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薩摩いろは歌 幕末編23 将軍空位 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2013年11月3日 13時14分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 幕末編23 将軍空位
古賀宣子



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


梗概・将軍空位
 目指すところは未だ漠としているが、薩摩藩、松平春嶽、岩倉具視と三者からしめされているものは同じらしく、一蔵は新たな体制が創りだされていく機運を感じていた。


作者プロフィール:
ひっそり年金暮らしの老夫婦。


これまでの作品:
薩摩いろは歌 幕末編1 口上
薩摩いろは歌 幕末編2 率兵上京に向けて
薩摩いろは歌 幕末編3 時に到りて涼しかるべし
薩摩いろは歌 幕末編4 久光入京
薩摩いろは歌 幕末編5 寺田屋事件 
薩摩いろは歌 幕末編6 舞台裏  
薩摩いろは歌 幕末編7 勅使東下
薩摩いろは歌 幕末編8 無明の酒
薩摩いろは歌 幕末編9 極密献策
薩摩いろは歌 幕末編10 外交初陣
薩摩いろは歌 幕末編11 中川宮朝彦親王
薩摩いろは歌 幕末編12 戦端
薩摩いろは歌 幕末編13 戦禍
薩摩いろは歌 幕末編14 八月十八日政変
薩摩いろは歌 幕末編15 生麦事件の総括
薩摩いろは歌 幕末編16 西郷召還
薩摩いろは歌 幕末編17 元治国是会議
薩摩いろは歌 幕末編18 長州藩処分問題
薩摩いろは歌 幕末編19 藩政改革
薩摩いろは歌 幕末編20 薩摩藩の周旋運動  
薩摩いろは歌 幕末編21 薩長盟約
薩摩いろは歌 幕末編22 有待庵             



 
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【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 幕末編23 将軍空位
古賀宣子



一 春嶽の諫言

 幕府が慶喜を宗家相続人とする勅許を奏請したのが慶応二年七月二十八日。翌二十九日に勅許となった。これにより慶喜は三十日に禁裏守衛総督・摂海防御指揮の職を辞任。しかし慶喜は、将軍職への就任を固辞する。
「一体いつまで固辞すう気であろうか」
 勅許から一カ月近くが経ったころ、薩摩藩京都留守居内田仲之助は何か思い巡らしているような眼差しだ。苛立ってはいない。
「いくつもの難題を抱えての将軍就任をためらっておうのだろう」
 損な役回りから巧みに体を交わす慶喜。大久保一蔵には、慶喜の胸の内がはっきりと見える。
「それゆえ、支援すう体制が十分に整えられうのを期待しておうわけだな」
「好機じゃなかか」
 好機とは幕府廃止の時機を意味している。
「同感だ」
 内田仲之助は八月二十二日付で藩庁への報告書を綴った。
 慶喜が将軍職を辞退していることは、天が与えた好機会である。久光が上京して庶政を「有名之侯伯五、六藩」に委任し「王制」に復するよう尽力されたいと述べ、続けて、上京した諸「賢公」が相談し、とりあえず「五奉行」および「参政」のような職に就いて、改革をなすべきであると主張した。
 また一蔵も同様な思いを、九月八日付の西郷吉之助宛て書簡で記している。
 この機会を逃さず「共和之大策を施し、征夷府之権ヲ破、皇威興張之大綱」を樹立するよう、久光の尽力に期待すると。
「征夷府之権」を破るとは、いうまでもなく幕府の廃止である。また「共和之大策」とは、勝海舟と西郷との会談で話題となった「共和政治」で、有力諸侯の合議制と有力諸侯で政府を形成することを意味していた。つまりまだ制度や組織といった形は漠然としているが、幕府に代わる新政府を構想していたのだ。
 丁度そのころ、松平春嶽が慶喜に呈した手紙で、同様の主張をしていたことを一蔵は後で知った。
 今や将軍死去を知らぬ者は一人もいない。九州の幕府軍が解体状態となったのは、将軍がおらず、したがって幕府の命令には従わなくてもよいとの気持ちの表れであろう。これまでの数多い幕府の失政を朝廷に詫びて、幕府の「非政」を一洗する「好機会」であり、将軍職就任も固く辞退されたい。
「慶喜をよくご存じの方が、こんよなご意見だ」
「しかも、将軍候補者として、慶喜が最有力じゃあこっお承知の上でんご主張じゃあ」
「では、春嶽様が構想しておられう幕政改革とは、どのよな」
「伝わっておう骨格は」
?慶喜が徳川宗家を相続する(将軍職には就かない)。
?徳川宗家は尾張徳川家や紀州徳川家と同列の大名となり、諸侯に命令することを停止する(幕府の廃止)。
?幕府が設置した、京都所司代、京都守護職、京都町奉行等の諸職を、廃止するかそのまま据え置くか、天皇の意見に従う。
「こや、つまい、幕府が廃止となうゆえ、本来ならこれらの諸職も廃止となうとこいだが」
「天皇・京都に密接に関係しておう職じゃあからのう」
「特別の扱いとなう」
?兵庫開港・外国交際(外交)、諸侯統括(政治・軍事)、金銀貨幣(財政)等の他「天下之大政一切」を朝廷に返上する。
「但しのう、言うは易し、行うは難しじゃ」
「途中には、難関がいくつも横たわっておう」
「そん一つが、諸侯つまい武家の合意を固むう必要があい」
 もう一つの難関は、朝廷の同意を得ることである。
「言い換えれば、慶喜を支持しておう天皇、朝彦親王、関白二条斉敬を説得でくうか否かにかかっておう」
「まず、なすべきこたあ、慶喜の将軍職就任を阻止すうこっだ」
「なにせ」と内田は慶喜を酷評する。
「大奸智で、すうこたあ虎狼のごとくであり、将軍になれば虎を千里の野に放つようなもの」
「同感だ。譎詐(けっさ)かぎりない人物じゃぁゆえ」
 これまでの体験から一蔵は、慶喜をいつわりあざむく人物と警戒している。
 元治国是会議や征長勅許などの重要な局面で、前言をひるがえし態度を豹変させた慶喜。時には恫喝をくわえて朝議を幕府の意に従わせた慶喜。そのような慶喜を一蔵はまったく信用できない、将軍になってはいけない人物とみている。
 だが、このような人物に、朝議はまさに手玉にとられてきたのだ。
「とこいで」と、一蔵は話題を変えた。
「主人の悪口には二通りあうちゅう、あん歌だが」

