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風雲 念流剣 四 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2015年2月15日 11時1分の記事


【時代小説発掘】
風雲 念流剣 四
鮨廾賚



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


【梗概】: 
 時代は室町中期に入ろうとする応永の末から正長にかけて(1420年代後半)。日本最古の剣派念流の道統二代目慈三首座(じさんしゅそ)は、初代念大慈恩の遺言として、南朝再興(後南朝)に一門あげて味方しようとしていた。南朝再興は、本当に慈恩の意思なのか。疑問を持つ正覚庵念道(俗名山入源四郎)とその弟子高垣藤四郎は、やがて、京と鎌倉の公方、後南朝の政争に巻き込まれていく。
本作は、全体4部作の予定で、下記(↓)『悍馬駆ける』の続編に当たります。


悍馬駆ける

http://honto.jp/netstore/pd-book_02503654.html


【プロフィール】:
鮨廾賚此昭和33年(1958)生まれ。平成22年(2010)第40回池内祥三文学奨励賞受賞。現在、新鷹会会員、大衆文学研究会会員、歴史研究会会員、歴史時代作家クラブ会員。


これまでの作品:

風雲 念流剣 一(序章)
風雲、念流剣 二 
風雲、念流剣 三 



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【時代小説発掘】
風雲 念流剣 四
鮨廾賚



第一部 鎌倉編

第三章 鎌倉の日々


一 寿福寺の草庵

 念道が寿福寺に戻ったのは、子の刻(午前零時)頃であった。藤四郎は僧坊の一室で寝ずに待っていた。

 吉岡坊のことは、藤四郎に告げていない。
「二階堂右馬助どのに挨拶してくる」
 そう告げただけで、念道は寿福寺に着くと、すぐに出かけていった。
(二階堂右馬助どのといえば、二階堂流の達人ではないか)
 自分も会いたい、と思った藤四郎は、
「それがしも連れて行ってくだされ」
 同道を希望したが、吉岡坊に会うという目的もある念道は、
「いや。此度は挨拶ゆえ、日を改めよう」
 あっさりと断られて、藤四郎は内心不満であった。

「いかがでありました」
 帰ってきた念道に問う声音は、次にいつ右馬助を訪ねるかという期待が籠もっていた。そのときは、なんとしてもいっしょに行きたい。
「しばらく当寺の厄介になろう。取りあえず今日は休め」
 そう言って念道は、真っ先に寝てしまった。
 不満は残ったが、それ以上聞くこともならず、やむなく藤四郎も寝に着いた。

 寿福寺は茶祖として名高い明菴栄西(みょうあんようさい)の開山になる。禅宗の寺院で、鎌倉五山の第三位に列している。創建は尼将軍北条政子、正治二年のことである。今から二百三十年ほど前のことになる。

 藤四郎から規則正しい寝息が漏れるようになった頃、ほうほう、という梟に似た鳴き声が聞こえてきた。
 念道の両目がぱっと開いた。

 藤四郎の寝顔を確かめてから、こっそりと僧坊を出た念道は、梟に似た鳴き声のしたところへ出た。
 そこは、樹齢百年を超すかと思われる欅や杉の大木が密生し、昼なお暗いと言われているところである。鬱蒼と生い茂る木立に遮られて、己の身体すら見えない。漆黒の闇というべきで、境内のうちで最も寂しい一角である。

 突然、彼方にぼおっと狐火のような怪火が点った。
「はっはっは。悪戯が過ぎるぞい」
 押さえてはいるが、念道の快活な声を聞くと、怪火は消えて、小ぶりの松明を持った軒猿の姿があった。柿色の筒袖に短袴姿だった。

「念道どのには適わぬ」
「おばばどのは元気か?」
「宮さまのもとに伺候し、身辺を警護してござる」
 宮さまとは小倉宮のことである。
「鎌倉の持氏どのを猶子にしたということは?」
「知っておる」
「さすが。他には特にござらぬ。いたって平穏でござる」
「それは重畳、と言いたいところだが、京の畠山どのと土岐どのが謹慎していると聞いたぞ」
「さすが、早耳なこと」
「からかうな」
「祇園藤次の仕業よ。あの者は満済僧正の間者であった」
「満済どのの使いという修験者に会ったぞ。名は吉岡坊という」
「ははあ。猶子のことはその者に聞かれたな。真の名は吉岡坊憲房といい、京八流の遣い手よ。江湖武林では、刀剣坊とも呼ばれて、恐れられている」
「ほう。少しは名の知られた兵法仁であったか」
 それにしては、技前はもう一つであったな、と念道は思った。刀剣坊という呼び名にもそぐわない。

「祇園藤次とともに満済どのに仕えている」
「その藤次はどうした?」
「それがしの腕では勝てぬ」
 長福寺で藤次を追った軒猿は、追いついて太刀合ったが、結局、取り逃がしてしまったらしい。体術で衆に勝る軒猿だが、刀術、剣術はまだまだのようだ。

「その藤次の知らせではないか。我ら念流一門が、後南朝に荷担したという噂が京では流れているという。ゆえに、畠山どの、土岐どのが謹慎したと聞いたが」
「それも吉岡坊から聞かれたか?」
「いたって平穏、ではないではないか」
 念道は軒猿を咎めた。

「すまぬ」
 素直に詫びた軒猿は、
「だが、罰せられたわけではない」
 と、弁明するように言った。

「どういうことだ」
「ご両所ともすでに高齢。畠山駿河守どのも土岐どのも管領どのの信頼を得ている。ご両所談合の上、幕府に遠慮したというのが本当のところ」

 管領は将軍を補佐する役職で、畠山家の本流右衛門督(うえもんのかみ)満家が務めている。満家は、温厚な人物で、満済とともに幕政を主導していた。

「では、我ら念流が、本気で後南朝に荷担したと思ってはおらぬということか」
「管領どの始め重臣たちは、そうは思うておらぬ。満済どのは、藤次の知らせを受けて、我ら念流を警戒しているようだが、大事あるまい」
 軒猿の言葉に、念道はやや安堵した。

