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南無阿弥陀仏とは、「阿弥陀さま、どうか極楽浄土に生まれさせてください」という願いの言葉なのです。(1)
[森羅万象]
2022年6月15日 20時14分の記事




(2022/6/15)


『知識ゼロからの 南無阿弥陀仏 入門』
ひろさちや 幻冬舎  2013/10/9



◉「南無阿弥陀仏」は「極楽浄土に生まれたい」という願い
◉極楽浄土の主宰者は阿弥陀さま。観音さまはサポーター
◉どんな人にも生まれたときから、阿弥陀さまがついている
◉極楽浄土から覗くこの世は、喜怒哀楽いっぱいの遊園地
◉人ごみのなかで観音さまを見分けるには……

<第1講 極楽浄土はこの世とはあべこべの世界>
<「南無阿弥陀仏」は「極楽浄土に生まれたい」という願い>
・しかしながら、本来の念仏はお化けなどとは無関係。南無阿弥陀仏とは、「阿弥陀さま、どうか極楽浄土に生まれさせてください」という願いの言葉なのです。この世での寿命が尽きた後、阿弥陀仏のいる極楽浄土に往き、生まれるための願い。死んだ人の霊をしずめる呪文でもなければ、現世での、なにがしかの利益や功徳を叶えるものでもありません。
「南無阿弥陀仏」にはさまざまな意味が含まれますが、ひとまず阿弥陀さまへの願いを言葉にした信仰告白のようなものだと考えてください。

<功徳を求める修行は成立しない>
・「〜したい」という願望のもとに念仏をとなえるのだとしたら、それは仏道修行に功徳を求めていることになります。しかし仏教では、功徳と引き換えに仏道修行をおこなうことはありません。面壁九年で有名な達磨大師は修行について「無功徳」つまり功徳はないと言い放っています。
 じつは、仏道修行をさせていただけることそのものが大きな功徳なのです。

<極楽浄土は阿弥陀さまの住む場所。天国、天界とも違う>
・「南無阿弥陀仏」とは「阿弥陀さま、どうか極楽浄土に生まれさせてください」という意味だと言いましたが、極楽浄土とはどんなところか知っていますか? 天国と混同してしまう人がいます。死者が行くところという概念が似ているため、間違えやすいのでしょう。でも、天国とはキリスト教やユダヤ教、イスラム教で説かれる世界で、極楽浄土とは別物です。
 仏教の世界観では、生きとし生けるものは6つの迷いの世界(六道)を生まれ変わり巡ります。六道とは、天道、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道。すべて有限の世界です。六道を輪廻転生することを六道輪廻といいます。生前にいいことをすれば天道か人道、悪いことを修羅道以下に生まれます。天界は人道より上の世界で、何億年と生きることができますが、そこでの寿命が尽きれば、また六道輪廻が待っています。
 一方、仏界は仏が住む悟りの世界。真理に目覚め、悟った瞬間、六道の迷いの輪廻から脱出。生まれ変わりから解放された世界です。極楽浄土は、仏界にある阿弥陀仏が主宰する国だと考えてください。

<輪廻転生はインドの民族宗教の思想>
・輪廻転生とはもともとバラモン教(古代インドのヒンドゥー教)の思想です。ヒンドゥー教とはインドの民族宗教。仏教はインドで生まれた宗教ですから、大前提としてこの考えがあり、お釈迦さまは輪廻転生を利用して、教えを説きました。生前のおこないによって、生まれ変わる世界が決まる因果から解放され、抜け出すのが悟りの世界であり、阿弥陀さまのいる極楽浄土なのです。

<仏教の仏はそれぞれ独自の仏国土を持つ>
・悟りを開いて、輪廻転生から抜け出した仏さまを「如来」「仏」「仏陀」と呼びます。悟りとは、この宇宙の真理に目覚めることです。その真理の根底には「衆生(生きとし生けるもの)を幸せにしたい」という願いがあります。そして如来には、その願いを叶えるだけの能力が備わっています。
 真理にたどり着いた如来は阿弥陀さま(阿弥陀如来)だけではありません。仏教の開祖であるお釈迦さま(釈迦如来)も、病苦をとりのぞく薬師さま(薬師如来)も如来です。それぞれの仏が、独自の世界を主宰しています。

・私たちに仏教を広めた釈迦如来は、霊山(りょうぜん)浄土という世界を開いています。薬師如来は、遠く東のほうで浄瑠璃世界を開き、阿弥陀如来は、薬師如来の反対に位置する、はるか遠く西のほうで極楽世界という浄土を主宰しています。
 各如来は各浄土で仏教の教え、宇宙の真理を説きます。如来の性格によって浄土の性質は少しずつ異なりますが、説かれる真理、衆生の救済という点は同じです。

<極楽浄土の主宰者は阿弥陀さま。観音さまはサポーター>
・阿弥陀さまの救済方法は、あらゆる人を理想郷に招待し、幸せにすること。おいで、おいでと極楽浄土に招くことで救おうとします。
 同じ如来でも、お釈迦さまは少し違います。私たちを悟りの世界へと後押しする如来です。
 また、薬師さまは病苦など世界的な問題に悩む人を救う如来です。このように、如来ごとに異なる性質を持っています。
 阿弥陀さまの住む極楽浄土には、観音さまという菩薩がいます。いわば阿弥陀さまのサポーターです。本当は悟りを開き、如来になるだけの力があるのに、わざわざ私たちの世界に降りてきて、手助けをしてくれる仏さまです。

・(観音さま(観音菩薩)):衆生に救いの手を差し伸べてくれる仏。阿弥陀さまのように完全な仏になれるのに、極楽浄土から娑婆世界へ飛んでこられるよう、一歩手前の段階でとどまっている。観音菩薩(観世音菩薩。観自在菩薩)とも。

<極楽浄土は阿弥陀さまの誓願が形となってあらわれた世界>
・極楽浄土は、阿弥陀さまが法蔵菩薩という修行時代にたてた誓願(四十八願)がすべて実現した世界。つまり「生きとし生けるものが幸せでいられる世界」ということです。

・(法蔵菩薩):阿弥陀さまの前身。修行僧時代の阿弥陀さまで、法蔵(ダルマーカラ)という名を持つ。出家をして比丘(出家者)となったため、法蔵比丘とも呼ばれる。

<私も、あなたも、みんな菩薩>
・菩薩とは、いつか真理を悟り、目覚めた人(仏陀・如来・仏)になろうとするべく仏道修行をおこなう者を呼びます。悟りを得ようと心を起こし、発心した求道者はすべて菩薩なのです。この本を開いたあなたもまた、菩薩だということ。仏教者はまず「自分自身も菩薩である」という自覚を持つことが大切です。

<生きとし生けるものが全員幸せでいられる世界とは?>
・この世の娑婆世界では、生きとし生けるものすべてが幸福でいることは難しい。誰かが幸福になれば、誰かが不幸になる。幸か不幸かは立場や関係性によって変わってくる。

・私たちが一喜一憂している「幸福・不幸」というものは、関係性や立場によって、つねに変わってしまう、相対的なものだということが見えてきます。

<いまの人間が暮らす世界とはあべこべで異質な場所>
・極楽浄土は全員幸福になれるのですから、比較や差別はありません。この世とはあべこべで異質な場所。苦しみは生まれないのです。

<第1講 まとめ>
・極楽浄土は、阿弥陀さまが衆生の幸せを願ってつくった世界。この世の幸福とは、相対的なものです。誰かが幸福になれば、誰かが不幸になる。しかし、阿弥陀さまが願った幸福は絶対的な幸福。この世での比較や差別は通用しない。優劣、貧富などで幸不幸は決まりません。私は私のまま、あなたはあなたのままで全員が幸せでいられる不思議な世界なのです。
 阿弥陀経というお経のなかに「具会一処」という言葉が出てきます。倶(とも)に一つの処で会う。私たちは亡くなると、必ず極楽浄土で、親しかった人たちと再会できるという意味です。この世を去るとき、この世の価値観から解き放たれ、極楽浄土でみんなと幸せに暮らすことができるのです。

<第2講 阿弥陀さまは不思議パワーの持ち主>
<阿弥陀さまは大乗仏教の仏。衆生を救済する力を備えている>
・仏教には、小乗と大乗というふたつの分類があります。日本を含め、各地に広まった仏教は大乗仏教。阿弥陀さまは、大乗仏教の仏さまです。
 小乗仏教というのは、厳しい戒律を守り、さまざまな苦しい修行をつづけることで悟りを得る仏教です。自分の力で戒律を完璧に守り、修行の成績も100点満点に達するような聖者のことを、阿羅漢と呼んでいます。
 しかし、現実の娑婆世界にはそんなことができる人は、ほとんどいません。小乗仏教の修行は、一部の選ばれた人しかおこなえないのです。
 大乗仏教は、日々の生活のために戒律を守れない人、修行に勤しむことができない人、弱いふつうの人(凡夫)を救ってくれる仏教です。
 阿弥陀さまなどの如来は、大乗仏教の仏の世界で最上位に位置する仏さまです。

<小乗仏教と大乗仏教は何が違うの?>
・仏教は2500年近く昔にインドで誕生。開祖は釈迦です。当時は出家者が己の悟りを目指して修行を積むのが主流。しかし、釈迦の没後数百年して、改革運動が起こりました。出家していない在家の一般人も救済対象に、という仏教の運動です。出家者のみを救済対象とする仏教を小さな乗り物(小乗)に、後発の自分たちの仏教を大きな乗り物(大乗)にたとえて、区別したのです。

<生きとし生けるものを救いたい。思いを向けつづけると如来になれる>
・大乗仏教の如来には、阿弥陀さま以外にも、薬師さま、お釈迦さまなどたくさんの如来がいます。
 どの如来も、如来になる前には修行をつづける菩薩の時代がありました。50年、100年の話ではありません。何億回と生まれ変わる輪廻転生のあいだ、ずっと「いつか必ず如来になるぞ」と、志を持ち、如来の方向に心を向けて、仏道を歩みつづけたのです。
 如来とは、「生きとし生けるもの(衆生)を幸せにしたい」と思い、また、幸せにできるだけのパワーを身につけた存在です。如来になりたいといっても、いつなれるか、本当になれるかどうか、誰もわかりません。

<私たちも必ず如来になれると信じることが大事>
・如来は、試験をクリアしたらなれるような簡単なものではありません。ゴールは自分ではわかりません。ただ、歩みつづけるほど、如来に必要な衆生救済パワーは強くなります。阿弥陀さまは如来になるまでに、五劫(ごこう)かかりました。何億回も生まれ変わっています。その間も如来への強い思いを持ちつづけるため、悟ることができました。思いを向けつづける、この信じる気持ちが大事なのです。

<一国の王子が菩薩、如来へ変化。五劫という時間、思惟しつづけた>
・阿弥陀さまの前身は、法蔵(ダルマーカラ)という名の、ある国の王様でした。法蔵は「生きとし生けるもの(衆生)を漏れなく救いたい」という誓願をたてて、出家。法蔵菩薩となります。

・そして、いまから十劫の昔、法蔵菩薩は真理を悟り、阿弥陀如来になりました。如来になったということは、誓願が現実になったということ。阿弥陀如来にはあらゆる人を救うパワーがあるのです。

<どんな人にも生まれたときから、阿弥陀さまがついている>
・でも、阿弥陀さまの存在意義を考えればわかります。阿弥陀さまは衆生を漏らさずに救う不可思議パワーを持つ仏です。私たちは、それぞれが阿弥陀パワーによって救われます。私には私を救ってくれる阿弥陀さま、あなたにはあなたを救ってくれる阿弥陀さまがいます。阿弥陀さまは、大昔に出現されたと同時に、私の阿弥陀さまでもあり、あなたの阿弥陀さまでもあるのです。

<“阿弥陀”に秘められた「量らない」ふたつの意味>
・次は名前から、阿弥陀さまの存在を説明していきましょう。阿弥陀というのは、サンスクリット語でアミターユスとアミターバ、ふたつの意味を持ちます。
 アミターユスはアミタ・アーユス、アミタは無量、アーユスは寿命。つまり無量の寿命を持つ仏さまです。次にアミターバのアーバは光。無量の光を持つ仏さまです。
 無量とは「量れない」という意味です。これは「量らない」とも解釈できます。

・阿弥陀さまを考えるうえで、「量らない」は重要語。私たちは、つねに物事を量ります。いくらあるか、いい子か悪い子か………などと量り、比較、差別します。

<阿弥陀さまの光で満ちた浄土には苦しみもなければ、喜びもない>
・阿弥陀さまの名前に込められた「量らない」「無量の光」というふたつの意味は、そのまま阿弥陀さまの主宰する極楽浄土の概念にもなっています。
 この世では、光が当たれば必ず影ができます。一方、極楽浄土は光だけの世界。影がありません。

・光ばかりになると、ものは見えません。あれこれと量ることもありません。比較も存在しない。それが極楽浄土です。
 この世は影があり、ものを見ることができます。見えれば量りたくなり、比較や差別も生まれます。極楽浄土の光の世界に対して、この世は苦しみを生む影の世界。

<極楽浄土から覗くこの世は、喜怒哀楽いっぱいの遊園地>
・「遊於娑婆世界(ゆうをしゃばせかい)」――娑婆世界に遊ぶ――これは「観音経」というお経に登場する言葉。娑婆で遊ぶのは、観音さまです。

・観音さまは、阿弥陀さまの勧めによってそんな娑婆に遊びに来るのです。

・阿弥陀さまは提案します。「観音よ、娑婆世界には苦しみがたくさんある。それらを体験すると、よい修行になりますよ」。極楽浄土から覗く娑婆はいわば喜怒哀楽の遊園地。観音さまは娑婆に遊学しに来ているのです。

<観音さまは変身してやってくる。あなたも、隣の人も、全員観音さま>
・観音さまは、娑婆世界に遊学に来るとき、33の姿に変身します。

・33の姿を全部覚える必要はありません。大事なのは6つ。比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・童男・童女です。比丘・比丘尼は男と女の出家者、優婆塞・優婆夷は男と女の在家信者、そして男の子と女の子……この6つの姿で、すべての仏教者を指しています。
 ひょっとするとお隣さんやあなたの子どもは観音さまの化身かもしれません。仏教に関心を持ち、いま仏教を学ぼうとしているあなたもまた観音さまなのです。

<人ごみのなかで観音さまを見分けるには………>
・この世の娑婆世界において、あらゆる人に観音さまの変化身の可能性があるのなら、街ゆく人々の誰が観音さまなのか気になるでしょう。
 どこで見分けたらいいか、わかるでしょうか?

・だからこそ阿弥陀さまの極楽浄土では良し悪しを「量らない」のです。観音さまを見分けるには、阿弥陀さま方式で「この人は観音さま」「この人は観音さまではない」と量ってはいけないということです。
 あなたも私も観音さま、みんなが観音さま。そう思ってみてください。すると人の見え方が変わってくるはずです。

<対立修行のためにやってきた。ゴキブリもムカデもみんな観音さま>
・しかし極楽浄土視点では、それは有意義な「対立修行」のチャンスともいえます。観音さまは、苦しむためにこの世に遊学に来ています。自分も観音さまとして、苦労を与えられているのかもしれません。お姑さんも観音さまで、お嫁さんに修行させてくれているのかも…………。修業中はしっかり憎んでおきます。やがて寿命が尽きて、極楽浄土に戻ったあかつきには「お疲れさまでした」と言い合えればいいのです。

<第2講 まとめ>
・私たちはみんな極楽浄土から娑婆世界にやってきた観音さま。倶会一処と言った通り、この世での修行がおわると、ふたたびふるさとである極楽浄土に帰っていくのです。この世の苦しみは観音さまにとっての楽しみであり、修行なのです。この世で対立した者同士でも、あの世で再会したときにはお互いあのときは大変だったね、と笑いながらねぎらい合うことができるでしょう。

<第3講 お念仏で欲を捨てる>
<阿弥陀さまの救済を説く3つのお経。極楽浄土と往き方が記されている>
・阿弥陀さまの救済を説いた代表的な経典「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」を浄土三部経と称します。

・ここから西のほう、10万憶の仏さまの国々を過ぎたところに、極楽という国があります。極楽には阿弥陀という仏さまがいらっしゃいます。極楽に暮らす衆生には、苦しみがなく、楽しみがあるので極楽と呼ばれるのです。

<阿弥陀経は「そのまんま経」。色と光に秘められたそのまんま思想>
・あなたは、そのまんまで、あなた自身の光を放っている。

<南無とは「お任せします」の意味。阿弥陀さまにすべてを任せる>
・最初に「南無阿弥陀仏」とは「阿弥陀さま、どうか極楽浄土に生まれさせてください」という願いの言葉と説明しました。

・具体的な目標を実現するために阿弥陀さまにお願いをするわけではありません。目標があっても「私はこういう願いを持ってはいますが、阿弥陀さまがよきにはからってください」……これが「南無阿弥陀仏」です。

<欲をつかって判断してはいけない。念仏は損得勘定を捨てる祈り>
・「南無阿弥陀仏」の語源をたどると、「(わからないことを)阿弥陀さまにお任せすること」。
 この世はわからないことであふれています。不可思議なのに、比較や差別を持ち込み、良し悪しを“量ろう”とするから、苦しみが生まれます。

・私たちは目先の利益に目が眩み、損得勘定をしてしまいます。思い込みで良し悪しを判断して、勝手に苦しんでいるのです。真の損得はわかりません。「南無阿弥陀仏」で阿弥陀さまにお任せしてしまうほかに、方法はないのです。

<祈りには、請求書の祈りと領収書の祈りの2種類がある>
・祖母は、仏さまに請求書をつきつけるような祈りはいけない、と言っていたのです。請求書の祈りは、欲から起こるもの。仏さまに対して失礼でしょう。祖母の言う通り「ありがとうございます」と領収書の祈りをするべきです。

<よい欲などない。困った偽善者ほどいいことをしたがる>
・絶対に悪いことをしていないという人が、もしいるとしたら、その人は、悪いことをするチャンスがなかっただけです。人は誰しも、悪いことをする可能性を秘めています。自称「善人」の多くは、他人と比較し、差別して「私はそんなに悪いことはしていない」と、自分自身に言い聞かせているだけでしょう。

<医者にも僧侶にも任せてはいけない。任せていいのは、阿弥陀さまだけ>
・日本で「先生」と呼ばれる職業の人たちは、ほとんどが専門技術者です。人生の問題を相談する相手ではありません。
 人生相談は、わからないことの集大成。それに答えられる人など、この世にはまずいません。阿弥陀さまに任せるのでなければ、せめてこの世で苦しみ、修行を積んだ人、生き方の総合力があり、人生経験が豊富な人に相談を。

<頼りたいときは「枯れた人」に。欲が少ない人ほど阿弥陀さまに近い>
・名僧と呼ばれ、私自身も尊敬していたお坊さんが、98歳になったときのこと。「私は108歳まで生きたい、あと10年生きたら21世紀。19世紀生まれだから、ホップステップジャンプで3世紀生きたい」と話したときには、年をとっても欲は枯れないのだと驚き、呆れました。
 でも、まあ生き方に迷い苦しんだときは、医者よりも隣のおばあちゃんに相談するほうがマシでしょう。結局は「南無阿弥陀仏」で阿弥陀さまにお任せするしか、その苦しみを消せないのだと理解しておきましょう。

<第3講 まとめ>
・私たちは欲があるから、ああなりたいこうしたいと思います。それが叶わないと、すぐに不安や苦しみを感じます。「南無阿弥陀仏」というお念仏は「阿弥陀さまにお任せします」という意味です。私たちの不安や苦しみを阿弥陀さまにお任せし、「よきにはからってください」という祈りの言葉。お念仏をとなえると不安や苦しみは阿弥陀さまのもとへ。するとどうでしょう。あなたはあなたそのまんま、いまの自分を幸せだなぁと感じることができるはずです。

<第4講 極楽浄土に往きつく方法>
<「南無阿弥陀仏」なら最短で極楽浄土に往くことができる>
・「南無阿弥陀仏」で阿弥陀さまにお任せすることができるようになると、必ず阿弥陀さまのいる極楽浄土に往くことができます。

・さらに大乗仏教には、自力と他力の2分類があります。

・小乗仏教では、人間の力で100%物事の解決ができると考えます。大乗仏教では、自分の力だけでは救われません。仏こそが救済パワーを持っていると考えます。

<自力と他力は、子猿と子猫ほどの違いがある>
・自力でも他力でも、基本的には仏力によって救われます。その仏力を得るため、しがみつく子猿のように、自分の努力が必要とされるのが、自力。何もしない子猫のように、一切の努力が不要なのが他力なのです。
 日本の阿弥陀信仰(浄土教)のはじまりは平安後期。それまでの仏教では、仏力獲得に何らかの地力が必要とされてきました。それが「南無阿弥陀仏」という念仏の登場で、自力不要となりました。浄土教が庶民にまで広まったのは、それが他力だったからです。

<いつでもどこでも誰でも救われる。苦しみの時代に広まった浄土思想>
・阿弥陀さまを信仰する仏教を浄土教と呼びます。浄土教誕生以前、平安中期までの仏教は、功徳を積まなければ救いはありませんでした。仏力があっても、自分も努力しなければならなかったのです。

・金持ちや権力者は、お布施をし、寺をたてたり、仏像をつくったりと、よい(と思われている)ことができます。浄土教以前の仏教では、そういう人は「善人」であり、救いの対象となりました。
 でも、貧乏人のほうが圧倒的に多い時代です。貧乏人は悪いことをしないと生きていけませんでした。それではほとんどの「悪人」は救われないことになります。

・ところが、阿弥陀さまは最低辺にいる人までも救うと宣言しています。誰でもできる「南無阿弥陀仏」という念仏を、自国の極楽浄土に招く条件としていることからもうかがえます。すべての人が救われる浄土教。悪人も救いの対象にすることは、この世のヒエラルキーを逆転させる世界観でした。

<法然は、誰もが救われるもっとも簡単な方法に気づいた僧侶>
・浄土教という教えが、他力の要素を強めていったのは、平安末期に活躍した浄土宗の開祖・法然登場以降。それ以前はまだ自力の要素が強かったのです。念仏は仏教の修行のひとつで、2種類あります。「南無阿弥陀仏」と口に出してとなえる「称名念仏」と、阿弥陀さまの姿や極楽浄土をイメージしながら精神統一をする「観想念仏」です。
 最初は「観想念仏」が主流。

・そして「称名念仏」が誰もが救われる教えで、誰でもおこなえる容易さゆえに「観想念仏」より優れていると気づきます。ひたすら念仏をとなえる「専修念仏」こそ阿弥陀さまの願いにかなう修行だと確信したのです。

