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わたしの住むベルギーは、ほかのベネルクス諸国(オランダ・ルクセンブルグ)やスイスなどと並び、安楽死、医師による自殺幇助が合法化されている。とくにベルギーは、子供の安楽死さえ容認している。(1)
[森羅万象]
2021年10月21日 15時28分の記事


『その「日本人論」に異議あり!』
大変革時代の日本人像を求めて
スティーブ・モリヤマ  芸術新聞社   2018/11/6



・日本を離れてから、30年近くの年月が流れた。その間ずっと、1万キロ離れた欧州から日本を見つめている。日本を俯瞰していて気になることの一つに、この国を覆う「毒のヴェール」が挙げられる。「米国では………」「××国では…」と、限られた海外体験から短絡的に日本を非難し、実しやかに「神話」を語る「ではの守」が跋扈する国、日本。本書では、健全なる猜疑心をもって「ニッポン神話」にまとわりついた偽のヴェールを剥がしていきたい。

・だが、その国におけるごくごく限られた個人の体験をもとに、「海外では××が常識だ」「海外の人たちは××と言っている」といった「過度の一般化」をするのはいかがなものだろうか。

・「海外ではこうなんだ」「海外の人たちに聞いてみよう」というコトバを聞くたびにわたしが感じる違和感はそこにある。おそらく“島国”日本における「ウチとソト」という瞬時の区分けが潜在意識下で行われるため、「海外では」という表現に違和感を覚える日本の人は少ないのかもしれないが、よく考えてみれば誰にでもわかる詭弁ではなかろうか。

・「A国では」「B国では」と「では、では」を繰り返す人は、A国にせよB国にせよ、そもそも日本という先進文化をもつ大国の比較対象としてふさわしい国かどうかを十分に検証した上で、そういうことを口にしているのだろうか。おそらくそうではあるまい。

・本当のところ、196ヵ国どころか、たとえ1ヵ国であっても、その国の置かれた状況や歴史・文化を理解した上で内在的論理をおぼろげながら把握し、多少なりとも真実に近い“本質論もどき”を語れるようになるまで、わたしの経験では最低10年はかかると思うのだが………。

<時空を超えて大人気の「和風ごった煮のレシピ」>
・「和風ごった煮のレシピ」は、今でも日本人のあいだで大人気のようだ。たとえば、昨今の異常ともいえるハロウィン・パーティーの盛り上がりには、正直なところ戸惑いを覚えるが、善し悪しは別として、世界の主要国では決して起こりえない現象だろう。

<日本にとって本当に重要なのは何か?>
・ところが、現実はどうだろう。鹿鳴館メンタリティーを引きずっているのか、あるいはアジアの人たちに対する複雑でビミューな優越感が影響しているのか、よくわからないのだが、日本のメディアでは、「欧米人がどう感じるか」という視点が「グローバルな代表的視点」かのごとく報道されることが少なくない。

・ちなみに、欧州に住むわたしは、よく日本の知り合いから「向こうでは日本のことはよく報道されるの?」と聞かれるが、実際のところ、ほとんど報道されない。米国の大多数の州でも同じだろう。
 これは日本が悪いわけではない。ヨーロッパにせよ、米国にせよ、日本人が思っているほど国際的ではないのだ。もちろん、各論レベルでは例外は多数あるだろうが、総論でいえば、国際感覚に欠ける人たちがびっくりするほど多いのが現実である。そして、ここが重要なのだが、同じ視点で総論(平均)比較すると、日本人のほうがはるかに国際的なのである。
 もちろん、日本にはたくさん改善すべき点がある。しかし、大切なことは、完璧主義で考えないことだ。完璧な国も、完璧な人種も、そして完璧な人間もいないのだから。

<入社式の謎>
・「米国では……」「××国では……」と、限られた海外経験から短絡的に日本を非難し、実しやかに「神話」を語る「ではの守」が跋扈する国、日本。

・大企業に限っていえば、今でも新卒一括採用と終身雇用制度が事実上温存されているのが日本だ。一方、英米では中途採用が基本で、新卒で入社しても有期契約。当然入社式などなく、組織に貢献できなければ即クビ、となる。

<未来がわかると心強い>
・入社式を催すような企業に就職する人は、日本の労働力人口約6500万人の中ではごくわずかに過ぎない。彼らの幸福要因の一つは、入社時に組合から配られるモデル賃金表に表象される「予測可能性」だ。人生において、将来の地位や収入などの未来をある程度予見できる、という意味である。
 雇用を保障され、30年ローンで家を買い、あとはひたすら会社のために滅私奉公するサラリーマン。安心感という、お金以上に大切な幸福要素に支えられた彼らこそ、高度成長期の日本の強さ、すなわち「集団収束力」の象徴だった。
 日本人は、予測可能性をある程度保障されると、集団として恐るべきパワーを発揮できる民族だ。

<だからこそ入社式は大切なのだ>
・ただし、この国の会社数99%を占める中小企業では、入社式を行わない会社が大半であろう。大企業でさえ終身雇用制度が維持できなくなっている会社も少なくない。
とはいえ、冒頭の引用元にあったように「仕事なんて労働力とカネの交換に過ぎない」と割り切って働く人々は、この国では少数派である。
 興味深いことに、長期的雇用が保障されていなくても、日本の中小企業に勤める人たちは、「実在的虚無」に陥らず、集団の一員として一生懸命に働く。これはまぎれもなく、日本人のもつ強みである。

<3Kを避ける本当の意味>
・米国は巧みな移民政策の使い手だ。出生率は日本を大きく上回り、少子高齢化問題とうまく向き合っている。労働市場は明確に棲み分けられており、いわゆる3K(きつい、汚い、危険)の仕事は、中南米出身者を中心とした移民が担っている。

・人手不足に悩むゼンショーHD社長が「日本人はだんだん3Kの仕事をやりたがらなくなっている」と呟き、物議を醸したのは記憶に新しい。傘下のすき家では、当時アルバイト不足で休業に追い込まれた店舗が相次いだという。
 人手不足の問題は、今や飲食、小売り、建設現場にも拡大し、企業は高騰する賃金や人材定着率等の問題を解消するべく、パート従業員の正社員化など、労働力確保に躍起になっている。

<画一性vs.多様性>
・豊かな社会は、確かに既存のストレス要素を減少させるが、同時に人々の寛容さやストレス耐性を弱めてしまう、しかも、複雑化する社会は、新たなストレス要素を生み出し、人々の精神的幸福度を下げてしまう側面もある。
 依存と堕落は表裏一体。豊かさや利便性の奴隷となりがちな成熟国の人間にとって、3Kの仕事は敬遠されがちだ。ただし、それは社会の発展に伴う自然の成り行きであって、善悪の価値観を持ち込む必要はない。
 本当のところ、なにが「問題」なのだろう。

・何事にも完璧はありえない。完璧な国もなければ、完璧な民族も、完璧な人間もいない。頑張れる人は頑張ればいい。頑張れない人は頑張らなくてもいい。「良い人生」の定義は人それぞれなのだから。

・3Kの仕事を「頑張れない」「我慢できない」若者が増えてきたことを、「日本人の退廃」と結論づける必要はない。むしろ成熟期を迎えた「大人の国」のごくごく自然な姿なのだから。

<人間の本質は遊びである>
・最近のアメリカでは長期休暇をとる人は多くないようだが、確かに欧州では数週間バカンスをとる人が大半だ。ただ、「余計なお世話。外国文化を押しつけるな」的なコメントが多く書き込まれ、著者の真意が伝わっていない印象を受けた。
 実際、日本では休まない人が多いようだが、本来、休む休まないは、各々の裁量で個人が自由に決めればよいことだろう。それでも休まない国民を政府が休ませようとしているのか、日本の祝日総数15日は、平均10日前後の欧州諸国よりも多く、世界第3位に数えられるようだ。

・もちろん、欧州諸国の法定年次有給休暇日数は少なくない。おそらく平均すると20日以上で、イタリアなど南欧諸国はもっと長い。一方、日本では最低10日だが、一般的なサラリーマンは勤続年数によって20日ほどの有給の権利をもっているはずなので、欧州とそれほど変わらない。確実に違うのは、消化率の差だ。この違いは何に起因するのだろう。

<絶対神としての「世間様」>
・まず、日本には八百万の神がいて一見すると多神教の国なのだが、最上位に君臨する絶対神はさまざまな局面で日本人の行動に影響を与える。その名は「世間様」、建て前レベルでは多神教信者だが、一定の場面で変幻自在に「世間様教」という一神教信者に改宗するのが日本人――といっても過言ではなかろう。
 このため、短い休みしかとらない同僚たちの前で、「世間様・他人様の目」を無視して、2週間休むのは容易ではない。

<遊びは新しい秩序をうみだす>
・多神教であれ、一神教であれ、全能の源である神の近くにいると、人間は守られている気になり、深い安堵を覚える。だから休暇をとらなくても、みんなストレスを感じていないのかもしれない。

・「遊び」は、理性(大脳新皮質)と本能(大脳辺緑系、古代脳)を秩序立てて統合する要素として重要な役割を演じる。
「遊んでいるときにこそ、人間は真の人間である」というシラーの言葉はおそらく脳科学的にも正しく、「真面目」(理性)一辺倒では、人間という生き物の真価を発揮できない。五感を大切にした戦前の日本人は、この点に気づいていた人が少なくなかったのではなかろうか。

・これだけ勤勉な人たちが支えている国、日本、人々が遊び心をもってもう少し長めの休暇をとれば、気力は充実し、独創性もアップし、技術力も生産性もさらに上がっていくのではないのだろうか。そこで日本経済復活の処方として、「有給完全消化の義務付け」を提案したい。企業もそう公言すれば優秀な人材が殺到するはずだ。

<黒白のさかい目>
・高度成長期の日本では、終身雇用・年功序列・滅私奉公の黙契社会の中で、勤め人は長時間労働と飲みニケーションを厭わず、しゃかりきになって働いた。もちろん、サービス残業もあっただろう。しかし、恒常的な人手不足のなかでは、残業手当を支払わなければ人手を確保できない。平均的に見れば、サービス残業は今よりも少なかったのではなかろうか。

<集団秩序維持装置>
・黙契文化は現代にも脈々と受け継がれている。たとえば、就活生は目立たぬよう、リクルートスーツを“無難な黒系”に統一するという。スーツの色程度でも「目立つと損をする文化」であれば、皆が残業しているときに「早く帰ります」といえば、飛んで火に入る夏の虫だろう。わたしも封建的な運動部にいたことがあるので多少はわかるのだが、そんな発言は、集団秩序維持装置を即座に作動させ、またたく間に発言者を“生贄のヤギ”にしてしまう。だから、誰もそんなことは口にしない。
 目立つことはご法度だ、忍耐と根性論を振り回し、絶対服従を強いる集団。和をもって、いや、長きをもって貴しとなす、ということで、集団で長時間同じ空間を共有し、独特な“和”を醸成する。
 裁量労働制にせよ、その拡大版にせよ、懸念されているのは、酷使、搾取、そして過労死であろうが、おそらくはその前に、ストレス耐性が弱い若者たちは同調圧力に屈して精神を病み、欧米型の抗鬱剤汚染が進んでいく気がしてならない。

<搾取の連鎖を断ち切ろう>
・一方、わたしの住むベルギーをはじめ、厳格な労働法をもつ欧州諸国では、日米と異なり、ILOの基本労働条約をすべて批准していることや労働当局による監査が頻繁なこともあり、企業が従業員に残業させることが構造的に難しい。このため、大企業の従業員の大半は、夕方になると、我先と家路につく。
 ただ、欧州においても、全企業数の99%は中小企業である。その多くを占める零細企業では、どこまで労働法が遵守されているかは、はなはだ疑わしい。
 特に、スぺインやギリシャといった労働法規制の強い国では、長期労働契約を結ぶことに企業は及び腰だ。その結果、25歳未満の求職中の若年労働者層の失業率が50%を超えている。大学を避難所にする若者が増えているが、学びも働きもしない「ニート」が20代の4分の1も占めると言われている。しかも、仕事にありつけた少数の幸運な人たちでさえ、極端に短い契約期間や低賃金など、厳しい条件のもとで働かざるをえない。

・労働法規制の厳格度と失業率の間にはある種の相関関係がある。現在、日本の若年労働者失業率は4%台の水準だ。諸外国と比べると、かなり健全な状態にある。日本の労務問題の真因が先述の黙契文化にあるとすると、その点を改善せずに労働法を改革していくと、その先で何が我々を待ち受けているのだろうか。欧州以上に未来に絶望し、抗鬱剤ジャンキーのような顔をした若年失業者がたむろする社会になってしまうのだろうか。

<新しい共同体で輝くためのヒント>
・人間がAI(人工知能)と共存する世界をイメージするため、久々に松本零士氏の約40年前の映画『銀河鉄道999』を観る。
 その映画はこんな場面から始まる。戦争があったのだろう。廃墟と化した大都市は機械人間に支配され、生身の人間は息を潜めてひっそりと暮らしている。そんな中、一見すると若く美しい女性が現れるのだが、実は機械人間で、年齢はおそらく200歳を超えている――天才表現者の描く未来予想図が、驚くべき臨場感をもって見る者に迫ってくる。
 映画を観た後、何冊か関連図書を斜め読みし、息抜きに日本の雑誌にも目を通す。
 ある女性キャスターの更迭記事が目に留まる。なぜか「55歳」と書いてあるが、年齢をそこに入れる必要性が見えない。そもそも、大人の女性の年齢を日本中に向けて発信するのは、書き手として粋なこととは言えそうにない。

<年齢という属性から見えるもの>
・日本の新聞や雑誌を見ていていつも不思議に思うのは、記事の内容や性別にかかわらず、ほとんどの記事において登場人物の年齢が書かれている点だ。個人情報管理のほうは年々厳しくなっているのに、この点だけは変わらないようだ。韓国なども日本と同様かもしれないが、少なくとも欧州においては、年齢に対する固執は見られない。
 この違いはどこから来るのだろう。そもそも、年齢を気にする人が欧州にはあまりいないのか。もちろん、年齢に触れる記事もある。だが、それは年齢を明記することで、読者にある種の驚きや同情・共感、その他の強い感情が生まれる可能性が高いときか、エイジング関連の話に限られている。日常生活でも相手の年齢を聞くことは滅多にない。
 年齢に興味があろうがなかろうが、正直なところどちらでもよいのだが、同年齢に100万人以上の人間がいるなか、日本の人たちは年齢という属性から一体何を確認しようとしているのだろう。

・ひょっとすると、多くの日本の人たちは、年齢という要素から、深層心理レベルで瞬時に何らかの脳内分析をしているのかもしれない。
 わたしのように人生後半を生きる中年の場合、もはや年齢などマイナス要素に過ぎず、何の興味も湧かないが、年齢情報を遮断すると心もとなくなる人が一定数いるのだろう。
 もちろん、欧米でも親しくなれば年齢を聞くことはあるが、それは親近感の表れに過ぎない。おそらく日本にも、親近感から相手の年齢を確認したい人もいるだろうが、対人関係における自分の立ち位置や、特定集団内での序列を確認する手段として年齢を確認する人も少なくないはずだ。

<個と向き合う新しい関係性を>
・だが、母集団自体が大きく変質しているのだ。人口減少問題を抱える日本では、好むと好まざるとにかかわらず、外国人移民の受け入れは不可避であり、内なる国際化は急速に進んでいく。
 一方で、AIが人間を超えるのはもはや確実視されており、遅かれ早かれ、多くの仕事は機械に代替されていく。その結果、年齢不詳の外国人のみならず、そもそも年齢を超越した人型スマートロボットも増えていくことだろう。
 年齢という枠組みに囚われない新たな参加者を含む新たな共同体のなかで、我々は新たな立ち位置の確認方法や、差別化の手段を編み出す必要に迫られている。

・もはや、年齢のような曖昧な属性から恣意的な判断をして、根拠のない安堵や不安を覚える必要はなくなる。個について真剣に考え続ける人が、より豊かな人生を送れる時代が間近に迫っている。

<「お疲れ様」は疲れてるの?>
・長いこと海外に住んでいると、日本で暮らしていたときには気づかなかった日本の横顔が見えてくる。時折、まるで航空写真のように地上からは決して見えなかった景観がリアリティをもって迫ってくる。母国の物理的喪失と引き換えに、和僑が手に入れる「観」なのだろうか。

・タテ社会の力学を肌で覚えさせるには理想的な環境かもしれないが、元気いっぱいの高校生男女の口から当たり前のように発せられるサラリーマン用語、「お疲れ様」にわたしは表現しがたい違和感を覚えた。

<「忙」と「忘」で「心を亡くす」>
・「あなた様」「先様」「上様」よりも上座にでーんと座っている“お疲れ様”は、ある種の神様といってもいいだろう。世間様という共同体のなかでは「忙しくて疲れている」ことは当然であり、且つ良いことなのだろう。
 とにかく、お互い苦労をねぎらって共感しあえる空気をつくってくれる、予定調和の守護神「お疲れ様」。
 
・ちなみに、わたしが長年暮らしているヨーロッパでも、江戸っ子同様、人々は多忙自慢をしない。
 それどころか、バカンスのために働いているような人たちが半数以上を占める“ゆるい社会”では「忙しすぎてバカンスをとれない」と口にするほうがはばかれる。
 ビジネスにおいても、「スモール・トーク」と呼ばれる本題に入る前の雑談では、休暇の話でよく盛り上がる。誰かがエキゾティックな場所に行くと皆が興味津々になり、その人は質問攻めにあう。
 善し悪しは別として、休暇の話題で盛り上げようとすると相手にマイナスの印象をあたえる可能性が高い日本のビジネス環境とは対照的だ。

<栄養ドリンクの陰にも潜む神>
・ところで、「日本的忙しさ」の象徴といえば、「ユンケル」をはじめとする栄養補助ドリンクや「ヘパリーゼ」「ウコンの力」などの二日酔い予防ドリンクが挙げられよう。欧米にもエナジー・ドリンクと呼ばれる、栄養補助飲料的なものはあるが、「多忙な社会人」をイメージさせるものではない。
 その筆頭格のレッドブルは、タイや日本をはじめとするアジア諸国でのスタミナ・ドリンク人気を知ったオーストリア人が欧米人相手にはじめた商売だ。

・エナジー・ドリンクに対する欧州の反応は各国さまざまで、一部で過剰カフェイン・糖分などの問題が指摘されているなか、青少年への健康被害リスクを理由に禁止・制限方向に向かっている国もあるようだ。サラリーマンやOLなどが主要購買層である日本とは大きく趣が異なる。

・この現象の背後に潜んでいるのも「お疲れ様」の存在である。ユンケルやヘパリーゼのボトルを見かけるたびに、共同体の秩序を守る世間様教の神、「お疲れ様」のご尊顔が見え隠れする。

・そう、「お疲れ様」には集団秩序維持装置・空気清浄機的機能もあるのだ。

<「帰国子女」は傷ついている>
・結局、留学や駐在でもしなければ、英語は上手くならないのではないだろうか?
――そんな壁を感じている人の目には、流暢な英語やその他の外国語を使って、物怖じせずに外国人と渡り合う帰国子女の人たちは、眩いばかりの光を放つ“格好イイ存在”に映るかもしれない。だが、本当にそうなのだろうか?

