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鬼や中世に勢力を拡大した天狗といった、常人の目には見えない存在が、人間社会に人知れず災いを振り撒いていると考えられるようになっていったのである。
[森羅万象]
2022年1月27日 21時34分の記事


(2022/1/27)

『鬼と異形の民俗学』
漂泊する異類異形の正体
飯倉義之 ウェッジ   2021/7/20


・現代に蘇る異類異形たち
酒吞童子、百鬼夜行、羅生門の鬼………
日本人が長い歴史のなかで追いやった「鬼」なるものの正体とは?

<令和の闇に躍る「鬼」>
・人はなぜ鬼退治を求めるのか。そもそも鬼とは何なのか。
 そもそも上古の時代においては鬼は穏、隠れたもの、目に見えぬものであった。私たちの生きるこの現世からはうかがうことのできない不可視の存在であり、その出現は凶事や災害の予兆であった。鬼は災害や疫病、飢饉や戦乱を知らせるモノであった。そうして時代が下り武士の世の中である中世に差し掛かるころ、鬼は災害や疫病、飢饉や戦乱の予兆ではなく、原因と考えられるようになっていった。鬼や中世に勢力を拡大した天狗といった、常人の目には見えない存在が、人間社会に人知れず災いを振り撒いていると考えられるようになっていったのである。
 そうした中世に作られたのが鬼退治・天狗退治の物語だった。『酒呑童子絵巻』では、京の都で狼藉を働く神出鬼没の酒呑童子とその配下の鬼たちを、源頼光と配下の四天王らが大江山で見つけ出し、神仏の加護と武力で退治する。『是害坊絵巻』では、中国から来た不可視の天狗「是害坊」が日本の高僧を誑かそうとする試みを、高僧を守護する仏の使者である、これまた不可視の護法童子が打ち砕く。
 世の中に災いをもたらすのが不可視の鬼などであるならば、英雄がその不可視の鬼を見つけ出し、退治して悪さを止めさせる物語は、禍の終息を望む人々にとっては安寧を与えてくれるものであっただろう。

<異形の怪物、ヤマタノオロチ――日本神話にみる鬼の原点>
<本来の「鬼」は、「化け物」「妖怪」である>
・日本の鬼はこれ以前からさまざまな文献・史料のなかに現れていて、じつは長い歴史をもっている。
 たとえば鎌倉時代の絵巻物をみると、「角をもたない鬼」を描くものがある。
 さらにさかのぼって奈良時代に編まれた『日本書紀』や『風土記』をひもとくと、そこに「鬼」という語を見出すことはできるが、その容貌についてはあまり細かい描写がない。また、「鬼」という漢字はオニではなく、モノ、カミと読まれることもあった。ちなみに、漢字としての「鬼」は「死者の魂」が原義である。
 どうやら、古代の日本人は、禍をもたらす正体不明の怪物や邪神、あるいは王権に服従しない異民族・異邦人のことをひろく「鬼」として観念していたらしい。

<『古事記』のヤマタノオロチ>
・やがて八頭八尾のオロチがほんとうにやってくるが、桶に入った酒を飲むと、酔いつぶれて寝てしまった。そこでスサノオは剣を抜き、オロチを切り刻んで斬殺。肥の河は真っ赤な地で染まった。
 このときオロチの尾を切り裂くと、中から剣が現れ出たが、スサノオはこれを霊剣とみなしてアマテラスに献上した。これが草薙剣(くさなぎのつるぎ)である。
 こうして見事にオロチを退治したスサノオは、出雲の須賀の地に宮を建て、クシナダヒメを妻にめとり、多くの子孫をもうけた。

<大蛇の「化け物」としてのヤマタノオロチ>
・蛇というと、とぐろをまく不気味な姿から、現代人には気色悪い生き物にみられがちだ。だが、美しい姫の前に奈良の三輪山の神オオモノヌシノカミが蛇の姿をとって示現したという『日本書紀』の挿話が暗示するように、その神秘的な形象、脱皮する生態などゆえに、古代の日本では、蛇は神の化身として崇敬される対象であり、生命力のシンボルとみなされていた。そして、仏教が流入すると、蛇信仰は、仏法守護神あるいは水神としての龍への信仰と習合していったのである。

<記紀が描いた鬼の原像>
・一般に、大蛇は水神、あるいはその化身とみなされている。
 このことから、「ヤマタノオロチとはしばしば氾濫を繰り返した肥の河(斐伊川)の象徴であり、ヤマタノオロチ退治の神話は、人びとを脅かす荒ぶる大蛇=暴れ河を英雄が制圧し、治水を成功させて、社会に平安をもたらした様を寓意している」という解釈がなされることが多い。

・このようにさまざまな解釈が成り立つが、「英雄が生贄を求める怪物を倒して弱者を救い、平穏や幸福を取り戻す」というこの神話の骨格は、これから本書でも紹介する後世のさまざまな鬼退治伝説に共通している。仮にここでヤマタノオロチを鬼に置き換えたとしても、それは神話・説話として十分に成り立つだろう。

<歴史に現れた原初の鬼たち――『日本書紀』の中の「まつろわぬ民」としての鬼>
<化外の民、異民族を「鬼」と呼んだ>
・神話ではなく、歴史の中では、どこまで鬼の記録をたどることができるだろうか。
 日本の史書で「鬼」という語が登場する最古の文献は、養老四年(720)に成立した『日本書紀』である(『古事記』には「鬼」の語は一度も出てこない)。

<天皇の葬儀を観察していた謎の鬼>
・まもなく葬儀が行われたが、その夕、朝倉山の上に大笠を着た鬼が現れ、葬儀をじっと見守っていたという。

<『出雲国風土記』が記録した一つ目の人喰い鬼>
・また、阿用の鬼は「目が一つ」だったという。
 一つ目の妖怪や神を、天目一箇神(あまのめひとつのかみ)という一つ目の神を奉じた山間地に住む鍛冶師たちの信仰伝承と関連づける説や、祭りの日まで生贄とすべき人や魚を聖別しておくために片目をつぶしておいた習俗に由来するととらえたりする説(柳田國男氏)もある。ともあれ、阿用の鬼についていえば、その「一つ目」は、「鬼」の不気味さ・異形さを端的に伝える、きわめて効果的な表現となっているのではなかろうか。

<鬼神を使役した役小角>
・役小角が鬼神を使役したという話は、後世には「役小角は前鬼・後鬼という一対の鬼を弟子にした」という伝説を生み、役小角の彫像や画像では、主の左右に童子風の、見ようによっては可愛らしい姿の二鬼を配するのがならいとなった。

<平安京を跋扈した鬼たち――王朝人を恐れさせた異界からの訪問者>
<『伊勢物語』が描く美女を喰った鬼の正体>
・だがじつは、この人喰い鬼のエピソードは、宮廷社会の醜聞が生み落としたものだった。『伊勢物語』の筆者は、種明かしをするかのように、この話のあとにこんな注記を加えている。

<この話は、二条の后(清和天皇の女御となり、陽成天皇を生んだ藤原高子のこと)が宮仕えしていたまだ若いころに、在原業平がその美貌を聞きつけて盗み、背負って逃げたときのものである。このとき、后の兄弟の藤原基経・国経が、宮中に参上する途中、彼女がひどく泣いているのを聞きつけ、引き留めて取り返した。それをこのように「鬼に喰われた」と言い換えたのだ。>
 藤原高子は当時としては長生きをし、延喜十年(910)に69歳で没している。

<内裏のすぐそばに不気味な鬼が出没>
・『伊勢物語』はあくまで物語で、在原業平の生涯をもとにしつつもフィクションの要素が濃い。しかし、平安時代のれっきとした史料にも、人喰い鬼にまつわる事件は記録されている。

・もっとも『日本三代実録』では、この事件記録に対しては「道行く人がある人に告げた話」、つまり伝聞であると断り書きされていて、事件が鬼の仕業だというのもあくまで世人の噂にすぎず、誰かがはっきりと鬼の姿をみたわけではない。したがって、謎の猟奇殺人事件の犯人として、「鬼」という幻想が持ちだされたにすぎないのかもしれない。
 しかし、正史に残されたこの記録からは、平安時代の宮廷人が鬼の存在をリアルに意識していたことをうかがうことができるだろう。

<琵琶を弾きこなす羅生門の鬼>
・『今昔物語集』は、羅城門の鬼が盗んだ玄象という琵琶を博雅にあっさり返した理由をとくに記していないが、玄象の音色を聞き分けた博雅の管弦の才能に鬼が感服した、というところなのだろう。

<鬼は音楽や詩歌に秀でたインテリだった>
・朱雀門は大内裏の、羅生門は平安京の外部との境界であった。そうしたマージナルなポイントには、音楽や詩歌に異常な才能をもった(まさしく鬼才である)、教養高い鬼が隠れ棲んでいる――というのも、王朝時代の鬼に対するイメージの典型のひとつだったのである。

<渡辺綱の戻橋鬼女伝説>
・勇猛な武将・渡辺綱が深夜の一条戻橋に出現した鬼女に襲われるが、逆にその腕を斬り落としたという武勇譚である。

<怪異の世界と隣り合わせだった魔都>
・ところで、平安時代なかばに編まれた辞書『和名抄』は、「鬼」についてこう解説する。「オニは隠(おん)の訛りで、鬼は、隠れて形をあらわすことを欲さないゆえにそう名づけられた」

<オニたちのパレード、百鬼夜行――都の夜を闊歩した闇の異形者たち>
<プレイボーイが都の真ん中で遭遇した鬼の行列>
・藤原常行は戸をそっと開けて外を見た――すると、なんと彼らは人間ではなく、とりどりに恐ろしい姿をした鬼たちであった。

<百鬼夜行の出没スポットだった二条大路周辺>
・ただし、奇妙なことに藤原師輔(もろすけ)の侍者たちの目には鬼たちの姿は見えなかったという。藤原師輔は儀礼儀式にやかましく、陰陽道的な禁忌や作法に人一倍神経質なたちだったらしいが、鬼を恐れるあまりに幻覚にでも襲われたのだろうか。それとも、師輔は一般人には見えない鬼を見ることができる特殊な能力の持ち主であったということなのか。
「あわわ」の語義は不詳だが、人が驚きふためく声とする説もある。その辻は現在の二条城のあたりである。

<一条戻橋にも出現した百鬼夜行>
・もう一つここで注目したいのは、「一つ目の鬼もいれば、角の生えた鬼、手が何本もある鬼、一本足で跳んでいる鬼もいる」と、鬼たちの姿が具体的に描写されている点である。『今昔物語集』が編まれた平安時代末期から、「鬼」は目に見えない存在ではなく、具体的な「異形」としてイメージされるようになってきたのである。それは現代の私たちの想像する「妖怪」に近いものともいえるのではないだろうか。

<鬼を操った安倍晴明――鬼気を退散させ、疫病を祓った陰陽師たち>
<朝廷専属の占い師だった陰陽師>
・平安時代、京の人びとは周囲にうごめく鬼の影に日夜怯えていたが、そんな人びとの不安や恐怖を払うべく、呪術を用いて鬼を退散させ、あるいは使役することを職掌とした人もいた。それが陰陽師である。

<陰陽師のスター、安倍晴明>
・貴族たちのあいだで占いや呪術が重んじられた平安時代には、陰陽師が大いにもてはやされたが、その代表が安倍晴明で、彼の名は現代においても陰陽師の代名詞となっている。

<鬼を封じる呪術を使った陰陽師>
・師の供奉をしていた若き日の安倍晴明が百鬼夜行を機敏に察知し、弟子から知らされた忠行は陰陽道の呪術を用いて鬼から身を守った、というエピソードである。具体的にどんな呪術を用いたのかは不詳だが、「陰陽師は鬼を退ける不思議な技術を身につけている」というのは、平安時代の人びとに普遍的な認識だったのだろう。

<陰陽師に仕えた「式神」という小鬼>
・さらにこの話には、安倍晴明が播磨国の陰陽師の挑戦を受けるも、その陰陽師が使役する「式神」を捕らえて降参させたという逸話が続き、晴明は自宅では式神を使って蔀戸(しとみど)の上げ下ろしや門の開閉をさせていたとか、晴明の死後もその屋敷ではごく最近まで式神の声が聞かれたといった噂話もつづられている。
「式神」は、識神とも書かれ、陰陽師が使役したとする神霊のことをさし、しばしば小鬼のような姿でイメージされる。

<疫病対策としての陰陽道の鬼気祭>
・陰陽師の鬼伝承の源泉は、このような疫神としての鬼を退散させる祭祀に取り組んだ平安京の陰陽師たちの姿に求められるのではないだろうか。彼らは、現代にたとえれば、新型コロナウイルスに立ち向かう医師たちということにもなろうか。
 安倍晴明とは、そんな有名無実の幾多の陰陽師たちのシンボルなのである。

<平安貴族を苦しめたモノノケ――『源氏物語』が描き出した心の中の鬼>
<法皇の前に現れた源融(みなもとのとおる)の幽霊>
・嵯峨天皇を父にもと平安時代初期の左大臣・源融(822〜895年)は生来、風流を好み、豪奢な生活を送ったことで知られる。
 鴨川のほとりの東六条に大邸宅。河原院を営んだが、その庭園には陸奥の塩釜の景色を模したもので、つねに海水を池に運び入れ、海の魚を泳がせ、塩屋には塩焼きの煙がたなびいていたという。 
融が深く愛したこの邸宅は、彼が亡くなったのちは宇多法皇(867〜931年)の手に渡るのだが、まもなくそこは怪異な事件の舞台となった。

<兵乱を巻き起こした天狗たち――仏法と王法を妨げる山の魔物>
<古代中国では天狗は流れ星のことだった>
・天狗というと、山伏姿で翼があり、鼻が高く赤ら顔の妖怪の姿を思い浮かべるのが相場だろう。しかし、それは近世になって定着したイメージで、鬼と同様に、天狗もそのイメージや伝承に変遷と歴史がある。

・流星としての天狗は、中国の民族宗教である道教では、日食を起こして赤子を病気にする、天を翔ける狗とされるようになっていった。しかし、そのような流星としての天狗という観念は、日本にはあまり定着することがなかった。
 われわれがイメージする天狗の萌芽がみられるのは、平安時代のなかばごろからだ。
 たとえば『源氏物語』の最終巻「夢浮橋」には、宇治川に入水するも横川僧都に救助された浮舟について、周囲から「天狗や木霊などにたぶらかされて連れ去られていたのか」といぶかる声があったと、僧都が語る場面がある。
 ここでは、天狗は山に住まう魔物として観念されているようである。

<『今昔物語集』に描かれた天狗>
・今は昔、智羅永寿という中国の強い天狗が、日本の修験僧と法力くらべをしようと日本に渡り、このことを聞いた日本の天狗に、空を飛んで比叡山に案内された。
 永寿は老法師に化けて石塔のわきで僧侶を待ち受けていたが、しばらくすると、余慶という高僧が輿に乗って山を下りてきた。永寿は余慶を襲おうとしたが、すると不思議なことに輿の上の余慶の姿が消え、代わりに炎がはげしく燃え上がったので、近づくことができず、怖くなって谷に逃げ込んだ。

<反体制のシンボルとなった天狗>
・憤死した崇徳はしだいに怨霊として人びとに恐れられるようになるが、一方で、没後の崇徳が大天狗として闇の世界に君臨したという伝説も語られた。

・南北朝の争乱がつづいたころ、上京した羽黒山の山伏・雲景は、老齢の山伏と知り合い、「私たちが住む日本無双の霊地を見せてあげましょう」といわれて、平安京西北の愛宕山に案内された。
 そこには立派な寺院があり、本堂の後ろの僧坊の座敷へ行くと、上座
には大きな金色の鳶がいて、周囲には大男や、天皇の礼服を着た高貴な身分とおぼしき人、水晶の数珠をつまぐる高僧らしき人などが居並んでいる。

<大江山の酒呑童子――鬼のイメージを決定づけた中世の英雄譚>
<南北朝時代に成立した酒吞童子伝説>
・再三記してきたように、平安時代、「鬼」という語は、広く妖怪一般をさすニュアンスで用いられていた。
 ところが、室町時代になると、そうした妖怪のなかで、頭に角を生やし、口に芽をもった容貌魁偉な怪物だけがとくに「鬼」と呼ばれるようになりはじめた。室町時代になってようやく、現代人にもなじみ深い鬼のイメージがかたまりだしたのである。

・伝説自体は平安時代を舞台としているが、話の原型が成立したのは南北朝ごろではないかといわれている。絵巻や御伽草子などのかたちで流布し、諸本の内容には大小の異同もあるが、現存する文献の中で最も古いものは、14世紀ごろに作られたと推測される絵巻物の『大江山絵詞』である。

<源頼光と四天王の鬼退治伝説>
・一条天皇(在位986〜1011年)の時代、都の若君・姫君がつぎつぎに失踪するという怪事件が起こった。陰陽師・安倍晴明の占いによって大江山に住む鬼王の仕業と判明すると、追討の武将として源頼光、藤原保昌(やすまさ)が朝廷によって選ばれた。
 二人は八幡・日吉・熊野・住吉の神々に加護を祈り、頼光は四天王(渡辺綱、坂田公時、卜部季武、平忠道もしくは貞通)、保昌は大宰少監(だざいのしょうげん)を従えて大江山に向かった。
 深山幽谷に分け入ると、とある山のほこらで老翁・老山伏・老僧・若き僧の四人に出会った。一行は老翁たちのアドバイスで山伏姿に変装し、彼らの案内で奥山に踏み分けてゆく。

・しばらくするとふたたび童子が現れて、廻国中の山伏とかたる一行に、自分の身の上を語りはじめた。
 酒を深く愛するゆえに眷属から酒呑童子と呼ばれている。昔は比叡山一帯を先祖代々の所領としていたが、伝教大師というけしからん坊主や桓武天皇に追い出された。うさばらしで時々大嵐や旱魃を起こした。百五十年ぐらい前から大江山に住み着いた……。
 上機嫌の童子に頼光はひそかに用意した毒酒をすすめ、やがて童子は酔っぱらって寝所に入った。
 やがて暗くなると、眷属の鬼たちがつぎつぎにあらわれ、一行を誑かそうと田楽に興じたり、仮装行列を演じたり、あるいは美女に化けて言い寄ったりする。しかし、頼光の鋭い眼光に圧倒され、「あれは都人の恐れる源頼光にちがいない」と噂して退散する。
 頼光と保昌は老翁の助けを借りて姿を消して城内に潜入したが、牢獄には藤原道長の息子や唐人が捕らわれていて、庭には人間を切り刻んで漬けた大きな桶が置かれ、無数の死体が散乱し、またある建物には鬼たちがたむろしていた。
 廓に戻った二人は仲間に自分たちが見た有様を話し、戦いの準備をした。
 そして一行は、老僧と若い僧の祈禱の力を借りて、童子が寝ていた鉄石でできた部屋の戸を開けて中に入った――するとそこにいたのは最前の童子ではなく、体長が5丈(15メートル)もある鬼で、頭と体は赤、左足は黒、右足は白、左手は青、右手は黄色と、5色に色分けられ、頭には5本の角を生やし、眼は15もあった。

<史実なのか、それともフィクションか>
・『大江山絵詞』は絵巻物だが、全体を見ていて目を引くのはやはり異形の鬼・酒吞童子の姿である。

・ところで、この起伏にとんだ鬼退治譚を読んでおそらく多くの人が気にかかるのは、これがなんらかの史実に拠っているのかどうか、ということではないだろうか。

・頼光四天王のひとりである渡辺綱は『平家物語』「剣巻」にも頼光の郎党として登場し、一条戻橋で鬼を斬っているが、彼の実在を証明する確実な史料はなく、これもすでに触れたが、架空人物説もある。
 このようなことからすれば、酒呑童子伝説は、史実とは切り離してあくまで伝説としてとらえられるべきなのだろうが、平安後期の『今昔物語集』には丹波の大江山をアジトとする盗賊の話もみえる。何らかの史実をもとにして書かれている可能性は排除できない。

<疫病祓いの陰陽道祭祀の寓意か>
・一方で、まったく別の観点から、この酒呑童子伝説を平安時代の史実、あるいは社会の現実を象徴的に反映させたものとみる立場もある。
 前出の高橋氏の諸説がそれで、同氏によると、酒呑童子の原像は、平安時代の都で猛威をふるった疫神、とくに疱瘡をはやらせた鬼神だという。

<吉備の温羅伝説――桃太郎の鬼退治の舞台はほんとうに岡山か>
<吉備津神社に伝わる温羅伝説>
・桃太郎についてもさまざまな研究があるが、そのルーツとしてしばしば指摘されるのが、岡山の吉備津神社(岡山市北区吉備津)を中心に伝わる「温羅(うら)」という鬼にまつわる伝説だ。

・この温羅伝説で鬼退治のヒーローとして活躍する大吉備津彦命は『古事記』『日本書紀』に第七代孝霊天皇の皇子として登場する人物で、祟神朝にいわゆる「四道将軍」のひとりとして西道(山陽道)つまり岡山方面の平定に朝廷から派遣されている。なかば神話的人物だが、吉備津神社は彼を祭神としており、温羅伝説は同社の成立縁起にもなっている。

<酒吞童子伝説と温羅伝説の類似が語ること>
・桃太郎との関係はどうだろうか。
 先に記したように、桃太郎童話の成立は室町時代にさかのぼるが、その発祥地は明確ではない。桃太郎童話は、話の細部を微妙に変えつつも、全国各地で民話として語り伝えられてきたからだ。
「桃太郎のモデルは吉備津彦」「鬼ヶ島のモデルは鬼ノ城」といった話を聞いたことがある読者もいるかもしれないが、桃太郎伝説発祥地を称する土地は全国にいくつもあり、岡山はそのうちのひとつにすぎない。
 しかも、桃太郎岡山発祥説が本格的に唱えられるようになったのは、どうやら昭和に入ってかららしい。

<日本の闇に蠢く「異形のもの」列伝――異界からの訪問者を総覧する>
・日本の伝説・史書に現れる異形の化け物は、もちろん鬼に限られるわけではない。逆にいえば、鬼は、日本人が伝承し、恐れてきた、多種多様な怪異・異類のなかのひとつであるにすぎない。

<土蜘蛛(つちぐも)>
・土蜘蛛とは、古代において、天皇や朝廷への服従を拒んだ土着民・土豪に対して用いられた蔑称である。
『古事記』では「土雲」と書かれるが、神武天皇が東征した際、忍坂(おさか)(奈良県桜井市忍阪(おつさか))で倒される民として登場する。彼らは大室(おおむろや)(穴倉)に住み、尾が生えていたという。『日本書紀』では、神武に抵抗した土蜘蛛の容貌が「からだが短く、手足が長く、侏儒(ひきひと)に似ていた」と形容されている。景行天皇紀の天皇西征の記事にも土蜘蛛が登場するが、彼らは九州豊後国(大分県中部・南部)の岩屋に住み、やはり皇命に従わなかったので、征伐されている。

・このように、土蜘蛛は朝廷側から敵視・蔑視されていたが、珍しいことながら、『風土記』には彼らを好意的に記す箇所もある。
「大山田女、狭山田女という二人の土蜘蛛がニニギノミコトに稲作を教えた」というのがそれで、土蜘蛛が文化英雄的な性格も有していたことを示唆している。
 土蜘蛛は、弱者・敗者だったがゆえに征服者側によって異形の姿にイメージされたが、ローカルな視点からみれば、未開の沃野を切り拓いた英雄であり、勇者であった。そして結果的に王権に服従し、その支配下に組み込まれた土蜘蛛もいたが、大多数の土蜘蛛は討たれたり追いやられたりして姿を消していった。

<仏教系の鬼>
◉餓鬼 サンスクリット語ではプレタといい、元来は「死者」「死者霊」を意味した。仏教では、輪廻する世界である六道のひとつである餓鬼道の存在を餓鬼と呼んでいる。餓鬼道は畜生(動物)道の下位にあり、嫉妬深かったり物惜しみや貪りの心が強かったりする人間が死後に転生する世界で、ここに転生すると餓鬼となり、食べ物や飲み物を得られずに飢えに苦しむ。腹のみふくれた、やせ細った姿で描かれる。

◉夜叉 サンスクリット語でヤクシャ、パーリ語でヤッカという。薬叉とも書かれる。古代インドで森林に住むと信じられた神霊がルーツ。仏教には仏法護持の守護神として取り入れられたが、悪人を喰い、善人を守護するとされた。また特定の神霊を指すのではなく、仏教の鬼類全般の総称とされるが、毘沙門天の眷属や、釈迦の眷属である八部衆のひとつにこの名をもつ尊格がある。

◉羅刹 サンスクリット語でラークシャサ、パーリ語でラッカサという。インド神話に登場する悪魔の一種で、しばしば夜叉と同一視されるが、人をたぶらかし、血肉を喰うという。仏教には仏法の守護神として取り入れられ、十二天のひとつに、西南の方位を守護するものとして羅刹天がいる。甲冑をつけ、刀を持った姿で描かれる。また、『法華経』には、法華行者の守護神として鬼子母神とともに十羅刹女つまり十人の羅刹女が説かれている。

◉天邪鬼(あまのじゃく) 仏教で北方を司る護法神である毘沙門天の鎧の腹部にある鬼面のことを、中国では海若、河伯などと呼んだ。日本では海苔の訓読「あまのじゃく」から、人間の望みを邪魔する日本古来の妖怪・天邪鬼と習合してこの字があてられるようになったものらしく、毘沙門天を含む天部の諸神が足で踏みつけている小鬼のことも天邪鬼、あるいはたんに邪鬼と呼ぶようになった。

<天狗>
・山を住みかとする妖怪の一種。赤ら顔で鼻が高く、眼光が鋭く、鳥のようなくちばしをもっていて、山伏のような服装で羽団扇をもっているというのが一般的なイメージで、自在に空を飛ぶことができるという。

