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宿志の剣 五 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2013年9月22日 12時5分の記事


【時代小説発掘】
宿志の剣 五
鮨廾賚



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


【梗概】: 
 上野国大胡の領主上泉信綱は、養子秀胤に城を譲り、兵法流布のため回国の旅に出ようとしていた。そのとき58歳。第2の人生を自らの創始した新陰流とともに生きようと考えたのだ。だが、その頃の上野国は、武田、上杉、北条の争奪の渦中にあった。そしてまた信綱にしつこく付き纏う忍者飛びの段蔵の陰があった。

【プロフィール】:
鮨廾賚此昭和33年(1958)生まれ。平成22年(2010)第40回池内祥三文学奨励賞受賞。現在、新鷹会会員、大衆文学研究会会員、歴史研究会会員、歴史時代作家クラブ会員。


これまでの作品:

傀儡子御前

  
宿志の剣 一
宿志の剣 二
宿志の剣 三
宿志の剣 四



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【時代小説発掘】
宿志の剣 五
鮨廾賚



宿志の剣 第四章 武田信玄の餞(はなむけ)


一 陰の流

 瀬尾兵四郎が碓氷峠で、甲斐からの使者を襲っていた頃、妹の早苗は加藤段蔵と会っていた。
 大胡城をはずれた赤城山麓の小さな阿弥陀堂の中である。阿弥陀堂の回りは高い雑木が取り囲んでいる。使われなくなって久しいのだろう、軒は朽ち果て、いつ倒れてもおかしくない建物であった。
 昼とはいえ堂内は薄暗い。正面にいるのは加藤段蔵だが、相変わらず忍び装束に忍び頭巾で顔を隠していた。早苗も同じく今日は忍び装束に忍び頭巾姿である。だが、忍びの術を心得た二人にとって、互いの姿はよく見えた。
 先日、師の段蔵に命じられて大胡城と上泉秀綱のことをそれとなく探ったが、〈新陰流陰の流れ〉に係わる何物も得られなかった。段蔵は上泉城を探ったようだが、それも無駄だったようだ。
 そのことを話したのが四日前である。同じくこの阿弥陀堂の中でだった。そのとき、
「やむを得ぬ」
 段蔵は意を決して、
「この上は、そなた鹿島の地へ飛べ」
 と、命じたのである。
「わしは伊勢国五ケ所浦と日向国鵜戸の地を探る」
 上泉秀綱の師として伝わっているのは、次の三人である。
 松本備前守尚勝
 愛州移香斎久忠
 小笠原伊予守氏隆
 松本備前守は鹿島神宮の神官で、常陸大掾鹿島家の四宿老でもある松本家の当主である。天真正伝香取新神道流飯笹長威斎家直の弟子だが、主家鹿島家の内訌に巻き込まれ、大永四年(一五二四)の高間ヶ原の戦いで討ち死にした。享年五十七歳であった。ちなみに塚原卜伝は孫弟子に当たり、極意の〈一の太刀〉は備前守の創案であるとも伝わっている。
 愛州移香斎は伊勢海賊愛州氏の出身である。愛州氏は始め南朝に属したが、後、八幡船に乗り込み〈倭寇〉と呼ばれる大陸への海賊業に従事した。
 移香斎も始め倭寇に参加していたが、後に日向国鵜戸の岩屋に参籠し、剣の奥義を得て陰流と名付けたという。諸国を修行した後、鵜戸神宮の神職となり、天文七年に死去したという。八十七歳であった。
 小笠原伊予守は宮内太輔ともいい、甲斐源氏の流れをくむ信濃国の守護小笠原氏の一族である。小笠原氏は代々弓馬の道とともに、諸礼、故実に通じた家柄であった。伊予守氏隆は京で大江維時の後裔から軍学を学んだ。世人は氏隆流といって尊重したといわれている。享年等は伝わっていない。
 大江維時は平安の昔、醍醐帝の御代の人で、唐に渡り六韜三略などの兵学を修めた。後、帰朝して〈訓閲集〉という和訳本を編んだ人物である。
