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霊魂体宇宙人は、基本的にアストラルの世界に住む住民であって、アストラルの家を建てて、アストラルのベットで寝て、アストラルの宇宙船で銀河を飛びまわっていた。(1)
[森羅万象]
2023年5月9日 20時32分の記事



(2023/5/9)


『銀河史 【下】』
ベテルギウス民族とオリオン帝国
先端技術研究機構  ヒカルランド 2023/4/11



・地球脱出(エクソダス)の準備――50億年を生き抜くための準備をせよ。その昔、モーゼがユダ族を率いてエジプトから脱出したのが運命(因縁)の始まりだが、その過激な運命が最後の最後まで続く、それが聖地・龍神島民族の特徴なのである。聖地民族に付きものなのは「エクソダス」であり、定住先を求めて宇宙を放浪することは主人公民族に課せられた「宿命」である。

<下巻あらすじ>
・我々の銀河系は、48万年前から12万年前まで続いた「銀河連合時代」を築き上げた中核的存在「プレアデス連合」の消滅とともに一度解体され、その中心勢力は、創造主セザナ神が直接管理する「アリニラム政権」へと移行した。
 創造主の腹づもりは、前座文明を築いた26音言語民族から、本命の57音言語民族へと主権を交代させることであった。そのための橋渡し工作も行うはずが、残念ながら、肝心要の本命民族(57音言語民族)の機根度(文明度)が上昇せず、銀河人と対等に渡り合えるレベルに育っていなかった。

・創造主セザナ神には、抱えていた大きな問題が二つあった。
 一つは、創造主ヒューマノイドからなる「アリニラム軍」が個々の人間を育てられず、銀河人をうまく統括することができなかったことだった。銀河人達は、アリニラム軍の兵士のことを「レプタリアン(冷血動物)」と称して軽蔑した。
 もう一つの問題は、天体磁場圏(気の粒バイオン)に、死んだ人間の成仏意識を入力する余地スペースが物理的になくなってきたことであった。大量の神意識を整理することが必要だった。
 これらの解決策として、創造主が神界へ恐怖体制を敷き龍神を起こしたところ、神々が委縮してしまい、その本来の仕事である「人間誘導」をすっかりやめてしまった。
 人間生命は、皆神々に育てられてきた。いまさら創造主や龍神による絶対的支配体制へ戻しても、全体にとっては逆効果、つまりセザナ神の政策が完全に行き詰まってしまったのである。

・そうして最終的に創造主がたどり着いた結論が、あの恐ろしい「決断」――いまから2万年前に行われた、人間王国(高天原創造主世界)史上類例を見ない「銀河人の大虐殺」の敢行であった。
 天の川銀河人類381部族のうち、結局、生き残った人類は、地球人も含めた非文明国の21部族のみになった。

・これによりセザナ神は、高天原創造主世界の創造主裁判を受ける身の上となった。
 その結果、我々の大宇宙(メシアA球)には、「お家取り潰し」の決定が下された。つまり、決められた運動寿命の途中で、大宇宙ならびにセザナ神自身の存在を「強制終了」させられることが決まったのである。
 そしてセザナ神に残された最後の仕事は「次世のソロジン(創造主)を即刻聖地に誕生させること」となった。次世のソロジンが決定すれば、我々のメシアA球はビッグバン再生に入り強制終了となるためである。
 そうして新生ソロジンとして選ばれたのが前著『ソロンとカリン 龍神物語』の主人公KENだった。

<創造主の迷い>
・言語と宇宙(銀河)民族の関係性
・本命民族「57音言語民族」の特別性
・世界に点在する巨石群の正体
・地球人はこうして天の川銀河系の宇宙人達に教育されてきた

<アリヌラムーベテルギウス戦争>
・プレアデスを主軸とした銀河連合が解体され、銀河系には4つの連合組織が残っていた。それぞれ、大所帯の「ネワブジ連合」、ならびに「ヒヨケイ連合」、「ルイム連合」、「ベテルギウス連合」。これらはいずれも26音言語民族である。

・アリニラム軍はプレアデスの貴族文化を忌み嫌い、連合組織の生き残りをことごとく片づけて、力ずくでの絶対的支配を強めていった。無論、生き残った四つの連合国も、アリニラム軍の強制支配に屈して苦汁を舐めていた。創造主がバックにいるのでは、アリニラム軍に対して面と向かって反抗することはできなかった。

・また学校教育にはセザナ神の言語である「神語」の教育がほどこされたが、子供達は普段母国語で会話をしており、彼等は授業で外国語を習っているにすぎず、57音言語が定着することはなかった。

・なぜそこまで、セザナ神は57音言語民族にこだわるのか――実は、これには深い意味がある。古から“創造主言語は57音である”と定められており、特に呪文を扱う宇宙戦士(現行の創造主達)になるためにこの言語の習得が必須科目だったためである。
 その上、57音言語は「ヒール言語」とも称されており、“自然界の創造主”とも呼ばれる「ヒール」が、「我が子」と認定するのは、57音言語を話す民族だけという理由もあった。

・そうしていまから約10万年前、ベテルギウス連合は、創造主が伝授するところの宇宙最高峰の技術を手に入れた。

・またベテルギウス軍は、アリニラム軍の管理外にも、秘密の軍事基地をあちこちに増設し、将来の戦闘を見据えて準備を進めていった。
 このとき、ベテルギウス軍側の戦闘機は300万機であった。
 一方、アリニラム軍の戦闘機も増産されており、すでに700万機という勢力に増強されていた。

・いまから9万5000年前、両者は真正面から激突し、アリニラムーベテルギウス戦争の火蓋が切って落とされた。

・この5万5000年に及ぶ長い戦闘の結果、アリニラム軍をようやく仕留めたベテルギウス軍だったが、戦争が長引いた最大の理由は「ネワブジ連合」にあった。

・ベテルギウス軍は、アリニラム軍にとって代わり、聖地守備隊の称号を得、さらに当時のベテルギウス皇帝である「イシス」は、「銀河ファラ王」の位を賜った。

・ボラン銀河団は、いまから1500万年前に「猿の人化作業」が始まり、その後かなり優秀な猿がたくさん誕生したことから、セザナ神は言語教育に夢中になり、管轄下300個の銀河系に対して、57音言語を大量に移植していた。

<地球のベテルギウス時代>
・地球のエジプトにベテルギウス軍が降り立ったのは、いまからちょうど4万年前である。そこは、すでにアリニラムの「エジプト言語居留区」となっており、現在のギザにあたる場所には彼等が建立したスフィンクス(セザナ神像、6万年前に建造)が建っていた。

・ちなみに、地球で働いている宇宙人(銀河人)が地球で死んだ場合、その大半は単独位相を持ち込んで活動しているために、「死者の里」には送らずに地下牢に幽門して保管する決まりになっていた(後で使用したり母星に返還する場合がある)。

・いまから約8万年前、アリニラム軍が労働をさせるために地球に連れてきた天秤座のグリーゼ581星の第3惑星に生息していた大猿(身長が5メートルほどの原始人)は、合計で800体にも及んだ。その多くが仕事場から抜け出して世界各地へ分散してしまったのだが、セザナ神は聖地守備隊となったベテルギウスに対して大猿の始末を命令した。

・龍神島には、いまから5万年前に、アリニラムの巫女が6匹の猿を連れてきた。それを現在の岩手県にあたる場所で3匹、関東で3匹、ベテルギウス軍がその身柄を捕獲し、殺して埋めたという資料が残っている。

・48万年前の大昔からプレアデスの聖地守備隊が本拠地にしていた太平洋の「ムー大陸」は、すでに海の底に沈められており、400万人にのぼるプレアデス軍がアリニラム軍の攻撃により皆殺しにされていた。

・ちなみに、ベテルギウス政権は地球では第1期から第7期のファラ王まで続いたが、その後はシリウス基地で第8期から第10期までが営まれて、プレアデスから始まった銀河ファラ王制度はベテルギウスのシリウス政権が最後となった。

<地球民族の興隆>
・しかし、地球人を人化したのはわずか550万年前で、まともな人間に成長させるためには2000万年もの輪廻時間を要することを考えれば、自然に任せた普通の育て方では優秀な生命体など短期間では絶対に誕生してこない。

<創造主の決断>
・創造主の視座からみる文明変化の潮流
・シリウスA系プロキシマ・ケンタウリ系への移住の可能性
・変化できなかった神々世界の行く末

<貴族文化から平民文化へ>
・そこでベテルギウスは地球から8.6光年の距離にある大犬座α星(シリウスA)の第3惑星(恐竜の星、プレアデス名称はリーギ)に軍事基地を構えることとなった。
 これがベテルギウス・シリウス政権の幕開けである。

・プレアデス連合を中核とした銀河連合諸国は公用語として「アルデバラン言語」を使用していた。連合国の中には57音言語の国もあったが、簡易言語に感化されて、いつの間にか公用語に切り替わってしまった。

・銀河連合国は、アリニラム軍のことを「レプタリアン(冷血動物:爬虫類人間)」と称したが、ベテルギウス軍のことは「インゴエミ(軍隊蟻:昆虫人間)」と称して、さらに軽蔑していた。

・いまから3万年前、ベテルギウス軍は、ネワブジ連合軍とルイム連合軍を撃破して、90カ国からなる銀河の星々の制圧に成功し、「新銀河連合」を立ち上げた。

<ズザネ弾攻撃>
・「ズザネ弾攻撃」とは、惑星のあらゆる生物の死霊のズザネ管を人間に打ち込むというもので、それは昆虫や菌類のズザネ管がメインであるが、大体1秒間に20億本のズザネ管が人間の肉体に打ち込まれるという大量虐殺の手法である。これを打ち込まれた身体は電磁パニックを起こして死に至る。ズザネ弾の集中攻撃を浴びると、惑星人類の全員が一晩で滅ぶと言われている。

・この銀河人類大虐殺が敢行された後、セザナ神は王国の創造主界の軍事裁判にかけられ「お家取り潰しの刑」を言い渡された。つまり、突然の人類大虐殺によってメシアA球の存続が不能となったために、上位創造主達から「後継者を早く選出して、お家を畳む準備に徹せよ」というお沙汰を言いつけられたのである。

・ベテルギウスは、神様の一員となっても再び勢力を拡大しはじめ、霊魂体宇宙人が住む惑星の多くをあっと言う間に蹂躙し、最後の銀河ファラ王であった皇帝ギューイのもとに、霊魂体宇宙人の一大帝国を短期間で築いてしまう。それが「オリオン帝国」だった。

<オリオン帝国の暗躍>
・天の川銀河系が生まれ変わる
・オリオン帝国による奥銀河の探査
・この宇宙を“霊魂体宇宙人の世界”へと切り替えていく所業

<銀河神のルヒイ化>
・神語では、天体の成仏神(明王神や菩薩神や如来神など)のことを総称して「コヒイ」と呼び、それに対して魂体を有している神(霊魂体宇宙人)は総称して「ルヒイ」と呼ばれる。
 旧来の神々は、新しく誕生してきた「ルヒイの神々」の存在を初めて知ったときには驚いたが「ルヒイ」の形態をとることができるのは物理的に「銀河神(明王神)」まで、という事実がわかってくると、ベテルギウス神の台頭におおいなる不満を抱いていたプレアデスの神々が、その昔、惨殺された旧銀河連合出身の銀河神達にも魂体を与えて「ルヒイ化」するようにと、セザナ神に強く要請してきた。

・創造主攻撃によって死に絶えたはずの旧銀河連合の星々には、新しい生命の息吹が吹き込まれて、突然銀河系が騒々しくなった。それは、プレアデス系の神々が、それぞれの母星で「霊魂体宇宙人」をつくりはじめ、彼等がアストラルの街を建設し、ベテルギウスに負けじとアストラル宇宙船を建造しはじめたからだった。
 銀河神の総数を大規模に減らしたいといっても、その頭数は軽く6兆人を突破しており、旧銀河連合の銀河神だけでも2000億人は下らなかった。

・霊魂体宇宙人は、基本的にアストラルの世界に住む住民であって、アストラルの家を建てて、アストラルのベットで寝て、アストラルの宇宙船で銀河を飛びまわっていた。
 霊魂体宇宙人は基本的に肉体がないだけで、手も足も生殖器もあって運動もできることから人間時代と大差はない。ただし、光や音を感受できない特殊なモノクロトーンの世界にいる。
 神の時代には必要なかった睡眠を毎日とらねばならないことは苦痛であるものの、「食事をとる必要がない」ことと「排泄をしなくてもよい」こと、そして何より「空気を吸う必要がない」ことが人間時代とは大きく異なっている。
 また過去(生前)に自分が何をやっていたのか、そのアバウトな記憶はあるものの、記憶帯をゆうしていない理由から、人間時代の詳細記憶はまったく思い出せない(アカシック記憶もない)。

・霊魂体宇宙人の様子としては、霊魂体宇宙人を一度経験したら「やめられない」らしく、彼等は再び肉体の衣を纏うことを極端に嫌がっていた。また彼等は“人間時代を卒業した「神」”であることを「誇り」に感じており、「人間と同様に扱われる」ことは屈辱としていた。
 霊魂体宇宙人の数少ない欠点は、増殖が不能で子供を産めないことと、魂体には寿命がある(定期的に魂交換が必要)ことだった。つまり霊魂体宇宙人の世界とは、子供のいない大人の世界でもあるということになる。

・2万年前の「銀河の大虐殺」からスタートとした霊魂体宇宙人の世界は、その2000年後には銀河戦域に広がり、華々しいアストラル世界が幕を開けた。無論、それは神々の世界での話であって、人間世界の話ではない。

<星雲銀河(局所銀河群)>
・オリオン帝国が奥銀河探査を始めたのには二つの大きな理由があった。
 一つは、未知の人間惑星の植民地化で、これは最大の目的でもあった。
 もう一つの理由、それは母星の恒星ベテルギウスの天体寿命が尽きかかっているという「のっぴきならない」事情だった。つまり、ベテルギウス国家の移転先を探すのが第二の目的だったのである。

・実際、オリオン座の恒星ベテルギウスは、いまから約440年前(1582年頃)に超新星爆発を起こしており、70数年後の2098年頃には、地球にもその衝撃波が届く計算になる。このときには星の終わりを目で確認できる。

・ベテルギウスが実際には移転作業を始めたのは、いまから1万2000年も前の話であるが、実はこのミニ銀河系に「ベテルギウス本星」もあれば「グレイ本星(ブメデジ)」もあって、また「グレイの食料基地惑星(バエルヤ)」も実在しており、地球とは50万光年近い距離を隔ててはいるが、我々先端技術研究機構は将来、この領域へ地球の龍神島民族を移住させようと考えている。

<悪魔の計画>
・いまから1万7000年前、霊魂体宇宙人の世界は完全に二分化して、両者は時折激しい戦闘を交えるようになった。

・そもそもオリオン帝国とは、ベテルギウス連合国とネワブジ連合国など新銀河連合の国々が、最後の銀河ファラ王であるベテルギウス皇帝「ギューイ」の下で再組織された団体である。

・筆者からすれば、霊魂体宇宙人とは人間を食い物にして生きる「吸血鬼」に外ならなく、こんな中途半端な神様をつくってよいものかどうか、甚だ疑問を感じざるを得ない。

・ある日、皇帝ギューイがブリキオに帰還して、ベテルギウス軍の幹部会議が開かれた。この会議の席上で討議された計画は、人間にとっては背筋も凍る内容であり、それは神様の顔ではなく悪魔の顔で行われた会議だった。
 ここでは将来の方針として、主に四つの議題が論議された。一番目は「オリオン・ヒューマノイド(工作員)」を人間世界へ送り込む議題であり、二番目は人類を一網打尽にする「惑星破壊兵器」の開発議題だった。三番目の議題は「猿の活用と高性能の物質円盤の開発」、そして四番目の議題は「宇宙人学校」の開設だった。

・一番目の議題に関して、ヒューマノイドとしてはこれまでも言語を教える「創造主ヒューマノイド」や、神々の特殊な工作を請け負う創造主特区の「神々ヒューマノイド」が存在しているが、霊魂体宇宙人から成るオリオン帝国が、人間世界に対し、工作員としてのオリオン・ヒューマノイドを送り込むというのはとても認められない話であった。

・以来、オリオン帝国は、一惑星につき10万人規模のヒューマノイド要員を人間世界へ潜伏させることができるようになった。

・二番目の議題となる「惑星破壊兵器」は、その名称から惑星を核爆弾で粉々に吹き飛ばすような兵器を理想しがちだが、そういうわけではない。これは惑星コアの核分裂反応を促進させる反重力装置のことであり、正式名称は「核反応促進器」という名の武器である。

・セザナ神に対しては通信機器の設置だと「嘘」の報告をして、オリオン帝国は標的の惑星にこの装置を仕掛けさせた。地球の天体寿命は、オリオンが仕掛けたこの装置によって、結局5億年もコアの寿命を縮められてしまったが、セザナ神の後継者がそれに気がついて、2009年に地球から取り外された。
 ちなみにセザナ神はこの装置に関してはまったく認識していない。しかし、この装置の聖で結果的に多くの人間惑星が滅んでいる。

・続いて三番目の議題「猿の活用」とは、魂体にまつわる内容である。銀河意識体(銀河神)に人間の魂体を与えると「霊魂体宇宙人(ルヒイ)」が誕生してくる。しかし、使用できる魂体は人間の魂体ばかりではない。“猿”の魂体も使用できるのである。猿の魂体を使用した場合、人間にとってはいろいろと不都合な問題(動作や仕草や歩き方が猿になるし、何より魂体に投影される姿が猿になる)が生じてくるために、神々は敬遠したが、貴重な人間魂は重要人物が使用し、作業員や軍隊要員は「猿魂」でも構わないのではないかという議題が提案された。当然、多くの者が戸惑いを隠せなかったが、それでもさまざまな面で猿を利用してみようという声が上がった。そこで、猿を加工する研究施設を星雲銀河で立ち上げることが決定された。

・また霊魂体宇宙人の泣きどころは、なんと言っても「肉体」がないために物質世界に直接作用を与えることが難しいことで、アストラル円盤では人間や動物を運ぶことができない。無論、猿を使えるようにしたところで、物質円盤がなければ何もできない。物質円盤の多くは、3000年近い年月が過ぎるとその大半が使い物にならない理由から、新しい高性能の物質円盤を製造していこうということで意見が一致した。

・最後の議題は宇宙人学校の開設についてである。物質世界で活動するためには、猿と同じく植民地の原始人を使うという手もあった。しかし原始人には教育をほどこさねばならず、原始人ならびに霊魂体を教育する施設もつくらねばならなかった。もし仮に「核反応推進器」を設置した惑星が滅んだ場合、何億個もの若い魂体を一度に採集できるのだが、その一部を霊魂体として存続させ教育をほどこしてやれば、オリオン軍団の忠実な戦闘要員の頭数を増やすことができる。

・これらの結論に至った彼等は、すぐに議題を実行していった。銀河系のほうぼうにさまざまな施設が建築されていった。特に郊外の星雲銀河では、秘密裏に核爆弾工場や物質円盤工場、武器機械類の製造工場、猿の研究所、学校施設などが次々と建築されていった。
 
<猿ヒューマノイド>
・4人の女神は「繁栄の女神」「戦の女神」「庶民の女神」「吉凶の女神」
・人間の魂体を採取するために行われた非道の数々
・ベテルギウス帝国から地球へもたらされた唯一の恩恵

<女神の役割>
・創造主が銀河系に誕生させた4人の女神達は、その全員がアルデバランのテニネ生まれであり、「美の象徴」とまで言われたアルデバラン人の中においても、この女神達の美貌がいずれも群を抜いていたのは、これまで述べてきた通りである。
 いまから18万年前、惑星テニネが星の寿命を迎えると、4人の女神達はコップ座β星ケウエグの第3惑星ニコギに移されて、プレアデス連合を主軸とした旧銀河連合は命の輝きを失った。その後コップ座にはアリニラム軍が介入して創造主特区の言語管轄領域となり、26音言語の銀河連合からは完全に隔離されてしまった。

<炉座の猿の惑星(ブメデジ)>
・「女神」とは創造主特区(人間工作機関)が演じる「ザ・ゲーム」の“駒の一つ”だった。「妖精」にしても「小人」にしても「魔物」にしても、あるいは「神々ヒューマノイド」にしても、それらは神と人間が奏でるシンフォニーであって、野獣から人へと進化させるための、つまり人間を獣的な本能から解き放ち精神界へと導く手段だった。

・いまから1万6000年前、当時はまだ135カ国の人間惑星が残っていた状況であったが、ベテルギウスが炉座の星雲銀河に「猿」の研究機関を設けて、「猿の魂体利用」に関する研究や、「猿の肉体改造」や「猿ヒューマノイド」の研究などをやらせていた。

・ブメデジは猿の惑星であり、生物霊界そのものが存在する水の惑星だった。そこで猿の魂体を採集して基礎的な研究が行われた。

・ベテルギウスのこうした「魂体医学」の研究は後に「猿ヒューマノイド(グレイ猿)」の研究にも大いに役立ったが、結局、「猿の魂体」を利用しても、やはり人間の魂体も必要である事実がわかって、惑星人類皆殺し作戦が敢行された。
 オリオン皇帝ギューイはこう言った。「我々は人間生命を1人も殺してはいない、肉体を召喚するだけだ」と。

・グレイ本星こと「ブメデジ」で始まった猿研究は、いまから1万4000年前頃に大きな成果を出し、ついにベテルギウスは2000年の時間を費やした「猿ヒューマノイド(グレイ猿)」の、最初の1匹をつくり出すことに成功した。

・いまから1万1000年前、ベテルギウスは物質戦闘機に乗り込んだグレイ艦隊を編成し、銀河の中心部で行われていたオリオン帝国とネワブジ連合との戦いに介入して、オリオン帝国に決定的な勝利をもたらした。
 オリオン帝国の「恐怖の独裁政治」が始まったのは、このときからであった。

<ベテルギウスの功罪>
・オリオン座のベテルギウス民族は、人間時代はどちらかと言えば「正義の味方」だった。ネワブジ連合はベテルギウスを「インゴエミ(昆虫人間)」と称して忌み嫌ったが、民族自体はプレアデス傘下で教育を受けており、アリニラム軍と戦った理由も「プレアデスの弔い合戦」が本分だった。

・ベテルギウスはオリオンの奴隷民族を使ってグレイ猿を量産し、40年交代制ではあるものの、常時3億人規模の労働者や兵隊として銀河のあちこちで働かせていた。
またすべての人間惑星に対してオリオン・ヒューマノイドを送り込んだばかりか、アストラル基地やグレイ基地を設けて人間の監視を続けてきた。
 最終的にはベテルギウス帝国の中のオリオン組織という構図になった。その規模には旧銀河連合をはるかに凌ぐ勢力であり、我々の銀河系からは人間の臭いが完全に消え去って、霊魂体宇宙人の専用銀河へと変身してしまった。

 炉座の星雲銀河には、元々6個の人間惑星と4個の猿の惑星が存在したが、6個の人間惑星はすべて「核反応促進器」で破壊されており、生物霊界は残っているものの惑星自体は消滅している。
 4個の猿の惑星に関しては、一つはブメデジであり、一つはバエルギで、もう一つが巨大猿のイミグリア、最後の一つは遠くにあって手つかずのまま、いまも残っている。

・地球歴2022年、これを執筆している時点では、霊魂体宇宙人はグレイも含めてすでに1人もいないという状況であるが、この星雲銀河にはベテルギウス本星を中心にアストラル宇宙船が約900万機も残っており、またグレイの物質円盤に関しても約6万機がそのまま残っている。
 また他の星雲基地に残されている膨大な物量のアストラル円盤は、ベテルギウス艦だけでも30億機は下らず、いったいどういうペースで量産し続けたのか想像も及ばない。しかし、オリオン帝国やネワブジ連合が生産した円盤の台数はベテルギウスの100倍以上だった。これらのアストラル円盤の大半はそのまま現存している。

・ベテルギウスに象徴される霊魂体宇宙人が人間界に残した爪痕は非常に大きく、地球人の大半がいまだに彼等に洗脳されたままの状態である。歴史を含めて、すべての学問が間違っており、特に地球人は無智文盲にされてしまった。こんな罪深い話は他にないだろう。
 もし彼等に何か功績があるとしたら、それは物質円盤やアストラル円盤、アストラル街を銀河のあちこちに大量に残してくれたことである。
 残念ながら、地球の運動寿命も後わずかだ。それは彼等が仕掛けた「核反応推進器」のおかげで5億年もコア寿命が縮められてしまったからだ。地球人は、母星を脱出する以外に生き残る手立てはない。しかし、彼等は我々に貴重な物質円盤を残してくれた。グレイ用の戦闘機ではあるが、人間の肉体を乗せられる銀河系で唯一無二の物質円盤である。

