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こうして日銀は「過去の間違い」を正当化するために、その後もずっと間違いを犯し続け、デフレを引き起こし放置し、どんどん悪化させました。(1)
[森羅万象]
2023年3月5日 19時2分の記事




(2023/3/5)


『理系思考入門』
経済ニュース、増税、政治家の無策………基礎がわかればもう騙されない!
高橋洋一  PHP     2022/3/31



<「バブル経済」を引き起こした主犯は誰だ?>
<バブル経済になったのは、プラザ合意対策のせい?>
・1985年のプラザ合意から時を経ずして、日本は「バブル景気」に突入していきます。一般にバブル期とは、1986年12月から1991年2月までの51カ月だとされます。プラザ合意によって「ダーティ・フロート」をやめた日本国内では、むしろ「円高不況」が心配されていました。プラザ合意の前には1ドル=235円前後だったものが、1年後には1ドル=150円前後になったのですから、その心配はもっともです。
 では、それなのになぜ、日本はバブル経済に突入したのでしょうか。

・円高不況は1987年には回復基調に入っていたものの、このルーブル合意によって、日本はドルを支えるために利上げをしにくくなりました。結局、1989年5月に3.25%に引き上げられるまで、公定歩合は低いまま据え置かれることとなり、この「金融の超緩和」が不動産や株式に対する過剰な投機を促し、バブル景気をもたらした――というのです。
 この見方は、果たして正しいでしょうか。

<バブル期は、株と土地以外は「超フツーの経済」だった>
・1980年代後半の「バブル期」ほど誤解されているものはないと思います。バブル期には何でも価格が上がり、激しいインフレが起こっていたかのように思っている人がたくさんいます。
 しかし、現実は違います。価格が上がっていたのは土地や株式など一部の資産価格だけです。一般物価はそれほど上がっていませんでした。
「バブル期はものすごく経済の調子がよく、経済成長率は非常に高かった」という認識も誤りです。当時の経済成長率は、先進国水準ではごく平均的なものでした。

・今から振り返って見ると、とても健全な経済であり、いわば「フツーの経済です。バブル期はネガティブに見られることが多いのですが、マクロ経済指標では異常な要素は見当たりません。
 一般物価を見る限り、狂乱物価でもなくバブルでもありませんでした。では、何が「バブル」だったのか。異常に高騰していたのは、株価と不動産価格です。

・バブルがはじけて以降は、土地の価格が下落して土地は担保価値を失いました。金融機関は融資の回収を急いだものの、回収しきれずに多額の不良債権を抱えることになりました。
 このように株と不動産に関しては、異常な状態でした。その一方で、GDP成長率、物価上昇率、失業率などマクロ経済のほうは至って健全でした。
 片方はきわめて異常で、もう一方は健全な状態です。この状況を当時の日銀は正しく分析することができませんでした。両者を分けずにまとめて一つの経済状態と考えてしまったのです。そのため、インフレではないにもかかわらず不要な引き締めをすることになり、以後、それを正当化するための施策が続くことになるのです。

<「バブルかどうか」は当時は誰にもわからなかった>
・しかし、当時は誰も「今はバブルだ」とは思っていませんでした。バブルは、あとになってからでないと気づかないのです。
 FRBのグリーンスパン元議長は、「バブルは、崩壊して初めてバブルとわかる」と述べています。まさにその通りで、崩壊してからでないとバブルには気づけないものです。
 バブルはめったに起こらない現象のようにいわれていますが、実は世界ではよく見られる現象です。不良債権問題が生じたかどうかでバブルの有無を判断するのなら、先進国に限らず世界のほとんどの国で頻繁に起こっています。

<法律の不備をついて証券会社はデタラメなことをやっていた>
・私は、証券局の業務課に在籍していました。そこで目の当たりにしたのは、ほぼ違法ともいえる証券会社の営業の実態でした。
 証券会社の営業担当者は、顧客に対して事実上の損失補填を約束しながら株式の購入を勧めていたのです。しかも、株式購入資金を顧客の自己資金でまかなうのではなく、銀行が融資するパターンも横行していました。株式の購入に限らず土地の購入でも、銀行が融資するパターンはよく見られました。