<「阿弥陀さまが選んでくださる」疑いを捨ててただとなえる>
・法然の主著に『選択本願念仏集』があります。66歳のとき、法然に帰依していた公卿・九条兼実に懇願され、念仏の教えをまとめたものです。
 題名にある「選択」とは、法然が選び取った教えという意味ではなくて、阿弥陀さまによって選択されたという意味です。いろいろな行があるなかで、法蔵菩薩(阿弥陀さまの前身)は念仏によって人々を救う方法を選び取られて、その実現のために厳しい修行をしました。修行の末に、如来となりました。だから、私たちはその本願を信じ、念仏だけをすればいいのです。それなのに、写経や座禅などをするのは、阿弥陀さまを疑うことになります。法然はそれゆえ、ほかの行をする必要はないと書いています。

<法然の弟子・親鸞。疑問を捨て、法然の理論を煮詰めた>
・法然の弟子が浄土真宗を興した親鸞。親鸞は「法然上人にだまされて念仏して地獄におちたとしても後悔しない」と言うほど、師を敬愛しました。
 しかし、ふたりの考えは同じわけではありません。親鸞が法然のもとにいた期間は約6年。その後は互いに流罪となり、会うことはありませんでした。法然と別れたのは35歳ですから。親鸞はその後50年以上も、ひとりで思索したのです。
 「悪人正機」として知られる「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という言葉があります。親鸞の言葉として有名ですが、法然の伝記にも残されています。この解釈も、ふたりは少し違います。

<「非僧非俗」は生涯をかけた実験だった>
・浄土宗への弾圧で越後に流された親鸞は、僧侶資格をはく奪されましたが、俗人に戻ることをよしとせず、自らは非僧非俗(僧侶でも俗人でもない)を名乗りました。
 念仏さえできればどんな生活でもよいと言った法然は、戒律を守り通した僧侶でしたが、親鸞は日本の僧侶としてはじめて結婚に踏み切り、子どもをもうけ、俗世のなかで仏教を実践するという実験に生涯をかけたのです。

<『蜘蛛の糸』でわかる開祖による浄土への往き方>
・法然なら、糸を腰に巻きつけて、阿弥陀さまに「南無阿弥陀仏」と合図を送るだろう。あとはすべて阿弥陀さまにお任せする。

・親鸞は、もし自分でのぼろうとすれば、すぐに凡夫と同じ気持ちになってしまうだろうことを自覚している。自分の愚かさがわかるから、何もしないで阿弥陀さまの救いを待つ。

<悪いことをせざるを得ない。生きづらさが信心を生む>
・親鸞の考えは、法然の教えを哲学的に深めたものです。親鸞にとって「悪人」というキーワードが、阿弥陀さまの救済、極楽浄土への誘いを理解するために必要でした。
 善人、悪人の善悪とは、合法・非合法の問題とは次元が違います。勝ち組・負け組、優劣とは別物。でも、そのような比較や差別を生む世の中を、生きなければならないという自覚があって、はじめて善悪の観念が生じます。

・そう考えたとき、私たちは悪いことをせずに生きられないのだと気づきます。この世は生きづらく、誰もが悪人なのです。
 法然や親鸞の時代、庶民の多くは、自分など救われない悪人だとあきらめていました。「悪をせざるを得ないあなたたちこそ救われる」と、生きる勇気を与えてくれたのが「南無阿弥陀仏」。悪人の自覚が生まれたとき、阿弥陀さまを信じる心も生まれるのです。

<第4講 まとめ>
・将来、阿弥陀さまの極楽浄土に往きつくためには、阿弥陀さまを信じてすべてお任せする気持ちが重要です。阿弥陀さまを信仰する浄土教は平安時代末期、庶民が絶望し苦しみ抜いた時代に登場しました。「南無阿弥陀仏」で極楽浄土往生できるという教えは、貧しくしいたげられていた人々に希望を与えました。仏を信じる気持ち(発心)は自らの立場を客観的に理解して娑婆世界(この世)での生きづらさを自覚するところから生まれるのです。

<第5講 いつも心に極楽浄土を>
<「厭離穢土 欣求浄土」忸怩たる思いが浄土を求めさせる>
・浄土教に「厭離穢土 欣求浄土(えんりえど ごんぐじょうど)」という言葉があります。この世の娑婆世界を穢れた国土とし、それを厭い離れたいと思い、清浄な極楽浄土を切望する。娑婆世界を穢土だと認識することが、念仏をするのに大切です。

<穢土はこの世、地獄そのもの。競争と欲望と勤労の世界>
<資本主義社会こそ穢土。競争原理が支配する世界>
・人と比べて(競争原理)、よりよい生活をしたいと思ったら(欲望原理)、私たちの暮らす社会は資本主義社会なのでお金が必要になる。馬車馬のごとく働く(勤労原理)……。がんばることがすばらしいと称賛されるいまのこの社会こそ地獄そのもの。

・穢土とは言い換えれば、地獄・餓鬼・畜生の世界です。これらは人間の世界よりも下層にあるものだと考えられていますが、実際、日々の生活のなかで起こることを見てみると、この世は、そのまま地獄・餓鬼・畜生の世界だとわかります。

・競争原理は、私たちが生きる資本主義社会を支えるものでもあります。資本主義は地獄をつくり出しているおおもとだと思ってください。

・餓鬼の世界は、欲だらけの世界です。餓鬼に3種ありといわれています。無財餓鬼は財産のない餓鬼。小財餓鬼はちょっと財産を持っている餓鬼。多財餓鬼はいっぱい財産を持っている餓鬼です。

・じつは餓鬼というのは、財があるかないかで決まるものではありません。自分の持ちもので満足できない人のことを餓鬼と呼びます。

・畜生の世界とは、勤労原理の世界です。文句も言わずに、一生懸命働く者が畜生。すると日本人はみんな畜生になります。
 がむしゃらに働くことはよいことだと思う人が多いようです。がむしゃらに働けば、他人の仕事がなくなり、大迷惑。働くことは立派でもなんでもありません。

<地獄の正体をあきらかにすると、極楽浄土が具体的に見えてくる>
・仏教には如実知見という言葉があります。目の前のことを偏見や思い込みを持たずに、ありのままに見ること。これが仏教者の姿勢であるという意味です。
 私たちの生きる娑婆世界をありのままに見て、徹底的に正体をつかもうとすることが大事です。すると穢土である娑婆世界の本質が見えてくるでしょう。 
 競争原理が支配する地獄、欲望原理が支配する餓鬼、勤労原理が支配する畜生、この3つの世界が穢土たらしめている本質だとわかるはずです。本質があきらかになったら、「人間らしく」生きるにはどうすればいいのか、考えてみましょう。

<「人間らしく生きたい」そのために仏教がある>
・仏教は、人間が人間らしく生きる道を教えてくれるものです。
 しかし、現在の日本には地獄の生き方しかありません。この世を少しでも極楽浄土に変えたいなら、生活の発想そのものを、変えていくことが重要です。

・大事なのは「小欲知足」。欲をなくせとは言いません。欲を少なくして、ほどほどで満足する。みんなが幸せになれる方法です。

<老い、病気、死の延長線上に極楽浄土が存在している>
・「小欲知足」を実践していけば、この世を少しだけ極楽浄土に変えることができると言いましたが、欲を少なくしていくと、いずれは「死」に近づいていきます。
 この世の娑婆世界に対して、極楽浄土はあの世にあたります。あの世の別の意味は「死後の世界」。死が訪れたとき、欲は消え去り、心がしずまり、ろうそくの火が消されたような涅槃という境地に入るといわれます。

<老病死にむしばまれるほど、自分のなかの極楽浄土が育っていく>
・生きることはさまざまな欲望を満たしていくことでもあります。その根底には生きたいという欲があるからです。
 しかし、私たちは生まれたときから死をかかえています。一日一日と老いて、やがて病気になり、死100%に近づいているのです。これは見方を変えれば、老病死が人生そのものだともいえます。

この世は穢土。そこで生きなければならない私たちでも、心のなかにほんの少し極楽浄土を持てるようになれば、生き方が変わっていきます。

<四苦八苦は普遍的な苦しみ>
・お釈迦さまは人間の苦しみを「四苦八苦」にまとめました。四苦とは産道を通るときに味わった生苦、年老いていく老苦、病気になる病苦、死を迎えねばならない死苦。八苦は、さらに、愛する人と別れねばならない愛別離苦、憎い人と出会わねばならない怨憎会苦。求めても手に入らない求不得苦、成長過程で心身に苦しみを感じる五蘊盛苦(ごうんしょうく)を加えたもの。誰もが味わう普遍的な苦です。

<浄土の存在に気がついたとき、「信心」が生まれる>
・つらいこと、悲しいことなど、思い通りにならない現実にぶつかればぶつかるほど、私たちは、自分の弱さや愚かさに直面せざるをえません。
 でも、娑婆世界が穢土であることを徹底的に認識すると、極楽浄土が思い出されるようになります。心のなかには、この世と反対の世界である極楽浄土の存在が大きくなっていくのです。
 しかし、自分の力では、極楽浄土を生きながら実現することはとても困難です。

・極楽浄土を思い、阿弥陀さまに「どうか私をお救いください。南無阿弥陀仏」と手を合わせるのは、すなわち、「量らない」ということです。人生は思い通りにならない。だからこそ阿弥陀さまにすべてを任せます。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏………」ととなえて、自分の判断、選択を手放したとき、阿弥陀さまは「あなたは、そのまんまでいいのだよ」と救ってくれるのです。

<絶対他力・親鸞の念仏は最初から最後まで「ありがとう」>
・自らの無力さは徹底的に見つめた親鸞にとっての「南無阿弥陀仏」はつねに感謝の念仏。「阿弥陀さま、お助けください」と思ってとなえる念仏は、自力の要素があるからです。親鸞は、念仏を阿弥陀さまが私にとなえさせているのだ、とも。だから最初に念仏をしたときに阿弥陀さまが己を救ってくれていることは決定しています。すべての念仏は阿弥陀さまへの感謝の表明なのです。

<この世で涙を流せば流すほど、その人の瞳は美しくなる>
・法然に臨終が近づいてきたときのことです。弟子が「極楽往生は確実でございますか?」と質問しました。法然は、「我もと居せし所なれば、さだめて極楽へ帰り行くべし」と答えました。私は、もともと極楽浄土にいたのだから、きっと故郷に帰るだろうというのです。
 私たちはいま、すでに仏教を学んでいます。この時点で、あなたも私も、仏教徒。みんな観音さまなのです。観音さまは、極楽浄土から姿を変えて、この娑婆世界に修行をしに来ています。苦しみ楽しむために来ています。もし、悲しみや苦しみに遭遇したときは、このことを思い出してください。

<第5講 まとめ>
・「南無阿弥陀仏」は本当に極楽浄土に往きたいと願ったときに本物になります。極楽浄土を心底求めるには、まずあべこべの世界であるこの世の娑婆世界をしっかり見つめなければいけません。この世は苦で満ちています。でも、苦と向き合い修行することで極楽がはっきり目の前にあらわれるのです。
 そもそも私たちは、極楽浄土からこの世にやってきた存在。苦を味わう修行によっていつか帰る故郷を思い出しているのです。耐えられないほどつらい修行もあるかもしれません。そんなときもやっぱり「南無阿弥陀仏」。「阿弥陀さま、元気ですか?」「阿弥陀さま、こんなことがありました」「阿弥陀さま、ありがとう」「阿弥陀さま、助けてください」故郷にかける長距離電話だと思って何回も何回もとなえてみてごらんなさい。



(2019/7/12)



『ひろさちやの「日蓮」を読む』
佼成出版社  2004/7/1



<日本仏教における戒の歴史>
・授戒とは、出家しようとする者に戒を授けること、あるいはその儀式を指します。そして、その授戒を行なう施設を戒壇といいます。

・しかし、日本へは当初、仏像しか入ってきませんでした。お坊さんが日本にいないゆえ、日本ではお坊さんをつくることができなかったのです。
 それはなぜかというと、授戒は「三師七証」といって、三人の師匠と、七人のお坊さんが証人として臨席していないとできない決まりだったからです。
 ですから日本では、仏教が入ってきてしばらくの間、寺院は建てられても、授戒している僧侶がいませんでした。中国からお坊さんが一人二人と来日しても、まとまって十人いないことは授戒できないのですから。

・その後、戒壇は東大寺のほかに、筑前(福岡県)の観世音寺と、下野(栃木県)の薬師寺にも造られ、日本の三大戒壇ができました。

<最澄の戒壇、日蓮の戒壇>
・ところが最澄は、「日本の仏教は大乗仏教なのだから、小乗仏教の二百五十戒を授けるのはおかしい」と主張します。
 最澄は、「そんな小乗仏教の戒律にこだわると、日本の仏教は小乗になってしまう。だから比叡山には大乗仏教の戒を授ける戒壇に建立を許可して欲しい」と、朝廷に願い出たのですが、最澄の生きているうちには実現されませんでした。

・そういう現状でしたから、日蓮は最澄の大乗戒からさらに一歩踏み込んで、『法華経』の精神に基づいた戒壇をつくりたかったことでしょう。天上で授戒するという『法華経』の精神に基づいた「心の戒壇」は、日蓮の願いでした。
 いっぽうで前半生においては「心の戒壇」以外に、現実の戒壇をつくりたかった……、そういう思いもやはりあっただろうと思うのです。

・日蓮が『法華経』に帰依したその先には、「この世での民衆の救済」がありました。その実現のための現実的手段として、『法華経』に基づく戒壇の設立を切望していたのではないかと思います。

<『立正安国論』>
<日蓮の目指したもの>
・日蓮が安房の地頭東条景信から清澄寺を追われて鎌倉に上ったあと、数年の足どりはわかっていません。当時続いた災害の原因を、仏教者の立場から調査していたのではないかと思います。その調査結果をまとめたのが『守護国家論』『立正安国論』だったわけです。

・日蓮は、すべての実践の先に「安国」を置いていました。
 この安国とは、「この世に浄土・仏国土を実現する」ということ。この浄土・仏国土は、『法華経』に基づいて実践すれば、かならず実現できるはずだと日蓮は考えていました。
 その理論に沿って、あの世へ往生してからの成仏より、この世の中に浄土を打ち立てたい、ほとけさまの国の建設という『法華経』の理想を、この世で実現しようとしました。
 決して、仏教思想や『法華経』の精神をもって日本という国を治め、栄えさせようとしたわけではありません。
 あくまで、すべての人々を、この現世において救済する。安穏に暮らせるようにしようとしていたのです。それが安国の意味であると解釈すべきでしょう。
 あの世ではなくてこの世――。

・このときの日蓮の視点は、いまこの現世にあるからです。これは、国家や権力者に翻弄される民衆と同じ立場、同じ目線で世の中を見ていたということです。
 それゆえ、現世での救われをあきらめ、極楽浄土への往来を説く浄土教を厳しく批判しますし、この世での浄土実現のためには「武装闘争をもってしても」とさえ考えました。でもこれは、仏教者としての目線ではありません。
 この視点がまさに日蓮の前半生の視点であり、『法華経』観でした。これが、佐渡への流罪を契機に一気に転換していきます。

<『立正安国論』>
・文応元年(1260年)、日蓮は『立正安国論』を著し、幕府の実権を握っていた前執権北条時頼(1227〜1263年)に奏上しました。

・一言で言えば、「災害や戦乱によって国が乱れ、民衆が苦しむのは、幕府が邪法に帰依していることに起因する。それゆえ、国家を平安にし、民衆を安穏ならしめるために、その邪法を禁止して『法華経』に帰依することこそ、幕府のとるべき道である」ということです。
 しかしながら、日蓮の『立正安国論』は、幕府から完全に黙殺されます。

・それは、当時の幕府にとってもっとも重要なことは、国内の治安維持でした。それゆえ、既成の仏教教団、とりわけ民衆にまで根を下ろし、深く浸透しつつあった法然の浄土教の禁止を求める日蓮の主張を聞き入れることは、どうしたってできませんでした。

<法然の念仏から日蓮の『法華経』へ>
・当時大流行していた念仏は、日蓮にどのような影響を与えたのでしょうか。

・また、最澄ののちに唐に渡った円仁は、密教思想とともに五台山で行なわれていた念仏を持ち帰り、比叡山における浄土教の基礎を築きました。こういう下地のある比叡山の流れから、法然独自の念仏である、
――専修念仏(ただ念仏だけで救われる)――が生まれます。
 ひるがえって、念仏が主流を占めていた天台宗寺院で出家した日蓮が、『法華経』ひとすじ、『法華経』以外では成仏できない、ほかの経典では救われないという考え方を導き出した背景には、この法然の「専修念仏」の考え方がなんらかの影響を与えていたのではないかと思います。

<法然浄土教を批判する理由>
・『立正安国論』の中の「邪法」というのは、法然の浄土宗を指していますが、なぜ日蓮は、それほどまでに法然の浄土教を敵視するのでしょうか。
 ご存知のように、法然の浄土教では「南無阿弥陀仏」と念仏を称えます。これは阿弥陀仏というほとけさまへの絶対帰依を表明したことばです。
 一方、日蓮の「南無妙法蓮華経」という題目は、『法華経』への絶対帰依を表明しています。
 この両者には仏と経典という差はありますが、「わたしは、これに帰依します」という絶対帰依を表明するところの意味はいっしょです。

・そして、この「宇宙の真理」「時間・空間を超えたお釈迦さま」が存在するのだということを述べているのが、二重かぎ括弧の『法華経』――わたしたちが現に手にしている、書物の『法華経』なのです。
 たしかに、歴史上、インドでお生まれになったお釈迦さまがいます。それと同時に、時間も空間も超越した永遠の存在としてのお釈迦さまもおられます。書物の『法華経』は、そういう存在のあり方でお釈迦さまがいまでも宇宙にいらっしゃるのだ、という思想を伝えたものなのです。
 ここに、日蓮の信仰の原点である題目――「南無妙法蓮華経」の真意があります。
 つまり、題目が意味する「『法華経』に帰依します」ということばは、「いまでも存在している時空を超えたお釈迦さまに帰依します」すなわち、「南無釈迦牟尼仏」ということにほかなりません。

・例えば、同じ神さまだといわれても、キリスト教徒が「アッラーに帰依します」とは絶対に言えないように、日蓮は「南無阿弥陀仏」とは絶対に言えないわけです。つまり、「釈迦仏に帰依する」か、「阿弥陀仏に帰依する」か、という問題であり、そこに妥協の余地はないのです。

<「政治」から入った日蓮>
・『立正安国論』執筆の思想的背景には、天台宗に代表される「鎮護国家」的仏教理解が根底にあります。
 ところで、イエスにもお釈迦さまにも、「民衆の救済か、宗教的精神性の高揚か」を悪魔が試すエピソードがあります。そして、イエスもお釈迦さまも、ともに民衆一人ひとりの苦悩の除去ではなく、宗教的精神性の高揚を追求しました。 
これにたいして、日蓮は『立正安国論』を著して、「政治」から入ろうとしました。

・『立正安国論』は、国家への諫言の書とされています。そういう政治的な面はありますが、その目指す先は、苦悩するすべての民衆の救済でした。この地上に、いますぐほとけさまの国を実現させたい――。それが日蓮の願いだったのです。

・『法華経』を通して発している、このようなお釈迦さまのメッセージをなんとか伝えたい。みんなが安楽に暮らせる世界を打ち立てたい、といっているのが『立正安国論』なのだと思います。
 しかし問題は、その世界の実現にあたって、日蓮は政治的にやろうとしたことです。
 お釈迦さまやイエスが忌避した「政治」的手法を用いたのでした。
 でも、佐渡流罪を契機に、日蓮はそういう手法ではダメなのだと気づきます。
 仏教者として努力すべきことは現実の仏国土の建設ではなく、やはり心の平和である、ということに。

<無師独悟の人>
・なぜ日蓮が宗教的精神性の高揚ではなく、政治的手段での民衆救済を目指したのかを考えると、一つには彼が無師独悟の宗教者であったこと、つまり先生がいなかったから、という理由が挙げられましょう。

<伊豆へ配流される>
・翌年の弘長元年(1261年)5月12日、日蓮は「貞永式目(御成敗式目)」違反で逮捕されます。
 なんの嫌疑かというと、捕まったときに問責された日蓮は、「『法華経』守護のためだったら、弓矢を揃えたっていいのだ」と、返答しています。自分で認めているくらいですから、逮捕されて当たり前かもしれません。
 ただ、日蓮自身は「世間の咎なし」、と言い続けます。それは、「貞永式目」の第十二条に抵触するというのが逮捕容疑でしたが、その第十二条は「悪口の咎」でした。それゆえ、「これは別件逮捕だ」という意味の主張かもしれません。しかし実際のところは、激しい念仏批判にたいしての処罰でした。
 これによって伊豆に流罪となります。これが、――伊豆法難――です。

<社会はいつだって「デタラメ」>
・日蓮は、この世に「安国」を打ち立てることを目指していました。その安国とは、「この世に浄土・仏国土を実現する」ということです。
 しかし、この娑婆世界というのは、じつはいつだってデタラメなのです。
 ところが、例えばわが国では、戦後の高度経済成長期にはそれが見えていませんでした。なぜなら、みんながそれぞれ伸びていましたから。

・この娑婆世界において、「努力」と「成功」の間に因果関係はまったくないのです。どんな時代がこようとも、どんな地域だろうと、絶対にそんな因果関係はありません。
 それが、高度経済成長期はいちおうはみんな伸びたので、「努力したら伸びる」と思ったわけですね。ただ、この錯覚は日本人特有です。わたしたち日本人は、もともと努力する人間だからです。

・ところが、日本人には努力がインプットされていますから、何事にも努力してしまうのです。しかし資本主義社会では、かならずしも努力では成功しないのです。
 努力してがんばっても商品が売れないことはあるし、なんの努力もしないで飛ぶように売れることもある――。だから、この世界はデタラメなのです。

・でも、わたしは「努力するな」とは言っていないのです。「死に物狂いの努力はいけない。努力するなら楽しい努力をしなさい」と言っているのです。
 つまり、「努力さえすれば、かならず幸せになれる」という固定観念に疑問を呈しているのです。

<「法華経を信ずる人は冬のごとし」>
<他人の悩みを解決することなどできない>
・臨済宗のあるお坊さんが、こんなことを言っていました。
 寺に来た人に言うことは三つしかない。ある人が話しかけてきたら「ああ、そうね」。これだけでいい。相手がいいたいことを言ったら「ああ、よかったね」。相手が「困ったことがありました」と言ったら、「ああ、困ったね」と言ってあげるだけでいい。
 仏教者に問題を解決してあげることなどできない。ただいっしょに苦しみ、悩んであげることだけだ、と。

<滝口法難>
・文永八年(1271年)、日蓮が再び『立正安国論』を幕府に提出して諫言したのをきっかけに、幕府は日蓮逮捕へ乗り出します。9月12日、平左衛門尉頼綱が兵を引き連れて日蓮を襲い、逮捕しました。

・幕府の評定所(裁判所)は、「佐渡流罪」の決定を下しました。しかし、実際のところは、現場の役人にその処理は任されていたようです。責任者の頼綱は、日蓮を打ち首にするつもりでした。
 評定所から護送され、鶴岡八幡宮にさしかかりました。すると日蓮は、大音声を発して八幡大明神を叱りつけました。
――わたしが今夜打ち首になって、霊山浄土へ往くようなことがあるならば、わたしは「天照大神や八幡大明神は、お願いごとを聞いてくださらない神です」と、お釈迦さまに申し上げるぞ。それは困るというならば、早急に赦免のおとりはからいをされたい――