・そして、修験道の主要な霊場には固有名をもつ大天狗が棲んでいると信じられるようになった。俗に「八天狗」と称される天狗界の有名なボスたちを紹介してみよう。

◉愛宕山の太郎坊  京都・愛宕山に棲む大天狗。「日本第一の天狗」と称される。

◉鞍馬山の僧正坊  京都・鞍馬山の僧正ガ谷に棲む。源義経(牛若丸)に兵法の奥義を伝授したという。僧正ガ谷の天狗の居処とされる場所に、現在は魔王殿が建つ。魔王殿は魔王尊が降臨した地と伝えられるが、魔王殿は鞍馬の大天狗を神格化したものだろう。牛若丸に剣術を教えたという伝説の大天狗は、鬼一法眼と同一視されることがある。

◉比良山の次郎坊  琵琶湖西岸の比良嶽に棲む。愛宕山の太郎坊についで神通力があるという。

◉飯縄(いづな)の三郎坊  信州の飯縄山(飯綱山)に棲む。飯縄修験者に信仰された飯縄権現は白狐に乗った天狗形で描かれるので、三郎坊への信仰も習合しているのだろう。

◉大山の伯耆坊(ほうきぼう)  伯耆大山(鳥取県)に棲む。大山は大智明権現を祀る修験霊場として栄えた。

◉彦山の豊前坊  福岡県の英彦山(ひこさん)(彦山)に棲む。英彦山は一大修験霊場で、山内には豊前坊という坊社があった。

◉大峰の前鬼坊  修験道の根本道場である大峰山を拠点とする。

◉白峯の相模坊  讃岐の白峯山(香川県坂出市)が拠点。

 これらの大天狗は反体制的な魔王として恐れられたが、勧善懲悪・仏法守護を行うこともあり、善悪両面の要素をもつ。

・江戸時代後期のことだが、江戸下谷の寅吉という少年が「天狗にさらわれて常陸国の山中の仙境を訪れ、現界と往還をして神仙の修行を積んだ」という趣旨の証言をして話題を集めた。これに強く関心を抱いたのが国学者の平田篤胤で、彼は少年寅吉を自宅に招いて詳しく話を聞き、『仙境異聞』という書をものにした。寅吉によれば、仙境のリーダーは、杉山僧正という名の天狗の首領だったという。

<憑き物>
・「憑き物」は、文字通りの意味では「ある人間に憑依したモノ(霊的存在)」のことである。だが、民俗学や民間信仰の世界では、人間や家に取り憑いて病気や死などの不幸をもたらすと信じられた、動物の霊のことをとくに「憑き物」と呼ぶ。
 憑き物になる動物、つまり人や家に憑依すると信じられた動物の例としては、キツネやイヌ、ヘビ、タヌキ、ネコ、サルなどが挙げられるが、とりわけキツネとイヌが憑き物となるケースが多く、憑き物としてのイヌの霊はイヌガミ、インガメなどと呼ばれる。

・具体的なケースを想定してみよう。たとえば、ある村落の住人の言動が急におかしくなり、イヌのような妙な唸り声をあげたり、四つん這いになって歩き出したりしたとする。すると家族はこれをイヌガミに憑かれたためと信じ、祈禱師を呼んで祓い落としてもらう。祈禱のあいだ、その人物はあばれたりはねたりするが、やがておさまって普段の状態に戻る。このような憑き物現象は、昭和年代までは地方ではけっして珍しいことではなかった。

・憑き物には地域ごとの傾向や特色があり、たとえば、イヌガミは四国に多いが、関東地方にはオサキ、中部地方はクダショウ、山陰にはニンコなどと呼ばれる憑き物があり、これらはキツネの霊の一種とされている。また、トウビョウと呼ばれる蛇系の憑き物は中国・四国に多く分布する。飛騨地方のゴンボダネ(牛蒡種)のように、その正体が動物霊かどうかもはっきりしない例もある。

<河童>
・川や沼、池などの水界に棲むと信じられてきた妖怪である。全国に伝承があるが、カッパという呼び名はもとは関東地方で用いられたもので、カワコ、カワランベ、ガメ、エンコウ、カワシソウ、ミズシ、メドチ、水虎など、地域によってじつに多様な呼称がみられる。

・河童の歴史はそう古いものではない。文献上の記述では文安元年(1444)序の『下学集(かがくしゅう)』という辞書にみえる「獺(かわうそ)老いて河童(かはらふ)になる」が最古とされている。また、水辺に出没する童形の妖怪をめぐっては各地に伝承があり、前記したように種々の名称で呼ばれていた。しかし江戸時代になると、これらを実在するらしい動物と考えた本草学者(博物学者)らによって、カッパ(河童)と総称されるようになり、それが浸透して今に至ったのである。

・だが民間伝承には、「高名な大工が社寺や城を建立する際、木偶人形や藁人形を作って命を吹き込み、それを使役して建築を完成させた。工事後、その人形は邪魔になったので川に捨てられたが、それが河童になった」といった内容の起原譚もみられ、このことから、河原やその周辺を居処とした職能民と河童との関係性を指摘する説もある。河童の「正体」も鬼同様、一つには決められそうもない。
 河童というと川や池に棲息するものと思われがちだが、対馬や五島列島では海に棲むものとされた。また、「秋は山に入り、春は川に降りる」、「猿に似ている」など、河童伝承には思いのほか多様性がある。

<岩木山――シャーマンに霊感を授けた津軽の鬼が住まう 青森県弘前市>
<赤倉が岳の麓は女性シャーマンの修行場>
・岩木山は津軽富士とも呼ばれる津軽のシンボルだが、この山には鬼が棲んでいるとする伝説が古くからある。

・江戸時代後期の国学者・菅江真澄は寛政十年(1798)に津軽を旅した際、赤倉が岳に登っているが、「ここには鬼神がかくれすんでいて、時には怪しいものが峰をのぼり、ふもとにくだるという。その身の丈は相撲の関取よりも高く、やせくろずんだその姿を見た人もあるが、それを一目見ても、恐怖のあまり病のおこる者がある」と書き留めている。

<赤倉の鬼を祀る鬼神社>
・ところが、じつは鬼神社は地元では「オニ神社」「オニガミサマ」とも呼ばれていて、今説明したものとは異なる、鬼に関連するつぎのような興味深い神社縁起も伝わっているのだ。
 
 昔、村に弥十郎という正直でおとなしい農夫がいた。ある日、岩木山の赤倉へ薪伐りに入ったが、山中で見たこともない怖ろし気な大男に出会った。これが山の大人(おおひと)(鬼)であった。弥十郎はその後、大人とたびたび会って親しくなり、大人は弥十郎の家に薪をどっさり運んでくれた。さらには、田畑の開墾まで手伝ってくれた。

・つまり、鬼神社は赤倉が岳に棲んでいた鬼を神として祀っているのである。

<貴船神社と深泥池――鬼の子孫が伝える古社と豆塚>
<貴船神社の社人・舌氏の先祖は牛鬼>
・昔むかし、天上からこの地に貴船の神々が天降ったとき、仏国童子という者もともに降った。天上のことは一切しゃべってはいけないという掟があったが、童子はこの掟を破ったため、貴船大明神は怒って童子の舌を八つに裂いた。童子は吉野山に逃げ込み、そこで五鬼などを従えていた。
 童子はやがて貴船山に帰り、山中の鏡岩に隠れていたが、これを知った貴船大明神は、3年後、再び童子を召し返し、仕えさせた。
 あるとき、大明神が怒って童子を鉄の弓で射、また鉄の鎖で縛りつけようとしたが、童子はこれをかわし、130歳のときには、雷とともに天にのぼってしまった。
 仏国童子から四代目の安国童子までは牛鬼の姿をしていたが、五代目から人間の姿になり、子孫代々、大明神に仕え奉った。また、先祖の苦難を忘れないために、名字を「舌」と名乗り、家紋には菱の中に八の字をもうけたものを使った。
 貴船神社の社人・舌氏の始祖・仏国童子は、貴船大明神に従って天上から降臨した異形の鬼であったというのである。鬼が「童子」と名乗っている点には、酒吞童子と通じるものがある。

<八瀬の里――天皇行幸に供奉した鬼の子孫の故郷>
<延暦寺の麓にある鬼の里>
・八瀬童子は比叡山の門跡が閻魔王宮から帰るときに輿を舁(か)いてきた鬼の子孫だという。つまり、八瀬童子の先祖は、延暦寺の座主が冥府を往来する際に輿をかついで供奉した鬼だというのである。

<昭和天皇の葬儀にも供奉した八瀬童子>
・江戸時代の諸書によると、八瀬の人びとは髪が総髪、すなわち月代(さかやき)を剃らぬざんばら髪で、言葉も京市中とは異なり、独特の風俗を有していたという。また、村人が1年ごとに交代で神主を務める宮座が古くから営まれていたという。
 ふつうの人たちとは明らかに異なる習俗は、彼らを鬼の子孫とする伝承に説得力を与えるもので、また八瀬童子のカリスマ性を示すものであっただろう。早くから八瀬童子に注目した柳田國男氏は「鬼の子孫」という論考のなかで、八瀬童子はある神を奉じてこの地にやって来た集団であろうと指摘している。



『竜であり蛇であるわれらが神々 (上)』
人類の起源と闇の支配一族レプティリアンの血流
デーヴィッド・アイク 徳間書店  2007/8/1



<隠蔽、秘匿された10万年以上にわたる人類の真の歴史>
・西暦391年、アレキサンドリアの大図書館が破壊されたとき、アトランティスについて記述した「10万年以上にわたる人類の真の歴史」と呼ばれる文書が、他の数千の書物とともに破棄されたとある。

・イルミナティは真実の歴史を秘匿し、それを地球人(また、地球原住民大衆)に対して隠蔽し切らなければならない。アレキサンドリア大図書館の徹底的な破壊はこのようにして、キリスト教会の仮面を付けたイルミナティによってなされなければならなかった。

<レプティリアンは、地球産の爬虫類とはまったく異質>
・超太古の時代から、地球には何種類かの、高度に発達した文明を持つ異星人が来ていた。最初、彼らは地球を観察した。それから、アトランティス大陸、ムー大陸に、文明を構築した。そして最後に、レプティリアン(爬虫類人)型の異星人(アヌンナキ)は、地球に定着して秘密結社を作り、地球原住民を彼らの奴隷、もしくは彼らの家畜人間として使役した、と言う。

<超古代を源とする「蛇のカルト」イルミナティ>
・蛇は、恐竜が滅びたあと、現代の地球に生き残っている爬虫類の代表である。地球を支配している爬虫類人的異星人が、蛇を彼らの存在の秘密の象徴として常用し、愛用する必然性は、今やわれわれにも容易に理解できるであろう。
 世界最大秘密結社フリーメイソンは、蛇のカルトの隠れ蓑である、とアイクは言う。しかし、メイソンのメンバーの大部分はそのことに気づいていないと。

・「蛇のカルト」は、「イルミナティ」とも言われる。イルミナティの首都は、まず、バビロンに建設され、次に、ローマに移り、そして今、ロンドンに在ると。
 バビロン、ローマ、ロンドンは、それぞれ別の存在、別の国家と体制であるかのごとく見せかけられているが、それは家畜人たるべき地球原人向けの作り話である、と言う。

<西洋社会の本体、秘密結社>
爬虫類人的異星人
人間の恰好をした異星人(異星人と地球人の混血、つまり、異星人の血統の地球人)
異星人の血は入っていないけれども、その抑圧下にあるエリート人間
シープ・ドッグ。羊を監視する犬の役割を果たす人類の5%(人類)
羊の大群としての一般人、地球人の95%(人類)

・アイクが本書そして前著『大いなる秘密』によって開示した地球の支配構造は左のごとくである。
 西洋社会の本体は秘密結社である、と言われる。つまり、西洋の中枢部分は、ブラックボックスである。
項の爬虫類人的異星人は、その上、またはその奥、アイクの表現では、下層第四次元の世界に棲む。
つまり、彼らの奴隷または家畜人間としての地球原住民には見えない。ただし、英国諜報機関の有力なエージェントとしてのSF作家アーサー・クラークの古典的な作品『幼年期の終り』には、地球人の上に君臨するオーバーロード(上帝、天帝)が、あるとき、姿を現すことになっている。そしてそれは実に、地球原人が長い間「悪魔」としてきたもの、そのものの姿であった、と言う。
項、すなわち、一応人間らしくは見える、異星人と地球人の混血人間は、必要に応じてシェイプ・シフト(変身)すると言う。つまり、人間から爬虫類人的異星人に変わるわけである。

・しかし、問題の根本は爬虫類人、というところにある。つまり、「爬虫類的=無惰性、非情性」である。

<「情」「情緒」の日本人の出番か?>
・地球史では、爬虫類の全盛時代が数千万年間続き、天変地異事象によって大型爬虫類=恐竜は絶滅した、ということになっている。すると、哺乳類が爆発的に進化して、最後に人類が登場するのである。爬虫類人的異星人の地球支配説を立てるとして、その異星人の故郷の星のデータを、われわれは知らない。
 地球の生物の分類では、爬虫類は卵生であり、そして親は卵を産みっ放しにする。地球に植民した爬虫類人的異星人の地球支配説を立てるとして、その異星人の故郷の星のデータを、われわれは知らない。
 地球の生物の分類では、爬虫類は卵生であり、そして親は卵を産みっ放しにする。地球に植民した爬虫類人的異星人は、卵生なのか。そもそも哺乳類的に胎生なのか。それは中心問題であるはずだが、この点は、アイクも、その他の西洋の研究者たちも、明らかにしていない。
 地球上では、爬虫類と哺乳類のクロスブリーディングはありえない。

<王の血族>
・「その昔、『神々』が、アトランティスの人びとと肉体的に交わりはじめたことが、『王家』すなわち『王の血族』が権力の座に就き、アトランティスの人びとを支配するきっかけとなった。当時、王族はアトランティスの人びとから神々と崇められていた。これらの人間が、レムリア・前期アトランティス時代に終止符を打った最初の大変動が起こるまで、アトランティスを支配していたのだ。これとほぼ同時期、あるいはもう少し後に、レプティリアンも同じようにしてこの地域で人類と関わりを持った…………という可能性はある」

・「人類は、紀元前7万年あるいはレムリア・前期アトランティス時代の中盤あたりから、管理・支配されてきた。これには地球外生物のグループがいくつも関わっており、それか一つだけのグループに帰することはできない。直接接触するという計画に参加した主要グループは三つあり、これらのグループがこの種の操作やら何やらを始めたのだ。レプティリアンも独自の目的のために似たような調査を行っており、これら星間連合の警備部門にもまず間違いなく潜り込んでいる」

・しかしながら私自身は、レプティリアンは昨今ますますこの人類操作における支配的勢力になってきたように感じている。彼らは交配計画を通じてノルディックの血流に潜り込み、密かに彼らのDNAを作り変えて彼らの「王族」となった。このようなことが、最古のサンスクリット文書の一つである『ドジアンの書』や、叙事詩「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ」のようなインド(かつてインダス文明が栄えた地)の作品のなかにはっきりと書かれているのを私は発見した。『ドジアンの書』には、そこでは「サルパ」または「偉大なる竜」と呼ばれるレプティリアンの種族が空からやって来て世界に文明を授けたと書かれている。また、「黄金時代」を終わらせた大洪水は「巨人族」(ノルディックのことか?)を絶滅させたが、蛇神たちは戻って来て支配したとある。彼らは、人間の顔をしているが、竜のしっぽがついている。そのリーダーは「偉大なる竜」と呼ばれ、これがペンドラゴン(「偉大なる竜」)という古代イギリスの王の中の王を表す称号の起源である。アメリカのあの悪名高きフリーメイソンの「神」、アルバート・パイクが創ったイルミナティの秘密結社、クー・クラックス・クランは、今日でも「大いなる竜(グランド・ドラゴン)」という言葉を使っている。アヌンナキとの混血種族を指すインドのヒンドゥーの言葉は「ナーガ」だが、「ドラヴィダ人」や「ダスユ」の名前でも知られていた。

・19世紀後半、ムー(レムリア)の存在についての熱心な研究家、ジャームズ・チャーチワード大佐は、北イタリアにある修道院の秘密の地下室で古代文献を見せてもらった。そこには、レムリア(ムー)大陸から来た「ナーカル」、すなわち「ナーガ・マヤ」(「蛇たち」)がビルマを通ってインドにたどり着き、そこにコロニーを形成した様子が書かれていた。

・「ナーガは高度に発展した科学技術を持つ非常に進んだ種族であると書かれている。彼らは人類を蔑視しており、誘拐や拷問や交配をするほか、食べることさえあると言われている。おそらく、その交配により、完全に爬虫類的な姿からほぼ人間に近い姿まで、さまざまな形の生物が生まれたと考えられる。彼らが使うたくさんの装置のなかに、「殺人光線」と円盤状の飛行機『ヴィマーナ』がある。この飛行機については、『バガヴァゥド・ギーター』や『ラーマーヤナ』を含む多くの『ヴェーダ』文献に長々と説明されている。ナーガ族はもう一つの地下種族であるヒンドゥー教の鬼神、『ラークシャサ』と繋がりがある。彼らは一人ひとり『魔法の石』、すなわち眉間に『第三の目』を持っている」

<ナーガ(インド王家)は人間にも爬虫類にも自在に変身>
・支配者たる「王族」や皇帝が「蛇の神々」の子孫であり、神々から統治権を授けられたというテーマは、古代世界のいたるところに見られる。こういった血統や繋がりは、竜、蛇、スフィンクス、羽蛇、あるいは木の十字架、アンク十字をかたどった王族の紋章に象徴されている。

・インドの仏教典『翻訳名義大集』にはナーガの子孫である王、「蛇王」80人が記されている。ヒンドゥーの伝説では、ナーガは人間の姿にも爬虫類の姿にも自在に変化することができたと言われている。これがいわゆる「変身」である。インド中の支配者がみな、ナーガの子孫だという理由で権力を主張した。ブッダもナーガの王家の血筋だと言われているが、当時の王族は、みんなそうに違いないのだ。今日カシミールと呼ばれる地に王国を築いたのもナーガで、ここでもまた彼らの子孫が支配を行った。中国の皇帝もまたしかり。彼らは「竜」として知られ、初期の皇帝の多くはナーガによく似たレプティリアンの姿に描かれている。そのうちの一人、始皇帝は、生まれたとき「竜のような顔つき」をしていたと言われている。北斗七星から金色の光線が母親の腹に入り、それで彼をみごもったのだそうだ。北斗七星にはエジプトの悪神セトの星、りゅう座のα星がある。りゅう座のα星は、「ドラコ」・レプティリアンの「王族」の本拠地と言われている。

・前にも述べたが「ノアの子孫」であるということは、イルミナティの血流であることを意味する。古代の書物や文献を調べれば、彼の出生に関する不可思議な記述が見つかるだろう。エチオピアの古文書『ケブラ・ナガスト』は何千年も前のものであるが、それには人類の女性と「神々」との性的結合から生まれた巨大サイズの赤ん坊のことが書かれている。

・もう一つは、シュメールの洪水の英雄という意味のセム語ウトナピシュティム、つまりノアに関する話だ。古代ヘブライ語の文献「ノア書」とそこから派生した「エノク書」にはノアの誕生について触れられており、その話は1947年にイスラエルで発見された「死海文書」にも現れる。この文書は2000年前パレスチナで栄えたエッセネ派と繋がりがある。ノアはレメクの息子だが、人間らしくなく、どちらかというと「天使の子ども」のようだったと書かれている。それが誰のことか、もうおわかりだろう。レメクは妻にノアの父親について尋ねている。「見よ、あのとき心の中で、この受胎は看視者や聖なる者たちによるもの、………あるいはネフィリムによるものではないかと思ったのだ。………ゆえに私の心はこの子のことで思い悩んだのだ」。レメクの子どもノアは白い肌にブロンドの髪をして、その目は家中を「太陽のように照らす」ほど明るかった。

・UFO研究者や多くの誘拐被害者のあいだでは、レプティリアン「王族」の最高カーストは、故郷であるりゅう座にちなんで「ドラコ」という名で知られている。この異星人たちはアルビノ(色素欠乏症)のように白く、目からはレーザービームのような光を放つと言われている。まさに、あのジャームズ・ボンドの山にいた真珠色の肌をした者たちのように。シュメール文書によれば、エンリルは地球でのアヌンナキのリーダーだった。そこには、彼のことは「光る目を持つ輝かしき蛇」と描写されている。これは当時の混血児に共通する描写だが、私は今日でも同じような話を耳にしている。

<レプティリアン血流の証「恥の印」「司祭の印」>
・「創世記」にはこんなくだりがある。ノアはワインで酔いつぶれ、テントの中でひっくり返っていた。息子ハムがテントに入ると、父親は裸になっていた。ハムは父親の身体を覆うものを見つける前に兄二人を呼んだ。ノアは意識を取り戻すと、怒りくるって、ハムとその息子カナンを呪った。これは、なにか一大事が起こったということではないだろうか?ハムがノアの身体に、神々の子どもであることを示唆する何かを見たというような。これくらい時代を遡ると、混血人のなかにはまだ爬虫類の片鱗をはっきり残している者もいたようだ。胸が鱗状になっていることは、特に多かった。ヒンドゥーの古典『マハーバーラタ』では、「カルナ」という半神の混血が、地球人の女性と太陽神「スーリヤ」との間に生まれた。その子どもは、「神のように甲羅に覆われて」いたと書かれている。

・古文献によれば、ノアは甥メルキゼデクのことを人々に知られてはいけないと言ったことがある。その奇妙な姿を見られたら、殺されてしまうだろうと。「司祭の印」は、神授の王権と同じくレプティリアンの血流の証だった。メルキゼデクは高名で非常に有力な司祭になったのだが、今日、モルモン教の最高位階はメルキゼデクの長老と呼ばれている。モルモン教会はイルミナティ・レプティリアンから100パーセントの出資を受けている。    

・ところで、モルモン教を始めたのは誰だったか?ジョセフ・スミスとハイラム・スミス、それにブリガム・ヤングだ。彼らはみな、フリーメイソンの高位階者であり、メロブィング朝(アヌンナキ)の血流を汲む者たちである。

・レプティリアンと人類の混血というテーマは、エデンの園のアダムとイヴの話にも出てくる。ユダヤの伝承では、蛇に誘惑されたイヴはもちろんネフィリムの母なる先祖であり、その名はヘブライ語の「命」や「蛇」といった言葉と関連がある。魔王は『旧約聖書』やユダヤ教の経典『トーラー』に、「老蛇」または「竜」と書かれており、主権を争った宇宙戦争に敗れて地球内部に逃げ込んだネフィリム族の支配者だったとされている。イヴを誘惑した者の名前はヘブライ語で「ナハシュ」というが、これは「蛇」という意味があると同時に、「秘密を知る者」とも読める。これもまた、レプティリアンの神々のテーマである。ノアと同じくエノクは「神々とともに歩く」と言われていた。古代の「エノク書」には、人類に秘密を洩らした監視者の名前は「ガドレエル」だとある。これが、イヴを誘惑した蛇とされている「堕天使」である。そして彼は、のちに「神々から知識(しばしば火や明かりにたとえられる)を盗み、人類に教えた多くの神々の行動のもとになった。

<アダムとイヴ/クローンから代理創造者に>
・前にも少し触れたように、聖書のアダムとイヴにはそれぞれ「the」という冠詞がついているため、おそらくはある個人ではなく、混血種の血流を指していると思われる。当初、交配で生み出されたのはかなり爬虫類的な生き物だった……それが、「神」(神々)が人間を彼の(彼らの)姿に創ったということだ。聖書の「神は御自分にかたどって人を創造された」というフレーズは、ここからきたとしか他に説明のしようがない。この時代、シュメールの記述で確認できるように、アダムとイヴの種はクローン作成されたが、繁殖させることができなかった。これはアヌンナキにとっては問題だった。地球で実行しようとしていたアジェンダのために働かせる奴隷を充分に作れなかったからだ。結局、奴隷たる人類は生殖能力を与えられ、そのため哺乳類が思った以上に増える結果となった。

<古代の神殿に刻まれた牛人間、ライオン人間は、生物実験でつくられた実在の生きものだった ⁉>
・この、単なるクローンという存在から代理創造者に変わったことは、エデンの園でイヴが出産の痛みに耐えよと言い渡されるシーンに象徴的に表されている。創造物間のセックスはエデンの園のエピソードで「禁断の実」として象徴された、とブーレーは言う。この経緯の責任者は「アンキ」という「神」で、エデンの園でイヴを「誘惑」した蛇だった。彼は後に、人間の数が爆発的に増えたために、他のアヌンナキのリーダーたちから相当疎まれるようになったと、シュメール文書は告げている。

・レプティリアンは三種類に分けられると思われる。肉体を持ち、ほとんどは地球内部に棲んでいる者(地球内種族)、肉体を持ち、他の星々からやってくる者(地球外種族)、そして肉体を持たない者。この肉体を持たない者たちこそが権力を握っている中枢で、姿を現さずして異次元から混血族を操っているのである。レプティリアンたちはこういった悪巧みを銀河のあちこちで働いているらしい。何もかも、まったくもって異様でばかげたことに聞こえるだろう。そう思われるのも無理はない。