・初っ端から「ニッポン神話」のヴェールを剥がしてしまおう。実は、帰国子女と呼ばれる人たちは、意識・無意識にかかわらず、何らかの理由で、とても傷ついていることが多い。

<周りの都合に翻弄されてきた人たち>
・一度ならまだいい、だが、海外生活の後に日本へ戻り、せっかく友達ができた矢先にまた海外に行って、ゼロから新しい人間関係を構築せざるをえなくなる人たちも少なくない。
 それまで慣れ親しんだ母国の環境からまったく違う異国の世界にぶち込まれ、また新たな人間関係のしがらみの中に入っていくわけだ。
 人によっては、それを何度も繰り返す。異文化ストレス耐性や対人関係構築能力は人により異なるものの、たいてい大きなストレスと苦しみを抱えながら受容性を高めていくしか他に術がない。

<ライフ・ゴーズ・オン>
・当時の帰国子女は、たいてい特権階級出の人が多かったと思われるが、たとえそうであっても、今と違って簡単には日本に一時帰国などできないし、インターネットもないわけだから、我々の想像を絶する苦労があったはずだ。
 そんな彼が、一言こう呟いた。
「まぁ、いろいろありましたが、こうして元気で生きています」
 なるほど、「まぁ、いいか」か。ライフ・ゴーズ・オン(何があっても、人生は続いていく)。実に味わいのある答えと言えるのではないだろうか。

<見えないはずの柵が見えてしまう>
・日本の性風俗産業は諸刃の剣だ。上述のように凶悪な性犯罪への抑止効果もあるのだろうが、一方で、一般社会との境界線がないため、未成年が簡単にそういう世界に足を踏み入れることができてしまう。
 欧米の場合、性風俗産業のある地域に行くには「見えない柵」を超えていく必要がある。車で行かないとたどり着けないような郊外のさびれた場所にあったり、中心部であっても治安の悪いと言われる、足を踏み入れるには躊躇いを感じるような場所にある。
 つまり、心理的ハードルが存在し、未成年が足を踏み入れるのは容易ではない。
 一方、日本の場合、一般人が普通に買い物をしている渋谷の道玄坂など都心のど真ん中でも、ちょっと裏通りに入れば性風俗産業のオンパレードで、そこには「見えない柵」は存在しない。また、競争が激しいため、価格破壊が進み、おそらく性感染症の温床になっている低価格店も少なくないはずだ。

<普通の風貌のオタク>
・こういった点に加え、日本では「クールジャパン」などという不可思議な名のもと、アニメが日本の主要産業として世界に向けて発信され、「クール(恰好イイ)と諸外国で思われている」という報道もあるが、本当のところどうなのだろうか。
 人口比でみるとごくごく少数のマニアにしか知られていないのに、それで「諸外国で人気がでている」と結論づけるのはいかがなものかと思われる。

<怪獣の卵の孵化器>
・そこになぜ政府は対応策を出していないのだろうか。教育現場でも同じで、通学電車内の痴漢がそれほど多いなら、なぜ被害に遭った場合の対応について教員は具体的に指導しないのだろうか。
 欧米にも、ペドフィリア(幼児性愛異常者)はいる。おそらく総人口に対するそうした異常者の割合は日本と海外でそれほど変わらないはずだ。だが、日本の場合、そういった予備軍を刺激するものが街中にあふれていて、何かのきっかけで予備軍が犯罪者に転じる蓋然性は諸外国より高いのではないだろうか。
「怪獣の卵の孵化器」のような環境が日本にはある、と言ったら言い過ぎだろうか。この点、読者の皆さんはどうお考えだろうか。

<禁断の果実の味>
・「男らしさ」と「女らしさ」、いったいこの“らしさ”の正体は何か。欧米生活経験のある「ではの守」たちは、この問いの周辺に見え隠れする「男尊女卑」の概念を一様に「日本特有の現象」という。だが、それは本当なのだろうか。
 たしかに「女の子は女の子らしく」「女は愛嬌」といった表現がこの国には伝統的に存在する。「女は子供を産む機械」といった大臣もいたし、人気女優が妊娠して休むと「稼ぎ時を逃した」と関係者に批判されることが少なくない。

<エデンの園の謎>
・だが、『旧約聖書(創世記)』を紐解いてみると、キリスト教世界の価値観の根底に、男尊女卑的な側面が見えてくる。まず、神は男をつくり、男だけでは寂しいだろうと、男の肋骨から女をつくったという。禁断の果実を最初に口にしたのは女とされており、その後、男も女にそそのかされて、禁断の果実を食べてしまったそうな。そこには「女は男をたぶらかす存在」という偏見が見え隠れする。しかも、禁をおかした二人に神が課した罰は、男には就労、女には「産みの痛みと妻として夫の支配下に一生置かれる」である。男への罰が軽いな、と感じるのはわたしだけだろうか。

・そもそも米国という国は、「もっと厳格にキリスト教的価値観を追求しよう」という清教徒が英国から飛び出てつくった国である。その結果、米国は世界で最も敬虔なキリスト教信者が多い国となった。

<性におおらかな国だった日本>
・米国でも、保守的な州を中心に「性交渉は、子供をつくるための行為、快楽は求めるべからず」という人たちが少なくない。
 そもそも、こういう一神教的で厳格な価値観は、多神教の日本には馴染まない。民俗学者の文献を読むと、平安から江戸時代までは、地域にもよるが、性におおらかな国だったことがわかる。『万葉集』を読んでいても、当時の日本人の性的おおらかさがうかがい知れる。
 ところが戦後、日本的共同体が崩壊し、家族も核家族化し、上記の「欧米的なママ像」が間違った形で日本人に刷り込まれていった。それが今の「セックスレス家庭」や「ママさん飲み屋に通うサラリーマン現象」を引き起こしているといったら言い過ぎだろうか。

<食事を共にする意味>
・食といえば、食の都シンガポールで使われる表現の一つに「マカン・オールレディ?」がある。これはマレー語からの慣用語で、表面上の意味は「飯食ったかい?」だが、本当は「ハウ・アー・ユー?(お元気ですか?)」に相当する挨拶表現である。
 これに相当する表現はアジア言語に多い。中国語の「你吃飯了嗎(食事したか=元気か)」をはじめ、タイ語、ベトナム語など、ほとんどのアジア言語に存在するのだ。今でこそ使わないが、「飯食ったか?」という日本語も、一昔前までは、挨拶として交わされていたのではないだろうか。アジア人にとっての「食事」は、深層心理的に、健康をはじめ、人生がうまくいっていることのメタファーなのだろう。

<「二人で食事」の期待値の違い>
・そのせいか、アジアの人たちは、他人と食事をすることに対する心理的バリアーが比較的低いような気がする。日本では、ちょっとした知り合い程度の男女が二人で夕食をとることは充分にあり得るだろう。だが、英米人にとって、レストランで男女二人が食事を共にすることは、原則として、特別なことであり、とてもプライベートなことである。

・気軽に承諾すると、相手に心の中で「脈ありだ」「しめたぞ」と思われる可能性がある以上、余計なトラブルを避けるためにも、まずは集団で食事に行かれることをおススメする。
 同じ国の人間同士であっても、甘い期待が裏切られることは少なくないが、それが国境を超えると、状況は数倍複雑化する。
 誤解が日常茶飯事の異文化コミュニケーションにおいては、きめ細かな期待値マネジメントは不可欠である。

<離婚率?1の国>
・わたしが住むベルギーという国は小国だが、ある分野でランキング世界第1位に輝いたことが何度かある。それは、「離婚率」だ。平均で10組に7組も離婚するという。昔から日本では、「離婚大国アメリカ」と言われているが(実際に離婚率約6割と高水準だが)、それでも米国は10位前後である。
 ベルギーに限らず欧州の離婚率は軒並み高く、東欧を含め何ヵ国も10位以内にランクインする。一方、日本は極端に低いと思いこんでいたが、最近では20代、30代を中心に3組に1組は離婚しているそうだ。わたしが日本に住んでいた頃は、そんなに高くはなかったように思う。

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・おそらく、先ほどの違いは、そのことを忘れていない、あるいは気づかぬふりをしない人の割合かもしれない。「本能的」と言い換えてもいい。たぶん、冒頭の離婚率の高さも動物的本能が関係しているのだろう。
 いずれにせよ、日本では神話的に「ヨーロッパ人=洗練された、理性の人」というイメージがあるが、そうとも言えないのだ。実際には、善し悪しは別として、日本人よりも「本能的な」人が多いように見受けられる。

<動物ともスピード離婚?>
・たとえば、バカンス後に待ち受けている、犬をはじめとするペットの受難は、犬好きのわたしとしては耐えがたい現実だ。
 日本などではいっさい報道されないが、ベルギーをはじめ欧州諸国では、休みが終わると大量の犬や猫が捨てられ路頭に迷い、市当局に捕獲、駆除されるという悲しい現実がある。
「動物を飼うことの責任」など考えもせず、ただ本能のおもむくまま飼いはじめ、きままに飽きて、気ままに捨ててしまうのか。配偶者とのスピード離婚のみならず、ペットの遺棄も“本能的”な行為なのだろうか……。
 離婚率の話から犬の遺棄の話になってしまったが、実は日本人の強みを間接的に書いていたつもりだ。

<競争より協調なのか>
・イメージ的なものなのか、あるいは日本人の伝統的価値観にフィットするからなのか、日本では北欧礼賛調の神話をよく耳にする。だが欧州で長年暮らしているわたしは、そんな話は一度も聞いたことがない。確かに「福祉国家=幸福」という方程式は一見成立しそうだが、完璧な国が存在しない以上、何事も陰陽あわせた上で判断しないと本質を見誤ってしまう。何度もいうが、神話は真実ではないのだ。
 断っておくが、わたしは北欧嫌いではない。

<集団秩序を守る「ヤンテの法則」>
・日本ではあまり知られていないが、デンマークのみならずノルウェーやスウェーデンなど、北欧人の心性を説明する際に、しばしば「ヤンテの法則」が引用される。“ヤンテ”というのは、北欧の作家サンデモースが書いた小説にでてくるデンマークの田舎町のこと、その町の住人は、「汝を特別と思うなかれ」「汝は皆よりも優れていると思うなかれ」といった数々の規則に縛られており、それが集団秩序維持装置として機能している。

<合理性と感情論>
・この話をきっかけに、日本と比較してみて感じたのは、日本の「禁止社会」の特異性だ。国籍を問わず、何でも「禁止」から入ってしまうとミレニアル世代(日本だと20代前半から30代後半くらいの年齢の人々)を動かすのは難しい。一方で、禁止しなければならないことも世の中には多々ある。

<死を教えない医学部>
・日本の状況はどうなのか。先日、医者をしている先輩からこんな話を聞いた。「医学部では、今も昔も『死』について教えない。この国では死が必要以上にタブー視されているのかもしれない」という。もちろん、死は臨床経験のなかで自分で掴むものであり、人から学ぶものではない、という側面もあるだろう。また、一部の治療者にとっては、治すことが仕事で、死は敗北的なマイナスを意味するのかもしれない。とにかく、この国の医学教育の現場において、死について考えさせる講義がほとんど存在しないのは事実のようだ。

<「終末期鎮静」とは?>
・わたしの住むベルギーは、ほかのベネルクス諸国(オランダ・ルクセンブルグ)やスイスなどと並び、安楽死、医師による自殺幇助が合法化されている。
 とくにベルギーは、子供の安楽死さえ容認しており、2016年に未成年が安楽死したニュースは世界中のメディアで取り上げられた。
 また、スイスは「究極のメディカルツーリズムの目的地」として有名で、世界中から安楽死や医師による自殺幇助を求めてやってくる外国人を受け入れている。
 一方、ベネルクス三国では積極的な安楽死ではなく、苦痛緩和を目的とした医療行為「ターミナル・セデーション(終末期鎮静)」という形を取ることが多いようだ。結果的に死に至る点は同じであっても、最初から患者に死をもたらす薬を投与する安楽死と違い、「終末期鎮静」は、あくまで患者の苦痛緩和を目的としている点で趣が異なる。

・いずれにせよ、安楽死や尊厳死を取り巻く状況は、法律や倫理、宗教などが複数に絡み合っていて、一筋縄ではいかないものだが、こうした終末医療先進国の状況については、「ニッポン神話」になるどころか、日本では話題にものぼらず、ほとんど知られていないのではなかろうか。

<死を恐れて呆ける人々>
・それゆえ、ガンをはじめとする死に至る病の告知に、彼は反対だという。なぜなら、告知は「今日よりも明日は絶対に良くならない」「いずれ確実に死ぬ」ことを知らされることと同義であり、人はその瞬間に絶望する。つまり「生きる希望を失うからだ」。しかも、その結果「死への恐怖から呆けてしまう者も少なくない」という。悪く言えば現実逃避、良く言えば「自衛手段」なのだろうか……。

<完全なる神様のいる世界>
・ところが、西洋が主導してきた近代文明は、一言でいえば、「一神教的価値で彩られた二項対立の世界」である。一神教の世界における神様は「完全」なる存在だ。そうした「完全」という概念に縛られた価値観の中で、「創造主と人間」「生と死」「我と他」「善と悪」など、すべて真っ二つに分け、制した上で、解らしきものを導いてきたのが西洋主導の近代文明だ。

<異文化コミュニケーションと「空」の関係>
・だからわたしは日本人としての誇りは持ち続けながらも「空」を意識し、相手が呼びやすいように横文字の名前も併用している。善し悪しはわからない。だが、少なくとも「モリヤマさん」という彼らにとって奇異に響く呼称を強要しなかったお陰で、より多くの外国人と深いレベルで理解しあえたのではないかと思っている。

<盲亀(もうき)の浮木(ふぼく)、優曇華(うどんげ)の花>
・結局、世界70億人の中で、一瞬でも接点ができる人の数は限られていて、それは全て「ご縁」といっていい。義と勇というのは、そういうご縁を「きりがない」で終わらせるな、見て見ぬ振りをするな、ということ。肩に力をいれずに、できることをすればいい。ご縁の中でしか、自分は存在しえないのだから。

・そんな話を師匠の一人にしていたら「盲亀の浮木、優曇華の花」という言葉を教えてくれた。「盲亀」とは、百年に一度水面に姿を現す盲目の亀。仏法に出会える確率は、盲亀が浮木の穴に頭を突っ込むほど少ないという喩え。「優曇華」とは、三千年に一度花を咲かせる伝説の植物。そのときに如来が現れるという。
 外国の少年少女に、武士道のみならず、仏の道まで教わるとは、まさに盲亀の浮木の如し、いつの日か、日本の地で、優曇華の花を見てみたい。



『韓国、ウソの代償』
沈みゆく隣人と日本の選択 すべての俗論を斬る!
高橋洋一  扶桑社   2019/9/1



<国交を断絶せずヒト・モノ・カネで対応せよ>
・韓国に対しては断交などせず、ヒト・モノ・カネによる対応で交渉をしていくのが手っ取り早い。
 その中でも「韓国に投資したら危ない」という韓国のカントリーリスクを喧伝するのが早いし、それが日本の経済界の感覚にも合うしいちばん簡単だ。
 制裁処置の乱発は、やはり誤爆が最も怖い。何も関係ない人を巻き込んではいけないから、スムーズにはできない。
 対象国から資本を引き揚げるというのは、外交交渉ではよくあるパターンだ。
 韓国への投資は届け出制になっているはずだが、一般には金融機関が韓国の債権を持つ。その債権にはリスクウェイトというものがあり、危険な国ほど金融機関は引当金を積んで投資するという制度がある。
 リスクウェイトが高まれば、引当金をたくさん積まないといけない。だから当然、それが金融機関にとってコスト要因になる。
 要するに、金融庁が金融機関に対して韓国への投資の際は引当金をたくさん積めと指示するのが、制裁としては最も簡単なのだ。これは法律改正なしですぐにもできる。

・日本が韓国への投資リスクウェイトを高めたという話が各国に知れ渡れば、海外の金融機関も同じような目にあうまいとして、海外資本がどんどん韓国から出ていくだろう。韓国は外資が入らないと経済的に厳しい国だから、IMF通貨危機のときのようになる。1997年も、外資が韓国から引き揚げたから経済危機に陥ったのだ。
 ウォン安もその兆候として出てくる。今の韓国のウォン安は、文政権の負の側面がある。

・逆に米国から中国に対する輸出品は、あまり代用性がないから価格が上がっている。そこだけを見れば、米中貿易戦争は米国の勝ちだ。文政権は中国へシフトしたのが裏目に出てしまっている。
 日本と米国は輸入依存度が昔から例外的に低い。中国は今でこそ貿易依存度は低いが、昔は高かった。
 日本は貿易立国ではなく、国内経済が中心だから内需型だ。人口が多い国はそうなりやすい。
 しかし日本の教育では、なぜか貿易立国だから世界を重視しましょう。国際協調しましょう、他国と仲良くしましょうと教えられ、国連主義のパターンになる。こういうのは社会科の先生が好きだ。
 筆者は昔から先生の話を聞かなかったから、こういう論調にはだまされない。
 貿易依存度が高ければ、GDP構成比率も高い。韓国は約70%あるから、貿易収支がGDPに連動する。

<国際機関には一国を縛りつける権限はない>
・カネの話でいけば、日本国内の関税法で韓国に制裁を加えることも可能だ。WTOの許可などは必要ない。
 実は、国際機関には一国を縛りつける権限はない。

・国際機関なんてものは親睦会に近い。なぜみんなそこに期待するのかわからない。
 日本でも業界団体に入っていたほうが、いざというとき便利だと思っている人もいるようだが、一社で物申すよりはましというレベルにすぎない。

<米韓FTAで問われる自動車輸入>
・FTAには「投資家対国家間の紛争解決条項」(ISDS条項)というものがある。これは二国間・多国間における企業と政府との紛争解決の方法を定めた条項だ。米国が他国と結ぶFTAでは、この条項を使って米企業が相手国に巨額の賠償を求める事例が多発したともいわれている。しかし実際には、米国企業の勝率は約26%となっており、無敗というわけではないようだ。

<「為替条項」を拒否するのは韓国にやましいことがあるから?>
・米韓FTAを見直すにあたっては「為替条項」の導入が焦点となった。為替条項とは、各国が輸出競争力を高めるために、為替介入などで通貨安誘導を図るのを防ぐ取り決めのことだ。
 もともと、トランプ政権の狙いとしては、米韓FTA交渉で強制力のある為替条項を導入し、アジア諸国などとの通商交渉のひな型にする狙いがあったのかもしれない。
 結局、米国が目指す強制力のある「為替条項」を協定に盛り込むことは見送られたが、トランプ大統領は、この為替条項を強制力のない「付帯協定」として押し込んでいる。

<韓国経済は日本と中国の「サンドイッチ」>
・財閥に依存する韓国経済だが、以前から韓国経済は「サンドイッチ現象」だと言われてきた。「価格では中国に勝てず、技術では日本に勝てない」という意味で、サンドイッチになっているというわけだ。
 日本では小泉純一郎政権時代に不十分ながら金融緩和をした結果、円は他の通貨に対して相対的に円安になった。これが福田康夫政権以降、日銀のいいなりで金融引き締めに転じて円高傾向になった。それをさらに加速させたのが、民主党政権だ。
 そのため、韓国ウォンは日本円に対してウォン安になった。これによって韓国は、日本製品と比べて技術はいまいちでも価格競争力で優位に立ったのだ。

・韓国ウォン安は中国人民元に対しても同様だったため、中国製品に対しても価格競争力の差が以前ほどではなくなった。こうして韓国のサンドイッチ現象は、日本の金融引き締めという無策のために、逆に韓国経済の後押しになったのだ。
 そこにアベノミクスが登場した。韓国もアベノミクスの本質が金融緩和にあり、それがもたらす円安効果を見抜いていたと思われる。
 そのためか、筆者のところに韓国の在日大使館、在日マスコミなどから多くの取材がきた。その際、アベノミクスになれば韓国経済はそれまでの優位性を失うという趣旨の話をしてきた。

・韓国経済と日本経済はかなり似た産業構造で、ともに原材料に技術などで付加価値を高めている。そのため、日本の経済政策の巧拙が韓国経済にもろに反映しがちだ。日本がうまくいけば、韓国は劣勢になるという意味で、アベノミクスがまともに機能する限り韓国経済はかなり苦しいはずだ。

