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王仁三郎は、日本の立替と世界の立替について、日本は共産主義により立替えられること、世界も米ロ戦争によって共産主義の天下となることを予言しています。(1)
[森羅万象]
2021年10月17日 22時31分の記事




『地球の雛型「日本」は世界一切を救う』
宇宙人時空構造の特異な「場」
出口王仁三郎の三千世界テレスコープ
伊逹宗哲   ヒカルランド   2011/9/30



・王仁三郎さんの残した「発言、文書、行動」は、日月神示と共に新しい文明世界を作るための素材となりそうです。有意の人たちに「ぜひこの本を読んでみてほしいのです」 (船井幸雄)

<神霊界の姿をこの世に移写する肉体機関と化した王仁三郎の超予言がついに炸裂するタイムラインに入ってきた>
・「いよいよ宇宙一切の完成の時期になったのであるから、その過度時代に住する人間の目からは、地上一切のものが破壊され滅亡するように見えるのである」(王仁三郎)
「霊界は想念の世界であって、無限に広大なる精霊世界である。現実世界は凡て神霊世界の移写であり、また縮図である。霊界の真象をうつしたのが、現界、即ち自然界である。故に現界を称してウツシ世と言うのである」(王仁三郎)

<序文・解説・推薦に代えて――船井幸雄>
<出口王仁三郎さんの予言は、日月神示と共に今後の「みろくの世」作りにおいて、必読のように思います。>
・私はよく本を読む方だと思います。一日に一冊ぐらい新刊に目を通しています。ところで、どの本からも学び考えさせられるのですが、ここ半月ぐらい毎日読み返しては考えさせられている本が一冊あります。 
 それは2010年10月31日に徳間書店から発刊された伊逹宗哲著『王仁三郎と日月神示のひな型神劇』という本です。
 その本のオビには次のように書かれています。

フリーメーソン・国際銀行家の世界征服を覆す神の仕組み。
 原因の世界/霊界の出来事をこの世に移す「ひな型神劇」の神業を演じた霊的巨星、王仁三郎と岡本天明(日月神示)の明かされざる真実!

●世界支配者層は、「貨幣=金こそが、世界のすべての機構を動かし、私たちの生活を支え、すべての生産物と交換できる等価の絶対的社会信用である。貨幣こそが、私たちの生存を保障する唯一の手段である」と長い時間をかけて人類を洗脳し、金(貨幣価値)により人類を呪縛し続けてきた。
●王仁三郎は「ユダヤ神殿=ユダヤ拝金国家=国際金融財閥支配の世界」の崩壊神劇の土台を築く神業を行っていた!
●岡本天明は、その土台の上に「ユダヤ崩壊のひな型神業」を行っていた!「ユダヤは神の選民で、艮(うしとら)の金神(世界を立替える神)が道具に使っておられる。ユダヤは悪に見せて善をやるのや」(王仁三郎)

<ユダヤ神殿の焼失と再生――火の洗礼を受けて崩壊するユダヤ金融財閥>
・「月の宮」が、建立され約3年5ヶ月を経た1998年3月23日、「日の宮」は、突如して失火により宮続きの道場、隣の天明書画の展示室とともに紅蓮の炎に包まれ全焼し崩れ落ちた。
 この全焼は何を意味するものなのか?
「日の宮=極宮殿」は、拝金思想に満ちたユダヤ神国の神殿の雛型としての霊的位相を封印していたが、1994年法人名を「ひかり教会」より「至恩郷」へと変更し、初めて「シオン」の名を公的に登記刻印して、再びシオンの丘で、ユダヤ神国の神殿(黄金万能神を祭神とする拝金宗の神殿)としての位相の封印を解いた。
 しかし、ユダヤ黄金神の御神体はすでになく、実体のない外枠のみの皮相的な拝金宗の雛型神殿として復活した。

<シオンの丘に鎮座する「太日月地大神」――ユダヤ黄金神から天地宇宙の主神へ>
・目次代わりといっては何ですが、以下本書から記憶に残った王仁三郎さんの印象的な言葉を書きだしてみることにします。(「」は王仁三郎 ▲は私です)。
 
・王仁三郎さんは1871(明治4)年に生まれた人です。亡くなったのは1948年ですから昭和23年です。そのことをぜひ念頭においてお読みいただければ、王仁三郎さんの予見力が尋常なものでないことが分かるでしょう。また王仁三郎さんは生前「わしの言ったことは100年経ったら分かる」といっていたそうですから、まだこれから分かってくる部分というのもあるかもしれません。

・「いよいよ宇宙人一切の完成の時期になったのであるから、その過度時代に住する人間の目からは、地上一切のものが破壊され、滅亡するように見えるのである」
▲まさにこれから起ころうとしていることを大局的に的確に捉えているように思います。

・「経済の根本改正なさざれば、地上の国はほろびゆくべし」
▲資本主義のシステムは不完全なものなので早晩終わりを告げ、新しいシステムに変更せざるを得ないでしょう。このことは私が20年前から言い続けてきたことと同じです。

・「皇道経済実現には、第一に自給自足の経済ブロックを創設することである。山陰ブロック、山陽ブロック、四国ブロックなどなどで、ブロック圏相互に有無相通ずることである。だんだん大きくして日本ブロック、それからアジアブロック、アメリカブロック、エウロッパブロック、アフリカブロック、オーストラリアブロック。北米ブロック、南米ブロックと大きな経済ブロックを創設して大きなブロック相互の有無相通によって、全地球の自給自足経済まで拡がって行くことが神の経済経綸である」
▲ 自給自足の地域独立型定住圏の構築は、LEAP/2020、ウェブボット、コルマンインディックス、日月神示などさまざまな権威ある予測機関の長期予測で一致することを、ヒカルランド刊の何冊かの本をプロデュースすることで伝えてきました。

・「日本は充分、天産自給の出来る国なのである。しかし、外国の物を使っていてはできぬ。日本の物だけ使わなできぬ。国によっては天産自給のできぬ国もあるが、日本には何でもあるから出来るのである」
▲日本はエネルギーさえも自給できます。聖書の暗号の解析にもあるように日本はメタン・ハイグレードの豊富に存在する国。これを活用するだけで、エネルギー自給も可能になってきます。

・「王仁は都市は十万になると言ふとるのでや」
▲戦後の高度成長期の真っ只中を暮らしてきた人たちにとっては、この予言はナンセンスなものと捉えられたことでしょう。現在においてもたとえば東京をちょっと出た埼玉県の川口市でさえ、50万人です。王仁三郎さんはこうした十万都市が世界のあちこちに出来て、自給自足の田舎的経済圏といったり来たりするようになると予言しています。これはしかし今後のみろく(ミロク)の世のあり方とは一致する方向性です。

・「国家の大本は百姓をせねば総ては固まらぬ。一切のものは、工業でも商業でも農から始まるのだ、百姓は造化の神と一緒に働いとる。農業をやっていると、耳で聞かず口で教えられない教訓を受ける。だから学問に伝われぬ教育を受けとる。農をやれば政治もわかれば何でも凡てが分かる」
▲私も農家の出です。大学も農学部を出ました。幼少より家業を手伝って育ちましたから、これは実感としてよく分かります。

・「機械文明はあまり発達するとかえって悪いから、五六七(みろく)の代になったら発達をとめる。需要丈を生産する様にする。機械文明が発達し生産過剰になって来て、そのため工場労働者は朝から晩迄働かなくともよくなる」
▲需要だけを生産することはPOSシステムの導入などですでに実現しています。いま働き口が縮小していることもこれと関係あるように思います。

・「みろくの世には工業家は造ったものを米と替えてもらうので、今までのように大量生産でなく手で役に立つものを作るようになる」
▲まさに実物経済です。天変地異などが予想される今後の世界ではこうした実物=食物とリンクしたシステムしかないように思います。紙幣もゴールドもバーチャルな金融も喰べることはできません。当たり前のことが忘れられてきたように思います。個性ある工業生産物への転換も日本人が一番得意とするところです。

・「みろくの世になっても通貨はあるが、一人十万円だけしかもたせぬ。それ以上は引き上げるので引き上げられる前に献上するようになる。(神界の神人の身魂は、その霊能の活用如何の優劣により)181階級になるが上がることは出来る」
▲これは昭和19年の言葉。このときの十万円が今のどのくらいの価値になるのか。またこの先の十万円がどれくらいの価値になっていくのか、見極めは難しいですが、今のようにお金に依存しなくてはやっていけない社会から、そうでない社会に変わっていく方向は間違いないと思います。身魂の分別もオーラなどを見ることによって、すでにある程度できる人が私の周りに多く現れています。

・「今までの文明はラジオ、船、飛行機(交通、通信機関)だけは残る。他は立替の時に、皆なくなってしまうのが立替や」
▲軍事兵器の類はやはりなくなるでしょう。みろくの世にすでに生きていると思われるヒマラヤ聖者たちの生態をみれば、人間そのものが特殊な文明の利器です。

・「中空を翔ける飛行機、飛行船はすでに廃物となり、天の羽衣と云う精巧無比の機械が発明され、汽車は宙を走って1時間に5百マイルという速力だ」
「みろくの世には飛行機よりももっとも良いものが出来るからだ。今の飛行機みたいにあんなことをしないでもよいようになる」
▲航空力学的に見ても飛行機がなぜ飛ぶのかということは証明できていないということを聞きました。

・「電気なるものは、宇宙の霊素、体素より生成したものであるが、その電気の濫用のために、宇宙の霊妙なる精気を費消すればするだけ、反対に邪気を発生せしめて宇宙の精気を抹消し、ために人間その他一切の生物をして軟弱ならしめ、精神的に退化せしめ、邪悪の気宇宙に充つれば満つるほど、空気は濁り悪病発生し害虫が増加する。
 されど今日の人間としては、これ以上の発明はまだ出来て居ないから、五六七神世出現の過度時代においては、最も有益にして必要なものとなって居る。モ一歩進んで不増不減の電気を以て電気電話に代へるようになれば、宇宙は忌はしき邪気の発生を防ぎ、至粋至純の精気に由って、世界は完全に治まって来る」
「また宇宙には無限の精気が充満してあるから、何程電気を費消しても無尽蔵である。決して、無くなると云う心配は要らぬ。また一旦電気濫費より発生した邪気も宇宙無限の水火の活動によって、新陳代謝が始終行はれて居るから大丈夫である」
▲王仁三郎さんは現在の電気について、人の霊性を乱すものと見ていました。原子力などの火の文明を突き詰めれば人類文明が崩壊すると予言しています。それにかわるものがあることをきちんと分かっていました。それがフリーエネルギーといわれるものなのでしょう。私の知人にはこの研究に半生を捧げている人がいます。すでに入力に対して3倍の出力を得られる装置が完成しています。理論もしっかりしています。残念なことに近々アメリカにおいて実用化されるようになりそうです。

・「神世になれば人民の寿命も長くなるぞよ。世界中勇んで暮らすように成るぞよ」
「人の寿命はみろくの世になれば、五百歳、四百歳、三百歳、二百歳、百二十歳が最低となる」
▲日月神示「三万年の昔に返す、三十万年かもしれないぞ」といっています。太古の時代、ムーやアトランティスという良質の先史文明があったような気がします。その報告を信じるならば、寿命はだんだん短くなってきたようです。特にレプティリアンという爬虫類的異星人の人類への介入後、寿命は極端に短縮されてしまったようです。

・「霊界は想念の世界であって、無限に広大なる精霊世界である。現実世界は凡て神霊世界の移写であり、また縮図である。霊界の真象をうつしたのが、現界、即ち自然界である。故に現界を称してウツシ世と言うのである。たとえば一万三千尺の大富士山を僅か二寸四方位の写真にうつしたようなもので、その写真がいわゆる現界即ちウツシ世である」
「またこの現界と霊界とは相関連しておって、いわゆる霊体不二であるから、現界の事は霊界にうつり、霊界の事はまた現界にうつり、幽界の方も現界の肉体にうつってくる」
「霊界の立替へ済めば現界は自然に一切立替はるなり」
▲今隆盛のフラクタルの概念そのものです。その大元は神霊界にあるといっています。神霊界とこの世の現実は写し鏡であって、相互に影響を与えながら相互共に進化育成していくというのが、王仁三郎さんの唱えた雛型理論です。さらに王仁三郎さんはこの雛型理論を実践の場、つまり神霊界の姿をこの現実界に移写するための雛型神劇を演じていたということです。壮大なSF小説のような話ですが、よく理解できます。

・「日本は世界一切の中核である。文芸・宗教・教育・その他あらゆるものの枢府である。熱帯に枕し、寒帯に脚を延ばし、あらゆる気候、あらゆる土質・風土の凝集地である。即ち世界一切の小縮写である。世界の典型である。否、世界万邦の中つ国として、万国統治の中府である」
「地球は天球の縮図である。しかして日本国は地球の縮図である」
「人間は神の容器として宇内経綸の天職がある。殊に日本人の使命は重大を極め、世界の安否、時運の興廃、悉くその責任は日本人に係るのである」
「天賦の霊魂を磨き、天下独特の霊智霊覚によりて、天然造化力の利用開発に努めると同時に、他方においては天賦の国の徳、人の徳を発揮することに努め、そして立派な模範を世界中に示さねばならぬのである」
「日本国の使命を知れば、一切の宗教が蘇生するし、日本国の使命を忘却すれば、一切の宗教は滅亡するのである」
▲少し前までこんなことを言えば、皇国史観の復活? 右翼? 戦前の軍国体制を髣髴するとして一蹴されたでしょう。しかし、東日本大震災を経た今、日本人の中にも驚きが湧き上がりましたが、とりわけ世界中の国々では日本人の大衆といわれる人たちの中には、輝き廃れることのない心性が宿っていることが分かりました。日本は今、原発の問題もあって、国難ともいうべき未曽有の危機のさなかにありますが、地球の縮図としての日本と日本人の自覚を復活させるまたとないチャンスでもあるようです。

・「このたびの世の立替は万世にただ一度の経綸なりけり」
▲王仁三郎さんが行った神霊界の姿をこの世に移す仕事のことです。よく分ります。
「天もなく地もなく宇宙もなく、大虚空中に一点のゝ忽然と顕れ給う。このゝたるや、しみきり澄むきらひつつ、次第々々に拡大して、一種の円形をなし、円形よりは湯気よりも煙よりも霧よりも微細なる神明の気放射して、円形の園を描きゝを包み、初めて◎(ス)の言霊生れ出でたり。
 この◎(ス)の言霊こそ宇宙万有の大根元にして、主の大神の根本太極元となり、皇神国の大本となり給う」
▲宇宙の創生に関わる記述のようです。日月神示のマルチョンもここにつながるものだと思えます。

・「主の声は七十五声を生みまして天の世界を開きましけり」
「ヨハネ伝首章に曰く『太初(はじめ)に道(ことば)あり、道は神と偕にあり、道は即ち神なり。この道は太初に神と偕に在き。万物これに由て作らる、造られたる者に一としてこれに由らで造られしは無』と明示しあるも、宇宙の大根元を創造したる主の神の神徳を称えたる言葉なり」
「声音は『心の柄』の義にて、心の活用の生ずる限り、これを運用する声音が無ければならぬ」
「神即ち声音、声音即ち万有、到底是等を別々にして引離して考えることは出来ぬ」
「声音即ち精神、言霊即ち神霊」
「神となるのも舌の先 鬼となるのも舌の先」
「言霊の舌の剣をおだやかに、使わせたまえ天津神、国津神たち百の神」
「言霊の生ける国、言霊の助くる国、神の造りし国」
「宇宙の森羅万象一切は、これら無量無辺の音声、即ち言霊の活用の結果」
▲日本人の話す日本語が一番宇宙と共鳴する言霊を持っているのだと思います。天皇家の祭祀を司ってきた伯家神道の継承者七沢賢治さんの言霊の研究を私はずっと後押ししてきました。七沢さんは言霊をテクノロジーに応用するところまで、すでにやっております。言霊というのはすごいものなのです。

・「神は万物普遍の霊にして人は天地経綸の主体なり、霊体合一してここに無限の神徳を発揮す」
「人は天地経綸の主体なり、霊体合一してここに無限の神徳を発揮す」
「天地の一切万事は完全に向かう道程にあるものと知れ」
▲人間は言霊を通して、天地創造と関わってきたのです。このことを人は忘れています。宇宙さえ人間は作れるところまで可能性が開かれています。それは創造者と一体の存在であるということです。予言の時代が速く去ることを私は望んでいます。人が宇宙森羅万象すべてをその思いによって創れるようになって来たとき、予言もいらなくなると思います。

<『日月神示』を降ろした神様とは?>
・このあたりで、岡本天明さんを通じて『日月神示』を降ろしてきた神様の正体を探ってみましょう。ずいぶんとこわいことをいうので、そのまま信じていいものかどうか迷いますね。
 岡本天明さんがこの神様のメッセージの筆記をはじめた当初「天之日月神(あめのひつくのかみ)」とその存在は名乗っていましたが、のちに『古事記』にも登場する「国常立尊(くにのとこたちのみこと)」という神様であることが研究者たちによってわかったそうです。
 国常立尊という神様は大本教の出口王仁三郎さんにもメッセージを送っていた存在であり、そこでは「艮の金神(うしとらのこんじん)」と呼ばれていました。王仁三郎さんは、この神様は天地を創造した竜神であると述べており、それを霊的ビジョンとして目撃したようすを述べています。

・実際にこの神様がこの世を創ったのかどうか、私にはわかりません。ある種の神話として、その偉大さを伝えようとしたと思えます。
 興味深いのは、これほど偉大に思える存在であるのに、八百万の神々からうとまれて、その地位を追放されてしまった……とされていることです。
 出口王仁三郎さんによると、乱れた世を立て直すために地震などの大変動を起こして生き物を滅ぼしたりしたため、その厳しさに耐えられなくなった神々が、国常立尊を追放して世界の東北(=艮)にあたる日本列島に押しこめたというのです。以降、国常立尊は祟神として恐れられることになったようです。

・ところが、いまふたたび世の中が乱れてきあっため、艮の金神=国常立尊による世の建て直しが始まったというのです。出口王仁三郎さんもそういっていますし、『日月神示』にもそのように書かれています。
 この神様が竜神の姿をしているというところに、レプティリアンを連想する人がいるかもしれません。人間の立場からすると、爬虫類や竜といった存在はいかにも無気味でおそろしく感じされるため、キリスト教などでは竜は悪魔の象徴とされていたりします。
 また、先に紹介したデーヴィッド・アイクさんの本を読んでレプティリアンに対する恐怖感を植えつけられた人も多いと思いますが、アイクさんは爬虫類の姿をした知的種族のすべてが悪や闇の勢力というわけではなく、人間の成長をサポートする存在も多くいるといっていますし、『日月神示』などにも、竜にもいろいろな種類があると説明されています。

・稲生さんが『聖書の暗号』から得た情報では、艮の金神とは多次元知性であり、そこにはムーの時代に崩壊を体験した存在がたくさん含まれているというのです。ふたたび崩壊を起こしてはいけないということで、一所懸命がんばって私たちにメッセージを送ってくれているようです。
 日本にはムー文明の名残があると感じているのですが、それは、艮の金神が日本に押しこめられたという話に通じる気もします。
 また、稲生さんによると、艮の金神というのはあくまでもひとつの切り口であって、アメリカではまた別の神様がいて神話や預言があり、ヨーロッパではさらに別の神様や神話、預言があり……というように、いくつもの切り口があるそうなのです。切り口はいくつもあるけれど、多次元知性の集合体としてはひとつのものですから、最終的にはムーや『日月神示』にこだわる必要はないというのが、稲生さんの説です。
 ただし、私たちは日本人ですから、まずは『日月神示』から参考にしていけばよいと思います。

<「ユダヤと日本の完全な提携」が世界を救う――ユダヤとアラブの宗教戦の収捨>
・王仁三郎は、白山義高に「お前は一宗一派に囚われてはならない。それだから大本教には入信しないで、皇道大本の行者になれ」と諭しました。
 そして、白山に「現代は加速度的に、一途に世界は破局に向かって進んで行く。如何なる理由を持たせるにせよ、戦争は戦争へと、全世界は戦場化して、神定の世の終末の審判は、既定の事実である。そうしない限り、戦争の原因動機となるユダヤとアラブの宗教戦の収捨はつかない」と予言しました。
 おそらく、白山は、「ユダヤと日本の完全な提携」とは何のことなのか全く分からなかったことでしょう。

<白山吉高のユダヤと日本の提携――霊徳文明のカギ>
・王仁三郎は、白山義高にユダヤ遺跡の開発をして、その遺跡の聖地に日本とユダヤの旗を建て、世界に知らせることを指示しました。
 昭和27年10月、白山は、淡路島の洲本市古茂江小磯の古代イスラエル遺跡の聖地に日本の国旗とイスラエルの国旗を交叉して、広く全世界に告げました。

<日本とユダヤは表裏一体――『霊界物語』の示すユダヤと日本の脈絡>
・王仁三郎は、白山に「ユダヤと日本の完全な提携」がなければ、全世界の終末的戦争は収捨されないことを予言していました。

<『日月神示』の示すユダヤと日本の相克和合――スメラ神国とユダヤ神国の和合>
・故岡本三典氏(天明の妻)によれば、『日本列島に世界政府を樹立せよ』の小論文は、天明の持論であったと述べていることにより、天明は、ユダヤと日本の関係を、地上世界での最終戦後に「世界の代表的二つの民俗が和合一致して新世界を支配する」と確信していたようです。

<みろくの世へ向けて――大峠を越える道>
<既存の価値体系は全て崩壊する――新時代へ、霊的覚醒により大峠を越える!>
・王仁三郎は、「いよいよ宇宙一切の完成の時期になったのであるから、その過渡時代に住する人間の目からは、地上一切のものが破壊され、滅亡するように見えるのである」
 今後、既存の資本主義国家、社会主義国家、大国小国、民族の区別なく政治、経済、文化のあらゆる面において、これまで人類が積み重ねてきた霊的汚穢(邪気)が噴き出し、「ミロクの世」へ向けて大掃除・大洗濯されていくこととなります。
 従って、「地上一切のものが破壊され、滅亡するように見える」のは、今までの、優勝劣敗・弱肉強食の生存競争時代が産み落とした世界です。

<王仁三郎の世界論は、現代科学の宇宙創成論と酷似する!>
・現代科学が教示(有力な仮説)するところでは、宇宙の始まり自体、時間も空間もない「無」(時間と空間を合わせた時空すら存在しない世界)が、ゆらぎ「有」(空間を持つ原子より小さい超ミクロ宇宙)を生み、この超ミクロ宇宙が何らかの原因で、わずかの間に十の何十乗倍という急激な膨張を起こし、次いで、宇宙は物質とエネルギーに満ちた超高温・超密度のビッグバン宇宙となり、我々の銀河系が120億年前くらいに誕生したとされています。
 そして、宇宙の構成は、陽子や中性子など目に見える(観測されている)物質が4%ほどで、23%が未知の物質(ダークマター)、そして残り73%がダークエネルギーと呼ばれている正体不明のものです。 

