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宿志の剣 三 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2013年5月26日 12時0分の記事


【時代小説発掘】
宿志の剣 三
鮨廾賚


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)

【梗概】: 
 上野国大胡の領主上泉信綱は、養子秀胤に城を譲り、兵法流布のため回国の旅に出ようとしていた。そのとき58歳。第2の人生を自らの創始した新陰流とともに生きようと考えたのだ。だが、その頃の上野国は、武田、上杉、北条の争奪の渦中にあった。そしてまた信綱にしつこく付き纏う忍者飛びの段蔵の陰があった。

【プロフィール】:
鮨廾賚此昭和33年(1958)生まれ。平成22年(2010)第40回池内祥三文学奨励賞受賞。現在、新鷹会会員、大衆文学研究会会員、歴史研究会会員、歴史時代作家クラブ会員。


これまでの作品:
傀儡子御前

  
宿志の剣 一
宿志の剣 二


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【時代小説発掘】
宿志の剣 三
鮨廾賚



第二章 新陰流陰の流れ

 一  謁見の翌日

 翌日――。
 秀胤は妻のてるといっしょに居た。夫婦水入らずである。
 大胡城主上泉秀胤の正室で、城の内外では〈てるの方〉と呼ばれていた。白地に御所車をあしらった小袖に、桜萌葱重の打掛けを羽織っている。打掛けには薄紅の紅葉が散らしてあった。歳は三十一になるが、肌の張りは若々しく、とても三十路とは思われない。さすが秀綱殿の子よ、と噂になるほどの瓜実顔の美人であった。
 前日、箕輪城から帰城した秀胤は、秀綱とともに湯漬けをかき込むと、直ちに城の重臣を呼び集めた。謁見の模様をつぶさに語り、上泉家の今後を協議した。
 合議は長引き、堂々巡りを繰り返したあげく、秀綱の、
 ――信玄公からの沙汰を待とう。
 という、平凡な結論に落ち着いたのだった。
 合議が引けたのは深更になってからであった。疲れのたまった身体で、てると閨をともにする気になれず、その夜秀胤は自室で睡眠をとった。
 朝になって湯浴みをしたのだが、思い起こせば、昨日の武田信玄の印象は強烈であった。家臣に話すには躊躇われたが、てるならば気を遣うこともあるまい。と、その部屋を訪ねて、そのことをやや興奮気味に話したのだが、
「さもありましょうなあ」
 てるは浮かない顔である。
 今日のてるは、薄化粧の二重まぶたの目がやや左右に下がっているように思われた。いつもはそれが左右に切れ上がっていて、気の強さを現しているのだが。
 その理由を察して、秀胤ははっとなった。浮かれたような気分が一気にしぼんでいく。(年甲斐もなく・・・・)
 いくら気のおけない妻の前とはいえ、秀胤は己の軽率さをやや恥じた。
 秀綱を除いて、全体に上泉一族は北条寄りである。実子の常陸介秀胤は、北条方として国府台の合戦で討死し、その子泰綱はいまも小田原にいる。秀綱の後妻は、北条綱成の娘であり、二人の息子とともにこれも小田原にいる。てるも自身明確に語ったことはないが、どちらかといえば北条に好意を抱いていた。
 秀胤も内心では、属するなら北条をと思ってはいるのだ。しかしながら、いかんせん昨日の武田信玄の謁見が強烈に過ぎた。
(唐土の英雄とはこうした人物を言うのではあるまいか)
 というのが、率直な思いだったのである。
 だが、よく考えれば、その信玄を相手に養父秀綱も堂々の隠居宣言をやってのけたのだ。見事というほかはなかった。
 秀胤は話題を変えるように、秀綱が信玄に隠居を申し出たことを話した。
「父上のお考えは?」
「深意はわしとて分からぬ」
 女ながらもてるの気性は激しい。戦国の世に、しかも名高い上泉秀綱の娘として生まれたゆえであろうか。父親の薫陶を受けて剣、長刀は相当に遣う。並の男では勝てないだろう。
 だが、秀胤も秀綱が認めた男である。単に優しいだけの男ではなかった。
 二人の夫婦仲は悪くない。よくこうして時勢や軍略、武芸について語ることがある。戦国の世にあっては、仲睦まじい夫婦の部類に入るだろう。
「仮に父上が旅に出られて、お前様が城主になられたら、武田殿の攻撃を支えきれまするのか?」
 てるの言い方は直截である。
 二人きりのときは、親しみを込めて秀胤のことを〈お前様〉と呼ぶ。実は先に惚れたのはてるの方で、秀胤に嫁入るまで、そう呼んで慕っていたのである。
「む・・・・」
 秀胤は言葉に詰まった。
「箕輪城が落ちた今、上杉殿に頼るは論外。昔から上泉家は北条と縁が深いのです。父上の謀ではありますまいか」