  そしるにもふたつあるべし大方は
          主人のためになるものと 知れ


 途中から内田仲之助も諳んじる。
「主人を慶喜とすうなら」と一蔵。
「本当に主人の事を思って心から諫言しておうのは春嶽様になう」
「もう一方の悪口は、自分の私利私欲からの鬱憤をのべておう、ちゅう意味であったな」 我らの鬱憤は私利私欲とは異なるぞ。あくまでも日本国のためと、反論する内田仲之助。
「異なうが、いずれにしても主人の為になうこっじゃぁから、主人は寛大な心で受けとめて反省すうべきじゃぁ、そう説いておう」
「果たして慶喜に寛大な心で受けとめ、反省すう姿勢などあうだろうか」
 否と、二人は黙って首をふる。
「まあ、そいどん」と、一蔵は口調を改めた。
「問題は朝廷の側にも、当然あう」
 元治国是会議以来、関白・左大臣二条斉敬と朝彦親王の発言力が強く、朝廷の両巨頭時代が続いているといってよい。
「対すう晃親王、右大臣徳大寺公純、内大臣近衛忠房は、力量不足の観があうゆえ」
「二条関白と朝彦親王も、慶喜を進んで支持しておうわけじゃぁなかが、結果として慶喜の主張を認めていく」
 これが朝議の慣わしとなってきている。
「こんよな状況下で慶喜が将軍になれば、影響力はさらに強まう」
「十分に有い得う」
「そうなれば、薩長盟約の目標も吹き飛んでしまう」
 薩長盟約の目標とは無論「皇威回復」のことである。
 危機感を募らせる二人は、改めて朝政改革の必要性を痛感したのだった。


