夢幻能におけるシテは、神や鬼、精霊など異界の者を演じる。そして我々と同じこの世の住人であるワキが、異界の住人と出会って異界に足を踏み入れ、やがて戻ってくるというのがストーリーの基本。(1) | |
[森羅万象] | |
2021年7月10日 21時48分の記事 | |
1 『日本異界図典』 朝里樹 (監修) ジー・ピー 2021/1/15 ・人は自分たちが住む世界と、その向こう側の世界を分けて生活してきました。その境目に当たるのが「境界」であり、境界の向こう側に広がるのが「異界」です。自分たちの生きる世界の外側は、どんな存在や出来事があってもおかしくない「異界」として認識されたのです。そして、わたしたちは古代より、その見えない世界をたえず想像し、恐れ敬い、「異界」を創りあげました。 たとえば、鬼や河童、天狗などの妖怪は、私たちが創造した異界の住人です。 <「異界」とは、我々とは異なる魔と神が同居する闇の世界> ・異界とは、読んで字のごとく私たちの世界とは異なる世界のこと。古来、人々は異界の存在をまことしやかに信じ、独特の世界観を創造していった。 <異界とこの世をつなぐ境界線は身近にある> ・遥か昔、人々は人間界の外側に闇の世界が広がっていると考え、それを異界と表現した。 ・ちなみに、異界という言葉は昔からあるわけではなく、近年になって広がったものである。それまでは他界という言葉が用いられていたが、異界と他界ではニュアンスが微妙に異なる。 <時間的な区切りにも境界線が存在する> ・空間的に他界とはニュアンスが違う異界だが、昔の人々は時間的にも異界とこの世の区切りをつけた。たとえば、元旦に迎える歳神様は、時間の境界線を超えて、異界からやって来ると考えられた。 <異界の初出は『古事記』からで、江戸時代には娯楽文化に発展した> ・鬼や幽霊、怨霊など、長い年月をかけて出来上がった異界の世界観。現代において、異界の住人が実在すると考える人はいないだろう。このような人間の価値観も、長い年月をかけて変わっていったのだ。 <恐れの対象だった異界は娯楽への対象へと変遷> ・日本の文献に初めて異界が登場するのは、奈良時代に編纂された『古事記』である。天上の世界である高天原や、死後の世界である黄泉国(よみのくに)などの舞台は、まさにこの世とは異なる世界を表している。また、八岐大蛇や八咫烏といった異界の住人たちが数多く登場するなど、『古事記』は異界の世界観の基礎を築いた。 ・そして、江戸時代――。異界の住人たちを退治する英雄譚はますます広がり、人々の娯楽として消費されるようになっていく。 <異界の住人にまつわる伝承は全国津々浦々に存在している> ・この世界と、異界という2つの世界を意識していた。彼らは鬼や河童など、この世界には存在しない住人が異界にはいると信じ、嘘か真か、それらが境界線を越えてやって来たという伝説が全国各地に残されている。 <異界の住人たちは実在したという説も> ・ちなみに、異界の住人は言い伝えだけでなく、実在していたのではないかという説もある。特に河童は、福岡県久留米市や佐賀県伊万里市、熊本県球磨郡など、九州地方を中心にミイラとされるものが数多く残されている。 <この世の勇敢な者に退治されるのが定番> ・ミイラが本物か偽物かはさておき、古くから人々が異界の住人たちのことを後世に伝えようとしていたことは間違いない。しかも、人々に悪さをする異界の住人に対して、ある勇敢な人間が退治するという展開が定番となっている。 <物語から読み解く異界の世界> ・昔話の定番である異界訪問譚。その中でも「浦島太郎」は、異界である竜宮城の様子が特に詳しく描かれている。 <「竜宮城」という異界を訪ねて時空を超えた浦島太郎> <海中の異界「竜宮城」では四季をパノラマで鑑賞できる> ・おなじみ「浦島太郎」の物語だが、昔話によく見られる異界訪問譚のひとつといっていいだろう。特筆すべきは、異界=竜宮城が詳しく描写されていること。海中に立つ竜宮城は、四季をパノラマで楽しめる部屋もある美しい建物。ここに通された太郎は歓迎を受けるのだ。 浦島太郎物語の原型は記紀神話の山幸彦とされる。また、雄略天皇22年(478年)、丹波国の瑞江浦島子(みずのえうらしまこ)が海で亀を釣り上げ、乙女に変身した亀と結ばれて海中の蓬莱山(ほうらいさん)に行ったという記述が『日本書紀』にもある。 同型の物語は日本各地に伝わるが、海中の世界は蓬莱、竜宮など呼び名も様々だ。 <竜宮城の3年は地上の300年!> ・太郎は乙姫にもらった玉手箱を開けて、白髪の老人になってしまう。竜宮は現世とは時間の長さが異なる世界。竜宮での3年は地上の300年に相当する。民話における白髪の老人は神をほのめかす存在だ。太郎が神になったと解釈することもできよう。実際、御伽草子版では太郎は鶴に、乙姫は亀となり、蓬莱山で夫婦になるハッピーエンドとなっている。 <桃太郎も鬼と同じように異界の住人だった> ・桃太郎は異界からやって来た「まれびと」が、現世と異界を行き来しながら冒険をする物語だった。 <桃太郎が入っていた桃は強い霊力の象徴> ・桃から生まれた子どもがすくすくと成長。お供のサル・キジ・イヌを連れて鬼ヶ島に渡り、鬼の征伐に成功して宝物を手に帰ってくる。これが「桃太郎」の基本ストーリーである。 ・異界からやって来た桃太郎が、人とは思えぬ異常な速さで成長し、仲間にした動物たちと鬼ヶ島という異界へと旅立っていく。そして見事、鬼退治を果たしたあとは再びこの世に戻ってくる。このようにして見ると、異界と現世を行き来する桃太郎の異質性がきわだってくる。 ・異界から訪れる神、あるいは霊的存在を民俗学で「まれびと」という。桃には強い霊力があるとする考え方が中国にあり、日本神話でも、イザナギが黄泉の鬼女(黄泉醜女(よもつしこめ))を追いはらうときに桃を投げつけている。 <鬼とは正反対に位置する3匹の動物を家来に> ・ところで、なぜこの3種類(サル、キジ、イヌ)の動物なのかを考えるとき、ヒントとなるのが敵となる鬼の存在だ。鬼が牛の角を揃え寅柄のパンツをはいているのは、丑寅(北東)の方角を鬼門というのにちなむ。この丑寅の対極に位置するのが申(さる)、酉(とり)、戌(いぬ)なのだ。このように『桃太郎』の構成は陰陽五行説の十二支に基づいている。倒すべき相手が鬼とした場合、これほど心強い仲間もいないだろう。 <京の都をふるえあがらせた大江山の酒呑童子> ・最後は源頼光に滅ぼされた酒呑童子。もとは人だったとされる童子はなぜ異界の門を潜り鬼となったのか――。 <なぜ鬼なのに童子? 鬼は神に近い存在だった> ・一条天皇の時代、大江山を根城にする酒呑童子という恐ろしい鬼がいた。酒呑童子は多くの鬼を従え、都に現れては貴族の姫君たちをさらっていた。事を憂えた帝は、武将の源頼光に酒呑童子の退治を命じる。 ・鬼の語源は「おぬ(陰)」で、姿を持たぬ者を指すという説がある。つまり霊的な存在だ。日本では鬼を妖怪として捉えず、神として祀ることも多い。畏敬の対象ともなる人智を超える存在。それが鬼なのかもしれない。 <もとは美少年だった?酒呑童子誕生の真相> ・酒呑童子は物語の中で、自分は越後の者で比叡山にいたが、最澄が延暦寺を開いたために大江山へ逃れてきたなどと身の上話を語る。 ところで童子は最初から鬼ではなく、もとは人間だったという話もある。 ・一方、あまりに異形だったため山に捨てられたという説もある。地方には八岐大蛇が人間に生ませたと言う伝えもある。 <月の都からやって来たかぐや姫の神秘性> ・理想郷である月の都から地上にやって来たかぐや姫は、親しい者たちに別れを告げ、月の世界へと帰っていく。 <月=異界を際立たせる怪しくも神秘的な魅力> ・異界である月は、この物語で重要な位置を占めている。月見の風習が物語るように、日本人は月に畏敬の念を抱いている。 <理想郷に見える月が決して持ち得ないもの> ・『竹取物語』では、地上と月の都が対照的に描かれる。月の都は人の理想郷。不老不死の住民は、永遠の生を約束され憂鬱から解放されている。また、月は穢れのない美しい世界。 <空間と異界> ・日本には神社などの聖域を表す空間や、妖怪や幽霊が出没するといわれる怪異的な空間が多く存在している。 <山の脅威と恩恵が生み出した聖なる異界空間> <山の神と山岳宗教を生み出した聖域 山> <山には怪異や伝説が数多く存在する。なぜ山は神秘的な空間なのか、その成り立ちに迫る。> <山の脅威と恩恵が生み出した聖なる異界空間> ・日本は、国土のおよそ4分の3を山地と丘陵地が占めている。標高500メートル以上の土地はその3分の1で、これを面積が近いドイツ、イギリスと比べると、圧倒的に多いことがわかる。つまり日本は「山の国」と言って差し支えないだろう。 <神霊が宿る山に超自然的な力を求め、山岳信仰を生み出した修験者たち> ・山には怪異や妖怪の伝説が多いのも特徴的だ。山に棲む妖怪として最も有名なのは天狗だろう。たとえば、山村で子供がいなくなる「神隠し」は、人々は天狗の仕業だと考えた。 <海の彼方は死後の世界 海> <かつての人々は、海の向こう側に理想郷があると考えていた。> <海の遥か彼方にある異界 ニライカナイ> ・神道では、世界を「常世(とこよ)」と「現世(うつしよ)」に分けて考える。そして「常世国」とは、海の彼方にある世界を指す。死後の国でもあるが、同時に理想郷とも考えられ、記紀神話や『万葉集』などには、現世の神や人が、常世国を訪れて帰ってくるエピソードが複数描かれている。竜宮城に行った浦島太郎の伝説もそのひとつだ。 ・沖縄にはニライカナイと呼ばれる海の彼方の異世界についての信仰がある。神はニライカナイからやって来て、この世に豊穣をもたらし、また戻っていく。人は死とともにニライカナイへ渡るが、やがて生者の魂となって帰ってくる。 <時を超えて亡き魂と出会える 墓> <ご先祖様を大切にする日本人は墓石で永遠の時をつなぐ文化を生み出した。> <世代を超えてご先祖様の魂と触れ合う墓石の役割> ・日本では古代より遺体を埋葬する文化があり、人間は単なる動物ではなく魂と肉体で成り立つと考えられていた。この死生観から中世後期以降、1人の死者に石塔(魂)と埋葬地(肉体)の2つのお墓が建てられるようになり、民俗学ではこれを「両墓制」と呼ぶ。また、遺骨と石塔が同じ場所に埋葬されているものを「単墓制」という。他にも地域や時代ごとに墓の形状やしきたりは異なるが、庶民の死に墓が設けられるようになったのは江戸時代頃だったと言われる。 <降臨する神々の住処 神社> <神が降臨する神聖な場所、神社。穢れを祓うための結界が多くある。> <神の依代を祀る神社には神域を区別する結界が造られるようになった> ・神が降りてくる神聖な場所として、日本全国には十万を超える神社が存在している。 日本の神は、山や巨岩、樹木などの神霊が依りつく対象である依代に降臨すると、人々は非常に古くから信じていた。 ・奈良の大神神社では三輪山全体をご神体とする。 <張り巡らされた結界で穢れや邪気を寄せ付けない> ・神社の周りには、木や石でできた低い柵があるが、これを玉垣という。「玉」は神聖なものや美しいものを意味し、神様が降臨する神聖な場所と俗界を分ける境界線の役割を持っている。 <俗界と異界を隔てる結界 門> <神社にある鳥居や歴史ある門には、結界としての機能があった。> <日常空間に魔が入り込む境界線としての門> ・異界と現世を隔てる門として、最も典型的なのが、「鳥居」である。鳥居は現在のような社殿が造られる以前から建立され、山や岩などをご神体とするところでは鳥居だけが建ち、神域と俗界の領域を分けていた。 <京の都を守る結界の門には鬼や妖怪が集まる> ・かつて京都に平安京があった時代、結界として設けられた門があった。都の外壁の正門に築かれた羅生門である。門は昼間だけ出入りでき、夕方に閉じられた。そこから鬼などの妖怪や魔物が侵入しないようにするためである。 <あの世への架け橋 橋> <橋はあの世とこの世の行き来する特別な空間として畏れられていた> <橋を渡った先に死後の世界が広がっている……?> ・橋の上はまさにあの世ともこの世ともつかない中途半端な場所である。幽霊や妖怪が現れる説話も多く、一部では鬼を退治する節分の豆まきを橋のたもとで行う地域があるそうだ。 <現世と未来が交差する場所 辻> <道と道が交差する辻はあの世とこの世が交差する場所と考えられた> <辻には魔物が棲みやすい> ・昔の人々は、交差する2本の道を、現世と来世の交わる場所ととらえており、そこには「辻神」と呼ばれる魔物や妖怪が棲むと考えていた。 <神と妖怪が存在する場所 水辺> <生活の身近な存在である水辺には、河童や水神、伝説など様々な伝承が伝わる。> ・水辺にまつわる伝説や怪異は全国各地に存在しているが、特に有名な水辺にいる妖怪といえば河童であろう。呼び名の由来は諸説あるが、「河(かわ)」と「童(わっぱ)」が合成した「かわわっぱ」の転化と考えられている。 <北東から南西は鬼の通り道 方角> <不吉な方角とされている鬼門、なぜ北東は忌み嫌われたのか由来を探る。> <北東から南西の一本道は鬼が通る不吉な方角> <諸説ある鬼門の起源説> ・鬼門は、中国の古書『山海経』の物語が由来となっているという説がある。ある山の頂上に桃の木があり、その枝の北東に多くの鬼が出入りしていたことから、鬼門という言葉が生まれた。これが日本に伝わり、当時あった丑寅(北東)の方角を不吉と恐れた陰陽道の思想と合わさり、北東=鬼門として定着していったとされる。 ・北東が鬼門になった由来は諸説あるが、古代中国の暦が関係していると考えられている。中国には二十八宿という天体を28の星座に分けた天文学があり、そのひとつに「鬼宿」がある。鬼宿は12星座のうちの蟹座を指す。人々は中央に青白く雲のように見える星団(プレセベ星団)を、死体から立ち上る鬼火の死と重ね合わせて、鬼=死者の住処と考えたのだ。この考え方が陰陽五行説や仏教と結びつき、日本に鬼門という考え方が伝わったというのである。 <鬼門には魔除けを置き、家の間取りに鬼門除けが張り巡らされた> ・鬼門の反対の方角である「裏鬼門」は南西の方角で、鬼が抜け出る方角と考えられた。平安京から見てこの方角には伊勢神宮、賀茂社と並ぶ日本三社のひとつ「石清水八幡宮」がある。この社は裏鬼門を守る王城鎮護の神様として、延暦寺と共に朝廷から尊崇されていた。このように平安京は街全体で魔物を防ぐ結界が張り巡らされていたのだ。現代でも、鬼門や裏鬼門の方角を意識し、北東に玄関、キッチンやトイレ、お風呂などの水回りを避けた間取りにしたり、東北隅に家と土地を守護する屋敷神を祀る家やビルが多い。 <時刻 怪異が生まれる時間の境界線> <夕暮れ時の薄暗い時間は、昼と夜が切り替わる魔の時間帯だった> <妖怪や魔物が動き出す夕暮れ時の「逢魔(おうま)が時」> <妖怪は「夜」の時間に現れる> ・空間だけでなく、時間の区切りにも古くから人々は意識した。季節、年月日、時刻にも境界が存在すると考えたのである。日本には様々な行事があるのはそのためだ。 <丑の刻は霊界の扉が開き魑魅魍魎が動き出す魔の時間> ・呪いの儀式として有名な「丑の刻参り」――。丑の刻とは午前1時から3時の間を指し、その時間帯に呪いたい相手の藁人形を神社の神木に五寸釘で打ち込んで呪う儀式だ。この丑の刻が不吉な時間帯とされたのは、陰陽道における十二支の鬼門が関係している。 ・よく知られる「丑三つ時」は、丑の刻の3つ目という意味で、丑の刻が午前1時から3時とすれば、2時半ということになる。 <他界> <人々の魂は、山や海のはるか彼方にある世界へ飛び立つ> ・誰かが亡くなったことを指して「他界した」という言葉があるように、人々は昔から死後の世界があると考えていた。また、この死生観は古今東西、世界中に様々な考え方が存在している。 ・また、海に他界があると考えることを海上他界観と呼ぶ。人が死ぬと霊魂は海のはるか向こうにある世界に行ってしまい、1年のうちに決まった時期にこちらに帰ってくると考えたのだ。 <日本神話における黄泉の世界と仏教の輪廻転生、極楽浄土の世界> ・日本神話には、死者の住むところとして「黄泉」という世界が登場する。日本国と神々を生み出したイザナギとイザナミの夫婦の神が決別する話の中で描かれている。 ・6世紀半ばに日本へ伝来した仏教は新たな死後の世界を伝える宗教であった。死後の世界には「六道」という天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の6つの行先と(六道輪廻)、そのサイクルから外れた、極楽という世界へ行くと考えられた。 <複合的に絡み合った異界という世界観> <異界を想起させる思想や宗教は中国の陰陽五行説が基礎となっている> ・寺や神社そのものは、妖怪や化け物といった異界の住人が立ち入らないように、結界の役目を果たしているという。 このような考え方は、仏教や神道だけでなく、陰陽道と呼ばれる教えにもある。陰陽道は、紀元前3000年以上前の中国の陰陽説と五行説が元になっている。 <穢れが生み出した性の結界 女> <日本には「女人禁制」など、穢れから生まれた文化やしきたりがある。> <不合理で蔑視的な女性観の広がり> ・女性による制限が生み出したしきたりが日本には多く存在する。代表的なものとして「女人禁制」がある。神事や仏事などの儀式から女性を排除するようになったのは、平安時代初期の仏教、山岳信仰、修験道などが始まりだと言われる。 <仏教による女性不浄観の拡がり> ・仏教の経典のひとつに、『血盆経(けつぼんきょう)』というものがある。ここでは女性は出産で大量の血が流れるため、その罪により死後「血の池地獄」に落ちると説かれている。この教えは中世から近世にかけ拡がり、社会通念となっていった。 ・本来は、仏教の五戒のうちのひとつである。「不邪淫戒」を保つため、男性修行者に性的な欲求を起こせないための方法だったと思われるが、時を経るにつれて、極めて蔑視的で不合理な「穢れ」、「不浄」といった女性観が広まった。 ・穢れは伝染するものと当時考えられた。これを「触穢(しょくえ)」という。「端午の節句」でも触れたが、この頃の田植え作業に関わる女性が家を離れ、特別な小屋で集団生活しながら身を清めたという慣習もその概念がもとになっている。 ・また、穢れは伝染するものとして考えられていたため、忌み期間を定めたしきたりが存在した。月経中や出産前後の女性や、一定期間、月経小屋や産小屋などの別の場所に隔離され、様々な遠慮を強いられたのだ。 こうした小屋は西日本を中心とした地域に多く、三重県と和歌山県に近い吉野郡十津川村には、月経中の女性が過ごす「ヒマヤ」という小屋があり、明治末まで残っていたという。 <生命を生み出す出産は「産穢」として日常から切り離された> ・中世以降に始まり、庶民にも拡大した女性の出産と月経にともなう血の穢れという考え方は、現代になっても、習俗、しきたり、伝統といった形で存在している。 現在も女人禁制の場所は多く残っている。相撲の土俵は、神域という考えから女性が上がることができない。 ・他にも、整理中に鳥居をくぐってはいけない、妊娠中は葬儀に参列してはいけない、出産前後は家族と別の小屋に住み、食事に使う調理道具も食器も別にするといったことが20世紀に入っても引き続き行われていた。伝統か、差別かは難しい問題である。 <現存する女人結界門「大峰山」> ・修験道の聖地である大峰山は、宗教上の理由で現代もなお「女人禁制」を行っている。 <女人禁制の孤島「沖ノ島」> ・福岡県にある沖ノ島は、世界文化遺産であり、島全体が神域となっている。 <現世に生きる神秘な生き物 動物> <人々にとって身近な動物は神と人間をつなぐ畏怖の存在であった> <動物は現世と神域をつなぐ聖なる生き物> ・「狐狸妖怪」という言葉があるように、特にキツネとタヌキは、山に住む怪しい動物であり、人を化かすことがあると古くから信じられていた。 ・ただし、動物は人から怪しまれ、遠ざけられていただけではない。「神使」、「眷属」などとして、サル、シカ、オオカミ、ウマ、カラスなど、あらゆる生き物が信仰、崇拝対象となっている。 ・特にキツネは京都の伏見稲荷大社を筆頭に、全国に3万以上もあると言われる稲荷神社に祀られている。 <動物と「異類婚姻譚」> ・動物にまつわる話で、やや怪奇じみているのが、「異類婚姻譚」である。代表的なのが、「鶴の恩返し」で、人と動物が婚姻、交際するという内容だ。他にも「浦島太郎」や「雪女」など、異界人との物語も同じジャンルとされる。 そのほとんどは、悲劇的な結末になっていて、現世から異界への深入りに対する警告と思われる。 <芸能と異界> ・能や相撲などの日本の伝統芸能には、神事をもとにしたしきたりや作法がある。人と神が繋がる場として、「異界」をどう創り上げたのか。 <能楽 神や精霊を演じる幽玄の世界> <独特の世界観をもつ能楽の世界。能舞台には神聖な異界的空間が広がっている。> ・日本の伝統芸能で、ユネスコの無形文化財にも登録されている能楽は能と狂言の総称だ。このうち狂言は、世俗的な内容を持ったコメディとも言えるもの。一方の能は、神話や歴史を題材にした歌舞劇。大別すると現在能と夢幻能がある。 能では主役をシテ、脇役をワキという。現在能におけるシテは生きている人間を演じるが、夢幻能におけるシテは、神や鬼、精霊など異界の者を演じる。そして我々と同じこの世の住人であるワキが、異界の住人と出会って異界に足を踏み入れ、やがて戻ってくるというのがストーリーの基本となっている。 <異界そのものを表す能舞台の神秘的なつくり> <「神様」が降臨する『翁』> 『翁』という最古の演目には、能の中で一番格式が高いものと言われている。物語が存在しないため「能にして能にあらず」と呼ばれているこの演目は神事に近く、演者は上演前に精進潔斎を行い、観客は上演中会場の出入りが禁じられるほど。 ・舞台正面の奥の板に描かれた松の絵――鏡の松と言われるこの松は、神が降臨すると伝えられる春日大社の影向(ようごう)の松を模したものである。 能は、松を依代に降りてきた神や精霊に見せるため演じるのが建前である。 <能のお面> ・主役のシテは、能のお面を付けることで神様や鬼、幽霊といった異界の者に変身する。 <文楽 魂が宿る操り人形> <人形がまるで生きているかのように動き出す人形芸を文楽や人形浄瑠璃という。> <古来、依代・呪具として用いられた人形を人の代わりに“演者”として位置づけた芸能> ・能楽同様、2009年は、ユネスコの無形文化遺産に登録された文楽は、江戸時代に生まれた人形芝居で、日本の伝統芸能のひとつとして今に伝えられる。人形劇は世界中の多くの国々で独自の発展を見せているが、文楽が異色なのは対象を子どもとしない大人のための芸能としている点だろう。 <舞 神と人が繋がる呪術的な儀式> <巫女の舞は、神を呼び寄せ、神と一体化するための儀式だった。> <地を足で擦るように左右に旋回する舞 神楽では巫女が神懸かりの儀式として行う> ・神事として行われる神楽は、歌舞を伴う日本の伝統芸能のひとつ。これには宮中行事の御神楽と民間で行なわれる里神楽がある。 <雅楽 千年続く古代の音色> <世界最古の合奏音楽とされる雅楽。その神秘的な音にさまざまな意味が込められている。> <形をほとんど変えず現代まで受け継がれる宮廷音楽> ・古墳時代から飛鳥時代にかけて、大陸からアジアの音楽が、そして朝鮮半島からは楽人が楽器を手に海を渡ってやって来た。それら渡来の音楽が日本古来の音楽と融合し、7〜8世紀に日本独自の芸能である雅楽の原型が作り上げられた。 <篳篥(ひちりき)・笙(しょう)・龍笛の3管が生み出す宇宙の調和> ・古代のシャーマンは、楽器とそれが奏でる音によって神と繋がった。そうした呪術的な資質を残すのが、現存する世界最古の合奏音楽とされる雅楽だ。 <茶道 境界で仕切られた聖域の空間> <茶室にはおもてなしをする特別な空間として、様々な境界が貼りめぐらされている。> <ハレとケ――日常と非日常を分けた茶道のしきたり> ・境界には神がいる。古来、日本人はそう考えてきた。たとえば家の出入り口、天井、竈、井戸、そして厠。境界は、日常生活のあちこちに見られる。こうしたこの世と異界をつなぐ境界は、神聖視され、同時に畏れられる場所でもあった。茶室も同様である。 当初、茶室は「囲い」といった。広間の隅を屏風で囲って、茶事のための特殊な空間を作ったのである。つまり境界を設定し、日常と非日常を切り分けたのだ。茶道がハレ(非日常)とケ(日常)を分ける境界の儀式だとしたら、そこにはルールが生じる。神の降りる場所であるがゆえに、世俗の塵を持ち込まぬための決まりが必要となる。 <畳の縁は外と内の境界線をあらわす> ・茶の湯の世界では、中国の古代思想である陰陽五行説に基づいた行事や道具もある。 <相撲 陰陽道で形作られた神聖な土俵> <相撲の成り立ちは歴史が深く、神話時代に遡る。神事にまつわる作法やしきたりが多く存在する。> <神様同士の力比べが相撲の起源となり、奈良時代に行事として行われた> ・奈良時代には、この野見宿禰(のみのすくね)の説話にちなみ、毎年の七夕祭りの行事として、天皇や貴族たちを前に相撲が開催されるようになった。これが平安時代になると、相撲節会として発展していく。このように宮中が相撲を受け入れた土壌には、すでに各地での農作物の収穫を占う儀式として相撲が盛んに行われていた事実があった。相撲は当時、五穀豊穣、天下泰平を祈念する神事だったのである。 <相撲の所作や土俵空間は神聖な習わしで形作られている> 力士たちの振る舞いは、神事であるがゆえに独特の作法に沿っている。 <伝統儀式の流鏑馬は魔除けの儀式だった> <「インヨー(陰陽)」と叫んで矢を放つ流鏑馬は陰陽道に通じている> ・この流鏑馬は単なるスポーツや軍事訓練ではなく、天下泰平や国家安穏の祈りを込めて行われる儀式。馬上の騎手が弓を射る際に発する言葉は「インヨー(陰陽)」と、ここにも陰陽道の思想が取り入れられている。 『日月神示 ファイナル・シークレット 1』 飛鳥昭雄 ヒカルランド 2015/11/26 <物部系神社はヤハウェ、秦氏はイエス・キリスト> ・どえらい未来がやって来る!知っているか、知らないか――それが、あなたの運命を分かちます! ◆ 〈両義預言〉と〈鏡像反転〉の神仕組みとは? ◆ 漢数字と記号による難解な原文を、ユダヤ密教「カッバーラ」、「ゲマトリア(秘数)」、聖書学、漢字破字法から徹底分析 ◆ 天明本人すら分からなかった精緻な「国仕掛け」 ◆ 両義預言では、これから一日10万人の餓死者が出る! ◆ 記紀神話の神世七代とは、旧約聖書の天地創造の七日間 ◆ 一二三は「日富見」、三四五は「見世何時」。「何時になれば神の世が来るのを見れるのか」 ◆ 五芒星(表)を見て、六芒星(裏)のユダヤに気づけ! ◆ 天皇家は神権を伝承するセム・メーソンのトップ! ◆ 三輪山の秘密が解かれると岩戸が開く ◆ 「死者が神になる」神道の基本は、キリスト復活と同義 ◆ 「五十九の岩」は、五芒星と六芒星のゲマトリア ◆ 「役員十柱」=失われたイスラエル10支族 ◆ 「コノカギ」=小の鍵=小神権 ◆ アメノウズメ=マグダラのマリア。ウズは、太秦(うず)、アラム語でイエスのこと ◆ 人類を救済するミロク(五六七)の前に、偽ミロク(六六六)が出現する! ◆ ア(神示、1)、ヤ(左、陰、8)、ワ(右、陽、10) ◆ 空海はヤハウェに気づいていた! ◆ 物部系神社はヤハウェ、秦氏はイエス・キリスト ◆ 日月神示は、大和民族と日本の原始キリスト教徒の行く末を書いた両義預言 <岡本天命> ・天命の降った神は「天之日津久神(あめのひつくのかみ)」といい、ほとんど知られていない神だが、別名を『日本書紀』では「国常立尊(くにのとこたちのみこと)」といい、『古事記』では「国之常立神(くにのとこたちのかみ)」といった。 ・神の正しい組織の建てる神殿が、一刻も早く東京に出来上がり、国民総出で日夜神を拝することができるようになれば素晴らしい国になる。 その神殿が、将来、日本の山々にも出来、川辺にも出来、野にも出来、家々の近くにも多数出来る時が来る。これが真の弥勒の世を創ることになる。 最終的に、人の体が神の宿る宮となるだろう。そういう世を創るため神は急いでおられる。 <天皇家はレビ族の直系> ・天皇陛下は、ユダヤの神宝「三種の神器」を保管している。皇居にあるのはレプリカで、真の三種の神器は三重県と愛知県にあった。 ・ユダヤの血統で神事を行えるのは「レビ族」だけである。今の天皇家はレビの直系で、失われたレビ神権の継承者である。だからこそ、「契約の聖櫃アーク」を保管でき、明治天皇が箱に触れることもできたのである。 ・これは神の正しい組織の預言者と、天皇陛下が手を結ぶことを意味し、天皇家が原始キリスト教と合体することにより、神道の発祥が原始キリスト教だったことが証明される。 現人神とは天照大神(イエス・キリスト)とする古記録も、京都の「冷泉家」に存在する開かずの蔵に厳重に保管され、最後の天皇陛下が京都に戻るまで開帳されない。 そうなると、日本中の神社の全てが東京に建設される神殿と同じ宮になる。「神社本庁」に登録されている神社数は「伊勢神宮」を含む7万9074社あり、これらが天皇陛下の命令で原始キリスト教の神殿(宮)となって、日本全土の山間部と川沿い、平野から街中まで存在することになる。 <外国から早くわかりて> ・全人類は全て絶対神ヤハウェ(イエス・キリスト)の子供たちである。日本人だけが神の子孫というわけではない。調子に乗って図に乗らないことである。 天照大神は、「大神様=天の父なる神」の意図に従われるため、民族によってえこひいきすることはない。大和民族とて容赦なく叩かれるのはそのためである。 <「てんし」の復活> ・天照大神による原始キリスト教の復活は、古い世界(日本やヨーロッパ)では起きない。新大陸が保障する自由の元で復活してくる。 <フンドシ締めてくれよ> ・世界最後の戦争「ハルマゲドン」に日本は大きく関わってくる。「悪神」であるサタン(悪魔)は己の力を最大限に発揮してくるため、一度倒したと思っても、再び復活してくる。その時に人々は勇気と信仰を試されるだろう。 最も困難なのは、日本に伝わった神の組織に滑り込む律法学者(官僚主義者)の系統で、本来の神権系統以外のつながりを内部に形成するため、信者にも見えにくくなっている。 しかし、この癌組織は神にはハッキリ見えていて、神は堪えに堪えた後、最後には信頼できる使途によって根本的に癌組織を切除される。そうしなければ、日本人が神の大きな力になれないからである。 <見えざる「サンヒドリン」> ・日本に伝えられる神の正しい組織にも、いつの間にか日本人の官僚主義者が入り込み、見えざる「サンヒドリン」を形成する。 <グレンと引っ繰り返る> ・絶対神イエス・キリストの堪忍もこれまでである。日本を大掃除する前に、まず神の直近から大掃除されるだろう。 神の組織で権威をほしいままにした日本人の官僚主義者たちは、九分九厘組織を支配したつもりでも、最後の一厘で引っ繰り返されるのだ。 これと同じことが宮内庁でも起き、日本中でも起きて、日本全体が引っ繰り返ることになっていく。これが世界の奇跡とされる所以である。 日本の神の組織に存在する官僚主義者たちは、預言者の指導者たちが「180度方法を変えねばならない!」「マニュアルで判断してはならない!」「手引きで物事を決めてはいけない!」と指導してもどこ吹く風である。 ・彼らは人への愛よりも、マニュアルと手引きを優先する。これはイエス・キリストの根本と逆行する。彼らは、自分に従う信者を愛する傾向が強い。 ・「太平洋戦争」はもうすぐ日本の敗戦で終わるが、東京は連合軍の爆撃で焦土と化すだろう。日本全土の都会も同じく焦土と化していく。 日本人は軍の官僚主義者に従って戦争に加担したため、その責任も日本人全体が引き受けねばならない。 勝手に起きた戦争ではないからだ。太平洋戦争勃発までの間、少なからず日本人はマスコミと一緒になって軍の暴走を許しつづけ、トドメとなった戦争遂行に大きく加担してきた。 <雨の神、風の神、地震の神> ・両義預言である。「雨の神」はノアの大洪水を起こした「ヤハウェ(エホバ)」であり、風の神は大風を止めた「イエス・キリスト(ヤハウェ受胎後の神)」であり、「地震の神」はエリコの城壁を崩したヤハウェである。 <獣の往来いよいよ出すのぞ> ・神界の秘密は『日月神示』の中で幾つも公開したが、救世主が再臨する寸前、世界中で超弩級地震が続発し、異常なまでの気象異変が人類を襲うだろう。 役人崇拝思考と官僚主義に慣れ、危機管理能力が著しく欠ける日本人の多くは茫然自失して押し流されていくだけである。 <天体規模の天変地異> ・世界を滅ぼすハルマゲドンは、天体規模の天変地異と連動して起きる。その規模は破壊的で神の慈悲が無ければ人類は誰一人として生き延びることができない。 <天之日津久神の正体はヤハウェ> ・世界が滅亡する寸前まで神が救う者とは、預言者が管理する原始キリスト教会で、神権によるバプテスマ(洗礼)を受けた者らである。彼らは獣を崇拝せず、神によって隠される。彼らは空中に消えるように地上から姿を消すことになる。 <三千世界の大洗濯> ・日本の敗戦が間違いないので、苦しい台所がさらに苦しくなる。だから保存がきく物を今の内に蓄えておけ、軍部が支配し、狂ったカルト国家と化した日本に天照大神の御霊は無い。神の助けは無く、かえって怒りを受けて穀物の収穫は半分ほどに落ちる。 今の内に『日月神示』を知って、効果的な貯蔵を各自で始めなければ、餓死する者が増える一方になる。 <フード・ウォー勃発!> ・「第3次世界大戦」が勃発すれば、間違いなく世界経済は崩壊し、世界各国は穀物の輸出を規制しはじめる。2015年頃から「フード・ウォー」が勃発するかもしれないと言われ続けてきたが、「世界大恐慌」が誘発すれば、日本経済は崩壊して飢餓列島と化すだろう。その規模は太平洋戦争の頃を上回る規模で、一刻も早く食糧を保存するよう勧めている。 <益人の益心> ・神の言葉に素早く反応するほどでなければならない。自然界の動きだけを見ても、神の言葉が大量に含まれ、どんな危機が迫っているかを正確に物語っている。 飢餓対策でも同じで、世界中で飢え苦しむ人々の数の方が圧倒的に多い。しかし、日本を含む先進諸国が贅沢さえしなければ、世界中に食糧が行き渡るようになっているのだ。ところがそうなっていない。 <食糧サバイバルはこうせよ> ・そういう中、長期保存可能な「アルファー米」が注目を浴びている。アルファー米は、ご飯を炊くのではなく蒸した米で、米をゆっくり蒸した後、急速に乾燥させるため、炊いた米とは違い長期保存(5年間)が可能となった。 <まつれば悪も善ぞ> ・絶対神を崇拝する儀式の「祀り」を疎かにしてはならない。そのために宮が必要で、原始キリスト教会の神殿は天照大神の宮である。 <世界統一政府の獣> ・やがて「第3次世界大戦」が勃発すると、その後に「世界統一政府」の樹立となり、これがチェックメイトとなる。 その世界統一政府の総統の席に「獣」が座ると、世界は一変して暗黒に支配され、世界統一政府軍が日本を敵と見なし、一斉に襲い掛かってくる。 ・日本全土が焦土と化した後、そのまだ未来に「学」に象徴される科学文明の「この世」と、それと相容れない「神」との大戦争が勃発する。 「神界」では神の準備はすでに整っており、全能の力で叩き潰すことも可能だが、今それを行えば、日本人は根絶やしになって、世界中の人類も滅亡する。だから神はその力を封印しておられる。時が満ちるのを待っておられるのだ。全知全能の神に手落ちはない。 <軍の官僚にむやみについていった庶民は哀れである> <『日月神示』預言の的確さ> ・5月2日、既にヒトラーは自殺(本当は逃亡)し、ベルリン防衛軍司令官が降伏して「ベルリン陥落」が起きている。 ・このように岡本天明の預言は的確であり、『日月神示』が天照大神であるイエス・キリストの啓示の書であることが証明できている。 <神の国日本の近未来> ・神の民である大和民族の国と、日本人のための神の組織への預言が両義で語られている。 前者は、聖書学でいう「星の輝き」である“この世”で、近未来に日本で起きる出来事が預言されている。多くの日本人にとって寝耳に水の大事件が明記され、既に起きた事件もあるが、主にこれから起きる出来事である。 2011年3月11日、三陸沖を震源とする「東北地方太平洋沖地震」が勃発した。 ・やがて中東で世界最大の激震が走る。火薬庫に火が入った瞬間、未曽有鵜の戦火が一気に拡大し、中東からヨーロッパ全域にまで拡大する。これはイスラエルが切っ掛けで起きる世界最大の宗教戦争で、全イスラム教徒を巻き込む大戦争へと発展する。 これによりホルムズ海峡は封鎖され、日本の石油の大動脈は寸断される。アベノミクスは木端微塵に崩壊し、日本経済は成り立たなくなるだろう。 EUと日本が経済崩壊し、中国も共倒れになって凄まじい経済破綻が世界を襲う。が、その後、数年で日本経済は奇跡的に大回復する。 それまでの間、日本の年金制度は崩壊し、世界的食糧危機の中、日本人の数千万人が餓死する。 ・その前後、天皇家の周辺で激変があり、次の天皇陛下の時、京都へ戻ることになる。これは新生日本の幕開けに不可避な出来事で、宮内庁でも激変が起きる。長年の間、雅子様への反対勢力を形成してきた官僚たちが一掃されるか、代わって、弟の秋篠宮文仁親王が皇位を継ぐにせよ、次の天皇陛下でラスト・エンペラーである‼ これが近未来の神の国(日本)の預言だが、神の正しい組織に巣食う日本人の官僚主義者も、恥を受けてその職から一掃される。 原始キリスト教の預言者は、リストラや社会変化に対応できるよう、食糧を1年分貯蔵するよう50年前から指導してきた。しかし、日本では官僚主義者によって指導が停滞し、ほとんどの者が準備を怠るようになった。 官僚主義者は、権威と権力ほどの仕事をせず、事態が起きても自分たちの責任を回避しようとするが、最終的に失敗する。 <ウイルス感染による奇病> ・牛の食べ物で起きた大事件は、20世紀末に世界中に蔓延した「狂牛病(BSE)」が知られている。狂牛病は20世紀末にイギリスで発生した「牛海綿状脳症」で、牛の骨を材料にした牛骨粉が原因で発症した。共食いによる症状だった。 <無理通らぬ時世が来たぞ> ・天を支配するのは秦氏の天津神であり、地を支配するのは物部氏の国津神である。 どちらも大和民族の天孫族で、最高神は秦氏系が天照大神、物部系がニギハヤヒ命である。後者は「太秦」にある「蚕の社」でその正体は「天照国照」から天照大神と分かる。 紀元前の物部神道は一神教の「ユダヤ教」で、ヤハウェ(エホバ)を祀っていた。紀元後の秦氏は三位三体の「原始キリスト教」でイエス・キリストを祀っていた。 ヤハウェ=イエス・キリストなので、秦氏も物部氏も同族で同じ天孫族となる。 時がたてば、秋の澄みきった空のように世界が一変する。その時、悪魔と獣に従った人たちには、地獄のような世界が待ち受けているが、彼らには地獄が天国のような世界が待ち受けているが、彼らには地獄が天国のように落ち着く所になる。 逆の世はついに終焉が訪れる。その時、イエス・キリストは天使の大軍団を率いて降りてくる。 <日本の神の御仕組> ・案山子のように十字架に掛かったら何もできなくなる。それと同じように、日本全体が官僚主義に汚染され、融通が全く利かない状態が今である。 その官僚主義が日本中から払拭された時、暗雲が晴れたことを神に祈って感謝せよ。 <唐傘お化けの片目はヤハウェの片目> ・これを聖書学的にいえば、「天上の大会議(大戦争)」で、イエス・キリストに賛同した霊(人の前世の状態)が3分の2で、ルシフェル(後の悪魔)について賛同した霊が3分の1とある。 敗北したルシフェルとその霊たちは、地に落ちて地獄を形成し、悪霊となって人を惑わすようになる。 ・エルサレムに行けば分かるが、原始キリスト教徒の墓石には、決まって「∧」の中心に「・」が刻んであり、三角形と目で唐傘お化けの特徴である。 <籠神社の与謝=ヨシヤ> ・籠神社が鎮座する地を「与謝」といい、モーセの後継者だった「ヨシヤ(ヨシュア)」と同じで、旧名を「与謝宮」と称した! イエス・キリストの再降臨は、「聖書」ではエルサレムに面するオリーブ山とされるが、別の囲いの羊が住む所へもイエス・キリストは降臨する。その一つが日本であり、天皇陛下が戻る平安京(京都)になるだろう。 <全ての封印が開帳される> <ひふみの祓詞を古代ヘブライ語にすると> ・岩戸隠れは、イエス・キリストの死と復活の場面だが、一度地上から離れて神界へ昇った救世主は、闇が世界を支配する頃、再び地上に戻ってくる「再降臨」も示唆している。 <だんだんに知らすから> ・秘密は徐々に階段を経て明らかにするので、『日月神示』の公開も誰も邪魔してはならない。 <封じられた裏の数字> <玉串は聖衣(ガーメント)> ・空の宇宙での変化は、地である地球にも影響があると考える方が正しいだろう。この世の終末には、まず天にその兆しが現れる。 天照大神であるイエス・キリスト(ヤハウェ)は、大神様である父なる神(エローヒム)に、少しでも善人を集めるため、時を先に延ばす交渉をしてきたが、必ず限界の時が来る。 神道の「玉串」は、天照大神(イエス・キリスト)に着て頂く聖衣(ガーメント)と同じである。 <物部系神社はヤハウェ、秦氏系はイエス・キリスト> ・メシアに課せられた身代わりの生贄は、地球に住む人類だけではない。宇宙には無数の地球と同じ惑星があり、そこにもアダムとイブがいる。 地球と似た惑星は我々の銀河だけでも数百億個存在するとされる。その銀河の数も7兆個存在するとされ、発見される銀河の数は年々増えている。 ヤハウェ(イエス・キリスト)は他の人類の神でもある。つまりメシアが身代わりに背負う人類の総数は、天文学的規模でさえ超えている。だからイエス・キリストは神なのである。 創造された順でいえば、優先順位は「霊」であり、次が「肉」である。それらが合体したものが生物であり人類も同様だ。分かりやすい言葉で、これを「物心」という。人は“心の霊”と“物質の肉”で出来ている。だから肉体は霊を覆う衣といえる。 命をかけた究極の二者選択以外、物心共に大切にせねばならない。 ・この世的な人々は物質的な物事を愛する傾向にあり、宗教を信じる人々は霊的な物事を愛する傾向にある。が、どちらも過ぎたるに陥りやすく、下手をすると行き過ぎてバランスを崩してしまう。 前者は拝金主義に陥り、後者は頭でっかちの宗教馬鹿になる。どちらも本末転倒で、物心両面の重要さに気づこうとしない。妥協するのではない、神が創造した霊と物質の両方を大切に思うことを言っている。 その点でいえば、日本の神道は、出しゃばらずに、引きすぎることもなく、自然と調和した見事なほどの美しいバランスが取れている。 物部系の神社ではヤハウェを、秦氏系の神社ではイエス・キリストを感じ、両者が一体となって現人神を形成しているからだ。 <宝隠してあるのざぞ> ・日本から大海原を超えて、極寒の北極から入る封印された世界がある。 これが末の世になると、イエス・キリストの命で世に現れ、大和民族に味方をすることになる。 この祝福は、異邦人が逆立ちしても得られない賜物で、ヤハウェでありイエス・キリストである神自らが覆い隠した世界ゆえに、地上の人類は手が出せない。 封印された世界は、天地創造の前から神が計画したもので、末日が極まった時に北の果てから地上へ姿を現す。その時、世界は驚天動地の出来事に遭遇する‼ <アルザルから帰る10支族> ・プラズマは亜空間を発生させることができる。プラズマには幽霊のように物体を透過する特性があり、これを物理用語で「透過」という! ・亜空間とは3次元空間に開いた別の空間をいい、亜空間では別の世界が同時存在することができる。その通り道を「プラズマ・トンネル」という。 ・プラズマで覆われた飛行物体に乗り、極圏のプラズマ口からプラズマ・トンネルを通過することだ。その先に存在するのが「地球内天体アルザル」である‼ 釈迦が言い残した、北の果てから入る理想郷「シャンバラ」でもあり、英語圏でそこを「シャングリラ」という。アルザルとは、「アルツァレト」「アルサレト」「アララ」とも呼び、『旧約聖書・外典』に出てくる別世界である。 ・北の果てから帰還するのは失われたイスラエルの10支族である。言葉を変えれば、ヤハウェの民の意味を持つ“大和民族”のことである。彼らの多くはモンゴロイドである! <ゝ(イエス・キリスト)の国のやり方> ・地上のあらゆる法よりも、イエス・キリストの王国の法が優れている。 この神の法を、日本を含む世界中の国にそのまま適応させると難しい問題が起きる。 <フナフナ腰で大番頭> ・天子(天の神のこ)であるイエス・キリストが世を治める時、すでに「最終戦争」は終わり、世界に王がいなくなっている。 今回の「太平洋戦争」が終わっても、世界では戦争の火が残り続け、不安定化していくだろう。 ・このような有様の中、神の国の建設に神が一気に駆り出すのである。その桁違いの試練に今の日本人の信徒たちは立ち向かえるのか。 特に腑抜けの「大番頭(大司祭)」たちは、今の指導的地位の維持すらおぼつかなくなるだろう。 <チャレンジを嫌う者へのいましめ> ・末日の時代の日本で大きな業が待っているが、それにもかかわらず、神の組織の中でさえ、霊感を持つ者は僅か1分(100分の1)に過ぎない。 その他の者は、官僚主義に染まった事勿れ主義で、内向き志向の者、あるいは何も考えない者である。 <堪忍袋切れたら> ・天地開闢の遥か前から創造主ヤハウェは存在した。かつて地上を覆い尽くした猛烈な悪を、一気に未曽有の大洪水で沈めた神である。 <六つ七つは神の内> ・天地開闢の神ヤハウェは、紀元前2344年に「ノアの大洪水」を起こし、ノアを含む8人と一緒に選ばれた動植物と共に、箱舟に乗って新世界へ送り出した。 <天皇家は原始キリスト教徒> ・裏を返せば、日本人のほとんどが自分たちのことを「ヤハウェの民」と気づいて、天皇家が「原始キリスト教徒」と知れば、世界が束になっても日本に勝てなくなる。岩戸が開いて神国が目覚めるからだ。 その意味では、国家神道も決して間違いではなかったが、間違いは、その根本を軍が悪用したことだ。 <バチカンに神権は継承された ⁉> ・イエス・キリストの力を示すのが“大宇宙”の存在である。我々がいる宇宙を維持できる力を持つのが造物主ヤハウェ、つまり現人神であるイエス・キリストの力である。この力は天の父なる神から授かったもので、その父の代理人が救世主であるイエス・キリストである。 <神に逆らった星の輝きの人々> ・イエス・キリストの光に包まれた地球は、温暖で平和な世界で成っている。天空を見上げると、太陽や月は輝いているが、大気全体がイエス・キリストの光で包まれている。 <地球は神が創造した超常生命体> <みろく出づる> ・弥勒が訪れるとき、最初は世界の半分が焼かれるだろう。次に人類の2割が死滅し、世界中の人々が神の神殿に詣でる。西アジアで大きな戦争が勃発し、神の救いの業が急を告げる。国々は神の手によって次々と扉を開いていく。 <イエスを仏教化した弥勒> ・「インドのマイトレーヤは、中国ではミレフといい、日本ではミロクといいます。これはヘブライ語のメシヤで。ギリシア語のキリストのことです」 <十柱の世の元からの活神様> ・「失われたイスラエル10支族」の霊体神ヤハウェ(エホバ)が、父なる神エローヒムの力を借りて処女マリアに受胎し、現人神イエス・キリストとなって、地上で大きな意味を持つ活動をした仕組みが分かっただろうか。 <十柱=失われたイスラエル10支族> ・「十柱」とは「失われたイスラエル10支族」のことである。 ・「愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、1日は千年のようで、千年は1日のようです。」(ペトロの手紙) <千人力は「千人隊長」から> ・官僚主義が独走すれば、大国相手に勝手に戦争をはじめ、侵略を止めることもできない。 <『日月神示』の目的は大和民族の覚醒!> <二度とない苦労> ・傲慢な官僚主義者や軍国主義者に振り回される国民は哀れである。 ・この世が創られて以来、初めての大規模な戦争破壊が日本人の路上で起きるだろう。 <世界に波及する『日月神示』> <天照は別神の名で現れる> ・何度も言うように『日月神示』はイエス・キリストの使命と奇跡が、末日の日本を舞台に起き、それがやがて世界へ波及することを預言したものである。 ・官僚主義に溺れ、権威に胡坐をかき、己の権限で支配することに慣れ親しんだ者に未来は無い。神は自分の組織の浄化を突然決行されるだろう。 <国常立神は三位一体の一柱> ・『日月神示』は岡本天明に書記させたのは「国常立尊(くにのところたちのみこと)」とされるが、『日本書紀』では造化三神の「国之常立神」と表記される。 <神の戦車「メルカバー」が降臨する日> <ノストラダムスの大予言と聖書> ・ノストラダムスの予言詩は、天上の最終戦争と、地上の最終戦争(ハルマゲドン)を対比させている。 ・アメリカはこの戦争(第3次世界大戦)で世界制覇を確実にできると踏んでいる。アメリカの企みは、神の戦車である「メルカバー」が降臨した日を目標に決定されたとみていい。 <キリストは平安京に再臨する!> ・しかし、巨大な破壊と共に救いもやって来る。イエス・キリストの再降臨である。日本でいえば天照大神の再臨だが、降りる場所の一つは極東エルサレムである平安京になるだろう。 <伊勢神宮に運び込まれたアーク> <イスラエルの至宝、アーク> ・翼を広げた一対のケルビムの間にある贖いの座は、三角形の隙間を意味するため、そこから絶対神ヤハウェの目が覗くことになる。その意味は「万物を見通す目」である。 <ノストラダムス予言では三重県を暗示!> ・ノストラダムスは、この徒党が「三つの重なりの地」である「三重県」で事件を起こすという。 驚くべきことに、三重県には日本最大の宮「伊勢神宮」がある‼ <伊勢のアークを担うものたち> ・さらにノストラダムスは、なぜ日本に契約の聖櫃アークがあるかを、予言詩で明らかにしている。 <3分の1は亡びる> <聖書にも3分の1とある> ・それでも3分の1は亡びるだろう。 ・つまり、ロシアやEU、アメリカの指導者たちは、イスラエルの動きを先読みしながら動いている理屈になる。バチカンも例外ではなく、2014年5月の法王のイスラエル訪問も偶然ではない。 <岩のドームに地震兵器> <改心は悔い改めのバプテスマ> ・これから先、大規模な雷、地震、竜巻、干ばつ、豪雨、洪水、決壊、土砂崩れ、火山噴火、火災などの大災害が日常茶飯事になってくる。 よほどの危機管理力と予測力を財力と種々な準備が無いと生きていけなくなる。 ・だから、『日月神示』が指し示す方向に何があるかを悟って、行動を起こしてほしい。神界では既に「第3次世界大戦」と、それにつづく「世界最終戦争(ハルマゲドン)」の見通しがついており、それを人々に詳しく知らせたくとも、神から禁じられていて教えられない。 言えることは、悔い改めのバプテスマ(洗礼)である。改心して知識を得ればこの謎が見えてくる。一にも二にも神権をもつキリスト教会を探し、そこで悔い改めのバプテスマを受けてほしい。彼らは三位一体を教え、預言者と十二使途がいる。これを悟ってほしい。 <日本はセム・メーソンの長> ・これは大和の民ではなく、世界中の神の子たちにとって重要な知らせなので、苦労をかけるだろうが、絶対神を信じて素直に聞き従ってほしい。 <神権はセム・メーソンにあり> ・が、その一方、聖書学的にいう「神権」は、天幕に関わるセム・メーソンにしか伝わっていなかった。ところが、イスラエルがソロモン大王の死後、南北に分裂して互いに争い、救世主イエス・キリストを磔刑にするまで堕落した結果、神権はセムとヤフェトの血を合わせ持つ「ヨセフの系統」が受け持つことになる。 ・先の者(黄色人種)が堕落し、後の者(白人種)が天幕を借りて世界を支配することになったからだ。 <議定書(プロトコール)と第3次世界大戦> ・話をフリーメーソンに戻すが、フリーメーソンを悪玉にする一つが『シオン賢者の議定書(プロトコール)』である。この怪文書は1897年8月29日にスイスのバーゼルで開催された「第1回シオニスト会議」の記録で、「シオン24人の長老」の決議文とされている。 内容は、様々な手段で世界中の国家と民族を堕落させて家畜化し、隙に乗じて世界を乗っ取るための、「秘密権力の世界征服計画書」とある。反シオニズム運動と反ユダヤ主義を巻き起こすのが目的の書で、当時の「ロシア帝国内務省警察部警備局」によって作成されたとされる。 これが「ロシア革命」で日本を含む世界中に拡大し、最終的にナチスのホロコーストへと結びつく。 <預言を利用する者たち> ・パイクは「第3次世界大戦が終結した後、世界制覇を達成した者たちは未曽有の大激変を世界に引き起こす」と語っているが、これらを引き起こすのはイルミナティであり、フリーメーソンとは書かれていない。 しかし、フリーメーソンで権力をふるったパイクが語る以上、フリーメーソンも同じと思われて仕方がない面もある。 ・一方、アメリカの真の支配者である、ロックフェラーを筆頭する影の政府「シークレット・ガバメント(シーガバ)」の最終目的は、預言を通した世界制覇にある。 <日本はシャンバラと同格!> ・これは日本人の役員に対する厳しい警告である。 「役員」とは、正しい教会組織に属する日本人の指導者が、その地位に相応しくない頑なさと、霊感の欠如から、物事を逆さに見て、日本に仕掛けられた天照大神(イエス・キリスト)の仕掛けを無視し、結果として気づくことなく露骨な妨害工作まで行うようになることの警告である。 岩戸開きを邪魔する者は、たとえ神の組織に属する日本人指導者でも、後に置いて行かれる。その者には頭ではなく足の位置が相応しいからだ。 組織の最も上の3人の預言者たちは盤石でも、極東の端の日本人の指導者たちは、神から見れば手、足、目、鼻、口、耳に過ぎない。 その者らが官僚主義に陥った場合、本来与えられていない権力をほしいままにし、再び「サンヒドリン」を形成する危険性がある。組織は正しくとも、構成する者がこれでは人々は苦労するだけだ。 ・神が人を生かすのは、「物心両面」が揃ってのことである。そういう組織こそが真の神の組織であり、血の通った人が集う神の教会である。 神の国はそういう組織の延長上にあり、神界に通じる道である。こういうことは神の目線に立てば分かることである。 物心で唯一違うのは、心(霊性)を物質より優先することだけで、造物主の手になる物質を忌み嫌うことではない。 神の世が完全に成れば、この世の金銀に溺れた「拝金主義」は消え去り、光の神からの召しが人の心の日常の喜びとなる。 手が頭のように振る舞ってはならず、足は足の喜びで満足すべきで、高慢に陥って頭の振りをしなければ、神から喜びを受けるだろう。 ・末の世に神が大勢の人を真の組織に集めようとしているのに、官僚主義を振りかざす者は、神への妨害行為を働く何者でもない。最大限に気をつけよ。それでも神の国は近づいてくる。 神の国が近づく寸前、世界は7つのブロックに分けられるが、日本だけは別格となる。 今までに慣れ親しんだ社会から、急に神の組織に加わるのは大変だろうが、社会で真面目に働きながら、神の奥義を学べば徐々に楽になってくる。そういう仕組みになっている。やがて神の召しを果たすことが喜びになってくるだろう。 (1944年7月18日) <日本は世界の中心> ・世界が7つに分けられる意味だが、現代でさえ「北アメリカ・カナダ地域」「中南アメリカ地域」「ロシア地域」「中国地域」「ヨーロッパ地域」「アフリカ地域」「東南アジア・オセアニア地域」の7地域に大きく分かれている。 ・古代よりチベットに伝わる理想郷「シャンバラ」は、インドの『ヴィシュヌ・プラーナ』に描かれるシャンバラ島の伝説を継承したものともされている。 ・その時輪タントラでは、シャンバラが「7つの山」に囲まれているとされている。それが世界の7大陸とも対応するが、『日月神示』でいうと日本は、7つの世界に囲まれた中心にあることになり、シャンバラと同格になる暗示となる。 ・結果、『日月神示』が人々に広く伝えられても、彼らは過去の自分たちの行いを否定せねばならないため、自尊心、自己防衛、面子にこだわり、大局を見失って圧力をかけはじめる。結果、彼らの行為は絶対神と預言者に逆らう行為となる。 そうなる原因は、イエス・キリストの時代の律法学者やサンヒドリンと同じで、手引(律法)に書かれていないことを基本的に禁止、あるいは異端として排除する行為に長けていたからだ。 ・こうなった責任は彼ら日本人の指導者たちが負うべきで、いずれ一掃されるだろう。 その頑なな日本人の役員(指導者たち)が認めない神道のベースに「道教」がある。 道教は中国で発達した民間信仰で、中国三大宗教「三教」の一つで、三教とは儒教、仏教、道教をいう。 <物部氏は徐福が連れてきた!> ・もし、物部氏が大陸からの渡来人であれば、彼らこそ道教を日本にもたらした張本人ではなかったのか。つまり物部氏は徐福が連れてきたということだ‼ <徐福は伝説? 実在!> ・中国では徐福は伝説上の人物で、史実ではないと考えられてきた。ところが、1982年、中国の『中華人民共和国地名辞典』編纂の際、江蘇省連雲港市(現在の除阜村)に、清の乾隆帝以前、そこが「徐福村」と呼ばれていたことが判明したというニュースが流された。今では徐福の石像が立ち、日本の観光客で賑わっている。 『日月神示のサバイバルガイド&ナビゲーション』 大石憲旺 × 中矢伸一 × 高島康司 ヒカルランド 2011/6/30 <世界のひな型日本人が発信する第1のメッセージは、包みこみではないか> ・(大石)宇宙が大変化する2015年までは、さらなる激動が来るという。まだまだ序の口だと。今回の震災で日本人の意識が変わりつつある。機能不全のピラミッド型構造から逆T字型へ。縦から横へ。このひな型を、どう日本が見せられるのか。 ・(中矢)「原爆にも水爆にもびくともしない体になれる」「日本は日本で食べていけるぞ」「恐れは恐れを生むぞ」「どこにいても助けるものは助ける」。意識レベルで見た場合、ただ単に我が身かわいさで逃げるだけでは、淘汰されてしまうのかもしれない。 ・(高島)自分で判断して行動しなければ、生き延びられない。多くの日本人がそう気づいたから、「あんたにおまかせメンタリティ」は打ち破られていくだろう。あきらめない!しぶとく生きる!!自立していく努力を放棄しては、次の世の中は切り開けない。 ・今回の大地震、大津波が人工的なものではないか?こういう話が私のところにもずいぶん舞い込んで来ています。ベンジャミン・フルフォードさんや中丸薫さんが言っていたような闇の世界権力というものが本当に存在するか、どうか。私には「そんなバカなことが?」と思うのですが、聖書の暗号からもまた、そのようなものが存在するというかなりの多くのデータが検出されていますので、あるいは存在するのかもしれません。 ・日月神示では、イシヤがそれに当たるようだと中矢伸一さんが言っています。「イシヤこそフリーメーソンの頭脳部分であり、イルミナティのことである」と。 ・ちょっと申し訳ありませんが、私はこの本をぱっと見るなり大きな違和感を抱きました(とはいえ、興味深いことがたくさん書かれています)。それはどこかと言うと、イルミナティは本来は光の組織であり、ユダヤ・キリスト・イスラムの三大宗教の奴隷となった人たちを救出することを使命としているというようなことが書かれているからです。私は、宗教には何の関心もないし、聖書そのものも読んだことがない。関心がほとんどないのですが、それでもこの本をリークしたイルミナティの組織が長年にわたって、この三大宗教の神をサタンと決め付け、三大宗教のサタン殲滅を画策してきたということを読んで、少しショックを受けました。 ・先ほどのイルミナティのMJ12の人たちも自らグノーシスの流れを汲んでいると言っています。それで、この『タリズマン』を読むと、キリスト教の教会をサタンとみなして、抵抗運動を展開した人たちの試みは、一時的には人々に解放をもたらした局面もあったのですが、最終的にはことごとく完膚なきまでの弾圧に遭い、ぺしゃんこにされてしまうのです。 ハンコックさんは、これらグノーシスの人たちを「光の存在」と捉えて、光が強くなるとその光の部分へは闇からの攻撃が一段と強まる。そういう光と闇の戦いが何度も繰り返されてきた歴史的過程をものすごく豊富なデータで明らかにしています。 ・では、日月神示では、どんなことを言っているでしょうか? 私たちは、2千年、3千年もの長い間、間違い続けてきたと言っているのです。 どんな間違いを私たちは犯してきたというのでしょうか? それは悪がなくなれば良い世の中が来るように思って、悪を殺して、排除しようとしてきたことだと、日月神示では言うのです。 そして、同じ名の神が2つあると言っています。悪神と善神のことでしょうか。 どのどちらも同じ大神の働きであって、悪神はお役だと言っているのです。 このことは実はイルミナティのMJ12の人もわかっている節があって、ルシファーとサタンは兄と弟だと言っています。聖書とかユダヤのカバラでも悪神と善神は同根だと捉えている個所があるようです。 ・しかし、日月神示と決定的に違っているのは、そうした構造自体にどう対処したらよいかということが聖書などではまったくと言ってよいほど提示されていないと思えることです。これが提示されているのは、私が知り限り日月神示だけです。あと、私の「包みこみの原理」や大本、紅卍字の考え方も近いでしょう。これよりほかは、寡聞にして知りません。 悪神のことを悪く言うのは、善神の悪口を言うよりももっと悪いことだと、日月神示は述べています。神示で言う悪いことをまったくそのまま実践してきたのが、グノーシスの流れであり、イルミナティのMJ12の方々なのではないでしょうか。『タリズマン』で詳細に検証されているように、このような行為の結果は、火を見るよりもあきらかだと思います。 ・では、こうした構造、世の中の仕組みに対処するのにはどうしたらよいでしょうか?日月神示を読まれてきた方は、すでにご存じのことと思います。仏教の神も、キリスト教の神も、アラーの神もともに祀りなさい。祀り合わせなさい。こう言ってるのです。善と悪と抱き合わせて進みなさいと、こう言ってるのです。これが正しい対処の仕方だと私も思います。 これを今すぐ三大宗教の方々にわかってほしいと言うのは、もしかしたらむつかしいかもしれません。しかし、世の中の構造がこうだから、こう対処しましょうというメッセージをだれかが発信していかないと、これからの世の中は先々行き詰るようになりそうです。 ・確かに政治家がおかしい。官僚もともに国の経営がまったく出来ていない。東電も破廉恥なまでに無責任だったことが明らかになりました。大きな犠牲と損失をこうむりましたが、日本国のこうした、あきれた無能構造があぶりだされてきたことは、むしろ朗報のように思います。日月神示的な見方からすれば、国が悪い、東電が悪い、闇の権力が悪いと言っても事態はさらに悪くなるだけでしょう。 ・もう頼るものは、自分たちの地域ごとの自発的なネットワークしかないという本書の結論も、それなりにかえってすがすがしいように思います。 <地震サイクル論では、2020〜2025ごろまで、この地震の最多期は続いていきます!> <これから国家が滅びる時代がやってきます—―自立した地域同士のネットワークの時代になるのです!> <予言で3・11日本クライシスを的中させたサイキックな人たちは、世界に5人います!> ・(中矢);まず霊能者の松原さん。「幸福への近道」というサイトです。私は、知らなかったんですけど。 ・(高島)僕は2月20日前後にあれを読んだ覚えがありますから。何が書いてあったかというと、中国がどうのかと、いろいろ書いてある中で、「陸前高田という声が聞こえる。陸善高田ってどこにあるのだろうと思って地図をさらってみたら、ここにあった。あれ、おかしい。釜石が真っ赤に見える。あれ、何だ、嫌だ、これは。関東も揺れる。埼玉も揺れる。東京も揺れる。神奈川も揺れる。あらゆるところが揺れる。ここまで揺れるところが大きいと感ずると、私の読む能力がおかしくなってきているんではないかなと私は最近思った」と書いてある。それを見てて、「陸前高田、へえ、どこにあるんだろう」と思ったんです。地図で調べてみたら、東北にあって、「えー、東北か」と思ったのを覚えていたんですね。僕が呼んだのが2月20日前後だと思います。 (中矢)この人、何者なんですかね、霊能者って。 (高島)この人は食品会社の事務員さんで、ちなみに、ちょっと僕の解釈も入りますけど、不思議な世界の人々が遊びに来るというんですね。家をトントンとノックして、「入っていい?」と言って、自分の部屋まで入ってきて、ベッドサイドに座っておしゃべりしてくれるというんです。いろんなおじさんがいて、風呂敷おじさんとか、何とかおじさんとか名前をつけて呼んでいる。要するに松原さんにとっては彼らが特別の存在と思えない、目の前にいるお友達だと。 (中矢)何だろう、霊的な存在ですね。 (大石)霊人ですよ。そういう霊人から霊示があるんですよ。 <シャーマンの世界、Θ(シータ)波の脳波で見る世界に未来の鍵が眠っているかもしれない!> ・(高島);シャーマンの世界というのは、実は脳の違った周波数の世界だと。Θ波という弱いゆっくりとした脳波が出ている世界で、このΘ波を出すことに成功すると、違った次元の世界とアクセス可能になる。それが、シャーマンの世界であるというのです。 ・どうも見ていると松原さんの体験していらっしゃる、いろんなお友達というのは、シャーマンが見ている生き物でしょうね。彼のワークショップに参加するとシャーマンの技法を習う。そうすると、どんな人間でもΘ波をだせるようになって、あちら側の世界というか、見えない世界に行くわけですよ。 『宇宙からの大予言』 迫り来る今世紀最大の恐怖にそなえよ 松原照子 現代書林 1987年1/10 <予言者誕生の物語> ・私は、いつもいろいろなことを見ようとして暮らしているわけではありません。ただ人に質問されると、テレビのスイッチを入れたように、目の前に画像が映し出されます。テレビや映画のように映るのですから、私にとっては別段大変なことではありません。 ・私自身、信じきれないところがありますが、私の不思議はまだまだ続きます。私が触ると病気が治るという人が増え、また不思議と良くなる方々が増え始めています。 ・それに、眠る前にいろんな方が私を訪ねて来て、この世の不思議を教えて帰ります。そして、その人々が私に「今回のことは発表しなさい」と、ささやくのです。 <ささやく人々の訪問> <ブルーグレーのおばあちゃん> ・「あなたはだれ?」 1982年春のことです。いつものように本を読み、眠ろうとした朝の4時ごろです。ベッドの横に、ロシア系の老婆が立っていました。「おばけ」とよく出会う私は、また「おばけ」かと気にもとめず、眠ろうとしたのですが、老婆はいつまでも私を凝視し続けています。ほほはたるみ老婆の顔ですが、グレーの中にブルーが光るその目は、若々しく燃え、けっして老いた人の目ではありません。 <黒い法衣の僧侶> ・ブルーグレーのおばあちゃんと黒い法衣の僧侶は、たびたび現れますが、いつも決まって5時の鐘音の前に姿を消します。私の5時消灯の習慣も、この二人の時間割に準じてのものなのです。 ・いつもはやさしいブルーグレーのおばあちゃんが、怒り顔です。後ろの方々の中に、私は、初めて見る口ひげと顎ひげのある50歳ぐらいのやせた西洋人を見出し、その方に救いを求めました。 <出会い、不思議な世界> ・私は、ブルーグレーのおばあちゃんが率いる皆様に見せられたこと、聞かされたことを『恐怖の大予言』と称する小冊子にまとめ、自費出版しました。1985年10月のことです。 ・私の会う“おばけ“の方々は、我々と同じように足もあり、ごく普通に歩きます。その姿は、50年ぐらい前までのファッションで江戸時代や戦国時代のいでたちではありません。 ・夜、帰宅途中に"おばけ"に会うと、私は、つい、「こんばんは」と、話しかけてしまいます。 すると、その方々は、私と一緒に歩き出し、我が家へ一緒に入ろうとするのですが、「南無阿弥陀仏」と合掌すると、私のことを気にしていないという素振りで帰っていきます。 <ささやく人々の正体> ・その方の話によると、ブルーグレーのおばあちゃんは、ブラヴァツキー夫人といって近世に神智学を復興した初代会長、ひげの西洋人はクート・フーミ大師だそうです。彼らは、数千年も古くから密かに伝えられてきた神智学に関係のある人たちでした。 ・そして、“地球コントロールセンター”とは、彼らのいるシャンバラであって、ここに地球のそれこそすべてを支配している超人(アデプト)の方々がおられ、ブッダもキリストも、そこから来られたのだというのです。正体を知ったあとも、私は、あの方々に会い続けています。 『幸福への近道』 松原照子 主婦と生活社 2011/7/8 <不思議な世界の人々> ・私だけが今は、お会いできている不思議な世界の皆様方のお話をいたしましょう。 何故そうなのかを知ろうとしても分からない事柄の事を「不思議」と人々はいいます。 私が体験している世界はまさに、皆様には不思議な事だらけです。 ・私が体験するお話をさせていただくと皆様が不思議に思われる世界は、私にとって不思議でも何でもない世界なのですが、皆様にこの世界のお話をすると、不思議そうなお顔をされるので、4つの頃からか不思議な世界と呼ぶようになったのです。 ・不思議な世界の皆様方と、いつ出会えたのかと改めて考えてみますと、モアッと霧がかかった遥か彼方の記憶の中に、ぼんやりと産まれた瞬間にご挨拶した感覚と抱き上げられた感触までもが残ります。「見守られていたのだ」こんな思いがして、心が清らかになり、心もどことなく温かくなりました。 <願いのかなえ方> ・悩む時は、自分の心を一つにする事から始めないと良い答えも良い流れも作れません。その良い流れをつける方法は、朝4時に正座し、両手の指が互い違いになるように組み、今、悩んでいる事について、次のような順番で心の中で考えてください。 1、 まず自分が誰であるのかを名乗る事 2、 悩みが起きた理由 3、 叶わぬ事でも答えを出す事 ・誰の中にも不思議な世界の力を借りられる力が潜んでいます。自分がどれぐらいその不思議な力を借りられるのか、その範囲を知ることが、自分の願いをかなえるための最短距離になります。 ・自分の目的に一日も早く近づきたいと思うのでしたら、4時に起き、この動きを毎日することは、難しくないはずです。わざわざ4時に起きる、そんなこともできない悩みは私にして思えば、大した事のない悩みに思えます。 ・不思議な世界の人々は、あなたの思い出の中から不思議な力を作る事ができると言われます。 ・我々の住むこの世の動きは5時から始まります。4時から5時という時間が不思議の世界の門が開放される時間帯で、私達の思いを聴いてもらえる時間なのです。その思いが清らかな願いなら、パワーと時には奇跡を呼ぶこともでき、あなたの願いはかなうのです。 『幸福への近道』 松原照子 主婦と生活社 2011/7/8 <さまざまな不思議な世界の人たち> ・ブルーグレーのおばあちゃま以外に不思議な世界からお起こしになられるのが、ゴットンおじちゃま、スワニーおばちゃま、風呂敷おじさん、れい子おじちゃま、中国四千年のおじちゃまと個性豊かな人達です。 ・不思議の世界の皆様が、こちらの世界におられたときには、どんな生活をされ、何と呼ばれていたのか、といったことに私が興味をもったことは全くありません。 なぜなら、どの方も、話されることの内容の素晴らしさもそうですが、話される言葉の一語一語に愛があり、私には天使様のように思えて仕方がないのです。 ・いついかなるときにでもこれらの天使様たちがいて自分達の幸福作りのお手伝いをしてくれている、と私は信じています。 <そして現在> ・私は、現在もお仕事をさせていただいている株式会社サミーの杉本社長のお心をいただき、この見える、聞こえる、を大切にしていただいたおかげで、早稲田大学の先生や東京農大の先生方と研究所を開設していただきました。 ・この研究所はいつも明るく、お酒大好きの私を楽しくしてくれる場所でもありました。 ・株式会社サミーにお世話になってからの25年間は、本当に心穏やかな時を刻めました。 まさか、次なる動きが私に起きる事も分からず、いつもと同じ気持ちで、3月11日まで、過ごしていたのです。 『幸せを導く未来の暦』 世見者 松原照子 宝島社 2011/10/20 <松原照子の不思議な世界><中国4千年のおじちゃまの話> <中国4千年のおじちゃまが教えてくれました> ・ここは我が家のリビング兼台所。朝一番にいただくコーヒーは聴き慣れたモーツァルトの曲と合体して、格別の味がします。そのときです。衣擦れの音とともに、紫色と紺色を交ぜ合わせた光沢のある布地に鳳凰と家紋に似た柄を金糸で刺繍した時代を感じさせる衣装でお越しになられたのは、中国4千年のおじちゃまでした。 ・今日はなかなかイイ男です。もしかすると、モスグリーンの衿が顔を引き立たせているのかもしれません。「テル、この間の続きを始めますかなァ」目の前のおじちゃまは今日も朝から元気印全開です(午前8時23分) ・私は、「地球のシナリオ」というタイトルで、これからの中国を中心に繰り広げられる「経済世界」を「中国4千年のおじちゃま」に教えていただいていました。地球は間違いなく変化を始めています。 ・私は、この「経済」が一番興味深く、教えていただくのが楽しくて仕方がありませんが、「世界経済」なんていままで縁遠いだけに、皆様にご理解いただける文が書けるか心配ですが。子供のころから不思議の世界の皆様は「テル」と呼んでくれています。 <地震に関しては10年は気を緩められません> ・一番上からいきますと相馬の太平洋上から三国岳まで、上から2番目は、福島第二から柏崎。3番目がいわきから駒ケ岳。次は鹿島から斜めに千葉の少し下の蘇我から横須賀を通り、相模湾から石廊崎を突き抜けて、私の地図の先まで、いまの所、この線上が気になっています。 ・そして、次の線は銚子の先の太平洋から房総半島を横切り、大島を突き抜けて伊豆半島の先の海上に向かう線。もうひとつの線が気になるのですが、御宿から相模湾の沖ノ山の下あたりまで、線は書かれていて、この線と先ほどの銚子からの線が交わるのが館山湾。上のほうにも斜めの線を見つけ、よくよく見ると熱塩(熱海か?)と書かれた先は山形に少しかかり、その線の逆の先は会津朝日山です。 ・「宇都宮の前原に線を引いてみてください。右先は太平洋、左先は長野県の長門の下あたりになります」そう聞こえた。線はすでに引かれていた。それとこの地図を手にしたころから、一番気になっていたのが、下妻から富士までを引いた線です。下妻の先は太平洋で私の地図の端まで続き、富士は遠州灘です。 ・3月11日からの1年は特に注意が必要です。私の心の中ではこれから10年は、気を緩めたくありません。 『大天使に出会える本』 セオリン・コルテンス KKベストセラーズ 2008/8/26 <天使の姿> ・今から30年以上前の話です。私は畏敬に満ちた、人生が変わるような体験をしました。ある日病床で瞑想していると、「あなたは、あなた自身の神と会うことになるだろう」と語る甘い声が聞こえてきたのです。その瞬間、自分は死ぬのだと思いました。でも、そのときかかっていたのはただの耳下腺炎だったので怖くはありませんでした。 ・そのときです。体がまばゆいばかりの光に包まれました。太陽よりも明るいその光で、私は暖かさと力、そしてエネルギーで満たされました。光に抱かれながら、私は心の中で「あなたは、ガブリエルですか?」と訊ねました。でも、答えはありません。 どのくらい時間がたったのかはわかりません。起き上がってベッドの端から両足をぶらぶらさせながら、私は激しい動揺を感じていました。 ・1982年の夏のある日、まだ幼い娘を乳母車に乗せて田舎道を散歩していたときです。天と地の間に、荘厳な存在を感じ取りました。2本の足で大地をしっかりと踏みしめ、頭は天を突き抜けています。目ではみることはできませんでしたが、翌日瞑想をしていると、映画の一場面のように鮮やかなイメージが浮かび上がりました。イギリスの田園風景を歩く天使の姿です。頭上に浮かぶ光の輪から放たれる輝きが空高くまで届いています。見たこともない美しい素材でできた光の輪から放たれる輝きが空高くまで届いています。見たこともない美しい素材でできた白い輝くガウンを身にまとった天使は、片方の手にオリーブの枝、もう一方の手に大きな青い水晶を持っています。茶色いサンダルを履いた足元に明るく光る寺院のような建物があり、天使の大きな体の後ろで、小さな羊が飛び跳ねています。 ・『エンジェルズ』によれば、生命の樹は森羅万象を貫く聖なるエネルギーを模したものです。10個の円は“セフィラ”(複数形はセフィロト)という創造のエネルギーを内包し、そのひとつに守護役として大天使が付いています。 ・「生命の樹は、無限の輝きを放つ10個の花をつけたバラの木のようだ。花が開き、輝きが放たれると、そこに翼を持ったものがいる」 それぞれのセフィラは王国という名で、これを守る大天使はサンダルフォンです。この一文を読んで、鼓動が速くなるのを感じました。私が見た天使は、サンダルを履いていて、自然の王国と形容すべき美しい田園風景の中を歩いていました。手には青い水晶を持っていましたが、セフィラという単語はサファイアや水晶と意味的な関連があるのです。 ・サンダルフォンは、何の前触れもなく姿を現してくれました。他の大天使たちとも、同じような形で出会えるかもしれません。 ・スピリチュアリティに対する姿勢や理解度は人それぞれでしょうが、本書によって天使界の知識がより深まることはまちがいありません。自分のガーディアンエンジェル(守護天使)とコンタクトを取り、ガーディアンエンジェルを媒体として、大天使たちとつながってください。 <天界の住人> <セラフィム(熾天使)> ・セラフィムは、神に最も近い存在です。聖書には、セラフィムが6枚の翼を持ち、焔のような光を放つという記述があります。 <大天使> ・大天使は創造物の隠された部分を受け持つ天界の住人です。創造におけるすべてを準備し、計画することが第一の仕事で、“森羅万象を建築する者”と呼ぶこともできるでしょう。自然界全体のデザインを一手に引き受けているのです。 <天使> ・天使は、無数に存在します。ユダヤ教では、天使が毎日生まれてくるとされています。天使の仕事は、刻々と変わる森羅万象という美しい織物をつむぐことです。 <自然の聖霊> ・自然の聖霊の世界には、妖精をはじめとするさまざまな元素霊が住んでいます。ここではひとまとめに聖霊という呼び名を使うことにします。 <ケルビム(智天使)> ・ここで紹介した4つの世界すべてを司るのが、非常に力の強いケルビムです。何千年という時間の流れの中で、いつからか、ぽっちゃりした体に翼を生やした赤ちゃんという姿で描かれるようになりました。しかし、本当の姿は違うのです。ケルビムの真の姿は、森羅万象のすべてをその翼の下に収めて守る、巨大な光り輝く存在なのです。 <大天使> ・ガブリエルがイエス・キリスト誕生に深く関わる大天使であるように、特定の大天使が特定の宗教の発展に深く寄与するという場合もあります。 ガブリエルはまた、預言者マホメットにコーランを渡し、イスラム教の基礎を築いたともいわれます。 <4人の主な大天使> ・最もよく知られた大天使は、ヘブライ語版聖書と聖書外典に出てくるミカエル(神に似た者)、ガブリエル(神の強さ)、ラファエル(神の癒し)、ウリエル(神の光)でしょう。 <堕天使と天界の戦争> ・天使の反抗的な性格のため、天界で戦争が起こりました。激しい戦いの結果、邪悪な天使は天界から追い落とされることになりました。『エノク書』には、悪い天使を地上界から追放してくれるよう、人間が大天使ミカエルに伝えるという場面が出てきます。そこで、大天使ラファエルが邪悪なアザゼルを天界から追い出し、審判の日が来るまで闇の中に閉じ込めておきます。死海文書の『光の子らと闇の子らの戦争』という文書には、大天使ミカエル(光の王子)が率いる光の軍団が闇の王子ベリアルを打ち負かす場面が出てきます。 ・傲慢なルシフェル(堕天使軍団の長)が神への服従を拒否し、天界から追放された逸話はジョン・ミルトンの『失楽園』で詳しく語られています。 ・堕天使に関する逸話も歴史が古く、源を辿ろうとするならば、悪という概念がいつ生まれたのかという議論をしなければならなくなるでしょう。善悪二元論には、永遠の争いがつきものです。しかし、原点に立ち返って考えるならば、地上で起きることは、よくも悪くもすべて神の御業なのです。 <あなたの運命の大天使> ・大天使の宿す資質と人間の資質は共鳴します。よって、誰にでもお気に入りの大天使ができるはずです。他者を癒すことに興味があるのなら、ラファエル、生まれながらにして伝達能力に優れている人はガブリエルという具合です。誰にでも、一生を通じて長く関わり合っていく大天使がいます。私は、こうした大天使を“運命の大天使”と呼んでいます。 大天使の存在が気詰まりに感じられたり、何かを要求されているような気になったりすることがあるでしょう。これは、「弱い資質を強くしなさい」というメッセージなのです。例を挙げながら話を進めましょう。サマエルが放つエネルギーに違和感があるときは、より厳しく自分を律し、より辛い教訓を甘んじて受けることが必要なのかもしれません。状況に応じて、特定の大天使が役に立ってくれることもあります。勉強しなければならないときには、ガブリエルが強い味方になってくれます。長い病と闘うときには、ラファエルが体力の回復を手伝ってくれます。ハナエルは自立し、行動するのを助けてくれる大天使です。 <ガーディアンエンジェルの助け> ・この題目では、準備段階の最後の仕上げについて語っていくことにします。あなたは、自分自身のガーディアンエンジェル(守護天使)とコミュニケーションを取りながら準備を続けなければなりません。 <瞑想について> ・私は、自分の生徒たちに瞑想の際にはマントラ(真言)を唱えるよう指導しています。マントラとは特別な響きを持った音で、これを静寂の意識の中で繰り返し唱えます。 <ラファエルを日常生活に呼び込む方法> ・ラファエルを描いたコラージュや、写真、あるいは言葉を書いたものを作り、常に目に留まる場所に貼っておく。 ・自分自身の癒しの力を、日常生活で活かしていく方法を考えてみる。見知らぬ人が心配そうな顔をしていたら、微笑みかけましょう。それだけで大きな違いが生まれます。 ・自分が住む地域で起こっている問題の調停に参加する。まったく異なる意見を持つ人々の間に立ってそれぞれの言い分を調整していくのは、とてもよいことです。 ・人々が犯罪やテロリズムに走る理由を考えてみる。ラファエルが人間の邪悪さを見逃したり、許したりするよう仕向けるわけではありません。邪悪さの根源を理解して傷を治す方法を学ぶよう諭すのです。 ・家族や親しい友人がいない入院患者を見舞う。 ・身の回りにある美しいもの――木々や花、雲、星、絵、建物、銅像――を愛で、感謝の言葉をかける。 ・踊ったり、スキップしたり、スケートしたりして、体を動かすことを楽しむ。 ・辛い目に遭ったり、孤独にさいなまれたりしたときはいつでも、ラファエルが放つ愛のエネルギーを思い出してください。自分を哀れむのは間違いです。あなたは、素晴らしい世界に生きています。森羅万象に感謝しましょう。朝起きたとき、そして夜寝るときに「ありがとう」と口に出してはっきり言いましょう。 <ミカエルについて> ・ミカエルの名前は、“神に似た者”という意味があります。古代ペルシアの伝説において、ミカエルはベシュタールと呼ばれていました。“人類に栄養を与える者”という意味です。また、太陽の大天使と呼ばれることもしばしばです。シャバティエルという名前もありますが、これは“神の安らぎ”という意味です(“シャバット”とはユダヤ教の休日のことです)。ミカエルはユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教において最上位の崇敬対象となっています。多くの絵画に赤い縁取りが施されたマントを着た姿で描かれていますが、これはミカエルがセラフィムであることを示すものです。 ・ミカエルの象徴はリーダーシップで、守護を得意とし、警察官の守護天使とされています。魂の重さを量るための天秤を手にした姿もよく知られています。 『魂は知っている』 すべてが思い通りになる人生の法則 高坂美紀 幻冬舎 2015/6/19 <マイケル、ラファエル、イエス様> ・「マイケル、ラファエル、イエス、アリエル、ウリエル、ガブリエル、司祭」これは、「私についてくださっているのは誰ですか」と、チャネリング(見えない世界との交信)ができるエンジェル京子さんに尋ねた時に教えられた名前です。 それぞれ、大天使マイケル(ミカエルと同じ)、大天使ラファエル、イエス様、大天使ウリエル、大天使ガブリエル、そして司祭です。見えないとはいえ、立派な方々ばかりで、ありがたいことです。主人には大天使マイケル(ミカエル)が、そして姑にはマリア様がそれぞれついてくださっているそうです。 ・どうやら、その人の魂の個性とか、与えられた役割とか、本人の気づきのレベルなどによって、守護天使が異なるようです。 それに、その人の心と状況によって、たくさんの天使の中で、どの人が前に来るかが変わったり、交代したりします。その中には、天使だけでなく、アセンデッド・マスターと呼ばれる存在もいるようです。アセンデッド・マスターというのは、この世に生きていた人が天界で、天使と同じように人を助け、導く存在になるもので、マザー・テレサ、ダイアナ妃、ウォルト・ディズニーなどは新しいアセンデッド・マスターらしいですよ。 ・天使にもアセンデッド・マスターにも、得意技とかキャラクター、くせ、エネルギーの色があって、まるで生きている人間のようです。 ・そのイエス様は、地球を守るアセンデッド・マスターの集団のリーダーで、愛と許しを説き、難病を治したりすることで知られています。 私が体の悩みをかかえる人を癒す時にイエス様に呼びかけることがあるのですが、人によって、とても速くイエス様の助けが得られる人と、別の天使が来てくれる人がいます。その人の状況によるのか互いの周波数の相性なのか、私には分かりません。 『セラフィム・ブループリント』 ルース・レンドリー VOICE 2010/6/15 <どうすればセラフとコンタクトできるか> ・ほとんどの場合、これまで人間とコンタクトをとるのは「天使」か「アークエンジェル(大天使)のどちらかでした。 ・西洋文化におけるヴィジョナリー(聖書に登場する『先見者』)は、アークエンジェル、ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ユリエルと交信していたと言われています。おそらくヴィジョナリーにとっては、それが至高の交信相手だったのでしょう。 ・天使は私たちに信頼できる情報を与えてくれます。そして然るべき手順さえ踏めば、いつでも彼らとコンタクトをとることができるのです。 ・天使は地球外のソースと密接なつながりを持った存在にほかなりません。その天使とのコンタクトが許された人は、宇宙において高い地位を与えられたも同然です。 ・そのうえ、前述のセラフの言葉も示すとおり、天使もまた人間とのコンタクト望んでいます。実際彼らは、すでに私たちの周囲に存在しているのです。たとえば、様々なクライアントのリーディングを通じて、私は、天使が人間の姿をしているケースを数多く見てきました。 彼らには次のような特徴が見られます。 ●普通の人より単純で、だまされやすく、頭が鈍い。 ●約束の時間に遅れたり、夢のようなことばかり考えたりしている。 ●物事を体系的に考えることが苦手で、いつもピントがずれたような受け答えをしてしまう。 ・ほとんどの場合、彼ら自身もそういった自分の欠点に気づいています。そこで彼らは、人間の姿になることで、その欠点を克服しようとしているのです。 <セラフィムとは何か> ・新約聖書では、天上の存在は7つのランクにグループ分けされています。すなわち、「エンジェルズ(天使)、アークエンジェルズ(大天使)、プリンシパリティーズ(権天使)、パワーズ(能天使)、ヴァーチューズ(力天使)、ドミニオンズ(主天使)、スローンズ(座天使)」です。 ・その後、キリスト教神秘神学では、7つのランクに、旧約聖書に登場するケルビム(智天使)とセラフィム(熾天使)を加えた9つを「天使の階級」として唱えるようになりました。 ・セラフィムは「すべての天使を統率する最高位の天使」にほかなりません。 『天の岩戸開き』 アセンションン・スターゲイト Ai(アイ) 明窓出版 2010/6 <中今のスピリチュアル・ハイラーキーとは?> ・大いなるすべての源、一なる至高の根源神界、すべての神界、すべての天界、そして神智学でいうスピリチュアル・ハイラーキー、アセンディッド・マスター方はもちろん、アインソフ評議会、大天使界、聖母庁、キリスト庁、メルキゼデク庁、宇宙連合、銀河連合(連邦)、太陽系連合、インナーアース連合、それらのすべてがひとつなのです。もちろん、皆さんのハイアーセルフとそのネットワークも含まれています。その総称を、「スピリチュアル・ハイラーキー」としています。 ・「宇宙聖白色同胞団」(グレート・ホワイト・ブラザーフッド)とは、「スピリチュアル・ハイラーキー」の中でも、宇宙の創始からのマスター方を指します。 ・皆さんは、天津太陽神界( 高天原)という、魂の源、故郷から太陽の国、日の本へと天孫降臨した子供たち、子孫です。 <スーパー宇宙アセンションに向かって!!!> ・今回の地球、シリウス、ここの銀河のアセンションは、地球ハイラーキーと、その長のサナート・クマラ、シリウス・ハイラーキーとその長のヴァイワマスの、「シリウス・プロジェクト」でもありますが、それをサポートするのは、アンドロメダ銀河であり、ここの宇宙の最高評議会のアインソフです。アンドロメダ銀河は、ここの宇宙で創始に生まれた領域であり、すべての存在にとって、最も本源に近い故郷です。 <アガルタ(インナーアース・首都はシャンバラ)> ・アガルタ(インナーアース・首都はシャンバラ)の領域は、5次元の現実です。この5次元の領域は最近、惑星の地表から地下へ4百マイル(640キロメートル)の地点に存在する。 ・地球の重力のニュートラル・ゾーンまで拡張されました。このように母なる地球は、5次元の領域を徐々に3次元の惑星の地表に近い場所まで移動させています。 『スピリチュアル地図の読み方』 自分の霊性に目覚めよ ラウル・イクセンバーグ 青崩堂 2009/1 <奇妙な天体―月> S 「確かに月は空洞で人工天体です。人工天体というよりも他から持ってきたものです」 R 「月の石の分析から月は50億年以上も前に誕生していて、地球より古くなってしまいます。また、地球霊団の入口を回っているという説もあります。月はどこから持ってきたのでしょう?」 S 「月は火星や金星に近い成分からできているはずです。火星の惑星だったものを持ってきているはずです。UFOの基地は月の裏側にあり、尖塔状のドームから入り、地下に基地があります。金星人が主体でプレアデスがバックアップしています。目的は地球を守るためで、このことはNASAも知っています。太陽系全体はプレアデスが守り、さらにその後ろにシリウス、こと座がバックアップする態勢が続いています。 ここ500年くらいは太陽系はプレアデスが守っていました。その担当をシリウスにバトンタッチする予定でしたが、まだ移行しきれていません。地球と地球人類の進歩が遅いからです。 地球は、特殊な電磁場の下にあり、地球外生命体は地球人のDNAの進歩を観察し続けています。 それと、地球の誕生は50億年程度ではなく本当は460億年にもなります」 <サン・ジェルマン伯爵の謎> R 「私が歴上の人物の中で非常に興味深く思っているのがサン・ジェルマン伯爵です。彼は1561年の生まれで、1784年2月27日に死亡したとされていますが、その後に彼を見たという証言や“赤い服の男”としてナポレオンに忠告を与えたとか、イギリスに現れて時の首相のチャーチルに助言を与えたという話もあります。 実際に実在した人物です。フランスのルイ15世の前で人工ダイヤを見せ、社交界で話題になり、ルイ15世にシャンボール城の一室を与えられています」 S 「たしかに『シバの女王とも会った』とか『リチャード一世と一緒に参戦した』とか『アレクサンダーがバビロンに入城する時にその場にいた』と言っていた方ですね」 R 「そうです。エリクシールという特別な水を飲み、丸薬とカラス麦だけを食べて年をとらないと言われていました。博識多才で英・仏・独・露語からサンスクリット語、ペルシャ語までを自由自在に話せたそうです。 不思議なのは、歴史上有名な人物も実際に彼と会っているということです。音楽家のジャン・フィリップ・ラモーは『恐ろしいほど話題が豊富で時間を超越した世界に生きているようだ』と証言しています。カサノバも『音楽や化学に通じた不思議な人物』と話し、当代の博学のヴォルテールをして『すべてを知っている男』と言わせています。 S 「この資料集からとても暖かいエネルギーが伝わってきます。彼の霊体は宇宙人です。時を超えて一時的に身を隠したり、ある時期また世に出てきています。プレアデスから金星、火星を経て地球に来ています。今はプレアデス以上の次元に還っています。 変幻自在に現れることができました。本当は野菜や水さえもいらず、空中のエネルギーだけで生きることができました。 こうしたタイプの霊体が宇宙人の人間は何人かいました。ロシア革命の時に捕まって銃弾を5発放たれたものの、それをよけ、その後レーニンを補佐した人物や皇室のアドバイザーの一人もそうでした。あまり詳しくは言えませんが、かって政党関係にいた人もそうです」 『「怨霊信仰」が伝説を生んだ』 神代・奈良・平安時代 井沢元彦 光文社 2012/11/17 『源頼光』 ・しかし、頼光の兄弟たちの時代はそれぞれが勇猛振りを語る伝説があります。これは長男頼光が、大江山を根城にする化け物のような山賊の大将を退治したという話で、「大江山の酒呑童子退治伝説」と言われています。 ・酒呑童子というのは、いつも酒ばかり飲んでいて赤ら顔だったからついた名前という説もありますが、いわゆる鬼のことだといわれています。鬼というのは、根城にしている山中から、時々里に下りてきては山賊行為を働き、金品や娘、食料や酒を奪っては山に帰っていく集団のことです。 ・日本の伝説には「三大悪妖怪」というのがありまして、九尾の狐、大天狗となった崇徳上皇、そして酒天童子といわれています。なかでも酒呑童子は数ある鬼の中で最強の鬼とされています。では、鬼とはいったい何者だったのか? ・わたしは赤鬼、青鬼というように、見るからに異形の持ち主だったと思います。昔は先天的、あるいは病気や火傷のような後天的なものにしろ、顔が不通ではない人々を鬼といって、一般社会から排斥するようなことがあったわけです。そういう人がひとりで生きていけるわけもありませんから、次第に徒党を組んで集団化したのではないかという説があります。 ・これは珍説に近いのですが、赤ら顔で巨大、いつも酒をかっ食らっている、もしその酒が赤ワインなら血を飲んでいるように思えることから、何らかの理由で日本に漂流してきた白人なのではないかというものです。確かに鎌倉時代に描かれた『男衾三郎絵詞』には、白人と思えるような異形の野武士が描かれていますから、絶対に違うとは言えませんが漂流者には白人もいれば黒人や黄色人種もいたはずですから、白人だけを赤鬼にするのには無理があるような気がします。 ・いずれにしろ、そういう都から離れた山中で暮らすアウトサイダーの集団が丹波国の大江山(京都市西京区大枝)の酒天童子となって山塞を構え、都を荒したことから、酒天童子討伐の命を受けた源頼光が頼光四天王を引き連れて、酒天童子討伐に向かいます。この頼光四天王の中でもっとも有名な人は、「足柄山の金太郎、マサカリかついでお馬のけいこ」という童謡でも知られる「金太郎」こと坂田金時です。 『武内宿禰(たけのうちのすくね)』 ・(生没年不詳)その寿命が約280歳ということから、実在が疑われる人物。『古事記』『日本書紀』によれば初期の大和朝廷において景行・成務・仲哀・応神・仁徳天皇の5代にわたって棟梁之臣・大臣として仕えたとされる。 <「仲哀天皇」という漢風諡号を付けた人物は彼の可哀想な人生の深層を知っていた> ・武内宿禰の年齢についてはいろいろな説があるのですが、短いので280歳、最も長いので360歳で、この間に初期の大和朝廷における5代の天皇に、ひとりで仕え続けたという、とても人間とは思えない長命の人なんです。 しかも、その超人的生命力で、人生の全てを天皇家のために捧げた伝説的超人であり、ゆえに「忠臣の権化」というわけです。 <360年も生きたとされる伝説の超人武内宿禰こそが応神天皇の父親> ・わたしは神功皇后が産んだ応神天皇の父は、武内宿禰と考えています。武内宿禰という人は、360年も生きて5代の天皇の割には、たいした事績があるわけではありません。「三韓征伐」とその後の香坂皇子らの反乱鎮圧以外には、景行天皇に北陸・東国の蝦夷征討を進言したとか、応神天皇の時に帰化人を率いて韓人池を作った、という程度のことしか残っていません。 それより、彼には昔なら仙人や神様、今なら超人といえる伝説ばかりが残っているのも、彼が応神天皇の父であることしか残っていません。 ・武内宿禰は最長で360年も生きたとされる超人ですが、『因幡国風土記』には、武内宿禰は360歳のときに、因幡国でクツを残して行方不明となったとあります。 単純に読めば武内宿禰は因幡の国で亡くなったとなりますが、道教やのちの陰陽道では、クツを残して消えるのは、仙人が「昇天」したことを意味します。単なる死ではなく昇天とされたことからしても、武内宿禰をただ者ではないと裏付けるための作為が感じられます。 『聖徳太子』 <怨霊を鎮める「贈『徳』の字方式鎮魂法」は聖徳太子あたりから始まった> ・ですから、まず聖徳太子という名称は彼の本命ではなく、後世に贈られた称号であるということが重要です。 本命は厩戸皇子です。天王家ですから性はありません。厩戸皇子、この奇妙な名前は厩戸の前で出生したからといわれますが、キリスト教となんらかの関係があるのではないかという人もいます。これはキリストが馬小屋で生まれたというエピソードから、凄い聖人が馬小屋で生まれたという話が日本に伝わり、のちに厩戸皇子を聖徳太子として持ちあげるときに、このキリストの話を採用したのではないかということをいう人もいます。 ただ、この説は中国では景教と呼ばれたキリスト教が5世紀ごろに日本にも伝わったという説が根拠かもしれませんが、中国から聖書の話が日本に入ってきたと認められる痕跡が見られるのはあとの時代なので、この説には少し無理があるのではないかと思います。 ・また聖徳太子はいろいろ言われていまして、聖徳太子自身が存在しなかったという人もいます。ただ誤解してほしくないのは、厩戸皇子が存在しなかったというのではありません。厩戸皇子は存在したけれども、その人は大した人ではなかった。その大したことのない人を持ち上げるために、聖徳という凄い名前をつけるに当たって、様々な凄い事績をくっつけてしまったのではないかと思うのです。そういう意味でわたしたちが知っている聖徳太子はいなかったという説ですね。 ・聖徳太子と「十七条の憲法」は720年に完成した『日本書紀』に載っているわけですから、厩戸皇子が死んだのが622年ということは、仮に他の誰かが作ったのだとしたら、厩戸皇子の死後百年以内に、厩戸皇子に対する美化が行なわれたことになります。 <『聖徳太子伝略』に記述された聖徳太子の最後は妻との心中を想起させる> ・聖徳太子という人は数々の伝説で彩られた人で、一度に十人の人の言葉を聞きわけたとか、野で飢えて倒れた人と出会い、聖徳太子は哀れんで飲み物と食べ物と衣類を与えたが、後日その人が死んだという報せが入り、聖徳太子は亡骸を埋葬した。後日、聖徳太子がその墓を訪れると、墓前に聖徳太子が与えた衣服だけが畳んで置いてあったことから、仏だか仙人だかわからないけれど、そういう人が聖徳太子を試したのだというような話もあります。 聖徳太子は黒駒という素晴らしい馬を持っていて、この馬で富士山を駆け登り、都まで戻るのにわずか三日しかかからなかったとか、中国の偉い坊さんの生まれ変わりであるといったことが伝えられていました。 ・ですから、聖徳太子という人は、日本史上、宗教とか文化を考える上で最も重要な人ではないかと思うのです。 『役小角』 ・役小角、飛鳥時代から奈良時代の呪術者で実在の人物。加茂の一族の中で、のちの高賀茂朝臣出身と伝えられる。修験道の開祖とされている。大和国葛城山での修行で超能力を体得して神仙と呼ばれ、平安時代の山岳信仰隆盛と共に、役行者(えんのぎょうじゃ)と呼ばれるようになった。のちに妖術で人心を惑わしたという嫌疑で島流しにされるが、夜間に飛行術で富士山に飛んで修行したなど伝説が多い。 <日本特有の神仏合体が神道系の山岳信仰を代表する役小角をもてはやした> ・光格天皇は、烏丸大納言を勅使として聖護院に遣わし、役小角は単なる行者でも優婆塞でもなく、菩薩様であったのだという意味で、神変大菩薩の諡を贈ります。 これは、すでに役小角が人々の間で神変大菩薩として崇められていたために、それを天皇が追認したとも考えられますが、没後千百年にわたってたいそうな力を持ち、仏教の守護神のような形で信仰の対象になっていたというのは事実なんですね。 『アテルイ(阿弖流為)』 ・阿弖流為(生年不詳〜802年9月17日) 平安時代初期に東北地方陸奥国民丹沢地方(岩手県)を本拠とした蝦夷の軍事的指導者。789年には日高見国胆(岩手県奥州市)に侵攻してきた「巣伏の戦い」で朝廷軍を撃退するも、その後、坂上田村麻呂に降伏する。 <米の取れない北海道はリスクを負ってまで獲得する必要のない無価値な土地だった> ・アテルイ、史料には「阿弖流為」「阿弖利為」という字が使われていますが、名前からいっても、彼らは当時の大和民族とは明らかに違う文化や文明を持っていた異民族です。 ・族長であったアテルイとモレは、征夷大将軍坂上田村麻呂が助命嘆願したにもかかわらず、あっさり処刑されてしまいます。 しかし、アテルイとモレの降伏によって、東北一帯に生活していた多くの人々が、生き延びることになりました。東北を捨て、安住の地を求めてさらに北上した人々、あるいは住み慣れた東北に残った人たち、いずれにしても数多くの異民族が生き延びたわけです。 ・東北に残った人たちの中で、朝廷への帰服を受け入れた「俘囚」となり、現地に定住をすることを許された人と、日本全国に強制移住させられた人々に分かれます。時を経て彼らの中から陸奥国に俘囚長安倍氏、出羽国に俘囚主清原氏、俘囚上頭奥州藤原氏という強大な豪族を輩出します。そして、安倍氏、清原氏の勢力が強大化するうちに、彼らは再び朝廷に逆らい、抵抗するわけです。 <日本先住民の縄文文化による大逆襲が平将門、源頼朝であり、武家政治だ> ・だからこれを逆に言うと、狩猟をやっている民族は、穢れに満ち満ちた差別の対象になるわけです。そういう民族が縄文文化にいたアテルイであり、安部貞任であり、もともとは中央の人間がそっちに行くことで二つの文化が交わったハイブリッド系ということになります。 その縄文文化の大逆襲が平将門であり、源頼朝であり、武家政治であると考えればいいと思うんです。 『魔界と妖界の日本史』 上島敏昭 現代書館 2009/3 <織田信長が第六天魔王と自称したと、フロイスが報告する(西暦1573年)> ・1573年4月20日(天正元年2月)、イエズス会宣教師のルイス・フロイス(42歳)は、同会日本布教長フランシス・ガブリエル(41歳)に書簡を送った。その中で京都の政情などを報告した後、武田信玄(53歳)と織田信長(40歳)に関する次のような噂を記した。 ・「(前略)信玄が遠江と三河の国に来襲する前、面白いことがあった。それは彼が信長に書状をしたためた時、まったくの傲慢さから己の名を高めようとし、書状の封筒に己が名を記したことであった。すなわち天台座主信玄と。(中略)これに対し信長は、第六天の魔王信長、すなわち諸宗派に反対する悪魔の王と答えた。(後略)」 ・第六天の魔王と言うのは、あまり聞きなれないが、仏道が成就しようとするときそれを妨害するために現れる悪魔のことで、『太平記』にも二箇所ほど登場する。ひとつは巻十二『千種殿附文観僧正奢侈附解脱上人』。 ・解脱上人という人が伊勢神宮に参詣し外宮に通夜念誦すると、その夜中、にわかの大嵐。電光が走る中、雲の上に車を轟かし馬の走る音が聞こえたかと思うと、忽然として空に、玉を磨き、金をちりばめた宮殿楼閣が現れ、2、3千人の眷属を引きつれた阿修羅王の軍団が出現する。そのかなり上座にいる将軍が第六天魔王で、兜に金字で「第六天の魔王」と銘が刻まれている。 ・もう一つは巻十六『日本朝敵ノ事』。日本が開闢し、イザナギ、イザナミの第一子である天照大神がこの国の主となり、伊勢国裳濯川の辺に鎮座した。そのとき第六天魔王が現れてこの国に仏法が広まるのを邪魔しようとしたので、天照大神は「ここには仏・法・僧の三宝を近づけない」ことを誓う。すると魔王は怒りを鎮め、五体から血を流して、「未来永劫まで天照大神の末裔をこの国の主とすべし」と誓約し、証にその血で印を作って、天照大神に奉った。これが神璽、すなわち、八坂瓊勾玉だという。つまり、天皇の王権を保証しているのがほかならぬ第六天魔王だというのだ。これは当時の宣教師間でもかなり知られた説であったらしく、『日葡辞書』にも「神璽は第六天の印の判。日本国王の持っている三つの古い工芸品の一つと言われる印判」と記されている。 『歴史読本』 (日本史における宇宙人の饗宴) (川島昭江) (新人物往来社) <肉人> ・1609年の慶長14年、駿河国(静岡県)にいた徳川家康のもとにグレイのような異人が現れたという記録が、江戸後期の儒学者、奏鼎の随筆集「一宵話」にあるようだ。 ・「神祖、駿河にいませし御時、御庭に、形は小児のごとくにして、肉人ともいうべく、手はありながら、指はなく、指なき手をもて、上をさして立たるものあり」 ・神祖とは、徳川家康のことである。あまたの戦火をくぐりぬけて来た家康の家臣たちが、刀を抜くことも忘れて奇怪な「肉人」の出現に驚いていると、家康は、「御城遠き小山の方へおいやれ」と命じた。 ・この随筆の章のタイトルが「肉人」ではなく、「異人」となっている。指のない人間に似た小さな生物「肉人」は、フリークスともとれなくもないが、アメリカに保存されているという宇宙人そのものであるように思われる。 ・儒教学者奏は、ある書物に載っていた記述に目をとめ、それを地球上には存在しない生物と直感し、「異人」として書き留めたのではないだろうか。 『地底人王国』 (エリック・ノーマン) (大陸書房) 1969年 <赤い人> ・地上の支配者の前に「世界の王」が姿を現したか、その使者が現れたという話は数多い。ナポレオン・ボナパルトには、三度に渡って「燃える赤い(服か?)人」が訪れ、この大武人政治家に予言を与えている。 ・「その夜、ナポレオンは、ぐっすりと眠り込んだが、夜明け近く、何か寝室内で動く気配がして、目を覚ました。ナポレオンは、強い光がひとつに集まって火炎の色をした人の姿になっているのを見た。その奇妙な訪問者は、気持ちの悪い声で言った。『私はフランスの赤い人だ。私は昔からフランスの支配者たちの前に姿を現してきた。私は、災厄の近いことを告げ知らせる者だ』」。 ・「ナポレオンの不思議な訪問者と、その正確な予言のことについては、ナポレオンの側近や補佐役の人々も耳にしたり、目撃したりしている。その中のある者は、その奇妙な来訪者は、霊界からやって来た『幽霊予言者』だと言っている」。 ・「多くのオカルト研究家たちが考えているように、その来訪者とは、迫りつつある破滅のことをナポレオンに警告するために、地球の内部のアガルタ王国から送られた『世界の王』の使者であったのかもしれない」。 『地球に来た神人』 (ロベール・シャルー) (大陸書房) 1984/1 <ナポレオンと薔薇十字会> ・ボナポルト将軍は、そのエジプト遠征の間、テンプル騎士団の伝統を受け継ぐマルタ騎士団の軍事ロッジに入会を許可された。この結社の団長は、当時ホンペッシュの名で知られていたが、彼はあのサン・ジェルマン伯爵(数世紀生きたといわれる謎に包まれた18世紀の神秘的な人物)に酷似しており、神智学者C・W・レッドビーターは、目を惑わされることなく、確かに彼こそ「トランシルバニアの導師(サン・ジェルマンは、トランシルバニアの皇子だったという説がある)」と認めている。 ・従って、ボナパルトとサン・ジェルマンとが個人的に直接に接触したということは、非常に限られた者だけに許されるテンプル騎士団の秘儀伝授が、サン・ジェルマンからボナパルトに伝えられたと考えられる。 『呪法抄』(禁断の呪術を操る闇の魔道師たち) 宮崎天斎 (学研) 1995/11 <グレイのような異人> ・1609年の慶長14年、駿河国(静岡県)にいた徳川家康のもとにグレイのような異人が現れたという記録が、江戸後期の儒学者、奏鼎の随筆集「一宵話」にあるようだ。 この随筆の章のタイトルが「肉人」ではなく、「異人」となっている。指のない人間に似た小さな生物「肉人」は、フリークスともとれなくもないが、アメリカに保存されているという宇宙人そのものであるように思われる。 ・徳川家康もグレイ(小柄な宇宙人)のコンタクトを受けたという記録がある。徳川家康もコンタクティーだったということになる。 ・1609年の慶長14年、駿河国(静岡県)にいた徳川家康のもとにグレイのような異人が現れたという記録が、江戸後期の儒学者、奏鼎の随筆集「一宵話」にあるようだ。 ・神祖、駿河にいませし御時、御庭に、形は小児のごとくにして、肉人ともいうべく、手はありながら、指はなく、指なき手をもて、上をさして立たるものあり。 ・神祖とは、徳川家康のことである。あまたの戦火をくぐりぬけて来た家康の家臣たちが、刀を抜くことも忘れて奇怪な「肉人」の出現に驚いていると、家康は、「御城遠き小山の方へおいやれ」と命じた。 ・この随筆の章のタイトルが「肉人」ではなく、「異人」となっている。指のない人間に似た小さな生物「肉人」は、フリークスともとれなくもないが、アメリカに保存されているという宇宙人そのものであるように思われる。 ・儒教学者奏は、ある書物に載っていた記述に目をとめ、それを地球上には存在しない生物と直感し、「異人」として書き留めたのではないだろうか。 