<王仁三郎の言霊宇宙論――言霊ビッグバンによる宇宙創成>
・王仁三郎は、この宇宙は、言霊(75声)により森羅万象の一切が創造されたとしています。王仁三郎は、天地宇宙の創造を、「天もなく地もなく宇宙もなく、大虚空中に一点のゝ(ほち)忽然と顕れ給ふ。このゝたるや、すみきり澄みきらひつつ、次第々々に拡大して、一種の円形をなし、円形よりは湯気よりも煙よりも霧よりも微細なる神明の気放射して、円形の圏を描きゝを包み、初めて⦿(ス)の言霊生れ出でたり。この⦿の言霊こそ宇宙万有の大根本にして、主の大神の根本太極元となり、皇神国の大本となり給ふ」としており、この「⦿の言霊」によりやがて言霊75声が生み出され、万有が生み出されたと述べています。

<言霊の活用で切り開かれる未来――森羅万象は言霊により創造される>
・私たちの心の活動は、声音を介して地上現界に発現します。
 王仁三郎は、「声音は「心の柄」の義にて、心の活用の生ずる限り、これを運用する声音が無ければならぬ」としています。
 より、詳しく見るなら、私たちの心の活動は、宇宙本体の源(天地宇宙の創造神)から発せられた神の活動力の一つの現れです。

<『言霊の生ける国』――日本は言霊の力を最も発揮する国>
・世界を変革する実地の運動は、世界の霊域、世界の雛型日本が中心となって進行していきます。王仁三郎は、日本のことを「言霊の生ける国、言霊の助くる国、神の造りし国」と述べています。日本語は、言霊75声を発する言語から成り立っています。
 日本人は、言霊の力を最もよく発声できる民族であり、かつ、日本列島は、特殊な霊的構造を内在している国です。日本は、言霊の力が最も発揮できる国です。

<大変動期の究極の選択は「身魂相応の道」――それは各自に与えられた過不足なき天賦の道である!>
・王仁三郎は、私たち人類のあるべき姿、神と人、人生の本義について端的に次のように教示しています。

 神は万物普遍の霊にして人は天地経綸の主体なり、霊体合一してここに無限の神徳を発揮す。

 王仁三郎は、私たち人類の本義を、「人は天地経綸の主体なり、霊体合一してここに無限の神徳を発揮す」としています。
 王仁三郎のこの言葉を、私は「人類は、この地上世界に理想世界を建設する主体たる万物の霊長であり、神の内流を受けて(霊体合一して)、神が各個人に与えてくれた身魂相応の天賦の能力を完全に発揮(無限の神徳を発揮)するのが、人として生れ出でたる本分である」と受けとめています。

<天地惟神の大道を歩むとは、宇宙の理想発展の流れに身をゆだねること!>
・王仁三郎は、「天地の神の大道にしたがへば一さい万事楽しみとなる」と言っています。「天地の神の大道」とはどのような道なのでしょうか?
 王仁三郎は、「天地の一さい万事は完全に向かう道程にあるものと知れ」と言っています。
 この王仁三郎の教示に従えば、この現在という「時」に起きている森羅万象の現象は、宇宙一切が全て完成へと向かう道程であるということになります。
 私は、『天地の神の大道』とは、何も特別な道ではなく、「宇宙一切の森羅万象が完成時代に向かって突き進んでいる大いなる道」と受け取らせていただいております。
 今後、新しい時代に向け、あらゆる分野で変革の波が押し寄せてきます。
「みろくの世」という新時代に向かって、どんなに、地上一切のものが破壊され、滅亡するように見えたとしても、今現在、この「刹那」に起こっている出来事の全ては、宇宙全体が完全へ向う際に避けて通ることのできない道筋です。

・今後訪れる大変革の時代に向かって、既に霊的世界では私たち各人の身魂相応に霊的指導者たちが付き添いこの難局を乗り越える準備態勢が完成しています。
 私たち一人一人が、自立しつつも険峻にして光輝く天地惟神の大道を歩みながら、理想社会の建設を目指し、身魂相応に役割を果たしていくことになりそうです。

<朝鮮半島を発火点として東アジア戦争――朝鮮から中国そして米ロの最終戦>
<アメリカとソ連は必ず戦争する>
・太平洋戦争の最中の昭和19年6月、保釈を受けていた王仁三郎は、中矢田農園内の一室で信者に「この次の第3次世界大戦の緒戦には、小松(※石川県小松市)は家一軒残らんぞ。よほどしっかりした信仰を持っておらんとあかんぞ」と告げました。(※著者)
 この如是我聞は、大元信者の瀬領貞道氏談・油谷靖通氏筆録によるものですが、同氏は「小松はめぼしいものと言えば、小松製作所ぐらいなもので、何故こんなことを申されるのかと思うていたが、小松飛行場がそのうち出来、現在では日本有数の自衛隊の基地になっていることを今更ながら驚いている」

・以上の王仁三郎の予言・警告を取りまとめますと、朝鮮半島では、経済的崩壊に危機感を抱く北朝鮮を発火点とした戦乱。中国は半島の戦乱と国内の貧富の格差から来る内乱などにより大掃除(立替)されていくものと思われます。
 そして人類の最終戦は、中東発のイスラエルとアラブ諸国の戦乱、朝鮮半島の戦乱を機に、ロシアと米国によって戦われ、米ロ戦の勝者は、ロシアになりそうです。
 米ロ戦の勝者がロシアということは、米国の軍事同盟国日本においては、少なくとも一時的にせよ国土の一部(北海道・東北の一部等)は、ロシアの制圧下に置かれることになりそうです。

・今後、世界的な戦乱に日本もまた飲み込まれていくことになりますが、日本は必ず不死鳥のように復活していきます。
 そして、この日本再生の道筋が、同時に世界が新しき文明へと向かう道筋に連なっていきます。
 米ロ戦の勝者ロシアは、最終的に大三災でその国力が削ぎ落とされ、世界支配の覇権を失っていきます。

<日本を襲う社会主義革命――私有財産の否定から神有財産への精神革命>
・私たちは、王仁三郎の警告の真意を悟り、魔の想念世界へ堕ち込む
を乗り越えなければなりません。
 以下は、表面的な出来事に相違はありますが、今後の日本を含む
本質的な混乱崩壊の流れです。

1. 天変地異や大恐慌の吹き荒ぶ混迷時代に、政治家は、時代を解し的確な施政を講ずることなく、あらゆる虚偽と罪悪と権謀術数を以て施政の大本となし、国民に重税を課して膏血を絞り、貧富の格差は益々拡大していくことになります。
2. 物価は日ごとに暴騰し、富裕層と貧困層の貧富格差があらゆる生活の隅々に行き渡り、富裕層は政治家・官僚と結託して暴利を貪り、贅の限りを尽くします。
3. 貧困層は生活難から教育、医療も受けられず、交通機関も利用できず、日夜飢えと寒さに震え、自殺者は日々急増し、下層社会は暗黒界の様相を呈していくこととなります。
4. 民衆の憤怒怨嗟の声が騰がり、全国各地で民衆大会が頻発し国政を糾弾し、全国一斉示威運動が起こります。
5. 国家は治安維持に強権を発動し民衆を弾圧し、大規模な流血惨事を招き、独裁警察国家と化していきます。
6. 人々は蔓延する絶望感から腐乱の国政に業をにやして暴徒化し、全国いたるところで治安が乱れ犯罪が横行し社会秩序は混乱を極め、そしてついに内外にうち続く経済戦・思想戦・世界大戦の世界情勢と呼応して社会主義革命の火の手があがることとなります。

・王仁三郎は、前述したとおり、日本の立替と世界の立替について、日本は共産主義により立替えられること、世界も米ロ戦争によって共産主義の天下となることを予言しています。
 日本の社会主義革命は、世界の雛型日本で私有財産制の廃止を経て、国民の財産は全て公有財産となり、さらに昇華して公有財産の一切が、天地宇宙の霊妙な活動力が生み出した神有財産であるとの精神革命が起こり、やがて大家族主義的共同体社会へと向かう必然的道程として起こるのです。

<聖人の国際会議による理想社会――新時代を担う12人の霊的指導者が出現>
・新時代を担う12人の聖人が、世界大転換期(世の大峠)に向かう過程で、天変地異・飢饉・疫病・戦乱などが次々と発生しますが、私たちは神の内流を受けて神の摂理を理解しつつ、この転換期を乗り越えることになります。
 新時代を担う12人の聖人が、世界各地の神定の地で真に霊性に目覚めた人々の中から出現し、それぞれの地域で精神的救世主として人々を導き、真理と愛善に基づいた世界を築いていきます。

<霊性を発達させる都市構造――人々は高原地帯に住み都市は10万人となる!>
・「みろく世」では、人々は現在の都市型居住から、自然環境に富んだ山間自然ゾーンの高原地帯に居住することとなります。

・都市構造は、現在のように大都市人口集約型ではなく、大都市でも10万人となり、各都市は一つの地域経済ブロックに属し、各都市に住む人々の全ての生活用品を製造し供給するセンターが各地域ブロックごとに一つ作られます。
 人々は、高度に発達した通信システムを利用し、必需品を注文するとそこで制作され、各地に送られてきます。
 以上のような都市構造が、基本となり、やがて人々は、自然と同気相求め合い、同じ意思想念の者が愛の徳によって集まり、一つの団体を形成し同一住宅地域に住みます。

<農業が中心産業となる――「みろくの世」の基幹産業と労働時間>
・労働は、農業に従事することが基本となり、事実上の国民皆農制になるので、毎日国民が1時間ずつ、季節に合わせて農業に従事すれば、各自天賦的に発生する土地の生産物をもって需要供給のバランスが保たれることとなります。

<霊徳によって治める社会の出現――基幹産業の農業を支える農村組織と政治>
・王仁三郎は、未来において産業は農業中心の産業構造となると言っており、その農村社会の組織について、「みろくの世」では、一人の人間が、霊徳により地域の政治経済を司る主要な役職を兼務して地域を治めるようになると予言しています。

<「みろくの世」の労働と休暇――月に5連休の休暇を取って有意義に働く>
・「みろくの世」では、霊徳に富んだ者が公的仕事に従事し、人々のために最もよく働くことになるようです。
 公的仕事に従事する者は、人々のために誠を尽くして質においても、量においても最も多く働くこととなるため、午前中のみの勤務となります。
 全ての分野の労働者に対し労働休暇日は、1月の中で5連休とされます。
 人々は自由な休暇を謳歌します。

<機械文明の発達を意図的に止める――オーダーメードの手作り品が主流となる>
・王仁三郎は、極度な機械文明の発達は、人間が身体的活動をとおして労働し物を製作する創造の喜びを奪うことになるので、「みろくの世」になったらその発達を止めると言っています。
 また、大規模工業製品は、ロボット工学などの発達より生産効率が上がり、かつ需要分のみ生産するため工場労働者の労働時間は極度に短縮されていきます。
 人々は、科学技術の粋を集約して小規模化・精巧化した製作機器を駆使して、需要分のみ工業製品を作り、工業製品は人々の役に立つ機能性・創造性に富んだオーダーメイドの手作り品が主流となるようです。
 農村共同体的な都市で、人々は農夫であるとともに、工業家、芸術家、科学者など多様な分野の労働に自由に参加したり、あるいは自分の特性に応じた分野で主たる職に従事することとなりそうです。
 また、工業製品の譲渡に際しての対価は食料品で決済されることとなります。

<「みろくの世」の経済社会制度――私有財産制・租税制度の廃止>
・王仁三郎の想定している「みろくの世」の国家は、大家族主義を根幹とし、国家経済の根本義は国民全般に安定した衣食住を保証することを第一義とします。
 このため、私有財産は、基本的に神有財産として取り扱われ、租税制度は廃止されます。
 みろくの世では、食料は、日本国内において生産されるものをもって、国民の食を養い、各戸の人数に応じて頒与されます。
 衣服は気候風土に適し、人格に応じ、職業に応じ、礼節に応じ、待遇に応じたる服制を統一して数量を定め、節制をもって過不足なく提供されます。
 住宅は、職に応じ家族の多寡に応じた家屋が供給されます。

<霊徳文明の個人資産――1人10万円しか持たせぬ>
・「みろくの世」では、私有財産は制限され、人々は一定の金額しか通貨を持たず、どんなに収入を得ても一定額を超えた分は全て献上し、富より名位を求めるようになります。
 王仁三郎は、神界の神人の身魂は、その霊能の活用如何の優劣により181階級になっていると言っています。
 みろくの世では、神界と現界は、合わせ鏡のように相応して一体化するため、現界の人々は、身魂の霊性に応じて181階級になりますが、善徳に応じて自然と富が集まりますので、より善徳のある者が富を献上することとなり、階級が上がります。
 人々は、富者を見てこれを模範とし、善徳を積むことのみを考えて地上天国の建設に勤しみます。

・みろくの世になっても通貨はあるが、一人10万円だけしかもたせぬ。それ以上は引き上げるので引き上げられる前に献上するようになる。181階級になるが上がることは出来る。(『新月の光』昭和19年)

<高度に発達する交通と通信システム――精巧無比の飛行体天の羽衣>
・世界の立替時に今の文明の交通機関・通信機関だけが、みろくの世の建設のために残され、他は全ていったんなくなり、その後新たに創造されていきます。
 交通機関としての中空を飛ぶ飛行機は廃止物となり、飛行機に該当する空中を飛行する天の羽衣という精巧無比の機械が発明されます。
 さらに、新たな空中交通機とも呼べる鳥の翼のような飛行機械が発明され、人々はこの機械を体の一部のように身につけ、高く空中に飛び揚がり、空を飛びまわることができるようになります。
 現在の汽車に当たる交通機関は、時速5百マイル(804.7km)のスピードで宙を走ります。

<長寿命の社会がやって来る………「神世になれば人民の寿命も長くなるぞよ。」>
・神世になれば人民の寿命も長くなるぞよ。世界中勇んで暮すやうに成るぞよ。

・また、王仁三郎も「人の寿命はみろくの世になれば、5百歳。4百歳。3百歳。2百歳。120歳が最低となる」と述べています。

・田沼靖一教授(東京理科大学)は、人の最大寿命について、?人の平均寿命が医学水準の向上や衣食住の改善によって延びても、最大寿命はほとんど延びていない。?人の最大寿命は、せいぜい120歳程度が限界。?最大寿命は遺伝的に決まっていて、遺伝子操作や再生医療を施さないかぎりは最大寿命が延びることはないと述べています。
 王仁三郎が、「みろくの世」になれば人の寿命は、「120歳が最低となる」と言っていることに注目してください。
 王仁三郎が、昭和21年の時点で、現代人の最大寿命を基準にして、「みろくの世の人の寿命」について語っているのが分かります。

・しかし、大本開祖出口なおは、いつごろになるのか不明ですが、この地上が大変動を起こすことを繰り返し警告しております。
 はたして、王仁三郎の予言した「みろくの世」の人間の寿命の驚異的な延びは、遺伝子工学の発展によるものなのでしょうか?
 それとも、時空の質的変動により、地球生命体に何らかの変化をもたらしたものなのでしょうか?

<人間の本体は不老不死の精霊であり向上して天人となる――人生の本義>
・王仁三郎は、私たちの人間は精霊と肉体とで構成され、人間の本体は善悪両方面を持った精霊であり、肉体は精霊の容器(衣)であるとしています。
 そして、身体は盛衰があり老化して死を迎えるが、精霊は永遠無窮にして不老不死であるとしています。
 聖霊は向上して天人となり、あるいは堕落して地獄の邪鬼となる存在であり、愛の情動如何で、「あるいは天人となり、あるいは精霊界に迷い、あるいは地獄の妖怪的人物となる」としており、人は、天賦の智慧証覚を啓発して、死して神の境域に到達すべく今生を生きるべきであるとしています。

<「みろくの世」では、霊界と地上世界の二大世界が一体化する!>
・「みろくの世」に向けて、天地宇宙の邪気の凝集した想念世界が、消失していくため霊界の天国・霊国のあり様が、地上現界にそのまま現象化されるのが基本となります。
 今までの物質文明の崩壊と新しい時代の霊主体従文明の建設は同時並行的に進んでいくようです。

・「みろくの世」の高度に発達する科学技術は、霊主体従文明を維持する補完的なもので、人々の霊的成長の生活基盤を整える技術として発達します。
「みろくの世」では、霊界と地上世界が、有機的に一体化したかのように、天界の姿が地上の姿にそのまま映し出されて、天地が一つの世界となって宇宙が発展していくようです。
 人々の霊性が飛躍的に向上し、人々は身魂相応に天人との意志交流が日常的になされ、天人の智慧や愛を正しく接受して、天界と地上界は、真の「合わせ鏡」となり真に釣り合って宇宙はさらなる理想発展を続けていきます。
 王仁三郎は、太古の神代の黄金時代について、「太古に於ける現世界の住民は何れも、清浄無垢にして、智慧証覚にすぐれ、愛の善と真をよく体得し、直接天人と交はり、霊界も現界も合せ鏡の如く、実に明かな荘厳な世界であったのであります」と述べています。
「みろくの世」とは、この黄金時代への復帰であると同時に、宇宙がさらなる新黄金期に入っていく時代を示すのでしょう。



『地球一切を救うヴイジョン』
白峰   徳間書店     2008/11/30



<メーソン最大の秘伝は出口王仁三郎「大本」にあった!>
・五木寛之さんの『風の王国』という小説にも、ちょっと近いことが書いてありますね。サンカの頭領の通称が大本というんです。そして世界政府の頭領の名前も日本語に翻訳すると大本になっちゃう。

<地球は5万年遅れている>
・中丸薫さんが、こんなことをいっていました。
「この間、面白い人に会いましたよ。アメリカで14歳のころからアンドロメダ星にずいぶん行ってきている人です。すごく大きい母船みたいなものが地球上にあって、そこへ行ったり来たりしている。アンドロメダの母船に連れていかれて見た世界は、その1階のフロアだけでも、もう想像を絶する広さだそうですよ。中に湖あり、山ありみたいな感じでね。アンドロメダの人々は、2メートルぐらいの背があって大きいそうです。
そのアメリカ人が言うには、地球というのは精神的なレベルにおいて、アンドロメダよりも5万年も遅れている世界なんだそうです。科学的には1万年遅れている」

<本来宇宙は、半霊半物質が基本>
<鳥インフルエンザを超える超生物兵器と中国分割案>
・中国の砂漠化は、アフリカの4倍のスピードで進んでいます。国土の26パーセント、約3割は完全に砂漠です。それから、砂漠に準ずる、すなわち野菜をつくれない農地が18パーセントだから、全部で44パーセント。この進行率がアフリカの4倍のスピード。アフリカでは7年かけて、砂漠になるものが、中国ではたった2年で同じになっちゃう。

・2020年には中国の4割が砂漠になると予想されています。そうすると、中国は国として機能しなくなる。だから、その前に中国を全部ブロックに分けて、環境立国として再生させる方法がある。
 上海万博の後に、中国を5ブロックに分けて、アメリカみたいに連邦制にするというのが影の政府のプランです。
1、 ヨーロッパ・メーソンで3ブロック。
2、 そして完全な自由主義競争の3ブロック。これはアメリカとインド、ロシアも絡んでいます。
3、 あと、純粋な中国の3ブロック。

<神様の最高表現とはスピード化!>
・神様の最高表現に波長を合わせる為には、<スピード化する>ということが、大事な要点になるのです。高次元の番組は実現のスピードが速いのです。
・日常生活の中で、どんな仕事をするときも<スピード化>を心掛ける事が本心開発に大きく役立つのです。

1、限界を破ろうとする時に、本心は輝き出て来くるのです。
2、スピード化すればするほど高次元波動の番組に波長が合い、それが現実化して来るのです。
3、真剣な心に高級神霊が感応して来るのです。
4、能率的に・効率的にというのは神様の知恵・産物であって、神様の知恵に波長が合うのです。
5、全力を出した時に、神様の力が流れ入って来るのです。
6、働きが増大すれば、与える量が多くなるのです。即ち借りが減り、貸しが増えるのです。換言すれば、業想念の心が消え、本心の心が輝き出てくるのです。



「王仁三郎と日月神示のひな型神劇」
それは国際金融資本とイルミナティ崩壊の型だった!
伊達宗哲  徳間書店



<巨人出口王仁三郎の霊能力が覚知した世界―地上世界は霊界の写しである>
・王仁三郎は、私たちの世界は、五感で感知できる三次元世界(顕界)と不可視の世界(幽界)の移写された世界であり、この現界に起こる現象の有因力は霊界を源としていると教示している。したがって、宇宙の変革力は霊界より発し現界におよぶ、霊界で生起したことは、「相応の理」により、地上世界に現われる。

・神界と幽界は時間空間を超越して、少しも時間的な観念はない。それゆえ霊界において、目撃したことが、二三日後に現界に現われることもあれば、十年後に現われることもあり、数百年後に現れることもある。また数百年、数千年前の太古を見せられることもある。その見ゆる有様は、過去、現在、未来が一度に鏡にかけたごとく見ゆるものであって、あたかも過去、現在、未来の区別なき如くにして、しかもその区別がそれと歴然、推断されるものである。

<理論物理学が示唆する多次元宇宙―霊界は存在するのか?>
天外伺朗氏は、デビッド・ボームの示した「宇宙モデル」について次のように解説している。

1、 我々の可視レベルの宇宙(明在系=現界)の背後にもう一つの不可視レベルの宇宙(暗在系=霊界)がある。
2、 「暗在系(霊界)」には、「明在系(現界)」のすべての物質、精神、時間、空間等が全体として「たたみ込まれて」おり、分離不可能である。
3、 両世界は、密接にかかわり合いながら常に流転変化している。ボームの説は、王仁三郎の教示する時空間一体の霊界構造とほぼ同義である。また、最近の理論物理学は、私達が、三次元空間として認識している宇宙が、実は二次元の面に書き込まれたものである可能性を示唆し始めている。



『超常科学謎学事典』
―最新科学と秘教科学が謎と不思議を完全解明―
編者 秘教科学研究会   小学館  1993/1/10



<出口王仁三郎 大本教2代目教祖>
・1917年(大正6年)には、『大本神歌』とよばれる五七調の詩による予言を行なっているが、その中で明確に30年後の第2次世界大戦を予言している。しかもその戦争が、泥沼化した日中戦争から始まり、そのうちに日本を守るためにつり鐘から折れ釘までが求められること、米国の『迦具槌』(かぐつち=古事記に登場する日の神)で国土が焼かれること、戦闘機や潜水艦による戦いがあることをはっきり予言しているのだ。彼が『大本神歌』を著した頃には、まだ戦闘機や潜水艦などによる戦争は空想上のものだった。さらに、1942年(昭和17年)には信者に対して、「戦争は日本の敗け。最後に広島がいちばんひどい目にあうから、広島からは逃げたほうがいい」とも語っている。