「ところで、祇園藤次を救った天狗面の修験者のことだが」
「酒生坊叡忍(さこうぼうえいにん)のことか?」
「おう。畠山どのと大猿はそう断じたが、まこと酒生坊だったのか」

 吉岡坊の話では、酒生坊は本山派の山伏で、後南朝に通じているという。であれば、楠木正勝が持参した草薙の剣を横取りする理由がない。

「それが、さっぱり分からぬのだ。おばばどのの命で、酒生坊のことを調べてはみたのだが・・・・」
「吉岡坊は、使いの邪魔をされて殺した、と言っていたぞ」
「死んだ、ということか」
 念を押した軒猿は、
「しばらく時をくれ、念道どの。草薙剣(くさなぎのつるぎ)の行方と合わせて、必ず探って参る」
「頼むぞ。なにせ、鎌倉を動けぬ身ゆえ」

「それより、楠木正勝が鎌倉に入ってござるぞ」
「なに!」
「はは。動きには十分ご注意あれ」
 そう言ったときには、すでに軒猿の姿はそこにはなかった。
「平穏どころか、不穏そのものではないか」
 念道が忌々しげに呟いたとき、辺りはうっすらと明るくなりかけていた。
 こっそりと念道は寝所に帰った。

 翌朝――。
 念道は藤四郎を連れて、改めて住持のもとへ挨拶に赴いた。
「よくこそこられた。夕べ休まれた僧坊に、いつまでもゆるりと滞在されよ」
 住持は快く迎えてくれた。

 寿福寺は、念道の師念大慈恩が若かりし頃、当寺の神僧から兵法を教授されたという伝承を持つ。それほどに念流と縁の深い寺で、念道は慈恩とともにこの寺で修行し、特に住持とは親しい間柄であった。それゆえの好意だが、念道はその言葉に甘えなかった。

「いつもの塔頭をしばらくお貸しくだされ」
「よろしいのか」
 念を押した住持は、念道が肯くのを見て、
「いやはや。師といい、御坊といい、念流は生真面目なことよ」
 からりと笑って、
「困ったことがあれば、いつでも申し出られよ」
 と付け加えた。

 念道とともに、かつて師慈恩と過ごしたという塔頭を訪ねると、
「ここに住むのでござりますか」
 藤四郎がびっくりしている。

 塔頭の一つといえば聞こえは良いが、そこは単なる茅葺きの庵であった。しかも、使われなくなって久しいようで、軒は朽ち、茅もかなり痛んでいる。

「雨、風をしのぐには十分であろう。まあ、少し手を入れねばならぬが」
 念道は意に介さない。
「拙僧もかつて師とともにここで修行した」
 と言われては、藤四郎もそれ以上の不服は言えなかった。

 取りあえず藤四郎は、念道とともに庵の修復にかかった。

 遅い朝餉を済ませたとき、長倉源太左衛門が訪ねてきた。
 昨日、巨福呂坂上の上杉邸から寿福寺へ至る道々ーー。
 源太左衛門は、念道が念流の達人であることを知ると、弟子入りを志願してきた。

「とんでもない。年長者に教えるとは恐れ多いこと」
 始め辞退していた念道だったが、寿福寺までついてきて指南を懇願する源太左衛門の熱意に負けてしまった。
 というよりも、吉岡坊のことが気に掛かっていた念道は、早めに藤四郎を寿福寺に預けるため、承知せざるを得なかった、というのが正直なところだった。

「やれ、嬉しや。では、早速に明日参りまする」
 そう言って、寿福寺の総門前で分かれた源太左衛門を思い出して、念道は覚悟を決めた。
「弟子が二人になってしもうたわい」
「良いではござりませぬか。一人教えるのも二人教えるのもいっしょ。もしや、これからまだ増えるかも知れませぬぞ」
「これ」
 念道は藤四郎の軽口を本気でたしなめた。


二 多恵姫と祗園藤次

 多恵姫は巨福呂坂上の上杉家別邸の自室にいた。
 戸を開け放って、日ごとに眩しさを増す庭の緑を見るともなしに見ていると、念道、藤四郎の顔が浮かんでくる。

「ああ。あのように自由気ままに生きてみたい」
 ため息をつきながら呟いた。

 多恵姫は憲実の実の妹である。十三歳まで越後国で育った。だが、北国の風土はこの姫には合わなかったようだ。
 冬の間中雪に閉ざされる北国、どんよりと重い雲のたれ込める北陸、長じるに従ってその全てが嫌になった。

 そんなときである。実の兄が鎌倉にいることを意識したのは。しかも、兄は関東管領という要職にある。
〈鎌倉〉
 多恵姫はすぐにその地を侍女に調べさせた。

 侍女は鎌倉に行ったことのある者から話を聞き、
「三方を山に囲まれた盆地だそうにござりまするが、南側は大海に面し、冬になってもほとんど雪が降らず、明るい陽光が降り注ぐところだそうにござります」
「まあ!」
「源頼朝様以来百三十年に渡って幕府の置かれた武都でござります。東国一賑やかなところだとか」

 多恵姫は侍女の言葉をうっとりとして聞いた。まだ見ぬ兄の住む町は、姫の心を鷲掴みにして離さなかった。
(行きたい。鎌倉に)

 そう思うと、多恵姫は矢も楯もたまらなくなった。渋る父や母を強引に説得して、鎌倉に出てきたのだった。
 だが鎌倉は、多恵姫が思ったほど自由気ままな町ではなかった。いや、鎌倉という場所よりも、上杉という家の方が、多恵姫に自由を許さなかったというべきか。