『世界のUFO現象FILE』 衝撃UFO写真とエイリアンの極秘ファイルのすべて 「宇宙からの来訪者たち」の真相に迫る! 並木伸一郎 Gakken 2011/3 <中世に飛来した異星人の姿か?聖堂の外壁に見える謎のレリーフ> ・実はこの浮き彫りは、11世紀ごろの作品とされ、スぺインの西部、ポルトガルとの国境沿いにあるローマ時代からの都市サラマンカの大聖堂にある。 サラマンカ大聖堂は、11世紀から18世紀にかけて増築され、新旧のカテドラルが入り組んでいる。その入り口付近には、牛や馬などの動物がモチーフとして表現されているのだが、そのひとつにこの宇宙飛行士が刻まれているのだ。 すでに当地では有名なようだが、本来は何を表現したものなのかまったくわかっていない。もちろんNASAの宇宙飛行士が登場するはるか以前に制作されたことだけは間違いない。中世ヨーロッパに宇宙飛行士が現れた!そう思えるのだ。 <NO154 ロンドンの空飛ぶ人間> <明け方に謎の発光体を追いかけていた!> ・1710年5月11日の午前2時ごろのことだ。イギリスのロンドンでふたりの夜警が夜空に彗星らしからぬ奇妙な物体を目撃しました。 よく見ると、巨大な黒雲に引きつけられるようにして「手に剣を持った人間らしきもの」がその後を追っていったという。その人間らしき生き物は、「炎の塊」とともに動き、黒雲を追うようにして、フランス方面へ消えていったという。 写真の絵は当時の様子を表した木版画(出典『不思議の時代』)で、事態を理解できないふたりの夜警は15分ほど固唾を飲みながら見守った。どれほどの規模の大きさなのか、残念ながら記載されていない。 <NO149 ニュルンベルクの空飛ぶ槍> <16世紀の空を飛んだステルス戦闘機か?> ・1561年4月14日、ドイツのニュルンベルクで、明け方の空に垂直に滞空する「2つの円筒形の物体」が現れた。しばらくすると、なんとそこから赤、青、黒といったさまざまな色の槍や円盤が飛び出してきたというのだ。 驚くべきことに、それらはまるで空中戦をしているかのようにぶつかり合い、空を激しく飛び交ったという。 当時の様子を伝える上の挿画を見ると、右下の丘の上から噴煙があがっている。したがって、槍や円盤はここに墜落したことを示しているのかもしれない。 記録によれば、この戦いはおよそ1時間ほど続いたという。やがて、お互いに消耗してくると、まるで燃え尽きたかのように煙を出しながら落下しはじめたとされている。といっても、残念ながらその具体的な場所が記録されているわけではないようだ。 <NO150 バーゼルで起きた空中戦> <激しくぶつかり合った黒い球体たち> ・1566年8月7日、スイスのバーゼル上空で、空を覆うほどの数の「黒い球体」が発光したり、分裂したりしながら“どうも戦い合ってるらしい”という不思議な事件が起こった。 明け方、空に巨大な黒い球体が見えたかと思うと、高速で太陽に向かって飛んでいったり、今度は向きを変えて球体同士がまるで戦い合っているかのように衝突しはじめたというのだ。 多くの球体は、発光したり燃え盛るように赤く変色していたが、同士討ち(?)の破壊が進むとすべてが跡形もなく消え去ったという。 ・やはり、当時の言葉では認識できない宇宙船のような未知の存在が空を飛びながら、空中戦をしていたのだろうか? ちなみに、バーセルでは翌年4月7日にも黒い球体が出現し、今度は太陽を覆うほどの数が現れて、一日中、空に滞空していたとされている。 <NO156 徳川家康と「肉人」> <駿府城へ面会に来た宇宙人か?> ・日本にも古くから宇宙人上陸の記録が存在する。それも江戸時代、なんとあの徳川幕府を開いた徳川家康に宇宙人が会見を求めてきたとおぼしき事件を記した古文献だ。 文献は、江戸時代後期の随筆集『一宵話』と呼ばれる「異人」の項で、筆者は尾張の秦鼎。慶長14年(1609年)4月4日、駿府の城にどこからともなく珍無類の「変化のモノ」が現れたというのだ。 その形は「小児のごとくにして、肉人ともいうべく、手はありながら、指はなく、指なき手をもて、上をさして立」っていた。警戒厳重なこの城内にどうやって入り込んだのだろうか、武士たちが「くせもの!」といって追い回すと、どこへやら姿をくらましてしまったという。 <肉人が会見を求めてきた徳川家康> 肉人というからには、全身毛のないつるりとした容姿をしている。ここから「宇宙服をまとっていたので裸に見えたのではないか」ともいわれる。身長はおそらく1メートルほどであるからグレイ・エイリアンのような存在だったのかもしれない。 この奇妙奇天烈な肉人が姿を消したあと、天守閣の方角から大きな火の玉が上がったというから、この宇宙人を乗せたUFOが飛び去っていったのかもしれない。 <NO157 虚舟> <江戸時代の海岸に漂着したのは宇宙人か?> ・江戸時代のUFO飛来事件とおぼしき出来事を伝える記録がある。 時は享和3年(1803年)2月24日午後。旗本の小笠原越中守の知行所、常陸国の領内であるはらやどり浜の沖合に奇妙な船が漂着した。土地の漁民たちは小舟を漕ぎだしてその船を浜辺まで引いてきた。 <虚舟事件を伝える瓦版> ・船は直径5.4メートル。上部はガラス張りで鉄板を張り合わせた頑強な造り。船内には異様な風体の女がいた。髪は赤く、言葉は通じない。女は60センチ四方の箱を大事そうに抱えていた――。 これは1825年に滝沢馬琴がまとめた『兎園小説』で「虚船の蛮女」として紹介された話だ。事件の現場は茨城県鹿島灘沿岸のどこかと思われるが「はらやどり浜」という地名が存在せず、郷土史研究家たちの間では、事件そのものは架空のものではないかといわれつづけてきた。だが、事件について報じる記録は他にもあり、『梅の塵』、『鶯宿雑記』、瓦版が見つかっている。その瓦版では、虚船の窓がスピーカーのように描かれているのが特徴だが、いずれもその女性と異船がどうなったかは明らかにされていない。 興味深いのは船内に書かれていたという謎の蛮字だ。UFOコンタクティらが証言する宇宙文字に酷似しているのだ。 <NO159 黒又山と環状列石> ・日本最大のストーンサークルは秋田県鹿角市十和田大湯にある環状列石群だ。直径40メートルの野中堂遺跡と直径46メートルの万座遺跡からなる。 このすぐ近くには黒又山(通称クロマンタ)がある。以前からピラミッドだと目されてきた山だ。日本のピラミッドとしては唯一、本格的な学術調査が入った場所でもある。1992年の調査では、山頂で縄文後期から続縄文期にわたる祭祀用土器が多数発掘され、山岳祭祀の遺跡であることが判明した。 <鳥谷幡山が描いた黒又山の発光体> ・ここでは、以前から謎の発光現象が発生しており、かつて地磁気を利用した未知のエネルギー装置として機能していたのではないかという説もあるほどだ。 さらにストーンサークルとクロマンタを結ぶ線上で、頻繁にUFOが目撃されているのも興味深い。実際、1993年の総合調査では、調査団によって山頂部に青白い炎のようなものが目撃されているのだ。 未知の山クロマンタとストーンサークルは、古代よりUFO現象と関係があったのかもしれない。 『古代ユダヤ人と聖徳太子の秘密』 (月海千峰)(げっかいちほう) (日本文芸社)1994/6 (先代旧事本記)が明かす“真の日本建国者”の実像 <「先代旧事本記(せんだいくじほんぎ)」に見られる聖徳太子と神人> ・聖徳太子は、法隆寺夢殿で神のお告げを受けていた。 ・古代ペルシャのミトラ(バール)信仰。ペルシャと日本の交流はユダヤ人によって行なわれていた。 ・弥勒菩薩は、バール神だった。 ・カバラによっても証明される「弥勒菩薩=メシア」 ・聖徳太子には、「うまやどの皇子」のほかに「豊聡耳皇子(とよとみみのおうじ)」といったメシアを感じさせる別名がある。 ・太子の逸話には「一度に何人もの話を聞けた」というものがあるが、この話は「先代旧事本記」によると、「太子は、当時日本にあった七つの主要言語をすべて話せた」とされている。 ・太子千年の預言書「未然本記」(みぜんほんぎ)の謎 ・その「未然本記」にまつわる経緯は、「先代旧事本記(せんだいくじほんぎ)」に以下のように記されている。 ・「未然本記」は、推古(すいこ)天皇に山背王子(やましろのおうじ)が献上した。 ・しかし、この書には、題もなく、いつ書かれたのか、何が目的で書かれたのか全く分からない。 ・天皇は、聖徳太子が亡くなって四年目に、この書に接して、大変喜び、部屋に戻って何度か読んでみるが、やはりよく分からない。 ・そこで、秦河勝(はたのかわかつ)を召して、何が書かれてあるのかを質問するが、河勝は分からないと答える、次に当時12歳だった、鎌足(かまたり)を呼んで、「貴方は、少年であるが、日夜、太子の給仕をし、太子も大変、賢いものだと言っていました。何か、この書に心当たりはありませんか」と尋ねた。 ・鎌足は、「夢殿で、給仕をしておりますと、常に殿下の所に神人が侍って、さまざまなお話をしておられましたが、この書を見ますと、そのことが書いているようでございます」と答えた。 ・天皇は、鎌足に書を渡し、解説するようにと命令する。 ・鎌足は、神頼みしかないと思い、身を清め好物を断って、部屋に籠もり一心に祈っていた。すると一人の神人が現れ、鎌足の心眼が開ける。そしてこの書は、千年の予言書だと悟るのである・・・・ ・ 「未然本記」は、聖徳太子の千年期の予言の書とされ、ノストラダムスの予言と同じように、その予言がよく当たったという研究書も出版されているようだ。 『隠された聖書の国 日本』 (ケン・ジョセフ・シニア&ジュニア)(徳間書店) 2008/4 <醍醐本『聖徳太子伝記』(13世紀)> ・『日本史の中の仏教と景教』の著者、富山昌徳は、「醍醐本『聖徳太子伝記』(13世紀)には聖徳太子が死んで蘇った話が出ているだけでなく、本書全体の構成が『ヨハネ伝』を模したものと推定される」と書いています。さらに聖徳太子が、「片岡山で飢えた者に衣食を与えたという話」「それに続いて、その飢えた人がやがて死んで葬られたが、数日の後、復活して、ただ棺の上には衣だけしか残っていなかった」という話が『日本書紀』に載っていますが、これらも聖書を知っている人なら、「どうも聖書に似ているなあ」と思えてならないでしょう。キリストは、飢えた者に衣食を与えるなら決して報いからもれることはないと言い、それはキリスト自身に与えたのと同じだと教えました。そして、キリストが死んで葬られ、後に復活した墓には、ただ衣だけしか残っていなかったと、聖書は記しているからです。 一方、聖徳太子は「大工の祖」と仰がれ、「大工の守護神」とされています。同様にイエスの職業は大工でした。広隆寺でも、一月に「チョンナ初め」の儀式というのが今もあって、聖徳太子は大工の祖であるとしています。聖徳太子にまつわる後世の伝説は、このようにもともと基督教だったものが、数多く取り込まれているようです。 『隠された聖書の国 日本』 (ケン・ジョセフ・シニア&ジュニア)(徳間書店)2008/4 <聖徳太子伝説と聖書の物語> ・古代の日本において、景教徒が庶民の間に入り込んでいたこと、また聖書が知識人の間で読まれていたことは、次のような事実からもうかがえます。たとえば、聖徳太子にまつわる様々な伝説です。 ・聖徳太子が実際にどういう人物であったかについては、謎が多いとされています。しかし、聖徳太子の死後、数百年経って平安時代に聖徳太子に対する、人々の尊敬がふくらみ、彼に関する多くの伝説が生まれていきました。そして、不思議なことに、その聖徳太子伝説の中に、聖書の物語が転用されたふしがあるのです。 ・たとえば、聖徳太子は、馬小屋で生まれて「救世菩薩(ぐぜぼさつ)」すなわち一種の救い主とされています。聖徳太子は「厩戸皇子(うまやどのみこ)」と呼ばれますが「厩」とは馬小屋のことです。久米邦武博士は、これは“マリヤが馬小屋でイエスを産んだ”とする基督教の話が、聖徳太子の伝説中に取り込まれたからだ、と推測しています。また、聖徳太子誕生にまつわる他の伝説も、聖典の話によく似ています。たとえば、聖徳太子の母、間人(はしひと)皇后の夢に救世観音が現れ、太子の誕生を予告したとなっていますが、同様に聖書においては、マリヤの前に大天使ガブリエルが現れ、イエスの誕生を予告しています。 ・さらに伝説では、日羅(にちら)聖人は聖徳太子を「救世観音」と呼んで礼拝し、そののち、この日羅聖人は暗殺されたとなっています。これはバオウテスマのヨハネがキリストを「救世主」と呼び礼拝したが、後にそのヨハネは暗殺されたというが、聖書の記事にそっくりです。 『日月地神示』 黄金人類と日本の天命 白峰聖鵬 明窓出版 2005/11 <白色同胞団と観音力> ・次の話は「白色同胞団と観音力」です。2008年を乗り越えて月の生命反応に呼応し、ニュータイプの遺伝子の突然変異によってスイッチがオンになった人が急に霊的な能力を得て、ものすごいことができるようになります。 ・そんな彼らはどこからの指令で動くか?それは宇宙からではなくて、地下からなのです。仏教の仏の世界は相似形になっており、一番遠い所と、一番近い所に宇宙の中枢があるのです。 この地球の中は、曼荼羅のようにできています。地球が変わる時に、その人たちがサポートするために待機しています。 ・地球のツボの経路は14万4千あるのですが、これも相似形になっているので、地球を守る人もまた、14万4千人必要です。時期が来たら、14万4千の人がサポートするようになります。 どういう人たちかと言いますと、男でもない女でもない、男であって女であり、女であって男である。すなわち「観音様」です。中性的な人なのです。そういう人たちが、エネルギーを媒介して、神と人とを統一して、ニュータイプとして生き延びるのではないでしょうか。 ・聖徳太子の予言書には、数霊学と国体が未来記として隠されています。未来記の中には、2020年を世の中が全部ひっくり返って、ミロク(弥勒)の世になりますよと書いてあるのですが、面白いのはフリーメーソンのヨーロッパのロッジに行きますと、そこには2020という数字が看板に書いてあるのです。2020年にこの世が終わるというコードなんですね。(そして、新しい世の中のシステムが現われると) ・ご存じの方も多いと思いますが、聖徳太子は三人いたのです。秦河勝と大友忍(しのび)という人が中心となって聖徳太子の役割をやったのです。日本で初めての情報機関の忍者が大友忍で、忍者の発祥となる人です。(同時に10人の話を聞けたのもその為です) ・聖徳太子の渡来人説がありましたが、もう一人、青い目の聖徳太子がいたのです。日本人じゃなかったんですね。あるところに行きますと、イエスキリスト、イコール聖徳太子になっています。イエスは馬小屋で生まれ、聖徳太子も厩戸の皇子と呼ばれていますね。 ・問題は聖徳太子の残したものですが、実はユダヤの「カバラ」が基になっているんですね。だから重要なのです。 じゃあ、なぜ、カバラは日本にあるのか?日本とユダヤは実は同祖という話もありますが、本当は同祖どころか、まるで同じ民族なんですね。 ・面白いのはイスラエルで祀っている神様は国常立大神なのです。伊勢神宮の神様は、もしかするとあちらの神様じゃないか、という議論もありますが、あちらで神様と言われている方が、国常立大神であるとはどういうことか?つまり、日本の神様をあちらでも祀っているということだと私は、思っています。(ヤーウェ神) 『古代日本のフリーメーソン』 全国に張り巡らされた日本ピラミッド・ネットワークと超能力の秘密に迫る!! 渡辺豊和 学研 2010/8/11 <役小角(えんのおづぬ)はフリーメーソンだった!?> ・伝承では、小角は中国、インド、朝鮮に渡ったともいわれるが、これは縄文技術者集団の国際的な性格を物語る話かもしれない。 彼ら技術者集団は、「自由な石工」(フリーメーソン)として、国際的な秘密結社とかかわっていたのではないか。私がそう思うのは、縄文期の技術が、弥生期や古墳期とは比べものにならない高度な水準を誇っていたからだ。 ・小角が「鬼神を使役・・・」云々は、外国から招請した結社員たちを使ったこと、また小角が飛行したというのは、世界規模の結社組織に所属し、自由自在に世界へと飛躍できた、ということかもしれない。 ・フリーメーソンといえば、もともとオリエント世界を渡り歩いた自由技術者=石工の組合だったが、彼らは、その技術を売り物に各地に雇われてその腕を振るい、土地から土地へと流れ歩いた。 縄文期の技術者たちは、こうした古代のフリーメーソンのメンバーだったかもしれない。その高度な技術展開から見て、またその足跡が非定住の漂泊者たちの生活に見え隠れしていることから見て、少なくとも同様の性格を持った国際的結社にかかわっていた可能性を十分に想像できる。 <山の民サンカとは何者か!?> ・彼らの生き方も、まことにフリーメーソン的だった。彼らは、時代の制度や組織とは無関係に、独自の法・掟を定め、全国的な秘密結社によって組織されていた。特に、サンカは、縄文技術者集団としての色彩がことのほか強く感じられる。 『古代日本のフリーメーソン』 全国に張り巡らされた日本ピラミッド・ネットワークと超能力の秘密に迫る!! 渡辺豊和 学研 2010/8/10 <役小角(えんのおづぬ)と宇宙人との関係> ・役行者(えんのぎょうじゃ)は、7〜8世紀ごろの山岳修行者で、葛城山を拠点に活動し、山伏の間では「神変大菩薩」の尊称がある。彼が生涯を通じてなしたとされる奇跡は釈迦やキリストにも劣らないと言われている。 ・葛城山は、大阪府太子町と奈良県当麻町の間に位置する二上山から、南の金剛山まで伸びる山系のことである。ここには、「土蜘蛛(つちぐも)」と呼ばれる土民として登場する人々だ。彼らは背が低く、異様に長い手足を持った異形の集団とされている。現代風に言えば、グレイのようなヒューマノイドの宇宙人の集団だったと言えるかもしれない。役小角が、使役したとされる鬼神も、実体は異形の山の民だったのではないかとする説がある。 ・役小角の伝承は、少しずつ形を変えながら何度も語り継がれて、中には小角の前世を2回の生まれ変わりにわたって語った伝承もあるし、別の伝承では、さらに7回もの生まれ変わりが、語られている。伊豆へ配流となった小角は、夜になると空を飛んで富士山へ出かけていった。そして、最後は、日本を見限り、老母を伴い唐へ飛び去ったとされている。彼の出生や伊豆への配流を巡るこの伝承も数多くのバリエーションがある。 『縄文宇宙文明の謎』 太古日本の世界王朝と超古代核戦争の真相 (高橋良典)(日本文芸社) 1995/2 <『竹内文書』> ・日本の3大奇書と言われる「竹内文書」によれば、アシカビキミヌシの後をついで、世界の王となった上古第二代天皇ツクリヌシキヨロズオは、日本の「磐城ノ国」に地下都市を作り、地球の大異変を生き延びた後に「父の山」から、神去ったというのだ。 ・この「磐城ノ国」がどこにあったかーそれは中国の史記に記された黄帝(アシカビキミヌシ)の後継者、高陽帝の地下都市が「山海経」の中で、紀伊半島にあったと記されているところから、「磐城ノ国」は紀伊半島の地下都市を指していると見られる。 ・この紀伊半島の地下都市は「山海経」では、「方丘」と呼ばれている。高陽帝は、この時代に紀伊半島の地下都市に世界の都を置いて、地球上の各地に住む五色人を治めた。その時代に天皇と皇子たちが、前代に引き続き太陽系の別の惑星や銀河系のかなたの星とも交流を持っていたことは、「神代の万国史」の記録を見れば明らかである。上古第三代天皇キノクニミヌシは、大型宇宙船8隻、小型宇宙船16隻を作らせた後、これに乗って地球各地を視察した。天皇は、万国を巡幸した後、常磐国大付浜(福島県双葉郡大熊町大川原)のあたりを経て神岡(岐阜県神岡町)に帰還した。 ・上古第三代天皇の世に大異変が発生して、地球は泥の海となり、万物がことごとく死滅した。このとき天皇一族397人は、飛騨高山と紀伊半島の大台ヶ原の二ヶ所から宇宙船に乗って地球を脱出し、災難を逃れた。その後、天皇は、天越根中国(富山、岐阜、長野の県境)に天降り、皇太子は同地の鷲羽山に天降り、その他の皇族も日本の各地の山々に天降った。 『縄文宇宙文明の謎』 太古日本の世界王朝と超古代核戦争の真相 (高橋良典)(日本文芸社) 1995/2 <世界中の叙事詩がシャンバラの存在を示す> ・インドに伝わる世界最大の叙事詩「マハーバーラタ」によれば、「仙洞(シャンバラ)」の王クベーラ(宮下文書に登場する阿和路比古)とシバの兄弟が築き上げたクル族の偉大な宇宙文明を享受していた。現在の日本人は、「マハーバーラタ」に登場するクルの大王ドリタラーシュトラとその息子ドウリヨーダナが、それぞれ、日本神話の「国常立(クニトコダチ)」と息子の面足(オモダル)に相当し、「ユーカラ」の主人公コタンカラカムイ(国造りの神)とその息子のエイポイヤウンペに対応することを忘れ去って久しい。 ・最近の研究では、エジプトの「死者の書」に示された世界が死後の魂の行く所ではなく、生きた人間が活躍した実在の世界であり、そこに登場する天上と地下は、宇宙都市と地下都市を描いたものであることが明らかになろうとしている。エジプトの「死者の書」は、実在した地下都市チュアトから宇宙都市へと旅発ったファラオたちの様子を記した「地下都市の書」であることがますますハッキリしてきた。 ・なお、中国に伝わる世界最古の地理書「山海経(さんかいきょう)」は、今から3千5百年前の夏王朝を開いた伝説の帝王、禹(う)が、大洪水の後に作成したと言われる世界地図の解説書である。 『超陰謀・超極秘 超図解 縄文文字でめざせ世紀の大発見!』 神代文字でめざせ世紀の大発見! 高橋良典 日本探検協会 徳間書店 1995/11 <よみがえれ!太古日本の宇宙文明> ・本書を読み終えた君たちは、その昔、我々の祖先カラ族が、今は失われた地下都市(シャンバラ)・宇宙船文明(ムー)を持って、世界を治めていた時代があったことを感じとってくれたと思う。 その時代に我々は、祖先は、この地球だけでなく、月や火星、太陽系の遊星にムー文明と呼ばれる壮大な宇宙文明を作っていた。が、この文明は前16世紀と前8世紀の2度にわたる大戦と異変で滅び去った。そして、この時期に『天と地のつながり』が断たれ、それまで一つに結ばれていたカラ族の兄弟が天上界と地上で別れ別れになってしまったのだ。 ・それ以来、“天狗”や“ディンギル”と呼ばれた天界の兄弟たちは、太陽系文明を再建するため知られざる努力を続けてきた。過去数千年間の間にときおりこの地球を訪問した我々の兄弟は、その都度、地球の各地に日本の神代文字でメッセージを残してきた。 ・今から50年ほど前アメリカ、ニューメキシコ州のソッコロに墜落した円盤から見つかった大量の宇宙文字が日本の神代文字とそっくりなことはNASA(米航空宇宙局)や欧米の研究者の間ではかなり知られている。 ・宇宙人の文字の中に漢字とよく似たものがあることは、「天王星から地球にやって来た」とみられている円盤の底部に「王」と読める文字が刻まれていることからも明らかだ。が、その文字は、日本の神代文字で「クル」と読めるのだ。 ・UFOの研究者として有名なある人物のもとにメッセージをよこしたウンモ星人のサイン(署名)は、日本の神代文字(宇宙文字!)で書かれているのだという。 ・信頼すべき別の情報によれば、ウンモ星人は、すでに来るべき宇宙世紀に向かって、地球再建計画を本格的に進めているといわれている。その計画は、近い将来「終末」を迎える地球に代わって、月と一つになった地球がスタートするために欠かせない月再建計画と連動していて、神代文字の知識がこの秘密計画の真相にかかわっているらしい。ということは、日本の神代文字が失われたカラ族の太陽系文明の秘密を解き明かす大いなる鍵になっているということだ。 『主と呼ばれる方の名はエル・ランティー』 河上修二 大開製版 2001年8月 <人類創世紀> ・人類は緑に包まれた、しかも神の光に満たされた地球という環境に、今から3億6千5百年前、初めてベーター星という星より神より与えられた新しい緑に包まれたこの地球に人類は最初に印したのであります。 その当時は、ベーター星は、調和され、私たちは、新しい新天地を求めてもっとも調和された、この地球という環境を選んだのであります。 その当時、最初に反重力光子宇宙船という今で言うUFOです。それに乗りまして、地球上の人類は、神の光に満たされた天使であるところのエルランティ、このエルランティという方が、中心になられまして、エルランティは、直接神の光を受けているところの真のメシアであります。 ・エルランティは神の光を直接百%受け、百%純粋にエルランティの身体、特におでこの部分から神の光を出す真のメシアです。 エルランティの分霊にイエス、釈迦、モーゼがおられます。 ・天上界=天国=実在界=あの世では、イエスはアガシャー、釈迦は、カンターレ、モーゼは、モーゼという名前です。 主エルランティは、イエスが地球に生まれた時は、ヤハウェーと名乗り、彼らと神の法を指導した。マホメットが、生まれた時は、アラーと名乗り、指導されたわけです。 <太陽系霊団の系図、明かされた高次元世界の仕組み> ・高橋信次先生の霊的ご自覚によって高次元の仕組みがいっそう明らかにされました。 ・太陽系霊団は、大宇宙大神霊の神の光が、エルランティという人格を持たれた方を中心として成り立っています。 ・真のメシヤ(救世主)エルランティを中心として光の直系の方々によって高次元世界が成り立っています。 光の直系は、力の直系ともいわれ、エルランティの下に七大天使が配置されています。 ・その七大天使の長が、七色の翼を持つ大天使、ミカエルといわれる方です。 ・そして、ミカエル天使長の下に、六人の大天使が配置され、如来界の大指導霊の役を果たしています。すなわち、六人の筆頭にガブリ・エルがあられます。ガブリ・エル大天使は、ミカエル天使長、イエス、ブッタ、モーゼのお三方に報告するための通信・伝達の業務を担当されています。 次いで、ウリ・エル大天使は、政治、経済、自治を、サリ・エル大天使は、医学、薬学、ラグ・エル大天使は、律法、パヌ・エル大天使は、芸術、文学、歴史を担当されています。 ・大天使の側面からの助力者として、ガブリ・エルの下に、セラ・ビム(水)(菩薩)、ケル・ビム(炎)(諸天善神)の光の天使が、それぞれ数百名ずつ配置されています。 ・アラーを信奉したマホメットは、ガブリ・エルの直接指導をうけて、さまざまな奇跡を現わしますが、アラーはエルランティの当時の別名です。したがって、回教の神はエルランティであります。 ・次にエルランティの光の分霊として、イエス、ブッタ、モーゼのお三方がおいでになります。イエス様は、エルランティを指して、エホバと呼び、アガシャー系を形作っています。ブッタは、ブラフマンと呼び、カンターレ系をつくっており、モーゼ様は、ヤハウェと呼びモーゼ系をつくっています。 地球人類は、この三つの系列のどれかに属し、イエス、ブッタ、モーゼを頂点にピラミッド型を示し、末広がりになっています。しかし、各人の霊子線は、すべて神の光に直結しているので、霊的にも七大天使を通してつながるわけです。 ・現代文化の源流は、現証(モーゼ)、理証(イエス)、文証(ブッタ)による正法の確立にありました。しかし、このお三方の背後にはエルランティの光があって、これなくしてユダヤ教、キリスト教、仏教は実現し得なかったといえるでしょう。 ・高橋信次先生の高次元の名を、エルランティと呼び、この名を知る者は、高次元の世界でもほんのわずかの人々であります。 <UFOについて> ・UFOは宇宙人の乗り物であり、光の速度を超えて、ワープする。つまり瞬間移動する乗り物です。 ただ、宇宙人にも神のグループと悪魔のグループで生きている二つのタイプがある。 また、天国での霊界のUFOと地獄の悪魔のUFOとがある。 