・王仁三郎の予言として最も有名なものは、今世紀末に起こるという大変革だ。彼は、これまで閉じ込められていた『艮(うしとら)の金神』が復活し、世の立て直しを行なうと断言する。しかも「世の立て直しの大峠には日本に火の雨が降る」といい、その大峠の直前には、世の中は次のようになっているという。

 “ボタン一つ押せば、江戸の芝居がどこでも見れるようになる。電話も小さくなり持ち運べるようになる。そして弾丸列車が地上に浮いて走るようになる……。
 さらに王仁三郎は、世の立て直しの大峠には戦争も勃発し、世界の人口はわずか3パーセントになってしまうという。
 王仁三郎の予言がどのレベルからもたらされたものなのかは明確には判断できない。しかし、審神(さにわ)学まで学んだ彼の予言は確かに霊能者レベルを遥かに超越している。アカシック・レコードに到達しないまでも、相当近づいたレベルにまで行ったのではないだろうか。

<岡本天明  1897〜1963>
・1944(昭和19年)、岡本天明は突如入神状態となり、その後数年間かけて『日月神示』とよばれる謎の予言詩を、自動書記によって書き上げた。天明は出口王仁三郎のもとで審神(さにわ)学も学んでおり、この『日月神示』は、本来大本教に降りると予言されていた「最終予言」だといわれている。また、岡本天明はノストラダムスの転生だという強い主張もあり、彼の予言の評価は高い。

<ブッディ界>
・人間のブッディと同じ振動数の物資で構成される世界。神秘家の意識が貫入するのはこの世界であり、また芸術家のインスピレーションもこの世界の元型からやってくる。「おとぎの国」「妖精の国」という型で描写される世界もこの界上にあり、変わったところでは浦島太郎の連れていかれた竜宮城もこのブッディ界上にあるそうである。神愛の世界であり、一般の聖人、神秘家がこの世界の描写に終止するための「神は愛である」との結論が広まったと考えられる。

<ブラック・ロッジ>
・暗黒同胞団。いわゆる悪魔国のことで、人類の歴史を彩ってきたが(もちろん彼らも人間として転生してくる)、現在はホワイト・ロッジと合体しており、概念としては無効である。

<ホワイト・ロッジ>
・聖白色同胞団のこと。菩薩団、神々の府、超人の政府といった形で認識されてきた人間になじみ深い神々の集団である。地球ハイラーキーともよばれ、人類史を彩ってきたが、天界における正反合体(光と闇の合体)とよばれる出来事のためのブラック・ロッジと合体してしまい、現在では無効な概念である。

<艮(うしとら)の金神>
・大本教、金光教等に予言されている封印された『創造と破壊の神』。その破壊力の故に他の神々の策謀により力を封殺されたが、二千年期を迎えるにあたり人類の総決算と新時代開闢のために天帝として復活するとされる。神道における天之御中主神や国常立之命、キリスト教において「天の父」、神文学において「Z(ザイン)」とよばれるものと同一存在であると考えられる。

<物質化(現象)>
? 魔術的力を用いてエーテル界に存在するものを物資として認識できる状態に顕現させること。エーテル物質として認識できる状態に顕現させること。エーテル物質の振動数を降下させる作業が必要となる。

? エーテル界に存在する精霊やエーテル体までの体しか持たぬ存在が、自らの振動数を降下させて、この物質界において認識可能な形で顕現すること。エクトプラズムもこの一種。

? は、サンジェルマン伯爵やチベットの聖者が行ってみせたという記録が多数残っている。?には、おそらくUFO現象の一部が含まれる。いずれにせよ、長時間物質的形態をとることは不可能である。

<精霊界>
・スウェデンボルグの霊界関係著作群に登場する世界。
 死んで間もない新参者の霊魂が行く場所であり、ここで段階を踏んで人間生活の記憶を清算し、霊界での生活に備えるといい、第一〜第三までの階層があるとする。
 秘教的には、これら三段階は、死後肉体を離脱して後に順次分解していくエーテル体、アストラル体、低位メンタル体(下位マナス)に対応する三つの界層「エーテル界、アストラル界、低位メンタル界」に対応すると考えられる。
 したがってスウェデンボルグの記述する天界は、高位メンタル界(上位マナス=魂の最下層)であると考えてさしつかえない。ちなみに上位マナス界の仏教用語は『有頂天』。多くの修行者が、この天界の最下層にたどりつくと天界のすべてを知ったとうぬぼれ出すのでこの名があるとか。

・精霊、妖精、自然霊、妖怪等の人間になじみのある隣人たちの住む世界。エーテル界ともよばれ、物質世界のひな形として、われわれの世界に重なり合う形で存在しているとされる。

<日航貨物機アラスカ上空事件>
・1986年11月17日夜、アラスカ上空で、日本航空1628特別貨物便の、ボーイング747ジャンボ機がUFOに遭遇した事件。

 この貨物機は、パリからアンカレッジ経由で東京に向かっていたが、アラスカ上空で、2個の角型UFOに約50分間にわたってつきまとわれ、それが消えた後、直系が747ジャンボ機の数十倍、およそ4キロメートルという超巨大宇宙母艦を発見、機内のレーダーでもはっきりキャッチしたというもの。

<アストラル界>
・生命の「感情」と同じ振動数の物質で構成された世界。いわゆる幽霊や霊視体験のほとんどすべては、この界での出来事であり、ここには何ら信頼すべき情報はない。

<アストラル体>
・アストラル物質(感情の物質)によって構成された体であり、人間においては感情の主体となるもの。「水」で象徴され、人間の肉体(含むエーテル体)とメンタル体(知性体)との接着子としての働きが最も大きいと考えられる。今後の人間の進化成生上からは、消滅する方向にあると考えられる。「欲望体」とも訳される。

<エーテル界>
・生体プラズマによって構成される世界。秘教科学によれば物質界の原型であり、物質界にあるすべてのものがこの界において、ほぼ同じような形で存在するとされている。妖精をはじめとする自然霊だけではなく、多くのエーテル生物が住んでいるとされる。

・物質界のヒナ型になるエーテル物質=気=プラズマの世界。物質界とほぼ相似形で重なり合って存在しているが、こちらの方が広大でエーテルの海に物質が浮かぶ形になっている。
 妖精、精霊は、このエーテル体までを体(たい)とする場合がほとんどで、ほとんど半不可視である。

<エーテル体>
・プラズマによって構成された体。肉体(物質界)に生命エネルギーを供給する体でもあるが、存在の中には、たとえば妖精のように、エーテル体のみの体しか持たぬものも多い。このため彼らは、不可視であるが、エーテルは物質に近いため、条件がととのえば肉眼でも見える場合がある。また、一般に「気」とよばれているものは、エーテル体、または、エーテル流のことである。

<クートフーミ大師>
・ブラバツキー夫人にインスピレーションを送った大聖の一人。仏教でいう聖観音と同一存在である。

<ジュアルカル大師>
・ブラバツキー夫人と交流を持った三大超人の一人で、神智学の基礎となったシークレット・ドクトリンの影の著者。ブラバツキーの死後は米国のアリス・ベイリーにインスピレーションを送ることで自らの著書を20巻ほどの大作にまとめた。
 要するに神智学とは、ジュアルカルの宇宙哲学である。2人の夫人にインスピレーションを送っていた当時は老齢のチベット人僧侶であった。キリスト教でいう天使ウリエルであり、人間としては、プラトン、空海、聖徳太子、諸葛孔明として転生しているという。

<超人>
・神智学の概念で、菩薩、神々、天使存在とほぼ同義。人間としての欠点を克服した(反身の問題を除いて)存在であり、人間として転生を繰り返し、歴史を主導する思想、発明、事件、革命を指導する人物となることが多い。

<邇邇芸尊(ににぎのみこと)>
・天孫降臨の主役であり、西暦二千年期に再興されるという王朝の統治者として再臨することになっている存在。モリヤ大師、ミカエル、金剛菩薩と同一存在。

<メンタル界>
・マナス界ともいう。メンタル(知性)と同じ物質でできた世界である。人間が概念としてとらえるものは、この世界においては厳然と形を持っている。明確な思想は明確なシンボルとして存在するといった具合である。神文学においてはこうした側面を明確にするために「型霊界」ともよんでいる。
 他の界層同様七つの亜界に分かれるが、上位三界層を高位メンタル界、下位四界層を低位メンタル界とよぶ。高位メンタルは、抽象的なシンボル、思想、観念の世界。後者は、現象の構造に関係しより具体性が高い。

<メンタル体>
・メンタル物質によって構成された人間の精妙な体の一つ。高位メンタル体と低位メンタル体に分かれ、前者は魂(こん)に属し転生するが、後者は体(たい)に属し、死後分解する。
 高位メンタル体(高位マナス)は、現象の背後にある概念、シンボルを知る知性のこと。低位メンタル体は、いわゆる具象知性であり、現象を論理的に分析する知性のことである。「自分」という概念は高位メンタル体に属する抽象概念である。換言すれば魂の働いていない人間に「自己」はないということである。

<モナド界>
・太陽系七界の上から二番目の界。仏教でいう大般涅槃界。空間的無の世界である。今までの精神世界的概念においては(下から段々と進化上昇すると考え)人間の意識が貫入するのは不可能とされてきたが、現代にあっては、神界・モナド界のエネルギーが直接流入する時代となり、次第にその片鱗が知られるようになった。

<モリヤ大師>
・ブラバツキー他の神智学系文献に登場する大師(マスター)の一人。神智学運動当時は、一光線系の大師であるとされていたが最新の秘教的情報においては既にマヌ(世界文明の動向を支配する王)に就任しており、二千年期における神政世界国家建設後は、他の神々と共に人間として世界を統治するとされる。密教における『金剛菩薩』、キリスト教における『ミカエル』、神道における『邇邇芸命(ににぎのみこと)』と同一の存在である。

<ユダヤ人>
・もともと秘教用語であり「前系人」の意味。
 つまり、現在の太陽系以前の太陽系で個霊化した霊魂たちであり、前太陽系が知性の太陽系であったため知的に非常に発達しており、また潜在意識の構造が多くの地球人とは決定的に異なる――そういう霊魂をユダヤ人とよび、ユダヤ人の氏神(民族神)であるヤハウェは、他民族との交わりを禁じた。これがユダヤ民族と他民族の確執の始まりであるという。

<鬼>
・想像上の妖怪、生き物とされている。頭に角を持ち、牙があり、腰に毛皮などを巻いているのが、一般的。民俗学的見地に立つと、敗れ去った古代の神、あるいは大和王権に葬られた土地の支配者と考えられる。京都の大江山に棲んでいたという酒呑童子などが有名。
 また、漂着した外国人、とくに白人ではないかと見る説もある。さらに、異界すなわちエーテル界からの侵入者と考える者もいる。

<エーテル界存在>
・秘教学の分野では、この宇宙は波動(振動数)が異なるいくつかの界層でできていると考えられている。
 人間の場合には、こうした界層すべてにその存在があるのだが、通常はそれを認識していない。人間は「霊・魂・体」とよばれる三層の構造を持っており、その「体」の部分を低位メンタル(下部マナス)体・アストラル体・フィジカル体の三層に分けて考えられる。このフィジカル体にもさらに、エーテル体と物質体(肉体)に分けられる。

・人間は肉体以外にさまざまな界層を持っていると考えられているが、この宇宙には肉体を持たず、エーテル体を持った存在もいると考えられる。こうしたものを「エーテル界存在」とよぶ。ロシアのUFO研究家、アジャザ博士はこれを「希薄な物体」とよび、UFOやエイリアンとはこうしたエーテル界からの侵入者だと考えている。アジャザ博士によると、希薄な物質でできたエイリアンたちは、プラズマ状になってみたり恐竜の形になったりするのだという。こうした存在を理解するには、秘教的認識が必要となってくる。

<天之浮舟(あめのうきふね)>
・『竹内文献』等の異端史書に見られる、神あるいは天皇家の船。古代天王が万国(世界中)を行幸されるときに使用したが、地球規模の大変動のときもこれに乗って難を逃れた。天空浮舟と表記されることもある。
 古事記日本書紀には、天にある高天原(たかまがはら)と地上を繋ぐ「天之浮橋(あめのうきはし)という橋(梯子?)が出てくる。また「天之鳥船(あめのとりふね)」という楠木製の堅固な船もある。この二つの要素を取り入れた創作ではないかと思われる。しかし一部の研究者の間では、超古代の優れた文明の産物として、空を飛ぶ石で作られた船があったと論じられている。

<体(たい)>
・人間を構成する三重構造「霊・魂・体」のうち、魂の乗り物となる部分。神智学では「物質体+エーテル体」「アストラル体」「低位メンタル体」の三界層を想定している。

<天界>
・天の世界のこと。一般的には天国と同義であるが、細かい描写や意味していると思われる世界は、語る人物や宗教によってまちまち。
 秘教的には、霊・魂・体の人間の三重構造のうち、肉体とともに分解する運命の「体」を除く、霊・魂が存在する界層全体(ロゴス界、モナド界、アートマ界、ブッディ界、高位メンタル界)を指し、それぞれの界層(次元の違いも含む)は独自の性格を持つ。宗教、霊能者の質により描写が違うのは、その人間によって意識の達する焦点が異なるからである。

<天国>
・天界にあるとされる。神の統治する国、世界のこと。さまざまな宗教が地獄と対比する形でこの天国について描写するが、その記述や内容は、地獄の有様同様まちまちである。霊界について語る心霊主義の人々によっては、天界とほぼ同義で用いられている。しかし、元祖であるイエス=キリストの語る天国は、秘教的に明確な象徴語として用いられており、モナド(距霊)界を指している。
 そしてイエス=キリストが語る「天国に入る」という言葉は、モナド(距霊)上にその人間の意識が焦点化することを意味しているのである。

<スター・ピープル>
・B・スタイガーが造った言葉。前世が異星人で、なおかつ、幼少時から超次元的な存在と交信を続けてきた人を指す。多くの場合女性で、妖精や天使を見るようなことも多いとされている。

<亡霊>
・ほんらいは成仏できずにさまよう霊魂のこと。
 死後、物質界に何らかの強い執着を持っていた場合、とくに感情の主体であるアストラル体を分解し切り離すのに非常に長期間を要する。その場合には、なかなか次の転生に入れず、迷い続けることがある。これを亡霊、不幽霊等とほんらいはよびならわす。

<幽霊>
・死者の霊魂のこと。目に見えたり不可視であったりする。実際には幽霊とよばれるもののほぼすべてが、人間の死後、分離したまま分解を待つエーテル体(活力媒体=気の体)である。西洋の墓に半可視状の幽霊が多く見られるのは、土葬だからエーテル体が残るため。

<シャンバラ>
・地球というシステムを一つの生命体ともなすと、やはり霊・魂・体に相当する構造を持っていると考えられる。この場合の霊を相当する器官がシャンバラとよばれた霊府であり、前地球神サナート・クマラが主宰していた。ちなみに、「魂」にあたるのは、超人(=菩薩衆)たちのハイラーキーであり、人類一般はメンタル体、そしてアストラル体が動物、さらにエーテル体が植物、そして鉱物精霊が物質体担当と捉えられ、この地球人体の中で意志=力の器官として霊府シャンバラは存在してきた。単に概念としてではなく、ヒマラヤ地方のエーテル空間にかつて存在しており、ニコライ・レーリッヒ他の秘儀参入者はここを訪れ、あるいは霊視したと考えられる。
 しかし、現在はサナークマラは消滅し、さらに神人合一の時代(つまり、神々が人間として下生し、地上に政府を創り上げる現人神の時代)に突入したため、現在はシャンバラは存在せず概念としても無効になったと考えられる。

・(魔術呪術)地底に存在するといわれた伝説の王国。チベットー中央アジアの地下にあるとされていた。また、南米大陸ブラジル〜南極大陸にかけて、反シャンバラ(ブラック・シャンバラ)が存在したという噂もある。1920年頃、ロシアの探検家F・オッセンドフスキーがゴビ砂漠で、シャンバラ情報を持ったラマ僧に会ったという話が伝えられている。
 しかし、もちろんシャンバラは、物理的に存在するものではない。シャンバラというものは、秘教科学でいうエーテルまたはアストラル界に属する世界だと考えられている。

・今から千数百万年前に、金星からサナート・クマラを長とする一団が地球の高位メンタル界にやってきたといわれる。神智学ではこのサナート・クマラを至高の存在と決めていた。サナート・クマラは、ほんらい単純素朴な人類に精神的な知恵を授け、その結果として人類は、わざわざ自分の中に罪を捜し求める努力をさせられる破目になり、極限まで狭い宇宙、狭い階層に閉じ込められて生きてきたのである。こうしたことが原因で、サナート・クマラは処刑され、今はすでに存在していない。魔術の世界がシャンバラに注目し始めたのは比較的最近のことだが、神智学が語るシャンバラの王サナート・クマラが存在しない以上、その力を得ることはありえない。

<七界>
・太陽系の内宇宙は七種の次元空間で構成されているとする体験的に検証された宇宙構造論。図においては、下方から物質界(エーテル界)、アストラル界、メンタル界、ブッディ界、アートマ界、モナド界、神界と名付けられており、ヨーガ、仏教、ユダヤ密教等さまざまな秘教体系における記述は非常に類似しており、普遍性があると考えてよい。一般的な七界図においては上部ほど次元が高くなるが、じっさいには意識空間のより内側に入り込む体験となる。各界は振動数による磁場の違いとして境界を持っており、ちょうど液体と気体との関係同様同じ物質でも境界を超えると別の性質を持つと考える。

・重要なことは、人間がこの太陽系七界に対応するすべての次元の物質から構成された多次元同時存在として秘教では捉えていることである。
したがって人間は最も振動数の高い神と交流することができるのみならず、もともと神なのである――というのが秘教の根本的理論である。同時に人間は最終的にこの内宇宙空間を繋ぎ、天(神)のエネルギーを地上に具体化するための媒体であるとする人間観も生じる。これらの多数の階層における人間は、一般的にバラバラで統一されていない(例/頭と体が一致しない=メンタル〜物質体間の連動がない)。これが完全に統一された状態を軸線が通ると称し、人間がほんらいの機能を発揮する第一段階であるいと、神文学等の新しい秘教研究者は捉えている。



『2011年からの正しい生き方』
天災、人災などの大激変が予想される今後数年間の対処法が分かった
船井幸雄    ヒカルランド  2011/1/10



<11月15日の私の発信文「日本の社会、経済はこうなりそうだ」>
・長年、経営コンサルタントと経営者を業としてきましたので私は、未来予測はもとより、もっとも難しいはずの近未来予測も上手なほうだと思います。
 それらは、400冊を超える拙著を調べますと90数%以上の確率で当たっていることからでも分かります。

 この日の発信文では常識的に考えて、これから10年間ぐらいの日本の社会経済について予測してみました。
 これは、すごく人気のあった発信文でアクセス数が一挙に何倍にもなりました。それもかなり続きました。

<景気はよくならず資本主義は崩れざるをえないだろう>
・私は、経営の専門家です。前書きで述べたように大きな社会予測、経済予測を含めて過去40年以上も90数%は未来予測を当ててきました。というより、ほとんど外しませんでした。それは400冊余の私の著書を調べてもらいますとよくお分りいただけると思います。
 なぜなら、近未来が正しく分からないと経営コンサルタントの仕事などできないからです。私の、その予測能力を調べて論評してくれた第三者の著書もすでに何冊かでていますよ。

<「東京壊滅説」が波紋を呼んでしまった。本音が伝わる「ミロクの世」へ>
・さて、2010年の7月と8月に私は、自分のホームページ上で、いささかショッキングな記事「東京壊滅説」を書きました。複数の情報源から入ってきたので、これは伝えておかなければいけないな、と思って書いたのですが、波紋を呼んでしまったようです。
 実際には恐れたようなことが起きなかったのは幸いです。しかし、聖書の暗号や日月神示に照らし合わせても近未来予測としては東京に災難が起きる可能性を否定することはできません。

・「東京壊滅説」をあえて書いた根拠としては船瀬俊介さんの「東京の超高層ビルに巨大地震が起こったら」と題するレポートがありました。船瀬さんは、巨大地震のさいに予想される液状化現象が首都圏のビルを襲うとどうなるのかをシミュレーションしています。

・日月神示で思いだすのは、
「江戸が元のすすき原になる日近づいたぞ」
「江戸は人民すめん様な時が一度は来るぞ」
「江戸と申すのは東京ばかりでないぞ。今のような都会みなエド(穢土)であるぞ。江戸はどうしても火の海ぞ」という警告があることです。

・コルマンインデックスの研究家である高島安司さんは、最初は東京がぺしゃんこのようなところまで落ちて、それから立ち上がるだろう、との予測をしていたようです。彼は、いくつもの信頼できる未来予測法を研究・分析している予測の研究家ですが、彼によりますと資本主義システムのように壊れるものは壊れるが、新たな自律的自給自足経済圏のようなものがあちこちに立ち上がることで、上手に破壊と再生が入れ替わるという結論に至ったと言っています。



『ミロクの暗号』
日月神示と出雲・伊勢・シュメールで読み解く日本人の使命
中矢伸一   徳間書店  2012/1/19



・自分がオラクルであることを思い出すだけでいい

<オラクル(覚醒した者)>
・オラクルであるということは単に超能力がつかえたり預言したりできるということではありません。それは宇宙の中心とつながる方法を知っていること。いつでもそこにいけるということです。

<日本人が3分の1に淘汰されるという衝撃予言>
・「いずれは日本人が3分の1になる時代が来る」と言っていたというのです。その大淘汰の時は徐々ではなく突如としてやって来るそうです。そして、「生き残った人たちが昨日までと打って変わって凄まじい光景を見て、自分が生き残ったことを後悔する日がある」と、間違いなく聞いたそうです。

・日月神示には「何もかも3分の1になる」という警告が「たとえではないぞ」という言葉とともに、何度も出てきます。比喩とかたとえ話ではなく突如として、それこそ1日か一晩くらいの短時間に大淘汰が行われ、完了する。そんな凄まじい淘汰の原因は何なのか分かりません。



『姫神の本』  聖なるヒメと巫女の霊力
  学研マーケティング    2007/8



<中山みき  天理教教祖>
<世界創造神の憑依により「陽気ぐらし」の理想を説く>
・天保9年(1838)、中山みきは長男・秀司の足の痛みを治すために、修験者の中野市兵衛を招いた。だが、加持台役が不在だったため、みずから加持台となって御幣を手にし、寄加持をしているうちに、神憑りとなった。「我は天の将軍である。元の神・実の神である。この屋敷(中山家)に因縁あり。このたび世界一列をたすけるために天降った。みきを神の社に貰い受けたい」
ふだんのみきとはまったく異なる、神々しい威厳に満ちた声であったという。

・また、みきに入り込んだ神は、世界の創造神で人類を守護しているとされ、親神(天理王命(てんりおうのみこと))と称される。

・以後、みきは家財などを貧窮者にどんどんほどこしたため、中山家は世間的には没落の一途をたどり、資産はほとんど底をついた、みきは狐に憑かれておかしくなったとみられていたほどである。しかし61歳の時に、「帯屋許し」と呼ばれる、お産に関する呪術的な安産の助けを行ったのを手はじめに、安産と病気治しの生き神として評判になった。