「氏隆流はあれから京に上りわしが探った。確かに氏隆流軍学の一つに〈間諜の術〉がある。だがそれは、いわば物見の手だてでな。忍びの術そのものではなかった。氏隆流に〈新陰流陰の流れ〉につながるものは何もない。残るは、神道流と陰流だが、名前からして陰流が最も関係しているように思われる。それゆえ、わしは伊勢と日向へ飛んで愛州移香斎と陰流のことを探る。念のため、そなたは鹿島の地に行き、松本備前守と神道流のことを探るのじゃ」
 というのが段蔵の命令の中身だった。早苗は昨日までそのことを探っていたのである。「どうであった?」
「鹿島だけでなく、香取の地も探りましたが、〈陰の流れ〉につながるものは、何もありませぬ。ばかりか、鹿島、香取の地は兵法の生地。そもそも、忍びの術に係わるものなどあるはずがありませぬ」
「うむう。やはりな」
 段蔵は納得したように呟いて、腕を組んだ。
「御師匠はいかがでありましたか?」
「ふふ。わしの得たものは大きいぞ」
「おお!」
 思わせぶりな段蔵の言い方に、早苗の目が大きく見開かれた。
「せっかくじゃ。そなたにも聞かせよう。これからもわしの片腕になってもらわねばねらぬからな。だが、他言は無用じゃ」
 そう口止めして、段蔵は自らの調べたことを語り始めた。
「伊勢の愛州氏はすでに力を失っていた。往時の勢いはもはや無い。八幡船に乗って唐土の地を荒らしたはすでに昔のことよ」
 いまでは明の国の海賊が和冦に代わって専横を極めているらしい。
「ために、陰流を知る者もいなかった。だが、わしは幸運であった。移香斎の息子で小七郎宗通を知る者がいてのう。その者の話では、その小七郎が陰流を継承しているという」「愛州小七郎宗通でござりまするか?」
「うむ。愛州小七郎は、常陸国の佐竹義重に永禄七年から仕えている」
 佐竹家は常陸国の守護で、鎌倉時代から続く名家である。長く続いた一族の内紛を収め、義重の代から急速に力を伸ばしていた。
「なぜ、伊勢の愛州小七郎が常陸に?」
「それはわしにも分からぬ。兵法修行の際に、常陸に立ち寄って召し抱えられたのかも知れぬ」
 どうでもよいではないか、という口ぶりで段蔵は続けた。
「わしは日向に行かず、常陸の太田城へ飛んだ。そこで小七郎殿に会うてきたぞ」
 そこで段蔵はにやりと笑ったように見えた。
「それで分かったのでござりますか?」
「いかにも・・・・」
 小七郎によると、父移香斎は己の所持していた奥義書二巻を上泉秀綱へ間違いなく授けたという。
「そのことは何を物語ると思う?」
 段蔵は嬉しそうに問うた。
「それは陰流の正統を秀綱殿と認めたということでござりましょう」
「さすがよのう。いかにも、その通りじゃ」
 段蔵は大きく肯いて、
「愛州移香斎は日向国鵜戸の岩屋に願を掛けて参籠し、満願の日に現れた猿から剣の奥義を示された、という伝承を持つ。そのとき猿から一巻の書を授かったという。それが陰流の奥義書で、秀綱へ授けた二巻のうちの一巻だというのだ」
「では、もう一巻は?」
「急くでない」
 段蔵は早苗の興味を弄ぶように、わざと焦らした。
 ちなみに陰流の正統とされなかった小七郎は、後に常陸国久慈郡真弓山に籠もる。そこで現れた異人が猿と対戦しているのを見て悟るところがあり、自らの剣を〈猿飛陰流〉と名付けたという。よくよく猿に縁のある流派のようである。
「そなたが思うた通り、もう一巻こそが愛州一族が受け継いだ〈陰の流れ〉の奥義書なのだ」
「やはり!」
「間違いない。秀綱は〈陰の流れ〉の奥義書を持っている。ばかりか、秀綱こそ陰の流れ忍びそのものじゃ。いま思えば、かつて、わしが箕輪城を訪れたときに見た見事な術は、おそらく秀綱自身が使っていたものであろう」
 段蔵は断定するように強く言い切った。
「あれは確か弘治三年(一五五七)のこと、今から九年ほど前のことじゃ。その頃わしは上杉謙信に仕えたばかりであった。当時、謙信はまだ長尾景虎と名乗っていたがな。その謙信からの書状を持って、箕輪城を訪れたときのことじゃ。あの日のことは瞼の裏に激しく焼き付いている。いま思い出しても、昨日のことのように思い出すことができる」