<妖精の種族/死の女神が司る地下世界に潜む>
・フェアリーやエルフのような妖精、小鬼、悪魔、竜、その他の人間以外の生きものが住む地下世界の話は、世界中の民話にあふれている。そしてそれは古文書の中で、アヌンナキや「神々」の別名と同じく「輝く者たち」と呼ばれることがあった。基本テーマをちらっと見るだけでも、これらの物語が、誘拐被害者や今日の地下基地の研究者が言っているのと同じ「異星人」の話だということがわかる。古代スカンジナビアの民話にある大洞窟や網の目のようなトンネル、時には巨大都市がある場合もあるが、そういった地下世界は、「ニブルヘイム」と呼ばれている。ネフィリムとの近似性は明らかだし、ネフィリムは地球の内部に住んでいたと言われている。古代スカンジナビアの人びとによれば、ニブルヘイムを支配していたのは死の女神「ヘル」だという。これらの地下ネットワークへの出入り口は、塚や古代人が丘の上に建てた要塞、聖域と言われる山や丘や湖だったかもしれない。名前も外見もさまざまなこの「妖精の種族」は、混血の血流を作るために人間と交配し、地上の人びとを誘拐し、人間の血を飲み、人間から生殖に必要な材料を取ると言われていた。しかも、この「フェアリー」やら「エルフ」やらは、レプティリアンの姿で現れることが一番多かった。「エルフ」あるいは、「エルヴェン」も、レプティリアン血族を表すイルミナティのコードネームである。人間でない「神々」が山の内部に住み、その山から地下センターへ入っていけるという話は、数々の神話で山が「神聖な」ものとされている由縁であると思われる。ギリシャ神話の神々の家であるオリンポス山も、その一例である。ギリシャの神々の王ゼウスは、人間の女性とのあいだに子どもを作るために山から下りてきた。また、神話のモーセとその神が会うのも、ほとんどが山である。

<アヌンナキの戦争/「メイ」を携えた「邪悪な竜」シン>
・ゼカリア・シッチンらシュメール文書の翻訳者によれば、アヌンナキの派閥間で戦争があったという。そこには、エンリルやエンキといった指導者たちがやがて子どもたちに大きな権力を与えるようになり、世界を分割してそれぞれに分け与え、統治して発展させるようにしたとある。

<核による大破壊/8000〜1万2000年前50万人死亡>
<レプティリアンと金髪碧眼のノルディックは、古代に地球だけでなく月や火星でも戦ったという>
・このほかにも『ラーマーヤナ』のように、インド人とアトランティス人との恐るべき戦争を描写した文書は枚挙に暇がない。インド人はヴィマーナと呼ばれる空飛ぶ乗り物を、アトランティス人は「ヴァイリクシ」を使って空中戦を展開した。

<秘密非公然支配のレプティリアン新秩序へ>
・古代の神秘主義結社の多くは、人間社会の中で密かに暗躍し続けるレプティリアンの血流によって作られた。真の歴史的知識を守るため、アトランティス、レムリア、そして大変動以降の世界、特にシュメール帝国の秘儀的・専門的な科学知識を貯蔵するためである。また彼らは、もっと賢明なアジェンダを持った他の神秘主義結社をも掌握した。

<古代知識の破壊/視野と可能性を限定する「科学」と宗教>
・レプティリアンの秘密結社ネットワークには、古代から二大目的があった。まずは、進歩した知識を選ばれた少数の者たちだけに伝え、彼らのそれぞれにどこまで情報を伝えるかをコントロールすること(細分化)。そして、公の場で起こったことを操作し、そこに残ったすべての進歩した秘儀的知識が広まるのを防ぐこと。彼らは、視野や可能性を厳しく限定した「科学」もどきや宗教を作ることによって、この目的を達成した。

・「アトランティスの黒魔術師」は、「レプティリアン」と読み換えることができる。

<新大陸発見の裏側/コロンブス、クックも事前に地図を与えられ>
・イルミナティの相互ネットワークは、クリストファー・コロンブスの話からもうかがえる。1492年にアメリカ大陸に渡ったとき、彼は最初から、自分がどこに向かっているのか承知していたのだ。なぜなら、彼の義父はエンリケ航海王子側近の船長であり、エンリケはポルトガルのキリスト騎士団という秘密結社のグランドマスターだったからだ。キリスト騎士団とは、1307年の粛清後にフランスからポルトガルやスコットランドに逃げたテンプル騎士団が名前を変えたものだった。コロンブスは、この地下に潜った秘密結社から、アメリカ大陸が記されている古代の地図を手に入れたのだ。

<見える独裁制から隠れた支配への移行>
<竜の王族/ユーサー・ペンドラゴン(アーサー王父)>
・レプティリアンの血流に連なる歴代の王は「竜」の名で知られている。戦に多くの国がともに戦ったり王国の連合が形成されたりするときには、王の中の王が選出された。彼らは「偉大なる竜」、はたまた「ドラコ」という名で呼ばれた。聖杯伝説に登場するアーサー王の父ユーサー・ペンドラゴンにも見られる「ペンドラゴン」というケルトの称号は、この変化形である。

<ヘブライ世界の蛇/手・脚・翼がある天使セラフィム>
・ヘブライ神話で「神々の息子」を表す聖書の「ネフィリム」が、破壊者あるいは蛇をあらわす「アウィーム」と呼ばれていることはすでに述べた。エデンの園にいた蛇は、まるで人間のように歩き、話をしたともいう。古代の口承伝説を集めたヘブライの聖典『ハガダー』によると、この蛇は二本の脚で直立し、背丈は「ラクダの高さ」ほどもあったという。スロバキアの『アブラハムの黙示録』には、イヴと話をした蛇には手と脚と翼が生えていたと書かれているが、昔も今も「ドラコ」はそのように描写されることが多い。ヘブライの物語はシュメール、アトランティス/レムリアの物語から伝えられたものであるが、その多くは典礼書にふさわしく変更が加えられ、蛇という直截的な言い方は消えている。

<世界に遍在する楽園/エデン、エディン、ヘデン>
・聖書のエデンの園でイヴを「誘惑」した蛇は、数ある象徴の中でもとりわけ有名だ。この話は実は、古代のシュメールの物語にいうエディン、つまり「正しき者たちの住処」を書き換えたものにすぎない。

・また、インドの「イエス」である例のクリシュナ神が、ガジュマルの木の下で、とぐろを巻く蛇の姿になって人類に知恵を授けたという話もある。古代ギリシャには、「幸福の島」と、不死の「黄金の林檎」が実る「ヘスペリデスの園」がある。そして、その園は竜によって守られている。中国の聖典にも不死の果実のなる木が植わった庭があるが、その庭もまた、竜と呼ばれる翼の生えた蛇に守られている。古代メキシコにもいわゆるイヴ伝説があり、やはり巨大な雄蛇が登場する。古代インドでは、聖なるメル山の番人は恐ろしい竜であった。よく似た話が古代にはいたるところにあったのだ。蛇または半蛇、半人、人類への知識の伝授などは世界に遍在する伝説なのである。

<アジアの蛇/ナーガ「コブラの民」>
・インダス川流域に形成されたシュメール帝国やレムリアの文化とそこに成立したヒンドゥー教やインド神話には、蛇神と空飛ぶ竜についての物語が多く見られる。それらの神々は知識をもたらし、大空で互いに戦った。人々はこの神々をすでに述べたように「ナーガ」と呼んだ。神々はいつでも自在に、人間にもレプティリアンの姿にも変身できた。レムリアに生まれたナーガは「王家」の祖となり、白色人種と交配したと言われている。

<極東の蛇/中国、チベット、ゴビ砂漠、日本>
・中国の文化のすべては、竜と蛇の種族に基づいている。中国もまた、何千年も前に高度な文化の栄えた場所だが、それはレムリアに刺激され、後にはシュメール帝国の影響を受けた文化だった。今日でもその言語や文字には、神話や伝説同様、著しい類似が見られる。中国文化が最盛期を迎えたのは紀元前2800年頃からと見られ、この時期はまさにシュメール帝国の絶頂期でもあった。中国の歴史では、最初の人間は半人半竜の古代の女神、女媧によって創造されたとされる。中国古代の書『易経』によると、竜と人間とはその昔平和に暮らし、種族を超えて結婚し、交配したという。古代中国の歴代皇帝は、「顔は竜で」竜神のような姿をしていたという。

・日本の歴代の天皇も自らを同種の「神々」の子孫であると称しており、伝説によると、日本の島々には天から降りてきた人びとが住んでいたそうだ。ジャームズ・チャーチワードは、日本民族もレムリア(ムー)大陸と関係があるとしている。日本には蛇や竜にまつわる伝説があまた存在し、人間との結婚や交合によってレプティリアンと人間の混血の子孫が生まれたという。蛇族は美しい男女の姿に変身(シェイプ・シフト)し、人間の兵士や指導者を魅惑して交わりを結んだ。『洞窟、大釜、そして潜伏する生物たち』の著者マイケル・モットは、蛇の種族に誘惑された花御本(はなのおもと)という娘の話を伝えている。

「御本は竜の恋人にふたたび逢うことはなかったが、竜の血をひく子どもを産んだ。その子は『あかがり(あかぎれ)大太(だいた)』と名づけられた。この名は、その子の肌がひび割れて皺が寄り、蛇のような鱗に覆われていたことに由来する。太古の伝説が実際の歴史に現れるのはここからだ。直系の子孫、緒方三郎は源氏を助けた武将であるが、祖先も同じように鱗で覆われた体を誇りにしていたという。緒方三郎は大太の五代の孫である。ここでもやはり名家がターゲットとされて最初の遺伝子交換が行われ、その後たびたび繰りかえされてきたのである。東洋では『竜の血』の流入が非常に誇らしいものと考えられたが、西洋では蛇やかえる王子は演出を凝らした『お伽噺』の形で伝説となり、霧に包まれてきた。西洋の感覚では、少なくとも表面的にはこの種の密通は反感を買う。これは宗教的な理由のためだが、それがすべてではない。なぜなら、地下に住まう種族
は、札付きの残忍で利己的な悪意の持ち主であると思われているからだ」

・紀元前2500年頃に遡る中国の十二支は動物によって象徴されるが、すべて実在の動物の中で唯一の例外が、竜である。象徴とする動物を選ぶのに、ほかは全部実在の生き物を選びながら、一つだけ別だということが考えられるだろうか? ではまた、中国におけるレプティリアンの血流を見ていこう。古代の中国人は最初の王朝を建てた「神聖なる」皇帝の玉座にも、舟にも、寝台にも、象徴として竜の意匠が施されている。現在、イルミナティには多くの中国の血流も入っている。

・ムー大陸が存在したかどうかについて大規模な調査を行ったジェームズ・チャーチワードは、インドの僧院で見た古代の碑文を調べたところ、蛇との混血種であるナーガは、中国、チベットおよびウイグル帝国まで含めたアジアの大部分にいたと主張している。「世界の屋根」といわれる中央アジアのパミール高原は、伝説の上では、レムリア(ムー)の人びとと関係があるらしく、そこには「ナーガの湖」あるいは「蛇の湖」と呼ばれる湖があった。これらの血流の子孫の中に色白のアーリア人がいると言われているのは、やはりレプティリアンとノルディックとの繋がりを示している。「蛇」の植民地なら、中国にもピラミッドがあるんじゃないかと思うかもしれない。そう、あるのだ。中には、高さ250メートルに達するもんもあるが、これはギザのピラミッドの中でも最大のクフ王墓の倍の規模だ。それを取りまくように林立するピラミッドが、巨大ピラミッドの遺跡とともに現在にいたるまで残っている。中国の文献によれば、それは5000年前のものとされる。

・マーク・アマル・ピンカムは著書『賢き蛇の再来』で、「クマラ」と呼ばれる地球外生命体の種族がレムリア(ムー)に神秘主義結社を創設し、後にそれをモンゴル、ゴビ砂漠地方、さらにはチベットへと移したと述べている。確かにチベットは古代における知識の宝庫であり、そこには超人の住む地底都市やそれらを結ぶトンネルについての言い伝えが豊かに残っている。とりわけ名高いのは、アガルタとシャンバラだ。中国がチベットに侵攻し、占領したのは、政治的な意味合い以上にこの物語に深い関連がある。チベットは古代には神秘と伝説の地であり、現在はイルミナティと深い繋がりを持つ場所で、ここもまた、蛇のシンボルの発祥地である。虹蛇を崇拝する古代(前のレムリアの)オーストラリアのアボリジニの文化も同じだ。
 
<南アメリカの蛇/タウ十字を携えたケツァルコアトル>
・蛇の神々を古代の神話や伝説の中心とする南北アメリカにも、両大陸全体に同じような話が存在する。マヤ人が『チラム・バラムの書』と呼んだ書物には、メキシコ大陸ユカタンの最初の定住者は「チャン」、すなわち「蛇族」と書かれている。

<北アメリカの蛇/「懐かしき赤い大地」から「亀の国」へ>
・アメリカ先住民族は、レプティリアンの先祖にちなんでアメリカを「亀の国」と呼ぶ。南アメリカの二つのインカ帝国を創ったのはともに「マンコ」または「マンコ・カパック」である(「カパック」は、知恵と豊かな精神を持つ蛇の意)。

<アフリカの蛇/緑の沃野破壊のチトウリ(蛇の子どもたち)>
・アフリカでは、レプティリアンは「チトウリ」すなわち「蛇の子どもたち」あるいは「大蛇の子どもたち」の名でも知られる。これは中央アメリカの「蛇の民」という語に近い。アフリカにもやはり、蛇の種族の伝説があふれている。アヌンナキ、アニネドトゥス、ナーガ、ドラヴィディアンなどは「チトウリ」と読み替えるとよい。名前は違っても同じ種族だ。

<「拷問者」グレイ型異星人もピンキーなレプティリアンの仲間>
・クレドはさらに、「グレイ」と呼ばれる最も有名な宇宙人をレプティリアンの取り巻きであるとする、多くのUFO研究家の見方を支持している。しかし彼の考えはそれだけにとどまらない。グレイ自身、レプティリアンだというのである。

<ドラコ=ドラキュラ/姉妹の子孫にエリザベス女王>
・『吸血鬼ドラキュラ』の物語の象徴性は、ある部分ここから採られている。アイルランドの作家ブラム・ストーカーによるこの作品は1897年に出版された。数え切れないほどの吸血鬼伝説を何年も調べ上げた作者は、真相を知っていたのではあるまいか。

<イギリスおよびヨーロッパの蛇/ドルイド、ダナーン、ワイド島>
・イギリスやヨーロッパにも、竜やレプティリアンにまつわる言い伝えはあふれている。

・彼らはアイルランドの言語であるゲール語で「賢者」、「魔法使い」あるいは「蛇」を表す「ドルイド」という名でむしろよく知られており、「蛇の司祭」と呼ばれている。あるアイルランドの写本によると、ドルイドの枝の達人はトゥアハ・デ・ダナーンすなわち「蛇の女神ダナの民」の子孫であると書かれている。

・ダナーンとカンが同一の民を表す言葉だということが、そのうちに証明できるだろうと私は思っている。彼らの仲間の一人であったブルートゥスがダナーン人やトロイ人を率いてイギリス諸島に入植し、「カエル・トロイア」、つまり今のロンドンを創設したのである。伝説によると、ダナーン人は小アジアにいたギリシャ帝国末期のミレシア人に征服されたが、その際に結ばれた平和協定の条件として、ダナーン人は地上を去り、アイルランドの「空洞の丘」から地底の王国に移り住むこととなった。ダナーン人は、戦闘的な巨人族であったが、地上で暮らし、世代を経るに従って身体が小さくなっていったと言われている。アイルランドでは同様のことがフィルボルグ、フォーモリア、ネメディア人についても言われている。彼らも戦いに敗れ、地底に追い立てられて巨大な体躯を失った。巨人が地底に追われて背丈が縮むという話は世界中に見られるもので、たとえばダナーン人などは、私が「ノルディック」と呼ぶような姿で描写されている。

<エジプトの蛇/アモン、アレクサンダー、セラフィム、クレオパトラ、イエス>
・蛇をシンボルとする同種の物語は、現代のイルミナティのシンボルやコードと関係の深いエジプトにもよく見られる。エジプトの太陽神である「アモン」または「アメン・ラー」の神殿には、テーベやカルナックの巨大な霊場に建てられた。

<影の子孫たち/「トートのエメラルド・タブレット」で知る>
・「彼らは異なる振動の形なき者にして地球人の子らには見えずして存せり」
 私自身の研究として示してきたが、世界は、別の次元あるいは「周波数」に存在するレプティリアン、あるいは別の姿をした者たちにコントロールされている。私たちがいるのは三次元であるが、彼らは四次元、つまり私たちが体感できる領域のすぐ外側の周波数から操作を行っている。

<静かなる侵略/「権力の座」「諸会議」に憑依する>
・エメラルド・タブレットに戻ろう。
「彼らは人の形もてわれらの間にて活動せるも視角においてのみ人の如く見えたるなり。彼らは魔術の解かれし時は蛇頭なるも人々の間にては人の如くあらわれたりき。彼らは人々に似たる形をとりて諸会議に忍び入りぬ。彼らの術策によりて国々の首長らを殺し、彼らの姿をとりて人々を支配せり。彼らは魔術によりてのみ、音によりてのみ発見し得るなり。彼らは陰の国より人々を滅ぼしその代わりに支配せんと求めおりしなり」

<蛇の女神の系譜/海の貴婦人・牡牛、ヘカテ、アテネ、ピュタゴラス>
・イルミナティは表面上、男性が支配しているように見える。だが実際は、儀式において女最高司祭が男の最高司祭と同時に扱われるし、イルミナティの象徴主義の中心にあるのは女神――蛇の女神の崇拝がある。
 ニューエイジ運動が「女神」の復活を求めるのは、それを女性エネルギーと同一視するためであり、女性を抑圧から解放する意味がある。この意味では、私も賛成だ。だが、ニューエイジャーもその他の人も理解しておかねばならないのは、それとイルミナティやその役人たちが言う「女神」の象徴主義は別物だ。蛇の女神は世界中でさまざまな名前で呼ばれている。ディアナ、アテネ、セミラミス、バラティ、ブリタニア、ヘカテ、レア、ペルセフォネ(「第一の蛇」)などなど、こうした女神の名前は、月の満ち欠けや女性エネルギーといった秘教的な概念の象徴として使われるが、イルミナティの女神崇拝はその根底で女性を介したDNAの伝達に関係しているとみられ、オリオン座に端を発している可能性もある。このDNAの源という概念は、さまざまな文化で「竜の女王」、「オリオンの女王(女王たち)」、「母なる蛇」に象徴化されていると聞いている。内部情報や堅実な研究者から聞いた話では、成熟したレプティリアンの社会にはちょうど女王蜂のような存在がいて、それが卵を産み、その卵から例の血筋やその傍系が生まれているという。イルミナティの主たる女神であるアルテミスは、胸に多くの卵を抱えた姿で描かれ、蜂とも結びつきがある。

<エデンの戦い>
・『エッダ』には、エデンの支配をめぐる蛇のカルトとトール(インダラ)軍勢との戦闘が描かれている。ワッデルが指摘するとおり、攻撃をしかけたのは全体に狼の種族、蛇のカルト側で、その「エデンの戦い」では飛行物体から爆撃や灼熱のミサイル、炎を発射する武器や有毒ガスの噴射などを思わせるものが使われている。「現代の戦争における凶悪な破壊手段」をありありと連想させる描写は、アヌンナキが関わった戦闘についてのシュメールの記録とも一致すると、ワッデルは言っている。

<不死鳥の興亡/ノルディック王族の体に取り憑く>
・敗戦後、レプティリアンと蛇のカルトは地下に潜った。むしろ地下に戻ったと言えるかもしれない。


<●●インターネット情報から●●>
【ムー世界の神秘】なぜ中国にこれほどのピラミッド群が? 建造は異星人? ただし当局は見て見ぬふり…

4000年以上の歴史を誇る中国には、謎めいた古代遺跡も数多く発掘されているが、そのほとんどは公開されない。そうした遺物のひとつに、ホワイト・ピラミッドと呼ばれる建造物がある。

その存在が知られるようになったのは1912年のこと。ふたりの旅行者が、白色の巨大四角錘を同国内で目撃したと証言した。さらに1945年には、アメリカ空軍パイロットが、西安南西部の山岳地帯で眼下にそびえる白亜の巨大ピラミッドを目撃。1947年3月28日付の「ニューヨーク・タイムズ」紙上で詳しい報告と彼が撮影した写真が掲載された。

そして1994年、ついにそれは宇宙空間から確認される。NASAの宇宙飛行士が地球軌道上を周回中に9つの奇妙な点を確認、写真におさめたのだ。画像解析の結果、高さが100メートル以上ある中南米形のピラミッドが複数稜、等間隔で並んでいることが判明した。

さらに2005年10月、商業衛星イコノスが、山西省太原宇宙センター近郊に存在するピラミッド群を撮影。そこにはなんとギザの3大ピラミッドと配置が同じ、オリオンを形作る3基のピラミッドが見てとれたのだ。これらの事実は、ピラミッドが宇宙空間から見られることを前提としたランドマークであった可能性を示唆する。

現在判明しているだけでも、西安周辺には100基以上ものピラミッドがあるという。いったい、これほどの規模のピラミッド群を造りあげたのはだれなのか?

現地調査を行った宇宙考古学者ハウトウィグ・ハウスドルフによると、「火を吹く籠(かご)に乗って地球にやってきた天子たちが、この地にピラミッドを建造した」という伝説が報告されている。

この天子とは、異星人なのか? 残念ながら中国側はこれらの情報をいっさい公表せず、調査も行わないようだ。
(「ムー的古代遺跡」より掲載)
文=並木伸一郎


(2018/6/30)


『津軽 いのちの唄』
坂口昌明    ぷねうま舎     2014/8/20    



<説話の中の弥三郎>
・ここで局面はがらりと変わる。これから私どもが分け入ってゆくのは、まさに集団的想像力の産物、つまり説話の領域に他ならない。人はみな、先人たちの心性表現としての伝承の流れの中に生まれてくる。だからこそ、唄を成立させた文化的環境の背景にも目を配る必要があるのだ。
「弥三郎」の名は、かつての集団的記憶の底では、近江の伊吹童子弥三郎や柏原弥三郎伝説のイメージと、まず重なって響いた。それは「恐るべきもの」の記号性を帯びていた、というところから弥三郎の説話空間における残像捜しの旅ははじまる。「弥三郎ばさま」にしても事情は同じで、越後地方の民譚では鬼婆の代名詞としてつとに知られた存在である。となればいやでも遠回りは避けられまい。

<二人の弥三郎>
・説話の世界で荒ぶる異形の者の代表格「弥三郎」の伝承は近江に発し、大まかにいって伊吹山の賊魁弥三郎と、柏原弥三郎の二つに分かれる。前者は東西の人畜を啖(くら)う「変化(へんげ)の者」とされ、源頼綱に討たれたが大蛇となり、水の守護神に祀られた。ここからお伽草子系の話型群が派生する。伊吹大明神の申し子弥三郎が豪族の娘に通い、針と糸で、正体を山の蛇と見破られるというように、『古事記』三輪山伝説で知られた蛇婿入り譚との混淆を生じながら、唯一の秘密の身体的弱点を突かれて死に、伊吹童子を遺す。この異形児は伊吹山に捨てられ、凶賊となり、やがて大江山に棲む酒呑童子にまで変身してゆく。

・伊吹山中には弥三郎の蹴鞠場・弥三郎の庭、弥三郎の泉水・弥三郎の百聞廊下などと称する場所がある。そして山人と金屋に関する伝承は、きわめて類似しているのが常だと考えられる。山の神格を背景に、おそらく冬の猛烈な伊吹おろしの気候特性と、古代の金属精錬職能団との観念連合から生まれた弥三郎は、記紀神話のヤマトタケル致死譚と習合することで、「恐るべきもの」の呼称を得るに至ったのだろう。

・それには第二の弥三郎の姿も見え隠れしている。近江国柏荘の地頭弥三郎が押領、非法、荘園侵略など暴挙を咎められ、蓄電したが結局成敗されたという『吾妻鏡』の記事は、13世紀初頭に起きた史実と承認されている。だが民譚レヴェルでは伊吹弥三郎と混戦して語られることがままある。柏原弥三郎は4尺3寸の大長刀の使い手だったらしいが、伊吹山中にたてこもる凶賊を経て、滅んでも悪霊となって跳梁した。
 いずれにしてもマイナスの印を帯びた伊吹弥三郎の梟雄像は、15世紀初頭にはほぼ完成を見たと考えられている。

<弥三郎婆・妙多羅天・夜叉>
・この「恐るべきもの」のしるしが、弥三郎から弥三郎の母に転嫁された瞬間を見るような、1634年の写本が越後にある。15世紀末に弥彦神社で社殿造営の棟上げが行われた際、大工と鍛冶のどちらが先に勤めるか、匠の間で争いが生じ、大工が先と裁決がおりた。鍛冶弥三郎の母がこれに深く遺恨を含み、沢の奥に入って絶命した。死体は髪が逆立ち、握った手の爪が肉に食いこみ、顔は怒りを浮かべ、目を見開いたままだったという。弥三郎婆は以後、鬼に化けて悪事を重ね、弥三郎の獲物を奪おうと腕を斬られ、弥彦の高僧に教化されて、幼児の保護者「妙多羅天女」になった。そんな説話がいまも伝わる。

<ハハの闇>
・最も典型的な越後民譚は、文野白駒が1932年に採集したものであろう。
 弥彦山麓の網使い弥三郎は狼どもが追ってきたので松の木の上に逃げた。するとオウイン(大犬またはお犬)繋ぎをしてのぼってくる。あわやのところで届かず、「弥三郎婆さんに頼もう」といって去った。西からふいに大荒れが到来し、黒い雲が弥三郎を包み、太い手がぬっと出て首筋をつかんだので、鉈でぶった斬った。狼どもは逃げ嵐も止んだ。弥三郎がその腕を拾い家に帰ると、婆がうなって寝ていた。腕を目にするなり鬼婆に変身し、それをもぎ取ると自分の腕の切り口につけて、やにわに逃走した。婆の床の下をめくって見たら、人骨が積んであった。鬼婆が弥三郎の婆を食って、それに化けていたのだ。