・経済がうまくいかないと悪循環が生じるが、韓国経済にとってはむしろ韓国企業の「ゾンビ企業化」が気がかりだ。破綻した韓進海運がその典型で、韓国企業は多くの負債を抱え、利益が出ても借金の利息が払えない企業が続出した。
 日本でもバブル崩壊などで経済が落ち込むと、すぐに不良債権が問題になったのと似ている。
 韓国経済の足かせは、日本のアベノミクスだけではない。中国経済が低成長期に入り、もはや立ちゆかなくなっているのだ。中国経済の低迷は、サンドイッチのもう片方である価格の安さをさらに引き下げる。これが韓国経済の足かせになっている。
 韓国の対中輸出依存は大きいから、中国経済が低迷すれば韓国の対中輸出は大きく減らさざるを得ない。これは輸出依存度が高い韓国経済にとって大打撃だ。
 いずれにせよ韓国経済の状況は、日本のアベノミクス、中国経済の低迷というマクロ経済から比較的単純に説明できる。マクロ経済に疎い人でも、韓国経済の中核をなしている財閥企業の活動を見ていれば、その内情はそれなりに見えるだろう。
 ちなみに韓国経済の日本への影響はなくはないが、日本はそもそも対外依存度が低い国なので影響は限定的だ。むしろ影響を受けないためにも、しっかりと自国のマクロ経済政策を行う必要があるということに尽きる。

<財閥には関係会社の保険的な役割がある>
・財閥の経済効果を考えてみれば、関係企業にとって保険になるというメリットもある。なぜなら、同じグループ内でサービスや製品をさばけるからだ。日本でいえば、三菱グループなどはある程度グループ内でさばけるから経営としては比較的楽だろう。
 ただ、韓国の財閥はグループ内でさばくというより、みんな海外に出ていってしまう。

・財閥企業は海外進出を強化しており、中小企業も生産拠点をベトナムなどに移し始めているようだ。そうなれば国内の雇用機会が減っていく。
 人口があまり多くない国では、マクロ経済が大きくならないから企業が海外に出ていくのはよくあるパターンだ。ヨーロッパ諸国を見れば、どこも貿易依存度がすごく高い。地続きという地政学的な理由もあるが、人口が少ないと国内経済を大きくできないからだ。

<消費増税すればかなりの確度で景気後退する>
・韓国にも、日本と同じように、付加価値税(消費税)があり、仮にこれを引き上げるとさらにその国の経済を減速させる。筆者は基本的に消費増税には反対の立場だ。

・消費増税を行えば、景気後退はかなりの確度で起こるだろう。消費税収は伸びても、所得税収や法人税収は減少し、税収全体としては伸びない可能性がある。逆にいえば、今の好調な税収を維持したほうが得策だし、その意味で消費増税は不要なのだ。

<雇用政策の失敗は日本の民主党政権と韓国で酷似>
・韓国は中国に片寄せしすぎたから、中国の影響をもろに受けてしまっている。
 実は韓国の経済成長率がマイナスになったことは、過去にあまり例がない。アジア通貨危機とリーマン・ショックくらいで、落ちてもすぐに上がっている。リーマン・ショック以降はプラス傾向で、移動平均をとるとほとんどマイナスはないが、文大統領になってからマイナス傾向が出てしまっている。だから、経済政策があまりうまくいっていないのがわかる。中国が悪いから、それに引きずられているのだろう。
 
・そういう意味では、韓国は雇用政策でも失敗している。これは日本の民主党政権当時と驚くほど似ている。民主党は単純に無知だったというレベルだが、傍目で見ていたはずの韓国はその轍を見事に踏んでしまっている。
 
・それによれば、文政権では最低賃金引き上げと労働時間短縮を実施したが、結果として失業率が上がってしまったという。
 この話を聞いて、筆者は「金融緩和で雇用を創出する前に賃金を上げてしまうと、結果として雇用が失われる典型的な失敗政策だな」と思いながら、同時に民主党政権当時の政策を思い出してみた。

・その後、韓国で左派の文政権が誕生し、民主党政権と同じような失敗をしたのはきわめて興味深い。
 左派政党の建前は「労働者のための党」というもので「雇用重視」をスローガンにする。しかし、雇用を創出する根本原理がわかっていないから、目に見えやすい賃金に話が向きがちだ。
 最低賃金の上げ方は簡単で、失業率からわかる。それをとんでもない数字にすれば、逆に失業率は上がる一方だ。
 これは何度も説明しているし、韓国なら理解してくれるだろうと思ったが、ふたを開けると同じ間違いを犯している。左派の文大統領は、権利意識が先にきてしまい労働者のためにという理想が先走っている。
 雇用政策というものは、経営者も含めて無難なところに落ち着かせるのが最も労働者のためになるのだが、それが全くわかっていない。

<安倍政権の最低賃金「3%」引き上げは非常に経済合理的>
・韓国の失業率の上昇に見られるように、最低賃金を上げさえすれば国内経済が回るというのは全くの間違いだ。
 むしろ賃金は景気の最後にくる。そういうと「労働者は後回しか」という批判が起こるのはわかっているが、その通りとしか言いようがない。労働者は後回しにしなければならないのだ。少なくとも最低賃金においては労働者を優先しては絶対にダメ。左派の人間にはそういう当たり前のことがわかっていないらしい。
 景気が良くなるから賃金を上げる、というのが当たり前の流れだ。人権派の人たちは、どうしても労働者が先だと言いたいのだろう。それで失敗するのは、世界でもよく見られるパターンだ。

<メカニズムがわかっていないのが左派の特徴>
・韓国では、文政権が最低賃金を引き上げすぎて雇用の創出に失敗した。最低賃金を野放図に上げる失敗は、マクロ経済学がわからないまま政治的な成果を求める左派政権によくある話だ。
 韓国の最低賃金の上げ方はわからないが、日本の場合は「5.5」から前の年の失業率を引いた範囲が最低賃金の上げ幅となる。それより低い数字なら大丈夫ということだ。仮に日本で失業率が5%とすれば最低賃金は0.5%しか上げられない。現在は失業率が2.5%だから3%までは大丈夫という計算になる。

<同盟関係を強化すれば戦争の確率は低くなる>
・筆者はこれまで何度も指摘しているが、過去の戦争のデータから実証分析すると、同盟関係の強化は戦争の確率をむしろ減少させている。特に世界最強である米国との同盟関係は、日本への攻撃を思いとどまらせる抑止力としての効果のほうがはるかに大きい。

<「理想主義的なお花畑論」と「リアルな外交論」>
・こうした「理想主義的なお花畑論」は「リアルな外交論」との対立軸に帰着する。お花畑論の人は「べき論」ばかりで、推薦もゴルフも不要で、ひたすら理想論ばかりを言っていれば事はうまく運ぶと考えている節がある。
 しかし、外交は生身の人間が行うことだ。リアルな外交論からいえば、使えるものは何でも使えが鉄則である。
 これは一般のビジネス社会に置き換えることもできる。多くの人は、昼間の会社にいる時間帯だけではなく、夜間や休日の接待すらも「仕事」の一環となることもあるはずだ。

<現実的にイージス・アシュアは必要>
・地政学的リスクなどを考えて、国の安全を守るという立場からすると、ミサイル防衛の撤回はありえない。島国の場合、簡単に占領されることも考えられるため、やはり陸地に造らなくてはダメだ。そうすると候補地も少なく、演習場内などに造らざるを得ない。ここはよくよく説明して、地元の方々に理解してもらうことになるのではないだろうか。

<就業者は民主党政権で30万人減り、安倍政権で300万人増えた>
・金融緩和は一見すると、企業側が有利になるため、短絡的に労働者のためにならないと勘違いする人も多い。金利の引き下げは、モノへの設備投資を増やすとともにヒトへの投資である雇用を増やすことになるのを理解していないからだ。

・金利の引き下げは雇用を増やすというメカニズムがわかっていないと「金融引き締めで金利を上げることが経済成長にいい」などと言いがちだ。

<「東アジア共同体」というむなしい幻想>
・鳩山由紀夫元首相は「東アジア共同体」というものを掲げていた。これは、東アジアにおいて構想されている地域共同体で、一般には東アジア地域の経済圏構築により、米国やEUに匹敵する勢力を成立させようとする概念だ。

・だが、外交はリアリスティックに考えなければならない。いくら理想を掲げても、国力や軍事力が全く違う。これは悔しいが、日本は自主独立ですべての国と等距離の外交をやるのは不可能だ。だから強いものとくっつくのが楽なのだ。
 でも左派は「それはダメだ、こうあるべきだ」という。しかし、全ての国が1位になれるわけがない。

・すべての国は野蛮国家だというのが、国際政治の前提だ。左派のように、かくあるべしを求めても意味がない。その中でどう生きていくかを考えるしかない。

・米国と二大巨頭になるという前提なら、東アジア共同体という話に行き着く。だが、それを米国が許すはずがない。米国がナンバー2を叩くというのは、もはや国際政治の常識だ。だから中国も許してもらえない。米国は必ずトップでなければならないのだ。
 日本は平成の最初に叩かれて、内政も失敗したことで失われた30年に突入してしまった。1980年代はバブルがすごくて、日本は世界最強国になると思っていた。地価が高くなって、日本の土地を担保に米国全土を買えるとまで言われていた時代だ。

・日中韓で仲良くしようというのは、実は日本が覇権を取るという前提に立っている。保守系は対米追随ではなく自主独立を主張するが、左派はみんな一緒にやりましょうという社会主義的思想だからどうにもならない。

<韓国には何があろうとも謝ってはいけない>
・ただ、これは韓国に限らず、一般的に海外ではそうだ。お互いの主張だけにして裁判にまでもっていく。謝罪しようものなら、そのときの条件をベースにもっとよこせと言ってくる。日本は左派政権になると謝ってしまうから、どうしようもない。

<日本からのお墨付きを失い、北朝鮮と心中する韓国>
・日本が韓国をホワイト国から除外したことで、韓国経済は窮地に追い込まれている。アジアで日本からホワイト国と認定されていた国は韓国だけだったため、多くの国から外資系企業を誘致することができていた。
 しかし、今後は韓国へ投資していた企業が引き揚げる可能性もあり、アジア内での優位性を失墜しかねない。なぜなら、韓国はEUから優遇措置を受けておらず(日本は受けている)、今回日本からも外されてしまったからだ。

・韓国は外需だけではなく外資依存度も高いため、大きな経済危機が生じると、外資が引き上げて国内経済が大打撃を受けてしまう。1997年のアジア通貨危機のときのように、韓国通貨ウォンが大幅下落して対外債務負担が著しく大きくなってしまう危険性もあるのだ。
 さらに、韓国では失業率も高まっているが、まともなマクロ経済政策を打ち出しにくいという実情もある。
 変動相場制を採用している先進国の場合、対外的な経済危機の際には、金融緩和によって為替安状態を作り、同時に積極財政によって国内での有効需要を創出する。

・だが一方で、韓国経済でこのオーソドックスな金融緩和と積極財政を行うと、為替安を誘発し、外需に依存する韓国経済にはかえってマイナスになる可能性もある。

<ボイコットジャパンは日本ではなく韓国にダメージ>
・韓国のSNSでは「ボイコットジャパン」というワードがトレンドになっており、ある調査によれば、この運動に半数近くの韓国人が賛同しているという。

・今回の件以外にもこれまで韓国人は、竹島問題などで日本製品をボイコットしてきたが、結局どれも長続きはせず、効果はあまり見られなかったといわれている。

・そのため、不買運動による日本経済への影響は限定的と見ることができる。
 また、訪日旅行を控えるというボイコットも出てきている。韓国から日本への訪問者は九州や関西など西日本地域が中心なため、場所によっては多少の影響はあるかもしれない。

<文政権が代わるまで待つしかない>
・安倍首相は日韓首脳会談をこれからもしないのではないかと思う。文大統領もしたくないだろうが、そうなると誰も韓国を相手にしないから、文大統領はさらに孤立するだろう。
 国交断絶すれば、韓国内で暮らす5万人ともいわれる日本人が全て引き揚げないといけない。政治的な断交としては首脳会談をやらなければ済むが、経済的な断交まではできない。だから本当の意味での国交断絶はない。

・外資は株価を見ながら投資している。文政権が左派政権で経済のことを全く考えていないから、経済が悪くなり株価が下がる。だから外資が行かなくなるという流れは出てくる。
 そんな文政権も、数年もすればいずれなくなって代わりの人が出てくる。大統領が代われば、投資の志向も変わるだろう。

<「非韓三原則」>
・韓国、文政権は一体どこに向かおうとしているのか、筆者には甚だ理解できない。
 朝鮮半島の歴史や政治を研究してきた筑波大学大学院教授の吉田博司が、韓国に対しては「助けない、教えない、関わらない」という「非韓三原則」を提唱したが、全くその通りだ。今の韓国は、国交断絶までせずにヒト・モノ・カネで対応しながら、とりあえず放置しておくしかない。



『韓国 行き過ぎた資本主義』
「無限競争社会」の苦悩
金 敬哲       講談社    2019/11/13



<韓国映画「パラサイト 半地下の家族」>
・時に、主人公とその家族が暮らす「半地下」は、現在の韓国社会において、貧困家庭が息をひそめて暮らす典型的な住居であり、と同時に、貧困層を示す象徴的な言葉にもなっている。
「半地下」とは、地上と地下の間に位置する居住空間だ。韓国の宅地法によると、床から地表面までの高さが、部屋の高さの半分以上なら地下、半分未満であれば半地下と区分される。

・IMFの統計によれば、2018年の韓国のGDPは、世界で12位である。米国、中国に次いで3位の日本の、ちょうど3分の1の規模まできた。
 だが、韓国人の平均的な暮らしぶりは、世界12位にしては、それほどレベルの高いものではない。国連の関連団体が、毎年3月20日の「国際幸福デー」に合わせて発表している「世界幸福度ランキング」で、2019年に韓国は、世界156ヵ国中、54位だった。ちなみに2018年は57位である。
 
・「約20年前に韓国を襲ったIMF危機以降、韓国社会における最大のイシューは、二極化による「格差社会」である。二極化の傾向は、実はそれ以前から始まっていたが、経済危機以降、中産層の崩壊と貧富の差の拡大が急ピッチで進み、一気に深刻化した。
 現在の韓国社会は、単に不平等なことが問題なのではなく、富と貧困が世代を超えて継承される点が際立った特徴となっている。すなわち、世代間の階層の移動性が低下し、機会の不平等が深まり、いくら努力しても階層の上昇が難しい社会、すなわち「障壁社会」へと移行したのだ。

・また、同報告書によれば、韓国人の80.8%が、「人生で成功するには、裕福な家に生まれることが重要だ」と考えており、さらに「韓国で高い地位に上がっていくためには、腐敗するしかない」(66.2%)と答えている。これは、韓国社会の葛藤が、すでに臨界点に達していることを示している。

・この65年で約470倍もの成長を遂げた韓国経済は、西欧が数百年かかった経済発展の過程を、わずか数十年に圧縮して経験した。だがこの異常な「圧縮成長」は、大きな副作用ももたらした。

・韓国式「圧縮成長」の本質は、効率にあった。限られた資金と資源を、効率最優先で配分した。具体的には、政府と共に歩む財閥への配分を極度に手厚くし、財閥が市場を独占する「韓国型システム」を作り上げた。その結果、経済成長の「骨格」はできたが、日本の中小企業や地方企業のような「細胞」は育たなかった。それゆえ、経済の「血液循環」がうまくいかず、富が一部に集中する問題を抱えてしまった。
 同時に、「成長第一主義」という考え方は、「成功するのが一番、そのためには手段や方法は選ばない」という風潮を広め、韓国人を歪んだ競争主義に追い込んだ。

・このように金大中政権は、韓国初の進歩派(左派)政権であるにもかかわらず、IMFからの要求よりもさらに強力な新自由主義的経済改革を推進した。金大中大統領は米国から、「IMFソウル支店長」の異名を頂戴したほどだ。
 金大中政権の「劇薬療法」によって、3年8ヵ月後の2001年8月23日、韓国はIMFから借り入れた資金を早期に返済し、経済主権を取り戻した。しかし皮肉なことに、この過程で韓国社会の両極化と所得の不平等は、さらに深刻化したのである。特に、「苦痛の分担」という名のもとに施行された整理解雇制と労働者派遣法などの労働市場の柔軟化政策は、中産層の崩壊を招いた。

・大規模なリストラで失業者は400万人を超え、サムスンや現代、LGのような屈指の財閥企業ですら、「新卒で入社すれば定年まで安泰」という終身雇用の不文律が破られた。また、派遣やパートタイマーなど非正規労働者の採用が法律で許可され、「88世代」(ソウル五輪が行われた88年と月収88万 ウォン=約8万円を掛けている)という自虐的な言葉が流行語になった。
 現在、韓国の就業者の20%以上、大手企業の労働者の約4割が非正規職であり、深刻な労働問題となっている。金大中政権の急激な新自由主義的経済改革により、韓国はIMF危機という「急病」は治療できたが、「重い後遺症と慢性疾患」を抱えることになった。それが、社会の二極化と、社会階層の定着化である。

・思えば、韓国の最近の流行語には、過去にも増して自虐的な言葉が多い。「ヘル朝鮮」「スプーン階級論」「N放世代」……。これらの意味が分かれば、相当な韓国通と言える。
「ヘル朝鮮」とは、「地獄(HELL)のような韓国社会」という意味である。なぜ「韓国」と言わずに「朝鮮」と言うかといえば、「朝鮮時代(14〜20世紀初め)のような前近代的な国」という皮肉を込めているからだ。
「スプーン階級論」の「スプーン」は、生まれた家の経済力を喩えている。「金のスプーン」をくわえて生まれたら、一生裕福。そうでなければ一生貧乏という意味だ。
「N放世代」は、2011年に誕生した「三放世代」という造語がもとになっている。これは貧しさゆえ、恋愛・結婚・出産という人生で重要な3つのことを放棄せざるを得ない世代という意味だ。ところが最近は、「放棄せざるを得ないもの」が3つでは済まなくなったため、不定数の「N」(ナンバー)にして、「N放世代」と呼ぶのである。

・日本は現在、バブル期並みの高い就職率を記録している。だが韓国は逆に、あの悪夢の「IMF危機」時代を下回る史上最低の就職率に喘いでいる。そのため多くの若者が、非正規職やアルバイトで生き延びるしかない状況だ。いわゆるワーキングプアの問題が、日増しに深刻化しているのである。
 たとえば正規雇用者であっても、会社がさらに不景気になれば、いつリストラの対象にされるかもしれない。そのため、リストラの心配がない公務員になることが、韓国の子供たちの最大の夢となっている。

・一方、中年男性は、「構造調整」という言葉に怯えながら生きている。いわゆるリストラだ。子供の異常な額の教育費を捻出しなければならないので、職場では何が起ころうと、必死に耐え忍んでいる。さらに、成人しても経済的に自立できない子供たちと、年老いた自分の親の両方を扶養しなければならないという「ダブルケア問題」も、重くのしかかる。

・韓国の高齢者の貧困率は45.7%に上り、OECD加盟国の中で最も高い。「漢江の奇跡」と呼ばれた成長第一主義の陰で、福祉政策は後回しにされてきた。社会保障制度の整備も遅れ、多くの高齢者たちは退職した後も、日雇い労働をして生活している。韓国で公的年金制度が施行されたのは1988年、会社員だけでなく個人事業者を含めた国民全員が公的年金に加入することになったのは、ようやく1999年になってからのことだ。
 一握りの勝ち組とその他に分断された、超格差社会の韓国。

<過酷な受験競争と大峙洞キッズ>
<大峙洞キッズとマネージャーママ>
<韓国の上流階級が集まる街「江南」>
・名門高等学校や中学校が集まる江南は、韓国で最も教育熱の高い地域であり教育特区とも呼ばれる。中でも大峙洞は3.53平方キロの狭い範囲に、実に1000余りの学習塾や予備校がひしめき、「韓国の私教育1番地」と呼ばれている。

<厳しさを増す若者就職事情>
<最悪の就職率と卒業猶予生>
<ビットコイン・ゾンビが続出する韓国の若者事情>
・「仮想通貨元年」と言われた2017年、韓国の仮想通貨ブームは世界のどこよりも熱かった。