 段蔵にとって、それは強烈な印象だったようだ。
 遠くを見るような目をして、段蔵は早苗にそのときのことを語った。
 実は武田信玄が初めて上野国に侵攻してきたのがこの年である。長野業正は早速上野の国人衆に檄を飛ばし、武田軍を瓶尻というところで迎え撃った。
「長野業正殿の負け戦でな。無理もない。二万という大軍を集めながら、いかんせん、寄せ集めの烏合の衆ではのう。さすがの業正殿も二万という軍勢は、扱い慣れなんだのよ」 段蔵は憐れむように言った。
 敗れた業正は、箕輪の城に籠城し、直ちに越後の上杉謙信(長尾景虎)に援軍を求めた。
「謙信は直ちにわしを遣わした」
 上杉謙信に含むところがある段蔵は、いまや呼び捨てである。
 段蔵の携えた書状は、長野業正からの援軍の求めに対し、
 ――すぐに派遣するので、それまで城を支えるように。
 という返書だった。
 段蔵が箕輪城に着いたとき、城は武田信玄の軍勢に十重二十重に囲まれていたが、城主業正以下城方の士気は高く、容易に落ちる気配はなかった。
 落城に手間取っていると、いずれ越後からの援軍が来る、と判断した武田方の山本勘助は、城内に刺客を放った。
「その頃は、まだあの異相の男も存命でな」
 段蔵は吐き捨てるように言った。
 山本勘助は隻眼、隻脚の異相の人物だった。軍学に優れ京流の剣を使う。とともに、配下に手練れの忍びを養っていた。自身忍びの者でもあった。川中島の戦いで命を落とすのは、四年後の永禄四年(一五六一)のことである。
 異相ゆえか、それとも武田と上杉に分かれた忍び同士だからであろうか、段蔵は勘助が嫌いなようだ。
 勘助は配下の手練れの中から選りすぐりの四名を箕輪城に潜入させた。そのことを信玄が知っていたか否かは、山本勘助亡きいま知りようがない。
 その夜、ちょうど城中の見回りから戻ろうとしていた業正は、稲荷曲輪で山本勘助の放った刺客に襲われたのだった。
「わずかな供回りは、あっという間に倒されてのう。業正殿一人が残された。刺客の忍びの腕をもってすれば、業正殿の暗殺も容易いように思われたのだが・・・・」
 段蔵は業正に書状を届けなければならない。助けに出ようとした、まさにそのときである。
「目前に一匹の大猿が出現したように、わしには見えたのだ」
 その大猿は身ごなし軽く現れて、背から刀を抜いた。そして、業正を庇うように立ったかと思うと、刀を刺客にかざし、やっ、という鋭い気合いを発した。
「その気合いによって、まるで雷に打たれたかのごとく、忍びの者がばったりと倒れたのよ」
「まさか・・・・!」
 早苗も疑問の体である。
「いや。わしがこの目ではっきりと見た」
 段蔵はきっぱりと言った。
 大猿は同じように気合いを発して刀を一閃させた。すると、残りの三人も、あっというまに倒してしまった。それは一瞬の出来事で、段蔵が目をこらしてよく見ると、大猿と見えたのは、海老茶の忍び装束を全身に纏った忍びの者だったのである。
〈合気遠当ての術〉であろうと思われたが、二回の気合いで四人の刺客を倒すという驚くべき術だった。そのあまりの見事さに、さすがの段蔵も呆然とするばかりであった。
 はっ、として段蔵が我に返ったとき、業正の近くに海老茶の忍び装束姿の手練れはいなかった。そこには、上泉秀綱の姿があったのみである。やや遅れて秀胤(実子)が、大事ありませぬか、と駆けつけてきた。
「あれからわしは考えた。秀綱こそ海老茶の忍び装束を纏った手練れに違いないと。その後、箕輪の城を訪ね、上野国中を探しても、あれほどの遣い手は見あたらぬ。だが、愛州小七郎の話しを聞いて、今までの疑問が解けた。秀綱があのときの忍であれば合点がいく」
「大殿が忍びの者・・・・」
 早苗は驚愕してその後の言葉が出てこなかった。


