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トムリンソンによれば、プーチンは「1979年からMI6とロイヤル・アーチ・フリーメーソンのマインドコントロール下にあった。そして1994年までKGB内の彼らのスパイのひとりだった」(1)
[森羅万象]
2021年6月15日 21時4分の記事



『タヴィストック研究所の謎』
世界を牛耳る洗脳機関  
ダニエル・エスチューリン   ティー・オーエンタテインメント2013/12/15



<タヴィストック研究所>
・イギリス、サセックス州のタヴィストック研究所は、表向きは精神病理学、臨床倫理学の世界的拠点として知られている。だがその真の姿は、英国王室とロスチャイルド家の資金により設立された、洗脳・プロパガンダ研究に関する世界屈指の秘密機関かつ国際諜報機関である。

<水瓶座の陰謀>
・イギリスのサセックス州に本拠地を置くタヴィストック研究所は、集団洗脳と社会工学研究の中心である。第ニ次大戦にウェリントンハウスで緊急始動したこの研究所は、やがて地球という惑星全体の運命を形作り、その過程で時代社会のパラダイムを変える最先端の組織へと成長した。
 500キロトン級核爆弾の爆発と同じ威力を持つ革命的な本書は、タヴィストック・ネットワークとその洗脳方法、世界の名だたる機関がそれを応用し、大規模な社会工学的プロジェクトに適用している事実を明らかにしている。
 1974年、スタンフォード研究所では、「チェンジング・イメージ・オブ・マン」と名付けられた研究が超極秘のうちに行われた。洗脳者たちが自らその研究を指して言ったように、これは「水瓶座の陰謀」である。

・われわれはみな、日々の生活のなかで国家がなし崩しにされていくのをひしひしと感じ、個人的にそれを体験している。だが、それは自然の成り行きでも、偶然の出来事でもない。われわれが目にしているのは、世界最大の権力を持つ者たちが仕組んだ、計画的な世界経済の崩壊なのだ。タヴィストック研究所に関する本書は、戦慄すべき陰謀が現実のものであることを明らかにし、陰謀の黒幕とその長期的目的を暴いて、どうすれば彼らに地獄へ引きずりこまれずにすむかを示している。

・繰り返すが、タヴィストックの陰謀は厳然たる事実だ。彼らは人々を堕落させるために音楽を作る。無知な環境保全守護者を洗脳し、利用する。麻薬中毒者は、人間の精神を破壊し、退化させることを最終目的とした政府の長期的政策の犠牲者だ。あらゆるヨガ・マニア、超越瞑想法の信奉者、急進的左翼および右翼、バハーイー教の感受性訓練者および超能力者、宇宙意識グループ、ニューエイジの恋人、宇宙意識体験の探究者、「意識啓発」の信奉者が、政府の後援、財団の資金援助によるプロジェクトの派生物だ。

・第ニ次大戦中、イギリス軍の心理戦本部として、タヴィストックはイギリス特殊作戦執行部との取り決めにより、心理戦の方針に関してアメリカ軍に指示を送っていた。
 周囲を見まわしてもらいたい! 世界の名だたる社会科学者や行動工学者が地球の未来に仕掛けた正面攻撃の結果、善を勧め、悪を懲らしめるという国家モラルの拠り所は崩壊した。
 
・人間のあらゆる内なる要素がプロファイルされ、記録され、コンピュータ・システムに保存される。前述の緊密な連携態勢をとる社会科学者、心理学者、精神分析医、考古学者たちの集団と、様々なシンクタンクおよび機関を取り仕切っているのは、主にヴェネチアの黒貴族からなる少数独裁組織のエリートたちだ。彼らが行動変容をもくろむ目的は何か?われわれの生き方、考え方を、本人の同意なしに、本人の知らないあいだに、強制的に変えることである。

<対破壊行動作戦>
・人心を操作して社会を思うままに動かすテクニックは、人類と同じくらい長い歴史を持つ。封建社会の領主たちは、変化を食い止め、権力を保ち、強化するために、罰と拷問を常用した。何千年も前の時代ですら、このテクニックは「分割し、征服する」道具として意識的に使われ、支配階級の助けとなった。しかし、特定のテクニックあるいはセラピーがどれほど効果をあげようと、それだけでは対破壊行動作戦とは呼べない。「単発的に恐怖を使うだけでは、破壊行動の制圧を進めることはできない。支配階級もしくはその傀儡は、意識的かつ組織的にそれを適用する必要がある」 1930年代における心理学および精神病学の転換が、まさしくここで言われていることを達成した。

・1980年の晩春に早送りし、エルサレムのエイン・ケレム通りにあるロシアの東方正教会の修道院に飛ぶとしよう。1980年には尼僧院として運営されていたものの、そこはKGBの「スパイセンター」として知られていた。トムリンソンによれば、この厳重に守られた敷地には「ウラジミール・プーチンやほかのKGBのロイヤル・アーチ・フリーメーソンたちが滞在していた。イギリス諜報部の新人たちは主に、エイン・ケレム通りの中心にある聖ヨハネ教会の裏の、「ユース・ホステル」に滞在した。
 トムリンソンによれば、スパイが暗躍するこの逆さま宇宙では、驚いたことに「“訓練生”は夜毎KGBのエージェントとこれらの建物のベランダに座り、煙草を吸い、ウォッカを飲み、ばか話に興じた」。ロシア語を話すトムリンソンは、このグループの事実上の通訳を務めたという。
 ここで初めて顔を合わせたウラジミール・プーチンとは、その後何度も会うことになる。プーチンはこのとき26、7歳、トムリンソンより何歳も上だったが、実際の年齢よりもはるかに若く見えた。

・さらに早送りして1993年、今度はポートランドだ。ソヴィエト連邦が崩壊すると、ポーランドはヨーロッパの諜報活動における最大の蚤の市となった。世界一の鉱物資源、最大の石油備蓄を持ち、アマゾンよりも多くの森林資源は言うまでもなく、ソヴィエト時代の武器の膨大な備蓄を持つポーランドは、文字通りそれをはぎとられていった。西欧の軍事行動に対抗できぬよう、ロシア政府を無政府状態にするためだ。
「誰がどの機関のために働いているか、どの機関がどこと手を結んでいるか、さっぱりわからない状態だった。誰もがなりふりかまわず、“手当たり次第にかっさらって”いた。この飛び入り自由の争奪合戦には、MI5、MI6、CIA、IRA(アイルランド共和国軍)、その他多くの機関が集まってきた。情報、麻薬、武器、とにかくなんでも手に入れようと必死だった。世界中の諜報機関、マフィア組織が参入していた」

・トムリンソンは説明する。「ウラジミール・プーチンは当時、東ベルリンの国家保安警察でKGB管理者として働いていたが、その仕事を失った。サンクトペテルブルクでは飢饉が起こっていたというのに、KGBの給料は何か月も滞っていた。様々な街で家族が飢え死にしていた。ウラジミール・プーチン自身の家族も例外ではなかった」
 助けを必要としていたプーチンは、自分の敵であるはずの人々に連絡してきた。MI6のモスクワ支部にいたジョン・スカーレットだ。スカーレットはプーチンと同じように、ロイヤル・アーチ・フリーメーソンだった。
 スカーレットがプーチンとどんな取引をしたのか、それはトムリンソンには見当もつかなかったが、彼はいくつか非常に価値のある情報を加えている。
 トムリンソンによれば、プーチンは「1979年からMI6とロイヤル・アーチ・フリーメーソンのマインドコントロール下にあった。そして1994年までKGB内の彼らのスパイのひとりだった。
 プーチンは急激に状況が悪化していくサンクトペテルブルクから家族を連れだす必要があった。スカーレットはイギリスでドイツ語教師(プーチンは母国語のようにドイツ語を話した)として新しい身分を用意することに同意した」
 プーチンの妻とふたりの娘はしばらくしてから合流することになっていた。しかし、その途中でスカーレットはこの取引を翻し、どういうわけかMI5は、安全な経路でロシアから出たプーチンがイギリスの土を踏むとすぐに彼を捕え、拷問したあと殺害することに決めた。
 しかし、MI5はやがてロシアの大統領となるプーチンを甘く見ていた。プーチンは自分がそれまでに築いた広範なスパイ・ネットワークを通じてMI5の企みを嗅ぎつけ、取引を反故にしてロシアに戻った。
 そして1994年、反撃にでた。この年、MI6のラップトップがヨーロッパから消えはじめた。

・KGBのロイヤル・アーチ・フリーメーソンは、まるでタランチュラのようなフリーメーソン組織のなかの、これらの部門のひとつだった。

<幸せの青い鳥>
・「記憶の国」は、昔からマインドコントロールと対破壊活動計画の主要な対象だった。今日では20世紀の前半ほど使われないかもしれないが、どこかで「幸せの青い鳥」というフレーズを聞いたことがあるにちがいない。だが、これがベルギーのノーベル賞受賞作家であり劇作家であるメーテルリンクの最も有名な作品『青い鳥』(1909)に由来していることは、このフレーズが盛んに使われた当時ですら知らない人々が多かった。劇中、ふたりの子どもが幸せの青い鳥を探しに出かけ、様々な冒険をする。CIAはマインドコントロールを完成させるため「青い鳥」プロジェクトを始めとする様々なプロジェクトで、一種の聖杯探索とも言えるメーテルリンクの劇の多くのモチーフを繰り返し使っている。

<タヴィストックと邪悪な同盟>
・ケネディの暗殺には、オカルト信仰者、さまよえる主教、アメリカの諜報部、ナチの科学者からなる不快な霧が渦巻いている。そのすべてがジョン・F・ケネディの暗殺者とされるリー・ハーヴェイ・オズワルドの知り合いだった。彼らはみな幽霊と話し、黒魔術の儀式を行い、交霊会のテーブルを囲んで手をつなぎ、ニューオーリンズのアパートで鶏を生贄にしていた。

・CIAと悪魔崇拝のカルト信者たち、20世紀後半の神秘主義は、驚くほど緊密に結びついている。CIAはもちろん、現実に存在している。ブルーバードからアーティチョーク、MKウルトラまで、彼らのマインドコントロール・プログラムは、公式の記録に載っている。政治がらみの暗殺と様々な外国政府転覆の歴史も同様である。悪魔崇拝も「オカルト秘密結社」とみなすべきかもしれないが、存在し、記録に載っている。古代の儀式を通じてより高い霊に接触しようとする彼らの試みも、きちんと記録された、よく知られている事実である。

・マインドコントロールを研究する者たちが、オカルト実践者、魔術師、魔女、ヴードゥー教のまじない師、シベリアのシャーマンたちの記録をかき集めはじめるのは時間の問題だった。そうした魔術は有史以前から、健常で、心地よい、ごくあたりまえの意識を人から奪い去り、そのあとに強力な、全知の、ときには凶暴な、常に人をあざむく個性を据えてきた。

<イルミネーションによる抹殺>
・人心操作そのものは、何世紀も存在してきたが、近年、争いの武器として“再発見”された。きっかけは第ニ次世界大戦だった。韓国、フィリピン、ヴェトナム、アフリカ、中東、ラテンアメリカ、心理学を駆使した作戦のリストは長い。

<ペーパークリップ作戦>
・ワシントンの政策立案者たちは、次の主な対立は合衆国とソヴィエト連邦の間で起こることを知っていた。したがって、原子力兵器のテクノロジーと超極秘に開発されていたロケットV・1とV・2の開発に携わっているドイツのトップレベルの科学者たちを、ロシア人の手の届かぬアメリカに連れ去り、さらにおそらくこちらのほうが重要だが、強制的に合衆国のために働かせることが最重要とされた。

・その目的のために、複数の戦時諜報作戦が実行された。そのなかで最も有名なのがペーパークリップ作戦だ。ペーパークリップ作戦について聞いたことのある人々は、大半が、それは宇宙プログラムの手伝いをさせるために、ナチの科学者たちを合衆国へ連れてくるプログラムだったと考えている。しかし、ペーパークリップ作戦とそれに続くナチの徴募には、ロケット科学よりもはるかに多くの目的があった。心理戦の専門家、ゲーレン諜報機関のスパイ、暗殺者、破壊工作員やナチの医療担当者が含まれていた。
 ペーパークリップ作戦の物語は長く、非常に混み入っている。実際、アルファベットのパスタ入りスープのように見えるほど、頭文字の略語だらけになる。CROWCASS(戦争犯罪・治安犯罪容疑者中央登録所)からCIC、SIS、OCC、CIA、JIOA、その他多くの諜報機関とその作戦がそれに関わっている。何十という国とその諜報機関、軍、政党、カトリック教会、刑事司法制度がこれに関与した。ペーパークリップ作戦が終了するころには、何千というナチの科学者同様、ウクライナの武装親衛隊の一師団がそっくり、ドイツを逃れていた。彼らの多くはこの戦争の最も極悪非道な行為に関わった罪、戦争犯罪者として告発されていたにもかかわらず、あっさり合衆国や南アメリカ、中東に移住してしまったのだ。

<マインドコントロール>
・マインドコントロールとひと口に言っても、それが使われている範囲が非常に広く、そのために使われる方法もきわめて巧妙である。

・その後まもなく、マリオネット・プログラミングと呼ばれたマインドコントロール・プロジェクトが、ナチス・ドイツから輸入され、“プロジェクト・モナーク”と改名されて復活した。モナーク・プログラムとは基本的に、極度のトラウマを使って現在では解離性障害と呼ばれる多重人格障害を誘発し、巧みに心を操作することだった。
 
<CIAの陰謀>
・CIAの展開は、基本的にあらゆる主な既存施設への組織的浸透に向けられていた。この浸透は、アメリカを支配する一族の助けを得て、“準合法”ファシスト組織が既存の組織を乗っとるための準備段階だった。

<王殺し>
・世界の人口の大多数は音楽を聞く。だが、実際にその歌詞の本当の意味と、それが聞き手にもたらす影響を理解している人間はほんのわずかしかいない。ビルボードのチャートで上位になる流行歌の多くにはきわめて重要な意味と趣旨がある。実はその多くが、悪魔礼拝かオカルト、その他の霊的な意味を歌詞に持っている。だが、そうした象徴的表現は、ふだんまったく無視されている。

<言葉の力>
・これらを語るのは歌の詞だけではない。ミュージックビデオにも、オカルトやフリーメーソンじみたシンボルが溢れている。黒と白のモザイク模様の床は言うまでもないが、とくによく見られるのは、神の全能の目を意味する“プロヴィデンスの目”と様々な形のピラミッドだ。彼らが歌う新世界秩序がどういうものか、想像はつく。イルミナティという名もダン・ブラウンの人気小説のおかげで聞いたことがある。だが、このレイマンというのは誰か?

<なぜはっきりわかるところにあるのか?>
・静かに世界をコントロールしようという陰謀が実際に存在するとしたら、その首謀者たちはなぜそれを隠す代わりに、歌やビデオやハリウッド映画で宣伝するのか?実は、この結社は秘密を誰にでも明らかに見えるところに隠すのが好きなのだ。それもビデオや歌のなかだけではない。もしも私がこう言ったら、信じてもらえるだろうか。JFKは儀式の生贄になった。あれはオカルトの世界では、「王殺し」と呼ばれる儀式だった、と。そしてその証拠を示したら?
 あの暗殺の公式に発表された“事実”では、一匹狼の暗殺者が魔法の銃弾で大統領を殺したことになっている。
 ケネディの暗殺を理解し、それがタヴィストックの洗脳、秘密結社、グローバル政府設立へとつながる陰謀で、ナチ特製のオカルトだと知るためには、生命の詳細とそれが見事に一点に集中するように見方を変え、知覚の扉を開いて、知られざる黄泉の世界へと入らねばならない。それが古代の人々の方法だった。彼らは名前が持つ意味から始め、場所が持つ意味を読み、緯度や経度の線、地理と地図製作における度数の区分、ふたりの会合から派生する妄執的行動、すなわち儀式を含め、あらゆるつながり、シンボルを探知するヴィジョンを包括して世界を見た。

・これらのシンボルは露骨なほど明白で、簡単に見分けがつくこともある。だが、その裏に隠された意味やメッセージはほとんどの人にはわからない。われわれの脳が自動的に取るに足らない、意味のないものだと判断して取り除いてしまうからだ。ところが、実はそのひとつひとつが意味を持っている。その意味で、現場の明らかな混乱状態にもかかわらず、JFKの暗殺は驚くほど整然と組織的に行われたと言えよう。

・ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ暗殺の究極的な目標は、政治的なものでも、経済的なものでもなく、魔術だった。白昼夢を見ている心をコントロールし、その心が持つ力を操るのは、この嘘に満ちた残酷で堕落したシナリオのなかに偏在する力だ。恐ろしいウィルスはばらまくだけでいい。残りは病がやってくれる。1963年11月22日、アメリカの人々の心のなかで何かが死んだ。理想主義、無垢な心、あるいは高いモラルの追求が、そして人類は変わった。人類を変えること、これこそケネディ殺害の真の理由であり、動機だった。
 マインドコントロールと秘密結社、オカルトについて調べるにつれて、巧みな隠されたシンボルが見えてくる。ケネディの暗殺の裏には、いわゆる「名前の科学」、言葉の魔術がある。「JFKの暗殺は決定的な形でこの科学と出会う。そこには暴力、倒錯、陰謀、死、退化に関わるまぎれもない悪夢のように複雑なシンボルが含まれている」

<王の殺害>
・ジェイムズ・シェルビー・ダウナードの手になるアングラ文学の古典『魔法、セックス、暗殺、象徴の科学』は、様々なアメリカの歴史的な事件を取りあげ、秘密結社の壮大なオカルト計画と結びつけている。ケネディ暗殺に含まれた仰天すべきリンクを明らかにした調査の結果は、いまも金字塔として残っている。
「ケネディ大統領と夫人はテンプル・ヒューストンを出て、フォートワースで真夜中にこの精力的な“太陽神”とまばゆいばかりに美しくセクシーなその妻、“愛と美の女王”を迎える疲れを知らぬ群衆を熱狂させた。11月22日の朝、ふたりはダラスのラヴ空港の28番ゲートへと飛んだ。28という数字は、カバラの数秘術ではソロモンを示す数字のひとつ、28という数字に割り当てられているのは“ビール”だ。
 またテキサス州の緯度28度線上には、かつて広大な“ケネディ牧場”があった。緯度28度には、ケネディの様々な功績によるだけでなく、死によっても可能になった月旅行のロケットが発進したケープ・カナヴェラルもある。なぜなら、フリーメーソンを月に置くことは、王を殺したあとでなければ不可能だからである。28度はテンプラー狭義では、“太陽の王”を示す。大統領と夫人はエアフォースワン――コードネーム“天使”で到着した。
 車によるパレードはラヴ空港からディーリー・プラザへと進んだ。ディーリー・プラザはダラスにおけるフリーメーソンの神殿がある場所(現在は完全に破壊された)で、プラザにはこの事実が語る跡が残されている。

・ディーリー・プラザを通過のさいの重要な“保安”戦略は、ニューオーリンズのCIA支局が立てたが、この支局はフリーメーソンの神殿がある建物に本部を置いていた。テキサス州ダラスは北緯33度から南に16キロの位置にある。33度はフリーメーソンでは最も高位の階級で、正確に33度上にあるサウスカロライナ州チャールストンに作られたスコッティッシュ・ライトの創設ロッジである。
 ディーリー・プラザはトリニティ川に近く、洪水を制御する手段が導入されるまえは、定期的に水没していた。したがって、三叉とそれを持つ海神ネプチューンのシンボルだ。この三叉およびネプチューンを示す場所に、“愛と美の女王”とその配偶者は、王殺しの儀式の生贄としてやってきた。ここでいう“女王”とはジャッキーのこと、スコットランドでは、ケネディの紋章と図像は民話に満ちている。シンボルとして使われている植物は樫で、紋章にはイルカがのっている。そう考えると、JFKがディーリー・プラザの樫の木付近で頭を撃たれたことは、とうてい偶然とは呼びがたくなってくる。
 
・ダラスの地図にあるように、エルム、メイン、コマース通りが立体交差の下で三つ叉を作っている。ケネディを待ち伏せた一斉射撃には、分析者のほとんどが、少なくとも三人の暗殺者が関与しているとみなしている。
 三人の暗殺者、これはフリーメーソンの重要な教義と一致する。ソロモンの神殿の建築者であり、フリーメーソンの神話の創始者ヒラム・アビフは、伝説によれば、“卑しい職人”に殺された。フリーメーソンはゲーム盤である地上(基盤の目、そのためフリーメーソンの床は市松模様)と、その“ゲーム”を容易にする補助的な一致に執拗にこだわる。フリーメーソンは鉄道とそこで働く人々に極端に関心を持っているため、法律家とサーカスの芸人以外には、鉄道で働く者が最も多い。
 JFKが殺されていくらもたたぬうちに、三人の“浮浪者”(“卑しい職人”)がディーリー・プラザの裏にある鉄道構内で逮捕された。
 彼らの素性、および逮捕した警官の“素性”については、どんな記録も明らかにされていない。あの数分間で残っているのは、一連の写真だけだ。王を殺害する儀式という黒ミサの儀式達成、これはフリーメーソンの殺人であることを示す名刺のようなものだ。“何の責めも受けないであろう”三人の“卑しむべき職人”ユベラ、ユベロ、ユベラムの登場、“キャメロットの王”を殺す秘術を達成するためには、この儀式のシンボルが必要だった。

<リー・ハーヴェイ・オズワルド>
・「オズワルドは“聖なる強さ”を意味する。指小語“オズ”は強さを意味している。聖なる強さは、王を殺す儀式には不可欠であり、“聖なる強さ”がディーリー、すなわち“女神の支配”において、この儀式で果たした役割は、注意深く考慮する必要がある。
 また、オズの魔法使いの“ルビー(色)のスリッパ”との関わりで、(ジャック)ルビーの、“オズワルド”殺し(破壊)の意味も留意する必要がある。オズの魔法使いはおとぎばなしだとばかにするかもしれないが、たとえおとぎばなしでも、“ルビーの光”もしくはレーザー光線は、計り知れない力を象徴している。
 オズワルドはミンクス市にある行動制御センターで“ボランティア”をしていたときに、ソヴィエト連邦に洗脳された可能性がある。また、彼はキューバ人たちと暮らし、カストロの配下と親しくしていたとされる。この男の素性は、“鍵となる人物”としか発表されていない。言うまでもないが、“鍵”はフリーメーソンでは最重要のシンボルのひとつ、沈黙を意味している。

<アーリントン死亡告示>
・ケネディとオズワルドは、どちらも“アーリントン”に埋葬された。JFKはワシントンDCの国立墓地に、オズワルドはテキサス州アーリントンに近いローズヒル墓地に。“アーリントン”は、フリーメーソンの魔術と神秘主義に重要な意味を持つ言葉だ。その隠された意味は、死霊崇拝とつながりがある。

<葬送の儀式>
・「古代の神秘では、大望を抱く者はパストス――寝台もしくは棺――のなかに横たわらなくては最高位の秘密にあずかることはできないとされた。自分を棺に横たえるのは、象徴的な死と呼ばれ、そこから出ることは“よみがえり”だとされた。古代の作曲家シュトベウスによれば、神秘主義におけるイニシエーションと同じように“心”も死に苦しむ。前世紀初期、フリーメーソンの棺は透写台の上で見つかった。そしてそれは常に三段階のシンボルの一部をなしている。それが示すのは、古代神秘主義のパストスの象徴とまったく同じである」

・ケネディの遺体は棺に入れられ、首都の丸天井の下の円の中央に置かれた。棺台は「埋葬のシンボルと墓所や記念碑を意味するシンボルに適切に飾られた木製の仮のもの。これは“悲しみのロッジ”の飾りの一部である」。フリーメーソンの百科事典には、フレンチ・ライトのロッジにおける第三段階の儀式に関する説明がある。

・もちろん、あらゆる類の梯子がある。バラモンの梯子(7段)、カドッシュの梯子(7段)、薔薇十字会員の梯子(7段)、ヤコブの梯子(段の数は様々)、カバラの梯子(10段)、それから古い“ティム・フィネガンの梯子”、これは“不運の梯子”とも呼ばれ、どれも偽りの段からなっているようだ。

・ケネディの葬儀の数か月後、トランスアメリカ・コーポレイションの保険部門オシデンタル・ライブが、“新種の”(たしかに独創的ではあった)団体生命保険の広告を打った。“これまで、団体保険で現金を得る方法はひとつしかありませんでした”というドキッとするようなキャッチフレーズ付きだった。明らかに“王の殺害”が既成事実となったあと、あるがままに受け入れるという姿勢に根本的な変化が生じたのだろう。

・JFKは死の旅を始めるまえ、彼はユーゴスラヴィアの独裁者チトーとホワイトハウスの階段で写真におさまった。ソロモン王に任命されたと言われる最初の判事にして主監のヒラム皇太子に与えられた称号であるチトーは、フリーメーソンでは重要な名前だ。ソロモンはチトーを気に入っていたと言われる。ソロモンの神殿は、盗み、両替、男女の売春、魔術の温床だったが、古代のチトーはその神殿の監督官のロッジを取り仕切る、イスラエルの“12部族の12人の騎士”のひとりだった。
 ケネディ大統領はチトーの先に立って、暗殺された大統領ガーツィールドの肖像画へと階段をおり、そこで写真におさまった。もう1枚は階段に立ち、リンカーン(ケネディが撃たれたときに乗っていたリンカーンコンチネンタル・リムジン)の写真の前で撮影された。
 ジョン・F・ケネディは、合衆国史上初めてにして唯一のカトリック教徒の大統領で、人間の贖罪の山羊、“ファーマコス”となった。“ファーマコス”もしくは“ファーマク=ヴォス”は、“薬や魔術で魅せられた状態”や、“打たれ、傷つけられるか生贄にされる”という意味もある。秘法では、王殺しはT字型十字に蛇を磔にして表わす。
 イエス・キリストは、彼を憎み、恐れていたソロモン神殿の男たちが企てた陰謀の結果、拷問され、殺された。男たちはエジプト、バビロン、フェニキアの神秘主義に染まっていた。
 フリーメーソンは人を殺すのに太古の方法ならどれでも用いるわけではない。JFKの暗殺では、彼らはこの極悪非道な行為を自分たちが信奉する王殺しという古代豊穣の聖餐式にするために、驚くほど細部にこだわると同時に、非常な危険をおかした」

・ダラスでケネディが暗殺されたとき、三人の浮浪者が逮捕されたのは、少なくとも作戦上重要だったのと同じくらい象徴的な意味でも重要だった。彼らはフリーメーソンの言う“三人の卑しい職人”に呼応する、と私は述べた。この象徴は犠牲者とその仲間に対する心理的一撃と、失敗した調査のしるし、殺人者たちの真の正体を探る調査の愚かさ、そして実際の殺人を行った三人の暗殺者、あるいはそのドッペルゲンガー(死の直前などに本人の前に精霊となって現れる分身)を表わしている。

<ウォーレン委員会>
・「フリーメーソンのリンドン・ジョンソンは同じくフリーメーソンのアール・ウォーレンを任命し、カトリック教徒のケネディの死を調べさせた。フリーメーソンで、33階級のメンバーであるジェラルド・R・フォードは、陰謀を仄めかすささいな証拠や痕跡を握りつぶし、それらが委員会に届くのを防いだ。ウォーレン委員会のために情報を集める責任にあったJ・エドガー・フーバーもフリーメーソンで、33階級のメンバーだった。元CIA長官でこの委員会にCIAのデータの大半を差しだした責任者は、フリーメーソンのアレン・ダレスだ。
 これらの証拠で委員会が入手した情報を疑うのは被害妄想か?