 つまり、秀綱は武田信玄に降ったのだから、当然武田方となる。そうすると北条と袂を分かたねばならなくなり、上泉一族を二分することになる。そこで、隠居を理由に武田方にはならないことを婉曲的に理解してもらおうとしたのではないか、というのである。
「じゃによって、信玄殿が怒って謁見は中断されたのではありますまいか」
「ううむ」
 秀胤はしばし沈思したが、
「いや。それは有り得ぬと思う。あのときの父上の申し出には真意がこもっておった。だからこそ信玄殿が怒ったのだ。考えても見よ。我らは降将、煮て食われようと焼いて食われようと文句は言えぬ立場にあった。もし、仮に武田に属さぬという婉曲的な断りを感じたならば、我ら二人はその場で囚われて斬られておろう。そうならなかったのは、父上の真情を感じて信玄殿が迷われたからなのだ」
 昨日の信玄の言を思い出しながら、きっぱりと否定した。
「では、お前様は父上の助けなしで、この難しい上泉の領国を保って行けるとお思いなのか?」
 上泉のある上野国は、北に上杉謙信、南に北条氏康、そして西に武田信玄という大勢力に囲まれている。
 突飛な例えを許されるなら、いまの上泉家は、上杉、北条、武田という三大企業にシェアを奪われ、吸収か合併か倒産かの瀬戸際に立たされている零細企業という感じなのである。
「痛いことを言う。わしとて未だ父上の助力なしにこの難しい世の中は渡って行けぬ。さりとて武田と正面からことを構えるは愚策。何か良い思案はないか考えていたところだ」「武田は北条と同盟関係にありまする。長野家に義理立てして武田家と対したは父上の責任。それゆえ武田に降った父上は武田の臣となりましょう。だが、次の当主たるお前様は別ではありませぬか」
 てるの言に秀胤は、思わずはっとした。秀綱がなぜ供を命じたのか分かったような気がしたからである。
 秀綱は、初めから隠居を願うつもりでいたのだ。とはいえ、一人で行けば余計な詮索をうむ。痛くもない腹を探られることにもなる。だからこそ、秀胤を伴い隠居と相続をいっしょに願い出たのだろう。
「しかしのう、ともに信玄殿の謁見を賜ったのだ。その場で家督をわしに譲るといった手前、父上の隠居が認められれば、わしも武田家に属することになるのが素直な流れではないか」
「では、お前様は武田の家臣になるとお考えなのかえ」
 てるは武田に属する気は毛頭ないようだ。
「そうではない。信玄殿とまともに戦っては勝てぬと言うておるのだ」
 秀胤の言葉は、我知らずやや尖っていた。それはてるのしつこさへの反発というよりも、優柔不断な自身への苛立ちであったかもしれない。
 二人は沈黙した。
 ややあって、気まずい雰囲気を変えるように、
「早苗。早苗はいずこに」
 てるはお気に入りの侍女の名を口にした。
「お呼びでござりましょうか」
 戸外の廊下からすぐに反応があった。
 てるが部屋に入って来るように促すと、戸が開いて若く美しい女が入ってきた。
 早苗は薄桃色の小袖に浅黄色の小袖を重ね着していた。この時代の女にしては、すらりとして背が高い。五尺七寸(約百七十センチメートル)はあるだろうか。そのうえ、細面のすっきりとした美しい顔立ちだった。年齢は十八になる。
 早苗は瀬尾兵四郎という秀胤お気に入りの近臣の妹でもある。だが、越後国で加藤段蔵から忍びの術を学んだ女忍びでもあった。大胡城でそのことを知る者は少ない。秀胤、てる、そして兄の兵四郎の三人のみであった。
「おお。益々美しうなったな」
 秀胤の軽口に、早苗が恥ずかしそうに面を伏せた。瑞々しい可憐な一輪の花を思わせる風情がある。こうしたところは、殺伐とした忍びの世界に生きる女忍びとは、誰が見ても思わないだろう。
 うっとりするように見つめている秀胤に、
「殿!」
 たしなめるように言ってから、早苗の方を向き直った。
 秀胤は、ばつが悪そうに目をてるに戻した。
「そなた小田原の義母上のもとに使いしてくれぬか」
 義母上とは、北条綱成の娘で秀綱の後妻のことである。てるとの関係は良好で、よく書状のやりとりをする。
「昨日の謁見のことか」
「あい。義母上も気を揉んでおりましょう」
「よいのか。義父上に断りもなく」
「良人のことを知るは夫人の努め。義母上が知って当然のことと思われまするが」
「はは。敵わぬな」
 秀胤は笑った。邪気のない笑いであった。
「ふふ」
 てるも釣られて忍び笑いを漏らした。こんなときの秀胤をてるは最も愛おしいと思う。「本来なれば、わしから左衛門大夫どのに知らせるのが筋であろう。だが、信玄公に謁見を賜った身、わしよりはそなたからの方がよかろう」
 左衛門大夫とは北条綱成のことである。
「では、書状を認めまするゆえ」
「うむ。淡々とな」
 余計なことは書くな、という意を言外に含ませて、秀胤はてるの部屋を出て行った。

