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ときは本能寺 愛宕九十九韻 (後編) (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2015年8月16日 11時15分の記事


【時代小説発掘】
ときは本能寺 愛宕九十九韻 (後編)
斎藤 周吾


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


【梗概】:
 本能寺の変では大いに働いた里村紹巴だが、山崎合戦で明智光秀が敗れ、一遍に窮地に陥った。
 雑草の紹巴は、何とか窮地を切り抜け、秀吉に仕える。
 常に行動して止まない紹巴は、秀次事件に連座して、不遇の死を迎える。

 連歌は、韜晦虚妄深意逆意の芸である。
 文字通り、連歌の奥義通りに生きた、里村紹巴であった。



【プロフィール】:
斎藤周吾 (さいとうしゅうご)
受賞歴
 平成20年8月、日本文学館『最後の家康』で、短編部門の審査員特別賞。
 平成20年1月、(財)斎藤茂吉記念館にて、『短歌部門』で、川嶋清一選で佳作。


これまでの作品:

女帝物語−わが子に
血染めの染雪吉野桜
遙かなるミッドウェー『父からの手紙』前編
遙かなるミッドウェー『父からの手紙』後編
惟正、請益僧円仁に従い入唐求法の旅
随筆 うつけ信長、弱者の戦略
黒田官兵衛物語 六尺四方の暗い地下牢に藤の花が咲く女帝物語−褥の思い出(前編)
女帝物語−褥の思い出(後編)
絶唱の最上川
ときは本能寺 愛宕九十九韻 (前編)




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【時代小説発掘】
ときは本能寺 愛宕九十九韻 (後編)
斎藤 周吾



(二)敵は信長か
 

 翌朝、未だ夜の明けぬ内、愛宕神社を京に向かって旅だった紹巴である。
門前を出ると、あの、東秀隆の老母と童子がたたずんでいた。
「昨日は、まことにありがとうございました」
 目の見えぬ老母は、紹巴の声を聞くと、深々と頭を下げた。
 「おうおう、未だ暗くて眠い筈なのに、この子の目が輝いている。末が楽しみじゃ」
 紹巴は提灯の灯りに輝く子の目を見て、頭をなでたのであった。母が死に、子供ながらに強く生きようとするのだろう。紹巴は、片親だった己の幼少の頃を思い出し、胸が詰まった。
 
 紹巴は、月はなく、提灯と星明りを頼りに、道を歩いた。
 京と丹波の国境の大江の坂道に至った時、京を臨むと、如意ヶ岳から真っ赤な朝日が昇る。
 この道は、明後日の六月二日の朝になったら、明智勢が備中めざして出陣する道でもある。
(京へと向かっているのに、京からだんだんと遠ざかるような心地だ)
 光秀から、わしに仕えて帷幕を賑やかにしてはくれぬか、との言葉は遂に出なかった。 紹巴は言いようのない寂しさに襲われ、暗い気持ちで、京の街を照らす朝日を見上げていた。
 
