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二年目 2 三年宿舎
[¶二年目 2 三年宿舎]
2010年8月23日 13時20分の記事

キャラが大勢出て来ますね…。


その他大勢はそのうち


もっと活躍するようなら


絵がアップされるでしょう…。


【PR】システム構築、ソフトウェア開発はイーステムにお任せください











 ギュンターはうんざりした。
どこに居ても視線がこちらに向く。
いい加減、見慣れてくれないかな。
そう思うが、どうやら余程、目に付く容姿らしい。

素朴な顔立ちの栗毛を肩に揺らすダベンデスタは、講師に言われギュンターの肩に手を掛ける。
「来いよ!
俺の隣部屋だ!」

宿舎は二階で、階段も廊下も屋根があるだけの吹きっ晒し。
室内は暖を取らないとまだ日の浅い春は肌寒かった。
木の剥き出しの壁と床。
質素な室内はそれでも寝台と机、それに椅子が設えられ、詰め込めば五人は入れそうな広さで、ベンチ代わりの古いチェストには送った荷物が詰め込まれ、ギュンターは僅かな荷物を室内に散りばめた。

荷を解いた頃ダベンデスタが顔を出す。
「夕食だ」
そう告げて、階下へと誘う。

一階の、やはり剥き出しの木壁に囲まれただだっ広い食堂は、既に多くの寮生達で賑わっていた。
五つの長いテーブルが置かれ、その一つにダベンデスタはギュンターを促す。
テーブルに着くと、周囲の皆がやはり物珍しそうに、自分の顔をジロジロと見る。
ギュンターが一つ吐息を吐き、ダベンデスタは気づいたように皆の視線を、たしなめてくれた。

横に掛ける一人が口を開く。
「ダベンデスタの隣部屋だろう?
あそこは昔、虐めにあって首を括った寮生の部屋だと、四年の奴に聞いたぞ?
夜中、ふと気づくと天井の梁から紐が吊されていて、その下に首をぶら下げたその寮生が、ゆらりと首を括ったまま顔を寝台に眠るお前に向けて、ぞっとする顔で笑うそうだ」
ギュンターは思わず、そう言う奴の顔をマジマジと見つめてやると、周囲の者が一斉に吹き出す。
からかわれて肩を竦め、ギュンターはぼやく。
「新人いじめの一環か?」
だが隣の奴は笑い、肩を叩いた。
「歓迎の挨拶さ!」
皆も笑い、釣られてギュンターも笑う。

食堂兼寮生の溜まり場のその場所は、部屋の隅に食事が山盛り盛られた皿や鍋が並び、夕食は自分達で盆を持ち、好きな料理を好きなだけ盛り、席に着いて食べる。
最初ギュンターは、肉包みのパイを五切れも盆の皿に盛るダベンデスタの友人、ラッセルダンに呆れて尋ねる。
「一人でそんなに取ったら、後が足りなく成らないか?」
途端、周囲の男達は一斉に振り向いてそう言ったギュンターを凝視した。
がギュンターは小声で、尚も言った。
「…他に食えない奴が、出るんじゃないのか?」
途端、どっ!と笑い声が響く。
ダベンデスタが肩を揺れる程叩いて笑う。
「…いいトコのお坊ちゃんかと思ったら…!」
でかい図体のラッセルダンが、やっぱり大きな葡萄パンを三切れ盆に乗せながら呻く。
「俺と同類の、貧乏領主の息子か?」
ギュンターは頷く。
「足りなく、成らないのか?」
ラッセルダンは自分より背が高く、ひょろり。とした体付きに見えるギュンターを、上から下へと見回す。
「好きなだけ食え。
ここで良いのは、どんだけでも食える。ってコトだ」
ダベンデスタはまだ肩に置いた手を揺する。
「お代わりも自由だ。
それに夕食は、あっちの……」
だだっ広い食堂に続く小綺麗な階段を目で指す。
「堅苦しい大貴族共は降りて来ない」
「…どうして?」
尋ねると、彼らの中で小柄なロッデスタがつぶやく。
「そりゃ専用の召使いが、豪勢な食材で美味いモン作ってるからさ。
だが昼食は全員が同じ飯だ」
ダベンデスタは頷く。
「この宿舎では朝食と夕食だけだ。
昼飯は講義校舎一階の、全学年が入れるだだっ広い食堂で取る。
全学年一斉に」
ラッセルダンはギュンターに振り向くと言った。
「タマに夕食もそこで取る。
特別な場合だが、大貴族も混ざる。とあって、豪勢だぞ!」
ギュンターはラッセルダンの手に持たれた盆の山盛りの食事につい視線が吸い付き、思わず頷く。
ラッセルダンはギュンターの肩をぽん。と叩くと言った。
「俺の領地も毎度食糧不足で、入学当初俺はひょろひょろで小柄だった」
ギュンターの目が、今の横に厚みのある、立派な体格のラッセルダンをマジマジと見つめる。
ラッセルダンのその瞳は
『遠慮無く、好きなだけ食え』
と笑っていて、ギュンターはつい自分の盆を見つめた。

