くる天 |
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第一章 降臨 第一節 |
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「ここに来るのも5年ぶりか……」 つぶやきながら、ホームに下りる少年。 手をかざしながら空を見る。 「元気かな、みんな」 少年はさわやかな微笑を浮かべながら言う。
プシュー ガタン ガタン ガタン ……
背後に遠ざかる電車。 まだあどけなさが残る少年はとても絵になる光景で、物語の始まりにふさわしいワンシーンだった。 「…………」 電車が行ってしまい、あたりは風が揺らす木々の音だけが残った。 「とか、一度は言ってみたかったが、どうも変な言葉だな」 少年はいきなり口調を変えた。 「第一、こんな言葉つぶやいてる人間なんて実際に見たこともないしな」 そうつぶやきながら、彼以外誰もいないホームを抜ける。 「しかし、寂れた駅だな。前はもうちょっと人がいたような気もするが、あんまり覚えてないんだよな」 そうつぶやきつつ、線路を渡り、駅舎に入る。 改札には誰もいない。 改札前に切符回収箱があり、切符はここに入れてくださいと書いてある。 「切符をこんなところに入れるのか? この3620円の高級切符で駅員を平伏せさせようと思ったのに。全く、職務怠慢だ」 そう言いつつ、駅員室を覗いてみる。電気はついているので誰かはいるのだろう。 おそらく、昼食中か何かなのだろう。 「大体、どんな用事があろうと、三十分に一度くらいしか来ない電車の乗降の時くらい出てくるものだろう」 とはいえ、そんなことを誰もいない駅で主張しても何の意味もない。 仕方がなく、切符回収箱に切符を入れようとして、やっぱり悔しいので、昨日撮ったプリクラを切符に貼った。 「こうしておけば、誰がこの切符を入れたかわかるだろう」 わかったところでどうなるものでもないが、納得して改札を通り抜ける少年。 そして、駅の待合室、というよりも改札の脇のベンチと公衆電話があるだけの一角を見る。 そこには当然のごとく誰もいない。 「あれ? 誰もいないぞ」 首を傾げる少年。 そこにいるはずの人物がいない。 無人のベンチを見る彼は、なぜか怒りがこみ上げてきた。 早足で改札に戻ると駅員を呼ぶ。 「ちょっと! これはどういうことですか!?」 少年の怒鳴り声は駅員のいる奥まで響いた。 「は、はい、どうかしましたか?」 あわてて出てきた駅員。 「誰もいないなんて、これは一体、どういうことですか!」 「申し訳ありません、昼食をとっていたもので……」 駅員が申し訳なさそうに答える。 「あなたのことはどうでもいいんです!」 「は?」 少年が訴えかけるように言う。 「ほら見てください」 待合のベンチを指差す少年。 「誰もいないじゃないですか!」 泣きそうな声の少年。 「……はい?」 「俺はこれからどうしたらいいんですか!」 叫ぶ少年の目から光るものがきらりとこぼれた。 「いや、どうすればと言われましても……」 人のよさそうな、そして気の弱そうな駅員は困った顔で少年を見る。 「五年ぶりの町を一人で歩けと言うんですか」 「ああ、別に次の電車まで一時間以上ありますので、場所が分かるなら送ることも出来ますが……」 どこまでも押しに弱そうな駅員が答える。 「そういうことを言ってるんじゃありません!」 少年は改札を両手のひらでバンバン叩きながら言う。 「いとこの瑞希はどうしたんです?」 「は?」 「迎えに来てるはずの瑞希ですよ!」 少年はブンブンと手を振り回して言う。 「いや、そんなこと言われても……。って瑞希って、織田さんのところの瑞希ちゃん?」 「そう、その瑞希。って奴を『ちゃん』付けですか? あいつに『ちゃん』なんていらない! どうしてもつけたければ『ちゃんこ』を付けなさい! あと、駅のホームに『ハトのフンに注意』と張り紙をしておきなさい!」 少年の叫びが駅構内に響く。 