 翌、六月一日の未明である。太陰暦の二日は、日の出の四半刻前から始まる。
 京の借家に居る紹巴は、鉄砲の音と鬨(とき)の声で目覚めた。
 応仁の世ならいざ知らず。ここは京の都だ。小競り合いの喧嘩でも起こしたのであろうか。だが、音は内裏の方角だ。
「本能寺から、火の手が上がっています」
 屋根に登った心前が叫んだ。
「何と、右府様の泊まっている筈の本能寺が、燃えているのか……」
 紹巴は、何が起きているのか、未だ分からない。
 紹巴が急いで着替えて表に飛び出すと、二日の朝が、ようやく明け始めていた。
 本能寺に行くと、明智の兵が、甲冑の袖が互いに触れ合う程、隙間なく寺を囲んでいる。
 嘘から出た真というか、光秀は、本当に信長公を討とうとしているのだ。
(連歌は、いかに虚妄を語る韜晦の芸とはいえ、愛宕百韻は世間を欺く為の張行であったのか)
 光秀は、細川氏を始め、多くの武将と婚姻を結んでいる。織田信孝が堺から討伐に赴こうとしている四国の長宗我部元親も、その一人であった。光秀自身の婚姻策が派手すぎたと言うより、荒木村重を始め、光秀の縁戚筋の多くが反信長に動く。
 というより、光秀は、織田家中においては別格であった。
 一将功成りて万骨枯る。信長の天下布武は、光秀の婚姻策による所が大きかったが、今は明らかに、光秀は信長の目の前に大きく立ちはだかっていた。信長が四国を征伐するのは、これ以上、光秀の勢力が拡大するのを防ぐ目的もあった。
 更に光秀自身は、未だ敵地である山陰への体の良い追放だ。信長の宿老で働きの悪い者は、穀潰しと罵られて追放された。明日は我が身かと思った光秀は、先手を打って本能寺に攻め込んだのか。
 信長の長子で、家督を引き継いだ信忠は、本能寺近くの妙覚寺に泊まっていた。
 この時、妙覚寺には、明智の兵が未だ殺到していない。
 信忠は、直ぐに逃げようとすれば逃げられた。
 信忠が逃げて、もし信長が生きていれば、信長の気象から言って、信忠は間違いなく廃嫡される。
「親不孝はできぬ。父あっての織田家だ。父を救う」
 信忠は、父を救おうと、僅かの手兵を引き連れて本能寺に駆けつけた。
 だが、用意周到な明智光秀は、水をも漏らさぬように、主敵である本能寺を囲んでいるではないか。その為に妙覚寺は、二の次にしていたのだ。妙覚寺には少数で襲ったのだから、本能寺も手薄だろうと思った、信忠の誤算であった。明智勢は、一万三千の大兵だと言うのを知るよしもない。陣列は一里から二里にも長くなる。このような大兵を、父信長はどうして気付かなかったのか。
 大兵で重囲されている本能寺を見た信忠は驚いた。光秀は信忠殺害を二の次にしたのだから、斬り結んで駿馬で逃げれば何とか逃げられた。だが信忠は、何が何でも最後まで生き抜くと言う、雑草ではなかった。父を見殺しにして逃げれば、家臣の信頼を失う。信長あっての信忠である。己の力量を十二分にわきまえていた。逃げても、追っ手に捕まって辱めを受ける事もある。恥を知る信忠は、一戦を交えて華と散ろうと思い、近くの二条城に駆け込んだ。
 二条城には、次期天皇と嘱望される皇太子の陽光院誠仁親王と、織田兵がいる。
 信忠は誠仁親王を盾にして、二条城に籠もるつもりだ。
 この混乱を最大に生きる。今までもそうやって戦国の世を生き延びてきたのだ。
「ようし、働くぞ」
 機転の利く紹巴は、明智の天下になると思い、直ぐに頭を切り換えた。
 信忠と交渉して、誠仁親王の解放を促す事であった。
「我は里村紹巴だ。二条城に入りたい」
 下手をすれば、手負いと化した信忠の織田兵に殺されるかも知れないのだ。
「誰も通すべからずとの厳命だ。まして連歌師風情が入る事はまかりならん」
 明智の兵も血走っている。
 信長の腰巾着とされていた近衛前久邸から、織田信忠の籠もる二条城に鉄砲を射掛けていた。
 前久は、光秀とも昵懇の間柄であった。世はまさに、連歌の韜晦・虚妄・逆意の大乱である。
「いや、行かれよ」
 見れば、行澄という連歌の雅号を持つ、あの、東秀隆であった。
「かたじけない」
 紹巴が信忠に君臣の別を説くと、信忠は誠仁親王を人質にして立て籠もらず、親王を解放した。近衛前久邸から射たれた事も、四面楚歌と思った信忠の戦意を喪失させた。
 一日何とか持ちこたえれば、弟信孝の兵が堺から援軍に来られるが、信長が死んだ後では、それこそ後の祭りである。信忠は過酷な父に命ぜられるまま、手足のように働いて来た。最後の土壇場で自ら初めて決断した事が、偉大な父に殉ずる事であった。
 これによって、第六天魔王信長の、子を慈しむ本性と名誉は保たれた。信忠は、信長が最も愛した吉乃の子でもある。死んだ母の名誉は保たれ、潔い信忠は世の人々の涙を誘った。
 反面、光秀への世の批判が高まった。
 室町幕府再興を願う筈の細川藤孝親子に見捨てられた事が、将軍代光秀の大誤算である。
 光秀は、盟友藤孝に相談もなく挙兵したのが、藤孝の不信を買った。藤孝は光秀に、四面楚歌の中でも、逞しく生きてきた信長のように、悪魔的な働きは見いだせない。盟友だからこそ、光秀は周りから袋だたきに遭って自滅するのが分かる。藤孝は、謀反を思いとどまるよう諫止しただろう。
 だが、藤孝が亀山城に呼ばれて諫止すれば、口封じだと言って光秀に殺される。その場は賛同するしかない。韜晦虚妄逆意をして、信長に密告するのが世の習いである。
 もし藤孝が、盟友のよしみで光秀の謀反を看過すれば、藤孝は信長に討伐される。反面、光秀と盟友で縁戚の藤孝が密告すれば、光秀の遺領全てを褒美として貰える。お互いが監視する事によって謀反を防ぐのは、戦国の世の習いだからだ。
 光秀を密告した藤孝は、一躍、織田家の重臣になれる。
 武田信玄の重臣である山県昌景は、実兄を謀反の罪で密告した。その功によって兄の遺領の全てを貰い、信玄の最も信頼する重臣になった。柴田勝家も、信長の弟の謀反を密告した事により、織田信長の筆頭家老になった。
 この時の紹巴は、藤孝の動静まで知るよしもない。むしろ我が世の春が到来したと勇躍していた。紹巴は、用意した駕籠へ誠仁親王に御座願い、内裏にお連れしたのだった。
 