「そなたは越後上杉家の姫。何かあっては、父上、母上殿に申し訳が立たぬ」
 十八歳とはいえ分別くさい憲実は、何かと多恵姫の自由な行動を制限した。
 とはいえそこには、兄としての憲実の愛情が籠もっているのも事実で、少しばかりのことは大目に見てくれるのだった。

 先日の武蔵野のことも深く咎めなかった憲実だったが、
「念道さまの弟子になって兵法を学びたい」
 というと、さすがに顔色を変えた。
「いかん、いかん。女だてらに」
「でも、女とはいえ武家に生まれた身、兵法を習うのに何の不足がありましょうや」
「弓馬の道で十分ではないか。まして兵法などと」
 と憲実は宥めた。

 この頃の弓馬の道は、武士の嗜みというべきだが、兵法とは刀剣の術であり、より実戦的な作法である。

「兄上様は儒学を学び、わたくしは兵法を修める。互いに好きな道を進むのに、女だ男だというは詮無きこと」
「儒学は人が生きるについての道を示すもの」
「では、お嫌いでございますか」
「そういうわけではないが・・・・」
「では!」
「いや。やはり、しばし待て。ここのところ鎌倉には、関東近国の牢人が溢れている。中には公方様やそれがしを深く恨んでいる者もあるとか。それ、武蔵野のことも調べがついておらぬのに、上杉の姫が、一人で鎌倉の町を出歩いては、いかような目に遭うとも知れぬ」
「しかしながら兄上様」
「聞けば念道どののお父上は、佐竹の叔父上様の養子に反対なされたお方とか」
「念道さまは悪しきお方ではありませぬ。武蔵野でもわたくしを助けてくれました」
「分かっておる。駄目というているのではない。しばし待てと申しておるのだ」
 結局、憲実の許しは得られなかった。

 確かに武蔵野のことは、多恵姫にとって、今思い返しても悔しい限りだった。幸い念道と藤四郎に助けられたが、一時は舌をかみ切って死のうとまで決意したのである。あの口惜しさを繰り返さないためにも兵法を学ぶべきだと強く思ったのである。
 だが憲実から、牢人となった関東のかつての豪族の家臣たちの不穏な動きを聞かされては、それ以上の我が儘は押し通せなかった。再び兄に迷惑をかけないとも限らないからだ。

(つまらない)
 雪深い越後国で、夢にまでみた鎌倉だったが、実際に来てみて、そのずれに戸惑っている心の焦燥を多恵姫はもてあましていた。

 その多恵姫の思念は、来客によって破られた。
(あれは、景四郎ではありませぬか)
 憲実の家臣長尾景四郎が門に現れた。多恵姫は思わず顔を隠した。

 景四郎は、上杉家の家宰長尾忠景の一族で、文武に秀でた謹厳な若者である。歳は二十四と、兄憲実よりやや上であった。

 多恵姫は景四郎が苦手である。常日頃、お転婆なところをたしなめられていたからだ。 その景四郎は、見かけぬ侍を一人伴っていた。
(何者でありましょうか?)
 多恵姫は、娘にありがちな好奇心の強さも人一倍である。こっそりと、もう一度景四郎の方を見たとき、互いの目が合ってしまった。

 慌てて顔を隠したが、景四郎に心の内を見透かされたような気がして、
(仕方ありません。いつものように、夕餉にかこつけて・・・・)
 多恵姫の心は決まった。

 景四郎は連れていた男を憲実に引き合わせた。
「京よりの内密の使者でござれば、こちらの方が都合がよろしかろうかと」
 景四郎の心配りで、山内谷の上杉邸から別邸へ案内してきたようだ。
「祇園藤次と申しまする」
 と、名乗ったその者は、白小袖に藤色の袴がよく似合う若々しい侍であった。憲実との年齢差も、さほどにはないように思われた。そのうえ美丈夫でもある。

「ほう!」
 顔を見合わせた憲実から驚きのため息が出た。憲実は若いだけにざっくばらんな気性である。
「関東管領どのと聞きましたゆえ、いま少し年配のお方かと、それがしも思うておりました」
 つられて藤次も軽口がでた。
 ――はっはっは。
 期せずして、二人の口から快活な笑い声が響く。
 憲実は藤次を、藤次は憲実を互いに好もしく思った。

「京からの使いと聞いたが、管領の畠山どのか」
 笑いを収めて憲実が問うと、
「はっ。さりながら、表向きの使者ではござりませぬ」
 藤次が改まって応える。
「では・・・・」
「三宝院満済さまの内密の使いでござりまする」
「はて? 満済僧正の使いなら、先日、当屋敷を訪ねてきたが・・・・」
「まさか。満済さまの使いは、それがしが初めてでござりますぞ」
「むっ・・・・」
 憲実は言葉に詰まった。

「まずはこれをご披見願いまする」
 祇園藤次が懐から出したものは一通の書状だった。
「これは?」
「満済さまからの書状にござります。さらに、こちらは管領どのの添状でござる」
 藤次はもう一通の書状を取り出した。
「拝見しよう」
 二つの書状を手に取った憲実は、まず管領畠山満家の添状に目を通し、次に満済の書状を見た。

 添状には、
 ――向後、満済入道とよく連絡を取り合い、鎌倉に不穏な動きがないように頼みいる。 という内容で、特段のことは書かれていない。

 満済の書状には、南朝再興を目指す一党が、しきりに伊勢の北畠満雅をそそのかし、足利持氏との同盟を策すなど、不穏な動きを強めつつあるため阻止して欲しい旨が、簡潔に認められていた。
 さらに、念流の兵法仁どもが、南朝の残党に手を貸すかも知れぬので、くれぐれも注意されたい、と追い書きがしてあった。
「念流の兵法仁とな?」

「はっ」
「詳しくはこなたに聞くように書かれてあるが・・・・」
「されば、先月、弥生の下旬に信濃国伊那の長福寺に集まった一党は、楠木正勝の請いを入れ、南朝の残党にお味方することに決しましたぞ」
「真か!」
 憲実の顔に驚愕が走る。