領地でも男兄弟五人で食事をいつも取り合っていたし、その後叔父と出かけた成人の旅先では、いつもたっぷり食べられた訳じゃなかった。
運良く料理上手の農家に宿を借りられると、美味いご馳走が食えたし、叔父の知り合いの領主の館で数日泊まれると、体重も腹も落ち着く。
が一旦馬に乗り旅に出始めると、野宿はザラ。
川で魚を取り、森では鹿やウサギを探す。
が、猟に長けてないと獲物は捕れず、結局前の宿屋で手に入れた干もので過ごす羽目に成り、みるみる内にあばらが姿を見せた。
ヘタをすれば、毎度食事を奪い合う領地の方がマシ。と言うくらい、空きっ腹を抱えてウロつく羽目に成り、殆ど一週間、ロクに食えず豪雨の中、それでも食料を探し森を彷徨った事もあった。
叔父が獲った鳥の肉を食いつなぎ、最後は骨を、しゃぶって飢えを凌いだ体験もある。

だがギュンターは席に着くダベンデスタに尋ねる。
「いいトコの坊ちゃん?
俺はそう、見えるのか?」
全員食う手を止め、顔を上げて笑う。
「そりゃその、顔じゃな!」
列に並ぶ、他の男達も一斉にギュンターが、その特別な容姿に関わらず中身は自分達同様の普通の少年だと解り、気さくに話しかけて来た。

一人がぼそり。と小声でささやく。
「剣は?相当使えるから合格したんだろう?」
ギュンターは肩を竦めた。
「俺の領地で男は進路を決める為に成人の旅に出る。
旅先での自己流で、特に誰かに師事した訳じゃないが…流れ者の騎士に時々教授して貰ったし…」
「旅?
ずっと旅してたのか?」
ギュンターは頷く。
「野宿してると、盗賊の一団に出くわす事が間々ある。
叔父と一緒だが、俺が年少だと庇ってくれない。
自分の身が守れないようじゃ、成人前に死ぬのはラッキーだ。と抜かしやがって」
ぶっ!
皆がどんどん陽気に成る。ギュンターの、中身が愉快な男だと解って。
「その面じゃ随分、いい思いしたんじゃないのか?」
ギュンターはまた、肩を竦めた。
「冗談だろう?
見目がいいよりあっちが上手くなきゃ、馬鹿にされるぞ?」
全員がぶぶぶっ!と吹き出す。
そして途端に、鎧を脱ぐように、その新入りを見た。
くつろぎきった様子で。
「ディングレーと話してたろう?
あいつ、近寄り難いが確かに何かあった時は凄く、頼りに成る」
「天上に居て、滅多に降りて来ないがな!」
と、小綺麗な階段の上を仰ぎ見る。
ギュンターが気づき、尋ねる。
「あの上が奴らの宿舎か?」
「続き部屋に召し使い付き。
部屋はだだっ広くて、凄く洒落てる」
ギュンターは自室の、おんぼろ宿屋よりはマシ。と言う程度の、木が剥き出しで壁紙もロクに無い、粗末な部屋を思い出した。
だが雨風凌げてすきま風の少ない。
寝台はそれでもきちんと掃除されてカビ臭く無かったし、用意された布団もふかふかだった。
ラッセルダンはギュンターの頭の中身が想像付いたように告げる。
「連中の部屋は、豪華なんだ」
ギュンターは時折泊まる叔父の友達の領地の屋敷を思い浮かべた。
「天蓋付きの寝台?」
ラッセルダンは頷く。
ロッデスタが呻く。
「ペン立てに宝石が付いてた」
皆が頷く。
「それに剣立ても金飾りで宝石だらけだ」
途端、一斉に吐息が漏れる。
一人が呻く。
「だが連中の祖先も昔は俺達同様、名も無い少年だった」
「近衛で軍功立てりゃ、爵位が貰える」
「出世すりゃ家の格も上がるしな!」
ギュンターはふと、近衛の噂を聞いた。
近衛で名を馳せるのが出世の最短距離で、その為腕に覚えのある身分の低い男達はこぞって近衛を目指す。と。