二 念流

「湛光風車殿とは考えられませぬか」
 早苗を気を取り直したように訊ねた。
「ふん。あの、似非坊主か」
 段蔵の反応はにべもない。
「業正殿に仕えた〈乱破大将軍〉と伝わっておるが、所詮は乱波、透波の類に過ぎぬ」
 乱波、透波とは、通常、間者のことを言い忍びの者と同義に使うことも多いが、もともと野武士の延長にある者たちである。集団で行動する者たちで、一匹狼の段蔵は、乱波、透波を忍びとは見ていないようである。
 湛光風車はその名の通り僧侶である。だが、単なる僧侶ではなく、普化宗慈上寺の住持だった。普化宗とは禅宗の一派である。江戸時代、有髪で深編笠をかぶり、尺八を吹いて全国を行脚した虚無僧として名高いが、この時代は、人口に膾炙した虚無僧の姿ではなく、腰に薦を下げて尺八を吹いて諸国を廻る旅の僧だった。それゆえ、長野業正の諜報活動を支えたということであろう。
 ちなみに虚無僧は、その祖を南朝の忠臣楠木正成の孫楠木正勝に求めている。正勝は後に剃髪し、虚風を師と仰ぎ、虚無と名乗り、尺八を吹いて風のように放浪した。人から名を問われると、ただ一言、
 ――僧、虚無。
 とのみ名乗ったという。
 正勝はまた暮露の総帥ともいわれ、暮露もまた虚無僧の先祖と言われている。
「昔、武田勢が碓氷峠を越えて攻めてきた。軍勢が小休止している隙に輜重の物資を馬もろとも盗んだという」
「それが湛光風車殿の一団の」
「おおよ。手柄だというが、わしに言わせれば、単なる馬盗人ではないか」
「馬盗人はひどい」
 早苗は苦笑したが、
「それほどの集団ということよ。確かに輜重を盗むことは、古来軍学の常道という。手柄には違いないが、忍びの術とは似て非なるものであることは、これで明らかであろう」
 段蔵は全く意に介さなかった。
「それよりも、愛州一族が受け継いだ陰の流れとは、湛光風車や風魔の如き乱波、透波の小賢しい術とは異なり、もっと恐るべき術なのだ」
 そう言って段蔵は、今度は陰の流れの由来を語った。
「南北朝の御代に念大慈恩という禅僧がいたのを知っておるか?」
「いいえ」
 早苗はかぶりをふった。
「その頃、兵法は鞍馬山の京八流と鹿島の板東七家に伝わるのみであった」
 京七流は源義経に兵法を伝授した鬼一法眼の伝説を持つ。
 鹿島神宮の祭神は、武甕槌尊といって武神である。古来より武人や武士の尊崇厚い神社である。常陸国一宮でもある。
 そこに念大慈恩は、第三の兵法とでも言うべき〈念流〉を創始した。
 念大慈恩は、もとは下総国の相馬氏の一族である。五歳のとき、佞臣のために父を殺され、城を奪われた。七歳のときに相州藤沢の遊行上人の弟子となり、念阿弥と名乗って諸国を巡り、剣の修行をしたという。十八歳のとき、筑紫の安楽寺で剣の奥義を悟ったと伝わっている。
 そこで還俗し、相馬四郎義元と名乗った。見事、父の敵討ちを果たすが、なぜか城主として留まることはせず、禅門に入って名を念大慈恩と改めた。再び廻国した後、晩年は信州伊那郡浪合村に長福寺を建立し、多くの弟子を育てたという。