 さらに藤次は、そのとき長福寺に潜んでいたこと、そのときの楠木正勝と念流一門のやりとりを詳しく話して聞かせた。
「信じられん」
 このとき憲実の脳裏に浮かんだのは、先日会った念道の穏やかな顔である。
「念流一門には、幕府の重臣に連なる者もおりまする。皆が皆、南朝に味方するとは満済さまも考えてはおりませぬ。さりながら、十分な警戒をとの仰せでござります」
 ううむ、と唸って憲実は、おもむろに両手を組んだ。
「鎌倉にはすでに念道という禅僧が潜伏し、さらに楠木正勝も入ったとか」
「なに、楠木正勝が・・・・」


三 虚堂道人

「正勝は暮露の総帥(かしら)虚堂でもありまする」
 と言ったのは、長尾景四郎である。

「持氏さまとの連携を図るべく、近づきになろうとするは必定かと」
「そうか。一色直兼どのや上杉憲直どの辺りと手を結ぶと厄介なことになるな」

 一色直兼は公方持氏の内室の一族で、最近とみに御所内で発言力を増している人物である。
 上杉憲直は、詫間流上杉家の当主である。口舌の徒というべきで、持氏の信任が厚いことを良いことに、一色直兼と組んで、最近にわかに影響力を持ち始めた人物であった。密かに山内流に代わって、上杉家の惣領の座、すなわち関東管領職を狙っているという噂がある。

「それゆえ、満済さまは安房守さまのお力を頼りにしてござります」
「分かった。何かと力づくの北畠どのと御所様が結ぶようなことがあってはならぬ。微力ながら、京と鎌倉の危機はこの憲実が身を体してでも食い止める所存」
「そのお言葉を聞き安堵いたしました。京の満済さま、管領どのもお喜びになりましょう」
「うむ。よしなに伝えてくれ」
 はっ。と応えて藤次は平伏したが、再び顔を上げると、
「京の満済さま、管領どのとの橋渡しは、この後それがしが勤めまする。また、安房守どののお力になれとのお言葉でござれば、何事かあれば遠慮のうお命じくださりませ」
「そのことよ」
 憲実は思い出した。

「先日、当屋敷に現れた満済僧正の使者は、吉岡坊と名乗ったぞ」
「吉岡坊? はて・・・・。御用の向きは?」
「御所様の猶子のことであった」
 藤次はしばし思案した後で、
「満済さまは、そのような使者は遣わしておりませぬ。管領どのが家臣を一人、安房守どのへ密かに先遣させたとは聞きましたが」
 と言った。
「では、吉岡坊という行者は?」
「満済さまのもとに吉岡坊なる者は確かにおりまする。ですが、その者はこのところ京を出ておりませぬ」
「ううむ」
 憲実は考え込んでしまった。

 吉岡坊と名乗った使者は、単に持氏猶子の件を伝えただけである。その他に不審なことは何もなかった。それゆえ全く疑問を挟まなかったのだが、その目的はいったい何だったのか。
「狐につままれたような心地だ」

「関東管領をたばかるとは許せぬ奴。それがしが探し出して斬って捨てまする」
 景四郎が憤慨している。

「あいや。それがしにお命じくださりませ。満済さまの使者を名乗るとは不届きなこと。探し出して懲らしめずにはおきませぬ。それと、しばらく鎌倉に留まり、楠木正勝の動きを探れという満済さまの命もありますゆえ」
 藤次は自らかって出た。
「分かった。ならば、頼むぞ」
「心得て候」

 藤次に命じた憲実が、邸の警護を厳重にするよう景四郎に命じたとき、
「兄上様」
 部屋の外から多恵姫の声がした。
「何用だ?」
「夕餉の支度をいかが致しましょうか。すでに、外は黄昏てござります」
「おう。ちょうど用が済んだところゆえ、ここへ運んでくれぬか」
 憲実は多恵姫に命じると、
「こなたもどうだ」
 と、藤次に声を掛けた。
「いえ。それがしは・・・・」
 関東管領の相伴は恐れ多い、と遠慮する藤次に、
「ここは我が別邸。無礼講ゆえ構わぬ」
 と言って憲実は、景四郎にも相伴を命じた。

 若かりし頃の憲実は、ざっくばらんな性格で、気取るところがなかった。上杉憲実といえば、儒学を修めた謹厳な人物を想像しがちだが、それは公の場でのことである。政事の要諦として理想としたに過ぎない。
 本来、憲実は厭世観を強く持ち、その裏返しとして広く人と交わることを好んだ。私邸では、身分の上下にあまりこだわらなかったという。

 ややあって、夕餉の膳を持った侍女を従えて多恵姫が現れた。
「多恵にござります」
「む・・・・!」
 藤次の顔色が変わった。
(美しい!)
 藤次は一目見て多恵姫に心を奪われてしまった。名を名乗るのさえ忘れている。

「どうした?」
「あ、いや。高貴なお方との食事は慣れておりませぬゆえ」
 咄嗟の藤次の言葉に、
「ははははは」
 憲実の快活な笑いが響いた。

「そういえば、こなた京流の兵法仁と書かれてあったが」
「相違ござりませぬ」
 多恵を念道どのの元に通わせなくて良かった、と憲実は思った。通わせていたら、この祇園藤次にどのような誤解が生じていたかも知れない。

「多恵、どうだ、この者に習うてみては」
「京流でござりますか?」
 と言って、多恵姫は藤次を正視した。
「まさか、こなた様が兵法を・・・・」
 藤次が面喰っていると、
「武者勝りなところがあってな」
 憲実の脳裏に、先日会った念道と藤四郎の顔が浮かんできた。あのときの二人は憲実にとって好ましい印象だった。
「いや、先ほどのことは忘れてくれ」
 憲実は慌てて否定した。