二 岩倉具視の危惧

 同じような思いの者が外にもいた。岩倉具視である。
 井上石見を通して、岩倉具視の意見書『叢裡鳴虫』と『続叢裡鳴虫』が届いたのは、昨 年の慶応元年秋で、そのなかで岩倉は庶政委任体制について批判していた。
 幕府が自分の都合のいいように悪用するのではないかと。
 そして岩倉の危惧は間もなく現実のものとなる。
 その頃から一蔵は、岩倉と手紙のやりとりをするようになった。以下はその内容の一部である。
 危惧とは、と岩倉は綴る。
 九月二十一日、幕府の要請で、前夜から徹夜で朝議したあげく、長州征討が勅許となった事態のことです。
 小御所で行われた朝議には、天皇も御簾を垂らして出席(垂簾出御)し、慶喜も別室に控えていた由。長州征討に消極的だった天皇・朝廷が、仕方なく勅許を与えたのは、慶喜に迫られたからというではないですか。
 もし勅許が得られないのなら、自分は禁裏守衛総督を辞職し、京都守護職松平容保、京都所司代松平定敬も辞職する、と。
 この時、兵庫開港を求めて英国・仏国・米国・蘭国の軍艦九隻が兵庫沖に集結していたのは、ご存じのとおりです。
 朝廷にとっては、このような外圧のなかで京都守衛を任せていた慶喜・容保・定敬を一度に失うことは、恐怖以外のなにものでもなかったのでしょう。
 さらに十月五日には条約が勅許となりましたが、これもまた垂簾出御の徹夜の朝議であり、慶喜の脅迫的な発言に屈したのです。
 これ以上外国の要求を拒絶すれば、外国が京都まで押し寄せることも予測されるといい、ここでも慶喜は辞職をほのめかし・・。
 慶喜の強硬ぶりを、朝彦親王は日記に記したと聞いています。
「はなはだ不埒、にくむべし、にくむべし」と。
 長州征討の勅命を強請した幕府・慶喜と勅命を出した朝廷・天皇。
 一蔵は双方を激しく批判した。
 このような朝廷はもはや見放すしかないと、朝彦親王に「朝廷これかぎり」と言葉を投げつけて去ったのが、九月二十二日の朝だ。
 一蔵は返信でその事実を綴った。
 一方、条約勅許にたいして薩摩藩・一蔵は、特に反応はしめさなかった。もともと破約攘夷など無理なことと捉えていたので、ようやく勅許となったか、くらいの思いである。 しかし、岩倉具視は違った。
 天皇自身が望んでいなかった長州征討と条約が、なぜここにきて一度に勅許となったのか。この点に大きな不審を抱き、かつ深刻な危惧を感じたのである。そして朝廷と天皇に直接、朝廷政治の改革を提言していくようになる。
 議奏の久世通熙と六条有容の二人に、十一月十六日付で意見書を送ったという。下工作に携わったのは井上石見である。
 慶喜などに迫られて止むを得ず条約勅許となったようだが、天皇の心中(叡慮)の本当のところはどうなのか。また今後の外交方針としては「交易」を中心とするものなのか、「和親」をも加えた方針にするものなのか。これらについて疑問を述べたという。
 岩倉は、外交方針について三論にわかれるとの見解だ。「攘夷」と「鎖港」と「和親」である。
「攘夷」とは通商条約を全面的に破棄し、日米和親条約における外交関係まで「引き戻す」ことを意味していると。
