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ときは本能寺 愛宕九十九韻 (前編)(無料公開)
[【時代小説発掘】]
2015年4月19日 10時59分の記事


【時代小説発掘】
ときは本能寺 愛宕九十九韻 (前編)
斎藤 周吾


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


【梗概】:

ときは今 あめがしたしる 五月かな

明智光秀が本能寺を攻める時に、愛宕神社の連歌の会で愛宕百韻を詠んだという、誰も が知っている発句である。
この愛宕百韻を有名にしたのが連歌師の里村紹巴であった。
この、愛宕百韻に、紹巴は宗匠として出席した。
一芥の連歌師が天下の大乱に与する筈がないが、知らぬ間に、与させられていた。
連歌会で、東秀隆という、明智光秀の若い重臣と連衆(同席)になった。

 
後編である、『敵は信長か』は、4ヶ月後の8月16日に掲載の予定です。
雑草の紹巴は、本能寺の変で、チャンス到来と沸き立った。
だが、山崎合戦後、紹巴を敬愛する東秀隆によって、紹巴は危機に陥る。

  
この作品中における連歌の式目(仕来り)は、敬愛大学生涯学習講座講師、太陽の舟短 歌会企画部長、池上本門寺池上会館連歌会主管である、三木勝氏から多くの示唆を得た。
ここに、改めて御礼申し上げる次第です。


【プロフィール】:
斎藤周吾 (さいとうしゅうご)
受賞歴
 平成20年8月、日本文学館『最後の家康』で、短編部門の審査員特別賞。
 平成20年1月、(財)斎藤茂吉記念館にて、『短歌部門』で、川嶋清一選で佳作。


これまでの作品:
女帝物語−わが子に
血染めの染雪吉野桜
遙かなるミッドウェー『父からの手紙』前編
遙かなるミッドウェー『父からの手紙』後編
惟正、請益僧円仁に従い入唐求法の旅
随筆 うつけ信長、弱者の戦略
黒田官兵衛物語 六尺四方の暗い地下牢に藤の花が咲く女帝物語−褥の思い出(前編)
女帝物語−褥の思い出(後編)
絶唱の最上川



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【時代小説発掘】
ときは本能寺 愛宕九十九韻 (前編)
斎藤 周吾



(一) 愛宕山にて

 梅雨(つゆ)半ば、西暦1582年6月18日、天正十年五月二十八日である。
 戦国の世の連歌師、里村紹巴(さとむらじょうは)は、明智惟任日向守光秀の主城である、丹波亀山城を訪れた。
 亀山城主の明智光秀が、本能寺の変で織田信長を討つ、三日前の事であった。
 
 紹巴は、丹波亀山城下の一隅にある茶屋に腰掛け、空を見上げている。淡い瑠璃色の空を蚕食するかのように、梅雨半ばの厚い白雲が流れる。雲の下には亀山城が聳える。
 亀山城は、安土城の七層の天守閣をはばかり、三層の天守閣にしたというが、壮麗な天守閣は、綿雲を串刺しするかのような覇気がある。
 その迫り来る偉容は、紹巴には、安土城をしのぐようにさえ思える。
 
 明智光秀は浪々の身から身を起こし、織田家に仕えた。
 光秀は丹波と南近江を任されている。僅か一〇年の間に押しも押されもせぬ、一敵国の如き、国持ちの大大名となった。京という天下の枢要の地を明智光秀が盤石に持ちこたえたから、四面楚歌の信長は各地に転戦し得た。信長は全く新しい軍団制を布き、各方面の武将に大幅な裁量権を与えたのも功を奏し、版図を拡大した。信長の天下取りに最も貢献したのが、自他共に認める明智光秀である。近畿管領になったのも当然であった。亀山城は主人の勢威に溢れ、そびえ立っている。
 反面の里村紹巴は貧家に生まれ、十三歳の時に父が没し、大和の禅寺である、南都興福寺明王院の喝食(かっしき、稚児)となった。
 幼い時のガキ大将は、禅寺では、生意気だと言って兄弟子達にいじめられた。
 好きでもない禅の厳しい修行に、少年は夜ごと、寝る枕を涙で濡らした。
 明日の命さえ分からぬ戦国の世である。どうせ短い一生なら、己の好きな道に夢を追って死にたいと思い立ち、寺を訪れた連歌師の周桂に追いすがり、強引に弟子入りをした。 連歌を生業とするには容易でない。あれから四十有余年、諸国を流浪して未だ落ちつく先がない。人間五十年の時代、いたずらに馬齢を重ね、もう、五十七歳にもなっていた。
 連歌師に宗祇(そうぎ)がいる。紹巴の生まれる二十三年前に亡くなった、偉大な先達である。
 宗祇の時代は応仁の乱の前後であった。京を下り、乱れた諸国を流浪して歌を作った。 革命児信長の時代になると、天下統一の道具として、広くできる茶の湯がもてはやされた。
 茶の湯の千宗易(利休)は、信長の将来性を見抜き、早くから信長に仕えた。茶頭として信長に重要され、帷幕の内に招かれ、まつりごとの枢要に携わった。
 反面の連歌は、信長に歌詠む興味はなく、連歌など大宮人の暇つぶし、と言って顧みない。
 紹巴が天下の安土城を訪れても、信長に目通りが叶わない所か、門前払いを食うのが常だった。
「連歌や和歌に理解のない信長公だから、平気で比叡山の焼き討ちができるのだ」
 信長の世では、連歌師が茶の湯の茶頭と同等である歌堂に入る事など、夢のまた夢である。
 安土城本丸を野良犬のように追われた紹巴は、そう言って遠吠えするしかなかった。
 