『日本ミステリアス妖怪・怪奇・妖人事典』 志村有弘 勉誠出版 2011/2/10 <異界> <異界とは何か> ・異界とは広い意味では、我々の日常生活の場所と時間の外側の世界、それら全てということができる。その中でも、小松和彦は大きく二つに分類している。黄泉国、常世国、極楽浄土、ニライカナイなどの「観念の世界にのみ存在するもの」と、心理的に特別な意味あいが付与された象徴として認識された場合の山や海や川、湖沼、村はずれや境、辻などの「地上に実在する空間として表彰されるもの」である。そして、この二つの異界の関係性として「地上的異界は観念的異界を背後にもつことによって存在している」と指摘する。観念的異界は未知の空間であり、地上的異界はその出入口である。 ・しかし、地上的異界は純粋な境界としての出入り口である場合と、そうでない場合がある。前者の例が辻や境などであり、日常的空間である一方、時折、または潜在的性質としての異界への通路が開くのである。そして、後者の例が、日常世界とは違う性質を帯びている山や湖沼などの特別な場所で、その場所自体が概ね異世界の影響下にあり、異界の住人が跳梁跋扈していたり、または、その場所自体が既に向こう側の世界と重複しており、故にそこが異界と化していると捉えられているケースである。 <異人> ・異人とは、簡単にいえば境界の向こう側の世界に属するとみなされた人のことである。今日、民俗学や社会学で用いられる異人という語は日本民俗学の祖とも評される柳田国男の『遠野物語』にみることができる。29番の鶏頭山についての話しの中に「其岩の上に大男三人居たり。……その目の光極めて恐ろし。………暫時そこに立ちて居る間に、忽ち異人は見えずなりたりと云ふ」とある。 ・一方、小松和彦がグループ分けする異人は次の4とおりである。 1 ある社会集団(共同体)を訪れ、一時的に滞在するが、所用を済ませればすぐに立ち去って行く「異人」。 〔遍歴する宗教者や職人、商人、乞食、観光目的の旅行者、聖地への巡礼者など〕 2 ある社会集団(共同体)の外部からやってきて、その社会集団に定着することになった「異人」 〔戦争や飢饉などのよって自分の故郷を追われた難民、商売や布教のために定着した商人や宗教者、共同体を追われた犯罪者、「異国」から奴隷などとして強制的に連行されてきた人々など〕 3 ある社会集団(共同体)が、その内部からその成員をさまざまな理由から差別・排除する形で生まれてくる「異人」。 〔前科者や障害者、金持ちや貧乏な人など〕 4 空間的にはるか彼方の「異界」に存在しているとされているために間接的にしか知らない、したがって想像のなかで一方的に関係を結んでいるにすぎない「異人」。 〔海の向こうの外国人や、はるか彼方の「異界」に住むという「異神」たち〕 <神隠し> ・【発祥】民俗社会において不可解な失踪事件が起こった際に、失踪者は天狗や山の神や狐などに異界へ連れて行かれたとされ、これを神隠しと呼んだ。神隠しの対象者は、多くの場合子供であるが、大人の事例も少なからず存在する。 ・柳田国男は、神隠しに遭いやすい子供の気質があるのではないかと『山の人生』の中で記している。柳田によると、古くは、子供の不可解な行動や言動を宣託として信じ、そのような傾向のある子供を「因童(よりわらわ)」として重要な任務を託した。この子供が所定の方法で状態に陥らない場合、1人を取り囲んで大勢で唱え言や単調な音楽を鳴らして四方からこれを責めたといい、この名残りが子供の遊戯である「かごめかごめ」に残されているとする。 ・神隠しにあいやすい時刻は、「逢魔が時」「誰そ彼時」とも言われる夕暮れ時とされている。とくに、夕暮れ時に「隠れ遊び」をすると神隠しが発生しやすいと考えられていた。 ・神隠しにあった者を捜索する場合、多くの地域で鉦や太鼓を鳴らす慣習があった。例えば、北大和の低地部では、失踪者の近親の者が一升瓶を手に持ち、その底を叩きながら歩いて廻り、紀州の田辺地方では、鉦や太鼓とともに、櫛の歯でもって枡の尻をかいて変な音をたてたという。また、播磨国東部などでは、捜索者が失踪した子供の茶碗を手に持ってそれを木片で叩いて歩いたという。 しかし、このような捜索方法は、単なる失踪者を捜索する方法としては、あまり有効な手段ではない。村の各戸が総出で行列を作って一定の道筋を廻る捜索の仕方は、残された者たちの諦めの儀式ともいえる」とする。 <座敷童子> ・【発祥】岩手県を中心とした東北地方で伝承されている屋内に出現するという妖怪。子どもの姿をしており、性別は男女どちらの場合もあるという。地域によって、座敷ぼっこ、蔵ワラシ、蔵ぼっこなどと呼ばれる。 ・【伝説・伝承】『石神問答』に収録されている柳田宛の佐々木繁(喜善)書簡には、座敷童子の種類が記されている。佐々木は、座敷童子には、「チョウビラコ」「ノタバリコ」「ウスツキコ」の三種類があると伝え聞いたことを柳田に報告している。「チョウビラコ」は、最も小さく最も美しい神で、夫婦二対であるという。「ノタバリコ」はやや身体が大きく常に這っており、内土間から茶の間のあたりにかけて這って歩くものを指す。「ウスツキコ」は、主に深夜に出現して臼を搗くときのように跳ねて歩く座敷童子だとしている。 ・佐々木の住む土淵村近くの綾織村(現・遠野市綾織町)では、ある家で持地の山林を売却するために、木挽と漆掻きの男が宿泊した。すると、毎晩一人の童子があらわれて布団の上を渡ったり、頭の上にまたがったりするので、うるさくてなかなか眠れなかった。そこで漆掻きの男が童子を捕まえて懲らしめようと待ち伏せして相撲を挑むと、かえって童子に打ち負かされてしまった。二人の男は童子の力に驚き、翌日からは別の宿に移ったという。 ・同じ綾織村の話で、昔、正月14日の吹雪の晩に隣村の家から笛太鼓で囃しながら、賑やかにでてきたものがあったが、ある農家の家の前まで来たときにぴたっと物音が止んでしまった。近隣では福の神が入ったと噂したという。その後、この農家の土蔵にはクラワラシが居るようになり、家計が非常に豊かになったという。 ・東磐井郡松川村(現・一関市東山町松川)には、店子30軒を所有する裕福な旧家があった。この家には古くから座敷童子がいるとの言い伝えがあり、夜だけ姿を現すという。姿は入道坊主であったり、12、3歳の座敷童子であったりする。他所の者がこの家に宿泊すると、床の上から転ばされたり枕返しにあうため、気味が悪くて泊まることができなかったという。 ・登米郡南方村(現・登米市南方町)にも座敷童子が出るという旧家があった。以前、この家で屋根の葺き替えが終った日の夕方、足場板の上を12、3歳の少女が自由自在に走り回り、村人の多くがその光景を目撃したという。この家では、座敷童子は常に奥座敷にいると信じられていて、床の間に水を入れた茶碗を供えているという。時々何者かが座敷を掃く音などが聞こえるそうだが、家の人は少しも怖がらないという。 ・座敷童子には、顔が赤いという伝承が多いのも特徴であろう。八戸町(現・八戸市)のある呉服屋が隆盛の頃、座敷でときどき座敷童子が出現した。座敷童子の色が白く美しく見えるときは吉事があり、色が赤く見えるときは凶事があった。この呉服屋の経営が悪化したときには、座敷童子の顔は常に赤かったという。 <果心居士(かしんこじ)> ・【伝説・伝承】戦国時代、織田信長や明智光秀、松永久秀らを手玉にとったと伝えられる幻術師。生没年、出身など一切が定かならず、実在すら疑う向きもあるが、文禄五年(1596)の成立とされる『義残後覚』をはじめ、『醍醐随筆』、『遠碧軒記』、『玉箒木』、『武家雑談集』など、様々な随筆や怪談奇談集にその名をとどめている。 ・伏見の町中で勧進能が行われ、大盛況を博していたとき、下顎を撫でるとみるみる伸び始め、観客が驚いている隙に一番前の席をせしめた。借金をしていた商人と出くわした際、顔を一撫ですると別人の容貌となり、商人は人違いを詫びた。戸田出羽という剣法者が弟子とともに取り囲むと忽然と消え失せ、どれほど探しても見つからないが、『どこに居るのか』と問うと「ここに居る」と答えがし、元の場所からまったく動いていなかった。松永弾正久秀が、自分を怖がらせてみろと挑発すると、急にあたりが暗くなり小雨が降り始め、数年前に死んだはずの妻が現れるが、恐ろしくなった久秀が思わず、やめよ、と叫ぶと、たちまち雨は止んで月明かりがさし、妻だと思ったのは居士だった。豊臣秀吉の前で幻術を披露したところ秀吉の怒りを買い磔刑に処せられるが、たちまち鼠の姿と化し、舞い降りた鳶に掴まれると空に飛び去った、といった逸話が伝わっている。 <山ン本五郎左衛門(さんもとごろうざえもん)> ・【発祥】『稲生物怪録』に登場する妖怪。さんもとごろうざえもん、という。やまもと、ではない。柏正甫の『稲生物怪録』に登場する妖怪の首領である。 ・【伝説・伝承】『稲生物怪録』は、江戸時代、備後の国の三次藩(現・広島県三次市)の武士稲生平太郎(事件時は少年。のちに稲生武太夫と改める)が、妖怪と対決した実録である。平太郎が百物語を行ってから、寛延二年(1749)七月、およそ一か月のあいだ、平太郎の家にはさまざまな怪奇現象が出現する。怪奇現象というのは、妖怪が次々と現れたのである。 ・男が話すことがあるというので、平太郎が脇差を鞘に納めると、平太郎を「気の強い男だ」と言い、自分の名を「山ン本五郎左衛門」と名乗った。男は自分は日本では「山ン本五郎左衛門」といい、人間ではなく魔王の類いであること、また日本では自分と同じような者は神(し)ノ野悪五郎だけだと語った。五郎左衛門は平太郎が気丈だから難儀をしたこと、人を恐れさせることを仕事としていること、平太郎が恐れないので日数を送ってしまったこと、これから九州に下り島々を渡ること、こののち怪しいことは起こらない、神ノ五郎も来ることはない、もしも怪しいことがあれば、北に向かって「はや山ン本五郎左衛門が来たと言え」と語ると、大男の五郎左衛門は駕籠に乗って去っていった。 『妖怪文化入門』 小松和彦 角川学芸出版 2012/6/22 <異人・生贄> <「異人」とはなにか> ・「異人」とは、一言で言えば「境界」の「向こう側の世界」(異界)に属するとみなされた人のことである。その異人が「こちら側の世界」に現れたとき、「こちら側」の人びとにとって具体的な問題となる。つまり「異人」とは、相対的概念であり、関係概念なのである。 ところで、「こちら側」の人びとが想像する「異人」は、おおむね次の四つのタイプに分けられる。 ? ある社会集団(共同体)を訪れ、一時的に滞在するが、所用を済ませればすぐに立ち去って行く「異人」。こうした「異人」の例として、遍歴する宗教者や職人、商人、乞食、観光目的の旅行者、聖地への巡礼者などを挙げることができる。 ? ある社会集団(共同体)の外部からやってきて、その社会集団に定着することになった「異人」。こうした「異人」の例として、戦争や飢饉などによって自分の故郷を追われた難民、商売や布教のために定着した商人や宗教者、共同体を追われた犯罪者、「異国」から奴隷などとして、強制的に連行されてきた人びとなどを挙げることができる。 ? ある社会集団(共同体)が、その内部の成員をさまざまな理由で差別・排除する形で生まれてくる「異人」。前科者や障害者、金持ちや貧乏な人などが、この「異人」の位置に組み入れられることが多い。 ? 空間的にはるか彼方の「異界」に存在しているとされているために間接的にしか知らない、したがって想像のなかで一方的に関係を結んでいるにすぎない「異人」。海の向こうの外国人や、はるか彼方の「異界」に住むという「異神」たちが、こうした「異人」のカテゴリーを形成している。 ・こうした種類の「異人」たちが「異人」とみなされた社会集団の問題になってくるのは、当該集団がその集団としての「境界」を意識し、その集団の構成員とそれ以外の人びとを区別しようとするときである。人びとは「我々の集団・仲間」を作り出すために、その<外部>に「異人」を作り出すのである。この「異人」を媒介にして集団は結束し、その「異人」に対処する作法を編み出し、ときには歓待し、ときには差別や排除に及ぶことになる。 ・異人論の先駆的研究として位置づけられる研究は、折口信夫のマレビト論であり、岡正雄の異人論であろう。 折口の「マレビト」概念は彼自身が厳密な定義をおこなっていないこともあって難解であるが、その概念は二重構造になっていると思われる。一次的なマレビトは来訪神のことであり、二次的マレビトが共同体の外部から訪れる祝福芸能者のたぐいとして想定されている。共同体の人びとはこれと祝福芸能者を「神」そのもの、もしくはその代理人とみなすことによって歓迎し、その祝福を受けることで共同体の繁栄が期待されたのであった。すなわち、共同体の来訪神信仰との関係のなかで「異人」を理解すべきであるということを示唆したわけである。 <異人・生贄・村落共同体> ・すなわち、「異人」をめぐるテーマを検討していくと、その一角に「生贄」のテーマが現れ、逆に「生贄」のテーマをめぐって考察を進めていくと、その一角に「異人」のテーマが現れてくるからである。そして、この二つのテーマを媒介しているテーマが、「人身供犠」(人身御供)もしくは「異人殺害」という説話的・儀礼的モチーフであると言えよう。 ・旧来の神に代わって山王社に祀られることになったのは、いかなる「神」なのだろうか、ということである。ここでの文脈で言えば「農耕神」としての山王神ということになるだろう。「しっぺい太郎」の昔話でいえば、外部からやってきた旅の僧などの「異人」や「人間の側の犬」が、そこに祀られていることになるはずである。 <「異人」と「家」の盛衰> ・その物語の一つが最近まで民間に流布していた、次のような物語である。これを私は「異人殺し」伝承と名づけた。「異人殺し」伝承は、怪異・怪談そして恐怖といった要素がたっぷり詰まった伝承である。 旅人(六部や座頭、巡礼、薬売り)が、とあるムラのとある家に宿を求める。その家に泊めてもらった旅人が大金を所持していることに気づいた家の主人が、その金欲しさに、旅人を密かに殺して所持金を奪う。この所持金を元手にして、その家は大尽になる。だが、殺害した旅人の祟りをうける。 『異人・河童・日本人』 住谷一彦・坪井洋文・山口昌男・村武精一(新曜社) 87/11/25 <異人その他><日本民族の起源> ・アメリカ大陸の神話の中にスサノオ神話と同質のものが入っているらしい。もしそうだとすれば、スサノオ神話の歴史的な遡源は3万年近くまでさかのぼってしまうことになります。 ・ストレンジャー(異人)が主役を演じる。 ・大人(おおびと)というようなストレンジャーがあり、山姥が暮れに市に出るとその市が終わる、という話がある。 ・経済史の中で、経済的な事象の中に「市に山人、異人、山姥、鬼が出現し、何程か市行事の構成に散ずるといふ事。つまり交易の相手たる『異人』の問題が考へられる」と書いておられます。要するに、ひとつの社会の対象化するために、そういうふうな異人が出現することが、いかに重要だったかということが、このへんで、明らかにされていると思います。 ・岡氏が原始交易論の中で、椀貸伝説、コロポックルとの無言交易の経済学説というようなことを紹介しながら言っていること。 <記号論から見た岡正雄の指標> ・メラネシアの社会史より、民俗学で言う「異人」の特徴をまとめたもの。 1、「異人」が幾度にかまた季節を定めて往来したこと 2、「異人」は先住民より亡魂又は死者そのものと考えられたこと 3、「異人」は海の彼方から来るものと信じられたこと。後には、山中の叢林より来るとも信じられるに至ったこと 4、「異人」は畏敬されつつも平和的に歓待されたこと 5、「異人」は食物の饗応ことに初成物を受けたこと 6、「異人」は海岸地に住まずして山中の叢林に住みしこと。(インドネシアの神話でも大体支配民族は天空からやってくるのです。あるいは海の彼方からもやってきて、土地の娘と結婚するといわれています。) 7、二つの象徴的二元論の原理というのが形成される。 8、「異人」が土民の女と結婚する必要のありしこと 9、「異人」とその女との間に出来た子供が特殊な社会的宗教的性質を有せしこと 10、「異人」はその「異人」たることを表徴する杖及び「音」を有せしこと 11、仮面が男女二つあること。女「異人」が山中に住むということ。(山中というものは、人間の世界を超える原世界としてイメージされた。人間の世界と人間を超えた世界をつなぐ空間である。) 12、「異人」が訓戒、悪事摘発をなし、豊作をもたらし、又はもたらしめんことを任務としたこと。 13、「異人」が季節殊に収穫季、冬至に関係したこと 16「異人」若しくは神は村にとどまらないと信じられたこと (「おどまぼんぎりぼんぼんからさきゃおらんど」というのは子守の歌と教えられていますが、外から訪れた「異人」の歌だ、という説があります。) 17、「異人」の出現の際は女子、子供は閉居したこと 18、「異人」のタブーが財産の起源になったという。 19、「異人」がフォークロア化して遊行歌舞団となったこと。(歌舞伎の成立の根源) 20、遊行人は畏装し、杖と音とを有し、饗応を強制し、或いは略奪を敢えてしえること 21、遊行人が神話、神の系譜を語り、或いは之を演技で表現すること。多く季節と関係して。 22、遊行歌謡団から伊達者が発生したこと。(歌舞伎の起源) 23、侮蔑されつつも亦高き階級に属するとされたこと <まれびと> まれびとは、はるか遠方の海の彼方の異界から時を定めて訪れる霊的存在。まれびとの下す宣詞はこの世に顕れた初めての詞であり、まれびとの演じた村人の所作は芸能の発生を示すものだった。 『神隠し譚』 (小松和彦 編)(桜桃書房)2001/9 ・柳田国男の「遠野物語」は「超常現象」を記録している。 <早池峰山の「異人」(長尾誠夫)> この小説は、民俗学者の柳田国男の明治43年の「遠野物語」からの引用がある。 「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。−遠野物語第八話」 「遠野郷の民家の子女にして、「異人」にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。−遠野物語第三十一話」 ・「土淵村の里の子十四五人にて早池峰に遊びに行き、はからず夕方近くなりたれば、急ぎて山を下り麓近くなるころ、丈の高き男の下より急ぎ足に昇りくるに逢えり。色は黒く眼はきらきらとして、肩には麻かと思わるる古き浅葱色(あさぎいろ)の風呂敷にて小さき包みを負いたり。−遠野物語第九二話」 ・ 「<サムトの婆>松崎村の寒戸(さむと)というところの民家にて、若き娘梨の樹の下に草履を脱ぎ置きたるまま行方を知らずなり、三十年あまり過ぎたりしに、或る日親類知音の人々その家に集まりてありしところへ、きわめて老いさらぼいてその女帰り来たれり。いかにして帰って来たかと問えば人々に逢いたかりし故帰りしなり。さらばまた行かんとて、再び跡を留めず行き失せたり。−遠野物語第八話」 <遠野物語における「異人」の記述> 「丈きわめて高く眼の色少し凄しと思われる。子供も幾人か生みたれど、我に似ざれば我子にはあらずといいて食うにや殺すにや、みないずれへか持ち去りてしまうなりという。七話」 「きわめてあでやかなる女にて、これも長き黒髪を垂れたり。児を結い付けたる紐は藤の蔓(つる)にて、着たる衣類は世の常の縞物なれど、裾のあたりぼろぼろに破れたるを、いろいろの木の葉などを添えて綴りたり。四話」 「前薬師の頂上に大なる岩あり、その岩の上に大男三人いたり。前にあまたの金銀をひろげたり。この男の近よるを見て、気色ばみて振り返る。その眼の光きわめて恐ろし。二十九話」 <マヨイガとは山中にある不思議な家のことである> ・「小国(おぐに)の三浦某というは村一の金持ちなり。今より二三代前の主人、まだ家は貧しくて、妻は少しく魯鈍なりき。この妻ある日門の前を流るる小さき川に沿ひて蕗(ふき)を採りに入りしに、よき物少なければ次第に谷奥深く登りたり。さてふと見れば立派なる黒き門の家あり。訝しけれど門の中に入りて見るに、大なる庭にて紅白の花一面に咲き鶏多く遊べり。つひに玄関より上りたるに、その次の間には朱と 黒との膳椀をあまた取り出したり。奥の座敷には火鉢ありて鉄瓶の湯のたぎれるを見たり。されどもついに人影はなければ、もしや山男の家ではないかと急に恐ろしくなり、駆け出して家に帰りたり。−遠野物語第六十三話」 『超人ピタゴラスの音楽魔術』 (斉藤啓一) (学研) 1994/11 <「死んだ作曲家の新曲を自動書記で発表したローズマリー・ブラウン」> ・「1960年代のことだ。イギリスの平凡な中年未亡人ローズマリー・ブラウンは、あるとき何気なく古いピアノの前に座った。すると突然、体が金縛りにあい、身動きができなくなった。次の瞬間、指が勝手に動き出し、名ピアニストさながらの調子で、信じられないような美しい曲を弾き始めたのである。いったい、自分に何がおきたのかと、彼女は驚きと恐怖で胸がいっぱいになった。同時に一人の白髪の老人が、傍らに立っているのが見えた。しばらくして曲が終わると、彼女は、金縛りから解放され、老人の姿も消えていた。ローズマリーは正式にピアノを習ったこともないし、満足に弾ける曲はひとつもなかったので、自分の身に起こったことが理解できなかった。また、あの白髪の老人はいったいだれなのかと気になった。そこで、音楽の教科書を引っ張り出してページをめっくてみた。すると一枚の写真に目がとまった。何とあの老人は、有名な作曲家のリストではないか。不思議な現象はその後も頻繁に起こった。彼女がピアノの前に座るたびにリストの霊が宿り、彼自ら作曲したという曲を指が勝手に動き出して弾くのである」。 ・「最初は、当惑していた彼女であったが、しだいに落ち着いて事の次第を見守れるようになった。そしてついには、演奏した曲を譜面に書き残すようにさえなった。やがてその譜面は、イギリスの高名な音楽教授、ファース卿の目にとまり、世間に知られるようになったのである。その後、リストばかりかバッハ、シューマン、ベートーベン、ブラームス、シューベルト、ドビッシー、ショパンという大作曲家が次々と彼女の体を借りて、自分たちが新しく作曲したという作品を演奏し、あるいは自動書記で譜面に書きとめた。その中にはベートーベンの第10交響曲もあった。これはCDとして発表されており(フィリップス・レーベル、現在は廃盤)、聴くことができる。後にも彼女は400余りの曲を発表している。当然のことながら、これは嘘だ、ペテンだという声が上がったが、音楽学者らの鑑定によれば、それらの曲は、すべて作曲家独特の特徴が見られたという」。 『宇宙の知的存在』 (ジャック・ベルジュ) (大陸書房)1974 <大師がたを“光の子”とか、“神の太陽”とか“全能人”> 「大師のことを、時には兄または兄弟と呼ぶのである。過去の時代においては、大師がたを“光の子”とか、“神の太陽”とか“全能人”とか呼んできたし、時には、“神そのもの”と見なしていたのである。このようにいろんな名称で呼ばれるのは、大師は、普通の人間とはあまりにもかけはなれているために、自分たちと同じ人間だったとはとても思えなかったからである。大師方が世の人々を助けるためにこの世に生まれて人類に奉仕しておられるとは言うものの、実際には自分自身のためでもあるのである。神(宇宙意識)が更に高い地位(サイクル)に進むためには、大師自身をも含めた全ての人々の大調和ということが必要なのだからである。 ・こんなわけだから、各々の惑星にはある数の神我一体光輝状(イルミネーション)に達した大師達が、より低い発達の人々に、より高い聖知識を広布するために来て駐在しておられるのである。我々のこの地球には、144名の大師が割り当てられていて、この144という数は決して変更されないのである。この144かたの大師方の下には高級直弟子(チェラ)である人々が沢山おられ、大師の指導に基き、大師達とともにこの地上の人類集団の意識の向上に努めていられるのである。 過去のいろんな時代において、大師達はいろんな外的組織を作らせて、その組織を通じて働いてこられた、たのえば、フリーメイスン団、ばら十字会、カバラ(ヘブライ神秘教団)等はこんな組織の一つだったのである」。 ・ 「まず最初に聖白色同胞団(グレイト・ホワイト・ロッジ)と呼ばれている、神我一体域に達した偉大な聖者(マスター・大師)の集まりについて語ろう。一般世間の人たちの間では、イエス・キリストや釈尊の様な大聖者(大師・マスター)が現在もおられるとか、おられないとか言われているが、その様な超人的な聖者達は現実に今も存在しておられるのである」。 ・ 「この地球には、魂の堕落暗黒の状態から進化して魂の大輝光の状態(イルミネーション)に達した人達、いわゆる聖者、大師と呼ばれる方々がおられるのだ。この方々は、各々、二人〜十人のチェラ(弟子)と呼ぶ高級霊魂の直弟子を持っておられる。合計144人のマスター(大師)たちで地球の“聖白色同胞団”を組織しておられるのである。そして、この宇宙内における全惑星(他の太陽系のものも全部含む)の聖白色同胞団を全部統合して宇宙聖白色同胞団が形成されているのである」。 <中世の光の魔人> <奇妙な来訪者> ・ イタリアの数学者ジェロラモ・カルダーノの父、ファチウス・カルダーノは、1491年8月13日に経験した異常な出来事について、次のように詳細に語っている。 ・ 「20時ごろ、いつもの礼拝を終えたとき、トーガ(古代ローマ市民の外衣)に似た絹の服を着て、キラキラ光る長靴をはいた7人の男が私の目の前に現れた。彼らは、甲冑を身に着けていて、この甲冑の下からは、目を奪うばかりに美しい深紅色の下着がのぞいていた。その中の二人は、他の者たちよりも高貴な身分であるように見えた。特に他の者を圧して威風堂々たる一人は、その顔が濃い赤色をしていた。彼らは、自分たちは、40歳になると言ったが、いずれも30歳より上には見えなかった。何者であるのかと私が尋ねると、彼らは、自分たちは、一種の人間で、空気で作られており、我々のように生きて死ぬものだと答えた。彼らの寿命は我々よりも長く3百年も生き延びることもできるということだった。」 『水木しげると行く妖怪極楽探検隊』 荒俣宏 角川書店 2004/8/6 <日本のピラミッドと神の声> ・わたしが挑んでいる山は、広島県の奥の奥、庄原というところにそびえる葦嶽山だ。通称“日本のピラミッド”。しかも、自分をここへ導いたのは、妖怪学の泰斗として世に隠れもない水木しげる大先生だ。大先生は、だいぶ先のほうから、「コリョマタ、がんばれ」と吠えまくっておられる。当然だろう。この山頂に、戦時中日本軍がわざわざ破壊し抹殺してしまった幻のストーンサークルがあるはずだからだ。 もちろん、こういうことになるには予兆があった。世界のあらゆる不思議に好奇心を燃やしつづけてきたわたしにとって、古代から伝わる地球各地の聖地は、人類史最大の謎を秘めたスポットである。なぜ富士山は神聖なのか、なぜ出雲には神々が集まるのか、なぜ岩木山は死んだ人の魂を天にのぼらせるのか。そうした聖地と魂とのかかわりが解明できれば、人間がはぐくんできた霊的文明の起源も分かるはずだ。 ・そんなときだった。1997年3月、出雲から真南に下った中国山地の一角、三次市というところから奇怪な依頼が迷いこんだ。水木大先生に、三次妖怪城なるアミューズメントパークを建ててほしい、というのだ。 水木大先生は飛びあがって驚いた。なぜなら、そのとき大先生は「週刊文春」に頼まれて、江戸時代に三次に出現したという多数の妖怪に関する挿絵を描きだしていたからだった! ・不肖アラマタが同誌に連載することになった伝奇小説『帝都幻談』には、三次で実際に起きた怪事件“稲生物怪録”が登場する。江戸の国学者平田篤胤によって「中国文化の影響をまったく受けていない。