「鎖港」とは元治元年の国是で目標とされた「横浜鎖港」が実現された状態での限定的な交易関係だ。
 そして「和親」は、長崎・横浜・函館三港における「交易」のみならず一歩踏み込んだ「同盟」関係を結んでゆく方向での外交関係である。
 岩倉は条約勅許となった以上は「交易」は当然のことで、さらにそれより進んで「和親」の方向を目指すのか否か、その点をはっきりさせなくてはならないとの提言だ。
「条約勅許の時点で、こんごと考ゆ人物は、おそらく公家のなかにはおらぬのじゃなかか」
 一蔵は井上石見に驚きを示す。
 幽閉中の岩倉がここまで鋭敏に思考できたのは、岩倉を訪れている諸士の情報によるところが大きいに違いない。
「それにしても、岩倉様の感覚は、公家のなかでは別格だ」
 岩倉がこのとき何よりも心配していたのは、これまで破約攘夷の方針であった朝廷が、勅許によって一夜にして「国是」の転換を行った以上は、明確な国家方針をしめさなければ人々が納得せず、ひいては朝廷を軽んずるようになりはしないかという点だ。
 そこで岩倉が急務であると、次の二点を強調した。
 幕府に頼らない確固として自立した朝廷政府を樹立すること。そして朝廷の主体的判断のもとで外交・国家方針を定めて、天皇が天下に布告することであった。この朝廷政府が「幕府・列藩・草莽を指揮」する体制となることを、岩倉は望んでいたのである。
 これは庶政委任体制を解消した、一つの王政復古体制構想だが、一蔵の眼には未だはっきりとした形には見えてこない。というより確信となって落ちてこないのだ。恐らく岩倉具視も同様な思いではないか。そういう意味では、説得力にかける。
「そいどん、こん構想の実現も、堂上公家の悪弊を改め、そん病根を断たねば難しか」
 一蔵の嘆息に応じるかの如く岩倉は次のように訴える。
 悪弊とは、武家を卑しみ「奴僕と同視」しながら、一朝事あらば武家の顔色をうかがい頼ること。藩士や草莽に朝廷の機密を語り、朝廷要路の人を評論する軽薄な所行。互いに猜疑を抱き、嫉妬し合う恥ずべき行為。
 手厳しい指摘だが、薩摩藩の訴えとまさしく重なる。
 そして、このような悪弊を断って、公家のいま心得るべき事を切言する。
 公家も武事を重んじなければならない。そうでなければ「攘夷」とか「和親」とかを議論しても、武家の側からみれば一片の「空論」を唱えているにすぎないと見られるだけである。
 今や言路を洞開し、上は国家の大計から下は官吏の行為にいたるまで、公然と真の建言をなせるような方法を設けなければならない。すべての公家が文と武の二つの道を、ともに深く心中の問題として大事にし、藩士・草莽・志士の先導者となるべきである。
「実に厳しゅ、的を射抜いた糾弾だ」
 天皇を始め公家の誰ひとりとして反論できないであろう。暗闇のなかの探り合いに似た朝廷政治の場から離れ、真っ白な身である立場から発せられた直言である。
「まこて含む所がなく、正義感にあふれておう」
 ある意味で直情的な発言だが、これが岩倉具視なのだ。朝廷を見限った一蔵である。岩倉の怒りは痛いように理解できた。
 この考えを岩倉は、「堂上諸卿を誡むる意見書」として六条有容に送ったという。