・慶応3年(1867)、側近らによって、神祇管領の吉田家から布教の免許を受けたが、明治維新後は正式に認可されるまで、明治政府により邪教として扱われ、前後18回も検挙されるなど、弾圧をこうむった。みきは高齢であったにもかかわらず、警察で虐待や拷問を受けたが、彼らを非難することは一度もなかったという。

・晩年は、親神の啓示とされる『みかぐらうた』『おふでさき』などを著し、人間世界の創造を説いた神話『こふき』(泥海古記)をまとめ、中山家の土地の一点を、親神が鎮まる「ぢば」(世界人類の発祥の地とされる)と定め、そこに人類救済のシンボルである「かんろだい」の建設を計画した。

<出口なお  大本教開祖>
<世界の立替え立直しを啓示した膨大な「お筆先」を残す>
・出口なおが、明治25年(1892)旧正月5日、京都府綾部の自宅で突然、激しい帰神状態となって発した神示(「初発の筆先」)のはじめである。艮の金神(国常立尊)がなおに神憑り、世界の「立替え立直し」と、理想世界の実現を啓示した宣言というべきものであり、これによって大本教がはじまった。
 この年の元旦の夜から前兆はあった。霊夢が毎夜続いていた。初発の神示が降りてからは、昼夜を分かたず帰神状態となり、13日間、食事をとることもできなかった。

・明治26年、綾部で原因不明の火事が相次いだ。おりもおり、なおは神憑って、「今のうちに改心いたさねば、どこに飛び火がいたそうも知れんぞよ」と大声で叫んでいた。そのため、放火の疑いをかけられ、警察署に留置されて、40日も座敷牢に閉じ込められてしまったのである。

<大本教が国家に弾圧されたのは、なおの昇天後である>
・すると艮の金神は、「なおよ、筆で書かすから、筆をとれ」と伝えた。なおは困惑した。文字を書けなかったからだ。しかし艮の金神は、「お前が書くのではない。神が書かすのである」と言う。なおはなにかを書きたい衝動にかられた。そして、座敷牢の床に落ちていた古釘を手にすると、その柱に文字を書きつけていたのである。

・そのうちに放火犯が逮捕され、疑いが晴れたなおは、出牢後、堰を切ったようにお筆先をはじめるのである。以後、神の言葉が原則として文字によって伝達されることになり、半紙で5万枚以上といわれる膨大なお筆先は、後年、娘婿の出口王仁三郎によってまとめられ、『大本神論』として発表された。



『王仁三郎の霊界物語大預言』
富士山大爆発とミロク神人種誕生の神ドラマ
   海野光彦  徳間書店   1995/11



<ミロク神人種だけが「黄金のそりはし」を渡る!>
・国祖、国常立命は、太古の昔、地球主宰神の位についていたが、悪魔の謀議によって艮(とどめ)の地である日本列島に押し込められた・・・。では元の地球主宰神・国常立命の本拠地はどこにあったのか。
実はそれを解くヒントが『霊界物語』冒頭にのっている。
次に紹介する黄金のそり橋だ。

・黄金のそり橋は、太古の昔、亜熱帯の中央アジア・ゴビ海に浮かぶ白島にかかっていた。造り上げたのは、太古の地球主宰神サナート=クメラだ。サナート=クメラは、国常立命の別名に違いない。
 黄金のそり橋のかかる白島には、地球主宰神の黄金宮殿が澄みわたった青空にひときわ美しく輝いていた。

・そうしてこの橋を渡ると直に自分は、エルサレムの聖地に着いた。この聖地には黄金と瑠璃(めのう)とかいう宝の珠玉をもって雄大な、とても形容できない大神の宮殿が造られている。(霊界物語第1巻より)

・この神都の現界への移写が、かってゴビ海に浮かぶ『白島』に現れていた。
地球主宰神・国常立命が納める黄金の神都から数多くの『ミロク神人種』が世界各地に旅立っていった。

・日月神示やヒマラヤのミロク神人種が示すように原水爆の高熱やマイナス数十度の酷寒でも耐える超人体を保有する神人が日本を始め、世界各地に渡り、万物調和の理想郷すなわち『ミロクの世』を築いていたのだ。
 それが世界各地で潜伏する悪神の決起で灰と帰し、世界が泥海になったことが『霊界物語』に書かれている。

・しかし、王仁三郎が死をかけて、大日本帝国政府と戦い、厳しい特高警察の目をかいくぐって口述筆記した『霊界物語』は、世紀末、各種の予言の中でひときわ異彩を放っている。

・核の炎、核の冬、恐るべき極反転に伴う大地殻変動に負けないミロク神人種が21世紀に日本を中心に誕生することが『霊界物語』には秘められていたのだ。

・彼らだけが鶴仙に乗り、輝く肉体を霊化させ、『黄金のそり橋』を渡り、国常立命の治める神界の大都に結集することができる。

<『霊界物語』はテレポートと魂の旅行で作られた>
・それにしても『霊界物語』はあらゆる点で人間の常識を超えている。
最初に脅かされることは、口述筆記の驚異はスピードである。一巻をわずか3日で書き上げている。81巻、83冊からなる『霊界物語』に集大成していくが、最初から最後まで口述のスピードは変わらなかった。

・原稿用紙にして約10万枚でひとまず完成するが、王仁三郎は全120巻を予定していた。だから3分の2で彼は口述を終わったことになる。しかも、筆記中に王仁三郎は一冊の参考書も見なかった。

・ゴロリと横になって少しイビキをかいたかと思うと、王仁三郎の口から真珠のきらめきのごとき不思議な物語が紡ぎ出される。

<50世紀まで見通す人類最大の「予言暗号書」>
<王仁三郎は50世紀の未来を見通した>
・「24世紀の今日は、天国浄土の完成時代だ。中空をかける飛行機、飛行船はすでに廃物となり、天の羽衣という精巧無比の機械が発明され、汽車は宙を走って、1時間に5百マイルという速力だ。蓮華の花は所狭きまで、咲き乱れ、何ともかとも知れない黄金世界が現出しているのだ」 (『霊界物語』第14巻8章より)

・王仁三郎はミロク浄土の完成を目指していたが、それは24世紀、今から約3百年経なければ、本当のユートピアは生まれないと予言している。ミロク超科学文明が生まれると、黄金のUFOが大空を飛び交い、世界中に美しい花が咲き乱れる。これは彼の予言の中で最も楽観的なものである。

・さらに王仁三郎は、はるか50世紀頃の人類の様子をも透視している。
「何、神界ばかりか、現実もこの通りですよ。一番図抜けて大男といわれるのが、3尺(90センチ)内外、1尺8寸(54センチ)あれば、一人前の人間だ・・・。
少しも手足を使わないものだから、身体はおいおい虚弱となってしまい、もはや50世紀の今日では、こんな弱々しい人間になってしまった・・・・。
それと反対に6尺(1.8メートル)以上の体を持ち、現幽神界において神の生宮として活動しているミロク人種もありますよ」
(『霊界物語』第3巻20章より)

・つまり50世紀の人類は、ほとんど小人で頭脳だけの存在になっている。脳をある種の液体に入れて、スーパーコンピューターをつなぎ、あらゆる指令がコンピューターから出される。

 一方、普通以上の体を自由自在にテレポートさせ、現界と霊界を行き来するミロク人種も少数存在する。現代から見れば、完全なSFの世界である。

・50世紀の交通機関は奇妙なことに黄金の翼を人間に直接取り付けて、超高速で飛ぶようになっている。

・すなわち、松彦は、「みな様、しばらくお待ちくださいませ。空中交通機を上げませう」と又もや指先にて空中に、何事か記す其の刹那、金色燦然たる鳥の翼のごときもの四組、何処ともなくこの場に降り来たりぬ。「サァー、これを御着けなされ」と言ふより早く自然的に四人の肩の辺りに、金色の翼はピタリとくひつきたり、四人は一度に、「アア、これは立派だなァ」と羽ばたきを試むるや、身はますます高く空中に飛ぶ揚がり一瀉千里の勢をもって電波よりも早く、西の空を目がけて進み行く。          (『霊界物語』第15巻21章)

・このように王仁三郎の世界はまことに幅が広い。超古代から50世紀のはるかな未来まで見通した彼のような予言者は世界中どこにも存在しない。だからある面では、シャカ、キリストさえも超えた予言を述べていたことになる。



『バシャール2006』  バシャールが語る魂のブループリント
ダリル・アンカ   VOICE

   

<バシャールとは、地球の時間で3000年後の惑星エササニの多次元的存在>
・「ワクワクする気持ち、情熱に従って生きる」とは、学んで身につけることができるひとつのスキル、能力です。 

<エネルギーの中から変化が起こり、第二の天性へ>
・みなさんの根本的なエネルギーを変化させると、実際に肉体にも変化を起こすことになります。
まずはスピリットとしての「電磁的なエネルギーの波動」が変わります。

<「大いなるすべて」と調和した波動で生きる>
「情熱に従って生きる」とは、つまり「本来の自分自身の波動で生きる」ということです。

・皆さんがもっともワクワクすること、魅かれるもの、もっとも情熱を感じること、それらはすべて「自分自身でいる」という人生の目的の「表現」なのです。

<光と闇の原則>
<光と闇の中に必ずある「選択の自由」>
<「闇を無条件に愛する」>
・みなさんは闇―対立や葛藤、痛み、苦しみ、怖れなどーを経験することを怖れますが、実はみなさんは自分が望むだけの暗闇を経験することを、光によって許容されているのです。
それは、光は知っているからです。
「対照となる闇が存在しなければ、誰も光を光として認識できない」ということを・・・。
ですから、光は闇を無条件に愛しています。
つまり、みなさんが闇を無条件に愛しているときには、闇を経験する必要がなくなるのです。
なぜなら、そのときあなたは闇をも光と同じように価値あるものとして扱っているからです。

・どれだけ暗い状況に見えたとしても、常に光とつながることができるのです。
・これは大きなパラドックス(逆説)ですが、「闇を無条件に愛する」ことは、「情熱に従って生きる」というスキルの中に含まれているのです。

<死に対する怖れを手放す。死ぬタイミングは自分で選択している。>
・みなさんは自分で選択したタイミングよりも早く死ぬことはありません。

・「情熱に従って生きていく」とは、つまり、「どんなときも本来の自分自身、“大いなるすべて”の波動と調和した波動でいようとすることなのだ」とわかるでしょう。そして、その波動でいるとき、もっともリスクが小さいのです。

<現実創造回路―「現実」はこうしてつくられている>
・みなさんは、ある現実を経験しているわけではなく、「無条件の愛の中に存在している」という唯一、「本当の現実」を、自分のフィルターを通して経験しているにすぎないからです。

<まず自分が、「笑う」>
・「現実」が笑うのを待ち続けないで、あなたがまず笑ってください。「現実」は鏡に映ったあなたの反映です。先に笑うことはできないのです。

<起きることはすべて自分の意識の一部>
<つらさは観念を見つけるチャンス、まずは受け入れる>
・「状況がどのように見えるか」という問題ではなく、「状況がどのように見えたとしても、自分はどう感じることを選択するか」という問題なのです。



『本音で生きよう』
いままで77年余り生きて来た私の反省
船井幸雄   ビジネス社   2010/9/10



<人類の歴史を今後についての現時点での私の仮説>
・しかし、数万年前からというのなら、私なりの仮説をつくれそうです。平和でのんびり暮らしていたと思える地球人のところへ、レプティリアン系の非常に優れた科学能力を持つ「知的種族」が乗り込んできたようです。

・宇宙には多くのレプティリアン系の知的種族がいたようですが、その大半は友好的かつ好意的な存在のようです。

・が、4万〜5万年前くらいから、彼らは、地球人を支配しようという邪な考えにとりつかれたような気がします。地球人類と混血しましたが、実際の姿を地球人に見せなくなったようです。

・一方、地球人全体の歴史や個々人の発展のプロセスは、ニルバーナにあるアカシックレコードに数万年前から、創造主の意図を受けた地球人のアカシックレコード担当の神々によって記録されていて、それにしたがって地球や人類の進化が図られてきたのだと思えます。

・そして、今度こそは、地球人を完全支配するために(旧約)聖書を残し、その数千年後から自ら神と称し、お金というものをつくったり、フリーメーソンなど秘密結社の組織化などいろんなことをやったようです。創造主がこのようなことを許したのは、ムーやアトランティスにあった生け贄の儀式が「宇宙の理」に反するものであったからだと思います。

・そして、天災や人災はまだ多くあり、人類の大困難もあるでしょうが、早ければ2020年ごろまでに日本人の「有意の人」が中心となり、「フリーメーソンやイルミナティ派」も抱き込んで、彼らの知恵も活用になりそうだと読めます。

・たぶん、第3次世界大戦や第4次世界大戦や起きないでしょう。核戦争も起きないでしょう。ここまでは、私でも99.9%確信を持って話せそうです。
よほどの変わったことがない限り、人類は大本神論や日月神示にあるような「みろくの世」をつくれるのではないだろうか、と思っています。あと3000年〜4000年くらいは創造主が地球人類を見守っていてくれそうです。我々は、まだそのようなレベルです。これはアカシックレコードから分かります。
 しかし、その頃は、アカシックレコードも不要になり、地球人類すべてが優良星人として宇宙の進歩に100%貢献できるようになるはずだ・・・・と思えて仕方がありません。以上が私の現時点での仮説です。



『未来を透視する』
ジョー・マクモニーグル  
ソフトバンククリエィティブ 2006/12/26



<遠い未来の日本>
<千年先の未来、三つの巨大都市を持つ島が太平洋上に見える>
・千年先のはるか遠い未来、三つの巨大都市を持つ島が太平洋上に見える。今日の日本からは大きく様変わりしているようだ、残っているのは、現在の国土のほぼ90%だけで、北海道の半分と九州のほぼまるごとは見当たらない。

・三つの都市はまるで水晶かガラスで出来ているようで、宝石のように日の光を浴びて多種多様な色を帯びている。都市と都市の間に広がる農業地帯は、山地にまで及び、ありとあらゆる種類の緑で覆われている。濃い紫色の海は穏やかそうで、海岸線に沿って白波が砕けているのも分かる。

・日本は未来の地球でも、すこぶる順調に繁栄しているという感じを強く受ける。もちろん、千年昔の日本がそうであったように、千年後の日本も今とは似ても似つかないだろう。しかし、日本の精神は脈々と息づいているし、今後も力強くありつづける。それが何より大事なことだ。現在の私たちが、塵に返ったあとも、日本文化は長期にわたって生き永がらえていくことだろう。

<千年後の地球、西暦3000年、都市>
・こうした都市を見る限り、世界人口は現在の6分の1くらいにまで減少しているようである。

・税金はなく、戦争もない。国際法廷の下した決定は、すべての人が尊重する。どうやら23世紀と24世紀に起きた大戦の名残りのようだ。



『世界現代怪異事典』
朝里樹    笠間書院  2020/6/22



・世界には、怪異や妖怪、妖精、怪物などと呼ばれる、不思議なものたちが跋扈しています。それらは人々の間で語られ、記録され、創作され、その国々の文化や宗教、娯楽などに多大な影響を与えてきました。そしてそれは、21世紀を迎えた現代でも変わりません。本書は、主に20世紀以降の時代を舞台に語られた、現時点では常識から外れていたり、明確にその実在が証明されていない存在や現象を集めた事典です。

<ピー・カープセン>
・タイに伝わる怪異。名前は土地の境の精霊を意味するとされ、大気中に存在し、山沿いや森の端、洞窟、水中、木の上などを自在に行き来するという。

<ピー・カモート>
・タイで語られる怪異。鬼火と訳されるピーで、大きな光の輪として現れる。夜中、水のあるところで揺らめいているとされ、近づくと消えて背後に現れるなどして旅人を惑わすが、それ以上の危害を加えることはないという。

<ピー・クマントーン>
・タイに伝わる怪異。子どもの姿をした精霊で、母親が胎内に子どもを宿したまま亡くなった際、その子どもがなるとされる。この精霊を招くことができると家や仕事を災難から守り、繁栄・繁盛させてくれると考えられている。

<ピー・ゴーンゴーイ>
・タイで語られる怪異。一本足のピーとされ、森林に出現する。どこに行くにも片足で跳んでいくといい、シューシューという声を出す。眠っている人間を見つけると足の親指のところから血を吸うとされる。

<ピー・サオ・トック・ナムマン>
・タイに伝わる怪異。樹液の滴る樹木に宿るとされている精霊で、この精霊がいる木を木材にして建造物を造ると祟られると言われている。

<ピー・ターイホーン>
・タイに伝わる怪異。変死者がピートなったものとされ、普通のピーが人を脅かしたり化かしたりするのがせいぜいなのに対し、人間の首の骨を直接折るほどの力を持つという。

<ピー・トゥアイゲーウ>
・タイに伝わる怪異。降霊術の一種で、辺りを漂う霊を呼び出し、質問に答えてもらう儀式とされる。

・高田胤臣著『亜細亜熱帯怪談』にある。同書でも指摘されているように日本のこっくりさんに類似した占いだが、西洋の降霊術が由来とされるこっくりさんと異なり、ピー・トゥアイゲーウは中国の扶箕(ふき)が元になっているという説があるようだ。

<ピー・ハー>
・タイに伝わる怪異。同国において妖怪や精霊などの総称であるピーの一種で、コレラをもたらすピーであるとされる。

<ピー・バーン・ピー・ルアン>
・タイに伝わる怪異。家の守り神とされる存在で、木に宿っていた精霊が、その木が材木となった後もそのまま宿り続けているとこの精霊に変化するという。

<ピー・バンパブルット>
・タイで語られる怪異。祖霊を意味する名前で、死んだ人間はピーとなり、どこへ行くともなく身内の家をさまよう。これがピー・バンパブルットだという。

<ピー・ブーム・バーン>
・タイに伝わる怪異。村落を守護する存在で、タイの人々は土地の開発や耕作の開始、収穫などの重要行事が行われる際、供え物を奉るための供養塔を建てる。そしてこれに棲むとされるピーやテワダーに加護を祈るが、こういった存在は土地を領知する存在として認識され、ピー・プーム・バーンと称されるのだという。

<ピー・プーム・ムアン>
・タイに伝わる怪異。国の守護神とされる存在で、国家や都市の守護者として祀られる。また、特に首都の守護者として語られる場合は、「プラ・プーム・ムアン・ルアン」と呼ばれるとされる。

<ピー・プラチャムクロープクルア>
・タイに伝えられる怪異。「身内霊」などと呼ばれる存在で、祖先の霊であるピー・バンパブルットたちが子々孫々からなる村を守る霊の一群となったものを指し、タイの北西地方に伝えられているという。

<ピー・プローン>
・タイに伝わる怪異。タイ北西地方で語られるピーで、夜中になるとゆらりゆらりと光を放ちながら現れ、好んで人肉や汚物を食うという。また人に乗り移る能力を持ち、ピー・プローンに唾液を吐きかけられた人間はピー・プローンになってしまうとされる。

<ピー・ペート>
・タイで語られる怪異。いわゆる餓鬼のことで、何種類もいるが、なかでも有名なのは針ほどの小さな口しか持たないピー・ペートであるという。
 このピー・ペートはその小さな口のために血や膿しか食すことができず、痩せている。背は高く、首は2メートルもの長さがあり、細長い舌を口から出して「キーキー、ヒューヒュー」と甲高い鳴き声を上げるという。

・餓鬼は仏教において語られる、六道のうち餓鬼道に落ちた亡者の成れの果てで、『正法念処経』などにおいては何十種類もの餓鬼が記されている。

<ピー・ポープ>
・タイで伝えられる怪異。「肝食らいのピー」と訳される通り、人の肝を食らう妖怪とされる。見た目は人間と変わらないが、人が誰かを呪うと、その人間の体内に入り込み、棲み着く。そこでその人間が食べた物を食らいながら、最終的には肝臓や腎臓などの臓器をことごとく食べてしまう。またピー・ポープに取り憑かれた人間は虚ろな目をして人を真っ直ぐ見なくなるため、すぐに分かる。

<ピー・ポーンカーン>
・タイで語られる怪異。猿の姿をしたピーで、尻尾が短く、常に上唇をめくり上げ、歯を見せているという。普段は動物たちが塩を舐める場所に生えている大木の上に棲んでいるが、眠っている人間を見つけると忍び寄って血を吸うのだとされる。

<ピー・ラン・グルオン>
・タイで語られる怪異。タイ南部で伝えられていたという妖怪で、一見人と変わらない姿をしているが、背中ががらんどうとなっている。そのため臓物がすべて見え、さらに体内には虫がうようよと這っている。
 このように気味が悪い姿をしたピーであるが、人に大きな危害は加えないという。

<プーケットの亡霊>
・タイで目撃される怪異。タイ南部にあるビーチリゾート、プーケットにおいて目撃される亡霊で、津波の犠牲者たちであるとされる。2004年12月26日に発生したスマトラ沖地震による大津波がプーケットに押し寄せ、5000人以上が犠牲となった。それ以来、死んだことに気付かずビーチで遊ぶ観光客の白人たちの声が聞こえる、亡くなった友人が目の前に現れた、といった怪談が囁かれるようになったという。
 高田胤臣著『亜細亜熱帯怪談』にある。日本でも東日本大震災の後、津波の被災地で度々亡霊が目撃されるというということがあった。多数の死者が発生した現場では、地域にかかわらず怪談が語られるのだろう。

<ブラックレディー>
・フィリピンで語られる怪異。その名の通り黒い女性の姿をした怪異で、セブ島でよく目撃されるという。基本的に悪霊、もしくは魔女だと考えられているという。

<プレート>
・タイで語られる怪異。プレートとはすなわち餓鬼のことで、背が異様に高く、あばら骨が浮き出るほどの痩身で、首は長く、肌はどす黒い。口は針のように細く、食べ物を食べることも言葉を発することもできない。

<ペッブリー通りガス爆発事故の幽霊>
・タイで目撃される怪異。1990年にバンコクのペッブリー通りで発生した交通事故に起因する怪異譚で、この事故で犠牲になった人々の霊が、道行く人々を下から引っ張るのだという。

<ホテル〇の亡霊>
・タイで語られる怪異。バンコクの歓楽街、ナナにあるという「ホテル〇」は心霊スポットとしても有名で、何度も幽霊が目撃されている。

<ホワイトレディー>
・フィリピンで語られる怪異。同国全土に出現する幽霊で、白いドレスを着た髪の長い女だという。それ以外の姿は地域によって異なり、顔のパーツがないのっぺらぼうのようだったり、鋭い眼光で睨みつけてきたりする。その正体に関しても様々な説があり、殺された女の幽霊である、交通事故の犠牲者である、などとされる。