 同じ頃――。
 奥の一室で秀綱と疋田文五郎が向かい合っていた。
 文五郎は上泉家の家臣だが、秀綱の甥にあたる。また、新陰流の高弟でもあった。後に虎伯と号し、疋田陰流の開祖となっている。
 このとき疋田文五郎は三十九歳である。丸顔で際だった特徴はないが、その分風采が上がらないように見えるのが文五郎にとって致命的だった。秀綱といると従僕に見えてしまうのである。だが、本人はそのことを喜んでいる風がある。心の底から秀綱を慕っているといって良いであろう。
 朝稽古を終えてのひとときであった。このところ、戦という緊張感から解放されてか、秀綱の修行には張りが感じられる。
 かつて、秀綱が城を出て赤城山に籠もって修行したことがあった。そのとき、身の回りの世話いっさいを文五郎が勤めたのである。そのときの秀綱は鬼気迫るものがあった。例えて言えば山の精と対峙するかの如く見えたものである。後に聞いたところによると、秀綱はそこで今日の新陰流を完成したということだった。
 そのころの、触れればかっと火を噴き出しそうな秀綱の剣は、いまはまるで舞を舞っているかと見まごうばかりの優雅さがある。文五郎はしばし見惚れて、ときを忘れることがあった。
(このまま、師の剣技の行く末を見てみたい)
 それだけに、文五郎にとっては主君でもあり、師でもある秀綱の出処進退は気になるところであった。
「信玄公に隠居を申し出られたとか。誠でござりまするか」
 文五郎は努めてさりげなく聞いた。だが、秀綱に特段の思いは無いようであった。
「うむ。一介の兵法者となって諸国を経巡ろうかと思うておる」
 すでに心決まったいま、冬の青空のように清澄であるということだろうか。
「信玄公はお許しになられましょうか?」
「分からぬ。わしのような老いぼれに、過ぎたるお言葉を頂戴した」
「聞きました。それほどに買っておられるのです。お許しにはなるまいかとも思われます。そのときはいかがなされまするか」
「さようさな。秀胤は不肖ではない。そのときは、わし一人城を捨てて勝手に隠居するか。まさか信玄殿も刺客を送りはすまい」
 そう言って、高らかに笑った。屈託のない笑いであった。
(すでに師は覚悟を決めている)
 からからと澄んだ笑い声を聞きながら、文五郎は思った。
「その折は、ぜひそれがしをお供にお加え下され」
 文五郎は懇願するように言った。
 それは文五郎の本心からの言葉だった。供に加えてもらうためには、形振り構わぬ、といったら良いだろうか。
 秀綱は何も言わない。それは迷っているのではなく、すでに供の者は決めているように思われた。
 文五郎には、師秀綱の最後を看取るのは自分しかいない、という奇妙な自負がある。それは、秀綱が赤城山に籠もったときに、身の回りのいっさいの世話をして以降のことであった。
(わしは・・・・)
 もし秀綱が、供を許さぬ、と言ったら、自分も妻子とわずかばかりの土地を捨てて、どこまでも師の後を追っていこう、と心に決めていた。
(だが・・・・)
 できうることなら供に加えて欲しい。それは文五郎の偽らざる気持ちだった。
「殿・・・・」
 不安を押さえてさらに懇願しようとした文五郎だったが、後の方は言葉にならず、絶句してしまった。
「分かっておる。そのときは頼むぞ」
 秀綱はぽつりと言った。
 無造作であった。無造作ゆえに、分かりきったことを聞くな、という意が感じられて文五郎は、身体がかっと熱くなった。
(師は我が心の内を感じてくれていた)
 文五郎は、はっ、とその場に平伏した。
 幸福感が文五郎の五体にじわじわとせりあげてきた。


