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第三部 12話【江ノ島時代】
[ハラベエさんの犬星☆猫星(第三部)]
2013年2月1日 7時23分の記事

ハラベエさんの犬星☆猫星
=BEEとハラベエの愛の物語= 作・原  兵 衛 

第三部 12話【江ノ島時代】
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☆【第0部】
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☆【第一部】
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☆【第二部】
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☆【第三部】
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ハラベエさんの犬星☆猫星
=BEEとハラベエの愛の物語= 作・原  兵 衛 

第三部 12話【江ノ島時代】

『お父さん、話の展開が早過ぎるよ……時間はあるんだから、江の島時代をもっと丁寧に、頼むよ』
と、BEEからの注文ですし、ハラベエさんの願望でもあります。
確かにそうです……ハラベエさんにしたら、江の島を語ることは、母を語ることなんです。
 母は、長年愛唱していた歌がつくられた現場で生活することに、特別の感慨があったのでしょう。
その後、他の土地を転々としたが、恰も第二の故郷のように、折があると母の口から江ノ島の地名が出たものです。
母の生地は、江ノ島から遙か南の九州、宮崎県の南端に位置する小林市の在です。
 昔は名主だったという旧家で、母のお転婆時代は芋焼酎の造り酒屋だったそうです。
 相当に勝気だったらしい、九州女の典型みたいな女の子で、本人が語った子供の頃の話も男勝りなものが多かった。
 男の子との喧嘩など日常茶飯事で、随分泣かせたらしい。
家の中にいるのが嫌いで、日がな一日外で走り回り、喉の渇きを覚えると、焼酎の樽から、したたり落ちる焼酎を受けるために置かれた湯呑みを、水代わりにチュッとやっていたらしい。
そんな下地もあって、人前ではあまり飲まなかったが、飲めば底知れずの酒量で、乱れることは決してなかった。
 近くに聳える霧島の頂上辺りも格好の遊び場だったが、綺麗な躑躅に誘われていったのだ、という説明は不似合いですね。
かなりの距離があり、何人かの男の子を叱咤激励して登るのだが、唯々諾々と従っていた連中は何を考えていたのか。
 数葉の、残されている写真にその答えがあります。
 よそ行きの和服姿に、清楚な普段着……看護婦時代の白衣の天使姿……流行のモボモガ風の拵え……いずれも結構美しい。
 どうやら、古い言い回しだが……鄙には稀な美少女……に、悪童共が引きずり回されていたのでしょう。
 本人の言に依れば、学業の成績もまあまあよく、看護婦への道も順調……末は従軍看護婦の婦長として御国のために尽くしたいという乙女の夢は数年で費え去りました
 東京近郊の結核療養所似勤務中に患者の青年と恋をしたのです。
 青年は、キューポラのある町と称される、川口市で鋳物問屋を営む旧家の跡継ぎ息子でした。
 ややあって退院した青年と、周囲の反対を押し切って結婚、夫の実家で新婚生活、男の子を産んだが間もなく夫が他界しました。
 男の子は、ハラベエさんにとって五歳年上の、父違いの兄にあたります。
 若くして一児を抱え未亡人となった母に近付いた、十歳年上の青年がいた。
 明治薬専出身、製薬会社のプロパーとして療養所に出入りしていた、母とは旧知の仲でした。
 秋田県南部の穀倉地帯、十文字町の豪農の末っ子として生まれたが、子だくさんの農家の典型で、母ほども年が違う長姉がいました。
 端正な顔立ちの二枚目だったが力も強く、青年たちの間で盛んだった草相撲では、常に横綱だったそうです。
 強いのは相撲だけではありません。
 生涯を通じて、行く先々で、本因坊と呼ばれたほどの碁打ちだったのです。
 何かにつけて、郷党の輿望を担うに足る人材だったと言えます。
その頃、上京した青年がパイオニアとして成功して家を持ち、そこに一族の次世代の連中を呼び寄せ東京進出の橋頭堡、足がかりにするパターンが盛んでした。
 父ももパイオニアとして、一族縁者の期待を背負って上京、薬専を卒業,郷党の希望に添いつつある頃でした。
 夫の他界以後、実家の姓に戻っていた母が父の姓を名乗るのに長い月日は要しませんでした。
 父は、頼って上京してくる郷里の次世代のためにも、独立した住居を必要
にしていましたが、母との結婚を機に、片瀬江ノ島に格好の物件を手に入れた。
 江ノ島へ渡る参道である付け根、片瀬の江ノ電がごとごと走る道に面した家、憧れの地に住めるとあって、母の喜びは一入だった。
 元々勝ち気で面倒見のいい姉御肌だった母は、夫の親戚関係にはすこぶるウケが良く、たちまち長期短期を問わず、様々な食客で賑わったそうです。 
ハラベエさんに赤ん坊の頃の記憶があるはずもなく,古い写真で「カタセ薬局」の看板を掲げた店舗を目にするだけです。
この薬局を手に入れた経緯を、今は父母につまびらかに聴くことは出来ませんが、何かこう根っこの部分が漠とした感があるのは否みがたいハラベエさんなのです。
 残された写真は少ない。
