった。
「女たちに手負いはでなかったようだな」
「あい。幸いなことに」
 三千載は慈恩が酒杯に手をつけていないのを見ると、
「わらわの酒杯も満たしてたも」
 少女に催促して、満たされた酒杯を一気に飲み干した。
 毒味をしたつもりなのだろう。青墓では、三千載が少女に注がせた酒を飲んで、左近左が命を落としている。
「今日はお酔いなされ。我が里ゆえご安心を」
 と言って、三千載は片目をつむった。そこに無言の意図を感じた慈恩は、
「普段は飲まぬが、三百歳も生きている傀儡子女の里でのたっての勧め。飲まねばならぬか」
 ややおどけたように言って、
「その前に一つだけ答えておくれ」
「何でござりましょう」
「今様に〈足柄〉という曲があると聞く。こなたかおばばか、それとも他の誰かに伝わっておるのかの?」
「後白河院が学んだという秘曲でござりまするか?」
「うむ」
「あれは相承の曲でござりましょう。すでに絶えたと聞き及びました」
「なに!」
 今様の相承系図というものがある。それによると、皇族の宮姫から後白河院まで七代、他に相承の流れはあるが、三千載は相承していない。まして猿御前の名前などあるはずがない、という。
「ううむ」
 慈恩は思わず腕組みした。信濃宮の使いはどうやら果たせそうにない。
「坊様。そのように難しい顔をせずに、まあお聞きください」
 三千載は慈恩のそば近くにいざりよると、耳に口を近づけて早口で何事かを囁いた。
 それを聞いて、慈恩の目がぴくりと動いたが、すぐに何事もなかったように言った。
「はは。諦めよう。しょせん足柄は絶えた名曲のようだ」
「今宵は酔うてくださりませ」
 三千載は慈恩の酒杯を自ら取って、慈恩の口へ持っていくと、左右の傀儡子女に鼓を打つように合図した。

  川の流れの静けきに水浴み乙女の前にこそ 生々世々にも会いがたき兵法上手とぞ見えたまえ

 立ち上がって、さっと一差し舞った。
「むっ。そなた!」
「ほほほ」
 笑いながら、三千載は扇で顔を隠しつつ棟を出ていった。
「不覚」
 そのとき慈恩は、飲み干した酒杯を落として、その場につっ伏してしまった。
 左右の傀儡子女と少女が、そんな慈恩を畳の上に寝かすとそっと棟を出ていった。