「念大慈恩には、十四人の高弟がいたと言われている」
 その十四人の名前と後世伝わる流派は次の通りである。
 二階堂右馬助(二階堂流平法)
 赤松三首座慈三(念首座流)
 堤山城入道宝山(宝山流)
 畠山古泉入道
 沼田法師(丹石流)
 堀北豊前守
 甲斐筑前守(戸田流)
 中条兵庫頭(中条流)
 土岐近江守
 京極民部少輔
 四宮弾正左衛門
 潮肥後守
 畠山駿河守
 猿御前(陰の流れ)
「では、その猿御前なる者が・・・・」
「いかにも。愛州一族には〈猿御前〉という人物から忍びの術を授けられた者がいた。一族はその術を学び、その術を遣って八幡船で大暴れしたのだが、やがて度重なる戦いの末に、あるいは死に、あるいは負傷して術を捨てた。ついには、その術を継承する者は移香斎のみとなったのよ。移香斎もまた陰の流れという術の無常を悟り、ために鵜戸の岩屋に籠もったのかもしれぬ」
 猿御前は猿一族の総帥と伝わっている人物である。猿一族は念流の中でも特に体術に優れ、今日で言う忍びの術を完成していたと思われる。
「兵法とは、剣の流を追求したものが表、体術を追求したものが裏、すなわち我らの学んだ〈忍びの術〉よ。猿御前の〈陰の流〉とは、念流の陰の流を指している。すなわち、忍びの術と陰の流は、同じものとわしは見た」
「愛州一族に猿の伝承がつきまとうのはそのためでござりますね」
「そうだ。陰の流れの奥義書は、猿御前と呼ばれた人物が持っていたものだ」
 移香斎こそ陰の流れという忍びの術を受け継いだ生き残りであり、同時に陰流という兵法を創始した人物でもある。そして、その二つの正統な継承者こそ上泉秀綱なのだ、と段蔵は言った。
「ですが、なにゆえにそのような伝承が巷に伝わらなかったのでしょう」
「そこよ。わしもそこのところがもう一つ分からぬのよ。いま〈陰の流れ〉が世に現れていないのは、移香斎が秀綱以外に遣うことを禁じたか、術の会得が難しくて弟子が育っていないか・・・・。だが、奥義書があるのは間違いない。かつて見た術の見事さを思うとき、どうしてもわしはその奥義書を見てみたい。そして、利用できるものならば・・・・」
 ふっ、と段蔵はそこで言葉を切った。
「御師匠!」
 早苗の目が大きく見開かれた。
「まさか、御師匠は・・・・」
 何かを感じたようだ。
「そなたは城へ戻れ」
「帰りませぬ。大殿と仕合うのだけはお止めくだされ」
 早苗は段蔵が秀綱と戦ってでも、奥義書を手に入れるのではないかと思ったのである。秀綱は早苗が仕えている、てるの方の父であり、兄瀬尾兵四郎が仕える秀胤の養父であり、主君でもある。
 そして、早苗には忘れられない秀綱との思い出がある。
 あれは、加藤段蔵から飛びの術を学び終えたときのことだった。
 ――おなごのくせに大したものよ。男と伍して遜色ない、否、並の男以上の腕前になりおったわ。もうわしの教えることはない。
 と言って、師は大胡の城に戻るように命じた。