・最終的に、刑場の竜口(神奈川県藤沢市片瀬)へ連れて行かれました。
 滝口は処刑場で、のちに幕府へやってきた蒙古からの使者も、ここで打ち首になっています。
 現在、江ノ島電鉄(江ノ電)の腰越駅と江ノ島駅の間に、日蓮宗の大本山竜口寺が建っています。
 頼綱によってまさに斬首されようというとき、そこへ弟子の四条金吾らが駆けつけます。すると、有名な奇跡が起こりました。
 伝説によると、振り上げられた頼綱の刀に、江ノ島のほうから飛来した「光り」が当たって、刀が三つに折れました。「光り」はなおも飛んできて、北条時宗の屋敷まで届きました。
 と同時に虚空から声が響き、それに恐れた時宗が竜口へ早馬を出して、日蓮の処刑を中止させました。
 処刑を免れた日蓮は、評定所の決定通り佐渡へ流されることになります。

<日蓮の転換点>
・一般に、「日蓮の転換点は佐渡流罪期にある」といわれます。
 わたしは、日蓮が佐渡にあって、それまで自分と関ってきた人々との関係をあらためて見つめなおしたことに、その縁があるのではないかと思います。
 例えば、この時期の日蓮に、キリスト教でいう「汝の敵をも愛せよ」といったニュアンスの、ほとけさまの慈悲をあらわすようなことばがあります。
 佐渡に渡った日蓮は、自分を打ち首にしようとした頼綱を「こういう人があってこそ、いまのわたしがある」と評価するようになります。

・こういう人たちがいて、わたしがこのような難に遭って、『法華経』のすばらしさをわからせてくれたのだからありがたい、といった表現から、日蓮の心境の変化がうかがわれます。

<「縁」に気づいた日蓮>
・ここが、日蓮にとっていちばんの転換点ではないかと思うのです。
 日蓮とこれらの人たちとの関係は、すべて「縁」なのです。初めは「あいつは敵だ。『法華経』の精神を踏みにじる悪いヤツだ」と見ているけれども、それを「これは縁だ」と気がついたわけです。これこそまさに、
――諸法実相――です。
 ことばを換えれば、これはまさに曼荼羅ですね。この宇宙そのものである曼荼羅には、人間の骨をバリバリ食べている魑魅魍魎まで描かれています。これも含めて曼荼羅なのです。
 自分が敵だと思っていた者も、ある意味で『法華経』の実践をうながす者、すなわち善智識であり、曼荼羅であるととらえるようになったのでした。

・さきに引用した箇所は、佐渡にいるときに書いた手紙に出てきます。死体置き場近くの小さな小屋(塚原三昧堂)の中で、寒いのでゴザをかぶって書いた手紙といわれています。
一番目に名前が挙がっていた、故郷安房の地頭東条景信が、日蓮にとってはいちばん最初の迫害者です。その景信を、自分にとってはやはり、敵でありながら同時に『法華経』をわからせてくれる、サポートしてくれる存在だったと受け止めるわけです。
 これ以降、とくに身延山に入ってから、「敵も善智識」と受け止めていきながら、日蓮は自己の思想を再構成していったのだと思います。逆にここから日蓮が、
――対機説法――
 をしていくのです。それゆえ、日本の高僧たちのうちで日蓮が一番書簡の数が多いのです。浄土真宗中興の祖・蓮如(1415〜1499年)にも多数の『御文』がありますが、その数は桁ちがいで比較になりません。あれほど書簡の多い祖師はほかにいませんね。

<「地位向上運動」は政治の仕事>
・日蓮は、むしろ政治家的発想で問題に近づいてきました。
そうすると、現実に泣いている人々を何とかして救おうと考えて、実践します。それにはランクの上層の人々にちょっと遠慮させるとか、そういう人々を非難する――金持ちから金を奪って貧しい者に分けたほうがいい、といった平等運動みたいなものにならざるをえません。
 しかし、そういうのは全部、政治の仕事です。日蓮はそういった政治家的発想で宗教に近づいたのだと思うのです。そういう角度から『法華経』を読むと、ABCDEとランクづけされた中で、少しでも順位を上げていけばいいじゃないかという「地位向上運動」みたいなものになるわけですね。
 日蓮は現実の問題を解決しようとしたけれど、それは宗教者のやる仕事、解決方法ではありません。宗教者のやる解決方法とは、彼岸の価値観を説くことです。すなわち、「この世の中の物差しではかるのをやめて、神さま・ほとけさまの物差しではかりなさい」ということだと思うのです。



『近現代の法華運動と在家教団』   シリーズ日蓮4
責任編集  西山茂     2014/7/25

『国家改造と急進日蓮主義――北一輝を焦点に』 津城寛文



<日蓮主義>
・ほとんどの宗教には、平和的な理想とともに、闘争的な種子が含まれている。とくに、理想を実現するための手段として、「聖戦」「正義の戦争」などの語彙を持つ思想は、内外の一定の条件が揃えば、急進的に闘争化する。非暴力の原理を打ち出した宗教ですら、人間集団のつねとして、一部が暴力化することは避けられない。
 本稿では、1930年代(昭和10年前後)の日蓮主義の急進化を、北一輝(1883−1937)に焦点を絞り、さまざまな「法」「仏法」や「国体思想」などの宗教的世界観、「世法」と呼ばれる実定法、「心象」と表現される私秘的ビジョン、考え、思想・行動の根拠・原理となる規範体系)の交錯する情景として描いてみる。

<時代状況>
・「右翼テロ」の出発点とされる1921(大正10)年の安田善次郎刺殺事件の犯人、朝日平吾は、社会に害をなす「吝嗇」な「富豪」を殺害するという暗殺思想を単独で実行し、「右翼テロリズムの偶像」となった。朝日が『改造法案』の影響を受けており、遺書の一つは北一輝宛であったこと、それを受け取った北が読経中に朝日の幻影を見たというエピソードは、随所で語られる。

・「国家改造」「昭和維新」という言葉が流行した時期、国内ではテロやクーデターのうねりが高まっていた。北一輝を迎えた猶存社(1919年結成)は、その震源の一つであり、「国家組織の根本的改造と国民精神の創造的革命」を宣言し、綱領の七点の内には「改造運動の連絡」が謳われており、指針として配布された北の『国家改造法原理大綱』という政府批判の強力な「魔語」、「霊告」などが絡み合い、事件が相継ぐ。このように、一連の事件の出発点から、北一輝の関与が見え隠れしている。
 
・北一輝は、「北の革命思想と宗教というテーマに取り組んだ研究は、まだ見当たらない」と指摘されるように、政治と宗教の関係に「謎」が残る人物である。またその「宗教」は、西山茂氏によって「霊的日蓮主義」と表現されるように、「社会」的側面だけでなく、「他界」的要素に光を当てねば理解できない部分がある。

・「日蓮主義」とは田中智学が造語し、その影響で本多日生も用いた言葉で、「法国冥合(政教一致)」による理想世界の実現を最終目標とする、社会的、政治的な志向性の強い宗教運動を指し、1910年以降の社会に大きな影響力を及ぼした。統一閣を訪れた中には、のちの新興仏教青年同盟の妹尾義郎、いわゆる「一人一殺」を標語とする「血盟団」の首謀者の井上日召(1886−1967)、いわゆる「死のう団」の指導者(盟主)の江川桜堂(1905−38)などがいた。狭い意味での日蓮主義は、この智学と日生、およびその周辺を指すが、従来の研究では近現代の日蓮信奉者や日蓮仏教を広く取りまとめる用語としても拡大使用される。そのような(不正確かもしれない)傾向との連続性のため、本稿では敢えて広義の日蓮主義を採用する。急進日蓮主義とは、この広義の日蓮系の思想運動が急進化、かつ事件化したものを指しているようであり、血盟団事件、死なう団事件、2・26事件が目立っている。

<血盟団事件と死なう団事件>
・井上日召が日蓮宗に惹かれたのは30代半ばからで、国柱会その他の法華宗や日蓮主義の講演を聴き回り、日蓮関係の書籍を読むことで、「自分の肉体を武器として、日本改造運動の一兵卒」になることを志すようになった。やがて日蓮主義や日蓮各派から離れ、改造運動指導者を別に求め、40代を超えて「国家改造の第一線に立とうと決心」し、茨城県の立正護国堂で実行者たちを育成することになった。

・戦後に発表された「血盟団秘話」では、当時は語られなかった経緯も出てきて、暗殺という直接行動については、「悪いに決まっている。テロは何人も欲しないところだ。私は政治がよく行われて、誰もテロなどを思う人がない世の中を、実現したいものだと念じている」と述べている。
 
・江川家の墓所を預かる三有量順氏は、江川桜堂の関係者から託された一次資料をもとに、「日蓮会」および「日蓮会殉教青年党(いわゆる「死なう団)」の当事者側の情景を描き出している。夭逝した桜堂を、三友氏は「哀悼の会」をもって「市井の熱烈な日蓮主義者」と呼び、「純粋な法華・日蓮信仰は周囲の人々に感化を及ぼした」こと、「自ら書画をよくした」ことなどを資料で跡付けている。そこに像を結ぶのを抱いて強化活動に邁進しようとする、若き宗教的指導者」としての桜堂である。

・それによると、血盟団事件や5・15事件で東京の警視庁がめざましい活躍をしていたので、神奈川県警も手柄を立てようと焦り気味であったところに、恰好の事件が起こった。日蓮会は「政治的、思想的、反社会的団体ではない」ことを井上が説明したが、県警は「死なう団は右翼テロ団」という報告書を出して、事件はまったく違ったものになったという。この間の県警による捏造や隠蔽などの不祥事も、淡々と語られている。

<2・26事件>
・2・26事件は、先行する血盟団事件や5・15事件と同様、「その後の用意・計画がない」とされる一方、綿密な計画を持つクーデターともされ、別のあり得たシナリオもさまざまに描かれている。夥しい研究によっても全容が解明されているとは言い難く、とくに北一輝の思惑や関与については、定説がない。そのようなわかりにくさの集約した場面が、2・26事件後の北の「無為無策」という「謎」である。
 
・考えられる別のシナリオについて、首謀者の一部にそのようなプランや思惑がじっさいにあったという指摘が散見する。筒井清忠氏によれば、血盟団事件や5・15事件は、「暗殺を行なうことそれ自体が目的」の「捨石主義」的なテロであったが、2・26事件は「政権奪取計画」を持ったクーデターだった。
 この事件の「成功」の可能性を検討」するために、筒井は青年将校を、「斬奸」のみを目的とする「天皇主義」グループと、「政治的変革」を目指した「改造主義」グループに二分する。磯部浅一らを中心人物とする後者は、『改造法案』を「具体的プログラムとして」、「宮城占拠」や工作により、「皇権」「政治大権」を奪取奉還することを目指していた。

・政府や軍部内にさまざまな動きがある中で、天皇の意向を受けた木戸が合法的な手続きを踏んで「鎮圧」を決定した、というわけだが、別の「法」に基づく合法性があり得たとすると、これは「合法性」の戦い、さらには「法」そのものの戦いと言える。この「磯部と木戸の戦い」というところを、背後まで突き詰めて「北と天皇の戦い」と言い換えても、同じことが言えそうである。

<北一輝の社会思想>
・「非合法、合法すれすれ」の煽動家とされる北は、若き日の社会思想では、その理想とするところも、論説による啓蒙や投票といった手段についても、合法的なもので一貫していた。
 初期の論考「咄、非開戦を云ふ者」や「社会主義の啓蒙運動」そして集大成『国体論及び純正社会主義』においては、「国家の力によりて経済的平等を実現」「鉄血によらず筆舌を以て」「立法による革命」「純然たる啓蒙運動」「普通選挙権の要求」「「投票」によりて」など、「方法は急進的にあらず、手段は平和なり」と主張される。その「理想を実現」するため、対外的には「帝国主義の包囲攻撃の中」において「国家の正義を主張する帝国主義」の必要が説かれる。戦争の擁護というリアル・ポリティックスも、好き嫌いはともかく、現代においてすら、非合法な主張ではない。

・『改造法案』には、巻一で「憲法停止」「戒厳令」、巻二で「在郷軍人会議」(検閲を憚ったもので、実は「軍人会議」とされる)の革命思想が出ている。「啓蒙」と「投票」という平和的手段による「革命思想」から、革命は合法的にはできないというリアリズムに変わった転換点は、『支那革命外史』の前半部と後半部のあいだに求められている。北自身、このころから「信仰」に専心したと供述し、また暗殺された友人・宋教仁の亡霊が現われた、というエピソードもしばしば語られている。

<「霊告」という私秘的ビジョン>
・北一輝の影響は、「統帥権干犯」といった政治的「魔語」の操作だけでなく、「霊告」という呪文となって、財界や軍部に浸透していた。法華経読誦を手段とする「霊告」については、以前から断片的なエピソードとして言及されてきたが、松本健一氏が、『北一輝 霊告日記』として編集刊行して以来、全貌が知られるようになった。1929年から1936年まで記録されている「霊告」について、松本氏の最も短い説明は、北が法華経を読誦していると、その横に座っていた妻すず子が何か口走り、それを北が解釈、筆記したもの、となる。シャーマン研究の用語を使った説明では、「シャーマンの言葉」を「プリースト」が聞き取り、読みとったものとされる。「プリースト」という言葉の使い方はやや不適切であるが、これは「霊告」がシャーマニズム研究の対象となるべきことを指摘したという意味で、重要な説明である。その機能については、「北の漠然とした思いや心理に、表現を与える」「神仏の名を借りて誰かに自分の思いや考えを述べる」もの、とされている。松本氏が強調しているのは、「霊告」と前後の事件を読み合わせると、それが「幻想」の記述ではなく、「時々の事件をふまえての記述」になっていることである。たとえば、「軍令部の動きと政友会、そして政治の裏面における北一輝の暗躍とは、明らかに連動する」として、ロンドン海軍軍縮条約が調印された際の、「朕と共に神仏に祈願乞ふ」という明治天皇名の霊告は、「明治天皇の名を借りて……国家意志を体現しようとしたもの」とされる。5・15事件に際しての山岡鉄舟名その他の霊告が、どれも「まだ時期が早い」といって止めるのは、明治維新の「事例」を引いて「忠告」するもの、と解釈している。
 
・「霊告」という「宣託」の出所について、北一輝研究では「想像力」「無意識」といった心理学用語で済まされる一方、「心霊学」といった分野が示唆されることもある。北一輝研究の一里塚とされる田中惣五郎氏は、「お告げ」や「亡霊」について、「心霊学の域にぞくする」として、そのような説明を求めている。
 大正半ば以降の北が法華経読誦に没頭したこと、「亡霊」と語り始めたこと、とくに「霊告」を綴ったことについて、これまで多くの論者によって二つの契機が指摘されている。一つは、暗殺された友人、宋教仁の幻影を見たことである。もう一つは、法華経読誦による神がかりを永福虎造という行者に習ったことである。どちらも、弟・叉箸竜録が重要な典拠になっている。

・こういう問題を考えるときに、最も巧みな用語を工夫しているのは、やはりC・G・ユング(1875―1961)である。ユング的な解釈では、無意識は集合的無意識にまで拡大し、「漠然とした思いや心理」の範囲は限定が難しくなる。藤巻一保氏は霊告について、北の自我が後退し、「神仏」=「深奥の闇に形成された意識化の影の自我」が前面に出てきた者、と説明する。「影」とはユング心理学の用語である。『霊告日記』を、「その特異な性格から、アカデミズムが言及を避けてきた著作」「霊界通信録」と位置付けた藤巻氏の著作は、たしかに「まとまった分析は、筆者の知るかぎり、本書が最初のもの」とは言える。

・藤巻氏は北叉箸竜述などから、北の特徴を八つにまとめている。そのうち、「神秘的性質」「霊感」「神憑り的」「幻視者」の四つは「作家や詩人、画家」などとも共通し、五つ目の「法華経の「狂信者」」も少なくないが、六つめから八つめの「霊界通信ができる」「ウィルソンを呪殺したと確信する呪術者である」「予言者である」の三つについては、これらは「シャーマニズム研究に共通する難問であり、藤巻の説明もその前で足踏みしている。そこから一歩でも踏み出せば、ウィリアム・ジェイムズらの心霊研究が待っていることに気付くだろう。

<「法」のせめぎあい>
・西山茂氏の言う「霊的日蓮主義」には、日蓮的な仏法(宗教的世界観)、世法(実定法)に加え、さらに私秘的なビジョンという、三つめの「法」が関わる。この私秘的ビジョンを「心象」と呼ぼう。宮沢賢治が「自分の目に映る情景」を他人に伝えるときに用いた言葉を、用語として採用するものである。
 
・この三つの法は、宗教とまとめられる世界に、さまざまな組み合わせで交錯している。北一輝の場合、霊告(心象の範囲)は、法華経読誦(仏法の範囲)を手段として、国家改造(世法の範囲)に関与している。国体論の中にも、記紀神話(宗教法の範囲)、と統治(世法の範囲)と、各人のビジョン(心象)が交錯している。
 
・北夫妻のシャーマニズム技法について、藤巻氏の指摘で、最も重要なのは、永福から伝えられた「神懸かり」は「安直な方法」「興味本位の見世物」「民間巫覡や「霊術家」の降神法」「催眠術で身につけた精神統一」および自己暗示」であり、「複雑な手続きと厳格な次第」を持つ「日蓮宗の寄祈禱」とは異なる、という点である。


<●●インターネット情報から●●>
ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)
北一輝(きた いっき、本名:北 輝次郎(きた てるじろう)、1883年(明治16年)4月3日 - 1937年(昭和12年)8月19日)は、戦前の日本の思想家、社会運動家、国家社会主義者。二・二六事件の「理論的指導者」として逮捕され、軍法会議の秘密裁判で死刑判決を受けて刑死した。

1920年(大正9年)12月31日、北は、中国から帰国したが、このころから第一次世界大戦の戦後恐慌による経済悪化など社会が不安定化し、そうした中で1923年(大正12年)に『日本改造法案大綱』を刊行し「国家改造」を主張した。

その後、1936年に二・二六事件が発生すると、政府は事件を起こした青年将校が『日本改造法案大綱』そして「国家改造」に感化されて決起したという認識から、事件に直接関与しなかった北を逮捕した。当時の軍部や政府は、北を「事件の理論的指導者の一人」であるとして、民間人にもかかわらず特設軍法会議にかけ、非公開・弁護人なし・一審制の上告不可のもと、事件の翌1937年(昭和12年)8月14日に、叛乱罪の首魁(しゅかい)として死刑判決を出した(二・二六事件 背後関係処断)。

死刑判決の5日後、事件の首謀者の一人とされた陸軍少尉の西田税らとともに、東京陸軍刑務所で、北は銃殺刑に処された。この事件に指揮・先導といった関与をしていない”北の死刑判決”は、極めて重い処分となった。

これ以降、梅津美治郎や石原莞爾など陸軍首脳部は、内閣組閣にも影響力を持つなど、軍の発言力を強めていった。
なお、北は、辛亥革命の直接体験をもとに、1915年(大正4年)から1916年にかけて「支那革命外史」を執筆・送稿し、日本の対中外交の転換を促したことでも知られる。大隈重信総理大臣や政府要人たちへの入説の書として書き上げた。また、日蓮宗の熱狂的信者としても有名である。



『シリーズ日蓮4   近現代の法華運動と在家教団』
西山茂 責任編集    春秋社   2014/7/20


『石原莞爾と「世界最終戦争」・「東亜連盟運動」  仁科悟朗』


<最終戦争論>
・最終戦論が世に出たのは、1925年、ドイツから帰国の途中のハルピンでの国柱会の講演会であった。その後、1940年9月発表の『世界最終戦論』で、広く知られるようになる。
 過去の歴史をいろんな分野で探って見ても、今や人類の前史は終わろうとしている。そして絶対平和の第一歩になる、人類の最後の大戦争が目前に迫る、と将来を予想する壮大な理論であった。

 それは「.真に徹底する決戦戦争なり。.吾人は体以上のものを理解する能わず。.全国民は直接戦争に参加し、且つ戦闘員は個人を単位とす。即ち各人の能力を最大限に発揚し、しかも全国民の全力を用う」とされる。そしてこの戦争が起こる時期は、「.東亜諸民族の団結、即ち東亜連盟の結成。.米国が完全に西洋の中心たる位置を占むること。.決戦用兵器が飛躍的に発達し、特に飛行機は無着陸にて容易に世界を一周し得ること」で、間もなくやってくる、と考える。過去の戦争から何を学び、何を為すべきかの実践的な対処、決断を要請する理論でもあったのだ。

・「私の世界最終戦争に対する考えはかくて、1.日蓮聖人によって示された世界統一のための大戦争。2.戦争性質の二傾向が交互作用をなすこと。3.戦闘隊形は点から線に、さらに面に進んだ。次に体となること。の三つが重要な因子となって進み、ベルリン留学中には全く確信を得たのであった」

・石原の信仰への動機は、兵に、「国体に関する信念感激をたたき込むか」にあった、という。そこでその答えを神道に、または本多日生に求めたりして、模索を続け、遂に1919年に入信を決意する。日蓮の『撰時抄』中の「前代未聞に大闘諍一閻浮提に起こるべし」は、軍事研究に「不動の目標」を与えた、という。

・国柱会の創始者の田中智学(1861−1939)は在家で、日蓮信仰の改革、高揚を目指すと共に、「八紘一宇」の旗の下、日本国体を強調して明治・大正・昭和時代に、仏教関係者に限らず、多方面に大きな影響を持ち、一つの枠に入りきれぬ人物であった。高山樗牛、宮沢賢治の師としても知られている。

・1938年、石原は舞鶴要塞司令官時代に、信仰上の危機に襲われる。その衝撃は日記にも残っていた。「仏滅年代に関する大疑問!人類の大事なり」、「本年は仏滅2426?70年以内に世界統一???」。
 石原は大集経による正法の時代、仏滅後1000年、次いで像法の時代、1000年、これら二つの時代の後に末法の500年が来る、という信仰を持っていた。石原は信じる。日蓮は自分こそ、この最後の500年、つまり末法の最初の500年に釈尊から派遣された使者、本化上行なのだ、と自覚する。そして日本を中心に世界に未曾有の大戦争が必ず起こるが、そこに本化上行が再び出現し、本門の戒壇を日本に建て、日本の国体を中心とした世界統一を実現する、と予言したのだ、と。同時に石原は確信する。だがしかし時はまだ来ていない。その末法500年まで、つまり仏滅後2500年までに実現する、いやさせなければならない。それをこの日までの石原は疑っていなかった。