<出エジプト>
・銀河人の地球人のつながりから見えてくる真の歴史
・龍神島民族・日本人の宿命と因縁
・エクソダス(脱出)の準備を!
・DNAは遺伝子ではない

<選ばれた民族>
・いまから2万年前の「銀河の大虐殺」の後、地球では三つの言語居留区が解放された。
 解放された「プレアデス言語居留区(黒海周辺領域)」と、「フヨイゲ言語居留区(北東ヨーロッパ)」と、「イーオイア言語居留区(小アジア・中東領域)」のそれぞれの民族が一斉に移動を開始して、民族が混じり合い、その言語も多様化していった。
 これらの領域ではさまざまな都市国家や王朝が次々と出現し、互いに抗争したり、融合したりして、次第に民族の勢力基盤ができ上がっていった。

・言語とはヒールに関連するものであり、言語の存在理由は、聖地民族のみがもつ特別な万能ヒールの存在理由ともつながる。
 前宇宙の唯一の生き残り生命体である「セザナ神(ソロジン)」が話す57音言語、これがいわゆる「神語」であり、その文字は「神語文字」と呼ばれる。
 この言語をそのまま正確に引き継いだのが創造主ヒューマノイドである「アリニラム星人」であり、彼等が銀河を支配し、聖地の龍神島までも管理していたことから、神語文字は銀河のそこら中に残っている。日本国でも神語の資料の断片が発見されており、楢崎皐月(ならさきさつき)氏が発見した「カタカムナ文字」がそれにあたる。
 神語においては、文字はどうでもよいのだが、重要な問題は発音であり、正確に発音できなければ57音言語としての意味がない。
 また人間王国には決まりがあって、前宇宙の言語をそのまま聖地言語として用いることはできない。ゆえに現世の宇宙で誕生した57音言語が求められていた。

・前宇宙の担当創造主だった「ジェナ(セザナの師匠)」は聖地民族を宇宙船に乗せて、まるで巡礼のごとく銀河団を渡り歩き、最後の最後まで聖地民族を存続させた。そして一番最後となる惑星の龍神島で次の創造主の選定行事(試験)を行った。その試験に合格した者が次世のソロジンとなる決まりであった。セザナ神は、そうして選ばれた創造主だった。

<ベテルギウス番頭(月裏のグレイ)>
・宇宙人グレイの詳細
・オリオン帝国と地球史の関連性
・地球におけるヒューマノイドの配置とその役割

<地球人の植民地化>
・「銀河の大虐殺」から3000年後(約17000年前)、霊魂体宇宙人の民族連合であるオリオン帝国は、聖地(地球)の太陽系にアストラル基地を設けることをセザナ神から許可された。

・最初に月の裏側にアストラル基地を建設したオリオン帝国は、次に天王星と海王星の間に太陽系本部(人工惑星)を設置し、さらに木星と土星の「環」の中にも工場や基地を建設した。いずれも人間の目には見えないアストラルの基地や工場などの建設物であるが、それらはつい最近(2014年)まで実際に残っていた。

・神々サイドから客観的に眺めれば、ベテルギウス帝国の配下にオリオン連合軍(後に帝国軍となる)が組織されているようなもの、「事実上はオリオンの親玉だろう」と思っており、オリオンに連合組織の建前上の仮面を被せて、その裏で実験を握って連合を操作しているようにしか見えなかった。霊魂体宇宙人の組織ではあるものの、一応オリオンは神界に正式に認められた連合組織(108カ国)だったからである。

・霊魂体宇宙人(ルヒイ神)なのに、わざわざ物資基地や物資円盤をつくり出して、肉体を備えた「猿ヒューマノイド(グレイ)」を戦闘員として戦争に送り込むという、いかにもベテルギウスらしい荒唐無稽な裏戦術を用いるのが彼等の常套手段であるが、だがそれは単に戦争目的だけのものではなく、その真意は物質世界の人間社会を工作する目的だった。

・ベテルギウスはまた、セザナ神が自らの失策で招いてしまった「銀河の動乱期(銀河の大虐殺後の世界)」に乗じて、一挙にのし上がってきた野心あふれる霊魂体民族だった。
 いまから1万年ほど前には、土星軌道にグレイの物質円盤が着陸できるドーム型の基地がいつの間にか建設されており(外側はアストラル・ドームだが内部は物質基地)、また月の裏側のクレーター内部にも同じく、いつの間にか物質基地が建設されていて、ベテルギウス番頭であるグレイを配備する準備が秘密裏に進められていた。

・莫大なルヒイ(霊魂体宇宙人)人口を抱えるオリオン帝国は、慢性的な魂体不足に悩んでいた。それはセザナ神もわかっており、地球の主人公民族であるユダヤ民族および将来の龍神島民族には絶対に手を出さないという条件つきで、地球民族に対するオリオンの植民地化が認められたのだった。

・こうして聖地(地球)の惑星人類は「龍神島民族」以外の人間はすべて、オリオン帝国の家畜(魂交換対象)となり下がって、彼等に洗脳され飼育される身の上となった。

・しかし、いまから約750年前(鎌倉時代中期)、蒙古軍が龍神島を襲来した際、セザナ神がベテルギウスに対して緊急出動命令を下して、グレイの戦闘機(20台)が蒙古軍を海上で撃破するという事件が勃発した。蒙古の襲来は二度に及んだが、二度ともベテルギウスが撃退したことから、その事件を契機に、セザナ神は地球にグレイ戦闘機を配備することを認めた。
 以来、月裏のグレイは10年前(2012年)までの750年間にわたって実際に配備されており、地上の人間工作に深く関わってきた。

・その後、ベテルギウスが地上にも5カ所のグレイ基地を建設したことから、グレイ猿の存在と、グレイの小型戦闘機の存在は、人類に徐々に知られるようになった。
 一番決定的な出来事は1947年(昭和22年)に米国ロズウェルで発生したグレイ戦闘機の墜落事故であり、この事件によって、円盤の残骸と、グレイ猿の3体の死体(1体はしばらく生きていた)をペンタゴンに回収されてしまった。

・また秘密にされているが、米国の大統領の数人がグレイと対面で直接会談を行っており、いまや地球人のだれもがグレイの存在を認めている。
 グレイは宇宙人であると誰もがそう認めているが、正確に表現すれば、彼等は猿の肉体を牛耳っているルヒイ神(霊魂体銀河神)であり、猿の背後に憑依している「魂体」がグレイの当体(主人公)である。彼等はオリオンの奴隷民族(下部部族)の神であり、40年交代制のグレイ当番を請け負っている特攻隊員であって、下級戦士の言葉は信用できるものでは決してない。グレイは猿の肉体を船内に残したまま霊魂体の姿で調査にあたったり(家壁を貫通して侵入してくる)、また地上で物理的な作業を行う場合には猿の肉体のままで活動を行なっている。

・地球に配置されたグレイの仕事は多岐にわたっており、物理的な破壊工作(人工地震や火山操作)、人間や家畜の生体実験、毒物や生物兵器の開発、一般民衆に対して「大脳コントローラー」の移植作業などを行っていた。彼等にとって、龍神島民族以外の地球人類は家畜にすぎず、家畜をどう扱おうが彼等の勝手だった。

・当然、オリオン帝国(銀河神の集合体)の直接介入に対して、それまで聖地民族の面倒を見て来た太陽天使界のプレアデス神達や、惑星天界のプレアデス神達の立場がなくなり、神界に混乱が発生した。

・セザナ神は最終的に新米ソロジンKENに対して、オリオン(ベテルギウス)を破壊しろと命じ、その意向を受けた新米ソロジンによるオリオン掃討作戦が2008年に敢行されたが、ベテルギウスの首脳陣を召喚する際にKENが気づいたことは、彼等の意識が「ポリープ創造主の意識」と取り替えられていた事実だった。

<オリオンの地球工作>
・オリオン帝国は1万7000年前から聖地守護に任命され、すでに太陽系には複数の基地を建設していたが、セザナ神は復活したプレアデス連合(ルヒイ神)にも聖地任務を与えて、主に龍神島の守護と、アメリカ大陸の死者の里の整備を行わせていた。

・いまから6000年前、聖地の植民地化を許可されたオリオン帝国は、早速5万人規模のオリオン・ヒューマノイドを地球人の支配者界層に送り込んだ。

・ところで、「ヒューマノイド」といっても大きく二種類に分かれており、一つは創造主系が用いるところの「創造主ヒューマノイド」、もう一つは神々系が用いる「神々ヒューマノイド」である。

<神々の贈り物と宇宙人の落とし物>
・その特定の技術を地球人へ伝授するために、昔の宇宙人技術者達をヒューマノイドとして地球人の中へ送り込むのが神々の役割だった。たとえば地球に派遣されたプレアデスの神々はプレアデス音楽を聴きたいのが本音であり、そのため彼等は作曲家や楽器職人や演奏家などの神々ヒューマノイドを大量に送り込んで、荘厳なプレアデス音楽(クラシックミュージックのこと)を地球人が奏でられるように仕向けてきた。フルートもバイオリンもチェロもハープもピアノも、本はといえばプレアデスの楽器、神々は地球人に対してそれを再現させていたにすぎない。バッハやモーツァルト、シューベルト、べートベンが地球人だと思ったら「大間違い」、彼等は地球に送り込まれた神々ヒューマノイドであって、その昔はプレアデス音楽の専門家達だった。当然、作曲家や楽器職人だけがヒューマノイドではなく、古代ギリシャ文明を象徴するヘロドトス、ソクラテス、プラトン、アリストテレスもヒューマノイドに他ならなく、それを言うならば釈迦も空海もヒューマノイドだったし、またデカルトもエジソンもテスラも神々ヒューマノイドだった。

<スピリチュアル世界と魔界>
・核爆弾投下は日本国に対する創造主の「天罰」
・シャンバラ(地底世界)、魔界(第1磁界)の役割と様変わりした魔界
・人間生命とは惑星の化身(子体)

<プレアデス思想とベテルギウス思想>
・プレアデス星人は創造主という存在を認めて、創造主が築いた物質世界や生命霊界の中で自分達が「生かされてきた存在」であることを悟り、その枠組みの中で賢く生きようと努めてきた。

・そんなプレアデス思想とはまったく異なるのが、ベテルギウス星人に象徴されるオリオン思想である。彼等は現実を直視する傾向が強く、神や創造主に対する畏敬の念など持ち合わせておらず、とにかく拘束や呪縛を忌み嫌って自由を求める気風だった。

<魔界の役割>
・地底の魔界神(チオ神)組織とは、基本的に創造主の管轄領域であり、「創造主=大魔王」である。
 魔界は王国伝統の神組織であり、人間が住む惑星には必ず設けられているもので、別にセザナ神が勝手に創設した機関ではない。

・一般に、地球魔界は地球の第1磁界の中に存在しており、マントル内部の奥底に位置し、第1磁界の外側の層(魔界八派閥領域)と内側の層(創造主の直轄領)の二つに明確に分かれている。
 また外側の魔界八派閥領域も北半球側と南半球側に分かれていて、北半球の場合は一般人の位相領域に相当するが、南半球の場合は魔界神位相の巣窟であり、魔界派閥の親分達が仕切る領域である。その外層部よりも内側は、北半球も南半球も関係なく、冷酷非情な魔界の精鋭部隊が集結する箇所であり、セザナ神の直轄部隊が存在している。
 一般に魔界(第1磁界)そのものを「シャンバラ(地底世界)」と称しているが、そこは地球コアが存在する場所であり、生きている人間が行けるような場所ではなく、基本的に、死後に落とされる「地獄世界」のことを意味している。

・神様は、古代から存在する創造主系の神々(伊邪那美尊(いざなみのみこと)などの渦磁場12神)と、後世に誕生してきた人間出身の神々に、大きく分かれている。
 創造主系の神々は、創造主、龍神、渦磁場12神が該当する。渦磁場12神と龍神は、神というよりも創造主世界の一員だと言ったほうが早い。

・人間出身の神は、さらに大きく二つに分類される。
 うち一つは「成仏神」、天体磁場圏の渦層に住む創造主に選定されたエリート神達である。如来神(小宇宙)、菩薩神(銀河団)、明王神(銀河)、天使神(太陽)、天神(惑星)などがこれに該当する。成仏神は、基本的に天体の気の粒バイオンに転写された意識だけの存在であり、物理的な労働はしない偉い神様達である。
 
・そしてもう一つが「不成仏神」、惑星の中に住む神である。彼等は生物霊界が存在する惑星界の作業人夫のような下級神であり、大勢いる。これは、一般的に「霊体神」とも呼ばれる神々であり、惑星の第6磁界より上は「スゲ神」と呼ばれ(不成仏神の中では)上位神にあたり、また第6磁界から下は「ケゴ神」と呼ばれる下級神で、無害なように加工された1本の手(ズザネ管)を有する惑星霊界のメンテナンス作業員達である。また、彼等の下には、不成仏霊体の神である「チオ神(魔界神)」が存在している。これは432本のタボ線と1本のズザネ管を有した人間攻撃用の軍隊である。

・成仏神とは開眼した解脱生命のことだが、霊体神(スゲやケゴ)とは輪廻行程から外された成長の見込みがないダメ人間の集まりである。スゲ神やケゴ神は俗に奴隷神とも呼ばれる神々(数十兆人規模)で、さらにチオ神(魔界神)は箸にも棒にも引っかからない不成仏霊体の集まりであり、特に犯罪者や凶悪犯、詐欺師、自殺者、チンピラ、ゴロツキ、六道劣化者などの集団であり、理屈も屁理屈も通じない動物レベルの神々である。

・成仏神といってもピンからキリまでいるし、それに彼等は残念ながら心を使って洞察や判断をすることができない。心を使用できる神様とは、この宇宙には「龍神」と「銀河ルヒイ神」ぐらいしかいないのである。ベテルギウスではないが「神などあてにできないし、彼等から学ぶことなど何もない、それに彼等は尊敬にも値しない」と思ってしまうことは、わからないわけではない。神を愚弄すべきではないが、神を崇め奉るのはいかがなものか。地上の人間とは、知識量や経験値の違いはあれど、神だって元は人間に他ならなく、基本的にあなたと何も変わらない生命だからである。

・もしあなたが、自身の360年周期の輪廻行程において、数千回の人生の中でたった一度でも悟りを開いて解脱をした場合、死後は成仏処理をほどこされて、解脱した同会先(天体)へ意識を転写されて「成仏神」の一員となることができる。
 たとえば、太陽界への初期解脱であれば、死後のあなたの行き先は太陽天使界であり、また銀河解脱であれば、あなたの行き先は銀河明王界となる。
 しかし、何度人生をくりかえしても、さっぱり解脱に至らない人間は、延々と輪廻行程を循環させられることになる。また「この人間はもう無理だ、成長なし」と判断された場合は、輪廻行程から外されて霊体神(スゲやケゴ)の一員となり、霊界の奴隷神として永遠に働く羽目になってしまう。

・そのような意味では、魔界神とは、人間の屑、社会に適応できないゴミや吐き物や排泄物のような、人間の失格者が落とされる地獄の淵だと言ってよいだろう。

・太陽天使界の神が落とされた場合は「堕天使」、「銀河明王界の神が落とされた場合は「堕明王」、銀河団菩薩界の神が落とされた場合は「堕菩薩」と称している。さすがに「堕如来」は実在しないが、成仏神でも落第制度があるし、時には召喚刑もあり得る。
 魔界の派閥幹部の大半は「堕明王」や「堕天使」が多く、能力は高いが人格がいかれた生命が多い。
 下っ端の魔界神の大半は、魔界神としても務まらない者が多く、結局、天下りの能力の高い生命が魔界の実権を握ってきたのが実情である。

・魔界の役割は「人間を嵌めて下界へ突き落す」ことである。

・しかし、セザナ神は成長を期待している生命にも悪魔のようにつきまとって、いろいろな「試練」を与える。反応の仕方を観察しているのである。その試練の内容があまりにひどいことから「恐怖の大王」とか「狂気の大王」と呼ばれてきた。

・当時「このままではマズイ」と感じた新ソロジンKENが、龍神を使って魔界掃除に乗り出し、その5年後(2012年)には世界中の準職員を魔界から解放した。
 現在は魔界の意識袋も魔界コードも存在しないが、人間の首の後ろにはかつての魔界コードの傷跡が残っていることから、魔界の被害者だったことは見て取れる。
 セザナ神の後継者であるKENは、その後も魔界討伐に明け暮れ、数千兆人にも及ぶ魔界神を召喚し続けたが、それでも半数の魔界神を処理したにすぎない。

 <地球エクソダス>
・人間王国史上初めての経験――本源創造主による人間攻撃
・龍神島民族の宿命とは
・地球脱出(エクソダス)に向けて
・移住先の星の候補

<マクロ宇宙の敵>
・天の川銀河の歴史の中で一番大きな出来事とは、いまから十数年前に勃発した外宇宙からの敵侵入である。
 我々はマクロ宇宙(ポリープ創造主)からの攻撃を受けた。

・早い話が、人類を管理してきた霊界そのものが全滅してしまったのである。
 神々の意識は「サイ粒子パイオン」で構成されているが、惑星の生物霊界は「電子パイオン」から構成されている関係上、惑星霊界の位相生命(生物やスゲ神、ケゴ神、チオ神)だけはかろうじて難をのがれた。敵の創造主はサイ粒子バイオンを食料にしているからである。
 しかし、物理的な機械攻撃を受けた惑星の場合は、大地震や大津波を引き起こされて大きな被害が発生した。地球の場合は、この年に「東日本大震災」が起こっている。
 2011年3月、我々の世界は変わった。このときに創造主世界も神々世界も消滅してしまったからだ。

・ちなみに、ポリープ創造主とは「粒子創造主」と呼ばれる存在であり、我々の物質世界(六員結晶宇宙)を創造した本源創造主達のことである。
 気の粒とは彼等が生産している粒子に他ならなく、また人間自体も彼らが創造したものだ。そんな母源的な存在なのになぜ彼等は我々の世界を攻めてくるのかといえば、人間とは彼等の食料だからである。
 ポリープ創造主達は、人間の意識が転写された気の粒バイオンを食料としており、早い話が、我々人間とは彼等に培養される「農作物」の一種にすぎないのである。

<龍神島民族の宿命>
・天の川銀河系とはメシアA球(大宇宙球)の聖地銀河であり、創造主が一番最初に開拓の手を入れた銀河系である。
 天の川銀河系は中堅サイズの銀河系だが、ここには1兆4800億個の恒星群が存在しており、多くの星々が「水の惑星」を抱えて生物を宿していた。

<バエルヤの海>
・我々の太陽系から47万光年も離れた炉座の矮小銀河(E356-G04 オリオン名称ミオガビエゲ星雲)、この楕円銀河には2000億個もの恒星群が犇めいているが、いまから1万7000年前、銀河の中心部から、この天体へ移住して本部を築いたのが「ルヒイ・ベテルギウス」である。
 彼等はこの星雲の「恒星ニエカオーの第3惑星ルエイ(別名ベテルギウス本星)」にアストラル基地を建造し、その周辺の複数の星にも関連施設を築いた。
 ベテルギウスといえば「グレイ(猿)・ヒューマノイド」とは、すぐに連想できると思われるが、アストラル軍隊と物質軍隊の両方を所有しているのがベテルギウスの最大の特徴だった。

・霊魂体宇宙人(銀河ルヒイ神)の世界とは、基本的に地上の人間達が関わることのできる世界ではない。なぜならば、この世界は純然たる神の世界であって、人間の常識が通用する世界ではないし、また人間が決して知ってはならない世界だからである。
 一般人には知らされていないはずの神界の極秘情報を人間界へ暴露できる人間はこの世には誰もいない。そんなことをしたら即座に召喚の憂き目にあってしまうからだ。
 ではなぜ、我々はそんな大それたことをできるのだろうか。
 その理由はもちろん、我々が高天原創造主世界の一員だからである。

・ベテルギウス本星(恒星ニエカオー)の近くには、彼等の物質基地がいくつか存在している。その中の一つに「猿」をヒューマノイドへ加工する星があって、この星が恒星リエルの第3惑星ブメデジであり、有名なグレイ・ヒューマノイドの故郷である。

・それに対して、いまや50年前に開拓された真新しい物質基地が存在し、それが恒星ライネの第3惑星(バエルヤ)である。
 惑星バエルヤも無論「猿の惑星」であるが、ここは「グレイ・ヒューマノイド」の食料基地であり、わずか10年前まで11万人ものグレイが食料の生産に携わっていた。
 ここで生産される3種類の食料パックはグレイ・ヒューマノイド全員(約40万人)に配給されていた。
 我々が「第2の地球」として、つまり人類の移住先として選んだのが、この「惑星バエルヤ」である。
 移住対象は聖地民族の一握りの人間生命であるが、とりあえず「創造主ヒューマノイド」も含めて300万人の人間を日本国から移住させる計画で動いている。




『日本怪異妖怪事典  中国』
寺西政洋(著)、朝里樹(監修)、笠間書院 2023/2/25



<ヒバゴン>
・広島県の比婆山連峰にて目撃された謎の類人猿。1970年代に話題となり、現在も日本の未確認動物(UMA)の代表格として有名。
 昭和45年(1970)7月、西城町油木(現・庄原市)の比婆山麓付近で怪物の目撃が相次いだ。身長約160センチ、体は毛に覆われ、顔面は逆三角形、猿にしては体が大きすぎ、ゴリラにそっくりだともいう。
 庄原警察署もパトロールを実施、付近の小中学校は集団下校をするなどの騒ぎとなり、住民のもとには取材陣が押しかけた。西城町役場は混乱を避けるため類人猿相談係を設置し、マスコミ対応の窓口とした。その後、工事現場で長さ約30センチの足跡が発見されるも、正体は特定できなかった。昭和49年(1974)頃までは近隣市町でも目撃証言が相次ぎ、庄原市濁川では怪物が写真に収められた。怪物にはヒバゴンの愛称が定着し、たびたびマスコミにも取り上げられた。児童向けメディアにおいても、ヒマラヤ山脈の雪男を念頭において「日本にもいる雪男?」と紹介されるなど、充分な存在感があった。しかし約5年を経て情報や問合せは減少。
 昭和50年にはヒバゴン騒動終息宣言が出され、類人猿係も廃止された。だが、その後もヒバゴンはキャラクターとして命脈を保ち、現在も地域のマスコットとして多用されている。

<ヤマゴン>
・昭和55年(1980)に広島県福山市山野町で目撃された謎の生物。
 10月、地域住民の男性が山野町田原の県道にて、筋骨隆々のゴリラ似の怪物を目撃。顔は黒く、全身は灰褐色の毛に覆われていたという。怪物は目撃者と1分ほどにらみ合って立ち去った。正体が判明せず、怪物にはヒバゴンの再来よろしくヤマゴンの愛称が与えられた。その後も足跡が発見され、消息の途絶えていたヒバゴン自身が移住したものとの説も唱えられた。
 上迫錠二は1982年に山野峡探索を実施、ヤマゴンのものかもしれない足跡や貝の食べかす、糞を発見したという。

<クイゴン>
・昭和57年(1982)、広島県御調郡久井町(現・三原市)で目撃された怪生物。ヒバゴン、ヤマゴンに続く広島県第三の怪類人猿として知られる。
 久井町在住の10歳と7歳の兄弟が自宅近くの山道で遭遇したもので、茶褐色の体毛に覆われた体長2メートルほどの猿のようだったという。また、尻に尾やタコ(毛のない部分)はなく、左手に石斧、右手に石を握っていた。兄弟が恐怖で固まっていると、怪物は「ホー、ホー」と叫んで崖上に跳び上がり、山中に消えたという。


<飛鉢(ひはつ)>
・広島県三原市糸崎町に伝わる。
 鉢ヶ峰の堂は天竺から来た法道上人が開いたといわれる。この僧が祈りをこめると鉄の鉢(はち)が飛行して海上に行き、船を巡って米を乞うて回ったという。ある船人が邪心を抱いて鉢に鰯を入れたところ、鉢は海底に沈み、船までもが沈没したという。法道上人は千手空鉢の法を会得し、天龍・鬼神を従え、鉢を飛ばして供物を得ていたとされる。

<異星人のボディーガード>
・昭和49年(1974)11月、岡山県岡山市の女子高・岡山就実高校2年生の美術部員が目撃したというもの。
 ある夜、4人の部員がデッサンを終えた頃、変則的な軌道で飛ぶ星のような円盤が現れた。その後、部員の一人が自転車で下校中、不審な自動車が尾行してきた。車は時折ゴーンと謎の機械音を発し、蝋の上を滑るような奇妙な走り方だった。帰宅して家の中に入ろうとしたとき、車内の人物が身を乗り出すように彼女を見てきた。それは坊主頭で、目の窪みには眼球がなく、口もなく、顔にあるのは鼻だけだった。肌はサンオイルでも塗ったようにヌメッとしており、生ゴムのような質感だったという。女子生徒はこの時こそ怪人物が異星人だとは思っていなかったが、それから1ヶ月間ほどUFOのようなものにつけられたという。