 ――我らが領主の新陰流は、天下に聞こえた兵法。
 城に戻った早苗は、信綱の噂を耳にした。
「新陰流の剣術と飛びの術、どちらが優れているの?」
 その噂を聞いて早苗は、不遜にも術比べをしようと思ったのである。
 天下の信綱の鼻をあかしてやりたいという功名心がなかったとはいえない。だが、結果は散々だった。技量の差は明らかだったのである。
 上泉城の寝所に忍び込んで、信綱の剣を奪おうとしたところ、
「何者だ!」
 目覚めた信綱に右手を押さえられてしまった。
「む! 女・・・・」
 信綱は吃驚したように言った。
 失敗を覚った早苗は、舌をかみ切って死のうとした。もし、自分が大胡城の瀬尾平左衛門の娘と分かれば、父だけでなく兄にも迷惑が及ぶ、場合によっては瀬尾家は滅亡である。
「いかん」
 信綱は素早く早苗に当て身をして気を失わせると、手近にあった紐で手足を括り、顔を覆っていた黒布を解いて猿ぐつわをかませた。
 やがて正気に戻った早苗は、不安と恐怖で、縛められた手足をばたつかせながら、
「ころふぇ・・・・」
 猿ぐつわの下からくぐもった声で叫んだ。
「静かにせい」
 信綱は静かな声で制した。その一言で、早苗はなぜか心が落ち着いた。手足の動きを止め、信綱の次の言葉を待った。
「見れば、まだ若い娘ではないか。いかに術に秀でていようと、遊びで術を使ってはならぬ。術を使うときは、常に必死、必生と知れ」
 信綱の言葉を聞き、早苗はがっくりと首項垂れた。全てを見通していたようだ。
「遊びは終わった。去るがよい」
 そう言って、信綱は早苗の縛めを解いた。早苗の詮索をいっさいしなかった。
 爾来、早苗は信綱に師に近い感情を抱いている。
「城へ帰れ。帰って、わしからの知らせを待て」
 段蔵の声は、やや語気が荒くなっていた。
「帰りませぬ」
 早苗の声は、やや固く尖っていた。
「御師匠。早苗は、早苗は・・・・」
 早苗の瞳に憎悪の色が現れていた。
(こやつ。秀綱のためならば、例え師といえども仕合う気か・・・・)
 さすがの段蔵も、早苗の気性の激しさに思わずたじろいだ。
「案ずるな。わしとていきなり秀綱と仕合うような愚はせぬ」
 口調を改めて、優しい声で段蔵は言った。
「いつまでも、てるの方のもとを離れているわけにもいくまい。後はわし一人でやる」
 さらに、諭すように続けたのである。
「案ずるな。そなたの胸を痛めるようなことはせぬ」
「御師匠・・・・」
 ようやく早苗も折れたようである。
「だが、忘れるな。このことは他言無用ぞ。早く行け」
 段蔵はためらう早苗を急きたてるようにして辻堂から追い出した。
「そなたの術は男に勝るとも劣らぬ。だが、いかんせん情に流される。それが、我が術を会得したそなたのたった一つの、そして最も大きな不幸よのう。奥義書を巡って秀綱と対したとき、もし、そなたが秀綱に味方するようならば、躊躇わずにわしはそなたを斬る」 段蔵は早苗が去って行った方を見ながら、小さく、だが決然と言い放った。