・それが仏滅の年代が後年にずれた結果、日蓮誕生が今まで自分が信じて疑わなかった末法の時代ではなく、像法の時代であることになる。それで信仰が根底から揺らぐ衝撃をうけたのだ。
 苦悩の末、日蓮の『観心本尊抄』の一節、「当に知るべし。この四菩薩、折伏を現ずる時は賢王と成りて愚王を誡責し、摂受を行ずる時は、僧と成りて、正法を弘持す」を支えにすることで、この危機を脱したのである。
 石原の言葉を引用しよう。「本化上行が二度出現せらるべき中の僧としての出現が、教法上のことであり観念のことであり、賢王としての出現は現実の問題であり、仏は末法の五百年を神通力を以て二種に使い分けられたとの見解に到達した」のであった。

・「五五百歳二重の信仰」である。この考えは以来、国柱会を始め、先学の批判にあっても、生涯変えようとはしなかった。石原の堅い信仰になる。西山茂氏が指摘する通り、アドベンティストの予言である。明確な年代表示に拠る信仰は、厳しい現実に直面することになる。日記にあった、仏滅年代が西暦前の486年とする。『衆聖點記』に従えば、没後2500年は間もなく到来する。中村元説に拠れば、釈尊入寂は、西暦前383年なので、現時点では必ずしも破綻したとは言えないのだが。



『最終戦争論  戦争史大観』
石原莞爾    中央公論社  1993/7/10



<最終戦争論>
・昭和15年5月29日京都義方会に於ける講演速記。

<戦争史の大観>
<決戦戦争と持久戦争>
・戦争は武力をも直接使用して国家の国策を遂行する行為であります。今アメリカは、ほとんど全艦隊をハワイに集中して日本を脅迫しております。どうも日本は米が足りない、物が足りないと言って弱っているらしい、もうひとおどし、おどせば日支問題も日本側で折れるかも知れぬ、一つ脅迫してやれというのでハワイに大艦隊を集中しているのであります。つまりアメリカは、かれらの対日政策を遂行するために、海軍力を盛んに使っているのでありますが、間接の使用でありますから、まだ戦争ではありません。

・戦争本来の真面目は決戦戦争であるべきですが、持久戦争となる事情については、単一でありません。これがために同じ時代でも、ある場合には決戦戦争が行なわれ、ある場合には持久戦争が行なわれることがあります。しかし両戦争に分かれる最大原因は時代的影響でありまして、軍事上から見た世界歴史は、決戦戦争の時代と持久戦争の時代を交互に現出して参りました。

・戦争のこととなりますと、あの喧嘩好きの西洋の方が本場らしいのでございます。殊に西洋では似た力を持つ強国が多数、隣接しており、且つ戦場の広さも手頃でありますから、決戦・持久両戦争の時代的変遷がよく現われております。日本の戦いは「遠からん者は音にも聞け……」とか何とか言って始める。戦争やスポーツやら分からぬ。

<最終戦争>
・単位は個人で量は全国民ということは、国民の持っている戦争力を全部最大限に使うことです。そうして、その戦争のやり方は体の戦法即ち空中戦を中心にしたものでありましょう。われわれは体以上のもの、即ち4次元の世界は分からないのです。そういうものがあるならば、それは恐らく霊界とか、幽霊などの世界でしょう。われわれ普通の人間には分からないことです。要するに、この次の決戦戦争は戦争発達の極限に達するのであります。

・戦争発達の極限に達するこの次の決戦戦争で戦争が無くなるのです。人間の闘争心は無くなりません。闘争心が無くならなくて戦争が無くなるとは、どういうことか。国家の対立が無くなる――即ち世界がこの次の決戦戦争で一つになるのであります。
 これまでの私の説明は突飛だと思う方があるかも知れませんが、私は理論的に正しいものであることを確信いたします。戦争発達の極限が戦争を不可能にする。

・この次の、すごい決戦戦争で、人類はもうとても戦争をやることはできないということになる。そこで初めて世界の人類が長くあこがれていた本当の平和に到着するのであります。
 要するに世界の一地方を根拠とする武力が、全世界の至るところに対し迅速にその威力を発揮し、抵抗するものを屈伏し得るようになれば、世界は自然に統一することとなります。

・一番遠い太平洋を挟んで空軍による決戦の行われる時が、人類最期の一大決勝戦の時であります。即ち無着陸で世界をぐるぐる廻れるような飛行機ができる時代であります。それから破壊の兵器も今度の欧州大戦で使っているようなものでは、まだ問題になりません。もっと徹底的な、一発あたると何万人もがペチャンコにやられるところの、私どもには想像もされないような大威力のものができねばなりません。

・飛行機は無着陸で世界をグルグル廻る。しかも破壊兵器は最も新鋭なもの、例えば今日戦争になって次の朝、夜が明けて見ると敵国の首府や主要都市は徹底的に破壊されている。その代わり大阪も、東京も、北京も、上海も、廃墟になっておりましょう。すべてが吹き飛んでしまう…。それぐらいの破壊力のものであろうと思います。そうなると戦争は短期間に終わる。それ精神総動員だ、総力戦だなどと騒いでいる間は最終戦争は来ない。そんななまぬるいのは持久戦争時代のことで、決戦戦争では問題にならない。この次の決戦戦争では降るとみて笠取るひまもなくやっつけてしまうのです。このような決戦兵器を創造して、この惨状にどこまでも堪え得る者が最後の優者であります。

・もう一つは建設方面であります。破壊も単純な破壊ではありません。最後の大決勝戦で世界の人口は半分になるかも知れないが、世界は政治的に一つになる。

・そこで真の世界の統一、即ち八紘一宇が初めて実現するであろうと考える次第であります。もう病気はなくなります。今の医術はまだ極めて能力が低いのですが、本当の科学の進歩は病気をなくして不老不死の夢を実現するでしょう。

・それで東亜連盟協会の「昭和維新論」には、昭和維新の目標として、約30年内外に決勝戦が起きる予想の下に、20年を目標にして東亜連盟の生産能力を西洋文明を代表するものに匹敵するものにしなければならないと言って、これを経済建設の目標にしているのであります。その見地から、ある権威者が米州の20年後の生産能力の検討をして見たところによりますと、それは驚くべき数量に達するのであります。詳しい数は記憶しておりませんが、大体の見当は鋼や油は年額数億トン、石炭に至っては数十憶トンを必要とすることとなり、とても今のような地下資源を使ってやるところの文明の方式では、20年後には完全に行き詰まります。この見地からも産業革命は間もなく不可避であり、「人類の前史将に終わらんとす」るという観察は極めて合理的であると思われるのであります。

<仏教の予言>
・仏教、特に日蓮聖人の宗教が、予言の点から見て最も雄大で精密を極めたものであろうと考えます。

・しかしお釈迦様は未来永劫この世界を支配するのではありません。次の後継者をちゃんと予定している。弥勒菩薩という御方が出て来るのだそうです。そうして仏様の時代を正法・像法・末法の三つに分けます。正法と申しますのは仏の教えが最も純粋に行われる時代で、像法は大体それに似通った時代です。末法というのは読んで字の通りであります。それで、お釈迦様の年代は、いろいろ異論もあるそうでございますが、多く信ぜられているのは正法千年、像法千年、末法万年、合計1万2千年であります。
 ところが大集経というお経には更にその最初の2500年の詳細な予言があるのです。

・そして日蓮聖人は将来に対する重大な予言をしております。日本を中心として世界に未曾有の大戦争が必ず起る。そのときに本化上行が再び世の中に出て来られ、本門の戒壇を日本国に建て、日本の国体を中心とする世界統一が実現するのだ。こういう予言をして亡くなられたのであります。

<結び>
・今までお話しして来たことを総合的に考えますと、軍事的に見ましても、政治史の大勢から見ましても、また科学、産業の進歩から見ましても、信仰の上から見ましても、人類の前史は将に終わろうとしていることは確実であり、その年代は数十年後に切迫していると見なければならないと思うのであります。今は人類の歴史で空前絶後の重大な時期であります。

《解説  五百旗頭 真》
<原体験としての日露戦争>
・多感な十代半ばの時期に、軍人の卵たる仙台幼年学校の生徒として目撃し体験した日露戦争こそは、石原の生涯のメインテーマを決定した。

・石原にとって日露戦争は、国家の存立と偉大さのために身命を捨て一丸となって戦うナショナリズム原体験だったのである。
だが、それは何という悲惨さだったことであろうか。
「銃後の生活は日一日と苦しさの度を加え、至る所に働き手の不足と物資の欠乏とがめだってきていた。仙幼校においても、もはや炊事夫や小使までが次々と招集されてゆき、……兵舎内はもう老兵ばかりだ。……そして教練には銃はもちろん木銃さえが少ない。軍服も靴も少なく、全く人も物も一切が瀬戸際に立っていた」。

この追いつめられた第2師団の銃後体験のなかで、石原は「負けるのではないか」と思わずにはおれなかった。軍人石原も、軍事理論家石原も、国防政策家石原も、実はこの危機認識から出発するのである。本書収録の石原軍事学の自伝ともいえる「戦争史大観の序説(由来記)」の冒頭の一文がかくて生まれる。
「私が、やや軍事学の理解がつき始めてから、殊に陸大入校後、最も頭を悩ました一問題は、日露戦争に対する疑惑であった。日露戦争は、たしかに日本の大勝利であった。しかし、いかに考究しても、その勝利が僥倖の上に立っていたように感ぜられる。もしロシアが、もう少しがんばって抗戦を持続したなら、日本の勝利は危なかったのではなかろうか」。

<戦争進化・終末論>
・石原の「最終戦争論」は、マルクスの共産革命史観やヒットラーの人種淘汰史観などとともに、現代史が生んだ世俗的終末論である。
 キリスト教の母胎となったユダヤ教は、典型的に終末論の構造を示す。原初の楽園における人類の幸福な生活が原罪によって失われ、苦難の歴史を歩むが、やがてメシアが現れて救いを示す。「改心せよ、神の国は近づいた」との終末論的呼びかけがなされるのである。この宗教上の終末論の構造が、マルクス主義においては現実の歴史に適用され、原始共産主義→階級闘争と収奪→共産革命による国家権力の死滅、という世俗的終末論が説かれるのである。弁証法的ダイナミズムを内蔵したユダヤ教の進歩・終末史観が、マルクス主義、ヒットラー主義をはじめ様々な人類史の局面についての歴史観として姿を現わし、それぞれに現実世界の救いを語りそのための改心と決断を迫る。

・石原莞爾の「最終戦争論」は、まさに軍事を言語とした世俗的終末論の一つといえよう。彼がドイツ留学中にこの史観を形成したことを想起すれば、ユダヤ教を原型とする西洋終末史観の影響が推測されるかもしれない。事実はそうではない。石原の場合、歴史観の基本構造が、ユダヤ=キリスト教=西洋思想からではなく、日蓮=仏教思想から与えられた点で注目される。正法→像法→末法→妙法という転落と逆転再生の歴史観が、通常は輪廻史観において理解されがちな仏教にも存するのであり、石原はその信奉者である。日蓮『撰時鈔』の「『前代未聞の大闘諍一閻浮提に起るべし』は私の軍事研究に不動の目標を与えたのである」と本人が語る通りである。

・僅かに英仏海峡を挟んでの決戦戦争すらほとんど不可能の有様で、太平洋を挟んでの決戦戦争はまるで夢のようであるが、既に驚くべき科学の発明が芽を出しつつあるではないか。原子核破壊による驚異すべきエネルギーの発生が、巧みに人間により活用せらるるようになったらどうであろうか。これにより航空機は長時間素晴らしい速度をもって飛ぶことが出来、世界は全く狭くなる事が出来るであろう。またそのエネルギーを用うる破壊力は瞬間に戦争の決を与える力ともなるであろう。

・飛行機は無着陸で世界をグルグル廻る。しかも破壊兵器は最も新鋭なもの、例えば今日戦争になって次の朝、夜が明けて見ると敵国の首府や主要都市は徹底的に破壊されている。その代わり大阪も、東京も、北京も、上海も、廃墟になっておりましょう。すべてが吹き飛んでしまう……。それぐらいの破壊力のものであろうと思います。そうなると戦争は短期間に終る。

・さて、「世界最終戦争」の起る時期について石原は様々に述べている。関東大震災の報をドイツで聞いた時には、終末的情景の現実化を想像し、妻への私信では「2、30年」でその時が来るかもしれないと書いている。それだと第2次世界大戦末期から10年ほどの時期ということになる。核兵器開発の時期はまさにその通りであった。

・他方、本書が書かれた1940〜42年の時期には、以後30年ないし数十年としており、それで見れば1970年頃から冷戦の終結する90年頃ということになる。一応の基準として、第1次世界大戦開始後50年と戦争史の進化動向から算定しているのに従えば、1964年、キューバ危機の頃となる。石原の示した条件のうち、互いの首都が一瞬のうちに灰になる破壊兵器の登場と、飛行機が地球を無着陸でグルグル回る時期ということになれば、およそ妥当するであろう。
 つまり、石原の軍事手段の発展の展望は意外に正確なのである。そして、そのような兵器の登場が全面戦争を不可能にするという基本状況の認識についても誤ってはいないのである。それなりの分析と研究をもって、このような洞察をなしえた石原は、やはり天才的と言うべきであろう。

・誰も石原以外にこのような展望を示しえなかったのであるから、石原が誤っていた、もしくは不十分であった側面を、歴史の後知恵をもって批判するのは詮なき所業と言うべきであろう。しかし、問題点と評価を過不足なく示すことは、同時代および後代の識者の尊い務めであるから、やはりふれねばなるまい。

・石原の想定が見落としている点は、「全面戦争の不可能」という状況と「世界の統一」・「絶対平和」の到来との間に、巨大なグレイゾーンの存在することである。石原が正しく指摘した「戦争の不可能」状況は、世界統一を20年ほどでもたらすのではなく、冷たい平和(冷戦)、限定戦争あるいは地域紛争を持続させ、戦国時代の日本が統一され刀狩りが行なわれたように行かない。共通の歴史的・文化的基盤を持たない世界の諸民族は、全面戦争が不可能になったからといって、一つになりはしないのである。ヨーロッパ文明の共有があってすら、EC市場統合がやっとのことで、共通単一通貨も政治統合もまだ先のことである。

<アジア主義・国体論>
・最終戦争が日米間で行われるとした点には、微妙なねじれが感じられる。第1次世界大戦後のヨーロッパでは、次の戦争が日米間で行われるという議論が流行しており、石原もそのことを記している。石原にもともとあった反米論が、ヨーロッパの侮米論もしくは日米離間論と共鳴した面があるかもしれない。

・石原は対米戦略計画の不成立を認めず、日本国体論者の使命感を優先させる。昭和3年に志願して関東軍参謀となり、対米最終戦争の準備戦として満州事変を開始するのである。
 それでいて、本書の随所に見るように、昭和16(1941)年時点での日米開戦に石原は明瞭かつ合理的理由をもって反対するのである。核兵器はもとより、地球を無着陸でめぐる航空機も持たず、生産力拡充計画も東亜連盟も愚かな対中戦争によって頓挫した状況での対米戦争は、石原の説いてきた最終戦争とは無関係であり、敗北確実な早漏的戦争でしかないのである。
 それゆえ、あの日米戦争の推進者ではなく反対者であった石原に責を問うことはできないと考えられよう。

・すべての世俗的終末論が例外なく事実によって裏切られるように、「最終戦争論」についても、その予言の通りにその後の歴史が運んだわけではなかった。しかし、戦争術の極度の発展が戦争を不可能にするという根本認識は、きわめて正確な洞察であり、近代史におけるもっとも独創的にして刺激的な史論の一つであることは疑えないのである。

・石原莞爾は明治22年(1889)山形県に生まれる。陸軍中将。関東軍参謀時代には満州事変を主導、昭和陸軍の異端児として頭角を現す。参謀本部作戦部長時代には日中戦争不拡大を主張。舞鶴要塞司令官を経て京都第16師団長を最後に東条陸相との衝突により昭和16年予備役となる。日蓮信仰にもとづく独特な国防・歴史観と人格的魅力があいまち賛仰者が多い。



『超常科学謎学事典』
―最新科学と秘教科学が謎と不思議を完全解明―
編者 秘教科学研究会   小学館  1993/1/10



<ディクソン(ジーン・)>
・1918年生まれのアメリカの水晶占い師。現代最高の予言者といわれている。
 彼女は8歳のときに、街で出会ったジプシー老婆から水晶球とその占い法を伝授されたといわれている。第2次世界大戦中にはアメリカ政界に出入りしてさまざまな予言を行なった。その当時、ルーズベルト大統領に初めて会ったとき、半年後の大統領の死を告げたことで有名となる。しかし、彼女をほんとうに有名にしたのは、1952年に予言したケネディ大統領の暗殺だろう。「1960年の大統領選挙で選ばれるのは民主党の若いリーダーであり、この大統領は在職中に暗殺されるだろう。その犯人の名はOSで始まりDで終わる」。

・この予言どおり、1960年に選ばれたケネディは43歳という若い民主党のリーダーだった。そして1963年に暗殺されたのだが、その犯人とされているのは、OSで始まりDで終わるオズワルドという男だった。
 彼女の予言で的中した主なものは、ハマーショルド国連事務総長の事故死、ロバート・ケネディの暗殺、キング牧師の暗殺、アポロ4号の事故、ソ連軍のアフガン侵攻など。ニクソン大統領に対してウォーターゲート事件を予告したこともあった。

・今後の未来について、彼女は次のような予言を行なっている。1995年に中東で大事件勃発。米英仏や日本等、10か国が連合軍を結成。
 1999年に連合軍が中東に侵攻。それに対してソ連が核戦争を仕掛け、全人類の生存が危ぶまれる大戦争が開始される。
 2005年には、両陣営が力を失ったとき、中国が世界制覇に乗り出す。これに対して連合国も応戦し、2020年にはハルマゲドンで最後の戦闘が行われる。
 2020年から2037年の間に、ユダヤ人は真のキリストの再臨を迎える。その後世界は真に光り輝く時代に向かう。

・彼女の予言は、米ソ対立、米中対立という古い構図から作られており、何より全体像はユダヤ=キリスト教系予言の枠組みから一歩も出ていない。したがってこうした予言にはほとんど意味がないと考えてよいだろう。いっぽう、個人的な出来事については、的中例が多い。これはいわゆる霊能者的予言の特徴と合致する。水晶球を使用した波動による予言の域を一歩も出ていない占い師が、ユダヤ=キリスト教予言体系を学んだが、あるいはその波動とアストラルのレベルで感応した結果、こうした予言が生まれたものと思われる。



『図解雑学 日蓮』
藤井寛清     ナツメ社  2005/6



<伊勢神宮の御厨>
<日蓮又、彼国に生まれたり、第一の果報なり>
・日蓮が生まれた故郷、房州安房の国は、伊勢神宮の御厨と言われ、尊ばれていた。

<伊勢神宮御厨とは>
・日蓮の出生地安房の国は、思想的に特別な意味があった。それは、その地が伊勢神宮の御厨(みくりや)であったからである。御厨とは、神の供物を収める建物や、神宮や神社に付属する土地をいう。寿永3年(1184)源頼朝が、この安房東条の地を伊勢神宮外宮に寄進し、東条御厨(神の住み給う地域)とした。

<まさに首切られんと 龍ノ口首の座>
・日蓮は刑場龍ノ口の首の座にあった。命は風前の灯であった。しかし、奇跡は起こった。

<四条金吾、殉死を誓う>
・龍ノ口への道中、日蓮は連行する役人に、「このことを知らせたい人物がいる」と言い、四条金吾頼基のもとへ使いを走らせた。四条金吾は日蓮斬首の知らせに大変驚き、「法華経に殉じ、師に殉ずる覚悟」と死装束で駆けつけた。

・四条金吾ら兄弟4人は、日蓮を乗せた馬の手綱を引いて龍ノ口まで同行した。

<日蓮首の座に>
・文永8年(1271)9月13日丑の刻(午前2時頃)、片瀬龍ノ口、日蓮は首の座にあった。太刀取りの依智三郎直重は名刀蛇胴丸の鞘を払う。「南無妙法蓮華経」と唱える日蓮。「いよいよ最後です」と言って泣き伏せる四条金吾。
 まさに日蓮の首をはねようとしたその時、不思議が起こった。『種々御振舞御書』には次のように書かれている。
 「江の島の方角から月のように輝く鞠のようなものが、辰巳の方(東南)から戌亥の方(北西)へ渡った。夜はまだ明けておらず、人の顔も見えないほどだったが、その光で月夜のように、人の顔がはっきり見えた。太刀取りは目がくらんで倒れ伏し、兵士は恐れ、1町(約109m)程も逃げ去った者や、馬から下りて怯える者、馬の上でうずくまる者もいた」。斬首は中止となった。

・日蓮は「夜が明ければ見苦しいから、早く首を切れ」と言い放つが、役人たちは恐れおののき、日蓮に近寄ることができず、とうとう日蓮の首を切ることはできなかった。

<数々の奇瑞 星下り>
・日蓮の斬首は中止となり、日蓮の身柄は依智本間邸へ一時あずかりとなった。そこでも星が下るという奇瑞が現われた。

<星下りの奇瑞>
・9月13日夜、日蓮は庭に出て自我偈を読誦し、月に向かい、「月天子は法華経宝塔品や嘱累品で、末法の法華経の行者を守護するとお釈迦様に誓ったではないか!それを忘れてしまわれたのか!その験を表さないのに、そのようにうれし顔に澄み渡っているのは何事だろう」(『種々御振舞御書』)と月天子を責めた。
 しばらくすると奇跡が起こった。天から明星のような大きな星が降り、庭の梅の木にかかり、美しい光を放ったので、皆が驚いたという。これを「星下りの奇瑞」といい、その伝承を伝える寺院が厚木市に3ヶ寺ある。妙純寺、蓮生寺、妙伝寺がそれである。

<龍口法難時に出現した光り物は?>
・日蓮の首の座の法難を救った、江の島方面より飛来した「光り物」は、一体何であろうか!古来、そのような奇跡はないという説もあったが、『種々御振舞御書』などの記録から、その事実はあったとする見方が今では大勢をしめている。彗星、流星、火球、電光、球電、オーロラ、UFOなどの自然発光現象は誰が見ても一瞬驚く。それらを克明に探った研究がある。それを紹介し、日蓮の龍口法難事件の真相の資料としたい。

○エンケ彗星が、その軌道上にまき散らした一片が大流星になって落ちた。太陽暦10日頃にその流星群は、しばしば明るい流星を出現させるという。それが龍ノ口の日蓮の命を救ったという説。

○「球電」「プラズマ渦」「ライト・ボール」は「雷時が雷警報下に多く発生するもので、球形をしており、数センチから数メートルの大きさの火の玉で、持続時間は短く、数秒間内に静かに消滅したり爆発したりする」と『星の古記録』の紹介されている。

・『種々御振舞御書』などの記録によると、流星のような直線的な動きではなく兵士が驚くような複雑な動きをしており、馬の首を超えたり使いの者を襲ったりしている。隕石・電光のようなものでなく雷発生時にたまたまおこる電子のかたまり、球電現象であると断定した本もある(『日蓮聖人の不可思議体験』)。