<儀式的殺人の錬金術>
・『フリーメーソンの操心術』の共同執筆者で、世界で最も注目に値するケネディ暗殺の権威のひとりマイケル・ホフマンは、こう説明する。
「集団心理学を学ぶ者にとってその理由は明白だろうが、ケネディの暗殺がテレビで報道され、衝撃を受けたアメリカの人々はほとんど即座に退化しはじめた。この変容を示す指標はいくつもある。1年もたたぬうちに、多くのアメリカ人は柔らかい自然な色合いのコットンの服から、どぎつい色のポリエステルを好むようになった。流行の音楽はより大きく、テンポが速く、耳障りなものになり、麻薬が初めて自由奔放なサブカルチャーのゲットーの外に出て、一般市民のなかへ広がっていった」

・「暗殺者たちはまんまと逃れ、ウォーレン委員会は事態を取り繕うことに終始し、大統領の暗殺を命じた男たちは、どこかでカクテルを飲みながら笑っている、という印象を拭えなかった。まるで幻覚のようなあざやかな疑いがアメリカ市民の頭に居座り、恐ろしい戦慄が国中を走った。犯人が誰にせよ、白夜堂々と大統領を殺し、まんまとそれを隠しおおせることができるとしたら、そいつは何でもやってのけられるにちがいない、と」

「国を治めている政府を裏で動かしている陰の政府の存在が、国民の潜在意識に鋭く焼きつき、われわれの現実に幻覚剤がもたらすような暗流を加えた。『オズの魔法使い』の世界にようこそ! それもこれも、オズワルドとルビーの背後にいる人物のおかげだ」

「アメリカの一般大衆の意識のなかで、この国の最高権力は国民に選ばれた大統領という公の権力から、それをあっさり抹殺する力を持つ選挙によらぬ見えないグループへと移った」

・「1826年に作家ウィリアム・モーガンがフリーメーソンに暗殺されて以来、アメリカの国民は隠れた力がこの世を支配しているというめまいのするような現実と直面せざるを得なくなった」

・「半覚醒状態の『夢見る』一般大衆をこんなふうに覚醒させたことは、あらたな幻影を生む原因となった。現実とは正反対の新しい“現実”をぶつけて人々に衝撃を与えるのは、秘密政権が昔から使ってきたシナリオなのだ。錬金術的プログラミングのこの局面は秘密政権内部では『喧噪』と呼ばれている。
「いまや、アメリカ人はもうひとつの恐ろしい現実と向かい合うことを余儀なくされた。自分たちの力の及ばない正体不明の影の政権が、確かに存在しているのだ。羊飼のプロセスはますますエスカレートし、前衛的な広告や音楽、政策やニュースが(とくに電子的メディアを通じて)、ときに刹那的に、ときに露骨に、現実の“陰の部分”、道徳的規準に欠けた、過激なセックスと暴力、スピード狂、アングラの“びっくりハウス”を描き出す」

・「宗教、政府、政治、ビジネスの各分野で体制側に属し、指導的な立場にある人たちは、一様にスーツにネクタイを締めて、いかにも物静かな印象を与える。しかし、このイメージこそ、彼らが陰の国家に従属していることをそれとなく暗示しているのだ。これら指導者はこぞって、アメリカ人に対する監視の目を使いこなして、いかなる攻撃をも切り崩してしまうことだ。しかも彼ら自身は、スピード狂や“びっくりハウス”の雰囲気とは無縁なのである」

・ケネディ暗殺の調査官でもあったJ・G・バラードはこう述べている。
「宇宙開発戦争、ベトナム戦争、ケネディの暗殺、マリリン・モンローの自殺が彩る眩しい王国で……ほかに類を見ない錬金術が使われ……感覚と感情が消滅し、愛情が死滅した。そうして変質した想像力は、あの忌まわしい10年間、地球という病的な太陽のように地球という遊び場を支配していた」
「われわれに割り当てられたのはゾンビの役どころ、陰のご主人様に呼びだされ、あっと驚く芝居のなかで、端役や決まりきった役割を演じさせられる。そうして目くらましされ、シニカルで堕落したダブル・マインドを作りだす」

・あらゆる伝統が、どこかの「専門家」、「左手の道を行った兄弟たち」か「黒魔術師」が、道を間違えたと告げている。彼らは苦労して手に入れた知識と洞察力を使い、自分たちの、きわめてプライベートな、しばしばきわめて邪悪な目的をさらに推し進めた。プロパガンダ、集団トラウマ、セレブ崇拝、殺人などのプログラムを。そして文化の元型を適応性のある型に作りなおし、深遠な幻覚体験で現在のだらけた影絵芝居を超え、ぴりぴりしながら次のショックを待っている。

<リアーナ>
・もうひとつの例を挙げよう。エミネムの「モッシュ」のビデオのなかには、プロビデンスの目のイメージが使われている。この「すべてを見る目」は、その起源をエジプトの神話とホルスの目へとたどることができる。多くの人々がこれを、陰から世界を支配している秘密結社の「すべてを見る目」だと解釈してきた。「下院はイラクに870億ドルの予算を承認した」という見出しとともに、その目がビデオのなかでアメリカ人兵士の姿に重ねられている。プロビデンスの目とは、すべてを見る目のこと、イルミナティとグローバル政府のシンボル、また天帝、すなわち宇宙の創造主のシンボルでもあることは、ほとんどの人々が知っている。アメリカの1ドル紙幣にある未完成のソロモンの寺院を表わすフリーメーソンのシンボル、頂点のないピラミッドの上に描かれているからだ。これに関しては、もっと不吉な解釈もある。

<イシスのカルト>
・ホルスの目はエジプトのㇷプトレマイオス王朝の下で生まれた。邪悪なイシス・カルトの一部だった。このカルトを作ったのはデルフォイの神殿の太陽神を崇拝する祭司たちだ。彼らは以前から存在するエジプトの神々、主にバビロニアの古代ギリシャのモデルに基づいて、新しい宗教カルトを作り出したのだ。同じプトレマイオス王朝下で、同じ祭司たちが作った禁欲主義のカルトも、イシス(古代エジプトの豊穣の大母神)のカルトとして半宗教の形をとり、同じイデオロギーを体現している。
 イシス・カルトと禁欲カルトは、アポロ崇拝の祭司たちによりローマにもたらされ、ローマ帝国の主な異教カルトとなった。デルフォイの司祭たちは、イシス・カルトを作るときにエジプトの神々の一部を選び、ギリシャのオルフェウスとデュオニュソス・カルトをバビロンのアポロ・カルトと組み合わせた。ギリシャのオルフェウス(死の)・カルトはオシリス(冥界の王で死者を裁く神)を中心に作られている。エジプトの女神であるイシスは、デュオニュソスの母であり、個人的な所有物として語り伝えられている。オイディプスと近親相姦の神話は、オシリス、イシス、ホルス(エジプトの太陽神)の三神にまつわる話で、フリギアのデュオニュソス・カルトか、それと同等のローマのバッカス・カルトの神話に基づいている。

・フリーメーソンの起源はかつて強大な権力と富を有していたテンプル騎士団とつながりがある。テンプル騎士団のこのモザイク模様は、騎士たちの戦いの旗に使ったボー・シオンと呼ばれた白い四角の上に黒い四角をのせたデザインだった。黒い四角はテンプルの騎士が後に残してきた罪の黒い世を、白い四角はキリストの兵士として受け入れた無垢な命を意味していた。
 秘密結社は、なぜ明らかに見えるところに物事を隠すのか? 彼らの信仰システムによれば、その理由のひとつは、最も差し迫った時代に逆心理を通して世界の政治に影響を与えるためだ。シンボルは所有者の縄張りを示すしるしでもあることを、思い出してもらいたい。
 地球上のあらゆる主な企業を管理し、潜在意識にしろ、はっきり見える形にしろ、フリーメーソンとオカルトのシンボルをメディアにはめ込むことで、秘密結社は自分たちの力を誇示しているのだ。イメージは視覚に訴えるだけではない。一方で意味を伝えながら、もう一方で同時に見る者を混乱させる優れたツールでもある。つまり、心理的攻撃の一形態、そしてその最重要なターゲットは、合理的信念システムをかき回し、犠牲者を不安に陥れることだ。



『JFK暗殺は日本の謀略だった』
オズワルドの陰で蠢く日本の巨悪三人組
グレン・D・デイビス  角川書店   2016/5/2



<陰謀論>
・20年にわたって、私はケネディ暗殺に日本が関与していた可能性を集中的に調査してきた。そして、リー・ハーベイ・オズワルドをはじめとする、この20世紀最悪の犯罪の登場人物たちに、日本人および日本の組織が密接に関わっている痕跡があると確信したのだった。

・冷戦の緊張がピークに達していた時代のアジアにあって最高機密を扱う米海軍厚木航空基地で、オズワルドはレーダー操作担当の若き海兵隊員だった。それゆえ米海軍厚木基地が本書の出発点となる。

・ケネディ暗殺の研究者は二つのグループに分かれる。一つは頭のイカれたオズワルドが単独でケネディを殺したと信じる(単独犯論者)。もう一つはこの暗殺が陰謀によるものだと考える者(陰謀論者)である。多様な陰謀説に対して、たった一つの単独犯説が事実をごまかすことで生き長られてきた。

・単独犯論者はいまだに1964年のウォーレン報告書の結論に依拠しているが、その結論には陰謀論者にも多くの真面目な研究者から異論が出ている。ケネディ暗殺から53年になる今年(2016年)も、新たな出版物が多く刊行されるだろう。

・調査によれば、ますます多くのアメリカ人がウォーレン委員会の結論に不信を抱くようになっている。調査対象の約90パーセントの人が、あのときダラスで陰謀があったと考えているというのだ。アメリカ政府――下院暗殺問題調査特別委員会(HSCA)――も、その可能性を1978年の再調査の中で認めた。

・単独犯なのか、それとも陰謀なのか、議論はとどまるところを知らないが、本書で扱う内容は、むしろリー・ハーベイ・オズワルドと特定の日本人との関係であり、日本でのオズワルドの交友関係であり、ソ連亡命後に戻ったオズワルドを取り囲んだ人々の日本との密接な関係である。オズワルドが本当に二重スパイ、三重スパイになる為の亡命者だったのかどうかは追及するに値する問題であり、私が本書で取り組んでいるのも基本的にはそのことだ。ソ連から戻ったあとのオズワルドの短い生涯には、得体の知れない日本人や日本関連の人々が次々に現れている。

・例えば、オズワルドと一緒にいるところを日本の警察にたびたび目撃された(写真も撮られた)東京で大学教授を務める共産党員の男は何者だったのか?なぜその教授はオズワルドを東京のソビエト大使館に行かせたのか?ニューオーリンズの街角でオズワルドが親共産主義のパンフレットを配布していたときに一緒に遊んでいた謎の日本人はどんな人物なのか?

・暗殺計画の中心的人物であるガイ・バニスターがある日本の組織の従業員だったのはなぜなのか?そして最も重要なことだが、なぜ東京でキャリアをスタートさせた多くのアメリカ人がJFK殺害の陰謀に関係していったのだろうか?
 
<オズワルド。厚木に到着>
・オズワルド一等兵は厚木に行くことを希望していたわけではないだろうし、想像さえしていなかったはずだ。彼が訓練を受けたのはフロリダやミシシッピやカリフォルニアの基地であり、故郷アメリカの外に出たことがなかった(彼はニューオーリンズ生まれである)。それがいま、若き海兵隊員の彼はアジアで荒れ狂う冷戦の只中にある土地に足を踏み入れたのだった。日本全国の左翼過激派の学生が当時の岸信介首相のタカ派的政策に抗議していた。

・1960年にはオズワルドはすでにソ連に亡命していた。彼はミンスクの工場で働き、ロシア人の妻マリーナときれいなマンションで暮らしていた。マリーナはソ連の諜報部員の姪だった。JFK暗殺について論じる者の中には、オズワルドがU2を撃墜するためのレーダー情報をソ連軍に提供し、そのおかげでソ連軍は対空ミサイルで正確にU2を狙うことができたのだと主張する人々がいる(パワーズ本人もそう言っている)。

<厚木:ブラック作戦の本部>
・冷戦時代にあって、厚木は単にアメリカ海軍とそれに付随する海兵隊の基地という場所ではなかった。そこはCIAの最高機密の作戦(ブラック作戦)の本拠地でもあったのだ。この基地で極秘のMKウルトラ計画の下、強力な向精神薬リゼルグ酸ジエチルアミド(LSD)を使い、マインドコントロールの実験がおこなわれた。1950年代においてLSDを使用する施設は世界でもわずかだったが、厚木はその中の一つだった。諜報機関や軍隊以外では、LSDの存在すらほとんど知られていなかった。厚木基地はこうした不正な活動を隠蔽するには最適な場所だった。

<スパイ学校>
・1961年2月に社会党の飛鳥田一雄が告発したのだが、JTAG(連合技術団)はU2飛行を指揮し、偽亡命者育成のスパイ学校を経営していたのだ。飛鳥田によれば、そのスパイ学校はCIAによって運営され、東京にあるアメリカ大使館から提供された資金が使われていたという。

・しかしながら、厚木にアメリカ大使館によって運営されていたスパイ学校があったことについては知らないと否定した。けれども、当時そこで働いていた日本人は、確かにあれはスパイ学校だったと主張している。

・オズワルドは厚木でロシア語を学習し、次期任務(カリフォルニア州サンタアナのエルトロ海兵隊航空基地)のロシア語試験に合格できるくらいに上達したという。パルナックの記憶では、オズワルドは厚木から約7マイル離れている横浜にあったアメリカ海軍の上瀬谷通信施設に配置されていたという。しかしエプスタインは、オズワルドが厚木基地東側の2階建ての木造兵舎に住んでいたと書いているのだ。海軍当局は今もなお、オズワルドはJTAGの近くでも中でもなくて、基地の西側に住んでいたと主張している。

・オズワルドは、厚木管制塔の管制室で半透明の緑色のレーダー画面で軍用機を追跡していたころ、「レース・カー」というコードネームの飛行機がレーダー範囲(高度4万5000フィート)を超えて飛び、「ナインティ・エンジェル」(9万フィートの意味)での風速を訪ねてくることを知ることになる。おかしい、オズワルドはそう思ったに違いない。なぜなら、従来の飛行機の高度飛行世界記録は6万5889フィートだったからだ。それから2年と経たないうちに亡命を決心したとき、オズワルドがソビエトに提供できたのは、こういったU2に関する情報だった。

<オズワルドは本当の亡命者か? それとも偽の亡命者か?>
・ケネディ暗殺のちょうど3ヶ月前、オズワルドが故郷のニューオーリンズに帰還した折に、彼が言ったとされる言葉は実に奇妙なものだ。オズワルドはラジオ番組の中で、「アメリカ政府の資金援助を受けて」ソ連に渡ったと発言したのだ。ただし彼はすぐにそれを取り消した。オズワルドは本当の亡命者だったのだろうか?それとも彼がいた1950年代後半に厚木にあったと言われる偽亡命者養成学校の卒業生だったのだろうか?ソ連への亡命後にオズワルドはなぜそうやすやすとアメリカに帰って来られたのか?その当時、共産主義者と関係のある人物はアメリカ移民局で自動的に入国を拒否された時代だったのだ。また彼はどうやってロシア人妻をソ連からアメリカに連れて来たのだろうか?アメリカ国務省はなぜオズワルドに彼と妻がアメリカに渡航する旅費を貸与したのだろうか?そしてここで考えたいのは、さらに興味深い疑問である。ソ連を発ってアメリカに来たオズワルドは、日本にいた時と同じオズワルドだったのだろうか?

・厚木スクールが偽亡命者学校だとするならば、それなりに大勢の生徒がいたと思われる。記録によれば、オズワルドの帰還後2ケ月以内に、ソ連に亡命したアメリカ人が2名帰国している。その1人であるロバート・ウェブスターは、アメリカ市民権を放棄していたから、オズワルドよりももっと条件の厳しいケースだった。彼は1962年のソ連の移民数割当て制度の下では外国人とみなされ、本国送還された。彼のアメリカへの帰還申請はオズワルドのときよりも時間がかからなかった。1963年までに、共産圏への亡命者は合わせて36人がアメリカに帰還している。

・入手可能な証拠があるにもかかわらず、政府の調査員はオズワルドの日本駐留経験に興味がないようで、オズワルドの海外滞在経験の一部を見逃すことにしたようだ。例えば、エプスタインらの研究者は、オズワルドが日本にいる間に日本共産党(JCP)との関係を築いていたという事実を全部書いている。

・実際、ウォーレン委員会のメンバー――その大部分は情報機関とのつながりを持っていた――は、オズワルドが厚木で何をしていたかについてはまったく関心がないように思われた。それは、オズワルドが第35代アメリカ大統領暗殺者の汚名を着せられた単なる「頭のイカれた単独犯」以上の何者かだったからだ、と示唆する研究者もいた。

<オズワルドは分不相応な暮らしをしていた>
・日本に戻った時、オズワルド一等兵(伍長に昇進することはなかった)は、乏しい給料には見合わない、派手な暮らしを楽しんでいた。当時月85ドルの収入しかないオズワルドのような海兵隊の兵士がどうして高級バーに行く余裕があったのだろうか?エプスタインによれば、オズワルドは基地近くの大和市にあるクイーンビーという名のバーに頻繁に通っていたという(銀座の同名の超高級クラブと混同しないように)。そしてある美人ホステスと特に親しくなり、ときには基地に連れてくることもあったという。いったいその金はどこから得ていたのだろうか?

・マーズやエプスタインの著書によれば、オズワルドはアメリカ海軍情報局の指示で日本人ホステスと付き合っていた可能性があることになる。

<クイーンビーと共産主義者>
・前者のようにオズワルドが何らかの組織に払わせて好き放題をしていたのだとしたら、オズワルドは日本ですでに極秘活動に従事していたというのだ。一方後者では、1959年のオズワルドのソ連行は理由のない話ではなく、本人の個人的選択でもなかったということを意味する。

<オズワルドはゲイだったか?>
・エプスタインは、オズワルドの飲み仲間たちが彼を基地近くの安バーに連れて行った話や、彼が日本人女性と初めて関係を持った時にそれを祝った話などについて語っている男だ。エプスタインはさらにある海兵隊仲間のことも書いている。その男はある家で海軍将校の家政婦として働いている女と一緒にオズワルドに会ったそうだ。その家には日本人のハンサムな青年も住んでいた。海兵隊の男は彼らの関係を理解しかねたが、メイラーは、オズワルドが「その男性と女性の両方と関係を持っていた可能性がある」と推測した。言い換えると、女性的なところがあるオズワルドは同性愛の世界に引き寄せられていたということである。このことは後年、彼がニューオーリンズで過ごした日々、つまりJFK暗殺の謀略が計画されていた1963年夏のニューオーリンズの日々において重要な役割を果たすことになる。

・「関係者を見てみるといい。デービッド・フェリー、同性愛者。クレイ・ショー、同性愛者。ジャック・ルビー、同性愛者」とギャリソンは言った。
ルビーが同性愛者だって?
「そうだ、我々はそのことを突き止めたのだ。奴の同性愛仲間でのニックネームはピンキーだった。それで3人だ。それにリー・ハーベイ・オズワルドもいたというわけだ」。
しかしオズワルドは結婚していたし子供も2人いた、とフェランは指摘した。
「女房を満足させられない両刀使いだった」とギャリソンは言った。
「全員ウォーレン報告書に出てくる」。彼はさらに同性愛者だとされる2人の「重要人物」の名を挙げた。
「つまりこの謀略には6人の同性愛者がいたことになる。1人か2人ならばいいだろう。しかし全部で6人だ。偶然の一致が考えられるか?」

<異性愛者のふりをするオズワルド一等兵>
・海兵隊では任務に就いているときのオズワルドはある程度異性愛者のふりをしていた。

<医療記録は隠れ蓑に過ぎないのか?>
・オズワルドの医療記録は彼が厚木基地にいるときに諜報活動に従事していたことの「証拠」である、と暗殺研究者は好んで指摘する。

<グラウンドゼロ(中心地)>
・JFK暗殺計画の中心地があるならば、それはキャンプストリート544番地のニューマンビルの中だった。それはギャングがはびこっていたジミー・ホッファのチームスター組合(全米トラック運転手組合)の持ち物だった。ビルの一角にはライリー・コーヒーがあり、オズワルドとジュディス・ベイカーが勤めていた(その仕事は彼らの隠れ蓑だった)。隣はシークレットサービスの駐車場で(クレッセントシティ・ガレージ)、オズワルドはそこによくたむろしていた。またそこで彼は(あるいはほかの誰かが)通信販売のイタリア製カルカーノ・ライフル銃を注文した。通りの向こう側はニューオーリンズの情報機関センターで、FBIやCIAやONIの地方事務所が入っていた。それは作戦の中心地というだけではなくて、いくつかの反共団体の金融センターでもあった。バニスターの財務の面倒を見ていたのはヒュー・ウォードだった。そしてキャンプストリート544番地の事務所はCALやその他の反カストロ系団体、例えばCRCのような団体の本部として機能していた。興味深いことに、CALとAPACLはJFK暗殺の3年後にファシスト笹川良一のリーダーシップの下にWACLに発展することになった。だから1963年後半にはそこでそのような動きが進展していたはずだった。多くの暗殺研究者は見過ごしているようだが、狂信的な反共主義者のバニスターが1960年代初期にAPACLに雇われていたという事実は、ケネディ暗殺と極東一般、特に日本との間に非常に邪悪な関係が存在したことを示唆している。

<銃の密売人>
・ニューオーリンズがJFK暗殺計画の中心地であり、実行したのがダラスの右翼陰謀団だったと言うならば、この二つの土地や関係者にはどのようなつながりがあったのだろうか?多くの研究者、特に『Oswald Talked』のフォンテーヌは、そのつながりの一部はマフィアを通じて生じたと考えている。

<ウォーレン委員会は無関心>
・ウォーレン委員会はジャック・ルビーの背景にも人間関係にも関心がないようだった。またバニスターやフェリーにも触れなかった。委員会はルビーの性格を証言できるにすぎない人物から多くの証言を取った。ルビーを武器や麻薬の密売人、売春斡旋人、シカゴマフィアにとって重要な男、デービッド・フェリーとリー・ハーベイ・オズワルドの知人と特徴づけた大量の調査書類があったにもかかわらず――その書類の一部は実際に委員会の報告書で公開された――委員会は、ジャック・ルビーはオズワルドと同じくらい「孤独な人物」であると証明することに決めたようだ。

・ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)をみると、
「リー・ハーヴェイ・オズワルド(Lee Harvey Oswald、別名Alek J.HidellあるいはO.H. Lee、1939年10月18日 - 1963年11月24日)は、アメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディ暗殺の実行犯とされている人物。ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれ。逮捕直後にジャック・ルビーによって暗殺される」。

<疑惑>
・暗殺事件前後に「オズワルド」を自称する者が複数目撃されたという証言や、狙撃時のオズワルドの所在について、教科書倉庫ビル2階の食堂で昼食を摂っていた姿を目撃した証言もあるなど、オズワルドは実行犯ではなく身代わりとして行動したと主張する論者が多数存在する。
マフィアとの関係が指摘されるルビーが何故容易に警察署に入ることができたのかという疑問や、ルビーがオズワルドを暗殺した理由が不可解(ルビー曰く「ジャクリーン夫人が悲しむのを見て義憤にかられた」)であること、オズワルドとルビーの間には共通の知人が何人もいたこと、さらに2人が顔見知りであったという証言もあるなど、暗殺の実行犯はオズワルドではない、あるいは単独犯ではないという説は未だ根強い。しかしながらウォーレン委員会の正告によると、「様々な物的証拠を検証するとオズワルド単独犯で説明がつく」と結論されている。真実は2039年に解禁されるという。

オズワルドの母親のマーゲリート・オズワルドは、マルセロの運転手兼ボディーガードを務めたことのあるサム・テルミネという男や他にも暗黒街の男と親しく付き合っていたという」とのこと。


・amazonの『JFK暗殺は日本の謀略だった』の「トップカスタマーレビュー」をみると
「さて、本書は、タイトルからして荒唐無稽で、乱暴な陰謀説にみえる。英語の原題は、「オズワルドと日本」でしかない。事件関係のネット記事や本から、わずかばかりの日本とのつながりを拾い集めている。註もあるので、一見よく調べているように見えるのだが、中味を吟味すると、よく知られた古い本とネット記事から、陰謀めいた部分を集めただけとわかる。背景説明や、要注意人物の証言の比較も、ネット記事を借用しているだけである。
 しかも「引用」ではなく、他人の記事を何行にもわたり、そのまま「地の文」にしている。パラグラフの末尾に、サイト名や本のタイトルを出しているところもあるが、厳密な出典にはなっていない。元のサイト名を示したからといって、範囲を明確にせずに、人の文を「地の文」にしていいわけがない。訳者氏は、英文原稿をネット記事と比べてみてはいかがだろうか。
 最初のほうに出てくる厚木基地取材を除き、著者が独自に取材した形跡はほとんどみられない。ほんの少し出てきたとしても、伝聞でしかない。本文中に、出典が入っていても、たとえば肝心な「米軍防諜文書」などは特定されていないから、確認すらしていないことは明らかだ」とのこと。



『危機管理』 定本 我が経験とノウハウ
佐々淳行  ぎょうせい   2014/9/25



<国家危機管理の3本の矢>
・日本の安全保障体制強化、国家危機管理体制確立の3本の矢の1本目が、非常事態対処時の国家意思決定の機構である国家安全保障会議設置法であり、これは5年前、一度は制定された「国家安全保障会議設置法」の改善再提出の法案だった。

・第2の矢は「特定秘密保護法」である。警察が半世紀努力してきた秘密保護法が安倍内閣によって日の目をみた。最大改正点は罰則の強化である。

・第3の矢とは、これから議論されることになる国家中央情報局(日本版CIA)設置である。情報社会はギブアンドテイクが大原則で、日本も交換価値のあるインテリジェンスを収集する能力を持たなければならない。これが出来て初めて日本は、国際情報社会の仲間入りができ、アルジェリア事件のごとき情報社会の孤立となることがなくなるだろう。

・今、2枚看板で世界に配置されている防衛駐在官69名、警察駐在官29名に「内閣情報官」という3枚目の看板(外務一等書記官、陸自一佐かねて内閣情報官)を与えて国際情報官とする。なるべき早く実践力にする必要があるだろう。

・この国家中央情報局は内閣に置かれ、これまで外務省領事局の仕事とされていた海外在留邦人の保護を担当するが、今日、在留邦人の数は130万人といわれ、旅行者が年間1200万といわれる。1億3000万国民の1割が、常時海外旅行または居住しているという国際化時代に、この1割の国民の安全を非力な外務省領事局にまかせていると何ともアンバランスな任務である。アルジェリア事件の再発防止には内閣が国際情報のの収集、渡航制限、あるいは家族の避難帰国などの判断をし、たとえば緊急事態の際の救出輸送は内閣が担当すべきだ。

<眼前の危機 中国と北朝鮮>
<海防思想の復権を>
・「海防艦などこの予算不足の時代にできるはずがない」という批判もあろう。私は可能だと思っている。それは、潜水艦の耐用年数を延ばすことで16隻体制から22隻体制にしたという手法を使えばいいのである。システム護衛艦の廃棄処分を延期して兵器を軽装化して地方隊5隊10隻を10隊4500トン級20隻とすればいいのである。主任務を北氷洋、日本海、東シナ海(特に尖閣諸島海域)として大湊、舞鶴、佐世保、呉に配備する。その任務は当然島嶼警備、日本漁船保護、海賊船・工作船取締りとするのである。もちろん、海域警備法と武器使用法の緊急立法が必要なことは言うまでもない。

<座シテ死ヲ待ツか?>
・そもそも専守防衛なる戦略は、敵地攻撃はアメリカ軍が行うことを前提にしているが、これ自体東西冷戦の所産であり、現在の中国や北朝鮮の動きを見れば、限定的な敵地攻撃能力を有することは不可欠である。
 
・昭和31(1956)年2月、国会で当時の船田中防衛庁長官は「我が国への急迫不正の侵害に対しほかに手段がないと認められる限りでの敵地攻撃は自衛権の範囲内である」と答弁した(衆議院内閣委員会)。この答弁は今も政府の公式答弁として生きている。

・確かに、今の自衛隊は通常兵器による防御線では世界一流の戦力を有しているが継戦能力がないという重大な欠点がある。自衛隊の弾薬備蓄は1.5回戦分しかない。2回戦で火力は半減、3回目は弾薬がないというので戦えない。核戦力はアメリカに頼るほかないが、本物の戦争の場合もアメリカ軍の本格的支援を待たなければ日本単独で自分を守ることができない。「空8時間、海8週、陸8月」と言われる。アメリカ軍の来援に必要な日にちである。

・何十年もの間、防衛担当者は大蔵省(現財務省)の「フィフス・ホイール不要論」に悩まされてきた。第5の車輪、すなわち予備など要らないというのである。しかし、せめて日本はアメリカ軍の本格来援まで持ちこたえる「3回戦ボーイ」にならなくてはいけない。



『真・国防論』
田母神俊雄  宝島社   2009/4/20



<攻撃力を備えた自主防衛ができるとき>
・いままで書いてきたとおり、いまの自衛隊をみて本当に国を守れる防衛力があるかどうかと問われれば、これはまた不完全だろうと答えざるを得ない。
 にもかかわらず、F-15(通称:イーグル)戦闘機を200機もち、世界第4位の軍事費をもつ、いまの自衛隊の装備は過剰なのではないかと言われることがある。しかし軍事力というものは、国力に応じて備えるべきもので、経済力にあった軍事力をもつことは、国際社会を安定させるために国が果たすべき責任である。

・このままいけば日本の自主防衛に、私は、20〜30年かかるのではないかと思っている。日本政府が大きな政治決断をすれば別だが、それはなかなかむずかしいだろう。
 防衛力整備には長い時間を必要とするのだ。
 政治決断をするにしても、いまの政治をみていると、国内の勢力争いでうまくいかないことが多いように感じている。政治家のみなさんには、政局よりも国家や国民を重視した行動をとっていただきたいものだ。

<核とはどんな兵器なのか>
・新たな攻撃法を考えると、最初にあがるのは核だろう。しかし被爆国ということもあり、日本には核アレルギーが根強い。核兵器と聞いただけでとんでもないと思う人たちもたくさんいる。その上政治家の中には、核をもっているより、もたない方が安全が保障されると信じる人達がいる。こんなことを信じる政治家がいるのは日本だけだ。

・私に言わせると彼らは本当に無知か、選挙目当てか、タカ派と言われたくないか、リベラル派と言われたいかのいずれかであろう。多くの国では、核武装をしないよりもした方がより安全と考える。だからこそ、核武装している国が身近に存在する我が国は、核兵器についても冷静に議論をしなければならないはずである。

・核兵器をもつ国は特権的地位を占めることができるが、もっていない国は核保有国が決めたことに従わざるを得ない。
 なぜ核兵器がそれほどの力を持つのか。それは核兵器が戦力の均衡を必要としないからだ。通常戦力の場合、10対1の戦力比だと抑止は成り立たないが、核兵器は1発でもあれば抑止が成り立つ。核攻撃を受けた国は、たとえ1発でも被害に堪えられない。たった1発の核兵器が、アメリカで起きた9・11テロどころではない被害をもたらすのである。

・いま北朝鮮が核をもとうとしているのは、1964年の中国と似ている。あのとき中国は貧しく、餓死者が出るほどだったが、毛沢東は国民がズボンをはかなくても核武装をすると言った。

<日本も核武装をするべきだ>
・私は、大国としての責任を果たすためにも日本は核武装をするべきだと思う。しかし日本はNPT条約に加盟しているため、いまの世界の枠組みの中では、核武装はできない。
 もし日本が核武装しようとしても、アメリカは力一杯妨害するだろう。

・自民党の政治家の中には、石破氏のようにどうせできないんだから核武装しない方がよいという人もいる。しかし国家としては、結果できなかったとしても、核武装すると言い続けたほうが核抑止力はぐんと高まるのである。

・さて、核を巡る新しい仕組みに、『ニュークリア・シェアリング』(nuclear sharing)というものがある。
 これは、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、トルコの5カ国がアメリカと結んでいる条約で、これらの国がロシアなどから核の恫喝を受けた場合、アメリカの核を使って反撃ができるというものだ。だからこの5カ国は、アメリカの核を使って日常的に訓練をしている。これらの国は核武装国ではないが、アメリカの核をいつでも使えることで核抑止力を担保しているのだ。
 
・第2次世界大戦で共に敗戦国同士であったドイツやイタリアでさえもこうやって、アメリカの核を担保にして自国の安全保障を追及しているのである。同じことを日本がやって悪かろうはずがない。
 日本もこの仕組みを使えるようになれば、中国から核の恫喝を受けるようなこともなくなるだろう。