が、その時だった。
別のテーブルに居た目付きの悪い、ガタイのいい一団の一人が歩み寄り、テーブルに手をだん!と付くと、いちゃもん付けて来た。
「よう新入り。いい気に成ってるようだな?」
テーブルの皆が途端、陽気な笑いを引っ込める。
がギュンターはチラと視線を走らせる。
反対側のテーブルの、どうやらいちゃもん付けて来た奴の対抗勢力らしき、やはり体格良く喧嘩慣れしてそうな面構えのいい連中がこぞってこちらに顔を向け、味方に付くべきかどうかを伺っているのに気づく。

ギュンターは楽しげに食事していた皆が避けるように顔を下げるのを見て、その無礼な狼藉者に視線を送る。
「俺に用なら、そっちで話そうぜ」
言って席を立つ。
ロッデスタが、信じられない。と目を見開き、ラッセルダンもダベンデスタも同様だった。
がギュンターはその男をテーブルから離れた、少し広い場所へと連れ出す。

ロッデスタが席を立って身を屈め、大貴族用宿舎に続く階段へと走り寄ったが、階段に立ち塞がる男の仲間がニヤついた顔でその歩を押し止めつぶやく。
「…ディングレーに、ご注進か?
学年一だとかデカい面しといて、新入りの腕試しも出来ない腰抜けを呼ぶ気か?」
ロッデスタが背後に振り返るとそこにももう一人居て、前後をデカイ男に挟まれ狼狽える。

ギュンターはそれを見て目前の男にぼそり。と告げた。
「あいつは関係無い。
手を出すな」
が、目前の奴は目を見開き、大声で仲間に告げる。
「聞いたか?
このお綺麗な面構えで、いっちょ前の事言ってるぜ!」
ロッデスタを挟む前後のデカイ男達は、声を立てて笑った。

が、連中の反対勢力らしき男達の集うテーブルから一人が立ち上がる。
皆がその男デラロッサに、期待の視線を送った。
静かな威嚇を滲ませる銀髪の、体格では劣らぬ彼は猛者に挟まれた小柄なロッデスタの横に付き、その腕を引き言う。
「奴の言う通りだ。
ディングレーは呼ばないから、好きなだけやれ」
だがロッデスタを囲んでいた男二人は、デラロッサの前に立つとその瞳を殺気で輝かす。
「…それで済ます気か?」
「いい恰好したいようだな?」

ギュンターは彼らが殴り合いの様相を見せるのに咄嗟に叫ぶ。
「獲物は俺だろう?
俺の相手はたったの一人か?!」
叫ぶと目前の男がその侮辱に目を剥く。
「俺一人でお前なんて、十分だぜ!」
がギュンターは咄嗟に拳を握り肘を引き、そう言った男の腹に突然拳をめり込ませた。

目前の奴はいきなり腹にがつん。と喰らい、顔を歪め腹を押さえ屈み込む。
皆がその早業に驚き、がギュンターはその美貌を煌めかせ、視線を大貴族宿舎に続く階段下で睨み合う者達に向けて告げる。
「これでも必要無いか?!」
デラロッサと睨み合ってた二人が、憤って瞬間デラロッサを突き飛ばし、駆け寄って来る。
「ふい討ちだろう!」
「汚いマネしやがって!」

二つの拳が時間差で顔を襲ったが、ギュンターは体を屈め思い切り顔を左斜めに倒してそれを避け、右の男の腹を右足で蹴り倒し、吹っ飛ぶの隣の仲間に咄嗟に目を見開き顔を向ける左の男の、顔に左拳を思い切り振り入れた。
がっっっっ!