 だが紹巴はこの年になり、ようやく出来星大名の知遇を得た。信長は駄目でも、力をつけた家臣が台頭し、光秀等と共に、連歌に興味を示し始めたのだ。その男は、海のものとも山のものともつかぬ、紹巴より遙かに下の土民から身を起こしたくだらない者だ。連歌の会でも、下手の横好きで、幽玄とはほど遠い駄句を詠む。安土城内にも屋敷を構える男で、悄然と本丸を出る紹巴に声をかけてきたのだ。こんな男に頼らざるを得ない己が情けない。
 下々の出自の男は、苗字など持たない。人にへつらう事しか能のない男だ。武将の末席に漸く連なったので、丹羽長秀と柴田勝家の優れた上役から一字を貰い、羽柴と名乗った。
 猿真似の剽軽男と莫迦にしている秀吉の言伝を携え、紹巴は亀山城を訪れたのだった。(良鳥は止まり木を選ぶとある。それなのに、わしの寄るべき木は、サルすべりか……) 願わくは、秀吉より、連歌に深い理解のある、出世頭の明智光秀殿の知遇を得たい。
 良き目利きに恵まれなかった根なし草の紹巴は、今をときめく光秀の三層天守閣をため息混じりに見上げ、
「願わくは、日向守殿のような、太守になりたいものよのう……」
 剃髪した黒衣姿の紹巴は、茶屋の縁台に座り、大碗に並々と入ったぬるい茶を一気に飲んでつぶやくのだった。
「これ、日向守様はいずれへ出陣の噂かのう。この梅雨の時期、ご苦労な事だ」
 紹巴は、茶屋の娘に、あくまでも何気ない風に聞いた。城下は、出陣前の慌ただしさに溢れている。光秀に会う前、巷の噂を聞こうと思った。
「はい……」
 だが娘は、答えてはくれない。紹巴を、様子を探りに来た敵方の間者と疑ったのかも知れない。
 紹巴は仕方なく、茶をもう一服所望した。親しくなってから聞こうと思ったのだ。
 娘は今度、熱い濃茶の入った茶碗を回してあしらう桔梗の花柄を紹巴に向け、震える手で差し出した。亀山城下の者は、このような小娘までが茶の湯の心得を知っているのだ。「結構なお点前だ……」
 紹巴は、美しい娘の手の甲に、いたく感心してそっと乗せていた。
「ひぇーっ」
 娘は、驚いて手を引いた。
「むむ……」
 どうした弾みか、娘の持つ茶碗が飛び跳ね、紹巴の剃髪した頭に熱い湯が被った。
「すみません」
 娘は前だれで、慌てて紹巴の顔を拭いた。
「安心するがよい。わしは、娘をさらう大江山の鬼ではない。鬼瓦じゃ」
「きゃあ!」
 紹巴はそう言って娘を慰めたつもりが、紹巴の顔は容貌魁偉で人を食った能面顔だ。娘はまるで悪鬼にでも遭ったごとく驚き、尻餅をついた。
「このお方は、諸国を経巡る風流人ですよ」
 紹巴の一番弟子の心前が、笑いながら師匠をかばう。それでも娘は、近づこうとはしない。
「へへっ、何かご用で」
 奥から、ただならぬ気配を感じた茶屋の主人が、飛び出して来た。
「娘がとんだ粗相をしでかしてすんまへんどすなあ。今日から店に出した娘どす。その件どしたら、出雲、伯耆、石見、備中表、はたまた四国かと飛び交うていますが、さる筋のお偉方によれば、備中表というのが専らの噂のようで、御出陣は来月の二日朝のようどす。へい」
 と主人は頭を下げたが、どう見ても、今日から働き出した娘のようには見えない。
「さようか…… 備中表なれば平地が多い。馬の売り買いが多いのも、うなずける」
 鬼瓦は、消沈してうなずいていた。紹巴が言うと、馬買いより、人買いの響きがある。
 紹巴は茶屋をでて、思案顔で城内に向かって歩き出した。
「どけ……、どけと言うのが、分からぬのか!」
 振り向くと、何やら後ろで叫ぶ声がする。
「おお!」
 紹巴を、早馬の蹄(ひづめ)が蹴飛ばしていた。
「師匠、おけがは」
 心前が、師に声をかけて抱き起こした。
「わしは禅寺で、これ以上の酷い仕打ちを受けて修行した。大丈夫だ。それよりお婆さんは……」
 紹巴は左足の激痛をこらえながら、言った。
 紹巴は、たまたま側を通った老婆を助けようとしてとっさに走り寄り、馬の蹄にかけられた。
 老婆はうずくまったまま動かない。どうやら目が見えないようだ。
 紹巴は剣術の心得があるが、老婆をかばったので僅かに遅れ、二人で倒れていた。
「若い時なら老婆をかばい、悠々と馬を避けられた。年はとりたくないものだ……」
 思う以上に足腰の弱った紹巴は、馬を見送りながら呟いた。
「師匠、大丈夫ですか」
 いつまでも起き上がらない紹巴に、心前は案ずる。
「できたぞ、心前」
  【馬と茶や かくもせわしき 亀の山】
 紹巴は、発句(ほっく)を詠んで、今から行く亀山城を見上げた。
「よりによって、何も、こんな時に」
 心前は師の裾の埃を払い、側に転がる麻の頭巾の埃をはたきながら呆れた。
 紹巴は、小さな置頭巾を坊主頭に被った。まだ、茶の返り湯の跡がひりひり痛む。
「お坊様に助けていただき、ありがとうございました。この御恩は冥途に行っても忘れませぬ」
 老婆は紹巴に、深々と手を合わせた。
「なあに、これも仏縁じゃ」
 禅宗の小坊主だった紹巴は、そう言って、目の見えない老婆に手を振った。
 老婆は童子に手を取られ、何度も振り返り、頭を垂れて去った。
「わしは生まれてこの方、初めて会った人にこれほどの礼を言われた事はない。地獄で仏に会ったように喜んで去った。人助けとは嬉しいものだ。だが、お婆さんの目が見えぬとは悲しいのう」
 紹巴は、老婆の目が見えて己の顔を見たら、腰を脱かしただろうと思い、心前を振り返った。
「人の顔など、三日見れば慣れまする」
 愛弟子は師匠を、褒めているに違いない。紹巴はため息をつくのみであった。
 