<マナナンガル>
・フィリピンのシキホル島に伝わる魔女。昼間は女性の姿をしているが、夜になると正体を現し、上半身を下半身から切り離して蝙蝠のような翼を生やし、飛び回るという。人間の赤子の血を好み、長い舌でその血を吸ってしまうと言われている。

<真夜中の軍歌>
・台湾で語られる怪異。ある小学校では、夜の12時になるとすべての明かりを消すがそうすると四方から日本の軍歌が流れ、深夜2時になると聞こえなくなる。そのためこの時間学校に近づく者はいないという。

<ミゲー>
・ブータンで語られる怪異。いわゆる雪男で、体の大きさは人間の倍以上あり、全身が毛で覆われているという。またその体からはひどい悪臭がするとされる。
 ブータンには怪我をして尼僧に助けられたミゲーの話や、山でミゲーと遭遇した男が、ミゲーがタバコを吸う様子を真似し始めたため、火縄銃を吸わせて弾を発射し、退治した話などが残る。また現在でもひどい吹雪の日には、ミゲーが里に下りてくると信じられているという。

<ミルゴラ>
・ブータンで語られる怪異。ヒマラヤの深い森に棲む人間によく似た生き物だが、手は長く、体は毛に覆われているとされる。昼に森で人々が作業をすると夜になってから出現し、昼間人間が行っていたことをそっくり真似するという。

<ムノチュウ>
・インドに現れる怪物、亀もしくはフットボールに似ていると形容される謎の物体で、人間に遭遇すると襲い掛かり、口元に爪を立てて肉を引きちぎるという。
 並木伸一郎著『未確認動物UMA』によれば、2002年6月から7月にかけて目撃されたという。また、目撃者の証言では全身から光を放っていたとされ、生物ではなく機械だと語った被害者もいたようだ。

<メー・ジェラマニー>
・タイで語られる怪異。同国の首都、バンコクにあるモルタルの柱に宿る女性の精霊で、樹液や油の滴る樹木や柱に宿る精霊、ピー・サオ・トック・ナムマンの一種と考えられている。

<メーナーク>
・タイで語られる怪異。同国では誰もが知る怪談『メーナーク・プラカノン』に登場する悪霊で、1870年前後に実際にあった事件に登場する存在として信じられている。

・高田胤臣著『亜細亜熱帯怪談』にある。同書によれば、この物語は映画にもなっており、タイで大ヒットを記録したという。

<モンキーマン>
・インドの首都、ニューデリーに出現得したという怪異。上半身が黒い体毛の猿、下半身が人間と言うような姿をした怪物で、体から赤や青の光を放つという。体長は1メートル40〜60センチほどと人間に近く、鋭い爪で人を襲うとされる。
 2001年4月、モンキーマンは夜のニューデリーに現れ、連日現地のメディアを騒がせたという。また、地元では猿型のロボットが正体である、という噂も語られていたようだ。しかし次第に目撃者は減少し、いつの間にか事件は沈静化したという。

<モンキーメン>
・ビルマ(現ミャンマー)に現れたという怪物。メコン河付近の密林に出現したとされ、身の丈3メートル以上、カーキ色の体毛を生やしており、赤ん坊の泣き声のような声を上げるという。

<野人>
・中国で語られる怪異。中国語で「イエレン」と発音する。人間に近い体格で二足歩行をする猿のような動物で、湖北省神農架地区で目撃されたものが有名。この地区では野人の目撃が多発しているほか、よく足跡が発見されるという。また1950年代には、野人に攫われた女性が村に帰ってきて、野人の子どもを産んだ、とされる事件が起きている。この子どもは「猴娃(こうあ)」と呼ばれ、出生時から全身に体毛が生えていたという。また成長するにつれ頭部が小さく、三本の隆起がある、腰を曲げた独特の姿勢で歩く、といった特徴が見られるようになった。猴娃
は1998年に病死したが、生前その姿が映像に記録されている。

・1940年頃には既に目撃情報があるという。また、猿人のような姿をした妖怪は中国に古くから伝わっており、実吉達郎著、『中国妖怪人物事典』によれば、紀元前4世紀から紀元前3世紀頃に書かれた『山海経』には、人のように歩く猿のような妖怪「猩猩(しょうじょう)」について記されているという。また16世紀には女性を攫う猿の怪として「玃猿(かくえん)」という妖怪が『本草綱目』に記されている。この猿が女性を攫うのは子を産ませるためで、子を産むと元の家に帰すものだと考えられており、先に書いた猴娃の事例と似ており、『中国妖怪人物事典』でも野人や野女の話が玃や「しゅう(人間の男を攫って子を産む猿の妖怪)」と類似していることが指摘されている。

<スタウルの巨人>
・オーストラリアに伝わる怪異。体長2メートル50センチほどの巨大な恐ろしい人間の姿をしており、鉱山の町スタウルに出現する。主に民家の庭や台所に出現し、1970年代だけでも10もの家族がこれを恐れて土地から逃げ出したという。

<アフリマン>
・主にヨーロッパで語られる怪異。悪魔の一種で、元はゾロアスター教におけるアンラ・マンユ(アーリマン)のことであるが、19世紀から20世紀にかけての哲学者、人智学者であるルドルフ・シュタイナーによってルシファーと対立するデーモンとして語られた。嘘の王、闇の支配者、亡霊じみた地上の君主などと形容され、人間に霊的なものではなく、物質世界とそれに基づく肉体的欲望のみがもっとも重要であるという嘘を信じ込ませることが目的とされる。またシュタイナーは、このアフリマンはメフィストフェレスと同様の存在であるとも語っている。

<ウァーリング・ウィンパス>
・アメリカで語られた怪物。テネシー州のカンバーランド高原に棲み着いているとされ、その姿はゴリラに似ているが、体長は2メートル以上あるという。

・同書に登場する他の怪物たちと同じく、アメリカの開拓期に開拓に関わった人々が焚火を囲んで語ったというトール・テール(ほら話)に出てくる怪物のひとつと思われる。

<エイプマン>
・アメリカに現れたという怪物。カリフォルニア州のボレゴ・スプリングでハロルド・ランカスターという人物が埋宝を探すための試掘をしている際、彼に近づいてきたが、ピストルを空に向かって撃って威嚇したところ、逃げて行ったという。
 ジョン・A・キール著『不思議現象ファイル』によれば、1968年7月に目撃されたという。具体的な姿の描写はないが、名前から考えて猿、もしくは類人猿のような姿をしていたものと思われる。

<エディンボロ・モンスター>
・アメリカに現れたという怪物。ペンシルベニア州エディンボロ湖岸に現れたという、人とも獣ともつかないと形容される生き物で、2メートル70センチ以上の大きさであったという。

<ゴリラ沼>
・アメリカのミシガン州にあるという沼。その名前の由来は、巨大なゴリラが二足歩行で沼の周辺をうろついているのを目撃されたからだという。

<ジャギー>
・アメリカに現れた怪異。ウィスコンシン州の南部ウォルワース郡にあるプレイ街道という道に現れた獣人で、犬とも狼ともつかない顔をした、体長2メートルほどの毛むくじゃらの二足歩行をする怪物だという。全身は毛に覆われ、口は耳まで裂けて牙が覗き、目は赤く光っているという。

<シャドーピープル>
・アメリカをはじめとして世界各地に現れる怪異、その名の通り人の形をした影のような怪人で、出現の前兆としてポルターガイスト現象が起きたり、爆発音がしたりするなどとされる。

<セイラムの怨霊>
・アメリカで語られる怪異。マサチューセッツ州のセイラムでは、1692年3月に始まった一連の魔女裁判により200人近い人々が魔女として告発され、19人が処刑、他にも数人が獄死するなど、魔女裁判のために死亡している。
 そのため、セイラムは心霊スポットとして有名になっており、最初の犠牲者であるブリジェット・ビショップをはじめとした怨霊がそこかしこに出現するという。

<チュパカブラ>
・アメリカ、メキシコ、グアテマラ、ブラジルなど、南北アメリカ大陸で目撃される怪物。1995年前後にプエルトリコに出現したのが最初の報告とされ、以降何度も出現している。
 その姿は体長約90センチ、頭部は卵形で、細長い手足と鋭い鉤爪を持つ。

・名前は「ヤギの血を吸うもの」を意味するスペイン語で、その名の通りヤギなどの家畜を襲い、牙や舌を突き刺して血を吸い尽くすとされる。
 異様に速いスピードで走ることができ、跳躍力もある。また翼を持ち、空を飛ぶチュパカブラの目撃例もある。
 その正体は遺伝子操作によって生まれたミュータント、宇宙人が連れてきた宇宙生物といったものがあるが、いまだ詳細は謎のままである。

<ドーバーデーモン>
・アメリカに出現した怪物。マサチューセッツ州のドーバーに出現したことからこの名前で呼ばれる。体長は1.2メートルほど、胴体と同じぐらい大きい頭部は瓜のような形をしており、オレンジや緑に光る眼、細い首と手足、ピンクかベージュ色の肌を持つ。鼻、口、耳はなく、体毛も生えていない。1977年4月21日に初めて目撃され、それがマスコミによって紹介されたことで全米に知られることとなったという。
 その正体は不明で、異次元からやってきた生物、宇宙生物などの説がある。

<ビッグフット>
・アメリカ及びカナダで目撃される怪物。巨大な足跡が残されていたことからこの名前が付けられた。またインディアンの間に伝わる「サスカッチ」の名で呼ばれることもある。
 体長は2メートル以上あるとされ、褐色もしくは灰色の毛に覆われた類人猿のような姿をしているという。1810年には既に目撃例が存在しており、その後も何度も目撃され、映像や写真に記録されているが、捕獲には至っていない。

<ヒツジ男>
・アメリカで目撃される怪人。カリフォルニア州ベンチュラのアリソン渓谷でよく目撃される。その名の通り灰色の体毛に覆われ、体長2メートルのがっしりとした体格をしており、角のある羊のような頭部を持つ。目は猫に酷似しており、1925年頃から出現している記録が残る。

<ブーガー>
・アメリカに出現したという怪物。アラバマ州クラントンの付近で目撃され、その姿は毛むくじゃらで背の高い類人猿のようであったという。象に似た声で鳴き、畑の作物を奪うなどしたとされる。

<ホロポーの類人猿>
・アメリカに現れたという怪物。フロリダ州のホロポー郊外にある牧場の主が目撃したという類人猿のような生き物で、身の丈1メートル50センチ以上、全身に毛が生えており、恰幅の良い体をしていたという。

・この類人猿のような怪物は1963年に現れ、さらに66年から68年にかけても同様の怪物が出現したという。

<モスマン>
・アメリカで語られる怪異。ウェストバージニア州ポイント・プレザント一帯に出現した謎の飛行生物で、巨大な鳥、もしくはその名の通り巨大な蛾を思わせる姿をしている。
 目は丸く、赤く光り、体色は灰色で、巨大な翼を持つ。体長は2メートル前後あり、翼を羽ばたかせることなくその巨体を垂直に上昇させ、自由に飛び回る。またモスマンが出現した時期に、この一帯では2メートル以上ある巨大なダチョウなど、怪鳥の目撃が多発した。また同時期には、空飛ぶ円盤が幾度も目撃されたという。

<モンスター・マン>
・アメリカに現れたという怪物。オハイオ州クリ−ヴランドにあるリヴァーサイド墓地近くのトンネルに棲み着いていたと考えられており、巨大な毛むくじゃらの人間のような姿であったという。

<藪のけだもの>
・アメリカに出現したという怪物。毛髪は緑色で、体は苔と泥に覆われた身の丈2メートル以上の人型の生物であったという。
 ジョン・A・キール著『不思議現象ファイル』によれば、1966年7月、少女によって目撃され、報告されたという。

<ヤンクトンの怪物>
・アメリカに現れたという怪物。オレゴン州ヤンクトンでは、毛むくじゃらの人型生物が多数目撃されており、走行中のトラックと並行して走ったり、タクシーを覗き見たりしたのだという。

・この怪物たちは1926年に目撃されており、この年には付近一帯の子どもたちの不可解な行方不明事件も発生したという。

<ラヴァーズ・レーンの猿>
・アメリカに現れたという怪物。フロリダ州エルファーズ近くのラヴァーズレーンにて、4人の若者たちが車を止めていると、チンパンジーのような姿をした何かが車に飛び乗ってきた。その体色は緑がかっており、瞳もまた緑色に光っていたという。
ジョン・A・キール著『不思議現象ファイル』によれば、この猿のような怪物は1966年に現れたという。

<リンカーン大統領の幽霊>
・アメリカで語られる怪異。アメリカ合衆国第17代大統領エイブラハム・リンカーンは、幽霊の目撃談が多いことでも知られている。1865年の暗殺で命を奪われて以来、リンカーンはワシントンのホワイトハウスの様々な場所に現れる。

・特に有事の際には執務室に頻繁に出現したとされ、第2次世界大戦中にはよく見られたという。

<ルシファー>
・主にヨーロッパで語られる怪異、ルシファーはキリスト教における堕天使の筆頭であり、悪魔サタンと同一視されることもある。現代でも悪魔憑きが起きた際、取り憑いた悪魔のひとつとして名前が語られることがある。
 また19世紀から20世紀にかけての哲学者、人智学者であるルドルフ・シュタイナーはこのルシファーを光の存在であり、キリストに向かって人間を照らす霊として定義し、ゾロアスター教における悪神、アフリマンの宿敵と位置づけた。また彼によれば、ルシファーはゾロアスター教における善神、アフラ=マズダと同一のものであるとも記している。しかしシュタイナーの語るルシファーは一方的な善の存在ではないとしている。

<ローゼンバーグの巨人>
・アメリカに現れたという怪物。オレゴン州ローゼンバーグにて、二人の少年に目撃されたという巨人で、全身毛むくじゃらの4メートル以上の人型の怪物だったという。この巨人は直立して二足歩行で移動し、猫のような鳴き声を上げたとされる。

<ワイルドマン・オブ・ウッズ>
・アメリカに現れたという怪物。テネシー州で捕獲されたというこの生き物は、身長2メートル弱、目が普通の人間の倍ほどの大きさで、体表は魚の鱗のようなもので覆われていたという。
 ジョン・A・キール著『不思議現象ファイル』によれば、この怪人は1878年に捕獲された後、ケンタッキー州ルイヴィルで展示されていたとされる。

<クレム=アカローレ>
・アマゾンの密林地帯に現れたという巨人。平均身長が2メートルを超える人間に近い種族で、凶暴であるという。
ジョン・A・キール著『不思議現象ファイル』によると、ブラジル空軍兵学校の一団によって、この巨人族についての情報が報告されたという。クレム=アカローレが実在するのかは現時点では不明である。

<黄色い人>
・フランスに現れた怪異。顔が黄色く、喉の部分に赤印がある人間の姿をした存在で、初めて現れたのは1870年、普仏戦争の直前であったという。それ以来、黄色い人はフランスが大きな戦いに参じる直前に現れるようになり、最後に現れたのは第1次世界大戦が勃発する数日前であったという噂もあるようだ。

<守護霊>
・世界中で語られる怪異。心霊主義や心霊科学において先天的に人の守護に当たっている他界の住人とされる。またその多くはその人間の遠い先祖であるという。
 人間に対する守護霊の影響は大きく、人格の6割から7割は守護霊の感化に基づく。守護霊は一生の中で代わることはほぼないが、その仕事をサポートする補助霊が複数つくことがあるという。
 また心霊主義や心霊科学に基づくものではなく、古くから人々の間に信じられてきた守護霊的な存在も多い。例えば一部のキリスト教においては人には生まれたときから守護天使がついていると考えられている。精霊や神が人間を守護すると考える文化も多い。

<チャネリング>
・世界中で語られる怪異。心霊主義において、守護霊、神、死者の霊などの霊的存在と、自動書記や自動会話を通して交信することを意味する。これがはやり始めたのは比較的最近で、作家ジェーン・ロバーツがチャネリングにより、セスという霊を通して書いたものをまとめた『セスは語る』がベストセラーになった1970年代以降であるという。



『歴史人物怪異談事典』
朝里樹   幻冬舎 2019/10/30



<怪異談>
・日本では、古代から現代に至るまで、妖怪や幽霊、超能力といった怪異にまつわる物語が数多く紡がれてきました。
 古代では、怪異は人々の身近にあり、その存在は当たり前のものとして記録されていました。

・私たち日本人の歴史と怪異談は、切っても切れないものなのです。こうした怪異談の中には、不思議な存在や現象に遭遇した人々の姿も同時に描かれています。彼らは貴族であったり、武将であったり、町人であったり、宗教者であったり、年齢も性別も立場もさまざまです。

<吉備津彦命 きびつひこのみこと 不明(紀元前3〜1世紀頃)>
・弥生時代の皇族。孝霊天皇の皇子で、記紀神話に登場する他、岡山県に鬼を退治した伝説が残っており、桃太郎のモデルになったという説がある。

◉桃太郎伝説のモデル
・垂仁天皇の時代、百済の王子である温羅という人物が、一族を引き連れて日向国(現宮崎県)に現れ、やがて吉備国賀陽郡(現岡山県)の岩山に城を築き、鬼を集めて立てこもった。温羅一族は都に運ばれる貢ぎ物を略奪し、美しい娘をさらっては淫楽に耽った。

・諸臣を集めた軍議で、温羅の城を囲んで敵を外に出さない兵糧攻めを行うことが決まった。吉備津彦命は臣下たちと共に、百日もの間昼夜を分かたず鬼の城を監視した。しかし食料が不足しているだろうにも関わらず、温羅は弱った様子を見せない。悩んでいると、吉備津彦命の前に一人の不思議な人物が現れ、「東に見える小さな丘に陣を置けば、城から吉備津彦命の御座所がよく見えるので、必ず城から温羅が姿を現す。そのようにして戦えば、必ず吉備津彦命が勝利する。私は吉備の中山の主である」と告げて、煙のように消えてしまった。

・温羅は天の神や地の神に祈願して大雨を降らせ、洪水を引き起こしてその水に潜り、鯉に変化して泳いで逃げた。吉備津彦命は泳ぎが得意な臣下の一人、楽々森彦命にこれを捕らえさせた。
 楽々森彦命は温羅を縛り上げ、吉備津彦命の前に差し出した。人の姿に戻った温羅の背には、びっしりと鱗が生えており、ひどく恐ろしい姿であったという。
 温羅は吉備津彦命に「自分が日本に渡ったのは天皇の位を奪うためであったが、吉備津彦命の猛々しさ、勇ましさに敬服した。このような者が多くいる朝廷にはとても敵対できない。吉備津彦命の家臣にしていただけるなら、誠実に奉公し続ける」と言った。
 その後吉備国には平和が戻り、やがて温羅は180歳で死去した。その遺体は吉備の中山頂上の東の谷に葬られた。ある日、温羅の棺から水があふれ始め、温羅は竜となって中山の上空へ飛んでいった。このことから、吉備の中山は竜飛山、昇竜山と呼ばれるようになった。

<甲賀三郎  こうがさぶろう  不明(紀元前6世紀頃)>
・弥生時代の官人。安寧天皇から六代目の孫とされ、懿徳天皇の時代に大和国の国司を務めたとされる。後に諏訪明神となり、諏訪大社に祀られた。甲賀忍者の祖ともいわれるが、それらの説では平将門の乱で功績を挙げたなどと伝えられており、時代が異なる。いずれにせよ伝説上の人物である可能性が高い。

◉妻を探して異世界大冒険
・大和国の国司に任じられた三郎は、春日姫という女性と婚姻を結び、近江国甲賀の館に姫を連れ帰った。しかしある日、春日姫が天狗にさらわれてしまう。三郎は二人の兄と共に春日姫を探し回ったが、なかなか見つからない。やがて信濃国笹岡郡の蓼科山だけ探していないことが分かり、探索すると、山の中に大きな穴があり、春日姫が着ていた着物の袖と髪が残っていた。
 三郎は兄に見張りを頼み、縄を付けた蓑籠に乗って穴の中を下りていった。すると春日姫が千手経を読む声が聞こえ、無事に再会して彼女を連れ出すことができた。ところが二人の兄たちは優秀な三郎を妬んでいため、彼が上がってくる前に縄を切ってしまう。春日姫ともはぐれ、三郎は穴に取り残されてしまった。
 仕方なく奥へ進むと、巨大な国が現れた。好賞国というその国の景色は、地下にありながら日本国と瓜二つだった。それから草微国、草底国、雪降国といったさまざまな地下の国を72カ国巡り、最後に維縵国(ゆいまんこく)という国にたどり着いた。三郎はそこで家族を作り、何年もの時を過ごしたが、不意に春日姫のことを思い出して地上に帰りたくなった。
 それから維縵国の家族に別れを告げ、途中で鬼に遭遇するなどしながらも、無事に穴を通って信濃国の浅間山に出た。
 甲賀郡に戻った三郎が父のために建てた笹岡の釈迦堂で念誦していると、子どもたちが「ああ恐ろしい、大きな蛇がいる」と言って逃げていった。その時初めて三郎は自分が蛇の身となっていたことを知った。

・日がくれると、十数人の僧たちがやって来て法華経を読誦し、甲賀三郎の物語を語り始めた。それによれば、蛇の姿に見えるのは維縵国の衣装を着ているためで、石菖を植えている池の水に入り、四方を向いて呪文を唱えれば脱ぐことができるという。それを聞いた三郎は話の通りにして維縵国の衣装を脱ぎ、僧たちから日本国の武器や装束を渡された。彼らの素性を問うと、僧たちはそれぞれ白山権現、富士浅間大菩薩、熊野権現などの神々であった。
 それから三郎は春日姫と無事再会し、二人は天早船で中国の南にある平城国へ渡り、早那起梨(さなきり)の天子から神道の法を授かって神通力を会得する。
 その後日本に戻った三郎は信濃国岡屋の里に諏訪大明神の上宮として、春日姫は下宮として顕現した。また維縵国での妻であった維縵姫も日本にやって来て、浅間大明神として顕現したという。

<神功皇后 じんぐうこうごう>
・弥生時代の皇后。第14代天皇である仲哀天皇の后であったが、仲哀天皇が熊襲討伐の途中で亡くなると、妊娠中にも関わらず新羅に遠征して征服する。さらに百済と高句麗までも征服し、三韓征伐を果たした。それから帰国して皇太子(後の応神天皇)を産み、夫の後を継いで約70年間にわたり政治を行ったとされる。

◉妖怪も打ち負かす武の女帝
・『日本書紀』には、神功皇后が羽白熊鷲という怪物を討った話が載る。
 仲哀天皇の時代、筑紫国に朝廷に従わない部族がおり、その長を羽白熊鷲といった。羽白熊鷲はたいへん強健な体と翼を持ち、空高く飛ぶことができた。神功皇后は兵を差し向けてこの怪物を討ち取ったという。

<豊姫 とよひめ>
・弥生時代の皇族。淀姫とも呼ばれる。神功皇后の妹とされ、現在の九州地方に彼女を祀る神社が多く存在する。

◉姉のために竜宮城へ
・神功皇后が三韓征伐を行う前のこと。豊姫は姉の出陣を助けるため、海底の竜宮城に住む海の王・娑伽羅竜王に早珠と満珠という潮の満ち引きを操る珠を借りにいったという。