・「依智の星下り」は大金星が地平線上に輝き、あたかも梅の木に「光り物」が止まったように見えた現象という説(『星の古記録』)を『日蓮聖人の不可思議体験』では、時間的な事やその他前後の関係から否定し、やはり「球電」現象としている。

・天から明星の如き「大星」が下り、光り輝き、何か神様らしきものが見える。それを見た者が、その不思議さに「大庭にひれふし」ても不思議でなく、その音と光に逃げ出す者がいても不思議ではない。「明星天子」が降臨されたと思うような現象が起こったとしても不思議はない、と紹介している。

・しかしそれが何であれ、なぜその瞬間に起こったのかが問題である。T・P・Oが合致するということは、天の加護や霊力が働いたという見方をしても間違いはない。
 聖者、偉大な宗教家や歴史上の人物には伝説がつきものである。それは、後世のつくり話ではなく、その時、そういう奇跡が現実に起こったのである。そういう神秘を自己の身元に引き寄せる力があるからこそ、歴史に名を残す宗教家なのである。

・また同書は「帝釈天は雷神、八幡大菩薩は月光、江の島弁財天は水火雷雷神として動き、龍口明神、八大龍王は悪世を怒り、龍火を吐いた。『球電』『光り物』『龍火』と名は違えども、実在事実は一つであり、諸天善神がその神力を発し守護した」と述べ、また「龍口の光り物現象は、日蓮聖人の神通である」と示している。


<●●インターネット情報から●●>
<「UFO」町おこしの仕掛け人>
元々は、町おこしのために「羽咋ギネスブック」というのを青年団と一緒に作っていたんです。その過程で羽咋の歴史を調べていると奇妙なことが書かれた古文書を見つけました。その昔、羽咋には「そうはちぼん」と呼ばれる謎の飛行物体が頻繁に目撃されていたと。
 実は「そうはちぼん」とは、日蓮宗で使われるシンバルのような仏具のことなんです。その形はまるで鍋のフタのようなんですね。「これってUFOのことじゃないか!?」と、鳥肌が立ちましたよ。
 「これは町おこしに使える!」と思いまして、賛同してくれるメンバーを何人か集めて、「羽咋ミステリークラブ」というUFO町おこし団体を作ったのが始まりでした。



『やはり世界は預言で動いていた』
(光と闇の奥書、釈迦と日蓮)
(五島勉)  (青萠堂)   2004/7



<人類は遠い未来、「仏陀類」「仏類」になる。>
・それで、ブッダだがそれは、人間の知恵や人類が良い方向へ開き、知能も情操も100%以上に開けた状態をいう。いわゆる人間の脳の中に隠されていて、まだ開かれていない超能力すべてが全快した状態である。だからブッダの姿は今の人間とあまりかわらないが、内容はもう人類ではなくブッダ類、「仏類」になっている。

・人間は最終的にはそうなることをお釈迦様は、ここで言いたかったのだろう。それはそんな遥か未来までそうなれる人々が少数密かに存在し、次第に英知を高め親から子へ生き伝えて、いつの日か、人間より格段、知恵も情操も高い新生物に進化することを予言したということである。

・その人たちブッダたちは、過去・現在・未来を全て見通し、男女とも現在の数十倍美しく魅力的になり、しかし、動物的な衝動を持たない非常に高度な愛(というより慈悲)に生きる。それで何をするかというとなお一生懸命学び働き愛する一方、ブッダたちは宇宙全体に発展して「仏類」の新しい世界を創っていくのだ。

・これは、空想だろうか。2500年前に「屋宇の崩壊」を当て、「劫の尽きた衆生が大火で焼かれるように見える」の表現で核や高温化の危機を当て、それを英知で逆転する方向もお釈迦様は示した。

・だからこそ、この「受記」の予言も大筋で当たるように私は思える。そしてもしそうなら、人類の一部は今日本人の一部は今、「前代未聞の大斗諍」をそれから強い意志と知恵で乗り切って今、までの人類が新しい「仏類」へと進化していく遠い遥かな、しかし、輝かしい途上にあるのだ。



『UFOの真実』  みんな騙された
森脇十九男   環健出版社      2008/4/10



<UFO後進国>
・斯様の思いを踏まえ、「UFOの真相探究」認識の序として、私が依拠して参りました、尊い仏典、聖典、その他文献中に記され、残されております、驚天動地とも言うべき事実をお伝えしておきましょう。同時に、皆様方の今後の「UFO探究」の一助となることを念じつつ、誠に勝手のことながら、幾つかの参考資料をお送りさせていただくことと致しました。

その一、釈尊が金星人に会っていたという事実が存在すること(2500年頃前)

その二、金星人は存在するという事実があること。その金星人とは、仏典中で明星天子(明星ともいう)と称されている人のこと。

その三、中世の我が国民に大きな影響を及ぼした勝道、空海、親鸞、日蓮らの御聖人方が、金星人、すなわち明星天子と会っているという事実があること(1200年前)

その四、イエス・キリスト(参考ヨハネ黙示録、「私は輝く明けの明星である。」、2000年前)の、現在に生まれ変わったという金星人が、UFOに乗って、飛来したという文献「第二惑星からの訪問者」のあること。

・繰り返しますと、往古、かの尊い釈尊が、明星天子にあったという事実、また、イエス・キリストと金星との関わり、その記録が歴然と存在しております。時空を超え、我国においても、前記各御聖人方が、明星天子に会ったという厳然とした記録が残されており、それら典拠によれば、「明星天子(明星)は、金星を宮殿としてその中に住居するもの」とあり、いわゆる「金星人」の実在を著わしているのであります。

<ペテン扱いされたアダムスキーの、金星人「オーソン」UFO真相>
・日光輪王寺を開山した勝道上人の神道体系によると、明星天子(金星人)が来て、日光開山を助けたとあります。また「星の信仰」では勝道上人が明星天子(金星人)が虚空蔵として開山を助け星の宮神社として残っている。

・『続真言宗全書引用』心中に(虚空菩薩像を)観想したとき、(虚空蔵の象徴<三昧耶形>である)明星が、(修行の成就の証として)口中にはいった。そして、虚空蔵菩薩から発せられる光明の輝きは、菩薩の威力を顕わし、仏の教えの比類のないことを示した。

・中村元著、佛教語大事典にも親鸞が明星上人と会ったと記述されている。
 (みょうじょうてんし【明星天子】)普光天子・黄白大士ともいう。帝釈の従者で、太陽に先立って世界を照らし、世界の闇を破ることを仕事にしている。インド文学では太陽の御者とされる。〔下野国の高田専修寺にある般舟石の上で親鸞が53歳の時、正月八日に明星天子から柳と菩提樹とを授けられて、高谷念仏の道場を建てたという伝説がある。〕

<聖書「核」現代の予言>
・キリストは新約聖書黙示録の中で、輝く明けの明星(=金星人)であると述べ、またマタイによる福音書でも、天雲(UFO)に乗って来ると述べているなど数々の予言予告が記載されています。

・(ペテン扱いされたアダムスキーの、金星人「オーソン」UFO真相)
なぜ、アダムスキーはペテン扱いされたのか?何といっても、金星人と話をしたから。
金星人、オーソンとは?真理という意味。実は仏教では明星天子、キリスト教ではイエス・キリストであり、アダムスキー全集では「オーソン」と呼ばれていることになる。

<「日本遠征中のUFO」ペルーの公文書>
・方針を決定するにあたって、彼の半団塊の世代が賢明であったということについての最大の証拠は、その成果に見ることができる。
 艦隊はその全滞留期間を通じて、日本の役所からの一切の嫌がらせ、または干渉を受けることがなかった。これは2世紀以上に亘る外国緒船と日本との交渉の際に前例を見ないことだった。

 その夜、当直指令のデュアリ―大尉は、或る興味ある気象学的現象・・・を観察した。
 彼はそれについて「深夜から翌朝4時まで見た注目すべき流星」であるとしている。
 それは南方より西方に現れて、天空一面を照らした。艦隊の帆や船体は、あたかも各艦から一斉に青色光を燃やしたように、はっきりとその光に照らされた。
 その閃光は南方と西方から、そして水平線15度のあたりのところ北東に向かって、長い間を一直線に走り、それから次第に海面に降りて終に消え去った。

・その形は、赤い楔形の尾を持った大きな青色の玉であって、その尾は容易に目に見えたのであるが、爆発と同時にパッと散るあの花火に似た、灼熱した微粒物なのであった。『古代人ならば、この天空の異変をば、計画している事業への吉兆と理解したであろう』と提督は語り、さらに付け加えて曰く、『我々にあっては、特異にして孤立した人民を、文明国民と親しませようとする我々の企画が、流血の惨事なしに成功するようにと、神に祈ったがためと解されるだろう』と・・・。(岩波文庫)(ペルー提督日本遠征記)1853年



『宇宙船天空に満つる日』 
(宇宙からの黙示録完結編)
(渡辺大起、山本耕一) (徳間書店) 1993/5



<ワンダラー>
・「宇宙人は、このような大変動の警告を、1950年代に、まずアメリカの様々なコンタクティたちに語りかけた。そして、この呼びかけに呼応して、アメリカでは多くの人々が気づき、目覚め、立ち上がって各地で宇宙の真理を語って歩いた。

・その中で、地球上で“大周期の終わり”の準備をするワンダラーといわれる人々の役割と存在が明らかとなり多くのワンダラーがその使命に目覚めて活躍を始めた。この宇宙からの呼びかけとワンダラーの目覚めは、アメリカを皮切りに世界中を一巡し、1950年代の終わりに日本へ上陸した」。

・「しかし、実はこれより少し前、1958年の6月頃より、やはり私たちの仲間のある人々に『AZ』と称される宇宙人とのコンタクトが始まっていた。AZとは、ワンダラーの総帥としての役の名称で、実際の名前は、金星の長老“サナンダ”。2千年前、イエス・キリストとして、地上で肉体を持っておられた方である。ワンダラーとは、心、肉体は完全に地球人であっても、その魂は地球に属さず、他の惑星から来た存在である。

<悪の力との戦い、大変動の予言>
・「1959年7月26日、当時の私たちの仲間の一人は、何度かのコンタクトの末、宇宙人に招かれ、空飛ぶ円盤に同乗する。彼を乗せた小型円盤は、母船に到着するが、その母船は実に巨大なもので、中央には大通りが走り、その通りの長さだけで2キロメートルはあるかと思われた。やがて、彼は、ある一室に案内される。百畳ほどもあるかなり広い部屋で、照明はなく壁全体が光っているようである。部屋の半分ほどに、半円形にテーブルが並べられ、そこには長老格の宇宙人を中心にして、ずらり宇宙人たちが並んでいた」。

・「この話し合いが終わると、長老サナンダは再び私を招き、私達は廊下に出た。廊下には丸い窓があいていて、そこからは漆黒の宇宙空間に浮かぶ青い地球がよく見えた」。



『世界不思議百科』
コリン・ウィルソン + ダモン・ウイルソン 青土社 2007/2



<歴史と文化の黒幕 神秘の人びと>
<ブラヴァツキー夫人の奇跡>
・1883年の初頭、ロンドンで『密教』と題する本が出た。たちまち評判になり第二版に入った。著者はアルフレッド・パーシー・シネット。髪の毛が後退しかけた痩身小柄な人物で、インドでもっとも影響力のある新聞「パイオニア」の編集長である。まずセンセーションの対象となったのは、第一ページに麗々しく出ているシネットの序文である。同書の内容は、チベットの山中深く住みほとんど永遠の長寿の「隠れた聖者たち」から得たものという断り書きだ。インドにおける大英帝国の代弁者とみなされる新聞の編集長が出した本だ。そこいらの「オカルト」狂いと無視するわけにはいかない。

・1880年の10月、シネット夫妻は評判のブラヴァツキー夫人を自宅に招待した。夫人は自分の知識の大部分は、ヒマラヤに住んでいる「隠れた聖者たち(隠れた首領)」から得たものだと彼に語った。

<生来の「霊媒」>
・生来の霊媒が存在するという前提を認めるとしよう。特殊な「魔力」を所有するか、またそれに所有されている霊媒だ。その前提に立てば、ブラヴァツキー夫人がその種の人間であることはまず疑いようがない。

<心霊は存在するのか>
・ブラヴァツキー夫人は、隠れた聖者たちという考え方の発明者ではない。これは、昔から「オカルト」に一貫した考え方である。

・オカルティストは、第一に比較的不完全な状態から、比較的高い肉体的および精神的状態へ進化の途中だという考え方を奉ずる。第二に、進化の過程のあらゆる段階は、この比較的高い状態へすでに達している「偉大なる知能者ヒエラルキー(階層)」により命令されるとオカルティストは考える。

<超能力と進化>
・ブラヴァツキー夫人は1891年に世を去るが、高度知能と接触したと信ずる「オカルティスト」(超自然現象に興味を持つ人という意味の広義)はその後も跡を絶たない。アリス・ベイリーは、ブラヴァツキー夫人の没後に神智学協会の有力メンバーになるが、シネットが言う「マハトマ」(「偉大な魂」の意)クート・フーミと接触したと自認する。神智学協会内の主導権争いにいや気がさした彼女は、1919年に別のグループを組織し、「ザ・ティベタン」(チベット人)という存在から口授されたと称する多くの書物を世に出した。

<洞察力あふれる哲学者の相貌>
・心霊調査協会の初期のメンバーの牧師ステイントン・モーゼスは、「自動筆記」の手段で、大量の筆記文書を残した。これは本人の没後、『心霊の教義』として出版される。モーゼスはこの抜粋を生前に『光明』という小冊子にまとめているが、自分の鉛筆を動かした心霊のなかには、プラトン、アリストテレス、旧約聖書のなかの予言者などと称するものがあると困惑を隠していない。

・1963年のアメリカのことである。ジェイン・ロバーツと夫のロブはウィジャ盤で実験を始めた。「ペイシェンス・ワース」にある程度影響を受けた。さまざまな人格が身元を明かしてメッセージを伝えてきた。やがて身元を「セス」と明かした人格が登場し始める。

・「セス」は『セスの資料』、『セスは語る』などの題の多くの本を伝授し続けた。本はいずれも素晴らしい売れ行きを示した。ジョイン・ロバーツの無意識の心の一側面であれ、または本物の「心霊」であれ、セスが高いレベルの知能の所有者であることを、これらの書物はまぎれもなく示している。

<時代を越えて伝世されるオカルト教義>
・20世紀のもっとも独創的な認識者の一人ゲオルギー・グルジェフは、青年時代の大半を「サームング修道会」というものの研究に捧げるが、後に世に出て、その基本教養を北ヒマラヤ山中の僧侶修道会から授かったと唱えた。

・しかし、グルジェフの高弟P・D・ウスペンスキーは著書『奇跡を求めて』で次のように述べる。「グルジェフの『精神現象的』教義の背景にはきわめて複雑な宇宙体系がある。これは教義そのものには明確な関連性を欠くもので、グルジェフ自身の独創によるものではないと考えられる」。

・この宇宙論をさらに詳述したものに、もう一人の高弟J・G・ベネットの4巻本の『劇的宇宙』がある。同著は次のような確信から出発する。「宇宙にはデミウルゴスという1クラスの宇宙要素がある。これが宇宙秩序の維持を司る。このデミウルゴス知能は、人間の生涯をはるかに超えた時間スケールに対して作用を及ぼす」(訳注:デミウルゴスはプラトンが世界の創造者と考えた概念で、キリスト教的グノーシス派もこの神を認めている)。

・デミウルゴスは、なにか新しくかつ生起原因のないものを世界のプロセスへ導き入れる点では、人間よりもはるかに大きな力を所有している。しかし、決して誤らないわけではない。デミウルゴスの主な仕事は「生命のない原初から世界の進化を導くこと」だが、「時には実験と試行を繰り返し、時には誤謬をおかして元に戻り、海から生命が発生して陸の動物が存在を開始すると前方への大跳躍を行なった」。ベネットは次のようにも付け加えている。「グルジェフ師はデミウルゴスを『天使』と呼んでいるが、この言葉には多くの連想があるので使用を避けることが望ましい」。

<文化の進展と地球の進化>
・あまたの世紀にわたって東方には不思議な言い伝えがある。どこか隠れた土地、中央アジアの高地地方と考えられているが、異常な力を所有する一群の人が存在しているという。この中心部は、少なくともある面では、世界の秘密政府として振る舞っている。

・この言い伝えの一部は十字軍時代に西方に伝えられている。1614年には薔薇十字団の装いで出現する。19世紀にはブラヴァツキー夫人とフランスの外交官ジャコリオによりヴァリエーションを加えて再登場する。英国では作家タルボット・マンディがこれに続き、最近では1918年のモンゴルの旅行家オッセンドウスキーがいる。

・この言い伝えの神秘の土地シャングリラでは、一部の人は、通常の人間の状況を越えて進化し、この惑星を越えた力の統治者として行為している。下のほうの階級は、東方でも西方でも、それと気づかれることとなく普通の人と混じりあって生活し、歴史の重要局面では必要な結果を得るために努力し、地球の進化全体を太陽系の事象と歩調が揃うよう維持している。

<「隠れた首領」という知能>
・「隠れた首領」という表現を初めて用いたのは『劇的宇宙』におけるベネットその人である。キャンベルはこの本のテーマを次のように要約している。

 人類の長い物語を書くのは、人間自身の知能よりもはるかに偉大な知能である・・・地球上のこのプロセスを司るのは、『隠れた首領』と呼ばれる知能である。これは、オカルト伝承では個体(たとえば、「統治者」、「古代者」など)として象徴されるレベルに対応する。また、これはデミウルゴスのレベルまたはそのすぐ下のレベルにも相当する。

・人類全体に対する行為と並行して、執行者およびその直属者は、個々の人間の意識レベルの向上に関する地域的な行為も司る。
 特に選ばれたこの種の普通人は、執行者の作業への参加資格を望むこともある。この資格認定のプロセスは、マグナム・オーパス、すなわち「大事業」である。これは進化全体の潮流に合わせた緩やかな上昇とは対照的な高レベルへの垂直的上昇である。



『世界史と西洋占星術』
ニコラス・キャンピオン  柏書房   2012/8/1



<19世紀  神智学的啓蒙主義>
・アリス・ベイリーは、教会の日曜学校で教師をしていて、後に熱心な神智学者となった。彼女の関心の多くは、シュタイナーと共通するものである。彼女はまた、シュタイナーと同じ秘教主義のキリスト教徒であ

り、スコットランドからアメリカ合衆国に移った後、神智学協会でその名を知られるようになった。彼女は、やがて、ブラヴァツキー夫人に秘伝の教理を伝えたとされる「アセンションした指導者たち」なる神秘的な存在と、自分もコンタクトをとることができると主張し、それが一因で人々の反感を買うようになってしまう。ベイリー御用達のスピリチュアルな指導者(導師)とは、通称「チベット人」といわれ、占星術的な黙想や、その書き物の大半を彼女に口述筆記させる存在だった。

・しかしながら、ブラヴァツキーを研究することに一生を捧げ、ベイリーに語りかける導師たちのささやきをそれまで一言も聞いたことがなかった神智学者たちにとって、彼女の主張は、我慢ならないものだった。そこで、ベイリーは、潔く静かに協会から離れ、今度はアルカン学派という新学派を、自ら始めたのだった。その出身者には、著名なイタリアの精神科医で、精神統合の礎を築いたロベルト・アサジリオ(1888−1974)や、20世紀もっとも大きな影響を与えたアメリカの占星術師、ディーン・ルディア(1895−1985)がいる。

・ベイリーの占星術も、シュタイナーに匹敵するくらい独特である。例えばそれは、月を「死んでいる」ととらえ、何の有効性も見出さない。また、「ヴァルカン」のような、実在しない架空の惑星の存在を前提とし、霊的な存在の水準を示す「レイ(光線)」をもちいる。彼女の占星術は、その厳密さゆえ、それを受け継ぐ者はほとんどいなかった。こうした彼女の占星学よりも重要なのは、彼女が、水瓶座時代――そして、ニュ―エイジ――の本質、そして、それが切迫したものであることを、繰り返し雄弁に説明し続けたことによってもたらされた、占星術世界全体への影響である。

・ベイリーは、シュタイナーと同じく、地球規模の危機が目前に迫っている、というような、終末論的な占星術の考え方に深く傾倒していた。そして、「水瓶座」の同義語として「ニューエイジ」という言葉が人口に膾炙するようになったのは、彼女のお蔭である。彼女にとって「水瓶座時代」と「ニューエイジ」というふたつの言葉の概念は、同一のものだった。

・春分に、水瓶座の星座の星から太陽が昇り――それは20世紀の終わり頃だろうと彼女は考えていた――ニューエイジ(新しい時代)が幕開ける。そうして、世界は、純粋なる霊へと回帰し始めるのだ。彼女は、心からそう信じていた。彼女はいつもの漠然とした調子でこう書いている。「人類が、その《意志をひとつにすること》によって、世界の状況に決定的な影響を与える時が刻々と迫っています。このことは、進化の過程が成功し、精神が開花することの帰結なのです」と。



『トランス・ヒマラヤ密教入門』3巻 意識の変化
アリス・A・ベイリー   (アルテ)  2008/9



<ディヴァチャン(天国)>
・ディヴァチャン。低位様相からの分離に後に魂が入る、二つの地上生活の合間の中間状態。

・濃密な肉体とエーテル体から完全に分離した瞬間から、そして過去の過程が始まったとき、人は過去と現在を認識している。また、除去が完了した魂との接触が生じ、マナス媒体が崩壊するとき、人は直ちに未来を認識する。なぜなら、予言能力は魂意識の財産であり。人間は一時的にこの財産を共有するからである。したがって、過去と現在と未来は一つのものとして見られる。「永遠の今」の認識が、転生から転生へと連結する再生誕の過程の間に徐々に発達する。これがディヴァチャンと呼ぶことができる(進歩した人間の正常な状態を特徴づける)意識状態である。

<敷居の住者>
・弟子が生命の門に近づくまで、敷居の住者がイリュージョンとグラマーの霧の中から現われることはない。弟子がイニシエーションの入口の微かなきらめきとその扉の側で待ち構える臨在の天使に体現される二重性の原理を把握できるようになる。現在のところ、私の言葉はあなた方にとって将来の状態と出来事を象徴的に表現しているだけであるが、右側に天使、左側に住者で表わされる相反する対をなすものの象徴の間に完全に意識して立つ日が必ず訪れる。そのときに、あなた方の人生の場が長きにわたって戦ってきたこの二人の対立者の間を真っ直ぐに突き進む強さがあなた方に与えられますように。そして、この二人が一人として見られる臨在へと入り、生命と神性しか知らなくなりますように。



『「宇宙人と地球」の超真相!』 
工学博士 深野一幸  (徳間書店)   1997/10



<オスカー・マゴッチの「深宇宙探訪記」の分析(宇宙の霊的存在)>
・「宇宙の霊的存在」 肉体を持たない様々な意識体(霊的生命体)を、マゴッチの情報で分類してみると。