 一方、多恵姫は、
(幕府の使いの方であろうか。何の御用でありましょう・・・・)
 いくつかの疑問が浮かんできたが、膳の支度が済んだ侍女が部屋を出ていくのを見ては、いつまでも部屋に残っているわけにもいかなかった。

 同じ頃――。
 楠木正勝は、釈迦谷の法華堂にいた。隣には銀弥勒、目前には、先日、憲実のもとを訪ねた酒生坊ことなかぬき坊がいる。三人とも暮露の装束である。

「祇園藤次が現れましたな」
 と言ったのは、銀弥勒である。齢は五十を過ぎているだろう。額の皺が深く、痩せて、髪が白い。長老の一人で、鎌倉にあって東国の暮露を束ねていた。

「幕府の使いとしてであろう。今頃現れるとはの」
「総帥(おかしら)を追って来たのではござらぬか」
「そうであろうよ。だが、藤次ごときに何ができる」
 ふん、と鼻を鳴らした正勝は、暮露の総帥虚堂道人でもある。

「やつがれは念道に会いましたぞ」
 そう言ったのはなかぬき坊である。
「京の使者を殺して、なり代わったぬしに気づいたか」
「それはありますまい。草薙剣を探している様子でありました」
「草薙剣は、熱田神宮に戻ってしまったのではないか」
「それはあり得ませぬ」
 銀弥勒の疑問をなかぬき坊が即座に否定した。
「なぜにそう言い切れる」
「やつがれが京の使者を殺したのは尾張国黒田の宿の近く。ついでに熱田神宮に忍び入りましたが、まだ戻っておりませぬ。そのため、鹿伏兎刑部なるものが密かに雇われましたぞ」

「奪還のためか」
 と、念を押したのは正勝である。
「はっ」
「あれ以降、杳として行方が知れませぬ。我らも八方手を尽くしてはいるのですが」
 これは銀弥勒の言である。
「やむを得ぬが、長福寺で草薙剣を奪われたは、念流の者どもの落ち度よ。彼奴らの負い目になったことは間違いあるまい」
「念道も気に掛かっている様子でござりました」
「さもあろう。それで良い」
 ふふ、と正勝は含み笑いをした。


四 刀匠行定

「お師匠、どちらへ」
 ここのところ鬱陶しい雨が続いていたが、今日は朝から良い天気だった。
 久しぶりに境内の清掃を手伝い、朝餉を終えた辰の刻(午前八時)に近い頃だった。
 声をかけたのは藤四郎である。

 念道はしばらく目をつむって、迷うように顔を傾げていたが、やがて、目を開いて言った。
「そなたも参るか」
 二人は寿福寺の一隅に小さな庵を借り受けて住んでいるが、完全に寄食しているわけではない。一応、塔頭ということになっている。さしあたっての食は、自分たちで得なければならない。そのため、雨で外出できない日を除いて、毎日決まってこの時刻に念道は庵を出る。托鉢のためであった。

 そのうち藤四郎も、と念道も気にかけてはいるのだが、いましばらく経ってから、と先送りにしているの事実だった。
 念道は源四郎といった頃、十二歳で国安の里を飛び出した。諸方を流離い、鹿島の神官の家に拾われた。それが剣を学ぶきっかけになったのだが、やがてそこも飛び出した。衣食住にはありついたが、奴婢としてこき使われるのを嫌ったのである。

 その後、さらに諸国を流離い、念大慈恩に拾われたのが、今の藤四郎と同じ十八歳のときだった。

 師慈恩に従って諸国を経巡ったが、それまでの貧苦ゆえに、苦労はまったく感じなかった。確かに慈恩との廻国は、豊かな暮らしではなかった。だが、慈愛に満ちた師の指導のもとで、剣だけでなく、それまでの生い立ちと暮らしから鎧を纏うように身についた、ねじけ、いじけた性格までも、いつのまにか矯正されていたのだった。

(家を飛び出してから、わしは武士としての矜持を捨てた)
 それは食を得るためのやむを得ざる仕儀だったが、そのことが幼い頃の念道に強いた心の内の苦痛は、言葉には言い表しようのないものだった。

(武家の子が、出家もせずにいきなり托鉢はつらかろう)
 藤四郎とて同じではないのか、と思う念道だった。

 幸いに藤四郎は心根の優しい真っ直ぐな気性である。一途に念道を慕い、剣の道を究めようとしている。己が身と引き比べて、純粋過ぎるゆえの心の柔な部分が心配にもなる。もう少し世の中というものを知ってから、というのが念道の率直な気持ちだった。

 だが、藤四郎としては、そんな念道の心遣いが不満である。
 念道の托鉢で朝と晩の食事にはありつけるのだが、米はわずかで麦や稗に粟、菜の雑炊が主なのである。藤四郎の若い肉体はさすがにまいっている。それでなくても厳しい修行の連続である。毎日がひもじくて仕方はない。

 松平の里では、小なりといえども領主の子息であった。ひもじさとは無縁だったのである。
(お師匠は托鉢ゆえに遠慮しているに違いない。わしがいっしょに行って、もっとうまいものを貰ってこよう)
 という、若者らしい世間知らずな思いがあった。

「ぜひともお連れくだされ」
 しめた、という思いである。内心に笑みがわく。
(お師匠とて腹は満足していようはずがない。今日こそは、わしが腹に溜まるものを得て、お師匠を喜ばせてやろう)
 托鉢がうまくいかねば、この天気である、源氏山に入って鳥か兎を、などと勝手なことを思いながら、師の後に従って寿福寺を出た。

 だが、その日念道は托鉢のために藤四郎を伴ったのではなかった。
 山門を出て、だらだら坂を下ると、武蔵大路の手前を右に折れた。さらに、しばらく歩いて一軒の家を訪ねた。