・史上最悪の失業率や所得格差の拡大によって経済的弱者に追い込まれた韓国の若者たちは、仮想通貨で人生逆転を夢見ている。専門家たちは、韓国の青年層が仮想通貨に入れ込む背景として、?所得・貧富の格差など社会格差の拡大、?機会の不平等、?相対的剥奪感などを挙げ、若者たちの間に様々な社会的問題を解決するより現実から逃げようとする態度が広がっていると指摘する。つまり、正常な方法でお金を稼ぐよりも、一攫千金を夢見る土壌が出来上がっているということだ。
 就職をあきらめて、お金と時間を仮想通貨につぎ込む若者たちを、韓国では「ビットコイン・ゾンビ」と呼び、大きな問題になっている。

<最悪の就職率が生み出す卒業猶予生>
・浪人と休学によって、同期より2歳年上のチェさんだが、就職できるという保証がない限り卒業するつもりはないという。既卒者は新卒より就職市場で不利だという先輩のアドバイスがあったからだ。
「会社側は履歴書に空白がある人を嫌うみたいです。大学を卒業してから何もせずひたすら就職準備をしていたら、活動的でない、実力が足りない、怠けているなどの否定的イメージを持たれてしまいます。だから、最近は卒業を猶予する人がとても多くなっています。うちの大学は、授業料の10%程度を払えば、卒業を1学期先送りすることができるんです」
 卒業に必要な単位をすべて修得していながら、卒業論文を出さないなどの方法で卒業を先送りして、就活に邁進する学生たちを「就職準備生」と呼ぶ。就職市場が悪化し、就職準備生は日増しに増加している。
 2017年11月、「アルバモン」という韓国の有名就職サイトが卒業予定者らを対象に調べたところ、「就職のために卒業を猶予する」と答えた学生はおよそ55%にものぼった。特に、就職に不利とされる人文系では70.9%が卒業を先送りすると答えた。

<インターンシップも地獄の競争率>
・韓国の企業は、インターンシップを採用活動に積極的に使っている。正規採用とは別にインターンを募集して、インターン期間中の業務評価を見て、正社員に転換させるケースも多い。また、インターン後に正社員として採用されなくても、2ヵ月から長ければ6ヵ月の間、企業文化や実務を経験することができるインターンシップは、学生たちの就職活動に重要なスペックとなっている。そのため、インターンになるには就職に負けないくらい狭き門をくぐらなければならないと、チェさんは説明する。

・正社員への転換率が高く、経歴にも大いに役立つ大手企業や公共企業のインターンは「金ターン」と呼ばれる。金のように貴重なインターンという意味だ。「貴族インターン」とも言われる。
 一方で、中小企業のインターンなどでは、人手不足を補うため単純作業ばかりさせられるケースが多く、わずかな月給で、残業はもちろん、週末まで勤務しなければならない場合も少なくない。

・キムさんが経験したようなインターンを指す言葉として、「土ターン」、あるいは「ティッシュインターン」という流行語がある。「土ターン」は、韓国の若者の間で最下層を示す「土のスプーン」と「インターン」の合成語だ。「ティッシュインターン」は、ティッシュのように一度使って簡単に捨てられるインターンという意味だ。仕事を経験したい若者たちの「情熱」を利用して、低賃金や無給料で働かせることから、「情熱ペイ」という流行語も誕生した。

・インターンの「情熱ペイ」問題は民間企業に限らない。2015年の国会の調査によると、韓国政府が海外公館に派遣した実習インターン生の87%が無給で働いていたという。
 超競争社会の韓国では、正社員だけでなくインターンにも、激しい競争と序列が存在するのだ。

<IKEA世代の就職8大スペックとは?>
・「スペック(SPEC)」とは、ここでは就職に必要なスキルや資格を指す。受験生にとっては入試に影響する評価項目を意味し、結婚市場では相手の条件を示す言葉として使われる。「スペックが高い人=優秀な人間」というわけだ。製品仕様を指すスペックという言葉が、いつの間にか人間の水準を表すようになった。
 韓国の大学街では、就職に必要な「8大スペック」と呼ばれるものがある。出身大学、大学の成績、海外語学研修、TOEICの成績、大手企業が大学生を対象に開催する公募展、資格、インターン、ボランティア活動である。
チェさんも、大学時代、この8つのスペックを積み上げることに力を注いだ。まず、大学の成績を上げるために6科目(単位)を再受験した。

・チェさんのように、たくさんのスペックを保有していながら、安定した職に就けない若者たちのことを「IKEA世代」と呼ぶ。教育水準とスペックは優れているが、就職難で未来設計ができない20代を、スウェーデンの家具ブランドIKEAに喩えた流行語だ。IKEAは優れたデザインで価格も比較的安くコスパも良いとされており、新婚夫婦や新社会人が短期間使う目的で購入することが多い。同様にIKEA世代は、各種資格と語学研修など以前の世代に比べてはるかに高い能力と条件を備えているが、非正規社員やインターン、契約社員など低い賃金で短期間雇用されることが多い。リーマン・ショックを経て、2013年から本格的に低成長時代に突入した韓国では、良い大学を卒業して高いスペックを持ち、海外留学まで行ったとしても、決して安定した職に就けるとは限らないのだ。

<エスカレートするスペック作り>
・結局、毎年悪化する就職事情が、就職準備生を対象とする教育市場の膨張をもたらしている。英語とともに外国語のスペックとして人気沸騰中の中国語教育市場は6000億 ウォン規模へ急拡大しており、英語も従来からあるTOEICやTOEFELのほかに新しく数種類の資格試験が登場し、いずれも大きく成長している。

<N放世代とスプーン階級論>
<公試生全盛時代>
<韓国の就職準備生にとって、9級公務員はまさに夢の職場だ>
・パクさんのように公務員試験を目標とする就職準備生を公試生、または公試族と呼ぶ。統計庁の調査によると、韓国の就職準備生の40%が公試生という。韓国の公民試験は、9級、7級、5級に分かれるが、ほとんどの就職準備生が狙うのは9級公務員試験だ。
 1級から9級まで分かれている韓国の公務員体系の中で、9級公務員は最も下のランクにあたる。しかし、一応9級に合格すれば、試験なしで4級、あるいは3級まで上がることができ、定年を迎える60歳まで雇用が保障される。

・しかし、公務員の増員は、青年の失業問題の特効薬にはならなかった。むしろ文在寅政権が公務員の増員に本格的に乗り出した2017年下半期から、青年(15〜29歳)の失業率は毎月最悪の数字を示している。2017年10月に8.6%だったのが、12月には9.2%、2018年2月には9.8%、4月には11.6%まで跳ね上がった。多くの青年が就活を放棄し、何年も公務員試験にしがみつくようになったからだ。
 人口5000万の韓国で、現在、公務員は102万人、文在寅の公約が実行されれば、任期が終わる2022年には120万人に上ることになる。人口の減少や高齢化が急速に進み、生産人口が減少する中、税金が充てられる公務員ばかりが増えている。しかも、膨大な政府予算が投入されても、就職環境は悪化するばかりなのだ。

<公試生の聖地、鷺梁津>
・以後、90年代に入って大峙洞を中心とした江南地域に子供たちの入試塾が集まる中、鷺梁津は公務員試験や各種国家資格試験を準備する成人向けの塾街として君臨してきた。特に地方から上京した学生たちは塾が密集している鷺梁津に住むようになり、鷺梁津は学習塾街を中心とした「考試の町」として栄えている。

・パクさんは、塾の授業時間を除いたほとんどの時間を「読書室」で過ごしている。平日はもちろん、週末も、朝の7時に読書室に「出勤」し、夜12時に「退勤」するパターンを繰り返す。歩いて3分の距離にある読書室は、大手学習塾が経営するフランチャイズ読書室で、利用者たちのスケジュールを厳格に管理してくれるために、「管理型読書室」と呼ばれる。

<公試生の70%が自殺症候群>
・OECD加盟国のうち、青年の自殺率が最も高い韓国社会。厳しい就職市場による絶望感が、その背景に潜んでいることは間違いない。

<賃金の両極化>
・文在寅政権は中小企業と大企業の賃金格差が、若者に中小企業への就職を躊躇わせる要因と判断、中小企業に就職した若者には最初の3年間、3000万 ウォンの政府補助金を支給する政策を実施している。毎年1000万 ウォンずつ支援して、大企業との賃金格差を解消しようという狙いだ。しかし、この政策に対する若者の反応は予想以上に冷ややかだ。前出の大企業を目指して就活2年目のチェ・シンさんは、政府は問題の本質を見誤っていると話す。
「3年が過ぎたら、また賃金格差が生じるのですから、支援金目当てで中小企業に入ろうとする人はいないはずです。むしろ、3年という時間を無駄にすることになると思うんです。大企業から中小企業に転職する人はいても、中小企業から大企業に転職できる人はほとんどいません。韓国社会はどの職場に就くかによって、その人の序列が決まるんです。大企業に入らなければ、一生、庶民のまま生きなければなりません」

<N放世代と人口の崖>
・韓国の青年世代を指す流行語に、「N放世代」という自嘲的な言葉がある。「すべて」を表す不定数の「N」に、「あきらめる」という韓国語の頭文字である「放」を合成した「N放世代」は、厳しい経済状況のため、すべてをあきらめて生きる世代という意味だ。
 恋愛、結婚、出産をあきらめる「三放世代」という造語が誕生したのが2011年で、その後、青年失業率の増加と非正規労働者の増加がマスコミで大々的に報じられるようになった2015年頃から流行語として盛んに使われるようになった。

・2006年、著名な人口専門家であるオックスフォード大学のデイビット・コールマン氏は、少子・高齢化によって地球上から消える危険国家の第1号として韓国を指名した。また韓国国会立法調査処は2014年、韓国の人口は2100年には2000万人に減少し、2750年には地球上から消滅すると予測した。

<ヘル朝鮮とスプーン階級論>
・人生で最も大事なことを次々とあきらめなければならない祖国を、韓国の若者たちは「ヘル朝鮮」と呼ぶ。地獄(HHELL)のように生き辛い国という意味だ。韓国ではなく、あえて朝鮮と言う言葉を使用することにより、14世紀から20世紀初めまで朝鮮半島を支配した李氏王朝のような、階級や差別が存在する前近代的で非合理的な国という意味も含んでいる。
 ヘル朝鮮を叫ぶ韓国の若者たちが作った新しい理論に「スプーン階級論」がある。「スプーン階級論」によれば、韓国は表向き身分の差別がなく階層間の移動が自由な社会だが、実際には生まれた環境によって階級が決まる前近代的な社会だという。

<職場でも家庭でも崖っぷちの中年世代>
<襲いかかるリストラの恐怖>
<犬になった中年男>
・中小企業で次長を務めるファン・ソンミンさん(47歳)は、自分を典型的な中年とは思っていなかった。しかし、ある日、女性社員たちが、こっそり自分のことを「ゲジョン」と呼んでいるのを聞いて愕然としてしまった。
「ゲジョン」とは、犬(ゲ)とおじさん(アジョン)の合成語で、「品の悪い中年男性」に対して、若い世代が軽蔑を込めて使う流行語だ。

<中年男性に対する青年世代の反撃>
・韓国で「犬」という言葉は、相手を蔑む接頭辞としてよく使われる。ひどく汚れた席のことを「犬場(ゲパン)」といい、人をけなす時は「犬のような〇〇」「犬以下の〇〇」と言ったりする。人類最高のペットである犬が、なぜ韓国でこれほど冷遇されるのかという議論はさておき、犬をおじさんと合体させた「ゲジョン」という造語の誕生は、韓国の中年男性に大きな衝撃を与えた。

<ルックスも競争力――美容に没頭する中年男性>
・Kポップに続いてKビューティーが、韓流の新しい流れとして注目を集める中、韓国男性の美容ブームは、従来の「グルーミング族」からさらに進化して、「グルダブター族」を登場させた。
「グルーミング族」が美容やファッションに惜しみなく投資する男たちを指す造語だとすれば、「グルダプター族」はグルーミングとアーリーアダプターを合成した言葉で、美容のためなら化粧品はもちろん、整形手術も躊躇わない男たちを指す新語だ。
 大手IT会社の役員を務めるキム・ギョンジュンさん(仮名・57歳)は、「グルーミング族」とはかけ離れた人物だった。顔が割れるように寒くて乾燥した冬でも、一度もローションを塗ったことがなかった彼が、数年前から百八十度変身し、若々しく見られるためなら整形手術も厭わない「美容男」になった。それは40代前半の若い御曹司が会長の座に就いたことがきっかけだった。

・キムさんは、「私たちのようなサラリーマンにとって、老けて見えるというのは、ポストを明け渡す時が来たことを意味します。今後は肌の手入れを怠らず、せっかく若々しくなった顔をできるだけ維持したいと思っています」と話してくれた。

<49開花、54落花>
・企業情報分析会社の「韓国CXO研究所」は、2018年、韓国の売上高上位の10大企業の退職役員を対象に、役員たちの平均年齢と勤務年数などを全数調査して発表した。これによると、韓国の10大企業で、初めて役員に抜擢される平均年齢は49.6歳、役員から退いた平均年齢は54.2歳だった。

・この調査結果を「49開花(49歳で役員に抜擢)、54落花(54歳で役員退職)、花2絶頂(役員在職期間は2年)」と表現する。

・「法的な定年は60歳だが、実際に企業内部で体感する退職年齢は、50代前半とはるかに低いのが現状です」
 大手企業の役員だけではない。大多数のサラリーマンにとって、中年退職は極めて深刻な問題だ。
「2015年、ソウル市が50〜64歳のソウル市民1000人を対象に実施した「ソウル市の50+(プラス)世代の人生二毛作の実態と欲求調査」によると、ソウルに住む男性の退職年齢は平均53歳、女性は平均48歳だった。しかも、退職後の再就職率は53.3%にとどまる。平均寿命が82.6歳の韓国で、50代前半で会社から追い出され、再就職の道も半ばふさがれているのだ。

・就職サイトの「インクルート」が2018年に行ったアンケートによると、40代と50代の91%が、「中年失業率の増加を実感している」と答えた。その理由としては、「再就職を準備する40〜50代が増えた」「退職する40〜50代が増えた」「起業を準備する40〜50代が増えた」が挙げられている。
 現在、韓国の経済状況は「IMF危機以来最悪」とも評価されている。最も深刻なのが青年の失業問題で、韓国統計庁によると、2019年4月現在、韓国全体の失業率は4.4%、青年失業率は11.5%と、どちらもIMF危機以来、最高水準だ。ここに、社会と家庭の中枢を担う中年の失業率も高まり、大きな社会問題となっている。
 韓国の中年男性にとって、退職は死刑宣告と同じだ。若い頃には、良い待遇を求めてあちこち転職することも可能だが、40代半ばになると、いくら実力のあるサラリーマンでも転職はほぼ不可能になる。迫りくるリストラの恐怖の中で、どうにか生き残れるよう踏ん張るしかないのだ。

<中年のサラデント>
・職級破壊、序列破壊が進行中の韓国企業では、もはや年齢や経歴だけでは昇進できない。むしろ、年齢が高ければ高いほど、昇進するには多くの努力が必要だ。

・IMF危機を経験した韓国の中年世代は、「実力こそが武器」という考えが頭に深く刻まれているため、危機感から自己啓発にのめり込むケースが多い。「サラデント(salaryman + student)」という言葉が登場したのも、IMF危機以後だ。会社に通う傍ら、学生のように勉強する人々を称した造語である。

<退職後の資格取得ブーム>
・中年男性たちの自己啓発は、業務に関係のない分野にまで広がっている。いつ首になるか分からない不安の中で、退職後を見据えていろんな資格取得に励んでいるのだ。

・しかし、現実はそう甘くない。いざ、資格を取っても、就職できない場合がほとんどだ。中年層は年齢制限や経歴制限によって就職市場でそっぽを向かれてしまう。最近のように青年層でも良い就職先が見つからない中で、経歴もなく資格だけで再就職に挑む中年の姿は無謀にも見える。

<中年の考試、公認仲介士試験>
・就職を求めて若者が殺到する公務員試験や教師任用試験を「青年考試」とすれば、「中年の考試」と呼ばれるほど、中年層が押し寄せるのが「公認仲介士」試験だ。
 公認仲介士とは、主に不動産を取り扱う不動産仲介士を指す。日本でいえば、宅地建物取引主任にあたる。

・しかし、不動産業界の展望はそれほど明るくない。韓国公認仲介士協会によると、2017年時点で資格保有者は40万6072人に達しており、さらに毎年2万人以上が増えている。

<起―承―転―チキン>
・チキンは韓国が世界に誇る「Kフード」の代表的な食べ物であり、韓国人のソウルフードとも言われる。「チキン共和国」という言葉があるほどで、多様な料理法のある韓国のチキン店は、2019年2月時点で、全国に8万7000店あまりが営業中だ。マドナルドの店舗が全世界で約3万7000店なので、その約2.4倍である。
 韓国にこれほどチキン店がある理由は、退職した中年男性にとって最も取っつきやすい仕事が、フランチャイズチキン店の経営だからだ。材料や調理マニュアルはすべて本部が提供し、インテリア業者まで紹介してくれる。売り場のスぺ―スを確保し、フランチャイズ費用さえ払えば、誰でもオープンできるようになっているのだ。少なければ5000万 ウォンからでも開業が可能だという。
 韓国男性の人生を指して、「起―承―転―チキン」という流行語がある。
学歴が高卒であれ、名門大学出身であれ、会社が中小企業でもサムスン電子でも、結局はチキン店が人生の終着駅という意味だ。
 「自営業分析報告書」によると、韓国では、2014年から2018年までの4年間、平均で毎年約6800のチキン店が開業し、約8600のチキン店が廃業している。まさにチキンゲームである。

<自営業者も崖っぷち>
・2019年9月、企画財務部が国会に提出した「最近5年間のOECD加盟国の自営業者比率」という資料によれば、韓国の勤労者全体のうち、自営業者が占める割合は2018年時点で25.1%で、OECD平均の15.3%より約10%も高く、米国(6.3%)の約4倍、日本(10.3%)の約2倍も高かった。

・専門家は、硬直した労働市場にその原因があると分析する。労働市場が柔軟で再就職が容易にできる国に、自営業者は多くない。一方、労働市場の柔軟性が低く、一度仕事を辞めると再就職が難しい国は、自営業者の比率が高くなる。韓国は後者に近い構造だ。

・そして、文在寅政権が推進している労働政策が、自営業者をさらに窮地に追い込んでいる。文在寅政権の2年間で、最低賃金は約30%も引き上げられたが、実はその直撃を受けているのが自営業者なのだ。

<いくつになっても引退できない老人たち>
<居場所をさがす高齢者たち>
<IT先進国で取り残された高齢者>
・高速インターネット回線の普及率やスマートフォンの普及率で、世界トップを誇るIT先進国の韓国では、生活全般でデジタル化や無人化が進んでいる。そのため、スマートフォンやパソコンなどの情報機器に慣れていないお年寄りは、「差別」と感じられるほどの大きな不便を強いられている。

<高齢化社会のデジタル格差>
・金融サービスがオフラインからオンラインへ急速に変化する中、インターネットが苦手なお年寄りはサービスの死角に置かれてしまった。今や銀行の手数料には「年寄り手数料」というニックネームが付けられている。

<老人たちの天国「タプコル公園」>
・しかし、今や、タプコル公園は、行く場所のない高齢者たちが集まる老人公園として認識されている。ここに来た老人たちは、将棋を指したり、数人で政治や社会などについて話すこともあるが、ベンチに座って孤独に過ごす人がほとんどだ。
 ここに老人が集まる理由は、アクセスが良いからだ。

・食事代2000 ウォンも持っていない高齢者のための、無料給食所も何ヵ所か運営されている。付近で最も長く運営されている「社会福祉元閣」は、約27年間、1週間に3日、年寄りのための無料給食を実施している。

<ユーチューブと太極旗>
・ユーチューブは、韓国のシニア層から最も愛されているSNSだ。スマートフォン・アプリケーション分析会社である「ワイズマップ」の調査によると、韓国人が最も長時間利用するアプリはユーチューブだった。その中でも、韓国の50代以上は1ヵ月に20時間6分もユーチューブを視聴する。