・もし日本が最初にもつべき核兵器は?と聞かれたら、私は第一にSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)だと考えている。四方を海に囲まれた日本にとっては、潜水艦のほうが隠密性が確保できるからだ。情報化が進んでも、潜水艦は地上に比べ捕捉しにくい。現実的には、海上自衛隊の隊員をアメリカの原子力潜水艦に乗せて日常的に訓練させたらよいだろう。日本が中国から核の恫喝を受けたら、海上自衛隊にミサイル発射権限をもたせるという条約を日米で結んでおけばよいのだ。

<強いことが戦争を回避する>
・日本が抑止力をもつということは、自衛隊を強い存在として認識させる必要があるということだ。そしてその力を発揮させるためにも、日本が理不尽な要求をされたときには、強い自衛隊をもって相手を攻撃する能力と意志があると示すことが重要になる。日本を攻撃したら自衛隊に徹底的に叩かれる、勝てる見込みがないということが、他の国に広く知られていれば、これが抑止力となる。抑止力が効いていれば、他国は簡単に日本に武力行使をしようとは思わないものである。拉致被害や領海侵犯なども、自衛隊が法律でがんじがらめになっており、行動できないために被害が拡大しているのだ。

<政治家自らが、抑止力を低くしている>
・最近では、福田内閣のときに高村外務大臣が「日本は絶対に戦争をしない国だ」と発言をした瞬間に抑止力は大きく下がってしまう。国を代表する政治家からこういった発言が何度もされることにより、日本を攻撃しても反撃されない、簡単に屈服させることができるという誤ったメッセージを他国に伝えてしまい、日本への侵略を誘発する危険性を高めてしまう。本来であれば、「日本はあらゆる手段を排除しない」でなければならないのだ。
 
・こういった発言は、本来国益を追究する立場にある政治家が、逆に日本を危険に陥れるという皮肉な結果をまねいてしまう。
 またこのような発言が何度も重なることで、他国に与えるイメージだけでなく、国内も影響される。日本は戦争をしないという大臣の発言を、何度も聞いているうちに、だんだんと国家はその発言に縛られるようになってしまう。

・国際社会ではどの国も理不尽なことを言われたら断固戦うと宣言しているのに、日本の場合はあくまでも話し合いでと言う。これではまったく抑止力にならないのだ。
 国を代表する政治家が、こうして危機を誘発するような発言をするのは、国際社会では考えられないことである。

・なかなか進展をみせない北朝鮮の拉致問題でも、いざとなったら日本は、最終的に軍事力を行使してでも拉致被害者を取り返すという気構えを、これまで見せていたなら、事態は大きく違っていただろう。

 絶対に軍事攻撃をしないと日本政府が宣言することで、北朝鮮にこの問題をどこまでも引き延ばせるという確信を与えてしまっている。拉致被害者を返してしまったら、日本を恫喝する手段がなくなる北朝鮮が、自ら拉致被害者を返すとは到底考えられない。戦争をしないという日本政府の姿勢を変えない限り、これからも拉致被害者が帰国する可能性は低い。
 これまで何度も領海侵犯をしている北朝鮮の工作船についても、警告に応じない場合は沈めるという意志を日本政府が示せば、いまのように好き放題にやられることはなくなり、不審船は二度とこなくなるだろう。

・日本政府のこうしたやさしい対応で、多くの国民が拉致されるという悲劇が起こったのである。やさしさが国益を守るのかといえば、決してそうではない。本当に国益を守るためには、国家として断固とした対応をとる必要があるのだ。

<いま何が起きても、黙って見ているしかない自衛隊>
・もちろん他の国の軍隊で、日本の自衛隊のようにやってよいことが決められている法律はない。外国では軍隊というものは政府の判断で動き、禁止されていること以外は何でもできる。
 本来、国際法上では、外国の軍隊のように自立した行動ができる自衛隊だが、国内法の縛りで動けなくなっている。やってはいけないことを決めるのは禁止規定(ネガティブリスト)と言われ、軍隊はこの禁止規定で動くのが国際常識である。逆にやっていいことを決めるのは、根拠規定(ポジティブリスト)と呼ばれ、一般の官公庁はこの根拠規定で動いている。
 
・軍隊は通常、ネガティブリストで動き、禁止されていること以外は自己の判断でやってもいいことになっている。それが国際社会のグローバル―スタンダードなのだ。
 しかし自衛隊は、一般の官公庁と同じポジティブリストで、行動が細かく決められる存在となっている。これでは、自衛隊はポジティブリストにない想定外のことが起きたときや、あいまいなケースには対応できないのだ。世界の中で、唯一、自衛隊だけがグローバルスタンダードに反しているという状況なのである。

<専守防衛では国を守れない>
・いま、日本はこの専守防衛を考え直す必要に直面していると言っていいだろう。専守防衛で守りに徹し、攻撃的兵器をもたないということでは、国を危険にさらしてしまうことになりかねないのだ。こうした危険を回避するためにも、攻撃的兵器をもつことで、殴られたら殴り返すぞと言えるようになることが必要なのだ。

・具体的な例で言えば、北朝鮮の拉致もまさに専守防衛の悪影響といえる。北朝鮮にしてみたら、日本は絶対に自分達を攻撃しないとわかっているから、交渉に3年から5年かけても拉致被害者を返さないのである。これがもし、日本政府が相手に対して、返さないのであればぶん殴るぞという態度を示せば、交渉の結果も違っていただろう。ところが、日本は絶対に武力行使しませんからと北朝鮮に向かって言ってしまうのである。
 拉致被害者を隠しもっている限り、北朝鮮はずっとさまざまなことで日本をゆすることができる。日本が、何があってもこちらから武力行使はしませんと言った途端、返さなくても何もされない北朝鮮は、ああ、じゃあ彼らを返すことはやめようと思ってしまう。

<ゆきすぎの専守防衛>
・外交交渉においても、この専守防衛はまったくもって不利な戦略であることはおわかりだと思うが、先にも書いたが、この専守防衛戦略をとる以上、自衛隊は攻撃的な兵器をもてない。いまの自衛隊の装備を見れば、一目瞭然なのだが、海自、空自の能力は専守防衛をもとに装備されている。たとえば、長距離ミサイルや爆撃機といった攻撃的な性格をもつ兵器はないのだ。

・しかし専守防衛をとっている日本では、自衛隊がこうしたことを調査することができない。たとえば、こうした調査を通して自衛隊が、北朝鮮のミサイル基地攻撃について研究していたとしたらどうだろうか。そうしたことが明らかになれば、マスコミはこぞって攻撃計画を立てていると大騒ぎをし、政府は関係者を処分することになるだろう。

・本来、軍隊というものは、国家の非常時に、敏速な対応をするためにあらゆることを研究、シュミュレーションするものである。外国では軍隊のこうした仕事について、普通国民は「ありがとう」と感謝するものであるが、日本では「余計なことをするな、処分するぞ」となる。私は、こうしたマスメディアの反応や政府の対応が信じられない。まったくもって、おかしな国である。このような考え方が続くようでは、誰が国防を担当したところで、国の安全は確保できないのだ。

<軍事力は外交交渉の後ろ盾>
・ところが、日本は違うのだ。威嚇射撃をしたら、どこぞの政党が騒ぎ出し、それに対応する政府はひたすら自衛隊の責任問題に摩り替えて、処分をする方向へと流れていく。このような体制だから、海外諸国、とくに近隣の国々に好き勝手されてしまうのだ。

・しかし、だからと言って、外交交渉上軍事力の意義が減ずるものではない。外交交渉を支える軍事力の存在は、ますます重要となるのだ。たとえ国同士の関係が悪くなっても、こちらの軍事力の優位性が保たれていれば、相手と交渉を続けることができる。

・しかし、侵略や略奪こそなくなってはいるのだが、国際社会の安定は、金持ちの国が、貧乏な国より強い軍事力をもたなければ成立しない。
 その答えは明白だ。もし、経済力が弱くてもその国の軍事力が強ければ、経済力はあっても軍事力の弱い国の富を、略奪することができるからだ。

<守屋という男の素顔>
・守屋氏が逮捕されたとき、自衛隊員のほとんどが“あいつだったらやるかもしれない”と思っただろう。
 彼は以前からうさんくさい噂が絶えず、業者にたかっているとか、業者も要求されて困っていると聞いたこともあった。実際に彼が毎晩業者と飲みにいったり、特定の業者が長い時間、次官室にいたりするのを目にした者も多かった。
 守屋氏が直接こうしろと指示をしなくとも、絶大な権力をもつ事務次官がこう思うと言えば、相手は意図を汲めと言われていると感じることもあっただろう。
 2007年に新任だった小池防衛大臣と退官をめぐる衝突があったが、守屋氏はその当時で次官を4年やっていた。
 通常、事務次官に4年も居座る人などいないのである。

・いま官僚がいろいろ言われている。政治家も官僚を叩く。本来、行政・立法・司法の3つは独立しているものだが、政治家は自分が大神でなくとも行政府の上にいると思っているふしがある。また官僚も政治家は自分たちの上にいると認識している。政治家がよってたかって官公庁を叩いたら、官僚は政治家に協力しなくなる。政治家というものは役人に教えてもらわないといけないことがたくさんあるのだ。あなたたちのおかげで国が成り立っていると、ほめて使わないと人は動かないことを忘れてはいけない。

<抑止力としての自衛隊のあるべき姿>
<国際社会は性悪説で眺めるべきもの>
・日本国憲法の前文には、「世界の国を性善説で見なさい」と書いてある。非常に、外国にとって都合のよい憲法だと私は思う。日本が武力行使をしなければ世界は平和だというが、実際はどうだろうか。世界を見回したとき、国防に力を注ぐ国はあるが、それを縮小しようとする国は日本だけだ。

・しかし、国際社会を性善説でとらえるとしたら、この国の進むべき道は間違ってしまう。ざっと見渡してみても、日本の周りでは腹黒いことがたくさん起きていることがこのことを裏付けているといえるのではないか。



『円高は日本の大チャンス』
「つくって売る」から「買って儲ける」へ
堀川直人   PHP  2010/12



<いまの政治家は「使命を忘れたカナリア」>
・歌を忘れたカナリアに、歌を思い出させるというか、「稼ぐ」ことや、「国を豊かにする」という本来の使命を忘れた国会議員に、坂本龍馬や池田勇人の精神を思い出させようというわけだ。それには、「言って聞かせる」より、実際に制度をつくって「やらせて見せて、ほめて」やるのが一番、というわけさ(笑)。

<「出るを制する」より「入るを図る」ほうが楽しい>
・それよりも、人間は後ろ向きにムダの削減をやるよりも、前向きに「収益を上げる」とか「売り上げを上げる」ことを考えているほうが、ずっと積極的で、人間も明るくなる。プロフィット・センターという考え方をこの国に導入すると、国全体がもう少し明るく、前向きになるかもしれないね。

<国民が国の危機を感じた時、日本は甦る>
・プロフィット・センターが、国の利益戦略をつくり、世界から富を集める。そういう時代にしていけばいいんですね。1億3000万の国民が、みんなで「国を豊かにする」ことを考え、一丸となって知恵を出す。何か、夢と元気が湧いてきますね。

<豊かさランキングの上位の国に学べ>
・昔から、豊かな小国ほど知恵が詰まっているところはない。

<戦後の日本は、フヌケの「町人国家」なのか>
・この『日本町人国家論』がきっかけとなり、日本は町人国家でいいのか、それとも武士国家に戻るべきか、という論争が始まったんだ。この議論は形を変えて、いまでも続いている。

 武士国家論のいまの急先鋒は、自衛隊OBの田母神俊雄氏のグループだよね。最近では『田母神国軍―たったこれだけで日本は普通の国になる』(産経出版)という本を出している。

<日本は重武装した「町人国家」を目指せ>
・要するに、自衛隊のハード面に自信がないから、国民も政治家もフヌケみたいになっている、というわけですか。

・であるなら、この解決方法は簡単だよ。国民が自信を持てるだけの防衛力をつければいい。そうすれば、日本人は再び二本差しのサムライの心を取り戻し、誇り高いサムライ国家に生まれ変わる。勝てる見込みがあれば、討ち死に覚悟で必死に戦う。それが、人情だというもんだよ。

・田母神氏の試算だと、単年度当たりの防衛費を1兆5500億円増額し、これを20年間続けるだけで、日本は中国やロシアに対しても十分な抑止力を持つ「普通の国」になれる、としている。
 その場合、日本は、中露および北朝鮮に対抗して、原子力空母、攻撃型原子力潜水艦、戦略爆撃機、戦略ミサイル、巡航ミサイルなどを保有する。これだけの装備が、初年度における子ども手当2兆2500億円分の3分の2程度の予算でできる。安いもんじゃないか。
 田母神氏は核武装を前提にしているが、費用対効果の問題がある。アメリカの核の傘では不足なのか、この点はもっと議論が必要だろうね。

・ふだんは町人国家でいい。しかし、いざ事ある時は、1億3000万人の国民が全員サムライに変身し、国土防衛に立ち上がる。永世中立国のスイスや北欧三国のようにね。

・要するに、重武装した町人国家になる。それもアメリカとがっちり提携し、万全の安保体制を敷いた、付け入るスキのない国にする。これが、国家の基本フレームだね。

<ツケ入るスキのない深謀遠慮の国に>
・あとは、ソフト面だね。それは本書で述べてきたとおり、老練かつ狡猾で、「ソフィスティケイト」された、一筋縄ではいかない国になる、ということだよ。
 資源の問題では、エネルギーを自給化したり、レアアースも技術開発で外部資源に頼らない体制をつくる。

・日本人はこれまで、どちらかというとお人好しのお坊ちゃんで、あと先を考えずに行動するところがあった。そのために新幹線技術も、うまうまと中国に取られてしまった。こうしたお人好し時代はいい加減に卒業して、これからは、したたかで、昔の武士のように深謀遠慮の国になる。そうすれば、相手に不用意なスキを見せることもない。

・それと、日本の表の顔は町人国家なんだから、金融立国と、政府をプロフィット・センターになぞらえる思考習慣は、ぜひここで確立しておきたいね。そうすれば、日本はたちどころに甦り、再び豊かな国になれるよ。

・日本人が行うべき方策とは、世界から富を求めて人と情報が集まるような国にすることである。すなわち、日本をビジネス・チャンスにあふれた、魅力的な国にすることであり、海外の人々が日本にやってくる理由・必然性がある国にすることが大切である。



『田母神塾』   これが誇りある日本の教科書だ
田母神俊雄   双葉社    2009/3/1



<究極の抑止力、核兵器で国防と外交を強化せよ>
・世界の多くの国々は、積極的に核兵器をもちたがっています。その理由は、核を持っている国のほうが、核をもっていない国よりも強い安全保障体制を構築できるからです。核を持たないほうがいいと主張しているのは、日本の政治家ぐらいしかいません。より強い軍事力をもつことによって、より安全ではなくなると考える政治家は他国にはいない。軍事力が強いほうが、より安全というのが、常識的に考えもごく普通の考え方でしょう。

・「核兵器を持てば日本は戦争と破壊の危険にさらされる」。自虐史観に染まっている人は、そういう考え方をします。

・絶対に使われることがない兵器ではあるのですが、核兵器を持っている国と持っていない国とでは、外交交渉において格段の差が生まれてしまう。

・日本の外交交渉力を世界と対等にするために、日本も核兵器を持つべきであると、私は、敢えて提言します。核兵器を持たない国は、最終的にアメリカやロシア、イギリスやフランス、中国のいうことを聞かざるをえない状況に置かれているのです。

・少なくとも非核三原則は撤廃し、日本が核兵器を持とうと意識すればいつでも持てる状態にしておくことが必要でしょう。「もたない」と強く宣言したとたんに、安全保障上の抑止力は一気に低下してしまう。

・アメリカは日本に、どうしても核兵器をもたせたくないのです。日本はNPT(核拡散防止条約)に加盟しているわけですから条約による縛りは今も利いている。

・普通の国の政治家であれば「絶対に武力行使はしない」「核兵器を持つことはありえない」とまでは断言しません。「国家を守るため、あらゆる手段を放棄しない」というのが普通です。

・核兵器とほかの通常兵器との最も大きな違いは、核兵器は戦力の均衡を必要としない兵器だという点です。つまり、一発だけでも持てば、充分抑止力になる。

・イスラエルのように核兵器で武装した国は、軍事攻撃によって潰すことはできません。

・自国で核兵器を持つことが難しいのであれば、日本も「ニュークリア・シェアリング・システム」の導入を検討してみてはどうでしょうか。これはアメリカが持つ核兵器の発射ボタンを共有するという試みです。実はすでにNATOのうちドイツ・オランダ・イギリス・ベルギー、トルコの5カ国はニュークリア・シェアリング・システムが導入されています。これらの国が核の脅威にさらされたときには、アメリカが持つ核兵器を引き渡すという取り決めです。

・日本はとにかく、国防に関するタブーが多すぎる。民主主義社会なのですから、核兵器保有に関してもタブーの枠内に押し込めることなく、何でも自由に話し合えばいい。

・「核武装しないほうが我が国はより安全を保てる」。そんなことを主張する政治家は、世界中見渡しても日本の政治家以外にいません。



『国(暴)防論』
田母神俊雄・松島悠佐・川村純彦・勝谷誠彦
アスコム     2009/5/2



<タブーを乗り越え、長過ぎた沈黙を破るべき時がやってきた>
・どこそこの国では戦争という言葉そのものにさえ目を背けさせる教育をしてきた。こういう国は、周辺諸国にとって「危うい」。戦争を作り出すのは無知なのだ。

<核兵器を持たずとも、核抑止力を保持する方法がある>
・そこが同盟の難しいところなんです。確かに同盟は抑止には役に立ちます。しかし、いざというときの国家の運命は、自国で決断しなければなりません。今回は明確にしてくれましたが、アメリカが助けてくれない最悪のケースまでも考慮した上で、あらゆる戦略を立てておかなければならない。したがって、「非核三原則」とお経のようなことを唱えていれば、日本の安全が守られると考えることは、大きな誤りなんです。

・NPT(核拡散防止条約)加盟国のなかで、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、トルコの5ヵ国は、ニュークリア・シェアリング・システムというものを採っています。アメリカの核兵器を使って日常的に訓練しています。

<日本が原子力潜水艦を持てば、中国・原子力空母の最高の抑止力になる>
・(原子力潜水艦)は絶対に必要だと思います。ディーゼルエンジンを動力とする在来型の潜水艦は、どうしても息継ぎが必要なんです。潜水艦は浮上してディーゼルエンジンで発電機を回し、発生した電気を蓄電池に充電する。水中ではディーゼルエンジンが使えないので充電ができないからです。それと、艦内の換気のためにも、ときどき浮上しなくてはならない。そのような場合、海峡や東シナ海など、地形が入り組んだ海域なら隠れる場所もあるからいいのですが、太平洋のような広い外洋で海面に顔を出すことは潜水艦にとって自ら隠密性を放棄する非常に危険なことです。広い海域で、息の長い行動をするにはやはり原子力潜水艦でなくてはだめなんです。潜水艦がほかの水上艦船に同伴して行動するためにも原子力潜水艦が必要です。

・将来、日本が航空母艦を持つとなったら、これを守るためにも、一緒のスピードで航海できる潜水艦が必要です。それは原子力潜水艦でないと無理ですね。

・日本がすぐに核武装はできないとしても、先ず原子力潜水艦を何隻か持って、南シナ海から沖縄近辺の海域に遊弋させれば、中国は嫌がりますよね。中国は原子力空母を建造すると言っていますが、たとえ造ったって、こっちが原子力潜水艦を持っていたら、怖くて動けませんよね。最高の抑止力になると思います。

・それに、予算をどれだけつぎ込んだとしても、中国の対潜水艦能力は西側に比べてまだ30年以上の遅れがあると見ています。したがって、当分は中国海軍が日本の潜水艦を捕まえることはほとんど不可能でしょう。ですから、日本が原子力潜水艦を持つことは、最高の抑止力になるはずです。これは断言できます。

・非常に有効な手段でしょう。もうひとつあります。日本が核武装をした場合にどういう兵器体系が必要かを改めて検討できる。もし原子力潜水艦を建造できたら、ミサイルを発射できる装置を置いておけばいい。潜没中の潜水艦は探知が困難で残存性も高いですからね。

・日本のような狭い国では、あちこちに核ミサイルの基地は造れません。
潜水艦に積めば、そこが核基地になる。海洋国家としては非常に強いですね。

<兵力の均衡を必要としない核兵器は、ひとつ持っているだけでいい>
・核兵器のバランスの問題もありますが、たとえ10発でも抑止力になります。威力が非常に大きいですから、常に1隻を配備して発射できるようにしておくためには潜水艦の隻数としては3隻は必要でしょう。それだけでも最小限の核抑止力は確保できると言えます。

・アメリカはたくさん予算を持っていて、中国も持っている。そこで日本が核を5発や10発ぐらい持ったからって何になるんだと言う人もいます。しかし、5発や10発でも充分に意味があるんです。核兵器は、兵力の均衡を必要としない兵器ですから。

・通常の兵器ではあり得ない話ですが、核に関しては兵力比が1対10でも1対100でも抑止が成り立つんです。核兵器は二度と使われてはいけない兵器です。また、使われる可能性もゼロに近い兵器です。しかし、外交交渉で発言権を確保する上でも非常に必要かつ重要な兵器なんです。

・核に対してアンタッチャブルのままでいてはいけません。国会でもきちんと議論をしなければ。ところが非核三原則がまずあって、核抑止力はアメリカに依存するというところで話が終わってしまっている。

・それよりも、原子力潜水艦を持つのがいちばんいいでしょう。しかし、そのためには時間も金もかかります。

・いちばん手っ取り早いのは、アメリカのトマホークを買ってくることでしょう。

<北朝鮮の体制が崩壊するとき、何が起こるか>
・口封じと証拠隠滅のために、北朝鮮にいる拉致被害者、それから数百人いるといわれている特定失踪者が殺されてしまう可能性もあるわけですよね。アメリカだったら特殊部隊を突入させて救出しているところでしょうが、私はそれをぜひ自衛隊にやってほしい。

・拉致被害者を奪還するのは、能力的にはゼロではないと私も思います。しかしながら、作戦の基本である情報を積極的に取集する情報機関が日本にはありません。これが最大の問題です。そのため被害者の方が北朝鮮のどこにいるのか、どこに救出に行けばいいのかという情報を得ることができない。大変難しい状況です。

・情報戦でもっとも大事なことを「 Humint」と言います。ヒューマン・インテリジェンスの意味です。情報というのは人間に接触し、そこから情報を引き出すのがいちばんいいわけです。日本はその面で諸外国に比べて極端に見劣りがします。

・やはりきちんとした情報機関がないということが異常なんですね。そこで調べて勝てるか勝てないかを判断して、だめならどうやれば勝てるかを検討して、勝てるとなって初めて戦争を始めるわけですからね。


<●●インターネット情報から●●>

<清水幾太郎>
その60年安保にかけての時期、安保条約反対の論陣を張った清水幾太郎(社会学者)という人物がいる。安保改定後は急速に「右転回」して、1980年9月に『日本よ国家たれ――核の選択』(文藝春秋社)を出版。日本核武装を主張するまでなった。清水はいう。「最初の被爆国である日本が核兵器を所有しなければ、有事の際、世界中の国国が日本に遠慮してくれるという滑稽な幻想を抱いているのではないか」「核兵器が重要であり、また、私たちが最初の被爆国としての特権を有するのであれば、日本こそ真先に核兵器を製造し所有する特権を有しているのではないか」と。清水が提言する核政策変更への4つの選択肢はこうだ。(1)独自の核武装、(2) 核運搬手段を日本が持ち、核弾頭を米軍から提供してもらう、(3) 核兵器を保有する米陸軍の新たな駐留、(4) 米軍の核持ち込みの許可を宣言する、である。清水は、核武装を含む軍事力強化の道を、「日本が一人前の国家になること」への第一歩と見ている。安保反対論者から核武装論者へ。実に振幅の大きい生きざまではあった(1988年8月10日、81歳で死去)。



『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』
北村淳   講談社    2015/3/23



<中国軍の対日戦略が瓦解した日>
・現実には(2015年3月現在)日本には中華人民共和国に対してだけでなく、いかなる国に対しても海を越えて報復攻撃を実施する軍事力は存在しない(ゼロとはいえないものの、ほぼゼロに近い)。

・ただし、「日本には日米安全保障条約があるではないか」という人々が少なくない。これらの人々は、「たとえ日本自身が報復攻撃力を保持していなくとも、日本の防御力で敵の攻撃を防いでさえいれば、アメリカ軍が助けに来てくれて、彼らがやり返すことになっている」というふうに信じ込んでいるようである。
 その結果、日本は防衛のために必要な軍事力の片面にしか過ぎない「防御力」しか保持せず、「報復攻撃力」がゼロに近い状態でも、平然として国家をやっていられる、というのである。まさに「アメリカは矛、日本は盾」というレトリックに頼りきっている点、これこそが、日本社会が「平和ボケ」といわれている最大の理由ということができる。

・そもそも「防衛」のために莫大な税金を投入して軍事力を保持しなければならない究極の目的は、日本が外敵から軍事攻撃を仕掛けられたら「防御」するためではなく、「外敵が日本に対して軍事攻撃を実施するのを事前に思いとどまらせる」こと、すなわち「抑止」にある。
 自衛隊が「防御」する段階に立ち至った場合には、いくら自衛隊が頑強に「防御」したとしても、日本国民の生命財産が何らかの損害を被ることは避けられない。したがって「防衛」の理想は「防御」ではなく「抑止」なのである。

・そして、日米同盟のレトリックに頼りきった日本が「防御」のための軍事力しか持たないならば、いくら世界最強の防御力を持っていても、アメリカが助けに来てくれるまでは「やられっぱなし」の状態が続くことになってしまう。
 日本を軍事攻撃しようと考える外敵にとっては、「やられたらやり返す」という軍事能力を持たない日本を攻撃する場合、アメリカが登場するまでのあいだは「やり返される」ことを考えに入れる必要はないため、軍事的には日本攻撃にさしたる躊躇はいらないことになる。

・日本が「防御力」しか持っていない状態と、日本が「防御力」に加えて最小限度の「報復攻撃力」を保持している状況とでは、外敵に対する抑止効果という点では、雲泥の差が生ずることになる。

 極言してしまえば、暴力によって勝敗を決してしまう軍事の根底に流れるメカニズムは、実はこのように単純なのだ。そして、「外敵からの武力攻撃を受けないためには、適正な報復攻撃力を持たなければならない」ということは、国防の鉄則なのである。

・本書では、現在日本が直面している最大の軍事的脅威は何か、それを明らかにするとともに、その軍事的脅威が実際に発動されないように抑止するために、日本自身が可及的速やかに手にしなければならない「とりあえずの抑止力」を明確に提示したい。

<「とりあえずの抑止力」の脆弱性>
・憲法第9条や「専守防衛」という奇妙な原則に拘泥してきた日本は、自衛隊という大規模な軍事組織を構築してきたにもかかわらず、中国や北朝鮮に限らずいかなる外敵に対しても、報復攻撃を実施するための軍事力を保有しないように努めてきた。その結果、現在の自衛隊は、様々な優秀かつ高価な兵器を手にしてはいるものの、中国に対しても北朝鮮に対しても、海を渡って攻撃する能力はほとんど保有していない。

<中朝への報復攻撃力を持つと>
・逆説的にいうと、「日本から攻撃される」という変数が存在するだけで、対日攻撃計画は複雑になってしまうわけだから、そのような変数を初めから捨ててかかっている日本は、お人好しを通り越した存在ということになる。

・このように、これまで通りの自由に攻撃作戦を立案させないようにするという効果があるだけでも、日本が「とりあえずの抑止力」を可及的速やかに手にする意義は大きいし、絶対に必要となる。

<トマホークのピンポイント攻撃で>
・そのようなピンポイント攻撃を敢行できる方法としては、現在のところ、長射程ミサイル(弾道ミサイル・長距離巡航ミサイル)による攻撃が唯一の選択肢である。
 日本は弾道ミサイルを製造する技術力は保有しているが、実際に中国や北朝鮮を報復攻撃する兵器としての弾道ミサイルを開発するには、ある程度の年月が必要である。しかし、「とりあえずの抑止力」を手にするためには、日本自身による弾道ミサイルの開発を気長に待っているわけにはいかない。かといって、弾道ミサイルを輸入することはまったく不可能である。
 一方、長距離巡航ミサイルは、弾道ミサイル同様に独自開発には時間がかかり過ぎるものの、アメリカからトマホーク長距離巡航ミサイル(トマホーク)を購入するというオプションが存在する。

<中国が恐れるトマホークの配備>
・逆に考えると、約9600億円では、トマホークが9600基も手に入ることになる(それほど多数のトマホークは存在しないが)。このように、破壊力と装備費だけを比較すると、いかにトマホークがコストパフォーマンスに優れているかが理解できる。

<発射可能なトマホークの数は>
・このように現在、海上自衛隊には、最大1024基の水上戦闘艦発射型トマホークと、最大108基の潜水艦発射型トマホーク、合わせて1132基を一度に装填する能力が備わっている。

・以上のように考えると、海上自衛隊の現有艦艇によって、約800基のトマホークを発射することが可能である。そして、水上戦闘艦発射型トマホークは1基およそ1億円であり、潜水艦発射型トマホークは1基およそ1億5000万円である。すると、海上自衛隊は、約900億円で上記のような駆逐艦と潜水艦から発射されるトマホーク約800基を手にすることができる計算になる(実際にはテスト用数十基を含めて約1000億円)。
この場合、自衛隊艦艇の稼働状況や展開状況を考えると、現実的には保有する800基全弾を一度に発射するのは困難であり、400〜500基が報復攻撃として連射されることになる。

<北朝鮮への「4倍返し」の値段>
・このように、年間の防衛費の約2%、1000億円を投入してトマホークを海上自衛隊艦艇に配備するだけで、日本は北朝鮮に対し最大で「4倍返し」の報復攻撃力を手にすることになる。

<対中報復攻撃は日本海から>
・国際軍事常識をはるかに凌駕したスピ―ドで長射程ミサイル戦力の充実に邁進し、短期激烈戦争を周辺国に対する侵攻(可能性による脅迫)のドクトリンとしている中国に対しては、トマホーク400〜500基による報復攻撃だけでは「とりあえずの抑止力」を超えた抑止効果は期待できそうにない。

<中国でより深刻なトマホーク被害>
したがって、日本が1000億円で手にできるトマホーク戦力は、少なくとも「とりあえずの抑止力」であると、中国共産党指導部は考えるはずだ。