 そこは見世棚があって、刀剣を商っているように思われた。念道は、
「お頼み申す」
 と言って、そのままその屋に入っていった。

(はて。見世棚のある家への托鉢は、屋の内に入ったかな?)
 藤四郎は怪訝な面持ちで後に続いた。

「まあ。念道さま。お久しゅう」
 奥から出てきたのは、四十を少し過ぎたばかりと思われるやや小太りな女だった。地味な小袖姿で、腰の辺りに白い垂れを巻いていた。
「五年になりましょうかな」
「出家したばかりでござりました」
「念道どの。よくお出でくだされた」
 そのとき、侍烏帽子に白の水干、白の袴姿の同じく四十過ぎと思われる人物が、奥からのっそりと現れた。丸い顔で陽に焼けているのか真っ黒である。

「一別以来でござりますな」
 念道が挨拶して、二人に藤四郎を紹介した。
「立派な若武者でござりまするなあ。念道どのが、初めてこの見世を訪れたときのことを思い出しまする」
「まさか。あの頃はお師匠の供をして、小袖も袴もぼろぼろでござりましたぞ」
「でも、目は輝いておりましたよ」
 女が褒めるのを、念道は面映ゆく聞いた。見れば藤四郎も照れくさそうである。

 男は刀鍛冶だった。名を行定という。先祖は行光といい、相州伝を起こした名刀工である。名工五郎正宗の父でもあった。代々この地で相州伝という刀を打ち続けている。打つだけでなく研ぎも行う。男と女は夫婦だった。女の名は香夜といった。

「奥へお出であれ。積もる話もありましょう」
「その姿では、もしやこれから打つところだったのでは。お邪魔ではないかな」
「何の。心気にむらがあって、どうしようかと迷っていたところ。ちょうど良いところでござった」
「はは。では少しお邪魔しましょう」
 そう言って念道は藤四郎を促した。

 托鉢だとばかり思っていた藤四郎は、内心やや面食らっている。念道が親しげなのもそうだが、刀鍛冶と僧侶という組み合わせに奇異な感じを抱いたのだ。
 だが、話を聞いていると念道と刀鍛冶とは若い頃からの知り合いのようである。
(お師匠の若い頃の話を聞くのも悪くない)
 藤四郎は俄然好奇な思いに駆られていた。

 行定の見世(店)は奥が深かった。見世と言うよりも小さな邸を見世に改良したような感じであった。奥の板敷きの間は十畳くらいはあろうか。その奥に居間と思しき部屋があり、さらにその奥が作業場になっているようだ。

 板敷きの間に四人が落ち着いたとき、若い娘が土器(かわらけ)を四つ持って入ってきた。藤色の小袖がよく似合う丸顔のかわいい娘であった。
 娘は土器を四人のもとに置くと、行定の側に座った。
「娘の香織ですじゃ」
「おお。大きゅうなられましたな。すぐには分かりませなんだ」
「わたくしには分かりましたよ。念道さま」
 香織に言われて、念道は剃り上げた頭を掻く真似をした。

「おお、そうだ。忘れるところであったわい」
 気がついたように、念道は傍らの藤四郎を紹介した。
 互いに手を仕えて挨拶の言葉を交わして顔をあげた。
 ふと、藤四郎が気付くと、香織という娘がじっと自分の顔を食い入るように見つめている。
「・・・・何か?」
 問うと、娘は慌てて目をそらした。
「何もござりませぬが、茶を召し上がりませ」
「何よりの馳走」
「冷めぬうちに」
 と、行定は言って、
「今度(こたび)の御用は、刀を引き取りにまいられたかな」
「いかにも。師の形見なれば」
「すぐに取ってまいりましょう。暫時、おくろぎあれ」
 念道の意を確かめると、行定は刀を取りに座を立った。

「先頃、京では賑やかなところに出店を構え、茶を一服一文で売ると聞きましたが」
「鎌倉でもそのような見世が出てまいりましたよ」
「ほう」
「鶴岡八幡宮の入り口で見掛けませんでしたか」
「さて、気がつきませなんだ」
 茶を喫しながら念道と香夜は世間話に花が咲く。

 だが、藤四郎はやや息苦しい思いに駆られている。先ほどから香織がちらちらと視線を向けてくるのである。口を聞こうか聞くまいか、迷っているというよりも、もう少し親しげなものが篭もっているように思われた。

 ややあって、
「お待たせ申した」
 そう言って、行定が一振りの刀を持って入っていた。
 柄を黒糸で巻き、黒塗りの鞘に納めてある。
 念道はその刀を恭しく受け取ると、ゆっくりと刀身を鞘から引き出した。
 刀身がきらりと光って鋭利な姿を現した。

「優れた業物でござるな。我が祖藤三郎行光の名作というに相応しい」
 行定が感に堪えぬというような口調で言った。
「見事な研ぎようでござります」
 念道も惚れ惚れとしたように言う。

「いや・・・・」
 謙遜する行定に、
「五年の間、お預かり頂きお礼の言葉もありませぬ。そのうえ、太刀から打刀への拵えも見事でござる」
 念道は丁寧に礼を述べた。
「それがしもその刀から多くのことを学びました。だが、念道どのがその刀を引き取るということは、何か不穏なことが」

「いやいや。念大御師匠が亡くなってはや三年。拙僧も師が懐かしくなりましてな。幸いに、ここな藤四郎という弟子を得て、師の言葉を思い出しながら兵法を伝授しようと思うております。そのためにこうして参った次第」
「その刀は念道どののもの。どうぞお持ちあれ。研ぎのときにはいつでも・・・・」
「お坊様。わたくしにも兵法を教えてくださりませ」
 行定がみなまで言わぬうちに、突然、香織が大きな声を出した。