<「敬老社会」から「嫌老社会」へ>
<仕事にしがみつく高齢者たち>
・韓国交通安全公団の資料によると、パクさんのような65歳以上の個人タクシー運転手は全国で5万9000人余りで、全体の37%を占める。

<平均引退年齢73歳――世界で一番長く働く韓国老人>
・韓国の高齢者は、世界で一番長く働いている。OECDの最近の資料によると、韓国人が労働市場から完全に離れる「引退年齢」は、2017年時点で男性が72.9歳、女性が73.1歳。これは、OECDに加盟している36ヵ国のうち最も遅い。OECDの平均が男性65.3歳、女性63.6歳だから、その凄さがよく分かる。
 韓国人が会社を退職する平均年齢は50代前半だから、平均的な韓国人は退職後20年も、劣悪な環境の中でいつ首になるか分からない非正規職として働いていることになる。

<OECDで最も高い老人貧困率46%>
・公的年金制度が成熟していない韓国では、2015年時点で、老人の貧困率が45.7%と、OECD平均の12.6%より3.6倍も高くなっている。
 高齢者の自殺率も、OECD加盟36ヵ国のうち、韓国が断トツだ。統計によると、韓国の65歳以上の高齢者の自殺率は、10万人あたり54.8人に達する。
 経済成長や社会の民主化、そして子供世代のために身を粉にして働いてきた韓国の老人たちは、今、世界で最も不幸な人生を生きているのかもしれない。

<世代葛藤が招く「嫌老社会」>
・韓国の高齢者を苦しめているのは、経済的な問題だけではない。韓国社会全体からの老人への否定的な視線が、高齢者を追い詰めている。
 社会福祉のシステムがきちんと整わない状態で高齢化が進み、経済成長の鈍化に伴って若年層の負担が顕著に増大、これが老人に対する「嫌悪」として表れている。

・専門家らは、韓国社会の「老人嫌悪」現象について、政府が近い将来「老人大国」となる韓国の未来像を、あまりにも否定的に見ていることが原因の一つではないかと分析する。「2057年には、国民年金が枯渇する」「2060年からは、1人の若者が数人の老人を扶養しなければならない」といった暗鬱な展望が、かつて東方礼儀之国と呼ばれ、老人を敬う「敬老社会」だった韓国を、「嫌老社会」に変えてしまったのだ。

<分断を深める韓国社会>
<文在寅政権の誕生と韓国社会の大転換>
・文在寅大統領は、朴槿恵前大統領とは、まさに「対極の人」である。出生からして、朴前大統領が、大統領の娘という「金のスプーン」であるのに対して、文在寅大統領は、朝鮮戦争で北朝鮮から避難してきた「失郷民」と呼ばれる貧困家庭の出身だ。

<所得主導政策の失敗>
・文在寅政権は、韓国経済の低成長と社会の二極化の問題を同時に解決するため、経済パラダイムの転換を図った。つまり、金大中政権以来の新自由主義から脱却し、積極財政による「大きな政府」を作ることで、分配と成長を並行して実現しようとしたのである。
 具体的には、「所得主導成長」「革新成長」「公正経済」という3つの方向性を示した。
 まず「所得主導成長」とは、低所得者層の所得が増えれば、消費がつながり、これが企業の生産、投資、雇用拡大をもたらし、ひいては経済全体が成長する好循環が生まれるという理論だ。

・この所得主導成長は、李明博政権が行った「落水効果」とは正反対の考え方で、「噴水効果」とも言われている。「落水効果」とは、大手企業や富裕層の所得が増大すれば、より多くの投資が行われて景気浮揚につながり、経済全体が活性化する。その恩恵が、水が上から下に落ちるように、低所得者層にも流れて、雇用と所得が増え、二極化も解消されるという経済理論だ。日本のアベノミクスも、この考え方に近い。

・それに対して、文在寅大統領が目指したのは、噴水を噴き上げるように、まず低所得者層の所得を押し上げることによって、景気を活性化させようということだった。
 具体的な方法としては、まず、公共部門で非正規労働者ゼロを目指した。民間の非正規社員に関しても、縮小させる政策を取り、非正規職を正規職に転換させることで、非正規雇用者の割合を現在の20.6%からOECD平均の11%台まで引き下げようとしている。
 また、政権の任期である5年以内に公務員を17万人増員、公共機関で81万人雇用を増やすなど、若者の雇用創出に政府が先頭に立っていく姿勢を見せた。さらに、最低賃金を時給1万 ウォンに引き上げ、労働時間を週52時間に制限するなど労働環境改善策も推進している。

・しかし、政権発足から2年が経った時点で、早々と、文在寅政権の未熟な経済政策が、むしろ韓国経済を悪化させたという批判に直面している。何より、2020年までに最低賃金を1万ウォンにするという公約を守るため、2年間で3割近く最低賃金を引き上げたことが、韓国経済の命取りになりつつある。
 まず、自営業者が急激な最低賃金引き上げの影響を受け、廃業するケースが続出している。また、多くの韓国企業は、恒常的に外国企業との激しい競争にさらされており、一方で、最低賃金の引き上げと週52時間労働制の施行により人件費が上昇。この内憂外患によって、首が回らない状態になってしまった。そのため海外に生産拠点を移したり、甚だしいところでは本社を海外に移転させるという「エスケープ・コリア」現象まで起きた。
 当初、文在寅政権が意図した雇用増加とは正反対の方向に事態は動いてしまい、若者の就職難はさらに悪化している。

・文大統領が舵を取っている「韓国号」は、彼の就任演説のような統合と共存の道ではなく、摩擦と分裂の道に進んでいるように見える。2年以上も続いている文政権の積弊清算は、韓国の国民をイデオロギー論争と地域・世代・階層間の激しい対立に追い込んだ。
 行き過ぎた資本主義と、そこからの揺り戻し。政治に翻弄され続ける韓国社会は、今や、難破船のように針路を見失っている。

<留学>
・私が上智大学新聞学科に留学したのは、1993年のことだ。
 当時、韓国では日本文化が、「全面禁止」されていたが、若者の間でひそかなブームになっていた。私が日本への留学を決めたのも、日本の文化に対する憧れがあった。

・一方、日本に来て私がいちばん驚いたのは、日本人が隣国である韓国についてあまりにも知らないという事実だった。

・あれから26年が経った現在、韓国、日本ともに、お互いの国に対する関心は、これまでになく高まっていると感じる。しかし、その関心はネガティブな方向にぶれている。
 韓国に対して無関心だった日本人は、反日政策を掲げ、北朝鮮との同胞意識を強調する文在寅政権に対して危機感を感じており、それが「嫌韓」という感情で表れている。
 韓国でも文在寅政権になって以降、歴史問題や領土問題など両国の懸案が一気にクローズアップされるようになり、さらに旭日旗問題やホワイト国除外など新しい摩擦も生じ、「反日」感情が最高潮に達している。
 そんな中、私がいま思うのは、国が内部からヒビ割れている現状を韓国人が認識し、それを克服するため、同じ資本主義の民主国家である隣国=日本との関係を、いち早く修復してほしいということだ。



『日本人のためのイスラエル入門』
大隅洋  ちくま新書    2020/3/6
    


<スタートアップ企業の急増>
・イスラエルは「わが世の春」を謳歌していた。混迷するアラブ諸国とは対照的に、この一世紀超にわたりゼロから自分たちで作り上げた経済・社会は大地に力強く根を張っている。「スタートアップ・ネーション」として頭角を現し、小国ながら最先端技術の大国としての地位を確立してきている。

・近年、スタートアップ企業の急増等により世界から熱い視線を浴びるイスラエルは、建国後わずか70年で最先端技術大国の地位を確立した。古代から続くユダヤの伝統を大切にしながら、なぜ彼らはイノベーションを起こし続けられるのか? 高出生率、家族中心の伝統、常識を打破する反骨心、市民社会と軍隊の関係、徹底した安全保障意識と自存自衛の精神………。少子化や経済・社会の不安に喘ぐ日本の未来を考えるヒントとして、現役外交官がイスラエルを縦横無尽に語り尽くす!

・このような状況にある日本の視点からイスラエルを見ると、?高い出生率と家庭中心の社会、?伝統を大切にしてそれを中心として回る社会、?「常識」を打破する精神がもたらすイノベーション、?市民社会と軍隊との関係、?徹底した安全保障意識と自存自衛の精神など、参考にできることがある国であり社会であると思う。
 そして、日本がイスラエルと付き合う必要性はこれまでになく増している。もちろん歴史や背景も違うので、単純に移植できるものはほとんどない。しかし、現代の我々の考えるヒント、行動するヒントとして、イスラエルが提示してくれるものは色々ある。

・なお、イスラエルという国は、ユダヤ人のみの単一民族国家ではなく、多数派のユダヤ系と少数派のアラブ系で構成されている。したがって、単純にイスラエル=ユダヤとは言えないが、ユダヤ教及びユダヤ民族の伝統や文化が社会の運営に色濃く反映されていることも確かである。
 一方で、ヨルダン川西岸及びガザ地区にはパレスチナ人(アラブ人)が住んでおり、そこには全く違う現実がある。

<岐路に立つ日本>
<革新のきっかけ>
・母国を誇ることができる民は幸せである。日本人は、そのような思いを持てる幸せな民族である。しかしそれは努力なしには続かず、自分たちについての客観的な認識と能動的な革新の姿勢が必要だと思う。そのためのきっかけを何に求めるか。
「宜しく歴代の史書を読むべし」(佐藤一斎『言志四録』)のとおり歴史からの学びは一つのきっかけとなり得る。そして同時代に生きる他国の文化や民族の生き方を参照するというのもまた、そのきっかけになると思う。もちろん、生きてきた背景や取り巻く環境が違う中から生起してきたものを盲目的に日本に移植するというのは不可能であり、また、すべきことでもない。しかし、批判精神と自律的態度をもって参考にすれば、おのずから得られるものはあろう。

<イスラエルに関心を持つべき五つの理由>
? 高い出生率と家庭中心の社会
・イスラエルにいると、子供の姿をよく見かける。街に出てエレベーターに乗る時などに家族連れに出くわすと、だいたい三人は子供がいる。実際、イスラエルの出生率は世界銀行統計(2017年)によれば3.11であり、「先進国クラブ」と称されるOECDの中で最高である。

・1948年に独立した時は約80万人だった人口は現在900万人を超え、2065年には2000万人を超えるとイスラエルでは予測されている。
 
・そして、この社会では家族がその中心にいる。ユダヤ教の伝統にしたがって安息日(金曜日日没から土曜日日没まで)の金曜日の夜には祖父母から孫の世代まで、親戚と食事を共にする習慣が現在も生きている。親戚だけでなく恋人や友人なども集う。これは、キリスト教国での日曜日より徹底しており、店やレストランが閉まるだけでなく、鉄道やバスなどの公共交通機関も基本的には動かなくなる。ヘブライ語聖典(旧約聖書)あるいはタルムード(口伝的解答を集大成した宗教的典範)などから一節が朗読され、皆でお祈りをしてから食事をする。
なお、ユダヤ教は「新約」あるいは「新約聖書」を認めず、自分たちのヘブライ語聖典を「旧約聖書」とは言わないが、右聖典のうち、特にトーラーあるいは律法と言われる創世記、出エジプト記などのいわゆる「モーセ五書」が重要であり、その中には613の遵守されるべき戒律がある。一方、「タルムード」は、トーラーの法規的解釈や物語伝承が口頭で伝えられてきたものを集大成したミシュナ、およびミシュナについての議論を集大成したゲバラの二つの部分により成り立ち、6世紀までに編集されている。
これに対し、日本の社会は少子高齢化の真っ最中である。厚生労働省の統計によれば、2018年の日本の出生率は1.42で、人口が2007年に減少に転じて以来この方、その継続的減少は日本社会にボディブローのように「効いて」きている。小学校は統廃合を繰り返し、企業は海外市場に重点を移さざるを得ない。

・「日本の安全保障の最大の脅威は中国ではなく人口減少だ。これは移民では解決できない問題で、少子化問題を乗り越えるための国民運動を起こすべきなのに、社会に危機感が見られない」

・「日本はパチンコに金を使っている場合ではなく子供につぎ込むべきであり、国家戦略として「若返り」を目指すべきである」

・ちなみにイスラエルでは不妊治療は無料である。日本に帰ってくると、日本社会は子供中心に回っていないと感じる。

・経済的利益が最優先であって、コンビニの営業時間短縮の議論ももっぱら経済的理由からのものであり、家庭や社会が弱体化していくのは良いことなのだろうという観点からの議論はあまりないように思う。それでいて一人当たりGDPはイスラエルに抜かれている。

? 伝統を中心として回る社会
・イスラエルで生活すると、宗教(ユダヤ教)に基づいた祝祭日がカレンダーを支配しているところを目の当たりにする。毎週、金曜日日没から土曜日日没の安息日には、公共交通機関は基本的にストップするので、鉄道駅やバス停は金曜日の夕方には、便がなくなる前に家にたどりつこうとする人たちでごった返す。
それに加え、一年の暦の中で節々の祭りの際には親戚家族が集まって盛大に祝い、食事を共に過ごす回数が多い。中でも過越祭、シャブオット、仮庵祭の三大祭りはいずれも、モーセに率いられたユダヤ民族のエジプト脱出という「歴史的事件」にちなんだものであり、食事の際には「出エジプト」の関連部分が聖書から読誦される。
過越祭は、神がエジプトに対して「初子をすべて殺す」という災いをもたらした際に、ユダヤの民の家の戸口に印をつけたことで神の怒りが「過ぎ越し」、その後集団でエジプトを脱出することができたことを祝う祭りである。エジプト王の追跡を受けた民はパンに酵母を混ぜて膨らませる時間がなかったということに因み、この時期、店頭からはパンを含む酵母を用いた製品(ビールも含む)が一斉に消える。

? 「常識」を打破する精神
・「フツバ」というヘブライ語を持ち出せば、その場にいるイスラエルから失笑とも苦笑ともいわれぬ笑いが起きる。イスラエル人(ユダヤ人)の気質をよく示す単語だという。だいたいにおいて「傲慢不遜な態度」という意味だが、その言葉には日本語のようなネガティブなイメージはない。常識をものともせず、人を人と思わず、権威に食ってかかるこの態度がイスラエルのイノベーションの背景にある。
一方日本は、イノベーションの時代に遅れをとっていると言わないが先頭走者ではない。

? 市民社会と軍隊の関係
・イスラエルは、アラブ系市民と超正統派を除き国民皆兵であり、兵役は男性で3年弱、女性で2年弱である。街中にはカーキ色の軍服に身を包んだ若者がいつも歩いている。

・古代ローマにおいて、男性市民は兵役を担い、時には戦争に従事し、市民社会を守っていた。古代ローマ帝国落日の最大の原因の一つは、ローマ人自身が犠牲を払わなくなり、傭兵に国の防衛を依存したからである。帝国末期にかけては傭兵出身の皇帝さえ出現する。市民社会は誰かが守る必要があり、イスラエルは、その置かれた地域状況から、男女皆兵によりその市民社会を守っているわけである。西部邁は、「今の日本人は、シチズンが「国家から保護してもらうことの引き換えで国家への義務を引き受ける人々」を意味することをすら忘れてしまっている」と批判する。

? 徹底した安全保障意識と自存自衛の精神
・ムハンマドがアラビア半島に出現してこの方、十字軍の時代のキリスト教勢力が散発的に勢力を盛り返した時期をのぞき、ユーラシアとアフリカの結節点にあるこの地はだいたいにおいて、アラビア語とイスラム教が圧倒する土地になった。その中で、2000年間存在しなかったユダヤ人主導の国家として誕生したイスラエルは、四方を敵に囲まれていたために、徹底した安全保障意識を持たざるを得なかった。

・しかしむしろ、反ユダヤ主義の震源地は歴史的には欧州キリスト教世界であり、ユダヤ教徒たちはキリスト教徒から、主イエスを殺した原罪を背負う民族として、常に懐疑と嫌悪の対象とされてきたのである。
かたや中東は民族が複雑に入り組んで存在しており、なおかつイスラエルにおけるイスラム教ドゥルーズ派のように、イスラエル国家に参画して軍役にも服する集団もいて、単純明快な図はない。また、イスラム教自体がユダヤ教徒を、キリスト教徒やゾロアスター教徒とともに「啓展の民」として社会的存在として認めており、反ユダヤ主義の根はそれほど深くないといえよう。

<イスラエルの強さの秘密>
<国防軍――イスラエルそのもの>
<イスラエル国防軍の四つの機能>
・イスラエルにおけるイノベーションの開花は、政策支援、産学の近さ、解放的な対内投資政策と多国籍企業の貢献の高さ、豊富なリスクマネー供給などが重なり合ったものであるが、殊に、男女とも皆兵の国防軍の存在が極めて重要である。そして、国防軍は経済や軍事だけでなく、イスラエルの社会及び政治の核でもあり、したがって「イスラエルそのもの」である。その本質は、?社会のるつぼ、?社会人教育施設、?職業訓練学校、?同窓会の集合体、の四つであると私は思う。

? 社会のるつぼとしての機能
・イスラエルは世界中から離散ユダヤ人が集まってできた社会である。アシュケナジー(東欧出身のユダヤ人を指す)やスファラディ(中東出身のユダヤ人を指す)だけでなく、ロシア、エチオピアやインド(約8万5000人もいるという)からの帰還者もいる。彼らは高校までは地元のコミュニティで育つ。当然、先祖の出身国や社会的界層が同じ似た者のみの世界である。
 そのような人々が18歳となり軍隊に入った途端に、まったく異なるバックグラウンドを持った同年代の若者同士が寝食、訓練を共にし、それまでとはまったく違い世界に足を踏み入れる。

・ただし、超正統派ユダヤ教徒の若者及びドゥルーズ派を除くアラブ系には徴兵の義務がない。

? 社会人教育施設としての機能
・このような感じなので、若い兵士の命は国民共通の関心事である。たまに若いイスラエル軍兵士の誘拐事件が起こるが、その誘拐された兵士を、国民は我が子の誘拐のように思い関心を寄せる。そのような中で兵士が殺害されると国民世論は激昂する。2006年の第2次レバノン戦争も、兵士の誘拐がきっかけで始まった。

・イスラエルではいつ大規模な戦争が始まるかわからない緊張感があるし、また「テロ」への対処作戦、あるいは越境攻撃作戦などもしばしば行われているため、任務というのは命がかかった切実なものになる。これらを経験した若者たちは確かに逞しい。徴兵期間が終わってから大学に入学するということもあり、おぼこいところが残る日本の大学生に比べて数段大人びているのは事実である。

? 職業訓練学校としての機能
・イスラエルでは高校生の段階で、1年かけて行われる全高校生の能力検査を基に、適性に合った部隊に振り分けられ、そこで徴兵期間を過ごす。
 このテストは心理検査や語学適性なども含むかなり綿密なもので、建国以来の国防の需要を反映した厳しいもののようである。振り分けにあたっては、若者の方からも希望を出すことができ、人気ベスト三は、空軍パイロット、サイバー部隊、インテリジェンスであるという。

・若者にとってサイバー部隊は憧れの部隊である。そこに行けば除隊後、軍のバラックの門の外にはリクルーターが詰めかけ、初任給から月給100万円はオファーされる。

・そして若者の両親にとっては、徴兵される若者のうち最も優秀な者がサイバー部隊に採用されるだけにサイバー部隊入りは誉れが高い。戦闘に従事して死傷するリスクも低く、子供の将来も「保障」されるなど、言うことなしの「職場」であるから、子供のサイバー教育にも身が入るというものである。

・そして、イスラエルにはスーパー・エリート教育がある。高校の時のスクリーニングの結果で上位1%に入った優秀者には、大学での3年間(医学部の場合は7年間)の教育が無償でオファーされる。軍役については徴兵期間プラス2年の勤務が求められる。