1、 ガーディアン(守護神)―昔、人間であったが、霊的に進化し、霊的存在となった。人間世界の指導をしている。

2、 アセンディド・マスター(高級教師)ガーディアンより、さらに進化した霊的存在の生命体。7人存在し、7色の虹のように輝いている。第7密度であり。7次元にいる。

3、 創造主(偉大な潜在界)さらに上位には、金白色のとてつもなく大きな光で全てを包含する存在がある。グレート・マニフェスト(偉大な潜在界)と呼ばれている。神・宇宙意識などとも呼ばれる。

4、 コズミック・トラベラー(宇宙の旅人)−ガーディアン委員会の下で、ガーディアン委員会の特命事項を遂行する宇宙人。ガーディアン委員会の代理人であり、実行部隊の隊長である。5次元(第5等級)に存在する。肉体を持った人間になったり、目に見えない透明な人間になったりすることができる。宇宙人のクェンチンは、コズミック・トラベラーの一人である。

・その下に肉体を持ち進化した宇宙人(人間)がいる。肉体を持つが、地球人の目には見えない。3次元及び4次元に住む。地球人は、波動が低い3次元世界に住む。霊的に向上すると波動が上がり、レベルが上がる仕組みになっている。



『世界不思議大全』
 泉保也 GAKKEN   2004/6



<パリの「薔薇十字団」>
<完全なる世界の創造を目指した超人集団の謎>
・あらゆる魔術的叡智を体得し霊眼を開く

・人間の姿をとって物質界に現れた高次の霊的存在のローゼンクロイツ

<パリが興奮し時代の英傑が入団を希望した薔薇十字団>
<目に見える姿と目に見えない姿で、当市内に存在している>
・団員は天の周辺に住む神的な一団である。彼らは、分身の術を備えていて、意のままに姿を変えて現れることができる。また彼らは、自分の望む場所に移動することもできる。その他、団員は占星術によって地震を予知したり、都市の疫病の流行を遅らせたり、空中を歩いたり、どんな病気でも治すことができる。

・ヨーロッパ世界には、そうした超能力を持つミステリアスな人物に出会ったという説が無数に残っているのだ。

・17世紀の前半期、ヨーロッパに大旋風を巻き起こした薔薇十字団は、1648年頃、再び忽然とその姿を消してしまう。



『世界百不思議』 UFOスペシャル
『週刊 世界百不思議』     講談社MOOK   2010/8/10



<エハン・デラヴィ氏が語るエイリアンは異次元の“意識体”>
・多くの人がUFOを異星人の乗り物だと考えています。確かにそうした面もありますが、UFOの90%は非物質的なるもの多次元を移動する意識体なのです。

・私達が、生きる3次元世界は、いわゆる“意識の世界”である5次元という時空に取り囲まれており、非物質的UFOはそうした異なる次元を移動するため、空間が歪むのだという。

・彼は、UFOの90%は異次元の存在だとしながらも、非物質的なUFO、エイリアンの存在を認めている。

・特に、20万年前に地球上で人類が突然進化した背景には、異星人による遺伝子操作があったとしか考えられないと主張する。

<セドナー全米一のパワースポットで巨大な三角UFOが!>
・私(フォト・ジャーナリスト)は、過去、幾度かUFOらしき物体を見てきたが、2006年にアメリカ、アリゾナ州セドナで見たUFOは、それまで見たいかなるUFOとも違う、強烈なものだった。

・ある番組の取材で、地元のUFO研究家、トム・ドンゴ氏とUFOウオッチングをしていた時のことだ。

・振り向くと、遥か先の上空に赤い光を放つ三角形のUFOがぽっかりと浮かんでいた。

・居合わせた全員が目撃したが、現場は興奮というより、ほとんど唖然とした空気に包まれた。その物体があまりにも巨大だったからだ。物体が見えたのは、50キロメートル以上の先の上空、飛行機なら豆粒に見える距離だが、それは少なくとも全長1キロメートルあろうかという巨大さで、私は、自分の視覚に自信を失ったように感じたほどだった。物体は1分ほどして、上空に吸い込まれるようにして消えた。

・しばらくの間、私は、自分の見たものが信じられなかった。しかし、数日後、ニュースを見ていると、セドナ近郊で再び巨大なUFOの目撃事件があり、その時の目撃者は、「物体の大きさをサッカー場ほど」と表現していたことを知った。やはり目の錯覚ではなかったのだ。

・最近全米で目撃が続くこの三角型UFOは、新たな軍事兵器だという説もある。しかし、人間の手によるものとは到底信じられない大きさだ。それは明らかに人間の理解を超えた、何かだったのだ。



『地球一切を救うヴィジョン』 超予測2012
―なぜこの宇宙に「日本というひな型」が作られたのか
白峰   徳間書店    2008/12



<フリーメーソンを操るイルミナティ、さらに奥の院のサンヘドリン>
・「サンヘドリン」というのは、もともとはユダヤ人の最高評議会を指す言葉ですが、いわゆる闇の権力のトップに君臨している存在が、サンヘドリンというコードネームで呼ばれています。これはメーソンの人でも分からないんです。サンヘドリンは別格なんですね。

・いわゆる「300人委員会」の上位で、「ゴールデン・ドーン」(黄金の夜明け団)と呼ばれる霊能者や宇宙とつながっているチャネラー、魔女軍団がいます。男性も入っていますよ。彼らの正体は宇宙存在のエイリアンで、おおむね8人は西洋人で、あとの5人は世界から選ばれる。極東からは定員が3人とか数が決まっています。

・来日したことのあるアリゾナ・ワイルダーさんは、イルミナティの儀式では「母なる女神(マザーゴッデス)」と呼ばれる女性で、司祭的な役割を果たしてられたといいます。上と下をつなげる役割のほうの巫女さんなんです。彼女は、宇宙存在を実際に見ているし、グレイ(巨大な頭部の異星人)にも会ったし、巨人族とも会っているといいます。
 そうしたメンバーたちが世界を動かすにあたっては、神々から啓示を受けて自動書記をするような儀式があるんです。

・西洋でもルシファーは堕天使とかサタンとか言われています。けれども、実はルシファーは光明の存在なんですね。秘密結社のイルミナティが信仰対象としています。その一方で、フリーメーソンでは、ルシファーを世の中を制裁する神としてとらえている。
 この制裁の神というのは、日本で言えば、閻魔大王であったり、死神であったり、それから国常立神(くにとこたちのかみ)もそうですね。結局、世の中を清めて建てかえる。

・アヌンナキとか異星人による地球文明創成説は、実はフリーメーソンじゃなくてイルミナティの方なんです。
 イルミナティとフリーメーソンは同じものだと勘違いされるけれども、まるっきり違うんです。ヨーロッパの貴族社会の構成メンバーのほとんどはイルミナティです。フリーメーソンには中世、近代以降の歴史しかない。それ以前の歴史はないんです。アトランティス、レムリアの時代から、イルミナティは存在しましたけれども、フリーメーソンは比較的新しいのです。

・古代のキリストの歴史とか紀元前の歴史とかを調べても「フリーメーソン」という言葉は存在せずに「イルミナティ」が存在するんですね。



『UFOとアセンション』
直前に迫った2012年の地球激変とホピ族の終末大予言
中丸薫    Gakken    2010/2/10



<UFO体験>
・もちろん、セドナ(アリゾナ州)に着いたらすぐに、ホピ族が住む居留地へ直行した。ところがその途中―砂漠の中で自動車を走らせている私に、ある神秘体験が起こる。
 ふと気がつくと、頭の上のほうから、なにやらテレパシーらしきものが感じられたことだ。

・なにしろ、頭の中に直接、言葉が響いているのだ。あまりにも不思議な感覚に驚いて、ふと窓から空を見あげると、なんとUFOが滞空しているではないか!
 そして私の頭の中に、「アシュター・コマンド・・・・」という言葉が聞こえてきた。

<出会いの連鎖>
・ちなみにアシュター・コマンドというのは、現在、地球周辺の宇宙空間に滞空しているUFO艦隊の司令官アシュターならびに、主サナンダ・クマラという霊的な導きの下に存在する「光の偉大なる聖職者団(グレート・ブラザー/シスター・フッド)」の空挺部隊のことである。彼らは、2012年のアセンションに向けて、地球上にさまざまなメッセージをテレパシーで送っている。

<クエンティンさんとのコンタクト>
・念のために書いておくと、彼(クエンティン)は決して私の妄想や空想の人物などではない、たとえば、私以外にも、オスカー・マゴッチというカナダのトロント在住の人物が著したUFO搭乗と異星人とのコンタクト記録『オスカー・マゴッチの宇宙船操縦記』にも登場している。

・なお彼の書の中ではクエンティンさんは、自らを「コズミック・トラベラー=宇宙の旅人」と称し、ある重大な使命を果たすためにいくつかの領域や多次元宇宙を自由に移動する存在:と説明している。

<地底世界>
・高僧アダマによれば、地底には人類が知らないもうひとつの「世界」があるという。
 テロスは、そんな地底世界の都市のひとつで、現在、150万人以上の人々が永遠の平和と繁栄のもとに暮らしている。これはかっては失われた大陸レムリアのコロニーのひとつであり、12人のアセンディッド・マスターからなるカウンシル(評議会)と、そのひとりである高僧アダマによって結成されている。

・光の地底都市は、なんと2500以上もあり、それぞれの都市は、「アガルタ・ネットワーク」と呼ばれる光のネットワークで統合されている。テロスの位置は、地表から1.6キロもの地中だ。
 さらに地底世界で最も優勢な都市は「シャンバラ」と呼ばれ、地球のまさに中央―「空洞地球」−に位置している。ちなみにここへは、北極と南極に存在する「穴」からアクセスが可能になっている。極地にあるとされる有名な空洞地球への入口は、実はこの「シャンバラ」への入口なのである。

・この「地球製」UFOは「シルバー・フリート(銀艦隊)」と呼ばれ、空洞地球世界の都市アガルタで製造されている。空洞地球にはこのUFOを格納する倉庫があり、地上との行き来もまったく自由にできるようになっているのだ。

<ミリアムのUFO体験>
・路上に出ると彼女は、そこに身長1メートルほどの小さい異星人らしきものがいることに気付いた。なぜか恐怖はまったく感じなかったという。彼女は、ごく自然にその異星人に手を引かれ、導かれた。そして、気がつくとUFOに乗せられていたのだ。
 UFOの中には、さっきの異星人らしき人物とはまったく違って、身長が2メートルはあろうかという大きな異星人がいた。ただ、こちらの異星人は、金髪で青い目をしていた。
 ちなみにこの長身で金髪碧眼という北欧のヨーロッパ人のような外観は、アンドロメダ星雲の人々の特徴でもある。
 私が、「じゃきっと、アンドロメダの人でしょう?」というと、ミリアムは、「そうかもしれませんね」と言っていた。
 そのとき、「アンドロメダ星人」は、なぜか彼女にホピ族について語りかけてきた。




(2017/4/12)



『死後の世界の観光案内』
ひろさちや   ごま書房   1983/5




<天上界めぐり  美酒をくみ天女と遊ぶ虹の快楽園――>
<須弥山の中腹から天上界は始まる>
・天上界は、世界でいちばん高い山“須弥山”の中腹から始まる。山頂までの天上界が“地居天”であり、それより上の“空居天”は天空にポッカリ浮かんだ空中都市である。天人は何百万年ものあいだ快楽をほしいままにできるが、やがて来る臨終の苦しみは、地獄の辛苦にもまさる。

・むかしヒットした『帰ってきた酔っぱらい』という歌に「天国よいとこ、一度はおいで。酒はうまいし、ネエちゃんはきれいだ」との文句がありましたが、天上界はまさにそのような世界です。

・天上界は、須弥山の中腹から始まります。ここを地居天(じごてん)と呼びます。「地つづきの天界」という意味です。同時に、仏教で天という場合には天人をも意味します。だから「地居天」は、そこに住む天人も指しています。高山に住んでいる仙人のようなものだと思えばいいでしょう。だが、仙人はあくまで人間ですが、地居天は天人です。そこが本質的にちがいます。天人のなかでもいちばん下界にちかい天人だから、いくぶん人間に近いのです。

・アラビアン・ナイトにでてくる魔法のじゅうたんのように空中に浮かんだ大地です。そこが天上界であって、空居天はそこに住んでいるのです。

・天上界は、下から数えて6つめの天までを欲界といいます。ここに住む天人たちは六欲天と呼ばれ、食欲や性欲など人間と同じ本能を持っています。当然、天女とのセックスもあります。

<33人の天神が住む霊峰登山>
<須弥山の高さは海抜80万キロ>
・地球から月までの平均距離が38万4400キロです。須弥山の高さの約半分です。ということは、そこから天上界が始まるという須弥山の中腹とは、地球から見る月の高さということになります。

・須弥山の須弥は、インド語の「シュメール」からきています。

<四方の世界を守る四天王を見る>
・下天は、字の示すとおり天上界のいちばん下にあります。ここには四天王が住んでいます。四天王は、東西南北の四方の世界を守護する天の武将です。東方を守る持国天、南方を守る増長天、西方を守る広目天、北方を守る多聞天、これが四天王です。多聞天には毘沙門天の異名があります。彼は仏法の道場のガードマンとして、いつも説法を聞いていたので、その名がつけられたのです。彼が四天王のなかではリーダー格です。

・四天王の住まいは4階建てです。四天王とその身内は最上階のフロアーに住んでいます。下の3つの階には四天王の部下が住んでいます。部下たちはこのほかに、須弥山近くの持双山などの7つの山脈をもち、山持ちで裕福な暮らしをしています。
 
・なにしろ、いちばん狭い4Fでさえ、部屋の端から端まで行くのに、東京――リオデジャネイロ間の距離が1万8000キロですからその1万倍もあることになります。
 天上界めぐりには、気宇壮大な気持ちで臨んでください。娑婆のコセコセした物差しでは、とても天上界の雄大さは理解できません。
 たとえば、天上界もやがては死を迎える世界なので老人問題はあります。しかし、老人の範囲が人間界とは大きくちがうのです。下天界の天人の寿命は、天上界時間での平均5百歳です。5百歳と聞いて驚くのはまだ早いのです。下天の一昼夜は人間界の50年ですから、この5百歳は、わたしたち人間界の時間では、9百万年余にあたります。これでも天人のなかではもっとも短命なのです。

<忉利天(とうりてん)フーテンの寅さんの守り神、帝釈天に出会う>
・下天の上には“忉利天”があります。忉利天は須弥山の頂上にあります。したがって、そこはまだ地つづきの天界、地居天です。
 ここには、33人の代表的な天人が住んでいます。だから忉利天は別称“三十三天”ともいわれています。

・三十三天のなかでの有名人は帝釈天です。帝釈天の住居は、須弥山の頂上、忉利天の真ん中にある城です。城の名は善見城。999の門があり、各門には、16人の青い衣をまとった鬼神がいて城を守っています。

<空居天  弥勒菩薩の住まいは空中に浮かんでいる>
・巨大な空飛ぶじゅうたん、いや空中に浮かぶ大陸である空居天は、4層からなっています。下から夜摩天、兜率天(とそつてん)、楽変化天、他化自在天の四天です。

・夜摩天と聞いて、天上界にくるほどの人なら、きっと思いだすでしょう。そうです。あの冥途コースでの第5の裁判官、閻魔さんのインド名が“ヤマ”でした。ヤマは人間第1号でした。だから彼は死者第1号になって、死者の国の王となり、そこは当初は天上の楽園であったと、まえに説明しました。その彼の楽園は、彼が閻魔王として地獄の世界に出向したあとも、りっぱに保存されていたのです。それが夜摩天です。

・空居天のうちもっとも下層の夜摩天にはかつてエンマ大王(閻魔大王)が住んでいた。

・夜摩天の上にある天界が兜率天です。都史多天(としたてん)とも呼ばれます。ここは、将来、仏になるべき菩薩の住まいです。仏教の開祖、釈尊は、釈迦国のシッダッタ太子となって誕生されるまえには、この兜率天に住んでいられたのです。ここから六牙の白象に姿を変えて出発し、釈迦国の浄飯王の妃である摩耶夫人の胎内に宿られ、やがて太子となって人間界に出生されました。

・いま兜率天に弥勒菩薩が住んでいます。

・兜率天の上にあるのが、楽変化天です。「ここに生まれたものは、みずから楽しい境遇をつくり楽しむ。人間の8百歳を一日とし、寿8千歳にいたる」と天上界ガイドには書かれています。このさらに上にあるのが、他化自在天です。この天では、「他の下位の天で楽しみをなすを見て、それを借りて楽しむ」のです。

・ひとの楽しみはわがものとする、というぐっと高尚な境地なのです。ここの一昼夜は人間界の1600年に相当するので、なにも自分からガツガツと楽しむ必要などないのです。以上、下天から他化自在天まで6つの天を見てきましたが、これら六天は、六欲天のなのとおりに、人間と同じように快楽を求める世界です。

・仙人の超能力の種類……先に述べたように帝釈天は仙人の妻を犯し、大変な目にあうが、それは仙人が神通力という超能力の持ち主だからだ。神通力には6つある。ー由に望むところに行ける神足通見えないものを見る点眼通J垢海┐覆げ酸爾鯤垢天耳通ぢ梢佑旅佑┐討い襪海箸わかる他心通ゼ分および他人の過去の生存状態がわかる宿命通θ冉困鮹任狙擇辰凸造い寮こΔ砲佞燭燭喟犬泙譴覆い海箸鮓腓誅蛙幼未ある。

<天上界の子ども>
・子どもは膝の上に生まれるのです。それも「まったく速やかに」です。どうして生まれたばかりの赤ん坊が、膝の上に乗るのか、という当然の疑問がわいてきますが、じつは不思議はないのです。四天王とその部下たちが住む下天では、子どもは5歳の姿で誕生してきます。三十三天の住む忉利天では6歳、夜摩天では7歳、兜率天では8歳、他化自在天では9歳の姿で生まれてきます。だから、誕生の瞬間、すでに膝の上にあってもおかしくはないのです。上の天の子は生まれながらにして下の天の子より上級生なわけです。

・天上界も上にいくにしたがって、煩悩離れが進みます。夜摩天では、相手を軽く抱くだけで、煩悩を離れます。楽変化天ではほほえみ合うだけで、他化自在天では見つめ合うだけでスッキリしてしまうのです。シツコイ人がきらわれるのは、天上界でも同じです。

<色界無色界  天の上に天をつくって有頂天に至る>
・色界といっても、天界のピンク街のことではありません。反対に、色欲をもたない世界です。仏教でいう色とは、形あるものという意味です。色即是空とは、色ごとは空しいという意味ではなく、すべて形あるものはじつに実体のないものである、ということです。

・欲界、色界、無色界、この3つを合わせて“三界”といいます。

・ここには、17人の天人が住んでいます。彼らの住まいは、大きく4段階にわけられます。下から、初禅、二禅、四禅といいます。

・したがって、この天界には禅を修めた者がはいります。さまざまな色気を捨て、勇猛精進、禅の道をきわめれば、天上界のなかでも四天王や帝釈天を見おろす高層フロアーに住むことができるのです。
 さらに初禅のなかには、3つの世界があります。下から梵衆天、梵輔天、大梵天です。梵衆天は、欲界の最上階、他化自在天のところから128万由旬(1280万キロ)も上のところにあります。広さは須弥山世界の四洲(贍部洲、勝身洲、牛貨洲、倶盧洲)と同じですから、地球上の4大陸より大きいのです。そこに住む天人たちの身長は半由旬、なんと5キロもあるのです。

・この初禅の世界では、大梵天が“梵天さま”として有名人であり、主人公でもあります。彼は欲界の天人である帝釈天と並んで、仏教界の2大ガードマンといわれています。彼は仏教流布の大功労者なので、こんな上の天に住んでいるのです。
 釈尊がブッダヤーの菩提樹の下で悟りを開かれたとき、釈尊はその悟りの内容を他人に教えられる気はありませんでした。その釈尊に、どうか衆生のために法(真理)を説いてくださいと懇願したのが梵天なのです。彼の身長は一由旬半、15キロと記されていますから、見上げるような大男、いや見上げても顔も見えない大巨人ということになります。
 つぎの二禅にも3つの天界があります。下から少光天、無量光天、極光浄天です。読んでおわかりのように、ここは美しい光が輝く世界です。上にいくほど、光の質と量が上等になっていく天界です。この上の三禅にも三天ありますが、ここは、地獄と極楽のガイドブック『往生要集』にはこう記されています。「苦悩はただちに消え去り、第三禅天にのぼったように、身心は爽快となって、浄土に生まれた」と。この上の四禅になると、身に受ける喜びはしだいに捨てられる天界なので、ここで受ける楽しみが三界のなかではもっとも大きいといわれています。さらに上の無色界は、もはや姿や形もなく、ただ意識のみの世界になっていきます。
 そして、色界の最上階にあるのが有頂天(うちょうてん)なのです。形ある世界のトップに位置するので、ここの天人たちはまさに得意の絶頂なのです。

<天人の臨終の苦しみは地獄の苦しみの16倍>
・たとえ天人でも、死んだあとは地獄におちるかもしれないのです。ふたたび天界に生まれ変わる保証はありません。天上界、人間界、阿修羅界、餓鬼界、地獄界、これら6つの世界のどこに生まれるか。それはすべて、大人の生前の行為によるものです。ここにも輪廻の思想と因果応報の原則は一貫しているのです。快楽だけを追い求めたダメ天人は、天界から真っ逆さまに地獄へとおちていく運命なのです。
 快楽に満ちあふれて見える天上界も、しょせんは苦界なのです。だから、いたずらに天に生まれることだけを望まずに、ぐるぐる回る輪廻の世界から脱却することを目指しなさい、というのが仏教の教えです。
 そのことさえわかっていれば、この旅で迷い子になることはありません。

<畜生界 畜生は海から進化した>
・畜生と聞けば、みなさんは一にののしりの言葉を、二にウシやウマのような家畜を連想されるでしょう。しかし、来世の世界の畜生は、娑婆の世界に生きる動物すべてをふくんでいます。そればかりではありません。小はバクテリアから、大は全長何キロもあるドラゴンにいたるまで、すべて畜生です。その種類は、なんと34億種にもおよびます。

<人間界 ガリバー旅行記の人間にも会える>
・来世の世界には、まったく種を異にする人間が4種類もべつべつの大陸に住んでいるのです。
 すでにご紹介したように、須弥山世界には4つの大陸があります。南に贍部洲(せんぶしゅう)、東に勝身洲(しょうしんしゅう)、西に牛貨洲(ごかしゅう)、北に倶盧洲(くるしゅう)の4つです。われわれと同種の人間が住んでいるのは、じつは贍部洲だけです。この大陸には16の大国と5百くらいの国、それに10万の小国とがあります。