「これ。女子(おなご)の身で」
 たしなめる香夜に、
「あら、母様(かあさま)。女が兵法を学んではいけませんの」
 香織が目を丸くしてくってかかる。
「当たり前でしょう」
「わたくしは嫌です。女だから、という理由で兵法を学べないというのは、おかしくありませぬか」
「これ」
「はっはっは。なかなかに気の強い。この前会ったときはかわいい盛りであったが」
「お坊様も女が兵法を学ぶのに反対ですか」
 眉を逆立てて本気で怒りながら言う香織に、
「拙僧は女だからというて反対はせぬよ。だが、我らが暮らす寿福寺は女人禁制でござれば」
 残念そうに念道が言った。

「それでは仕方ありませんね」
 香夜が得たりとばかりに相づちをうった。
「ならばわたくしは男になりまする。男の衣装を着て、烏帽子を着けて参りますゆえ」
「こ、これは!」
「これ。何というお転婆な」
「わたくし決めました。お願いでござります」
 そう言って、香織は深く頭を下げた。

(何という我が儘な女だ)
 藤四郎もあっけにとられていたが、
「やむを得ませぬな。香織どのの熱意に負けました。行定どののお許しがあれば弟子に致しましょう」
「お師匠!」
「行定どの。いかがでござろうか」
「念道どのが引き受けてくれるのならば、それがしに否やはありませぬ」
「お前様」
 行定が二つ返事で了解したのへ、あきれかえったように香夜が言った。
「父様(とうさま)」
 香織はそんな父に抱きつくようにして喜びを表した。
(やれやれ。何事もなければ良いが)
 藤四郎は不安な面持ちで念道と香織を代わる代わる見つめ続けていた。


五 傀儡の術

 五月(陰暦)に入った。夏の日差しはさらにきつくなる。
 結局、藤四郎は托鉢に出ることはなかった。
「香織殿のお守りをするがよい」
 念道に命じられて、念道が托鉢で留守のときは、代わって教えることとなったからである。

 念道は托鉢とは言いながら、托鉢のみをしていたわけではない。鎌倉公方をはじめとする鎌倉の諸大名の動きを、密かに探っていたのである。それは、先日の長福寺での合意に基づくものだが、そのことは藤四郎には話していない。

 さらには草薙剣の行方、楠木正勝の正体、念道の誓書(起請文)の真偽を確認する必要もある。そうしたことを、藤四郎とどう分担しようかと悩んでもいたのである。

 一方の藤四郎は、香織のお守りは不服のようだが、師の命とあっては、渋々従うよりなかった。
 とはいえ、香織の方は大喜びのようで、侍烏帽子に素襖姿という男装束で、毎日のように寿福寺に通ってくる。

 はじめ香織の決意を危ぶんだ念道だったが、近頃では、やや見直す思いで二人を見ている。

 寿福寺は北条政子の創建になる寺である。女人禁制の寺ではなかった。にも係わらず念道があえて、女人禁制でござれば、と言ったのは、香織の決意を試したからである。
 だが、それは念道の誤算だったといわねばならない。考えてみれば、鎌倉の暮らしは香織の方が長いのである。念道の嘘はとっくに見破られていた。にもかかわらず、香織が男装束で通ってくるのは、どうやらその方が楽しいからであろう。

「この頃は素襖姿がよく似合ってきましてな。紅顔の美少年と言うてもよろしゅうござろう」
 長倉源太左衛門が嘆息するほどなのである。
 その言葉を聞くと、念道としても苦笑するしかなかった。

 そんなある日、上杉憲実の家人長尾景四郎と名乗る人物が、寿福寺の念道のもとを訪れた。
 紺地の直垂に侍烏帽子、歳は二十代の半ばくらいであろう。がっしりとした体躯は、弓馬の道に相当の修練を積んだものと思われた。

「我が主よりの口上でござる。明日、酉の刻(午後六時)、巨福呂坂上の邸にお越し願いたいとのこと」
「はて。上杉どのが何故に」
「佐竹左馬頭さまと共に、星宿を見ながら、夕涼みに一献傾けたいとのことでござります」

 南北朝の戦乱が収まった京では、闘茶や立花の会以外に花見、七夕などの名目で、人々が集まっては酒を飲むようになった。正月や戦勝など、かつては特別なときにしか飲まなかったのだが、今日の〈飲み会〉のように、名目をつけて集まっては酒を飲むようになった。いわば娯楽になったといってよく、この風習はすぐに鎌倉にも広まった。

「さようか。佐竹どのと」
「左馬頭さまも、念道どのに是非とも会いたいと申されているとか」
 景四郎の言を聞いて、念道ははたと迷ってしまった。

 佐竹左馬頭すなわち佐竹義人は、上杉家から佐竹家を継いだ人物である。その養子縁組は、鎌倉公方持氏の肝煎りで、念道の父山入上総入道は、最後まで反対し続けた。ついには公方持氏に誅されてしまったほどである。念道が躊躇ったのも当然といえよう。

 その後、佐竹義人は、山入家を継いだ念道の兄祐義と和議を結び、仲良く常陸国の守護を分け合っている。
 ばかりでなく、成人後の佐竹義人の評判は悪くない。分裂した佐竹の家をまとめあげて山入家と和睦し、鎌倉府の評定衆を勤めあげ、
 ――佐竹の殿はなかなかの人物よ。
 という、鎌倉務めの大名たちの評を得ていた。

 そのうえ、諸大名の強い薦めで、関東管領に、と押す声もあって、持氏もいっときその気になったことがある。佐竹家に養子に入ったとはいえ、実家は山内流上杉家なのである。そして、そのとき山内流上杉家を継いだばかりの憲実はわずか七歳だった。

 だが、義人は固くそれを辞退した。
 ――それがしは佐竹の惣領でござれば。
 と言って、憲実の補佐に徹したのである。

(かほどの人物ゆえ、一介の坊主をだまし討ちするとも思えぬ。一度はゆるりと話してみたかったお方でもある。そのうえ、憲実どのもいっしょならば)
 念道は決心した。

「あい分かりました。明日、お申し越しの時刻に巨福呂坂上をお訪ね申しましょう。憲実どのにはよしなにお伝えくだされ」
 と告げると、
「ありがとう存じまする」
 景四郎は丁寧に辞儀をして帰って行った。