 二 加藤段蔵

 深更――。
 相模国小田原から大胡城に向けて急ぐ、柿渋の忍び装束をまとった早苗の姿があった。顔も目だけ残して、後は忍び頭巾の中である。
 大胡城から小田原城までは、十六里程の距離である。大人の足でおよそ二日の行程だが、忍びの早苗の足ならば昼は一日、夜は半日で着く。
 昼前に大胡の城を出た早苗は、夜亥の刻(午後十時)頃には大過なく役目を終えた。
「急げば明日の朝には帰り着けるか」
 早苗は一息入れて、子の刻(深夜零時)過ぎに小田原を後にした。
 神無月(旧暦十月)といえば、すでに初冬の頃である。空には冴え冴えとした上弦の月があった。だが、降るような星灯りの下、風を切って進む早苗にとって季節は無縁であるように思われた。
 武蔵国に入った早苗は、鎌倉街道に沿って北に向かっていた。狭山丘陵を過ぎた頃、
(む! 付けられている)
 ぴったり添うように早苗といっしょに走っている気配がある。
(何者であろうか?)
 すでに役目は終えている。早苗は気持ちに余裕があった。
(北条の忍びであろうか? それとも武田か、上杉か)
 広大な板東平野はまだまだ続いている。一面の芒が原を抜けて、目前にこんもりとした山がある。意を決した早苗は、その山に入っていった。
 山を抜けると見せて、頂に近いひときわ大きい欅の木の枝に身を隠して気配を消した。山中に月明かりは届いてこなかった。
 早苗は欅の木にぴったりと身体を密着させて、己の気を欅の木と一体化させた。
 ほうほう、という梟の鳴き声以外には何も聞こえない。初冬の山中の闇は静かに深かった。
 早苗の脳裏は無念無想となっている。無意識の中、五感は欅の木と完全に同化していた。樹木や植物と一体化して、異様な気配を探る同化の術である。木に寄り添い気配を消す、いわゆる観音隠れの術とは違う。相手の気を察する察気術と組み合わせた、加藤段蔵から学んだ独特な忍びの術の一つだった。
 早苗の耳目は欅の木となって、山中に別人の気配を探った。だが、不審は全く感じられなかった。
(去ったか!)
 早苗が自身の意識を呼び覚まそうとしたとき、
「はっ・・・・」
 冷気を破って、真っ向から棒手裏剣が飛んで来るのが目に入った。
 だが、その手裏剣の流れは見切っていた。軽く顔を横にずらすと、目と鼻の横に棒手裏剣が、かっ、という乾いた音を立てて突き刺さった。
「ぞう!」
 闇の中から、誰何にも似た烈しい一声が、まるで手裏剣のように続いて飛んできた。
「だん!」
 声のした方に早苗も一言だけ返した。それは符丁、つまり合い言葉であった。
「さすがじゃな」
 森とした闇の彼方から囁くような声が響いた。早苗はその声に覚えがあった。
「御師匠!」
「ははは。腕は落ちておらぬようだの。降りてこい」
 はっとして、その声のした方を見ると、いつのまにか欅の木の下に、一人の黒い忍び装束を身につけた人物が立っていた。顔も黒い覆面で被っている。
 低い声だがしゃがれているわけではない。だが、声の重々しさからかなりの年配の男と知れた。
 早苗は欅の木からするすると降りると、忍び頭巾をとって、その人物の前に片膝をついて畏まった。
「お久しぶりでござりまする」
「一別以来じゃな」
「御師匠にもお変わりなく」
「いや、変わったぞ。そなた聞いておらぬのか」
「は・・・・?」
 早苗は怪訝な顔をした。
「そうか知らなんだか。わしは上杉を去った」
「ええっ!」
「危うく、上杉謙信に殺されるところであったわい」
「まさか、そのような」
 早苗は半信半疑の体である。
「その話しは、まあよい。いずれ、そなたも風の噂で知ることになろう。それよりも、そなたに聞きたいことがある」
「何なりと」
「そなた〈新陰流陰の流れ〉を知らぬか」
「新陰流陰の流れ?」
 早苗は反芻するように呟いた。
「うむ。新陰流ならば、わしとて上泉秀綱が創始した兵法と心得ておる。その新陰流ではなく〈新陰流陰の流れ〉あるいは単に〈陰の流れ〉と言い慣わしておるやも知れぬ」
「はて、そのようなものは聞いたことがござりませぬ。いったい御師匠は何故に・・・・」
「そのようなことを申すか、とな」
 御師匠と呼ばれた人物は、早苗の言葉の後を引き取った。だが、早苗のその問いには答えなかった。
「ところで、上泉領にそなた以外の忍びの影はないようだの」
「大殿は稀代の兵法者。忍びの方で避けましょう」
 大殿とは上泉秀綱のことである。どんな術者が忍び入っても、兵法の達人秀綱なれば見破ってしまうだろう。現に早苗も他国からの忍びが、何人か術敗れて秀綱に成敗されたと、大胡の城中で聞いたことがあった。
「ではない。秀綱の遣うておる忍びよ」
「大殿が忍びの者を遣っているとは聞いたことがござりませぬ」
 早苗はてるに仕える忍びである。大胡城の奥仕えの身でもあり、おそらく秀綱は早苗のことを知らないだろう。
「長野業正存命の折は、わしも箕輪の城と春日山の城を行き来したことがある。その折、間違いなく秀綱のもとには優れた忍びがいた。その術は伊賀や甲賀ではなく、まして風魔でもなかった。わしはその者と直接対したことはない。だが、幾たびか敵を屠るその優れた技前を目にしたことがある。いま考えると、その忍びの術こそ新陰流陰の流れのようなのだ」
「新陰流陰の流れ・・・・」
 早苗は再び反芻して、師の顔を見上げた。
 長野業正は西上野の豪族だったが、上杉方の武将として上野国の諸豪族を束ねた名将であった。上泉秀綱も心服し協力を惜しまなかった。ために、長野業正存命中は、さすがの武田信玄も上野国に手を出すことができなかった。
「いかにも。新陰流陰の流れとは、すなわち忍びの術よ。新陰流が槍や剣の術であるようにな、当然、その術を学んだ忍びの集団があって可笑しくない」
「ですが、上泉、大胡の城に大殿子飼いの忍びの集団など聞いたことがござりませぬ。殿も忍びは遣ってはおりませぬ」
 早苗が言う殿とは、大胡城主上泉秀胤のことである。
「そこが不可解よ。確かに〈上泉忍び〉や〈大胡忍び〉など聞いたことがない。新陰流陰の流れがあれば、わざわざそなたをわしのもとに寄越して修行させる必要もあるまい。そなたの主はどうだ。秀綱の娘であったな」
「ここ二年ほどお方さまにお仕え致しましたが、忍びの影は早苗の他にはありませぬ」
「そうか」
 御師匠と呼ばれた人物は、やや考える体であったが、やがて、
「早苗、そなたに頼みがある」
「何なりと」
「城中で新陰流陰の流れを探ってくれぬか。術のこと、術者のこと。何でも良い。つながりはわしの方から求める。幸いにも秀綱はいま大胡の城にいる。〈新陰流陰の流れ〉忍びが、もし本当にいるならば、必ずや秀綱と連絡を取るはずじゃ。だが、秀綱は兵法の達人、くれぐれも用心を怠るでないぞ」
「心得ました」
「頼んだぞ」
 師の依頼である。早苗は二つ返事で引き受けた。
「おお。思わぬ時をくうた。さあ、早う行け。まもなく夜が明けるぞ」
「はっ!」
 と、早苗が答えたときには、すでに二人の姿はその場にはなかった。
 早苗が御師匠と呼んだ人物、その男こそ〈飛び加藤〉と噂された稀代の忍び加藤段蔵であった。
 まだ、上泉家が上杉方だった頃、飛び加藤が上杉で活躍していた噂を聞き、大胡越前守の意を受けた父瀬尾兵左衛門の命により、段蔵の弟子となって術を学んでいたのだった。大胡越前守は秀胤の実父で大胡城の主だった人物である。先年、身罷ってすでに亡い。
 二人の去った後の闇は徐々にその濃さを減らしていた。日の出がもうすぐそこまで迫っていた。