 その後の紹巴が、灰燼に帰した本能寺の南門に立つと、寺から出てくるのは、公家衆や裸足の女達である。女物の着物を被って男が逃げ出してこないかと、厳重に顔と声を改めている。女の着物を着て信長が出てこないか、念入りに改められている。信長の肌はきめが細かく、髭は薄く、女のような面をしているからである。という事は、信長の首が未だ見つからないという事である。
 本能寺の中に入ると、千宗易(利休)が庭にいる。光秀に、天下茶と言って悠然と野点(のだて)をしていた。昨夜までは、信長の茶頭の宗易であった。
 光秀の額が太陽を照り返し、まぶしい。
 
 それから間もなく経った十三日、秀吉が中国から大返しをした。山城の山崎で、先に天王山を奪取した秀吉軍が光秀軍を、たちまち敗った。
 それが、天下分け目の天王山、と講談で言われた。だが、兵法経営で著名な大橋武夫は、天王山の争奪など、戦況には、二階から目薬程度の影響しかないと言った。
 古来、堅城を造らず、内裏や寺院の多い平地の京の都を守って勝ったためしがない。
 大会戦は普通、夜明けと共に始まる。この日の日の入りは、19時15分。開戦が始まったのは16時頃。戦争が本職の光秀は、会戦が始まるのは翌朝と決めていた。
 秀吉は、織田信孝率いる七千の兵を待ち、3倍の兵力の四万になったので、常識を破って攻めたてた。
 主戦場に大兵を投入できたのは、秀吉の筆まめな外交力である。
 片や、京を制すは天下を制すとばかり、対朝廷工作に意を用い、武将の取り込みを疎かにした。否、光秀はやったが、秀吉の方が、光秀の何倍も各将に手紙を送ったのだ。
 その結果が、光秀には思ったように味方が集まらず、主力決戦場に木材や縄の調達ができず、守る陣地さえ構築できなかった。まさしく、既に古典化した川中島合戦のように激突した。両軍の兵一人一人の力量は互角。秀吉軍の圧倒的な位攻めにより、日没前には決着がついた。
「なんと…… あの野戦下手な筈の猿猴が、鉄壁の陣で望んだ戦上手の日向守様を敗った、のか」
 信長にとっての光秀は、将軍代という主筋にあたる。光秀の天下が三日に終わらず、長く続けば、信長への謀反ではなく、大義名分は誅滅と後世に記された。
 その光秀を討った秀吉は、その事実を抹殺したのだ。
 紹巴は腰が脱け、へなへなと崩れた。
 光秀は、秀吉を野戦下手で、人たらしだけが取得の猿とさげすんでいたのも頷ける。
 光秀は、秀吉など、もみ手をして己が軍門に降ると思っていた。
 余りにも早い秀吉の大返しで、光秀は主力を安土城においたまま、秀吉と山崎で対峙した。
 連歌詠みの連歌知らず。秀吉が光秀に泣きついた深意を、心労が極限にある光秀と、夢を追う紹巴には見破る事ができなかった。いや、秀吉がこれほどすばしこいとは、一体、誰が想像し得たであろうか。
 