「念道どの。大事あるまいか」
 さすがに事情を知るだけに、長倉源太左衛門は心配げである。
 藤四郎と香織は事情が分からずに、源太左衛門の心配を不審に思っている風情である。「長倉どの。大事ありますまい」
 念道は源太左衛門の杞憂を払拭するように高らかな笑い声をあげた。

 翌日――。
 寿福寺を出たのが申の刻(午後四時)だった。日が西に傾き、そろそろあかね色に染まろうかという頃である。
 巨福呂坂上に向かって歩を進める念道の背に、
「念道どの」
 という、聞き覚えのある甲高い声が響いた。
 だが、咄嗟には思い出せない。声の質といい、殺気の無さといい敵ではなさそうである。

「はて・・・・?」
 念道が振り替えると、白の直垂に黒の野袴を着た男が一人のそりと立っていた。茶筅の髷に烏帽子を被っていない。
 ――楠木どの。
 と声に出そうとするのを、正勝が手で遮った。

「そのまま、そのまま」
 正勝はにこやかな笑みを浮かべて念道のもとに寄ってきた。邪気のない笑顔であった。「しばらくぶりでござりますなあ。町中ゆえ、身がことは虚堂とお呼びくだされ」
「やはり、鎌倉に来てござったか」
 そのとき念道は軒猿の言葉を思い出していた。

「積もる話もあれば、暫時よろしいか」
 正勝の言に念道は黙って顎を引いた。良い機会である。念道も正勝の正体を知りたい思いがある。
 念道の所作に、にっと笑って正勝は、先に立って歩き出した。

 正勝に従って大路をしばらく行くと、右手の路地に入った。そこには小さな無人の念仏堂があって、正勝はその念仏堂の扉を押して中へ入った。
 念道も後に続く。
「ここなら誰にも聞かれますまい」
 そう言って、板敷きの床に腰を下ろすと、念道にも座るように促した。

 しばらく二人は無言であった。互いに相手の目を見つめあったままである。目の光、動きから腹を探るような感じであった。
 堂の中は不気味なほど静かである。まるで、この堂そのものが海中の中にあるような錯覚を覚えた。

 ややあて、正勝が静かに口を開いた。厳かな口調であった。
「巨福呂坂上の関東管領どののもとへ参られるか」
「いかにも」
「佐竹左馬頭どのに会われるか」
「しかり」
「内密とか」
「・・・・」
「好機ではござらぬか」
「好機・・・・はて?」
「いかにも。巨福呂坂上の別邸となれば、警護の人数も少なかろうと存ずる。念道どのの腕を持ってすれば」
「戯れ言を」
「ではござらぬ。関東管領どのと佐竹どのは京と鎌倉の衝突を邪魔する方々。そのお二人が亡くなれば・・・・」
「みなまで申されるな。拙僧は坊主でござるぞ」
「我ら南朝には、味方になる大名は北畠どのお一人のみ。いかにも兵の数が少のうござる」
「待たれよ」
 念道は正勝の言葉を遮った。

「楠木正勝どのは、南朝再興を諦め、暮露の総帥虚無(こむ)道人として諸国を流離ったと聞き及んだ。何故にこなたが楠木正勝どのの名を騙られる」
「やつがれは、その楠木正勝の嫡男」
「なに!」
「すなわち二代目の楠木正勝。そして虚無道人の後継虚堂でもある」
「なんと・・・・」
「驚かれたか。わが父虚無は、尺八一本を抱いて諸国を流離い、不遇のうちに亡くなった」
「待たれよ。虚無どのとわが師念大慈恩は、かつて出会ったことがある。そのとき、虚無どのは世の無常を知り、弱気を助け強気を挫く義侠の道に生きると申されたとか。南朝再興などという途方もない夢物語で、再び乱世に導くことは許されぬ」
「はっはっは。まるで五山の禅僧のような戯れを言うことかな。確かにわが父は、暮露の総帥虚無として義侠に生き、多くの凡下を救った。だが、その最後はどうか」

 正勝は声を張り上げた。そして、遠くを見るような目をして、
「ひっそりと誰にも看取られず、独り野垂れ死んだ。我は実の父の情も得られず、楠木正勝の子とも知らされず、人の目に触れぬようにひっそりと育てられた」
 そこまで言って正勝は、突然、言葉を改めた。
「この身の不運がご坊に分かるか」

 正勝の激しさに念道がたじろいだとき、 
「我らが北朝に戦いを挑むためには、手だてを選んではおられぬ。暗殺もまた謀の一つ」 有無を言わせぬ気迫が込められていた。

「待て」
 念道はかろうじて正勝の言葉を押し戻した。
「近頃、京、鎌倉ともに静謐。さりながら、静かな湖面も投じた一石で細波が立ちましょう。その細波がやがては大波に」
「ま、待て・・・・」
「細波から大波への策は、この正勝が胸の中に」
 念道は眠気とも酔いとも知れぬ不思議な気分に陥っていた。

 楠木正勝の言葉が、はじめの嫌悪感が薄れて静かに胸に沁みてくる。もしかしたら、そのようなことになるかも知れない。拒否感がなくなり、そのために己の腕が役に立つならば暗殺も良いのではないか、と思ったとき。
「む・・・・!」
 念道は気を丹田に集中した。
(いかん。これは傀儡の術)
 傀儡の術とは、今日で言う催眠術のことである。この時代は幻術の一種だった。

「お断り申す。暗殺は兵法仁のやることではない」
 気を奮い起こすように一声叫ぶと、念道はそのまま念仏堂を逃げるように外へ出た。
(恐るべき男。幻術も操るか)
 正勝に対して、いっそう警戒の念が強くした。
「惜しい。実に惜しい」
 念道は背に聞こえる正勝の言葉を忌々しく聞いた。
(続く)







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