<さらに強力な抑止力の構築には>
・1000億円を投入して、自衛隊が800基のトマホークを装備することによって、本書での目的である「とりあえずの抑止力」は手に入れることができる。本書の目的はここにおいて達成されるが、日本の防衛は「とりあえずの抑止力」を手にすることによって、真の防衛のスタートラインに立ったことになる。

・いうまでもなく、抑止力を強化するためには、報復攻撃力だけを強力にしていくのは得策ではない。できるかぎり受動的抑止力と報復的抑止力をバランスよく増強していくとともに、場合によっては報復攻撃力を予防的抑止力に転用する途も工夫して、すべての形態の抑止戦力を手にしていかねばならない。

・そして、日本の技術力のすべてを投入すれば、最大射程距離2500キロで最高巡航速度マッハ2を超える巡航ミサイルの開発に成功する可能性は十分にある。

・何をおいても1000億円で「とりあえずの抑止力」を手に入れよ――。

「封じ込めうる抑止力」に近づけるための各種抑止力の増強策、そして国防戦略そのものの大修正を行うための大前提は、1000億円を投入して「とりあえずの抑止力」を手に入れることである。これなくしては強力な抑止力はいつまでたっても手に入らず、それほど遠くない将来に短期激烈戦争を突きつけられ、実際に戦闘を開始する前に中国の軍門に降らなければならなくなる。または、北朝鮮から大量の弾道ミサイルが原発に降り注ぎ、福島第一原発事故の数十倍の放射能被害を受けるかもしれない。



<●●インターネット情報から●●>

「三峡ダム」の恐怖! 攻撃されたら万事休す・・・軍壊滅、民は「億単位で飲み込まれる」=中国メディア         (サーチナ)

 中国の軍事情報サイト「捷訊網」は21日、米国や台湾と戦争の事態になった場合、三峡ダムがミサイル攻撃を受け破壊された場合には、戦争に必要な軍部隊も水に飲まれ、民間人の被害は数億人にのぼると紹介した。

 三峡ダムの危険性については早い時期から指摘があり、応用数学などを研究した著名学者の銭偉長氏(1912−2010年)は、三峡ダムが通常弾頭付き巡航ミサイルで攻撃されて崩壊すれば、上海市を含む下流の6省市が「泥沼」となり、数億人が被害を受けると試算した。

 記事によると、三峡ダム下流の長江沿岸には軍の駐屯地が多く、軍も戦争遂行が不能になるという。

 記事は、三峡ダム攻撃をまず研究したのは台湾と指摘。中国軍が台湾侵攻を試みた場合、台湾は同ダムを含む大陸部のインフラ施設攻撃を念頭に置いたという。

 記事は次に、尖閣諸島で対立する日本による攻撃も取り上げた。奇襲すれば「釣魚島(尖閣諸島の中国側通称)はポケットの中の物を取り出すのと同様に簡単に手に入る」と豪語するタカ派軍人もいると紹介する一方で、三峡ダムへの攻撃リスクを考えれば、「釣魚島奇襲は不可能」と指摘。それまでに、時間をかけて三峡ダムの水を抜いておかねばならないと主張した。

 記事はさらに「釣魚島を奪取しても利は小さい。三峡ダムの被害は甚大だ。しかも、(尖閣奇襲で)先に手を出した方(中国)が国際世論の非難を浴びる」と論じた。

 記事は、尖閣諸島が原因で戦争になった場合、米国による三峡ダム攻撃もありうると指摘。さらに、国境問題で対立するインドが攻撃する可能性にも触れた。(編集担当:如月隼人)(イメージ写真提供:CNSPHOTO)



『後藤田正晴と12人の総理たち』  もう鳴らない“ゴットフォン”
佐々淳行      文藝春秋  2006/6/30



<終身護民官で情報の鬼>
・もう1つ、「情報の鬼」だった後藤田さんの夢は、「内閣情報局」の創設だった。

・戦後の「外交一元化」の大方針の下、国際情報や各省庁海外駐在官の情報がすべて外務省に報告され、重大な情報、とくに「悪い情報」が官邸に届かない現状を憂え、情報構造改革の必要性を機会あるごとに説き、システム化しようとして果たせなかった。

・とくに中曽根・橋本行政改革の際には、内閣に総理・官房長官直属の外務省に拮抗する競争的情報機関、いわば「JCIA」を設置し、総理や官房長官が“裸の王様”にならないようにすべく、既存の内閣情報調査室の強化を試みた。 

・後藤田さんは、警察駐在官が半世紀保持してきた全世界の情報機関、CIA(米)、KGB(ロシア)、MI6(英)、ゲーレン(独)、スデック(仏)、モサド(イスラエル)、KCIA(韓)、公安部(中国)などとの情報交換を政治・外交の裏面で非常に大切にした、得難い政治家だった。

<PKO殉職事件>
・宮澤総理は危機管理型のリーダーではなかった。後藤田さんが“内務官僚”の代表であったとすれば、“大蔵官僚”の化身といえよう。昔から、「内務、外務、大蔵」は三大天下国家官庁とよばれてきて、三者それぞれ「我こそ日本帝国の藩屏(はんペい)なり」という意識で巴戦をくりひろげてきた。戦後は、内務省が解体され、分権化されて弱体化し、経済至上主義と予算を独占した大蔵省が絶対の優位性を示してきた。

・外務省と大蔵省には濃厚な「殿上人」意識があり、内務省系の警察や、陸海軍没落後のひ弱な自衛隊を「地下人(じげひと)」と見下す気風がある。外務省に出向する者には「昇殿差シ許ス」と公卿が告げるような雰囲気だ。

・宮澤喜一氏の東大偏重の学歴重視は、その酒癖と共に衆知の事実である。私は、生前の竹下登総理の下で1年7カ月内閣安全保障室長として、仕えてきたが、ある会食の席で、「ボクは宮澤さんに『竹下さん、貴方の時代は、早稲田の商学部は無試験だったんですってね』といわれた。あれだけは許せない」と宮澤さんの東大偏重を批判していた。「早大商学部でも、なんか試験はあったんでしょう?」と問うと、「それがね、無試験だったんだよ」



『日米秘密情報機関』
「影の軍隊」ムサシ機関長の告白
平城弘通   講談社   2010/9/17



<日米秘密情報機関は生きている>
・「ムサシ機関」とは、陸幕第二部別班、通称「別班」のことを指す。昭和47〜48年ごろ、共産党の機関紙「赤旗」によって、秘密謀略組織「影の軍隊」であると大きく宣伝をされ、国会でも追及を受けた組織だ。昭和48年(1973年)に金大中拉致事件が起きたときには、これも「別班」の仕事ではないかということで、また騒がれた。

・私は陸軍士官学校出身の職業軍人として中国大陸で転戦し、昭和26年(1951年)、警察予備隊(自衛隊の前身)に入隊した。22年間の自衛官生活のうち、中隊長(第8連隊第3大隊の第12中隊長)、大隊長(第7師団第7戦車大隊長)、連隊長(第7師団第23普通科連隊長)を務めた一時期以外は、大部分を情報将校として仕事にあたってきた。

・そのころは、米ソ冷戦時代で、両陣営の衝突は日本国内に甚大な影響をもたらすことは火を見るより明らかだった。自衛隊で早くからソ連情報を担当した私は、共産主義とは何か、その歴史的事実等に興味を持ち、研究を進めるうち、その非人道的な残酷な史実を突きつけられ、反共の思想を持つに至った。

・今日、非常の事態、たとえば大規模・同時多発テロ、北朝鮮の核攻撃、中国軍の南西諸島侵略など、現実の脅威に備えるため、政治家や国民が真剣に考えているのかどうか、誠に心許ない。しかし、情報機関は存在そのものが「秘」であり、いわんや活動の実態については極秘でなければならぬと信じている。

・さらに、三島由紀夫に影響を与えたとされている山本舜勝元陸将補(元自衛隊調査学校副校長)は、平成13年に出版した『自衛隊「影の部隊」 三島由紀夫を殺した真実の告白』で、自衛隊の諜報活動の存在を明らかにしている。
 加えて近年、「自衛隊 影の部隊」に関する本が、塚本勝一元陸幕ニ部長(『自衛隊の情報戦陸幕第二部長の回想』)や松本重夫調査隊第一科長(『自衛隊「影の部隊」情報戦 秘録』)らによって相次いで出版され、さらに先述の阿尾が『自衛隊秘密諜報機関』を出して、そのなかで本人が別班に所属していたことを公表した。そして、「ムサシ機関」という秘密機関は実在し、機関長は平城一佐だったと暴露してしまったのだ…………。そのため私は、多くのマスコミから電話や手紙による取材攻勢を受け、その対応に苦慮した。

・とくに、その是非は別として、現在は専守防衛を国是とする日本では、情報こそが国家の浮沈を握る。その中心部分を担う「日米秘密情報機関」、いってみれば「自衛隊最強の部隊」が、その後、消滅したとは思えない。私は、現在でも、この「影の軍隊」が日本のどこかに存在し、日々、情報の収集に当たっていると確信している。

・明石元二郎大佐は日露戦争全般を通して、ロシア国内の政情不安を画策、日本の勝利に貢献した。そのため、彼の働きを見たドイツ皇帝ヴィルヘルム二世は、「明石元二郎一人で、満州の日本軍20万人に匹敵する戦果をあげた」と賞讃した。また、陸軍参謀本部参謀次長の長岡外史は、「明石の活躍は陸軍10個師団にも相当する」と評している。
 明石のDNAを、自衛隊は、いや日本人は受け継いでいるのだーー。

<東方二部特別調査班の活躍>
・私が力を入れた東方二部特別調査班(調査隊所属)は、昭和44年3月、編制を完了し、大阪釜ヶ崎を経て山谷に入り訓練を重ね、同年6月から本格的行動に移った。一部を横浜方面に派遣し、主力は山谷を拠点として、さまざまな集会、とくに過激派の集会には必ず潜入させ、各種の貴重な情報を入手させた。ただ、攪乱工作をやるような力はなく、もっぱら情報収集を秘密裡に行う活動だった。
 私は武装闘争をいちばん警戒していたから、武器を持っているか、どのくらいの勢力か、リーダーは何をいっているのか、そのようなところに重点を置いて情報を収集した。

<三島由紀夫との出会い>
<三島事件は、自衛隊史上、最大の汚辱事件>
・私の二部長時代には、文壇では既にノーベル文学賞作家に擬せられる大家であったが、文人としては珍しく防衛に関心のある人物として、三島に好意を持っていた。

・その後、事件の詳細を知るにつけ、私が痛感したことがある。それは、三島の憂国の至情はわかるとしても、あのような内外情勢、とくに警察力で完全に左翼過激勢力を制圧している状況下で、自衛隊が治安出動する大義がない、ということだ。それを、事もあろうに、いままで恩義を受けた自衛隊のなかで総監を監禁し、隊員にクーデターを煽動するとは……。

<二将軍は果たして裏切ったのか>
・だが私は、三島がそれにあきたらず、自ら立案したクーデター計画の実行にのめり込んでいく様子に気づいていた。(中略)武士道、自己犠牲、潔い死という、彼の美学に結びついた理念、概念に正面切って立ち向かうことが私にはできなかった。(中略)
 三島のクーデター計画が結局闇に葬られることになったのは、初夏に入ったころだった。私はその経緯を詳しくは知らない。(中略)
 いずれにせよ二人のジェネラルは、自らの立場を危うくされることを恐れ、一度は認めた構想を握りつぶしてしまったのであろう。(『自衛隊「影の部隊」三島由紀夫を殺した真実の告白』山本舜勝、講談社)

<三島には大局観を教えなかったがために>
・以上のような山本舜勝氏の回想記を読んだ私の所感は次のようなものだった。
 まず、山本一佐の教育は兵隊ごっこといわれても文句のいえないもの。情報活動の実務、技術は教えているが、情勢判断、大局観を教えていない。とくに、三島の檄文を除いて、この著書のどこにも警察力のことが書かれていない。三島のクーデター計画でも、警察力には触れず、いきなり自衛隊の治安出動を考えているが、自衛隊の出動事態に対する
研究がまったく不足している。



『自衛隊「影の部隊」情報戦 秘録』
松本重夫  アスペクト     2008/11



・かつてマスコミや革新政党から「影の部隊」あるいは「影の軍隊」と呼ばれ、警戒された組織があった。自衛隊にあって情報収集と分析を専門に行う「調査隊」だ。私は調査隊の編成からかかわった、生みの親の一人である。

・私は陸軍の兵団参謀の一人として、終戦を迎えた。戦後たまたま米国陸軍情報部(CIC)と接点を持ったことから、彼らの「情報理論」の一端に触れることになった。
 それはかつて陸軍士官学校の教育にも存在していなかった、優れて緻密な理論体系だった。それを研究すればするほど、私は日本の敗戦の理由の1つは、陸軍のみならず日本の国家すべてが「情報理論」の重要さを軽視したことにあると確信した。残念ながら戦後半世紀以上たった現在も、その状況は変わっていない。

<「葉隠」の真意>
・1945(昭和20)年8月5日、私は宮中に参内して天皇陛下に拝謁を賜り、茶菓と煙草を戴いて、翌6日、陸軍大学の卒業式を迎えた。卒業式終了後、記念写真を撮り昼食の会食となる。そのころに、学生の仲間内で広島に大型爆弾の投下があったという噂を聞いた。その大きさは6トンまたは10トン爆弾かというような情報が流れ、「原爆」という表現は伝わらなかったが、しばらくして、「原子爆弾」という情報が不確定的ながら耳に入り、大変なものが投下されたなと思いつつも、各自、それぞれの任地に向かった。

<三島由紀夫事件の隠れた責任者>
・1970(昭和45)年11月25日、作家の三島由紀夫が「盾の会」会員とともに市ヶ谷自衛隊駐屯地、東部方面総監室に立てこもり、割腹自殺を遂げた。私は当時、既に自衛隊を退職し、情報理論と独自の情報人脈を駆使して、民間人の立場で「影の戦争」を闘っていた。

・三島事件の陰には調査隊および調査学校関係者がかかわっていたことは、山本舜勝元陸将補が『自衛隊「影の部隊」・三島由紀夫を殺した真実の告白』(講談社刊)という著書で明らかにしている。
 私は、山本氏が三島由紀夫を訓練しているということは、それとなく聞いていた。
そのとき私は、「ビール瓶を切るのに、ダイヤの指輪を使うようなことはやめた方がいい」と話した覚えがある。私は、山本氏らの動きは、三島のような芸術家に対してその使いどころを間違えていると思っていた。

・山本氏は、私が幹部学校の研究員(国土戦・戦略情報研究主任)だったときに、調査学校長だった藤原岩市に呼ばれて、調査学校に研究部員として着任してきた。研究テーマは私と同じ、専守防衛を前提としての国土戦つまり遊撃戦(ゲリラ戦)であった。私はその当時、韓国の予備役軍人や一般国民で組織される「郷土予備軍設置法」なども参考にしながら「国土戦論」を練り上げていた。

・山本氏らが調査学校の教官となり、「対心理過程」などの特殊部隊の養成を担当することになった。それが前述したように当初の私の構想とは異なった方向に進んでいたことは気づいていた。結局そのズレが「青桐事件」となり、三島由紀夫に「スパイごっこ」をさせてしまうような事態を招いてしまうことになったのだといわざるを得ない。

・山本氏に三島を紹介したのは藤原岩市である。山本氏によって通常では一般人が触れることのできない「情報部隊の教育」を受けさせ、三島の意識を高揚させることに成功するが、三島がコントロールできなくなると、藤原らは一斉に手を引き、山本氏と三島を孤立させていく。そのあたりの経緯を山本氏の著書から引用してみよう。
《文学界の頂点に立つ人気作家三島由紀夫の存在は、自衛隊にとって願ってもない知的な広告塔であり、利用価値は十分あった》
《しかし三島は、彼らの言いなりになる手駒ではなかった。藤原らジュネラルたちは、『三島が自衛隊の地位を引き上げるために、何も言わずにおとなしく死んでくれる』というだけではすまなくなりそうだということに気づき始めた》

・《藤原は三島の構想に耳を傾けながら、参議院選挙立候補の準備を進めていた。今にして考えてみれば、参議院議員をめざすということは、部隊を動かす立場を自ら外れることになる。仮にクーデター計画が実行されたとしても、その責を免れる立場に逃げ込んだとも言えるのではないか》
 この山本氏の遺作は、三島由紀夫の死に対して自らのかかわりと責任の所在を明らかにすると同時に、三島を利用しようとした藤原岩市らかつての上官たちの責任を示し、歴史に記録しておきたいという意志が感じられる。

<田中軍団の情報員>
・かつてマスコミが竹下派七奉行として、金丸信元副総理を中心に自民党内で権勢を振るった人物を挙げていた。梶山静六、小渕恵三、橋本龍太郎、羽田孜、渡部恒三、小沢一郎、奥田敬和。この格付けには異論がある。

・この「七奉行」の表現から抜けていて、忘れられている人物に亀岡高夫がいる。彼は金丸のように目立って権力を行使しなかったが、「創政会…経世会」の設立時に、田中角栄の密命を受けて竹下を総裁・総理にする工作を、築地の料亭「桂」において計画推進した主導者の一人である。

・この亀岡高夫と私が陸士53期の同期生でしかも「寝台戦友」であることは既に述べた。しかもGHQ・CICと協力して活動した「山賊会」のメンバーであり、自衛隊時代そして除隊してから、彼が昭和天皇の葬儀のときに倒れて亡くなるまで、私の戦後の「情報活動」は亀岡とともにあった。

・私は亀岡と顔を見合わせた。「福田は来ていないな……」
 福田は都議までしか挨拶に行っていない。下を固めろ。本部に戻ってその情報をもとに、方針を決めた。
「区議会議員と村長、市町村、これを全部やれ。県議は相手にするな」
 電話で全国の田中軍団に指令を出した。県議も区議、村長も同じ1票。福田派は県議のところに行って、その下の国民に一番密着している人のところに行っていなかった。県議に行けば下は押さえることができるという、古い考え方だった。それを田中軍団が、ごっそりとさらっていった。
 そのように密かに票固めを行っている最中に、福田の方から、国会での本選挙はやめようという申し出があった。田中は「しめた!」とばかりにその申し出を受け、劇的な勝利につながっていった。
 この総裁選がいわゆる「田中軍団」のローラー型選挙の嚆矢といわれている。そのきっかけは私と亀岡の地道な調査活動にあったことはあまり知られていない。

<中国情報部の対日情報活動>
・やや古いが、その当時私が入手していた、中国の情報機関に関する情報をもとにこの問題を整理すると、次のような背景がわかった。
 1974年当時、中国では国家安全省は誕生してなく、北京市公安局が国内外の情報を収集する機関としては中国最大の組織であり、約1万人ほどいたといわれる。当時の北京市公安局は13の部門に分かれていた。

・それぞれの科の中には、さらに最高レベルの秘密扱いにされていた外国大使館担当班が存在していた。第3処 尾行・視察調査 第4処 海外から送られてくる手紙などの開封作業を担当 (略) 第7処 不穏分子や海外からのスパイ容疑者の尋問  
こうした北京市・公安局の活動に対して、日本大使館の防諜意識は信じがたいほど低かったとの情報もある。
 29名いたとされる日本大使館に対する盗聴チームのもとには、常に新鮮なデータが集まっていたという(例:ある大使館幹部と、大使館員の妻とのダブル不倫関係まで把握していたほどであるという)。

<O-157、サリン事件の背景で>
・「対情報」の研究というのは今風にいえば対テロリズムの研究もそこに含まれる。そこではかつての大戦中の各国が行った生物・化学兵器の使用データの分析も行っている。

・資料が特ダネ式に入手されたとすれば、警視庁内の秘密保全のルーズさを示す“恥”となろう。しかし、これはどちらかといえば公安関係者からの意図的なリークに等しい。公安委員長(国務大臣)の責任・罷免に発展してもおかしくないのだが、ほとんどの国民は、この問題に関心を示すことはなかった。現実にはこの国では、こうした問題は機密漏洩対策の向上に役立てられることもなく、いわば政争の道具に利用されただけだ。「スパイ天国日本」という世界の防諜関係者からの汚名の返上は当分できそうにないようだ。

<●●インターネット情報から●●>

(CNN)( 2014/10/16)米紙ニューヨーク・タイムズは16日までに、イラクに駐留している米軍が化学兵器を発見し、一部の米兵がそれにより負傷していたにもかかわらず、米政府が情報を隠ぺいしていたと報じた。

記事によれば2003年以降、マスタードガスや神経ガスとの接触により、米兵17人とイラク人警官7人が負傷。彼らは適切な治療を受けられなかったばかりか、化学兵器で負傷したことを口外しないよう命じられたという。

「2004〜11年に、米軍や米軍による訓練を受けたイラク軍部隊は、フセイン政権時代から残る化学兵器に何度も遭遇し、少なくとも6回、負傷者が出た」と同紙は伝えている。

同紙によれば、米軍が発見した化学兵器の数は合わせて5000個ほどに上るという。

「米国は、イラクには大量破壊兵器計画があるに違いないとして戦争を始めた。だが米軍が徐々に見つけ、最終的に被害を受けたものは、欧米との緊密な協力によって築き上げられ、ずっと昔に放棄された大量破壊兵器計画の遺物だった」と同紙は伝えている。

国防総省のカービー報道官は、この報道に関連し、詳細は把握していないと述べる一方で、2000年代半ばから10年もしくは11年までの間に、化学兵器を浴びた米兵は約20人に上ることを認めた。

ニューヨーク・タイムズは政府が情報を隠ぺいしようとした理由について、事故を起こした化学兵器の設計・製造に欧米企業が関与している可能性があったことや、製造時期が1991年以前と古く、フセイン政権末期に大量破壊兵器計画があったとする米政府の説を裏付けるものではなかったからではないかとみている。


<●●インターネット情報から●●>

イラクに化学兵器あった〜NYタイムズ紙

< 2014年10月16日 6:48 >
 15日付のアメリカ・ニューヨークタイムズ紙は、イラクでフセイン政権時代の化学兵器が見つかっていたと報じた。

 それによると、イラク戦争後の2004年から11年にかけて、首都・バグダッド周辺でフセイン政権時代のマスタードガスやサリンなど化学兵器の弾頭5000発以上が見つかったという。弾頭は腐食していたものの、有毒ガスにさらされたアメリカ兵などがケガをしたとしている。アメリカ政府はこれまで、イラク戦争開戦の根拠とした化学兵器を含む大量破壊兵器は見つからなかったとしている。発見を公表しなかった理由について、ニューヨークタイムズは、化学兵器が欧米製だとみられたことなどを挙げている。

 これについて国防総省は15日、イラクで化学兵器が発見されアメリカ兵約20人が有毒ガスにさらされたことは認めたが、公表しなかった理由については明らかにしなかった。



『日本最後のスパイからの遺言』 この国を守るために何が必要なのか
菅沼光弘、須田慎一郎          扶桑社  2010/12/23  



<解体された日本の官僚機構>
<大使の民間人起用の意図は何か>
・先日、外務省に詳しい人と話したのですが、いま外務省では課長級以上はまったく機能していないそうです。金銭がらみの不祥事もあり、予算が伴う政策は何もできないと言っていた。では、いったい誰が外務省を動かしているのかというと、出納担当の経理係長クラスです。彼らが「この政策にはお金を出せます、出せません」と決めているのだそうです。

<日本の官僚機構を解体したのはアメリカ>
・外務省に限らず、いま日本の官僚機構をどの役所もガタガタであり、志も著しく低下してしまっています。
 そうなった背景にあるのは、アメリカが冷戦終結後、一貫して日本の経済力を戦略的脅威と捉え、日本の経済力と戦う姿勢を示してきたことにあります。なかでもアメリカにとって、最もやっかいだったのが「官」、つまり官僚機構だったわけです。

・(須田)私は昨年、アメリカの国務省に取材に行って知ったのですが、アメリカの基本的な極東戦略というのは、いまでも日中連携を認めないことです。だから、田中角栄元総理を絶対に許さなかったし、今回の小沢訪中団も許せない。この構図はいまも連綿と続いている。

<役人は米国研修で親米派になる>
・かつてアメリカはフルブライト奨学生制度(留学生)というのをやっていましたが、これは日本の奨学生制度とは意味が異なります。要するに、親米派の知識人を大量に養成するために、各界・各層の指導的人物に留学させていたのです。

<官僚がアメリカに行くと洗脳される>
・そして、須田さんがおっしゃったように、最近は検察官や裁判官まで集団的に研修に行っている。裁判官などは若いうちに全員行きます。日本の法体系というのは、大陸法(ドイツ法・フランス法)が基本だったのですが、だんだん変わってきて、法律の解釈はもう完全にアメリカ法的なものになってきているんです。だから、裁判官や検察官のアメリカ研修というのは、日本の法体系を解体するアメリカの計画のひとつです。

<日本の制度改革はすべてアメリカの意向>
・一方、アメリカには司法取引という制度が法律にきちんと書いてある。簡単に言うと、「お前に命令した人間の名前を言えば、お前を無罪にする」、「無罪にする代わりに、組織の全貌を話せ」という制度です。みんなそれで検挙しているわけです。

<日本で最後のスパイと言えるかもしれない。>
・このような北朝鮮の動向に関する的確な予測は、今日の政治家、役人、マスコミにはまず不可能であろう。なぜ不可能なのか?それは、現時点で起きている現状の一部しか見ていないからである。
 私は長いこと情報の世界に生きてきた。そこで培ってきた視点は、普通の人とはまったく違う世界観であり、この世界観こそが真実なのである。真実とは、現象の周辺に存在するすべてのこと、および過去、歴史を知らなければ見えてはこないのだ。

・歴史の潮流を掴み、その歴史観を将来に投射する――。情報活動の本質をそう喝破したのは、戦前・戦後に西ドイツの情報活動を牽引したラインハルト・ゲーレンである。私はベルリンの壁が建設された1961年に、西ドイツに留学し、直接ゲーレン氏から薫陶を受けた。さらに公安庁では戦前、戦中に旧日本陸軍で一線の情報活動に携わっていた人たちから直接その実体験を聴き、情報員としての手ほどきを受けてきた。

 そして現役時代は、イスラエルのモサドなど、各国の情報員とも行動を共にし、北朝鮮に人を送り込むなど、さまざまな情報活動を行った。その意味で私は、日本で最後のスパイと言えるのかもしれない。

・驚くべきことに今日、日本の警察や公安庁、政治家は、世界の激動を目の当りにして、「状況は極めて不透明」と繰り返すばかりである。それは、もはや日本には世界の将来を見通し、為政者に何をすれば国益に叶うかを伝える、情報のプロフェッショナルが存在しないことを意味している。では、どうすれば日本に真の意味でのプロが育つのか?

