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ハラベエつれづれ草 NO3
[ハラベエの徒然草]
2009年11月29日 3時7分の記事

 前回予告させていただきました、お芝居の華やかな舞台を陰で支える裏方さんのお話を、二日遅れでお届けいたします。
 何回かに分けて配信いたしますので、お目をお通しの上ご高見のほど、よろしくおン願い……チョーン……あーげ奉ります。 


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   黒衣の人 (一) 

 昭和五十年ごろのある秋。
 大阪難波の新歌舞伎座は、その月の公演の中日(なかび)を無事に迎えた。
中日は折り返し点、初心に返って後半に向かい頑張ろうと、思いを新たにする大事な日である。
古くは、昼夜の狂言の入れ替えもこの日に行われ、『返り初日』とも謂われる。
楽屋口のお稲荷さんへのお参りも、心なしかいつもより一様に長く、この日部屋着の浴衣を洗濯したてのに着替える役者も多い。
何かに付けて仕切り直してのやる気が随所に見られるのだ。
そんな劇場内の空気に水をさすような異変が起きた。
翌日、開演三十分前になると必ず鳴らされる『着到』(ちゃくとう)の、長く尾を引くベルの音が聞こえず、続いて柝(き・演劇用の拍子木)のチョーンという冴えた音も響いてこなかった。
柝は、樫・欅などで作った二本一組の角棒だが、柝頭(きがしら)とも謂う。
ベルと柝頭がないと、出演者もスタッフも、化粧や着付け、舞台づくりの段取りが狂うことになるので、何人かが時計を見る。
十分遅れでベルは鳴ったが柝の音はなく、楽屋では大勢が小首をかしげた。
本来は『着到』の十五分後に鳴る筈の開演十五分前を告げる『二丁』が五分後に、三秒ほど二回続けて鳴ったが、チョーン……チョーンと二つ打つ柝の音はまたしてもなく、殆どの出演者とスタッフが異変と知った。
地下の楽屋から、楽屋口を入ったところにある頭取部屋(文芸部と舞台監督の控え室も兼ねている)へ駆け上がって行った若い役者が戻って来た。
「えらいこっちゃ、狂言方の松尾さんが来てまへんねんて」
「松ちゃんが?……病気か……鬼の霍乱やな」
幕開き板付きの先輩格の役者は、既に化粧を終え衣装に着替えながら応えた。
「病気やったら、電話してくるのん違いますか」
「え?……電話無いの?」
「おまへんねんて」
いつもは開演一時間前に入る松尾が、『着到』の柝を打つ三十分前になっても現れないので、文芸部の真崎がアパートに電話したところ、出た管理人が部屋を見に行って無人だと答えたという。
「真崎さんが、舞台の進行は松尾さんが来るまでつなぐいうてはりました」
「それにしても松尾さんがトチるとはな……なにがあったんやろ」
隣の楽屋からも襖越しに話に加わってくる。
「真面目な男やし……飲んで二日酔いも考えられへん」
「女とも思われへんしなあ」
「いやあ、そらわからしまへんでえ……昨日は中日で、祝儀ぎょうさんもろたこっちゃし、懐がぬくうなってついふらふらっと……飛田あたりで……」
「それは君や」
口さがない楽屋雀には恰好な話題だった。
やがて開幕間近の五分前、出演者を舞台へと促す『回り』である。
これも、短く三回のベルだけで、三つ打つ柝の音はしない。
文芸部の真崎は急遽、狂言方松尾抜きの芝居の進行に切り替えた。
中日ともなると、照明・音響・大道具・小道具などの各パートも、独自に展開を追える状態だから、柝頭をきっかけに動いていた部分だけ修正すればいい。
必要なきっかけは、真崎が出す。
舞台の構造が、日本では主流の廻り舞台ではなく、大きな迫(せり)と上手下手から移動してくるスライドの組み合わせで構成されているので、操作する舞台進行の係と呼吸が合わないと危険だ。
真崎は幕を開けた。
三幕構成の芝居の第一幕の緞帳が下りても松尾は姿を現さない。
再びアパートに電話をかけて管理人に聞くと、夕刊と朝刊が郵便受けに入ったままだが、几帳面な松尾にしてはないことだという。
どうやら昨夜は帰宅しなかったようだ。
第二幕、終了。
真崎は、松尾が所属する事務所に電話、このまま現れない場合に備えて、代わりの狂言方を用意するように言った。
「わかった、けど……あんまり騒ぎ立てんといてな……出て来にくいだけやろ……終演後か明日の朝早ように、人目を忍んで入ってきて、何ぞおましたんか……てな顔してとぼけるつもりやがな……ま、もうちょっと様子を見てからにしよう……」
と、事なかれ主義丸出しで応対する事務員、おそらく明日は代休をとって、事後処理は人任せにするつもりだろう。
第三幕の緞帳が下りた。
この日は昼の部一回興行で、夜の部は休演だから、出演者・スタッフ・劇場関係者も、それぞれ夕刻までには退出してしまう。