・売買一任は禁止されていましたが、法令の不備があり、営業特金は野放しの状態でした。また、法令上、事前の損失補填は禁止されていましたが、事後の補填を禁止する明文上の規定がなかったため、その点でも法令の不備がありました。

・おいしい仕組みですから、財テクをしたい企業からの注文が次から次へと証券会社に入っていました。営業特金とファントラ(ファンド・トラスト)が異常に高い株式売買回転率を示していたのは、このようなカラクリがあったためとわかりました。
 株価が急騰していたのは、マネーがあふれていたからではなく、異常な回転率の高さからでした。それにつれられて、一般投資家も「もっと値上がりする」と思って株に手を出していました。

<あと少し通達が遅れていたら、証券会社は大クラッシュしていた>
・実は、この仕事は時間との闘いでした。株価が上がり続けていたために問題が起こっていなかっただけで、もし株価が下がり始めたら、本当に証券会社が保証をせざるをえなくなります。一気に証券会社がクラッシュしてしまうかもしれません。証券会社にとっては切迫した状態だったと思います。

<日銀の「会計な引き締め」で、それから20年の悲劇が始まった>
・つまり、1980年代のバブルは株価と不動産の価格が過熱した資産インフレであり、その主因は法律や規制の不備という穴だったのです。のちに法律を改正しましたが、まずは通達を出すことで穴をふさぎましたので資産インフレは収まっていきました。1989年12月の証券局の営業特金禁止通達で「株バブル」が終わり、1990年3月の銀行局の不動産融資総量規制通達で「不動産バブル」が終了したのです。
 前述したように一般物価のほうは、まったく問題はありませんでした。

・つまり、バブルといわれていた当時の物価は安定していたのです。
 にもかかわらず日銀は、そこで金融引き締めを行ってしまいました。
 当時の日銀総裁は三重野康氏でした。三重野氏は、1989年12月から1994年12月まで5年間、日銀総裁を務めましたが、バブル退治をしたとしてマスコミは「平成の鬼平」とさかんにもてはやしました。このとき、不必要な金融引き締め政策をマスコミが高く評価してしまったことで、それ以降の日本経済はどん底に叩き込まれることになります。
 当時の日銀には、公定歩合の上げは「勝ち」、下げは「負け」と呼ぶ風土がありました。「勝ち」「負け」という呼び方を私も幾度もなく聞いています。
 これは大蔵省と日銀の微妙な関係を反映したものです。日銀総裁には大蔵省出身者と日銀プロパーとが交互に就任するという不文律がありました。大蔵省は財政支出を抑え税収を増やせる景気刺激策として金利引き下げを求める傾向があります。日銀とすれば、大蔵省への対抗意識もあるのか、公定歩合の上げを「勝ち」と見ている雰囲気がありました。

・1989年5月に2.50%から3.25%に引き上げて、ようやく日銀は「11連敗」を食い止めました。当時、三重野氏は日銀副総裁でした。
 同年12月に三重野氏が総裁に就任してからは三連勝して、1990年8月には公定歩合は6.00%に達しました。三重野氏が「平成の鬼平」と呼ばれるようになったのは、このころです。
 しかしながら、1989年に最高値をつけた株価は、1990年に入ってからどんどん落ちていて、8月の時点ではバブル崩壊は誰の目にも明らかでした。

・利下げのタイミングが遅れると、その後の引き下げは後手後手となって、景気回復ができなくなります。ここからまさに、悲劇ともいうべき「失われた20年」が始まっていくのです。

<日銀の自己正当化が悲劇を長引かせた>
・バブル当時、さかんに「金余り」だといわれていました。しかし私は、証券行政を担当しながら「何か違うのではないか」と感じていました。
 通貨供給量が多すぎるのであれば物価は上がるはずです。ところが物価は上がっていませんでした。一般物価は安定していて、インフレは起こっていません。

 そんな状況下、日銀はインフレになっていないのに金融引き締めをしたのです。私は通貨供給量が原因で株や土地の値段が上がっているわけではないと見ていましたので、日銀の金融引き締めの意味がわかりませんでした。

