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ハラベエつれづれ草 NO5
[ハラベエの徒然草]
2009年12月18日 7時53分の記事



ハラベエつれづれ草 NO5

更新しました(^ω^)ノ

ハラベエさんの☆犬星・猫星☆第0〜第8章まで連載中です。


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       黒衣の人 (三)

 日の出と同時に、真崎は松尾のアパートへ急いだ。
 大阪球場の近く、大相撲の春場所が開かれる体育館の裏手にある、古ぼけた二階建てのアパートはすぐ見つかった。
就寝中だった管理人を起こし、二階の奥まった部屋の鍵を開けてもらった。
 巡業か、劇場に寝泊りする京都南座の公演以外、外泊などすることもなく、毎日を同じペースで過ごす真面目な暮らしぶりに、管理人は好感を覚えていたのだろう、松尾の身をしきりに案じてくれはしたが、参考になる情報は得られそうもなかった。
三畳の部屋は、家財も少なく殺風景だったが松尾らしく整頓されている。
 壁に今回の公演のチラシと、写真が二枚……一枚は柝を打っている松尾の姿、もう一枚は真崎との2ショットだった。
 松尾にとって俺は……真崎の鼻の奥にツンとくるものがあった。
心なしか部屋の空気がひんやりとしていて、一昨日の朝以来、松雄が留守にしていることを物語っているように思えた。
 几帳面な彼らしく、帰ってすぐすき焼きを楽しめるよう、小さなちゃぶ台には、鍋代わりのフライパンを載せた電気コンロ、調味料や食器類がきちんと並べられている。
 こまめに掃除や洗濯をしていたし、たまの休みには、方々ガタがきているぼろアパートの修繕に手を貸して、管理人を喜ばせていたという。
「……わてには無理な高いとこ狭いとこ、ニコニコ笑ろててっとうてくれはりまんねん……助かってます……見とくなはれ……」
と、同じような隣のアパートの壁が鼻の先に迫っている窓を開け、よう肥えた体を乗り出して見下ろしてから、真崎に場所を譲った。
「ちりひとつ落ちてまへんやろ……前はこうやおまへんでした、ごもくの山や……うちと隣の連中が、窓から平気でごみをほかしてましてん……二階からものが降ってきたら、一階のもんが文句言いそうなもんやけど……」
 一階に住むものも同じようにやってることだから、揉め事はなかった。
 松尾が掃除をするようになって、さすがに不心得ものたちも自粛したという。
学生時代、下宿の窓からごみを投げ捨てる常習犯だった真崎が、苦笑して見下ろすと、箒の跡がわかるほど掃き清められている。
 松尾は、ここでの質素な暮らしをそれなりに楽しんでいる……何しろ彼にとっては金殿玉楼なのだから……。
窓の上に形ばかりのひさしがあり、黒足袋が二足、裏返しにして指先と指先を糸でつなぎ、振り分けにして吊るしてある。
松尾が劇団にきて間もなく、長屋の舞台を飾るときに、洗濯物を物干しに干しているだけではなく、足袋を裏返しにして竹垣の竹の先に干すなり、糸でつないで吊るすなりするように指示したときの反応から、その程度の知識もないと知った。 
そのことに限らず、自分が見聞きしている狂言方として必要なことを、懇切丁寧に説明すると、彼なりにスローペースだが吸収してくれた。
「……わしも年でっさかいな……そろそろ引退やからいうて、松尾さんにここの管理人にならへんかて……勧めてまんねんけどな……」
 管理人の饒舌が少々うっとうしくなっていた真崎は、丁重に礼を言い独りにしてもらった
松尾が部屋にいないという事実は……もしかして部屋の中で妙なことになってるのではという不安を払拭したが、更にもっと不吉な思いで胸騒ぎを覚える真崎だった。
 つかうことがなければいいのだがと思いつつ、二枚の写真を手にした真崎は劇場に向かい、まだ楽屋口は開いていないので、警備員が居る裏口から入り、念のため松尾が出入りしなかったかと聞いた。
 見てはいないと答えが返ったが、頭取部屋に急ぐ真崎はまだ一縷の望みを抱いていた。
 松尾はいない。
 まだ八時前。
 看板俳優の付き人の楽屋入りは早いが、それにしても楽屋係が楽屋口を開けるまでは時間がある。
 松尾の所属する事務所の事なかれの事務員に電話した。
 彼はまだ自宅に居た。
 ただならぬ状況を説明し、警察に問い合わせるよう頼んだ。
 それでも事務員は、騒ぎ立てるのは……とためらう。
 出すぎた真似をするなと、叱られてもいい。
真崎は、管轄の南署に問い合わせの電話をした。
 該当するような事件はなかった。
 松尾の行方を追う手がかりがない。
 途方にくれる真崎だったが、それでも懸命に思いをめぐらすうちに、松尾のアパートの住所が隣接する西成であることに気付いた。
 管轄が違うのだ……もしやの思いで電話をした。
 
新歌舞伎座の中日の夜、ほど近い国道で人身事故が発生した。
 赤く塗られた郵送車に、横断歩道を通行中の男性がはねられ、運ばれた病院で死亡。
事故現場には、すき焼きの材料と思われる肉や野菜が散乱していた。
 近くのスーパーで買ったものと確認されたが、応対した店員によると初めての客で、買い物は二人前の量だったという。
 黒のズボンに黒いシャツ、これも黒いジャンバー、いずれも着古したもので、その界隈に多いホームレスと考えられなくもない。
 ただ、足元が奇妙だった。
 黒足袋を履き、衝撃で吹っ飛んだ履物は、ま新しい畳表の草履である。
 所持金も多く、五千円札二枚と二十枚ほどの千円札、小銭入れの中身も取り混ぜて、三万円を超えていた。
 そのうち五千円札はそれぞれ、千円札は三枚・二枚と、別々に三つ折りにして、そのほかの四つにたたんだ千円札と合わせて、輪ゴムで括ってある。
 別のポケットに入っていた何枚かの古い紙幣とは明らかに違う,新札あるいは新札同様の札束に、係官は首をかしげた。
その他に身の上を物語る所持品はない。
 黒足袋と草履そして札束は有力な手がかりとも思えたが、深夜のことでもあり、五十半ばと思われる男性の遺体は、身元不明のまま霊安室に安置された。
                               (つづく)
 



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出会いと別れを描いた感動、ファンタスティック・ノベルです。

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