「おお、里村殿。長く待たせて申し訳ない。久しぶりじゃのう、よくぞ参られた」
 光秀が、散々待たせたのを、申し訳なげに額を叩きながら、現れた。
 紹巴は、光秀とは、方々の連歌の会で同座している。
 此度の西国出陣につき、武運長久祈願の為と称し、急に、亀山城に招かれたのだ。
 紹巴を威圧する光秀の鋭い目は、以前のままだ。むしろ貫禄が増している。
(日向守様の頭は見事だ……)
 既に日が落ちようとしているのに、金貨のように光り輝く、はげあがった頭であった。 一段と威厳の増した笑顔だが、その目には、なぜか、微かな曇りがある。
「それがしは仕事がら、諸国を経巡っていますが、日向守様の城下の民は、まるで天下様のお膝元のように、来るたびに誇りと活気が増しておりますなあ」
 城下の一隅の茶屋の娘ですら、茶の湯の作法を知っている。道を横切る犬猫も、儒教の礼を知っているかのようだ。早馬以外は。
 反面、秀吉の陣などは、秀吉一人がはしゃいでいるだけで、秀吉に心服している武将など誰もいない。野良犬の集まりだ。愛嬌のない紹巴には、秀吉のはしゃぎようは、むしろ辟易する。
「わしの力など微々たるものだ。活気の元は安土城に居られる上様じゃ。安土城を造って人々の目を見張らせ、茶の湯で人の心を捕らえ、幸若舞を舞って一期の夢に邁進しておられる。これも全て、天下布武という夢を我等に見させ続けておられるからだ」
 信長という型破りな英雄が出現した。天下布武を潰そうとする敵も増えるが、信長の許には梁山泊のように、天下の英雄豪傑も雲集する。あれよあれよという間に、天下取りがもう目前だ。
 攻めの信長は、諸大名の誰もが言う事を憚る、天下布武の夢を英雄豪傑に与え続けているのだ。
「明智様御自身も、その、夢を追っておられるのでございますか……」
「……」
 光秀の目は不思議そうに紹巴を見つめている。決まり切った事を言うなという目のようだ。
 光秀には気の毒なほど、信長に嫉妬嘲弄される天下人の香気がある。光秀殿と信長公が並ぶと、光秀公と信長殿と言いたいほど、公と殿があべこべに感じる。
 紹巴は光秀を、あたかも傾国美人の西施を見つめるような己に、おののいた。
 光秀は、旧主足利義昭の性癖を知り尽くし、義昭の野望を悉く粉砕した功績が最も大きい。信長ですら光秀に一目を置き、光秀を士として遇している。光秀が織田家中に居ると、自他共に認める、義昭の将軍代となるような重きをなしていた。
 明国から大量の明銭が入ると貨幣経済が興隆し、市場化する。旧態依然たる室町幕府では統制ができなくなる。革命児信長は貨幣経済を逆手にとり、楽市楽座、兵農分離を大胆に推し進めた。
 信長のとった政策は、近江商人の近江を支配した明智光秀の進言である。連歌と茶の湯が急速に広まったのも、世の、行きすぎた争いの懐疑からだが、光秀の、時流に乗った発案であった。
「これほど広まったのも、上様が大胆に推し進めたからよ。内向きの連歌は深すぎて興味を示さず、茶の湯なら、茶碗のごとく思うように造り変えようと励んだ真摯さよ」
 と秀吉は語るが、貨幣経済に余りにも純化した安土桃山時代の末期がどうなったかは、歴史が示すところである。
「ところで日向守様、これは、羽柴筑前守秀吉様からの御進物にございます」
 紹巴は、預かってきた進物を、ようやく差し出した。
 先ほどより、光秀の目が、ちらりちらりと落ちつかぬげに進物を見ていたのだ。
 光秀は、美濃国守護の名族である土岐氏の一族。土民の秀吉など、光秀から見ると足下にも及ばない。それが此度、秀吉の後詰めを命じられていた。紹巴は秀吉に、明智殿は誇り高く決断力に富む。格下の秀吉に従うのであれば、明智殿はさぞ気落ちしているだろうから、お慰め申しあげよ、と秀吉から言われて亀山城に参上していた。
 光秀の懐具合を探ろうと、差し出す時を引き延ばしたわけではないが、光秀の台所事情が逼迫しているのを感じた紹巴である。城という外観の装いに金を使い果たし、内実は苦しいのだろう。
「半年前、筑前守殿は何千人もの者に進物を持たせ、安土城を登って上様に献上した。城中の御末にまでも気の配りようであった。それに此度といい、何と大度なお方か」
 どうやってこれだけの富を集められるのだ。秀吉は打ち出の小槌でも持っているのかという驚きの顔ではなく、商人をたぶらかして金集めの巧さで信長公に取り入った成り上がり者の猿め、と言う光秀の顰蹙顔であった。
 山出しの秀吉のやりそうな事だ。安土城に進物したごとく、表は大きく見せているが、中身は石ころ程度であろう、と紹巴も思う。小賢しさを憎めない所もまた、猿の特技かも知れない。
 それなのに、背に腹は替えられないのか、垂涎して進物を受け取る光秀である。
「おっ」
 光秀は、中身をほどき、小さく驚きの声をあげた。
 紹巴も初めて見たが、包み紙は質素だが、意に反し、中身は黄金だ。中身が金だというのは、持った重さから直ぐに分かる。石のように見せるには、包みを大きくする必要があったのだ。
(猿めに、してやられた)
 秀吉と主従関係のない紹巴は、黄金と分かれば持ち逃げする事もあると疑い、偽装したに違いない。だが、黄金を無事に運んで来たのだから、信義に篤いと言ってわしに仕えぬかと光秀殿は誘うかも知れない、と頭を切り換えた。
 だが、
「敵の毛利家は十一か国の太守である。先手である羽柴殿の後詰めは戦陣の習い。上様は直々に御出陣なさり、此度は、毛利と備中高梁川辺りで雌雄を決するおつもりであろう。わしは上様に従って出陣するのに、先手の羽柴殿に気遣われるのは、むしろ心外だ。川殿からは、安土での饗応の礼だと言って進物が届いた。今日は羽柴殿か」
 光秀は、秀吉や家康の進物に礼を言うより、むしろ、誇りを傷つけられたように言った。
 間違いなく黄金を届けた紹巴を、何が狙いかと疑うように見つめる光秀であった。
「毛利の猛将吉川元春に、自ら背後の橋を落として攻められると、羽柴殿は逃げました。筑前守様は戦下手な野戦を避け、敵城の兵糧攻めや、城の内応者を募り、武士としての恥を忍んでようやく勝っています。此度も、強敵の毛利家と真っ向勝負では敵わず、備中高松城を水攻めにしていますが、堅くて落ちる気配が全くありませぬ。それで、武勇優れる日向守様の後詰めをお待ち致しているのでございます」