・営業特金の規制をしたことで取引規制の抜け穴が一つふさがれましたので、売買回転率が落ちて株価が下がることは予測できました。

・私は株価を注視していましたが、予測値の2万5000円を割り込んでいきました。なぜ予測値を割り込んでしまったのか。どう考えても、日銀による金融引き締め以外の理由は見当たりませんでした。
 資産価格だけが上がっていて、一般物価は上がっていませんでしたから、バブルの原因が通貨供給量とは考えられません。しかも、市場を歪める法の不備はすべて解消されています。この局面で、なぜ日銀は重ねて金融引き締めを行ったのか。

・「インフレ目標」というものを知ったので、バーナンキ教授に「資産価格が上がったときに、インフレ目標をするのですか」と聞いてみたのです。
 すると「いや、資産価格はインフレ目標の定義に入っていない。関係ない」と教えてくれました。金融政策は一般物価だけを見て判断すればよいのであって、資産価格がいずれ一般物価にも波及するような場合を除いて、資産価格は見る必要がないというのがセオリーだと知りました。
 一般物価が上がっておらず、資産価格だけが上がっているときに金融引き締めをした当時の日銀の政策は、やはりセオリーに反するものだったのです。

・しかし、日銀はバブルの原因が回転率の高さにあったことを見抜くことができず、マネーが原因だと考えたため、金融引き締めで市場からマネーを引き揚げてしまいました。それが、のちの不況やデフレに大きな影響を与えることになりました。
 ところが、日銀の官僚たちは金融引き締めが間違いだったとは決して認めません。「官僚の無謬性」という言葉がありますが、「金融を引き締めたことは正しかった」という考え方が受け継がれていきました。

・こうして日銀は、「過去の間違い」を正当化するために、その後もずっと間違いを犯し続け、デフレを引き起こし、放置し、どんどん悪化させました。バブル後の20年間を見てみると、日本のマネーの伸び率は先進国で最低です。最下位を20年間も続けるのは、どう考えても正常な姿とはいえません。間違いを認めないから、同じ過ちが繰り返されてきたのです。

<バブル処理の仕方は確立されているから、バブルを過度に恐れる必要はない>
・一般物価と資産価格の動向をチェックすれば、バブルを分析できます。先ほど紹介したバーナンキ教授の話からもわかる通り、このうち金融政策にとって重要なのは一般物価のほうです。
 金融政策のセオリーでは、資産価格は見ないで、一般物価だけを見て判断できます。一般物価が上がれば「引き締め」、一般物価が下がれば「緩和」。それだけです。

・残念ながらバブルの事前の回避策はありません。しかし、事後策ならあります。セオリー通りに対応すればリカバリーはできるのです。

・私がここまで述べてきたバブルの分析も、もちろん後語りであり、後知恵です。「今にして思えばこうだった」という分析です。本章で書いてきたように、その渦中では、必ずしも状況や原因を、すべて適切に把握できていたわけではなりません。

<不純な「日銀法改正」と、痛恨の「失われた20年」>
<「失われた20年」の原因は何か?>
・前章で見たように、日本銀行が「『資産価格』と『一般物価』を分けて考える」という金融政策のセオリーに反して、「一般物価」が問題ある水準ではなかったのに金融引き締めを行った結果、日本経済はどん底に叩き込まれることになりました。そして、それが間違いだったことを認めたくないとばかりに引き締めに固執したために、「失われた20年」といわれるデフレの泥沼にはまってしまったのです。

・これまで幾度も述べた通り、私は「失われた20年」の原因は、日銀の金融政策の失敗(不必要、かつ過度の金融引き締め)にあると考えています。
 しかし世の中には、様々な理由を並べる人たちがいます。たとえば、ざっと次のようなものが挙げられるでしょう。
・不良債権が足枷になった。
・バランスシート不況になった
・IT投資、デジタル化に出遅れ、生産性が上がらなかった
・ゾンビ企業が生き残り、イノベーションに後れをとった
・岩盤規制を打ち崩す構造改革が不十分だった