ほぼ、二人が同時に背後に吹っ飛び、どたん!と派手に床に頃がる音と共に、その場に残り立つギュンターを、皆が驚愕に目を見開き、見つめた。
ギュンターは最初に沈めた男、そして二人の男の様子に今だ油断無く視線を送る。

がテーブルに残るボスらしき一番体のデカい男が
「ふざけやがって!」と唸りながら席を立つ。
その場は彼の登場に、いきなりしん…。と静まり返った。

皆がその男を、恐れてるのは解った。
時折濃い栗毛の混じる鮮やかな栗色の巻き毛の男で、だがその顔立ちは、傲慢で不遜な様子が滲み出て居た。
肩、胸とも筋肉で盛り上がり、多分相当な力自慢だろう。
が、身長ではギュンターが勝った。
しかしその男はひょろりと背だけ高い奴。と、ギュンターの体格をせせら笑う。

見ていた皆は、ギュンターと嫌われ者シーネスデスが同時に一瞬で身を屈め、右拳を振り上げ激突する様を見た。
シーネスデスの右拳が真っ直ぐ、ギュンターの頬に突き刺さる。

ギュンターの顔が吹っ飛ぶ!
皆にはそう見えたが、目前から、殴りかかろうとした男二人を自分に一瞬で引きつけた、ギュンターの鮮やかなやり口に感心していたデラロッサはそれを見、思った。
紙一重、ぎりぎりで交わしてる。
あれは相当喧嘩慣れしてるな。
そう…。

シーネスデスは手応えが有る筈なのにすかしを喰らい、ギュンターの拳が顔に届くのを目に一瞬顔を横に泳がせ、避ける。
が、ギュンターの拳が頬を弾き顔を揺らす。

次の瞬間無傷で立っていたのはギュンターで、その頬を腫らし口から血を滲ませたのはシーネスデスの方だった。

おおおぉぉぉぉぉぉぉ!
どよめきが食堂中に鳴り響く。
シーネスデスは口の端の血を拭うと、呻く。
「…いい気に成るなよ!」
ギュンターは冷静に見えた。
頷き、つぶやく。
「まだ、しゃべれるようだしな…!」

シーネスデスは柔っちろい面のその新入りの余裕に、頭に血が上ったように拳を構えた途端、次から次へとギュンターの顔目がけて拳を振り入れ始める。
ギュンターは歩はそのまま、顔を左右後ろに振ってそれを避けた。

デラロッサはつい顔をしかめる。
あいつ、本気出してる。
あの早い拳の連打は、結局どこかで掴まりぼこぼこにされる。
一年の年から三年に上がる二年間で、この食堂中の三年達はそれを知り尽くしていたから、誰もが皆、ギュンターがそれをどう凌ぐのか、固唾を飲んで見守った。

振り回される拳に気圧されて、ギュンターが一歩後ろに引く。
が拳は止まる事無く左右交互に顔面目がけて早い勢いで繰り出され続けた。
それでもギュンターはその早い拳を、顔を振りしなやかに避け続ける。
ロッデスタがそれを目に、慌てて大貴族用宿舎の階段を登り始めた。

ギュンターがまた…振り回される拳を避けて一歩、引く。
避けながらも隙を伺うが、相手が拳を左右に繰り出す限り、腹も…勿論顔も、殴れはしない。

ロッデスタは駆け上がるその歩を、中間でいきなり止めた。
階上に、その姿を見つけて。

がっ!
その瞬間、ギュンターは左肘を曲げ突き出し、シーネスデスの振りかかる左拳を止める。
そして直ぐ次に襲いかかる右拳を、顔を一瞬後ろに反らし避けると、直ぐ様上体を思い切り左横に倒し右足を、シーネスデスの腹に素早く蹴り入れ、そのデカブツを後ろに吹っ飛ばした。