三 岩倉具視の構想

 堂上公家に意識改革を促したけれども、なにひとつとして反応がなかった。何事も変わってゆく気配がみえない。岩倉の失望をさらに深くしたのは、赦免の光が見えたにもかかわらず、朝廷の病根である因循がそれを遮ってしまったことである。
 この年(慶応元年)十二月、天皇は岩倉や前関白九条尚忠、前内大臣久我建通ら文久二年の処分者を赦免したい意向を示し、朝彦親王に相談したという。ところが朝彦親王は、岩倉は薩摩藩士と密会するような不謹慎な行動がみられるとの風聞があると天皇に告げて、赦免に反対した。また近衛内大臣と薩摩藩が何かを企んでいるのではないかと疑っており、岩倉もその一味だとも述べたようだ。
 そうしたところ天皇は大変驚き、以後はそのようなことのないよう岩倉につたえよと、懇切に近習の千種有任に命じたと。これは千種有任の父有文からの手紙で岩倉に報告されたという。
 不満を抱いた岩倉は、直接天皇に働きかけていく。
 慶応二年六月一日に幕府軍による長州藩攻撃が始まるが、それより以前、岩倉は密かに意見書を天皇に呈した。
 幕長戦争のように国内が相争い上下の不和が生じるのは、当路の重職が天皇を補佐して正しい政治を行う力に欠けるからであると、まず朝廷首脳部を批判。そして次のように訴える。
 陛下が海のように大きく広い度量をしめして、外圧を受けてこのような国内の混乱となったことを、自らの罪として引き受けることを天下にしめされたい。そのために賀茂社と石清水八幡宮に行幸して、朕の不徳によって政令が当を失うこととなったが、これからは一新更張のため臣下人民と力を合わせ、皇威が八紘(全世界)に輝くようにしたいとする詔を下す。このように神前において誓ったのち、次のように勅命を発する。
 薩摩、長州、一橋、会津、桑名、福井、土佐、仙台、鳥取、岡山、米沢、徳島の諸侯を速やかに招集、その他の諸侯にも上京を命じ、廟堂において「軍国」の要務を議論して国是を定める。ついで厳勅をもって以下のことを天下に宣告する。
 征夷大将軍職を廃止して、幕府が全国の政治を行うことを改め、天皇が万機を親裁する体制とする。諸侯の領地は従来と同じく二〇〇〇万石とするが、徳川宗家を関東の地一〇〇万石に封じて諸侯の上に置くこととし、徳川三家はそれぞれ二〇万石とする。残りの七〇〇万石を「軍国」と親王・公家の領地とする。
「軍国」とは天皇とその国家(政府)であろうか。一蔵はそのように受けとめた。
「まぎれもん一つの国の在い方をしめしたものだ」
 つまり、新政府・新国家構想である。新政府の組織が茫漠としているが、朝廷が中心となるものでないことは明らかである。
「朝廷の重鎮にそん能力がなかちゅうこっは、初めから切い捨てておられもすから」
「輪郭としては、徳川宗家を含めた諸侯と公家が協力して天皇の万機親裁を支ゆっ形だな」
「公家でこんよな構想を描けうのは岩倉様だけです」
「春嶽様や薩摩藩の考え方と大いに通ずうもんがあう」
 目指すところは未だ漠としているが、三者からしめされているものは同じらしい。新たな体制が創られていく機運が感じられるようだ。
 これは、天皇が慶喜や朝廷要路に遠慮しないで、主体的に判断して政治に責任をもち、そのような心構えをもつよう促すもので、六歳年下の天皇にたいする一種の諫言でもあった。
 やがて岩倉の危機感・焦燥感は極点に達し、しかもこの思いは岩倉だけではなく、列参となる。
「千種有任様、中御門経之様と連絡をとい、動き出しておられもす」
 有待庵に伝えてきたのは井上石見の兄藤井良節だ。
「きっかけの一つは、あん朝廷への建白書です」
 あのとは、七月二十日に武家伝奏の手を経て関白二条斉敬に提出された、久光・茂久父子の建白書を指す。その内容は・・。
 特別の詔を下して戦争を終結し、同時に長州藩主父子の官位復旧も要望。そして天下の「公議正評」を尽して「政体改革」すなわち朝政改革を実行し、「中興之功業」を遂げられたいと主張したものである。「中興之功業」とは、薩長盟約第六条の「皇威」の「回復」を意図している。
「岩倉様のご主張は」
 朝廷がこの建白を採用せぬのは、誠に遺憾の至に堪えんと。
 そして朝廷がこのような「天下ノ公論」を受け入れないのは、朝廷にあっては朝彦親王、幕府にあっては慶喜と松平容保のせいであり、これらの「姦佞」の人物を排除しなければ公平な政治を行うことはできないとし、朝政改革の必要性を強調。
「こん、ご意見をまとめられたのが『天下一新策』です」
 朝政改革にとどまらず、いまや「天下一新ノ機会」であるといって、朝廷を「国政施行根軸ノ府ト為す」その機会であると。
「つまい、もうちっと砕いて申すなら、こういうこっか」
 幕府は列藩とともに朝廷を「扶翼」し、政令が朝廷から一途に出るような「天下ヲ合同」する体制、すなわち「王政復古」を実現しなければならないと主張している。
「ただし、岩倉様の構想を実現すっためには、そん構想を支持して朝議を動かす有力な要員が必要です」
「できれば、反対すう勢力を退けうにこしたことはないのだが」
「一挙に王政復古を実現すうこたあ難しかで」
「周囲の状況を整えねばのう。つまい朝政改革を行い、流れを創いださねばなうまい」
「そんため、まずは直訴を計画しておられもす」
 建白書を提出しても握りつぶされる恐れがあるからと。
「それならば、直訴の先頭に立つ公家と列参すう公家衆の説得が、肝要だろう」
藤井良節と井上石見は、大原重徳と中御門経之への周旋にあたっている最中という。一蔵は感想は述べるが、列参について進んで関わることはしていない。