? 同窓会の機能
・このような予備役としての練度の維持のため、1年間に数週間、自分の部隊に戻り訓練を受けることが40代半ばまで求められる。その結果として、同じ釜の飯を食べた同士と毎年再会する機会があるわけであり、一生ものの濃密な人間関係が形成される。
 イスラエルでの相手への質問の決まり文句は、「それでお前はイスラエル軍の中でどの部隊にいた?」というもので、これが決定的に重要である。大学名を聞かれることはほとんどない。

<軍と市民社会>
・この国での驚きの一つに、参謀総長の交代式がテレビで生中継されるということがあった。少なくとも先進民主主義国ではこういう例は聞いたことがない。

・実際に、この国では安全保障が一番重要である。選挙の最大の争点は、常に(または多くの場合)景気ではなく安全保障であり、軍隊経験が乏しい人物は首相候補にふさわしくないとされている。

<イスラエルをイスラエルたらしめる文化的特質>
<英国はなぜ資本主義で先鞭をつけられたか?>
・米国の政治学者ウォルター・ラッセル・ミードは、英国がなぜ資本主義に成功して大帝国を築けたかについて、開放経済モデルを採用したオランダの成功例を模倣したこと、大西洋が繁栄した時代に、大西洋に面した最前線の島国として地理的に幸運な位置にあったことなどに触れつつ、アングロ・サクソンの文化的伝統もその理由として挙げている。
 アングロ・サクソンには闘いを好む文化があり、それを一定のルールの中で実現したものとして、(イギリス人が創始した)サッカー、ラグビー、テニス、ゴルフなどのスポーツがあると言う。また、競争の混沌を通じた進歩への信奉として、アダム・スミスが唱えた「神の見えざる手」という考え方、さらに、成文憲法の整然とした法解釈ではなく、慣習・先例の蓄積をもって法体系とする「コモン・ロー」についても言及している。
 一定のルールの中での闘いと言えば、議会制民主主義も、棍棒を投票箱に差し替えた闘いであると言われる。

<起業家とイノベーションを支える四つの文化的特質>
・イスラエル人が起業やイノベーションに向いている要素として四つの
キーワードを教えてくれた。それが、「高いリスクを許容して取っていく精神」「階層のない社会」「失礼千万」「短気」である。

? 高いリスクを許容して取っていく精神(ハイ・リスク・テーカー)
・イスラエル人はリスクを取ることを奨励される。失敗は許容され、逆に失敗していない人間は信用されないという。限度はあろうというもので、大失敗して夜逃げした人もいるようだが、それでもイスラエル人の精神といえば、「まずダメもとでやってみよう。ダメならそこで撤退すればいい。精密に考え過ぎて慎重になり何もしないのでは成功も生まれない」というものである。

・ちなみに、2011〜18年に設立されたスタートアップ企業5313社のうち45%がすでに廃業か活動停止していると報じられている。

? 階層のない社会(ノー・ヒエラルキー)
・イスラエルはフラットな社会であり、この国ほど忖度という言葉が似合わない国はない。発言は直截的過ぎるほど直截的。目上だろうが関係なく、オブラートに包まずにガンガン発言するので、最初は面食らうこともある。イスラエルの大学では、日本人やアジア人の留学生はあまり発言しないのだが、我々から見たらよく発言する欧米人留学生もあまり目立たないほど、教授に盾つくのはもっぱらイスラエル人学生だという。

<議論を尽くす文化>
・イスラエルのイノベーションや強さの背景には、ユダヤ教の、議論をしながら集団で教義を学習していくという伝統がある。そもそも、ヘブライ語聖典(旧約聖書)の中でも、人間が神に食ってかかったり、あるいは神と交渉したりする場面が出てくる。しかし、議論の重要性はタルムードにおいて顕著だという。

・シュエフタン教授は、イスラエル軍を、「正規の軍隊というよりも、民兵と青年団の混ざったもの」と表現する。群雄割拠というわけではないが、各現場では若いリーダーの兵士に大きな権限が与えられており、本部や上層部の意向に必ずしも従わない(あるいは伝わってこない)。

? 失礼千万(イムポライト)
・先に紹介した「フツバ」というヘブライ語に加え「バラガン」(混沌。イスラエル社会の秩序のない状況を表す)という言葉を覚えておけば、イスラエル人との会話はずいぶん弾むし、「おっ、イスラエルを知っているな」と思われるようになる。

<短期(イムペイシャント)>
・イスラエル人はものすごく短気である。それが端的に出るのが車の運転だ。これはひどいの一言である。信号が変わる前から、後ろのイスラエル人が運転する車がクラクションを鳴らしてくる。車をぶつけるように横入りしてくるし、道は絶対に譲らない。

・ビジネスでも、彼らのやり方は単刀直入である。日本企業関係者がイスラエル企業を訪問すると、「お前はいくらお金を持っているか?」「お前は意思決定者か?」と矢継ぎ早に聞かれるという。しかし、このいつもイライラして不満を囲って我慢できない性格が、イノベーションには向いているのだろう。

<「非適応」という態度の決定的重要性>
・しかし、それにしてもイスラエル人が自慢する、「規格外の考え方」という創造性への自信はどこからきているのだろうか。ちなみに、ノーベル賞受賞者の国別比較は、2019年までで日本人は27名、に比べて、イスラエルは11名である。また、2017年までの全ノーベル賞受賞者902名のうち約200名はユダヤ系によるものとも言われている。

・世界の社会主義・共産主義運動に甚大な影響を与えたカール・マルクスがラビの家系であることは偶然ではない。

<「理論的な議論」を培った宗教的伝統>
・ユダヤ教徒のあいだでは、神聖な文書を読み、それを学ぶことが極めて重要視され、それを若者に伝えることが宗教上の義務とされた。

<「2000年の比較優位」の消失>
・約2000年前にエルサレム第二神殿が破壊され離散(ディアスポラ)が始まったとき、全てのユダヤ人の(男性)子弟は、ユダヤ教の諸書を読み信仰を守るように預言者によって指示された。

・また、世界中で識字率が向上し、特にアジア地域のそれは世界でトップレベルになった。土地勘がなく、今や識字率という優位性もないユダヤ民族にとって、比較優位が失われつつある新たな時代が始まっている。

<イスラエルは日本の変革の触媒となり得る>
<大きな変革のとき>
・「平成維新」という言葉が流行ったことがあった。政党まで作って活動した大前研一氏の最大の眼目は道州制の導入と地方自治権の強化によって、各道州のイニシアティブ発揮と競争を促進することで、経済・社会を活性化することだったと推察する。

・30年後の現在の状況は、それに比べて全てにおいて悪化している。北朝鮮が核を持ち、中国は大きな生産力・資金を持ち、軍備を大拡張している。かたや日本では高齢化と人口減が進み、財政赤字は甚だ悪化した。社会の貯蓄を切り崩す現象の一つと言われた「パラサイトシングル」という言葉も、子供が寄生する先の親世代が老いてきて、もう限界である。
 日本のお家芸であった家電産業は衰微し、日本経済の屋台骨たる自動車産業も、電子化・無人化・シェア化によって未来が非情に不透明である。そして世界では、電子コマースとデータ・サイエンスが物流及び情報の流通を支配している。10年前には企業価値ランキングの上位を占めていたエネルギー会社が消え去り、GAFAや中国企業が独占しているが、そこに日本企業の姿はなく、サイバーやAIの分野では、日本は他の国の後塵を拝している。

<イスラエルは違和感だらけの国である>
<イスラエルという変革のための触媒>
・これまで述べてきたことを踏まえれば、イスラエルは日本の変革の触媒になれるのではないか。
 まず、イスラエルは、気づきの鑑として有用である。家庭中心で出生率の高い社会のオプティミズム、歴史と伝統の価値、不屈で独創的な思考の重要性、イノベーション、市民社会を自分たちで守ることの健全性、安全保障のリアリズムなどの諸点について、イスラエルは、現代日本に有益な視座を与えてくれる。



『知立国家  イスラエル』
米山伸郎   文春新書   2017/10/20



<あなたの周囲はイスラエルだらけ>
・意外に思う人が多いかもしれないが、じつはわれわれの日常生活の中には「イスラエル」が溢れている。
 毎日自宅やオフィスで使うパソコンの心臓部のプロセッサーがインテル製であれば、それはおそらくはイスラエルにあるインテルの研究所で設計され、イスラエルの製造工場で作られたものである可能性が高い。インテルプロセッサーの8割以上がイスラエルで設計・製造されているからだ。

・そのパソコンを日々、不正アクセスから守ってくれているセキュリティ機能「ファイアウォール」を開発したのもイスラエル企業である。
 現実世界のファイアウォールにも、イスラエルの存在がある。原子力発電所や軍事基地などの重要施設では、テロリストや工作員の侵入を防ぐべく、厳重な警備管理体制が敷かれているが、監視カメラに「人工知能的フィルター」を搭載したのもイスラエル企業である。

<「個の強さ」にこだわる>
・だが、イスラエルで筆者が会ったビジネス関係者や教育関係者は、イスラエルを語る時、ほとんど例外なく「○○で世界一の国」という表現を使っていた。ただし、すべてが「国民一人あたり」あるいは「対GDP比」という条件付きである。
 その「〇〇」に入るのが、次のような項目である。
ノーベル科学3賞受賞者数
博士号保有者数
研究開発費
特許保有数
ベンチャー企業数
ベンチャーキャピタル投資額
起業数
技術者数
教育費
大学学位数

・人口やGDPなどマクロの絶対値でみると、イスラエルは世界でも全く目立たぬ「小国」となってしまう。しかし「国民一人あたり」でみると、とりわけ知的レベルの高さにおいて、イスラエルは傑出した存在感をもつようになる。

・電話やインターネットのように加入者・参加者が増えるほどユーザーの便益が増すことを「ネットワーク外部性」と呼ぶが、イスラエルは国家自身がある種の「ネットワーク外部性」を実現している国家といえる。参加者(国民)が増えるほどにネットワークが多重化して便益が高まり、国民一人あたりの価値を高めていくメカニズムを設けているように感じられるのだ。

<世界最高の投資家が「最良の国」と絶賛>
・世界で最も成功した投資家として誰もが知っているのは、アメリカの「オマハの賢人」こと、ウォーレン・バフェットである。
 彼は「外国企業は買収しない」と公言していたが、2006年に自らの方針を破り、50億ドルもの資金を投じてイスラエルの金属切削工具メーカー「ISCAR」の株式80%を買収した。

・その理由として、「自分にとってイスラエルは最良の国で、イスラエルよりずっと大きい国や豊かな国と比べても、その遥か先端を行っているから」と語っている。
 さらに、「私はユダヤ人ではないが、イスラエルの建国からの生い立ちはアメリカのそれを思い出させる。人々の固い決意、高い動機づけ、知性、イニシアチブは顕著で突出している。私はイスラエル経済の強い信奉者です」とまで述べ、イスラエルに強い信頼を寄せている。
 イスラエルに注目しているのはバフェットだけではない。インターネット検索エンジンから始まり、自動車制御、ロボット、そして今や人工知能で世界を制御しようとしているグーグルのエリック・シュミット元CEOもその1人である。

<組織内でも「正面突破」>
・今やマクロでもGDPで世界191カ国中34位、人口で188カ国中93位という立派な業績(国力)を実現している。

<CPUの現界を突破したイスラエル技術者>
・組織の中でも「正面突破」の例として有名なのが、インテルのCPU開発の話である。1970年代のインテルは「アメリカで研究開発し、アメリカで生産をする、アメリカの優良企業」であった。だが、研究開発において重大なイノベーションをもたらしたのは、イスラエル人だった。

<「イスラエル中毒」になったインテル>
・「Core マイクロアーキテクチャー」の例に限らず、インテルはイスラエルから出てきたイノベーションによって多大な恩恵を受けている。

<クルマの未来を変える>
・クルマをスマホのようなネットワークを構成するプラットホームと捉えた場合、高度なIT技術を搭載した自動運転型コミュニケーションネットワークプラットホームとしてのクルマと、さまざまなアプリが登場するであろう。

・一方、インテルはパソコンへのプロセッサー供給で世界のヘゲモニーを握ってきたが、パソコンは伸び悩んでおり、このままではジリ貧だ。インテルはこうした変化を見越して、いち早く自動車業界で勝負に出たのだ。

<マイクロソフトもイスラエルで人材集め>
・CPUの巨人、インテルがイスラエルに進出したように、オペレーション・システムの巨人、マイクロソフトもイスラエルに拠点を設けている。

・「人口わずか700万人(当時)なのに、コンピュータサイエンスで有名な世界の大手トップ30の中にイスラエルの大学が4校も入っている。いかに優良な人材が多く輩出されているか、この数字でわかります」

<豊富な博士号人材>
・近年ではイスラエルの博士号保持者を、かなりの割合でアメリカやカナダの企業がヘッドハントしているという。

<「キブツ」という産業革命>
<ピンチをチャンスに転化した軍事産業>
・イスラエルの特異性をあらわすもうひとつの点として、「軍事技術」が挙げられる。これはそのまま国防産業という新産業を生み出している。

<アメリカを徹底活用する戦略>
・アメリカの政治や宗教団体がイスラエルの動静に注目し、イスラエルを声高に支援するのは今に始まったことではない。アメリカにはユダや系アメリカ人が約600万人いる。

<アメリカとの緊張関係>
・ワシントンでは、イスラエルとの外交関係の見直し議論が定期的に起こる。通常、これは両国関係が高い緊張状態にある際の兆候である。
 もっとも、米国議会はイスラエル・ロビーの強い影響下にあり、常にイスラエルに対して強い支持を続けている。

<政令経熱>
<資源は「人間」しかいない>
・大勢の移民によってもたらされたものは、文化・社会の多様性である。

・「わが国の重要な資源は人間だけです。したがって、建国の父は、積極的な移民受け入れ政策を通じて、人間という資源の確保を最重要視しました。それと同時に教育も最重要視し、大学の強化に努めてきたのです」

・ひとつの国家の中に多くの人間が生活し、しかも多様性が存在することは、それだけリスクに強いということになる。多様な人材がいれば、それだけ異なった変革が起きるチャンスがある。つまり、イノベーションやベンチャーの起業のチャンスも必然的に増える。
 日本では「人間の数の確保」を気にすることは久しくなかった。それが今、急速に進行する少子高齢化によって危うくなっている。移民受け入れについても、日本社会には根強い拒絶反応がある。

<女性、LGBTに優しい国>
・イスラエルの多様性は、言語や文化面だけではない。とりわけ印象深いのは、女性の活躍である。

・また、近年では同性愛者が集まる場所として、テルアビブが世界的な注目を集めている。毎年6月におこなわれるゲイ・プライド・パレードには、世界各国から約20万人が参加する。同性愛を禁じるユダヤ教の厳しい戒律とは裏腹に、イスラエルは性的マイノリティ(LGBT)の人権を守ることに熱心な国であり、世界の先端を行っている。1988年にイスラエル政府は同性愛を合法化、92年には性的志向による雇用差別を全面的に禁止、現在では同性婚カップルにも配偶者控除・年金など、通常の異性婚と同じ権利がほぼ認められている。
 一方で、イスラエルにおいてはすべて結婚は「宗教婚」でなければならないという厳然とした規則も存在する。だが、海外で挙式した場合は除外されるなど、抜け穴も多い。

<ロシア系移民の頭脳>
・現在のイスラエルの中枢で活躍しているのは、ロシア・東欧系のユダヤ人(アシュケナージ)にルーツをもつ人が圧倒的に多い。
  
<高学歴移民をベンチャー企業に駆り立てる>
<ソリューションを見つけ出す能力を高める教育>
・イスラエルの義務教育は幼稚園1年、小中高11年と充実している。古代イスラエルの頃より教育は生活と文明の一部として位置づけられ重視されてきている。ただし、イスラエルにはユダヤ教という特殊要因がある。

<人種のるつぼ化>
・だが、様々なバックグラウンドの移民を受け入れるにつれ、問題も生じてきた。1950年代以降、中東からの移民が増えてきた。シリアやイラクなどのアラブ諸国や、北アフリカで迫害されたユダヤ人たちを吸収していったためだ。
 すると、旧移民(欧州系)と新移民(中東・アフリカ系)との間での軋轢が目立つようになった。

<アイデンティティは「ヘブライ語」と「国防」>
・ナショナル・アイデンティティの根幹は、第一には言語である。現在、イスラエル人は固有の言語としてヘブライ語を用いている。

<ユダヤ教徒以外の人材も囲い込む必要性>
・彼の言う「社会改革」とは、「超正統派」の人々の取り扱いをどうするかという点に突き当たる。超正統派の人々はイスラエルの人口の2割にもおよぶが、経済活動を一切せず、国から支給される生活費で、日々ユダヤ教の研究だけをおこなっている。

<移民を受け入れない日本>
・また、人口減少は安全保障においても懸念材料である。たとえばアメリカは毎年約1%ずつ人口が増え、平均年齢も先進国の中では圧倒的に若い。肥満など生活習慣病以外に、アメリカには人口動態的死角がない。

<徴兵制が若者を一人前に育て上げる>
・そんなイスラエルの若者の人間育成において、徴兵制度は決定的な意味をもっている。周囲を敵国に囲まれたイスラエルにとって、「生存」こそが至上命題である。生存のためには、国防に「頭脳」を結集させなければならない。

・計量的心理テストの結果は56段階で表示される。56がトップで、それに基づきオフィサー候補と下士官候補にふるい分けられる。また、体力試験を含めたプロファイルは97段階に分類される。

・昔も今もイスラエルの若者は、エリート部隊への配属にあこがれている。以前はパイロットや特殊任務部隊など実戦部隊がエリートであったが、現在ではITを駆使したインテリジェンス系の部隊がエリートとされている。

<トップ頭脳集団「タルビオット」>
・タルビオットは毎年30人程度の理工系最優秀人材を選抜して教育するプログラムで、世界に類のないものだ。

<豪華絢爛のエリートたち>
・そうやって選抜された約30人の若者は、最新兵器開発のための選りすぐりのスーパーエリート候補として教育と訓練を受ける。

・また、タルビオット出身者により起業されたイスラエルのベンチャーは枚挙に暇がない。

<軍が才能と自立心を養う>
・タルビオットのようなエリート集団に限らず、軍での体験は、イスラエルの若者たちに大きな果実をもたらしてくれる。

・余談だが、シンガポールにも最優秀の学生を集めて英才教育を施す「スカラー」というエリートコースがある。このコースの出身者が40代の若さで政府のトップに抜擢されていく。これはイスラエルから取り入れたシステムである。

<最強のサイバー諜報組織「8200部隊」>
・「8200部隊」はサイバー諜報活動を担うエリート集団であり、かの有名なモサド(イスラエル諜報特務庁)と並んで世界にその名を轟かせている。

・8200部隊の名を一躍有名にしたのは、10年、イランが極秘裏に進めてきたウラン濃縮装置が破壊された事件だろう。
 イランはイスラエルという国家の存在を認めておらず、政治指導者が「抹殺」を公言している。一方でイランは核拡散防止条約を無視し、核開発を強行してきた。

・現在、インテリジェンス関連の情報の90%は8200部隊がもたらし、諜報特務庁「モサド」にせよ他の情報機関にせよ、8200部隊なしに大きな作戦を遂行することはないという。

<ITベンチャーの創業者が続々誕生>
・8200部隊もタルビオットと同じく高校卒業時に上位1%の中から選抜される。

・さらに驚くのは、13歳の若さでの選抜もあることだ。

・そうした経験によって培われた自信と達成感が、企業家精神に相通じるのかもしれない。8200部隊の出身者は、イスラエルのIT業界でさまざまな起業をしている。

<8200部隊の経験が起業につながる>
<兵役で養われる「人の見分け方」と「人的ネットワーク」>
・開拓者精神や移民の多さなど、イスラエルとアメリカの起業家で共通点は多いが、両者で決定的に異なるのは、兵役である。