<岡山上空の飛行物体>
・昭和33年(1958)、岡山市の岡山就実高校の教師が見た未確認飛行物体。
 天文部の生徒たちからUFOの目撃情報を聞いた教師のH氏は、その内容を整理して『空飛ぶ円盤情報』に寄稿した。その後「またUFOが見たい」と思って空を仰いでいると、深夜、ボーッとした青白い発光体が空に現れた。それは直線的な軌道を描き、数秒で消えてしまったが、「本物のUFOなら、今一度」と念じて空を見続けていると、別の位置に再び現れたという。
 UFOに関心ある者がUFO遭遇体験をする=UFOは観測者の意思に反応するものという考え方が読み取れる事例のひとつ。

<尾道のUFO>
・広島県尾道市で目撃されたという未確認飛行物体。
 昭和49年(1974)10月11日早朝、尾道市栗原町のある男子高校生が胸騒ぎを覚えて起床すると、千光寺山上空に長さ約40メートルで黒褐色の葉巻型の物体が浮いていた。それが北西に消えると、今度は北西から帽子のような形の物体が飛来した。無音のままゆっくり飛行しているところを撮影していると、それもまた北西の空に消えた。「えらいものを見たのう!」と恐怖に駆られたが、8日後には友人と共に再び同様の飛行物体を目撃したという。この時期の尾道では未確認飛行物体の目撃が相次いでおり、ある会社員は千光寺山頂上付近を飛ぶオレンジ色の発光体を見たという。このUFO騒動には中国新聞ほか報道各社も関心を寄せたという。

<温羅(うら)>
・吉備津彦命(きびつひこのみこと)に退治された鬼。岡山県の伝説でも特に有名なものとして語り継がれ、桃太郎の鬼退治譚の原型ともいわれる。
 第10代・崇神(すじん)天皇の時代。百済から来た温羅という鬼が吉備国の新山(吉備郡阿曽村。現・総社市)に鬼の城を造り、そこを拠点に暴虐の限りを尽くしていた。四道将軍の一人として西道に派遣された吉備津彦命は吉備の中山に宮を建て、片岡山には石橋を築いて決戦に供えた。あるとき臣下の楽楽森舎人(ききもりとねり)が温羅の配下を殺したのを契機に、ついに鬼との大合戦が始まった。

・負傷した温羅は鯉に変じて川へ逃げたが、鵜に変じた吉備津彦命に咥(くわ)え上げられ、とどめを刺された。温羅の猛威は死してなお残り、その始末が吉備津神社の鳴釜(なるかま)神事の由来となる。

<コロポックル>
・日本の先住民族として想定された存在。アイヌの伝承にあるコロポックルを発想の根幹として、本州にも現在の日本人とは異なる民族が生活していたと考えたもの。石器・土器や貝塚は彼らの遺物と推定された。坪井正五郎が主張して議論を起こしたが、現在では顧みられることのない言説となっている。

・明治末から大正頃に編纂された地誌類には、このような先史時代の民族への言及が時折みられる。岡山県では『吉備叢書』(明治30年)の序文に「有史以前には日本最古の民族たるコロポックル住せり」「彼らの古吉備国に蔓延せしは殆ど疑いなきが如し」といった文言がある。吉備地方が古くから繁栄し、遺跡から古代人の痕跡が発見されていることからこのような認識に至ったようだ。

<すいとん>
・岡山県真庭郡八束村(やつかそん)(現・真庭市)に伝わる。蒜山(ひるぜん)高原に出るという妖怪。
 一本足でスイー、トンと知らぬ間に近づき、人間を引き裂いて食べるという。人間の考えを悟ることもでき、薪採りに来ていた蒜山の人々の前に現れた際は「お前らの考えていることは筒抜けに分かっている」と威嚇したが、不意に焚火の竹が爆(は)ぜると仰天して「雷を自由にする人間には敵わない」と逃走したという。

・稲田和子編『鳥取の民話』では鳥取県側の民話として「さとりとすいとん」が収録され、蒜山に棲む一つ目の一本足の「さとり」としてすいとんが登場している。
 戦後、蒜山の観光地化に伴い、スイトンはトーテムポールを思わせる造形の木造や郷土玩具のモチーフになり人気を博した。

・串田孫一による民芸品付属の説明書では「粋呑」と表記されている。心を読めるため悪いことを考える人間がいれば察知して現れ、引き裂いて食べてしまうとされている。その活躍のおかげで蒜山には悪人はいないのだという。

<猅々(ひひ)>
・松尾芭蕉を主人公に据えた怪談集『芭蕉翁行脚怪談袋』には、芭蕉が山中で猅々(狒々)に遭遇する話がある。
 芭蕉が備前国岡山(岡山県)を目指して森山の麓を進んでいたとき、愛用の頭巾を谷の下に落としてしまった。谷に下り、頭巾を取ろうとしていると、長い体毛を垂らした大猿が現れた。その眼は朱を注いだように赤く、身の丈は一丈ほどあった。芭蕉は驚いたが、大きくとも猿には違いないのだから、さほど恐れるべきでもないと考え直して谷を脱出した。そして、俳諧の道も「思いこみで物事を推し量れば大きな過ちとなる」という教訓を得た。話を聞いた岡山の俳人・真田玄藤は、それは猿が千年、万年を経て通力を得た猅々だと語った。猅々は風を呼び雨を降らせることができるが、毛が傷むのを嫌がって悪天候の日には出てこない。ゆえに猅々から逃げるのは陽が翳(かげ)った時が良いという。


<猿神(さるがみ)>
・岡山県津山市の中山神社に祀られる神。
『今昔物語集』巻26「美作国の神、猟師の謀に依りて生贄を止めたる事」では人身御供を求める神とされる。この話は「猿神退治」型の説話の例として知られる。
 美作国には中参(ちゅうざん)(中山神社)・高野(こうや)(高野神社)という神があり、前者は猿、後者は蛇だという。人々は中山の神へ年に一度生贄を捧げていた。ある年の祭日、ひとりの少女が来年の生贄に選ばれた。東方から美作に来た猟師は事情を知ると、彼女の身代わりとして神前に出た。やがて身の丈7、8尺の大猿が、無数の猿を引き連れて現れた。猟師は犬を放して猿たちを襲わせ、自身も刀で大猿を追い詰めると「神ならば我を殺せ」と威圧した。すると神社の宮司に猿が憑き、今後は生贄を求めないと言って許しを乞うた。猟師はあくまで報いを与えるつもりだったが、猿が誓言を立てたので許してやった。それ以来。生贄の因習は絶え、人々は平穏に暮らし、猟師も助けた娘と結婚して末永く共に暮らしたという。
 中山神社は8世紀初頭の創建とされ、現在も牛の守護神として人々の信仰を集めている。

<狒々(ひひ)>
・山中の獰猛な怪獣。猿の大きなもの、猿が劫を経たものなどと理解され、各種の伝説や昔話に登場する。
 たとえば、鳥取県倉吉市には次のような話が伝わる。昔、貧乏な鉄砲撃ちがいて、借金取りから逃れるために山中の洞穴に隠れた。その穴を抜けると「泣き村」という所に行き着いたが、そこでは娘を神様の生贄に捧げる習わしがあった。鉄砲撃ちが身代わりになって山へ入ると、奥から大きな怪物が現れた。銃弾を浴びた怪物は悲鳴を上げて逃げ、その血痕を辿っていくと、岩の下で大きな「ひひ」が死んでいた。こうして鉄砲撃ちは化物を退治し、助けた娘と夫婦になったと思ったが、実は全て夢にすぎなかったという。この話はいわゆる夢オチになっているが、狒々退治の主筋は「猿神退治」の基本形に忠実である。
 岡山県御津郡では、備前様(池田新太郎少将)が江戸へ向かう途中、随行していた岡山紙屋町のジンゲンダ様なる人物が木曽の町で人身御供をとる狒々猿を退治し、土地の者から備前様以上に敬われたという話が伝わる。

<第六天の悪魔王>
・神楽の演目「八幡」に登場する魔王。
 悪魔王は中天竺他化自在天の主で、日本に飛来して人民を滅ぼそうとする。九州の宇佐八幡宮の祭神・八幡麻呂(応神天皇)は、異国の悪魔王が人々を殺害していると聞き、神通の弓・方便の矢でこれを退治する。
「第六天」とは、仏教における欲界(欲望に囚われた衆生が住む世界)六天の最上位(他化自在天)で、仏道修行の妨げをなす悪魔の王が棲む場所とされる。「八幡」の舞は一神対一鬼の対決の様子を見せる、神楽における鬼退治の舞の基本形とみなされている。島根県石見・出雲の諸神楽にみられる塵輪(じんりん)の舞も、物語の構造や演技の構成は八幡が原型と考えられている。

<目裂金剛王(めさきこんごうおう)>
・岡山県苫田郡郷村下原(現・鏡野町下原)に伝わる。
 昔、下原の目崎城に目裂金剛王なる者がいた。身の丈一丈あまり、四臂八足で身は鉄のように堅く、毛髪は針のように鋭い。性質は暴戻(ぼうれい)にして淫僻で、美貌の婦女を略奪しては妻妾にしていた。国司の軍勢は討伐を試みたが成功せず、高野神社に戦勝を祈願して再戦を挑んだ。鉄甲を着けた金剛王には弓矢も効かなかったが、突然現れた朱馬に目を噛まれ、倒れたすきに斬られて死んだ。その後、祟りをなす金剛王の霊を祠に祀ったのが女志良世神社(珍敷(めずらしき)神社)の始まりだという。

<桃太郎(ももたろう)>
・昔話「桃太郎」の主人公。川より「どんぶらこ」と流れてきた桃から誕生して爺と婆に育てられると、きび団子を与えた犬・猿・雉をお供にして鬼が島の悪い鬼たちを退治し、故郷に宝物を持ち帰る英雄。
 日本中で語られている有名な昔話だが、俗に岡山県、香川県高松市鬼無町、愛知県犬山市が三大伝承地とされている。岡山を有力な桃太郎伝説の地とするのは、原型と目される温羅(うら)退治の伝説があること、きび団子(吉備団子)発祥の地であることが理由に挙げられる。温羅との関連は昭和5年(1930)に難波金之助が『桃太郎の史実』で指摘したもので、以後岡山では地域のシンボルとして桃太郎が積極的に活用されている。現在では桃も岡山の名産品として知られているが、これは明治後半頃から県内での栽培が拡大したものである。

・JR岡山駅の駅前広場には昭和46年(1971)に岡本錦朋作の桃太郎像が設置され、今日に至るまで地元の人々に親しまれている。桃太郎の前身とされる吉備津彦命を祀る吉備津彦神社にも、中山森造による桃太郎のセメント像が設置されている。平成30年(2018)には、文化庁が認定する「日本遺産」として「「桃太郎伝説」の生まれたまち おかやま」の関連文化財が選出された。2006年から岡山県のマスコットとして活躍している「ももっち」も、桃太郎がモデルのキャラクターである。
 現在一般的に知られているのは桃太郎が鬼退治をする型の話だが、これは明治期に国定教科書の教材となって内容が画一化した結果ともいわれ、元は地域ごとに異なった型で語られていたと考えられている。

<うきき>
・岡山県勝田郡勝田町梶並(かじなみ)(現・美作(みまさか)市)の語り手による桃太郎の昔話に登場するもの。桃太郎の実母とされる。
 1000年に一度甲羅を干しに出る海亀が、浜で人間の女の子を産んだ。その子はお婆さんに拾われ、ウキキと名付けられ育てられた。並の人間より早く、良い娘に成長したウキキは、山影中納言の奥女中となった。聡明な彼女は中納言の寵愛を受け懐妊したが、本妻に嫉妬され、不義の疑いをかけられ家を追放された。ウキキは大仙山の仙人に助けられて男児を出産し、阿弥陀様のような神様となった。後に中納言が山を訪ねてくると、ウキキは男の子を桃に入れて川へ放り投げ、その子がいずれ鬼を退治し、宝物を中納言に進ぜると予言して去ったという。
 『今昔物語集』には中納言藤原山蔭が助けた大海亀から報恩を受ける話があり、本話の原型と推察される。

<金神(こんじん)>
・陰陽道における方位の神の一種。金神が巡る方位を冒すと苛烈な祟りがあると信じられ、近世末期頃から各地で金神除けの祈禱が盛んに行われた。年ごとに方位を回るため「まわり金神」とも呼ばれる。『簠簋内伝
(ほきないでん)』は、金神とは巨旦(こたん)大王の精魂で、その七魄(はく)が人間世界を遊行し、衆生を殺戮するものと説く。

<座敷わらし>
・特定の家に宿り、その家に繁栄や幸福をもたらすとされる子供姿の妖怪または霊。元来は岩手県を中心に東北地方一帯に伝承されるものだったが、柳田國男、佐々木喜善らによる報告、これらを元にした二次資料への記載や創作物への登用(キャラクター化)を経て、全国的な知名度を得るに至った。これにより座敷わらし概念は外来種的に日本中へ波及し、各地の「家に出る童形の妖怪」が座敷わらしと同一視され、東北以外でも座敷わらしの体験談が聞かれるようになった。また、招福の性質から商業およびスピリチュアル方面での需要も高いのか、今日では座敷わらしがいると称する施設は各地方に点在している。

・佐々木喜善は友人が周防国(山口県)で体験した怪異をザシキワラシに類する事例のひとつとして紹介している。それは某氏が山口市の高等学校にいた頃のこと。夜、下宿でドイツ語の書物を枕元に置いて寝ていると、夜半に一人の童が出てきて本をペラペラ捲って遊んでいた。やがて童は寝ている友人の懐や裾に潜りこんで脇などをくすぐったので、たまらず目を開けると、暗中にもかかわらず天窓板が一枚一枚節穴に至るまで明瞭に見えたという。

・岡山県和気郡和気町日笠下出身の女性(1926年生)は、幼い頃に父から「我が家には座敷童子が住んでいた」と聞かされたという。父は座敷童子がチョコチョコと座敷から出て去っていくのを目撃し、家運の衰えを察したという。津山市のあるアパートにもいたずらっこの座敷童がいたといい、住民の看護婦さんは怖いとも思わず一緒に暮らしていたという。

・広島県三次市甲奴町小童(こうぬちょうひち)の飲食店「手打ちそば山菜料理わらべ」(2022年閉店)の店舗は古民家を改装したもので、座敷わらしが宿っているという。開店準備中の時期、澤口則子店主はどこからともなく聞こえる囁き声を耳にしたといい、開業後も人の歩く足音が聞こえたり電灯が消えたりと、奇妙なことが続いたという。店がテレビで紹介されると、「スピリチュアルの先生」が「ここは座敷童がいますね」と判定。それ以来、願いを叶えてほしい、一目見てみたいといった訪問客が増えたという。不思議な現象がよく起こる「座敷童の部屋」には、客から差し入れられた玩具やお菓子が所狭しと並んでいる。

<日招き(ひまねき)>
・沈みゆく夕日を扇子で招き返し、日暮れまでの時間を延ばして目的を達する呪術。
 中国地方を舞台とする例では、平清盛による音戸の瀬戸(広島県呉市の海峡)開削の伝説が有名。安芸(あき)守だった清盛は、航路の便を図って音戸瀬戸の開削事業に着手した。しかし工事は停滞し、予定日の夕方になっても終わりそうになかった。そこで清盛は扇で沈みかけている太陽を招き返して、その日のうちに作業を終了させたという。

・鳥取県の湖山長者も、『因幡志(いなばし)』『因幡民談記』などに記述があり、古くからこの種の伝説の主人公として広く知られている。

<猿猴(えんこう)>
・水辺の妖怪。人を捕まえて尻や内臓を抜いたり、牛馬を水中に引きこんだりする。「猿猴」の本来の字義はテナガザルだが、中国地方一帯では河童にあたる存在の呼称として通用している。一般的に想像される河童と同じく、頭に皿があり、留まっている水がこぼれると力を失うとされる場合も多い。人間や神仏によって懲罰されることも多々ある。

<血取り>
・異人などが人の生き血を取ると考えられたもの。明治6年(1873)から各地で徴兵令などに反対する民衆運動(血税一揆)が起きたが、これらの発端にも血取りの風聞が関わっていた。これは前年の太政官告諭にある「西人之を称して血税といふ。その生血を以て国に報ずるの謂なり」という文言から、西洋人が生血を取りに来るとの誤解が生じたものである。
 
・北条県(現・岡山県東部)では、アメリカに連行される、石高1000につき女1人・牛1匹を異人へ引き渡されるなどの噂にまで発展し、津山の県庁が強く否定するも県民の疑念は拭えなかった。貞永寺村の卯太郎という者は「10歳から40歳までの人の生き血を絞るために白衣の者が来る」と噂を流して住民の不安を煽り、実際に白衣を着た人物の徘徊を見せて暴動を誘発し、大規模な一揆に発展させたという。

・鳥取県会見郡でも、異人は人間の生き血を飲む、徴兵で生き血を絞り外国に売るといった噂が流れていた。鉱山局が雇った外国人が検査に訪れた時は血を取るための調査と思いこみ、人々は門札を外して家族構成を隠したという。古市村(現・米子市)の農民の妻が不審な二人組を目撃すると、村人たちは血取りが来たと大騒ぎして半鐘を鳴らした。混乱は村から村へ急拡大、竹槍を持ち出す者、通行人に暴力をふるう者まで出た。集合した農民は1万人規模となり、戸長宅への襲撃などが始まった。

・明治6年7月の『東京日日新聞』では、岸田銀二が備前児島の他の浦を訪れた際、同地の住民が血取りの流言を信じて避難・武装していた様子が報じられている。人々は朝廷が唐人に騙され、日本人の種を絶やすために、若い男の血を抜いて弱くし、女は外国にやってしまうものと信じていた。邑久(おく)郡では多くの者が血を取られた、美作(みまさか)では夜中に役人と唐人が家々を検め、娘を連れ去ったなどと具体的な噂まで飛び交い、政府への疑念が増大していたという。

<神ン野悪五郎(しんのあくごろう)>
・『稲生物怪録』諸作において名が語られる魔王。山ン本五郎左衛門の同族または対立する相手とされている。
「柏本」では、山ン本の口から神ン野悪五郎の名が語られる。日本では山ン本の同類は彼しかいないという。もはや神ン野が手を出すことはないだろうと言いながらも、山ン本は今後怪異があれば自分を呼べるようにと、平太郎に槌(つち)を授ける。
 『三次実録物語』では、山本太郎左衛門と覇権を争っている魔王として信野悪太郎という名が語られる。平太郎の胆力に敵わなかった山本は、信野の配下となることをしぶしぶ受け入れて稲生家を去っていく。
 絵巻『堀田家本』では山ン本五郎左衛門の友として権力の座を争う魔の名は真野悪五郎とされている。

・基本的には作中に名前が出るだけで姿は描写されないが、先述の『稲生武太夫一代記』では、山ン本に連れられて衣冠束帯姿の悪五郎が現れる。これは他の絵画作品では太歳(ださい)大明神の姿とされるものである。

<山ン本五郎左衛門>
・稲生屋敷に種々の怪異を起こした魔王。一ヶ月にわたって稲生平太郎の周囲に妖怪を出現させていた黒幕である。

・絵巻「堀田家本」などにおける五郎左衛門は世界の人を惑わすことを業とする魔物で、100人を誑かして魔国の統領になろうと企んでいる。しかし86人目の標的にした平太郎が類稀なる豪胆さを持っていたため、野望は潰えてしまった。観念した五郎左衛門は同族の真野悪五郎から平太郎を守るため、自身を呼び出すことのできる槌(つち)(化物槌)を授けて去っていった。

・幕末から明治にかけて活動した神仙道家の宮地水位は、仙人の教えを受けて様々な異世界を往来していたという。彼が著した『異境備忘録』によれば、悪魔界の12柱の魔王の中には、神野悪五郎月影、山本五郎左衛門百谷という名の者がいるという。『稲生物怪録』との関係は語られていないが、同作の魔王の名を参考にした可能性は高い。ちなみに、宮地水位の世界観において神野・山本よりもはるかに強大な存在が、序列第一位の魔王「造物大女王」である。

<山本太郎左衛門(さんもとたろうさえもん)>
・『三次実録物語』に登場する魔王。稲生家に1ヶ月にわたって怪異現象を発生させた黒幕で、「柏木」や「平田本」系統の作品などに登場する山ン本五郎左衛門と同じ立ち位置の存在。
 七月晦日(みそか)、魔王は裃(かみしも)を着た武士の姿で平太郎の前に現れて狼藉を詫び、仮の名として「山本太郎左衛門」と名乗った。彼は対立する魔王・信野悪太郎を従えるための賭けとして、万物の王たる人間の中でも特に気丈な青年100人を脅かし、正気を失わせようとしていた。既に唐、天竺、日本で16歳の青年85人を脅かしてきた太朗左衛門だったが、平太郎の勇気を挫くことは叶わず、不本意ながら悪太郎の下につくことになった。

<天狗使いの彦六>
・岡山県津山市倭文地域に伝わる。
 里公文上(さとくもんかみ)の彦六という男は不思議な術を使うため「天狗使いの彦六」と呼ばれた。ある時、彦六は大名行列を前にしても立ったままだったため咎められたが、斬られそうになった瞬間に姿を消したという。またある時は伯耆大山(鳥取県)に参詣すると言って夜に家を出て、翌朝には大山の札と証印を貰って帰ってきたという。

<阿久良王(あくらおう)>
・岡山県倉敷市児島地方に伝わる鬼。
 延暦年間(782〜806)、児島の由加山(ゆがさん)を根城にする阿久良王(阿黒羅王とも)という鬼の大将が、東郷太郎・加茂二郎・稗田(ひえだ)三郎なる家来を連れて田畑を荒らし、物や女を奪うなどの悪行を働いた。この噂は朝廷にまで届き、坂上田村麻呂将軍が鬼退治に派遣された。将軍は通生の浦へ来て、神宮寺八幡院で七日七夜の祈願をした後、わずかな家来を連れて由加山を目指した。道中、白髭の老人が将軍一行を援助して導き、人が飲めば薬となり、鬼が飲めば毒となる霊酒を授けてくれた。やがて現れた稗田三郎と斬り合いになったが、将軍が由加大権現に祈ると鬼はすぐに降参した。三郎の案内で鬼の棲み処に着いた一行は、女の鬼に霊酒を飲ませ、寝入ったところを斬り殺した。すると阿久良王が悪行の償いのため「由加大権現の使いとなり、人々を助ける」と誓って絶命し、首を刎ねられると75匹の白狐に変じた。鬼退治を全うした将軍は神恩に感謝して本荘八幡宮や由加神社社殿を造営した。その後、氏子が盗難に遭うと、必ず75匹の神狐が盗賊を探し出して、奪われたものを取り戻したという。

<猿隠山の化物>
・島根県能義郡広瀬町東比田(現・安来市広瀬町東比田)に伝わる。
 昔、両目山には化物が棲んでいて、夜に人を取り食らっていた。杵築(きづき)大社(出雲大社)への勅使・柳原大納言の供として当地に来た北面の武士・藤内民部藤原信貞は、夢枕に立った白髪の神様の加護を受け、化物退治に乗り出した。神使の古猿の導きで山中にある化物の塒(ねぐら)に行き着いた信貞は、襲いくる化物を矢と刀で倒し、この地に山王権現を祀った。化物は身長六尺、頭に三尺ほどの銀髪を垂らし、体毛は黄色く、四足は狼のごとく、尾は牛に似た、名も知れぬものだった。猿の教えで化物退治ができたので、山は猿隠山と呼ばれるようになった。これは天喜元年(1053)の出来事で、化物が潜んでいたのは山の七合目あたりの岩窟といわれている。

<山中の貴人>
・浄免院という人物が雲州(島根県)の太守だった頃、寺西文左衛門という弓術に秀でた武士がいた。ある秋、寺西は山へ松茸狩りに行き、帰り際に角平という供の者の姿が見えなかったため、その名を呼んだ。同行の者が呼んでも返事はなかったが、寺西が呼びかけると山奥から何か応じる声がした。そうして発見された角平は、山中で主とはぐれてから、誰とも知れない高貴な人々に捕まっていたと語った。貴人たちは寺西の声を聞くと、迷惑そうな様子で角平を解放したという。角平を誑かそうとした狐狸の類が、その主人が弓の名手であると気づいて恐れをなしたものと思われた。



(2014/9/17)




『宇宙人についてのマジメな話』
(平野威馬雄)(平安書店)  1974年



<空飛ぶ円盤に憑かれた男>
<岡山市の安井清隆(60歳)(ペンネーム)(故人)>
・ 星の住人は、ちゃんと男女の性別があり、目は碧く、髪は金髪だったという。
・ 地球人ともっとも違うのは、その生存期間です。百歳はまだ幼児期で、平均寿命は3万年から4万年ということでした。それに「老」「病」がなくて、3万歳の人も青年みたいな風貌をしていました。