だんっっっっっつ!
もんどり打って床に吹っ飛ぶシーネスデスを、皆がやっぱりぎょっ。として眺める。
その視線は吐息を吐き体を起こす、美貌のギュンターに注がれた。

はらりと金の髪が額に一筋垂れはしたものの、その顔は一発も食らわず綺麗なままだ。
ギュンターは倒れ腹を押さえるシーネスデスの痛みに歪む顔に一つ、頷くと視線を…階段の、上へと注ぐ。



皆が釣られるように、ギュンターに習う。
その階上には黒髪のディングレーが、まるで尊大な観戦者のように立っていた。
彼は息を吹き返しギュンターの背後を狙おうとする、どうやらギュンターに殴られ頬を腫らしたらしい男をジロリ…!と見据えた。

ギュンターは気づいて背後に振り向く。
がその頬を腫らした男はディングレーの睨みに萎縮し、途端握った拳を引っ込めて縮こまる。

ギュンターが口を開くが、ディングレーが先に言った。
「助っ人は要らないようだな?」
ギュンターはそれを聞き、顔を仰向けながらその、尊大な王族に告げる。
「助けて貰った。たった今」
ディングレーは肩を竦める。
「助けた内に入るか。
…聞く迄も無いだろうが、先に手出ししたのはどっちだ?」
がギュンターは即答した。
「俺だ。
奴…」
振り向いて屈む男を目で指す。
「が食事の邪魔をするんで………」
が、ディングレーは吐息を吐き、言い直す。
「言いがかりを付けたのはどっちが先か。と聞くべきだったか?」
ギュンターは頷くと告げた。
「それならあっちが先だ」
ディングレーは頷き返す。
「ならお前の拳は正当だ」

が、シーネスデスが、屈んで腹を押さえ怒鳴る。
「あいつの肩持つ気か?!」
「お前らが突っかかったんだろう?」
ディングレーが言い放ち、彼の背後の取り巻き三人が、ジロリ…!とディングレーの判定に言いかがりを付けるシーネスデスに視線を送る。

シーネスデスは、『猟犬共が…!』とその、獲物を見つけると血に飢えたように襲いかかる、毛並みの良い大貴族の猛者共を睨め付けた。

貴族とは戦で手柄を立てた者が貰える栄誉ある地位で、大貴族とも成ると代々の子孫が軍功を上げ続けた名家を意味する。
大貴族はその家柄を維持する為に、常に軍功を上げる事を必要とされていたから、大貴族。と言えば皆、品と育ちは良いが、幼い頃から戦い方を叩き込まれたサラブレッド達だったから、幾ら学年の猛者だろうが、迂闊に敵には回すのは躊躇われた。

王家の血を継ぐディングレーはそのサラブレッドの親玉で、四年の兄貴、顔だけが自慢の軟弱で身分にあかせて人を跪かせるグーデンと違い、ディングレーはその実力もが学年一だったから余計、腕自慢の猛者と言えども彼と拳を交えるのは、避けたい所だった。

『ここは、引くしかない…!』
シーネスデスは目前の優美な美貌のギュンターを睨み据えた。が、震える拳を引き、顔を下げて元居たテーブルに戻った。

わっ!
皆が一斉にギュンターを取り囲み、階上のディングレーにも賞賛の歓声を送る。
が、ディングレーはその場を動かず、叫ぶ。
「ギュンター!
編入祝いがまだだ。
いい酒が手に入ったから、飲みに来い!」
皆が途端静まり返り、ギュンターは階上を見上げ、ディングレーに叫び返す。
「助けて貰ったから、酒を奢るのは俺じゃないのか?!」
ディングレーは、ふざけるな。と首を横に振り、そして顎を上げて促す。

ギュンターが階段に歩を踏み出すと、皆が次付にぽん。ぽん。と、ギュンターの肩を叩いた。
ギュンターは気づき、告げる。
「五月蠅い奴は消えたから、楽しく食事を続けてくれ」
皆がギュンターのその言葉に、一斉に笑顔に成った。