・タルビオットや8200部隊などの超エリートでなくても、兵役除隊後にベンチャーを創業して成功している例は多々ある。

<兵役で知る「個」のエゴを上回る「大義」>
<「軍産官学」の連携>
・兵役を終え、除隊したイスラエルの若者の過半数は、いったんアルバイトか短期就職でお金を貯め、海外見聞の旅に出る。そして半年か1年を経て母国イスラエルに戻り、海外見聞で得た問題意識も踏まえながら大学を選ぶことになる。大学入学時点の年齢は男性で平均23歳くらいである。大学で学ぶ日本人の場合、学部を卒業する年齢である。

・「人口当たりのイスラエルの大学の数、GDPに対する教育費の割合の高さ、研究開発費の割合の高さは、いずれも世界一です。国が整備してきた高等教育と知的活動環境が、この結果を生んだのです」

・イスラエルが国策としてコンピューターサイエンスを狙った理由については「小国のイスラエルには、巨額の設備投資を必要とする重厚長大型産業は難しいためです」と、タドモア教授は語った。

<「国家ビジョン」が確立されている国>
・一方、その後も起業家を目指す人材を支援し続ける様々な制度もある。
 たとえば「ヨズマ」と呼ばれるプログラムは、起業家に投資するベンチャーキャピタルを国の内外から呼び寄せるために、イスラエル政府がマッチングファンドを提供する制度である。ヨズマはイスラエルの起業家と資本家の間のブリッジ役を見事に果たしている。

<「ユダヤ人は優秀」の謎>
・とはいえ、イスラエルが極めて教育熱心な国家であることは間違いない。現在のイスラエルには世界的にみても卓越した大学や研究機関が多数存在する。

<ワイツマン科学研究所の啓発プログラム>
・テルアビブ市内から車で南に30分ほど走ったレホヴォトに、ワイツマン科学研究所がある。緑に囲まれた広大なキャンパスに中に、数学、物理学、化学、生物学、コンピューターサイエンスなどの研究棟が立ち並び、研究者用のアパートやイベントホール等も整備されている。約1000人の研究者のほか、1100人以上の大学院生(うち約400人がポスドク)が日々、研究に打ち込んでいる。

・そうした歴史をもつワイツマン科学研究所は2011年、学術誌『サイエンティスト』が選ぶ「アメリカ以外で研究者が働きやすい場所」1位の座を獲得した。

<早い英語教育と英語を必要とする環境>
・イスラエルの英語教育は小学校で始まる。ただ、学校教育だけではない。それ以前から各家庭で子供たちが見るテレビ番組にはアメリカを中心とした海外番組が流れ、英語がそのまま音声を通じて日常空間に入り込んでいる。

<徴兵制度に替わるもの>
・日本は平和国家であり、徴兵制度とは縁がない。ただ、イスラエルの優秀な頭脳たちが、軍において安全保障という国家の最も重要なテーマに向き合って頭脳をさらに鍛え上げ、起業・イノベーションで成功しているという流れを見てくると、日本は安穏としていられないという気にもなる。日本の場合には、自衛隊の頭脳を民間がどう活用しているのかは、興味のあるところである。

<多様性「ダイバーシティ」>
・イスラエルの「移民効果」は、マクロにおいてはリスクテイカーが入ってくることによって、社会が新陳代謝されるという点が大きい。

<格差とナショナリズム>
・「イスラエルは確かにトップ層の知的レベルは非常に高いが、残りの多くには特にそう感じさせるものはない」

・むしろ問題は、「格差」にある。25歳から64歳までの一般的イスラエル人の場合、男性の84%、女性75%が就業しているが、アラブ系の女性と超正統派ユダヤ人男性はそれぞれ21%と27%にすぎない。

<日本の持続性とハイブリッドを目指す>
・世界で初めて人口減少と超高齢化を同時に迎える日本が引き続き、賑わいを取り戻して発展していくためにも、イノベーションが求められている。日本文化の成熟ぶりをポジティブにとらえることは、「クールジャパン」的には良いことかもしれぬが、成熟の後に衰退が来るのを甘んじて待つことは避けたい。国として持続的に発展するためには新陳代謝が必要である。キーワードは若い世代への大きな権限委譲、挑戦、失敗体験の機会提供、そして中間管理職のダイバーシティマネジメントスキルであろう。
 そんな日本への新たな刺激として「イスラエル・エコシステム」を取り入れることで、イノベーションと新陳代謝が促されることを期待したい。


『フランス人は1割しかお嫁に行かない』
親子3人パリに住んでみた
柴田久仁夫  東邦出版  2016/6/23



<フランス人は1割どころか、お嫁になんて誰も行かない!?>
・「フランス人は、1割しかお嫁に行かない」
本当かな、と思いますね。この本を書いた僕でさえ、最初は半信半疑でした。でも実際に統計にあたってみると、2010年とちょっと古い数字ですが、20代フランス人の婚姻率は、12.6%しかなかったのです。男女に分ければ、わずか6.3%ずつということになります。
 この20代の数字に30代を加えても、29.5%にとどまります。単純に計算すると、14.75%の女性と14.75%の男性が結婚しているだけ。フランスではその後も婚姻率は下がり続けてるはずですから、「フランス人は、1割しか嫁に行かない」とうたっても、あながちウソではないと言えます。

・一方でフランスは、事実婚率が他国に比べて非常に高いんですね。正式な婚姻手続きを取らなくても、各種社会保障などまったく同じように受けられることも、大きな理由のひとつです。この国では結婚せずに一緒に暮らし、家族を作ることに対し、社会的な偏見はほとんどありません。現職のフランソワ・オランド大統領からして、4人の婚外子のパパなのですから。

・なので今や事実婚の場合は、全カップルの50%に迫る勢いです。それを合せたフランス人の婚姻率は、むしろ日本より高いほど。そして出生率は日本をはるかにしのいで、平均すると家族当たり2人以上の子供がいるのは、ご存知の通りです。

・そもそもフランス女性には、「嫁に行く」という概念はありません(フランス語には「嫁」という単語がない)。本文でも詳しく紹介してますが、何百年も続くよほどの名家ならいざしらず、一般のフランス人家庭では、「家に嫁ぐ」という意識がまったくないのです。となると本書のタイトルは、いっそのこと「フランス女性は、誰もお嫁に行かない」がいいのかも………。

・この本はそんな結婚事情を始めとする、フランス・パリに暮らす僕たち日本人一家の見聞録です。

・そして、見た目は完全に日本人ながら、中身はフランス人的メンタリティがけっこう色濃い娘(こういうのをフランスでは、バナナと呼んだりします。そのココロは、「皮は黄色で中身は白い」という、身も蓋もないものです)。

<結婚>
<ごちゃまぜ婚も当たり前に>
・2年ほど前のフランスで、家族を扱った映画が大ヒットしたことがありました。『Qu’est-ce qu’on a fait au Bon Dieu?』、直訳すると、「神様、私たちがなにをしたというのです?」というタイトルの喜劇映画。日本でも『最高の花婿』という題で上映されました。話の展開は、きわめてシンプルなものです。
 裕福なブルジョワで、敬けんなカトリック教徒のフランス人一家がいました。ところが4人の娘たちのうち、上の3人が順にアラブ人、ユダヤ人、中国人と結婚してしまいます。ショックを受けつつ、義理の息子たちになんとか寛容なところを見せようとする両親。しかしついつい差別的な態度が出て、怒った娘たちは実家と絶縁状態に。そこで彼らは、末娘だけはなんとかまともなフランス人と結婚してほしいと願うのですが、その願いも空しく、末娘が連れてきた婚約者はアフリカ出身の黒人でした。しかも彼の父親は、かつての宗主国フランスが大嫌い。そこからドタバタが巻き起こるという粗筋です。
 この映画が面白いと思えるかどうかの境目は、おとぎ話と割り切ってすんなり物語のなかに入れるかどうか、だと思います。なにしろフランス人は日常的に、異文化、異宗教、異人種間のゴタゴタにさらされています。なのでこの映画のウソ臭さというか、最後は皆がわかり合い、和解するというあまりに安易なハッピーエンドぶりは、実生活では絶対にありえないとわかっているはずだからです。

・それでも封切り2カ月で、1000万人を超える人々が映画館に足を運びました。ハリウッドの大作でも、なかなか達成できない記録です。人生に対してちょっと斜に構えたところのあるフランス人たちも、素直な気持ちでこの映画の世界に浸り、十分に楽しんだということでしょう。
 4人の姉妹が全員非フランス人と結婚するというケースは、さすがに現実にはほとんどないと思います。でも一族の誰か一人が国際結婚をしたという例なら、僕の周りだけでも、日仏カップルに限らずいくらでもあります。

・そういえばパリ在住の日本人なら誰でも、フランス人に道を訊かれた経験があるはずです。うちの奥さんも暮らし始めてすぐの頃、まだフランス語もろくにできないのに、いきなり道を訊かれて困ったと言っていました。

<未婚じゃない、“非婚”の国>
・話を結婚に戻しましょう。少し古い統計ですが、2013年のフランスでは23万1225組のカップルが結婚式を挙げました。1日当たりに直すと、630組。というとものすごく多いように感じますが、第2次大戦以来、最も少ない数字なんだそうです。結婚する人数は年々減り続け、さらに婚姻年齢は高くなっています(男性32.3歳、女性30.5歳。その10年前の2003年は、男性30.6歳、女性28.5歳でした)。晩婚化はフランスに限らず、日本をはじめとする先進国共通の傾向ですが、フランスの場合、結婚数の減少や晩婚化とは裏腹に、出生率は増え続けています。

・大きな理由としては、手厚い家族手当があるわけですが、もうひとつ「PACS」の存在も見逃せません。1999年に制定されたパックスは、同性異性を問わず、事実婚のカップルに対して、法的婚姻関係とほぼ同等の権利を認めた制度です。税制、あるいは出産、子育ての優遇措置が受けられるもので、つまり法的に結婚していなくても、経済的なハンデを負うことなく家族が持てるわけです。その結果、パックスの申請者数は順調に増え続け、2013年には16万8126組に達しました。つまりフランスでは今や、一緒に暮らしているカップル10組のうち4組が事実婚、という計算になります。

・そしてそんな保守的な人々をいっそう憤激させたのが、2013年に成立した「同性婚法」でした。
 この法律はひとことで言えば、「性別を問わず、誰でも正式に結婚できる」というもの。その結果、同性カップルも市役所で市長立ち会いのもと、正式な結婚式を挙げられるようになりました。しかしこの法律がなによりも革新的だったのは、「同性婚、および同性カップルにも、養子を迎える権利を認めた」ことでした。というのもそれまでのフランスでは、「養子縁組ができるのは、(同性、異性に限らず)法的婚姻者のみ」だったからです。パックスの成立で同性カップルも法的婚姻者とほぼ同等の権利を得られるようになりましたが、「子を持つ」ことまでは無理でした。それがこの同性法によって、養子縁組が全面的に認められたのです。

<ベビーカーと男性カップル>
・法律施行からちょうど2年が経った2015年5月、『ルモンド』紙が「同性婚カップルのその後」をレポートしています。それによれば、この間に正式に結婚式を挙げた同性カップルは、1万7500組。2014年に限れば1万件で、これは同年の婚姻総数24万1000件の約4%を占めるとのことでした。そのうち男性同士が54%と女性同士よりやや比率が高く、平均年齢も女性同士の43歳に対して50歳と、ずいぶん高めでした。

・では同性婚法の目玉とも言うべき、養子縁組はどうなったでしょう。彼らのうち721の女性カップルが養子縁組を申請し、この記事が出た時点で281件の縁組許可が下りたということです(男性カップルの申請数は、未発表)。

・とはいえ同性婚に否定的な首長が存在していることはたしかでしょう。そこにはカトリックの伝統的な考えも影響していると思われます。信者数が減少しているとはいえ、フランスは依然としてカトリック大国です。そしてカトリックにとって同性愛行為は、罪深い行いとされます。

・同性婚の家族を扱った映画は、少なくともコメディの分野ではまだ出てきていません。笑い事ですませるにはちょっと生々しすぎる話題だと、製作者側が感じているからでしょうか。

<女たち>
<日本人妻はクリスマスにぐったり>
・それはさておき、それだけ大事なクリスマスですから、クリスマスプレゼントも気合が入ってます。日本だったら、小さな子供にサンタさんから贈りものが届く程度ですが、フランスの場合は家族全員が送り合います。

・こうやって買い込んだプレゼントを自家用車のトランクに詰め込んで、フランス人たちは両親宅へと向かうわけです。
 しかしそんな習わしが、フランスの日本人妻にかなりの重荷になっているようです。経済的な負担もさることながら、1人ひとりに毎年違うプレゼントを考えないといけない。ある奥さんが嫁いだ一族は、ご主人が5人兄妹ということもあって、クリスマスには総勢24人が勢ぞろいするそうです。自分たちの家族4人分も含め、全員に違うプレゼントを買うわけで、これはたしかに大変な労力です。

・フランスには結婚式や出産の際、事前に「欲しいものリスト」を作成し、プレゼントをくれそうな知人や友人たちに送付する、「リスト・ド・マリアージュ」「リスト・ド・ネサンス」という習慣があります。リストをもらった人は自分たちの懐具合と相談しながら、リストから商品を選びそれに見合った金額(あるいはその一部)を贈る、これならいらないものが贈られることもないし、贈る側の経済的負担も比較的少ない。実に合理的なシステムです。なのにクリスマスだけは、相手が喜ぶかどうかわからないものを毎年贈り続けている。

<実は「鬼嫁」だらけ?>
・フランスにも日本と同じような、いわゆる嫁姑関係はあるのか。これは、難しい質問です。そもそもフランス語に、「嫁」とか「姑」にあたる言葉はありません。第3者に紹介するときは、「義理の娘」とか「息子の妻」、逆の場合は「義父母」というだけです。
 何百年も続くよほどの名家なら話は別なのでしょうが、一般のフランス人家庭では「家に嫁ぐ」という意識がまったくないからだと思います。実際、「嫁と姑」の関係は、日本とはずいぶん違って見えます。

・こんな関係性を目のあたりにすると、フランスでは嫁姑問題なんて存在しないんじゃないかと思ってしまいます。そもそも両親が息子夫婦と同居することはほとんどなく、会うのはクリスマスとかだけですから、なおさらです。適度に離れて暮らしているぶん、いい関係を保てているんじゃないかと。
 ところがそんな僕の仮説は全然外れていると、冒頭で紹介した日本人の奥さんに言われてしまいました。「嫁姑問題は、日本よりはるかに激しいわよ」と、彼女は断言するのです。
「だってフランス人の嫁は、性格がきついでしょう(笑)。どうしても義父母と、折り合いが悪くなってしまうのよね。私の知り合いとか義弟夫婦を見ても、うまくいっていないのが普通だと言ってもいいぐらい。言いたいことをあれだけはっきり口に出したら、うまくいくわけがないわよね」
そのあたり、ぐっとこらえる日本人妻のほうが、まだうまくいっているという主張でした。

・それはともかく、フランス人家族の実家との付き合いも、日本同様に決して簡単ではないということですね。嫁姑の関係に至っては、むしろ日本以上にうまくいってないところが多いのかしれません。

<大統領のセクシーな私生活>
・ひとつたしかにいえるのは、この国は恋愛に対して実に寛大だということです。なにしろ僕がフランスに来てからの歴代大統領はことごとく、1人の例外もなく女性問題を起こしているのですが、それが自身の進退に繋がるとか、轟々たる非難を受けたとかいうことがありません。
 たとえばフランソワ・ミッテランは大統領就任直後、愛人の存在について問われ、「エ・アロール?(それが、なにか?)」と平然と答えたことが、日本でもずいぶん話題になりました。しかしフランス国内でそのとき以上にミッテランの女性問題が大騒ぎになったのは、それから約10年後に写真週刊誌『パリマッチ』が、隠し子との2ショットをスクープしたときです。

<権力者に愛人がいるのは当たり前だ>
・次のシラク大統領は前任者ほど派手ではなかったものの、日本に合計80回以上も旅行したのは愛する日本人女性に秘かに会うためだったというのは、パリに暮らす日本人のあいだでは公然の秘密でした。これがサルコジ大統領となると、はるかにすごい弾けっぷりを見せてくれます。これまで3度結婚しているのですが、2度目の妻セシリアを見初めたのは、彼女が有名なTV司会者とパリ郊外の市役所で結婚式を挙げたときでした。市長として立ち会ったその式で一目惚れ。思いが募った末、のちに彼女を略奪してしまうんですね。
 ところが大統領に就任する頃には2人の仲はすっかり冷え切り、彼女はサルコジ支持者の実業家とニューヨークに駆け落ち。その後いやいや復縁しましたが、たしか就任式にも出席しなかったような気がします。サルコジはまもなく離婚し、わずか3カ月後にはトップモデルで歌手のカーラ・ブルーニと再々婚しました。3年後、女児が誕生。「フランスの歴史上初めて、在任中パパになった大統領」と、当時のニュース番組でずいぶん揶揄されました。

・現在のオランド大統領も、この点では負けてません。長年事実婚だった女性政治家とのあいだに4人の子供まで設けましたが、大統領就任前にその関係を解消。未婚の大統領というのも、たしかフランス史上初めてだったはずです。その後、有名ジャーナリストと事実婚となりますが、大女優と密会していたことをまたも『パリマッチ』にすっぽ抜かれ、奥さんにはさっさと去られ、ついでにこれまでの行状を逐一暴露した本まで出版されてしまいます。

<「子供の送り迎え不倫」なんてのもアリ>
・知り合いに、子供を音楽学校に通わせてる夫婦がいるんですが、彼らが特に仲良くしているファミリーは、全員が母子家庭なんだと言ってました。フランスで小学校から音楽専門学校に通う子供たちは、9割以上が両親ともに音楽家です。そして多くの場合、裕福な音楽一家の出です。つまり音楽家の子供が、代々音楽家になっていくわけです。
 ところがそんな音楽家の夫たちに、若くて野心的な女性音楽家の卵が猛烈アタックを掛けてくるんだそうです。彼らはあえなく籠絡され、家庭を捨てて若い愛人の元へと走ってしまう。奥さんたちの実家は裕福ですから、生活の心配はない。かくして母子家庭が、増殖していくんだそうです。ちなみに若くて野心的な女性音楽家の卵に走った夫たちは、たいていの場合ほどなく捨てられるということでした。
 こういうのは、いかにも芸術家らしい特殊なケースかもしれません。でも中学生の我が娘の通っているごく普通の学校でも、恋愛大国ぶりは存分に見られます。

<パリのマダムは、老いても老けない>
・冒頭に出てきた日本人妻サチエさんは、そんなフランス女性たちを指して、「だからパリのマダムは、女子力が高い」とは、女性の魅力に溢れている、女であることをあきらめていない、あるいは女性性を前面に出している、というほどの意味でしょうか。
 たしかに彼女たちはいくつになっても、自分が女であることを主張し続けているというのは、純粋な僕も日々感じているところです。そしてパリのマダムの女子力が高いのは、まさに男性陣が彼女たちを女性として扱ってくれるからというのが、サチエさんの持論なわけです。



『日本が全体主義に陥る日』
旧ソ連邦・衛星国30ヵ国の真実
宮崎正弘   ビジネス社   2016/12/7



<ソ連崩壊から25年—―全体主義の呪いは本当に解けたのだろうか>
・日本でも戦後70年以上を経て、やっとこさ「歴史の真実」が次々と明るみに出始めた。
 フーバー大統領はルーズベルトを「狂人」と呼んでいた事実が判明した。ようやくフーバー回想録の邦訳が日の眼を見た。
「ヴェノナ文書」はソ連コミンテルンのスパイたちの交信記録である。「1940年から1944年にかけて、アメリカにいるソ連のスパイとソ連本国との暗号電文をアメリカ陸軍が密かに傍受し、1943年から1980年までの長期にわたって国家安全保障局(NSA)がイギリス情報部と連携して解読した」(江崎道朗『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』祥伝社新書)。