・ 住民は小型円盤がそのまま、マイハウスになり、高層建築に見えるものも、小型円盤の積み重ねだったという。
・ 空飛ぶ円盤なので、移動はむろん簡単。

・ 星全体が単一国家でほしいものは定められたところへ行けば、すぐに支給されるので、争いもなく戦争も皆無の理想郷。



『UFO革命』
 横尾忠則   晶文社  1979年3月



<母船で連れていかれた太陽系外惑星   (安井清隆)>
(安井)・普通の日本人よりもっと立派な日本語、まるでアナウンサーみたいな日本語で、声もそういう調子でした。

・ええ、高いんです。背が私の倍ぐらい、2メートル4、50ありました。

・「もっと遠い星で、太陽系の外の星なんです。まだ地球上では確認されていないので名前もありません」

・私のことは子どもの頃から全部観察してあり、記録されてあるらしいですね。

・宇宙人の名前はチュェレイさんといいます。チュェレイさんと一緒にいた女性は、背の高さは私と同じくらい、1メートル70センチはありました。髪の毛は少し長めで金髪なんです。

・母船はものすごく大きく、何メートルなんてものじゃなく、葉巻型になっていて長い方が50マイルぐらいだとチュェレイは言っていました。ということは、岡山県の幅ぐらいはあるでしょうね。とにかく想像を絶する巨大な母船なんですね。

・母船の中を小型円盤がピューピュー飛んでいて、全体が街のようになっているんです。

・どこから灯りが出ているのかさっぱりわからないんですが、とにかく昼間の太陽光線と同じなんです。

・彼らが、植えた草や木もあり、池のようなものもありましたよ。非常に気持ちがいい場所でしたよ。

・建物は地球のビルのように四角形のものや堕円形のものもあり、その中がコンパートメントのように仕切ってあるようですね。

・この母船は、巨大な宇宙空間を飛ぶと、ゼロに近い時間で飛ぶらしいですね。その原理は、私たち地球人の知識では全然見当がつかないですね。そして、この母船の中で、時時、地球の各国の人が招待されて色々な話をすることがありますが、その内容については、詳しいことは公表できないことになっているんです。ただ彼等は、原則として地球には干渉してはいけないことになっているらしいんです。

・飲み物は、地球のコーラに似たようなものを飲ませてくれました。けれど、特別変わった味ではありませんでしたね。そのほかにも甘い飲み物はあったんですが、私は、飲まなかったんです・・・・。食べ物は、肉をやわらかくしてトロトロしたものをスプーンで食べるんです。

・リスの肉らしいんです。それとトウモロコシのようなねぎ坊主に似た穀物をくだいて、粉々に作ったパンのようなものがありましたが、これは大変おいしかったですね。味付けの感じは、いわゆる西洋料理のような感じですね。

・チュェレイ星に行く時は、その母船でチュェレイ星の近くまで行くんです。

・降りたところの風景は、どちら側が北か南か全然分かりませんでしたが、とにかく、一方に海があり、その彼方にうっすらと山が見えていました。そして、海と反対側の方は、降りた所もそうでしたけれど、わりと荒れた土地、いわゆる荒蕪地といったらいいでしょうが、そんな感じの平野のような土地が続いていて、そのまん中に街というより都市といったらいいでしょうか、かなり大きな街が見えていました。

・草はね、少し違っています。ちょうど、芭蕉の葉っぱを少し厚くしたような、あるいはゴムの木の葉のように葉の肉が厚いんです。そういう草木が沢山あり、全部の木が闊葉樹ですね。それから動物もいるんですが、皆大きいですねえ。リスが羊ぐらいの大きさに見えました。ただ全部の動物を見たわけではありませんでしたけれど・・・。

・太陽はあります。ただ地球で見るよりははるかに大きいんですが、逆に太陽の熱は地球よりも強くないんです。そして、チュェレイ星は地球のようには自転していないらしいんです。

・都市というのは、かなり大きな街でした。岡山市の旧市内ぐらいは充分あったと思います。そして、もっと驚いたことがあるんです。最初に降りた所でざっと周囲の風景を見てから、もう一度円盤に乗ってチュェレイ星をグルッと一周してもとの場所に帰って来たんですがー海や山などの風景が同じだったのに気がついたのでチュェレイに聞いたら、「そうだ、最初に降りた場所だ」というのでわかったーさっきあった都市がなくなっているんです。おかしいなあと思って、風景は同じようだけれども、あそこに見えていた都市がないのはどうしてなのかと訊いたら、笑いながら、「あれは全部円盤でできていて、今はもう他の場所に飛び去ってしまったのだ」というんです。



『UFO革命』
 横尾忠則   晶文社  1979年3月



<第4種接近遭遇>
<UFOに同乗した人>
・「運動公園でUFOに乗った人」で少しご紹介した故安井清隆(ペンネーム)です。安井さんが初めてUFOを見たのは、昭和28年頃の夏だろうと推定されます。岡山市富田町の家の前で夕涼みをしている時に2日続けて目撃したそうです。

・その人は自分の名前をチユェレイと名乗りました。その後、安井サンはチユェレイさんの故郷の星のことを便宜上チユェレイ星と呼びました。

・昭和35年の5月14日。マスコミ各社が集まっていた総勢100人の観測会で33機の大編隊が現れ、読売のカメラマンが撮影に成功したといわれます。だが、この記事はなぜか発表されていません。そして当日取材に来ていなかった夕刊紙がこのことをスッパ抜き、一躍岡山の話題になりました。

・また、もっと驚いたことには、チユェレイ星を一周してもとに戻ってみると、風景は同じなのに、さっきは確かにあったはずの都市が消えていたのです。チユェレイさんは笑いなら「あれは全部円盤でできていて、今は他の場所に飛び去ってしまったんです」と説明しました。その生活のための円盤は四角形のものも沢山あって、さっき見た都市は円盤が重なってビルのように見えていたのです。円盤は絶えず1メートル位浮いているので、道路を作る必要もないとのことでした。しかし、安井さんはどんな単位で街を作るのか、なぜ街は移動するのか聞くのを忘れたといいます。

・チユェレイ星人はみんな身長2メートル以上ありますが、動植物も全体に大きく、リスでも羊くらい。花も直径3〜5メートルくらい、木はすべてゴムのような肉厚の広葉樹でした。

・チユェレイ星人の体は全体的にひとまわり大きいものの、地球人と同じです。生殖行為もほとんど同じということでした。原則として一夫一婦制ですが、必ずしも護られなく、恋愛(?)は、彼らにとって最も深い関心事のひとつだとか。しかし、裸に対する抵抗はないらしく、風呂は混浴でした。安井さんはチユェレイさんと一緒に、その風呂に入ったそうです。



『岡山に出現したUFO』  
(秋田めぐみ) (岡山若者新書)  1987年



<岡山の安井さんのチュェレイ星への異星旅行>
・ 円盤は都市という程度の規模なんですか?

・ さっきあった都市がなくなっているのです。あそこに見えていた都市がないのはどうしてなのかと訊ねたら、笑いながら「あれは全部円盤でできていて、今はもう他の場所に飛び去ってしまったので」というんです。

・ じゃあ、都市は全部ドーム型になっているんですか?

・ これらの円盤は、飛行するためというよりは、生活する場としての円盤なのですから、四角型の円盤も多くあり、それらが積み重なった場合、大きなビルのように見えるわけなんです。最初見た円盤の街を作ることは、簡単なわけですよね。ただ、どういう理由で、あるいはどんな単位で一つの街を作っているのか、さらにそれらの街は、たえず場所を移動しているのか、何のために移動するのかなどまでは聞き出せなかったんですけれど、いずれにせよ、パァーと集まれば海の真ん中にでも瞬間的に大都会ができるんですから便利だと思いますね。

・ 地上からたえず、1メートルぐらい浮いているわけですから、地上に固定した建造物は全然なく、たえず動いている。チュェレイ星全体が単一国家で、欲しい物は、規定の場所に行けば手に入るし、争いも皆無らしいんです。

・ もちろん、建物は全部円盤でできているわけです。そんな建物がひとつだけ、ぽつんと浮いているところもありました。

・ チュェレイ星人の平均寿命は3万歳から4万歳くらい。

<異星人とテレパシーなどでコンタクトする方法が分からない>
・ “コンタクトする方法は?”円盤に対しての関心を毎日の生活の中でたえず持ち続け、そして宇宙人に早く会ってくれと頼む(念ずる)しか方法がないんじゃないでしょうか。



『UFO革命』
 (横尾忠則)(晶文社)1979/3/1



・また「時間と空間は相対的なもの」というのは今の地球の科学でも定説になっていますが、天文学上でも各星によって1年(1行程)の長さが違います。チユェレイ星人の平均寿命は地球時間で3万〜4万年くらいらしく、チユェレイさんは地球人の30歳前後しか見えませんでしたが、実際は1万歳くらいとのことでした。そして、地球人がピラミッドを作っている頃から地球に来たことがあって。「あれ(ピラミッド)は地球人が作ったものだ」と言ったそうです。

・「異星人には同じ人間型でも5メートルくらいのもいる。人に言うと怖がるからしゃべらないことにしている。それに人間とはまったく違う形態の知的生物もいる。チユェレイさんたちでもつきあってもらえないほど次元が高く、チユェレイさんたちが研究しても分らないのがいる」と言っていたとのことです。

・こんなにも沢山の人が、こんなにも様々なUFOとの出会いをしている・・・。この事実はなんびとも否定できません。この事実、それも当地岡山においての事実を秋田さんは足で調査し、一冊の本にまとめてくれました。貴重なものだと思います。

・ここ岡山の街にも事実か、単なる流言飛語か、沢山のUFO目撃の噂があります。そこで岡山のUFO研究といえばこの方を抜いては語れないといわれている畑野房子(就実高校理科講師)のご協力のもとに、この噂の真相を調べてみました。(月刊※タウン情報おかやま別冊)(1987年)

・人間が本能的に持っている未知への探究心が大事。



『世界不思議大全  増補版』
泉保也     Gakken   2012/8



<ジョージ・アダムスキー  史上最大のUFOコンタクティ>
<驚異の宇宙旅行と素晴らしい宇宙船>
・アダムスキーは、その後数回にわたって異星人とコンタクトすることになるが、そのたびに彼は驚くべき体験をしている。

 1953年2月18日、例によって彼は予感めいた衝動に駆られ、ロサンゼルスのとあるホテルに投宿した。
 夜になって、ロビーにいたアダムスキーにふたりの男が接近してきた。ふたりは普通の服を着ており、話す言葉にも何らおかしなところはなかった。
 しかし、彼らが握手を求めてきたとき、アダムスキーは異星人だとわかった。彼らは特殊な握手をするからである。

 ふたりはアダムスキーを車に乗せ、砂漠地帯に向かい2時間ほど走行。ドライブ中、ひとりは火星からやってきたといい、もうひとりは土星からやってきたと話した。
 車が砂漠に着くと、そこにはUFOが待機していた。近くには例の金星人がいて、アダムスキーをにこやかに出迎えた。不思議なことにこのとき彼は、英語を流暢に話せるようになっていたのである。
 アダムスキーは、彼らに仮の名前をつけ、金星人をオーソン、火星人をファーコン、土星人をラミューと呼ぶことにした。

・UFOは信じられないくらいの高速で飛行し、地上1万2000メートルの高度に達した。そこにはなんと、全長600メートルはあろうかという巨大な葉巻型母船が滞空していたのである。

・アダムスキーを宇宙旅行に招待したのは、偉大な指導者(マスター)と呼ばれる人物だった。

・土星型UFOは、上空に待機している母船に向かった。今度の母船には、20歳前後にしか、見えない人々が大勢いたが、彼らの年齢は、実際には30〜200歳以上にも達するという。

<コンタクティ  異星人からのメッセージを伝える人々>
・コンタクティの証言を「コンタクト・ストーリー」という。

<ハワード・メンジャー>
・アメリカ人。初コンタクトは1932年の夏で、金髪の金星人女性と会見。高校卒業後、陸軍に入隊してからハワイで黒髪・黒眼の異星人と出会い、太平洋戦争時の沖縄戦に従軍した折、沖縄で軍服を着た金星人と会見、「今後もコンタクトが続く」と告げられた。

・退役後の1956年にニュージャージー州プレザント・グローブでUFOを目撃して搭乗員の男女と会う。以後、金星や火星、木星、土星から来たという異星人と何度も会見し、UFOに同乗して金星や月の裏側にある基地を訪れた。妻も金星人の転生者だという。

<安井清隆>
・日本人。岡山市で語学塾を開いていた1960年4月23日の夜、満月の2、3倍はありそうな土星形のUFOを目撃。1週間後の30日午前4時すぎ、テレパシー通信を受けて戸外へ出たところ、3機のUFO編隊を組んで旋回しているのを目撃した。うち2機は姿を消したが、残る1機も導かれるようにあとを追った。

・UFOは総合運動場に着陸し、中から銀色のスーツに身を包んだ、2メートル40センチほどの長身でマスク姿の人間が現れ、両手を差しだしながら安井に近づいてきた。握手後、マスクをはずした男の顔は彫りの深いヨーロッパ系だったが、日本語で話しかけてきた。しばらく、会話を交わしただけで、最初のコンタクトは終わった。

・同じ年の10月30日、「富山県黒部市の宇奈月温泉近くの河原で待つ」というテレパシーを受信。11月1日の夕刻、黒部川で先に会見した男性と金髪の女性と遭遇した。男性はチュェレイと名乗り、それが母星の名でもあると語り、直径5〜6メートルの小型円盤への搭乗を許された。円盤は15分ほどで白馬岳の頂上付近に到着。直径30〜40メートルの円盤に乗り換えた。内部は操縦室、食堂、倉庫、会議室からなっていた。

・その後コンタクトは中断し、再開されるのは1970年2月。岡山市郊外でチュェレイと再会し、円盤で白馬岳の基地を訪問。全長60キロはあろうかという葉巻型の巨大母船の映像を見せられた後に、その母船へ案内された。母船は恒星間飛行に用いられるもので、内部には森や湖、山などがあり、建物が立ち並び、小型円盤が飛び交っていた。1971年2月末には、その巨大母船に乗ってチュェレイ星を訪問した。が、その後テレパシー通信はぱったり跡絶えてしまったという。

<ステファン・デナルデ>
・オランダ人実業家。1967年7月、オランダ南西部ウースタ―シェルトの沖合をヨットで航行中、海面に浮かんでいた異星人の宇宙船(水上艇)に乗り上げて異星人と遭遇し、乗船を許された。

・身長150センチほどの異星人はヒューマノイド型ではなく、顔の真ん中に窪みがあり、手は鉤状で、全身が薄褐色の毛で覆われ、獣じみて見えた。

 会話はテレパシーでなされた。彼らの母星は、地球から10光年彼方にある惑星イアルガで、自転速度は地球よりも遅く、重力は地球の約3倍。窒素やアンモニアからなる大気は濃密で、大気圏の雲が視界をさえぎっており、太陽光は見えない。

・そのイアルガ星へ、小型の円盤から高空に滞空する大型円盤に乗り継いで案内された。イアルガ星は海が大部分を占め、陸地は島だけで、それらは鉄橋で結ばれていた。石油タンクのような形状をした集合住宅が立ち並び、ひとつの建物の直径は約300メートル、高さは約135メートルで、約1万人が居住できる。

 ほかに自動機械化された農園、恒星間飛行用の大型円盤の建造工場なども見学してから、再び円盤に乗って地球へ帰還した。

<R・N・フェルナンデス>
・メキシコ大学教授。原子力委員会のメンバーも務める科学者。1972年11月14日、大学構内で異星人女性とすれ違った。身長190センチの長身で、瞳は緑色、黒髪の美女である。それより先、教授は女性の声で何かを訴えようとするテレパシー通信を受けており、異星人であると直感したのだった。

・その後、2度遭遇したものの、会話を交わすことなく迎えた1974年12月22日、彼女が「テレパシーでは通じないようなので、直接話にきました」と教授を尋ねてきた。彼女はアンドロメダ銀河からやってきたリアと名乗り、知的生命体の調査のために地球を訪れていると説明、近いうちに宇宙船へ招待すると約束した。

・それが実現したのは翌1975年4月22日だった。宇宙船は直径5メートルほどのドーム状円盤で、乗船するや、超高速で大気圏外に飛び出した。リアは宇宙空間に浮かぶ青い地球を見ながら、地球環境の脅威、遺伝子工学、反物質などについて語った。

・リアはその後、近い将来凶悪な異星人が地球に来襲する、という警告を残してアンドロメダ銀河へ帰っていった。

<宇宙飛行士が認めたコンタクトの事実>
・ならば、彼らの主張はすべて虚言や妄想の産物かというと、必ずしもそうではない。宇宙探査によってコンタクティたちの話が真実と判明したケースもあるからだ。

・かつてのアポロ計画にも注目したい。宇宙飛行士と管制センターとの漏洩交信記録から、「道」「ドーム群」「構築物」「トンネル」「テラス」などが月面に存在するらしいことが指摘されたからだ。それらはおそらくUFOの基地だろう。

・アポロ14号で月面に降り立ったエドガー・ミッチェルが2008年7月、「アメリカ政府は過去60年近くにわたって異星人の存在を隠蔽してきた」と爆弾発言したことも、コンタクティに有利に働く。地球へ飛来している異星人が人類との接触を試みないとは考えられないからであり、すべてのコンタクト・ストーリーを荒唐無稽と斬って捨てるわけにはいかないのである。




(2022/2/3)


『日本怪異妖怪事典 関東』
朝里樹   氷厘亭氷泉   笠間書院  2021/10/5



<茨城県>

<虚舟(うつろぶね)>
・「うつろ舟」、「うつぼ舟」、あるいは「空舟」とも書かれる。常陸国(茨城県)に流れついたとされるふしぎな扁円状のかたちをした舟、全体は鉄でできており、ガラス障子が嵌められている箇所もある。舟の中にはふしぎな箱を持った異装の女性(「うつろ舟の蛮女」などと書かれる)が乗っており、舟中には水・菓子・肉を練ったような食物・敷物などが積まれていたという。漁師たちは役所などに届け出る面倒を考え、この舟を沖に押し戻して、再び海に流したと語られる。
 享和三年(1803)2月22日に常陸国の原舎と呼ばれる浜辺に漂流したとされる情報が広く知られている。

・ただし、このような「うつろ舟」の情報は、それ以前にも存在していたようで、細部や舞台が異なるがほとんど同じものといえる構成のはなしが、加賀国(石川県)・越後国(新潟県)などに出たものとして、随筆や風聞集に見ることもできる。

・昭和中期には「うつろ舟」について、宇宙人を乗せてやって来た「宇宙船」だったのではないかとする説を斎藤守弘が出しており、以後は直接うつろ舟を取り扱った記事でも「江戸版UFO騒動」といった見出しがみられるなど、その延長線上で影響を受けたモダンな解釈で語られることも一般に多い。しかし、それらはあくまで「うつろ舟」が20世紀以後に空想された宇宙船のイメージを連想させる、ふしぎなまんまるみを持ったかたちをしているという点のみへの興味であり、古い情報そのものには「うつろ舟」が空を飛んだり、よその天体から銀河膝栗毛をして来たりしたような描写などはない。

<天狗藤助>
・常陸国の阿波村(現・稲敷市)にいた体のとても大きかった奉公人で、和泉屋に奉公する無口な働き者だったが、人々から天狗の化身ではないかとも語られていた。
 別当(管理関係にある寺)の安穏寺が、大杉神社(あんば様)に寄進するため、花屋に注文していた造化を江戸へ取りに行くと「昨日、阿波の大きなひとが取りに来て渡したよ」との返事だったので、ふしぎに思いつつ村に戻ると、確かに造花は神社に置かれていた。そんな大きな者は藤助しかいない、ということから和泉屋に屋に問い合わせても藤助は外泊などしていなかった。すると藤助は、ほんの数時間のうちに江戸まで往復していたというはなしになり、「天狗の化身ではないか」と噂されたという。
 あんば様(大杉大明神)には天狗様も祀られており、藤助が天狗の化身と考えられた要因のひとつになっている。

<天狗火>
・夜、山に飛んでいるのが見られるという怪火。赤い光が点滅したり、動いたりするという。茨城県などに伝わる。山に飛んでいる様子がみられると、狐火ではなく天狗火と称されることが多いようである。

<外国の鬼>
・茨城県鹿嶋市に伝わる。「碁石の浜」は鹿島の神と外国の鬼が碁の勝負をしたことに由来するという。この鬼の詳細については記されておらず詳らかでない。

<飛物(とびもの)>
・夜空を光りながら飛んでゆくというふしぎなもの。

<並木道>
・夜道などを歩いているときに、そこにあるはずのない見慣れない並木道がつづいて道に迷わされたりするというもの。狐や狸などの化け術だとされる。
 茨城県五霞村(現・五霞町)では、狐の仕業だと感じて、煙草を吸ったらスッと消えた。

<袮々子(ねねこ)>
・利根川に住む女の河童で、茨城県を中心に利根川流域の関東各地に伝わる。

・毎年その居場所は変わり、土地の人々はその毎年の居場所をわざわいのある地点と考えていたことを記している。

・利根川流域には袮々子を祀っている家などもみられる。利根川の河童たちの親分格ともいわれており、関八州の河童の総帥などと文飾されてもいる。

<光物>
・下総国の山王村(茨城県取手市)に住んでいた庄兵衛という男が、天明の頃(18世紀末)に拾ったというふしぎなもの。夜空を光物が飛んでいたと思ったら、垣根のあたりに一寸(約3センチ)ぐらいの宝珠のように先がとがったまるい光物が落ちていたという。白く光っており、夜に書物を照らしてみることもできたらしい。

<一つ眼(ひとつまなぐ)>
・「ひとつまなく」とも。事八日(2月8日や12月8日)の日に家々にやって来るとされる一つ目の妖怪。茨城県などで呼ばれている。

<古猿(ふるざる)>
・山に住む、年を経た大きな猿で、人間を襲ったりする。むかし常陸国の高野村(現・茨城県守谷市)に現われたといい、山の近くに家を建てて住んでいた家の女房を、夫や下人の留守中に襲い、淫らな行為におよんだ。悲鳴を聞きつけて駆けつけた代官や村人たちによって退治されたという。身のたけ六尺(約180センチ)もある大きな猿だったという。もはや猿というよりも狒々やゴリラのようなスケール。

<孫右衛門狐(まごえもんきつね)>
・下総国の赤法華村(茨城県守谷市)に住んでいた孫右衛門という男のもとにやって来て、妻となっていた狐。
 旅の途中で宿を借りたのをきっかけに妻となり、やがて孫右衛門とのあいだに男の子を産んだが、昼寝をしているとき、その子が「かかさまの顔がおとうか(狐)によく似ている」と孫右衛門に告げたために、狐は家を出て行ってしまった。

<水戸浦の河童>
・常陸国(茨城県)水戸の海で捕らえられたという河童。海から声がおびただしく聴こえ、ふしぎに思ったのでさし網をおろしたところ、14、5匹の河童が踊り出したという。捕まったのはそのうち1匹で、鳴き声は赤ん坊泣くような声で、尻の穴は3つあったという。

<夜刀神(やとのかみ)>
・角の生えた蛇のすがたをしており、芦原や谷などに住んでいるとされる。『常陸国風土記』に書かれており、太古のむかしの常陸国行方(なめかた)郡(茨城県)で人々が田を開墾してゆく動きを妨害したりしたとされる。継体天皇のころに麻多智(またち)という勇士がこれと対峙し、大きな杖を立て人々の田地と夜刀神の住む地を分けた。また、幸徳天皇のころに池を拓いた際、池のほとりの椎の木に大量に群がって出現したが、壬生速麿(みぶのむらじまろ)によって退けられたともいう。

<山猿>
・茨城県山ノ荘村(現・土浦市)に伝わる。
 むかし一年に一度、何者かによって村のどこかに白旗が立てられることがあり、それが立てられた家は妖怪にいけにえとして乙女を差し出さなければならなかった。弓の名人である高倉将監(しょうげん)が妖怪を退治したところ、年を経た大きな山猿だったという。
 茨城県龍ヶ崎市貝原塚町などにも、猿の化物が人々の家に白羽の矢を立てて、いけにえを出させていたが、退治されたというはなしがみられる。

<山姥の神隠し>
・茨城県などでいわれる。夕方遅くまで遊んでいると、山姥に連れて行かれる、山姥に神隠しされるなどと子供たちは注意されたという。

<良正(りょうしょう)>
・下総国飯沼(茨城県常総市)の弘経寺にいたという貉で、了暁が住持を務めていた時代に僧侶のしがたに化けて修行をしつつ暮らしていた。学があり相撲も強かったが、昼寝中しっぽが出ているのを見られてしまい、寺を去ったとされる。別れのとき、寺の者に阿弥陀如来の来迎の様子を魔術で見せたとも語られる。良正からは「これは術、信心を起こすことなかれ」という注意があった。