 紹巴はさっそく、秀吉に呼ばれた。
「これはきっと、本能寺の変の最中、二条城から陽光院誠仁親王(後の陽光太上天皇)を救ったとして、褒美を賜るのだ」
 光秀に仕えなくて良かった。仕えていたら、秀吉に呼ばれるどころか、逆に、秀吉の兵に踏み込まれ、捕らえられて打ち首のさらし首だ。紹巴は、己は運が良いと思い、喜び勇んで出頭した。
 だが、
「その方、光秀が謀反に加担したであろう」
 以前、手を取って紹巴に頼んだ秀吉が、壇上から傲然と叫んでいる。
「なんと……」
 冗談ではない。秀吉さん、これは全て、あんたの差し金ではないか。
「嘘いつわりや妄言を申すと、即刻、打ち首、獄門だ」
 秀吉は間髪を入れず、紹巴に言いわけする隙を与えず、叫んだ。
「お、お待ち下さい。これは、きっと何かのお間違いでは……」
 鬼瓦は、狼狽した。
 この猿は、己の罪をこの紹巴になすりつけ、知らぬ顔の半兵衛を決め込むつもりか。
「山崎の合戦で、明智軍の中に、桔梗の馬印を持って光秀じゃと名乗り、主の身代わりになって討死した者がいた。首を改めた所、東六郎兵衛秀隆と判明した。その者の懐中に、連歌の懐紙があった。これじゃ」
 連歌は、諸師の作った句を一字一句違えず、懐中奥にしまい、常にこれを見ては歌の心得を学び、殺伐とした戦場のなぐさみとする。秀隆も、懐仏と共に、連歌の懐紙を懐深く忍ばせ、いつも見ていたのだろう。秀隆が懐中深く持っている事は、紹巴も知っている。「これが、何か……」
「何かではない、その懐紙にある発句を、しっかりと、両まなこを開けて読んで見よ」
  【ときはいま あめがしたしる さつきかな】
 ですが……」
「紹巴ともあろう者が、とぼけるな。ときとは、光秀の土岐氏だ。二十八日は、雨など降っておらん。あめが下しるというのは、天下をしろしめす、すなわち光秀が天下を治めるという意味だ。光秀の天下を取る野心が、あからさまではないか。更にある。貴公が第三句で、
  【花落つる 池の流れを せきとめて】
 と詠んだ。光秀が上様の天下花を落とし、流れを止めよ、とひねったのだ。光秀に謀反をけしかけた曲事は明白じゃ。今は亡き上様の忘れ形見で、此度の山崎の弔い合戦の御大将であられる織田三七信孝様の前で、包み隠さず、有り体に申せ」
 秀吉は隣に座る、山崎合戦の主将であり、信長公の三男である信孝に気づかうように言った。
 秀吉の怒りは、今は亡き光秀の発句より、紹巴の第三句にあるようだ。
「東秀隆は、二十八日に出陣したので、懐紙の初折に、その日付を入れたのでしょう。連歌を開いたのは、二十四日の雨が降った日でございます。七日も前であれば右府様が本能寺に入るかどうかなど分かりませぬ。まして歌は、
  【時は今 雨がくだりぬ 五月かな】
 でございます。くだるは天下の下るではなく、降る、すなわち雨が降る事でございます。それにそれがしの長句は、川の水をせき止めて湛えれば、鏡のように静謐(せいひつ)となった流れに留まる花と、水面に映る夏山は、優雅そのものと詠っただけでございます」
 紹巴は、いけしゃあしゃあと釈明した。なにせ紹巴は、秀吉に進物を預けられたのは、前日の二十七日である。当然、日にちなど合う筈がない。
「こら、逃れたい一心で嘘いつわりを申しておるのではあるまいな。光秀は五月十七日、坂本城に戻り、二十六日に坂本城を進発し、亀山城で軍備を整えたと判明しておる。どうして、光秀の居ない二十四日に愛宕神社で光秀が発句を作れるのだ。連歌で天下を盗もうとした盗人の魂胆は明白じゃ。神仏に捧げた懐紙が偽りと申すは、神仏をも恐れぬ不心得者じゃ。きっと神罰が降るであろう」
 秀吉は、声を荒らげる。
「それがしの知る所では、その昔、役行者は大島に流されていましたが、昼は大島、夜は富士山頂、天城、走湯、箱根、雨降、日向、江ノ島などを飛び回ったそうにございます。まして、坂本と亀山は指呼の間ではございませぬか。その日の内に往還できます」
 秀吉が密かに、坂本と亀山間より遙かに遠い、備中から京に潜入したのを、紹巴は皮肉った。
「むむ」
 秀吉は、うなる。
「それに、明智日向守は旧領召し上げの上、石見出雲を切り取り次第と右府様に命ぜられ、亀山城は右府様の寵臣の森蘭丸殿に与えられると決まり、日向守には居所がありませぬ。一族老若男女を引き連れ、石見出雲の攻略が遅れれば、日向守は日干しになります。日向守は、一か八か、夢を求めて立ちあがったのです。たかが遊びの連歌ごときに惑わされる日向守ではありませぬ」