・類話は大分県から岩手県まで、全国的に豊富に報告されている。鬼婆は狼の棟梁であるほか狼そのものの場合もあり、佐々木喜善の『聴耳草紙』(三元社、1931年)では大猫だったりする。老婆変身が日本の文献に登場するのは、12世紀前半の『今昔物語』本朝世俗部三、第二十二からで、猟師の息子兄弟を襲い失敗する。各地の息子兄弟を襲い失敗する。各地の変身譚がこの基本モデルに発することはまず間違いない。
 中国では十世紀後半、北宋の『太平広記』が、老人の鬼畜化に関する同趣の記述を、三種ほど載せている。後世、江戸文学の粉本として重宝されたこの奇談百科からの、日本説話への投影の可能性はあり得よう。

・和漢を問わず、これらの民譚の鍵は刃物の威力にある。そして日本では「スサノオが出雲に下り、天のハハキリという剣で八岐大蛇を斬った。古語で大蛇をハハという」といった伝承が、農民のレベルで「母斬り」に転化していったものと解することができる。母はなぜ変身し、斬られるのか。ハハの原義は祖霊、山の神、大蛇であった。生産民の世界観が、山中他界と人間社会との分離を拡大するにつれて、斬られるハハは母だと解釈されるようになった。
 しかし母殺しは悪逆であるので、理由の正当化が図られる。変身し、鬼婆になったから斬られる、というふうに、母がそうなったわけは二種類あって、本人の性格の邪険が齢とともに高じ、鬼と化したか、獣や妖怪に食われ、刀自の座を乗っ取られたかの、どちらかで説明されている。

<鍛冶の神>
・新潟県弥彦を中心に、どうして魔女的な弥三郎婆の説話が、とりわけ濃密に分布することになったのか。そこは弥三郎の職掌の原点、鍛冶のありようから解きほぐしてゆくほかあるまい。弥彦の神は鋳屋、鋳物師の神ではなかったか、とする考え方がある。

・精錬と鍛冶における巫女あるいは助産者の役割は本来大きかったが、古代的心性の変容につれて禁忌の対象とされ、周縁に排除されずにいなかった。母は零落する。越後では彼らが定住の方向に転換し、里に吸収される現象が、近世初期において顕著に起こったのでは、という仮定が当たっているとすれば、説話とのつながりにもいくらか明かりがさいこうもう。とにかく西蒲原郡分水町中島や、新津市古津字椀田など数ヵ所に、弥三郎の屋敷跡と伝えられる土地があったのは確かである。

<津軽と越後>
・ここに奇妙なのは、これと並行するように、新潟県燕市(旧、分水町)の中島と同じ町内の砂子塚の田の中に、酒呑童子誕生の屋敷跡なるものがあるのをはじめ、岩室村和納にも童子屋敷、童子田という地名が残されていることである。酒呑童子が越後で生まれたとの説は、17世紀後半に『甲陽軍鑑』『渋川板・御伽草子』『金平浄瑠璃いぶき山』『前太平記』などを通じ、次第に流布、近松の浄瑠璃『酒呑童子枕言葉』で決定的に広まったように思われる。

<むごき母の民俗学>
・平尾魯僊と交流があった越後塩沢の人、鈴木牧之の「嫁をいびる女を狼老婆という。巧みに狼心をかくしても、識者の心眼には明らかなのだ。まったく狼めは恐れずにいられない、人として恥かしいことではないか」という所感は、1842(天保十三)年当時の地方知識人が、近代的人間観のまなざしを獲得していた事実を、期せずして示す。

<創られた伝統>
・弥三郎節の形成を追う長旅も終わりに近づいたいま、輪郭の細部を若干補筆しておこう。かつて弘前で「よされ節」の曲調にのせた出戻り唄が採譜された。器用な替え唄だが、嫁が自分の離縁を天災めかして歌うのんきさ加減に驚かされるのは、私どもが、弥三郎節のみが例外的にもつリアリズムに慣れ親しんだせいなのだ。他方、木村弦三が大秋で採譜した「嫁いびり唄」は、じつは「守っ子口説き」の代表的な型で、アダコの心境を嫁のそれととりちがえたことになる。いわゆる「子守」の怨み唄は、もっぱら自分を守るためのはけ口なので、子守唄全体では特殊なジャンルに属することを知らなければならない。

・近世以来、日本の嫁たちはたとえモノローグにもせよ、切実な真情を唄で吐露したことがはたしてあったろうか。替え唄の作者集団は、そんな体験を一度も持てなかった彼女たちに、初めて償いを提供したのである。彼女たちはそれを子守歌に転用することで、完全に自分たちのものにした。それは作者集団にとっても、思いがけない成りゆきだった。嫁いびりと離縁の唄に、女性たちが他のどの唄よりも親しみを感じたのは、不条理でも何でもなく、自分にも通底するような現実味がそこにあっかからであろう。
 こうして「むごき母」をあてこする唄が、1日の労働を終えた乏しい個人のひとときの次元で、子や孫を眠らせながら半ば語りかける、女性たちの独白になるという逆説が生じた。旋律は鄙び、愛惜にたえた。歌詞はおぞましいままに、反面教育的意味と、数え方を教える機能とを帯び、寝る子は母の味方となった。

<お山参詣の宇宙>
<サイギサイギ>
<壮大な「ドラマ」の序曲>
・虚空蔵信仰と初参り民俗の関係をめぐる他郷との比較は、私たちに岩木山文化のきわだった生命力の強さ、スケールの大きさを改めてさとらせてくれた。それでは近代の山カケと初山の残像をたよりに、在りし日の空間へと近づいてみよう。
 旧7月23日の夜あたりから、あちこちに太鼓、笛の音、サイギサイギと祈祷する声が上がりはじめる。これは岩木山のお山参詣にそなえるため、各集落で参加者たちが心身を清める禊の行に入った合図である。彼らは産土様の拝殿・神楽殿か、さまなければ近くの川のほとりの空地に建てた臨時の行屋で、斎壇を設け、〆縄をはり、1週間のお籠もりをする。食事は精進料理にかぎられ、朝・昼・晩・夜と水垢離をとるあいだ、サイギサイギを唱え囃子を奏する。この音鳴りによって参加希望者がまた増える。これが佐藤末吉『昔の農村』に描かれた、明治中期の田舎館村の準備に入るやり方だった。

<サイギサイギの意味>
・石坂洋次郎の「お山」の友一少年一行の場合は、「4人は車の板囲いの四隅に赤と白との切紙で作った初詣の幣束をしばりつけ、荷物の谷間に寿司詰に坐って町の潮風に別れを告げた」と描かれている。「さいぎさいぎを合唱したり、握飯を食ったり、次第に緑の塊の中に埋もれていく町の目星い建物をあれこれと指摘したり、また行手に当ってすこしずつ腹をせり出してくる岩木山の、着物の縞目よりも鮮やかな山襞に、ピラピラ白く光る幣束を眺めては吾達も!吾達も!と心が躍った」。

・「サイギサイギ」という唱文を皮きりに、列の先頭部と後続部との応誦のかたちで唱和される対句の意味を考えてみよう。音頭とりがまず発する「サイギサイギ」は「懺悔懺悔」の訓読で、山の神格に人間として許しを乞い、至らなかった悔やみをさらけだして自分を清め、再生したい、との意思表示の叫びである。

<お山の音楽>
<登山囃子の魔術的効果>
・つぎに囃子について考えてみたい。白装束の楽隊の列は、80年前頃はチャガラキ(手平鉦)隊、太鼓隊、笛隊の順で組まれたらしい。この形は原則的には現在もおおむね踏襲されているように見受けられるし、また十分に合理的であるとも思える。

<奥浄瑠璃>
<岩木山と「湯殿山本地」>
・かつては陸中南部の金ヶ崎・江刺・水沢までを含む旧仙台藩領の全域を中心に、独特の東北フレイバーを持つ語り物「奥浄瑠璃」は、ボサマ(座頭)やワカ(仙台方言で口寄せ巫女の意)によって伝えられていた。その伝搬は北に向かって広がり、盛岡あたりまで浸透した事実が確認されるものの、津軽に達した記録は残っていない。

<奥浄瑠璃が語る胡蝶の恋>
・かんじんの「湯殿山大権現御本地記」の内容は、全六段の前半が金剛童子と金躰女(こんていじょ)の恋物語のかたちをとった本地譚、後半が弘法大師と弟子空参による本道寺開山縁起の体裁になっている。
 後半部は説経節「かるかや」に挿入された空海伝「高野の巻」と同工異曲で、この際私たちの関心をひくのはもっぱら前半、『今昔物語』天竺部を思わせる仏教説話風の語りの部分である。天竺の清浄国を統べる帝釈天王は太子がおらず、梵天王に頼んで金剛童子と金躰女を迎え入れ世継ぎとする。童子は侵略してきた摩醯首羅(まけいしゅら)をとり抑える(初段)。帝釈天から譲位の意を伝えられた童子は、自分の存在意義が衆生済度にあることを思い、最上天の金躰女にそれとなく別れを告げ、金色の獅子に乗って雲の彼方に消える。姫は感づいたが時すでに遅く、号泣し気を失う(二段目)。届いた文で童子の下界行きを知った帝釈天夫妻は驚き悲しみ、せめて金躰女を慰めようとするものの、姫は嘆きのあまりついに死んでしまう。すると姫の胸から金色の蝶が飛びだして東方に去る。童子は写生してきた梵天と帝釈天の像を虚空に投げると湯殿山に落ち、前者は山頂の三宝大荒神に、後者は御沢下りの大黒天になって現れた。遍歴ののち、自分も湯殿山に着いた童子は、美しい蝶が獅子に寄ってくるのを見て戯れる。やがて蝶はありし日の金躰女となって語りかけ、二人は手をとりあって千丈の峯に入り、岩屋を封じた(三段目)。

<金剛童子は獅子踊に照応>
・金剛童子と金躰女はそれぞれ金剛界、胎蔵界両部の大日大両権現と現れ給うた―—「湯殿山大権現御本地記」は前半三段をそう結ぶ。二人は山に入ることで両界を体現する神に化身したというのである。

<巡礼とカーニバル>
<お山参詣の人類学的考察>
・お山参詣の行事全体を視野におさめた場合、それは広い意味での巡礼行と捉えることができる。田園の日常的な生活に対し、野を超え山を越え聖山への一時的な放浪として行われる巡礼は、一方の極にあるといえる。

<山カケ百態>
・高い場所が聖地とされ、人々がそこに登拝する祭の例は世界の各地に見られる。中国には唐代から重陽の登高行事があった。その影響は韓国ソウルの南山や北岳におよんでいる。

<イタリア山カケ異聞>
・数ある世界の参詣登山の中でも、岩木山のお山参詣に一番近いのはどうやらこれらしいと目星がついたのは、20年ほど前、弘前大学付属図書館の探珠山房文庫で齋藤吉彦の旧蔵書を調査していたときのことだった。

・29歳でイタリア・アルプスを旅行中、サン・ベス(イタリア名、サン・ベッソ)山の参詣行事と出合い、これに心酔して1912年夏に3週間かけ、周到な現地調査を実行した。その成果が、いまあげた論文というわけである。彼はその3年後には第1次大戦で戦死してしまったので、自著は見ていない。なお同書は、1970年にも再刊されているほど名著の誉れが高いのである。
 その祭礼は、いまも行われているのだろうか。エルツの論文を読むにつれ、私はそれが存続しているならば、ぜひこの目で見たいものだと思うようになった。そこには在地のエネルギーの沸騰が魅力的に描かれていて、熱狂の度合いはかつてのお山参詣に劣らないかもしれなかったから。しかしなにしろ80年も前の話であり、イタリアでもとびきりの僻地のことである。雲をつかむ状況でいたところへ、幸いボローニャ大学に客員教授として赴任した親友が、有益な情報を集め、提供してくれたおかげで、どうやらサン・ベッソの山カケはまだやっているらしいと分かった。

・さていざコーニュに来てみると、かつての遊牧経済、女たちの重労働、劣悪な衛生状態といった趣はどこにもないし、別に中世に迷い込んだ錯覚を覚えることもない。要するに平坦な大地を扼する要衝にあって、いまでは人口1500人を超えるその地は、完全に現代の人気避暑地に様変わりしていた。

・サン・ベッソの、年に一度の山カケ祭礼は午前9時、岩木山山頂の御室に当る小礼拝堂でのミサが始まる。その15分程前、見学しようと中に入りかけた私は突然耳を聾するヘリコプターの轟音に、なにごとかと驚かされた。横手の牧草地に着陸して開いた扉からは、何人かの神父たちが現れた。下界から司祭のお出ましなのだ。まるでフェリーニの映画さながらの奇態な感じだった。堂内にかぎってはどこか素朴な山の頑固者風の人々が多く、大半はソアーナ渓谷深部4ヵ村の住民かと思われる。コーニュの人がいるのかどうかはまるで分からない。2階の狭いバルコナータは立錐の余地もないほどで、おまけに薄暗いのに閉口したが、斉唱の力強い迫力には圧倒された。

<東北の詩・東北のエネルギー 坂口昌明、村上善男>
<弥三郎節は子守歌だ>
・(坂口)弥三郎節っていうのがありますね。もとより全国的に知られた民謡、まあ嫁いびりの唄っていうことになっています。
(村上)そうですね。
(坂口)私には、長い間その意味がよく分からなかったんですね。嫁のうらみつらみが晴れ晴れしく、畳み掛けるようなテンポでお座敷唄として三味線伴奏で歌われるのは、私には論理的に理解できない。
 成田雲竹がそれを全国区にしたってことは承知していますが、納得がいかない。それで、なぜ森田村かというと、ご存じのように、弥三郎屋敷なるものがあそこにあるとか、唄の起源に一種の実在性、信憑性があるかのような言説が、この民謡の発生について広く行われている。これはどうしても現地へでかけて、なるべく昔からの口承のままのかたちで歌えるご老人に、直接歌っていただいて、私の疑問を解決したいと思ったのです。

・(坂口)行く前にまず雲竹さんの唄をですね、私自身テープで聞きながら、テンポをどんどん落として、自分で歌ってみたわけです。そしてフッと気がついた。何だ、これは子守歌だぞという心象でしたね。
(村上)ああ、弥三郎節が子守歌……。
(坂口)嫁いびりどころか、もとは子守歌であるぞ、と。同じような見解がすでに過去に行われているなら、私も従えばよろしいのですが。ところが私の調べた範囲では、それは見つからなかった。ぜひこれは行かなければ、行って確認しないことには!大変申し訳ないが、津軽の人が自分自身について行っている言説には非常に怪しいのが多いということを、私は言いたいわけです。
(村上)うんうん、なるほど。先週、私はちょっと遠野に行ってきたんです。『遠野物語』を読み返してみる話がありましてね。柳田國男が書いた遠野と佐々木喜善の遠野とでは大分様子が違う。以前から言われているんだけれども、柳田國男のいわば文学としての遠野と、喜善のように土着の人間が伝承として見、聞きし、メモをとった物語とでは微妙にズレている。今、その弥三郎節にしても雲竹のようなテンポでパーッと歌ったのが、そうじゃなくて、それをゆっくり歌えば、こういうふうになる、というようなことですね。どうなんでしょうね。その辺りの落差は。

<方言詩は「日本」を超える>
・(坂口)朗読の手前に記述がまずありますね。明日、弘前で詩碑が除幕される詩人、一戸謙三さん(1899―—1979年。弘前市出身の詩人)が、昭和10年頃に『弘前新聞』でおっしゃっていることですが、津軽で日常暮らしている者が津軽弁で書いて、悪いということはどこにもない―—という非常に率直な方言詩擁護論をなさった。それには動機がありまして、当時プロレタリア文壇の論客の雄である淡谷悠蔵さん(1897―—1995年。青森市出身の政治家。社会党代議士・文学者)が、方言詩イクォール封建時代の残滓であると、しかも高木恭造(1903―—87年。青森市の方言詩人・医師)のごときインテリが方言を駆使して歌うということは辻褄があわないと攻撃していた。

<柳田民俗学の改訂>
・(坂口)柳田翁の、全集と名のつくものが初めて出はじめました。期待していますけど、編集委員の一人は自身の本の中で、岩木山のお山参詣行事では、「サイギサイギ」の声はもう聞かれないと言っているんです。よく読んでみると日が暮れてからクルマで駆けつけて、ちょっと見て帰っただけらしいんです。夜にサイギサイギをやっているわけがない。そういう軽率なことがどうして起きるのか。もっと高名な宗教民俗学者が、津軽でイタコの拠点として誰でも知っている「小栗山」のことを、そういう山はないと書いている例もある。学術書の怪説の中で、です。低い山だから地図にはないので、そうしちゃったんでしょうね。本に頼るのは危ない。

<哄笑芸術>
<夭折しなかった純粋詩人>
・(村上)ところでぜひお訊きしたかったことで、南部・八戸の詩人、村次郎さんのことに、少し触れてくださいますか。
(坂口)はい、細かいことは省きますが、自然抒情派、これが現代において成立するかどうか、このことに賭けちゃった方ですね。
(村上)同じ青森県の中で、南部・八戸、その地で彼が詩人として果たした役割というのは、青森県の詩の世界にあってかなり大きいと思うんです。そこのところの坂口さんのご意見を……。
(坂口)私なりに整理すれば、南部の詩人は格調ということをまずは主眼に考えているようですね。ですから社会主義的な主体をもった大塚甲山とか、時代に対して反逆的なスタイルをとった和泉幸一郎とか、村さんとか。この3人は青森県どころか、日本の第一級の詩人ですよ。いずれも誇り高き単独抵抗者であると同時に、日本語の格調に非常にこだわる詩人でした。そういうことが、津軽との対比として浮かんでくるんじゃないかと思います。

<岩木山と赤倉山>
・(村上)坂口さん、こちらにおいでになって、今青森県の、弘前でもどこでもいいですが、一番お好きな風景をいってください。
(坂口)岩木山神社の鳥居前ですね。角度によるんですが、だいたい正面から岩木山の、ちょっと頂が見え、そこに陽がカッと当たって、岩木山がパッと現れる、そういう瞬間の……。

・(村上)それはもう赤倉です。勝手ながら赤倉圏と名づけています。なにか気配が伝わってくる、とでもいえばいいか。大石神社に、何ということもない巨石がある。どうということもない石なんだけれど、民俗学的考察では、その石が聖地と俗界との境界ですね。その象徴としての石がごろっとあるわけで、それがご神体。その石を見ると、ほんとにむきだしになっているから、私には物凄い感動が湧きますね。さっきの遠野もそうなんですよ。柳田の『遠野物語』の第八話の寒戸の婆さんの話。女の子がいたんだけれど、梨の樹のところに草履をぬいで、村から姿を消してしまった。30年ぐらいして、風の激しいある日、一人の老女がたどりきたる。柳田の物語では、それが不明の少女の果ての姿で、それ以後、寒風の日には、寒戸の婆が帰ってくるような日だな、ということになります。ところが、佐々木喜善によると元話は、その婆が来るとろくなことがないから、来ないように村の入り口を石で塞ぐということになる。両者にみられる、この違いです、問題は。



『鬼の風土記』
 服部邦夫  青弓社   2006/8



<酒呑童子>
・この鬼の面から受ける印象は、“落魄した鬼”のイメージだ。現に国分寺の鬼夫婦は、人間夫婦に姿をやつして、下男下女の存在にまで身を落さざるをえない状況に置かれていたのである。大江山を根城として、一大王国を誇っていた頃の、あの華々しい鬼どもの存在ぶりから見ると、まるで嘘のようである。

・よろいかぶとに身を固めた頼光たちは、首尾よく酒呑童子をはじめ茨木童子、いくしま童子、とらくま童子、かね童子や門を固めていた十人余りの鬼どもをことごとく討ち果たした。
 何々童子と呼ばれているこの鬼どもは、いったい何者であったか・・・。

・越後の柏崎地方に弥三郎婆の伝説があることは、高木敏雄の『日本伝説集』によって広く知られているが、良寛ゆかりのこの山にも、稚児をさらう弥三郎婆の伝説と酒呑童子の伝説が残っている。

・伊吹の弥三郎伝説が、15世紀初めに成った説話集『三国伝記』に収められていることを、佐竹昭広氏の著書によって知ったが、その『三国伝』によるとー伊富貴山に弥三郎という変化の者が栖んでいた。遠く関東や鎮西まで往還し、人家の財宝を奪ったり、さまざまの害をおよぼしたので、当国の守護である佐々木備中守源頼綱が勅命によって弥三郎退治に出かけた。頼綱は、摩利支天の秘宝や陰形の術を修得して、高時川で弥三郎を退治した。その後、弥三郎の怨霊が毒蛇に変じて水害をもたらしたので、悪霊をまつって井明神と号したという。

・お伽草子の「伊吹童子」の中では、弥三郎は近江国の大野木殿という有徳人の娘と通じたことになっており、いわゆる蛇聟入苧環(おだまき)型の求婚譚が展開されている。そして、弥三郎は大野木殿から好物の酒の接待にあずかって酒を飲みすぎたあげく命を落とすハメとなっている。その後、三十三カ月も胎内に宿って生まれた異形の子が伊吹童子である。運命の子は、大野木殿によって伊吹の山中に捨てられる、という“山中異常出生譚”として話が進行している。

・佐竹氏は、右の著書の中で伊吹童子が山中の“捨て童子”だったことから「伊吹山中の捨て童子は、後の酒呑童子である。シュテン童子の前身を捨て童子だったとする“伊吹童子”は、シュテン童子なる者の原像をはからずも露呈しているかのようだ」と指摘されている。



『私はアセンションした惑星から来た』
(金星人オムネク・オネクのメッセージ) 
 (オムネク・オネク) (徳間書店)2008/3/1



<金星人、火星人、土星人、木星人の特徴>
・現在、アーリア人という呼び名で多くの人々が知っている白色人種は、金星から来ました。私たちはしばしば背の高い“天使のような存在”として、あなた方の世界のUFOコンタクティたちに語られています。私たちの身長は通常2メートル15センチから2メートル40センチほどで、長いブロンドの髪と、青また緑色の瞳をしていることでよく知られています。

・黄色人種は火星から来ました。彼らは、細身で背が低く、髪は金色または濃い茶色をしていて、肌はオリーブ色から黄色がかった感じの人たちです。目は大きく、つりあがっていて、瞳の色は灰色から濃い茶色の間で人それぞれです。火星人は秘密主義の傾向があり、SFのイラストに描かれるような、幾重にも重なった精巧な未来都市を築いていることで知られています(火星人の生命波動も地球人の物理的な密度のものではありません)。火星人は東洋や太古のスペイン民族の歴史と関係しています。

・地球を訪れた赤色人種は土星系の人たちでした。彼らは、最初は水星で進化を遂げていました。ところが水星の軌道が変わり、太陽により近くなってしまったために生存環境が厳しいものになり、彼らは、土星へ移住したのです。土星人の髪は赤色から茶色で、肌は赤らんでいて、瞳は黄色から緑色をしていることで知られています。体格は背が高く、がっしりとしていて、太陽系内では、筋骨たくましい人たちとして知られています。アトランティス人やネイティブアメリカンはそれぞれ土星人を祖先にもつ民族のひとつです。中でもエジプト人とアステカ族は、とりわけ土星人の影響を強く受けています。

・黒色人種は木星系で進化を遂げた人たちです。彼らは、背が高く、堂々たる風貌をしていて、顔のサイズは大きく、角張った顎をしています。髪の色はつややかな深い黒で、瞳は茶色から青紫です。木星人はその声の美しさと、隠し事をしない開放的な性格でも知られています。彼らの子孫はアフリカやその他の地域に分布しています。



『鬼』 
 (高平鳴海、糸井賢一、大林憲司)(新紀元社)1999/8



<鬼はなぜ童子とよばれるのだろうか?>
・童子とは、つまり元服前の稚児を示す言葉だが、童子はいわば蔑称で、時の支配者らが用いた言い回しである。鬼は確かに人々を驚かしていたが、その力を認めたがらず、下っ端=目下の者=童子と呼んだそうです。

<日本の伝承に残る鬼として>
・桃太郎の鬼(温羅)(うら)
・蝦夷の鬼王(悪路王)(あくろおう)
・有明山(信州富士とも呼ばれる)の鬼族(八面大王)(長野県の伝承)
・黄泉より還りし悪鬼(大嶽丸)(おおたけまる)(三重県鈴鹿山近辺の伝承)
・霊の化身(鬼八法師)(きはちほうし)九山岳地帯の伝承
・飛騨の怪人(両面宿儺)(りょうめんすくな)
・「伊吹弥三郎」と「伊吹童子」の伝承(岐阜県北部伝承、日本書紀、御伽草子に登場)近江の伊吹山にいたとされる伊吹弥三郎は、創造神という顔と、魔物=鬼という顔がある。伊吹童子はその息子だという。

・天邪鬼(あまのじゃく)(人々に親しまれた小鬼)(和歌山県串本町の伝承)
・同胞を助けた「赤鬼」(せっき)出自は安倍晴明物語。



『ときめく妖怪図鑑』
門賀美央子    山と渓谷社  2016/7/8



<妖怪界きっての嫌われ者 天邪鬼(あまのじゃく)>
・昔話では悪役として退治されることが多いため、どことなく小物感が漂う妖怪ですが、そのルーツは記紀神話にまで遡れます。
 一つは黄泉に下った伊耶那美命に従った黄泉醜女(よもつしこめ)、もう一つは天孫降臨よりまえ、葦原中国を平定するため高天原から天降った天若日子(あまのわかひこ)に仕えた天探女(あめのさぐめ)です。黄泉醜女は怪力で単純な鬼女、天探女(あめのさぐめ)は天若日子が高天原に帰らないよう策略を巡らした知恵者。全く異なる性質が重なり、さらに仏教伝来以降は仏神に踏まれる小鬼像などが加わった結果、意地悪でひねくれ者の「天邪鬼」ができあがったといわれています。
 