<栃木県>

<青幣(あおべ)>
・「青平」、「青兵衛」とも。青い色の天狗だといわれている。栃木・群馬県境の山々に祀られている五色天狗のひとつ。
 五色天狗のうち、青幣については、他の天狗とは異なって山の名がはっきり示されていない。位置関係を考えると沢入山(栃木県日光市)なども考えることはできる。
 五色天狗の同僚である赤幣(あかべ)のいる氷室山(栃木県佐野市)などにも祠などが確認できる。

<赤幣(あかべ)>
・「赤平」、「赤部」、「赤兵衛」とも。氷室山(栃木県佐野市)に伝わる天狗。赤い色の天狗だといわれており、火伏せにご利益があるとして祀られている。五色天狗のひとつ。
 むかし江戸の宗家の屋敷に火の手が迫ったとき、見知らぬ大男が現われて火を消して類焼から守ってくれたことがあった。そのなぞの男は「あそのあかべ」であると名乗ったといい、調べさせると下野国阿蘇郡のこの天狗だとわかり、火伏せの霊験があると語られるようになったとされる。
 この大名屋敷の防火をしたとするはなしは、おなじ五色天狗のひとつ黒幣(くろべ)と共通している。火事があったのは天保のころだという。宗家は対馬のお殿様として知られるが、阿蘇郡にも所領を持っており、その関係から語られている。

<荒針の大蜂>
・栃木県宇都宮市の大谷寺に伝わる。大谷の山の洞穴にいたという数万年も経たような巨大な蜂で、群れをなして人々を苦しめていた。旅でこの地を訪れた弘法大師の密法によって大蜂たちは退治されたという。
 この巨大な蜂に由来して、荒針という地名ができたとも語られている。

<岩岳丸>
・「岩嶽丸」、「巌嶽丸」、「岩武丸」とも。栃木県に伝わる。八溝山にいたという鬼。須藤貞信が討伐に向かい、これを退治した。のちにその霊が大蛇と化して出没し、人々を苦しめたとも語られる。

<裏見滝の天狗>
・裏見滝(栃木県日光市)にいるとされていた天狗で、不浄な心得の者がやって来ると、これにつかまれて八裂にされると語られていたという。
 修験者たちの修業の地であったころの言い伝えである。

<黒幣(くろべ)>
・「黒平」、「黒兵衛」とも。根本山(栃木県佐野市)に伝わる天狗。黒い色の天狗だといわれている。栃木・群馬県境の山々に祀られている五色天狗のひとつ。

<古峰ヶ原隼人坊(こぶがはらはやとぼう)>
・「日光隼人坊」とも。古峰ヶ原(栃木県鹿沼市)にいる天狗で、日光の山々にいる小天狗たちを統率しているという。
 古峰ヶ原には「籠り堂」と呼ばれるものがあり、春と秋に天狗たちがそこに集まる日があって、その日は騒がしい音が聴こえて来たりしたという。
 隼人坊の名称にも用いられている「隼人(はやと)」という名は、古峰ヶ原を守る家にも実際に代々伝わっている名前であり、彼らは役行者に仕えていた前鬼(前鬼・後鬼)あるいは妙童鬼の子孫であるとも伝えられている。

<成高寺(じょうこうじ)の天狗>
・栃木県宇都宮市塙田の成高寺に伝わる天狗。むかし成高寺にいた貞禅禅師という書道に長けた僧侶のもとに翁のすがたに化けて「腕を借りたい」とやってきたという。腕(字のうまさ)を借りに来た理由は、神仙たちとの書の集まりに参加するためであり、承知をした貞禅の腕はしばらくしびれが出てうまく動かなかったが、数日後再びおなじ翁がやって来て礼を告げると腕は治り、以後は寺を守護してくれるようになったとされる。
 このような書道の腕前を借りてゆく天狗のはなしも各地の寺社にみられる。

<小眼(しょうまなこ)>
・事八日(2月8日)の日に家々にやって来るとされる一つ目の妖怪。栃木県野上村(現・佐野市)などでは一つ目小僧のような目がひとつの存在だと語られ、12月8日にやって来るので籠を家の外に出しておいたりしたという。

<白倉山の天狗>
・白倉山(栃木県那須塩原市)に住んでいた天狗たち。弘法大師が箒川沿いを歩いていたときに火の雨を降らせて邪魔をしたという。弘法大師は石の上に大きな石を屋根のように積んでその下に入り火をよけたといい、その石は「弘法の釣石」と呼ばれている。

<白幣(しろべ)>
・「白平」、「白兵衛」とも、白岩山(栃木県佐野市)に伝わる天狗。白い色の天狗だといわれている。五色天狗のひとつ。
 白岩山には、白岩山神社があり、そこに祀られていると考えられる。

<群馬県>

<岩舟(いわぶね)>
・『前橋神女物語』にみられる、長壁姫(おさかべひめ)の乗っている空を飛ぶふしぎな船。「長壁大神」が侍女たちを連れて前橋城(群馬県)から出掛ける際に乗っていたといい、富士山や武蔵国秩父山、出雲など日本各地をはじめ、高天原などにも出掛けている。
 岩舟と呼ばれているが、材質は鉄とも石ともつかない硬くしっかりした素材で、大きさもいろいろあったと語られている。

<兎聟(うさぎむこ)>
・人間の娘をお嫁に欲しがる兎。
 むかし、おじいさんが「畑仕事を手伝ってくれたら好きなものをやろう」と約束をした結果、その娘を欲しがった。おじいさんの三人いる娘の末の妹が承諾して嫁に行ったが、里帰りの道中で兎に餅を入れた重たい臼を背負わせたまま桜の枝を採らせて、川に落としてしまった。
 群馬県新治村などに伝わる昔話に登場する。「猿聟」と分類される内容のもので、猿が登場するはなしのほうが一般には多い。

<牛の角の如き角の生えたる獣>
・『前橋神女物語』にみられる、長壁姫の使い。前橋城(群馬県)の「長壁大神」が、前橋藩士である富田政清の娘・鎧(がい)(のちにお告げによって改名して春)にはじめて「長壁大神の宮へ来い」というお告げをした際に、その内容を託されて現われた獣。
 あえて牛と明言されていないことを考えると、角のあるふしぎな存在が現われたのだとみられる。ほかには白い兎、白い狐、天狗、鴉、鳩なども使いとして鎧の前にお告げを語りに出現している。
 また、長壁様の侍女とされる存在が、長壁大神の使いとして多数『前橋神女物語』には登場しており、お菓子やおこづかいをしばしば届けている。

<永泉寺の貉(むじな)>
・群馬県高崎市倉賀野町の永泉寺のうら手に広がっていた林にいたという貉。むかしは近在の村人が宿場へ遊びに行って来た帰りに、この貉に化かされることが多かったりしたという。

<大入道>
・群馬県渋川市行幸田に伝わる。甲波宿祢(かわすくね)神社の南に「入道街道」と呼ばれる山道があり、そこには大入道が出没してひとの通るのをさまたげたりしたという。この大入道は、善人がとおるとすがたをみせず、決まって悪人がとおるときだけに出たという。

<お狐さん(おきつねさん)>
・出雲国(島根県)から稲を持って帰って来たとされる狐。お稲荷さんの使い。稲穂を他国に持ち出すことは禁じられており、追っ手に追いつかれそうになったが、茶の木の蔭に隠れて難を逃れ、人々に稲をもたらしたと語られる。

<おこじょ>
・関東地方では群馬県を中心に「おこじょ」は十二様のおつかいだとされている。山で目にするとけがなどの災難につながる、捕まえたり、殺したりすると良くないことが起こると考えられたりしていた。

・「山おおさき」とも呼ばれており、見た目は尾裂たちと重なっている。

<長壁姫>
・「刑部姫」、「小刑部姫」、「小坂部姫」または、「長壁大神」とも。城の天守閣に宿っているなどと語られており、姫路城(兵庫県)のはなしが有名だが、関東地方では、それを分霊したとされる前橋城(群馬県)などでも語られる。

・『前橋神女物語』には、明治のはじめ頃に前橋城の「長壁大神」が、前橋藩士である富田政清の娘・鎧(がい)と交信していたはなしがつづられている。牛の角の如き角の生えたる獣などの使いを寄越したりしているほか、長壁様の侍女と名乗る女たちが使いに現われ、色々な菓子を持って来たりもしたという。長壁大神と侍女たちが岩舟というふしぎな舟に乗り、遊山に出掛けていたことや、長壁大神をはじめとした神々(長壁の本体を木花咲耶姫(このはなさくやひめ)としている)と仏仙徒が西国で合戦をしているという様子が語られている点など、平田篤胤やその周辺の国学・古神道の説を多く摂取したみられる独特な内容のほか、皆川市郎平を連れて行った埼玉県の総髪の異人の記述などもみられる。

<悪勢(おぜ)>
・上野国の御座入(群馬県片品村)に住んでいたという鬼、あるいは夷賊。武尊山を本拠地としていたとされる。

<尾瀬沼の主>
・群馬県片品村などに伝わる。尾瀬沼のぬしで、大きな尾のあたりから水が来ているために「尾瀬」、あたまを置いているあたりなので「牛首」などの地名に結びつけられて語られている。

<お天狗山の天狗>
・嵩山(たけやま)(群馬県中之条町)の「お天狗山」に住んでいる天狗で、鶏の鳴き声を嫌っており、山の周辺で鶏を飼うと、この天狗が怒ってやって来て、その家を燃やすといわれていた。

<隠し坊主>
・日暮れ過ぎまで遊んでいる子供を隠してしまうと語られる存在で、子供たちは暗くなってくると「かくしぼうずがくるから、かえろう」と言っていたという。
 群馬県吾妻町本宿(現・東吾妻町)などに伝わる。

<かくなし婆さん>
・日暮れ過ぎまで遊んでいる子供を連れさって隠してしまうという白髪の老婆のすがたをした妖怪。

<隠れざと>
・群馬県邑楽郡千代田村(現・千代田町)に伝わる。子供が泣いていると、むかしは「かくれざとに隠されるから泣くな」と言って叱られたりしたという。

<迦葉山(かしょうざん)の天狗>
・迦葉山(群馬県沼田市)に住む天狗たち。

<片石山の天狗>
・片石山(群馬県前橋市)に住んでいるという天狗たち。穢れのある者が山に入って来たのを察知すると、利根川に投げ込んでしまったという。

<木部姫(きべひめ)>
・榛名湖(群馬県)に入って竜あるいは大蛇になったとされる美しい娘。
 上野国の木部(現・群馬県高崎市)にいた木部長者の娘であったが、その正体は榛名湖のぬしであり、年頃になると屋敷を出て湖に身を沈めて蛇身となった。

<群馬八郎(ぐんまはちろう)>
・「群馬(くるまの)八郎」とも。群馬県伊勢崎市や前橋市などに伝わる大蛇。

・父である群馬満行も春名満行権現(はるなまんぎょうごんげん)という榛名山の神であると記述されている。

<幸菴(こうあん)>
・「幸庵」、「幸菴狐」とも、上野国(群馬県)にいたという100歳を超えた翁で、家々に泊めてもらってはありがたいはなしをしたり、「寿」という書を揮毫していた。吉凶判断をしてもらうと、よく当たるといい、評判になっていた。ある家で「お湯をどうぞ」と、風呂をすすめられたとき、お湯が熱過ぎたことから狐のすがたになって驚いてしまい、その正体がわかってしまったという。

・湯殿で正体が露顕してしまう展開は狐狸に多く、東京都の高安寺の小坊主などをはじめ各地にみられる。

<白猿>
・群馬県片品村の猿岩と呼ばれる武尊山(ほたかやま)の岩屋にいたという猿。花咲の里に下りてきては畑を荒らしたりしていたが、ひとびとが武尊明神に祈願して以後はすがたを見せなくなったという。
 武尊神社で秋に行われる猿追祭の由来だとされる。

<大だら法師(だいだらほうし)>
・とても大きな巨人。群馬県では、赤沼(高崎市)は「大だら法師」が赤城山に腰かけて足を踏んでできた跡であるとされる。

<大場三郎豊秋(だいばさぶろうとよあき)>
・下野国(しもつけのくに)の大場(群馬県東吾妻町)を護っているという大天狗。山伏のすがたで現われた天狗から奥義である「天狗道の秘文」を習い大天狗になったと語られている。村人に対し火伏せをすると告げたとされる。

<天狗の子供>
・群馬県富士見村(現・前橋市)の横室に伝わる。むかし榎本という男が畑仕事をしながら景気よく「鬼でもこい。天狗でもこい」と掛声をかけていたところ、「すもうをしよう」と子供が語りかけて来た。子供相手だと思って相撲をとったが、男は子供に連続して投げ飛ばされ、そのまま連れ去られてしまった。
 子供の正体は天狗で、天狗の世界に連れて行かれていたが麻多利神(摩利支天(まりしてん))によって救われ、10日後に村に戻って来ることができたという。

<天竺の金>
・事八日(2月8日、12月8日)に目籠を家に立てて飾る理由のなかには、この日に天竺あるいは天から金が降りくだってくるので、それを目籠で受け取るためだという例もみられる。実際に目に見えて金貨などが降って来るわけではなく、「1年間の福を得る」というかたちのものである。

<丸嶽の天狗>
・上野国水沼(群馬県高崎市)の丸嶽の天狗で、日本を魔国にしようとたくらんでいた。五色の水の沼を出現させ、その水を流れ出させて人畜を殺すなど、鉄鬼、活鬼に協力を仰ぎつつ、ともに妖通力を用いて暗躍した。

<山男>
・山中に住んでいる存在。群馬県上野村などでは、山の洞穴などに住んでいると語られており、山仕事をしているひとがこれに出会ったり、何か物をもらったりしたといったはなしがみられる。

<山姥>
・「鬼ん婆」とも。とても大きな巨人。群馬県上野村では、とても大きな山姥が叶山に腰をかけて足を洗った、などのはなしが伝わる。

<埼玉県>

<疫神(えきじん)>
・人々に疫病をもたらすとされる存在、「疫鬼」などとも称される。

<大入道>
・ものすごく大きな図体をした妖怪。狐や狸などのへんげ動物が化けるともいわれる。

<総髪の異人>
・川越城(埼玉県)の武士・皆川市郎平の前に現われて、1ヶ月半ほど日本各地を連れて歩いていたというふしぎな存在。仙人や天狗のような存在とみられるが正体は不詳。

・天狗とともに知らない土地へ行った・さらわれたといったはなしのひとつであるといえるが、回想に登場するのはどこへ行った・何を見たといった現実の日本各地を短期間で巡って来た道中記的な描写がほとんどであり、天狗や神仙の世界に行ったような内容は見られない。ただし、金毘羅さま(香川県)参拝後なまぐさい寒風が吹くふしぎな道を歩いているうちに八王子(東京都)に着いた、海を下に見て空を歩いていたなど、移動中の様子にふしぎな描写がいくつかある。

<袮々(ねね)>
・埼玉県戸田市内谷の「ねねが渕」と呼ばれるあたりに出たという河童で、朝に田畑に向かう人々の前にすがたを現わしてびっくりさせたなどと語られている。

<千葉県>

<愛宕坂の天狗>
・千葉県佐倉市の愛宕坂は、天狗が通行人に対してしばしばいたずらをしたとされる。砂がさらさらと落ちて来るような音を上からさせたり、懐に一文銭を投げ込んで来たり、茶釜が転がって来たりという。

<天邪鬼(あまんじゃく)>
・天邪鬼(あまのじゃく)のこと。庚申(こうしん)(青面金剛)の画像でなぜ天邪鬼が踏みつけられているのか、といったはなしが千葉県などに伝わる。

<岩田刀自(いわたのとじ)>
・安房国朝夷郡(千葉県)に住んでいたという数百歳のふしぎな道士。両目は青かったという。
 浅井了以意『伽婢子(おとぎぼうこ)』にみられる。里見義広が城に招いたが「君、五箇月後の後に必ず禍あり」と告げられたという内容になっている。長命であるというしるしとして、那須野原で九尾の狐が狩られたり、殺生石でひとが死んだ光景も青年のころ実際その場で見たと語ったという。
『太平広記』にある「軒轅」のはなしを日本に翻案したもの。刀自(とじ)を笑った城の女たちが術で老婆に変えられてしまう箇所にみられる。

<大きな姥>
・「関の姥」とも。とても大きな巨人。

<狗賓(ぐひん)>
・天狗のこと。人間がこれになってしまったというはなしもある。
 下総国の箕輪(千葉県柏市)の修験者の家の先祖は、兄と弟そろって都で修行したが帰り道で弟が行方知らずになってしまい、後に嵐の日に杉の木の上から「戻って来たぞ」という声だけが聴こえ、「狗賓さま」になって帰って来たと語られていたという。

<大弐(だいに)>
・千葉県長南町の長福寿寺に伝わる。むかし十八僧正がいたころに弟子として寺で修行をしていたという僧侶だったが、あるとき天狗であることが知れて斬られてしまい、羽根を残して去ったという。

<天狗様の花見>
・3月4日は「天狗様の花見」の日だとされており、山に入ってはいけないとされていた。もし入ってしまうと天狗にさらわれてしまうといわれていた。
 千葉県本納町(現・茂原市)などでいわれていたという。

<東京都>

<池袋の女>
・江戸で語られていたもので、池袋村(東京都豊島区)から雇い入れた娘を屋敷などで使っていると、怪音が起こったり、茶碗や土瓶が割れたり、行灯が飛びまわったり、誰の投げ込んだかわからない礫が打ち込まれたりといったふしぎな現象が次々起こると噂されていた。

・実際のところは、不可思議な力による出来事ではなく、その村の若者たちが娘の雇われ先にやって来て起こしていたいたずらだったとか、娘本人が起こしたものであったとも語られる。

<牛御前>
・「牛鬼」、「鬼牛」とも、武蔵国の浅草(東京都台東区)に現われたという大きな牛。隅田川から出現して浅草寺に侵入し、多くの僧侶たちに毒気を浴びせて殺したり、病気にしたりしたとされる。

<宇治の間>
・江戸城の大奥にあった部屋で、「開かずの間」として知られていた。宇治の間の前の廊下には、将軍家に何か凶事があるときにはふしぎな者が現われるといい、徳川家慶が亡くなる少し前に、ここに控えているはずのない老女のすがたを見たなどのはなしが伝わる。

<人面犬>
・ひとの顔のような子犬。文化七年(1810)6月8日、江戸の田所町(東京都中央区)の紺屋さんの裏で、2、3匹の人面犬が生まれて、母犬にお乳をもらっているのが見られ、やがて噂を耳にした興行師に買われた。その人面犬たちは両国で見世物に出され、大きく評判になったという。
 石塚豊芥子『街談文々集要』による記録によれば、見世物に出ていたのは、わずか数日のみで、ほどなく死んでしまったそうである。

<だいだらぼっち>
・とても大きな巨人。「大太法師」、「大多法師」などと字をあてても書かれる。

<高尾山の天狗>
・高尾山(東京都)に住んでいるとされる天狗たちで、山に祀られている「飯綱権現(いづなごんげん)」の使い。
 俗に、人間に決して悪さなどはしない気品の高い天狗たちであるといわれており、にょきにょき張り出して山道の邪魔をしていた杉の大木の根を押し上げたりしたのもこの天狗たちである。

<澤蔵司(たくぞうす)>
・江戸小石川(東京都文京区)の伝通院に住んでいた狐。僧のすがたになり勉学に励んでいたが、あるとき熟眠してしっぽを出していたところを見られてしまい、正体が狐であることを知られてしまったという。

<遣天狗(つかいてんぐ)>
・武蔵国の秩父の山中にある七代の滝(東京都青梅市)の近くに住んでいた僧侶は天狗を使役しており、いろいろとおつかいに出していたという。

<天女の異香>
・天女に口接けされた者の口の中から発生しつづけたというふしぎな良い香り。

<榛名山の天狗>
・雹嵐(ひょうらん)を各地にもたらす天狗として、東京部の農村部などで語られていた。

<神奈川県>

<仙(せん)>
・翅(つばさ)を持つごく小さな人間で、一寸(約3センチ)くらいの大きさをしている。仙人のような存在であるらしい。

・蜂と勘違いされたりしたことを含め、「仙」たちの形状は、ヨーロッパのフェアリーたちと比較してみてもおもしろいものではある。

<山男>
・山中に住んでいる存在。
『譚海(たんかい)』などには、相模国では箱根山に山男が住んでいるとされ、山で捕った赤腹魚を小田原の町に市場がたつ日になると持って来て、お米と交換していったとされる。小田原の領内では「人に害をなすものにあらず」とみられていたようである。基本的には全裸に近いが、葉っぱや樹皮を衣服にしているともある。

<山の神>
・正月八日、2月8日、12月8日は神奈川県では山に入らない日とされており、山の神のたたりを受けるとされている。

<山姫>
・山中に住む美女とされるが、それに貉が化けていたというはなしもみられる。

<東京都(伊豆諸島)>

<てっじめ>
・「てっじめえ」とも。八丈島(東京都八丈町)に伝わる、山の中にいるという存在。山で牛の世話をしているひとや、山仕事をしているひとにいたずらをしたり、食品を盗んだり、邪魔をしてきたり、手伝いをしたりしたという。山猫であるとも語られている。

<てっち>
・てっじめ、「やまんば」、「やまんばば」とも呼ばれる。八丈島に伝わる。山の中にいるという存在。女性のすがたをしているともいい、大きな乳を両肩にかけているという。

<天児(てんじ)>
・八丈島に伝わる。山の中に住んでいるという子供のようなすがたのもの。ひとをたぶらかしたりするという。

<関東広域>

<悪魔>
・人々に良くないものをもたらす魔物・悪霊。悪魔ということばは、寺社や修験者、芸能を通じて広く用いられていた。

<あめりか狐>
・アメリカ大陸から渡来したと想像されていたもので、悪疫の元凶であると考えられていた。「アメリカ国の尾裂狐」とも。
 開港以後の関東や東海道を中心に語られていたもので、狐や尾裂が取り憑くことで悪い病気になるといわれていたという。

<鬼>
・山などに住んでいるとされる妖怪で、とても力が強く、旅人や人里を襲ったりする。各地で伝説や昔話などに広く登場する。

<隠れ里>
・一般には、隠者や落人などが隠れ住む山里あるいは浮世から離れた桃源郷・仙境のような場所、昔話に出て来る「鼠浄土」や「雀のお宿」のような場所の呼び名として用いられることが多いが、お膳などを貸し出してくれる伝説が過去には存在したと語られる洞穴を、「かくれざと」と呼ぶ例が関東にはいくつもみられる。
 茨城県五霞村(現・五霞町)の穴薬師は、隠れ里と呼ばれており、お膳が必要になったとき、使用する日と数を言っておくとその日に貸してくれたという。

<隠座頭(かくれざとう)>
・遅くまで遊んでいる子供を連れ去ってしまうとされる存在。

<風の神>
・風邪などの疫病を人々にもたらす存在。

<狐>
・へんげをする動物として広く知られ、各地で狐に化かされたというはなしが数多くみられる。

<狐憑き>
・明治時代には、狐憑病・犬神病・狐憑症などの名称で医学者たちの間でも門脇真枝『狐憑病新論』をはじめ、精神疾患のひとつとして広く研究された。一方宗教者たちの間でもさまざまにその対処理論や治療術が近代以後にも用いられていた。

<狐の嫁入り>
・提灯のあかりのような狐火が一列につらなって動くのが見えたりするもの。小雨が降っているときに見えるともいう。

<管狐(くだきつね)>
・袂狐や尾裂と同じような憑物。竹の管に入ってしまうような大きさの小動物だという。東京都、千葉、神奈川県などに伝わる。

<天狗>
・山に住むとされる妖怪。さまざまな神通力を持っているという。昔話や伝説などにもさまざまに登場しているほか、各地の山や森、寺社でいろいろなはなしが語られている。神奈川県や伊豆大島などでは「てんごう」とも呼ばれる。
 川天狗など、川にいるとされる天狗たちも各地で広く語られている。

<天狗魔物>
・山に住むあやしい存在、神のような存在のことをこのようにまとめて呼んだりもしたようである。

<貉憑き>
・貉が人に取り憑いて、病気にしたり、過食や奇異な行動をとらせること。症状は狐憑きとほぼ重なる。

<厄神(やくじん)>
・人々によくないことや悪いことをもたらす存在。

<疫病神(やくびょうがみ)>
・「厄病神」とも。人々によくなうことや悪いことをもたらす存在。「悪病神」という呼び方もみられる。
 事八日(2月8日や12月8日)に家々にやって来る存在とも語られる。鬼や悪魔と同様、臭いにおいが嫌いだとされる。

<山女>
・山中に住んでいる存在。とても力が強いという。山姥とほとんど同じもののようにも語られている。
 群馬県上野村などでは、山の神は女性のすがたをしており、たたりを受けるとおそろしいと、山仕事をするあいだで語られていたという。

<山姫>
・山中に住んでいる存在で、美しい女性であると語られることが多い。群馬県などでみられる十二様は女神であるとも語られており、山姫や山姥と共通してくる部分も多い。