 三 風魔小太郎

(むっ・・・・)
 秀胤は異様な気配を感じて目を開けた。
(居る・・・・)
 何者かが寝ている己の横にぴったりと寄り添うようにうずくまっている。
 宿直も屈強の者を配してあった。だが、その者たちが気づいていないということは、よほどの手練れであると知れた。
 秀胤はゆっくりと目を気配のある方向へ動かした。
 部屋の灯りは消えて真っ暗である。
(うっ・・・・)
 思わず秀胤は背中に寒気が走った。
 闇の中に炯々と光る二つの目が見える。それは野生の獣の目に似ていた。兵法の修行を積んだ秀胤でさえ、ぞくりとするほどの冷たさであった。
(くせ者)
 秀胤はがばと布団をはねのけると、刀架の太刀を掴もうとした。
「うっ!」
 だが、金縛りにあったように己の身体が動かない。
「お静かに。風魔小太郎にござる。御当家に害をなす者ではありませぬ」
「風魔!」
「しっ。宿直が目を覚ましましょう」
 風魔小太郎と名乗った男は、秀胤を制して、
「小田原の北条氏康様の書状を持参いたしました。まずはこれを・・・・」
 懐から一通の書状を秀胤の前に置くと、その場に神妙に控えた。だが、その五体から立ち上る隙のない気は、さすがの秀胤も気圧されるものがあった。
 武田信玄の謁見から七日ほど経った神無月下旬のことだった。
 風魔が来たということは、てるの出した使いの効果が現れたということだろう。
 だが、小太郎自ら現れたことは予想外のことだった。
 風魔小太郎は北条早雲以来の北条忍びの総帥である。相模国足柄郡に本拠を構え、代々小太郎を名乗っている。秀胤の使者に来た人物はその三代目であった。
 深更、秀胤の寝所に突如現れた小太郎は、座ってはいたが秀胤を圧する高さであった。立てばおそらく六尺を越える大男であろう。それほどの大男が宿直にもとがめられず、秀胤の寝所に座っているということは、驚くほどの身軽さと大胆さといわねばならない。小太郎を目前にして、改めて秀胤は肝が冷える思いだった。
 ところで、小太郎の背が高いのは、風魔の特徴であるといってよい。なぜならば、後の北条氏政、氏直の時代に活躍した五代目の風魔小太郎は、なんとその時代に身長が七尺二寸(二百十六センチメートル)もあったと伝えられているからである。
 小太郎は秀胤に書状を渡すと、傍らの秀胤の手燭を引き寄せて、懐からなにやら取りだして火を点した。
「・・・・!」
 闇に慣れているとはいえ、無駄のない動きだった。
 秀胤は灯りの中で、改めて小太郎を見た。
 小太郎はがっしりとした体躯に柿色の忍び装束をまとっていた。むろん、忍び頭巾は被ったままである。滅多なことで素顔を見せるということはないのだろう。
 秀胤は書状に目を移した。そこには上杉、武田につくことの不利と北条につくことの利が簡潔に認められていた。そして、
 ――委細は、武蔵国鉢形城に拠る北条氏照と図れ。
 と、結んであった。
 さらに小太郎が、
「しばらくは、それがしが鉢形城との橋渡しを務めまする」
 と言ったのである。
(それほどまでに北条どのも上泉家を重くみているのか)
 おそらく、妻のてるから届いた書状を、秀綱の後妻はすぐに父である北条綱成に見せたに違いない。
 綱成は北条を名乗っているが、北条早雲と血のつながりはない。本姓は福島なのである。その武勇を見込まれて、早雲の子氏綱から北条の姓と〈綱〉の一字を賜ったほどの人物であった。北条家臣の内にあって常勝を謳われ、朽葉色に染めた旗指物は〈地黄八幡〉と称えられ恐れられていた。その信頼は北条氏康に代わっても揺らぐことがなかった。
 その北条綱成が動いたことは間違いないであろう。それゆえに、わざわざ風魔の総帥手ずから、北条氏康の書状を持参したのではないだろうか。
 秀胤が書状から目を離したとき、
「殿。くせ者が」
 戸が開いて燭を手にした宿直の者が入ってきた。
 風魔小太郎は消えるように去っていた。
「騒がしい。何事だ」
「怪しい話し声が漏れました」
「空耳であろう。何事もない。持ち場に戻れ」
「なれど・・・・」
 宿直の者は、秀胤が手にしている書状を凝視している。
「良い。下がれ」
 秀胤は宿直の者が部屋を出ると、宿直の者を変えねばならぬ、と思った。
「くれぐれも地黄八幡殿のご厚情をお忘れ無きよう」
 去り際、小太郎の釘を刺すような一言が脳裏をかすめていた。
 一人になった秀胤は、冷静に近隣の諸豪族の動向を推し量り、北条、武田、上杉の動きに思いを巡らせた。いまのところ、北条、武田は同盟の関係にある。