 それぞれ至極もっともな意見ですが、結論を先にいってしまえば、いずれの見方も、経済の「原因」と「結果」を見誤っていると私は思います。

<「不良債権が足枷になった」はまったくのウソ>
・「バブル崩壊後に日本経済の足を引っ張ったのは、不良債権だ」と思っている人はたくさんいます。しかし、不良債権というのは金融機関の経営の問題であり、経済全体に大きな影響を及ぼすほどのものではありません。「不良債権の先送りが経済低迷の原因だ」などといわれましたが、不良債権の先送りはいつでも起こっている現象です。
 ミクロのことだけを見ていえば、不良債権の先送りはしないほうがいいに決まっています。しかし、マクロ側から見ると、マクロ経済を良くすれば不良債権は自然に減少していきます。

・「原因」と「結果」でいえば、不良債権問題の「根本原因」は、主として金融政策の失敗であり、不良債権というのは単なる「結果」にすぎません。
 おそらくバブル崩壊後に日銀がきちんと金融緩和して経済成長を促していれば、不良債権問題は5年くらいで問題のないレベルにまで解消したのでしょう。それが10年も20年も長引いてしまったのは、低成長、マイナス成長で経済が伸びなかったからです。

・不良債権もバランスシートも、個別企業の経営の問題であり、「ミクロ」の世界です。それが日本経済全体と言う「マクロ」の原因になることはほぼないと思っていいでしょう。
 その反対に、「マクロ」経済は「ミクロ」に必ず影響を与えます。金融政策と財政政策でマクロ経済を良くすることが、個別企業にとって一番恩恵がある道なのです。

・不良債権もバランスシートも、個別企業の経営の問題であり、「ミクロ」の世界です。それが日本経済全体という「マクロ」の原因になることはほぼないと思っていいでしょう。
 その反対に、「マクロ」経済は「ミクロ」に必ず影響を与えます。金融政策と財政政策でマクロ経済を良くすることが、個別企業にとって一番恩恵がある道なのです。

<経済が収縮するデフレ不況下で、できるはずがないこと>
・次に、「IT投資、デジタル化に出遅れ、生産性が上がらなかった」「ゾンビ企業が生き残り、イノベーションに後れをとった」「岩盤規制を打ち崩せなかった」という議論について見ていくことにしますが、これらも結論は「ひと言」で終わりです。
「経済が収縮するデフレ不況下で、そんなことができるはずがない」――それだけです。
 たしかに事実関係を見れば、「失われた20年」の期間を諸外国と比べると、日本のIT分野をはじめとする投資額が低かったことは否定できません。

<「デフレ勝者」が金融機関の経営者になってしまった>
・デフレというのは、物の価値が下がることであり、金利が下がっていきます。金融機関の中で、金利が下がって儲かる部署は債券部門です。金利が下がると債券価格が上がりますから評価益が出ます。一方、貸出部門は儲からなくなります。貸出しの回収もうまくいかず利益がなかなか出せません。

・しかし、金融機関経営というのは「ミクロ」の話です。日銀の仕事はミクロではなく、「マクロ金融政策」です。金融機関経営のことなど考えずに、まさに「独立した金融政策」をしなければいけません。「金融機関経営は金融庁の仕事」と割り切って、任せてしまえばいいのです。
 
・「金利が上がると、国債の利払いが増えるから国家財政が大変になる」という意見も耳にします。しかし、これも一方だけを見ているにすぎません。
 経済学的にいえば、金利と経済成長率はほぼ一致します。金利が上がれば経済成長率も上がりますので、税収は自然に増えていきます。

・実際、歴史を振り返ると、様々な悲劇が「経済失政」によって起きていることがわかります。

<TPPも雇用法制も、世間でいわれていることはウソだらけ>
<自由貿易は戦争を「抑止」するものであり、止めるべきではない>
・私がときに不思議に思うのは、我が国でよく「自由貿易」に対する反対意見が声高に叫ばれることです。最近のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)反対の議論の中にも、ずいぶんと理解に苦しむ論調を見かけました。
 もちろん、「自由貿易」で自分たちの利益・権益が侵されるおそれを感じている人々は反対するのでしょう。また、「プラザ合意はアメリカの仕組んだ罠だ」などということを真面目に信じている人も、そういう陣営に与するかもしれません。どの国にも自由化反対論者はたくさんいて、グローバリズムに対する根強い反対意見はあります。
 しかし、そういう人たちは、自由貿易の歴史的背景や理論に触れたことがあるのでしょうか? ことに日本人は、戦後、自由貿易の恩恵を大いに享受してきています。その日本人の一人として、歴史や理論を知ったうえで本当に「自由化反対」などといえるのか、どうにも不可思議に思えるのです。