<山姥(やまんば)>
・「やまうば」、「やまんばばあ」とも。山中に住んでいる存在で、昔話のなかで人々から恐れられている一方、富を授けてくれたりもする。

<その他(物語、演芸、芝居、絵画、戯文などの画像妖怪たち)>

<牛鬼>
・「鬼牛(きぎゅう)」とも呼ばれ、水に没して死んだ者のうらみがなるという大きな牛。そのすがたを見た者は死ぬともいわれる。

<趙良弼(ちょうちょうひつ)>
・日本を魔国にしようとやって来た蒙古の蝦蟇(がま)仙人の霊で、実の息子である帝烏枢丸(でいうすまる)に出生の秘密を語り、蝦蟇の妖術を授かり、鎌倉幕府転覆を進めさせる。

<帝烏枢丸(でいうすまる)>
・蒙古の蝦蟇仙人趙良弼(ちょうちょうひつ)の息子で、父の霊から三千万里自在の蝦蟇の妖術を授かり、鎌倉幕府転覆と日本を魔国にすることをたくらむ。

<田楽天狗(でんがくてんぐ)>
・鎌倉幕府の執権・北条高時を惑わすために現われ、田楽舞を踊った数多くの天狗や異類異形の化物たち。



『北極の神秘主義』
(ジョスリン・ゴドウィン)(工作舎)1995/9
(局地の神秘・科学・象徴性、ナチズムをめぐって)



<以来この世界はデミウルゴスとヒュペルボレア人の戦場となった。>
・劣位の擬神のひとりであるこの「デミウルゴス」は一種の人間を作ろうとしたが、それは下等なロボット的存在に過ぎず、その名残りこそネアンデルタール人である。デミウルゴスの計画ではこの被造物は死後(祖先の道)にしたがって何度も土に帰るようになっていた。一方、ヒュペルボレア人にとって、このような自分の意志によらない転生は<デミウルゴス>の<円>に捕らわれた忌まわしさのままであった。

・彼の言うヒュペルボレア人は、物質的宇宙のどこにも属していないが、同時に地上で意識を持つことのできる並行した存在状態にあり、二つもしくはそれ以上の世界における戦いを遂行することができる。 だが、この種の超越意識が宿るのは古代の白人、すなわち<ヒュペルボレア人>の記憶を保存する血の持ち主に限られている。

・以来、この世界は、<デミウルゴス>と<ヒュペルボレア人>の戦場となった。
<デミウルゴス>とは、エホヴァもしくはヤハウェであり、ヒュペルボレア人の干渉を絶対に許さず、開闢以来、彼らに対して無慈悲な戦いを挑んできた。この戦いで、彼が用いる道具は、セラノが常に言及する<大陰謀>に与る<反人種>ユダヤ人である。彼らは、この世界のすべての宗教的、政治的、顕教的、秘教的団体の背後にいる。セラノは、フリーメーソンのみならず、キリスト教も憎んでいる。その両者共に、ユダヤの陰謀の一部であると見なしているのだ。

・セラノによれば、ヒトラーの侵攻の初期段階においては、彼の意図は単にアーリア人、すなわちヒュペルボレア人の古代の領地を回復しようとするものにすぎなかった。 ヒトラーは、アヴァタールとしての宿命に着手した、すなわち、国際的ユダヤ人と<デミウルゴス>に対する、そしてその最後の創造物である共産主義ソビエト連邦に対する全面戦争である。

・ほとんどの人は、私達が対戦中のヒトラーの主要な精力は、「魔術的現実」の実験に注がれていたと言うと驚くに違いない。それはたとえば、空飛ぶ円盤の製造、物質の透明化、潜水艦による北極探検、チベットとの慎重な接触、そして北極か南極の要塞における先端科学の探求である。その後、ベルリン陥落と共に、彼は、アルベルト・シュピールの設計によるブンカーとテンベルホフ離着陸場を結ぶ地下道を通って脱出し、もうひとつの世界に達した。

<セラノは、総統を賛美する>
600ページにも及ぶ哲学的総括の大著「最後のアヴァタール、アドルフ・ヒトラー」(ジゲール・セラノ)(1984年)
(セラノはチリ人でインド、ユーゴスラビア、オーストリアの大使を歴任し、様々な国際会議のメンバーであった。)
・セラノによれば、ヒトラーは、ヴィシュヌ神の10番目の化身(アヴァタール)、すなわちカルキ・アヴァターであり、カリ・ユガに終わりをもたらし、新時代の到来を告げるために受肉した存在である。彼は、末法の世のトウルクあるいは菩薩であり、すでに解脱した身でありながら人類のために自発的に下生した。ゆえに彼はあらゆる批判を超越した存在である。ここで、「存在である」と現在形を用いたのは、セラノがヒトラー生存神話を堅く信じているからである。総統は、恐らく、ドイツ製の空飛円盤型航空機で1945年ベルリンを発ち、南極の地下で不可視の存在となって、顕教的な戦争の過ぎ去った今、ここから、秘教的な戦争を指示し続けている、と彼は考えている。

・だが、なぜヒトラーのようなアヴァタールが必要か。それを理解するには時をはるかに遡り、銀河系外からやって来て「第一ヒュペルボレア」を築き上げた存在に目を向けなくてはならない。セラノによれば、彼らの起源を隠蔽しようとする巨大な陰謀が存在し、その最後の記録は、アレクサンドリアの大図書館と共に破壊された。また彼らを宇宙的存在、すなわちUFOに乗ってやってきた「ET」である、と誤解させることを目的とした陰謀もある。





(2021/8/1)



『日本怪異妖怪事典  北海道』
朝里樹  笠間書院  2021/6/18



<アイヌの怪異・妖怪>
・アイヌの妖怪で特徴的なのは、まず異様に強大なものたちだ。例えばフリーと呼ばれる鳥の妖怪は、空を飛ぶだけで幾日も太陽の光を遮るほどに巨大で、地域によっては片翼だけで七里(約27.5キロメートル)もの大きさがあったなどと言われている。海の妖怪であるショキナは、口を開けば上顎が天に届き、下顎は海底に届くほどの巨体を持っていたとされ、海に出てきた人間を船ごと飲み込んだという。
 また、北海道という土地柄か、熊の妖怪も豊富に語られている。アイヌではヒグマのことをキムンカムイ、ヌブリコロカムイなど様々に呼び、神聖視してきた。一方、人間に害をなすヒグマはウェンカムイと呼ばれ、断罪の対象となった。他にも人間がヒグマになったウレポロクルカムイエカシ、毛のない熊の化け物だというアラサルシ、人食い熊の姿で現れて人を殺害するヌプリケスウングルなど、数多く語られている。

<アフンルパロ>
・アイヌに伝わる怪異。地獄に繋がる穴とされ、全道に存在する。生きた人間が誤ってこの穴に入ってしまうと中には死者の霊がうようよといるとされ、逆に穴から死人が現れる話も多い。「地獄穴」と訳される。

・同書では死んだ妻が地獄穴から出てきた話や、アフンルパロに入ったためにそれから1週間ほどで死んでしまった話などが掲載されている。
 また、地獄穴の特徴としては次のようなものが挙げられている。あの世から来た幽霊の姿が生きた人間の目には見えぬように、この世から生きながらあの世に行った人の姿はあの世の人々の目には見えない。しかし犬だけは、この世の犬があの世から来た幽霊の姿を見ることができるように、あの世の犬もこの世から生きながら行った人の姿を見ることができる。

・加えてこの世とあの世とでは昼夜も逆転する上、時間の経過の尺度が違い、あの世で数時間過ごしたばかりだと思ったのが、この世へ帰って来てみると十数日も経過している。またあの世の物を食べると、この世へ帰れなくなる。これは日本神話における黄泉戸喫(よもつへぐい)の思想と似る。あの世から帰って来た者はそれから短期間で死ぬ。長くて一年。ただし誰かを身代わりにやれば、その人は逆に長く生き栄える。

・あの世は地下にあり、ポクナモシリ、カムイコタンなどと呼ばれる。分かりやすく言えばポクナモシリは地獄で、カムイコタンは天国や極楽に当たる。そこは善人の魂の安住する楽しい世界である。そのためアフンルパロは地獄穴と呼ばれるものの、善人の住む世界へ繋がることもあるという。

・『アイヌ神話』によれば、アフンルパロは地獄の入口であるとされている。かつては夜になるとアフンルパロから魔神たちが現れ、人間を攫って逃げて行った。そのためオイナカムイという神がアフンルパロから地獄に入り、魔神たちを散々に痛めつけた上で魔神たちが人間の世界に来ることができないよう、石をもってその入口を塞いだとある。

・『アイヌ伝説集』には虻田郡(あぶたぐん)で語られた話として、地獄穴と呼ばれる穴に死んだ母親が入っていくのを見た、という話が載せられている。この話では、前述したアフンルパロの特徴と同じく幽霊と生きた人間は互いに姿を見ることができないが、犬だけは幽霊を見ることができる、とも語られている。

<イヨルヌカムイ>
・アイヌに伝わる悪神。「後をついて来る神」の意とされ、人間の後をいつまでもついて来て、病気にさせるのだという。
 これから逃れるためには、病気の神が嫌う古く汚れたふんどしを持って移動しなければならないと考えられていた。

・アイヌ民族にとって流行病は和人をはじめとした外部からもたらされるものが多く、流行病の神は病気を撒き散らして歩くものとして考えられていた。そのため病が流行った際には病気の神に後をつけさせないようにして別の地域に移り住んだ。そういった風習から生まれた悪神なのだろう。

<イワポソインカラ>
・アイヌに伝わる妖怪。「岩から透かして見る」という意味の名前を持つ妖怪で、その名の通り岩の中から何でも見透かしてしまう化け物なのだという。

<ウェアイヌ>
・アイヌに伝わる妖怪。人を食う人型の怪物とされる。

・『カムイユカラと昔話』においては、ウェアイヌが疫病で全滅した村で一人生き延びた赤子を助け、人間の姿になって子どもを育てた、という物語が載せられている。この物語では子どもを娘として育てたものの、自分の正体を彼女に告げ、人間を食いたくなったと旅人を食らおうとしたことで娘によって家ごと焼き殺される。しかしそれにより、人を殺すことなく死んだため、神の一員として迎え入れられたという。

<ウエグル>
・アイヌの伝承に現れる妖怪。勇払郡鵡川町(現むかわ町)の山奥で目撃された存在で、ウエ・アイヌとも呼ばれていた。「グル」、「アイヌ」はどちらも「人」を表す言葉で、ウエは元々「悪い」を意味する「ウェン」であったという。ウエグルは黒い皮膚の男の姿をしているが、特に片頬の黒色が濃いとされる。普段遭遇する分には害がなく、タバコをねだられた際に一服吸わせてやれば良いという。しかし稀に「今にわしはお前を食いたくなるに違いないから、今のうちに早く逃げろ」と告げることがあったという。

<ウスブランカ・ウシツラムカ>
・アイヌに伝わる妖怪。支笏湖にいたという大蛇で、体から悪臭を放っていたため、支笏湖周辺では草も木も育つことがなかったとされる。
 湖で舟を漕いでいた神、オキクルミを殺そうとして逆に毒矢で射られ、殺害される。大蛇の体はオキクルミにばらばらにされてなお、互いに寄り集まって復活しようとしたが、オキクルミによって国中にばらまかれたことで完全に死んでしまった。しかしその魂はまだ生きており、オキクルミもまたこの大蛇の姿形を完全に破壊することはできず、ウスブランカ・ウシツラムカは小さな蛇の姿となって、地上で暮らすようになったという。

<エメル>
・アイヌに伝わる怪異。虻田郡虻田町(現洞爺湖町)の古老が語ったという怪異で、有珠郡の方からやってくる光る物体なのだという。これは変事が起こると神々が村落を守るためにあらゆるところから刀を抜いて応援に駆け付ける際、その刀の光が見えるのだと語られる。

<大入道>
・和人が記録した妖怪。千歳市に現存する風不死岳には、かつて大入道が出現したという。19世紀半ばのこと、この火山の付近には12、3戸のアイヌの集落があった。しかしこの集落には夜になると大入道が現れ、人間を見つけると大目玉で睨みつけるため、これに遭った人間は卒倒したり精神が錯乱したりした。

<狐の嫁入り>
・和人に伝わる怪異。1917、8(大正6、7)年のこと。7月頃の空知郡上砂川町に現れたという青白い怪火で、その火の方からはがやがやと何かが話しているような声がした。人々はこれを狐の嫁入りと呼んだという。

・狐の嫁入りは日本全国で語られる怪異で、無数の怪火が並んでいることや、突然の天気雨などを指して言う。これらが起きる場所では、狐が婚礼のために行列をなしているなどと言われている。

<ケナシコウナルペ>
・アイヌに伝わる妖怪。名前は「木原の姥」を意味する。胆振地方及び日高の沙流地方(現在の沙流郡)では、編みかけのこだし編みのような髪の毛をざんばらに振りかぶって現れるという。

<ケムラムカムイ>
・アイヌに伝わる悪神。アイヌの村に飢饉をもたらす神とされ、鳥の姿をしているという。人間の老人に化けることができ、この悪神の元には食べ物がひとりでに集まってくるとされる。

<シカトロケカムイ>
・アイヌに伝わる悪神。疱瘡の神とされ、これが歩くと疱瘡が広まると伝えられる。

・疱瘡神が鳥の姿をしている例は他にもパコロチカプポがある。また疱瘡神として名が知られているアイヌの神にパコロカムイがいる。

<高島おばけ>
・和人に伝わる怪異。高島町(現小樽市)で見られた蜃気楼のことで、遠くの島が突然大きく見えたり、青、黄、赤、白、黄金などの光を放ったりと、幻のような光景が見える。この現象を地元では高島おばけと呼んだという。

<チウエトウナシクル・チウエトウナシマツ>
・アイヌに伝わる悪神。染退川(しべちゃりがわ)(現静内川)にいたという淵の下手に住む神で、男神がチウエトウナシクル、女神がチウエトウナシマツという。
 この神たちは、十勝川の川上から追い出され、この川の川上にやってきたミントウチを、他の染退川の悪神たちとともに自分の川に棲まわせ、
ミントウチが人間への賦役として、川に入った人間を溺死させているのを助けたという。

<チウサンケクル・チウサンケマツ>
・アイヌに伝わる悪神。染退川(しべちゃりがわ)(現静内川)に住む淵の神で、男神をチウサンケクル、チウサンケマツという。
 ある時、十勝川の川上の村で人間に化けて暮らしていたミントウチが人々に追い出され、染退川の川上にやってきたが、チウサンケクルとチウサンケマツはこのミントウチと意気投合し、ミントウチが人間から取る税として川に入った人間を溺死させるようになったという。

<チチケウ>
・アイヌに伝わる妖怪。石狩では、この化け物が天の国から降りてきて、人間を皆殺しにしてから獲物が豊富なこの地で暮らそうとしていると蜘蛛の神(ヤオシケプカムイ)が警告し、それを聞いた人々によって呼び出された英雄ポンヤウンペによって倒され、白骨化させられたという。

<ニタッテウナルベ>
・アイヌに伝わる妖怪。「湿地の小母(おば)」を意味する妖怪で、沙流郡平取町では以下のように語られる。
 破りかけの木炭籠のようなぼさぼさの髪をかぶり、気味の悪い姿をしている。しかし、髪を分けて顔を出すと輝くばかりに美しい顔が見え、木の枝に腰掛け、歌声を発すると、辺りに灯がともったように明るくなる。
 ニタッテウナルベの美しさに迷って近付き、彼女と関係を持った人間は運が悪くなり、時には死んでしまったりするという。実際にニタッテウナルベと遭遇し、その話に乗ったことでそれ以降獲物が獲れなくなったという話もある。

<ニッネプリ>
・アイヌに伝わる怪異。「魔神の山」を意味する名前で、石狩方面に存在したという。この山には魔神たちが隠れ住んでおり、常に人間の世界を邪魔していた。そこでオタシトンクルというアイヌの英雄がそれを退治するため、六日六晩にわたり戦った。この戦いで多くの魔神が倒されたが、その頭領とは容易に決着がつかず、なおも激しい戦いが続いた。

<ヌプリコルカムイ>
・アイヌに伝わる神。「山を支配する神」という意味で、かつて日高の幌尻岳にいた熊だという。この熊は時を経て足から人間に変わっていき、人間の女と恋をして子どもが生まれた。その子孫は千歳に住み、今でも幌尻岳に酒を捧げる人がいるという。
 
・昔、平取(現沙流郡平取町)の奥にきれいな娘がいたが、どういうわけか腹が膨れてきたので理由を聞くと、毎晩若い男がやってくるのだという。
 そこで集落の者たちが見張っていると、嶺上から大きな熊が下ってきて、足から順に男の姿に変化し、娘の家に入って行った。
 それから娘は子どもを産み、その子孫が増えたため、この集落の人は熊の子孫だから毛が多いのだ、と言われるようになった。

<化海獣>
・和人が残したアイヌの記録に登場する妖怪。昔、室蘭に漁を家業としているシャウチクという男がいたが、ある時から急に痩せ疲れ、いつも独りで家の中にいて、誰か客を相手にしているように話したり笑ったりするようになった。
 そんなある日、シャウチクの友人が彼の家に集まり、酒盛りをしたが、そこでシャウチクは自分のところに毎晩のように神様のような美しい女が来るが、最近疲れたので誰かに譲ろうと思う、などと言う。そこでその美女がどこにいるのかと友人が問うと、そこにいると言う。しかし友人たちの目にシャウチクの言う美女の姿は見えなかった。
 シャウチクの話を聞き、整理してみると、船で漁をしていた彼の元にどこからともなく一人の美しい女が現れ、船に乗ってきた。それからその女は毎晩のように彼の元を訪れるようになったが、あの酒盛りの晩以来、姿を見せなくなったという。これは海獣たちのいたずらではないかと地元の老人が語ったようだ。

<パケママッ>
・アイヌに伝わる神。「頭の焼けた女」という意味で、疱瘡神(パヨカカムイ)の妻と伝えられる。静内(現日高郡新ひだか町)における話では、昔、染退川(しべちゃりがわ)(現静内川)の付近の農村にノルヤルケマッという髪の毛のない女がいたが、通りかかった疱瘡神がこの女をすっかり気に入り、疱瘡神の仲間として、新たにパケママッという名前を与えたという。
 その後、パケママッは故郷の人々の夢に現れ、「これからは昔の仲間の目印として笹を束ねて家の屋根に立てなさい」と伝えた。こうすると、パケママッが病気の神に話をし、その目印のあるところには寄らないように頼んでくれると伝えられる。

<ポンモユク>
・アイヌに伝わる不思議な動物。ポンモユクは子狸を指す言葉だが、アイヌには子狸が空飛ぶ籠に乗って人間を津波から救った話がある。
 天の中でも低い位置にあるランケカントという世界を領有する神の召使いであったポンモユクは、神々が人の世界は夢のように素晴らしい場所だと語っているのを聞いて、人の世界を見てみたいと思った。特にシシリムカ(沙流川)は素晴らしいと聞いたため、カネシンタ(鉄の揺り籠)に乗って人間界に降りた。そこで人間界の美しさに感動したポンモユクだったが、帰りに漁をしている人々が津波に襲われそうになっているのを見つけ、波を鉄の扇で仰ぎ、鎮めて人々を救った。これにより人間たちが崇拝する神、カムイフチに感謝され、人々からはたくさんの酒が捧げられたという。

<大女の化け物>
・和人に伝わる妖怪。檜山郡上ノ国町の石崎という場所には昔、地獄穴と呼ばれる奇怪な穴があり、その中に天をつくほどの巨大な女の怪物が棲んでいて、「大女の化け物」と呼ばれ、恐れられていた。今でもこの町では子どもが言うことを聞かないと「大女に食べさせるぞ」と脅すのだという。
 しかし地元に伝わる話では、大女は身長2メートル、むき出しになった大きな目に、腰に布を巻いているという容貌であったものの、人に危害を加えることはなかったという。もしかしたら妖怪などではなく、少し他の人と容貌の異なる、普通の人間の女性だったのかもしれない。

<大人(おおひと)>
・和人が記録した妖怪。平田内(現久遠郡せたな町)の山に出現すると語られていた妖怪で、非常に大きく、口が耳元まで裂けた人間のような姿をしているという。普段は人間に化けているが、人間の背骨を抜いて殺したり、大石を落としたりすると語られていたようだ。

・大人は通常の人間より大きな人間の姿をした存在全般を指す言葉で、今でいう巨人の意味に近い。そのため大きさは様々だが、本州では山に出現する山男や山人を大人と呼ぶ場合もあった。
 またアイヌに伝わる話でも山に現れ、人を殺害するキムナイヌという人型の化け物がいる。

<立石野の巨人>
・和人に伝わる妖怪。現在の松前郡松前町にある松前城の西にあった立石野には、巨人が出現したという。1775年のこと、当時10歳だった蠣崎廣時(かきざきひろとき)という人物が立石野の藤巻石というところへ野菜などを摘みに行った。すると昼を過ぎた頃に石の上に一人の男が立っていることに気が付いた。
 驚いたことにその男は普通の人よりも背丈が二丈(約6メートル)余りも高く、廣山の方へ飛んでいき、そのまま山の麓を伝いながら飛行していったという。

<手長足長>
・和人に伝わる妖怪。その名の通り非常に長い腕と足を持った怪物とされ、爾志郡乙部町の貝子沢という小さな沢に現れたという。18世紀頃のこと、この怪物は夜になると貝子沢にやってきては貝を採って棲み処に持ち帰り、食っては貝殻をその辺に捨てていた。
 それが何十年も続き、漁師たちは自分たちが採る分がないとすっかり困ってしまった。さらに食べる貝がなくなった手長足長が自分たちを襲って食らうのではないかと恐れ、怪物が昼間眠っている隙をついて生け捕りにして、手足を斬り落とそうなどと話し合った。しかし一人の古老があの怪物は神に違いないと言い、それに従って祠を建てたところ、手足足長はすっかり現れなくなったという。

・手長足長は日本各地に同名の妖怪が伝わるが、手が長い手長と足が長い足長の兄弟や夫婦とされることもあれば、手足が異常に長い巨人、怪物とされることもあり、その性質は地域や話によって大きく異なる。
 乙部町に現れたのは二人一組の巨人ではなく、手長足長は長い手足を持った怪物であると考えられ、同書では現代で言えば怪獣と書かれていることから、巨人というより獣に近い姿をしていたのかもしれない。

<天狗>
・和人が記録した妖怪。現在の松前郡福島町にはかつて天狗が現れたという話が残されている。白神岬の荒磯山と呼ばれていた場所に天狗が飛んできて休み、檜倉の沢という奥山に入って行った。以来、人々は火が飛ぶような景色を見るようになったが、目撃した人々の中にはその天狗の姿を捉えた者もいたという。

<オササンケカムイ>
・アイヌに伝わる不思議な人々。裸族と訳される札内川上流の山の中に住んでいたという存在で、服を纏わず生活するが、冬になると獣の皮を纏ったという。そんなオササンケカムイに纏わるこんな話が残されている。
 明治の中頃のこと。ヤム・ワッカ(現幕別町)に住んでいた一人のアイヌの狩人が札内川の上流に狩りに行ったときのこと、山に詳しい彼はなぜかこの日だけは迷ってしまった。
 湖に辿り着き、水を飲んで一息ついていたところ、彼の背後にはオササンケカムイの女性が現れ、こう告げた。
「我々の里に入った者はここを出ることは許されない。ここを出ることは死ぬことである」
 しかし狩人には妻子がいたため、女性に3日間の猶予をもらい、最後の別れをしに村へ戻り、一切のことを語って再びオササンケカムイの里へと戻って行った。それ以来、この狩人を見たものはいないという。

・『森と大地の言い伝え』によれば、この裸族の人々日は山に住む先住民族だったと記されている。

<カステン>
・アイヌに伝わる悪神。カスンデと表記される場合もある。疱瘡神(パコロカムイ)と人との間に生まれた男で、彼が歩くとどんなに暗い夜でも水面に月が浮かぶように光り輝いたという。
 このカステンはイクレシェという人物を唆し、イクレシェの一族の首長を殺させ、宝物を得ようとした。しかし首長の死によりその一族がカステンに報復を行い、これを殺した。
 カステンは神の子であったたため、幾度も生まれ変わったが、最後にはその上下の顎をばらばらにし、上顎を木の股枝に立てて縛り、下顎を石に括り付けて海底に沈めたことで蘇らなくなった。
 しかしこの悪神の祟りにより、釧路の厚岸のアイヌたちは疱瘡を患って死に、残った者は津波によって攫われ、このために厚岸のアイヌは全滅してしまったという。