 紹巴は、目には涙さえ浮かべて言った。
 紹巴は信孝の前で、光秀は信長を誅滅した、などとは、口が裂けても言えない。
「まだある、これを見よ」
 秀吉が示したのを見れば、あの、三裏の最後の長句に、
  【朝霞 薄きがうえに 重なりて】
 と光秀が詠んだ。その句のあとに、下に附けた短句は、
  【いと長き五音 天人の戈す】 行澄
 とある。続けて和歌にすれば、
  【朝霞 薄きがうえに 重なりて いと長き五音(ごね) 天人の戈(か)す】
 いとは糸でもあり、音と戈を合わせれば織田の織になる。長は勿論、信長の長である。 五音は五行の易姓革命であり、赤の次は白である。赤を好んだ信長の後は、質素(白色)な光秀である。白色である薄い朝霞の光秀が、戈で、長い間横暴を極めた信長を滅ぼす。明らかに織田信長を呪咀している。
 朝霞のような薄き信長の天下を光秀が奪う。天人光秀の天下取りは天命だと言う事になる。
「文字から言っても上様である事は明白。上様の天下の終焉を詠んだのだ」
「ははは、さすが主思いの槍一筋の忠臣、行澄の東六郎兵衛秀隆、あっぱれでござる」
「何!」
 声を荒らげたのは秀吉ではない。織田信孝が紹巴を睨んだ。
「ご存じの通り、連歌三裏の最後の短句は、次の、穏やかに終息してゆく名残へと続く直前の附句であります。起承転結の転であり、最も変化が激しく、最も気力横溢の怒濤の附句でなければなりませぬ。東秀隆は、それに書き換えたのでしょう。ましてや、たかが、遊びの連歌ではございませぬか。このようなこじつけのざれ事、いちいち目くじらをたてる程の事でもありますまい。ましてや連歌は、韜晦虚妄逆意の技、むしろ、右府様の天下を祝ったのでございます」
 紹巴は、一笑に付した。
「黙れ、たとえ遊びの連歌でも、実際の謀反を誘ったら曲事だ。上様を虚仮にする、落書と同じだ。愛宕の連歌に連座した者全てが打ち首の上、さらし首だ」
 信孝は、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「たとえ、そのような句を作っても、執筆に、式目にかなわぬ句を書き留めさせないのが、宗匠たるそれがしの役目でござる。筈刺か筆削をして、改めております。それがしは年のせいか、とんと物覚えが悪くなっておりますので、詳しくは覚えておりませぬが、そこの附句は、確か、それがしの弟子である心前が詠っていると思います。お疑いなら、今すぐ愛宕神社に人をやり、勝軍地蔵菩薩に捧げた内雲の懐紙に清書した百韻をお改めあれ」 紹巴は、平伏した。
 やがて、愛宕神社から、くだんの百韻懐紙が届いた。
  【時は今 雨がくだりぬ 五月かな】
 と書いてあり、日付も雨の降った二十四日と記してあった。
 七十八番目にある三裏の、最後の光秀の前句に続く後句は、
  【引きすてられし 横雲の空】 心前
 と、紹巴の門人の心前が作句したのが、ちゃんとあった。
  【朝霞 薄きがうえに 重なりて 引きすてられし 横雲の空】
 となる。
 薄い春霞が、朝の東雲の上にかかっている。横雲がまるでおいてけぼりを食ったようだ、となる。うららかな春の状景を詠んだものだ。
「日向守は、変化の激しい世ではなく、平穏な世を願ったのです」
 東秀隆の作句は、山崎出陣中、己の持つ懐紙を書き換えたのでしょう。下手な附句だが、家臣までが日向守に天下を取らせようと夢見ている証拠です。東秀隆は、主思いのあっぱれなる武士でござった」
 と紹巴は言った。
「むむ……」
 秀吉はうなった。
 紹巴は山崎合戦の直後、愛宕神社に弟子の心前をやり、行祐に頼んで内雲懐紙を直させていた。
「まだある。そちが二条城に行って出過ぎた真似をしなかったら、兄信忠の生命は助かっていたかも知れぬのだ」
 織田三七信孝は叫んだ。
「それは、織田様のお言葉とも思えません。中将(信忠)様は武士の本分を忘れず、立派に、君臣の道に殉じたのです。そのような御仁であればこそ、武田信玄公の御息女の松姫殿が、織田家と敵対しようとも他家に嫁がず、身を守ったのです。そのような御発言は、いかがなものか」
 紹巴は、姿勢を正して言った。
 信孝には、一言もなかった。
 秀吉は、苦虫をつぶす信孝の前で、呵々大笑して紹巴を許したのであった。