 紹巴は、言った。
「民百姓を集め、城攻めに堤を築いたりするのは成り上がった羽柴殿らしい、なりふり構わぬ所業だ。名だたる武将達は土嚢担ぎの百姓仕事をさせられ、不満で士気が上がらぬのであろう」
 光秀の目は陰に屈折しながら、殊更、穏やかに輝く眼奥で紹巴を睨んだ。
「右府様は来月の五日、安土から数千の軍勢を引き連れて本能寺に入られる予定でしたが、明日の二十九日、右府様は百余の供回りだけで本能寺に入られます。公卿衆と茶の数奇者を招き、茶会を開く為、早めに参るそうでございます。五日まで本能寺に泊まって軍勢を待ち、翌日、堺に立ち寄り、四国征伐に渡海する織田信孝様の陣を見回り、その後、備中に出陣するとの噂でございます」
 紹巴はそこまで言ったが、光秀はあらぬ空を見つめたままだ。既に知っているのだろう。
 そこで紹巴は、更に続けなければならなかった。
「本能寺は周りに遮蔽物が少なく、大軍で囲みやすい。しかも堀が浅い。京の界隈には日向守様しかおりませぬ。手薄な右府様をお守りできるお方は、近畿管領職にあられる日向守様のみでございます。上洛する右府様の守りを呉々もお頼み申す、との事にございます」
 紹巴は昨日、秀吉から商家の一室に呼び出され、
「明日、愛宕神社で明智殿が連歌の張行をするのであれば、帝禹の器量を持たれる明智殿に進物を届けて欲しい。本来は、わし自ら出むいて明智殿に頼むのが筋だ。だが、忍びで京に来ている事が上様にばれたら、備中はどうしたと大目玉を食らうでな」
 紹巴は秀吉に、光秀殿と話が弾んだら必ず言葉を違えずこの事を申せ、と念を押された一件であった。秀吉に銀の袱紗袋を握らせて頼まれたのだ。
「なるほど。わしは、本能寺に上様がお泊まりになられる事は、昼前の早馬で知った。世事に通じる羽柴殿から一体、何を命じられたのだ」
 光秀の目が光り、蛇のような目で紹巴を睨んだ。
 早馬とはもしや、己を蹴ったあの使いか。わしとの謁見をだいぶ待たせたのは、突然、早馬が来たからか。
「あっ!」
 秀吉は、本能寺襲撃を、光秀にけしかけているともとれる。
 紹巴の陽に焼けた鬼瓦の顔が、一瞬、蒼白になった。
 毛利の大軍を目前にして為す術のない猿は、水攻めという姑息な手立てで、さも戦をしているように取り繕っているのだ。秀吉は、毛利に内通していると信長公から逆に疑われている。秀吉が莫大な進物を安土城に届けたのは、疑いをはらす為だった。信長公の炯眼は猿の本心を見破っている筈だが、猿知恵で尻尾を捕まえられないだけだ。
 信長公が備中に着陣して毛利を破ると、秀吉は軍権を奪われて追放される。それとも、未だ織田になびかぬ、九州の僻地にでも追いやられる公算が大きい。
(うかつであった。物でしか人の心をつかめぬ窮猿め、我を銀一袋で、はめおったか)
 織田家の出世頭の日向守様だが、女房狩りをしている秀吉とは違い、生活は質素で妻一人を大事に守る。そのようなお方に、謀反を起こす気などはない。近畿管領職明智光秀の支配する京の本能寺に寡兵で泊まるほど信長公の信頼が篤いのだ。逆に、光秀殿によって、今言った事を秀吉謀反と信長に訴えられれば、紹巴は拷問にかけられて殺される。さしもの鬼瓦の顔から、血の気が失せた。
「どうやら羽柴殿は、上様第一とお思いのようだ」
 やがて、光秀は苦笑した。
(そうだろう。あの、信長公の尻にくっつき回るだけが能の猿め、そんな大それた事を考える筈がない。あくまで信長公の護衛と出陣への気配りだ)
 紹巴は、光秀の言葉に安堵した。
「臨江斎殿、ここに来た一番の企みは、これであろう……」
 暫く後、光秀は、紹巴の連歌の雅号を言い、左の掌に右手で、歌を書く仕草に見せて笑った。
「おお……」
 一時、肝を冷やした紹巴であったが、思わず膝を叩いたのであった。
 明日は戦場(いくさば)で死ぬ身の戦国の世で、連歌の会は、一期一会の名残である。
 愛宕神社は、亀山城より保津川を渡り、北東の山を登る。二里ほどある。
 亀山城から愛宕までの往復が半日、連歌会に半日、都合一日も潰すのである。常在戦場の武士にとって、出陣だからと言ってそれほど忙しいものではないのだろう。まして、秀吉殿の後詰めだから気楽なのかも知れない。
 大和の三輪山(みわやま)を神(みわ)と言うように、古来、山の形(なり)が弧状に優しくうねるのを神奈備山(かんなび)と言って、山自体を御神体として祭ってきた。
 愛宕神社は、愛宕山そのものを祭る、由緒の古い神社であった。
「古来、神山の麓に宮を造る者は、天下を治める器量の持ち主と言いますようで……」
 紹巴は、光秀が神山である愛宕山の麓に城を築いた、その事を讃えていた。
 八雲山麓に宮を造った大国主命(おおくにぬしのみこと)。大和の三輪山麓にある、邪馬台国の女王卑弥呼の王宮。大和三山に囲まれる、歴代の大和王朝がある。
 福島市の国指定である縄文期の宮畑遺跡『じょうもぴあ』は、天神山山麓に巨大な塔か櫓を建てた柱穴跡群がある。山麓に築造する考えは、遠く、縄文時代にまで遡る事を物語るものである。
 更に時代が下ると、修験道や密教道場は、神奈備山そのものの山中に設けた。
「…… わしは知らなかった。里村殿は、たいした学がおありだ」
 何気なく言った紹巴だが、光秀から陰惨な目でにらまれた。
 むしろ、非難されたと思った紹巴は、
「古代王朝の『気』を引き継ぐ大和兵は、五畿内では最弱だが、学問は盛んです。祭神である神奈備山の事は、大和では誰もが知っています。何年か前、安土城で行われた連歌の座で、誰だったか、
  【ひもろぎの 愛宕の山の 頂きに】
 と長句を作ったのが居ました。神がおりる愛宕の山の頂に立ったので霊験を下さい、と作句したのであろうが、右府様が後で内雲の懐紙(ふところがみ)をご覧になり、愛宕山の麓に城を築くとは、途方もなく気宇壮大な光秀よ、と呟きましたそうです」
 と紹巴は言った。
「何、上様が、か。連歌には疎い上様が言ったのか」
 光秀の顔が、微かに曇った。
「右府様は連歌に疎いからこそ、連歌は韜晦(めくらまし)、逆意、即興早出しの芸とは知らず、歌そのものに眉根を寄せたのでしょう」
 紹巴は、連歌の式目(しきたり)を羅列して気遣った。
 