真にオリジナルな幽霊界の報告」と折り紙をつけられた実録ものだ。 ・三次に住んでいた16歳の少年稲生平太郎が、比熊山から出てくるさまざまな妖怪と一ヶ月間対決し、ついに妖怪側を降参させたという実話である。その妖怪がどんなにユニークだったかは、問うまでもない。絵巻が残っているので一目瞭然だ。 ・水木大先生は「妖怪に呼ばれたな」と思い、三次へ出向き、問題の比熊山に登った。このあたりは古代の砂鉄の大産地で、おびただしい古墳が発見されているように、2千年前は大文明地だった。しかもここは江の川に馬洗川、さらに西城川などが合流し、なんと卍の形をつくっている!風水スポットなのだ。 ・その瞬間、大先生は天の啓示にぶつかった。なんと目の前に2千年前の古い砦とたたら湯が浮かびあがった。「幻視」だ。その幻を見たとき、大先生は急にひらめいた。ひょっとしたら、ここが原出雲ではないのか。太古、出雲は海ではなく山にあったのではないか、と。 ・そのとたん、電光のようにひらめいたのが、どこかで読んだ話だった。“日本のピラミッド” 葦嶽山(あしたけやま)のことだった。今から2万年前に築かれた人工の霊山と噂され、神武天皇の陵墓があるともいわれる山、あれは、この近くではなかったのか? ・日本のピラミッド、超古代の遺跡は、妖怪が出た町、三次から車でほんの20−30分、庄原にあった。大先生はすぐに案内してもらい、ピラミッドの山頂で奇跡的な巨石遺物に対面し、思わず、 「ここが原出雲の聖山だったか!神は、縄文以前の出雲にさかのぼらないと霊のことは分からない、といいたかったのか!」 ・――そんなわけで、わたしたちは葦嶽山に挑んだ。地元研究家・森永真由美さんのガイドを得て、歩くことおよそ2時間。ついに山頂に達した。この葦嶽山は、どこから見ても三角形に見え、頂上もまた一辺3、4メートルほどの三角形をした平地になっている。10人も上ると身動きがとれぬほど狭い。 さっそく風水用の羅盤で方位を測った。頂上の形はおおむね直角三角形になっており、直角をはさむ二辺がほぼ南北、東西に向いている。 「方位がきっちりしています。古代につくられた聖なる人工物の要件を満たしてますな」 と、わたしたちはうなずきあった。頂上には半ば土に埋もれた石が、いくつかある。これが旧日本軍により破壊されたストーンサークルの残骸である。ストーンサークルの中心に「太陽石」と呼ばれる聖石もあったが、軍はこれを持ち去ったという。 ・日本に限らず、世界の古代人は、おおよそ5千年ほど前に、石と霊魂とを結びつけた不思議な文明をつくりあげた。聖地に大きな石を立てて印とするのだ。石は、神の依代となる。また死者の霊を封入する家ともなる。 ・その証拠が『古事記』に語られている。イザナミが死んで黄泉の国へ下ったとき、イザナギは妻が恋しくて横泉まで追って行った。しかし、見るも無惨に腐り果てた妻の姿を見て、夫は恐怖のあまり地上へ逃げる。この世とあの世の境にある黄泉比良坂(よもつひらさか)まで逃げたところで、イザナギは千引の岩を立てて道を塞いだ。そしてふたりはこの石の両側で相手を直接見ることなく会話したという。 ・この神話は、巨石信仰の本質をみごとに伝えている。まず、あの世とこの世の境に立てた石であり、この石を通じて死者と生者とが対話することが注目される。また境に置かれた石は、のちに塞の神とか道祖神と呼ばれ、安全を守り多産を実現する霊石ともなる。 ・ギリシアにはペロポネソス半島とエーゲ海を中心に、たくさんの聖地がある。デルフォイ、アテナイ、デロス島、ロードス島などだ。フランスの古代聖地研究家ジャン・リシェは、こうした聖地を探訪していて、在る事実に気づいた。それは、各聖地が一本の線でつながることだった。おまけに、どの聖地も神託や予言が行われるシャーマンの土地だった。人間が神と対話できる場所こそ「聖地」なのだ。 ・夢は、その疑問に答える形で展開した。リシェは夢の中で、大きな石像の背後をみつめていた。ふいに、その石像が時計まわりにまわりだし、顔を向けた。それはなんと、光と太陽の神アポロンであった。 ・リシェはまだ夢の中にいる。こんどは地図をひろげていた。地図をみると、デルフォイとアテナイには、ともに大神アポロンを祀る神殿があるではないか。この二地点に線を引き、ふと先を延長させてみた。すると、線がデロス島の上を通過した。ここはアポロンが生まれた島だ。さらに延長すると、アポロン崇拝の中心地ロードス島にぶつかる。そのほかの線は、パルナッソス山やイーダ山やカルメル山などギリシアでもっとも神聖な山々をもつないでいた! ・こうして史上有名な聖なるライン「アポロン・ライン」は発見された。のちにこれをヨーロッパ側にも延長させると、フランスの有名なモン・サン・ミシェル、イギリスのセント・マイケルズ・マウントなどにぶつかった。ミシェルあるいはマイケルも光の天使ミカエルに由来し、その源はアポロン神にあったのだ。だから、アポロンの線なのである! ・近年、このアポロン・ライン上では、神がかりする巫女、啓示を受けた聖人、高名な芸術家、オカルティスト、そしてUFOまでもがすさまじい比率で出現していることが分かった。以来、ヨーロッパの聖地研究は従来の考古学や民俗学とはまるで別の、霊学的段階にはいった。 <中国の妖怪「瑞獣」−わたしたちを護る良い兆しの前触れー> ・隣の中国でもそのような怪物を専門にみつける人々がいたが、考え方はヨーロッパとはまったく違う。中国では、世の中をよくしてくれるシンボルとして怪物が出ると考えていた。怪物は怖いどころか、やさしくて親切な存在なのである。わたしたちを護ってくれるのである。日本もそうなのである。ヨーロッパでは、天変地異が起こるシンボルとして怪物が出てくるということで恐れたのが、中国と日本では怪物が出てくると世の中に何かとてもいい兆しがあると考えていた。まったく正反対なのだ。 ・そこで、そのような怪物たちに「瑞獣(ずいじゅう)」という名前をつけた。「瑞」とは、良いことが起こってめでたいという意味で、この獣を多くの人が探したのだ。その中で中国でまだ一回か二回しかみつかっていないといわれている最大級の瑞獣の一つに「きりん」がいる。きりんといってもジラフではない。中国でいわれているのは、キリンビールのラベルに貼ってある、あの「麒麟」である。 ・もう一つ、「白澤(はくたく)」というのがいる。これも中国でまだ1〜2回しか見かけられたことがない。この白澤が出ると、世の中が平和になると信じられ、多くの人がこの獣を探した。白澤のシンボルは、体に8個ないしは9個。目玉がついていること。その目玉がぎょろぎょろと四方八方をながめるという、体じゅうが目だらけの鹿に似た動物である。これは中国では1〜2回出た記録があるものの、日本ではたぶんまだ出てきたことがないと思う。霊界にいる動物なので、めったに出てこない。これから現世がよくなる前兆として、ちょこっと出てくるというすばらしい妖怪なのだ。 <日本における中国型・ヨーロッパ型の妖怪> ・たとえば、富山は白澤(はくたく)の仲間が何度か目撃されているという非常にラッキーな県といえる。その妖怪は、立山のあたりだけに住んでいる妖怪で、名前を「くたべ」と言う。お年を取られた方は聞かれたことがあるかもしれない。目玉がいくつかある白澤と同じような姿をした、なんとも正体不明な怪物である。 ・どんなときに姿を現すかというと、天変地異が6年か7年続くその少し前に、富山の人々のために、聖地、聖なる場所で立山の奥の方から下りてくる。こちらはちょっとヨーロッパ的で、警告する妖怪といってもいいだろう。心優しい、いつも敬虔でまじめに暮している人達の前に現れ、「わたしはくたべという。わたしは富山の人々に警告に来た。世の中は悪くなるから、すぐに今見ているわたしの姿をあなたは絵に描きなさい。絵に描いて、それを村じゅうに配りなさい。もらった人たちは、それを家の前に貼りつけておけば、ここはくたべの住んでいる場所だからというので、災難が去ってしまう。だから、くたべの絵をたくさん貼りなさい」という命令をして、また山の中に帰っていくのだそうな。 <妖怪はこわいー柳田国男の『妖怪談義』からー> ・近代にあって妖怪をまじめに人間社会と文化の問題としてとらえようとした先達の一人に、有名な民俗学者、柳田国男がいる。この人は、妖怪を「こわい存在」「おそろしい存在」と考え、夕暮れになると人界に混じって活動する霊的存在、正体不明の異神として、畏怖の対象にした。そして、神隠しや災害にまつわる多くの妖怪話を収集した。柳田は日本全国の妖怪を調査したが、わたしの生まれた東京などでも妖怪の話は随分聞かれたものだった。わたしが決定的に妖怪っておもしろいな、少し調べてみようかと思ったきっかけがあった。それは、柳田国男が著した『妖怪談義』という本を読んだことである。文庫本でとても薄いので一日もあれば読めるが、これはなかなかすごい内容の本といえる。 <柳田は妖怪を怖いものと定義づけた> ・わたし自身にも「夕暮れ」のこわさは思い出がある。人も物も見えなくなっていくこわさは、ちょうど、海で遊んでいて満潮になりかけたことに気づくのが遅れ、沖の岩の上にとり残されたときのゾッとするこわさに似ている。危険の境界線というわけだ。 ・夕方は「たそがれどき」という言い方をされる。この「たそがれ」を柳田国男は非常に上手く説明をした。「たそがれ」は、「たはそれ」という言葉から来たというのだ。「おまえはだれだ」という意味だ。「たそ」は「だれだ」、「かれ」は、「あの人は」で、合わせて「たそがれ」。あるいは、「あの人はだれ」という意味から「かはたれ」とも呼ばれる。つまり、顔を見ても暗いから分からない、そのような時間帯を指す。そうした時間帯に妖怪がやってくるのだ。 <妖怪と道> ・ところで、先ほど少し触れたが、妖怪と道とには大変深い関係がある。東海道五十三次にしても、さまざまな旅をしていると妖怪に出会う話がたくさんある。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にも、死人の魂を喚びだす話や、宿屋のお化けの話が出てくる。お化けや幽霊も一緒になって、とにかく旅に出れば妖怪に出会うといっても過言ではない。現に、柳田国男は妖怪研究を民俗学としてスタートさせたが、その著書である『遠野物語』を見ても、やはり東京から遠野のほうへと旅をして、その旅で不思議な話を聞くという形式で物語を記している。わたし自身、旅をする、あるいは道を行くということは、妖怪と大変関係が深いという事実を、ふとしたきっかけで知るようになった。 <『東海道中膝栗毛』にみる妖怪> ・その例を記している江戸時代の代表的な作品に『東海道中膝栗毛』という弥次さん、喜多さんの旅行話を綴った作品がある。今日では小学生から中学生まで読めるように分かりやすい物語に書き直されているので、どなたも読んだことがあると思うのだが、よく読んでみると、弥次さん、喜多さんは年じゅう魂や神様、またお化けや妖怪に出会っている。話の中では、とくに静岡県や小田原の付近からすでに妖怪が出始めている。 ・最初に妖怪に出会うのは弥次さんのほうである。どのような妖怪かといえば、亡くなった奥さんの霊だ。子供向きの再話ではカットされているかもしれないが、弥次さんの奥さんがお化けになって出てくるシーンがある。もちろん姿が出てくるのではなくて、いたこ、口寄せの巫女の口を通じて、恨めしいと言うために出てくることにはなるが。「あんたのせいで病気になって早く死んじゃったじゃないの。若い頃にいいべべ(着物)を買おうと思って、こつこつ貯めてきれいな着物を買ったと思ったら、あんたが質屋に入れて博打に使っちゃったじゃない。どうしてくれるのよ。早くいらっしゃい、あの世へ」と、催促にくるという話が載っている。これは、じつにこわい。弥次喜多でも、お化けはこわい。おもしろいことに、『東海道中膝栗毛』にはお化けの話がたくさん記されているのだ。 <妖怪接触の記録ホルダー・稲生平太郎> ・そしてもう一人、平田篤胤は決定的な人物に出会っている。この人物は日本でも最も多くの妖怪に出会った記録ホルダーだと思う。もちろん実在の人物だ。広島に三次というところがあって、そこに稲生平太郎(いのうへいたろう)という少年がいた。やはり寅吉と同じように少年で16歳のときに、7月1日から晦日まで、毎日毎晩、妖怪に絡まれたり攻撃を受けた。そのたびに妖怪をやり過ごしたり、追い散らしたために、とうとう妖怪側のほうも出す駒がなくなってしまい、最後に妖怪大将、山本五郎左衛門(さんもとごろうざえもん)というのが出てきて、「あんたはすごい、30日間いろいろな妖怪を出したけれども全然驚かなかった。もう参りました。われわれはこれからあなたのもとを去ります。もうこの日本では悪さをしません。許してください」と言って去っていったというのだ。 ・これは物語ではなくて実話だとされている。三次に行くと今でもその跡が残っていて、血はつながっていないが、稲生平太郎の子孫に家督はつながっているから、ほんとうに実在したのである。この人物が記録ホルダーであろう。おそらく百以上の妖怪と毎晩のように対峙した。 <篤胤の結論> ・平田篤胤は江戸で稲生の絵本を手に入れ研究をつづけ、ついに妖怪の世界のリアリティを解明することに成功した。かれが出した結論は興味深い。現代の妖怪の世界の感性と非常に近いのだが、今まで妖怪の世界は山の上や深い海の中にあり、海坊主のように海の中から出てきたり、空の雲の中、あるいは魔界や黄泉の国や地獄から出てくると思われていたのだが、篤胤は寅吉や平太郎の聞き書きを続けた結果、きわめておもしろい結論を次の三点にまとめている。 ・第一点は、妖怪たちがすんでいる幽冥界、幽界はわれわれの世とはほとんど重なっている。さらいいえば、両者のあいだにあまり違いはないと述べていることだ。なにしろ、向こうも浅草のりを食べているわけであるから、ほとんど一緒の世界である。ただ、重なっているにしても、おたがいに少しフェーズが違うので、たまたまうまく出会わない。場合によってはぱっとそれが一致して重なり合ったとき、妖怪の世界とこちらの世界が自由に行き来できるようになる。稲生平太郎のように毎日出会うこともできるし、寅吉のように連れていかれて向うの世界で修行をしたり、成長を促されたりすることもできる。 ・そのように、この世と妖怪たちがすんでいる世界は非常に一致している。それゆえ、柳田国男が言った「たそがれどき」に妖怪が出てくるという話とも関連する。同じ空間に重なっていれば、昼と夜が替わるときに出入口があくことも十分に考えられるわけだから。 ・第二点は、妖怪の世界に出会う一つの要因として、われわれの心の持ち方、あるいは心の特殊な能力によると述べていることだ。つまり、現代の精神医学のようなことを言っているのである。その証拠に、篤胤は寅吉などに聞き書きをするときに、かならず脈を取り聴診器を当てている。「大丈夫かな、この人は熱に浮かされているんじゃないだろうか」と、体の健康をチェックした上で話を聞いているのだ。 さらに、同じ話を何度も繰り返して話させ、その人が創作、でっち上げを言っているのではないことを確認してもいる。それだけ詳しく科学的な例証で得た結果だということなのだ。そして、霊界とこの世はつながっている。決して遠い地下にあるわけでもなく、遠い天の上でもなく、ただ裏と表のような関係で重なり合っていると記している。 ・第三点は、わたしたちと妖怪とはおたがいに一つの世界に重なり合っているだけではなくて、効果やあるいは影響を及ぼし合っているということ。とくに、篤胤が究明したのは、現在の言葉でいうところの守護霊といわれるものだった。かれは長年にわたる研究の中で、わたしたちはこの世の中でうまくいったり、ラッキーになったり、あるいは不幸になったりすることがあるのだが、これは重なり合った妖怪の世界に、わたしたちを守ってくれている存在があるためだ、と結論づけた。この世にわたしがいれば、そのつながっているあの世にもわたしのあの世版がいる。このわたしのあの世版が、この世のわたしを守ったり、高めてくれていると考えたのである。 <●●インターネット情報から●●> ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)から <白澤> 白澤または白沢(はくたく)は、中国に伝わる、人語を解し万物に精通するとされる聖獣である。 「澤」と「沢」は同字の旧字体と新字体(当用漢字体)であり、新字体を使う現代日本語では「白沢」を使うのが本則であるが、部分的に旧字体を使う書籍などで(新字体の文章中であっても)旧字体の「白澤」が使われることがある。 麒麟(きりん)や鳳凰(ほうおう)と同じく、徳の高い為政者の治世に姿を現すとされる。 東望山(中国湖西省)の沢に獣が住んでおり、ひとつを白澤と呼んでいた。白澤は能く言葉を操り万物に通暁しており、治めるものが有徳であれば姿をみせたと言う。 中国神話の時代、三皇五帝に数えられる黄帝が東海地方を巡行したおりに、恒山に登ったあとに訪れた海辺で出会ったと言われる。白澤は1万1520種に及ぶ天下の妖異鬼神について語り、世の害を除くため忠言したと伝えられる。 『礼記』によると、冬になると陽気を受けて角を生じるとあり、白い躰に陽を受ける姿を見て、白澤となったのかもしれない。 <●●インターネット情報から●●> <妖火 くたべ(くたべ) 妖火 > 江戸末期に越中(富山)に現れた人面牛体で、腹部の両横にも眼があったと伝えられる。 くたべは山に登ってくる人に対して「四、五年以内に原因不明の難病が流行り、多くの死者が出るであろうが、わたしの姿を見た物か、あるいはわたしの姿を絵に描き取り家に貼っておけば、その難を回避出來るだろう」と告げたと言う。 容姿やこの逸話から、白澤と異名同妖であると思われ、くたべが越中に現れたことと関係してか、白澤は漢方薬の守護神とされ、一部で信仰の対象になっている。 また同時期に発行された瓦版にはスカベと言う、「紅い腰巻きを着けた全身真黒な老婆で、四つん這いになり鼻を摘んでオナラをする」というモノが現れたという。明らかにくたべと空かしっ屁の語呂合わせであるが、江戸の両国や広小路で見せ物になっていたという記録も残っているらしいから驚きだ。 (文責:カメヤマ) ・ 参考文献:日本妖怪大全,カラー草紙 妖怪・土俗神 ・ 属性:山 ・ 出現地区:中部地方,富山県 ・ 小説など: ・ その他キーワード: 『宇宙連合の飛来』 喜多要光 大陸書房 昭和50年 <地球文明と宇宙人> <シリウス星人の地球入学> ・地球独特の生物の進化がすすんでいる頃、神の子と呼ばれる霊魂の大群が地球に移住して来て、ある形の肉体に宿った物が人類である。人間が他の哺乳動物と根本的に違うのは、そのためである。類人達の一種が大気圏外からやって来た霊に利用されて、人間の原形となったことは、間違いない。 ・人間はシリウス太陽系から集中された念波により、修養のため、苦しむ囚人として地球に送られて来た。人間の精神は神によって創られた聖なるものであるけれども、その肉体の重さという物理的な制約をうける。 ・神の子達は、類人猿を妻としたのだ。そして、その子孫が洪水前の人類、すなわち先史原始人である。だからこそ、その肉体的な特徴は類人猿的、精神的な特徴はシリウス太陽系内の遊星から来た移住人達と同様なものとなったのだ。 ・そして、シリウス星人は、思念を通じて物を創造する力を持っていたので、肉体を自分たちの思う通りに少しずつ変化させていき、長い年月の間に獣的な面が多くなって数々の怪物を作りだした。 ・ギリシア神話に出てくる蛇の髪を持つゴルゴン、半獣(ライオン)半鳥(ワシ)のグリフィン、半人半鳥のケンタウルス、蝶の羽根を持つ人間といってもほとんど獣と異なるところがなくなってしまった。この忌まわしいものを一掃するため、地球上に大変災を送る計画がたてられ、ついに大洪水が彼らに襲いかかり、純粋な肉体を持つものだけが、残されたのであった。 『秘密結社の事典』 (暗殺教団からフリーメイソンまで) (有澤玲)(柏書房) 1998/12 <世界の中心> ・ 世界の中心を目指す探求、遍歴、巡礼の物語は、古代の神話や伝説に共通して見られる普遍的なモティーフでもある。此岸と彼岸の接点に位置し、万物の存在と流転をつかさどる世界の中心は、天地創造の原点に当たる究極の聖所であり、神勅という形で至聖のエネルギーを直接授かることができるので、その上に神殿が築かれることも珍しくはなかった。典型的な例がギリシアのデルフォイにあった。「アポローンの神殿」であり、その内陣に鎮座していたオンファロス(世界の臍)と呼ばれる霊石は、世界の中心の代名詞としても知られている。一方、ユダヤやイスラームの伝承に従えば、世界の中心はソロモン神殿の礎石とされるシェティヤーにほかならない。 ・17世紀には薔薇十字団運動が一世を風靡したため、諸国を漂泊する「不可視の」熟達者たちの本拠地を世界の中心に比定する伝説が幅を利かせるようになった。19世紀になると東洋趣味の影響もあって、熟達者たちの住まわる王国はインドかティベットの秘境にあるとする見解が定着し、オカルティストのサン=ティーヴ・ダルヴェードルや自称・冒険家のF・オッセンドウスキといった人たちが地下王国{アガルタ}の実在を自明の理とする蠱惑的な著書を刊行して世人を魅了した。 『99万年の叡智』 (近代非理性的運動史を解く) (荒俣宏)(平河出版社) 1985/9 <中央アジア地底王国幻想> <アジアの中心(アガルタ・シャンバラ幻想の魔術> <地底王国とシャンバラ=アガルタ伝承> ・近年わが国のオカルト史家にもにわかに注目されだしたテーマに、いわゆる<アガルタ=シャンバラ伝承>なるものがある。換言すれば、中央アジア地底王国幻想というところか。もっとも、日本ではロシアの神秘家ニコライ・リョーリフが上梓した著作『シャンバラ』の名のみ高く、これがリョーリフの本来めざした転生神カルキの誕生する聖なる領域というイメージを離れ、一部「地球空洞説」論者が提起したシャンバラ=地下の世界支配帝国仮説に一方的に引きずられている状況ではある。また、アガルタに関してはまだ本格的な論述があらわれていない。 ・そもそも19世紀に至って、アガルタ=シャンバラ伝説がオカルティストの想像力に火をつけて以来、この神話は複雑な発展段階をたどり、霊的共同体の新しいモデルとなる一方、マクラレンが述べたとおり、「ヴリル力」という奇妙なエネルギーの源泉地とも考えられるようになった。そのために、このエネルギーをもとめて、ナチス・ドイツやロシアはアガルタ=シャンバラを軍事占領することさえ試みたといわれる。だがしかし、アジアの地底王国伝承とオカルト・パワーの両者は、なぜ、また、いつ、だれによって、このように結合されたのか。 『99万年の叡智』 (近代非理性的運動史を解く) (荒俣宏)(平河出版社) 1985/9 <アガルティの聖なる都市シャンバラの超科学> <シャンバラ> ・アガルティには、シャンバラと呼ばれる市がある、との新しい情報を聞かされた。以後、リョーリフはアガルティという「地域名ないしは王国名」よりも、シャンバラなる「都市名」を好んで用いるようになり、1930年には聞き書きや彼の体験を集めた著書『シャンバラ』を出版した。これが主としてアメリカで評判となり、シャンバラの名はかってのアトランティスやレムリアと同じように魅力あふれる理想郷の代名詞となった。 ・「シャンバラには人間の思いもよらぬ力や業績が無数に存在し、その秘密は人間に洩れぬよう厳しく護られている」つまり、アガルティの聖なる都市シャンバラには、核兵器に匹敵するようなすさまじい威力を持つ「力」が開発使用されている、というのだ。 <アガルタ> <インドに人類超古代史の舞台を求める> ・ジャコリオがカルカッタで採取した多くの伝説の中には、ヒマラヤを遠く越えた北方にあるという地底王国の伝承もあった。その王国から、伸びる地下道はガンジスと結び、聖地に住むのは偉大きわまりない賢者であるという。そして、ジャコリオは、この聖地をアガルタと呼び、これを「エジプト、インドよりもさらに古い文明の中心地」と説明した。 『荒俣宏の不思議歩記』 荒俣宏 毎日新聞社 2004/11/1 <蜂須賀正氏の有尾人調査> ・平成15年4月13日、東京の立教大学で「蜂須賀正氏(はちすかまさうじ)生誕百年記念シンポジウム」が開かれた。永らく忘れられた人物だったので、まことに喜ぶべき復権である。正氏(1903〜53年)は阿波蜂須賀十八代当主だった一方、鳥類学者として華々しい業績を残した。日本人ばなれした冒険貴族でもあった。 ・それで思い出したのが、正氏は昭和3年にフィリピン探検を敢行した際、帝大の松村瞭博士から奇妙な調査を依頼された逸話がある。いわく、「フィリピンのどこかに尾のある人間がいるので、これを研究できたら世界的に珍しい報告になるでしょう」。 ・かくて正氏は有尾人発見という無茶なミッションを負って出発した。鳥類採集やアポ山登頂など多くの成果をあげたこの探検にあって、正氏は最初のうち有尾人調査にもずいぶんと力を入れたようである。30年前にフィリピンで撮影された証拠写真を入手していたので、自信もあったようだ。その他、マレー半島、ボルネオ島、ニューギニアでの有尾人情報を手にしていた。 ・じつは昭和初期、日本には密かな有尾人ブームが起きていた。端緒となったのは、大正期に開催された大正博覧会、つづいて平和記念博覧会にもお目見えした「南洋館」だった。南洋への関心を高めるべく、見世物に近い物産紹介が行なわれたが、その一部に有尾人まで加えた南方の風俗を含んでいた。数年前にわたしは、平和博のときと思しい南洋館発行の絵ハガキに、「ボルネオ、ダイヤ族有尾人」なる写真を発見して、驚きのあまりのけぞった記憶がある。その解説に、正氏が入手したのと同じような、アジア各地の有尾人目撃情報が載っていた。 ・しかし正氏の探検隊は、進展とともに純粋な博物学調査に謀殺されていったし、正氏自身もマラリアに罹って以後は有尾人への関心を弱めた。ただ、日本の一般市民は、みごとなキングズ・イングリッシュを身につけ、狩猟の技にもたけ、自家用飛行機で飛び回る破天荒な正氏を、あいかわらず「怪人」扱いしつづけた。たとえば、昭和14年に小栗虫太郎は『有尾人』と題した秘境冒険小説を発表。正氏が実地調査したアフリカ中央部に有尾人「ドド」を出現させた。正氏は絶滅島ドードーを研究し、「ドド」と表記していたから、モデルは正氏その人と思しい。 <平田篤胤の広い関心> ・平田神社に保存されてきた教材の中に、絵軸がいくつも残っている。どれも、晩年の篤胤が最も力を入れたテーマ「幽冥界」と「神代」を解決するのに用いたものだ。霊界だの神の時代(古)だのは、これを目撃した人がいないわけだから、『古事記』などの古典を講義しても、文章だけではどうしても限界がある。そこで篤胤は「物」を用いることを始めた。江戸後期には考古学も進展し、各地で古物の発掘が盛んになっていた。時代の遺物と考えられるものが、文字も含めて発見されていた。篤胤は実物を示しながら講義し、「神代文字」も実際に使ってみせた。神代のことを実物を介して説明したことで、門人たちの理解は画期的に向上したにちがいない。 ・しかし、神代はそれでよいとしても、霊界のほうは「物」で説明できない。なにしろ俗世とは別の空間であるから、幽霊や妖怪を捕えて展示するわけにもいかない。そこで篤胤が編みだしたのは、「絵」つまりビジュアルを活用する方法であった。篤胤は仙境や死後の世界を見て現世に戻ってきた「目撃者」を探し、その人たちから徹底した聞き取り調査を行った。仙境で暮らしたという「天狗小僧」寅吉などは、門人にして十数年にわたり調査を継続している。寅吉が伝える仙境の舞踏については、楽士、舞手の配置、見物人の並び具合、果ては楽譜にあたる音曲の詳細まで聞きだしている。 ・これらの情報を絵画化し、ついに「見えない世界」の講義術を確立した。