・この大陸には、東に人王、南に象王、西に宝王、北に馬王という4人の偉大な王さまが国を治めています。
 それでは、他の3つの大陸はどうでしょう。ここにも人間が住んでいます。しかし、その様相は、われわれふつうの人間が住む大陸とずいぶんちがっています。東の大陸に住む人間は、身長4メートル、平均寿命250歳。西の大陸の人間は、身長8メートル、平均寿命5百歳です。この大陸(牛貨洲)では、ウシが貨幣のかわりに使われていますが、巨人にとってはウシの貨幣でもそれほど不便ではないのでしょう。北の大陸には、身長16メートル、平均寿命千歳の美しい人間たちが、快楽をほしいままにして住んでいます。
 さて、ガリバーが迷い込んだという巨人の国“ブロブティンナグ”は、3つの大陸のうちどれだったのでしょうか。

・(阿修羅)怒れる正義の神“阿修羅”は天上界を永久追放され、深海の底に七宝の城をつくった。
(畜生)贍部洲 すべての畜生は海から進化したが、人間とのギャップはついにうめられない。
(人間)贍部洲 われわれ普通の人間が住むこの大陸(贍部洲)だけに仏は現れる。
(餓鬼)贍部洲 どこにでも顔を出す餓鬼にも、持てる者と持たざる者がある。
(牛貨洲) ガリバーが迷い込んだ“巨人の国”

<阿修羅界、阿修羅は海辺や海底に住む>
・見えてきましたきらびやかな都城は、縦・横80万キロの大水中都市です。ここは水深18万キロの海の底ですから、水中遊覧船からはけっして、お出にならぬようあらかじめお願いしておきます。
 この都城は、七重の城壁に囲まれ、内部に宮城や塔、庭園、美しい林などがつくられています。また、この都城全体が七宝でできていて、天上界を思わせる、美しい都となっています。
 じつはこれが阿修羅の住居なのです。もっとも、この都城は阿修羅一族のなかでもとくにすぐれた“羅睺阿修羅王(らごあしゅらおう)”の居城です。もっと下っ端の阿修羅たちのなかには、海辺のみすぼらしい苫屋に住んでいるものもいます。
 海底の水中都市国家を統べる阿修羅王は、その居城が天上界に似ているにもかかわらず、じつはあとで説明するような理由から、似ていれば似ているほど、天上界にうらみをもっているのです。

・いまでこそ阿修羅一族には男女の区別があり、女性は容姿端正で美形なのに対し、男性は醜悪な面相をしています。しかし、遠いむかし、阿修羅が天上界に住んでいたころは――そう阿修羅の故郷は天上界なのです—―阿修羅は美しい娘をもつ平凡な一人の父親にすぎませんでした。

<西方浄土  極楽は阿弥陀仏の世界だ>
<仏は本来、大きさというものを超越している>
・5百億もの宮殿や楼閣の内外には、さまざまな池があります。極楽世界の美しさ、清らかさ、楽しさは計り知れません。

<極楽世界  極楽には女性がいない>
・さきほどから、出会う人出会う人、みんな男性であることに気がつきましたか。極楽には、菩薩や天人をはじめさまざまな住人がいます。なかでもいちばん人口が多いのが、信心によって生まれ変わることができた有徳の人たちです。そして彼らはすべて男性なのです。極楽には、女性は一人もいません。
 もちろん、前世で信心のあつかった女性も極楽に生まれ変わっています。しかし、彼女たちは娑婆世界から極楽世界へ移動するほんの一瞬のあいだに、女性から男性への性転換手術を受けるのです。“女の性”という言葉があるように、仏教では女性はとくに業が深いとされています。いわば、劣悪で不幸な性なのです。しかし、極楽ではすべての住人が幸せでなければなりません。そこで、“第二の性(女性)”は廃止されたわけです。
 しかしよく考えてみると、男性だけの世界では、男性か女性とかいう言葉は死語同然です。女性が一人もいないのに、どうして男女の区別が必要でしょうか。極楽は、いわゆる“男と女”の関係のわずらわしさから解放された世界です。色恋ざたも、不純異性交遊も、結婚詐欺も、ポルノ発禁も、娑婆世界のごたごたやいざこざは極楽にまで伝わってきません。
 もし、みなさんのなかに、「わたしは何度生まれ変わっても、恋に生き恋に死ぬ女になりたい」と思っている女性がいたら、残念ながら極楽への切符は渡せません。

・「女性がいなきゃつまらない」などとガッカリしないでください。そのかわり、極楽の住人にはさまざまな“神通力”が与えられています。

・つまり、極楽世界に生まれ変わると、男性も女性もみんながスーパーマンに変身するのです。超人的な知恵と能力を自由自在に操り、清浄な楽しみを享受しながら、悟りの修行にいそしむ永遠の生命の持ち主。それが、極楽の住人の姿です。

・極楽浄土では、住人の体そのものがすでに金色に輝いています。そのうえに、縫い目のないりっぱな衣服をまとい、指輪やブレスレット、宝冠などの装身具でかぎりなく飾られています。
 食に関しても、いつでも食べたいときに、7つの宝でつくられたテーブルが自然に目の前にあらわれ、7つの宝でつくられた食器にご馳走がたくさん盛られます。

・みなさんがいちばん気にかかるのは、住まいのことかもしれません。しかし、ご安心ください。極楽浄土には2DKや3DKのちゃちなマンションはありません。すべての住人が、宮殿のような豪華な住宅に住むことができます。

・西方極楽浄土の観光、いかがでしたか。西方浄土は阿弥陀如来が建立した浄土でしたが、浄土は諸仏の数だけ、つまり無数にあります。なぜなら、浄土は仏国土とも呼ばれているように、仏が主宰する国土なのです。

・東方はるかかなたに見える、アンドロメダ大星雲のように美しく輝いているのは“浄瑠璃世界”薬師如来が建立した仏国土です。

・そこで、これらの願が成就された浄瑠璃世界は、いっさいの病が癒された浄土になっています。病の癒し手、偉大な医者は、薬師如来その人です。

・如来ファミリーのスターといえば、これまで見てきた阿弥陀仏、薬師仏がいちばん有名ですが、ゴッドファーザー“毘盧舎那仏”も見逃すわけにはいきません。
 毘盧舎那仏——こういってもピンとこない人は、奈良・東大寺の大仏を思い起こしてください。あの大仏が毘盧舎那仏です。この仏は“光明遍照”という異名をもっています。というのも、本来、太陽を象徴する仏であったところから、その光明はあまねくいっさいを照らす、とされているからです。そして、太陽がわたしたちの太陽系の中心にあるように、毘盧舎那仏の仏国土“蓮華蔵世界”も、極楽宇宙の中心に位置しています。

・ゴッドファーザー毘盧舎那仏は、じつに寡黙な仏です。しかし、同じく太陽を象徴した仏でも、密教の本尊“大日如来”になりますと、大日如来は帝王の姿で表現されます。ファミリーのなかでもちょっと変わり種なのです。
 ところで、如来ファミリーには独特の遺伝的特徴があります。“32相・80種好”と呼ばれる、いわゆる“相好(顔つき)”です。32相のいくつかを紹介しましょう。
 仏には歯が40本あります。舌が大きくて、せいいっぱい伸ばせば髪の生えぎわまでとどきます。体に生えている毛やうぶ毛はすべて右巻きになっています。足には土踏まずがありません。いわゆる、偏平足です。手と足の指のあいだに、水鳥のような水かきがついています。また、全身が黄金色に輝いています。
 これらの特徴は、わたしたちふつうの人間から見ると、じつに奇妙キテレツに思えます。

<観音さまはまちがいなく男性。極楽世界には女性はいない。>
・観音菩薩は一般に柔和な表情をしているが、馬頭観音だけは忿怒の相をしている。

<観音さまが仏を生んだ?>
・准胝(じゅんてい)観音という名の菩薩は、夫婦の和合、小児の夜泣きに効くといわれている。この菩薩は、別名を准胝仏母ともいい、過去、無量の諸仏を生みだした“母なる観音”とされている。

<地蔵菩薩>
・地蔵菩薩は、釈尊の入滅から56億7千万年後に弥勒菩薩が仏となってこの世に出現するまでの、いわば“無仏の時代”に、娑婆世界にあって、わたしたち衆生を救う菩薩なのです。

・とはいっても、極楽世界のなかには罪悪はいっさいありませんから、おのずと極楽の外に立って仏の世界を守ることになります。そこで、彼らは須弥山世界の天上界に見張り所を設けています。天ファミリーという名称はそこからきているのです。
おもしろいのは、天ファミリーは極楽ファミリーの一員でありながら、男女の区別がある、ということです。たおえば、吉祥天。“きっしょうてん”の呼び名でも親しまれているこの神さまは、正真正銘の女性です。なにしろ、父親が徳叉迦、母親が鬼子母神、そして、毘沙門天の妻という戸籍簿まで用意されているのですから疑う余地はありません。天上界めぐりでも紹介しましたように、プレイエリア天上界は男女の区別があり、女性がことのほか美しいところです。吉祥天は、無数の美しい女性のなかにあっても、いちだんと美しく光輝いている女神なのです。
 天ファミリーのメンバーは、ほとんどがその昔、異教の神々でした。吉祥天ももとはヒンドゥー教の女神で、ヴィシュヌ神の妃ラクシュミーだったとされています。

<不動明王>
・しかし、お不動さんという愛称(本名を不動明王といいます)からもうかがわれるように、善男善女にとっては、とても親しみのもてる極楽ファミリーの一員です。庶民にとっては、おこりっぽい親父のようなイメージが、不動明王にはあるのです。

・不動明王は極楽ファミリーのなかの分家、明王ファミリーに属しています。明王の明とは、“知恵の光明”の意味です。仏の知恵を体現した如来の使者が明王なのです。ただし、知恵の光明をやさしく教え諭すのではなく、それをもってすべての魔障を打ち破る威徳の王という、独特のキャラクターの持ち主です。
 明王は、ときには大日如来の使者として、菩薩とともにいろいろな役割をになっています。如来や菩薩では救いきれないひねくれ者や、根っからの悪人に対し、猛威をふるって恐れを与え、衆生を極楽世界へと導き諭しているのです。

・明王のファミリーの中心は、不動明王を筆頭とする五大明王です。降三世(ごうさんぜ)明王は三つの目をもち、怒髪天を突いています。四面八臂、つまり四つの顔と八本の手をもち、弓、矢、刀などを携えています。軍荼利(ぐんだり)明王は、一面八臂。文殊菩薩の変化身ともいわれる大威徳明王は、三面六臂。残る金剛夜叉明王も三面六臂で、いずれ劣らぬつわものぞろいです。
 もう一人、明王ファミリーには、愛染明王という有名人がいます。炎のように燃えあがる髪をもち、顔面には三つの目が光っています。そして手は六本。



『宇宙連合からのファーストメッセージ』 
セレリーニー・清子  文芸社   2001/181



<宇宙連合の宇宙船>
・「最小のものでしたら10名程度の超小型から、最大のものでしたら10万人位のスーパージャンボ型までございます」

・「宇宙船の中は、貴方達が想像できない位、素晴らしい環境が用意されていますから、例えば、地球にあった草花や小川とか、小鳥や動物まで、まるで今まで通り地球上で生活しているのかしらと勘違いするくらい、そっくりな環境が用意されていますから、安心して下さい」

<宇宙の戦争は?>
・宇宙においても様々な考え方の違いによるところの戦争が無い訳ではありません。しかし、その戦争は宇宙連合に加入していない星と星との間で行われているものであって、私達宇宙連合に関わっている星々との間には、戦争はございません。



『宇宙連合から宇宙船への招待』
セレリーニー・清子 + タビト・トモキオ  たま出版  2002/4/15



<夢のようなリゾート気分の宇宙船へ>
・「はい、この宇宙船は縦が20キロメートル、横10キロメートル、高さ5キロメートルの楕円形の形をしています。そして大よそ3万人くらいの方達が乗っておりました。まだまだ小型の部類に入ると思います」

<宇宙連合は地球年で何年位前に創られたか?>
・「宇宙連合は地球年代で申しあげますと、およそ100億年以上も前に創られました。そして、その星の数ですが、それは30の星から始まりまして、現在に至りまして100万近くの星になっております」

・「なお、この宇宙体験は夢の中におけるフィクションですが、中に登場されている宇宙連合のフィウリー総司令官、ケリアリー様、リメッシリー様、リオラー様、スミットナー様、シュリナース様と称される方々からのお話は、チャネラーである私を通して、実際に宇宙からのチャネリングによるものであり、ノンフィクションです。

<宇宙船の全貌>
・宇宙母船には32の宇宙船があり、それぞれが1本ずつ、32本の腕が交互に高さを支えて段違いに生えたような姿に設計されています。その一つ一つの宇宙船は、みなそれぞれに独立した言わば国のようになっています。

・宇宙母船全体ですと直径1000キロほどありまして、母船本体だけでは直径800キロほどで、その一つ一つの宇宙船には更に小型宇宙船が大小約100機ほど用意されております。このように必要に応じていつでも利用されています。
 また、人口は、現在60万人くらいですが、最大限で100万人くらいは搭乗可能ですね。
 以前10万人乗りの大型宇宙船もあると申しましたが最初から皆様を驚かしてはいけないと思いまして、少し控え目にお伝えいたしましたが、実際にはこのようにその10倍以上の100万人乗りのものもあるんですよ。

<スター・ウォーズの世界がそこにあった>
・「実は地球の皆様に、この宇宙母船の防衛システムをご覧いただきながら、普段どのようにしてこの宇宙船で生活している約60万人の生命をお守りしているのかを、実際にご覧いただきたいと思います」

・地球で起きている戦争は、この宇宙でも起こっているということです。

<過去にも未来にも自由自在にタイムスリップ>
・宇宙には過去・現在・未来がたたみこまれている。


<●●インターネット情報から●●>
「zeraniumの掲示板」から引用

book 『「矢追純一」に集まる未報道UFO事件の真相まとめ』
                                 矢追純一著  明窓出版    2014/8/26      (抜粋)


「宇宙人に関する情報を開示し始めたロシア政府」

 2012年12月7日、ロシアのメドベージェフ首相が、テレビ番組終了後にテレビキャスターからのインタビューの中で、「宇宙人についてのファイル」の存在についてコメントした。この時、彼は自分がつけているマイクのスイッチがオンのままであることに、気づいていなかったようである。 「大統領になると、宇宙人やUFOの情報を知らされるのですか?」との女性キャスターの質問に対し、メドベージェフ首相は、「では1度だけですが、はっきりと言っておきましょう」と前置きしたうえで次のように答えた。

   「大統領に就任するとまず、核兵器の発射コードの入ったブリーフケースと、特別な極秘ファイルを受け取ります。このファイルは、地球を訪れている異星人に関する資料であり、そうした宇宙人を管理するための、完全機密の特殊機関による報告書です。これらは任期終了とともに、次の大統領に渡されます。そうした詳細は『メン・イン・ブラック』という映画を見ればよくわかるでしょう。我々の中に、どれほどの宇宙人がともに住んでいるかについては言うことができません。人々がパニックになるといけませんからね」

   ここに出てくる「メン・イン・ブラック」だが、このニュースを聞いた人たちの多くは、「ハリウッド製のコメディ映画を思い浮かべたようだった。そのためにこのニュースは各国のマスメディアに、メドベージェフ首相の軽いジョーク、あるいはリップサービスと受け止められたようで、新聞にも小さな記事としてしか扱われなかった。

   だが、実はそうではない。
   首相の言った「メン・イン・ブラック」とは、ロシア製のドキュメンタリー映画のことであり、UFOや宇宙人に関する事件に基いて製作されたものを指していたのだ。いずれにしても、当局がまだ公式に発表できない事実を、ロシア市民にさりげなく示すために、メドベージェフ首相のコメントが事前に準備されていたのかもしれない。

   その後、そうした情報開示の動きはさらに高まっている。
   その翌年の2013年1月23日から27日にかけて行なわれた、スイスにおけるWEF(世界経済フォーラム)の場で驚くべき事実が公表されたのである。WEFは健康や環境に対する問題対策を討議するもので、年に1度、スイスのダボスで開催されている。それは各国の政治指導者や経済界、学会のリーダーやジャーナリストなど、2500人からなる人々で構成されている。

   2013年のWEFにおける特別分科会では、「自然・Xファクター」の分野に重点が置かれた。「Xファクター」とは、「宇宙のあらゆる場所に生命が実在する証明と発見が、人類の信念体系に及ぼす心理的影響について研究する」というものだ。これには、我々地球人が未だ理解していないUFOや超常現象なども含まれている。そしてこの特別分科会の中で、メドベージェフ首相がアメリカのオバマ大統領に対し、次のように宣言したという。

   「世界は、地球外生命体の実在の真相や、彼らを監視する秘密機関が存在することを知るべきだ。もし米国がそうした公式発表に加わらないのなら、我々クレムリンは独自に発表を行なう予定である」と。 これはロシア外務大臣の報告として、ロシア外務省が発信している情報なので、間違いのないニュースである。

   実はプーチン大統領は、以前から異星人の存在を公表しようと主張しているのだ。
   そして日本ではほとんど知らされていないが、ロシアではすでに情報開示が始まっている。2002年10月5日には、ロシアの政府機関紙『プラウダ』の公式サイトが、月面都市の写真を公表した。同紙は、火星のスフィンクスとピラミッドも公表している。

   また2013年2月10日には、国営ラジオ局「ロシアの声」で、チトフ記念宇宙実験センターのセルゲイ・ペレジノイ所長補が、「ロシア国防省の宇宙機器はUFOをコントロールできない」とする、地球外文明を認めるインタヴューを報道している。さらにペレジノイ所長補は、「地球外文明と戦えるだけの準備は今のところ我々にはない。そのような課題は我々には示されていないが、地球上および地球の周辺には、多くの問題が存在している」とも語っている。

   こうした発言や冒頭のメドベージェフ首相の発言も、プーチン大統領の意思に沿ったものだと考えられる。ロシアがこれほどまでに、「地球外生命体に関する事実の公表」にこだわるのは、ロシア国内ではしばしば、これまでにも異星人による脅威にさらされているという事実があり、もはや1国だけでそれに対応するのが難しくなっているということがあるようだ。



『図説 奇形全書』
マルタン・モネスティエ  原書房 1999/9



<両性具有>
・庶民の言葉や医学の俗語はときに、いくつかの用語を混同して使用しており、それがある種の人々の正確な呼び方を困難にしているため、その心身の特徴が誤って定義されている。ゲイはトランスセクシュアル(性転換症)と同一視され、ホモセクシュアルはアンドロギュヌス(両性具有)と混同され、ヘテロセクシュアル(異性愛)はヘルマフロディド(両性具有)と同一視され、ヘルマフロディドはしばしば疑似ヘルマフロディスムの意味で使われている。まず、それらの言葉の意味をきちんと定義しておく必要があると思われる。

<トラヴェスティスマン>
・トラヴェスティ(ゲイ)は、ホモセクシュアルであることはまれで、ただ女性のある形に自分を同化させたいという欲望を持っているにすぎない。ゲイの男性は決して自分を女性であるとは認識しておらず、ただ女性の形をまねているだけである。
 彼らの男性生殖器はまだ、他の男性と同様に性的欲望の中心になっている。ゲイの99パーセントが、ふだん、普通の男性のように行動しており、彼らの女性的な面を慎重に隠している。統計によると、公称のゲイのうち70パーセントが結婚しており、しばしば一家の父親になっている。

<ホモセクシュアリテ>
・ホモセクシュアルは、自分と同じ性の人しか性欲を感じない者である。

<ペデラスティ(男色)>
・古代ギリシアでは少年愛をこのように呼んでいた。今日、ペデラストはホモセクシュアルと同義で、男性の性的倒錯を示す。

<トランスセクシュアリテ>
・トランスセクシュアルな男性は、自分の男性的な性徴に対して深い恐怖心を抱いていることを特徴としている。トランスセクシュアルは女装するが、女性の服を着るだけでは満足できず、女性になりたいと心から思っている。その欲望にとりつかれるあまり、自分は、本当は女性で、自分の生殖器は自然の忌まわしい気まぐれにすぎないと、考えるようになることもある。そのため中には、女性の性的な外見を手に入れるために外科手術の助けを借りる者もいる。

<ヘルマフロディズム>
・ホモセクシュアル、トランスセクシュアル、トラヴェスティ、部分的な去勢以外に、自然が男性と女性の性的特徴を与えた様々な人々が存在する。彼らはアンドロギュヌスと呼ばれているが、これはギリシア語のアンドロ(男)とギュネ(女)から生まれた言葉である。
 いずれの人間の胚も、その中に、男女どちらの性にもなれる要素と可能性を持っている。この胚は女性になるのが自然の傾向だが、母親の体内で成長するあいだに、染色体の影響を受けて、同じ器官が卵巣ないしは精巣となるために、子供は男性か女性のいずれかの性へと成長する。

・染色体や生殖腺のホルモン異常といった様々なトラブルがおきると、このプロセスに混乱が生じ、成長が変化する。もちろん、男性と女性の完全な形のあいだには、様々な組み合わせが考えられる。話を簡潔にするため、ここでは三つの形が存在すると言っておこう。一つは「真正」ヘルマフロディスム、あとの二つは「疑似」ヘルマフロディスムである。

<真正ヘルマフロディスム>
・植物は一つの個体に二つの性が結合している。二枚貝やかたつむりや蛭といったいくつかの下等動物も、完全な雌雄同体で、自ら繁殖し種を再生産することができる。このような状態は、高等動物や人間では起こり得ない。せいぜい、一人の人間にペニスとヴァギナ、精巣と卵巣が備わっているのが見られる程度である。しかし、それらの人々はもちろん一人で子供を作ることはできないし、たとえ二つの器官が備わっていても、そのうち一つは機能しないことが多い。しかしながら、男女いずれとも性的関係を結ぶことのできた特別なアンドロギュヌスがいたことも、指摘しておかなければならない。

<疑似ヘルマフロディスム>
・日常語においてヘルマフロディトの名は、生殖器官が異常な形で発達したために実際の性に違和感をおぼえる人々に対して与えられている。実際のところ、それは疑似ヘルマフロディスムのケースである。これは男性にも女性にも存在する。内部の性的特徴ははっきりしているのだが、外性器は一見して反対の性のものである。たとえば、女性の場合、大きなクリトリスがペニスの形をしているとか、男性の場合は睾丸が未発達で変位しているため、陰嚢が二枚の葉のような形で結合し、大きな陰唇のように見えるといったものである。

<ヘルマフロディト、伝説から現実へ>
・男でもあり女でもある人間は、つねに、太古の昔から、見る者に衝撃を与え、古代人の想像力をかきたててきた。ヘルメスとアフロディテの息子である両性具有のヘルマフロディトスという有名なモデルにならって、二つの性が混ざり合っていることがはっきり認められる者をすべて、ヘルマフロディトと呼ぶようになった。

・ギリシアの伝説によると、ヘルマフロディトスは14歳で、カリアのハリカルナッソスへ旅立った。旅が終わるころ、ある泉で裸になって水浴をしていると、ニンフのサルマキスが彼に対して激しい恋心を抱いた。しぐさや愛撫などあらゆる方法で彼を誘惑しようと試みたのち、彼女はメルクリウスとウェヌスの二人の神に、二つの体を結合して一つの体にして欲しいと祈った。彼女の祈りは聞き届けられたが、そうしてできた人間は二つの性を持つようになった。のちに、その泉で水浴した者はすべて、同じような変身をとげたのだった。