<日本武尊   やまとたけるのみこと 不明(1〜2世紀頃)>
・弥生時代の皇族。景行天皇の皇子で、『古事記』では倭建命、『日本書紀』では日本武尊と表記される。武勇に優れ、九州の熊襲や東国の蝦夷の討伐に遣わされて功績を上げる。しかし最期は伊吹山の神の祟りによって命を落としたとされる。

◉元祖・妖怪退治の英雄
 記紀神話には日本武尊の英雄譚が数多く載り、そこには多くの悪神や妖怪も登場する。
『古事記』によれば、彼の死因となった伊吹山の神は牛のように巨大な体をした白猪であったという。日本武尊はこれを神の使いと判断し、「今殺さずとも、山の神を殺した帰りに殺せばよい」と言って見逃す。しかしこの白猪こそが伊吹山の神であったため、この発言に激怒した神によって氷雨を降らされ、それが原因で病に倒れてついには亡くなったとされる。そして墓に埋められた後、八尋白智鳥という鳥となって飛び去ったという。ここでは伊吹山の神は大蛇の姿をしているとされる。

<役小角 えんのおづぬ  不明(7〜8世紀頃)>
・飛鳥時代の呪術者。役行者、役優婆塞とも呼ばれる。修験道の開祖であり、多くの寺社を建立した人物として伝えられる。元興寺で孔雀明王の呪法を学んだ後、金剛山、葛城山で修行を行い、修験道の基礎を築く。人を妖言で惑わしたとして伊豆に流罪となるが、空を飛んで戻り、修行を続けたなどの伝説がある。

◉夫婦の鬼を従えた伝説の呪術者
・役小角にまつわる伝説には、多くの妖怪たちが登場する。
 中でも有名なのが「前鬼・後鬼」とよばれる鬼である。この鬼が役小角の伝説に登場するようになったのは比較的最近であり、室町時代末期に書かれた伝記『役行者本記』が初出と思われる。それによれば、白鳳元年、役小角が生駒岳に登って修行をしていたある日のこと、夫婦の鬼が彼の前に現れた。鬼たちは「我々は天手力男神の末裔であり、先祖の使いとして役小角に仕えたい」と申し出た。役小角はこれを了承し、夫の鬼に善童鬼、妻の鬼に妙童鬼という名を与えた。

◉醜い神に恨まれる
・役小角の伝説に登場する怪異としては、一言主神も有名である。一言主神は古くは『古事記』にその名が登場し、役小角に関係する物語は『日本霊異記』にすでに見られる。
 一言主はひどく醜い姿をした神であり、役小角から葛城山と金峰山の間に橋を作るよう命じられたことに憤り、文武天皇に「役小角が陰謀を企て、天皇を滅ぼそうとしている」と告げ口して役小角が流罪となるきっかけを作った鬼神とされている。

◉妖怪たちを救った修験者
・『白雲寺縁起』では、大宝年間(701〜704年)、役小角が愛宕山に登った際、山中にそびえていた大きな杉の木の上に、天竺(インド)の大夫日良、中国の善界、日本の太郎坊の三人の天狗が、それぞれ眷属を率いて出現した。その姿はいずれも鬼面に長い鼻と鋭い角を持ち、背中に羽が生えていたという。天狗たちは役小角に「我々は二千年前の霊山会(釈迦が霊山で行った説法の集まり)で仏の付属を得て大魔王となってこの山を領し、群生を利益することとした」と告げて消えてしまったという。

<日対 にったい  不明(7〜8世紀頃)>
・飛鳥時代の僧侶。奈良県宇陀市に現存する宝生竜穴神社の開祖として伝わるが、詳細不明。

◉竜神に出会った僧侶
・昔、宝生の竜穴という場所には、善達竜王という竜神が住んでいるといわれていた。日対はその竜王に一目会いたいと思い、その穴に入っていった。穴の中には三、四町(3〜4万平方メートル弱)ほどの広さがあり、暗い空間の中に一カ所だけ、晴天がのぞく場所があった。そこには宮殿が立っており、宝生で作られた簾がかけてあって、光り輝いていた。

・日対が言われた通り約束の場所に向かうと、衣冠を纏った竜神が、腰から上だけの姿で地中から出ていた。その姿はすぐに消えてしまったが、日対はこの姿を元に竜王の像を造形し、社を建てて奉納した。これが現在の宝生竜穴神社なのだという。

<士師連八島 はじのむらじやしま 不明(6〜7世紀頃)>
・飛鳥時代の地方豪族。聖徳太子に仕えた人物で、歌の名人であった。また、道明寺天満宮の創始者としてもその名が伝わっている。

◉火星に歌を気に入られる
・『聖徳太子伝暦』によれば、敏達天皇九年夏六月、八島が夜に歌を歌っていると、どこからか人が現れて共に歌い始めた。その声は大変に美しく、不思議に思った八島がこの人物の後を追うと、彼は住吉の浜に至り、海の中に入って消えてしまった。
 そのことを聖徳太子に報告したところ、聖徳太子は「それは熒惑星である」と答えた。天には五行を司る五つの星があり、五色に彩られている。
熒惑星は南にある赤い火の星で、この星が八島の歌を愛でたため、人の姿になって天から降りてきたのだろう、と聖徳太子は八島に教えたという。
 熒惑星は今でいう火星のことであり、五行思想(古代中国で生まれた万物は木火土金水の五つからなるという思想)で火と結び付けられている。また聖徳太子の伝記を絵画とした聖徳太子絵伝の中にはこの熒惑星の精を描いたものもあり、その場合は天人もしくは鬼の姿で描かれているものが多い。

<藤原千方  ふじわらのちかた  不明(7世紀頃)>
・飛鳥時代の豪族。三重県の伝承などに登場する。伊勢国と伊賀国に強大な勢力を持っていたが、紀朝雄によって滅ぼされたと伝えられる。

◉四人の鬼を操る暴君
・『太平記』によれば、天智天皇の時代、千万は隠形鬼、金鬼、風鬼、水鬼という四人の鬼を従え、彼らを自在に使って猛威を振るったという。隠形鬼は姿を見えなくする力を、金鬼は武器を通さぬ頑強な体を、風鬼は大風を起こす能力を、水鬼は水を操り洪水を引き起こす力を持っており、彼らは忍者の始まりであったといわれる。

<法道  ほうどう  不明(6〜7世紀頃)>
・古墳時代から飛鳥時代にかけての仙人。元はインドの仙人で、朝鮮半島を経由して日本に渡る。播磨国(現兵庫県南西部)には、多くの寺院でこの法道が開祖であるという縁起が残されている。鉄の宝鉢を持ち、それを自由自在に飛ばして人々に供物を求めたことから、空鉢(くはつ)仙人などとも呼ばれた。

◉地蔵を授けた大蛇
 兵庫県神戸市に現存する石峯寺(しゃくぶじ)には縁起として以下のような伝説が伝わっている。
 法道がこの地を訪れた際、大蛇が出現して閻浮提金(仏教の経典に記される想像上の金属)でできた地蔵尊像を渡した。この像は沙伽羅竜王の娘、乙姫も持仏であった。そこで法道は孝徳天皇に、地蔵はこの世で悪趣に堕ちた人々を救う慈悲深い仏であることを説明し、この地に勅願寺を建設した。それが石峯寺であるという。またこの寺には弁財天が霊牛に乗って出現し、法道を助ける旨を告げたという伝説も残っており、その霊牛の蹄跡がついた石が残されている。仏像を渡した大蛇もまた、本堂の側にある「蛇が淵」と呼ばれる淵に今も留まっていると伝えられている。

<八百比丘尼  やおびくに  不明(7〜15世紀)> 
・飛鳥時代から室町時代にかけての尼僧。白比丘尼とも呼ばれる。人魚の肉を食べたことで不老のまま八百歳まで生きた伝説が残る女性で、福井県小浜市に現存する空印寺を中心に、諸国を巡歴した話が各地に残る。

<藤原不比等 ふじわらのふひと   659〜720年>
・飛鳥時代から奈良時代にかけての公卿。藤原鎌足の子。養老律令の編纂を主導し、平城京への遷都を主唱するなど政治で活躍した。また平城遷都が実現した際、廐坂寺を平城京に移し、興福寺とした。娘の宮子を文武天皇に、光明子を聖武天皇に嫁がせ、藤原氏繁栄の基礎を築いた人物でもある。

◉海神から宝を取り返した妻
・『志度寺縁起絵図』には、藤原不比等の悲恋の物語が載る。
 父・鎌足の供養のために釈迦堂を建設した時のこと。不比等は唐の高宗皇帝から花原岩、泗浜石(しひんせき)、面向不背の玉という三つの宝を授かることになった。しかし日本に送られる途中、宝を乗せた唐の船が志度の海で暴風に遭う。唐の使者は面向不背の玉を海中に投げ込み、海神を鎮めることで難を逃れた。
 不比等はその玉を探すため、身分を偽って志度を訪れた。しかし宝玉はなかなか見つからず、そのうち一人の海女と親しくなり、契りを結んで男児をもうけた。
 ある時、志度の海を眺めている不比等に妻が理由を問うと、不比等は自身の身分を明かして理由を話した。すると妻は「自分が宝玉を取り戻したら、我が子を世継ぎにしてくれますか」と問い、不比等は頷いた。
 妻は、それならば我が子のため、命を捨てても惜しくないと観世音に祈り、腰に縄を結んで海へと飛び込んだ。そして海中で宝玉を見つけるが、海神である竜神(大蛸とされることも)に見つかってしまう。妻は自分の乳房を短刀で抉り、そこに宝玉を隠して海上へ戻った。無事に宝玉は不比等の手に渡ったものの、妻はその傷がもとでこの世を去った。
 不比等は志度の海辺の近くに堂を建て、彼女を祀った。そして約束通り息子を連れて都に戻り、宝玉を興福寺に納めた。この不比等と海女の妻の息子が藤原房前であるとされ、藤原北家の祖となったという。
 この物語は後に能の作品『海人』の元になり、現在ではこちらの方がよく知られている。また志度寺には、この海女の墓が現存している。

<悪路王  あくろおう   不明(8〜9世紀頃)>
・平安時代の蝦夷の族長。陸奥国達谷窟を拠点として活動していたが、坂上田村麻呂によって討伐されたと伝えられる。しばしば阿弖流為や、悪事の高丸と同一視される。

◉蝦夷を率いた鬼
・元は人間であったと思われる悪路王だが、阿弖流為や高丸と同様、鬼とみなされるようになった。『田村の草子』、『鈴鹿の草子』などの田村麻呂の伝説を題材とした御伽草子には、悪路王は都の女たちをさらう鬼の首領として登場する。また対決するのは田村麻呂ではなく藤原利仁で、彼によって首をはねられて殺される。
 
<大江匡房  おおえのまさふさ  1041〜1111年>
・平安時代の公卿。学者としても有能で、有職故実に精通しており、後三条天皇、白河天皇・堀河天皇の侍読を務めた。平安時代の説話集『江談抄』は匡房の談話を藤原実兼が筆記したものである。

◉正体は火星の精?
・匡房自身が語ることには、「世間の人々は、匡房は熒惑(けいこく)の精ではないか、そうであれば、地獄の閻魔庁にこの世のことを知らせるために来ているのではないかとうわさしている。これを聞いて以来、我ながら自分が特別な人間なのではないかと思う。唐が宋であった時代には、熒惑の精は燕・趙の山に白髪の翁の姿で降り立ったという話が残っている。また李淳風(唐の天文学者)も熒惑の精だったと言われている。このようなことは、ままあることなのだ」とのことだった。
 熒惑は熒惑星のことを指し、現代でいう火星を意味する。火星が人の姿になって地上に降り立つ話は中国や日本でいくつか語られており、中国の『捜神記』には、子どもの姿をした熒惑の精が春秋戦国時代を予言したという説話が載る。日本でも土師連八島(飛鳥時代)や藤原致忠が熒惑の精と遭遇している。

<小野篁  おののたかむら>
・平安時代の公卿。『内裏式』などの編纂に関わった小野岑守の子。若年の頃は弓馬に熱中し、学問に手を付けなかったため、嵯峨天皇に嘆かれた。その後は悔い改めて学問を志し、文章生となる。遣唐副使に任命されるも、これを拒否して乗船せず隠岐に流される。その後許されて参議し、従三位、左大弁などを歴任した。

◉昼は公卿、夜は閻魔の補佐官
・篁といえば、地獄と現世を行き来した話が有名である。『江談抄』には、急死した藤原高藤があの世へ行くと、閻魔庁の第二冥官として篁が座っており、高藤を蘇生させたという話が載る。
『今昔物語集』には藤原良相が重病で生死の境をさまよった際、閻魔王宮の使いにさらわれてあの世へ行き、そこにいた篁が閻魔大王に「この方は実直で、人のために働ける人です。この度の罪を私に免じて許していただけませんか」と進言したのを見たという話が載る。これにより、良相は無事快癒したという。
 京都市の六道珍皇寺には、寺の裏側にある井戸から夜な夜な篁が冥府に足を運んでいたという伝説が残る。

<貞崇 ていすう   866〜944>
・平安時代の僧侶。真言宗の僧で、醍醐天皇の護持僧(天皇の身体護持のために祈祷を行う僧)となる。

◉邪を退け、神を呼んだ大般若経
・延長八年(630年)6月29日の夜、貞崇は天皇の命を受けて天皇の御寝所がある清涼殿で宿直をしていた。夜が更けてきた頃、清涼殿の庇から大きな人の足音が聞こえてきた。しかし御簾を上げても人の姿はない。そのうち、今度は小さな子どもの足音が聞こえ、さらに女性の声で「どうしてそこにいるのですか」と問いかけられた。貞崇が「天皇の命によるものです」と答えると、その声は「先ほど、あなたは大般若経を読経していました。最初に歩いてきた者は邪気です。あなたの読経により調伏させられたのです。その後に読経していた金剛般若経は霊験がありませんでした。この旨を天皇に申し上げ、大般若経の読経に努めなさい。私、稲荷神からの勧告です」と告げて消えてしまった。貞崇はこれを受け、天皇にこの夜の出来事を報告したという。
 邪気はおそらく邪鬼と同義で、物の怪の類全般を指す言葉である。稲荷神は稲を象徴する農耕神で、たびたび狐と結びつけられるが、狐はあくまで神の使いであるため、稲荷神自体は人の姿で描かれることが多い。平安時代にはすでに、伏見稲荷大社を中心とした稲荷信仰が広まっていた。



『日本の文脈』
内田樹、中沢新一  角川書店  2012/1/31



<日本人にあってユダヤ人にないもの>
<諏訪はユダヤ教の聖地?>
(中沢)このまえ、建築家で建築史家の藤森照信先生の東大退官記念講義があって、僕もゲストとして呼んでいただいて対談をしました。藤森さんは諏訪の生まれで、諏訪大社上社前宮の氏子なんです。諏訪大社は上社と下社の複合体ですが、いちばん古いのが上社の前宮なんですね。その前宮にここ最近、若い子がたくさんお参りに来るようになった。神殿の前で額ずいて熱心に礼拝する子もいる。これはどうしたことだろうという話になったんです。三つほど理由があると思うんですが、一つには最近のパワースポットブーム。二つ目は諏訪信仰をモチーフにしたゲーム『東方風神録』の流行。そして三つ目が、韓国のキリスト教徒のあいだでの諏訪ブームです。この三番目の理由が、今日の話にもつながってくると思うんですが、諏訪大社上社のご神体は守屋山という山で、諏訪大社の祭祀を司ってきたのは守矢という一族です。それが『旧約聖書』に出てくるエルサレムのモリヤ山と関係あるんじゃないかという説があります。神がアブラハムに息子イサクを生贄として殺すように命じた場所であり、エルサレム神殿の建てられた場所。
(内田)あのモリヤですか。そりゃ、トンデモ話ですね(笑)
(中沢)ユダヤ人や熱心なキリスト教徒のあいだでは、「日本へ行ったら諏訪へ行け」という話になっていると聞いたことがあります。諏訪にはエルサレムと同じくモリヤと呼ばれる山があり、イスラエルの失われた十支族が諏訪族のルーツだという、トンデモなく雄大な話で。

・(中沢)ユダヤ教は一神教だし、その一方で日猶同祖論(日本人とユダヤ人は共通の祖先をもつという説)が熱心に語られるでしょう。実際にユダヤ教のカバラ(ユダヤ教の神秘思想)の本やタルムード(ユダヤ教の宗教的規範。口伝の律法とその注解を集大成したもの)を読むと、日本人と通じるものがあるなって肌で感じるんですね。
 エルサレムの嘆きの壁のところに行くと、祈りを捧げている男性たちがいて、額には小さな黒い箱をつけている。その姿を見てると、「あれはたしかに山伏の兜巾(ときん)に似ている」って思うんです。山伏は頭の上に兜巾と呼ばれる小さくて黒いものをつけるんですね。伊勢神宮の灯籠にはダヴィデの星(六芒星)があるとか、祇園祭のルーツは古代イスラエルのシオンの祭りだとか、そういうトンデモ話のような面もあるんだけど、ユダヤと日本の宗教習俗に見られる共通点は、単なるトンデモ話だけでは済まないところもあるように感じています。

<「自分は遅れている」から始まる>
・(内田)まるで似ても似つかないものなんですけど、ユダヤ教的なエートスと、武士道的なエートスがなぜか、ユダヤ教徒が額につける教典入りの小箱(テフィリン)と山伏の兜巾のように似ている。

・武士道は実践技術の体系だから、整合的で体系的な理論はないんです。でも僕自身は、武道の稽古をしているときに、どうしてもそれらの動きの一つ一つについて哲学的な基礎づけが欲しかった。「武道とは何か」「なぜ武道によって心身の持っている能力を高めることができるのか」ということは経験的には分かるんだけれど、明確な言語が欲しかった。それで、昼間はレヴィナスを訳し、夕方になると道場に行って合気道の稽古をするという生活を院生の終わりの頃から助手時代にかけて10年近く続けました。周りから見ると、昼間は本業、夕方からは趣味というふうに見えたかもしれないけど、僕の中ではまったく同じことをやっている感覚だった。二つの登山道から同じ一つの山に登っているという感じがありました。

・道というのは、自分が起源ではなくて、「自分はすでに遅れてここに参入した」という自覚から始まります。偉大な流祖がいて、その人が天狗とか式神とかに夢の中で出会って天啓を得て発明した巨大な体系がある。僕たちその道統に連なるものたちは、そのいちばん末端の、初心のところから修業を初めて、しだいに複雑で高度な術技と心の持ち方を体得してゆく。でも、どれだけ修業しても先人の達した境位には決してたどりつくことがない。最後は「夢の中の天狗」ですから、無限消失点みたいなものです。

<聖と俗を分けない>
・(中沢)僕も武士道には子どもの頃からすごく憧れがあって、と言っても、剣豪ものをよく読む子どもだったというだけの話ですが。とくに塚原卜伝は理想的な武士のイメージでした。有名なエピソードで、卜伝が食事をしていると宮本武蔵がいきなり斬り込んできて、卜伝はとっさに鍋の蓋を盾にしたという話があって。
(内田)あれはインパクトがありますね。
(中沢)「これだ!」と思ったんです。中国でも仏教のまわりに拳法が自然に発生していきましたが、東洋の精神的な探求は、その周辺に武道が派生してくることが多いでしょう。そして塚原卜伝よりももっと奥に、鍋蓋すら必要としない人がいるんじゃないかって感じたんですね。まあ、卜伝のエピソードは後世のつくり話だと思いますが、そういう東洋の賢者にすごく惹かれていて。

・チベット動乱以降、チベット仏教の僧たちはインドやネパールに亡命していましたから、僕もネパールに行きました。いろんな先生にお会いしましたが、なかでもインパクトを受けたのがチャーデルという先生でした。すごく偉いラマ(チベット仏教の僧侶。本来は高僧の尊称)がいると聞いて出かけていったんです。

・その後、いろんなところに旅行したんですが、イスラエルでガリラヤ湖の周辺をふらふらしていたことがあります。ティベリアというかつてのカバリストの拠点の町がありますが。
(内田)いまもいるんですか、カバリストって。
(中沢)最近はまた増えてるようですね。マドンナも熱心なカバリストだそうですし。カバリストの生き方について書かれた本を見ると、昼間はふつうの職人さんだったり、いろんな職業についていて、夜になると宗教活動をするでしょう。それは僕の理想に近かったんです。チベットの先生たちも、聖と俗を分けないのが理想だと言います。

<辺境の神様>
・(金沢)さっきユダヤ教の「始原の遅れ」の話がありましたが、神について、キリスト教はまた違った考え方をします。神はいかにして物質の世界をつくりだしたのか。キリスト教グノーシス派の考え方だと、最初の時、神の光に満ちた世界に霧がかかり、神=発光体は自分の影が霧に映ったのを見て自らの存在を知った。それまで自分がいることを知らなかったのに。その瞬間に堕落が起こって物質が発生した、という考え方をします。もっともこれはグノーシスという異端とされた考え方で、正統派は認めませんが、正統派の考えよりアジア人の僕には深く納得できる考え方です。だけど、ユダヤ教ではそういう考え方はしませんね。
(内田)「ツィムーム(収縮)」というカバラの概念がありますけれど、これは神が自らを収縮させて宇宙誕生の場をつくったというアイディアですね。
(中沢)生命の誕生についての今の物理学の考え方というのは、まさに収縮ですよね。現実の世界を創っているのは3次元空間+時間の4次元ですが、最初の宇宙は11次元の構造をしていて、それが瞬間的に次元を減らす収縮をして、この宇宙ができたと、今の物理学では考えられていますからね。キュッと収縮したときに物質が生まれるという理論は、ユダヤ教の考え方だなと思います。

・日本ではどうかというと、八百万の神様がいるわけだから、一概には言えないんだけど、大きく分けると2つのタイプがある。一つは常在神で、いつもそこにいる神様。もう一つは来訪神で、ときどきやってくる神様。神社の神様はだいたい常在神です。常在神は姿かたちがなくて空洞なんだけれど、その「穴」があることで世界は秩序を保っている。そして来訪神は、1年のうちで数日間だけ、海の彼方や森の奥といった遠い所からやってくる神様です。その神様はたいてい仮面をつけてやって来る、つまり物質性があるんですね。というふうに日本の神様には常在神と来訪神の2種類があり、その2つの組み合わせになっているんです。

<二つの中心>
・(内田)そのうちに、思いついたことがあって、それは「中心が二つ」ということです。日本の神様には二種類あるという話がありましたが、ユダヤ教にも中心が二つあるんです。正統が二つあって、常にお互いが厳しい批判を投げかけ合っている。古代イスラエルでは、タルムードにはエルサレム版とバビロニア版の二つのバーションがあって、タルムードを研究する学校も二ヵ所あり、同時代に必ず偉大なラビが二人出てきて、お互いに激烈な論争をする。