 愛宕神社の総門を潜ると間もなく、左側に今日の連歌を行う、西の坊威徳院がある。
 備中に出陣する光秀はまず、参詣の主目的である戦勝祈願に、勝軍地蔵菩薩に祈った。 神仏習合の時代である。神社に仏像を祭る起源は、紹巴の居た南都興福寺から始まる。 光秀は、おみくじ箱の、みくじを引いた。
「またも凶か……」
 再び引けば穢れる、と言って二度引く事は禁忌である。それを三度も引いて凶であった。
 霊験あらたかな、愛宕神社の祭神のお告げである。
「何がそう、苦しいのでございますか……」
 紹巴は言った。
「いや、みくじ箱にある百本の棒の内、七割は吉の棒が入っているという。しかしここは逆に、吉が三割しか入っていないのではないのか。沢山の吉棒を入れておいた方が、ここを訪れる信者が増えると言うものだ。それを確かめようと思って引いたまでだ……」
「それがしも引いてみましょう…… おお、此度の備中出陣は大吉とでましたぞ」
 紹巴は、得意げに言った。
「わしは、神仏は尊んでも、神仏の加護は頼まん」
 光秀は憤然と言い、その場を去ったのであった。
 
 連歌の席に同座する連衆(れんじゅ)は八人である。共に会食したが、酒をたしなまぬ光秀である。食事は直ぐに終わった。大酒飲みの紹巴は、名残惜しげに席を立った。
 日の長い夏とはいえ、辺りはもう暗い。
「連歌と盗人は夜が良いとある。星を眺めながらひねるのも一興じゃな」
 光秀は微笑した。
 連歌会を催す大広間に行く途中、廊下で、
「里村様、先刻は母を助けて頂き、ありがとうございました」
 今日の連歌会に連なる、東六郎兵衛秀隆という光秀の家来が、紹巴に頭をさげた。
 南近江の六角氏が織田信長に滅ぼされた後、光秀に主換えをした男だ。三十代であろうか、若い武士であった。
「はて?」
 礼を言われる覚えのない紹巴は、首をひねった。
 紹巴が聞くと、先刻の老婆は東秀隆の母で、童子は息子であった。
 六角氏の残党が出没し、今も織田家、すなわち光秀を悩ませている。
 光秀は気にしないが、東秀隆は六角の一味と疑われて肩身が狭い。先日、長らく病んでいた妻が病没した。息子は武士になりたいと言って、南近江から祖母と訪ねて来たと言う。暗がりの道や夜になると盗賊や人さらいが横行する世だ。光秀への進物を持つ紹巴は、用心棒を二十人もかき集めて亀山城に来ている。それなのに、非力な二人だけで、よくぞここまできたものだ。
 