<小角様とどこでもいっしょ  前鬼・後鬼>
・山の神さえ使役するほどの呪力を持っていた修験道の開祖・役小角。そんな彼を間近で支えた夫婦者の鬼が前鬼と後鬼です。二人は大阪と奈良の県境にある生駒山周辺に住み、悪事を働いていましたが、小角に諭されて改心し、従者となりました。

・二人の間に生まれた五人の子供たちは、修験の本拠地である大峰山の麓に宿を設け、今でも奈良県吉野の下北山村に前鬼・後鬼の子孫が守る宿坊があります。

<女だからってなめないで 鬼女紅葉/鈴鹿御前>
・女鬼には豪の者もいました。第六天魔王の申し子・紅葉は、元は都の貴族に仕えた才色兼備の美女でしたが、主家の奥方を呪った罪で信州戸隠に追放されました。そこで盗賊の頭領となり、妖術を駆使して無敵を誇るのも、最終的には都の討伐軍に打たれます。しかし、本拠地だった鬼無里村では、都の文化を伝えた恩人として今でも慕われています。

・鈴鹿御前も妖術を操る女賊で、時には鬼と化して討伐軍と戦ったといいますが、一方で鬼を退治した天女との伝承もあり、像が定まりません。ただ、美女だったのは確実なようで、敵軍大将とのロマンスも伝わっています。

<まつろわぬ王たちの残像   悪路王/温羅(うら)>
・大和朝廷が列島を平らげていく中、各地に抵抗勢力が生まれました。
 悪路王は、東北で朝廷と戦った伝説的な王の名で、中央により鬼の烙印を押されたものの、東北では英雄視されることも少なくありません。
 一方、温羅は吉備地方に移り住んで来た大鬼で、周辺地域を襲っては乱暴狼藉を働いていましたが、朝廷から派遣された吉備津彦命に敗れ、首を打たれました。しかし、死後も唸り声を上げ続けたといいます。
 いずれの鬼も大和朝廷の日本統一事業の過程を伝える鬼といえるでしょう。

<東北には優しい鬼もいる 津軽の大人/三吉鬼>
・大和朝廷にとって、東北地方は長らく、まつろわぬ民の住む異界でした。そのため、多くの鬼伝説が語られることになり、人と鬼の距離感もぐっと近かったようです。
 津軽の岩木山に住む鬼は大人(おおひと)と呼ばれ、人を助け、ともに遊ぶ存在でした。今も農業神として信仰されています。
 三吉鬼は秋田県あたりの人里に現れた鬼で、酒さえ飲ませてあげればどんな仕事でも引き受け、一夜で仕上げたといいます。評判を聞いたお殿様まで依頼者になったとか。
 正体は大平山三吉神社に祀られる三吉霊神との説もあり、両鬼ともに、善神としての鬼の性格を垣間見せています。
      
<大きな鼻がチャームポイント  猿田彦命>
・記紀神話に登場する異形の神々の中でも特に印象的なのが、この猿田彦です。身長は7尺、口が赤く、目は八咫鏡のように輝いていましたが、驚くべきはその鼻の長さ。7咫、つまり数十センチメートルもあったとか。
 天孫降臨の際には天の分かれ道に立ち、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)の案内をしようと待ち構えていたところ、あまりの容貌魁偉に天照大神が驚き、天宇受売命(あまのうずめのみこと)に正体を探らせました。
この逸話はやがて神楽舞の演目になり、猿田彦命には鼻の長い赤い顔を面が用いられましたが、これが鼻高天狗のイメージの源になったとみられています。

<天狗界の神 八大天狗>
・江戸時代に書かれた天狗経によると、天狗の数は全国に12万5500狗、うち有力者が48狗で、最も力のある者たちは八大天狗として特別視されました。
 彼らの名は本拠地の山名+〜坊という形になっていますが、坊とは元は僧侶の住居を指す言葉で、転じて僧侶そのものを指すようになり、それが天狗に流用されたのです。ここでも天狗と修験道の深い関りがわかります。
 今はほとんどの霊峰に天狗伝説があり、神として祀られていることも少なくありません。魔物だった天狗は、長い年月を経て山の守護者となったのです。

・[愛宕山太郎坊] 首席天狗。愛宕神社の守護を仏から命じられた。火神・迦具土と同一視されることもあるが時々大火事を起こす。

[比良山次郎坊] 元は比叡山にいたが、最澄が延暦寺を開いたため引っ越しを余儀なくされた。比良山では先住の龍と戦ったとも言い伝えられている。

[鞍馬山僧正坊] 生前は壱演という真言宗の高僧だったが、死後天狗になった。牛若丸(後の源義経)の師として知られている。

[相模大山伯耆坊] 相模坊の後任として伯耆大山から引っ越してきた。大山ネットワークがあったのか。富士講講中に人気が高い。

[白峰相模坊] 名の通り元は相模大山に住む天狗だったが、崇徳院を慰めるため進んで讃岐に移住した。面倒見がよいらしい。

[大峰山前鬼坊] 役小角に仕えた前鬼が修験の仏教化で天狗になったが、修験者を守護するのは相変わらず。やはり面倒見がよい。

[彦山豊前坊] 九州の天狗を統べる。正体は天照大神の子・天忍穂耳尊とも。弱きを助け強気をくじく善神的性格が強い。

[飯綱三郎] 荼枳尼天と同体の神として祀られ、白狐に乗った姿で表される。戦勝の神として武将たちに厚く信仰された。

<いたずらもするけど、仲良しだよ ケンムン/キジムナー>
・本土とは趣の異なる風俗や文化を培ってきた南西諸島にも、河童に類する水辺の化け物がいます。奄美地方にはケンムン、沖縄にはキジムナーと呼ぶのが一般的ですが、やはり各土地によって名称が異なります。また、ケンムンもキジムナーもアコウやガジュマルに住む木の精であるという点が、本土の河童と違うところです。しかし、相撲好きや駒引きなど似た話が多くあり、伝承の交流があったことを窺わせます。
 琉球の人にとってキジムナーは単なる魔物ではなく、親しみのもてる存在だったようで、友達になる話が多く残っています。

<いまや遠野のシンボルだよ!  遠野の河童>
・遠野の川には河童がたくさん住んでおり、中心部を流れる猿ヶ石川には特に多かったと『遠野物語』に書かれています。雨の日の翌日などは川岸の砂の上に足跡が付いているのも珍しくなかったそうです。
 遠野の河童の一番の特徴はその色で、見た人の話によるととても綺麗な赤色だったとか。
 また、馬を引きずり込もうとして逆に捕えられた淵猿(河童の別名)が、許してもらったお礼に家を守る座敷童子になったという変わり種の話も伝わっています。

<関東に手を出すものには容赦しないよ  禰󠄀々子河童>
・利根川に住んでいた雌の河童で、関八州の河童を統べる大親分だったといいます。
 とにかく気性が荒く、機嫌が悪いと堤防を破ったり、牛馬や人を川に引きずり込んだりと大いに暴れました。しかし、加納の地(現在の茨城県北相馬郡利根町加納新田)に至った時、ここを開拓していた加納久右衛門に捕えられ、懲らしめられて改心したといいます。加納家には今でも禰󠄀々子の像があり、安産や縁結びの神として祀られているそうです。
 また、九州の親分河童・九千坊と利根川の覇権を争って戦い、勝ったとの言い伝えも残っています。

<中国からやってきた水天宮の御眷属  九千坊(くせんぼう)>
・筑後川を根城とする九州河童の頭目で、千数百年前に中国の黄河から一族を引き連れて海を渡り、熊本県八代に上陸したといいます。
 初めは球磨川に住んでいました。しかし、一族の河童たちがあまりにひどい悪戯をしたため、肥後領主・加藤清正の怒りを買って退治されそうになり、仕方なく久留米の有馬公に頼んで筑後川に移ったといいます。
 ところで、九州には平家の怨霊が化生した河童も一大勢力を誇っており、そのせいかどうかはわかりませんが、九千坊は一時本州進出を目論んだようです。しかし、禰󠄀々子に敗れ、野望は潰えました。

<老若男女揃った山の一家  山人(さんじん)>
・日本各地の昔話に登場する山男や山女。中でも最も有名なのが山姥でしょう。人を喰う鬼婆かと思えば人助けもする、自然の猛威と恵みを象徴するような存在です。若くして美しい場合は山姫と呼ばれます。
 山爺は全身毛むくじゃらの一本足で、片目が極端に小さいため一見独眼に見えるとか。歯が強く狼さえも頭からバリバリ食べるそうです。
 山童は、悪さもしますが、手伝いもよくします。一説には春の彼岸に山を降りて河童になり、秋の彼岸になったらまた山に帰るそうですが、田の神にも同様の伝承があるのがおもしろい点です。

<一番会いたくない化け物かも さとり>
・人の心の中を読む化け物、それがさとりです。相手が思ったことを次々と言い当て、隙ができたら獲って食おうとします。ですが、大抵はたき火の火が突然爆ぜたのが当たるなど、予測不能な反撃を受けてほうほうの体で逃げていくという落ちになります。
 思考を全て読み取られるなんて気味悪い上に間違いなくイラッときますが、「物事に不測の事態がつきもの」と身を以て教えてくれる妖怪だと思えば、少しは気が収まるかもしれない。

<あんまりかわいくなくてごめんなさい 人魚>
・日本の人魚は不気味な容貌をしているものがほとんどです。若狭地方周辺には人魚の話が多く、人魚の肉を食べて不老不死になった八百比丘尼の伝説や、神使である人魚を殺した祟りで滅んだ村、前世の罪業により人魚に転生した男の話などが残っていますが、往々にして不吉な存在と見なされていました。

・沖縄の人魚・ザンは美しい女性の姿ですが、捕えると不吉な出来事が起こるのは同じ。見つけてそっとしておくのがいちばんなようです。

<予言獣は社会不安の証  件(くだん)/アマビエ>
・件は人面牛身の妖物で、生まれ落ちてすぐ一言だけ予言し、死んでしまうといいます。
一方、アマビエも予言する妖物で、こちらは肥後の海に出現し、豊作や疫病の流行を予言して立ち去りました。その際「流行病が出たら自分の姿を描いた絵を人々に見せよ」と言い残したそうです。
件もアマビエも出現時期は江戸末期で、この時期には他の地域にも予言する妖物が頻出しました。社会不安が流言を生む典型例といえるでしょう。



『奇跡を起こす 見えないものを見る力』
木村秋則  扶桑社    2011/9/30



<私たちが知っていることは、ほんのわずかでしかない。大切なことは目に見えない>
・そう気づけたのは、私がこれまで、「普段は見えないもの」と何度も出会ってきたからかもしれません。私が出会ってきたのは、龍、UFO、宇宙人など、人に話せば「何を言っているの?」と笑われるような存在です。

<3・11東日本大震災前>
・龍について話したり本に書いたりするようになり、全国にいる龍の研究者や研究会からさまざまな資料や情報をいただきます。それによると、龍は動物のような肉体を持つ存在ではなく、ガス体だと考える説もあるようです。強いエネルギーが凝縮して「気(ガス)」となり、そのエネルギーが象徴する「龍」という存在として、人間の目に映るというのです。
 もしそうであれば、17歳のときに見た龍が細い松に乗っても枝ひとつ揺れなかったことが納得できます。また、私や友人が見たように、龍が水蒸気の集まりである雲に姿を変えて現れることもあるのではないかと考えられます。

<津軽という土地が持つ力>
・津軽に住む人々の「心のふるさと」とも言えるのが、我が家の西に位置する岩木山、別名「津軽富士」です。

・また岩木山では、先祖の霊と交信する「仏おろし」や、神と交信する「神おろし」も古くから行われてきました。津軽で「カミサマ」と呼ばれている中年女性の霊能者を通して、肉親の霊と話したり、神からの言葉を聞いたりする風習です。青森には、全国的にも有名な「イタコ」と呼ばれる女性たちがいますが、イタコは、青森県東部の下北半島、特に恐山で活動しています。主に故人の霊を降ろすイタコとは違い、津軽の「カミサマ」は、故人の霊のほかに、神からのご神託を伝えるという役目を持っています。
 こういった伝統や信仰は、津軽人の心に深く根ざしています。その要とも言える岩木山には、「龍がすむ」という言い伝えがあるのです。

・境内の右手には、龍神様が祀られています。白地に紺で「白雲大龍神」と染め抜かれた幟に導かれて進むと、岩木山の湧き水でできたという池があり、そのなかに龍神様の祠が立っています。荘厳な拝殿とはまた違った趣のある、神秘的な空間です。

<畑に現れる不思議なものたち>
・しばしば自宅近くや畑の上空に訪れていたのが、UFOです。
 無農薬栽培を始めた前後から、時々見かけるようになったのですが、最初に発見したときは家族や隣の人も呼んできて、みんなで確認しました。ですから、私の勘違いではありません。初めは、UFOは月が回転しているように見えました。

<地元で話題になり、「岩木山上空にUFO出現」と新聞記事が出たほどです。>
・UFOが現れ始めた頃は、私も家族も興奮しました。しかし、もう数えきれないくらい見ていますから、今見ても驚くことはありません。

<そんな宇宙からの客人が、私の畑に降り立ったことが2度あります。>
・2度とも彼らは2人組でした。身長は130センチほど、目が異様に大きく光っていたことを憶えています。
 初めて見たとき、彼らはリンゴの木の間をものすごいスピ―ドでビュンビュン動き回っていました。
「何だ!?」と思って目を凝らすと、人のような形をしています。でも、もし人だとすれば、横に貼り出したリンゴの枝にぶつかるはずです。ふたつの物体はぶつかりもせず、右へ左へ素早く動いています。
 走っているのではありません。わずかに浮いていて、横にササッと移動しています。体全体がクロ−ムメッキされた車体のように鈍く光っています。「これは、人間ではないな」と直感的に思いました。動くこともできず、見守っているうちに、しばらくして2人は消えました。どんな目的があったのでしょうか。UFOには慣れていた私も、さすがにこのときは驚きました。

<UFOに乗せられて>
・龍を見たと言うだけでも随分驚かれますが、宇宙人に拉致されてUFOに乗ったというと、ほとんどの人が信じられないという顔をします。私自身、もし自分が体験していなかったら、人から同じ話を聞いても「夢でも見たんじゃないか」と思うでしょう。

・ベンチから左右を見渡すと、どこに壁があるかわからないくらい空間が広がっています。この建物のなかには、いったい何百人が住んでいるのだろうと、私はそう思いました。
 やがて、他の2人が次々に連れていかれました。ひとりになった私は手持ちぶさたになり、ベンチに立って窓の外を見てみました。夜なのか全体は暗くて見えません。しかし、明かりが横に数列並んでいるのが見えます。ビルが横に倒れたような建物です。地球の建物ではないようです。ホテルか何かだろうかと思っていると、宇宙人がやってきたのであわててベンチから降りました。

・そのときもやってきたのは、2人です。子どもの背丈ほどの彼らが大人の私を両脇から抱えるのですが、力が強いのでされるがままになるしかありません。私が立つと、彼らは私の腕を抱えて宙を浮くかたちになります。私は歩き、両脇の2人は床から浮いた状態で移動しました。
 途中にいくつかの部屋がありましたが扉はなく、のぞいてみると先ほどの2人がそれぞれ別の部屋で裸にされ、台の上に寝かされていました。ベルトで固定されていて、まわりをかなりの数の宇宙人が取り囲んでいます。
 みんな目だけが異様に大きく黒っぽい体で、男女の差も顔つきの違いもわかりません。彼らは手術に立ち合う医師のように台のまわりを囲み、目でスキャンするようにじっと横になった2人を見ていました。

・彼らは、もうひとつ興味深いことを話してくれました。「我々は、子どもでも250の元素を使うことができる」と言うのです。地球人が知っているのは120ほどで、実際に使っているのは20〜30にすぎないとも言いました。あとで調べてみると、確かに地球上で認識されているのは118。使われているのは20〜30種類だそうです。
 250もの元素を使って、いったいどんなものを作っているのでしょう。いずれにしても、彼らが桁外れの頭脳を持った生き物だということが言えるのではないでしょうか。

・不思議だったのは、彼らが壁やテーブルなどに触るとすべて透明になったことです。たとえば、壁を触るとガラス張りのようになり、向こう側が透けて見えるのです。触らなければ、ただの金属のように見えます。私が触っても変化は起きません。そのことひとつとっても、彼らの科学や技術は、かなり進んでいると私は思ったのでした。

<老人が見せた地球のカレンダー>
・心の大切さを教えてくれたひとつの出来事があります。といっても、体験と呼ぶにはあまりにも突飛なので、「ある幻想を見た」と言ったほうが正確かもしれません。
 まだリンゴが実らず苦労していた頃のことです。
 私は、ある部屋でひとりの老人と出会いました。肩から白い衣をまとってあごひげを生やしています。古代ギリシャの哲学者ソクラテスのような風貌です。石の椅子に座ったその老人は、私に手伝ってほしいことがあると言いました。

・「これは何ですか?」と私が尋ねると、老人は、このパネルは地球のカレンダーで、1年が1枚分だと答えました。見ると、その数は多くありません。「これ以上はないのですか?」と私は尋ねました。老人は、「ありません」ときっぱり言いました。
 私は困惑しました。その枚数で言うと、カレンダーの終わりは、マヤの暦で地球が滅亡すると言われている2012年よりは多かったのですが、2桁しかなかったからです。
 枚数は今もはっきり憶えています。決して口外してはならないと老人に言われたので、誰にも教えることはできません。老人との約束を守って、私はそのときに見た枚数を妻にさえ話していないのですから。

<自分がリンゴだったら、野菜だったらと考えてみる>
・自然栽培には、マニュアルがありません。作物の特性を生かして、それぞれに合う土壌作りをするのが自然栽培の基本です。そのためには、作物を見て土を見て天候を見て、その場その場で自分自身が判断していくしかありません。
 自然栽培は、畑に何も手を加えない「自然農法」とよく勘違いされます。
 自然農法は福岡正信さんが唱えた農法で、私がリンゴの無農薬栽培を思い立つきっかけとなりました。この農法は、耕さない、肥料や農薬を与えない、除草しないなど自然のままの状態で作物を育てます。
 しかし、私が実践する自然栽培は、ただ何もせず放っておくだけではありません。畑の様子を見極め、ときには草刈りをしたり、剪定をしたりして、作物が一番気持ちいい状態に調整していきます。リンゴを実らせようと試行錯誤するなかで、自然のままに放置するのではなく、「自然を生かす工夫」をすることが大切だと気づいたのです。
 また、自然栽培は、「有機農法」とも違います。

・いろいろな意見があるので、これはあくまでも私個人の考え方ですが、有機栽培は化学肥料の代わりに有機肥料(堆肥)を与え、無農薬で栽培する栽培法です。しかし、有機JAS法では、石灰ボルドー液と呼ばれる農薬など、昔から使われている農薬の使用を認めているので、完全な無農薬とは言えません。
 一方、自然栽培は農薬代わりに食酢を使うだけです。食酢は法律上、特殊農薬として指定されているので、厳密には、無農薬とは言えないかもしれませんが安全です。

<人はヤドカリと同じ>
・こんなふうに思うようになったのは、「あの世」に行く体験をしたからかもしれません。重いインフルエンザにかかり、高熱を出して家でひとり寝込んでいたときのことでした。
 思っていたよりも重症化していたようです。意識がもうろうとして、眠ったとも気を失ったともわからない状態になりました。ふと目を覚ますと大きなシャボン玉のようなものが降ってきて、私は自然とそのなかに入っていきました。
 フワフワと浮くシャボン玉のなかで、ふと下を見ると、知らない誰かが横たわっています。
 私自身なのですが、それが自分だという感覚はありません。上へ上へと昇っていくシャボン玉に身を委ねながら、自分は死んであの世へ行くのだなと思いました。

・外を見ると、私と同じようにシャボン玉に入って昇っていく女性が2人見えました。この人たちもあの世へ行くのだと漫然と思っていました。
 気がつくと、シャボン玉から出て、私は暗闇の中にひとり立っていました。怖いとも悲しいとも思いません。ただ、いつもの自分ではないような、普段とは変わった感覚がありました。何かに誘われるように、私は歩き始めました。
 どこへ向かっているのかわかりません。でも、目指す方角は知っているような気がしました。砂の上を歩いているような歩きにくい道を、ひたすら進んでいきました。

・ふと「死んだじさま(じいちゃん)とばさま(ばあちゃん)は、どうしているのだろう」と思った瞬間です。目の前に2人が現れました。
 「じさま!ばさま! わぁ(俺)だよ。秋則だよ」
生きているときそのままの姿で現れた2人に、呼びかけました。
返ってきた言葉は、「なぁ(お前は)誰だ」でした。
悲しくなって、自分の名前を繰り返し告げました。でも、2人は困惑して不機嫌な顔のまま立っているだけです。そのうち2人は、現れたときと同じようにパッと消えていなくなりました。
 よく。「あの世で会おう」「あの世で待っているから」と言います。でも、「あの世」では、生きているときの感情はないのだなと、そのとき思いました。

・2人が消えたあと、しばらく歩いていると少し明るい場所に着き、山や建物が見えてきました。そこで、案内人のような2人連れが現れました。その2人に促され、大きな建物の前に行くと、平屋建ての家がたくさんあり、その家に出入りを繰り返している人や、行列して山へ向かう人たちの姿が見えました。私以外はみんな同じ白い服を着て、性別もはっきりせず、似たような姿形、年齢でした。生まれ変わるために、人が川を下っていく様子も案内人が見せてくれました。
 そのうち、地響きのような大きな音が聞こえてきました。それは、何度も鳴り響きます。よく聞くと、自分の名前のようです。

・「誰かに呼ばれている。どうすればいいのだろう」と思った瞬間、私はまた大きなシャボン玉のなかに入っていました。
 気がつくと私はシャボン玉に入ったまま、自分の家の天井あたりで部屋を見下ろしていました。布団のなかに寝ているのは私ですが、そのときもそれが自分自身だとはわかりません。妻でさえも誰だかわかりません。

・魂が自分の肉体に戻るとき、どんなふうに戻るのかおわかりでしょうか?
 よく漫画などで魂が煙になって口や鼻から入る場面がありますが、実際には違っていました。寝ているときと同じ姿勢を取り、上から重なるようにして戻ります。そのようにして自分の体に戻り、一番先に見えたのが、妻の顔とヘルメットを被った救急隊員の顔でした。
 「この世」に戻って、私は思いました。肉体を抜け出し魂だけになった世界と、今の自分という肉体を借りて住んでいる世界とでは、まったく考え方が違うのだなと。「自分」はなく、何も感じない世界。家族同士の愛や絆もない世界。私が見た「あの世」は、そんな世界でした。それは、今でも鮮明な感覚として残っています。
 そこには、天国も地獄もありませんでした。「あの世」へ行ってみて、生きている「今」が、天国であり地獄だと感じます。

<小さな改革から大きなうねりへ>
・ソクラテス似の老人が教えてくれたカレンダー。その枚数は誰にも言わないと誓いました。しかし、その枚数が終わる日、地球が滅びるとか、大災害が起きるとは思いません。その日に始まるのは、心の革命、意識革命ではないかと考えています。



<●●インターネット情報から●●>

<岩木山>
<光り物、雲>

■ 1571年1月21日夜、光り物が岩木山から出て、東の方へ飛び移った。雷のごとき大音がした。22日夜と23日夜も同じだった。

■ 1605年2月20日午後8時頃、岩木山の南の肩から大きな光り物が出て、空中に輝いたが、まもなく北の方へ飛んで、赤倉の沢へ入った。
このとき、周辺が昼のごとく明るくなって、草木の色まで見分けられ、
堀越城や近辺の村々からも見えた。

■ 1613年9月18日朝、光り物が西から東へ飛び、鳴り渡った。

■ 1624年4月29日夜、光り物が西から東へ飛んだ。

■ 1685年2月23日午後9時頃、雷のような音とともに、光り物が西から東へ飛んだ。3月1日まで毎夜続き、人々は安堵できなかった。

■ 1730年6月23日夜、西の方から東のかたへ光り物が飛んだ。
その形は雁のようで、色は白銀によく似ていた。

■ 1764年10月16日朝6時すぎ、西の方から南の方へ光り物が飛んだ。大きさは約2メートルほど。流星のごとく発して南の空へ入り、その後白い雲になった。

■ 1770年6月14日午後4時頃、岩木山の上空に、甲冑を着た人形のような雲が立った。また2日前の昼頃には、山頂の上に船に乗ったような人形の雲が見えた。

■ 1772年3月19日夜8時過ぎ、光り物が西から東へ飛び、花火を散らしたように御城西坂上の松林に落ちた。形は丸く火の色で、尾はカブの実の色のようだった。

■ 1787年2月2日夜、岩木山から光り物が2つ飛び出した。
大きな爆音がして、百沢付近に住む人々は家を捨てて戸外へ逃げ出した。



『輪廻転生を信じると人生が変わる』
山川絋矢   ダイヤモンド社   2009/9/11



<実はすべてが計画されている>
・こちら側では、多くの精霊や天使たちが一生懸命活動して、人々に覚醒をうながしています。

・私たちの導きによって、すべてがとり行われているのです。

・世の中の動きは、実はすべてが計画されているのです。

<自分に起こることは、全部自分が引き起こしているのです>
<私たちの生は壮大な宇宙の計画の一環>
・あなたの人生のシナリオにそう書いてある。

・そこから何かを学ぼうとして、魂が事を引き寄せている。

・本当の「引き寄せの法則」は、エゴやお金や物を引き寄せるという技術ではありません。「自分のところに来たものは、すべて自分が引き寄せた」と知ることです。シンプルな宇宙の秘密。

・本当の自分は自分の運命を知っている人です。

・本気で思ったことは実現する。

<人生に間違いは一つもない>
・あなたは、自分のすべきことを今この瞬間もしている。

・人はみんな、いつの時点でも、その時にしなければならないことをしています。

・あなたがそこにいるだけで、あなたの人生に起こって来ることが変わる。

・「引き寄せの法則」が意図することなく、自動的に働き始めます。宇宙が応援してくれます。

・「幸せであることを日々、感謝するだけ」なのです。あなたは、特に意図しなくても回りの人を自然に変えていきます。



『新 天使クラブへようこそ、天国はここにあり』
山川紘矢    ダイヤモンド社   2010/6/18



<私たちが体験できる最も美しいものーぼくが「天界」に行ったときのこと>
・さて、いよいよ夢の中で、ぼくが天界に行ったときのことをお話ししましょう。

・トイレの壁をぼんやりと見ていたのですが、そのトイレの壁がスーッと動いてゆくではありませんか!「あれって」と思っているうちに、ぼくの体をトイレからスーッと、どこかへ運ばれていったのです。

―そこはもう、広々とした別世界でした。全体が明るい水色の世界で、白いギリシャ風の柱が立っている大広間みたいなところに着きました。
 そして何人もの白いローブのようなものをまとった人たちが三々五々、楽しそうに談笑しているのです。中には竪琴を持った人もいて、天界のようでした。

・ぼくはズボンをおろしたままの姿ですから、すっかりあわててしまい、ひざを少しまげて前を隠していました。
そこにいる人たちは、おしり丸出しのぼくを見て、みんなして楽しそうに大笑いをしているのです。声は聞こえませんでした。テレパシーの世界のようでした。
 ぼくははずかしくて、やっとズボンをたくしあげたのです。ざわめきが一段落すると、向こうのほうから、とても威厳に満ちたレオナルド・ダ・ヴィンチのような素晴らしい風貌の男性が現れました。ぼくに会いに来たようです。
 彼はぼくの顔をじっと見つめました。その目は、慈愛に満ちているという表現がぴったりです。しかし、なぜかぼくに同情するような顔つきでした。
 ほんの何十秒間のことだった気がします。ふと気がつくと、ぼくはベッドの上に座っていました。トイレに入っていたのも、現実のことではなかったのです。

・あのレオナルド・ダ・ヴィンチのような方は、誰だったのか、あれはいったい、何の体験だったのかー。今でも忘れることができません。

・それから、ぼくはひどい病気を3年間やりました。先ほども書きましたが、ゼンソクです。そのために、とうとう公務員を辞めなくてはならなかったほどでした。発作が起こると動けなくなるのです。いつもベッドの上でうめいていました。



『金髪碧眼の鬼達』
中村供‘本デザインクリエータズカンパニー  2015/9
鬼・天狗・山姥は白人的特徴を持っていた



<白人的特徴>
・過去の伝統的存在、鬼・天狗・山姥達は金髪・碧眼(黒以外の目)などの「白人的特徴」を持っていた……。再発見の数多くの資料や新しい科学的データも交えながら、彼らの正体に迫る!