真崎は楽屋で松尾を待つことにし、明朝早くアパートにも行くつもりで、近くのホテルを予約した。
劇場の若い製作部員と、楽屋係の男性が付き合ってくれると言う。
二人の立会いで、頭取部屋の入り口に近い松尾専用の小机を調べた。
愛用の柝頭が、手作りらしい黒い羅紗の袋に納められ、松尾用と書かれた台本と並べて机の中央に置かれている。
端の方には、いずれも小振りな茶筒、急須と湯呑みに湯冷ましのセットが入れられた、長方形のプラスチックの箱があり、役者の名前入りのガーゼの布巾で覆われている。
柝頭と台本とお茶……松尾の三点セットは、机上に物差しで計ったような几帳面さで置かれていた。
朝一時間前に楽屋入りして、お茶場で湯冷ましに熱いお湯を汲んでくると、茶筒から玉露の粉茶を一匙急須にすくい入れ、程よい温度に下がったお湯を注ぎ、ちょっと濃いめにだしてゆっくり楽しむのが、松尾の朝の儀式みたいなものだった。
急須には一滴も残らないようにしぼりきり、昼夜入れ替えの間に弁当をつかうときに、今度は熱湯をたっぷりに淹れるパターンはこの何年来変らない。
頑ななまでに生活のリズムを守る彼に何があったのか。
 二つある抽斗には、一方にパンフレットや道具帳(舞台装置の絵・設計図など)
のコピーなど、公演の資料が……片方には、こまごまとした身の回り品がきちんと整理されて入っていた。
 その中で真崎の目を惹いたのは、普通のものの倍以上もある特大の爪切り。八年前ほど前、異様に大きく頑丈な足の爪を、安全かみそりで削っていて、
手元が狂い足の指を危うく切り落としかけたとき、真崎が買って渡したものだ。
 引き出しの奥に、輪ゴムで括られた空のポチ袋(祝儀袋)が十枚ほど。
 ポチ袋の束には二つ折りの紙片が挟まれていた。
 前日の中日に貰ったご祝儀の、贈り主と金額が書きとめられている。
 合計金額は、三万円を超えていた。
 「……中日の祝儀が、がっぽり入ったよって、どこぞで豪遊して沈没違うか」
 そんな噂が満更出まかせでもないように思える。
 しかし、十年以上にもなる付き合いの間、真崎は、松尾のそのような姿を見たことがない。
 中日にはすき焼きを、というのが松尾のこだわりだった……それも外に食べに行くのではなく……すき焼きの材料を二人前ほど買い求め、部屋で独り鍋を仕立てて、好きな酒をちびちびやるのだ。
 詳しくは話さないが、苦い過去があるようで、酒は控えめにしていた。
 その夜は半分ほどたいらげ、残りは翌日の弁当に……それも普段は日の丸弁当風の質素なものだが、この日はすき焼きがびっしり詰まったアルミの弁当箱が増えるのである。
 そんな姿を見続けてきた真崎だから、松尾に違う中日の過ごし方があるとは考えられないし、遊びに連れ出そうとする人物など思いも及ばない。
「大阪からドロンせなあかんような事情がありまんのか?」
 と、舞台の袖で問いかける者もいたが、有り得ないと真崎は応えた。
 そうだ、確か昨日帰りがけだ。
「すき焼き?」
 との真崎の声に、ニヤっと笑って応えた彼の、立ち去る足取りは軽かった。
 これからドロンしようという人間には見えない。
 いや、ドロンするのは悲劇ばかりではない、喜んで飛び出していく場合だって有る筈だ。
 しかし、いずれにしても身の回りの品は持って行くだろう。
 まして柝頭を置いていくなど、絶対有り得ない。
 柝頭は狂言方の命、商売道具というより、体の一部のようなものだ。
 他人の手に触れられるだけでも嫌がる者もいる。
 手に馴染ませるために大事に大事に扱う……顔にこすりつけ、脂を染み込ませる……酒の霧を、時折吹きかけることもある。
 時間があれば、打って打って打ち続ける……夜道を、火の用心風に打って歩いた者もいる。
 そして、スイートスポットを探り当てる……どんな状態でも、たとえ目を瞑って打ったとしても、スイートスポットは外さない。
 その冴えた柝頭で舞台上の俳優に光彩を添え、芝居の興趣を盛り上げるのだ。
 松尾は狂言方としては、歌舞伎の世界で修業した正統派ではなく、九州の地方廻りの劇団が出発点だった。
 しかし、柝頭を大事に思う気持ちに変わりはないだろう。
 出て行くのなら、必ず持って行く筈だ。
 大事なものを置きっ放しにして、連絡もない……これは何らかの力が加わって、松尾の動きを止めているからだ。
 深更に及び、楽屋で待っても無駄と諦め、ホテルへ。
 夜っぴて寝もやらぬ真崎の思いは、悪い方へ不吉な方へと廻っていった。

                              【つづく】



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出会いと別れを描いた感動、ファンタスティック・ノベルです。

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