 やがて時が過ぎ、とっぷりと闇に閉ざされた頃、
「ふふ」
 低く押し殺した含み笑いとともに現れたのは、青墓宿で慈恩と目の合った男。そして先ほど険のある物言いをしていた男。すなわち陰猿であった。
「起きよ」
 陰猿の声に応じるかのように慈恩が目を開けた。
「いかに兵法仁とはいえ、痺れ薬を飲んでは動けまい」
「なにゆえ、このような手の込んだことを」
「三千載、否、猿御前のたっての頼みでな」
「猿御前!?」
「分からぬか。三百歳も生き抜く女が居るわけがない。三千載とは導誉どのが作った偽物よ」
「やはりそうであったか。その導誉どのも今は亡い」
「いかにも」
「土岐頼康どのに味方するか?」
「そうよ。わしが一族の長となるのよ。猿御前を娶り、女たちの働きで安逸に暮らせるというもの」
「傀儡子の名に恥じぬか」
「やかましい。死ね」
 陰猿は手にした腰刀を振り上げると、慈恩の胸を目指して振り降ろした。
 瞬時の後、うっ、と呻いて右胸を押さえたのは陰猿の方だった。
 慈恩は陰猿の腰刀が振り下ろされるより早く、ごろりと一回転し、隠し持った独鈷で陰猿の胸を突いたのである。
「なにゆえ・・・・?」
「左近左の仇」
「失敗(しく)じったか」
 慈恩が留めを刺そうとするより早く、身を翻した陰猿は、倒れ込むようにして外に出て行った。
「待て!」
 慈恩が後を追う。
 陰猿が向かう先には、里の者たちが集まっていた。
「よそ者を殺せ」
 その者たちに向かって陰猿が叫んだ。
 里の者のうち男たちは、陰猿の叫びに答えて、手にした得物を構えた。
 はっとして慈恩が立ち止まる。
「裏切り者!」
 激しい声とともに、男たちをかき分けておばばが現れた。いつもと変わらぬ老婆の姿だが、腰がしゃんと伸びて、澄んだ凛とした声音だった。
「我らは土岐家にはなびかぬ」
「いかにも」
 おばばの横から大猿大全も姿を現した。
「青墓の傀儡子女宿の守りを任されたのを良いことに、土岐家と結び、我ら一族を売った犬め。そのうえ、慈恩どの一行が通り掛かったことを利用して、宿を襲わせるとは。恥を知れ」
 大猿は容赦がなかった。
「・・・・」
 陰猿は無念の言葉を口にしたのだろうが、何を言ったのかはよく聞き取れなかった。
 くるりと向きを変えて、胸に刺さった独古を抜くと、慈恩に向けて投げつけた。軽く身を引いてよけると、陰猿は大きく跳躍した。里の者と慈恩との中間当たりで、少し先が崖になっている。
「逃げるか」
 慈恩が追おうとしたとき、
「あ・・・・!」
 その跳躍と背中に慈恩の記憶が、闇夜に雷光がきらめくように、かっと蘇った。
 慈恩の足が止まった
 そのときである。おばばが陰猿の背に向かって小刀を投げつけたのは。
 矢が飛ぶように、小刀は狙いを過たず陰猿の背中に深々と突き刺さる。老婆が投げたとは思えぬほどの勢いだった。
 ぐあっ、という怪鳥のような叫びを残して、陰猿が崖の手前で落下した。そこに向かって慈恩が走る。
 慈恩は一度合掌し、陰猿の背に刺さった小刀を抜き取ると、
「おう!」 
 小さな驚きの言葉を漏らした。
 慈恩はその小刀に見覚えがあったのである。
「おばばどのが、真の姿を現す」
 大猿が大きな声で叫んだ。
 里の男衆はいずれもが動揺し、狼狽していた。
「おばばどのの真の言葉を聞けい」
 大猿の声を聞きながら、慈恩は眼をおババに移した。眼と眼が合う。その吸い込まれそうな瞳には明らかに見覚えがあった。
 おばばは中央に進むと、両手で顔を覆ってすぐに手を離した。その手はまるで獣の皮を剥ぐように見えた。
「信濃宮様の請いには沿いがたい。もはや今様は昔の歌い。我らに未練はない」
 それは猿一族の里に来る途中に、沢で出会ったあの不思議な女の顔であった。
「我らは傀儡子の末裔。木偶ではない。佐々木といい、土岐といい、大名に操られるのは御免被る」
 愛くるしい微笑を称えた顔がそこにあった。
「我らを弟子にしてくだされ」
 凛とした女の声音に、大猿始め里の者が一斉に腰を落として慈恩を仰いだ。
「はっはっは。よかろう。これも左近左が取り持った縁であろう」
 慈恩はからりと笑って肯った。

 猿御前は謎の多い人物である。念大慈恩の弟子の中でも、特に秀でた十四人の高弟の一人であり、<陰の流れ>を伝えた伝説の人物でもある。
 この流れの系統に上泉伊勢守信綱の新陰流があるといわれている。
(了)

(注一)作中『傀儡子記』の引用は、「日本思想体系8」(岩波書店)に拠りました。
(注二)作中『春の深山路』の引用は、「新編日本古典文学全集48」(小学館)に拠りました。
(注三)その他今様歌も含めて、『梁塵秘抄』(角川ソフィア文庫)及び『梁塵秘抄』(岩波文庫)を参考にさせていただきました。
(注四)本作は、およそ三年前に発表した『猿御前』を大幅に加筆、訂正したものです。
【おことわり】
・前回から始まった『宿志の剣』は、今回はお休みいたします。








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10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
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