<屈斜路湖の山の神>
・和人に伝わる神。屈斜路湖畔には山で働く男たちを守る女神の伝説が伝えられている。かつてこの湖畔に仲の良い木こりの夫婦がいたが、ある時妻が山で働く夫の姿が見たいと言い出した。夫は山の神が怒ると大変だから、と説得しようとしたが、妻が納得しないので仕方なく連れて行った。そして木を切っていると、いつの間にかとても美しい女が夫の腰に抱き着いていた。
 驚いた妻が「その女は ⁉」と叫ぶと、女の姿が消え、直後伐った木が夫の方に倒れてきて、そのまま押し潰してしまった。
 実は夫の腰に抱き着いていた女こそ、木こりたちを守っていた山の女神だったのだという。

<座敷わらし>
・和人に伝わる妖怪。座敷わらしは東北地方、特に岩手県で語られる童子の姿をした妖怪だが、北海道でもいくつか出現した例がある。
 根室市弥生町では、1901(明治34)年12月頃、真夜中の遊郭に13、4歳の坊主頭で色の透き通るように白く美しい少女が現れた。この少女は薄黄色の薄い衣物を着て袖屏風をしており、目撃した男が一度部屋に戻り、もう一度見ると既にいなかったという。
 また函館市では遊郭の三階の座敷でトントンと手を叩く音がすることがあり、これが聞こえると遊郭の主人は羽織袴で料理を持って行ったという。

・この他にも江差町には、小坊主の妖怪が出ると繁盛したという座敷わらしのような性質を持つものが出た旅籠の話がある。

<シトンピーチロンノップ>
・アイヌに伝わる妖怪。太陽神であるチュプカムイに代わって天に昇り、太陽となって地上の民から尊敬されることを望んだ黒い狐とされ、チュプカムイが位を譲ろうと考えていた彼の息子のポンチュプカムイを誘拐する。シトンピーチロンノップはそのままポンチュプカムイを殺害しようと目論むものの、シトンピーチロンノップの六人の娘のうち、末の娘だけは心が優しく、ポンチュプカムイを助けてしまった。
 それでポンチュプカムイを殺すことに失敗したシトンピーチロンノップは自ら天に昇り、子を誘拐されて悲しみのあまり病気になっているチュプカムイに躍りかかった。チュプカムイはそのまま地上へと落ちそうになるが、地上の民が歌を唄ってチュプカムイを勇気づけたことでチュプカムイは再び元の位置まで上昇し、また地上の村人が放った矢のうち1本がシトンピーチロンノップに突き刺さり、その真っ黒な体が大地に落ちた。
 それからというもの、ポンチュプカムイは天に昇って月となり、彼を助けた末の娘が新たな太陽の神となって空を照らすようになった。
 しかしシトンピーチロンノップはいまだ太陽神となることを諦めておらず、隙を狙って太陽や月に近づくため、日食や月食が起こるのだという。

<樺太>
<ウンカヨ>
・樺太アイヌに伝わる妖怪。子どもを背負って攫ってしまう化け物だという。

<オハチスエ>
・樺太アイヌに伝わる妖怪。「空き家の番人」を意味する名前で、空き家になっている家に勝手に棲み着く妖怪だという。その姿は魚皮製の粗末な衣服を纏った毛だらけの老人で、凶暴であるとされる。さらにすさまじい切れ味の刀を持ち、多くの人畜を殺傷した話が残されている。また、人の真似をよくするという性質もある。

<カリジヤメ>
・ウィルタ(オロッコ)に伝わる妖怪。人間よりも巨大な大男で、頭が尖っており、水たまりを渡らないなどの特徴がある。また血を怖がり、人間の子どもを攫い、石の家に住む。

・同様にウィルタに伝わる妖怪として巨人で子どもを攫うカリジヤメというものがいるが、名前や性質の類似点から同じものではないかと考えられる。

<雁皮の籠の化け物>
・ニヴフ(ギリヤーク)に伝わる妖怪。その名の通り雁皮でできた籠に化けた妖怪で、大木の半分はあるという巨大な人間の姿をしている。古い形の土小屋に住んでおり、化物川と呼ばれる川に現れては舟ごと人を攫い、食い殺していたという。

<グルフ>
・ニヴフ(ギリヤーク)に伝わる悪神。病気の神の中でも大将に当たり、人間に大病を引き起こすという。

<シカトロチカ>
・樺太アイヌに伝わる妖怪。樺太の真岡では渡り鳥の一種とされるが、疱瘡を運ぶ疱瘡神の一種とされ、人が死ぬとこの妖怪に生まれ変わることがあると伝えられていた。この鳥は子どものような声で鳴き、これが止まった集落では疱瘡が流行るという。

・渡り鳥を疱瘡神や流行病の神と見なす考え方はアイヌ全般にあり、シカトロチカに類似した妖怪にシカトロカムイがある。

<セタホロケウポ>
・樺太アイヌに伝わる妖怪。「犬男」を意味する。犬の毛皮を纏い、片耳に穴が開いている男の姿をしており、蕗を採っている人間を見つけると、その人間に蕗をねだり、蕗を受け取る際にその人間を引っ張って水中に落として殺す、ということを繰り返していた。

・ある時セタホロケウポは一人の娘を川に落とすことに失敗し、その娘と一緒に暮らすことになった。しかしセタホロケウポが留守の時、人間の男がやってきて、彼にセタホロケウポの正体について、彼は犬であると教えた。そしてそれが真実かどうかを知りたければ魚を食べさせてから外に出て、「日の光よ、出ていけ」と言えばいい、と告げた。
 そしてセタホロケウポが仲間を連れて家に戻ってきたとき、魚を食べさせてから娘が外に出て「日の光よ、出ていけ」と告げると、男たちは外に飛び出して吠え始めた。
 これにより、セタホロケウポたちは一人を除いて棒で殴られて死んでしまった。その正体はやはり犬だったという。

・最後の一人は「私が殺されてしまったら、この辺りの犬は皆いなくなってしまう」と人々を説得し、そのセタホロケウポは娘と夫婦になって幸せに暮らしたという。

<タースダーダーダル>
・サハ(ヤクート)に伝わる妖怪。地獄からやってきたという鬼であったが、空から降りてきた天の男によって懲らしめられ、地獄へ逃げ帰ったという。

<トンチトンチ>
・樺太アイヌに伝わる妖怪。樺太アイヌの伝説や伝承に登場する小人で、北海道のアイヌでいうコロポックルと同じものだという。

<ヌムリアンバニ>
・ウィルタ(オロッコ)に伝わる妖怪。犬を連れた化け物で、山に入るとよく遭遇したという。この犬は人間を見つけると吠え、人間がいることを知らせるという。

<バルンニクブン>
・ニヴフ(ギリヤーク)に伝わる妖怪。山に入ると遭遇するという山男で、人を襲うという。

・バルンニクブンは「山の人」を意味する言葉。山に入ると山男に遭遇するという話はアイヌのキムナイヌ、ウィルタのヌムリアンバニなど北方民族に広く伝わるほか、道南に移住した近世の和人も山に大人(おおひと)が出るという話を伝えている。

<人さらいの化け物>
・ニヴフ「ギリヤーク」に伝わる妖怪。その名の通り人を攫う化け物で、袋に子どもを入れてどこかへ持ち去るという。その姿は背が高く、目が大きい男性だとされる。

・ 山音文学会著『ギリヤーク民話』にある。この話だと単に人間の誘拐
犯が現れたようにも思われるが、同書では化け物と書かれている。子どもを攫う妖怪は日本全国におり、隠し神と総称される。袋を担いで子どもを攫うものだと青森県津軽地方の叺親父(かますおやじ)、長野県の袋担ぎなどがいる。

<ロンコロオヤシ>
・樺太アイヌに伝わる妖怪。山に棲む頭が禿げた人間のような妖怪で、荷物が重いときなどに助けを頼むと手伝ってくれたりするという。
 一方、禿げ頭の話だけは禁物で、山中でうっかり禿げた頭の話などしようものならロンコロオヤシが憤慨して山は荒れ、雨が降り出し、どこからか木片が飛んできたり大木が倒れたりするという。

<アラクントゥカプ>
・アイヌに伝わる怪異。アイヌ語で悪魔を表すという。

・同じような意味の名前にアラウェントゥカプがある。

<イウェンテプ>
・アイヌ語で悪鬼、悪魔を表す言葉。

<イトゥレン>
・アイヌに伝わる怪異。憑き物が憑くことを指し、動物や物の霊が人間に乗り移ることをいう。その憑き物によって幸運、不運が左右されるという。

<イワコシンプ>
・アイヌに伝わる妖怪。山にいる妖精の類だという。海の妖精であるルルコシンプと対になる存在で、男女がいるという。

・これらコシンプの類は人間と同じ姿をしているが、色が白く、大変な美貌を持つとされる。また山に棲むコシンプは狐の姿に化けるとされる。

<コロポックル>
・アイヌに伝わる妖怪。小さな人間の姿をした存在で、アイヌの伝説に度々登場する。蕗の葉の下に暮らしており、時にアイヌを助けてくれるという。

<馬人(うまびと)>
・和人に伝わる妖怪。室町時代の御伽草子『御曹子島渡』にある。源義経が、蝦夷が島(北海道)に至る途中に訪れた馬人島という島にいたものたちで、腰から上は人間、下は馬という姿をしている。馬と人の間に生まれたためこの島に流されたのだという。同書では複数いることが記されている。

<河童>
・アイヌ、和人に伝わる妖怪。アイヌにおいてはよく水の妖怪が河童と訳される。『アイヌ伝説集』によれば、新冠町の新冠川の河口にある判官岩の下には昔から河童が出るといわれている。

・同書によれば位高の染退川(しべちゃがわ)(現静内川)にも河童がいたといい、この川では不漁となることはないが、必ず1年に一人か二人、川で命を失ったのだという。これは旭川で人間の女の家に婿入りした河童が、川で死人を出すことと引き換えに豊漁になるようにしていたが、それがばれて石狩川を追われ、染退川に移って同じ悪さをしているからなのだという。
 同書ではほかにも石狩川に棲む河童は頭が禿げていて男女がおり、男は人間の女に憑いたり、女は人間の男を籠絡するなどするが、巨鳥フリーから人を守るためのお守りを授けた話もあるという。

<アイヌの世界観>
・アイヌの人々は、自分たちの住む世界をアイヌモシリ(人間の世界)と呼び、その下にも上にも世界があると考えていた。
 下にあるのは死者の国であるポクナモシリ、英雄などに倒された悪神や化け物が堕とされるテイネポクナモシリと考えられていた。
 一方、天にはカムイモシリ、すなわち神の国があると考えていた。また、天の国はさらに六層に分けられるとされる伝承もあり、その場合、カムイモシリは最も高い位置に存在するという。
 このカムイモシリからアイヌのカムイたちは度々地上に降りてくる。カムイはカムイモシリにおいては人間と変わらぬ姿をしており、家を持っていて、衣服を着て生活する。しかし地上に降りる際には様々な姿になる。
 例えば熊の神は黒い毛皮を纏い、ヒグマの姿になって地上に降りる。



『たどりついたアイヌのモシㇼでウレシパモシリに生きる』
水谷和弘  はる書房    2018/10/12



<縄文・アイヌ文化を伝える土地に住む>
・10年ほど前に私は8年間借りていた荷負の家を買いました。その我が家の土地と家の周りの私が管理している畑から石器をはじめ多彩な物たちが出土します。
 磨石や石皿、削器(スクレーパー)、石斧、ナイフ型石器などの遺物が出てきた場所は山の中腹、周囲は畑と山林で小高い山も奥にあります。細石器も数多く、石器の加工場があったことが分かります。アオトラ石や黒曜石の石器の完成美品も出てきました。
 この地域に現在3世帯しか暮らしていませんが、かつてはアイヌの世帯が53あったと聞きます。私の畑のあたりは、エカシ(長老のこと、ホピポイ部落長)が住んでいた所だとアイヌの古老の男性が教えてくれたことがあります。

・石器以外にも土器も多数破片で出土していて、平取町立歴史博物館に預けてあります。その土器片は沖縄中期から擦文時代のもので、さらに収集した、もしくは収集しきれない陶器と石器のスクレーパーなどを造ったときに生じる細片が畑から出ます。
 近隣には「荷負2遺跡」と「荷負小学校遺跡」と「荷負ストーンサークル跡遺跡」がある。平取町全体で100を超す遺跡があるという話です。我が家の周りに盛土が崩れないように設置された石も、元はストーンサークルの石だったと知人は言っています。さらに古老から、平取にストーンサークルは13ヶ所あったと聞かされました。

・また、我が家から200メートル離れた所に湧き水がありますが、その水は大切に利用されてきたと思います。元の家の持ち主曰く、家より25キロほど離れた岩志地という所にある鍾乳洞の絵が描いてあった岸壁は戦争中セメントを作るため壊したが、家の入口に置いてある石はそこの鍾乳石だと教えてくれました。絵は見ることができませんが、その鍾乳石はいまだに私の家にあります。
 縄文時代の生活道具――石器だけでなく土器(草創期から晩期)、また擦文土器、そしてかなり古い陶器の破片からビール瓶やガラス片までが出てくる。そんな大地に私たちは住んでいるのです。

・かつて、ここはホピポイ部落と呼ばれていました。でも、アイヌ語のホピポイの意味は私には判りません。しかし、アイヌ語地名を漢字にして当てはめるとき、ニオイを荷負(逆から読むと負荷)とするとは、なんて先住民族アイヌに対して失礼な卑劣なことでしょうか。こんなところにも、言葉が奪われ文化が奪われている。土地が盗られ、心が囚われていったことを私なりに知りました。

・ちなみに、ニオイとは樹木が多い所、あるいは木片がごちゃごちゃある所という意味があるとか、のようです。ニオイに限らず北海道の地名はアイヌ語由来が多く、市町村名のおよそ8割がアイヌ語から来ているそうです。
 私の畑から出てくる遺物はさまざまな時を刻んでいます。すなわち、この場所は縄文の草創期より近現代までの複合施設だということです。そして、縄文人=アイヌであることを間違いなく証明できる遺跡なのです。
 なお、擦文土器というのは、北海道や東北北部で出土する土器のことで、木のヘラで擦った文様が多く見られたので名付けられたといいます。そして、この土器の使われた7〜13世紀の文化を特に「擦文文化」というようです。13世紀後半からは「アイヌ文化」という名でくくられて、北海道全体がこの文化を共有することになったといわれています。

・17日の北海道新聞朝刊が、日高管内平取町の沙流川水系額平川の支流で、縄文時代の石斧材料として重要な「アオトラ石(緑色片岩)」の露頭が確認されたことを報じていた。

・なお、このアオトラ石はアイヌ文化期にも丸木舟の製作に用いられていたという。いくらでも鉄器があった時代なのに、にわかに信じがたいが、何か丸木舟製作に特別な信仰との関わりがあったのであろうか。

<“民族”として根源に繋がっていればいい>
・「アラハバキ」を絆につながる民族、東北{蝦夷}も、三内丸山の時代――縄文時代前期にはすでにアイヌと交流があった。このことは北海道アイヌの大地から出た「宝物」=黒曜石・アオトラ石が、津軽海峡を渡り本州各地に旅をしていることで分かる。
 つまり、本州の遺跡から北海道産出と分かる黒曜石・アオトラ石が出土しているのだ。黒曜石・アオトラ石は狩りの道具や武器に加工でき、また穴開けや肉削ぎ等の各種道具になり、鉄器が一般に流通する室町時代以前、貴重な物であった。

<伝統儀式か無用の殺生か、生きることは殺すこと>
・2007年4月、北海道は知事名で、1955年に支庁長と市町村長に対して出した通達を撤廃した。アイヌのイオマンテを野蛮だと事実上禁止した通達だ。これには北海道アイヌウタル協会の撤回要請があったようだが、道が国に諮って動物愛護管理法に抵触しないという判断も出たことで撤廃したという。
 が、このニュースが流れると、ウタリ協会や知事に抗議の電話やメールが相次いだという。ネット上でも、批判や誹謗が渦巻いていた。もちろん、撤廃を支持する声も上がる。

・イオマンテは?「カムイ送り」、神の国に<カムイを>返す儀式です。クマ<キムンカムイ>とともに暮らし、ともに遊び、ともに苦しみ、ともに生きる、心と心がつながり一体になる。
 生きるということは、殺すことを内包する。殺さなくっては生きていけない。

<季節を知るアイヌの星座>
・印象的なのは北斗七星の話です。北斗七星はチヌヵルクㇽ[我ら人間の見る神]という名の星座ですが、その姿を見せるとき、冬はクットコノカ[仰向けに寝る姿]、夏はウㇷ゚シノカ[うつ伏せに寝る姿]と呼ばれる。星の1年の奇跡が、あたかも神が寝姿を変えて季節を教えてくれるというわけです。

<聖なる地、コタンコㇿカムイが来るところに>
・ソコにはシマフクロウがやってくる。ソコには白いカラスがやって来ている、そうです。
 私は、鳥が来る意味を聞きそびれましたが、おそらく八咫烏神話と似たように、カムイの伝言をする聖なる鳥だと思う。
 八咫烏は、熊野本宮大社の主祭神、素戔嗚尊のお仕えで、太陽の化身(太陽の黒点だという説もある)、導きの神だという。日本サッカー協会のマークに使われたので有名になったが、あの3本足は天・地・人を現すとか。
 シマフクロウは、アイヌ語でコタンコㇿカムイ=集落(部落)を護る神さまだ。カムイチカㇷ゚=神の鳥とも呼ばれる。知里幸恵さんの『アイヌ神謡集』に収められた「銀のしずく降る降るまわりに」も、コタンコㇿカムイが主役で登場する。
 古代の“日本人”は鳥に霊能力があるとしていた。八咫烏が、ほぼ伝説の初代天皇を熊野から大和へ導いたというのだから。ほかにも古神道とアイヌの世界観は共通項が多いと思う。
 シンクロが当然のように起きていた。ソコではエカシ(先祖の翁)がいつも祈りを捧げている、エカシがソコに居るようだった。
 聖地はなにげなくソコにある。磨き抜かれた聖地。それらの聖地はすべてつながり、聖地の経路をつくっていることをタモギタケが教えてくれた。

<良き隣人ではなかった和人>
・北海道に移り住み20年ほどですが、アイヌに対して、いまだ勘違いな歴史観を持っている日本人がいることを時折強く感じます。
・まだ茅葺きの家に暮らしている――日本人と違わない暮らしをしています。
・土人という表現を聞くことがある――非道な同化政策のなかで定められた「北海道旧土人保護法」を引きずった誤った表現です。
・純粋なアイヌはいない――アイヌ民族はいますし、血の濃さで決めることは誤りです。
 伝統的生活空間(イオル)・伝統文化も含んで考えます。多神教アニミズムのアイヌの世界観を持つアイヌ文化を大切に暮らす者も含むと私は思っています。
・アイヌ文化は一つだ――本来は長を中心に置いた家族単位の共同体が育む部族文化です。したがって、共通の基層文化はありますが、部族によって、言葉や儀式、習俗、刺繍や文様、さまざまな異なる面を持っています。
・アイヌは乱暴者――どこからそんな考えを仕入れてきたのでしょうか。中央政権に服わぬ民という政権側の見方を受け継いで、無自覚のまま敵対しているところから出た表現なのかもしれません。
・搾取と自然破壊を行なう「良きシサムではない」敵対する和人に対して、服わぬ民は戦で臨み、あるいは集団蜂起をしました。よく知られているものでは、東北での東北アイヌ=蝦夷の阿弖流為の戦いと、蝦夷地でのアイヌによるコシャマインの戦い、シャクシャインの蜂起、クナシリ・メナシの蜂起があります。

<オキクㇽミカムイは宇宙人なの?>
・平取町は、現在もアイヌ民族が多く暮らしていることで知られている。
私が住む平取町荷負には、「オキクㇽミカムイのチャシとムイノカ」があります。2014年には国指定文化財「名勝ピㇼカノカ(アイヌ語で美しい形)」に加えられています。

・チャシとは居城や祭祀の場などを言い、平取町にはその跡がたくさんあります。オキクㇽミカムイの居城と伝えられる美しい崖地には、蓑の形をした半月形の岩があります。ムイノカは蓑のことで、ここにオキクㇽミカムイが妻と住んだと言われ、蓑は妻が置いていったものだそうです。とても大事にされ、祀られてきた場所であり、この地域の人びとから敬意が払われていたとのことです。
「オキクルミ」は「カムイユーカラ」(神謡)に登場する人間(アイヌ)の始祖となる英雄であり、アイヌに生活文化や神事を教えました。「アイヌラックル」の別名とも言われますが、こちらは「人間くさい神」。また、知里幸恵さんのアイヌ神謡集では、「オキキリムイ」と表記されています。

・オキクルミはシンタ(ゆりかご)に乗って東の空から降臨したという言い伝えもありますし、アイヌラックルは燃え盛る炎の中から生まれたと山本多助さんの記した「アイヌ・ラッ・クル伝」にあります。ネットで検索してみると、次のような面白い紹介がありました。

・義経神社は、寛政10年頃、近藤重蔵が源義経公の像を寄進して創立したとされる古社である。一般に義経は奥州平泉で自刃したとされるが、実は密かに三廐から蝦夷地に渡ったとする義経北行伝説が古来よりまことしやかに伝えられている。
もともと平取にはアイヌ民族の始祖に関する伝説が多く、神社のあるハヨピラ(武装した崖の意)もアイヌの文化神オキクㇽミカムイが降臨した土地と伝えられていた。オキクㇽミカムイは家造りや織物、狩猟法など様々な知恵をアイヌに授け、アイヌ民族の生活の起源を拓いたとされる神である。そこに義経北行伝説が入り込み、知人がアイヌを鎮める政策としてオキクㇽミカムイと義経が意図的に結びつけられ、いつしかアイヌはオキクㇽミカムイと義経を同一視するようになった。明治11年に平取を訪ねたイザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読むと、当時のアイヌは、義経を自分たちの民族の偉大な英雄としてうやうやしく祀っていたことがわかる。
 
・古代遺跡とUFOは何らかの関係があるということは現代においても否定しがたいものがあるが、UFO研究団体CBA(コズミック・ブラザーフット・アソシエーション、宇宙友好協会)は、各地の民族伝承を調査する中で、アイヌの文化神オキクㇽミカムイの伝説に着目、オキクㇽミカムイは宇宙人であると結論づけた。

・義経が自害せず北へ逃げたという「義経北行伝説」は江戸時代から広められ、北海道から海を渡ってチンギス・ハーンになったというお話もあるほど、蝦夷地でカムイになっても不思議はないかもしれませんが、アイヌの人たちはどう思ったのでしょうか。
 2006年にプレステで発売された「大神」というアドベンチャーゲームには重要なキャラクターとして「オキクルミ」が登場します。炎の中から生まれたり、生活文化を伝授したり、大活躍するオキクㇽミカムイを宇宙人と見るのは、ナスカの地上絵と宇宙人を結びつけるのと近い感性なのでしょう。いずれにしろ、オキクㇽミカムイはアイヌの人たちにとっては身近な存在なのだと思います。オキクㇽミは実は宇宙人だったという話には、私はロマンを感じないのですが。

<森町の環状列石と私の夢>
・北海道一の規模、森町にある環状列石は、過去に拘束道路建設のため破壊の危機がありました。
 ある日、運転手兼同行者としてアイヌの友人に連れられ、森町の役場、教育委員会に赴きました。アイヌの彼は、そこで「俺の先祖の墓であり、貴重な考古学的資料となる環状列石を破壊するな、むしろ観光の資源とせよ」と申しいれたのです。その夜、私は、こんな夢を見ました。
部族に飢饉が襲い、疫病が流行ります。長がシャーマンに懇願すると、シャーマンは精霊を呼びます。そして、部族に住むすべての民が各々大小の石を持ってシャーマンのいる広場に集まってきます。病気の者もおぶわれながら、あるいは足を引きずりながら小石を大切そうに持ってきました。すべての民が揃うと、輪になって祈りを捧げ、シャーマンを通して精霊の声を聴きます。その導きに従って、部落のみなが新しい地へ移動することになり、その列が続きます。

ウィキペディアWikipediaより引用
(義経=ジンギスカン説)
義経=チンギス・ハン説(よしつね=チンギス・ハンせつ)は、モンゴル帝国の創始者で、イェスゲイの長男といわれているチンギス・ハーン(成吉思汗)(1155年以降1162年までの間 - 1227年8月12日[1])と、衣川の戦いで自害したという源義経(1159年 - 1189年6月15日)が同一人物であるという仮説、伝説である。信用に足らない俗説・文献が多く、源義経=チンギス・ハン説は否定されているが、関連する文献には信用・信頼できるものとできないものがあり、整理と注意を要する。