たとえば、仙境に住む「角の生えたイノシシ」を、仙界の住民が鉄砲で狩猟する光景を描いた画軸がある。日本一の鉄砲鍛冶、國友藤兵衛が寅吉に確かめたところ、仙人は空気銃を使うと聞いて仰天した。また、それまでビジュアル化されたことがなかった日本の神々の姿をも、篤胤は絵画化した。「高根様」と称する仙界棟梁の肖像は、まことに迫力に満ちている。記紀に語られる地上最初の陸地「オノゴロ島」を克明に描いた軸もあった。国学の教授法の革命だったと思う。 ・篤胤を継いだ二代銕胤は、明治維新のあと大学校の開設を計画する役職に就いた。しかし、島崎藤村の『夜明け前』に見るごとく、絶望してすぐに新政府と距離を置いた。平田学派は幽冥界の主神、大国主命や、南朝の天皇にも敬意を払い、独自の神道思想を深めていた。しかも、その担い手は庶民が主体だった。 <稲亭物怪録を覗く> ・広島県の東側に三次という市がある。全国的には無名に近いが、二つの自慢がある。一つは、『忠臣蔵』の浅野内匠頭に嫁した阿久利姫(のちの瑶泉院)。もう一つは、1カ月間妖怪の来訪を受け続けながら耐え抜いた豪の者、稲生平太郎。2人とも三次の出身者で、郷土の誇りといわれる。わたしは『忠臣蔵』にも心惹かれるが、やはり時節柄、妖怪に食指が動く。 ・三次市では稲生平太郎の妖怪話を市興しのテーマに据え、すでに「物怪プロジェクト三次」が進行していた。この平太郎は江戸中期に三次に住んだ実在の武士だ。三次藩はその頃廃藩になったあとで、宗藩の広島浅野家から禄を受けてはいたが、仕事もなくブラブラしていた。16歳の平太郎はある日、江戸帰りの相撲取り三ツ井権八に「三次の侍は意気地がない」となじられたことに反発。肝試しと百物語に挑んだ。 ・ところが、これで比熊山から妖怪の一団を呼びこんでしまい、7月1日から1カ月間、毎晩のように妖怪の来訪を受ける結果となった。目玉のついた石、女の生首、割れた頭から出てくる赤んぼう、ぞろぞろはいりこんでくる虚無僧の群、浮きあがる畳、赤い舌でベロベロと舐めまわす大顔、果ては巨大な蜂の巣から黄色い液がボタボタ垂れてくる怪など、ゾッとするような物怪にたたられた。しかし平太郎はついに耐え抜き、妖怪大将を退去させた。この「実話」が広く流布したのは、なんといっても多くの絵巻が制作されたことに拠っている。2002年6月、県立歴史民俗資料館に寄贈された未見の絵巻『稲亭物怪録』があると聞き、ぜひとも見物したくなった。 ・最後の場面、妖怪大将が退散する光景では、無数の妖怪どもがツバメのように長い尾を引きながら宙を飛んでいる。今まで見た平太郎の妖怪絵巻のうちでは最も詳しく、他の絵巻では図示されなかったシーンが続出する。 さあ、エラいことになった。絵巻のタイトルも『稲亭物怪録』とあり、これまで使われてきた題、『稲生物怪録』とも異なる。他にただ一冊、同じタイトルの写本が慶應大学に所蔵されているが、ここに挿入されていた絵とよく一致する絵巻だ。つまり、これは別系統を構成する作品群の一つなのである。稲生平太郎の妖怪話は、江戸時代から、平田篤胤、泉鏡花、折口信夫など多くの人々を魅了してきた。いまだに実話だったのかフィクションだったのか、全貌が明らかにされていない。この新発掘の絵巻が新たな手掛かりとなり、世にも珍しい妖怪実見記の真相が解明されることを祈る。 『図説 奇形全書』 マルタン・モネスティエ 原書房 1999/9 <奇妙な人あれこれ> <しっぽのある人> ・1910年に旅行家のW・スローンは、ニューギニアの奥地で、四肢に加えてしっぽのある部族を発見した。公式発表によると、それはしっぽ状の突起物で、ヒヒのしっぽと同じくらいの長さがあった。 ・しかし、新たな報告が三つなされている。その内容はこれまでに述べたものとほとんど変わらなかったが、この報告をきっかけに、ヨーロッパ各地でしっぽのある人間の問題が再び取り上げられるようになった。一つ目は、フィリピンのルソン島に住むブトク族について、フォルバン医師が1926年に収集した観察に関するものである。この部族の者は、著者が撮影した多くの写真が示すように、たびたび長いしっぽを備えていた。二つ目の報告は、1928年にさかのぼり、最もよく引用されているものである。インドシナに派遣されたネデレック博士が、両親とともにサイゴンの監獄に入れられていた、12センチのしっぽを持つ、8歳の中国人の子供を見つけたのである。ネデレックによって撮影された子供の写真は、世界中に配信され、大きな反響を巻き起こした。 ・しっぽのある人間に関する論争に火をつけた三つ目の情報は、サン・ペロドのヴェラスケス博士が発表したものである。それは次のような文章で始まっていた。「ホンジェラスのトルヒーヨ市の近くで海水浴をしていたとき、カリブ族の中年の女性が海岸にやってきた。彼女が無造作にすべての衣服を脱ぐと、長さ16センチのしっぽがついているのが見えた。その先端は、すでに短く切ってあるようだった」。 ・これらの話をもとに繰り広げられた多数の論争を得て、今日でもなお通用している科学的な理論が導き出された。すなわち、しっぽのある人間という特別な種族は存在しないということである。それはただ、どんな種族であれ、同じ家族の中で代々伝えられる奇形にすぎないのである。 ・今日、この種の奇形に出会うことはまれだが、それは自然がこのような奇形を作り出すことが少なくなったからでなく、当然ながら幼いころにそれが見つかることが多く、ちょっとした外科手術で取り除くことができるからである。 ・とはいえ、今日でもなお、いくつかの国の奥地でときどき、しっぽのある大人の人間が見つかっている。数年前、トルコのアンカラにある陸軍病院の医者たちが、トルコ東部から来た21歳の若い徴集兵にしっぽがついているのを発見した。彼は兵役検査にかかるまで、しっぽのあることを隠していた。彼のしっぽは脊椎のほぼ先端に生えており、長さは30センチほどもあった。 『河童・天狗・神かくし』 (松谷みよ子) (立風書房) 1985/7 <山の神などによる神隠し> ・ある時、この部落の小さい女の子がふっとかき消すようにいなくなった。部落総出で探してみても、いっこうに手がかりはない。幾日かたって、また、ふっと現われた。その現われ方がまた不思議なことだった。この部落のはずれの薬師堂の梁の上に、その女の子はちょこんと坐っていたんだ。村の衆は、あれは薬師様にさらわれたんじゃっていった。 (長野県) ・岩手県和賀郡がはんらん。和賀町横川目。私が15歳の頃(昭和10年前後)の事件である。大雨で村の中央を流れている尻平が氾濫した。その日、私の部落の幼児(5、6歳)が見えなくなったという騒ぎが出た。消防団も出たりして、部落総出で探しまわったが、夜中になっても見つけることができなかった。きっと川に落ちて流されたに違いないというので、川下を探しまわった。ところが、朝になってその幼児が川向うの山の中で無事で発見された。これはどう考えても不思議なことでした。その川には、丸木橋一本かかっているだけで、当日の大雨の氾濫で大人でも渡ることができない状態でした。 ・長野県上伊那郡。浦の新三郎猟師といえば、山の神様となれ親しんだ逸話の持ち主として知られています。明治の初年のこと、新三郎は金子勢五郎猟師と連れだって仙丈岳へ猟に出かけましたが、二人は途中の小屋で単独行動をとることにきめ、別れ別れになりました。それから1週間、新三郎猟師は、杳として消息を絶ってしまいました。村人に依頼して山中を捜索してもらいましたところ、勢五郎と別れた小屋に戻っているところを発見されました。新三郎の話では、小屋を出てしばらく行くと、立派な婦人が現われて手招きするのに出会いました。誘われるままについて行くと、苺などの実る場所へ連れて行かれ、たらふくごちそうになりました。 ・こんなわけで、山にいる間は、ついぞ空腹を感じなかったという話でした。村人はその女性を山神であるとみていますが、山神男性説をとるこの地方にも、こうした観方のあることはおもしろいことです。 出典:松山義雄著『山国の神と人』(未来社) 1984/1 ・和歌山県西むろ郡上三栖。紀州西むろ郡上三栖の米作という人は、神に隠されて二昼夜してから還って来たが、其間に神に連れられ空中を飛行し、諸処の山谷を経廻って居たと語った。食物はどうしたかと問うと、握り飯や餅菓子などたべた。まだ袂に残っていると謂うので、出させて見るに皆紫の葉であった。今から90年ほど前の事である。又同じ郡岩田の万蔵という者も、三日目に宮の山の笹原の中で寝て居るのを発見したが、甚だしく酒臭かった。神に連れられて、摂津の西ノ宮に行き、盆の13日の晩、多勢の集まって酒を飲む席にまじって飲んだと謂った。是は六十何年前のことで、共に宇井可道翁の璞屋随筆の中に載せられてあるという。 ・昭和二十年頃の話。私の家の近くの男の子(小六年)が昼間、にわとりをいじめたから神かくしにあって大騒ぎとなりました。井戸のそばにしゃがんでいたそうなのに、家人にはその姿が見えず、子供には家人の姿が見えるけど声が出なかったそうです。二昼夜、その状態だったそうですから神かくしに違いないと、父母が言っていました。(青森県) 『山神を見た人びと』 高橋貞子 岩田書院 2009/3 <東北文化史の古層へ> ・今では有名になった『遠野物語』ですが、当時これを評価したのは泉鏡花と芥川竜之助くらいで、多くの人は趣味本位の書物にすぎないと見ていました。しかし、この発刊が機縁になって、地方に埋もれた文化への見直しが始まり、やがて民俗学が生まれました。人々の語る伝承の比較によって日本人の歴史がわかるというのは、まったく新しい学問の誕生でした。 ・遠野で、『遠野物語』が再発見されたのは新しく、昭和45年(1970)ごろからでした。岩手国体の実施に当たって、地域の文化を観光資源として活用することが図られましたが、その年はちょうど発刊60年にあたっていました。その後、遠野では民俗学資料に重点を置いた博物館、佐々木記念館を核にした伝承園、柳翁宿と柳田の隠居所を含むとおの昔話村、南部の曲がり家を移築した遠野のふるさと村といった施設を整備しました。 ・『昔なむし』の巻末にある「岩泉地方の昔ばなしとわたくし」には、幼少時に昔話を聞いた思い出から、家業と子育てをしながら採集と執筆を行った様子が書かれています。店先や汽車の中が聞き書きの場であり、夜中や早朝が原稿用紙に向かう時間だったのです。書くことへの執念と信頼が、こうした貴重な資料集を生みだしたのです。 <山の神に出遭った人> ・岩泉の向町の佐々木亥之松(いのまつ)さん(明治生)は、20歳だったある日、山仕事で山中に入りました。奥山まで行ったとき、いきなり樹の間から顔の真っ赤な大柄の人が出て、ずいと顔を合わせました。「あ、あー」とおどろいた亥之松さんは、後退りました。ところが、相手は亥之松さん以上におどろいた様子で、うろたえながら樹の蔭に隠れました。 ・さあ、亥之松さんは転がるようになって家に戻ると、 「その顔はらんらんとして燃える火のようだった」 と家の人に話したきり、40度の高熱を出して寝込んでしまいました。 高熱はなかなか下がりません。亥之松さんは重態でした。あまりのことに家の人は、神子さまに、ご祈祷を頼んでお宣託を聞きました。 お宣託は、「山中で出遭った顔の赤い人は、山の神だったのです。 ・山の神は<木調べ>のために山中を歩いておられたのです。人間に見られてはならない姿を見られて、山の神もおどろかれたのでしょう。亥之松さんの病は、40日間病床に臥せば恢ります」と、告げました。 そのご、ほんとうに亥之松さんは40日間でもと通りの健康体にもどって、そのあと長生きをして生涯を終えました。 <山男にさらわれた娘> ・田野畑村田代の南という家に、名をハツエと呼ぶ美しい娘がおりました。ある日、ハツエは、手籠を持って春菜を摘みに出かけたまま、突然、姿を消しました。 家族はもちろんのこと、村中が総出となって探しましたが、ついにハツエを見付ける「ことはできませんでした。ところが、その日から十数年たったある日、村のまたぎ(狩人)が山中でハツエを見ました。 ハツエは、ごつごつとした岩の上に座って、長い髪を櫛でとかしていました。またぎはおどろいて、「ハツエではないか」と、声を掛けました。 ハツエもまたぎを見ると、おどろいた様子で、なつかしそうに涙をはらはらと流しました。やがて、 ・「あの日、山男にさらわれて山女になった。あのころのハツエではない。今は山女なれば、おいらに出会ったことをだれにもしゃべるな。もし、しゃべったら、われの命は無いと思え」 こう言うと、さいごは恐ろしい形相となって威しつけました またぎは、「だれにも一切しゃべらない」と、約束をしました。ハツエは、「約束を破れば、3年のうちにお前は死ぬぞ」と、更に威しました。 ・またぎは秘密を抱えて山を下りましたが、心の中は平らではありませんでした。だんだん体の調子まで悪くなるようでした。こらえかねたまたぎは、ついにある日、ハツエと出会った一部始終を、村のだれかに話しました。 またぎはだんだんやつれてきて、青白くなって死にました。山女に出会って3年以内のことでした。 <人身御供とヒヒ> ・遠い昔のことです。小本海岸の波鼓が舞のあたりに巨大な松の古木があって、その枝に強そうなヒヒ(マントヒヒの異称)が腰掛けていました。そこは浜通りとして人びとの往来するところでした。 ところが、よく人隠しがあって、突然、人が見えなくなってしまう騒ぎがありました。 「なんでもあのヒヒが人を食うらしい」と、人びとは恐れました。 村人たちは相談の結果、若い娘を人身御供にヒヒに差し出して、ご祈祷をすることになりました。 ・若い娘は毎年一人ずつ、裸にされてヒヒに供えられました。のちにその娘たちの魂を鎮めるために「人殺神社」が建立されましたが。明治以前に廃社になったということです。 <天狗山から鼓の音> ・小川の国境峠に天狗山があります。海抜654メートル。昔から天狗の隠れ住む山と伝えてきました。 今でも国境集落の人びとは、「トン、トン、トン、トン」 と、天狗山から鳴り出す鼓の音を聞いています。 やがて鼓の音は、集落を囲んで立つ峰から峰をわたり歩いて、 「トン、トン、トン、トン」と、鼓の音を聞かせるといいます。 鼓の音は、四季も時刻も関わりがなく、いつ、どうともなく聞こえ出すようだと、国境の人びとは気付きました。 ・「きっと、天狗様は、ご自分の所在を知らせたくて、鼓を打つのだろう」と言い合って、鼓の音を聞くと、どんな仕事をしていても手を休めて戸外に集まり、天狗山を眺めるということです。 <天狗に殺された12人の神楽団体> ・天狗森は、猿沢の奥にあって、昔は天狗が隠れ棲んでいた深い森でした。近くの与一屋敷では、あるとき神楽宿をしたのですが、朝には、12人の神楽団体全員が死んでいました。与一屋敷の人は全員無事でしたが、この一大事に気付きませんでした。 ・その夜、真夜中の与一屋敷に天狗が舞いおりて、神楽衆の一人ひとりの口に息を吹き込んで殺したのでした。人間は天狗に息を吹き込まれると、即、死ぬといいます。その方法は、天狗は鼻が高いので、人間の頬に頬を近寄せて息を吹き込むと伝えていました。 猿沢の武田博さん(昭和4年生)は、少年時代に与一屋敷跡に行ってみました。そのときの与一屋敷跡には、土台石や腐った建築材が見えたので、そんなに遠い出来事ではないと思ったそうです。 <ツチグモと呼ばれた種族> ・遠い昔、この地方をはじめて開拓したころ、われわれと別にアイヌとツチグモがいました。アイヌは狩猟をして山で暮らしていましたが、ツチグモは極端に小さい体で、山野に穴を掘ってその中に隠れ住んでいました。 穴の入口に木の葉や草を被せていましたが、とても獰猛でアイヌや村人が通ると、いきなり襲って穴の中に引きずり込んで、猟物や食料を奪い、衣類を剥ぎ取りました。ツチグモはとても怖かったということです。 結局、ツチグモは絶滅したのですが、ツチグモを退治したのはアイヌでした。 『プレアデス星訪問記』 上平剛史 たま出版 2009/3 <宇宙太子との再会> ・それは、私が故郷である岩手県に住んでいた16歳のときのことである。 <葉巻型巨大宇宙船へ> ・「葉巻型母船は長さ4キロメートル以上で、太さは一番太いところで、直径7、8百メートル以上あります」 ・「この母船はひとつの都市機能を持っており、ありとあらゆるものが備わっています。生き物のような船であると言っても過言ではないでしょう」 ・なんと、これでも中規模程度の母船らしい。10キロメートル、20キロメートル、さらにそれ以上の大きさの地球人類には想像もできないほどの巨大な母船も存在するという。この母船では縦横およそ50メートルおきに道路が設けられ、階層は最も厚いところで40〜50層になっているそうである。母船の中に公園や山河まであるらしい。この母船で生まれ育ち、一生を過ごす者もいるそうである。 ・宇宙人にはそれぞれ母星があるが、母船には母星の都市機能が備わっており、母星の社会がそのまま存在している。母船の惑星としての役目を果たすため母船が故郷となる者もいて、そういった者は、ある意味で、母星で暮らしている人間よりも精神的に進化しているらしい。 ・「この母船には我々プレアデス星人だけでなく、様々な星人が協力のために同乗しています。地球人類がグレイと呼んでいる宇宙人もいます。もっともグレイは我々が遺伝子工学、バイオ化学、宇宙科学を駆使して造ったロボットでしたが、今では宇宙や特定の星の調査など、さまざまな分野で活躍しています。他にも爬虫類、鳥類、魚類、昆虫、植物などの生態から進化した人間もいます」 ・「この母船は、最大収容能力は5千人ですが、現在は4千人くらいでしょう。ただ、乗せるだけならば、1万人は乗せられるでしょうが、常時生活して長く滞在するとなると5千人が限度です。食料やその他の問題がありますからね。この母船には、ここで生まれた子供たちを教育する係もちゃんといるのですよ。子供達が大きくなれば、母星の学校や他の進んだ星へ留学する場合もあります」 ・UFO研究家で有名な韮澤潤一郎氏も「微に入り細に入る教訓的宇宙オデッセイであり、近頃には珍しい詳細な本物の体験記であると思う」と記している。 ・だれしも、ある時夢での宇宙をさまよったこともあるのだろうが、本書によって、しばし宇宙旅行を楽しまれることをおすすめする。 『遠野物語事典』 (石井正巳) (岩田書院) 2003/7 <山の神> ・背丈は「丈高き」「背高く」。顔色は、「顔は非常に赤く」「顔は赤く」「顔はすてきに赤く」「面朱のような」とある。眼の光は、「眼は輝き」「眼の光かがやける」背が高く、顔が赤く、眼が輝くという点でパターン化している。 「山男」 ・遠野郷の民家の子女にさらわれる者が多く、特に女に多いという。「女は、恐ろしい人にさらわれたが、その人は、背が高く、眼の色は凄く。生んだ子供を持ち去ってしまうものの、仲間と連れ立って食物を持って来てくれるという」。「山里で髪の長い美しい女を撃つ」証拠として、黒髪を持ってきたが途中で眠くなり、背丈の高い男が取り返して立ち去ったと見ると眼が覚める。その男は山男だろうという。 「山女」 ・「山女は、ぼろぼろの着物を着ているが、色白で長身、長い黒髪を持ち、あでやかである。幼児のいる母親でもある。飛ぶように走ったり、記憶をなくさせたりする特異な力を持つが、銃弾には倒れる。人恋しいかのように里人の前に現れるが、その特異な力や叫び声、大きな笑い声のため、里人にとっては、非常に恐ろしく、恐怖で病死する者もいる。 山女が現れる場所は、遠野地方の東にある六角牛山。白望(白見)山などの山中である。六角牛山は、女神が住んだと信じられた遠野三山の一つである。 『陰陽師』 安倍晴明の末裔たち 荒俣宏 集英社新書 2002/12 <陰陽頭の足跡をもとめて> <神隠しにあう人> ・高知県の香宗川あたりに、次のようなふしぎな伝説がある。 一人の陰陽頭がいた。名を芦田主馬太夫(あしだしめだゆう)といった。たいそうな権益を有し、名字帯刀も許されていた。 この人物は、ある時期になると、忽然として屋敷から姿を消してしまうことがある。村人たちが、「あ、また主馬太夫が神隠しにあった」と噂したという。 数か月、あるいはもっと長く、陰陽頭は姿を消し、家族に聞いても行方が分からない。村人たちは首をひねるが、そんな噂も消えかけたある日、また陰陽頭がきらびやかな服を身にまとい、屋敷の前に立っている。 ・村人はおどろいて、声をあげる。 「あっ、主馬太夫が神隠しから戻ってきておる!」 しかし当の陰陽頭は以前とかわらずに土地を支配し、芸能や祭りを仕切る。 ときには、村人に都の文物を惜しげもなく与える。どうも京の公家や、ひょっとすると内裏にも何らかのかかわりをもっているらしい。 主馬太夫は、謎めいた行動をときにとりながらも、代々、明治時代に至るまで今の高知市の東隣の方にある広い新開地に君臨していたという。 このふしぎな陰陽頭の足跡がすこしずつ明らかになりだしたのは、ようやく昭和41年以降になってからのことであった・・・。 <金神との闘い> ・ところで、吉備で陰陽道が生きのびた要因の一つは、この地に金神信仰が根づいていたことにあると、わたしは個人的に思う。金神とは、陰陽道に登場する神の名である。陰陽師たちはこの祟り神に対処するかたちで、この地に存在意義を見いだしてきたのである。そこでさらに一章を設け、金神について調査をつづけることにする。 ・だが、金神というのは、どうもよく分からない神である。金神信仰の盛んな岡山県で取材しても、どういう神なのか明確に説明してくれる人はいなかった。ただ、確実なのは、金神がどの神よりも重要だということである。別格なのである。地元では、病気が出たり交通事故に遭ったりすると、まず、金神の祟りではないか、と考える。金神に祈り、供え物をし、怒りを鎮めようとする。 にもかかわらず、金神の姿はどういうもので、どこに祀って、どういうふうに祈祷すればいいのか、正確な知識をもちあわせている人はいない。まことに抽象的で、しかも正体のよく分からない神なのである。 <陰陽道に語られる「金神」> ・南北朝時代に成った陰陽道書『三國相傳陰陽輨轄簠簋内傳金烏玉兎衆』(以下『簠簋(ほき)内伝』とする)によれば、金神の正体は「巨旦(こたん)大王の精魂」だといわれる。しかし、いきなり巨旦大王(こたんだいおう)の話になると、あまりに唐突の感をまぬかれないので、この陰陽道の祟り神について順序立てて説明をこころみる。 安倍晴明撰による『簠簋内伝』を眺めてみると、牛頭天王(ごずてんのう)の説話が次のように記述されている。 ・もと天上の天刑星であった神が娑婆世界に下り、中天竺の摩訶陀国王を名のった。この神は牛頭天王といい、牛面の異神であった。しかしその異貌ゆえか、姫の嫁ぎ手に恵まれなかった。あるとき天帝の使者瑠璃鳥の告げを受けた。聞けば南海の娑竭羅竜宮の三女頗梨采女という理想の姫がいる。天王はこの姫をめとろうとして八万里の旅に登った。 ・途中、夜叉国を望むが、巨旦大王の戸を閉ざされ通行を阻まれた。千里の松園を迷っていると、一人の貧しい女性に出会った。彼女は巨旦大王の奴婢であることを明かし、ここから東方一里のところに広がる浅茅生原内に、自分が慕う蘇民将来(そみんしょうらい)という者が住んでいると教えてくれた。天王が宿を頼むと、年老いた蘇民将来は喜んで迎え、わずかな粟を煮てくれた。また隼鷂(はやたか)という宝船を提供し旅の手助けをしてくれた。 ・牛頭天王は、かくて無事に南海に至り、姫をめとり、八人の王子に恵まれた。これを八王子という。南海から北天へと帰還するにあたり、牛頭天王は旅の邪魔をした巨旦大王を成敗することにした。八王子を差し向け、巨旦の国を亡ぼすつもりであった。これを聞いた巨旦大王は驚きあわて、応戦するが、とても太刀討ちできない。 ・思い余って「博士」に相談したところ、これは先年不当な扱いを受けた牛頭天王の王子たちで、復讐にきたのだと分かった。博士にすすめられ、一千人の僧侶の供養と大陀羅尼の誦唱、さらに泰山府君の法を仕掛けて護りを固めたが、一人の比丘が眠りこんで真言の唱えをおこたったため、護りに大穴があいた。こうして、ついに牛頭天王に侵入され敗北した。 ・女性は巨旦大王の死体を五節に分けてそれぞれの節供の儀をほどこし、巨旦も災いから浄められると、蘇民将来の住む小屋へ帰った。天王は夜叉国を蘇民将来に与えた。天王は将来にこうも告げた。自分は末代になって疫神となり、八王子とともに国を乱しにくるかもしれないが、蘇民将来と記した札を出している家は滅ぼさない、と。 後年、牛頭天王の八王子は、八将軍という武神になった。すなわち、大歳、大将軍、大陰、歳刑、歳破、歳殺、黄幡、豹尾の八神である。 ・以上の物語には、金神についてのエッセンスがすべて詰まっている。まず、祟り神の牛頭天王に不当な扱いをした巨旦大王である。この大王は殺され、その死体は五つに分かたれ、五節の儀式に用いられてのち、この魂が金神と化したという。五節の儀式つまり節供は疫病や戦災を防ぎ長寿をもたらす儀式である。 ・巨旦大王の死体をもって行われた儀式は一種の犠牲祭りであり、大地安穏を祈るものである。その巨旦大王の魂が変じて生じたのが金神とされるのであるから、金神も大地の安穏と密接に関係していることになる。金神が暴れれば、大地すなわち俗世の平和は掻き乱される。 ・一方、牛頭天王は旅する星神であり、これも金神の一属性を代表する。またその子八王子は大将軍を含む「金神二世」というべき存在だろう。つまり、金神の分化である。ここに金神概念の完成形というか、総合形があるのだが、最終形はときとして複雑にすぎる。ではシンプルな原形はどうであろうか。 ・最初に指摘しておきたいのは、金神には多くの別称がある、という事実である。この別称は、金神のさまざまな性格を個別にあらわしていて、全体像を考えるのに有効な要素だけれども、逆に混乱や矛盾を発生させる元区ともなっている。 『世界神秘学事典』 (荒俣宏) (平河出版社) 1981/11 <シャンバラの奇跡> ・シャンバラは、単に仏教の知られざる知恵の隠された聖地と考えるだけでは、足りない。シャンバラはまさに来るべきカルパつまり、宇宙時代への指導原理なのだ。 ・仏教伝来以前にすでにチベット地方で広まっていたと思われる理想都市信仰と、その伝承である。チベットの古い伝承によれば、広大なる南の中央大陸は六つの地域に分かれ、北から“雪の国”“シャンバラ”“中国”“ホータン”“チベット”“インド”と呼ばれたという。 ・ その住民は、マハトマと呼ばれる聖人に支配され、地下の不思議な通路によって世界へとつながり、この世の平和を基礎とした霊的指導原理を信奉している。そして、マハトマは、折りにふれ、シャンバラの使者を世界各国へ派遣するのだという。マハトマの使徒によるシャンバラ幻想王国の建立―これがリューリフの見果てぬ夢、神秘的共同体思想であった。 ・ 「私が神秘の土地から始めてヨーロッパに持ち込んだ教えは3つある。一つは、ヨーガの中でも最高のヨーガ<火(アグニ)のヨーガ>。そして次の一つは、<地球内部の空洞世界に暮らす地底人の伝承>。そして第3は、<シャンバラ>である」とリューリフは言った。 ・「地底の聖なる人々」についての伝承は、造山運動や天変地異を逃れて、地中に移り住んだ人類の祖先を語っている世界各地秘伝の大本(おおもと)である。 ・“未来仏マイトレーヤ”の到達に備える文化的事業こそがリューリフの確信であり、マハトマー霊の指導者―の使徒の役割であった。そしてリューリフは、そのための心の共通語として(美術)を選んだのである。 ・ リューリフが伝えたこの伝承に影響をうけて、SF雑誌に<シュエイバー・ミステリ>と云う奇妙な作品が登場した。アメリカとチベットは、地中の空洞を通じてつながっており、異星人が出入りするのだという小説である。
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