・いまの日本人に欠けているのは愛国心である。これなくして情報機関などあっても無意味だ。特に政治家や役人には、少なくとも国家意識は不可欠である。このままでは、日本という国はアメリカや中国などが仕掛けてくる国際政治の犠牲となり、本当に滅んでしまいかねない。

<北朝鮮・拉致問題の真相>
<拉致問題を巡る異常事態>
・繰り返しますが、いまの日本では誰も、金賢姫来日が拉致問題の解決にどんな寄与をするかも一切検証せず、金賢姫を呼ぶことが国際的にどういう意味を持つかその賢愚を推し量らない。サプライズなどといって、中井さんが個人的な成果をアピールするだけのために多額の税金を使って、果たして日本の国益になるのでしょうか……。

<北朝鮮・拉致情報のネタ元>
・北朝鮮の工作機関のひとつに対外連絡部という組織がありますが、その部長は姜周作(カン・ジュイル)という人物。この人物は、日本人拉致事件をはじめ裏の対南工作の総責任者です。その彼が朝鮮総連の指導もしている。だから、朝鮮総連を通して行われる日本の北朝鮮との接触は、すべてこの姜周作を通じて金正日のところへ行く。これが正式ルートです。
 そして、これとは別ルートに、35号室と呼ばれる工作機関があり、これは昔、対外情報調査部と呼ばれていた。いまは対外謀略宣伝の部署になっているようです。この35号室が、たとえば重村氏あたりに「金正日は替え玉」などと言う、いろいろな謀略的情報を出してくる。それが重村氏を通して、内閣調査室にもたらされているわけです。

<金正日病気説は謀略情報>
・このような北朝鮮の謀略活動や工作のやり方というのは、みんなソ連仕込みなのです。中国もそうなのですが、KGBのやり方と同じです。

・ソ連という国は、こういう謀略をずっとやってきた国々です。この謀略作戦を、その後中国や北朝鮮の情報工作機関は学んだわけです。
 いま北朝鮮は四面楚歌の状態です。周辺諸国から軍事的圧力や経済制裁を受けている。ちょうど、かつての革命直後のソ連とまったく同じです。では、北朝鮮の金正日政権はどうやって生き延びようとしているかと言うと、核兵器を持つのがひとつ。もうひとつは、情報戦争、つまりいろいろな謀略情報を出すことです。だから、北朝鮮の内情に関するいろいろなニュースが出てくるのです。

・しかし、日本は拉致問題で騒いで情報が入らないようにしてしまった。これでは何もできません。そういう状況にされてしまったのかもしれませんが、そもそも日本自身がやっていることでもあるわけです。その意味においては、情報というものがいかに重要か――それが日本人にはさっぱりわかっていないのです。

<拉致問題の解決は非現実的!?>
・終着駅というか出口戦略を考えればよいのです。

・もうすべてが堕落しています。だから北朝鮮に対して制裁だ、制裁だ、と言っても、何かできるわけでもない。もっとよく本音で話し合って落としどころを探らないと、拉致被害者とされる人は帰国できないわけです。

<情報機関とは何なのか>
<国際政治の世界は謀略に次ぐ謀略>
・『孫子の兵法』の要諦は、戦わずして勝つことです。真正面から戦ってしまうと、国民が犠牲になり、国家は経済的に疲弊してしまうため戦争は愚の骨頂である。では、戦わずして勝つために何がいちばん重要なのか。それは、敵の“謀り事”を事前に見破ることです。

 要するに戦わずして勝つためには、まず敵の陰謀を見破り、先んじて行動する。次は交わりを断つ、すなわち敵の同盟関係を分断することです。

・その理由は単純です。国際政治そのものが謀略と謀略の闘いというのが実態だからです。国際政治は決してキレイごとではないのです。
 だからこそ、いったい誰が何を謀っているのかを見破る力がないと、国際社会で日本人はうまく生きていけないのです。

<外交は謀り事の世界>
・このように国際政治の世界は今も昔も、今日の日本人では考えられないような謀り事が行われ、その謀り事を軸に国際情勢は激変してくのです。だから、「孫子の兵法」ではありませんが、政治家に必要な不可欠なのは相手の謀り事の意味を見破る力です。

<公安調査秘録>
・そういう経緯で、日本には現在も情報機関がなく、若い頃に戦前の種々の情報機関で活動してきた先輩たちの直接の教育を受け、そしてかつて同盟国であったドイツの情報機関に派遣された私が、情報機関とは何かを知る最後の日本人になってしまったわけです。もう若い人では、情報機関とは何かを知っている人間はいません。

・聖書でも情報の話が出てきます。
 モーゼがカナンの地に行くときに、3人の使徒にまずカナンとはどういうところかを探らせる。すると、3人が三様の回答を持ってきた。そこで、その三様の情報を見てモーゼはその中の一人の情報を採用する。要するに、役に立つ情報というのはどういうものかというようなことがちゃんと聖書には書いてあるのです。だからヨーロッパでは、世界最古の仕事と言えば売春と並んでスパイだと言われています。

・私がいた公安調査庁は、本来的には情報機関ではなく、治安機関です。暴力主義的破壊団体を規制するための機関なのです。

・調べていくと、北朝鮮は日本に対して、実際に種々の工作活動をしていることがわかりました。日本人拉致もそのひとつです。他にも、ラングーン事件や大韓航空機爆破事件などのテロの実践活動もやっていた。そこで、我々はこのあたりの情報をずっと調べていたのです。

<情報機関の実態とは>
・敵がいかにして浸透してくるかを研究することによって、逆に敵にいかにして浸透できるかが勉強できるわけです。だから必ず情報の収集と防御が表裏一体となっているわけです。

・しかし、それだけではまだ情報機関と言えません。アクティブ・メジャーズという積極的工作があります。積極工作の中にもいろいろあり、たとえば情報操作も一例です。新聞社を買収したり、オピニオン雑誌を発行したりして、その国の国民を洗脳する。また、グーグルのようなインターネットの会社と組んであらゆる情報を集めたり、ウィルスを開発したりします。このような広い意味でのメディアを使って、敵国の国民を洗脳していくわけです。

・グローバリゼーションという言葉も、洗脳の一例です。「日本もグローバリゼーションに乗らないと日本経済はダメになる」といったムードを日本でつくりだす。そして日本の学者や学会にも協力してもらって、アメリカンスタンダードの世界経済の姿を見せていく。これも積極工作です。

・しかし、いまの日本には積極工作どころか、秘密情報収集活動などもまったくないのです。だから、拉致問題解決のために、金正日を暗殺に行くというような発想はとても出てきません。
 以前、あるアメリカ人が「日本の拉致被害者を秘密工作で奪還しに行きましょう」と日本の当局に言ってきたことがあります。「ただし、北朝鮮のどこにいるか、ちゃんと情報を持ってきてください。どこにいるかがわかれば必ずやります」と、こう言ってきた。これは空想事ではなく、本当にやろうと思えばできるのです。

<情報局員はテロリスト!?>
・イスラエルの人たちというのは、やり始めると、まったくの傍若無人です。法律などは一切関係ありません。

・イスラエルは、アメリカに私兵組織まで持っています。これはプライベート・アーミーです。その私兵隊が中南米に逃げたナチスの残党を探しに行くのです。

・しかし、本当の問題は、そういう潜入活動などをやっていると当人自らがテロリストや革命家になってしまうこともあることです。実際、ロシア革命を成し得たレーニン、あるいはスターリンもそうですが、もともと彼らは当時のロシアのオフラーナと呼ばれるロシア帝国内務省の秘密警察の手先だったのです。結局その組織の中に潜入して、汚れ役もしたりして、そして幹部やボスにでもなれば、テロリストの感覚を共有することになるのです。
 だから、ソ連などは、国家そのものがテロリストのような存在になっていました。それで国家によるテロ活動も簡単にできてしまうのです。

・レーニンは亡命ロシア革命家であると同時に、ドイツからカネをもらっていたから、ドイツのスパイという見方もできます。このように、欧米の国家や社会は歴史的に陰謀工作や隠蔽工作やテロ活動で成り立ってきたという背景があるということです。日本の穏やかな社会とはぜんぜん違うのです。
 こうしたテロの世界観というのは、平和な日本人には想像もつかない世界です。だから、そういう活動を真似しろと言われても、日本の場合は軍隊でも絶対に真似はできません。対して欧米はそういう歴史的・環境的背景があるから、工作やテロの世界観になる。

・(須田)その内閣情報官は、自民党側に立ってある種の工作に手を染めていました。

(菅沼)彼は手を染めているどころの話ではありません。民主党内閣になる、政権交代が起きるという趨勢になったときに、内閣情報調査室の焼却炉は、毎日煙が絶えないと言われていました。
 なぜかというと、民主党関連の書類をみんな焼いていたからです。

・(須田)麻生政権のときに、警察官僚OBの官房副長官が来て、以来内閣情報調査室は政治家スキャンダルのほうにどんどんシフトしてしまいました。

<裏をかくロシアのスパイ活動の歴史>
・(菅沼)イスラエルの大使館が、あらゆる日本の出版物を検閲して、そして反ユダヤ的な記事には、必ずクレームを付けたりしていますが、アメリカも同じようなことをやっていたわけです。アメリカ大使館の情報活動の本質がわかりました。

(須藤)アメリカ大使館にも、検閲の担当のセクションがあります。雑誌や書籍だけでなく、あらゆるテレビ番組も全部モニターして検閲しています。



『この国のために今二人が絶対伝えたい本当のこと』
闇の世界権力との最終バトル「北朝鮮編」  2010年7月30日
中丸薫、菅沼光弘(元公安調査庁 調査第二部長)  ヒカルランド



<諜報は神が認めた価値ある仕事―売春とともに世界最古の仕事でもあるのです!>
・菅沼;西洋のキリスト教世界では、諜報は神が認めた大変価値ある仕事であり、かつ売春とともに世界最古の仕事と言われています。そして、仕事の内容がダーティであるがゆえに、イギリスでは、諜報は心のダーティな人間がやるべき仕事ではない、諜報員はすべからくジェントルマンでなければいけないとされています。MI6の諜報員は多くがケンブリッジやオックスフォードの出身エリートです。

・また、3代目の田岡組長(山口組)は、「暴力団はただ博打を打ってばかりではあかん。正業を持て」ということで、神戸芸能社、今でいう芸能プロダクションをつくりました。あの当時、美空ひばりを初め日本の一流芸能人は全部、神戸芸能社に所属していました。そこに名を連ねていない芸能人は、三流、四流という状況でした。もともと興行はヤクザのやる仕事でした。相撲もそうです。それを国家がヤクザから取り上げてしまったものだから、おかしくなってきているわけです。

<情報機関本来の仕事をやるところが、日本には一切ないー本当に特殊な国なのです!>
・菅沼;日本には、戦後、情報機関は一切ありません。公安調査庁にしても警察の外事課にしても、みんな日本の治安を守る治安機関です。

・情報機関の仕事とは、日本の新聞や本に書いてある、吹けば飛ぶような軽い仕事ではありません。外国の情報をとるばかりではなく、日本の外交政策がうまくいくように裏からいろいろ謀略工作をする。日本にとって都合が悪いことであれば、北朝鮮をいかにして崩壊させるか、金正日をいかにして亡き者にするかということを一生懸命考え実行する、これが情報機関本来の仕事なのです。

・まず朝鮮民族は、いつでも内部で対立しているので、そこが狙い目になります。

・内部対立は、今の朝鮮半島にもあります。韓国では地方対立がすごい。百済と新羅と高句麗の3国があって、互いに戦争ばかりしていた流れかどうか知りませんけれども、全羅道の人たちと慶尚道の人たちは犬猿の仲です。

・北朝鮮も同様です。黄海側の平安道の人と日本海側の威鏡道の人たちも犬猿の中です。

・日本は今、憲法9条で軍隊はないことになっています。日本国自身の情報機関もありません。現在の日本はアメリカのCIAがもたらす情報に従って動いて行く。しかし、アメリカが情報を出すのは自国アメリカのためであって、日本国あるいは日本の警察に役立てるためではありません。日本はこのままいくと有無を言わさずにアメリカの何番目かの州に成り下がってしまうかもしれません。



『この国の権力中枢を握る者は誰か』
菅沼光弘  徳間書店   2011/7



<世界的な食糧危機をにらんでアメリカは動いている>
・TPPでアメリカが一番の狙いにしているのは、農村のコミュニティの破壊にあります。

・さらに農林中金もそうですが、お金を集めて共済制度をつくり、農協そのものが金融機関であり、保険会社でもあるという機能を持っている。その農協をアメリカは壊そうとしている。郵政民有化と同じです。

・食糧危機には、二つの原因があります。ひとつは天災などの自然現象です。もうひとつの原因は、世界金融危機以来、アメリカもヨーロッパも日本も金融緩和策をとってきた。みんな穀物や金・銀あるいは石油・石炭などの天然資源への投機へ図った。それで、パーッと価格が上昇した。

<TPPの結末は、NAFTAのメキシコがどうなったかでわかる>
・アメリカのあくどさはこれだけにとどまりません。遺伝子組み換えの穀物の種を売りつけてぼろ儲けをしています。

・結果的にイラクもアフガンも自国の食糧生産をアメリカに依存しなければならなくなる。

・メキシコもそうです。1992年にアメリカはカナダとメキシコと三国間で北米自由貿易協定(NAFTA)というものをつくりました。実はTPPはこのNAFTAがモデルになっています。

・それで、NAFTAに加入したメキシコはどうなったか。関税がゼロになったとたん、アメリカから安い農産物がどっっと入ってきた。進出してくるはずのアメリカの工場や企業はどうかといったら、これがまったく来ない。みんなメキシコよりずっと賃金の安いところに行っています。

・メキシコの農業は生産から流通、輸出入までアメリカに支配されてしまって、完全に疲弊しています。

・オバマ大統領は、「食糧を外国に依存しなければならないような国は独立国とはいえない」とはっきり言っています。このまま世界的な食糧危機がすすめば、お金がいくらあっても食糧を輸入できない状況がくるかもしれないのです。

・日本の場合、イネの種子についての遺伝子特許だけは扱っています。コメだけはなんとか守った。しかし、コメ以外の生物の遺伝子組み換えや遺伝子に関する特許は全部やられてしまったと、筑波大学農学部の先生が言っていました。



『この国の不都合な真実』
日本はなぜここまで劣化したのか?
菅沼光弘   徳間書店   2012/1/31



<日本を「1%対99%」の社会にしようとしている>
・「TPPにおけるアメリカの狙いはいろいろありますが、その根底にあるのは、日本の発展を支えてきた独特のコミュニティ」国民と社会の関係国や公との関係、天皇の存在といったものを含めて、日本の強みであるものをすべて崩壊させてしまうということなのです。

・アメリカの失業者はここ数年ずっと9%前後に推移し、いずれ10%を超えるのは明らかだとオバマ大統領は発言しています。労働人口の10人に1人が失業する社会です。

・「1%と99%の戦い」というのが起こっていますが、1%の大金持ちに99%の貧乏人という格差社会が米国の実態なのです。ウォール街の一握りの人間が米国経済を牛耳っている。これは何もアメリカに限ったことではなく、ヨーロッパもそうだし、中国もそうです。

・しかし、日本もだんだんとそういった社会に近づきつつあって労働者派遣事業の規制緩和や非正規雇用の拡大なので、潜在的失業者が増え、ワーキングプアという言葉に象徴される格差が広がる状況になりつつあります。



『この国の不都合な真実』
日本はなぜここまで劣化したのか?
菅沼光弘    徳間書店   2012/1/31



<世界で情報機関を持たない国は日本だけである>
・アメリカが経済安全保障といい、これは経済戦争だというとき、そこには必ず情報機関が関与してきます。

・しかし、日本はこの経済戦争でアメリカに手ひどくやられています。CIAとの情報戦にまったく太刀打ちできないからです。相手の情報が何一つつかめなければ戦争に勝てるはずがありません。

・いまの日本の悲劇は、日本にCIAのような情報機関がないことです。国家が生存するためのもっとも重要な必要条件の一つは情報です。情報の収集ということです。世界中のどこの国でも情報機関を持っています。韓国、北朝鮮はもとより、シンガポールのような小さな国でも持っている。そしてどこの国の情報機関も、テロに対する部分は別にして、当面の経済戦争に生き抜くためにほとんどの精力を情報収集につぎ込んでいます。

・ところが日本には何もない。何もないから何一つ情報がとれない。TPPにしても、いまそこで何が問題になっているのか、各国間で何がおこなわれようとしているのか。そういうことが全く分からないのです。

<情報収集の基本は「コミント」と「ヒューミント」>
・情報収集には例えば、インターネットを含めたあらゆる通信手段を傍受する「コミュニケーション・インテリジェンス(コミント)」と、関係者と接触して、その会話やそれが提供する各種資料の中から情報を得る「ヒューマン・インテリジェンス(ヒューミント)」という方法があります。この二つが相まって真相がわかるのです。そんなことが自動的に、また適切にできる組織と人材は一朝一夕にできるものではありません。

・北朝鮮についてもそうです。例の平壌宣言前後のころはそれなりに情報が入ってきたけれど、いまはさっぱりわからなくなっている。

<テロ情報漏洩事件で警視庁はあらゆる情報源の信用を失った>
<情報機関を失った日本、守ったドイツ>
・では、なぜ日本に情報機関ができなかったのかということです。日本は戦争で負けて、陸軍や海軍にあった情報機関は完全に破壊されました。日本の情報機関は非常に優秀だったのです。

・そして陸軍参謀本部第二部長の有末精三中将はじめ、優秀な人材が全員、GHQに抱え込まれてしまった。戦後の日本政府とつながって情報機関が復活するのを阻止するために、GHQが完全にシャットアウトしたのです。



『第三の敗戦』    緊急警告!
堺屋太一  講談社   2011/6/3



・2011年3月11日、日本は未曽有の大災害に見舞われた。

・これは1860年代の幕末、1940年代の太平洋戦争に次ぐ「第3の敗戦」ともいうべき深刻な事態である。

・日本は1990年頃から既に20年、経済力の低下、社会の格差化、文化の後退(安直化)に見舞われている。今回の災害は、その末に襲って来た惨事、繁栄を極めた「戦後日本」の終焉をはっきりさせるような事態である。

・私が、本書で提唱しているのは、そんな国造り、明治の維新と戦後の復興に続く「第3の建国」である。

・そのために必要なのは四つ。

第1は、政庁・府省の権限枠と自治体の地域区別を超えた権限と機能を持つ「東北復興庁(仮称)」を設けて復興振興を一元化するとともに、近い将来の地域主権型道州制の「東北州」への基盤とすることである。

・第2は、復興や事故補償の財源は主としてエネルギー課税に頼り、省エネルギー社会の交代に向かうことである。ここでは電力事業を再編成し、自由競争と新技術でコストの低減を図るのも必要である。

・第3は、真の開国、つまり今日の「厭や厭や開国」から「好き好き開国」に転じる事。つまり外国と外国人を毛嫌いするのではなく、正しい情報と新しいやり方で国を開くことだ。この際、問題になる農業は、食糧増産思想から高級志向に転換するのである。

・第4は、「身分社会」の解消。特に縦割り府省別の入省年次で出世する「身分」化した幹部公務員(官僚)を、能力と意欲に優れた適任者を就ける「職業」にすることだ。

・戦後日本は官僚主導、業界協調体制によって、規模大量生産型の近代工業社会を築き上げることで成功した。だがそれは90年代はじめに頂点を極めて凋落、既に惨めな状況になっている。

<この大災害を機に「新しい日本」を創らねばならない>
・管内閣またはその後継者とそれらを操る官僚たちが、事態の深刻さを今の段階で見抜けるほどの知恵と忠義があるのだろうか。

<公務員は「身分」−平成日本の難題>
・戦後日本も今、その危険に直面している。政治家は選挙の受けを狙って、国政の現実を学ばず、空虚なテレビ出演に興じている。その一方で、官僚は、仲間の受けを考えて自らの権限と予算の拡大に走る。各府省別の縦割り組織と公務員試験の種類や入省年次で仕切られた横割りの身分で細分化された官僚機構こそ、日本の敗戦の象徴といえるだろう。

<国民の声ー官僚依存政党は必ず負ける>
・「古い日本」つまり、官僚主導で規模大量生産を続ける日本を再現するのではなく、未来志向の新しい日本を創造することができるだろう。

<「第3の建国」−新しい日本のコンセプト>
<「古い日本」に戻そうとしてはならない>
・今度も「古い日本」、官僚主導、業界協調体制で規模大量生産型の工業社会を実現した「戦後日本」を再現しようとしてはならない。

<第4の災害―思い付きの政治>
・政治とは決断の仕事である。組織は常に「みんなで考える方が多く考えられる。一人で決める方が速く決められる」のである。管総理は市民運動の出身のせいか、政治は判断ではなく、集会だと思い込んでいるのかもしれない。

・基本方針を決められない政治は、実行者に方向ややり方を決めさせる。つまり官僚丸投げである。

・投げられた官僚は、それぞれの慣例と組織利害に従ってやり易いようにやる。この結果、部分的にはもっともらしい作業が行われるが全体の方向は定まらない。つまり「古い日本」が歪んだ格好で再現されてしまうのである。

<脱工業化―知価社会を目指そう>
・これからの日本が脱工業化し、知価社会化することは資源多消費、移動距離長大、少子遅産の社会から抜け出すことである。

<「省資源社会」を目指すー復興財源はエネルギー課税で>
・復興の財源はエネルギー、特に炭素燃料の消費に課税するのが至当だろう。

・電力自由化でまず合理化し、補償と復興の財源を作り出す。それでも不足分は値上げする。

・何であれ、増税には反対が生じる。しかしながら、エネルギー課税は省エネルギーを促す点だけではなく、経済的影響でもダメージが少ない。

<国の形を変えようー地域主権型道州制に向けて>
<人的支流の拡大―外国人労働力を活かそう>
・これから少なくても30年ぐらいは日本の人口は高齢化と減少が続くとみられる。外国人労働力を活かそう。



『拉致問題』   対北朝鮮外交のあり方を問う
平沢 勝栄  PHP   2004/10/6



<拉致問題は防ぐことができた>
・日本と言う国がまともな普通の国家であれば、拉致問題は間違いなく防ぐことができた。被害者を救出することもできた。

・衆院の予算委員会で「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚」と、当時の梶山静六国家公安委員長が答弁したのが、1988年だ。しかし、その後も救出のために何ら動くこともなく、今日まで被害者を苦しめてきた。そして今もなお苦しめている。

・繰り返すが、拉致は防ぐことができた。救出することもできた。にもかかわらず、日本は国家として何もしていなかったのである。

・そして、北朝鮮の工作船を日本は見つけている。北朝鮮の不審な船が日本海を徘徊しているのを日本の当局は、何回となく見つけているのだ。一番初めに北朝鮮の不審船を見つけたのは海上保安庁の記録では1963年となっている。

・それまで海上保安庁が発表しているだけでも、1963年からあの銃撃戦までの間、日本海で21回も北朝鮮の不審船を見つけている。そして、2001年の銃撃戦まではいずれも「追跡するも逃走」とある。拉致の中で日本国内で拉致された事件は1972年から1983年の間に集中している。横田めぐみさんが拉致されたのも1977年である。つまり、横田めぐみさんが拉致されるはるか前の1963年に日本海で北朝鮮の不審船を見つけ、以来何度となく、追跡しているのだ。

・逃げる相手を拱手傍観して取り逃がすバカな国が世界のどこにあるのか。これを日本は戦後ずっと続けてきたのである。21件と言うのは、あくまで海上保安庁が確認した数字であって実際にはこの数倍、出没していたことは間違いない。

・もし日本が2001年の12月の銃撃戦までの40年近くの間、ただ手をこまねいているだけでなく、厳しい実力行使の対応をとっていれば、拉致事件と言うのは起こらなかったのかもしれない。

・北朝鮮の工作員からすれば、日本は出入り自由でどんなにドジな工作員でも捕まることはないが、逆に韓国に出入りするのは命懸けだということだろう。

・日本はそこまで見くびられていたのだ。日本は戦後、本当の意味で国家と言えたのだろうか。

・中東にレバノンという人口3百万人の国がある。あの国も北朝鮮に自国民4人を拉致された。

・レバノンで若い女性4人が北朝鮮工作員によって拉致されたのは1978年8月、横田めぐみさんが拉致された翌年のことだ。

・レバノンは、ただちに関係者に救出を働きかけた結果、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)の副議長が金日成に直談判した。

・1979年11月に残りの2人の救出に成功した。

・こうしてみると中東の人口3百万人のレバノンの方が、国家としては日本よりもよっぽどまともと言えるのではないかと思う。

・日本の政治家やマスコミ人、そして、日教組などのなかに北朝鮮を礼賛している人たちがたくさんいたし、日本社会の中で北朝鮮批判はタブーになっていたんです。そして、北朝鮮を盲目的に礼賛していた政治家の責任は大きいですね。



『政治家は楽な商売じゃない』
平沢勝栄  集英社    2009/10/10



・「政治家は楽でいいな。政治資金の使い方もいい加減でいいんだから」「結構、儲かるんだろうな」などと思っている人もいるのではないだろうか。

・しかし、政治家という仕事は決して楽なものではない。11年前、地盤、看板、カバンもないまま衆院選に挑戦し、幸いにも当選させていただいて以来、私は、公務や選挙区での活動に全力で取り組んできた。1年365日、1日も休みなしの状況で今日まできた。

・また政治家は決して楽な仕事ではない、もちろん人によって違うだろうが、徒手空拳で政治家の路を選んだ私だからこそ、よくわかることだ。

<勝栄流、ドブ板選挙>
・私の場合、365日、それも毎日24時間を選挙活動に充てていると、いっても過言ではない。これは決してオーバーではない、家族サービスなど全くできないと言っていい。

・毎日の活動は漕ぐのを止めたら倒れてしまう自転車に似ている。体力勝負である。政治家と言う仕事はもちろん個人差はあるだろうが、決して楽な商売ではないのだ。 

<日々是選挙なり>

・政治家にとっては「日々是選挙」だ。したがって、慢心はもちろん、一瞬の油断でさえ政治家には命取になる。

・「選挙に勝つための条件は三つある。一つは36歳以下であること、それから、5年から7年、地域を必死で回ること。最後に地元の2流、3流の高校の出身であること」。最後の条件は、一流高校と違いそうした高校の出身者は卒業後の結びつきが極めて強いから、選挙に有利と言う意味らしい。私は、どの条件にもあてはまらない。

<ドブ板選挙は体力が勝負>
・選挙区では1年中、なんらかの会合や催し物が開かれている。1月から3月までの新年会だ。私は毎年計5百か所ぐらい出席する。それが終わると卒業式に入学式のシーズンを迎える。

・政治家でも二世や三世なら祖父や父親からの地盤があるから私などと違って楽かもしれない。

・政治家は勉強も欠かせない。しかし、1日中、走り回っていると勉強する時間がない。

・私が基本にしていることは、徹底して「人に会う」ということだ。それが選挙の第一歩だと考えている。地元にいる限り、私の一日は「人と会う」ことから始まる。

<国会議員の本分>
・まずは国会議員の本分としての仕事がある。それを最優先でこなし、余った時間で選挙活動にも励んでいるのだ。

<個人の後援会>
・政治家にとって後援会と言うのは、膨大な時間と労力をかけて作り上げるもので、いわば政治家の命綱だ。二世、三世議員は祖父や父親の後援会をそのまま譲り受けることからきわめて楽な選挙となるが、私にはその基盤となる後援会が全くなかった。

・現在私の後援会員は約6万人を数える。この後援会が今日の私のドブ板選挙を支える基礎となっている。

<政治家とカネ>
・国会議員は普通に活動するとどうしてもカネがかかる。仕事をやればやるほどカネがかかるともいえる。

・普通に議員活動をしておれば、月にどうしても5、6百万円はかかる。先に述べた議員年収などでは、とてもまともな活動はできないのが現状だ。歳費と期末手当だけではとても政治活動費は賄えないし、政党からの助成金でもまったく足りない。支援者からの支援がなければ、政治家として十分な活動ができない現実がある。だから、パーティーは多くの議員にとって不可欠とも言える。

・夏はもちろん、盆踊りや花火大会などのシーズンである。このうち盆踊りや夏祭りは町会、自治会単位で開催され、約3百ヶ所に顔を出す。

・もちろん、こうした行事のほかにも冠婚葬祭や祝賀会、記念式典などが一年中、目白押しだ。

<拉致は防げた>
・拉致は防ぐことができた。私は、今でもそう思っているし、警察にいた者の一人として、この点については返す返すも残念でならない。実は私が警察に在職していたときから、北朝鮮による拉致事件が起こっているのではないか、と関係者は疑いを抱いていた。

・実際に実力行使で不審船をストップさせたのは2001年12月の奄美大島沖事件が初めてであった。

<拉致問題は時間との戦い>
・私の師でもある後藤田正晴さんは生前、政府の対北朝鮮外交の進め方に介入する関係者の言動に強い不快感を示しておられた。私は、リスクを覚悟しながら行動する政治家は、リスクを取らずして非難だけする人など何も恐れる必要はないと考えている。この言葉を後藤田さんが存命中に常に言っておられたことである。

・10人帰って来ると、あと10人はいるのではないか。その10人が帰国すれば、あと30人はいるのではないかとなるのは当然であり、自明の理だ。

・日本の警察に届けられている行方不明者や家出人の数は8万人から9万人に達する。この中に「もしかすれば、うちの子供も拉致されたのでは」と思う人が大勢出て来るだろうし、相手がいままで平気で嘘をついてきた北朝鮮だけに、先方の説明をそのまま信じることはできない。要するにこの話は今の金正日体制の下ではエンドレスに続く可能性がある。

・すると北朝鮮側は、「拉致事件は、日本と北朝鮮が戦争状態の時に起きたことだ。戦争時に末端の兵士が行った行為を罰するわけにはいかない」と答えた。だとすると拉致事件の最高責任者は誰かと言えば、間違いなく金正日だ。北朝鮮は、ならず者であれ何であれ、曲がりなりにも国家である。そのトップを引き渡すということは、武力行使か金体制の崩壊しかあり得ないのではないか。

<日朝交渉の行詰まり>
・小泉さんが訪朝時、食事どころか水にも手を付けなかったからだそうだ。アメリカのオルブライト国務長官は2000年の訪朝時に、北朝鮮の水などを口にしたそうだが、小泉さんは二度の訪朝のいずれもでも水さえ口にしなかった。

・私は、小泉さんは立派だと思う。北朝鮮の水に何が入っているかわからないし、そもそも水といえども飲む気にはなれなかったのだろう。しかし、北朝鮮にいわせると「自分の国に来て水一滴も飲まないで帰るとは失礼だ」ということになるようだ。だから私は、小泉さんの三度目の訪朝はないと思う。



『「政権交代」 この国を変える』
岡田克也   講談社  2008/6/18



<「座談会」と呼ぶ、私が最も大切にしている集いがある>
・週末ごとに地元・三重県で20人、30人規模で開催する対話集会のことだ。私は、この座談会を20年間にわたって繰り返してきた。2005年秋に民主党代表を辞任したのちも、1万人を超える方々と膝を突き合わせて対話してきた。

・政権交代ある政治、これこそ私が、いままでの政治生活の中で一貫して主張してきたことだ。

<政権交代とはどういうことなのか>
・同じ民主主義、市場経済を基本とする体制の中で、どちらの党の政策がよりよいか、具体的な政策を国民一人ひとりが選ぶこと。

・選挙運動を始めてから地盤が概ね固まる当選2回までの間に、通算すると5万軒、いや7万軒は訪ね歩いたのではないだろうか。すべての活動の基本は有権者との直接対話だという、私の考えは今も変わらない。

・代表辞任後のこの2年9ヶ月間、私は、地元で350回、延べ1万人を超える有権者との対話の場をもってきた。週末はよほどのことがない限り地元に帰って、公民館とか神社の社殿とか、ときには個人宅をお借りして、平均30人ぐらいの集会を開く。私は、これを「座談会」と呼んでいる。

<自由で公正な社会を実現する>
・市場にも限界がある。競争政策、市場メカニズムを活用すれば、そこからこぼれ落ちる人が必ず生じる。それは政治が救わなければならない。

<公正な社会を実現する>
・社会的公正とは何か。私は、中間所得者層の厚み、実質的な機会の平等、セーフネット、世代間の公平―以上の4点を挙げたいと思う。


<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipediaから

<菅沼 光弘>
菅沼 光弘(すがぬま みつひろ、1936年(昭和11年) - )は、評論家。公安調査庁で調査第二部部長を務めた元公安調査官。

(国防問題)
日本がスパイ天国なのはカウンターインテリジェンス(防諜)に対する法制度の不備を“1つの原因”とした上で、「日本人には自国を守る意識が乏しい。自分で自分を守る心のない国に秘密などあるわけがない」と力説した。またその著作の中で、日本が対スパイ対策をすることを最も妨害しているのが米国であると述べている。日本の実情としては「対外情報力」が極端に欠如し、殆どの情報については「つつ抜け」であるという事実を改めて浮き彫りにした。

安倍晋三が提唱する日本版の国家安全保障会議(NSC)についても触れ、「新しい情報機関は、金とヒトを集めればできるものではない。情報の収集・分析には十分な経験と豊富な蓄積が不可欠」と述べた。北朝鮮問題についても、「想像でしかないが、船舶の往来禁止により、隠れて流入している覚せい剤やスーパーKなどが流通しないことで、それで資金を得ていた軍や工作機関は大きな影響を受けるだろう」と話した。正規の貿易関連品目の流通が止まる事については「影響は微々たるもの」とし、裏で流通する覚せい剤などの額とは比較にならないとした。朝鮮総連については「警察からの干渉を恐れて備えをしているようだが、理由がないと法的措置は講じられないので、ただちに警察が動く可能性はゼロに近い」との意見を述べた。