<インタフェース上の知性>
・(中沢)日本とユダヤで共通性はあるんだけど、日本人の書くものや思考法の中には、ユダヤ的知性のような強さはないでしょう。たとえば僕がもっとも日本的な書き方だと思うのは本居宣長とか、明治時代だと柳田國男なんですが、どういう文章かというとエッセイなんですよね。事実が次々と列挙されていって、結論は出るのかというと出てこない。けれども読んでいると何かモアーンとした実体が浮かび上がってくるというかたちになっている。本居の書き方を見ても、「情緒」「もののあわれ」というのが沸き上がってくるように書いている。それを日本では「随筆」という言い方をするわけだけど、日本人の思考方法を効果的に発揮して、なおかつ世界的に通用する書き方というのは、なかなかないんですよね。自分でも感じるんです。こういう書き方だとヨーロッパ人が見たら完全にエッセイだなって。


ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より引用。
(日ユ同祖論)
日ユ同祖論(日猶同祖論、にちゆどうそろん)は、日本人(大和民族)の祖先が2700年前にアッシリア人に追放されたイスラエルの失われた十支族の一つとする説。 但し、ユダヤ人(古代イスラエル人のうちのユダ族、ベニヤミン族、レビ族)ではなく、ユダヤ人と共通の先祖ヤコブを持つ兄弟民族である。 スコットランド人が滞日中の明治時代に著した論を発端に、一部のユダヤ人によって提唱され日本でも一部の者が唱えている。英ユ同祖論など、ユダヤ人と他民族文化を関連づけて論じる多数あるユダヤ人同祖論のひとつ。

(日ユ同祖論は、主に以下がある。 )
1.世界に散らばったイスラエルの失われた10支族の1支族(第9族エフライム族、第5族ガド族、または第7族イッサカル族)の数人が日本に移住したという説。
2.英ユ同祖論における、世界に散らばったイスラエルの失われた10支族の1支族であるという説。
3.イスラエルの失われた10支族は、日本に渡来したという説。
4.古代イスラエルの12部族全部が、日本に来たという説。
5.古代日本人は、ユダヤ人の先祖であるという説。(古代イスラエル12支族=ユダヤ民族(ユダ族、ベニヤミン族、レビ族の3族)との勘違いから派生した説)
6.天皇家、物部氏ヨセフ族、出雲神族(クナド大神族)レビ族、出雲族(龍蛇族)ダン族とナフタリ族はイスラエル支族であると言う説。天皇家が分家の武内宿祢の蘇我本家から養子を迎えた所、天皇家へ養子に行った蘇我本家の王は富家レビ族からの養子だったので天皇家が祭司王も兼ねる様になり王権と祭司権の両方を担ったと言う。


ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より引用。
(諏訪大社)
諏訪大社(すわたいしゃ)は、長野県の諏訪湖周辺4か所にある神社。式内社(名神大社)、信濃国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「梶の葉」。

全国に約25,000社ある諏訪神社の総本社である。旧称は諏訪神社。通称として「お諏訪さま」「諏訪大明神」等とも呼ばれる。

(祭神)
当社全体で祀る主祭神は以下の2柱(各宮の祭神については各項参照)。両神とも上社・下社で祀られている。
建御名方神 (たけみなかたのかみ)
上社本宮祭神。『古事記』の葦原中国平定(国譲り)の段において、大国主神の御子神として登場する。『先代旧事本紀』には大己貴神(大国主)と沼河比売(奴奈川姫)の子とされ、信濃国諏方郡の諏方神社に鎮座すると明示されている。
八坂刀売神 (やさかとめのかみ)
上社前宮・下社主祭神。建御名方神の妃とされ、記紀には出てこない。
なお、過去には諏訪上社の神事や祭祀の多くにはミシャグジという古くから諏訪地方で祀られている神も深くかかわっていた。

八幡神や住吉三神など他の信仰にも見られるように個々の祭神が意識される事は少なく、まとめて「諏訪大明神」・「諏訪神」として扱われる事が多い。

<●●インターネット情報から●●>
「朝日日本歴史人物事典の解説」
(甲賀三郎)
信州諏訪明神として祭られた伝説上の人物。中世唱導物の典型である『神道集』の「諏訪縁起」で説かれている。近江国(滋賀県)甲賀郡の出身。その地の地頭で甲賀三郎訪方のこと。妻春日姫を天狗にさらわれたため,そのあとを追いかけるが,2人の兄のはかりごとにより蓼科山の人穴に突き落とされ,地底の国々を遍歴する。地底の国々には,農業を営む村々が多くあり,甲賀三郎は各村でもてなされる。最後に維縵国にたどりついた。そこは毎日,鹿狩りを日課とする狩猟民の村で,維摩姫から手厚く遇されて月日を過ごすが,春日姫のもとに戻る気持ちが高じて,ふたたび地上へ脱出をはかる。その間さまざまの試練に遭遇したが,やっと浅間岳に出ることができた。そして本国の近江国甲賀郡の釈迦堂にきて,自分の姿が蛇身になっていることに気づいて,わが身を恥じ隠れたが,蛇身を逃れる方法として,石菖の植えられている池に入るとよいことを知り,それを試みて元の姿に戻り,春日姫と再会することができた。甲賀三郎は,地上から異界である地底国を訪れた人物であり,地底の人々からみると,地上からやってきた異人とみなされている。ふたたび現世に戻ったときは異界の姿すなわち蛇身となっていたが,その地底国は,あまり地上界とは変わっていない。農業と狩猟が主たる生業となっており,のちに甲賀三郎が,狩猟神と農耕神をかねる諏訪明神の性格を反映しているといえる。
(宮田登)出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版/朝日日本歴史人物事典について 



『日本神さま事典』
三橋健 白山芳太郎  大法輪閣   2005/9



<甲賀三郎>
・中世の語り物に、本地物(ほんじもの)と呼ばれるジャンルがある。それは神々の来歴を語る物語で、悲惨な運命に翻弄され辛酸をなめた人物が神になるという筋書きが共通する。南北朝期に成立した『神道集』にみえる甲賀三郎の物語も、その一つである。
 
・甲賀三郎は、その名のとおり甲賀出身の三人兄弟の末子で、名を諏訪(よりかた)といった。春日姫という姫と結ばれて幸せな生活を送っていたが、伊吹山で巻狩りをしたときに、姫を魔物にさらわれてしまう。三郎は、なんとか蓼科山の地底に囚われていた姫を助け出したが、姫の忘れ物を取りに戻ったところを、姫に横恋慕した兄たちによって地底に閉じ込められてしまった。

・仕方なく地底を歩き始めた三郎は、大きな人穴を見つけ、その先を進むと日本にそっくりの国に出た。その国で三日過ごした後、また歩き始めると再び人穴が現われ、その先には別の国があった。このようにして、七十三の人穴と七十二の国を通り過ぎ、やがて維縵国(ゆいまんこく)という国に行き着いた。
 
・そこは地底の一番奥の国で、好美翁(こうびおう)という翁が支配しており、鹿狩りを日課としていた。その国で、三郎は好美翁の末娘、維縵姫と結ばれて平穏な日々を送っていた。だが、やがて三郎は、地上に残した春日姫のことを思って涙するようになる。そこで、維縵姫の計らいにより、地上に帰る手立てを好美翁に伝授してもらうことになった。

・やがて、三郎は苦難に耐え、蛇体となって地上に戻って来る。そして、甲賀の笹岡の釈迦堂で人間に戻る方法を知り、ようやく元の姿に返る方法を知り、ようやく元の姿に返ると、春日姫との再会を果たした。しかし、この世界を嫌って平城国という国に飛び去り、そこで神としての力を得て、再び衆生を救うために日本に戻り、三郎は諏訪大明神(諏訪上宮)、春日姫は諏訪下宮と現れた。ここに、人間として苦労を重ねてきたからこそ、人間の苦を我が苦として理解し受け止めてくれる慈悲深い神が誕生したのである。

<妖怪・幽霊>
・民族学者柳田國男は、妖怪とは自然への畏怖の発露であり、また神が零落した姿と考えた。このような妖怪の中でも、「鬼」や「河童」などはその代表格である。「鬼」は元来、中国で死者を指す語であり、日本へ伝わった後、「隠」、つまり陰なる邪な存在として人を喰う魔物などとされた。また、河童も元は中国の河の神「河伯」であったともいわれている。

・一方、幽霊とは恨みを残した者の霊魂を指し、我が国ではそのような霊を古くより「御霊」神として祀ってきた。
 

(インターネット情報によると)
「ユ井万国」
・「ユ井万国というところに広大な岩屋があり、岩屋の中の池に金剛力士が岳という名の島があり、島には三千世界に影を落とす釈千段トキマサシカ木という木が生えているという。その木のいちばん上の枝には太陽が羽根を休めて止まっており、つぎの枝には月が羽根を休め、その下の枝には星が休んでいる。その木の根方ではお宮を造って、岩根の大将軍として祀っている。(中略)昔は太陽が七つ、月も七つあったという。ところがスイという名の鬼が来て、太陽を六つ、月も六つ、呑み込んでしまった。もし残された太陽と月を呑み込んでしまったら、日本は常夜の国になってしまう。そこで、五つの剣を五方に投げたところ鬼の首を打つことができた。太陽や月を呑み込んだ巨大な鬼の死体から、両眼を取り、片眼を正月の奉射(ぶしゃ)の的とし、片眼を鏡とした。そのほか面の皮以下、体の部分からは万物が化生した。」
祭文収集 渡辺伸夫

※この場合の「スイ」という鬼は中国の神話にある巨人「盤古」のことと言われる。ここには日本の記紀が書いた「大月姫型」「射日神話」「常世思想」「日月星の三つの宿神」「宿曜」などの要素が同時に存在する。

・ちなみに、日本の神楽に今多い、「天の岩戸開闢」や「五行」のモチーフは近世以降にまでは遡れないと言う。それ以前には、大将軍モチーフ、南方系神話の方が多かったそうである。大将軍は「だいじょうごん」と読み、半島経由の南方神話であるか?

・「維縵国は、天地の果てにあるゆったりとした国の意味で、中国起源の伝説。ただし、出雲系神話の地下の国、根の国(黄泉)が融合している。」と解説にあるから、上記の甲賀三郎話には三輪伝説と出雲神話がないまぜになっており、蛇の化身としての諏訪大明神が近江の甲賀から来たということになるが、その諏訪大明神説話を持ち込むのは九州の阿蘇家ではないかと思う。
というのも、同じ九州に三輪系の緒方氏がいて、これがやはり三輪、苧環型神話を持つからである。

・下記の「ユ井万国」についても鹿児島での採集だとあるので、やはり阿蘇氏に関わる説話か?
いずれにせよ、南方系神話の出所は九州であることは間違いなく、それを持ち込むのはやはり長江から雲南あたりの少数民族に違いない。

中国起源の維縵国が、日本では地下の黄泉の国に変化しているのが注目点。
その意味では下記の記事の方が天国=維縵国=扶桑・蓬莱としてはより中国の原型に近いか

(別のインターネット情報によると)
・維縵国(ゆいまんこく)は、天地の果てにあるゆったりとした国の意味で、中国起源の伝説がその元とされています。
日本にこの考え方が渡った際、「根の国(黄泉)」とイメージが混同され、維縵国(ゆいまんこく)はあの世のイメージとなりました。
本編でも維縵国は黄泉の国として書かれています。

・維縵国には東西南北に四季の扉があり、その扉は外側からしか開くことが出来ないそうです。
そのあたりも、作中のネタとして使われて頂きました。

「古事記」や「日本書紀」では、根の国(黄泉)は出雲にあるように書かれているそうですが、熊野信仰においては、紀の国(紀伊半島)にも黄泉の国への入り口があるとされているそうです。

維縵国(ゆいまんこく)は、きっと広大な土地だったのでしょうね。

(別のインターネット情報によると、)
『神道集』の神々  第五十 諏訪縁起事
・人皇第三代安寧天皇から五代の孫に、近江国甲賀郡の地頭・甲賀権守諏胤という人がいた。 奥方は大和国添上郡の地頭・春日権守の長女で、甲賀太郎諏致・甲賀次郎諏任・甲賀三郎諏方という三人の息子がいた。
父諏胤は三代の帝に仕え、東三十三ヶ国の惣追捕使に任ぜられた。 七十余歳になった諏胤は病床に三人の息子を呼んだ。 そして、三郎を惣領として東海道十五ヶ国、太郎に東山道八ヶ国、次郎に北陸道七ヶ国の惣追捕使の職を与えた。 諏胤は七十八歳で亡くなり、三十五日の塔婆供養の三日後に奥方も亡くなった。

・父の三回忌の後、甲賀三郎は上京して帝に見参し、大和国の国司に任じられた。 甲賀三郎は春日郡の三笠山の明神に参詣し、春日権守の歓待を受けた。 そして、春日権守の十七歳になる孫娘の春日姫と巡り会った。 その夜、甲賀三郎は春日姫と夫婦の契りを交わし、近江国甲賀の館に連れ帰った。

ある年の三月、甲賀三郎は一千余騎を伴い伊吹山で巻狩を行った。 甲賀太郎は五百余騎、甲賀次郎も三百余騎を伴って加わった。 三郎は北の方を麓の野辺の館に住まわせ、狩の様子を観覧させた。 八日目に上の山に二頭の大きな鹿が現れたと報告があり、三郎は上の大嶽に登って行った。

・麓の館で北の方が女たちに今様を歌わせていると、美しい双紙が三帖天下って来た。 北の方がその双紙を見ていると、双紙は稚児に姿を変え、北の方を捕らえて逃げ去った。 甲賀三郎は天狗の仕業だろうと考え、二人の兄と共に日本国中の山々を尽く探し回ったが、北の方を見つける事は出来なかった。
そこで、三郎の乳母の子である宮内判官の助言で、信濃国笹岡郡の蓼科山を探してみる事にした。 そこには大きな人穴があり、春日姫が最後に着ていた着物の片袖と髪の毛が見つかった。

・甲賀三郎は簍籠に八本の縄をつけ、それに乗って人穴に入っていった。 簍籠を降りて東の人穴を進むと、小さな御殿の中から春日姫が千手経を読む声が聞こえた。 甲賀三郎は北の方を連れ出すと簍籠に乗り、家来たちに縄を引き上げさせた。 ところが、北の方は祖父から貰った唐鏡を置き忘れてしまったので、甲賀三郎は引き返して再び人穴に入った。

・甲賀次郎は弟を妬んでいたので、縄を切り落として三郎を人穴の底に取り残した。 そして、春日姫を甲賀の舘に連れ込み、宮内判官経方をはじめ三郎の一族二十余人を殺戮した。 残った家臣たちは次郎に臣従を誓った。 甲賀太郎は次郎が父の遺言に背いた事を知り、下野国宇都宮に下って神と顕れた。
甲賀次郎は春日姫を妻と定め、政事を行った。 しかし、姫は次郎に従おうとしなかった。 怒った甲賀次郎は家来に命じ、近江の湖の北岸、戸蔵山の麓で春日姫を切らせることにした。 そこに宮内判官の妹婿である山辺左兵衛督成賢が通りかかり、春日姫を救い出して春日権守の邸まで送り届けた。 その後、春日姫は三笠山の奥にある神出の岩屋に閉じ籠ってしまった。

・その頃、甲賀三郎は唐鏡を取り戻して簍籠の所に引き返したが、縄は切り落とされており、殺された一族の死骸が転がっていた。 三郎は地下の人穴を通って好賞国・草微国・草底国・雪降国・草留国・自在国・蛇飽国・道樹国・好樹国・陶倍国・半樹国など七十二の国を巡り、最後に維縵国に辿り着いた。
三郎は維縵国の王である好美翁に歓待された。 好美翁には、八百歳・五百歳・三百歳になる三人の姫君がいた。 三郎は末娘の維摩姫を妻とし、この国の風習に従って毎日鹿狩りをして過ごした。

・十三年と六ヶ月の年月が流れたある日、三郎は夢に春日姫を思い出して涙を流した。 維摩姫は「あなたを日本にお送りしましょう。私もあなたの後を追って忍び妻となり、衆生擁護の神と成りましょう」と云った。
三郎は好美翁から鹿の生肝で作った千枚の餅をもらい、それを一日一枚づつ食べながら日本に向った。 契河・契原・亡帰原・契陽山・荒原庭・真藤山・杉原・真馴の池・暗闇の地・おぼろ月夜の原を経て、千枚の餅を食べ終えて信濃国の浅間山に出た。

・三郎は甲賀郡に戻り、父の為に造った笹岡の釈迦堂の中で念誦していると、子供たちが「大蛇がいる」と云って逃げた。 三郎は我が身が蛇になった事を知り、仏壇の下に身を隠した。

・日が暮れた頃、十数人の僧たちが法華経を読誦し、甲賀三郎の物語を語った。 それによると、甲賀三郎が蛇身なのは維縵国の衣装を着ているためで、石菖を植えている池の水に入り四方に向いて呪文を唱えれば脱ぐ事ができるという。 三郎はその話に従って蛇身を脱して人身に戻った。 僧たちは白山権現、富士浅間大菩薩、熊野権現などの神々であった。

・三郎は近江国の鎮守である兵主大明神に導かれて三笠山に行き、春日姫と再会した。 二人は天早船で震旦国の南の平城国へ渡り、早那起梨の天子から神道の法を授かって神通力を会得した。 その後、兵主大明神の「日本に戻って衆生守護の神に成って下さい」という求めに応じ、天早車に乗って信濃国の蓼科山に到着した。

・甲賀三郎は信濃国岡屋の里に諏訪大明神の上宮として顕れた。 本地は普賢菩薩である。
春日姫は下宮として顕れた。 本地は千手観音である。
維摩姫もこの国に渡って来て、浅間大明神として顕れた。
甲賀三郎と兄たちは兵主大明神が仲裁した。
甲賀次郎は北陸道の守護神と成り、若狭国の田中明神として顕れた。
甲賀太郎は下野国宇都宮の示現太郎大明神として顕れた。
父甲賀権守は赤山大明神として顕れた。
母は日光権現として顕れた。
本地は阿弥陀如来・薬師如来・普賢菩薩・千手観音・地蔵菩薩等である。

上野国の一宮は狗留吠国の人である。 《以下、上野国一宮事とほぼ同内容なので略す》

・諏訪大明神は維縵国で狩の習慣があったので、狩庭を大切にされる。 四条天皇の御代、嘉禎三年[丁酉]五月、長楽寺の寛提僧正は供物について不審に思い、大明神に祈念して「権実の垂迹は仏菩薩の化身として衆生を済度されるのに、何故多くの獣を殺すのでしょうか」と申し上げた。 僧正の夢の中で、供物の鹿鳥魚などが金色の仏と成って雲の上に昇って行き、大明神が
 野辺に住む獣我に縁無くば憂かりし闇になほ迷はしむ
と詠まれ、 「業尽有情、雖放不生、故宿人天、同証仏果」 と四句の偈を説いた。 寛提僧正は随喜の涙を流して下向された。

諏訪大明神
・上宮は諏訪大社・上社本宮(長野県諏訪市中洲)
下宮は諏訪大社・下社で、秋宮(諏訪郡下諏訪町武居)・春宮(諏訪郡下諏訪町下ノ原)の二宮から成る。
上宮の祭神は建御名方神。
下宮の祭神は八坂刀売神・建御名方神で、事代主神を配祀。
式内社(信濃国諏方郡 南方刀美神社二座並名神大)。 信濃国一宮。 旧・官幣大社。
史料上の初見は『日本書紀』(持統天皇五年[691]八月辛酉)の「使者を遣はして、龍田風神・信濃須波・水内等の神を祭る」。

・『古事記』によると、天照大神は八百万の神々と相談して、建御雷神と天鳥船神を葦原中国に遣わした。 二神は出雲国の伊那佐の小浜(稲佐の浜)に降り、大国主神に天孫に国を譲るよう申し入れた。 大国主神の息子の事代主神が先ず帰順し、青柴垣に身を隠した。 建御名方神は国譲りに抵抗して建御雷神と争い、科野国之洲羽海(信濃国の諏訪湖)に逃れてついに帰順した。



『2020年ごろまで世の中大転換する』
ミロクの世を作るプラズマ科学5次元テクノロジー
船井幸雄     徳間書店  2010/6



<アルザル人は日本人の祖先だった>
・以前、アメリカに墜落したUFOの乗組員の血液には、日本人に多くみられる遺伝子が含まれていました。彼らが、日本人の祖先であるという証拠なのです。

・アルザル人はもともと地球の地下深くに住んでいたそうです。地球の核付近までいたるところに、彼女たちの住まいがあったといいます。地下の居住地どうしはトンネルでつながっていて、いつでもどこへでも行けて、トンネル内で通信もできたそうです。
 何千年ものあいだ、地中で文明を発展させたアルザル人は、やがて地上に出てきました。その当時、地上にはようやく哺乳類の祖先が現れたところでした。

・アルザル人が現れたのは現在の日本にあたる場所で、ちょうど後に出雲大社ができたところでした。アルザル人は、そのあたり一帯に居住し、地上での生活になじんでいました。やがて、アルザル人=日本人は、出雲大社のあたりから、日本国中へ広がっていったのです。ちなみに、アルザル人が、かってイスラエルにも居住したことがあり、その子孫は、ユダヤ人となったそうです。ということは、イエス・キリストもアルザル人だったということです。

・『聖書』ではイスラエル人からアルザルへの流れを書いているようです。ソロモン王の死後、南北に分かれたイスラエルは、北に10支族、南に2支族が住みました。
 紀元前722年、アッシリア帝国が北イスラエル王国を攻め落とし10支族をメソポタミアへ連れ去りました。が、そのアッシリア帝国も新バビロニア帝国に滅ぼされます。しかし、10支族はイスラエルに戻りませんでした。

・『聖書外典聖書』『エズラ書』によると、彼らは、異教徒にわずらわされない北の果てからアルザルに向かったとあり、一部が日本などアジアに広がったと考えられています。



『失われた日本ユダヤ王国「大邪馬台国」の謎』
飛鳥昭雄・三神たける  学研   2011/1/12



<物部氏の正体は何者であるのか>
<多次元同時存在の法則>
・実際、縄文人だという人あれば、典型的な弥生人だという人あり、邪馬台国の王族であったという人あらば、いや邪馬台国を征服した勢力であるという人あり、渡来人だという人、さらには騎馬民族だという人、実にさまざまな説が、それこそ百家争鳴状態となっている。名のある学者の方々の論文さえ、邪馬台国論争以上に諸説入り乱れているのだ。
 日ユ同祖論というジャンルにおいても、そうだ。古代イスラエル人の日本渡来という視点から見ても、物部氏がいったい失われたイスラエル10支族なのか、秦氏と同じユダヤ人原始キリスト教徒なのか、それともまったく違う経路でやってきたイスラエル人なのか、説得力のある説に出会ったことは一度もない。言葉は悪いが、みな肝心なところでごまかしているか、そもそもまったくわかっていないのだ。