 時折こぼれた母の片々たる言葉から拾い集め、ハラベエさんが朧な記憶と勝手に合成した情景だけです。
 お祭かなにかのの人ごみではぐれ、見知らぬ女性の袖に縋って泣いていたこと……満員の映画館で立ち見した、凧に乗った忍者……訳あって、父の訪問先に、赤ん坊のハラベエさんをこれ見よがしにおんぶして乗り込んだ母……近くのお寺の境内にあった、日蓮上人が押し込まれていたという土牢にもぐり込み、秘密基地にして叱られた悪ガキ時代……。
 キッカケは何だったのか、母は日蓮さんの土牢があったお寺、竜口寺に足繁く通っていました。
 七面さまなる、信者の話を聴きながら、何気なく鉛筆で描いた紋様からいろいろご託宣下さる高僧の信者だったのです。
 母の信仰は江ノ島を離れてからも続いており、新築の鐘楼に浄罪を寄付して、梵鐘にその名を刻されています。
 父は、薬局の経営に限界を感じていました。
 郷党の期待に応えるには、自ら事業を興さなければと、薬局を売り払い、全国を走り回るブローカー生活に入り、そこそこの収益を上げました。
 妻子のために、同じ江ノ島の竜口寺の西側、藤沢市西片に住まいを用意したが、その選択には、母の要望もあったことでしょう。
 片瀬江ノ島界隈は、別荘地・保養地として注目を集めていますが、新しい住まいは、近所の農家が、別荘としての家賃収入を目当てに新築した、四間の洒落た平屋でした。
 庭もそこそこ有り父が時々帰ってくる、母とまだちいちゃな子供との暮らしには十分でした。
 その頃になると、ハラベエさんの記憶には、鮮明に残されているものも多い中でも忘れられないのは、おわい事件である。
 家の前の路地に置かれてたおわい屋の荷車を、どこか遠くから遠征してきた悪童共がひっくり返して、道に黄金色がばらまかれてしまったのです。
 いち早く逃げ去る悪童共。
 割を食ったのはハラベエさん兄弟でした。
悪童共の出現に恐れをなして家に逃げ込んだが、いなくなったので様子を見に出て来て、黄金色とその悪臭に鼻をつまんで呆然としているところへ、おわい屋のおじさんが戻ってきていきなり怒鳴りつけられたのです。
弁解する暇もない。
表の騒ぎを聞きつけて出てきた母も、おじさんの罵声の餌食になりました。
母が宥めすかし、清掃を手伝っておじさんが漸く帰ってから二人の受難は始まりました。
二人を並べて正座させると、母は納戸として使っている小部屋の長持ちから、薩摩の直刀と呼ばれる、肉厚で無反りの大刀を持ってきました。
こうして、子供には永遠と思われるほどに長い時間の、説教が始まったのです。
過去にも何遍か経験があるが、この日の母の態度は特に激烈であり、抜き身の刀で、膝小僧や二の腕を、ヒタヒタと叩かれると、脅しとは判っていても、その内本当に斬られるんじゃないかと、恐怖に襲われたものでした。
長ずるに及んで、あの頃は父が帰ってくるのは稀で、艶聞の多い人だったから,母には女としての不満や苛立ちがあっての八つ当たり……もあったことでしょうが、確かめる機会はついにありませんでした。
聴いても、言下に否定したでしょう、躾や教育に厳しい姿勢は崩さない筈の母でしたから……。
直刀の由来は聴いたことがあります。
「チエスト!」と、裂帛の気合い諸共、真っ向微塵に斬り込むのが特徴の、薩摩のお家流『示現流』で常用される刀だという。
朝鮮征伐から西郷どんの時代を経て、支那事変まで、薩摩の島津の兵は最も精強とされ「シーマンツ」と聴いただけで対戦相手は、闘わずして戦意を喪失したといいます。
その中核をなしたのは「シーマンツ」の、つまり島津の兵ではなく、薩摩本国防衛のため、国境に配置された郷士だったという説がある。
その郷士の流れを汲む家々の押入に、二、三振りの直刀が転がっていても不思議はありません。
「♪ 熊本の 歩兵二十三連隊……」と歌にまで詠われた、日本最強の軍隊は、宮崎県都城の連隊だと、聴かされたものです。
この都城に代表される郷士の群れが、国境の大小の村々や集落に土着して、いざというときの為に備えていましたが、こういった傍流の人達の方が、むしろ本流の、鹿児島城下のエリートより、
「♪ 我が胸の 燃ゆる思いに比ぶれば」
    煙は薄し 桜島山
といった、薩摩隼人の気概に溢れていたのではないか、と思われます。
とかく軽視されがちな傍流の、秘めた反骨精神……そんな郷士の血が間違いなく流れていたのでしょう、何かにつけて強い母親で、余所者と周囲に白い目で見られながらも、学校の行事や父兄会に積極的に参加して、堂々と自説を枉げることなく、奮闘していたようです。
父は、親類縁者の若い衆の面倒をよく見て慕われていたが、事業の方は伸び悩んでいた。
ハラベエさんが生まれ、兄が就学する昭和十年前後は、国民の視線が専ら満州に向けられ、満蒙開拓の気運が盛り上がっていました。
父は、はかばかしくない、国内での事業展開に見切りを付け、新世界満州に、全てを賭けました。
この時期同じような、一攫千金を夢みる一旗組が、大陸に渡ろうと、犇めいていました。
父は、妻子を母の故郷の宮崎県で待機させ、単身満州に渡リ、事業のメドがつき次第呼び寄せる計画を立てました。
こうして、ハラベエさんの江の島時代は、ひとまず終わりを告げました。


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シーズの愛犬BEEとハラベエを取り巻く生き物たちとの、
出会いと別れを描いた感動、ファンタスティック・ノベルです。

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