 羽柴秀吉の名乗りは、丹羽長秀と柴田勝家からとったが、秀と言う字はこの光秀から取った。この三人にあやかりたいと願って名乗った。名前も下位の丹羽、次に柴田、出世頭の光秀の順と、出世順にしてある。三人の上役に吉あれと名乗ったと言うが、吉は、籐吉郎の吉である。秀吉の本心は、どんどん立身し、秀の次に吉。すなわち、最後は将軍代の光秀を抜き、のし上がって秀吉となる、と呪(ねが)いを込めたものであった。
 秀吉は猜疑心強い信長の前で身を保つ為、余りある才能を隠蔽しようと、莫迦に徹し、猿の真似をして道化ていたのだ。反面、生真面目で自負心の強い光秀は、知恵を誇った。その生き方の違いが如実に表れたのだ。
 秀吉を気付く者はいなかった。いや、信長は気付いたが、秀吉が先手を打ったのだ。
 信長公や光秀さえ秀吉に騙された。一芥の連歌師ごときに、秀吉の本性を見破れる筈がない。秀吉は皮肉にも、連歌の本質である韜晦逆意を行動で実証し、真実を虚妄に、虚妄を真実に見せる連歌の才は、誰よりも優れていた事になる。
 
 その後、紹巴は秀吉に呼ばれた。
 山崎の合戦で明智軍を敗った秀吉は、山崎に居座り、天王山の宝寺城を改築して居城としていた。
 秀吉がその時々の情勢で居城を変えるのは、信長から学んだ。
 余談だが、山崎合戦直後の清洲会議で、柴田勝家は雪深い北庄城を出て、琵琶湖畔の長浜城に居城を構えれば、賤ケ岳の合戦が起きるどころか、柴田勝家にとって有利に展開した。
 柴田勝家は当時、秀吉より越後の上杉景勝を恐れ、越前の北庄城を動けなかった。義を重んずる上杉方の魚津城を、本能寺の変の時に騙し取ったばかりであったのだ。
 柴田勝家は秀吉を甘く見ていた。猿猴が月を取るように天下取りを目指す秀吉より、御館の乱で西進の余力のない景勝を恐れていた。越中の佐々成政だけでは心許ない。謙信の亡霊が恐くて北庄城を動けなかった。
 秀吉が天王山に居城を造った事が、まさに、天下分け目になった。
 ここが先途と思う時は、何日も寝ないで働く秀吉である。暇になったら纏めて死んだように眠る。この才能だけは、決して余人には真似ができない。これが秀吉の勝因であろう。本気モードに入ったら恐い秀吉を正しく評価した人は、当時、果たして居ただろうか。竹中半兵衛でさえ、秀吉の上昇力を想像できなかったであろう。
 