<鬼・天狗が白人!?>
<鬼の絵と天狗のお面を見ると……そして驚くべき人類学の研究と>
・まず、鬼の絵を見て頂きたい。これは江戸時代に描かれた鬼の絵巻物だが、絵の中央で首を切られている大男がその鬼だ。名を酒呑童子という。この絵では鬼の首は宙に浮き上り、また、左方の武人の頭に噛みつく、という図にもなっている。しかし、ここでこの鬼の髪の毛を良く見てみよう。あれ、……これは金髪ではないか?そして、目の色も良く見れば金色になっている。これはどういう事なのだろうか?

・次は、天狗を見てみよう。これらは天狗のお面だが、これらのお面は群馬県の迦葉山弥勒寺という、天狗の信仰で有名な寺に奉納されている大天狗面というものだ。この図では、中央と左方に大天狗面が、また右下に小さく、普通の大きさの天狗面も写っている。しかし、いずれの髪色も淡いが金髪に見える。また、図の大天狗面の髪も金髪だ。これらでは、目の色も金色になっている。
 しかし、鬼にしろ、天狗にしろ、この様に髪や目が金色なのは一体何故なのだろう?私達は金髪などというと……ヨーロッパ人のそれを想い出さないだろうか?また、ヨーロッパ人では金色の目の人も存在しているのだが……。

・実は驚くべき研究がある。今から十数年前に自然科学分野での専門論文として発表されたものなのだが、その中で「過去の日本列島に少数の白人系集団がやって来た可能性がある」という事が述べられているのだ。この研究は、東京大学医学部などの医学研究者達によって組まれたグループによる研究だった。

 その研究の事を次に、まず簡単に触れておこう。この研究グループでは。最初、人間の体内に寄生する「JCウイルス」というウイルスについて医学的な研究をしていた。すると、このJCウイルスのDNAの型(タイプ)が世界各地の人類集団によって少しずつ違っている事が分かって来たのだった。

・そこで、研究グループは、このウイルスのDNA型の違いを利用して世界各地の人類集団の「系統分け」を試みる事にしたのだ。こういう手法は、生物学(分子系統学)で良く用いられているものだ。
 そして、その結果、現代日本人の一部からも、ヨーロッパ人などの「白人」と対応している様に見えるJCウイルスの型が検出されたのだ(調査された日本人800余人の内の約2%)。

・そして、また、この研究グループが、日本人の中のこの白人対応と思えるウイルス型について、さらに詳しく調べてみると、このウイルス型が、ヨーロッパ人など白人の持つウイルス型と相似だが、少しだけ違いがある事も分かって来た。この事について、この研究グループは次の様に考えた。ヨーロッパ人など白人の持つウイルス型と日本人の持つ白人対応と思えるウイルス型とが「古い時代」に隔離したもの、と推測したのだった(この考え方は、この手の研究分野では、いわば情動的なものだ)。そして、この事をさらに進めて言えば、こういう事になった。白人対応のウイルス型を持っていた白人集団と、日本人の、白人対応らしきウイルス型を持っていた集団とが、古い時代に分れて別集団となった、という事だった。
 さて、この事から、この研究グループは以下の様な驚くべき推論を導いた。
「少数の日本人の中から発見されたヨーロッパ人(白人)相似のウイルス型の存在は、古い過去の日本列島に少数の白人系集団が移住してきた事を示唆している」
 つまり古い時代に、白人集団から分離した白人系集団が日本へ流入し、その後、この集団のウイルス型が、現代の日本人の中の白人型ウイルス型となった、とこの研究グループは考えたのだった。

・ところで、皆さんご承知の様に、この「白人」には、金髪、碧眼といった人達が大きい割合で含まれていた(碧眼とは青い目など、黒以外の色の付いた目の事)。という事は、過去の日本列島に、金髪、碧眼の集団が流入して来た可能性もあるという事に……なる筈だ。しかし、ここで思い出すのは、先の冒頭の、鬼、天狗の金髪、碧眼なのでは無いだろうか?

<柳田国男氏の山人=異属説>
・ところで過去、明治時代から昭和時代にかけて、民俗学者の柳田国男という人がいた(1875−1962)。歴史の教科書にも載る位の大学者だったこの人が、実は、鬼、天狗などの問題に関係して、一つの注目すべき説を提唱していたのだ。柳田氏は、江戸時代を中心とした資料中に、「山中で一種異様な者に遭遇した」という話が多数残る事を見い出し、その集団を鬼、天狗、山姥の末裔と想像して、「山人(やまびと)」と名付けていた。そして、この「山人」について、「山人=異族説」とでも呼べる説を提唱していたのだ。

 この柳田氏と言えば、民俗分野でかつての大学者だったヒトラー総統で、しかもその人が自身の専門分野である民俗学で、山人や、また、鬼、天狗、山姥の資料を多数扱った上で、「山人=異族説」とでも言うべき説を唱えていた。これは見逃せない事ではないだろうか?

・柳田氏は、この山人達の、普通の日本人にはない様な「身体特徴」にも注目していた。彼の、この山人の身体特徴の指摘には、例えば次の様なものがあった。
 赤頭というのは髪の毛の色でそれが特に目に付いた場合もあろうが、顔の赤いというのも山人にはそれ以上に多かったのである。或は平地人との遭遇の際に、興奮して赤くなったのかという事も一考せねばならぬが、事実は肌膚の色に別段の光があって、身長の異常とともに、それが一つの畏怖の種らしかった。地下の枯骨ばかりから古代人を想定しようとする人々に、ぜひとも知らせておきたい山人の性質である。

・柳田氏は上述の様に「山人」の身体特徴の指摘をしていたのだが、但し、この文では、その身体の特徴が「人種的特徴」だろうとか、山人が「人種的傾向」を持っているらしいなどという様な事は何も言っていない事がわかる。そして、彼の他の文献を見てもやはりそういう指摘は見つからない。しかし、それは彼の、自分は人類学の専門家ではないから、という学問的慎重さゆえだったのかもしれない。ただし、上述の様な山人の身体特徴の指摘は、それが人種的特徴であるかも知れない、と連想させるもので、それを暗に示唆していた、という言い方はできるのではないだろうか。

<丹後大江山の鬼=外国人説>
・ところで、柳田氏は、以上の説を突然、思い付いたものでもなかったのかも知れない。というのは実は、科学的には不完全なものとは思えても、鬼が外人ではないかや、白人では?或は天狗にもそういった説が柳田説以前から存在していたのである。それらは彼らの髪色や、そして、良くは分からないが、何らかの伝説などを元にか、そういう説が唱えられていた。そこで、以下、それらの説がどんなものだったのかを、いくつか見てみる事にしよう。
 まず、最初に見るのは、京都の丹後地方の大江山に昔住んでいたという伝説の残る鬼、この冒頭に出した「酒呑童子」という名の鬼なのだが、この鬼とその配下の鬼達が実は外国人ではなかったか、という説である。この説は、現在、この大江山周辺では比較的良く知られている説の様だ。ただ、説そのもののルーツはかなり古い様で、江戸時代に既にこの説を書いたものが見つかる。江戸時代の当地の地誌の中に、その鬼=外国人説が載っている。

・この様に、鬼とは「言葉が通じない」「衣服が人と異なる」(これは当時の普通の日本人のものと違ったという事か)者だったというのである。また、粗暴な性格だったともある。そして、こうした事から、鬼とは、日本人ではなく、外国より日本に上陸したいわゆる海賊だったのではないか、という説だ。
 ここで、鬼が海賊だったというのは、この著者(?)の想像の部分だろうが、しかし、「言語通じない」「衣服人に異なる」という部分はそうでもなく、少なく共「伝説」として書かれている様だ。その「伝説」の真実味は果たしてどうだったのだろう?

<天狗の外国人説>
・以上、鬼に関する外国人説を見た。しかし、鬼に少し似た存在としてか、日本には天狗という存在も伝えられて来た。そして実は、この天狗にも、鬼同様に外国人説があった。この天狗の外国人説は現在でも少しは知られている説だが、最初に唱えられたのは近い年の事ではなく、少し以前の事の様だ。筆者の知る、最も古い天狗=外国人説というのは、菊地晩香氏という人物が唱えたもので、これは、戦争よりも以前の時代に唱えられたものらしい。
 その菊地氏によると、天狗とは、昔、日本にやってきたユダヤ人だろうという。ユダヤ人は古くから中東やヨーロッパに居住していた民族だ。
 菊地氏が何故、天狗をユダヤ人だろうと言ったのかといえば、まず天狗が頭に付けている兜巾(ときん)と呼ばれる小さな黒い箱、これがユダヤ人の誓文筥というものと同じだという。そして、もう一つには、天狗は、棒状に突き出た鼻形だけでなく、いわゆる鉤鼻形の天狗も少なくないのだが、この鉤鼻がユダヤ人に見られる鼻形だというのだ。
 これらの理由から、菊地氏は天狗を日本にやって来たユダヤ人だと考えていた。そして、この天狗=ユダヤ人説は、現在では他にも証拠をいろいろと加えて、さらに日ユ同祖論者達によって唱えられている様だ。



「神仙道の本」
(秘教玄学と幽冥界への参入)(学研)2007/3



<地球大気圏の某所の映像>
・宇宙の根本神は、いうまでもなく天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高皇産霊神(たかみむすひのかみ)、神皇産霊神(かみむすひのかみ)の造化三神だ。

・玉京山から放たれている「三色の霊光」というのがまさにそれで、神の姿は見えず、ただ中央の「水色にして五色を含みたる光」と左の「水色の光」と右の「白光」が、まばゆいばかりにキラキラと放電されているさまが拝まされるのみだという。そして、この神秘的な景観も友清流に言えば、地球大気圏の某所の映像なのである。

・北極星のような隔絶の神界と比べると日界は、指呼の間だが、あの猛烈な光熱で、どんな霊も燃えつくしてしまうように思われる。水位は、日界には入り難いが、下に見たことはあるといい、城郭のようなものが数十あったといっている。

・地球に最も近い月界だが、ここは「もろもろの穢(けがれ)の往留る」根の国、底の国に当たる。そのため、神仙から月球人にいたるまで、全て地球より「遥かに卑しく劣る」そうで、かぐや姫のようなロマンチックな世界ではないらしい。

<さまざまな神仙界>
<36天と大羅天><本邦神仙道のモチーフか>
・道教の36天説(元始天尊の坐す大羅天を最高天とし以下、玉清境、上清境、太清境の三清天、四種民天、仏教から取り込んだ三界(無色界、色界、欲界)の28天を重ねたモデル。

・日本の神仙道では、36天は道士のつくりごとだとして、ほとんど相手にしていない。

<五岳真形図と五岳神界>(地球霊界の軸柱となる神界)
<石城島(しきしま)霊界>(友清歓真(10歳のとき神隠しにあったといわれる)が赴いた理想郷)

・友清歓真が訪問した当時で人々は14万人。3ないし4つの行政区に分かれており、東部は科学的な研究機関、学校・工場などのある近代的な地域でアメリカの最新の意匠による別邸のようなものも建っている。

・東部と比べると西部は、鄙びた地域で友清と石城島霊界に招いた物故者の田畑氏は、20坪ばかりの菜園の世話をしていた。もっとも、肥料も水もやらないのに美しく立派な野菜ができるというから、世話というほどのこともない。

<仏仙界><神仙界と対立する妖魔の巣窟か?>
<神仙家が敬遠する世界>
・山人界でもないのに、愚賓がでてきているのは仏仙界にも僧侶のなりをした愚賓が住んでいるからだ。ただし、仏仙界の愚賓は「無官」だそうで、「理不尽に愚人を誑(たぶら)かすから「愚賓者」とも呼ばれるらしい。利仙君によれば、極楽も仏も、みな愚賓が見せる幻術だというのである。

・仙界に出入りした神仙家は多いが、不思議なことに仏仙界については誰も中に入って見聞しようとしない。敬遠しているのは明らかだが、それも道理で、彼らは、筋金入りの仏教嫌い、仏仙嫌いなのだ。仏教に対する嫌悪感を最も露骨に示しているものもいる。

<魔界と魔王><極悪の魔が救う禁忌の領域とは>
・魔界だけは、全くといっていいほど、探訪情報がない。

<死後「極悪の人霊」となった魔王>
<魔に堕した悪霊を掌る魔王>
・ 魔王の筆頭は、造物大女王という女魔で、天地開闢の際、積もり積もった陰気の悪気が凝結して生まれたという。
これに次ぐのが無底海太陰女王だ。

<宇宙の神仙界>
<大気圏の外にも広がる神仙の世界>
・実は、遠方の星の世界の状況が、この地球の大気圏内の或るところに影を映したような状況になって、そこへ行って来たからだという。

・この玉京山が紫微宮の中心の神山で、そこに天帝の住まう玉京山鳳宮がある。さらに玉京山の南方の海中には、宮殿楼閣を空に聳えさせている紫蘭島(しらんとう)があり、紫微宮神界の重要な施設が立ち並んでいる。

・毎年元日には、全世界の神々がこの島の紫蘭大枢宮号真光遊門という門の前に集まり、宇宙の根本神に拝礼朝賀するというのである。

<山人界(天狗界)>
<多種多様な天狗らの仕事と生活の実際>
<高級山人が住まう壮麗な宮殿>
・山人とは山の神のことだが、天狗の異名として用いられることもある。「お山には善美を尽くした広大結構な御殿があり、三尺坊は平生には、そこに居られますが、亦、空中にも大なる御殿があってここにも多くの方々が居られます」。

・ひと口に山人界といっても階級は実に多い。そこで、空中の御殿に住む鬼類・境鳥まで、暮らし向きも千差万別なのである。
 仙童寅吉以降、山人界の情報はずいぶんと数多くもたらされてきたが山人界の階級等についてもっともまとまった情報を伝えているのは島田幸安だ。

<山人界の天狗の風体とは>
・島田によると、山人界の階級は/誓隋↓∪膺諭↓山人、ぐ杰諭↓サ拈隋↓Χ鯢弌覆阿劼鵝砲紡臺未気譴襦この愚賓というのがいわゆる天狗のことだが、天狗は人間が命名した俗称であって、山人界では使わないという。

・天狗というと鼻高・赤面の異形に描かれるのが通常だが、実際の姿は人と変わらず、頭巾をかぶり、白衣を着し、足には木沓(きぐつ)を履いている(裸足の愚賓(ぐひん)もいるという)。
「人界にて云如き鼻高く翼ある者は無御座候」と、島田は断言している。
 愚賓は神仙から数えて6番目の下級官吏だが、そのなかにもまたこまかい階級がある。〇確遏並膓鯢弌法↓∋垣此幣愚賓)、L收隋↓さ汗隋↓セ概粥↓Χ鳥、Ш摸曄覆泙靴)がそれだ。

・Δ龍鳥が、いわゆる木の葉天狗・木っ端天狗と呼ばれる類で、嘴と翼をもつ鳥類の化身である。

・最後に天狗は日本独自のものとの話があるが、それは間違いだということも付記しておこう。中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ。

<戦争に出陣する愚賓(下級天狗)たち>
・ただし、人間のように肉を食うのではなく、気だけを食うのだと島田が注釈している。生きている魚を海などから招き寄せ、「味の気」だけを取って食べ、食後は生きたまま海に帰すというのだ。

・仕事は、より上級の神界の下命に従って戦争に従軍したり、霊界や人間界をパトロールしたり、冥罰を下したりと、そうとう忙しい。大小の愚賓は、元来が武官だから、戦争になると鬼類などを従えて直ちに出陣する。

・加納郁夫という名の天狗の弟子となった「天狗の初さん」こと外川初次郎は、加納天狗の供をして満州事変に従軍したと言っているし、幕末の戦乱時に活動した才一郎は明治元年から2年にかけての戊辰戦争に冥界から参戦し、三尺坊の命令で、自分の出身国である尾張藩の隊長“千賀八郎”を守護していたと語っている。

<天狗が下す恐怖の冥罰>
・天狗の仕事で最も怖いのは、人間界に罰を下すという仕事だ。火事による処罰が多いようで、情け容赦がない。たとえば、杉山僧正が東京の平川町(平河町)を焼いたことがある。

<過酷をきわめる天狗界の修行>
・寅吉や才一郎は仙縁があって山に招かれたものだがら否応はないが、凡人が天狗の「神通自在」にあこがれて山中修行に入っても、ろくなことにはならないらしいから、注意が必要だ。
 最後に、天狗は日本独自のものとの説があるが、それは間違いだということも付記しておこう。中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ。

<異界交通者が赴く山人界(天狗界)>
<僧侶や仏教信者など、仏教徒深い因縁で結ばれた者が入る「仏仙界」がある。>
<全霊界は「むすび」と「たま」の領界に大別される。>
・むすびの世界とは、「衣食住や山河草木や万般の調度品が、客観的に実在として殆ど人間界のごとく存在する」世界のことで、我々の現界もここに属する。現界もまた霊界の一種、むすびの霊界なのである。

・ 一方、たまの世界は「欲する品物が欲するままに、そこに現出する代わりに注意を怠っていると消えたり、一瞬にして千里を往来したり、もやもやと霊のようなものが友人や知人の顔となり手となって遂に完全な姿として、そこに出てきたり、高い階級で美しい光の乱舞の中に自分も光の雲の如く出没穏見したりする」世界をいう。

<高級神界の世界>
<神集岳神界・万霊神岳神界・紫府宮神界とは>
<全ての地の霊界を統制する大永宮>
・神集岳神界があり、中心は大永宮という巨大な宮城で、一辺が160キロもある高い壁に取り囲まれている。四方に大門があり宮城を四方から囲む数十の宮殿群もある。

・幽政の中府だけに膨大な数の高級官僚が働いている。東洋、西洋、人種はさまざまだが、日本人も沢山、含まれている。

・紫府宮神界は宇宙神界の紫微宮神界ではないので、注意。

・そもそも「天機漏らすべからず」といって神仙界の機密は人間界には伝えないのが決まり。

<現界人の生死・寿命を管掌する神>
・万霊神岳は現界人にとって最も重要な関連をもつ神界とされているのである。大きな島嶼としてまとまっている神集岳とは異なり、この神界は様々な霊界幽区が集まってできた“連邦体”だという。この世界に属する霊界はきわめて広く、いわゆる極楽や地獄も内包しているし、仏仙界も含まれるというから、その巨大さは想像を絶する。

<刑法所も存在する万霊神岳>
・神集岳神界・万霊神岳神界・紫府宮神界が地の霊界では最も高級な神界で、地の霊界全体を監督・支配している。

・刑法所もあり、極刑も執行され、霊魂は消滅させられるというから恐ろしい。

<神仙界の構造>
<神仙が住まう天の霊界と地の霊界>
・世界には目に見える物質的世界(顕界)と目に見えない霊的な世界(幽冥界・幽界)があると説いている。

・極陽に近い部分が天の霊界(天の幽界・天の顕界)、極陰に近い世界が地の霊界(地の幽界・地の顕界)ということになる。

<地の霊界の首都「神集岳神界」>
・神仙道の場合、まずトップに来るのが天の霊界、筆頭の大都(だいと)、「紫微宮(しびきゅう)」で、天地宇宙の根元神の宮であるという。

・この紫微宮の次にくる「大都」は、天照大神の神界である「日界」(太陽神界)で、ここが太陽系全体の首都ということになる。

・神仙道ではこの日界の次にくる大都以下を地球の霊界とし、その首都を「神集岳神界」と呼んでいる。

・神集岳は地の霊界全体を管理運営する神界で、地の霊界の立法府・行政府・司法府の最高官庁が、この都に置かれているという。

・首都・神集岳神界に対する副都を「万霊神岳神界」という。

・神界では、年に1回、現世の人間、霊界に入った人霊および仙人など一切の霊の“人事考課”を行い、寿命も含めた運命の書き換えが行われるという。この作業の中心が万霊神岳だそうなのである。



『「あの世」と「この世」の散歩道』
(天外伺朗)(経済界)2001/5



<宇宙の「明在系」と「暗在系」>
・―宇宙は、目に見える物質的な宇宙、「明在系」と目に見えないもう一つの宇宙「暗在系」により成り立っている。「明在系」のすべて、人間、時間、あるいは人間の想念でさえ、「暗在系」に全体としてたたみこまれているー

・周知のように、テレビの画面は放送局から飛んできた電波が元になっています。電波は広大な空間に分布しており、その広がりを「電磁界」といいます。今、「明在系」、つまり、目に見える物質的な宇宙をテレビの画面に、「暗在系」を電磁界にたとえてみます。実際の宇宙空間は3次元で、テレビの画面は2次元ですが、その違いは無視します。

・まず、最初に、電磁界がなければ、テレビの画面には何も映らないのは明らかでしょう。同じように、「暗在系」がなければ、「明在系」は存在できません。両者をひっくるめてひとつの宇宙が構成されています。

 ・次に、テレビ画面上の人物や物体は、電磁界のどこかに特定の位置に対応している、ということはなく、全体としてたたみ込まれています。従って、電磁界のどんな小さな部分にも、テレビ画面全体の情報が含まれています。

・私達が肉体を持って生まれてくるというのは、ちょうどテレビのスイッチをつけるようなものでしょう。逆に死ぬことは、スイッチを切るのに似ています。画面は消えますが、だからといって電磁界がなくなるわけではありません。「暗在系」というのは、生死と無関係で、時間を超越した、絶対的な存在なのです。



『戦争とオカルトの歴史』
 (W・アダム・コンデルバウム)(原書房)2005/2



<ヒトラー親衛隊>
・テロリズムを好んだ夢見る神秘主義者たちの団体からナチズムが生まれた。そしてそれが、“大量殺戮”という言葉に新たな様相を付け加えた。第三帝国全体を特徴付けるのが、この神秘主義と魔術である。ナチスの部隊と言うと、伸ばした脚を高く上げて機械のように行進する様子が思い浮かぶかもしれない。SSには、ダース・ベイダーの衣装のような黒い制服と髑髏の記章が用意され、他のドイツ軍部隊と区別された。

・もともとは、ヒトラーの護衛部隊として作られたSSだったが、やがて帝国の悪魔崇拝者となっていった。SSの志願者は、1750年までさかのぼって民族的に純血であることを“アーリア人の血筋”を証明しなくてはならなかった。要求される身体的条件は非常に厳しかった。ルーベンスボルン政策(スーパー北方種族を創出するための交接・出産・養育施設のこと)のための繁殖所では、金髪・青い目の子供の父親として、新アーリア超人からなる支配者民族の中核となる役割をになうからである。

・彼らは、生まれたときから信じてきたキリスト教を捨て、寄せ集めの異教精神を詰め込まれ、クリスマスを古来から続く、ただの祝い日とし、古代ルーン文字の象徴的な意味を学ばされた。SSのシンボル・マークも、ルーン文字で作られ、親衛隊は、ナチスの“信仰”を守るテンプル騎士団となった。