三 甲斐よりの使者

「義父上、甲斐からの使者が参りましょうか」
 秀胤は努めてさりげないように聞いた。
 時刻はやがて申の刻(午後四時)になる。
「・・・・?」
 その言葉に秀綱が不信な目を返してきた。
 秀胤は落ち着かない。瀬尾兵四郎に限って失敗はないだろうとは思うのだが・・・・。
「あ、いや。何やら胸騒ぎが」
「平常心で待て」
 秀綱はすでに心を固めているようだ。例え武田信玄に許されなくても、城を出て兵法流布の旅に出るのではないか。謁見のときに申し出たのは、いわば降将としての礼儀だったのではないか、とさえ秀胤には思われてくる。
 ――家督は子息秀胤へ相続させたい。
 と、秀綱は言った。
 それは秀胤が上泉家の当主になると言うことである。だが、その後の上泉家の身の処し方はどうすれば良いのか。上杉に頼るという選択肢はない。上杉謙信を後ろ盾に武田と北条に対していた戦略は、長野氏の滅亡とともに終わったのだ。
 では、このまま武田家に仕えた方が良いのか。答えは否である。てるを含めて多くの上泉一族は北条家と結ばれている。そのため秀胤は、風魔小太郎を介して武田との再度の戦に備えたのである。
 だが、謁見のときに初めて接した武田信玄の印象は強烈であった。
(武田信玄と事を構えて勝てるだろうか)
 という思いも、以来、ずっと秀胤の心の内にはある。
 やはり、養父秀綱は頼りになる。老齢とはいえ、鍛えた武芸の腕はいささかも鈍ってはおらず、国内外に武名は轟いている。秀胤は秀綱にどうしても上泉城から去って欲しくないと思っていた。
(使者など来ぬ方が良いのだ。いや、使者は来るまい。兵四郎が必ずや阻止してくれるはず)
 秀胤は胸の内で呟くと、胸苦しいまでの圧迫感を払うように、うっすらと笑みを浮かべた。
 そのときである。
「甲斐国からの御使者、御着当」
 表の大門から大声で呼ばわる声が聞こえてきた。
 秀綱が秀胤を見る。
 秀胤の顔から血の気が引いていた。
「着いたようでござります」
 秀胤はかろうじてそう言うのがやっとだった。
「武田家の御使者がお着きになりました」
 近習が告げに来た。秀胤の言とほとんど同時だった。
「うむ」
 肯いた秀綱は静かに座を立った。これから使者を出迎えねばならない。
「義父上。もし、信玄公がご隠居をお許しなきときは如何致されます?」
 秀胤は震える声で訊ねた。
「城を捨てる」
 きっぱりと言い切った。
 すでに、秀綱の心に迷いはないようである。
 それは秀胤も心の隅で覚悟はしていたことだったが、改まって秀綱のはっきりとした決意を聞き、
「そこまでのお覚悟でありまするか」
 がっくりとうなだれて手をついた。
「わしが旅に出た後、そなたは武田殿に遠慮することはない。己の判断で去就を決めるが良い」
 それは次の当主秀胤を信じての言葉であったかも知れない。だが、秀胤には別な思いがある。いや、それは打算と言うべきだろうか。
(上州一本槍と呼ばれた父上の武芸は惜しい)
 戦国の世である。みすみす名だたる武芸者を失いたくなかった。たとえ養父といえども・・・・。
 上泉伊勢守秀綱といえば、鹿島の神道流を学び、陰流を修め、自ら新陰流を創始したほどの武芸者である。だけでなく、槍、長刀をはじめ武芸十八般に通じ、かつ、軍学への造詣も深かった。
 所領わずか一千貫の小大名である。北に上杉謙信、西に武田信玄、そして南に北条氏康という三人の英雄に囲まれては、いずれの大名に属するにせよ秀胤は命がけである。
「それがしは若輩者にござります」
「何を言う。そなたもすでに齢三十を越しておる。若輩者とは片腹痛いわ」
 秀綱に取り付くしまはなかった。早々に部屋を出て行った。やむなく秀胤も後を追った。
 甲斐の武田信玄からの使者は、事前に伝えられた通り初鹿野伝右衛門他二名だった。兵四郎は失敗じったのだろうかという疑問が湧いたが、秀胤は何食わぬ風を装って使者を迎えた。
 本丸郭で使者を迎えた秀綱と秀胤は、
「御使者、ご苦労様に存じまする」
 下座に控えて平伏した。
 初鹿野伝右衛門は真っ黒に日焼けしたいかつい顔に、眼光鋭く秀綱を睨め付けながら、厚い唇で、
「うむ」
 と、一言発すると、