「近々、上様の追善百韻を行う。その方が宗匠になって欲しい」
 秀吉は親しく、紹巴を膝下に呼んで言う。
「それにつきまして、一つ無心がございます」
「何だ」
「愛宕百韻の挙句を作った明智光慶は、どう、お思いにあそばしますか」
「おお、確か、
  【国々は猶 のどかなる頃】
 と僅か十四歳の光慶が詠んだ句か。あの歌を詠む者は、世の平和を願い、老成した良い句だ。亀山城を、長らく明智の与力であった中川清秀と高山右近に攻めさせた。光慶は落城の折り、城中で自害したというが、殺すには惜しい若者であった」
 やはり秀吉も、あの句は琴線に触れていたようだ。
「それが、光慶は、生きているのでございます」
 紹巴は、秀吉の顔色を窺った。
「やはりな。誰もが殺すには惜しい若者と思う。僧籍に入れて、明智一族を弔わせよ」
 秀吉は、いきがかりを一切問わず、得心したように言った。
「ありがとうございます。歌は、万葉の読み人知らずの時代から連綿と続く、わが、大和島根の人々の心を結ぶ、天の架け橋です」
 歌詠みは歌詠みの心を知る。秀吉殿は、歌に理解のない信長公とは全く違う。
 歌を知る者は、真の物の哀れを知る。
 それからの紹巴は、雅量を示す秀吉に心服し、百石で仕えたのであった。
 
「あの老母と童子も無事であればよいが……」
 あの子は、老祖母を守るというしっかり者だ。目の輝きも尋常ではなかった。
 貧家に育った紹巴は、己の猶子にしてあの子の望みを叶えようと思い、人を遣わしていた。
 人は、生きてさえいれば、後はどうにかなる。
 
  【時は今 あめが下しる 五月かな】
 の句は、光秀の、一夜の、はかない夢であった。
 二裏の中程に、
  【はかなきも 頼みかけたる 夢語り】  昌叱
 とある、光秀の夢を、夢のお告げとして百韻に残すには、この昌叱の夢という言葉を【虚】に直すか、筆削しなければならない。
 だが、その後に、
  【おもひに永き 夜は明石がた】     咲庵(光秀)
 とある。
  【はかなきも 頼みかけたる 夢語り おもひに永き 夜は明石がた】
 となる。
 昌叱の、夢語りだ、と問いかけたのを、光秀は直ぐに受け、源氏物語の明石の君のように、明石潟で辛抱強く待てば、やがて潮が満ちてくる。いずれは時が来るという望みを、附句にかけた。
 源氏物語は、中国の三国志演義のように、時代が下る毎に手を加えられ、人口に膾炙されてきた。連歌師の宗祇が源氏物語を連歌に取り入れてから、その評価は更に高まった。大和言霊(ことだま)を持ち続ける日本人の心の代弁書である。細川藤孝などは、源氏物語は兵法書と言って武将に推奨した。多くの武将は首をひねったが、雌伏する光秀は、思いに永き夜は明石潟、として、毛利という実敵を狙いなら、信長という虚を討った。
 何度も言うように、連歌は即興であり、その時の気持ちを詠んだものだ。源氏物語は、まさに、韜晦虚妄逆意の兵法書である。
 光秀が愛宕百韻で無地の懐紙を使ったのは、もし事が敗れたら、追善供養に浮雲の懐紙で清書し、志を後世にとどめて欲しいと願ったのだ。
 附句である七七の短句は、五七五の長句を受けるのであるから、はるかに即興にならざるを得ない。詠んだ人の、その時の気持ちが如実に出る。連歌の優劣を競う醍醐味は、前句より、それを受ける後句にある。
 紹巴は、光秀の密かな【夢】を追善供養する為、
  【朝霞 薄きがうえに 重なりて】 咲庵
 と詠んだ光秀の後句に、心前が詠った、引きすてられし横雲の空、の短句は消した。
 最も激しく詠じなければならぬ短句を消す事によって、光秀の慟哭を表す事ができる。 欠けた一句にこそ、光秀の全ての思いが込められるからだ。
 光秀の供養に、原懐紙とは別に、内雲の懐紙に百韻ではなく、一句欠けた九十九韻に清書して奉納した。
「それでは、筑前守様のお怒りを買わないですか」
 心前は恐れる。
 心前の本音は、己の短句が消されるのを、連歌師として不服なのかも知れない。
「天下取りに邁進する秀吉殿だ。内心喜ばないでどうすべき。ましてや連歌は」
 死んだ人を弔うのに、善も悪もない。
 むしろ、死者を鞭打つようでは、大和島根の人々の心は、秀吉を離れてゆく。
「はあ、そのようなもので」
 心前は、ため息をついていた。
「日本人とは、このようなものだ」
 里村紹巴は、断固として答える。
  
