炎(ショート小説) | |
[ショート小説] | |
2022年4月24日 20時22分の記事 | |
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建てつけの悪い入口の戸をガラっと開け、定食屋の厨房から威勢のいい声が聴こえる。 お冷で喉を潤して煙草に火をつけると、テレビで遠い外国の戦争のニュース。 こうして一日の糧の為に代価を稼いでいるのに、人が意味もなく死んで逝く。 無関心という主義主張、病んでいるのは世界の全てだろう。 店主のおやじのいつものセリフ。 「どーでえ景気は」 おやじがまだ小僧だった頃、この国で戦争があった。 誰だって死にたくはないだろう。国家が人殺しを命じて、自分の命を奪われる。 喰ってく為に死ぬ気で働く、生き残る為に必死で殺す。 人間の宿命ってやつは、どこまでも儚く厳しい。 奥のテーブルを覗くと、キ〇ィちゃんマスクの鼻を押さえる制服の女学生。 慌てて煙草を灰皿でもみ消す。 こんな店に女の子ひとりで来るなんて、度胸がある子だ。 「ニラ餃子定食ニンニクたっぷりでお願いします」 俺は悟った。 この娘はツワモノだ、世の中の浮き沈み酸いも甘いも知っている。 常識の言いなりになることが生き残る術(すべ)だと。 まだ若かった頃、ニキビ面で修正エロ本に騒いでいたガキの俺には、 目に映るものすべてが信じられなかった。 生きてゆく為に知らないふりをする、何もないように振る舞う。 芝居小屋で革新的なキメ台詞を吐く役者。 観賞用の花が短い一生を終えるように枯れてゆく。 美しい季節だけを切り取って見せられるなら、老いてゆく姿は見られたくはない。 日陰でそっと死んで逝く人生の落伍者。 輝くものの陰で消えてゆく幾つもの憧れ。 「はいよ粘りもの大盛り!」 カウンター越しに身を乗り出す雇われ店員の若造、注文した納豆チャーハンが来た。 この料理は火加減が難い、納豆が焦げ付かないようにサッと炒める。 至福の納豆とマヨネーズのハーモニー。 せともののレンゲでハフハフ言いながら掻っ込む。 コップのビールでめしを流し込み、隣のカウンターを見ると。 若いわけありそうなアベックがいちゃついている。 俺にはカンケ―ねえ。今月の給料の振り込みまで生き残ることだけ。 店主のおやじがジッポーで煙草に火をつける。 ぼんやりとした頭で考える、炎がすべてを焼き尽くしてくれたら。 この空間には色んな雑念が混じりこんでいる。 厨房の湯気と店内の煙草の煙、店員の罵声と客の駄話。 ありふれた毎日がいつまでも続くと思っているのに、 運命に簡単に裏切られる。 独り暮らしの安アパートには誰も待つ者はいない。 ジャージ姿でくつろぐと、隣の部屋で夫婦喧嘩の声。 何も変わらないことが日常なら、心を掻きむしるこの疼きはなんだ。 世間の常識に飼いならされたゾンビは、逞しい野良猫。 あの女学生のように、清く強く生きられたら。 果たせない約束をいつまでも待ち続ける夢人のように。 今日も明日も生きてゆくことに罪があるのなら、誰も償いなんてしないだろう。
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