「面を上げられよ。御屋形様のお言葉をお伝え申す」
 厳かな声で続けた。
「本来なれば甲斐国に赴かねばならぬ身なれど、わざわざのお越し、御使者様には感謝申し上げる」
 秀綱が礼を述べた。
「心して聞かれよ」
「はっ」
 秀綱と秀胤は再び平伏した。
「上泉伊勢守の隠居、並びに新陰流兵法流布の旅立ちを差し許す」
 伝右衛門はここでいったん言葉を切った。
 秀胤にとっては意外な気がした。謁見の場で信玄は、ともに京を目指そう、と言ったのである。それは信玄らしい秀綱への最大級の賛辞でもあったと秀胤は思っている。だが、新陰流兵法流布の旅立ちを許す、ということは、信玄は秀綱を必要としていないということだろうか。
「ただし、条件が一つ、武田家以外に仕官することあたわず。この儀如何?」
 伝右衛門がひときわ大きな声で続けた。
 なるほど、と秀胤は思った。当然というべきであろう。信玄の領地は日本六十余州のうち、甲斐、信濃、上野のわずか三か国に過ぎない。その三か国を出れば信玄の影響力は及ばないのである。周りは上杉、北条、今川、松平、織田等々の大名たちが、激しくしのぎを削っている。仮にも<上州一本槍>と呼称された伊勢守秀綱の武芸である。他の大名が放っておかないであろう。そうした大名からの強い誘いを受けて士官しないとも限らない。敵に回れば厄介この上ないことになる。
 だが、秀綱とて武田信玄に降ったのである。しかも、降った初めての謁見の場で、隠居と新陰流兵法流布の旅を願い出たのだ。他の大名に仕えるなどという卑怯な真似をするはずがないではないか。それほど秀綱を信じられないのだろうか。
(武田信玄ともあろう者が存外器の小さいことを・・・・)
 謁見のときの英雄然とした信玄を思い浮かべながら、秀胤が疑問に思っていると、
「この儀如何?」
 再び伝右衛門の凛とした声音が響いてきた。
「有難き仰せ。新陰流兵法流布の旅ゆえ、仕官など思いもよりませぬ」
 秀綱は顔を上げることなく答えた。
(有り難き・・・・?)
 あっ! と秀胤は思った。
 確かに、ひとたび信玄の領地を出たら、秀綱が敵に回ることもあるかもしれない。だが、信玄のこの用心はそのことを意識したものではない。むしろ、このことは信玄の殊の外の好意の表れなのではないのか。
 なぜならば、秀綱が兵法流布のため諸国を回れば、当然その地の大名から、
 ――仕官せぬか。
 と、声をかけられることとなる。
 相手は大名である。都度断りの理由を考えるのは厄介であり、面倒である。ときにはあらぬ腹の内を探られることもあるだろう。
 だが、このことにより、
 ――甲斐の武田信玄公との約定がありますれば。
 と、丁重に断ることができるのである。
 信玄はそこまで見越しての条件なのではないのか。それ故の養父の感謝の言葉なのだ。(信玄公は義父上の意を受け入れて下されたのだ。ばかりか、先のことまでもご配慮くだされた)
 秀胤は目の前がくらくらする思いであった。
「さもありなん。伊勢守どの、面をあげられよ。御屋形様よりの餞がござる」
「・・・・?」
 訝しげな表情が、面を上げた秀綱の顔に浮かんでいる。
 そんな秀綱をじっと見て、伝右衛門は懐から書付らしきものを取り出した。そして、上座から降りてきて秀綱の手に握らせると、にっこりと笑った。
 怪訝な表情のまま秀綱がその書状を開くと、そこには墨跡鮮やかに、
〈上泉信綱〉
 と書かれていた。
「御屋形様の一字を賜り、向後『上泉伊勢守信綱』と名乗られよとの仰せにござる」
「ははっ」
 秀綱は平蜘蛛のように平伏した。そのまましばらく身じろぎもしなかった。
 感動がじわりと湧いて、改めて武田信玄という人物の大きさに思いを馳せている。秀胤にはそんなふうに見えた。
 上泉伊勢守秀綱、改め信綱の〈宿志〉はかなえられたのである。
 過分な処遇というべきであろう。
 使者の一行が本丸郭を出た後、秀綱、いな信綱は感激し、躑躅が崎館の方を向いて深々と頭を下げた。
 傍らで複雑な思いを抱いて、秀胤が秀綱に続いて頭を下げた。
(続く)









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