 キョロキョロ見回すギュンターに、ディングレーは自室の椅子に、掛けろ。と目で促す。
これが同じ宿舎の部屋か?と言う程、さすが王族の部屋だけあり、壁紙もカーテンも、絨毯も豪華で、何よりテーブルと椅子の手の込みようと言ったら、宮殿のようだ。と、宮殿を見た事のないギュンターは思った。

ディングレーは不快そうに眉を寄せて呻く。
「壁は元からこうだし、召使いが家具一式選び持ち込んで、俺の管轄外なんだ」
「…あんたの趣味じゃないのか?」
ディングレーは酒瓶から素晴らしいカットのクリスタルグラスに酒を注ぎギュンターに手渡すと、どかっ!と向かいの椅子に掛ける。

「俺の趣味を取り入れたら、召使いが家の執事頭にご注進する。
王族ともあろう者が、粗末で質素な物の中で過ごしてる。と。
だが最悪だ。
俺がちょっとでも家具を汚すと、召使いは目の色変えてその汚れを落としてる。
ドロなんか付けて帰ったら召使いは布を手に、俺が歩いた後を拭いて回る。
気を使うこと甚だしい。しかも、家具にだ!
ちっともくつろげない部屋に、意味あるか?!」

ギュンターは呆れてその『王家の血』を引く男を見つめた。
「嫌だと断れないのか?」
「俺が体面を保てないと、執事頭は自分の責任で首を括る。と俺を脅す」
ぷっ!
ギュンターが吹き出し、ディングレーはその顔の美しさに唸った。
「迫る男より、殴りかかる奴が先だったか」

ギュンターは気づく。そしてささやく。
「それは入学式でも言ってたが、俺に、迫る奴が居る。と言ってるのか?もしかして」
ディングレーはぶすっとして頷く。
「野郎ばっかだから、どれだけ見目のいいペットを侍らすかで、競い合ってる」
「馬鹿げてるな」
ディングレーは心から同感だ。と頷く。
「女が居る社交場では、どれだけ色っぽく有名な美人を口説けるかで競う癖にな」

ギュンターはそっと尋ねる。
「競うと、良いことがあるのか?」
「相手よりどれだけ優位に立てるかで、ここでの地位が決まる。
地位が低いと酷い扱いを受ける。
皆それが嫌で他人より優位に立とうと必死だ。
学校とか言ってるが秩序なんて表面だけの、まるっと弱肉強食の世界だからな。
どれだけ剣が使えるか。
どれだけ強いかだ。
後は言った通り、どれだけ見目のいいペットを飼ってるか。だが…」
ギュンターの、眉が寄る。
「ペットったって、同じ生徒だろう?」
ディングレーは頷く。
「結局、競争率の高い相手は殴り合って所有者を決めるから、綺麗な男を自分の物に出来る奴は強い。と相場が決まってる」

ギュンターは呆れた。
「俺を取り合う馬鹿は居ない」
ディングレーは向かいのそう言う金髪美貌のギュンターを見た。
「鏡くらい、見た事あるんだろう?」
ギュンターは吐息混じりにささやく。
「俺に手を掛けたら多分俺が先に殴ってる」
ディングレーはグラスを揺らす。
「…見てた時も思ったが……もしかして喧嘩っ早いのか?」
ギュンターはグラスに口を付けながら答える。
「言葉より拳の方が、手っ取り早いだろう?」
ディングレーは一瞬、呆けた。

全くの、同意見だった。
「まだるっこしい事は嫌いか?」
疑問にギュンターは即答した。
「意味がない」
ディングレーは更にグラスを揺らす。
どこか、同類の臭いがこの男からはした。

顔を上げて正面の、酒を飲むその優美な美貌を見た。
確かに群を抜いて綺麗だ。
が、ディングレーは顔の善し悪しは結局第一印象でしか無い。と知っていた。
気品はどれだけ崩れた顔からでも滲み出るものだし、逆にどれだけ綺麗でも、醜悪な性根は隠せない。