 連歌会の床の間には、戦勝祈願として、歌の神である天神が掛けてある。
 連歌の会を取り仕切る宗匠の紹巴は、本来なら床の間を背にして座るが、主座は光秀に譲り、光秀の対座に座った。光秀の右脇には文机を置き、書き記す執筆(しゅひつ)が座る。
 紹巴の両脇には六人の連衆が座った。東秀隆もその内の一人である。
 連歌の初めは、亭主の光秀がまず、最初の句である、五七五の発句を詠ずる。
 発句における独立自尊の気風が、これから行う連歌の出発と展開する気品・気概・品格・気位を示す。この発句の成否によって、百韻と言われる、後に続く九十九句、和歌に組むと五十首の方向が定まる。
「四年前、羽柴殿が備中に出陣するおり、そなたの邸宅で千句の連歌会を張行したと言うが、羽柴殿は、どのような発句を披露したのか」
 先ほどより、もの思いにふけり始めた光秀が、慎重を期したのか、紹巴に問う。
 なかなか、発句が出ないのか。いや、浮かんでも、どれにしようかと迷っているのだろうか。
 それとも、孕み句と言って、前もって作っていたと忌諱されるのを避けようとして、誇り高い才人らしく、即興で作ろうと、紹巴に尋ねたのかも知れない。
「羽柴様の武運長久を願った千句連歌の為、拙宅ではなく、あの日の為に借りた家でございます」
 秀吉の勝軍祈祷の為、初めから内雲の高級懐紙を使い、執筆に書き留めさせていた。
 光秀も戦勝祈願の連歌会なので内雲を使うと思ったが、質素な無地の懐紙を使っている。だが紹巴は、そこまでは言わず、
  【ときはきも 褐色見する 若葉かな】
 でございます、と言った。
 きもとは、胆力か重大の意味だろうか。それとも思案投首と言うのであろうか。戦は、青い若葉が褐色に変わるのと同じほど、胆が縮むと嘆いたのであろうが、連歌は韜晦の芸であり、名句には必ず深意と逆意がある。出陣を前にして、胆を引き締めて、若葉が褐色になるほど奮戦するという気構えを詠んだのだろう。
 連歌は、後世に残そうと気張る和歌集ではなく、社交の遊びである。句の深さより早出しが尊ばれる。生命を懸けた戦国の世は、己以外は信じられない時代である。軽々しく信じると欺かれる世である。謹厳な光秀でさえ、武士の武略とは嘘と騙しであると言ってはばからない。それが、早出しをする事は、肚の内を相手に見せる事でもある。いつ敵になるか分からぬ戦国の世で、いわば、お互いの肚の内を探りあう、見えざる戦いが連歌でもある。また、戦陣を共にする相手の気心を知っておくのも、戦の呼吸を合わすのに重要である。だから表の意味より、隠れた意味が尊く、ひねりの技を競う。茶の湯より更に深く交わる、高尚な社交の道具なのである。
 直ぐに出せるのは、二心がないという証でもある。それ故にこそ、早出しこそが尊ばれる。
 光秀が、七癖の一つである、はげあがった額の白毫(びゃくごう)辺りをぽんぽんと叩いた。
  【ときは今 あめが下しる 五月かな】
 と作句した。
 書き記す執筆は、句の下に、作者を光秀と書かず、雅号の咲庵(しょうあん)と記した。
「おっ……」
 光秀が二度詠ずると、皆は、思わず顔を見合った。
 発句には必ず季語が入る。五月という季語を表したが、今宵は闇夜で満天の星空である。それなのに雨が降るとは、どういう意味であろうか。単に梅雨の候をひねったのか。
 連歌をやらない信長公でさえ、陰で、こそこそやる者は、謀反、裏切りかと疑う。いけしゃあしゃあとやると、逆に笑い飛ばすのが信長公だ。秀吉などは、その辺の呼吸をよく心得ている。
 連歌は、韜晦虚妄深意逆意の芸だ。光秀は、その受けを狙ったのかも知れない。
 しかし、今日の光秀の連歌は、敵対しそうな者を集めず、連歌師や住職、重臣という身近な者に限定した戦勝祈願であり、親睦と遊びに主眼を置いていた。
 それゆえ光秀は、誰はばかる事なく、得意げに詠ったのだろう。五月かなで止め、次に続く短句を引き出そうとしてはいない。孤高の極みの句である事が何よりも物語っている。
 これ一句で、後の九十九句の連歌は不要、と言っているような発句だ。
 連歌は、いかに深意逆意をくみとれと言われても、こうあからさまにひねられると、いかにひねくって考えろと言われても、一瞬、息が止まる。
 秀吉の詠んだ【ときはきも】は、土岐氏は肝心要の肝という意味で、光秀を持ち上げたのか。それに【ときは今】と受ける光秀。光秀と秀吉の間に、なにか空恐ろしい密約があるのではないのか。紹巴は身の程知らずの欲をかいた為、二人の橋渡しに利用されたのではないのか。さしもの紹巴も、微かに身を震わした。
 詠人は句の意味など絶対に説明しない。傍から聞くのも無粋で礼儀知らず。聞いても字句や綴りは言うが、意は答えない。受けた人の心ばえで七七の短句をつなげるだけだ。
 風もないのに灯が消えそうだ。光秀の顔が火影にゆれる。
「宗匠殿、貴公の番でござる」
 連歌会を主催した西之坊威徳院の住職の行祐が、光秀の側から、早く第三句を出せと促した。
 紹巴が、七年前の天正三年九月十三日〜十五日、この愛宕神社に泊まり、連歌を遊んだ友だ。
 僧籍にあった紹巴とは、幾度も文を交わす仲である。
 此度も、行祐に会うのが楽しみの一つで、丹波亀山にやってきた紹巴であった。
 紹巴は、宗匠でありながら、脇句を聞いてはいなかったのだ。
 こんな事は、連歌を初めてから一度もない。ましてや宗匠である。
 紹巴は今更ながら気付き、きまり悪そうに執筆の書いたのを見ると、
  【水上まさる 庭の夏山】
 と行祐は、五七五の長句に対する、七七の短句を詠んでいた。
 この行祐の附句は、明智様は織田家の出頭として、今は日本中に名が轟いている、と自慢して詠ったと思っているようだ。水面に映る夏山のようで、名声は虚構ですよ、と茶化しても、いる。
 いや、連歌は常に裏が表だ。実物は凄いと褒めているのが連歌の逆意だ。
 光秀の歌と合わせると、
  【ときは今 あめが下しる 五月かな 水上まさる 庭の夏山】
 の、三十一(みそひと)文字の和歌となる。
 自作の前々句を打越(うちこし)と言い、光秀の作った発句を遣句(やりく)として更に深めるのが、第三句者としての、腕の見せ場である。
 肝心要の光秀は、唇を真一文字に結び、ただ、一点を凝視している。
 ここまで来れば、後には引けない。宗匠の沽券にかかわる。毒を喰らわば皿までも。
ええい、ままよ。夢を追うしかない。
これを詠ずれば、光秀殿はわしに仕えよと言うかも知れない。
  【花落つる 池の流れを せきとめて】
 と紹巴は作句した。
  【花落つる 池の流れを せきとめて 水上まさる 庭の夏山】
 前句である脇句と、紹巴の第三句の二つ揃えて和歌に直すと、このような歌になる。
 紹巴は、光秀の肚の内を探ろうとして、ひねったのだ。
(やはり……)
 光秀の唇に微かな決意の笑みが浮かんだのを、紹巴は見のがさなかった。
 