四 二十二卿列参

 そして八月三十日、岩倉具視の願いが叶う。大原重徳、中御門経之をはじめ二十二人の公家が連なって参内したのだ。
 天皇以下、朝彦・晃両親王、二条関白、近衛内大臣、議奏、武家伝奏が列座の前で、一同を代表して大原重徳が、次の三カ条について言上したという。
一、諸藩の招集を朝廷から直接命ずる。
二、文久二年八月(岩倉等の処分)、文久三年八月(八月政変の処分)、
元治元年(禁門の変の処分)の三カ度で処分を受けた公家を赦免されたい。
三、朝政を改革すること(征長解兵を含む)。
 以上の三点を要望し、説明した。いわゆる二十二卿の列参と言われる行動である。
「これにたいして」
 藤井良節は近衛忠房から伝え聞いた模様を語る。
 二条関白は、朝廷の失政は関白の罪であるといい、朝彦親王は輔翼がいたらなかったと、両者ともに陳謝した。しかし、天皇は「珠ノ外、御気色不宜」と列参にたいして怒りをあらわにしたという。
 九月四日、二条関白と朝彦親王が辞職を申し出る。天皇は却下したが、両者は自ら参内を辞した。
 引き続く両者の動きを先に述べておくと・・。
 二条斉敬は十一月初めまで参内しないが、朝議にかけられる文書の内覧は行い、意見は述べた。また朝彦親王は、さらに十月二十七日から自ら閉居・謹慎の生活に入る。
 こうした状況下での九月七日、尾張、紀州、加賀以下二十四藩の京都留守居に武家伝奏飛鳥井雅典から、諸侯招集の朝命が伝えられた。
 この諸侯招集は慶喜の求めに応じて、八月十六日に、征長軍解兵とともに勅許となっていたものだが、招集を朝命とするか幕命とするかで意見がわかれていたのである。それがここに至って、朝命招集となり、この点においては、列参の要求が実現した形となった。「招集する慶喜の意図は」と藤井良節。
 一つには、諸侯の意見を求め、しかし幕府が主導して、征長戦争の戦後処理と長州藩処分問題を処理することである。
 もう一つの目的は、諸侯の合意を得る形をとって、将軍職に就任することであった。
「そいどん、宗家を相続して以来、喪に服しておう慶喜が」
 一蔵は何やら目に見えぬ動きを嗅ぎ取る。それを明らかにしたのが、徳三の報告だ。
「九月に入ってから、除服参内の命を請い、そして将軍同様の扱いを許されるよう働きかけております」
「そや、二条関白に、か」
「文書の内覧は行っておりますから。腹心の原市之進を通じて」
「将軍職就任への助走だな」
 これに対して、一蔵や岩倉具視の狙いは、上京した諸侯の衆論によって、慶喜が将軍となるのを阻止し、あわせて朝政改革を断行することであった。
 一蔵は藤井良節を呼んでくるよう徳三に命じた。
 四半刻ほどして・・。
「朝政改革だが、岩倉様の構想はどのよなものなのか」
「具体像は、まだ明確には」
「拙者も、つまい薩摩藩も、同様だ」
先ずは重要な国事を朝議で意志決定する体制を整えねばと、一蔵はつけ加える。
「岩倉様も、朝議が中心となってと、そん点を強調しておられもす」
「そん朝議を有力諸侯が補佐すう」
「そうなうと、天皇が庶政を幕府に委任しておう庶政委任体制は解消されうと岩倉様も」「それゆえ、朝議がこれまで以上に重要な位置を占むう」
「担う者は有能な公家でなくてはならんのじあんどん、三度の公家処分によって、多くが失われておいもす。岩倉様をはじめとして」
「先ずは処分を受けた公家の赦免の要求だな」
 九月十六日、晃親王、右大臣徳大寺公純、内大臣近衛忠房、大納言一条実良、同九条道孝の連名による建言が議奏に提出された。
 そこでは、諸侯が上京し、かつ二条関白が参朝出仕するようになるまで、国事にかかわる朝議を停止する、そして諸侯が上京した上で、衆議による「天下之公論」で、諸事を決することを望むとあった。
 この建言は、一蔵が晃親王と近衛忠房を動かして実現したものである。狙いは、朝議の停止によって、慶喜の将軍就任の推任を防ぐためであった。つまり、久光をはじめ伊達宗城、山内容堂、長岡良之助などの同志諸侯の上京まで、とりあえず慶喜の将軍職就任を阻止する策である(松平春嶽は在京中)。
 しかし、一蔵のもくろみは、失敗へ。
 十月十六日、慶喜が参内し、天皇に拝謁したのだ。この際の待遇は、すべて将軍と同じものであった。ついで十月二十七日、晃親王に蟄居が、正親町三条実愛、中御門経之、大原重徳の三人に閉門が命じられた。列参関係者の処分である。
「慶喜が後ろで操っておうでしようか」と藤井良節。
「わからん。まあ天皇の意志でなされたであろう」
「また十月中に上京してきた諸侯も僅かでしたね」
 岡山、津、松江、徳島そして加賀と藤井良節は藩名をあげる。
 久光も結局は上京しなかった。
 同志諸侯が上京せず、朝廷内の有力な同志が近衛忠房一人となっては、朝政改革など思いもよらぬ事態で、一蔵同様、岩倉具視の計画も、完全に失敗に終わったのである。
「しかし、負け惜しみではないが」と一蔵は言う。
 幕命はもとより朝命さえも、諸侯がそのまま従わなくなった。
 まさに割拠の時代である。
        






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12/06 12:26 江戸浅草物語14「月こそ心よ花こそ心よ」 (無料公開)
11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
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