 武田信玄は謁見の場で、
 ――京を目指して見ぬか。
 と、はっきりと明言した。
 四囲を山に囲まれた甲州、信州を領する武田信玄が天下取りを目指す場合、そのままでは京への道がない。東山道では大軍を展開するのに不向きなのである。それゆえ、源平が争った頃の木曽義仲にならって北陸路を進むか、先年の今川義元のように東海路を進むのが最良ということになる。
 だが、すぐる永禄四年の川中島の合戦では、直接刃を交えながらも、上杉謙信と雌雄を決することができなかった。結局、永禄七年まで五回も川中島で戦いながら、いまもって決着はついていない。領土も増えるどころか、徒に将兵を失ったのみであった。
「謙信公もまた名にし負う名将である」
 秀胤は呟いた。心底からそう思う。上泉家も箕輪落城までは、その上杉謙信の助力を仰いでいたのである。
 越後の上杉謙信を簡単に打倒できない以上、北を望むのではなく、南の駿河国を征服するのが順当なように思われた。
「駿河には今川氏真殿がいる」
 武田、北条、今川は同盟を結んでいる。信玄の子が北条氏康の嫡子氏政に嫁し、氏康の子が今川義元の嫡子、すなわち氏真に嫁し、義元の子が信玄の嫡子義信に嫁すという、固い姻戚関係によって結ばれていた。後世、これを〈甲相駿三国同盟〉と呼んだ。
「だが、それは親父殿たちが結んだもの」
 武田信玄、北条氏康、そして今川家においては義元の代に結んだ同盟だった。義元は器量優れ、天下を取るに十分な力量を備えていたが、残念ながら兵数におぼれ、桶狭間で織田信長に不覚をとった。
「今川氏真殿は、父に似ぬ不肖の子との噂がある」
 父の敵織田信長を討つでもなく、氏真は日がな蹴鞠にうつつを抜かしていると聞いている。ために、駿河、遠江、三河三国の人心は離反し、幼い頃から駿府で育った松平元康(後の徳川家康)でさえ三河国で自立し、逆に今川氏の領土を蚕食しつつあるという。もはや今川氏に昔日の勢いはなく、その力は日に日に弱体化していると噂されていた。
「と、すると‥‥」
 やはり、信玄は攻めにくい越後に出るより、与しやすい駿河に兵を進めるのがごく自然な流れのように思われるのである。
「もし、信玄公が駿河を攻めたらどうなるか」
 甲相駿の三国同盟は破綻し、武田と北条は争うことになる。そのとき、武田方として北条と干戈を交えるのは何としても避けたい、と思う秀胤であった。
「なぜ、義父上は武田信玄に降ったのか」
 上泉城に皆で籠城し、武田家と一戦に及んでも良かったのではないか。
「義父上が隠居を望むなら、この秀胤一人城を枕に討ち死にしても良かったのだ」
 その場合、上泉城の落城となるが、小田原にいる秀綱の嫡孫泰綱は北条家に取り立てられ、少なくとも上泉の家は残る。
 あるいは、城を退去して北条家に降ってもよかったのである。そのときは自分も大胡城を捨てていたであろう。
 それやこれやと思い惑っていると、秀胤は武田信玄に降った秀綱が、やや恨めしくなってきた。
「武田の使者を大胡の城に入れたらどうなるか・・・・」
 秀綱の隠居が認められれば、秀胤は大胡城を出て、上泉城に入ることとなるだろう。そして、上泉家当主として武田家に属さなければならなくなる。降伏の条件は所領安堵と引き替えに工藤祐長の組下に入ることだった。この場合、当然のことながら秀綱はいない。廻国の旅に出ていることだろう。
 武田と北条との同盟が破れた場合、北条家と戦うことになる。北条と戦をするということは、上泉城の滅亡のみならず、小田原にいる泰綱の死をも意味する。それでは上泉家の血は滅んでしまうではないか。
 だが、隠居を認められなければ秀綱が上泉城主である。もしかしたら、兵法者として秀綱を高く評価する信玄は、直接甲府への出仕を求めるかもしれない。もしそうなら、武田と北条との同盟が破れたときに最悪の事態となる。養父と子が敵対する可能性があるのだ。
 その愚劣は避けなければならない、と秀胤は強く思った。
「では、どうすれば良いか・・・・」
 秀胤は再び考え込んだ。
 脳裏に一つの考えが浮かぶ。
「いや。それは一つの賭けだ・・・・」
 秀胤は脳裏に浮かんだ考えを消してはまた浮かべ、そしてまた消す、ということを繰り返した。
「やはり頼るのは・・・・」
 秀胤の気持ちは、やはり北条に傾きつつあった。
「ここまできたらやむを得ぬか。だが・・・・」
 秀胤の心は千々に乱れた。軽々しく判断できることではない。それに、もう一つ気がかりなことがあった。