<秘密組織「八咫烏」>
・いわば天皇家の守護神ともいうべき八咫烏の名を秘密組織は冠する。組織のメンバーは、みな「陰陽師」である。昨今の安倍晴明ブームで知られるようになった「陰陽道」は古代日本の呪術的宗教である。七五三や節句などの神道祭礼の根幹をなす思想であり、日本文化の隅々にまで影響を与えているといっても過言ではない。
 だが、森羅万象、すべては陰と陽から成るように、陰陽道にも表と裏がある。まさに八咫烏は裏の陰陽師であり、日本の神道を仕切っている。闇夜の鳥のごとく、彼らは静寂に潜み、歴史を裏で動かしてきた。
 八咫烏を名乗る構成員はわかっているだけで、約70人。周辺には伝令役ともいうべき「烏天狗」が控え、上層部には12人から成る組織があり、彼らは「大烏」と呼ばれる。さらに大烏の上位3人、すなわち「三羽烏」は特別に「金鵄」という称号をもつ。
 実は、この金鵄こそ、密かに古神道の世界で噂されてきた「裏天皇」にほかならない。3人でひとりの裏天皇として、彼らは表の天皇ができない儀式一切を執り行っている。長い歴史のなかで、さまざまな困難が天皇家には降りかかった。戦乱や南北朝といった混乱期にあっても、八咫烏は連綿と秘儀を執行してきたのである。
 当然ながら、八咫烏に近づくことは危険を伴う。

<古代豪族「物部氏」>
・物部氏である。古代日本の謎をさぐるうえで避けることができない豪族にして、古代天皇の外戚。その権力と権威は日本史上最大にして最高を誇った。

<物部氏の祖神「ニギハヤヒ命」>
・物部氏の祖先は「ニギハヤヒ命」という神様である。

・名前の頭に「天照」とあるように、ニギハヤヒ命は太陽神である。天皇家の祖神、つまり皇祖神である「天照大神」が女神であるのに対して、ニギハヤヒ命は男神である。興味深いことに、『古事記』や『日本書紀』には、太陽神がふたり登場するのである。神道では八百万の神々を拝むとはいうものの、山や海、川、草木とは違い、太陽はひとつ。天空に輝くひとつの太陽を神格化した存在がふたり、まったく別の神々として存在するのは、どう考えても変である。

・奇妙といえば、神社の名前もそうである。奈良時代以前にまで遡る神社のうち、その名に「天照」を冠した神社の主催神は、いずれも女神、天照大神ではない。

・これはいったい何を意味しているのか。考えられることは、ひとつしかない。もともと神道における太陽神は、物部氏が祖神として崇める天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命、つまりニギハヤヒ命だった。

・しかし、大王として君臨することはなかったものの、物部氏の勢力は強大だった。大和朝廷も、最後までニギハヤヒ命を抹殺することはできなかった。物部氏が祀る神社が冠する「天照」を黙認したのも、彼らが神道祭祀を担い、神秘的な呪術を行っていたからにほかならない。

<ニギハヤヒ命の物部王国「日本」>
・記紀神話によると、皇祖・天照大神の孫、すなわち天孫「ニニギ命」は高天ヶ原から多くの神々を引き連れて、九州の高千穂に降臨する。

・世にいう「神武東征」の出陣、いざ出発という段階で、神武天皇は「塩土翁」という神からひょんなことを聞く。なんでも、すでに幾内には「天磐船」に乗って、ひと足早く降臨した神がいるというのだ。

・同じ天孫族といえども、外からやってきた神武天皇にとって、被征服民である物部氏の女を皇后にすることは、物部王国の民を懐柔することでもあり、ふたつの国がひとつになるための重要な戦略だったのだ。それほどまでに、物部氏は天皇家にとって重要な存在だったのである。
 ちなみに、初代神武天皇から第9代開化天皇までは、皇居を大和の西側に置いたことから「葛城王朝」と呼ぶこともある。いうなれば、葛城王朝は天皇家と合体した後期・物部王国として位置づけることができるだろう。

<崇神としての大物主命>
・古代天皇の性格がガラリと変わるのが第10代「崇神天皇」からである。初代神武天皇のエピソードがあまりにも神話的であること、それに続く第2〜9代の記述が極端に少なく、通称「欠史八代」と呼ばれることから、これらの天皇はすべて実在しない架空の存在だと考える学者も少なくない。
 実際のところ、神武天皇の諡「ハツクニシラススメラミコト」とまったく同じ読み方をする諡が崇神天皇にはある。そのため、崇神天皇こそ、実在する最初の天皇だとする学説もある。
 もし仮に、葛城王朝が幻だとした場合、物部氏の立場はどうなのか。これを如実に物語るエピソードが崇神天皇の時代に起こっている。すなわち、突如、国中に疫病が流行したのである。民が次々と死に、国中が大混乱に陥った。
『日本書紀』では巫女に神託を伺わせ、一方の『古事記』では崇神天皇王が自身が夢の中でお告げを聞くのだが、「いずれにしても原因は祟りであった。三輪山の大物主神が怒っているという。なんでも、大物主神の子孫である「大田田根子」なる男を捜して、彼に御魂を祀らせるならば怒りも収まり、疫病も鎮まるのだ。
 神意を知った崇神天皇は、すぐさま大田田根子を見つけだし、お告げのとおりに大物主神を祀らせたところ、確かに疫病の流行はやんだとある。
 さて、注目は大物主神である。先述したように、大物主神とはニギハヤヒ命の別名にほかならない。

<蘇我氏との確執と崇仏論争>
・当時の様子を記した『日本書紀』によると、百済の聖名王から贈られた美しい仏像を見ていたく感動した欽明天皇が、これを拝したいが、いかがなものかと群臣に問うた際、積極的推進派の「蘇我氏」を率いる蘇我稲目は西方の諸国が仏教を信仰していることを理由に、日本もこれにならうべきであると主張した。
 だが、この事態に猛反発したのが物部氏である。神道を第一と考える物部氏を率いる物部尾輿は、同じく神道の祭祀を執り行う「中臣氏」を率いる中臣鎌子とともに、外来宗教である仏教排斥を主張。

<聖徳太子と物部氏失脚>
・587年、かくして仏教導入の是非という大義名分のもと、物部氏と蘇我氏の戦争、すなわち世にいう「丁未の役」が勃発。激しい戦いの末、蘇我氏の軍勢を率いる弱冠14歳の聖徳太子の前に物部守屋は壮絶な死を遂げる。大将の討ち死によって総崩れとなった物部氏の軍勢は、そのまま敗走。ここにおいて仏教導入が決定的となった。
 戦いの英雄、聖徳太子は推古天皇の摂政となり、国策で仏教の布教を推奨。

・一方、敗れた物部氏の勢力は縮小。天皇家の外戚としての地位は完全に蘇我氏に取って代わられ、権力の座からことごとく退けられていく。仏教の隆盛は、そのまま物部氏の衰退を意味していたといっていいだろう。

<藤原氏による物部氏封印>
・宿敵であった物部氏を退け、念願の仏教導入を国家公認とした今、蘇我氏にとってもはや恐れるものは何もない。天皇家の外戚として蘇我馬子は政治を裏で操り、摂政となった甥の聖徳太子とともに、蘇我王朝ともいうべき体制を築きあげた。
 しかし、蘇我氏の栄華は長くは続かなかった。蘇我馬子の子「蘇我蝦夷」と孫である「蘇我入鹿」の代になると、東アジアの国際情勢が騒がしくなり、これを受けて日本もまた、国防を含めて新たな政治体制を作る必要性に迫られる。こうした状況下にあって、645年、ついに事件が起こる。
 天皇の御前で、蘇我蝦夷と蘇我入鹿が暗殺されたのである。

・その一方で、藤原不比等は記紀編纂にあたって、古代からの系譜や歴史を記した古文書を石上神宮や大神神社から没収し、事実上、物部氏の歴史を闇に葬った。

<平安京遷都によって藤原氏の支配は決定的となり、以後、明治時代にまで続く>
・かくて物部氏は没落し、その名は古代豪族として記憶されるのみとなった。穂積や鈴木など派生した名字はあまたあれど、今日、物部氏を名乗るのは秋田の唐松神社の宮司一族だけとなったのである。
 しかし、物部氏は生きている。中央の天皇祭祀は藤原氏の独占となったものの、全国の神社の神官、神主、神職の多くは物部氏が担っている。今でも、物部氏は古代の神道を守りつづけている。

<邪馬台国は畿内大和にあった!!>
・籠神社の極秘伝からすれば、邪馬台国の所在地は畿内。したがって、畿内説の解釈が正しいように見える。畿内説の大きな弱点は突きつめると方位だけである。

<卑弥呼は物部=海部氏だった!!>
・邪馬台国の女王、卑弥呼が九州にルーツをもつヤマト族であることが正しければ、同時に彼女は物部氏であった可能性が出てくる。実は、これを裏づける証拠がある。

<大邪馬台国と神武天皇>
・籠神社の極秘伝によると、記紀に記された神武天皇の物語は基本的に神話、すなわちフィクションであり史実ではないとしながらも、あえて神武天皇的な存在を挙げるなら、それは海部氏の祖先である倭宿弥命であるという。もっとも、倭宿弥命にしても、神話的な存在に変わりはなく、その意味で「多次元同時存在の法則」を適用して分析する必要があるのだが、古代天皇に関しては注目すべき極秘伝はほかにある。
 第15代応神天皇である。なんと応神天皇は倭人ではない。朝鮮半島からやってきた渡来人の大王だというのである。

<裏の陰陽師集団「八咫烏」と裏天皇「金鵄」>
<丹塗り矢伝承と賀茂氏>
・秦氏の女が生んだ男の子は「上賀茂神社」で「別雷神」として、その父親である「松尾大明神」は「下鴨神社」で「御祖神」として祀られるようになった。かくして、秦氏は「松尾大社」と「下鴨神社」と「上賀茂神社」を「秦氏三所明神」として祀ることとなり、後に秦氏に婿入りした賀茂氏に「鴨祭り」を譲った。今日、鴨祭りを賀茂氏の禰宜が執り行っているのは、このためであるという。

<祭祀一族としての賀茂氏>
・神道の元締めは天皇である。大嘗祭をはじめ、天皇の儀式を行う賀茂氏は祭司としても最高位であり、その本拠地である下上賀茂神社は、まさに全国の神社のトップである、かの伊勢神宮でさえ、下上賀茂神社に比べれば格下なのだ。
 忌部氏一般の神道儀式を執り行う祭司だが、賀茂氏は天皇の神道儀式を仕切る。神道の世界において、まさに賀茂氏は別格なのである。

<鴨族>
・神道の祭祀を専門に行う賀茂氏のことを彼らは「鴨族」と呼ぶ。一般の人間と普通の会話をしているときに名乗ることはまずないが、自らの正当性を示す必要がある場合、彼らは必ず鴨族である証をする。

・天狗の下にいるとされる烏天狗。烏天狗の正体は鴨族だ。

<修験者とユダヤ人>
・役小角と並び称せられる修験道の祖で、白山を開いたことで知られる「泰澄」は俗称を「三神」といい、その素性は秦氏であった。同族となった賀茂氏、すなわち鴨族も同様にユダヤ人原始キリスト教徒である。それゆえ神道のみならず、修験道にも古代イスラエル文化の影響が色濃く残っている。
 現代の日本人はあまりピンとこないのだが、当のユダヤ人から見ると山伏や修験者の姿は非常に興味深いらしい。修験者の着る服装はもちろんだが、頭の先から爪先まで、ユダヤ教徒の伝統衣装とそっくりだというのだ。

<大嘗会と天孫降臨>
・とくに初代の神武天皇は、歴代の天皇が現人神となるように、神・天照大神と霊的な約束、いうなれば契約を交わした。これが「大嘗会」という儀式である。つまり、大嘗会という儀式をすることによって、人である皇太子が神・天照大神の御霊を宿して、現人神である天皇陛下となられるのである。
 ただし「多次元同時存在の法則」により、「神」という文字を諡にもつ初代神武天皇と第10代崇神天皇、そして第15代応神天皇は同一人物であり、初代から第15代までの歴代天皇の説話は実質、みなひとりの天皇の説話に還元できる。とくに神話的なエピソードや年代の混乱はこれによってうまく説明することができる。

<天照大神はイエス・キリストだった>
・大嘗会の儀式一切をすべて取り仕切るのが下上賀茂神社の鴨族である。そこには漢波羅秘密組織の八咫烏がすべて集まる。彼らの上部組織である大烏、すなわち12人の八咫烏は、イエス・キリストの12使徒の継承者である。上位3人の大烏は金鵄として裏天皇を形成する。裏天皇もまた大嘗祭を行う。現代の12使徒である八咫烏が行い、現代のペトロとヤコブとヨハネである金鵄が形成する裏天皇が祀る神道の最高神、天照大神とは結局のところいったい何者なのか。答えは明らかだろう。イエス・キリストである。
 
<最後のドンデン返し………海部氏は鴨族だった!!>
<葵祭り>
・一連の神事が意味するのは、まさに天照大神が天岩屋から出てきたことに対する祝福であるというのだ。
 死して天岩屋に籠った天照大神が復活し、天岩戸を開いて再び姿を現したことを祝うことが葵祭りの本質であり、それはとりもなおさずイエス・キリストの復活を祝う歓喜の祭りにほかならない。
 だからこそ、葵祭りはザ・祭りであり、ユダヤ人原始キリスト教徒である天皇の特別な祭礼なのである。

<藤祭り>
<八咫烏が仕掛けたであろう奇怪なトリックが隠されているにちがいない>
・海部氏が鴨族だということは、物部氏も鴨族。秦氏にしてユダヤ人原始キリスト教徒であり、イエスの12使徒の承継者である八咫烏も鴨族。大邪馬台国の支配者である物部氏が鴨族で、それを征服した天皇や秦氏も鴨族である。

<物部氏は徐福とともに来た!!>
・八咫烏がいう「徐福」とは紀元前3世紀、古代中国の「秦帝国」にいた呪術師「方士」のひとり。暴君として知られる「秦始皇帝」に近づき、皇帝のために不老不死の仙薬を手に入れてくると言葉巧みに取り入り、ついには多くの童男童女と技術者たちとともに東海に浮かぶという伝説の島「蓬莱山」へと旅立った男である。
 一度は成果なく戻ってきたものの、再度船出したのを最後に消息を絶ち、二度と戻ってこなかった。ために、歴史的には秦始皇帝さえも手玉にとった稀代の詐欺師とも評される。その後、徐福集団がどうなったかについては、いずれも伝説の域を出るものではなく、一説には日本列島にやってきたとも噂されるが、学問的には確かな証拠は今のところ確認されていない。
 だが、八咫烏はそれが忠実であると認めたばかりか、日本にやってきた徐福集団こそ後の物部氏だというのである。



『失われた徐福のユダヤ人「物部氏」の謎』
飛鳥昭雄  三神たける  学研     2011/5/11



<ニギハヤヒ命>
・読むとわかるが、ここに描かれたニギハヤヒ命は、まさに大王である、記紀においてはまったく無視された降臨神話がドラマチックに描かれている。すなわち、九州を出立したニギハヤヒ命は配下の32神と25部の物部氏一族を引き連れて、幾内は河内国の河上にある哮峰に降臨。大和国の鳥見にある白山に進出して、自らの王国を築いたというのだ。
 問題は、ここ。ニギハヤヒ命が築いた王国は物部王国であって、神武天皇が開いた大和朝廷ではないという点である。物部氏が歴史的にも封印された理由も、実はここにある。同じ天津神の末裔を主張しながらも、物部氏は大和朝廷以前に、まったく別の王国を築いていたのである。

<物部王国「日本」>
・なぜ海から見ての方角をもって地名としたのか。これに関して『先代旧事本記』には興味深い記述がある。物部氏の祖であるニギハヤヒ命は、河内に降臨する際、天磐船(あめのいわふね)に乗って大空を駆けめぐった。同記述は『日本書紀』にもある。ニギハヤヒ命は空から眺めて、眼下の国を「虚空見つ日本国(やまとのくに)」と命名したというのだ。
 天空を駆けめぐる船とは、飛行機やUFOを連想させるが、あくまでも現実的な史実の反映と見なすならば、海を渡ってきたと解釈できる。

・日本とは、もともと倭の別種だというのだ。これを素直に解釈すれば、かつて日本列島には「倭国」と「日本」というふたつの国が存在したことになる。実際、その通りで、日本は倭国よりも小さな国であったとも記す。ただ『旧唐書』が「日本国が倭国を併合した」というのに対して、『新唐書』は逆に「倭国が日本国を併合した」と述べる。

・つまり、かつて大和と物部王国というふたつの国があった。大和に比べて物部王国は小さい国であった。長い歴史のなかで、大和は物部王国を併合した。もしくは、物部王国が大和を併合して、最終的に国名を日本としたのだ。

<物部氏のルーツと古代朝鮮>
・だが、後に「大倭」と記して「ヤマト」と読ませるようになる。つまり、「倭=ヤマト」は、「邪馬台国」であるのに対して、「大倭=ヤマト」は「大邪馬台国」ともいうべきクニとなっていたのだ。整理すれば、物部氏の支配する邪馬台国が、同族である海部氏の支配する投馬国と併合した結果、新たな大邪馬台国となったのである。

<卑弥呼と鬼道>
・邪馬台国の女王、卑弥呼は謎めいた人物である。「魏志倭人伝」を読む限り、かなりの霊能力をそなえた人物であったことがわかる。実務は弟に任せ、自分はもっぱら神々からの宣託を受けて、それを統治の指針とした。

・邪馬台国が物部王国であることを考慮すれば、卑弥呼もまた物部氏であったことは間違いない。しかも、彼女は物部氏のなかでも、海部氏の血を引く者であった。

・だが、卑弥呼以来の物部神道は、物部氏没落と封印によって、完全に失われてしまう。

<籠神社の極秘伝「多次元同時存在の法則」>
・それは、あくまでも活躍するのは神々であって人間ではない。歴史ではなく、神話だという認識をもつ必要があるのだ。生身の人間ではない多くの分身をもち、分身は独立して別な物語を紡いでいく。名前は違っても、本質は同じ神であるケースが多々ある。したがって、別名を読み解くことによって、本来の神道が自ずと浮き彫りになってくる。「多次元同時存在の法則」は、それを復元する鍵なのだ。

・失われた物部神道とはいったいいかなる神道だったのか。籠神社の極秘伝には、物部神道の本質を知るための重要な鍵がある。それがほかでもない、奥義「多次元同時存在の法則」である。

<物部神道は一神教だった>
・物部神道の奥義「多次元同時存在の法則」を適用していくと、実に多くの神々が同一神であることが見えてくる。八百万の神々がすべて同一神というわけではないが、少なくとも古代にまで遡る神々、とくに物部氏が祀ってきた神々は究極的にはひとりの神に収斂されるといっても過言ではない。
 言葉を換えると、今日の神道が八百万の神々を祀る多神教であるのに対して、古代における物部神道は唯一絶対神を崇拝する唯一神教なのである。

・子ども、いわゆる童子に力があるという思想は何も中国に限ったことではない。日本においても、幼子のお釈迦様を仏像として表現したり、聖人君子として知られる聖徳太子の姿が童子形で描かれるのはそのためである。魔力を持った童子という意味では、芸能の世界における「笛吹童子」も同様だ。
 ちなみに日本では、同時の魔力は反転して、そのまま鬼の名前になる。有名な「酒呑童子」や「茨木童子」、さらには天皇の輿担ぎで、鬼の子孫と称した京都の「八瀬童子」などもまた、みな鬼の魔力を表現した名前である。

<仙人が住む三神山>
・海に浮かぶ高い山のうち、仙人が住むところを「神山」といった。なかでも、最も神聖な3つの神山のことを「三神山」と称した。
 これが、徐福が奏上した三神山、すなわち「蓬莱(ほうらい)山」と「方丈山」と「瀛州(えいしゅう)山」である。ただし、山とあるが、実際は高い山をもった島のことである。これら三神山は中国から見て東の海の向こうに存在するゆえに、俗人は容易に近づけない。

・古来、三神山のひとつ、蓬莱山は数多く絵画に描かれてきた。それらを見ると、いくつか共通点があることに気づく。全体的に蓬莱山はキノコのような形をしているのだ。長い茎のような峰の上に大きな山があり、非常にアンバランスな印象を受ける。しかも、蓬莱山の下にはつららのような部位が認められ、あたかも鍾乳石に見える。

・それゆえ現代では、蓬莱山は東海でしばしば目撃される蜃気楼を見た古代人が実在する島と見間違えたものであるというのが定説となっている。
 はたして、徐福が目指した三神山が蜃気楼だったかどうかは、今、この段階では断定できないが、可能性は十分ある。

<鴨族と天狗>
・仏教の宗派は数あれど、神道はひとつ。極端な表現をすれば、全国の神社はすべて天皇家のものであり、天皇陛下は神道の元締めなのである。なかでも、神社界の最高権威を誇るのは、下上賀茂神社である。かの伊勢神宮でさえも下上賀茂神社には及ばない。
 なぜか、その理由は天皇の祭祀を取り仕切るのが下上賀茂神社の賀茂氏であるからだ。神職は自らのことを特別に「鴨族」と称す。

・修験道の山伏は、しばしば天狗にたとえられてきた。牛若丸と呼ばれていた源義経を育てあげた鞍馬天狗のモデルは何を隠そう、鴨族である。

・長く高い鼻が特徴的な大天狗はもとより、その配下にいる烏天狗こそ、まさに八咫烏がモデルなのである。

<祭祀一族と鳥の称号>
・下上賀茂神社とともに秦氏三所明神と呼ばれた松尾大社の創建者である秦都理も、その名は「鳥」を意味しており、賀茂氏と同族であった証として、賀茂都理という名前も伝えられている。また、鴨族は忌部氏の中の忌部氏であるとも伝えられている。忌部氏とは古代における神道祭祀を行った一族で、儀式で使用する祭具から占術や呪法なども担っていた。

<漢波羅秘密組織「八咫烏」と裏天皇>
・表の陰陽道とは別に、裏の陰陽道があるのだ。その名を「迦波羅」という。当てる字によっては「伽波羅」とも表記され、仏教の経典にある「迦波羅」とも語源的には同じものである。

・表の陰陽道の担い手を陰陽師と呼ぶように、裏の迦波羅の担い手は「漢波羅」と呼ぶ。漢波羅とは、もちろん迦波羅に由来する言葉だが、民間陰陽師を指す「上原太夫(かんばらだゆう)」の意味でも使われることがある。

・しかし迦波羅の場合、その存在すらも記録に残らないほど、秘中の秘とされてきた。当然ながら漢波羅たちは歴史の表舞台に出ることなく、裏方で文字通り暗躍してきたのである。もちろん、彼らは秦氏であり、かつ加茂氏である。

・なかでも中枢を成す漢波羅秘密組織の名を「八咫烏」という。八咫烏の周囲には伝令役ともいうべき鴨族、すなわち、「烏天狗」がいる。一般人との接触は主に烏天狗の任務である。現在、八咫烏は約70人いる。




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