 東六郎兵衛秀隆は、八番目に、
  【聞きなれにたる 野辺の松虫】 行澄
 と、連歌会で用いる雅号を添えた。
 前句である、連歌師の兼如との二つの句を合わせれば、
  【うらがれに なりぬる草の 枕して 聞きなれにたる 野辺の松虫】
 となる。
 一巡目は、膝送りと言って席順に作句する。
 二巡目からは出勝ちと言って、先に声を出した人の句が採用される。
 最初のつまずきを恥じた紹巴は、次々と連発した。
 そろそろ、会も終わりの、名残裏に入った。
 突然、そこに、十四、五歳の若い武士が入って来た。
「おお、光慶、来たか。間に合った」
 光秀は目を細め、己の右横に招いた。
 名を聞くと、光秀の嫡子のようだ。紹巴の初めて見る顔であったが、光慶は、一昨年、元服したと漏れ伺っている。今まで父に代わり、戦支度の指図をしていたのだろう。
「最後の挙句(あげく)は、そちが作るように」
 と父は言った。
 最後である、百句目の挙句は、嫡子に華を持たせるつもりだ。
 紹巴は一瞬、眉根を寄せた。
 連歌は、初めは穏やかに、中は激しく、無事平穏に終息する、起承転結の韻を踏む。
 発句はこれから始まる張行の方向を決め、挙句は次回の張行の行方を決める大事な役目だ。すなわち、挙句の果てまで詠ずるのだ。連歌の挙句は発句以上に大事なのである。
 本来なら、宗匠である紹巴が、次の連歌会の行方の為に作句すべきなのだ。それなのに、大事な挙句を、連歌の連も知らぬ年少者に作らせようとするのだ。これでは、愛宕百韻も駄に帰す。いかに城主亭主の子でも、親ばかにも程がある。
「はい」
 だが光慶は即座に答え、執筆の書いた懐紙四枚の表裏に詠まれた句を、最初から眺めている。
姿勢を正して父と並んで座る光慶の姿は、もう、いっぱしの当主である。
「心前、挙句の前の長句は、そちが詠むように」
 宗匠である紹巴は、自分が挙句を詠めない代わりに、一番弟子の心前を指名した。
 心前ならどのような句を出すかが分かる。式目に沿わぬ挙句なら、即座に直そうと身構えた。
 詠んだ句が式目に合わぬなら、執筆に言って句を直すか削るかは宗匠の役目だ。駄作を残しては宗匠の恥であり、世の笑い者になる。連歌は緊迫した戦場である事を世に知らしめてこそ、紹巴の名声が更に高まるからだ。決して妥協はできぬ。
 心前が、九十九句目である、前句を詠じ終わると、
  【国々は猶 のどかなるころ】
 光慶は即座に、落ち着き払って淀みなく挙句を二度詠んだ。二人の作句したのを和歌に直すと、
  【色も香も 酔をすすむる 花の本 国々はなお のどかなるころ】
 となる。
 挙句で平穏裏に終息した。連歌式目に則った、しきたり通りの歌であった。
 更に、【国】、【のどか】という句の骨子である詞(ことば)は、先の九十九句には一つも含まれていない。詞の重複は出来るだけ避けるのが礼儀だ。
「ああ、見事な挙句でござる」
 紹巴は、感嘆の声をあげていた。格調といい、広がりといい、申し分ない。
 僅か十四歳だが、老成した立派な歌詠みであった。この年で連歌道の芸域に達している早熟さだ。さすが、親が、この若さで元服させただけの事はある。連歌は逆意があるという所を見れば、光秀の枢機に預かり、まさに、戦って平穏な世にしよう、と言う気概に溢れている事をひねった事になる。光秀殿の立派な跡継ぎの武将であった。
 紹巴は光慶の年の頃、喝食として炊事洗濯掃除にこき使われ、歌どころではなかったのだから。
 