 四 秀胤の決意

 秀胤は風魔小太郎を介して、武蔵国鉢形城に拠る北条氏照としきりに連絡を取り合った。
 鉢形城は大胡城の真南およそ九里のところにある。戦略上の要地で、北条氏の北関東進出の拠点ともいうべきところだった。それだけに、城主には一族の氏照を配し、かなりの軍勢を駐留させている。
「気になるのは厩橋城の北条丹後守どのの動きだ・・・・」
 厩橋城(現在の前橋城)に拠る北条丹後守高広は上杉方である。
「城主になったのは、永禄六年のことでありましたな」
 小太郎の情報は正確である。
 北条高広は、上杉方の関東方面における軍事司令官のごとき地位にある。ちなみに〈北条高広〉の姓は〈ほうじょう〉ではない。〈きたじょう〉と読む。政所別当(長官)として、鎌倉幕府確立に功績のあった〈大江広元〉の子孫である。名の〈高広〉の〈広〉は〈広元〉の〈広〉で代々北条家で受け継いでいるものだった。
 人品骨柄衆に優れ、上杉謙信麾下無双の勇士と謳われた人物であった。
「それゆえ、此度の武田の侵攻を食い止め得なかったことを気に病んでおります」
 長野業正の在世中、上野国は上杉謙信の影響下にあった。業正亡き後、若き後継者長野業盛を後援するのが北条高広の役目だったのである。
 それが、武田信玄の電光石火の攻撃にあい、長野氏の滅亡をただ傍観するしかなかった。北条高広の責任は重いと言わねばならないだろう。
 すでに月が替わり、仲冬(旧暦十一月)に入っている。
 三更(午後十一時)の頃おいであった。
 秀胤は自らの寝所で風魔小太郎と密談の最中だった。近頃は、宿直を兼ねて、最も信頼する瀬尾兵四郎を傍らに控えさせていた。
 兵四郎は幼い頃から秀胤に仕えている無二の忠臣である。早苗の兄でもあった。父瀬尾兵左衛門は、秀胤の父大胡越前守に仕えて帷幄に参じていた人物である。
 北条方につく準備は着々と進んでいたが、秀胤には一つだけ気になることがあった。それが、厩橋城の北条高広の動きだったのである。
 厩橋城は西上野の箕輪城と東上野の大胡城のほぼ中間に位置している。ちょうど北からくさびを打ち込んだような形になっているのだ。それは同時に上泉城と箕輪城の間をも分断していた。
 大胡城から鉢形城までは、およそ九里だが、厩橋城までは、三分の一のおよそ三里ほどの距離しかない。大胡城と厩橋城の中間に上泉城は位置する。大胡城、上泉城、厩橋城、箕輪城が、互いに味方である分には、これほど攻めにくいことはないが、ひとたび敵対すれば、これほど厄介なこともないのである。
 厩橋城が箕輪城を押さえて、あるいは手を結んで、大胡城、上泉城を攻めようと思えば、わずか一刻で大胡城も上泉城も包囲されてしまうだろう。距離的に鉢形城からの援軍は間に合わない。厩橋城の動向は、今後の上泉氏にとって最も大きな障害となる危険性を持っていた。
 ところが、不思議なことに箕輪落城以来、当の北条高広は鳴りをひそめたままなのである。
「武田に負けたことを気に病んでいるとすると、越後から謙信公の出馬を待って一気に城攻めする所存ではないのか」
「さにあらず、と心得ます。いまは謙信殿の出馬を恐れている様子」
「はて・・・・?」
 秀胤には解せない小太郎の言いぶりだった。
「厩橋城を預かりながら、おめおめと武田の侵攻を許してしまいました。それゆえ、さぞ、謙信殿はお怒りではないかと思うているご様子」
「なるほど。謙信公は短気だという噂もある」
「謙信殿は、己れを毘沙門天の生まれかわりと称しているお方でござる。戦になると、必ず先頭に立つほどの猛将でもござる」
 それゆえ性格は、激しやすいということであろう。
「で、真のところはどうなのだ。風魔なれば越後の謙信公の動きも探ったのであろう」
「ご慧眼です。謙信殿は此度の箕輪落城は武田の速攻に舌を巻き、北条高広どのを責める考えはありませぬ」
「ほう!」
 秀胤は目で話の先を促した。
「しかしながら、謙信殿の性格を知る北条高広どのは、ひたすらに謙信殿の怒りを恐れています。いや、思いこんでいると言った方が正しいかと」