 その後、
 紹巴は、関白秀次の謀反に連座し、蟄居を命じられた。秀吉の次期政権にすり寄ったのが災いしたのだ。
 関ヶ原合戦の二年後の慶長七年四月十四日、紹巴は、夢破れて失意のうちに七十八歳で死んだ。
 明治の世になって太陽暦が採用されると、6月4日に亡くなっているのが分かった。
 奇しくも、本能寺の変の二日後であった。
 
   【順逆二門なし、大道心源に徹す、五十七年の夢、覚め来たりて一元に帰す】
 この詩は、光秀が、小栗栖で死の直前に詠んだという辞世である。
 室町将軍家の虚妄を背負って生きた事を悔やむ、光秀の心境を表しているが、漢詩風であり、愛宕神社での和風連歌とはだいぶ趣が異なる。
 江戸時代になって幕藩体制が安定し、朱子学が行き渡り、川家にへつらうような詩韻である。
 光秀の余りにも呆気ない最期を、客観的に、如実に表してはいるが、天下取りを目指し、激しい合戦の直後、再起を期して落ちて行くのに、瞬時に、このような諦観じみた感慨に切り換えられるものであろうか。
 これが、秀才光秀の学識の高さだ、という見方もあるが、本当に今際の際に言ったのなら、山崎合戦前はうわの空であり、戦う前には、既に、敗れていた事になる。
 反面の秀吉は、
  【露と落ち 露と消えにし 我が身かな なにわのことは 夢のまた夢】
 と、長い患いの後に、辞世を詠んだ。
 太閤秀吉の辞世と光秀の辞世は、似て非なる。
 歌の心得のない信長に辞世はないが、肝心な里村紹巴も、なぜか辞世を残さない。
 全ては一期の夢、とでも残しておけば世の関心を招いたであろうが、俗物の紹巴は、せめて最期は高尚に、未練を残さず、『はい、さようなら』と、この世を去りたいと思ったのであろう。愛宕九十九韻のように、残さない所にこそ、韜晦虚妄逆意の即興連歌師の深い矜恃がある。
 
 紹巴の夢が達成されたのは、近世になってからであった。
 里村紹巴は弟子に恵まれ、江戸幕府御連歌師となり、紹巴の夢を繋いだのであった。
 弟子が、江戸幕府の御連歌師になった事から、紹巴が愛宕山で百韻を詠んだのは、秀吉ではなく、川家康の差し金だとも噂された。
 
 山崎合戦直後、愛宕百韻を直すよう紹巴に命じたのは、秀吉本人であった。
 改訂後、紹巴を山崎の宝寺城に出頭させ、織田三七信孝の前で、猿芝居を打って見せたとの別伝もある。
                                                                                             
                                      了

 

 参考講座
 敬愛大学生涯学習講座講師
 太陽の舟短歌会企画部長
 池上本門寺池上会館連歌会主管
 三木 勝 氏
 





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