・皮肉なことに金髪・青い目の超人をまとめる組織の指導者は、細いあごをして眼鏡をかけた養鶏農家出身の勇者にふさわしい体つきとはとてもいえない男だった。男の名は、ハインリヒ・ヒムラーという。

<金髪のアーリア人種出身の超人など歴史的に全く存在しなかった>
・アーリア人であるという以外にSS隊員の配偶者には、出産能力がなければならなかった。ナチスは嫡出・非嫡出を問わず妊娠を奨励し、妊娠・出産を望むものには報奨金を出す一方で、遺伝的障害を持つ“劣った種“を生まないように不妊手術と中絶手術を広く行った。ナチスは、”血こそ生である“という無意味なオカルト的信仰を持つ豊穣崇拝カルトだった。

・既成の教会に反対するSSによって、反教会権力のプロパガンダが広められた。キリスト教の教義は、ナチ“教”とはかみあわなかった。金髪の超人ばかりという架空の民族を発展させようというときに、柔和なるものが地位を継げるわけがない。もう片方のほおを差し出すことは、世界支配の夢とは全く相反し、ヒトラーの支配する暗い帝国で、イエスの説いた道は阻まれた。ある観点から見れば、ナチスとは、本質的には軍事と政治を一体化した大事業が、いかにして既成の宗教と対立するミュトスとオカルト活動を独自に生み出したという20世紀最大の例かもしれない。



『図解近代魔術』  
(羽仁礼) (新紀元社)  2005/10/6



<ナチス>
・ドイツの政党で、政権取得後は国家と一体となって活動、第2次世界大戦により解体。その思想にはゲルマン系神秘思想がとりいれられている。

<神秘主義的政治結社>
・ドイツの政党、「国家社会主義ドイツ労働者党」のことで、1919年にミュンヘンで結成された「ドイツ労働者党」が1920年に改称したもの。
1926年、アドルフ・ヒトラーが党の総裁に就任して以来勢力を拡張し、1933年1月にヒトラーが首相に就任すると次第に国家との一体化が進み、「第三帝国」と呼ばれる体制化でその崩壊までドイツを支配した。
 ナチス・ドイツは、共産主義者やフリーメイスンとともに魔術師や占星術師、秘密結社を迫害したが、ナチス自体魔術的世界観を背景に持つオカルト結社であったとの主張もある。また、ヒトラー自身魔術師であったとの説もある。

<マスター>
・神智学において、人類を密かに導く超人的存在。歴史上の偉人の多くがマスターであったとされる。グレート・ホワイト・ブラザーフッドなる団体を結成。

<神智学における人類の指導者>
・ブラヴァツキーの神智学では、世界のどこかに住む「マスター」、あるいは「マハトマ」「イスキン」と呼ばれる超人的存在を想定している。マスターたちの姿は限られた人間にしか見えず、密かに人類の魂を高めるために働いているのだという。

・過去に出現した優秀な宗教指導者や心霊術の導師は皆マスターでブラヴァツキーによれば、釈迦、孔子、ソロモン王、老子、さらにはフランシス・ベーコン、サン・ジェルマン伯爵などもマスターだという。

ブラヴァツキーが出会ったクートフーミというマスターは、以前ピタゴラスに姿を変えていたこともあるが、今は青い目をし、美形のカンミール人でバラモン(僧)の姿をしているという。

・ブラヴァツキーのみならず、ヘンリー・スティール・オルコットやクリシュナムルティなども、実際にマスターたちの訪問を受けたことがあるという。そしてこのマスターたちが構成するのが「グレート・ホワイト・ブラザーフッド」と呼ばれるグループである。

・様々な情報を総合すると、このグレート・ホワイト・ブラザーフッドは144人のマスターからなり、シャンバラ(チベット仏教におけるユートピア)にいる世界の王を頂点としている。この世界の王の祖先は、ヴィーナス(ローマ神話の愛と美の女神)で、手足となる数人の者を従えて、16歳の少年に変身しており、この世界の王の手足となっているものが釈迦、マヌ(インド神話における最初の人間)、マイトレーヤ(インド仏教の伝説的人物)たちである。

<地下世界アガルタ>
<サンティーヴ=ダルヴェードル(1842−1909)>
・独自の政治体制を構想、古代アトランティスの先進文明や地下世界アガルタの存在を主張した。

・彼が構想したシナーキズムは、当時流行していたアナーキズムに対抗するために考えだされたもので、世界の秘密の指導者とテレパシーでコンタクトできる人間たちの秘密結社が国家を支配する体制のことである。彼によれば、薔薇十字団やテンプル騎士団もそうした秘密結社であった。このシナーキズムを構想する過程で、彼は古代アトランティスの先進文明や地下世界アガルタに住む世界の王者といった観念を取り入れている。さらに根源人種の存在やアーリア人至上主義など、ブラヴァツキーの神智学やナチス・ドイツに引き継がれた概念も含まれている。

<地下世界アガルタと首都シャンバラ>
・中央アジアの地下に存在するという王国。首都シャンバラには、幾人もの副王と幾千人もの高僧を従えた世界の王ブライトマが住み、地表の人類とは比較にならない高度な科学技術を持つ。地上の世界とはいくつもの地下通路で連結され、チベットのポタラ宮の地下にも入り口があると伝えられる。



『神仙道の本』  秘教玄学と幽冥界への参入
学研マーケティング   2007/3



<宮地堅盤(かきわ)〔水位〕(1852〜1904) 自在に仙境に出入りした近代神仙道の大先達>
<魂を飛ばして異界へ往来>
・「仙人というものは、いわば人間界の変り種で、昔からめったに世にでない稀有の存在であるにもかかわらず、常磐・堅盤の父子二代相ついで、神仙の位を生前において得たことは、人類史上ほとんどその例を見ないであろう」

・まさに宮地堅盤こそは、その実父常磐から教導された宮地神仙道の大成者であるだけでなく、近現代の神仙道史上、最大の巨星といっても過言ではない。
 10歳で父の指導のもと、肉体はそのままで魂だけで飛行するという脱魂法(後年は肉体も伴ったとされる)を修得し、高知の手箱山の神界に出入りしたのを手はじめに、神界の諸相をつぶさに見聞し、同時に人間界でも文武両道に励み、修行を積んだ。

・つまり、堅盤は脱魂法、あるいは肉身のままで数百回も幽真界に出入りしていたというのだ。
 堅盤の記録によれば、大山祗神のとりもちにより少彦名神(青真小童君)に面会を許され、さらに川丹先生こと玄丹大霊寿真(年齢は明治元年時に「2016歳」)と称する朝鮮の神仙界の大長老を紹介され、この両師を中心に、神界の秘事などの教示を受けたとしている。

・また堅盤の道号である水位という名も、22歳のころに少彦名神から名づけられたものだという。そもそも、堅盤は「謫仙」、つまり、神より特別な使命を受けて、本籍地の神仙界から人間界に流謫した仙人であったというのだ。

<神界の最高機密の大都へ>
・堅盤が自ら探求した幽冥界の様相を書きとめたものが、神仙道最高の書とされる『異境備忘録』である。神界・神仙界・天狗界など幽真界の情報がはしばしに織り込まれており、堅盤最大の功績はこの書を残したことだといわれるほどだ。

・堅盤は仙童寅吉ともいっしょに岩間山の杉山僧正に会い、各種の仙界へも飛行して出入りしたと書き残しているが、神仙界では寅吉より堅盤のほうが位が上であったという。

<全神界を包括する奇書『異境備忘録』>
・『異境備忘録』は、基本的には、先行文献としてあった平田篤胤の『仙境異聞』をふまえたうえで、道教的な神仙思想と日本の神道や古神道などを有機的に結合する比類のない世界観を確立した根本原典となっている。堅盤の開示した神仙道は、神仙思想の本場中国の影響圏内から脱して、逆にそれを傘下に組み入れ、さらにインドに本拠がある仏仙界や西洋の神界などまでを従属させた画期的なものであった。
 つまり、堅盤ならではの《神国日本》ならぬ《神仙道日本》の宣言書だったのである。

・堅盤は、大病の時期を除き、ほぼ生涯にわたって健筆をふるった。その全著作は百数十冊とも二百冊ともいう。これを高さに概算すれば、10等身におよぶほどだったらしい。

・ちなみに、堅盤の著述や蔵書の多くは、戦前に、近代神道史学の先駆者・宮地直一東大教授を経由して高知県立図書館に寄贈された。その後、昭和20年に空襲で同図書館が被災したときに烏有に帰している。



『日本神仙伝』
(不二龍彦)(学研) 2001/5



<宮地水位>
<日本初の本格的「霊界探訪記」『異境備忘録』を著した宮地水位>
<シャンバラも含む幽界の多様性>
・また、チベット密教で言う「シャンバラ」とおぼしき幽区についての記述もある。
シャンバラというのは、代々一人の王によって統治されてきたとされるヒマラヤ奥地の理想郷で、永遠の光の下、賢者だけの理想国家を築いていると伝承されている。この霊的な王国には、未来のいつの日か、邪悪な勢力を最終戦争によって打ち滅ぼすという神聖な使命があり、今もそのための活動を密かに行っているというのである。

・今でこそ、広く知られるようになったシャンバラだが、水位の時代には、ごく一部の学者以外、その存在を知っているひとは皆無といってよかった。

・ところが水位は、「西洋国のヒマラヤ山」に「中凹(なかぼこ)」の「支那上代」の神仙界があり、「山上は闇夜でも昼の如く」輝いていると、ちゃんと記述している。
しかも、この「支那上代の神仙界」がある山は、神仙界では「地軸」と呼ばれているらしく伝説の西王母(せいおうぼ)が住んでいるというのも、シャンバラ伝説と通いあうところがあって面白い。



『術』
綿谷雪   青蛙房  1964



<天狗飛切りの術と軽身の習練>
・仙界に出入りしたという紀州のモグリ医者島田幸庵の報告によれば、仙人界と天狗界は同じ系列の特別世界で、その階級は仙人界のほうは神仙、山人(やまびと)、異人(霊人)、山霊(やまのかみ)、山精(こだま)、木精(すだま)、鬼仙(おに)、山鬼(たかがみ)、境鳥(たかとり)、麒麟(ましか)、鳳凰(ながなきどり)、霊亀(おうかめ)と順次し、狗賓(くひん)のほうは大天狗、小天狗、木葉天狗、魔天狗、邪鬼の順であるが、両界通じていえば、大天狗は仙界で山人の階級に相当するという(−『幸庵仙界物語』)。

・もとより架空の観念的構成にすぎないが、しかし古来、仙人も天狗もいろいろと変わった型のものがあって、綜合的に考慮するとすれば、結局右のような組み立ては常識的といえるかも知れない。
 さすれば仙界・天狗界とも、上級者には超自然的な神仙型の飛翔を想像し、下級の者に鳥獣型の飛翔を想像するのは当然のことで、下ッ端の天狗は翼をもって飛ぶと考えられていました。

・では翼のない上等の天狗は、どのように飛翔したのか?私どもが、子供のころ聞いた話では、天狗は羽団扇をもっていて、それであおいでふわりふわりと翔ぶということでした。じつは羽団扇は飛ぶときの目標を定めるレーダー式のもので、下降するときには、方向舵の用をすると仙童寅吉は語っています。

・年代はよくわかりませんが、和歌山藩の餌差役で某という者が、鷹の餌にする小鳥をもとめて深山へ分け入り、小鳥網を張りました。知らず知らず殺生禁断の高野山の一部へ入りこんだらしく、おもしろいほど小鳥がかかる。
 と、どこからか一人の異様な老人が立ち現れました。某をにらみつけながら、小鳥を次ぎ次ぎと網からはずして逃がしてやり、ここは殺生禁断だから、あきらめて帰れという。
 某は何だか怖くなって帰ることにしたが、異人は気のどくに思ったのか、せっかくの機会だから跳ぶ術を教えてやると云い、某を高く突き出した岩石のうえへつれてゆきました。

・「さあ、谷底へ飛び下りてみろ。おれが下へ行って受け止めてやるから」という。しかし、怖くて、どうしても飛べない。ちゅうちょしていると異人は、うしろからいきなり某を突き落しておいて、すぐに谷底へあらわれてズシンと受け止めました。

「どうだ怖くないだろう。もういちどやってみろ」
こうして何回も飛び下りて受けてもらっているうちに、どうやら身のこなしなども会得して、平気で跳べるようになりました。

・某は礼をのべて和歌山へ帰り、高い屋根へ飛び上がったり飛び下りたりして人々をおどろかせるようになったが、その後三年ほどして、ふと飛ぶことに恐怖をおぼえ、急にそれっきり飛べなくなったという(−『積翠雑話』)。

・積極的な精神力が或る程度の危険を克服する事実は、この一話からも汲み取れるでしょう。跳躍は、昔は“軽身の術”とか“軽業”とかいいました。



『神仙道の本』
(秘教玄学と幽冥界への参入)(学研)2007/3



<山人界(天狗界)>
<多種多様な天狗らの仕事と生活の実際>
<高級山人が住まう壮麗な宮殿>
・山人とは山の神のことだが、天狗の異名として用いられることもある。「お山には善美を尽くした広大結構な御殿があり、三尺坊は平生には、そこに居られますが、亦、空中にも大なる御殿があってここにも多くの方々が居られます。

・ひと口に山人界といっても階級は実に多い。そこで、空中の御殿に住む鬼類・境鳥まで、暮らし向きも千差万別なのである。
 仙童寅吉以降、山人界の情報はずいぶんと数多くもたらされてきたが山人界の階級等についてもっともまとまった情報を伝えているのは島田幸安だ。

<山人界の天狗の風体とは>
・島田によると、山人界の階級は/誓隋↓∪膺諭↓山人、ぐ杰諭↓サ拈隋↓Χ鯢弌覆阿劼鵝砲紡臺未気譴襦この愚賓というのがいわゆる天狗のことだが、天狗は人間が命名した俗称であって、山人界では使わないという。

・天狗というと鼻高・赤面の異形に描かれるのが通常だが、実際の姿は人と変わらず、頭巾をかぶり、白衣を着し、足には木沓(きぐつ)を履いている(裸足の愚賓(ぐひん)もいるという)。「人界にて云如き鼻高く翼ある者は無御座候」と、島田は断言している。
 愚賓は神仙から数えて6番目の下級官吏だが、そのなかにもまたこまかい階級がある。〇確遏並膓鯢弌法↓∋垣此幣愚賓)、L收隋↓さ汗隋↓セ概粥↓Χ鳥、Ш摸曄覆泙靴)がそれだ。

・Δ龍鳥が、いわゆる木の葉天狗・木っ端天狗と呼ばれる類で、嘴と翼をもつ鳥類の化身である。

・最後に天狗は日本独自のものとの話があるが、それは間違いだということも付記しておこう。中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ。

<戦争に出陣する愚賓(下級天狗)たち>
・ただし、人間のように肉を食うのではなく、気だけを食うのだと島田が注釈している。生きている魚を海などから招き寄せ、「味の気」だけを取って食べ、食後は生きたまま海に帰すというのだ。

・仕事は、より上級の神界の下命に従って戦争に従軍したり、霊界や人間界をパトロールしたり、冥罰を下したりと、そうとう忙しい。大小の愚賓は、元来が武官だから、戦争になると鬼類などを従えて直ちに出陣する。

・加納郁夫という名の天狗の弟子となった「天狗の初さん」こと外川初次郎は、加納天狗の供をして満州事変に従軍したと言っているし、幕末の戦乱時に活動した才一郎は明治元年から2年にかけての戊辰戦争に冥界から参戦し、三尺坊の命令で、自分の出身国である尾張藩の隊長“千賀八郎”を守護していたと語っている。

<天狗が下す恐怖の冥罰>
・天狗の仕事で最も怖いのは、人間界に罰を下すという仕事だ。火事による処罰が多いようで、情け容赦がない。たとえば、杉山僧正が東京の平川町(平河町)を焼いたことがある。

<過酷をきわめる天狗界の修行>
・寅吉や才一郎は仙縁があって山に招かれたものだがら否応はないが、凡人が天狗の「神通自在」にあこがれて山中修行に入っても、ろくなことにはならないらしいから、注意が必要だ。
 最後に、天狗は日本独自のものとの説があるが、それは間違いだということも付記しておこう。中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ。





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■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■


(2022/1/27)

・「鬼」の出身惑星は分かりませんが、当初は遺伝子科学者のルシファーが創造した実験生物だったのかもしれません。その後、人間タイプに進化していったのかもしれません。鬼であるが造物主の性格もある伊吹弥三郎とその放蕩息子の伊吹童子の伝説もあります。「現代的な解釈ですと堕天使ルシファーとかリラ星人のサタン(悪魔)という言葉は、遺伝子科学者の研究集団の名前だ」そうです。
人間の目には見えない低層4次元では鬼や蛇、巨人であっても、この世では普通の人間に変身できる能力を持つように進化したようです。まるでレプティリアンのようです。バイオロボットの鬼の進化の速度も速かったのかも知れません。幽体や霊体で自由に低層4次元やアストラル界で棲息する能力は想像を絶します。
 堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。

「お伽草子の「伊吹童子」の中では、弥三郎は近江国の大野木殿という有徳人の娘と通じたことになっており、いわゆる蛇聟入苧環(おだまき)型の求婚譚が展開されている」といいます。
<●●インターネット情報から●●>
「伊吹弥三郎の伝説」から引用
「昔、伊吹山には、大男が住んでいました。この大男は身体が山のように大きく、岩をちぎり投げるほどの怪力でした。しかし、誰もこの大男が伊吹山中のどこに住んでいるのかわからなかったそうだが、夜になるとどこからか出てきて、村の中を歩き回り、食べ物や娘をさらっていったそうです。人は、この男を伊吹の弥三郎、柏原の弥三郎と呼び恐れていました。この弥三郎の正体は、山賊であったとも、あるいは山に住んでいた変化(へんげ)のもので、鬼の酒呑童子の父であった、という説もあります。山頂の東遊歩道近くには、弥三郎の庭園の一部だったとされる「百間廊下」と「弥三郎泉水」があったとされます」という話もあるようです。


『鬼』
高平鳴海、糸井賢一、大林憲司、エーアイスクウェア
 新紀元社   1999/8
によりますと、

<「伊吹(いぶき)弥三郎・伊吹童子(創造神とドラ息子)>
・弥三郎の特殊能力;鉄の体、巨体
 童子の特殊能力;不老長寿、仙術、怪力
出自;『御伽草子』『三国伝記』『仮名草子』『伊吹童子絵巻』

<容姿>
・伊吹弥三郎も伊吹童子もその姿は一般的な鬼のイメージとは違う、ものもとの伝承から推測するに単なる巨大な男、いわゆる巨人であり、その他の細かい特徴は不明である。特に弥三郎は富士山などを造ったとされており、その体の大きさは他の鬼と波比べられないほどだろう。

・伊吹童子の方は、童子と呼ばれるだけあって童(わらわ)の姿をしていたらしい。不老長寿の薬といわれる「サンモ草の露」を飲んで以来、老いもせず、14〜15歳の少年のままだった絵巻に書かれている。

<伊吹の山神>
・近江の伊吹山にいたとされる伊吹弥三郎は、創造神という顔と、魔物=鬼という顔がある。その息子の伊吹童子も多くの部下を従えて暴れまわった鬼である。

・実は近江の伝説だけでなく、弥三郎は多くの文献にも登場している。

<天地を創造する>
・近江地方の伝承では、伊吹弥三郎は巨人として扱われている。日本のみならず、世界中の天地創造神話には、山や河川、湖などを創ったとされる巨人がよく登場する。世界の初めに巨人が存在していて、それが地形を創ったり、巨人の死体が山や川や海になったという話だ。弥三郎もそうした創造神の一種と見るべきだろう。

・彼は伊吹山や富士山、七尾村(現在の岡山)を創ったと伝えられている。

<魔物に堕とされた巨神>
・古に神は、時代と共に魔物に凋落していくことが少なくない。弥三郎はその典型といえるだろう。

・近江の伊吹山に弥三郎と言う男がいた。その体は、鉄のようで、千人力を持つ超人であり、人々はこれを恐れて「鬼伊吹」と呼んだ」と記載されています。



「リゲル人と爬虫類人の交配人種が築いた国が現在の日本と中国であり、これは西洋の親類とは無関係に発展した。欧米イルミナティは、日本のイルミナティは竜座人階層の下等な種の末裔であると主張している」そうです。当時から異次元移動ができる「鬼」は、おそらくオリオン座のドラコ族の実験生物から進化したのかもしれません。進化して3次元では人間タイプにも変身できるようになったのでしょうか。
「竜座人(ドラコ)のレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球の支配を行っている」そうです。現代では悪の帝国(正式名は『正義を任ずる諸世界帝国同盟』の本拠地は大熊座にあり、ドラコニスを主要作戦センターとしているといいます。

「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)等」がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。宇宙人「グレイ」の故郷はベテルギウス(オリオン座の恒星)だという説もあります。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。
「人類を創造したのは、ラージノーズ・グレイであり、また長い間、宗教や秘密結社、さらに魔女や悪魔崇拝、魔術やオカルトなどを通じて人類を支配した」といわれます。
オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。
一万年以上前のベテルギウス(オリオン座の恒星)星人の容姿は現在の「エンジェル」とほぼ同じであったらしいのです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるそうです。30年前にオリオンに行ってしまった日本人がいるそうで驚きです

ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われているそうです。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。 「グレイ」は人間の無意識の中に入ってくるといいます。
グレイ(小柄な異星人、ゼータ星人)ですら色々なスター・システムに81種類以上もいるそうですので、人間タイプの異星人も多種多様のようです。「グレイは進化した宇宙人が遺伝子工学、バイオ化学、宇宙科学を駆使して造ったバイオロボットでした」と指摘されています。

シリウス星人が遺伝子操作等でモンスター・タイプの生物を創り神に嫌われたといわれます。シリウス人は、遺伝子改変や思考プログラミングに広範な知識を持っており、それを惜しみなく爬虫類人に与えたそうです。ネガティブなシリウス人が異類混血をすすめているので、頻繁にスター・ウォーズが起こるのかもしれません。

こと座人の遺伝子が、透明人の集合エネルギーと混ぜ合わされて、爬虫類人(レプティリアン)として、物質肉体化して出現したといわれます。
他にも爬虫類、鳥類、魚類、昆虫、植物などの生態から進化した人間もいます。宇宙人には動物タイプは3割ほど存在するともいわれます。
また「多肢の仏像」がありますが、宇宙母船の中には多肢のバイオ・ロボットが活動していると言われています。
バフォメットは、有名なキリスト教の悪魔の一人で、黒ミサを司り、山羊の頭を持った悪魔ですが、動物タイプの異星人の一種だったそうです。


4次元の宇宙人と5次元の宇宙人の対立・戦争、神と堕天使ルシファーの対立・戦争が延々と続いているといわれます。ルシファーがモンスターの生物を作り、それを人間化していった歴史があるのかもしれません。なおルシファーは水爆を武器として使用したが、オリオンは宇宙機(円盤)を使ったといわれます。獣人やモンスター・タイプの生物やバイオロボットを造り神に反抗しているのでしょうか。
「オリオン星雲で60万年続くオリオン戦争で、これは何億ものポジティブな人間型生命体とレプティリアンと呼ばれるネガティブなヒト型爬虫類人との間で起こったものだった」といわれます。そもそもオリオン大戦もルシファーが異類を大量に創造して仕掛けたのが原因なのかもしれません。「第2次世界大戦は堕天使ルシファーと大天使ミカエルの代理戦争だった」という奇説もあったといわれます。
「オリオン大戦」やスター・ウォーズの原因や結果も詳しくは分からないそうです。「シリウス人はオリオン人と交戦していた。この敵対関係は今でも続いている」といわれます。堕天使ルシファーもオリオンからやって来たそうです。


(2018/6/30)

・「伊吹弥三郎」と「伊吹童子」の伝承もいろいろと異説があるようです。「伊吹弥三郎は、創造神という顔と、魔物=鬼という顔がある」とも伝えられています。鬼として乱暴狼藉を働いて、住民を困らせたといわれますが、「造物主」としての性格のパターンもあったようなのです。「変化(へんげ)の者」として、魔神が様々なものに変身していくようなのです。神々は同一の神でもさまざまなものに変身して、多くの「名前」をもつといわれます。オリオン星人やシリウス星人が、昔の社会に現れて、さまざまな超能力を発揮していたのかもしれません。魔神は、キリストのようなイメージとはかけ離れており、大衆に害をなすものとして現れる場合もあるようです。鬼子母神のような話です。昔は異人や仙人、山の神は、山から来るので、山への信仰が広まったのかもしれません。

・「「弥三郎」の名は、かつての集団的記憶の底では、近江の伊吹童子弥三郎や柏原弥三郎伝説のイメージと、まず重なって響いた」と指摘されています。津軽の弥三郎と近江の弥三郎がどのように結びつくのか、私たち一般人は、研究者でもないので不思議に思います。弥三郎節についても「嫁いびりの唄」とか「子守唄」とかさまざまな見解があるそうです。津軽の岩木山周辺の伝承も多いようです。「高い場所が聖地とされ、人々がそこに登拝する祭の例は世界の各地に見られる」といわれます。「数ある世界の参詣登山の中でも、岩木山のお山参詣に一番近いのはどうやらイタリアのサン・ベス(イタリア名、サン・ベッソ)山の参詣行事のようだ」と著者は述べています。