「ぜ、善処します」 勢いに負けて答える駅員。 少しだけ満足そうにうなずく少年。 「えっと……もしかして、孝昭君?」 後ろから少年の名を呼ぶ声。 「あ、瑞希ちゃんこ」 ほっとした声のどこまでも律儀な駅員。 孝昭と呼ばれた少年が振り返ると、そこには高校指定と思われるブレザーを着た少女が立っていた。 肩よりも少しだけ伸びた髪。 透き通りそうなほど白い肌。 苦笑いをしている整った顔立ち。 都会の少女たちのような派手さはないが、美少女と呼ぶに十分適っている姿。 「……ちゃんこ?」 不思議そうに少年、孝昭を見返す瑞希。 「俺の名を知っているとは、貴様、何者だ」 「だから、ボクだよ、瑞希だよ」 孝昭はそう説明する少女の顔をじっと見る。 純朴な少女の姿に、中性的な声と言葉遣い。 彼の知っている五年前の瑞希をどう成長させてもこうなるとは思えなかった。 「……そうか、そういうことか」 彼はおもむろに後ろの駅員を振り返る。 駅員は、こそこそ奥へと戻ろうとしていた。 「すみません、偽称している人がいます。警察に連絡してください」 「どうしてそうなるんだよっ」 怒鳴る瑞希に対し、戦闘の間合いを取る孝昭。 「貴様は誰だ。俺のいとこに化けるとはなかなかやるが、瑞希がどんな人物か調べるのを怠ったようだな」 「だからあ……」 「貴様、CIAか? ふっ、俺に手を出さなければ長生きできたものを」 孝昭は不敵に笑う。 「孝昭君、CIAに狙われるようなことしたの?」 「アメリカ前大統領の名前の後ろに『マン』をつけた言い方を広めた」 「それは、民族差別用語になっちゃうねえ。でも、それくらいじゃCIAは動かないと思うよ」 瑞希は軽くため息をつきながら言う。 「語るに落ちたなエージェント。何故CIAと無関係の人間がそんなにCIAの内情に詳しいのだ? ありえない!」 「内情って……」 瑞希の目は徐々に疲れを帯びる。 「ええい、黙れ下郎がっ! 貴様にとくと聞かせてやろう。瑞希が一体どんな奴なのか」 孝昭は間合いを計りつつ、言葉を続ける。 「奴はな、真夏に突然焚き火をしようと言い出し、強く止めた俺と二人で山中の空き地で始めたところ、周りの木々に燃え移って山火事になりかけた。その時、一人でさっさと逃げた薄情者だ!」 「えーっと、そんなこともあったねえ……」 瑞希は頭をかく。 「その後俺がどれだけ叱られたことか……消防団員の家一軒一軒回って頭下げさせられたし」 孝昭はその時のことを思い出し、涙した。 「更に奴は、港に俺と行き、俺が泳げないと知った瞬間、ノーモーションで俺を海へ突き落とした冷酷非情な奴だ」 「……それは、子供のころのことだから……そうやって泳げるようになればいいなって思ったんだよ」 「あの時、偶然漁師さんが通りかかっていなければ今ごろ俺は……」 そう言うと、やはり昔を思い出し、さめざめと泣く孝昭。 「で、でもあのおかげで泳げるようになったんだよね」 「そりゃ、いつ突き落とされるか分からないと思えば死に物狂いで覚えるっ! って、何で貴様がその事実を知っている?」 いつのまにか取るのを忘れていた間合いを再び取りつつ、孝昭が言う。 「だから、ボクがその瑞希だからって言ってるんだよ」 「……本当に?」 孝昭がじっと瑞希を見つめる。 そのむっとした時の顔は、五年前に見たことがあった。 そうして見ると、その顔に五年前の面影をいくつも見ることが出来た。 確かに、五年前の瑞希はとんでもない悪ガキだった。 だが、整った顔をしていたのも事実。 「ま、まさか……」 目の前に立つ、少なくとも一見は可憐な少女と五年前の、クソガキの代名詞だった瑞希。 その間の距離は、遠く隔たり過ぎていた。 「み……ずき?」 絶句してしまった孝昭が何とかその言葉を搾り出す。 「久しぶりだね、孝昭君」 瑞希が微笑む。 五年前には、手がつけられないほどの悪ガキだった瑞希の変わり果てた姿。 それがこの町に来ての初めての驚きだった。 |
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