『神仙道の本』
(秘教玄学と幽冥界への参入)(学研) 2007/3



<武内宿禰(たけのうちのすくね)>
・不老不死、延命長寿は戸解とならび、神仙道を語るうえで不可欠な要素だが、古代日本において300歳を超える長寿を保ったとして人々の憧憬の対象となった人物がいる。それが武内宿禰である。

 武内宿禰は、孝元天皇の孫、もしくは曾孫とされ、『古事記』は成務・仲哀・応神・仁徳の4帝に、『日本書紀』は景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5帝に使えたと伝えており、歴朝に奉仕した忠臣の規範とみなされている。

・享年については異説が多々あって、『本朝神仙記伝』は、280歳から380歳までの諸説を紹介している。この異常な長寿の記述から、武内宿禰の実在性には疑義が呈され、現在では、複数の人物をつなぎ合わせたとする意見や、忠臣の理想像を描くために史実を肥大させたとする説などが有力だ。

<かぐや姫>
<天空の仙界に飛翔した仙女伝説のルーツ>
・ところで、日本の仙女譚の最古層に属すものに、吉野二女仙の伝説があり。天武天皇が吉野の行宮で、夕暮れ時、琴を弾いていると、神女が2人天降り、琴に合わせて歌い舞い、ふたたび雲に隠れたというのである。こんな故事にもかぐや姫のルーツが隠れているのではあるまいか。

<海境・西洋神界など  インド神のルーツはスサノオ?>
・ほかにも霊界は膨大にある。海には海境と呼ばれる海中の新仙境があって、少彦名大神の補佐神である龍飛・龍徳の姉妹神などが治めているというし、深山にも泉にも池にも、あるいは空中にも、神仙界は重なっている。
 外国も同様だが、とくに西洋神界(西南アジア方面の神界)はスサノオ神とその系統の神々が1万年ほど前に拓いた地域で、シュメール族は「スサノオ神系」だというのが宮地・友清などの説である。
 また友清は、インドの古代文化も「主として出雲系の神々に相当する所謂『仙』としての神々の応化身をもって啓発せられたもの」と断言している。

<仙道界異聞>
<仙術の不思議を生きた現代の証言者たち>
『<紫龍仙道人の話 神仙界の龍窟に秘蔵された書物を閲覧>』
・道人は現世名を渡辺一郎といい、福島県四倉町(現在のいわき市四倉)で明治43年(1910)3月21日に生まれた。

・一郎少年がはじめて異境に入ったのは、6歳のことであったという。生家から子どもの足で15分ほどのところに四倉町の産土である諏訪神社がある。信州の諏訪大社の分社だが、この神社も1000年の歴史を有する
古社である。
 ある日の夕方、諏訪神社の境内でひとり遊んでいると、突然に童子が現れて「いっしょに遊びにいこうよ」と誘うのである。すなおに返事をすると、そこに突然、白髪長髯の老翁が現れて、両腕に二人を抱えあげるや、ザッと天空に舞い上がった!
 空中を飛び、しばらくすると輝くばかりの大宮殿についた。そこで老翁や童子としばらく遊び戯れていたが、「遅くなると家で心配するであろう」と言われ、行きと同じように老翁の腕に抱えられて現界の諏訪神社に戻ってきた。これが不思議のはじまりであった。

・そうしたことが何度かあったのち、産土大神に拝謁を許されたが、そこでのことはかたく口外を禁じられた。白髪長髯の老翁は、産土社の代命の司神、童子は仙童だったのだ。まことに驚くしかないような話であるが、このように、幼少のころから神仙の啓導により異界に参入していたということは、よほど深い神縁があっからにちがいない。

『<柄沢照覚の話  伏見稲荷で謎の老翁から神通術の秘伝を継承>
<聖地巡礼についてきた霊怪>』
・柄沢照覚は、明治から昭和にかけて活躍した修験系の行者である。

・霊場巡拝の途につくや、京都伏見の稲荷山で彼は不思議な老翁に出会い、それから十数日間、行動をともにすることになった。聞くとその翁は、自分の父母も郷里も知らず、天保の大飢饉のころに大和国吉野の寺門に捨てられていた子だったという。

・高知で翁に別れると、その後、柄沢は四国霊場を無事巡拝し終え、高野山奥の院へ結願のお礼参りにうかがったが、その帰路、ずっと山を下っていったとおり、丹生明神のある天野の里で、はからずも翁と再会、まさに奇遇と思ったが、ところがそれから数年後、京都伏見の稲荷大社に参拝したおり、御山巡りをしていると、ちょうど中腹あたりでうしろから呼ぶ声がする。かえりみると、あの老翁が笑って自分の名を呼んでいるのだ。

・柄沢は、東京湯島に稲荷山神誠教会を創設、鶴見にも広大な本院を開設しており、当時そうとうの人気行者となったらしい。

・実際、明治に禊を復活させた川面凡児も、宇佐神宮の奥宮がある御許山で自称697歳の仙人に教えを受けており、大本教の出口王仁三郎は丹波高熊山の岩窟で修行中、松岡芙蓉仙人の導きで幽界や神界に飛翔したという。観相家の水野南北は、若き日に金華山で異人から仙法を学び、寿命をのばしたそうだ。
 仙道寅吉や宮地神仙道のことをも考え合わせるとき、古神道・神仙道の背後にほの見える山岳修行者たちの影に思いを馳せざるをえないところではあるまいか。

『<宮地常盤(文政2(1819)〜明治23(1890)  神命直授により仙界への扉を開く>』
・宮地常盤は神仙界の巨頭・宮地堅磐(水位)の実父であり、またその師として、いわゆる宮地神仙道のみならず、近代の神仙道史上、先達的な位置を占めている。

・36歳のとき、砲術の師匠から神道を学ぶように諭され、「ほんものの神に直接会いたい」と一念発起し、翌年の元旦より境内で日夜修行に没頭した。
 そしてそれにより、大山祇神に拝謁して各種の神法道術を含む秘機を直接授かるようになり、諸神や玄理にも通じ、天狗界の者を楽々使役できるようになったという。

・常盤は脱魂法を得意とした。魂を脱して手箱山の神仙界に参入するのである。それにより少彦名命に拝謁もかない、さらに種々の仙界に出入り可能となり、各種の神符などを伝授されている。

『<宮地堅磐[水位] 自在に仙境に出入した近代神仙道の大先達>』
<魂を飛ばして異界へ往来 土佐生まれ神仙二代>
・「仙人というものは、いわば人間界の変わり種で、昔からめったに世に出ない稀有の存在であるにもかかわらず、常盤・堅磐の父子二代相ついで、神仙の位を生前において得たことは、人類史上ほとんどその例を見ないであろう」

・10歳で父の指導のもと、肉体はそのままで魂だけで飛行するという脱魂法(後年は肉体も伴ったとされる)を習得し、高知の手箱山の神界に出入したのを手はじめに、神界の諸相をつぶさに見聞し、同時に人間界でも文武両道に励み、修行を積んだ。

・つまり、堅磐は脱魂法、あるいは肉親のままで数百回も幽真界に出入していたというのだ。
 堅磐の記録によれば、大山祇神のとりもちにより少彦名命(青真小童君)に面会を許され、さらに川丹先生こと玄丹大霊寿真(年齢は明治元年時に「2016歳」)と称する朝鮮の神仙界の大長老を紹介され、この両師を中心に、神界の秘事などの教示を受けたとしている。

<神界の最高機密の大都へ>
・堅磐は仙童寅吉ともいっしょに岩間山の杉山僧正に会い、各種の仙界へも飛行して出入りしたと書き残しているが、神仙界では寅吉より堅磐のほうが位が上であったという。

<全神界を包括する奇書『異境備忘録』>
・堅磐の開示した神仙道は、神仙思想の本場中国の影響圏内から脱して、逆にそれを傘下に組み入れ、されにインドに本拠がある仏仙界や西洋の神界などまでを従属させた画期的なものであった。

『<島田幸安 神伝の調薬法で人々を直した医仙>』
・貧しい町人の子として生まれた幸安は、和歌山の浄土宗西要寺の小僧となる。嘉永4年2月7日の明け方、枕もとに白髪の翁(薬師菩薩とも少彦名命とも青真小童君ともいう)が現れたのが仙縁の発端となる。
 その翁は、「前世からお前とは師弟の縁がある、これからいっしょに来なさい」と告げた。そこで和歌山郊外の花山へ雲に乗って飛行していったが、現地に置き去りにされ、ひとりで西要寺へ帰った。翌日、前夜と異なる老翁が現れ、九州の幽境赤山(阿蘇山)に参り、生涯の師となる清浄利仙君を紹介された。

・幸安は利仙君の命名により、仙界では清玉心異人と名のった。仙人よりも低級の異人時代の幸安は、「前世からの罪を償うために火水の苦行や断食なども行っていたという。

<仙界を微細に描いた『幽界物語』>
・その噂を聞いた平田篤胤門下の国学者参沢宗哲(明)は、幸安本人に何度も面接して仙界の消息などをくわしくたずね、その話の内容がすべて真実であると信じ、ついには参沢自身も幸安に仲介を頼んで仙縁を結んだほどであった。その参沢の聞き書きが、今に残された『幽界物語』(『幸安仙界物語』)で、この書は神仙道を研究するうえで『異境備忘録』と双璧をなす重要資料となっている。

『<沢井才一郎  秋葉天狗に導かれて神界参入を果たす>』
<突然消えた少年>
・江戸から明治に変わる直前の慶応3(1867)年、尾張藩の藩医柳田泰治の門下に17歳の沢井才一郎という天狗好きの少年がいた。10月9日のこと、才一郎が朝食を摂ろうとしないので、心配した柳田の家人が訊くと、「前夜の夢で、知らぬ人が来て明日は終日、火のものを断ち、水を浴びてから柳田家の東にある土蔵の屋根の上に登れ、自分のことは誰にも言ってはならぬ」と言われたので、その通りにしていると告白した。

・正気に戻った才一郎の述懐によれば、その夜、大屋根に金の光が見えたので、近づくと、3人の仙人が現れた。これに伴われ、空中を飛行して秋葉山の神前に到着、「親玉様」(秋葉三尺坊の眷属)にまみえて、柳田家が日常的に秋葉山信仰に熱心であることをほめられ、特別な御幣を賜り、それと同じものをつくって祀ると火難除けになると伝えられた。そして御神酒と肴をふるまわれているうちに酔いが回って眠ってしまい、気がついたら柳田家に戻っていたのだという。

『<前橋神女  富士の女神に授かった奇しき神事の数々>』
<童女に与えられる不思議>
・明治維新後に13歳の童女が神憑りとなり、神界の神々と親しく交渉した記録がある。上野国群馬郡前橋の藩士富田政清の長女鎧(がい)が、はじめて神憑った明治3(1870)年10月6日から翌年11月30日までの神との直接的な関係を、父清政が日記の形式でつづったものである。

・その最初の夜、鎧の夢に牛のような角が生えた獣が現れ、いつでも気が向いたときに長壁大神に参れば小遣銭を授けると告げた。この長壁大神とは、前橋城内の三ノ丸に祀られていた神で、寛延2(1749)年に姫路藩の松平(越前)氏が転封してきたときに姫路城から勧請されたものだった。姫路城では天守に棲みついた霊狐とも妖怪の主ともいわれ恐れられていたが、もとは播磨国姫山の刑部大神で、寛延元年に正一位を授けられた際、長壁大神と神名を改めている。

・そこで、鎧は母の許可を得て島田にし、また母と妹の亀を伴って長壁大神の宮に行き祈っていると、十二単衣をきた1丈(約3メートル)ほどの背丈の美しい姫神が現れ、その側には2匹の白兎が仕えていた。

・その姫神は、手ずから鎧の髪にかんざし簪を刺し、白粉や飾りを授け、さらに、鎧という名はよくないので春に改名するように申しわたした。その姿は鎧にしか見えなかったが、母は風もないのに注連縄が動くなど神の気配を感じていたという。それからも長壁大神の侍女が春に伝言を伝えに来たり、侍女から小遣銭や、饅頭、大福餅、煎餅などをもらうことも頻繁にあった。
 こうして、連日神界との交渉が続くため、噂となり、春は狐に誑かされているのではないかと疑う者も出てきた。
 すると、長壁大神の使いが現れ、「大神の本体は木花開屋姫命であるから惑わされないように」と神示したという。

・その後、前橋神女がどのような生涯を送ったのかはまったく不明であるが、記録を読むと、長壁大神の寵愛を得て、他の神々やその眷属などと霊的な交渉をもち、また俗人には容易に窺いしれない幽真界の様子の一端を開示したといえよう。彼女もまた、明治における神道復興の流れに乗じた神秘世界の幻視者として異彩を放っている人物のひとりである。



『神仙道の本』
(秘教玄学と幽冥界への参入)(学研) 2007/3



<地球大気圏の某所の映像>
・宇宙の根本神は、いうまでもなく天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高皇産霊神(たかみむすひのかみ)、神皇産霊神(かみむすひのかみ)の造化三神だ。

・玉京山から放たれている「三色の霊光」というのがまさにそれで、神の姿は見えず、ただ中央の「水色にして五色を含みたる光」と左の「水色の光」と右の「白光」が、まばゆいばかりにキラキラと放電されているさまが拝まされるのみだという。そして、この神秘的な景観も友清流に言えば、地球大気圏の某所の映像なのである。

・北極星のような隔絶の神界と比べると日界は、指呼の間だが、あの猛烈な光熱で、どんな霊も燃えつくしてしまうように思われる。水位は、日界には入り難いが、下に見たことはあるといい、城郭のようなものが数十あったといっている。

・地球に最も近い月界だが、ここは「もろもろの穢(けがれ)の往留る」根の国、底の国に当たる。そのため、神仙から月球人にいたるまで、全て地球より「遥かに卑しく劣る」そうで、かぐや姫のようなロマンチックな世界ではないらしい。

<さまざまな神仙界>
<36天と大羅天><本邦神仙道のモチーフか>
・ 道教の36天説(元始天尊の坐す大羅天を最高天とし以下、玉清境、上清境、太清境の三清天、四種民天、仏教から取り込んだ三界(無色界、色界、欲界)の28天を重ねたモデル。

・日本の神仙道では、36天は道士のつくりごとだとして、ほとんど相手にしていない。

<五岳真形図と五岳神界>(地球霊界の軸柱となる神界)
<石城島(しきしま)霊界>(友清歓真(10歳のとき神隠しにあったといわれる)が赴いた理想郷)

・友清歓真が訪問した当時で人々は14万人。3ないし4つの行政区に分かれており、東部は科学的な研究機関、学校・工場などのある近代的な地域でアメリカの最新の意匠による別邸のようなものも建っている。

・東部と比べると西部は、鄙びた地域で友清と石城島霊界に招いた物故者の田畑氏は、20坪ばかりの菜園の世話をしていた。もっとも、肥料も水もやらないのに美しく立派な野菜ができるというから、世話というほどのこともない。



『神仙道の本』 秘教玄学と幽冥界への参入
学研マーケティング   2007/3



<宮地堅盤(かきわ)〔水位〕(1852〜1904) 自在に仙境に出入りした近代神仙道の大先達>
<魂を飛ばして異界へ往来>
・「仙人というものは、いわば人間界の変り種で、昔からめったに世にでない稀有の存在であるにもかかわらず、常磐・堅盤の父子二代相ついで、神仙の位を生前において得たことは、人類史上ほとんどその例を見ないであろう」
 まさに宮地堅盤こそは、その実父常磐から教導された宮地神仙道の大成者であるだけでなく、近現代の神仙道史上、最大の巨星といっても過言ではない。
 10歳で父の指導のもと、肉体はそのままで魂だけで飛行するという脱魂法(後年は肉体も伴ったとされる)を修得し、高知の手箱山の神界に出入りしたのを手はじめに、神界の諸相をつぶさに見聞し、同時に人間界でも文武両道に励み、修行を積んだ。

・つまり、堅盤は脱魂法、あるいは肉身のままで数百回も幽真界に出入りしていたというのだ。
 堅盤の記録によれば、大山祗神のとりもちにより少彦名神(青真小童君)に面会を許され、さらに川丹先生こと玄丹大霊寿真(年齢は明治元年時に「2016歳」)と称する朝鮮の神仙界の大長老を紹介され、この両師を中心に、神界の秘事などの教示を受けたとしている。

・また堅盤の道号である水位という名も、22歳のころに少彦名神から名づけられたものだという。そもそも、堅盤は「謫仙」、つまり、神より特別な使命を受けて、本籍地の神仙界から人間界に流謫した仙人であったというのだ。

<神界の最高機密の大都へ>
・堅盤が自ら探求した幽冥界の様相を書きとめたものが、神仙道最高の書とされる『異境備忘録』である。神界・神仙界・天狗界など幽真界の情報がはしばしに織り込まれており、堅盤最大の功績はこの書を残したことだといわれるほどだ。

・堅盤は仙童寅吉ともいっしょに岩間山の杉山僧正に会い、各種の仙界へも飛行して出入りしたと書き残しているが、神仙界では寅吉より堅盤のほうが位が上であったという。

<全神界を包括する奇書『異境備忘録』>
・『異境備忘録』は、基本的には、先行文献としてあった平田篤胤の『仙境異聞』をふまえたうえで、道教的な神仙思想と日本の神道や古神道などを有機的に結合する比類のない世界観を確立した根本原典となっている。堅盤の開示した神仙道は、神仙思想の本場中国の影響圏内から脱して、逆にそれを傘下に組み入れ、さらにインドに本拠がある仏仙界や西洋の神界などまでを従属させた画期的なものであった。
 つまり、堅盤ならではの《神国日本》ならぬ《神仙道日本》の宣言書だったのである。

・堅盤は、大病の時期を除き、ほぼ生涯にわたって健筆をふるった。その全著作は百数十冊とも二百冊ともいう。これを高さに概算すれば、10等身におよぶほどだったらしい。

・ちなみに、堅盤の著述や蔵書の多くは、戦前に、近代神道史学の先駆者・宮地直一東大教授を経由して高知県立図書館に寄贈された。その後、昭和20年に空襲で同図書館が被災したときに烏有に帰している。



『日本神仙伝』
(不二龍彦)(学研) 2001/5



<宮地水位>
<日本初の本格的「霊界探訪記」『異境備忘録』を著した宮地水位>
<シャンバラも含む幽界の多様性>
・また、チベット密教で言う「シャンバラ」とおぼしき幽区についての記述もある。
シャンバラというのは、代々一人の王によって統治されてきたとされるヒマラヤ奥地の理想郷で、永遠の光の下、賢者だけの理想国家を築いていると伝承されている。この霊的な王国には、未来のいつの日か、邪悪な勢力を最終戦争によって打ち滅ぼすという神聖な使命があり、今もそのための活動を密かに行っているというのである。

・今でこそ、広く知られるようになったシャンバラだが、水位の時代には、ごく一部の学者以外、その存在を知っているひとは皆無といってよかった。

・ところが水位は、「西洋国のヒマラヤ山」に「中凹(なかぼこ)」の「支那上代」の神仙界があり、「山上は闇夜でも昼の如く」輝いていると、ちゃんと記述している。
しかも、この「支那上代の神仙界」がある山は、神仙界では「地軸」と呼ばれているらしく伝説の西王母(せいおうぼ)が住んでいるというのも、シャンバラ伝説と通いあうところがあって面白い。



『術』
綿谷雪   青蛙房  1964



<天狗飛切りの術と軽身の習練>
・仙界に出入りしたという紀州のモグリ医者島田幸庵の報告によれば、仙人界と天狗界は同じ系列の特別世界で、その階級は仙人界のほうは神仙、山人(やまびと)、異人(霊人)、山霊(やまのかみ)、山精(こだま)、木精(すだま)、鬼仙(おに)、山鬼(たかがみ)、境鳥(たかとり)、麒麟(ましか)、鳳凰(ながなきどり)、霊亀(おうかめ)と順次し、狗賓(くひん)のほうは大天狗、小天狗、木葉天狗、魔天狗、邪鬼の順であるが、両界通じていえば、大天狗は仙界で山人の階級に相当するという(−『幸庵仙界物語』)。

・もとより架空の観念的構成にすぎないが、しかし古来、仙人も天狗もいろいろと変わった型のものがあって、綜合的に考慮するとすれば、結局右のような組み立ては常識的といえるかも知れない。
 さすれば仙界・天狗界とも、上級者には超自然的な神仙型の飛翔を想像し、下級の者に鳥獣型の飛翔を想像するのは当然のことで、下ッ端の天狗は翼をもって飛ぶと考えられていました。

・では翼のない上等の天狗は、どのように飛翔したのか?私どもが、子供のころ聞いた話では、天狗は羽団扇をもっていて、それであおいでふわりふわりと翔ぶということでした。じつは羽団扇は飛ぶときの目標を定めるレーダー式のもので、下降するときには、方向舵の用をすると仙童寅吉は語っています。

・年代はよくわかりませんが、和歌山藩の餌差役で某という者が、鷹の餌にする小鳥をもとめて深山へ分け入り、小鳥網を張りました。知らず知らず殺生禁断の高野山の一部へ入りこんだらしく、おもしろいほど小鳥がかかる。
 と、どこからか一人の異様な老人が立ち現れました。某をにらみつけながら、小鳥を次ぎ次ぎと網からはずして逃がしてやり、ここは殺生禁断だから、あきらめて帰れという。
 某は何だか怖くなって帰ることにしたが、異人は気のどくに思ったのか、せっかくの機会だから跳ぶ術を教えてやると云い、某を高く突き出した岩石のうえへつれてゆきました。

・「さあ、谷底へ飛び下りてみろ。おれが下へ行って受け止めてやるから」という。しかし、怖くて、どうしても飛べない。ちゅうちょしていると異人は、うしろからいきなり某を突き落しておいて、すぐに谷底へあらわれてズシンと受け止めました。
「どうだ怖くないだろう。もういちどやってみろ」
こうして何回も飛び下りて受けてもらっているうちに、どうやら身のこなしなども会得して、平気で跳べるようになりました。

・某は礼をのべて和歌山へ帰り、高い屋根へ飛び上がったり飛び下りたりして人々をおどろかせるようになったが、その後三年ほどして、ふと飛ぶことに恐怖をおぼえ、急にそれっきり飛べなくなったという(−『積翠雑話』)。

・積極的な精神力が或る程度の危険を克服する事実は、この一話からも汲み取れるでしょう。跳躍は、昔は“軽身の術”とか“軽業”とかいいました。



『神仙道の本』
(秘教玄学と幽冥界への参入)(学研)2007/3



<山人界(天狗界)>
<多種多様な天狗らの仕事と生活の実際>
<高級山人が住まう壮麗な宮殿>
・山人とは山の神のことだが、天狗の異名として用いられることもある。「お山には善美を尽くした広大結構な御殿があり、三尺坊は平生には、そこに居られますが、亦、空中にも大なる御殿があってここにも多くの方々が居られます。

・ひと口に山人界といっても階級は実に多い。そこで、空中の御殿に住む鬼類・境鳥まで、暮らし向きも千差万別なのである。

 仙童寅吉以降、山人界の情報はずいぶんと数多くもたらされてきたが、山人界の情報はずいぶんと数多くもたらされてきたが、山人界の階級等についてもっともまとまった情報を伝えているのは島田幸安だ。

<山人界の天狗の風体とは>
・島田によると、山人界の階級は?神仙、?仙人、?山人、?異人、?休仙、?愚賓(ぐひん)に大別される。この愚賓というのがいわゆる天狗のことだが、天狗は人間が命名した俗称であって、山人界では使わないという。

・天狗というと鼻高・赤面の異形に描かれるのが通常だが、実際の姿は人と変わらず、頭巾をかぶり、白衣を着し、足には木沓(きぐつ)を履いている(裸足の愚賓(ぐひん)もいるという)。「人界にて云如き鼻高く翼ある者は無御座候」と、島田は断言している。
 愚賓は神仙から数えて6番目の下級官吏だが、そのなかにもまたこまかい階級がある。?山霊(大愚賓)、?山精(小愚賓)、?木仙、?鬼仙、?山鬼、?境鳥、?彩麟(ましか)がそれだ。

・?の境鳥が、いわゆる木の葉天狗・木っ端天狗と呼ばれる類で、嘴と翼をもつ鳥類の化身である。

・最後に天狗は日本独自のものとの話があるが、それは間違いだということも付記しておこう。中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ。

<戦争に出陣する愚賓(下級天狗)たち>
・ただし、人間のように肉を食うのではなく、気だけを食うのだと島田が注釈している。生きている魚を海などから招き寄せ、「味の気」だけを取って食べ、食後は生きたまま海に帰すというのだ。

・仕事は、より上級の神界の下命に従って戦争に従軍したり、霊界や人間界をパトロールしたり、冥罰を下したりと、そうとう忙しい。大小の愚賓は、元来が武官だから、戦争になると鬼類などを従えて直ちに出陣する。

・加納郁夫という名の天狗の弟子となった「天狗の初さん」こと外川初次郎は、加納天狗の供をして満州事変に従軍したと言っているし、幕末の戦乱時に活動した才一郎は明治元年から2年にかけての戊辰戦争に冥界から参戦し、三尺坊の命令で、自分の出身国である尾張藩の隊長“千賀八郎”を守護していたと語っている。

<天狗が下す恐怖の冥罰>
・天狗の仕事で最も怖いのは、人間界に罰を下すという仕事だ。火事による処罰が多いようで、情け容赦がない。たとえば、杉山僧正が東京の平川町(平河町)を焼いたことがある。

<過酷をきわめる天狗界の修行>
・寅吉や才一郎は仙縁があって山に招かれたものだがら否応はないが、凡人が天狗の「神通自在」にあこがれて山中修行に入っても、ろくなことにはならないらしいから、注意が必要だ。
 最後に、天狗は日本独自のものとの説があるが、それは間違いだということも付記しておこう。中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ。



『神仙道の本』 秘教玄学と幽冥界の参入
 ムック   2007/3



<神仙界の構造>
<神仙がすまう天の霊界と地の霊界>
<陽の身体を手にいれる>
・神道や古神道、それと血縁関係にある神仙道や道教では、世界には目に見える物質的な世界(顕界)と、目に見えない霊的な世界(幽冥界・幽界)があると説いている。物質的な世界といっても、そこには霊的な要素が必ず含まれているし、目に見えない霊的な世界といっても、物質的な要素を含まないという意味ではない。

・この「無形体の元素」が、目に見えない霊妙な物質のことで、これが凝結すると、「有体物」すなわちモノとなる。物質といい霊といっても、もとを遡れば天地が生成する以前の「一点真精の元気」にほかならない。顕界も幽冥界も、この元気から生まれてきた同胞なのである。

・幽冥界に出入りしていた古神道家で神仙家の友清歓真も、神仙界に行くと30歳くらいの自分に若返ると書いている。

・このように、陽の身体を手にいれると、すばらしい世界が開けてくる。神仙界の高みから、地の世界を見ると、そこは暗く濁った陰気や腐臭・俗臭が渦巻く穢れの世界に映る。そこで神仙道修行者は、少しでも穢れから離れるために、地の顕界(われわれが暮らしている現界)のなかでは清浄度が高く、強い陽気が流れている深山の霊区に入るのである。

・「魂魄図」。人の死後、たましいは魂と魄とに分かれ、魂は陽に従って天に昇り、魄は地に降り、陰に従うという。この霊界観念の基本を寓意的に描く。

<陽極と陰極の間のグラデーション>
・世界というのは、陽気の極みと陰気の極みの間の、すべての諧調(グラデーション)のことである。

・この極陽に近い部分が天の霊界(天の幽界・天の顕界)、極陰に近い世界が地の霊界(地の幽界・地の顕界)ということになる。
 われわれ地球人と深く関連するのはもちろん後者で、幽冥界に出入りした神仙家の見聞録というのは、たとえ本人が「これは宇宙の霊界まで行ったときの見聞だ」と主張しようとも、すべてがこの地球の霊界のことらしい。なぜそういえるかというと、霊魂の速度という問題がからむのである。

・霊魂の飛行速度はこれだけ遅いのだから、光の速度で何十、何百年もかかる太陽系外の天の幽界・天の霊界が手の届かない世界かというと、そうでもないらしい。

<地の霊界の首都「神集岳神界>
・とはいえ、おおまかな世界分けはある。神仙道の場合、まずトップにくるのが天の霊界筆頭の大都{紫微宮}で、天地宇宙の根源神の宮であるという。

・この紫微宮の次にくる大都は、天照大神の神界である「日界」(太陽神界)で、ここが太陽系全体の首都ということになる。神仙道では、この日界の次にくる大都以下を地球の霊界とし、その首都を「神集岳神界」と呼んでいる。
 神集岳は地の霊界全体を管理運営する神界で、地の霊界の立法府・行政府・司法府の最高官庁が、この都におかれているという。地の霊界の最高神イザナギ・イザナミ神だが、両神はいわば天皇のような別格の存在らしく、実際の幽政をつかさどる総理大臣は少彦名命であるという。

・首都・神集岳神界に対する副都を「万霊神岳神界」という。われわれ人類にとっては、この神界はとくに重要な意味をもつ。神界では、年に1回、現世の人間、霊界に入った人霊、および仙人など一切霊の“人事考課”を行い、寿命も含めた運命の書き換えが行われるという。この作業の中心が、まさに万霊神岳だそうなのである。

<異界交通者が赴く「山人界(天狗界)」>
・以上は地の霊界のなかの高級神界で、狭義の神仙界に相当する。しかし、神仙道でおなじみの、いかにも仙人世界めいた世界は、これよりランクの低い「山人界(天狗界)」で、平田篤胤に霊界情報を伝えた仙童寅吉や仙医の島田幸安、その他もろもろの山中成仙者は、ほぼ全員がこの山人界の情報を主としている。最もポピュラーな仙界がこの山人界なのである。

・次に、僧侶や仏教信者など、仏教と深い因縁で結ばれた者が入る「仏仙界」がある。平田篤胤の“毒”にあてられた古い神仙家は、仏仙界を目の敵にし、聞くに堪えない罵詈雑言を投げつける者もいるが、そうした偏った見方は、今日ではかなり改まってきたようだ。

・このほか、一般の霊界、いわゆる魔界、地上世界のあちこちに開けている幽区等、数々の霊界がある。

・なお、スウェーデンボルグあたりから以降の欧米スピリチュアリズムでは、霊界の思いの世界で、念じたものは善悪吉凶にかかわらず、パッと現れると主張しているが、これは霊界の半面だということを指摘しておきたい。