 夜も更ける頃、緊張した百韻が漸く終わった。
 東秀隆の出したのは、この一句を含め、僅かに二句だけであった。
 この人数では、人並みは十句以上。最低五句作れなければ、連歌の席に侍る資質を問われる。
「方々の作られた句を一字一句違えず、懐紙に記すのさえ精一杯なのです。懐に後生大事にしまい、暇がある度にこれを見て、韜晦と虚妄の歌境に遊び、生命をやりとる殺伐な戦場の慰みとするつもりにございます」
 秀隆は、恥ずかしげに深々とこうべを垂れ、懐紙を懐深く仕舞った。
「さてもさても、結構な心がけでござる」
 連歌師の紹巴は思いやった。
 連歌会は通常、懐紙に書く事を禁ずる。頭に書いてこそ、歌の醍醐味がある。紙は無地でも貴重である。僧侶や紹巴の弟子は書いていない。だが光秀は、懐紙に書く事を秀隆には許していた。
「六郎兵衛が槍を繰りだせば、決して他の者にひけをとらぬ。我が家中では武辺こそ誉れ」
 光秀は、声高に秀隆を賞賛した。
 秀隆の秀の偏諱(へんき)は、光秀が特に与えた秀である。この若さで光秀の重臣であった。
「秀隆殿は、先日、御内室が亡くなったのも、大きいのでしょう」
 老母と幼い子も亀山城に来たので、気もそぞろで連歌どころではないのだろう。十八句と最も多く作った紹巴は、秀隆を気遣った。光秀も十五句作っている。
「秀隆! そちは何と、薄情な男か」
突然、光秀は、大声をはりあげた。
 紹巴始め、皆の目が一斉に、光秀に注がれた。
「水くさいのにも程がある。そちの妻は、わしの養女として縁づけた女だ。娘が病になり、そちには苦労をかけ、いつもすまないと思っていた。それなのに、里村殿に言う前、岳父であるこのわしに、なぜ、妻の死を告げぬのだ」
 光秀の目は怒っている。
 紹巴は、秀隆の老母を、たまたま救った事を言うと、
「備中への大事な出陣を控え、殿様のお心を煩わせたくはありませんでした。ましてや、出陣祝いの連歌の座で、不吉な事を言うわけには参りませんでした」
 秀隆はうつむき、涙をぽろぽろと流した。
「さても、さても」
 光秀の目も潤んでいる。
 
                                前編 了





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