・要は日本に戦争を仕掛けたルーズベルト政権にはコミンテルンのスパイがごろごろといて幹部の位置を占めており、不都合な情報はすべて握りつぶし、大統領をたぶらかして、なんとしても日米開戦へもって行く目的があった。「アメリカを使って日本をたたきつぶす」というのがコミンテルンの当初からの秘密の戦略だった。日本が消耗し、その隙をつけばシナ大陸は共産化し、東欧諸国もごっそりとソ連影響下にいただける。
 ヤルタの密約でスターリンに騙されたルーズベルト、ワインを飲んでいたチャーチル。戦後、「中国と欧州を失ったのは誰か」と議論されたが、時すでに遅く、各地で共産主義独裁が成立していた。
 体制批判者は粛清され、国民は党の命令に背けば刑務所か労働改造か、あるいは処刑が待っていた。このため多くの知識人が沈黙を余儀なくされた、世界中で数千万の無辜の民、民主を求めて独裁と戦った知識人が消された、コミンテルンに呼応したアメリカにおけるソ連のスパイはルーズベルト政権の内部、それも政策決定権を持つレベルに浸透したばかりか、政党、マスコミ、教育界、労働組合に浸透した。キリスト教会、とりわけプロテスタント系にも、共産党と組んで偽装組織を雨後の筍のように増殖させた。YMCA、YWCAも工作された青年組織も根こそぎ共産党の「人民統一戦線」という戦術に騙されてしまった。

<民主主義をはき違えていないか>
・田中角栄以後、日本の政治は官僚政治から党人派政治となり、彼らには国家安全保障の根幹が希薄なため「介護」「待機児童」など枝葉の議論が優勢となった。「防衛」「憲法」「安全保障」は二の次であり、テレビの政治番組は目を覆うばかりに劣化し、背骨のないポピュリズムが蔓延し、声の大きい者、組織がバックにある者が当選しても理想を説く政治家は遠ざけられる。国家の基本は安全保障、つまり軍隊と警察の重要性がすっぽり日本の政治議論から抜け落ちている。
 政治家の役目とは理想と現実のギャップを一歩一歩埋めていくことだが、戦後日本は「理想」を喪失しており、国民も政治家にそれを求めなくなった。
 聖徳太子もソクラテスもアリストテレスもいない日本では理想に邁進する政治家は疎んじられ、カネと現実のどぶ板選挙で濾過された、ひ弱な人間が政を司る。この現状にまっとうな政治を待ち望むことは絶望的かもしれない。
 しかしそれでも全体主義よりマシな制度と言わなければならないだろう。

<旧ソ連圏の大反転>
・全体主義とはけっきょく、イデオロギーであり、一神教(宗教)であり、排外的ナショナリズムの狂気であり、生存への不安、焦燥、恐怖がある日、飢えや死から逃れようとして、狂気の行動を取るのだ。1917年のロシア革命、1949年の中国共産革命は大量の流血をともなって全体主義国家を産んだ。
 その影響はソ連の衛星国(東欧、モンゴルなど)と中国共産党の衛星国(ラオス、カンボジア)などを産んだ。そして全体主義=共産主義の悪性ウイルスは世界にばらまかれ、あちこちに愚行が繰り返され、悲劇を産む一方で、植民と経営に失敗した欧米列強は、皮肉にも被植民地からの移民を大量に受け入れ、ナショナル・アイデンティティ喪失の危機にさらされ、歴史の報復を受けている。
 この点で日本は海洋国家であり、単一民族であり、多神教であるがゆえにユーラシアが体験した全体主義とは無縁でいられた、歴史の僥倖に恵まれたとも言える。
 しかし、一度は破産したはずの共産主義あるいは社会主義運動が、ソ連崩壊以後は「グローバリズム」の隠れ蓑に本質を隠して、世界をグローバリズムという一神教思考で統一しようとした。そうだ、グローバリズムという妖怪も一種全体主義的である。
 その破産が世界中で現れ、米国にトランプ現象、英国のEU離脱、ドイツの新党運動も、いやイタリアにもオランダもフランスも政権与党を窮地に追い込むか、敗北させている。これが現代世界である。全体主義との戦いはまだまだ続くのである。

<むしろ全体主義に転落しそうなのは日本ではないのか>
<西側は言葉の戦争で負けている>
・「地球市民」「ボーダレス」「新自由主義」などの言葉は響きが良く耳障りにならず、まさか共産主義、全体主義の裏返しであることに気がつく人は少ない。いまはやりの「グローバリズム」とはかつて熱病のようにもてはやされた共産主義のメダルの裏側である。一種の全体主義なのだ。
 東西冷戦は自由主義諸国が勝利してソ連が崩壊した。中国は極度に警戒し、独裁体制を引き締めたが、共産主義イデオロギーは雲散霧消した。
 それから四半世紀を閲したというのに日本のメディアはまだまだ左翼偏向が強い。というよりGHQの洗脳から逃げきれない人たちが時代錯誤の暴論を繰り返している。彼らの好きな言葉は「平和」「市民」「反戦」である。
 事実に即さない、想像上の虚構から勝手に論理を組み立てた観念的な暴言が、あたかもラウドスピーカーのごとく左翼の大手新聞やテレビに登場してくる。このため一般読者を惑わすのである。

・ジャーナリスト自らが左翼のプロパガンダを拡大するという役目を担わされていても、それを自覚していない。自覚がないのに、ある程度の影響力を行使ができる人を「無自覚のエージェント」(UNWITTING AGENT)という。典型はかの鳩山由紀夫元首相だろう。影響力のある代理人」として中国やロシアの使い走りを自ら引き受ける。
 この区分けはスタニスラフ・レフチェンコ証言でも頻繁にでてくる。
KGB工作員だった。主として日本のメディア工作に当たった。80年代初頭にアメリカに亡命し、議会証言をしたが、当時の日本のメディアの中にうごめいた「ソ連の代理人」を具体例とともに挙げた。議会証言録は筆者が翻訳した(『ソ連スパイの手口』山手書房、絶版)。

・「平和」への信仰ぶりも同様である。
 中国、韓国のでたらめな歴史観に基づく強制連行、慰安婦=性奴隷、大虐殺など、日本はまさかとは思いながらも誠実に弁明し、釈明し、事実を認めたかのような謝罪を繰り返して、世界の笑いものとなった。謝罪とは日本以外の国では「金銭の補償」という意味である。この日本批判の合唱に巧妙に便乗してドイツ、英国、そして米国が日本を貶めるキャンペーンをしゃあしゃあと繰り出している。
 いずれも自らの過去の残虐さ、たとえば広島、長崎などの戦争犯罪を隠蔽するのに中国、韓国の日本批判は格好の隠れ蓑というわけだ。
 日本の目の前の脅威は指摘するまでもない。北朝鮮の核爆弾と、中国の軍拡を等閑視している日本のメディアの危うさ。
 かれらは「平和」という魔法の妖術を用いて大衆をたぶらかし、中国と北朝鮮の軍事力は「脅威」ではないと言いつのり、防衛を強化することに反対してきた。日本の防衛費は世界の常識であるGDPの2〜3%の半分以下、これでは独立国家とはいえないのではないか。

<軍国主義ファシストは中国だ>
・日本の隣には「北の核」に加えて、もう一つの独裁国家がある。
 醜悪な独裁体制で、情報をすべて統制し、国民を洗脳し、戦力を日々強め、日本に侵略を準備している国がある。日本の目の前にあって、不気味な軍事力威嚇を続ける中国の現実である。
 中国は問題をすり替えるために南京大虐殺という嘘放送を声高に繰り返し、不都合な事実を葬る。この遣り方に英国もドイツも黙っている。米国は広島・長崎、東京大空襲における大虐殺をほおかむりし、日本が残虐であったことに歴史を改竄した。

<「会議は踊る」、いまも踊る>
・英国の場合、この国はもともと連合王国である。女王陛下の権威は宗教が裏打ちしている。カソリックから別れた英国国教会が支配し、これを不服としたピューリタンは英国から海を越えてアメリカ大陸へ渡った。第2次世界大戦は、植民地支配が瓦解、ここへ旧植民地のインド、パキスタン、ナイジェリアあたりからどっと移民が混入し、EU加盟後はポーランドからも100万人、これでは伝統的歴史的価値観は喪失寸前となる。

・米国の場合、共通の目的は自由、民主、人権、法治となり、ファミリーヴァリューを尊ぶという共通性はあっても、多彩な宗教は国家の統一性を形成しない。このため政府と納税者、利益団体、地域エゴ混在、連帯感が欠如する。大統領選挙に見られるように、国家目標の分裂、政治の多元化は国内のまとまりをさせないという反作用を産みやすい。

<全体主義の呪いは日本で解けず>
・かくて日本ばかりか世界中で言語空間はおかしくなり、その混乱を衝いて左翼的な人々が全体主義の隠れ蓑として「反戦」「反原発」「環境」「男女賃金格差」「同性愛結婚」「ヘイトスピーチ」など面妖な言葉による、新しい洗脳工作が継続されている。
 
・中国でもネットで世界情勢が把握できる時代となったのに、精神的には全体主義の呪いが解けたはずなのに、中国人は崇高な芸術作品を追求するのではなく、目の前のカネ、贅沢な物品に狂奔し、精神性は極度に軽視され、拝金主義全盛となった。
ならば、日本は?
 これほどの自由を享受している国でも、左翼の洗脳効果がまだ尾を引いていて本物の絵画や音楽、小説は現れていない。
「芭蕉も西鶴もいない昭和元禄」は「平成元禄」となったが、過去に『源氏物語』や『古今集』を著して日本人の精神を高らかに謳歌したのは昔話。それこそ「文学の真昼を経験した民族には夕暮れを待つしかない」(三島由紀夫『日本文学小史』)という悲惨な状況に埋没したままである。
 グローバリズムの最先端を競うような亜流の思想か、黄昏の芸術、文学しか望めないのだろうか。全体主義の呪いはむしろ現代の日本に残留しているのではないのか。

<ラトビアと全体主義>
・ラトビアと全体主義という命題で、過去を考えると、やはり「リガの虐殺」というユダヤ人抹殺にラトビア人が手を貸した事実を避けるわけにはいかない。
 ホロコーストはナチスの仕業ではあるが、実際に手を下したのはナチスでもドイツでもないケースが夥しいのである。悪名高いアウシュヴィッツはポーランドであり、ウクライナでもベラルーシでも、あるいはロシアの大地でもナチス以前にユダヤ人虐殺の「ポグロム」が行われた。
 リガの虐殺はフォーサイスの『オデッサ・ファイル』にも詳しく書かれている。
「ユダヤ人虐殺の97%はドイツ国外で行われ、殺害者の半数はドイツ人でもなかった」(ティモシー・シュナイダー『ブラックアース』慶応大学出版会)。

・それは国家が崩壊し、生命が脅かされ、資源、土地、食料の限界が見えたときに襲われる生存パニック土台になったときに起こりうる。近年もルワンダ、ブルンジで、そしてスーダンで私たちは大量虐殺を目の前にした。
 中国の文革前後、数千万の人々が餓死、あるいは虐殺された。
 シュナイダー(エール大学教授)は、異常気象と食糧危機が再現し、国家が生存を保障するシステムを喪失すれば、ホロコーストはまた起きうると警告している。ラトビアに限らず、南隣のリトアニアでも、ユダヤ人虐殺はあった。



『あるオランダ人の「昭和ジャパン」論』
――不確かな平成から見た確かな昭和――
ハンス・ブリンクマン   ランダムハウス講談社  2009/10/8



<サラリーマン現象>
・戦後の日本において根本的に変わったのは自然環境や都市生活だけではない。新たに生まれた「サラリーマン」という就労集団により、日本の経済は大きく成長しようとしていた。月給取り(salaried workers)はどこの国にもいるが、「サラリーマン」は日本だけにしかいない。月給取りとサラリーマンは似ても似つかぬ代物だ。だから「サラリーマン」という言葉は、れっきとした日本語なのである。

・アメリカやヨーロッパでは、月給取りとは雇用契約を書面あるいは口頭で交わした人のことで、彼らの年齢は様々だ。契約は雇用主が解約する場合もあるし、
その逆の場合もある。しかもそうした解約はしばしば起こる。一方、戦後昭和のサラリーマンとは、高校もしくは大学卒と同時に企業に就職し、終身雇用が保障された就労集団だ。

・それでもこの奇妙な「現代版奉公契約」とも呼べるサラリーマンの健気な勤労態度は、昭和の日本を象徴する不朽のシンボルとして懐かしく語られる。

<日本の職場は今も昔も「和」とそこから導かれる「平等幻想」に重きがおかれてきた>
・勤勉で職場の和を乱すことのない人物だったら問題なく昇進できた。上層部の役職は別として、年功序列のおかげで昇進は能力に関係なく約束されていたので、初めは少ない給料も確実に増えた。

<サラリーマンは近視がち?>
・サラリーマンという職業はかつてもっとも望ましい職業とみなされ、中流家庭出身の若い女性たちは競って有望な独身サラリーマンと結婚したがった。日本の復興と高度成長に貢献し、豊かな中流層の台頭をうながしたのがサラリーマンだったといえよう。

<文明の衝突を避ける>
・私が働いていたオランダの銀行には三つの日本支店があり、管理職に就いていたのはオランダ人駐在員だったが、残りの行員は日本人だった。

・そこで役だったのが番頭制度だった。おそらく19世紀末以降、日本で商売をする外国の貿易会社などもこの制度を活用していたにちがいない。番頭には執行力をともなう権限はなかったが、管理職側からも従業員側からも信頼されていたので、いわば組織の長とみなされた。

<日本の柱――労働者たち>
・日本の農村部はこれまで政府から特別の待遇と保護を受けてきた。政府与党の権力維持にとってそうした農村地域は重要な票田であり、自民党議員は米作農家への補助金を約束することで、農家の票を確保してきた。

・あの頃、農村部と都市部の票はほぼ同等だった。その後、何度か調整はされたものの、適切な比率に及ばない。現在の農村部における一票は都市部のおよそ三票に値する。一、二度あった、長続きのしない政権交代を除き、ほぼ半世紀にわたり自民党が権力の座についていたのも、このおかげだったにちがいない。

<まずサービス、それから睡眠>
・高度経済成長期、工業地帯や都市部では、いわゆる労働倫理の考えが広まり、単純作業労働者も含めたすべての労働者に対し、常に「身体を動かす」ことや「完璧さ」を求める傾向が強まっていった。これは今でも変わらない。

・ヨーロッパが過去40年ちかく大量の外国人労働者を受け入れた理由は、暮らしが豊かになるにつれ自国の人間が単純労働に従事したがらなくなったからというが、日本人にはそうした労働に対する躊躇のようなものがないようだ。

<セックス・アンド・ザ・ジャパニーズ>
<取り繕った表情の裏には・・・>
・ビジネスマンや官僚が手軽で、後くされのない遊び、たとえば、昔の赤線地帯で愉しめたような、酒と女が主体の遊びのようなものを好むようになったため、芸者遊びはすたれていったともいわれている。1956年、売春防止法が制定され赤線は廃止されたものの、当然のごとく売買春は法の目をかいくぐって、時にはもっといかがわしい手段をとるようになっていった。

<温泉でのハプニング>
・外国人ということに加え、禁欲主義的な上司のおかげで、私自身は「洗練された好色な愉悦と遊戯」を体験する機会にあまり恵まれなかったものの、一度だけ例外があった。日本の某鉄鋼メーカーとの設備投資に対し、私たちの銀行が5年間のローンを提供したところ、お礼ということで九州の温泉旅行に招待された。銀行と鉄鋼メーカーの日本人と外国人の混合グループは飛行機で出かけた。山間の旅館に到着すると、さっそく大きな畳の間で宴会がはじまった。都会の洗練された芸者よりいくぶんか劣る地元の温泉芸者は、酒やウィスキーやきわどい冗談をしつこく勧めてきた。

・無邪気で無害な楽しい宴会は、あっという間に乱痴気騒ぎと化した。ひとり、ふたりと芸者の身体を触りはじめる者が現れ、相手を見つけるとただちに連れ立って各自の部屋へ退散しはじめた。あれほど紳士然としていた同行者たちがこれほど急激に豹変するとは、まったく驚いてしまったが、私も負けじとばかり、豊満な身体の田舎娘と一緒に風呂に浸かることにした。

・彼女の魅力は始めから終わりまで笑顔を絶やさなかったことぐらいだ。出された食事はまあまあだったし、全体的な雰囲気も官能的と言うより家庭的であったが、私としてはせっかくの週末を無駄に過ごしたと後悔した。それよりむしろ、銀行と顧客の健全であるべき関係に、明らかに好ましくないセックスのサービスが持ち込まれたという事実に私は苛立ちをおぼえた。

・こうしたいかがわしい乱痴気騒ぎも、当時だんだんと広まっていった企業ぐるみの海外セックスツアーに較べれば、微罪にすぎなかった。そうしたツアーの最初の行き先は台湾だった。現地の人が日本人男性や日本語に慣れているということで、北投温泉などへ出かけた。

・セックスツアーが盛んになるにつれ、各地で人権運動家たちは抗議のデモを展開した。しかしそうした抗議にも屈せず、80年代から相も変わらず日本企業のセックスツアーは執拗に続き、衰えることはない。

・「この問題の核心は、セックスツアーが公認のビジネス慣行のひとつとなってしまったことだ。企業はアルコールのようにセックスを接待や社員の慰労目的のために使っている」

・日本のビジネスマンだけが仕事の付き合いでセックスを利用していた、あるいは今でも利用しているわけではない。他のアジア諸国もビジネスにセックスをよく持ち込むといわれているし、アメリカやヨーロッパで生じる大スキャンダルを見ても、疑わしい取り引き(すなわち賄賂)のためにセックスを手段として用いることがしばしばある。しかし、日本がよそとちがうのは、集団で行うという点だ。

・たとえば2003年9月に起きた事件などはその典型といえよう。中国の珠海の5つ星ホテルが地元当局から営業停止処分を受けた。そのホテルで、5百人ちかくの地元の中国人女性が、16歳から37歳の日本人男性4百人を相手に売春行為を働いていたためだった。

<新しい日本女性>
・昭和の頃の日本の女性といえば「夫に仕えるおとなしい主婦」だった。それから、日本女性は目に見えて進歩した。男女同権を求めるだけではなく、結婚生活に不満があれば、ひと昔前に比べ今では離婚する傾向が強い。現在日本では、4組に1組が離婚するといわれている。2007年4月1日、離婚後も妻は夫の年金の半分を受け取ることが可能となる法律が施行された。この年金制度のおかげで「熟年離婚」は急増傾向にあるという。しかも離婚申請の9割は、妻からの三行半だ。退職した夫と46時中一緒にいることに馴染めないというのが最も多い理由らしい。

<もっとも重要な課題>
・本書では、おもに日本の社会と文化、そして多少の経済問題を中心に扱っているので、政治体制や政治家のモラルなどについての分析は不適当だろうし、私自身にはその力量も資格もないが、個人的な感想としては、日本の政治には緊急の大革新が必要だと思う。日本の政治にある程度明るい人間ならだれでも、政情の退屈さにうんざりしているにちがいない。

・その主な原因は制度を変えようという意欲がないからだ。2005年、衆議院(480議席)で新しく選出された国会議員133人の28パーセントは2世3世議員というのは、由々しき事とはいえまいか。さらに、その新米議員の平均年齢は52.3歳。国会における女性議員の割合も10パーセントに及ばず、経済協力開発機構(OECD)加盟国のなかでは日本は最下位から2番目だ(最下位はトルコ)。

<人口減少問題の解決策を模索し、そしてもっと啓蒙された政治をめざす。これが、日本の重要な課題だ。>
・世襲やジェンダーだけが政治改革の足枷になっているわけではない。統治の基本的なとらえ方そのものが問題だ。つまりそれは、政財界の大物が物事を決めるという文化から脱却し、有権者に対する開かれた議論へ移行することにより、日本は民主主義に対する本質的な信頼と理解を得ることができるだろう。

・既得権と政治的慣行が足を引っ張りあう現在の権力構造の内側から変わることは期待できない。それより、自らの洞察力を信じ、同世代の人々をまとめてゆける若者が、マンネリ化した現状を打開しなくてはならない。そうすれば、有権者の政治参加も刺激されるにちがいない。




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