・友清が喝破しているとおり、全霊界は「むすび」と「たま」の両界に大別される。むすびの世界とは「衣食住や山河草木や万般の調度品が、客観的実在として殆ど人間界のごとくに存在する」世界のことで、われわれの現界もここに属する。出口王仁三郎や友清らがいうように、現界もまた霊界の一種、むすびの霊界なのである。

・一方、たまの世界は「欲する品物が欲するままそこに現出する代りに、注意を怠って居ると消えたり、一瞬にして千里を往来したり、もやもやと雲のようなものが友人や知人の顔となり手となって遂に完全な姿としてそこに出て来たり、高い階級で美しい光の乱舞の中に自分も光の雲の如くに出没穏見したりする」世界をいう。欧米スピリチュアリズムのいう霊界はこれだが、霊界というのは、あくまで「むすび」と「たま」の総体を指すのである。

<高級神界の世界>
<神集岳神界・万霊神岳神界・紫府宮神界とは>
<すべての地の霊界を統制する大永宮>
・宮地水位によれば、脱魂して空に飛びあがり、2時間ほど飛んで西北方に降りたところに「神集岳神界」がある。中心は大永宮という巨大な宮城で、一辺が160キロもある高い壁に取り囲まれている。四方に大門があり、宮城を四方から囲む数十の宮殿群もある。

・「地球霊波圏内における神界は神集岳が中府であり万霊神岳がこれに亞ぐのである。神集岳大永宮の統制下に幾多の霊界があり、その中には支那や印度や西洋の種々の霊界が幾層にも存在する」

 世界のさまざまな霊界を藩に見立てるなら、大永宮は諸藩の上に君臨して政事(幽政という)の大権をつかさどる幕府にあたる。幽政の中府だけに、膨大な数の高級官僚が働いている。東洋・西洋、人種はさまざまだが、日本人もたくさん含まれている。

<紫府宮神界とその娘>
・この神集岳、後述する万霊神岳の双方と密接に連絡しあっている高貴な大神界に、事代主神がつかさどっているという「紫府宮神界」がある(宇宙神界の紫微宮神界ではないので注意)。

<天機漏らすべからず>
・そもそも、「天機漏らすべからず」といって、神仙界の機密は人間界には伝えないのが決まりになっている。

<現界人の生死・寿命を管掌する神>
・この紫府宮が重要なのは、ここが「太玄生符に関する幾多の重要なる神事」や「地上の大気から人間の呼吸にまで及ぶ神秘な幽政の行わるるところ」だからだ。

・この改訂によって、各人の1年間の運命が定まるわけだが、現界人の生死・寿命および帰幽霊の身上を、じかに管掌しているのは国津三十二司令神という神で、この神は中国で東王父と呼ばれている大国主神の監督のもと、万霊神岳を拠点に活動している。

・大きな島嶼としてまとまっている神集岳とは異なり、この神界はさまざまな霊界幽区が集まってできた“連邦体”だという。この世界に属する霊界はきわめて広く、いわゆる極楽や地獄も内包しているし、仏仙界も含まれるというから、その巨大さは想像を絶する。

<宇宙の神仙界>
<大気圏の外にも広がる神仙の世界>
<北極紫微宮のレポート>
・まして直径が約10万光年といわれる銀河系の遊覧など、まったくの論外なのであるにもかかわらず、それらの世界に行ったという報告があるのは、「じつは遠方の星の世界の状況が、この地球の大気圏内の或るところに影を映したような状況になって、そこへ行ってきた」からだという。

・水位は、日界には入りがたいが、下に見たことはあるといい、城郭のようなものが数十あったといっている。

・最後に、地球に最も近い月界だが、ここは「諸の穢の往留る」根の国、底の国にあたる。そのため、神仙から月球人にいたるまで、すべて地球より「遥かに卑しく劣る」(利仙君)そうで、かぐや姫のようなロマンチックな世界ではないらしい。

<仏仙界  神仙界と対立する妖魔の巣窟か?>
・天狗を使役する僧侶らの棲まう仏仙界。

<神仙家が敬遠する世界>
・仙界に出入りした神仙家は多いが、不思議なことに、仏仙界についてはだれも中に入って見聞しようとしない。敬遠しているのは明らかだが、それも道理で、彼らは筋金入りの仏教嫌い、仏仙嫌いなのだ。
 仏教に対する嫌悪感を最も露骨に示しているのは、『幽界物語』の著者で平田派国学者の参沢宗哲だ。

・たとえば釈迦・空海は「妖魔遣い」といわれる。さらに空海は、法然とともに「仏仙境の山精(小愚賓)」となっているという。山人界でもないのに愚賓が出てきているのは、仏仙界にも僧侶のなりをした愚賓が住んでいるからだ。

<印相を駆使する山人たち>
・魔愚賓の空海・法然よりもっと悲惨なのは「異類」とされた日蓮で、もはや人霊ですらない。もっとひどいのが親鸞だ、親鸞は「卑き妖魔なりしが、魂分散して住処知れ難し」「妖魔の境に入りては、虫螻となりて非類の苦悩を受る事也」と、洒落にならない貶されようなのだ。
 高野山批判もきつい。神仙界では「仏仙山」と呼ばれている高野山は「魔境のひとつで、空海をはじめ仏魔どものいるところ」なのだそうだ。

・「誰彼が天狗界に居るとか仏仙界に居るとかいう所伝があっても、そうばかりも申されない事実がある。又た神仙界と仏仙界が対立したり敵対したりして居るというようなことは明治以来抜本的に何度も(霊界が)改革された今日では決してないのであり、人間界が19世紀の常識から甚だしく飛躍して居るごとく霊界も亦そうである」



『災害と妖怪 柳田国男と歩く日本の天変地異』
畑中章宏   亜紀書房   2012/7/24



<天狗が悪魔を祓うといまも信じられるている事>
<遠野の天狗>
・『遠野物語』29「雞頭山は早池峯の前面に立てる峻峯なり。麓の里にてはまた前薬師ともいう。天狗住めりとて、早池峯に登る者も決してこの山は掛けず」

・29「山口のハネトという家の主人、佐々木氏の祖父と竹馬の友なり。きわめて無法者にて、鉞にて草を苅り鎌にて土を掘るなど、若き時は乱暴の振舞のみ多かりし人なり。ある時人と賭けをして一人にて前薬師に登りたり。帰りての物語に曰く、頂上に大なる岩あり、その岩の上に大男三人いたり。前にあまたの金銀をひろげたり。この男の近よるを見て、気色ばみて振り返る、その眼の光きわめて恐ろし。早池峯に登りたるが途に迷いて来るなりと言えば、しからば送りてやるべしとて先に立ち、麓近き処まで来たり、眼を塞げと言うままに、暫時そこに立ちている間に、たちまち異人は見えずなりたりという」。

・29話の大男たちが、岩の上で金銀をひろげ、恐ろしい眼光であったという特徴しか描かれなかったのにたいして、62話のほうは大柄の僧形で、赤い衣を羽のように翻して空を飛ぶなど、現代の日本人がイメージする天狗らしさを備えている。三つ目の90話では、恐るべき「異人」としての天狗が「天狗森」にいることが記されている。

・この『幽冥談』で柳田が明らかにしようとしたのは、「幽冥教」すなわち、天狗信仰の歴史であった。この世の中は「現世(うつし世)」と「幽冥(かくり世)」から成立している。しかし、かくり世からうつし世を見聞することはできても、うつし世からかくり世を見ることはできない。柳田は、この二つの世界が交わるところに、天狗に代表される土俗的な民間信仰を位置づけるのである。そして神道をはじめ、キリスト教や仏教が衰微する時代には「いつでも天狗が暴れる」。「戦乱がある間際になると非常に天狗が暴れる。むしろ戦乱をもって天狗のなさしむるところだという説もたくさんある」と指摘する。

<天狗の定義>
・天狗にはまず、「大天狗」と「小天狗」の二種類がある。大天狗は鼻が高く、山伏のような出で立ちで高下駄を履き、羽団扇をもって空中を自在に飛びまわる。小天狗も出で立ちは大天狗と変わらないものの、烏のような嘴で背中に翼を生やしていることから「烏天狗」とも呼ばれる。

・今昔時代には鬼と天狗は別種の魔物だと考えられ、それぞれに偉大な勢力を振るっていた。その後「鬼党」は零落し、「幽霊亡霊」の階級まで退却したが、「天狗国」は久しく栄えて、田舎や山間を支配した。

・また元来、天狗というものは神の中の武人で、中世以来の天狗は武士道の精髄を発揮している。

・さらに「西洋でも北部欧羅巴に今なお活動しているフェラリーのごとき、その発祥地であるところのケルト民族の特性をよく代表している」として、妖精と妖怪を比較する。

・天狗をグヒンというに至った原因もまだ不明だが、地方によってはこれを山の神といい、または大人(おおひと)、山人(やまひと)ともいって、山男と同一視する処もある。

・こういった山中の怪異は、通りがかりの個人を怯えさせるものにすぎないけれど、家や町や村に火事をおこすことで、天狗は最も恐れられた。「幽冥談」の天狗が、指差すだけで穢れた村に火を放ったのも、ひとつの例である。

・天狗は日本の神々のなかで最も位が低いが、焼畑の火入れを守ってくれる神でもある。



『神仙道の本』 秘教玄学と幽冥界への参入
学研マーケティング   2007/3



『図説・仙境異聞』
<仙道寅吉の物語>
神仙界を探訪した少年の実録

・幽冥界探求にただならぬ情熱を抱く平田篤胤が、神隠しに遭って江戸に舞い戻ってきた少年・寅吉と、ついに運命的な出逢いを果たす――。

篤胤は、寅吉の口から語られる異界見聞譚を巧みに聞き出し、克明に記し、精緻に図像化した。かくして、幽世の民俗誌ともいうべき前代未聞の遺産が残されたのである。

<天狗小僧、異界より現る> 
・『仙境異聞』全7巻には寅吉という異能者の言行が詳細に記録されている。”異界もの”という、いわば眉唾物のジャンルでありながら、この記録にはただごとではない圧倒的なリアリティがある。篤胤の方法論は、頑固までの実証主義だった。曖昧で情緒的な記述は、配され。徹底した聞き取りによって事実として納得できた事柄だけが記されていったのである。

・文政3年(1820)晩秋、江戸に神仙界と人間界とを往還するという少年が現れた。名を高山嘉津間、通称を仙童寅吉という。

<寅吉、神仙の世界を語る>
・寅吉は、神仙界についてこう語った。7歳のころ、上野池の端の五条天神前で遊んでいると、薬売りの翁が目にとまった。その翁は毎日そこで丸薬を売っていたが、店じまいときは決まって、敷物、薬、葛籠などをわずか3、4寸の壺にしまいこんでいる。そして最後は自分も片足からスッとその壺に吸い込まれると、壺ごとどこかに飛び去っていくのだ。寅吉は、この謎の翁といっしょに来ないかと誘われた。卜筮を教えてやるというのだ。そして、この翁について自身も壺中に消える。これがすべてのはじまりだった。

・寅吉が訪れたのは、常陸国の加波山と吾国山に挟まれた難台丈という行場である。翁は、岩間山の神仙で杉山僧正といい、13の眷属をたばねる天狗の首領だった。この眷属は、人の形をした者はただ一人で、ほかは獣のような姿だ。翁も人間界での仮の姿で、本来は40歳くらいの壮健な山人だった。山人とは仙人のことで、もとは人間だったが修行により天狗に昇華した者をいうらしい。

・寅吉はそれから修練を重ね、現界と往還しながら8年の間、仙境の異界に遊んだ。その間、師である杉山僧正とともに、神仙界はもとより世界中、月世界までも遊覧したという。普通に聞けば荒唐無稽というほかない。が、篤胤はこれを信じた。ときに寅吉は神仙界へ戻ることがあったが、このとき篤胤は、竈情僧正にあてた書簡を寅吉にことづけてさえいる。

<寅吉の消息、ふっつり途切れる>
・問うて云わく――『仙境異聞』はほぼ全編、篤胤らの問いに対する寅吉の回答を採録したものだ。
 ときに寅吉は篤胤所持の石笛を見て、神仙界でも見たことのないりっぱな霊物だと判じたりしているが、多くは、神仙界のありよう、山人の服装や料理、遊興などの日常生活、神祀りの方法や祭儀などについて語っている。山人であっても尊い神の姿をはっきりと見ることができない等々。神霊や妖魔の実相を漏らしているところも興味深い。

・住人がごく限られた人数の霊的な求道者たちであることや、細部の若干の差異をのぞけば、神仙界はどこにでもある山間の村落のような趣である。だが、ひとつ大きな違いがある。この異界には女性がいないのだ。詳細を伝えることはできないが、寅吉によればそれには深淵な意味が隠されているという。

・だが、寅吉に関する膨大な記述は、文政11年8月9日の「気吹舎日記」を最後にふっつりと途切れる。この消息を追ったのが近代の心霊研究家・浅野和三郎で、さらに門下の河目妻蔵によって追跡調査がなされ、大正14年の「心霊と人生」誌になんと寅吉の晩年の姿が報告されたのだ。それによると――。

<秘薬の処方を遺し仙去す―――>
・寅吉はその後、千葉県笹河村の諏訪神社で神職となり、俗名石井嘉津間として天狗直伝の病気治しを行っていたという。これが大評判で、遠方からの訪問者がひきもきらなかったらしい。そして53歳のとき、奉公の女中しほとの間に男児が誕生。河目は、その実子・嘉津平(当時70歳)と孫の二世嘉津間(当時46歳)に取材したのである。

・晩年、寅吉は「僧正からの急のお召だ」と言い、惜別の宴を催した。そして日光山を伏し拝みつつ、安政6年(1859)12月12日、眠るように仙去したという。その際、神授秘伝の薬の処方箋とともに薬湯をはじめよとの遺言があり、子孫は銚子で二神湯(通称天狗湯)をはじめた。皮膚病や火傷、冷え性に薬効があり、湯は大いに流行って昭和30年ころまで存続していたとのことである。



『失われたメシアの神殿『ピラミッド』の謎』
飛鳥昭雄、三神たける   学研  2010/1



<秘密組織フリーメーソン>
・預言者の組織を「フリーメーソン」という。今日、世に知られる秘密結社としてのフリーメーソンは近代フリーメーソンである。1717年にイギリスで結成されたグランドロッジから派生した組織である。

・預言者の秘密組織としてのフリーメーソンが、実はこの地球上に存在する。主に密儀宗教の祭司の組織という形で継承されており、それをたどっていくと必ずノアに行きつく。もちろん、ノアの先もあり、エノクを経て最後はアダムに遡る。人類最古のフリーメーソンとは、「アダムメーソン」である。エノクもまたアダムメーソンだ。

・すなわち、ノアの3人の息子が独自のフリーメーソンを形成したのである。

<地底王国シャンバラ><チベット密教とカッバーラ>
・シャンバラは、チベット密教において語られる世界である。一般の仏教では語られることのない思想である。仏教には表と裏がある。表が顕教であり、裏が密教である。

・最終経典にシャンバラが説かれているように、シャンバラの存在を最初に説いたのは仏教の開祖、釈迦なのだ。釈迦は自ら、北の果てにシャンバラへの入口があると説いた。なぜ釈迦はシャンバラの存在を知っていたのか。

<釈迦はセムメーソンだった!>
・釈迦がカッバーリストであり、預言者であったことは間違いない。神を信じ、神とまみえ、そして、神の言葉を授かったフリーメーソンだったはずである。
 注意してほしいのは、ヤフェトメーソンではなく、セムメーソンだという点にある。バラモン教はアーリア人の宗教であり、それを担ったのは、ヤフェトメーソンだが、釈迦はセムメーソンだった。

・モンゴロイドはアーリア系ではない。有色アジア系であり、ユダヤ人やアラブ人、そしてトルコ人と同じセム系なのである。したがって、釈迦がカッバーリストならば、民族的にセムメーソンだったと考えられるのだ。
 しかも、それだけではない。釈迦はシャンバラの住民と同じ血を引いていた可能性がある。鍵となるのは、釈迦族=サカ族を生み出したスキタイにある。

<釈迦は失われたイスラエル10支族だった>
<地球内天体アルザルとは、まさにシャンバラのことなのだ>
・では、シャンバラはどういう形で存在するのか、これを現行科学で理解するには少しむずかしい。まだ、一般に認められていない現象を前提とするからだ。その未知なる現象は、プラズマ・トンネルである。

・プラズマ・トンネルは地球内部に通じており、そこには巨大な亜空間が形成されているのである。まさに、この亜空間の中心に、実は地球よりもひと回り小さい天体が浮かんでいるのである。

・アメリカ軍は50年以上も前に、この地球内天体の存在に気がつき『旧約聖書』の外典にちなんで、コードネーム「アルザル」と名づけている。コードネームでわかるように、失われたイスラエル10支族が北極圏から入り込んだ世界こそ、この地球内天体アルザルなのである。

・日本人の中には古代イスラエルの血が流れている。そういっても、多くの人は、すぐに信じることができないであろう。



『失われた徐福のユダヤ人「物部氏」の謎』
三神たける 飛鳥昭雄  学研   2011/5/11



<インディアンは失われたイスラエル10支族だった>
・もし仮にユト・アステカ語のルーツが古代ヘブライ語にあるとすれば、当然ながら、インディアンやインディオたちのルーツがヘブライ人、すなわち、古代イスラエル人であった可能性が出てくる。よく誤解されるが、ユダヤ人を含めイスラエル人はもともと民族的に白人ではない。セム系の民族である。アラブ人を含め、アジアのモンゴロイドと同じ人種なのである。

・イスラエルの全大学の監督官であり、教育文化省の長官であったアビグドール・シャハンによると、南北アメリカ大陸に失われたイスラエル10支族がやってきていたことはほぼ間違いなく、アステカやマヤなどのピラミッド型神殿は、もともと古代イスラエルの神殿とまったく同じものであると主張する。

<縄文・弥生人はイスラエル人だった>
・南北アメリカ大陸のインディアンやインディオは古代イスラエル人の血を引く。だとすれば、だ。当然ながら、同じ環太平洋文化圏に属し、遺伝子的に同じ人種であるアイヌや琉球民族もまた、古代イスラエル人の末裔である。縄文人と弥生人はその文化からは想像もつかないが、実は契約の民だったのである。
 イスラエル人がいるとことには、必ず預言者がいる。霊能者や巫女、シャーマンと呼ばれる人々のなかには、絶対神ヤハウェの言葉を預かる者がいるのだ。縄文文化圏と弥生文化圏と、ふたつに分かれてはいるものの、そこには預言者がいたはずだ。

・縄文文化を今に受け継ぐアイヌの奥の院には、女性のシャーマンだけから成る秘密組織がある。同様に、弥生文化を継承する沖縄の琉球民族にはユタやノロ、そしてカミンチュがおり、かつて聞得大君という女性の祭祀王がいた。おそらく邪馬台国の卑弥呼もまたそうしたシャーマンであり、預言者だったに違いない。

<ユダヤ人徐福の渡来と籠神社>
・日本列島が縄文文化と弥生文化を育んでいた紀元前3世紀、中国大陸から渡来人がやって来る、なかでも大量の民を引き連れてやってきたのがほかでもない、ユダヤ人徐福である。徐福は、同じくユダヤ人の血を引く童男童女と技術者を率いて日本列島へと集団渡来してきた彼らはアケメネス朝ペルシアから東漸し、秦帝国へとやってきた亡命ユダヤ人たちの子孫である。

<卑弥呼はユダヤ人預言者だった>
・籠神社が所蔵する国宝「海部氏勘注系図」には天火明命の子、天香語山命を初代として、第8代目の丹波国造に日本得魂命なる人がおり、その娘の名が「日女命」と記されている。日女命はヒメ命、もしくはヒルメ命と読むことができるように、太陽神に仕える巫女を意味する。これは太陽神の巫女=日巫女、つまり卑弥呼のことなのである。

<イエス・キリストの降臨>
・皇室はもちろん、漢波羅秘密組織の八咫烏たちが秘かに伝える驚愕の事実。それは、イエス・キリストの出現である。実に驚くことだが、復活して天に昇っていったはずのイエス・キリストが4世紀の日本に降臨したのである。

<ふたつの鴨族>
 ユダヤ人原始キリスト教徒である秦氏はイスラエル12支族のなかでも主にユダ族とベニヤミン族から構成されているが、なかには祭司レビ人もいる。彼らレビ系秦氏の中核が賀茂氏である。神道祭祀を一手に握る賀茂氏は「鴨族」とも呼ばれ、全国の神社を支配している。なかでも、京都の下鴨神社と上賀茂神社の鴨族は事実上、神道の元締めといっても過言ではない。

<大酒神社の祭神ダビデと物部氏>
・物部神道がユダヤ教であるならば、先の「アブラハム、イサク、ヤコブの神」という表現を踏襲できるだろう。あえていうならば、「ダビデ、物部守屋の神」だ。この場合、物部守屋を崇拝する物部氏たちにはダビデの子孫が含まれていたことを示唆する。徐福に率いられて物部氏になった東ユダヤ人は、南朝ユダ王国の民であった。これはユダヤ人原始キリスト教徒であった秦氏も、まったく状況は同じである。

<秦氏を名のった物部氏>
・物部氏=海部氏は物部神道=ユダヤ教から秦神道=原始キリスト教に改宗することによって、ユダヤ人原始キリスト教徒=秦氏となった。もともと血統的にも同じ民族であった物部氏=海部氏と秦氏は、この時点で本質的な区別はなくなってしまった。
実は、これこそ徐福伝説につきまとう秦氏の影の正体なのだ。

<お内裏様=スサノオ命はヤハウェ>
・雛祭りにおけるお内裏様はスサノオ命を意味している。スサノオ命は出雲神であり、物部氏の神である。古代出雲王朝は投馬国の領地であり、それを支配した海部氏は物部氏と同族であると同時に、隣の石見には宇摩志麻治命を祀る物部神社もある。

籠(この)神社の極秘伝「多次元同時存在の法則」を持ちだすまでもなく、唯一神を祀る物部神道からすればスサノオ命は絶対神である。元初の神だ。物部氏=ユダヤ人ユダヤ教という観点からすればスサノオ命は絶対神ヤハウェにほかならない。

・スサノオ命は「素戔嗚尊」と表現されるように、荒ぶる神であるといっていいだろう。一方、『旧約聖書』における絶対神ヤハウェは、まさに荒ぶる神である。天変地異を引き起こす嵐の神だ。絶対神ヤハウェが龍神リヴァアサン(レビアタン)を退治するエピソードがあるが、これはスサノオ命のヤマタノオロチ退治そのものであるといっていいいだろう。

・また、スサノオ命は出雲神の代表格である。出雲とは雲が出ると書くが、雲を出すとも読める。実際、スサノオ命が詠んだ日本最古の和歌「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を」に端的に示されるように、八雲や出雲など、雲そのものがスサノオ命の代名詞ともなっている。

・対する絶対神ヤハウェはイスラエル人の前に姿を現すときは、必ず、雲を伴った。大預言者モーセの前に現れたときも燃える紫、シナイ山のイスラエル人を導くときは雲の柱となり、さらに契約の聖櫃アークを収めた幕屋でも、顕現するときは必ず雲が部屋を覆い尽くした。いわば絶対神ヤハウェは雲を出す出雲神と表現できるのだ。
 ユダヤ人ユダヤ教徒であった物部氏は自らが奉じる絶対ヤハウェを『旧約聖書』に記された故事にならって出雲神、なかでも荒ぶる神として位置づけられたスサノオ命と呼んだのである。

<お雛様=天照大神はイエス・キリスト>
・一方、お雛様の天照大神はイエス・キリストを意味している。天照大神は太陽神であり、天孫族の神、すなわち天津神だ。国津神に対する天津神を祀るのは神武天皇=応神天皇、つまり秦氏である。ユダヤ人原始キリスト教徒であった秦氏が祀る天照大神は、いうまでもなくイエス・キリストにほかならない。

・天照大神がイエス・キリストであることは記紀神話の中にしっかりと記されている。天照大神を天照大神たらしめている「天岩戸開き神話」が、それだ。天照大神は弟であるスサノオ命の乱暴狼藉によって体を傷つけられたことがきっかけで天岩屋に籠もる。このとき『古事記』では天服織女、『日本書紀』では稚日女尊が死亡している。いずれも天照大神の分身とされることから、神話的に死んだのは天照大神自身であると解釈できる。事実「隠れる」という表現は天皇陛下をはじめ高貴な人が亡くなったときに使う表現である。
 かくて死んだ天照大神は天岩屋に籠ったのではなく、実際は横穴式墳墓に葬られたことになる。入り口には大きな岩が扉として置かれたという。

・さて、天照大神が天岩屋に籠もったことで天地が暗くなり、困りはてた神々は天岩戸の前に大きな榊を立て、そこに八咫鏡をかけた。天鈿女命は裸踊りをし、そばで常世の長鳴鶏が夜明けを告げる。
 あまりの騒々しさに、天岩屋に籠もっていた天照大神が不振に思って天岩戸を少しだけ開けたところへ、天鈿女命が八咫鏡を差しだし、そこに映った姿を指して別の尊い神がいると述べた。これに天照大神が驚いた隙に天手力雄神が天岩戸をこじ開けて引きずりだし、天児屋根命が注連縄を張って二度と入れないようにした。こうして再び世界に光が戻ったというのが天岩戸開き神話のストーリーだ。

・これはカッバーラの手法で描かれたイエス・キリストの十字架刑と死、そして復活のことなのだ。八咫鏡に映った段階で、天照大神は鏡像反転して男神となり、それが榊にかけられていた。榊とは神の木であり、「生命の樹」のこと。原始キリスト教における最大の「生命の樹」は十字架にほかならない。十字架は木製であり、そこに磔になったイエス・キリストを表現したのが八咫鏡なのだ。天孫ニニギ命に託宣したように、八咫鏡は天照大神の分身であり、榊にかかった状態は、まさに十字架刑を象徴していたのだ。

・さらに裸踊りをし、八咫鏡を差しだした天鈿女命は、娼婦とも呼ばれ、最初に復活したイエス・キリストに会ったマグダラのマリア。常世の長鳴鶏とは使徒ペトロがイエスを知らないと嘘を口にしたときに鳴いた鶏のこと。そして、天岩戸開きに関わった天手力雄神と天児屋根命は、イエス・キリストが復活したときに現れたふたりの天使を意味しているのである。

・カッバーラにおいて、イエス・キリストは御子なる神であると同時に絶対神ヤハウェである。ヤハウェが受肉した姿がイエス・キリストなのだ。霊のみで肉体を持たない陰なる存在としての御子がヤハウェであり、肉体を持った陽なる存在としての御子がイエス・キリストなのである。

・雛祭りでは、お内裏様とお雛様の祝言が行われ、ふたりは結婚してひとつになる。男神と女神が結ばれてひとつになるとは、神話的に同一神であることを象徴する。スサノオ命と天照大神、すなわち、ヤハウェとイエス・キリストが同一神であることを示しているのである。

・「お雛様=天照大神はイエス・キリスト」という荒唐無稽な奇説もあります。が、イエス・キリストはアプ星人で非常に多くの転生をしているそうです。アプ星人は南米にも現れており、国際連合の設立に協力したそうです。



『東洋秘教書大全』
藤巻一保 岡田明憲   Gakken  2012/8



<『霊界物語』 『大本神論』と並ぶ大本教のもうひとつの根本教典>
<壮大な神聖ドラマ>
・全81巻の大著は、第一次大本弾圧が行われた大正10年から王仁三郎による口述が開始され、昭和8年(1933)に最終巻の口述を終えた。ただし、当初の神命は全1728巻であり、神と交渉して120巻まで圧縮する許しを得たと王仁三郎自身が述べているので、完結ではなく未完である。

・「この『霊界物語』は、天地剖判の初めより天の岩戸開き後、神素戔嗚命が地球上に跋扈跳梁せる八岐大蛇を寸断し、ついに叢雲宝剣をえて天祖に奉り、至誠を天地に表わし、五六七(みろく)神政の成就、松の世を建設し、国祖を地上霊界の主宰神たらしめたまいし太古の神代の物語・・・にして、決して現界の事象にたいし、偶意的に編述せしものにあらず。されど神界幽界の出来事は、古今東西の区別なく、現界に現われることも、あながち否み難きは事実にして、単に神幽両界の事のみと解し等閑に附せず、これによりて心魂を清め言行を改め、霊主体従の本旨を実行されむことを希望す」

・文中、「国祖」とあるのは、開祖・直に憑ったとされる国常立神(くにとこたちのかみ)、俗にいう艮の金神である。太古、この神は地上霊界の東北(艮)に封じられ、長い忍従の歳月を甘受してきた。けれども時節の巡りにより、再び地上霊界を主宰する復権の時を迎えたので、開祖に憑って一切の立て替え立て直しを行うと宣言した。それが大本の絶対的な神典『大本神論』である。

・この神論をもたらした国常立神は、至純だが、厳正・厳格で融通のきかない神なので、「厳の御霊」という。この霊系には多くの神々がいるが、なかでも最も尊貴な厳の御霊として王仁三郎が位置づけたのが、天照大御神だ。

・天照大御神は、姿は女身だけれど、中に入っている霊は男神のそれなので、このタイプ(形は女身で霊は男)のことを、「変性男子」と呼ぶ。開祖の直は、この変性男子のミタマの化現、天照大御神の霊統にほかならない。それゆえ、同じ霊系の国常立神が直に憑って、立て替え立て直しを世界に宣布した。

・ただし、厳しい父親のような変性男子だけでは、世の立て替え立て直しは実現しない。大いなる愛情をもって万物を慈しみ、救済する地母神のような伴侶が要る。その役割を負っているのが、素戔嗚命だ。天照大御神と反対で、素戔嗚は姿が男身だが、霊には女が入っている、この系列のミタマを「瑞の御魂」といい、形は男身で霊は女なので、「変性女子」と呼ぶ。王仁三郎がそのミタマであり、この変性男子と変性女子が一体となって神行を推進していく場が、綾部の大本だというのである。

『大本神論』には、変性男子のミタマによる経綸が示されている。これと対を成すのが、変性女子のミタマである王仁三郎によって口述された『霊界物語』であり、両者が一セットになって、大本の神の経綸が明らかになるという仕組みなのである。