・ギリシア神話には、このような男女両性を持つ人々がたくさん登場する。テーベの占い師テレシアスは、オイディプスが出生の秘密を知る手助けをするが、伝統に従って、男になったり女になったりする。神々もしばしば両性具有であった。たとえば、ディアロスはアンドロギュヌスであったし、アルセノテリスは男であり女であった。ギニスは女性的であったし、オルペウス教の創造主パネスも同様であった。ゼウスの精液から生まれたアドジヌティスは二つの性を持ち、バッカス、つまりギリシアのディオニソスのあだ名は「プセウダノル」、偽の男であった。

・人間のあいだにヘルマフロディトが存在する理由について、寓話作家のイソップは次のように書いている。人間の体を作っていたプロメテウスは、人間の性も決定していた。ある晩、彼は酔っ払ってバッカスの家からもどってくると、二つの性を与えてしまうなど、たくさんの取り違えをしたというのである。プラトンは『饗宴』の中で、大昔、人類には
アンドロギュヌスしかいなかったという仮説を立てた。

<両性具有者>
・神に起源を持つにもかかわらず、アンドロギュヌスは何世紀にもわたって様々な境遇を経験した。古代の民族の多くは、性別のはっきりしない子供を殺した。

<火刑台と修道院のあいだ>
・中世を通じて、あらゆる奇形に対して誤った考えと偏見が横行していたとしても、アンドロギュヌスに対する警戒心はとりわけ強かった。教会は彼らを悪魔のしわざと見ていたので、彼らの多くは宗教裁判にかけられ、処刑された。

・アンドロギュヌスがすべて公衆の面前で火あぶりにされることはなくなったとしても、複雑な法制度が確立されると、彼らはどうしても性を選ばなければなくなり、いったん性別が決まると、自然に反する行為は厳しく罰せられ、再犯の場合は死刑になることもあった。

<見世物のヘルマフロディト>
・このようにして、19世紀と20世紀初頭には、ショーや見世物小屋の舞台で、ヘルマフロディトがたくさん見られたし、今日でもしばしばヘルマフロディトと混同されるゲイのショーが人気を博している。
 ショーの興行主たちは口癖のように、彼らのいう「ふたなり」がいると、ショーは間違いなくあたると言っていた。

<ヘルマフロディトと愛>
・それらふたなりの中には、抗しがたい魅力を持ち、激しい恋心をかきたてる者もいる。
 ジョゼフ・ヒルトンはヘルマフロディトだったが、非常に魅力的だったため、アメリカ在郷軍人会のある老人が妻と子供を捨て、彼とともに暮らした。



『恐怖の世界大陰謀』
 デーヴッド・アイク (三交社)  2008/12



<いわゆる「神々」について>
・この「神々」のうちの爬虫類種属、―― 一部はドラコ(竜座)から来たと言われ、英単語draconian(過酷な)の語源ともなっているーが、異種交配の中心的な役割を担っていた。さらには、UFO研究者のあいだで、「ノルディック」と呼ばれる長躯・金髪・碧眼の地球外種属もこの異種交配に関わり、遺伝子(コンピューターソフトウエア)に混入させたと見られている。ノルディックには、たまには赤髪・緑眼の者がいるが、今日の支配種の血流にも、金髪碧眼に加えて数は少ないが、赤毛が存在する。これは偶然ではないが、ズールー族のシャーマン、クレド・ムトウの話では、アフリカではノルディックは「ムツング(白い人)」と呼ばれ、アフリカ大陸の古代人にも知られていたらしい。

・学者であり作家でもあるゼカリア・シッチンはシュメールタブレットに関する本を多く書いているが、彼によると「創世期」でネフイリムをさす「名高い英雄たち」という言葉は、シュメール語の原本から考えて「空飛ぶ乗り物の者たち」と読むべきなのだそうだ。すると物語全体の様子がかなり変わって来て、ずいぶんと意味が通るようになる。

<地底レプティリアン>
・ムー(レムリア)の滅亡後に、レプティリアン(爬虫類人)とその血統が密かに移住した地はインドだけではない。彼らは、世界中いたるところに地底都市を築いていた。その多くは、後年にレプティリアン混血種が秘密軍事プロジェクトにおいて築いたトンネル網と地下基地で結ばれている。

・ヒンドゥーの伝説によれば、彼らは、そこから出てUFO研究者がノルディックと呼んでいる「白人」種族と争い、アガルタやシャンバラといった地底王国に住みついた。

・「影の王国」「人間の知らない空間や次元」とはすき間次元のことで、人間の視覚の向こうにある欠片のようなところだ。

・理由はほかにもある。レプティリアン自身も別の力に支配されているということである。その力とは、スチュワート・スフードロウのいうレプティリアンを作った「透明な人々」だ。この連中は、「エネルギーの振動率が高すぎて、物質的な肉体を維持することができないため、物理的な次元に入ることができない。彼らが姿を現すときは「透明ガラスの外殻のように見える」。

<スチュワートの話>
・その生命体は、爬虫類で、モントークで見た時には、「物理的な現実を出たり入ったりしているようだった」と述べている。彼の著書『青い血、真実の血』によると、多様な地球外生命体の集団がこの惑星にやって来て、さまざまな種族の種を植えつけたのだという。アトランティスを支配したのは白人(=コーカサス人)のアトラン人で、これは「ライア」ないし「ライラ」、すなわち琴座からやって来た種族だ。一方、爬虫類種属は、太平洋のムー(レムリア)を拠点として、本来のライラ人は、その言葉から考えるような物理的な存在ではなかったのだ。この次元に囚われてしまい、振動が高密度化したのである。レプティリアンは、スチュワートが、「透明人」と呼ぶ者によって作られた。

・「透明人」は、エネルギーの「振動率が高すぎて物理的な肉体を維持できないで、完全には物理的な次元に入ることができない」、だから姿を現すときは、「透明なガラスの外殻のように見えてしまうのである。

・初めのレプティリアンは「境界物質」で、こちら側で機能するための物理的な形態を必要とした。そこでレプティリアンとライラ人の遺伝子を混ぜることにした。レプティリアンが金髪碧眼の人間に固執するのはこのためで、彼らが、この現実で活動するためには、このタイプの人間遺伝子が必要なのである。

<2012年>
・宇宙のサイクルー「意識にある共同創造」という無限の能力が発達してくる。

・注目すべきテーマは、ほかにもある。2012年を気にする人が次第に増えてきていることだ。問題の日が近付けば、もっとヒステリー状態になるだろう。

<エメラルドタブレット>
・彼らは、レプティリアン混血種であり、人間の外観を持ち、さまざまな経歴を持って現れることで、人類を欺いてきた。彼らは、人間ではないし、そんな経歴を持っていない。すべて同じレプティリアン種族だ。エメラルドタブレットは、レプティリアンが「影の王国から」やって来て、「人間」を破滅に追いやり支配者の地位におさまったと記している。

・要するに、次元と次元の間の「裂け目」ないし中立地帯である。レプティリアンは、人間の視覚を超えた振動の欠片のようなこの領域から混血種ネフィリムの血統に「取り憑き」、彼らを通じて私達の視覚を操作しているのだ。

<世界中でお馴染みのテーマ・・・・>
・エジプト人によれば監視者は「天の舟」に乗ってやって来たという。世界中の古代文明では、ある種の飛行装置でやって来た「神々」が文明を築き、先進的な技術をもたらしたというテーマが繰り返し登場する。インダス文明では空飛ぶ乗り物のことを「ヴィマナ」と呼んでいる。

・古代インドの文書ではこの「空飛ぶ船」に使われていた反重力技術の記述がある。中国人がチベットで発見したサンスクリット語の文書だったのだが、あまりのことにチャンディーガル大学に送って翻訳してもらったところ、同大学のルース・レイナ博士によれば、なんと恒星間宇宙船が建造できるほどの知識が含まれていることが分かった。しかもこの文書は数千年も前のものだ。博士が明らかにしたことには、このタイプの船は「アストラ」と呼ばれており、どの惑星へも飛んで行けるという。船は月まで飛んで行ったという記述もあるということだ。

・レプティリアン(爬虫類人)は竜座を拠点とし、この地球上で私達が、到達しているのと同じような征服行為によって銀河系全体に拡大し始めた、とスチュワートは述べている。ただし強調しておきたいのは、この惑星から来た、あの惑星から来たという主張は、必ずしもこの<次元>や<現実>で私達が、知っている惑星や星座のことを意味しているわけではない。惑星や星々は数多くの現実があるので、たとえ、この周波数帯では死んだように見えていても人間の視覚を超えた別の周波数では生命に満ち溢れている、ということもありうるのだ。スチュワートは、レプティリアンは征服に際してシリウスの種族の援助を受けたと言っている。

・地球外/多次元からの地球来訪者は数多く存在しているようで、友好的な種族もあれば、悪意に満ちた野望を抱いている種族もあるだろう。レプティリアンもそしてそのシリウスからやって来た一団もそうだった。ほかにもオリオン座からやって来た黒い大きな瞳を持つ「グレイ」種族、地球から40光年まで離れたところにあるレチクル座のゼータ連星からやって来た別のグレイ種族、アンドロメダ星雲からやって来た一団、牡牛座の昴、プレアデス星団から来た一団。

・一見すると別の種族も存在しており、なかでも最も邪悪なのはドラコニアン、レプティリアンだそうだ。スチュアートによると、彼らは、両性具有者で、それゆえに自分たちは優れた存在であり、他のものよりも「神に近い」と信じるようにプログラムされているのだ。

<共通の神話>
・ミネソタ州の丘陵地域などでは、身長が2メートル半から3メートル半もある巨人の骨が見つかっている。ネバ他州ラブロック近くの洞からは赤毛の巨人のミイラが多数見つかっていて、なかには身長2メートル以上のものも何体かあった。デラウェア・インディアンには、かってミシシッピ川以東には巨人族がいくつもの巨大都市をつくっていたという話が伝わっているし、同様の巨人の話は、世界中いたるところに古代の伝説・伝承として残っている。

・古代のネフィリムと「現代の」世界をコントロールしている家系は同じ遺伝子(コンピュータープログラム)を持った種族なのだから、大半の言い伝えでは、巨人たちは他の人々に対して、友好的ではなく、むしろ敵意すら抱いていた。また、奇妙な飛行装置と結びつけて語られることも多く、これは現代のUFO談話にもでてくる「空飛ぶ円盤」に非常によく似ている。



『やはりキリストは宇宙人だった』 
(レイモンド・ドレイク) (大陸書房) 1977/8



<人類の進化にも諸説あるようだ!?>
・オリエントに発した最初の神秘学説の説くところでは、地球上第一番目の人類は、太陽から来た両性具有者であり、その次は、木星から来た愚鈍な化け物みたいなもの。3番目は、レムリア人であり、金星と火星から飛んできた両性具有の堕天使たちで、これが1000年間地球に住んだ結果として、男性部分と女性部分がそれぞれ分かれた存在になってしまった。4番目の人類は、月と土星からやって来たアトランチス人であり、5番目の私たちの先祖なるものは、水星から来たものであるという。

・ナバホ・インディアンもヒンドゥー人もアイルランド人も、その他古来の人類の大部は昔の四つの時代を信じ、その古いものが天災かなにかで滅びては、そのつど、次期の人類が長い苦しい努力によって、新しい文明を築き上げてきたのだと信じていた。



『日本猟奇史』   大正・昭和編
富岡直方   国書刊行会    2008/7



<24歳で女が男になった変性体>
・{大正10年(1921)7月} 女性から男性への変転、これはたしかに異常な感激であり、その体験の心理たるや、けだしうかがい知ることのできぬものであるに違いない。つぎに採録したものは、その微妙な体験心理の片鱗を示したものと信ずる。

 江戸時代にも、男から女に変わった例はある。しかし、それは自然化であったが、近代のは医術化である。そこに、時代の流れの変遷が見られる。

・「徳島市○○町○○ゆきの私生児かめを(27)が、24歳のとき、徳島市三宅病院の手術を受けて男となり、今年亀雄と改名して、徴兵検査を受けたことは既報したが、その結果は丁種の不合格で兵役には全然関係のない身となった。彼は24年間の女性生活について、こう語っている。

 私は、尋常2年生を中途で退学しまして、子守や下女奉公ばかりしておりましたが、19の年に女として人並みの身体でないことを覚り、つらつら世の中が嫌になりました。それでもまだ女であると信じていましたけれど、24の年に医者に診てもらいまして男であると聞かされたときは、ホントに天にも昇る心地がしまして、さっそく銀杏髷に結っていた緑の髪を切り捨てました。裁縫から炊事まで女ひととおりのことはできるけれども、悲しいことは読み書きのほうがさっぱり駄目ですから、いつも字引を懐ろにして、わからない文字を覚えるようにしています。ま
だ綴り方まではできません。

 身体のこなしも、言葉遣いもまだ女に近いが、いまでは立派な細君ができていて、近く徳島の本町でフライビンズの製造販売を始めるとのことである」――(大阪毎日新聞)

<大阪に起こった不思議な幽霊写真の怪事件>
・[大正10年{1921}7月] 幽霊が写真に撮ったという奇怪な事件は明治時代篇(63)にも記したが、今回のはさすがに時代の進化で、新聞記者もこれをそのまま事実として受け入れることができず、それに科学的解説を付して、幽霊の出現を否定し、見出しも「珍談――幽霊写真」としている。もっともな見解である。

・しかし、その記事を読んでいくうちに、そこになにかしら否まれぬ奇異の存在があるように思われる。ことに科学文明の進んでいる欧州において、幽霊写真の事実が肯定され、それが研究されている事実を考えるとき、また前記明治時代篇に載せた事実を想起すると、あながち否定することもできぬように思われる。要は読者の判断に任すとして、ここにその全文を掲げて見ることとした。こうした記事の取り扱いについては、そこに時代の流れを知ることができようか。

<男女両性を完全にそなえた半陰陽の奇少年>
・{昭和6年{1931}11月} 17日午後2時、東京高田警察署では、市外高田町雑司が谷の聖労院に志賀警察医を派遣して、同院に収容されている者の病患者を検診したが、そのさい、脚気患者松本茂(仮名)17歳という少年が、はからずも男女両性を完全にそなえているということが発見された。
 その結果、警察側としては、医学上の問題よりも、取り締まり上の関係から、この両性をそなえている松本を、従来どおり同院の男子部に収容することはできず、といって女子部へ回すのも変だとあって、聖労院とも協議の結果、17日夜からは同院内の「慰めの家」に収容することとなった。

・この松本少年いな少女(?)は、去る9月23日、浅草公園のルンペンの仲間にいたのを、同僚40名とともに象潟署から聖労院へ回してきたものであったが、ザンギリ頭に、黒い顔、太い眉、どうみても男であった。
 父は、以前火の番をやっていたが、いまは消息不明で、母は浅草の某家で厄介になっている。戸籍面は「松本茂子」となっていて、神田に生まれたが、小学校は浅草の千東小学校に通い、可憐な一女生徒として5年を終了した。

・それが、学校を出るころから、肉体に変調を来たし、男性的な力強い衝動がムラムラと頭をもたげてくるのを感じるようになり、それから男子の生活をはじめた。

 べらんめえ口調で、浅草界隈の不良少年などを捉まえてケンカをしたり、女の子を泣かせて喜んだするようになった。そのうち公園のルンペンの群れに投じたものであった。

・少年「松本茂子」を診察した高田警察署の医師は、「松本は完全な両性をそなえ、医学上半陰陽といっている。軽度のものは従来も見たことはあるが、こんな完全なのははじめてで、医学上有力な参考資料です。両方とも10歳ぐらいの発達の程度である。本人の意志は完全に男性であるが、皮膚などは女性です」と語っていたという。――(東京日日新聞)

<尾のある人間が三人、徴兵検査に現われる>
・{大正3年{1914}7月} 明治22年(1889)6月21日の「時事新報」に「生まれながら尾あり」と題する、つぎのような記事が載せられている。
「南アフリカ、ナイアムス地方にナイアムスと称する種族ありて、その種類は人類ながらも猿の如き尾ありとは、該地方を跋渉して帰りたる欧州人のしばしば報ずるところなれども、人々みな尾あり、尾あるをもって一種族をなすというが如きは、いまだこれをもって信をおくもの少なし。しかし、生まれながらにして尾ある人は、古来、その例少なからず。」

・また、ある探検隊が、未開の地で現地人に襲撃されたとき、そのなかの1人を捕えたら、その人には尾があったという記事を見たことがあることから考えて、人間にもたまたま尾のある者がいるということだけでは否めない事実であるらしい。

 しかし、右はいずれも外国の話であるが、ここに、わが国にも、尾のある人のあることが発見された。まことに稀有の奇怪事である。

・江戸時代の随筆に、ある人間に急に尾が生えて、犬のような真似をするようになったという話が載せられているが、それは充分な信をおきえないにしても、つぎに掲げた記事は、徴兵検査官が発見したという大新聞の記事であるから、充分信じえられる記録であろう。

・「和歌山県における徴兵検査は、4日(7月)をもって終了したるが、県下における徴兵体格検査のさい、有田郡出身者にして臀部に長さ一寸余の尾(?)の如きものある人物3人まで発見され、当該徴兵官は、全国にいまだ類例なき珍事実なりとて驚きおれり。そのほかに奇病者として、尿道破裂のため女子の局部の如く変形せるもの1人ありたり。ちなみに、県下の徴兵成績は昨年に比し不良にして、和歌山市の如きは最も劣れり。また徴兵忌避者は、紀の川沿岸伊都、那賀両郡の資産家の子弟に多かりしと」――(大阪毎日新聞)



『天国の真実』
マシューが教えてくれる天国の生活
スザン・ワード  ナチュラル・スピリット   2006/10/10



<ニルヴァーナ(涅槃・天国)評議会>
<ニルヴァーナ評議会は、天国の統治体>
・(マシュー)最も尊敬される賢明な魂だけが評議員として検討される。彼らの経歴はさまざまだが、専門や学術的知識よりも知恵がその地位に就くのに最も大切な基準となる。たいていの場合、評議員たちは地球に何度も転生しているが、必ずしも地球での経験に留まるわけではない。

・評議員は男女、そして両性具有の魂の代表だ。

・グレート・マスターは、住人でもなければ、体も持たない。彼らの強力なエネルギーは、この太陽系一体から、リラ、シリウス、プレアデスといった地球文明の発展に緊急に関連する星系に瞬間的に移動できるんだ。

・たとえば、地球での大量死など、評議会が注目すべき大きな動きがあるときは定期会合はない。

・ここでは、もし指導者と住人の間に何かトラブルがあったとしても、本当に統治するのは大衆の意思であって、指導者の意思ではない。それは共和制の土台に則り、選出やリコールが即座にできるんだ。評議員は自信をもって投票する広範な人たちによって選出され、同じようにリコールも起こりうる。

・評議会は、この領域にあるいは地球の愛する魂たちに影響を及ぼすすべての事柄を管轄している。

・評議員の服装は白いローブに金色の紐帯だよ。服装だけを見れば、ここにいる普通の住人と変わりない。

<未知の宇宙で絶え間なく続いている戦い>
・地球を例外として、僕らに影響を及ぼすすべての領域の統治体とやりとりし合うんだ。地球に関しては、評議会は天使界や霊界の地球外生命体、そしてこの宇宙規模的な大変化の時期にライトワーカー(光の使者)として、地球を援助している人たちや、人間界の上にある文明とやりとりしている。

<ニルヴァーナ(天国)、そこは地上の生活と驚くほど、似通ったところが多くあるようです。>
・他巻にはマシューやその他多くの地球外惑星の存在たちからのメッセージをまとめてあります。

・それまでのジャーナリズムの仕事をしていたことが、マシューやその他の高次の存在らとの交信を活字にして出版するという今世の使命への準備だったことを知る。

・私が話している相手は、息子としてのマシューだけでなく、彼の累積した魂の集合体である「累魂」であると知ったときは驚きました。

・なぜなら、私が交信しているのは、それがマシュー人格であれ、彼の累魂であれ、マシューだけなのですから。

<ニルヴァーナ(涅槃)>
・(スザン)ニルヴァーナって地球から見ると、どこにあるの?

(マシュー)普通、地球と月ほどは離れてはいないんだけど、ここは静止した領域ではないから、相対的な位置はまちまちだね。ニルヴァーナと同じような肉体のない魂たちの他のすべての安息の地も静止していない。

・(スザン)ニルヴァーナ(天国)ってどのくらいの大きさなの?

(マシュー)さあ、何といったらいいかな、やさしい母親のイメージだよ。大きさはそう金星ほどかな。

・密度が濃くてエネルギーが不純であるほど、そのレベルで機能している魂たちはよりいっそう悪に縛られている。この多層構造宇宙の最下層は不純な場所であり、創造主に一番近い最上層は、光が最も多い天使界なんだ。

・普通は、ハトン銀河連合星の隊員がその両方を占める。その艦隊の一部がプレアデス星系に基地を置き、宇宙の中で、ここや同様の他の領域の(天国の)膜の見張り役の任務に就いている。

・そして、(天国の)膜が保護機能を完璧に保てるようにメンテナンスもしているんだよ。その艦隊は、この領域の保護が特務というわけではないけれど、ここ数年間は彼らがこのあたりでよく活動していて、主な見張り役であるように、彼らもシフト制でやっている。彼らがこの任務に就く前は、普段はシリウスからの大きな一機の宇宙船が近くにいて、頻繁に立ち寄って、監視していた。

<修理隊員のひとたちは体を持っているの?>
・普通は第4密度の体で来るけれど別にそうではなくてもいいんだ。いったんここに来れば、彼らの顔とか体を現すこともできる。

<パートナーシップ>
(スザン)同性愛のパートナーは、両者が望めばニルヴァーナ(涅槃・天国)でもそのつながりを継続できるの?

(マシュー)そうだよ。同性愛というのは地球ではよく理解されていない。言ってみれば、同性愛は体や物理的側面というよりも、霊の進化の一段階であって、他の身体的あるいは霊的発達段階と比べてとがめられるものでも崇められるものではない。

・それに僕たちは一回きりの人格でなく、類魂だということを忘れてはならない。どの類魂もおそらく肉体、あるいは肉体なしで男性、女性、そして、両性具有の存在として何千回も転生している。

・もし直前の過去世の地球の人生で同性愛者だったら、ここにも同じ状態でやってくる。ここでは体が性的行為をする造りにはなっていないから、同性愛の精神的な側面だけがついてくる。

・地球で猛烈に同性愛を糾弾している人たちというのは、直前の過去世で同性愛者の人格を経験した魂たちなんだ。

(スザン)同性愛は今、地球の歴史上、かってないほど増えているのかしら?
(マシュー)いや、でも有史以来、今はずいぶん人口が増えているから、割合は同じでも数にすれば、増えていることになるね。歴史上、様々な分野で尊敬されている著名なマスターたちは多くが同性愛者だ。



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