 小太郎がにやりと笑ったように見えた。
「直接使者を送れば良いものを」
「そこが我らの付け目。すでに北条高広どのは、我が北条方に寝返る約束を取り結んでござります」
 小太郎の目がきらりと光った。
「なに・・・・」
 思わず秀胤は絶句してしまった。
(ううむ。北条氏康公もまた噂に違わぬ器量人よ)
 上杉謙信、武田信玄を敵に回しても、北条氏康は一歩も引けを取らない。という噂は真実のようだ。秀胤は改めて北条氏康の戦略に舌を巻いた。
「北条高広どのは武勇に優れたるお方なれど、上杉家中随一の粗忽者なれば、一途に謙信殿に怒られると思っております」
 そのとき秀胤は、はっ、と気づくところがあった。
「そのような流言を巻いたな」
「はて・・・・」
 小太郎は惚けたように言うと、ごめん、とその姿を消してしまった。
(ううむ。風魔、恐るべし)
 秀胤は改めて風魔の力を思い知ると同時に、上野国を取り巻く大名、豪族の動きを慎重に調べなおした。
 さらに風魔小太郎と密議を重ね、
「やはり義父上が居らねば武田信玄には太刀打ちできぬ」
 秀胤がはっきりと心に決めたのは、信玄からの使者が来るという前々日の夜のことであった。
 北条高広が北条氏康に寝返るのを待って上泉秀胤も北条方につく。間髪を入れず、鉢形城の北条氏照が大軍を率いて駆けつけてくる。その後、一気に上野国を平定する。という手はずが整ったからである。そのとき、秀綱は北条方につく豪族にとっては力強い存在となり、武田方に対しては大きな脅威となるはずである。
「上杉謙信は北条高広に防がせればよい」
 秀胤は意を決した。一つの大きな賭けに出ようと思った。
「武田の使者を大胡の城に入れてはならぬ」
 秀胤は瀬尾兵四郎に命じた。
 兵四郎は新陰流の高弟で、秀綱の弟子中上意に入る遣い手でもある。このとき二十二歳、白皙の青年剣士であった。
「はっ」
 と答えて、兵四郎は平伏した。
「明日、甲斐よりの使者を待ち伏せして密かに討て」
「・・・・!」
 兵四郎の顔に驚愕が走った。北条方に着くということは察していたことだろう。だが、さすがに武田の使者を斬るというところまでは考えが及ばなかったようだ。
「武田の使者を上泉領に入れてはならぬ。義父上は我らとともに今一度武田と戦ってもらわねばならぬのだ」
 兵四郎が何か言いかけたようだが、それを払いのけるように秀胤が強い口調で命じた。「はっ!」
 有無を言わせぬものを感じたのであろう。兵四郎は再び平伏して秀胤の命を受けた。
 兵四郎も秀胤の腹心である。風魔との密議の間中、ずっと側にいた。すぐにその命が何を意味するか覚ったようである。
「場所はお任せいただきまするか?」
「手はずはそなたに任せる。だが、事は隠密に運べ」
 秀胤の命を受けた兵四郎は、
「待ち伏せするところは碓氷峠よりあるまい」
 直ちに自ら信頼できる新陰流の遣い手三名を選んで、碓氷峠に出発した。
 こうして、武田の使者が大胡城に来る日を迎えたのだった。
 余談ながら、思い惑っていた北条高広が、実際、北条氏康に降るのは翌年になってからである。それまでは亀が甲羅に手足をひっこめて全く動かないように、ただひたすら厩橋城に逼塞していたのだった。
 だが、北条高広の動向は分かりにくい。なぜならば、さらに翌年、上杉謙信のもとに帰参することとなるのである。このときのわだかまりが解けたからとも思われるが、いずれにしろ、この間の反復常なき行動によって、北条高広の名声は地に落ちることとなった。
(第二章 了)





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◆この記事へのコメント(投稿順)
1. 会話スキル★吉野 2013年6月14日 14時33分 [返信する]
戦国時代は想像すると、ワクワクします。

 


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