<「型」の思想と霊主体従>
・『霊界物語』は、この素戔嗚を軸に展開する。ただし、全編が素戔嗚を主人公としているわけではなく、記紀に登場する神々のほかに、本書独自の膨大な神々が、次から次へと登場してくる。

・こうした発想の根底には、先にも述べたとおり、日本は世界の雛形であり、日本の雛形は大本だとする思想がある。王仁三郎は、大本に起こることは日本に起こり、日本に起こったことは、やがて世界に起こると主張した。それは世界が霊界の写しだからで、霊界で起こったことは、まず大本に型として写し出され、それから日本に、さらには世界規模で写し出されるというのである。

・その背景には、霊界が主で現界が従という太古不変の神律がある。そのため、霊界で起こった出来事は、必ず現界に写し出される。しかもその投写投影は、一度きりではない。巨大な時間サイクルの中で、何度もくりかえし再現され、投影される。だから、霊界で起こったこと(霊界史)がわかれば、地球の未来がわかる。霊界の過去の姿を通して、現界の現在の姿、あるいは未来の姿が読み取れるはずだからである。

<贖罪神と「最後の大峠」>
・そうして最後に、イザナミ自身が迫ってくる。「今までは、千五百の黄泉軍を以て来たのが、最後に世界全体が一致して日の神(イザナギ)の御国(日本)へ攻め寄せて来たと云う事は、伊弉冊命身自ら追ひ来ましきという意義であります。これが最后の世界の大峠であります。すなはち神軍と魔軍との勝敗を決する、天下興亡の一大分水嶺であります」

・この後、イザナミは月界に移り、イザナギは禊して三貴子を生む、天照大御神は高天原を主宰し、月読命は月界、素戔嗚は地球を主宰することになるのだが、この地球の主宰神は、黄泉国と化した地球の穢れの罪を一身に背負って贖罪神となり(ここにはキリストのイメージが重なっている)、地球救済のために神行に入る。そうして、『霊界物語』のドラマへと接続していくのである。

・以上はまだ導入部にすぎない。また、王仁三郎自身がくりかえし説いているように、当時の世界情勢や大本をとりまく情勢にひきつけて行っている王仁三郎の解釈は、あくまで霊界の投影像のひとつにすぎない。
『古事記』は「全地球上の出来事に対する御神書」であり、『霊界物語』もまたそうした書物にほかならないというのだが、この言葉をどうとるかは読者に任されているのである。



『地球を守る「宇宙連合」とは何か』
宇宙の正義と新時代へのシグナル
大川隆法  幸福の科学出版   2011/7



<今、明かされる「日本神道の秘密」>
<天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、国常立神(くにとこたちのかみ)、天照大神(あまてらすおおみかみ)の「正体」とは>
・実は日本神道の中心神には「天御中主系」と「国常立系」とがあるんです。『古事記』の系統はだいたい天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)を中心神として考えていますね。そして、『日本書紀』系統は、国常立神(くにとこたちのかみ)を日本神というか、この日本の教えをつくった始原の神、最初の神として見ているのです。『古事記』と『日本書紀』は、書いている人が同じ時代の人であり、そんなに変わらない時期に成立した正史というか、国の歴史書です。つまり「最初の神ではないか」と思われている神が二人、正史に現れているわけです。

・そして、片方の天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)を中心にしたところでは国常立神(くにとこたちのかみ)の評価が低めになっています。一方、国常立神(くにとこたちのかみ)系では天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)のことをそれほど偉い人のように思っていないところがありますね。



『陰陽師』  安倍晴明の末裔たち
荒俣宏 集英社新書    2002/12



<陰陽頭の足跡をもとめて>
<神隠しにあう人>
・高知県の香宗川あたりに、次のようなふしぎな伝説がある。
一人の陰陽頭がいた。名を芦田主馬太夫(あしだしめだゆう)といった。たいそうな権益を有し、名字帯刀も許されていた。
 この人物は、ある時期になると、忽然として屋敷から姿を消してしまうことがある。村人たちが、「あ、また主馬太夫が神隠しにあった」と噂したという。
 数か月、あるいはもっと長く、陰陽頭は姿を消し、家族に聞いても行方が分からない。村人たちは首をひねるが、そんな噂も消えかけたある日、また陰陽頭がきらびやかな服を身にまとい、屋敷の前に立っている。

村人はおどろいて、声をあげる。
「あっ、主馬太夫が神隠しから戻ってきておる!」
しかし当の陰陽頭は以前とかわらずに土地を支配し、芸能や祭りを仕切る。
 ときには、村人に都の文物を惜しげもなく与える。どうも京の公家や、ひょっとすると内裏にも何らかのかかわりをもっているらしい。
 主馬太夫は、謎めいた行動をときにとりながらも、代々、明治時代に至るまで今の高知市の東隣の方にある広い新開地に君臨していたという。

このふしぎな陰陽頭の足跡がすこしずつ明らかになりだしたのは、ようやく昭和41年以降になってからのことであった・・・。

<金神との闘い>
・ところで、吉備で陰陽道が生きのびた要因の一つは、この地に金神信仰が根づいていたことにあると、わたしは個人的に思う。金神とは、陰陽道に登場する神の名である。陰陽師たちはこの祟り神に対処するかたちで、この地に存在意義を見いだしてきたのである。そこでさらに一章を設け、金神について調査をつづけることにする。

・だが、金神というのは、どうもよく分からない神である。金神信仰の盛んな岡山県で取材しても、どういう神なのか明確に説明してくれる人はいなかった。ただ、確実なのは、金神がどの神よりも重要だということである。別格なのである。地元では、病気が出たり交通事故に遭ったりすると、まず、金神の祟りではないか、と考える。金神に祈り、供え物をし、怒りを鎮めようとする。
 にもかかわらず、金神の姿はどういうもので、どこに祀って、どういうふうに祈祷すればいいのか、正確な知識をもちあわせている人はいない。まことに抽象的で、しかも正体のよく分からない神なのである。

<陰陽道に語られる「金神」>
・南北朝時代に成った陰陽道書『三國相傳陰陽輨轄簠簋内傳金烏玉兎衆』(以下『簠簋(ほき)内伝』とする)によれば、金神の正体は「巨旦(こたん)大王の精魂」だといわれる。しかし、いきなり巨旦大王(こたんだいおう)の話になると、あまりに唐突の感をまぬかれないので、この陰陽道の祟り神について順序立てて説明をこころみる。
 安倍晴明撰による『簠簋内伝』を眺めてみると、牛頭天王(ごずてんのう)の説話が次のように記述されている。

・もと天上の天刑星であった神が娑婆世界に下り、中天竺の摩訶陀国王を名のった。この神は牛頭天王といい、牛面の異神であった。しかしその異貌ゆえか、姫の嫁ぎ手に恵まれなかった。あるとき天帝の使者瑠璃鳥の告げを受けた。聞けば南海の娑竭羅竜宮の三女頗梨采女という理想の姫がいる。天王はこの姫をめとろうとして八万里の旅に登った。

・途中、夜叉国を望むが、巨旦大王の戸を閉ざされ通行を阻まれた。千里の松園を迷っていると、一人の貧しい女性に出会った。彼女は巨旦大王の奴婢であることを明かし、ここから東方一里のところに広がる浅茅生原内に、自分が慕う蘇民将来(そみんしょうらい)という者が住んでいると教えてくれた。天王が宿を頼むと、年老いた蘇民将来は喜んで迎え、わずかな粟を煮てくれた。また隼鷂(はやたか)という宝船を提供し旅の手助けをしてくれた。

・牛頭天王は、かくて無事に南海に至り、姫をめとり、八人の王子に恵まれた。これを八王子という。南海から北天へと帰還するにあたり、牛頭天王は旅の邪魔をした巨旦大王を成敗することにした。八王子を差し向け、巨旦の国を亡ぼすつもりであった。これを聞いた巨旦大王は驚きあわて、応戦するが、とても太刀討ちできない。

・思い余って「博士」に相談したところ、これは先年不当な扱いを受けた牛頭天王の王子たちで、復讐にきたのだと分かった。博士にすすめられ、一千人の僧侶の供養と大陀羅尼の誦唱、さらに泰山府君の法を仕掛けて護りを固めたが、一人の比丘が眠りこんで真言の唱えをおこたったため、護りに大穴があいた。こうして、ついに牛頭天王に侵入され敗北した。

・女性は巨旦大王の死体を五節に分けてそれぞれの節供の儀をほどこし、巨旦も災いから浄められると、蘇民将来の住む小屋へ帰った。天王は夜叉国を蘇民将来に与えた。天王は将来にこうも告げた。自分は末代になって疫神となり、八王子とともに国を乱しにくるかもしれないが、蘇民将来と記した札を出している家は滅ぼさない、と。
 後年、牛頭天王の八王子は、八将軍という武神になった。すなわち、大歳、大将軍、大陰、歳刑、歳破、歳殺、黄幡、豹尾の八神である。

・以上の物語には、金神についてのエッセンスがすべて詰まっている。まず、祟り神の牛頭天王に不当な扱いをした巨旦大王である。この大王は殺され、その死体は五つに分かたれ、五節の儀式に用いられてのち、この魂が金神と化したという。五節の儀式つまり節供は疫病や戦災を防ぎ長寿をもたらす儀式である。
 巨旦大王の死体をもって行われた儀式は一種の犠牲祭りであり、大地安穏を祈るものである。その巨旦大王の魂が変じて生じたのが金神とされるのであるから、金神も大地の安穏と密接に関係していることになる。金神が暴れれば、大地すなわち俗世の平和は掻き乱される。

・一方、牛頭天王は旅する星神であり、これも金神の一属性を代表する。またその子八王子は大将軍を含む「金神二世」というべき存在だろう。つまり、金神の分化である。ここに金神概念の完成形というか、総合形があるのだが、最終形はときとして複雑にすぎる。ではシンプルな原形はどうであろうか。

 最初に指摘しておきたいのは、金神には多くの別称がある、という事実である。この別称は、金神のさまざまな性格を個別にあらわしていて、全体像を考えるのに有効な要素だけれども、逆に混乱や矛盾を発生させる元区ともなっている。

                  

『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』
ルーズベルトからオバマまで秘密の歴史
ラリー・ホルコム   徳間書店   2015/9/8



<戦後の歴史はUFOと共にあった>
・地球を観察した宇宙人は、この惑星には部族間の紛争に明け暮れる原始的な社会が存在することを即座に理解するのではないだろうか。
 さまざまな場所に多数の防空部隊が配備されている。第2次世界大戦中には、我々地球人は5000万人以上の同類を殺し、1700もの都市を破壊した。そして莫大な資金を投入し、大量破壊兵器を開発した。

<宇宙人がこの惑星を好戦的だと判断してもおかしくはない。>
・UFOに関する極秘のデータが存在する証拠を知りたい人には、情報公開法(FOIA)を利用すれば閲覧が可能な、NSAのUFO最高機密文書156をお勧めする。どのページもまともに読めるのはほんの1行程度であとは塗りつぶされている。大部分が修正されたCIA最高機密文書もある。判読できるのはほんの数語だ。私の知る限り、NRO(アメリカ国家偵察局)は修正済みの文書を公開したことさえない。

・大統領在任中の8年間、アイゼンハワーがこうしたUFO問題の中枢にいたことは間違いなく、おそらく、一部で信じられているように、地球外から来た生命体との第一種接近遭遇に関わっていたのである。

<大統領がなぜ秘密裏にホローマン空軍基地を訪れたのか>
・1955年初頭、この女性の父親はニューメキシコ州にあるホローマン空軍基地で働いていた。そのとき、アイゼンハワー大統領が非公式に飛行機で基地を訪問するという噂が基地内に流れた。基地の職員は、公式な挨拶の機会は予定されていないし、大統領を見かけたとしても手を振ったり、ぼうっと見ていたりしてはならず、いつもどおり任務を続けるように命じられた。

・父親の話によると、安全ルールに従って背中に陽を受けながら柱を登り、一番上にたどりついてみると、格納庫の屋根でタールを塗っていた男たちが駐機場のほうを指さし、走りだすのが見えた。また、搭乗員たちがトラックに飛び乗り、走り去っていくのも目にした。いったい何が起きたのかと向き直ると、2つのパイ皿が合わさったような銀色の円盤がこちらに近づいてくるのが見えた。父親は瞬きするよりも速く地面に降りると、電源施設に向かって走りだした。一度足を止めて見上げると、不思議な飛行機もまた動きを止め、空中をホバリングしていた。

・ホローマンで働く者たちの間には、基地で見たものは一切口外してはならないという不文律があった。

・今までに紹介した3つの小さなエピソードが、しっかりと裏づけていることがある。1955年2月に、ジョージア州に滞在してウズラ猟をしていたはずのアイゼンハワー大統領は、間違いなくその合間を縫ってホローマン基地を秘密裏に訪れていたのである。

<ポデスタに期待される役割>
<オバマ政権――情報開示の幻想>
・2009年のオバマ政権の誕生以来、UFO研究者の多くが真の情報公開への期待に胸をふくらませた。これはオバマ政権の移行チームで共同議長を務めていたジョン・ポデスタが情報公開への便宜を図ってくれると期待したからだ。だが、この期待は幻想に過ぎなかった。

・覚書には続けてこう書かれている。「それら(円盤)は中心が盛り上がった丸い形状をし、直径約50フィート(約15メートル)。各機に、人間の形をしているが身長は3フィート(約0.9メートル)しかなく、表面が滑らかで金属的な光沢のある衣服を着用した乗組員の遺体が残されていた。どの遺体も、高速機のパイロットやテストパイロットの対Gスーツに似た方法で体をきつく締めつける衣服を着用していた」

・とはいえ、情報コミュニティで確たるポジションを手に入れ、UFO情報が頻繁に入ってくるレーガン大統領陣営で副大統領として8年仕え、その後、諜報活動に強い大統領として就任した父ブッシュは、ことによるとUFOについて政府が実際に知っていたことを最も知り尽くしていた(現在も最も知り尽くしている)存命中の人物の1人ではないかと私は見ている。

<ベルギーUFOウェーブ事件>
・“ベルギーウェーブ”という名で親しまれるこの事件は、UFO学の中でも見過ごせない事件だ。というのは、目撃情報が発生した期間の長さ(1989年11月から1991年にかけて)、数え切れないほど出現するUFOを何千人もが目撃していること、そしてベルギー空軍が保有するF−16戦闘機が迎撃しようとレーダー確認を試みたことや、ベルギー政府や空軍がこの事件にオープンに対処して国民の協力を呼びかけたことなどから、この事件は他の事件とは一線を画している。

・ことの始まりは1989年11月29日、三角形をした平たい巨大な物体が音もなくベルギーの田園地帯上空を横切っていくのを、ベルギーの各地で30人以上が目撃した。底辺部に灯りが点灯したこの巨大な飛行物体を見たある目撃者は、大地を照らすスポットライトのようだ、と形容した。その様子を大勢が見守るなか、この物体は音もなく町から町へと移動していった。
 こうした目撃情報がやがて続々と入るようになり、それが1991年まで続いた。

・この出来事で注目すべき点はまたもや、UFO(あるいは一部で“UAP”と呼ばれる未確認空中現象)は、それが軍事システムであれ、平和的使用であれ、原子力関連施設に間違いなく興味を示している様子だったことだ。

<三角形の飛行物体目撃情報>
・ハドソンヴァレー目撃事件と、ベルギーで起きたUFOウェーブ事件には多くの共通点がある。ハドソンヴァレー事件は1981年12月31日に始まり、1986年まで続いた。この4年あまりの間に、同じ三角形の物体を目撃したという報告が5000件以上も寄せられた。

・1983年3月24日の晩、ヨークタウンの警察の電話は、巨大な飛行物体を目撃した町の住人からの問い合わせでパンクしそうになった。巨大な物体が空に浮かぶ様子を見ようと、人々はタコニック・ステート・パークウェイに車で押し寄せた。中でも興味深いのは、同じような姿の飛行物体を、同じニューヨーク州にあるインディアン・ポイント原子力発電所の守衛も目撃していたことだ。短時間だが、その物体が原子炉にわずか30フィート(約9メートル)まで近づいたときには、警備監督者は空軍に出動要請をしかけたらしい。守衛の見当では、物体の長さは1000フィート(約300メートル)ほどだったという。かくして、原発施設に興味を持つUFOがここでも目撃されたというわけだ。

・FAAがUFO関連問題によそよそしい態度をとり続けていることは、UFO研究者の間で語り草になっている。その典型的な例が、シカゴ・オヘア空港で目撃されたUFO事件だ。オヘア空港のユナイテッド・エアライン搭乗ゲート上空を、1機の円盤が15分以上ホバリングしていた。その後、急発進して信じられないスピ―ドで飛び去った円盤がたち込めていた雲に穴を開けたので、地上からその穴越しに青空が見えたことも報告されている。FAAはそんな出来事があったことを否定しようとしたが、そのうち、FAA職員と空港職員との間の交信録音テープが公開されると、そうもしていられなくなった。
 この場合、混雑度では世界でも屈指の空港の上空で応答装置のない飛行体がホバリングしているところを、パイロットや整備スタッフをはじめとする数百人が目撃している。それなのに、FAAはその出来事を闇に葬ろうとした。

・政府内部のそのまた奥にある、合衆国大統領でさえ手のだせない領域に、UFO目撃事件の開示を強い力で押さえこんでいる権力者グループがいる――。

<CIAによる検閲がかかったヴィクター・マルケッティ本>
・ヴィクター・マルケッティはCIAの元職員で、UFO研究家とはみなされていないが、UFOの隠蔽工作について、本や雑誌・新聞記事で正々堂々と意見を述べている人物だ。

・彼の本ではUFO問題にふれている部分はわずかしかないが、政府とCIAが著作に起こした訴訟によってかえってその真正さを証明されているから、彼の考え方を知るのは重要である。1979年に刊行された雑誌記事の抜粋を以下に紹介する。

・地球外生命は間違いなく私たちに接触、あるいは地球を訪問しているが、合衆国政府は地球上にある他の国家権力(原文ママ)と共謀して、この情報を一般には知らせないようにしている。

 この国際的な陰謀の目的は、世界国家間の安定を維持するためで、また、それぞれの国民に対して制度化された支配を維持することにある。したがって、地球外に生息する生命体の存在……しかも我々よりも明らかに卓越した知性と技術力を備えた生命体が存在することを政府が認め、その全貌を一般市民が知ったら、地球の伝統的な権力構造の基盤(原文ママ)が侵されることになる。そうなれば、政治や司法のシステム、宗教、経済や社会的機関は、一般市民にとって無意味なものになる。国家の寡頭政治体制は無政府状態に陥り、現在の文明も崩壊するだろう。
 このような極端な結論は必ずしもすべてに当てはまるわけではないが、それはおそらく大国の“支配階級”が抱く恐れを正確に反映するものだろう。その指導者たち(とりわけ諜報ビジネスにかかわっている者)は、これまでずっと政府の行き過ぎた秘密主義を、“国家の安全保障”を維持するのに必要なものついて擁護してきた者たちである。

<合衆国空軍士官学校>
・というわけで、50万ドルを費やしたコンドン・レポートが公表されたものの、その中で、UFOは何かありふれたものを見間違えたのだと決めつけられ、あるいは、コンドンがメディアに向けて言った言葉を借りれば“ばかばかしい限り”以外の何ものでもないとされていた。当然ながら、ペンタゴンはもろ手を挙げてこのレポートを歓迎したのだが、まさにそれと同じ時期、コロラドスプリングスでは空軍傘下にある士官学校が学生に対して、少なくとも4種類の地球外生命体が地球を訪れた可能性がある、と教えていたのである。

<UFO極秘情報とケネディ暗殺との関係>
・ここで、改めて事実関係を整理してみたい。
1 スタントン・フリードマンが暴露したとおり、ドナルド・H・メンゼルには2つの顔があった。メンゼルの表の顔は有名な科学者であり、天文学者であり、教授であり、容赦ないUFO否定派だった。裏の顔では、きわめて高いレベルの機密委任許可を与えられていた。多くの政府情報機関の下で機密性の高い仕事をしていた。極秘中の極秘グループ、マジェスティック12(MJ-12)の創設メンバーの1人でもあった。そして、ジョン・F・ケネディ大統領とはファーストネームで呼び合うほど親密で、直接助言ができるほどの間柄だった可能性が高い。

2 1963年11月12日にケネディ大統領は、NASAとホワイトハウスに対してUFO情報の提出を要請する書簡をCIA長官宛に送っている。大統領はまた、ソ連と合同で行う宇宙開発のプログラムを始めることを望んでいた。複数の資料から読み取れるのは、秘密を守ろうとする者たちには、大統領のこの行動が受け入れ難かったことだ。また、大統領とドナルド・メンゼル博士とがかなり親交が深かったことがごく最近になってわかった。

3 ヴァーノン・ボウエンが執筆した『空飛ぶ円盤大全』は、前述の極秘グループMJ−12が実在していたことを裏づけている。その余白に書き込まれている手書きのメモもまた、ドナルド・メンゼルがMJ-12の一員であることをさらに裏づけており、コラムニストのドロシー・キルガレンの記事が引用されたことも、ケネディ暗殺事件陰謀説とのつながりを想起させる。

4 “焦げた”覚書は実在し、ロバート・ウッド博士が保管している。これはコピーではなく原本だったので、鑑定のために科学検査が行われた。この文書と、関連する通し記号をふったページはウッド博士のウェブサイトで信憑性レベルの高い資料として評価されている。

5 コラムニストのドロシーキルガレンはUFOまたは空飛ぶ円盤に関心があった。彼女は、UFOについてイギリスで行われた調査の内部情報をマウントバッテン伯爵から得た可能性がかなり高い。彼女が書いた空飛ぶ円盤に関する記事で、ハーバード大学の教授が学生に向かって、他の惑星にも生命体がいることを証明できると語ったことにふれたくだりが、ヴァーノン・ボウエンの原稿に引用された。その原稿の余白に書かれた手書きの文章から察するに、この教授はほぼ間違いなくドナルド・メンゼルであり、だとするとキルガレンはメンゼルと面識があったことになる。キルガレンはケネディが暗殺された後に書いたある記事で、この先自分が書くことが、この暗殺事件の真相を暴露することになるだろうと述べている。その数日後、彼女の死体が発見された。着衣の乱れはなく、マンハッタンの自宅でベッドの上に横たわっていた。検視の結果、死因はドラッグとアルコールを混ぜて摂取したためと診断された。彼女の死はいまだに謎に包まれている。

・オズワルドの単独犯なのか、それともこの暗殺の陰謀には他に狙撃者がいたのか、という問題は、ここではあまり重要ではない。争点となるのはその動機であり、邪悪なたくらみの秘密を守るために暗殺が計画され、その実行を命じたのが政府機関であったという説が事実かどうかが問われている。とても愉快とは言えない疑問だが、これまでに挙げた事実に照らして考えれば、ぜひとも問わなくてはならない問題である。さまざまな事実を結びつけるべきかどうかの判断は、読者にゆだねたい。さらに詳しい調査が行われることを、私は切に願ってやまない。

<アメリカ政府とUFO現象の深い関係>
<空飛ぶ円盤は実在する>
<空軍も政府も隠し続けているUFO情報>
・エメネガーと共同制作者のアラン・サンドラーは、カリフォルニア州サンバーナーディーノにあるノートン空軍基地に行き、空軍関係者とこのドキュメンタリー作品の科学的なテーマを話し合ったあと、施設の職員が2人を電子傍受を完全にシャットアウトした個室(クリーンルーム)に案内した。その部屋でエメネガーは、UFOをテーマにしたドキュメンタリーを作る意志があるかどうかと訊かれた。そう訊かれても、当時持っていたUFOの知識はといえば、せいぜいスーパーマーケット
のレジ近くに置かれるタブロイド紙の記事程度のものしかなかった。エメネガーとサンドラーはその場で、1964年にニューメキシコ州のホローマン基地にUFOが着陸し、その模様を撮影したフィルムが600フィート(約180メートル)ほどあることを教えられた。空軍士官のポール・シャートルによれば、その映像をドキュメンタリー用に提供できるとのことだった。驚きながらも、2人はUFOの歴史をたどるドキュメンタリーを作り、その衝撃的なラストにホローマン基地への着陸の映像を使うことを即断した。

 エメネガーのこのエピソードが、私の頭にこびりついた。
 UFO目撃情報はどれも、自然界の物体や現象である、というこれまでの公式見解を政府みずからが覆し、地球外生命体存在説を現に認めたことなど、あとにも先にも聞いたことがない。
 それよりさらにショックだったのは、こんなことが起きたというのに、私には驚愕の新事実としか思えないこの出来事を、著名なUFO研究家たちも含めて、みんながあっさり無視していることだった。

 

シャンバラのグレート・マスター直伝!
『地底の楽園[アガルタ神秘文明]へのナビゲーションガイド』
カルロ・バルベーラ  ヒカルランド   2013/6/20



<宇宙の神々が暮らす街・シャンバラ>
<グレート・マスターのイニシエーションを通じて、地球の中心部へ>
<シリウス起源/非常に高い周波数で振動する驚異的生命体>
・エーテル的な街であるシャンバラは、地底文明の最も優れた象徴といえます。この街は、太陽の周波数で振動しています。街では、独創的なアイディアが生まれ、ガイアの進化を促す宇宙プログラムの教育が行われています。シャンバラには神的な生命体が暮らしています。彼らは、他の惑星の住人で、非常に高い周波数で振動する驚異的生命体なのです。太陽意識の霊知を備え、ダイナミックで変身能力のある肉体を活用しています。彼らはガイアの植民のみならず、太陽系全域で植民地を築いているのです。
 また、彼らは人類の創造者でもあります。シリウス星からやってきた宇宙の神である彼らは、今もなおオリオン座との絆を大切にしています。それはひとえにオリオン座が、彼らの祖先である太陽族の故郷であるからです。

・こうした神的生命体の中には、ガイアを縦断した教育者たるマスターたちがいます。彼らは、シャンバラのアストラル界における天使団の代表者なのです。

<地底最古の巨人エルデル族/ガイア土着の全生命体を誕生させた宇宙の移民たち>
・地底界の巨人たちといっても、様々な民族が存在します。外観の特徴も民族毎に異なりますが、特異な共通点といえば、そのずば抜けた長身です。2.5メートルから5〜6メートルに達することもあります。
 以下に記すのは、地底最古の民族であるエルデル族に関する情報です。彼らは巨人族全てとガイア土着の全生命体を誕生させた民族なのです。

・彼らはこの惑星の先住民族であり、時の始まり以前に他の太陽系からやってきた宇宙の移民です。彼らの形態と人間の形態を一般的な科学知識に基づいて比較すれば次のようなことが言えるでしょう。彼らには男女の性差があり、長身で筋肉質、皮膚の色は微かに青みを帯びた暗褐色です。顔は丸みを帯びて広く、黒い長髪の生え際が目立ちます。また、皮膚は若干透けていて、血管を流れる青い液体が、皮膚の色素に青い濃淡を与えているのです。

<世界の王/人類を含む地球全土の意識を統括する者>
・アガルタの伝説は、その驚異的な君主の伝説と一体化しています。君主は超人であり、人類を含む地球全土の意識を統括しているのです。

・金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた、と。神々の現在の住まいは、シンボリックに古代名称を用いてシャンバラと呼ばれている。

<シリウスに繋がるスターピープル的ルーツ/世界の王はサナット・クマラと共に金星から来た>
・世界の王の神話には、次のような言及があります。王はクマラ方と共に金星から降りてきた、と。また、この神人の一団はシリウス星と繋がりがある、とも。
 昨今、地底文明の研究は、UFOの研究とクロスオーバーするようになった、とO・C・ヒューニゲンは1957年の著書『地底界から空へ、空飛ぶ円盤』で述べています。



『地底の楽園{アガルタ神秘文明}へのナビゲーションガイド』
シャンバラのグレートマスター直伝!これがヴリル・パワーだ
カルロ・バルベーラ     ヒカルランド   2013/6/30



<ホピの警告―世界が見舞われる恐ろしい災難/第3次世界大戦を勃発させる国々>
・第3次世界大戦を勃発させるのは、古い歴史を誇る国々(インド、中国、イスラム諸国、アフリカ)で、光(神聖な叡知と知性)を最初に受け取った民族です。
 アメリカ合衆国は、核兵器と放射能によって、その国土も国民も滅びます。ホピとその郷里のみが、避難場所となるオアシスとして残ります。対空避難所などの安全性には何の根拠もありません。

・「物質主義者のみが避難所を設けようとする。穏やかな心を持つ者は、すでに堅牢な生命の避難所にいる。悪には逃げ場などない。イデオロギーに則った世界分断に与せぬ者たちは、黒人であろうが白人であろうが赤色人であろうが黄色人であろうが、別の世界で生活を再開できる。彼らは、皆ひとつであり兄弟である」

・「戦争は物質とスピリチュアルな戦いとなるであろう。スピリチュアルな生命体は、物質的なものを根絶やしにすると、一つの力、すなわち、創造主の力のもと、一つの世界と一つの国家を築き上げるためにここに残ることになろう」

・こうした時代は間もなく訪れる。サクアソフー(青い星)であるカチナが広場で踊り仮面を取った時、そうした時代がやってくるのだ。カチナは青い星の象徴だ。星は未だ遠く見えないが、間もなく姿を現すことになろう。この時代は、ウウチム祭で歌われた歌で予示されている。

・ホピの予言では光を最初に受け取った民族が第3次世界大戦を引き起こす、と言われています。つまり、中国とパレスチナ、インド、アフリカの民です。戦争が始まれば、アメリカ合衆国は“灰の瓢箪(ひょうたん)”によって滅びます。灰の瓢箪は河川を煮えたぎらせ、大地を焼き尽くしながら落ちてくるのです。その後、大地には植物が何年も生えなくなり、どのような薬も効かない病が生じます。

・これは原爆か核の話としか考えられません。他にこのような現象を引き起こす武器はないのですから、核シェルターなど、使い物にはなりません。“穏やかな心を持つ者は、既に堅牢な生命の避難所にいる。悪には逃げる場などない。サクアソフー(青い星)のカチナが広場で踊り、仮面を取るとき、大いなる試練の時がここに訪れる”からです。

・ホピはまた次のような予言もしています。
『亀の島(アメリカ合衆国)は二度か三度ひっくりかえるかもしれない。そして海は手と手をつなぎ、空と出会うかもしれない』
 これは“ポールシフト”についての予言のようです。つまり地球の回転軸が移動してしまうのです。





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