・「伊吹弥三郎」と「伊吹童子」の伝承もいろいろと異説があるようです。「伊吹弥三郎は、創造神という顔と、魔物=鬼という顔がある」そうです。どのような伝承があったのでしょうか。どこの異星人や異人の種族などかも分かりません。酒呑童子、茨木童子、伊吹童子、八瀬童子、護法童子などのイメージは、人間タイプとモンスター・タイプが混ざるものが多いようです。
 伊吹の弥三郎や酒呑童子は人間タイプの異人ではなかったのでしょうか。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」と言う説もあるように、人間に近いともいわれるプレアデス星人や、モンスター・タイプや人間タイプもいるオリオン星人が太古から日本に飛来して、それぞれの末裔とコンタクトを取っていたようなのです。酒呑童子にはさまざまな異説があるようで、「酒呑童子は美男子だった」という説もあるようです。オリオン星人やゼータ・レチクル星人が関係するアブダクション(誘拐)は、昔の「人さらい」や「神隠し」ではなかったのでしょうか。

・「遠野郷の民家の子女にして、『異人』にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。−遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。−遠野物語第八話」とあるように明治時代以前には「神隠し」や「人さらい」事件が多かったようです。異星人のアブダクション(誘拐)事件ではなかったのでしょうか。女や子供たちはどこへ連れていかれたのでしょうか。歴史の闇に葬られたようです。
 「神は古代宇宙飛行士、すなわち地球を管理するカストディアンの種族なのだろうか」とも伝えられています。 神々の総数は10億を超え、それぞれ位階に応じて宇宙の各所を支配しているといわれます。神々は最高神「イ・アム」を頂点として7つの位階に分類されるそうです。現代の神話は、当然のことながら、私たち一般人は、分かりません。
 『遠野物語』にあるように邪悪な異人、ゼータ・レチクル星人やオリオン星人の「暗黒の勢力」たちの犯行かもしれません。昔は「金星蛇人と火星霊人との争い、戦争」と言われましたが「伊吹の弥三郎」は金星蛇人の系列の爬虫類的異星人(レプティリアン)の人間タイプかもしれません。現代では金星のマスター(長老)も地球人とコンタクトしているという話もあるそうです。金星人の母船は「葉巻型の母船」として知られており、目撃事例も多いようです。アストラル界にある異次元の金星の都市に壮大な文明があるようです。

・金星人オムネク・オネクのメッセージによると火星人の都市はエーテル界にあるパラレル・ユニバース(並行宇宙)にあるのかもしれません。火星人の方が神に近いのかもしれません。金星蛇人と火星霊人の関係がその後、どのようになったのか分かりません。米国にも火星人が少数、棲んでいるそうです。火星人はとにかく秘密主義のようで分からないようです。金髪碧眼のノルディックが小柄なバイオ・ロボットのグレイを使役しているといわれます。陰陽師の安倍晴明が小柄なモンスター・タイプの「式神」を使役していたことを連想させます。安倍晴明もオリオン星人と関係があったのかもしれません。また異類婚姻譚があったのかもしれません。

・鬼とか天狗は、宇宙人とか宇宙人の眷属とかと解釈すれば、異類の宇宙人が昔から日本人にコンタクトしてきたことが窺われます。「津軽の岩木山に住む鬼は大人(おおひと)と呼ばれ、人を助け、ともに遊ぶ存在でした。今も農業神として信仰されています」とのことですが、宇宙人の眷属と理解することができます。日本でも多くの種類のある妖怪は、農民たちの作り話ではなく、宇宙人の眷属や、遺伝子操作で作られた生物で、異次元移動ができたものが多いのかもしれません。
 東北地方は、宇宙人の末裔や宇宙人のコンタクティやチャネラーが多い地方といわれます。妖怪の伝承も豊富です。特に津軽は神々との隠れたチャネラーも多いと語られています。イタコとは違うタイプだそうです。メディアで知られた青森出身の霊視・透視能力者には木村藤子さんがいると述べられています。人は皆、記憶喪失の異星人だといわれます。

・ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると「太平山三吉神社(たいへいざんみよしじんじゃ)は、秋田県秋田市に鎮座する神社。大己貴大神、少彦名大神、三吉霊神(みよしのおおかみ)を祀る。三吉霊神は太平の城主、藤原三吉(鶴寿丸)が神格化されたと社伝にあるが、基本的に山岳信仰による神である。力、勝負、破邪顕正を司る神である」とのこと。理論的には、神々は4次元以上の時空を超えた存在だといわれます。

・「シリウス星からやってきた宇宙の神である彼らは、今もなおオリオン座との絆を大切にしています。それはひとえにオリオン座が、彼らの祖先である太陽族の故郷であるからです」と語られています。「世界の王はサナット・クマラと共に金星から降りてきた。この神人の一団はシリウス星と繋がりがある」といわれます。『竹内文書』の内容で特筆すべきは天皇家の先祖が、宇宙の彼方、シリウスから飛来したと記されていることであるといわれます。日本に最初に降り立ったのは、シリウス人で、彼らは東北地方の青森県を中心に、下北半島、津軽半島、十和田湖周辺から秋田県の一部に広がったと述べられています。

・津軽の岩木山のUFO目撃事件は、「1571年1月21日夜、光り物が岩木山から出て、東の方へ飛び移った。雷のごとき大音がした。22日夜と23日夜も同じだった」という記録もあり、その後にも多くの「光り物」の記録があるといわれます。無農薬のリンゴ作りで有名な木村秋則さんのUFOや宇宙人や不思議な体験は、書籍に載っています。UFOは時空を超えた4次元以上から飛来するともいわれ、過去、現在、未来の混在した4次元以上からきているとも語られています。鬼や天狗や神人や異人の伝承のある遺跡などのある地域には、よくUFOの目撃が報告されています。時空を超えた宇宙人の「この世」への介入・影響力は、普通の人には分からないそうです。タイム・トラベラーが「この世」を支配しているともいわれます。異次元の神秘体験や、異次元の宇宙人とのコンタクティやチャネラーがアセンションの時代を経て、増加しているといわれます。

・細かい粒子の世界のアストラル界も現代の科学では解明されていません。「アストラル界下層にいる霊たちの多くは、地球上の種々の問題を引き起こす原因となります。彼らはテレパシーで地球上の人間と交信する」といわれます。人々がアストラル界で過ごす期間は、数週間から何百年にもわたります。「アストラル界はとても巨大です。ここに存在する全ての世界からおよそ600億人の人間タイプの生物が集まっている」といわれます。「アストラル界にもアストラルの惑星がたくさんあり、アストラル界またはアストラル次元と呼ばれる世界を構成している」といわれます。アストラル界の住人(宇宙人)が地上にも出てくることは秘密結社の最高機密だそうです。人間の死後の世界、「あの世」、幽界や霊界、宇宙人のアストラル界やエーテル界も似ている世界ですが、私たち一般人は、当然詳しくありません。

・木村秋則さんがあった小柄な宇宙人は、グレイの一種のようです。シリウス人の遺伝子を持つ「ビーガン」なのかもしれません。木村秋則さんのように「不思議な体験」をしている日本人は多いのかもしれません。しかし、なかなか本になるような段階にまでいくのは難しいようです。「沈黙のコンタクティ」も非常に多いのかもしれません。誰にでも幽霊体験やUFO目撃体験がある確率が高いのかもしれません。やはりメディアに載らないと、誰も注目できないようです。木村秋則さんのYou Tubeの動画も見れますので、「百聞は一見にしかず」の便利な「映像の時代」になったものです。木村秋則さんの本は当ブログでも数冊扱っています。木村秋則さんは「自然栽培のリンゴの開発者」として有名になった人ですが、宇宙人との「不思議な体験」も密接不可分な関係があったようにも思われます。木村秋則さんは宇宙人とのコンタクトによって「変性」「変容」を受けた可能性もあるようです。それにしてもネット動画では真偽の混じった膨大な情報が流れているようです。動画においては、コンピュータグラフィックス(CG)が巧妙になりニセモノも多いそうですが。

・米国でもアブダクション(誘拐)を受けた人間は、数百万人ともいるという奇説があったようです。米国におけるアブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)の騒ぎは、どのような結果になったのでしょうか。米国でもメディアがアバブ・トップシークレットの政府の情報政策に協力しているようです。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。ゲイ(LGBT等)などの「人格転換」をしている異次元の宇宙人はオリオン星人なのかもしれません。

・グレイは、さまざまな種類が報告されているようです。グレイには、「ビーガン。シリウスA人の遺伝子から作られたグレイ」、「ゼータ・レティクリ1。地球人監視のためリゲル人が作ったグレイ」、「ゼータ・レティクリ2。遺伝子操作で作られたグレイ。爬虫類人に奉仕」が報告されているそうです。「岩木山のUFO」については、インターネット情報によると、16世紀から多く観察されているようです。現代ではカメラに撮られた写真もあるようです。彼らは時空を超越したテクノロジーを持っているといわれます。異次元移動も容易にできる驚異の超テクノロジーのようです。

・青森県のUFO目撃情報は多いようです。日本に最初に降り立ったのは、シリウス人で、彼らは東北地方の青森県を中心に、下北半島、津軽半島、十和田湖周辺から秋田県の一部に広まっていったといわれます。ですから、木村秋則さんがリンゴ畑で遭遇した「グレイ」は「ビーガン」の種族系統なのかもしれません。とてつもなく進化している種族のシリウス星人のバイオロボットと遭遇したのかもしれません。青森など東北地方には、宇宙人との繋がりのある現象や遺跡が何か残っているのかもしれません。イタコなどは、ある意味では宇宙人現象(霊現象)なのかもしれません。「シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物である」といわれます。青森県新郷村(しんごうむら)戸来(へらい)という村にキリストの墓があるというオカルト説が昔から言われております。どうやら青森県は、シリウス星人との繋がりが太古からあったようなのです。「源平合戦はハム系とセム系のオリオン、シリウスと北極星、北斗七星の戦いということになってくる」と述べられています。

・シリウスのレベルは、もうすでに非物質のレベルです。「シリウスのテクノロジーは、アヌンナキによって地球にもたらされた」そうです。「世界の王はサナット・クマラと共に金星から降りてきた。この神人の一団はシリウス星と繋がりがある」といわれます。金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた、といわれます。フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのであると指摘されています。イスラエル政府と契約の「宇宙の商人」がシリウス星人だそうです。平氏の“平”がヘライ(ヘブライ)に由来すると考えると平氏はセム系、ユダヤ系ということになってくる。源平合戦はハム系とセム族の争いともいわれます。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔だそうです。そういえば源義経と鞍馬の天狗や陰陽師の鬼一法眼の不思議な伝承があります。

・「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)等がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。エリア51で白鳥座61番星の異星人とコンタクトしていた日本人科学者もいたといわれます。「その彼らは地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」と述べられています。「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」は米国の一人勝ちでしょうか。「モスクワには多くの異星人が住んでいる」というリーク話もあるそうです。最近になって、ロシア人はタウ人との協定を破棄し、同じ協定をリュウ座人の前衛部隊と交わしてタウ人を追い払ったと考えられているといわれます。

・「透明人」とシリウスA星人が創造し、りゅう座(ドラコ)に配置した爬虫類人が想像を絶する進化をしているようです。「竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を管理している」ともいわれます。イルミナティの空飛ぶ円盤はタイム・トラベルができ、「米軍の将軍が同乗していた」ともいわれます。また牛神がテクノロジーで龍神を圧倒し「低層4次元」に追い払ったともいわれています。太古、地球には「龍神」と「牛神」の2種類の神が来て、人間を創ったそうです。旧約聖書の神が「龍神」で、新約聖書の神が「牛神」といわれます。

・木村秋則さんの「幻想」の中で会った「ソクラテスのような人」は「神人」なのでしょうか。また、山川紘矢さんのイルージョンである「威厳に満ちたレオナルド・ダ・ヴィンチのような素晴らしい風貌の男性」とは「神人」だったのでしょうか。「神人」の世界からは「この世」は、すべて分かるようです。「あの世」の動きが時間を経て「この世」に起こってくるともいわれます。「あの世」も私たち一般人には、訳の分からない奇説だそうです。あの世とこの世が交錯する体験は誰でもが、無意識的にかまたは意識的にも、経験しているのかもしれません。

・「霊界ははるか遠いところにあるのではなく地上1メートルのところにある」そうです。従って、「神人」の世界はパラレル・ユニバース(並行宇宙)で、目に見えないが、すぐ隣にあるといわれます。パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だそうです。パラレル・ユニバース(並行宇宙)は「幽界」のように「この世」に似ている世界ですが実際は非常に大きく違うアストラル界のような世界のようです。

・「引き寄せの法則」は、自己啓発書では大変人気のある「宇宙の法則」のようです。つまり、「感謝するだけで、あなたの人生は変わる」そうです。「アファメーション」という手法は米国では、人気のあるビジネスマンの瞑想法のようです。そして「引き寄せの法則の書籍」も大変多いようです。「夢の中でアストラル・トリップ(幽体離脱)をして、クリスタル・シティでキリストに会った」という欧米のチャネラーが多いそうです。キリストの出身星はアプ星だったそうですが、アプ星人は国際連合の設立に尽力したという話もあるようです。「キリスト(アプ星人)の一族が地球を管理している」という奇説もあるそうです。夢の中で神のような人物に会っても、必ずしも運命が劇的に好転しないのは皮肉な話かもしれません。

・「過去の伝統的存在、鬼・天狗・山姥達は金髪・碧眼(黒以外の目)などの「白人的特徴」を持っていた……」という話はよく言われています。異人は、背が高く顔が赤く、目が輝いていたと良く語られています。顔が赤い異人も異類混血を繰り返したか、遺伝子操作等で「人間化」していったのかもしれません。金髪碧眼の特色はヨーロッパ系の異星人の特徴にもあるようです。中世のドイツの領主はほとんどが「異人」か「異人」の末裔ともいわれます。異人も昔からさまざまな人間社会との繋がりがあるようですが、詳しくは分かりません。社会に同化した異人は、誰にも分からないそうです。ヨーロッパでは同化の進んだ異星人種族として、金髪碧眼のウンモ星人が知られています。金髪碧眼のノルディックと金髪碧眼のアルデバラン星人がよく混同されるそうです。金髪碧眼のマスター・レイス(支配人種)が火星より地球へとやって来て、古代伝説の神々(gods)となったといわれます。ノルディックとオレンジは、両方ともプレアデス星座の“アルテア4・5”から来ているといわれています。グレイの「空飛ぶ円盤」に同乗していた「ナチス」とも言われている金髪碧眼のノルディックは、プレアデス星人といわれていました。

・わが国の天皇家の天之御中主神(あめのみなかぬし)やキリスト教の“天の父なる神”がスバル(プレアデス)信仰にあたるそうです。プレアデス人は古代リラ星人の末裔といわれます。プレアデスに日本人の原郷があるともいわれます。プレアデスやオリオンには日本人が多く住んでいるそうです。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔といわれます。ですから、オリオン星人は、太古から日本の原住民とコンタクトをとっていたようです。そこで、オリオン星人の遺伝子が、日本人の遺伝子の中に混じっているようです。異類混血で、だんだん現地人化してその社会に同化していったようです。

・オリオン星人が太古からコンタクトしており、人間化したようです。鬼や天狗や山姥が異星人だったとすれば、容貌が当時の現地の人々と大きく違うのは当然のようです。異人が徘徊した地域には昔から「光物」、つまりUFOの伝承が多くあるようです。『金髪碧眼の鬼達』という本を「とんでも本」と見る向きもあるようです。「鬼」は、絵画では凄まじく巨大なモンスター・タイプに描かれることが多いようです。しかし、伝説では人間タイプの鬼であったという伝承も多いようです。また鬼の仲間に美女が存在していたという伝説もあります。

・「大本教の出口王仁三郎は、自分はオリオン星から来たと語っている」そうです。藤原氏の北極星、北斗七星信仰はシャンバラ信仰、物部氏のオリオン信仰はアガルタ信仰となるといわれます。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるといわれます。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった」という謎の伝承もあり、大変な結末になっているようです。「オリオン大戦」やスター・ウォーズの原因や結果も詳しくは分からないそうです。

・キリストの墓のように青森県には太古の文明に関するさまざまな伝承があるといわれます。『東日流外三郡誌』が知られています。日本に最初に降り立ったのは、シリウス人で、彼らは東北地方の青森県を中心に、下北半島、津軽半島、十和田湖周辺から秋田県の一部に広がったといわれます。シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物であるといわれます。米国には、シリウス星人がウォーク・イン(憑依・人格転換)やワンダラー(転生)の形態で飛来しており、その数は、非常に多いといわれます。「世界の王はサナット・クマラと共に金星から降りてきた。この神人の一団はシリウス星と繋がりがある」といわれます。シリウスのレベルは、もうすでに非物質のレベルです。「源平合戦はハム系とセム系のオリオン、シリウスと北極星、北斗七星の戦いということになってくる」といわれます。「シリウス星からやってきた宇宙の神である彼らは、今もなおオリオン座との絆を大切にしています。それはひとえにオリオン座が、彼らの祖先である太陽族の故郷であるからです」と述べられています。金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた、といわれます。

・「シリウスのテクノロジーは、アヌンナキによって地球にもたらされた」そうです。人類は45 万年前に地球にやってきたアヌンナキという異星人が、遺伝子操作によってつくった存在だそうです。アヌンナキとかサナンダといわれる金星のマスター(長老)が活動の中心ともいわれます。オムネク・オネク『私はアセンションした惑星からきたー金星人オムネク・オネクのメッセージ』(徳間書店)があり、よくわかります。イスラエル政府と契約の「宇宙の商人」が シリウス星人だそうです。「ネガティブ・グループのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」と語られています。パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だともいわれます。

・友清歓真は、異次元の異星に行ったと思われます。神仙道の世界は「霊界」と「異星界」とかが、混ざっているような世界のイメージのようです。月世界は、神仙から月球人にいたるまで、全て地球より「遥かに卑しく劣る」そうなのだが、リゲル人やグレイの基地が多くあるからなのでしょうか。さて、月周回衛星「かぐや」は、エイリアンの痕跡を発見できたのでしょうか。
 仙人も異星人のことのようです。また、異星の世界や神智学でいう高次元のアストラル界やエーテル界の世界を描写したものとおもわれるのですが?! 神仙の世界も極楽あり地獄ありで、“勧善懲悪”の世界のようです。アストラル界の住人が地上にも出てくることは秘密結社の最高機密だそうです。「アストラル界にもアストラルの惑星がたくさんあり、アストラル界またはアストラル次元と呼ばれる世界を構成している」そうです。「アストラル界下層にいる霊たちの多くは、地球上の種々の問題を引き起こす原因となります。彼らはテレパシーで地球上の人間と交信する」と述べられています。

・旧帝国陸軍の中国での戦線に白い衣服を着た神人が現れたり消えたりしたという話を昔、何かの本で読んだ記憶があるのですが、“加納天狗”のことだったのでしょうか?愚賓(ぐひん)とは、メン・イン・ブラックのようなオリオン星人なのかも知れません。
アストラル界の住人が地上にも出てくることは秘密結社の最高機密だそうですが、また「神人」もアストラル界から出てくるのでしょうか。「テレポート(瞬間移動)は、人間にとり奇跡ですが、宇宙人にとっては、それほど難しくないテクノロジーだ」といわれます。

・愚賓(ぐひん)とは、メン・イン・ブラック(黒服の男たち)のようなオリオン星人なのかも知れません。「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)」がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。羽の生えた口ばしのある烏天狗は、有翼のドラコ人のバイオロボットだったのかもしれません。
 昔、天狗は実在したようですが、河童とともにどこに消え去ったのでしょうか。「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」とイタリアのマオリッツオ・カヴァーロが述べています。あまりにも伝承事例が多すぎて、民衆の「作り話」とは思えないそうです。
 神智学では4次元以上の上位次元にあるというアストラル界やエーテル界にも都市があるといわれているようです。そして、様々な天使や異人が存在しているようです。河童(グレイ)が異次元移動ができるようなら、天狗も異次元移動ができたようです。無形体の元素が目に見えない霊妙な物質のことでエーテルのことなのでしょうか。神仙道の世界は、神智学流で言えば、アストラル界やエーテル世界の様相を表現したものなのでしょうか。

・宇宙の「明在系」と「暗在系」で、「あの世」と「この世」を説く科学者も増えているようです。目に見えない4次元以上が認識できないので、霊能者以外は、「霊界」の存在が理解できないそうです。
 金髪碧眼の超人とは、アルデバラン星人のことでしょうか。アルデバラン星人は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当したそうです。アルデバラン星人は「幽霊」のように現れたり消えたりするようです。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。
 現代では、「グレイの後に金髪碧眼のノルデックといわれている人間タイプの異星人が飛来して、その後に“東洋人タイプ”が来た」といわれていますが、そこで情報漏洩はストップしているようです。

・日本の原郷に関係する異星人情報もスイスのビリー・マイヤーが、報告しているように“日本の神人”も飛来しているのでしょうか。昔の全国各地の“河童”がグレイとすると、“異人”もオリオンから飛来していたということになるのですが。オリオン星人といわれる映画にもなった米国のメン・イン・ブラックの情報もストップのようです。ドイツ民族を狂わしたのはネガティブなシリウス星人(オリオン星人)やアルデバラン星人なのでしょうか。

・ヒトラーもユダヤ人の血が入っているとも言われ、容貌は金髪碧眼とはかけ離れていたそうです。ナチスとかヒトラーは、ヨーロッパ人の持つ悪魔性を示したものなのでしょうか。ヒトラー自身、完全に人格転換された魔術師だったようです。現代の人格転換はゲイ(LGBT等)にみられるようです。ヒトラーとナチスの狂気は、誰も説明できないといわれます。
「ヒトラーは堕天使ルシファーに憑依されていたのだ」という説もあります。

・超人や神人の伝承は、多いようです。グレイとともに「人間タイプの金髪碧眼の異星人が来て、その後に、東洋人タイプが来た」ようですが、彼らは地球社会に溶け込んだのか、地球から去ったのかは、分からないそうです。
 地下世界とは異次元の世界・宇宙空間の世界、異星と考えれば、現代でも理解できましょう。昔の人々は、地下世界の入り口を探して洞窟探検を繰り返したそうです。地上から異次元の隙間に入るという考え方も多くあったようです。現に小柄な異星人のグレイは、地上から異次元移動を繰り返しているようです。壁を通り抜けるように侵入してくるグレイは気味が悪いですね。異次元の地上空間「時穴」を求めてジプシーは放浪を繰り返したという奇説もあるようです。

・天狗は、日本中に多くの伝説がありますが、その正体を知る者は、少ないようです。天狗は、オリオン星人系列の宇宙人だったようです。天狗の棲む異界は、非常に細かい粒子の世界で、人間の死後の世界の幽界や霊界に似ているアストラル界やエーテル界のようです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれます。牛若丸と鞍馬山の天狗の伝承のように、源氏はオリオン星人との繋がりがあったようです。人間の肉体を離れた幽体や霊体で、自由に宇宙人は、幽界や霊界で活動しているようです。天狗の生態を描いた内容では、天狗が宇宙人の現象を呈していたように思われます。幽体離脱が、人間には希に「夢(明晰夢)の中」でおこります。しかし、異星人は幽体離脱を自由自在にできるようなのです。「テレポート(瞬間移動)は、人間にとり奇跡ですが、宇宙人にとっては、それほど難しくないテクノロジーだ」そうです。

・日本初の本格的「霊界探訪記」の『異境備忘録』を著した宮地水位も一種のコンタクティであったのでしょう。天狗は、実際は人間の姿をしており、世界的にも「異人」として原住民とコンタクトしていたようです。「異人」のオリオン星人が世界的にアストラル界に棲んでいたのかもしれません。

・全国の伝説にある異人や天狗は、オリオン星人系列の宇宙人だったようです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」という説があります。太古から、プレアデス星人やリラ星人、オリオン星人やその他の多くの種類の異星人が日本に飛来してその末裔が現在の日本人であるという説もあります。多くの異星人のDNAを日本人は持っているそうです。オリオン星人系列のモンスター・タイプの異星人は種類も豊富だったようです。「ネガティブなシリウス星人がモンスター・タイプの生物や異星人を遺伝子実験でいろいろと造り神に嫌われた」という神話もあるようです。ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われているそうです。欧米イルミナティは、日本のイルミナティは竜座人階層の下等な種の末裔であると主張していると指摘されています。

・米国に現れた金髪碧眼のノルディックという人間タイプの宇宙人(プレアデス人)と小柄なバイオ・ロボット、ゼータ・レチクル星人のグレイと言う組み合わせがリークされました。また何度もハリウッド映画にもなったMIB、メン・イン・ブラックはオリオン星人であったという話もあります。メン・イン・ブラックは人間に似ていましたがとても奇妙な容貌であったともいわれております。そして超能力も凄まじかったともいわれます。テレポート(瞬間移動)もしたようなのです。

・あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくるそうで、異次元移動ができたようです。 「グレイ」は人間の無意識の中に入ってくると指摘されています。またグレイはアイゼンハワー大統領の前で空中浮揚をしたともいわれています。その超科学に米政府は驚愕したといわれます。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)等がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動している」ともいわれます。エリア51で白鳥座61番星の異星人とコンタクトしていた日本人科学者もいたといわれます。「その彼らは地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」といわれます。

・異人や天狗や鬼や河童も異次元移動ができたようです。天狗の世界に連れて行かれた江戸時代の仙童寅吉の記録もあります。異人や天狗の世界はアストラル界にあったのでしょうか。天狗は神々の最下層のランクともいわれました。人格も劣り、人間が仲間に入りたいとおもうようなランクではなかったようです。モンスター・タイプも多いオリオン星人の系列の異星人だったのかもしれません。人間タイプの異人は、人間社会に紛れると分からなくなるようです。現代でもオリオン星人は階級意識が強いそうです。金髪碧眼のノルディックがグレイを使役していたという話もあり、昔は異人が河童を使役していたのかもしれません。




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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ
日本は津波による大きな被害をうけるだろう
・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・
「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」
「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」
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「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」
「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」
「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」
「シリウス星人の故郷である天体イジュニュは、もっと高い周波数で共振する6次元の天体であり、地球の宇宙と同時に存在するパラレル・ユニバースに存在するのだろうか」

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