(室町から現在までの大まかな流れ)
源義経という人物は日本史上極めて人気が高く、その人気ゆえに数々の事実と確認されない逸話伝説が生まれた。

江戸時代中期の史学界では林羅山や新井白石らによって真剣に歴史問題として議論され徳川光圀が蝦夷に探検隊を派遣するなど、重大な関心を持たれていた。寛文7年(1667年)江戸幕府の巡見使一行が蝦夷地を視察しアイヌのオキクルミの祭祀を目撃し、中根宇衛門(幕府小姓組番)は帰府後何度もアイヌ社会ではオキクルミが「判官殿」と呼ばれ、その屋敷が残っていたと証言した。更に奥の地(シベリア、樺太)へ向かったとの伝承もあったと報告する。これが義経北行説の初出である。寛文10年(1670年)の林羅山・鵞峰親子が幕命で編纂した「本朝通鑑」で「俗伝」扱いではあるが、「衣川で義経は死なず脱出して蝦夷へ渡り子孫を残している」と明記し、その後徳川将軍家宣に仕えた儒学者の新井白石が『読史余論』で論じ、更に『蝦夷志』でも論じた。徳川光圀の『大日本史』でも注釈の扱いながら泰衡が送った義経の首は偽物で、義経は逃れて蝦夷で神の存在として崇められている、と生存説として記録された。

沢田源内の『金史別本』の虚偽が一部の識者には知られていたが、江戸中期、幕末でもその説への関心は高く、幕吏の近藤重蔵や、間宮林蔵、吉雄忠次郎など、かなりのインテリ層に信じられていた。一般庶民には『金史別本』の内容が広まり、幕末まで源義経が金の将軍になったり、義経の子孫が清を作ったなどという話が流行した。明治時代初期のアメリカ人教師グリフィスが影響を受けてその書『皇國(ミカド 日本の内なる力)』でこの説を論じるなど、現代人が想像する以上に深く信じられていた。

シーボルトがその書「日本」で義経が大陸に渡って成吉思汗になったと主張したあと、末松謙澄の「義経再興記」や大正末年に小谷部全一郎によって『成吉思汗ハ源義經也』が著されると大ブームになり、多くの信奉者を生んだ。小谷部や末松らは、この説に関連し軍功に寄与したため勲章を授与されてもいる。義経がチンギス・ハンになったという説はシーボルトが最初で、その論文の影響が非常に大きいと岩崎克己は記している。

明治以後の東洋史などの研究が西洋などから入り、史学者などの反論が大きくなるが、否定されつつも東北・北海道では今も義経北行説を信じる者が根強く存在している。

戦後は高木彬光が1958年(昭和33年)に『成吉思汗の秘密』を著して人気を得たが、この頃になると戦前ほどの世間の関心は薄れ、生存説はとしてアカデミックな世界からは取り扱われることはなくなっている。現代では、トンデモ説、都市伝説と評されている。

(新井白石)
新井白石は、アイヌ民話のなかには、小柄で頭のよい神オキクルミ神と大男で強力無双の従者サマイクルに関するものがあり、この主従を義経と弁慶に同定する説のあったことを『読史余論』で紹介し、当時の北海道各地の民間信仰として頻繁にみられた「ホンカン様」信仰は義経を意味する「判官様」が転じたものではないかと分析をしたが、安積澹泊宛に金史別本が偽物であると見破り手紙を書いている。しかし義経渡航説を否定していない(『義経伝説と日本人』P112)。古くから義経の入夷説はアイヌの間にも広まっていたが、更に千島、もしくは韃靼へ逃延びたという説も行われ、白石は『読史余論』の中で吾妻鑑を信用すべきかと云いながら、幾つかの疑問点を示し、義経の死については入夷説を長々と紹介し、更に入韃靼説も付記している。また『蝦夷志』でも同様の主張をし、これが長崎出島のイサーク・ティチングに翻訳され欧米に紹介された。



『図解 アイヌ』
角田陽一   新紀元社  20187/7



<天地の図>
・アイヌモシリ(人間世界)からふと空を見上げてまず目に入るのはウラルカント(霞の天)。春の訪れとともに靄が湧く空だ。続いてランケカント(下の天)、人間世界の山頂近く、黒雲が渦巻き白雲が乱れ飛ぶ空。その上はニシカント(雲の天)、ここは英雄神アイヌラックルの父であるカンナカムイ(雷神)の領分だという。その上がシニシカント(本当の空の天)、チュブ(太陽)とクンネチュブ(月)が東から西へと歩む空。さらにその上はノチウカント(星の天)ここまで上がれば、もう人間は息ができなくなる。さらにその上が最上の天上界であるリクンカントシモリ(高い所にある天界)だ。カントコロカムイ(天を所有する神)の領分で、人間の始祖が住む。金銀の草木は風を受けてサラサラと鳴り、川も文字通り金波銀波を立てて流れ下る。以上、六層の天上界だが、アイヌ語で「六」は「数多い」との意味を併せ持つため、必ずしも六層でなくても良いともいう。

・一方でアイヌモシリの下、死者の国であるポクナモシリ(あの世)は、人間世界同様に山川に草木があり、死者の魂は生前同様に季節の運行に合わせて暮らす。だがその運行は人間世界とすべて反対で、この世が夜ならばあの世は昼、この世が夏ならあの世は冬になるという。そしてポクナモシリの下はテイネポクナモシリ(じめじめした最低の地獄界)。英雄神に退治された魔神や生前に悪行を重ねた者が落ちるところで、落ちた者は決して再生させてもらえない。

<カムイモシリ>
・野生動物とは、神が人間に肉と毛皮を与えるためにこの世に現れた仮の姿である。神の本体は天界で、人間と同様の姿で日常生活を営んでいる。そんな神の世界こそがカムイモシリ。山中に、海中に、天空に神が遊ぶ。
●神は神の国で、人間同様の生活をしている
カムイモシリとは、カムイ(神)が住まう国。アイヌ伝承における「天界」だ。それは文字通り天空にある。一方で人間世界に住まう熊の神のカムイモシリは山の奥の水源にあるともされ、そしてレプンカムイ(シャチの神)など海神の住まいはならば海中にあるとされている。
 ここで神々は人間同様の姿で、人間同様に住まい、着物を着て暮らしている、というのが伝統的なアイヌ文化における神の解釈だ。熊の神ならば上等の黒い着物をまとい、天然痘の神ならばあられ模様の着物を着ている。そんな姿で男神なら刀の鞘に入念な彫刻を施し、女神ならば衣装に心を込めた刺繍を縫い描いて日がな一日を過ごしている。そして窓からははるか下方に広がる人間世界を眺める。

・神は空飛ぶシンタ(ゆりかご)に乗ってカムイモシリと人間界、さらには地下のポクナモシリ(冥界)を自在に行き来するが、人間が生身でカムイモシリに行くことはできない。人間が天界に行くためには肉体と魂を分離、つまり死ななければかなわない。

<コタンカラカムイ>
・天地創造の神・コタンカラカムイ。巨大な体躯と寡黙な仕事ぶりを武器にアイヌモシリの山河を築き、人間を生み出した。しかし聖書の神のような絶対的な創造主ではないのが特徴。
●アイヌモシリを創造した巨神
 コタンカラカムイという言葉を訳すれば「村を作った神」。しかし彼が作り上げたのは一村落のみならず天地全体。つまりアイヌ神話における創造神である。そのためモシリカラカムイ(国を作った神)の別名を持つ。だが万物の創造主ではなく、天界の神の命を受けて創造業務を請け負ったとされる。巨大な容姿の男神で、海を渡っても膝を濡らすことがなく、大地を指でなぞった跡が石狩川になり、鯨をそのまま串焼きにして食べたという。

・コタンカラカムイは楊の枝を芯にして土を塗り付け、人間を作った。だから人間が年老いれば、古い楊のように腰が曲がる。そして地上に近い、草の種の混じった土でアイヌ民族を作ったので、アイヌは髭が濃い。和人の髭が薄いのは、地中深い、草の混じらない土で作られているからだ。

<チュプカムイ>
・天空を照らす太陽を司るチュプカムイ。女神であるとされ、アイヌ民族は太陽の昇る方角を神聖なものとした。日の神が魔神に誘拐されれば天地は暗闇に包まれる。それが日食である。
●天地を黄金色に染める女神
太陽はアイヌ語でチュプと呼ばれる。その太陽を司る神が、チュプカムイ。一般的には女神とされている。

<ポクナモシリ>
・死者はポクナモシリへ行く。人間世界と同様に季節があり、人は狩りや山菜取りで永遠の時を過ごす。一方で悪人や正義の神に退治された魔神が落ちるのはテイネポクナモシリ(最低の地獄)、湿気と臭気が覆う世界だ。
●この世とあの世は、すべてがアベコベ?
明治初期、布教活動の傍らでアイヌ文化を調査した英国人宣教師、ジョン・バチュラーの書籍によれば、アイヌにとっての「あの世」は3種類ある。ひとつは善人の魂が向かうカムイモシリ(神の国)、次に普通の人が行くポクナモシリ、そして悪人や退治された魔神が落ちるのがテイネポクナモシリである。だが、カムイモシリは外来宗教の「極楽」「天国」の影響から生まれたもので、本来はポクナモシリとテイネポクナモシリの2種のようだ。
 ポクナモシリはアイヌモシリ(人間世界)同様に草木が生い茂り魚や獣が遊び、死者はその中で、生前同様の暮らしを永遠に続けるという。

・人間世界同様、あの世でもコタンコロクル(村長)が集落をまとめ上げるが、閻魔大王やギリシャ神話のハデスのように、死者の国全体の長はいない。そして面白い事に、現世の事があの世ではすべて反対になる。この世が夜なら、あの世は昼。この世が夏なら、あの世は冬になる。だから死者が来世で不自由しないよう、夏に死んだ者は冬靴を履かせた上で埋葬したという。

<オキクルミ>
・雷神がハルニレの木に落雷して生まれたオキクルミは、アイヌラックルの別名を持つ。陽の神をさらった魔神を退治する英雄であり、ユーモラスなトリックスターでもある。アイヌ神話における文化神、英雄神。

<落雷の炎から生まれた英雄神>
・成長した後に、再度天下り、人間たちに火の使用法や家の作り方、狩りの方法、そして天界から密かに盗み出した穀物の種を元に農業を伝え、ともに平和に暮らした。だがある年のこと、豪雪によって鹿が大量に餓死し、アイヌたちは飢餓に苛まれる。そこでオキクルミの妻は椀に飯を盛り、家々の窓から差し入れて施しを始めた。だが不埒な男が椀を持つ手の美しさに見とれ、家に引き込もうとする。その瞬間に大爆発が起き、男は家ごと吹き飛ばされてしまった。オキクルミ夫妻はこの無礼を怒って天界に帰って行ったが、人間を見捨てることなく神聖なヨモギを束ねて人形を作り、自身の身代わりの神として地上に残していったという。

・ところでオキクルミにはサマイクルという兄弟、もしくは相棒がいたとされる。北海道胆振日高地方ではオキクルミは正義、サマイクルは乱暴者で間抜けとされるが、逆に北海道東部や石狩川上流ではサマイクルが正義、オキクルミは間抜けとされている。石狩川上流、カムイコタンで川を堰き止めて村の滅亡を企んだ魔神を退治したのは、サマイクルである。

<ミントゥチ>
<河童は北海道の河にも棲む>
・河童は日本各地に伝承がある。だが「カッパ」の名称は関東周辺で、九州ではカワタロウがガタロ、中国地方ではカワワラワ、東北地方の北部ではメドチとそれぞれ名前も変わる。北海道のアイヌ伝承にも、「カッパ」に該当する妖怪がいる。それがミントゥチだ。

<キムンアイヌ>
里には人間が住む。一方で山には人とも人外のものともつかない者が住んでいる。そんな「山人」の伝説は日本各地に残るが、アイヌの伝説にも同様の逸話がある。それが「キムンアイヌ」……山の人だ。
●山中に棲む人外の巨人
・柳田国男の『遠野物語』には山中に住む人とも妖怪ともつかない存在「山男」が登場するが、同様の逸話は日本各地にある。優れた体格の男性(女性がいるかは不明)で、衣服を着ている場合もあれば半裸の場合もあり、
餅や煙草を差し出せば山仕事を手伝うなど、人間に対しては概して友好的である。そんな山人、山男の逸話はアイヌ伝説にもある。

・キムンアイヌ、訳すればそのまま「山の人」。里の住人の3倍の体格を誇り、特別に毛深く、口から牙がつき出している。着物は着ているが、何を素材にした布地か毛皮かはわからない。腕力にも優れ、鹿でも熊でも虫のように捕えてしまう。時には人を殺して喰らうこともある。だが煙草が大好物で、煙草を差し出せば決して悪さをしない。

・刺青や耳輪はしない。時に人間をさらって自分たちの仲間に加えるが、そんな者は刺青や耳輪をしているからすぐに判る。(女性の個体もいる?)

・樺太のキムンアイヌは訛ってキムナイヌと呼ばれ、さらにロンコロオヤシ(禿げ頭を持つ妖怪)の別名通りに頭頂部が禿げあがっている。彼らは人間に友好的で、重い荷物を代わりに背負ってくれる。

<ウェンカムイ>
<アイヌ世界の神は、豊穣の神ばかりではない>
・「ウェン」とは、アイヌ語で好ましくない状況全般を意味する言葉である。ウェンカムイとは、精神の良くない神、つまり邪神や魔神の類である。

・神は人間に豊穣のみを約束するものではない。人間にあだなす魔の神、悪霊、それこそがウェンカムイである。太陽を誘拐する悪の権化から、水難事故や病魔を運ぶ疫病神まで、自然界は悪魔に充ち溢れている。

<コロポックル>
<「かわいらしい」だけではない小さき人>
・アイヌの伝説には、コロポックルと呼ばれる小さき人が登場する。一般的には「コル・ポ・ウン・クル」(蕗の葉の下の者=蕗の葉よりも背が低い人と紹介され、北海道の観光地では蕗の葉をかぶったキャラクターの木彫などを目にすることも多い。

・童話作家の作品にも登場するアイヌの小人伝説「コロポックル」。その実態は「かわいらしい」ばかりの物ではない。正体は千島列島北部のアイヌか?伝染病を恐れる彼らの風習が物語として伝えられた?

<パコロカムイ>
・中世から近世にかけて北海道に伝来し、アイヌ人口減少の一因ともなった天然痘。アイヌはあられ模様の着物を着た疱瘡の神「パコロカムイ」の仕業として恐れ、患者が出れば全村で避難するなど策を講じた。
●アイヌモシリに災厄をもたらす疫病神
 天然痘が北海道に侵入したのは鎌倉、室町時代と考えられる。江戸時代寛永元年(1624年)の記録に「蝦夷地痘疹流行」の一文が初めて現れる。以降、江戸時代を通じて流行が繰り返され、和人との交流が盛んな日本海沿岸においては特にアイヌ人口が激減する原因ともなった。
 アイヌ民族は天然痘を「カムイタシュム」(神の病)と呼んで恐れ、パコロカムイのしわざと信じた。

・幕末になって時の函館奉行がアイヌ対象の大規模な種痘を行い、明治以降に種痘が義務化されるに及び、パコロカムイの影は去ることになる。



『図説 日本の妖怪百科』
宮本幸枝  Gakken 2017/6/6



<相撲好きでおとなしい ケンムン>
・「ケンムン」は「ケンモン」ともいい、奄美諸島一体で伝えられる妖怪である。
 奄美の民話では、ケンムンは月と太陽の間に生まれたが、天に置いておけないため、岩礁に置いてきたと伝えられる。しかし、海辺ではタコがいたずらをしにくるので、ガジュマルやアコウの老木に移り棲むようになったという。
 その姿は小児のようで、足が長く、座るとひざが頭を超す。髪や体毛が赤く、よだれは青く光るという。猫のような姿であるという話も多い。
 ケンムンの中には、頭に皿を持っているというものもあり、人に相撲を挑んだりするなど、「河童」によく似た習性が伝えられている。相撲をとるときは皿を割れば勝てるのだが、負けたケンムンが一声鳴くだけで、何千何万とケンムンの仲間が集まってくるため、手加減する必要があるのだそうだ。
 また、ケンムンと漁に出ると、大漁になるが、とれた魚はすべて片目がとられているという。棲んでいる木を切られた際には、切った人間の目を突くといわれており、目に何か特別なこだわりがあるようだ。
 ケンムンは、もともとおとなしい性格で、人を害することはあまりないといわれる。第2次世界大戦前まではよく目撃されていたらしいが、GHQの命令により奄美のガジュマルの木が大量に伐採されたことを機に姿を消したという。

<ガジュマルの木に棲む精霊 キジムナー>
<沖縄県のマジムンの代表格>
・ガジュマルの木に棲み、長く赤い髪をした子どものような姿をしているという沖縄県の妖怪「キジムナー」は、鹿児島県の「ケンムン」や「河童」と似た姿や習性が伝えられている。
 その呼び名は同じ沖縄県内でもさまざまで、「キムジン」「ブナガヤ」「セーマ」「アカガンター」などとも呼ばれる。人をだましたり、いたずらをすることが好きで、仲良くなると山仕事や漁を手伝ってくれるなど、人間ととても親しい存在だったようである。タコを非常に嫌うといい、キジムナーがいたずらをしないように、赤ちゃんにおしゃぶりの代わりにタコの足をしゃべらせることもあったそうである。
旧暦8月10日のヨーカビーには、キジムナーが点す“キムジナー火”が現れるといわれ、その火は触っても熱くなく、海に入っても消えないといわれた。

・昭和の時代に入ってからも、沖縄の子どもたちのあいだでは“キジムナーの足跡を見る”という遊びがあったという。その方法は、まず、薄暗く、静かな場所で円を描いて小麦粉などの白い粉を撒く。円の中心に、火をつけた線香を立てておき、呪文を唱えて隠れる。20数えてその場所に戻ると、小麦粉にキジムナーの足跡がついているという。

・また、沖縄県北部の大宜味村では、専用の小屋を建ててブナガヤが出てくるのを夜通し待つ「アラミ」という風習が戦後まで行われていたそうだ。
 


『琉球怪談』 現代実話集  闇と癒しの百物語
小原猛   ボーダーインク  2011/2



<キジムナー>
・たとえば沖縄でもっとポピュラーな妖怪であるキジムナーは、戦後という垣根を越えると、急激に目撃例が減少している。取材していく中でも「戦前はキジムナーがいっぱいいたのにねえ」「戦後すぐはいたけど、もういないさ」という、オジイ、オバアの声を聞いた。
 もしかしたら戦争でのウチナーンチュの意識が変わり、キジムナーの存在を受け入れなくなってしまったのかもしれない。沖縄戦、という次元を超えた壁が、怪の世界にも立ちはだかっていることを、身を持って実感した。
 
<戦後の駄菓子 キジムナーのはなし1>
・Nさんはとある離島の出身である。
 Nさんのまわりでは小さな頃から、キジムナーの話は日常的に伝えられてきたのだという。
 その昔、キジムナーは家々を回り、さまざまな人々と物々交換をしていたのだという。

・島のキジムナーは、本島のキジムナーのようにガジュマルの樹を住処とせず、洞窟の中で暮らしていたという。
 戦前までは、むらを訪れては食べ物を交換したり、人間に火を借りにきたことさえ、あったのだという。そんなキジムナーも、戦後はぱったりと現れなくなった。
 だがNさんは、幼い頃にキジムナーを一度だけ見たことがあるのだという。
 夕暮れどき、Nさんがまだ子どもの頃、実家の家の近くの浜辺で遊んでいたときのこと。
 一人のキジムナーが、森の中から現れて、Nさんのほうをじっと見ていたのだという。友達数人もその場所にいたが、彼らにはキジムナーを見えるものと、見えないものに分かれたのだという。見えたもの代表として、Nさんはキジムナーに声をかけることになった。
 Nさんは、知っている限りの方言でキジムナーに挨拶をしたが、どれも無視されてしまった。
友達の一人が、駄菓子をくれたので、Nさんはキジムナーのそばまでいって、駄菓子をあげたのだという。
 するとキジムナーはそれを奪ってから、すばやく林の中に逃げていった。それが、おそらく島で見られた最後のキジムナーに声をかけることになった。
 それ以来、キジムナーを「感じた」とか、「らしき影を見た」という話は、何度も耳にしたそうだが、キジムナーに正面で出会ったという話は、あまり聞かれない。

<小便 キジムナーのはなし2>
・Tさんが子どもの頃、Fくんという友達がキジムナーが棲んでいたといわれているガジュマルの木に立小便をしたそうである。
 友達は、えい、キジムナーなんていないさ、怖くない、と大声で叫びながら、木の周囲に小便を輪のようにひっかけた。キジムナーを見たことはなかったが、信じていたTさんは怖くなって一目散に家に帰ったという。
 夕方、気になったTさんは、小便をかけた友達が住んでいる団地へ行ってみた。

・すると、部屋の中は見えなかったものの、3本指の奇妙な跡が、いくつもガラス表面についているのが見えた。
 まるでニワトリの足のような、3本指の奇妙な跡が、いくつもガラス表面についていた。

・次の日、Fくんは学校を休んだ。そして次の日も、次の日も学校を休んだ。
結局、1週間学校を休んで、帰って来たときにはゲッソリと痩せていた。
学校で久しぶりに会ったFくんは、Tさんにこんな話をしたそうだ。
 小便をかけてしばらくすると、気分が悪くなってきた。
 家に帰ると、立てなくなってそのまま寝込んだ。
 母親がどうしたのかと聞くので、しかたなくガジュマルに小便をかけた、と本当のことを言った。母親はあまり迷信を信じるほうではなかったので、風邪ぐらいにしか考えていなかった。
 ところが、Fくんが寝ていると、ベランダにまっ赤なキジムナーが何人もやってきては、ガラスをぺちゃぺちゃたたき出した。母親も一緒になってそれを見たので、すぐさま知り合いのユタを呼んで、その夜にお祓いをしてもらった。
 ユタがいうには、この子がしたことは悪質だったから、お灸をすえる意味でも、1週間は熱を引かさないようにした、とのことだった。
 その言葉通り、Fくんはちょうど1週間後に熱が引き、学校に来ることができたという。

<赤ら顔  キジムナーのはなし3>
・Wさんが子どもの頃、学校に行くと、友人の一人がおかしなことになっていた。
 顔は赤く晴れ上がり、はちきれんばかりにバンバンになって、非常に苦しそうだった。本人も、息ができんし、と喘いでいる。先生が寄ってきて、どうしたね、と聞くと、その生徒はこんな話をしたそうだ。
 朝起きてみると、顔が赤く腫れ上がって、息ができない。オバアに相談すると、「これはキジムナーが悪さをしているから、ユタに見てもらいに行こう。ただし、そのユタは午後からしか見れないから、昼過ぎに学校に迎えに行くまで、学校でおとなしくしている」と言われたそうだ。
 
・次の日には、その子は何事もなかったようにケロッとして、学校に登校してきたそうである。

<今帰仁の小さなおじさん>
・Fさんが早朝、自転車に乗っていたとき、目の前の空き地に、知り合いのオジイが倒れていたという。
 死んでいるのかと思って自転車を降りて近寄ってみると、酒のちおいがプンプン漂ってきた。おい、このオジイ、酔っぱらってるし。Fさんがオジイの肩に手をかけて、起こそうとしたその時。
 倒れているオジイの周囲に、5人くらいの小さなおじさんが、オジイを背もたれにして座っていたのだという。
 オジイを揺らしたものだから、びっくりした5人のおじさんたちは悲鳴を上げながら、一斉に走って逃げたという。
 おじさんたちは空き地の中へ一目散に逃げると、そのままパッと掻き消えるようにしていなくなった。

・Fさんが眉をひそめながら自転車に戻ろうとすると、自転車の周囲にも小さなおじさんたちが複数いた。
 Fさんがびっくりして「うわあ!」と叫ぶと、それに逆にびっくりしたのか、クモの子を散らすようにして逃げ去ったという。
 おじさんたちは、それぞれ上半身は裸で、眉毛がつながっていたのが印象に残っているという。

<●●インターネット情報から●●>
ウィキペディアWikipediaより
<小さいおじさん(ちいさいおじさん)>は、日本の都市伝説の一つ。その名の通り、中年男性風の姿の小人がいるという伝説であり、2009年頃から話題となり始めている。
『概要』 目撃談によれば、「小さいおじさん」の身長は8センチメートルから20センチメートル程度。窓に貼りついていた、浴室にいたなどの目撃例があり、道端で空き缶を運んでいた、公園の木の上にいた、などの話もある。ウェブサイトでも「小さいおじさん」に関する掲示板や投稿コーナーが設置されている。

<キジムナー(キジムン)>は、沖縄諸島周辺で伝承されてきた伝説上の生物、妖怪で、樹木(一般的にガジュマルの古木であることが多い)の精霊。 沖縄県を代表する精霊ということで、これをデフォルメしたデザインの民芸品や衣類なども数多く販売されている。
多くの妖怪伝承と異なり、極めて人間らしい生活スタイルを持ち、人間と共存するタイプの妖怪として伝えられることが多いのが特徴。
『概要』 「体中が真っ赤な子ども」あるいは「赤髪の子ども」「赤い顔の子ども」の姿で現れると言われることが多いが、また、手は木の枝のように伸びている、一見老人のようだがよく見ると木そのものである、などともいう。土地によっては、大きくて真っ黒いもの、大きな睾丸の持ち主などともいう。





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