この男は柔っちろい面に見える。
が、拳を振っている時のこいつは、全然柔には見えずむしろ…水を得た魚のように見えた。

ディングレーはぼそり。と漏らす。
「早々に、学年無差別の剣の練習試合が恒例である。
学校一の剣士を決める試合だ」
ギュンターは美味い酒に舌鼓を打って気のない返事を返す。
「…どうせ四年の奴が一番だろう?」
ディングレーはもう一つ、吐息を吐いた。
「今年はそうだと、四年の連中も面子が保てるがな」
「?」
ギュンターは顔を上げた。が、ディングレーは
「試合に、出れば解る」
と言って言葉を濁した。

出がけに戸口でディングレーに告げる。
「味わった事の無い程美味い酒だった。
相当高い酒なんだろう?」
ディングレーは吐息混じりに俯く。
「俺が身分に似合う好みは、酒くらいだ」
ギュンターはつい、その王族を見つめた。
衣服も仕立てが良く、素晴らしい金刺繍が縫い込まれていた。
「……他は趣味じゃないのか?」
ディングレーはつい、ぼやく。
「お前の顔と一緒だ。
チャラチャラしたものは、面倒なだけだろう?」

言って、はっ。とディングレーは顔を上げる。
顔を侮辱された。と睨むその男の表情を想定したが意外にもギュンターは、笑っていた。

「だが俺の顔は、鏡を見ない限り俺の目には触れない。
あんたは毎日そこら中自分の趣味で無い物を目にしてる。
あんたの方が不幸だ」
ディングレーはその理屈が、すとん。と腹に収まり、つい頷く。
「確かに、そうだ」

「馳走に成った。
俺が奢れるのは、安酒だぞ?」
ギュンターの言葉に、ディングレーは頷く。
「酒なら何でも好きだ。
高級酒じゃなきゃ口に合わない。なんて贅沢は言わない」
ギュンターはまた、笑った。
「高級酒じゃなきゃ、奢られないと言ってくれりゃ
『金がない』と断れるのにな。
だが代わりに『尻を貸せ』と言われたらきっぱり断るぞ?」

ディングレーはほぼ同じくらいの身長の、その綺麗な面の男を一瞬呆けて見つめ、だがぼやいた。
「安心しろ。
俺の好みは小柄で可憐で、可愛らしい奴だ。
間違っても面だけは綺麗だが、全然愛らしくも可愛げも無い喧嘩っ早い背の高い奴は好みじゃない」

ディングレーはまたしても、言った後、はっ。とした。
これも、聞きように寄っては侮蔑の言葉か。
どうも言葉は苦手だ。
奴を侮辱する気は毛頭無いが、奴が言葉道理取れば喧嘩に成る。

がギュンターは肩を竦めた。
「それは凄く、有り難い。
あんたに迫られてもやっぱり、拳を握ると思う」
ディングレーは頷く。
そして礼代わりに頷き、廊下へ消えて行く奴の背を呆然と見送った。

自分は言葉が、苦手だった。
世辞も丁寧ないい回しも駄目で、ヘタをすると相手と意思疎通が困難だったりするし、とんでも無い誤解を与え、しなくてもいい諍いや相手に不快な感情を与えたりする。

が…ギュンターはちゃんと自分の意図をくみ取るどころか、先を行く。
喧嘩同様剣も使えるとしたら、いずれ雌雄を剣で決する事に成る相手だったが、ディングレーはどうやらあの男が気に入ってる自分に気づく。
殆ど初対面に近い相手に言いたい放題言って、意思疎通の出来た試しが、今迄一度だって無かったからだ。




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プロフィール
「アースルーリンドの騎士」-ブロくる
天野音色 さん
「アースルーリンドの騎士」
地域:愛知県
性別:女性
ジャンル:趣味 漫画・小説
ブログの説明:
オリジナル小説「アースルーリンドの騎士」
「二年目」のミラーサイトに成っちゃいました。
昔はこっちが本家だったんですが………。
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¶二年目 7 アイリスの怒り 18R (1)
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¶二年目 10 ローフィス 18R (1)
¶二年目 11 抗争の始まり (1)
¶二年目 13 ギュンターとディングレーの介抱 18R (1)
¶二年目 14 ローフィスの采配 (1)
¶二年目 15 学年無差別剣の練習試合、前日 (1)
¶二年目 16 アイリスの思惑 (1)
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第五回【競演】炎の女王サランディラ テーマ『祭り』 (1)
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