・私は「国際平和五角形(ペンタゴン)」と呼んでいるのですが、戦争を防ぐ国際平和の五要件というものが示されています。
(1) 同盟関係を持つこと
(2) 相対的な軍事力
(3) 民主主義の程度
(4) 経済的依存関係
(5) 国際的組織加入

 これらの五要件は、いずれも戦争を起こすリスクと関係があります。この中の(4)に、経済的依存関係という要件が含まれています。

・貿易を進めることは(4)に該当します。経済的依存関係が増えると戦争リスクが43%減少するというのです。
 このようなことを知れば、どんなに反対意見が強くても、貿易自由化は止めるべきではないことが、よくわかります。自由化は戦争を抑止する方向に働くからです。

<関税率を下げるとWin-Winになるのが経済学の常識>
・また、二国間の自由貿易が増えると、両国に利益をもたらし、Win-Winの関係になる、ということは、経済学の中でも最も確度の高い命題でもあります。摩擦が生じることはありますが、全体として見ればWin-Winですから、経済学者で自由貿易に反対している人はいません。
 もちろん、Winの大きさは違います。日米貿易でアメリカのWinのほうが大きくて、日本のWinのほうが小さいケースも、その逆も出てきます。しかし、日本がマイナスになることはありません。両者がWinになるというのは、自由貿易の定理のようなものです。

・関税を引き下げれば、デッドウェイトロスの分を取り戻せます。誰の利益になるかはわかりませんが、全体では利益が増えます。
 マクロで見ると関税引き下げが必ず得をするというのは、この理論が根拠になっています。

・関税を引き下げれば、得をする人もいますし、損をする人もいます。農業従事者にとっては大きな損失が出るかもしれません。しかし、国全体で見ると、関税引き下げはデッドウェイトロスがなくなる分だけ必ず得をするのです。
 個々の利害関係者が集まって「私は得をする」「私は損をする」という議論を繰り返していても、実りのある結論にはなりません。国全体のトータルで取り分を大きくしましょう、というのが関税を引き下げていく自由貿易の考え方です。
 あとは、関税引き下げによって利益を失ったり、失業したりする人に対して、どう手当てをするかです。

・TPPについていえば、内閣官房は、政府統一試算としてマクロ経済効果を3.2兆円としています。おそらく内閣府は「デッドウェイトロス」の計算をしているのだと思います。そうでなければ、数値など出すことはできません。関税をかけることによって発生するデッドウェイトロスがなくなることが、TPPのマクロ経済効果です。
 自由貿易の公理のようなものですから、どんな反対論者でも、この理論を論破することは無理です。

<TPPで海外から安いものが入ってきてもトータルでは利益になる>
・貿易自由化によって、利益を受けるのは国内消費者と海外生産者であり、一方、打撃を受けるのは国内生産者です。現実的には、国内消費者はメリットをあまり実感できない一方で、国内生産者はデメリットを大きく実感しますので、政治問題が起こります。

・さらに、前述した「デッドウェイトロス」の要素を加味すれば、貿易自由化を進めて関税を引き下げたほうがトータルでの利益は大きくなるのです。
 国内消費者、国内生産者、それに海外生産者のすべてのメリットを合算すれば、日本にとってメリットになり、そのメリットを国内で再分配することによって、誰も損しない状況をつくることができます。

<「毒素条項」は、TPP以前の貿易協定でもだいたい入っていた>
・TPPの反対論者の中には、日本にばかり不利なルールを押しつけられるので加盟すべきではない、という人もいます。これは、マクロ経済の話ではなく、国際間のルールの話です。おそらく、ISD条項のような毒素条項を懸念しているのだろうと思います。
 ISD条項は、投資家が不利益を受けた場合に、相手国に損害賠償を求める訴えを起こすことができるという条項です。TPP交渉で初めてISD条項なる恐ろしい毒素条項が組み入れられたかのように報じられていますが、マスコミの人はおそらく過去の貿易・投資協定のことを知らないのだろうと思います。
 毒素条項はこれまでの貿易・投資協定にも何度も入っていました。日本でも20件以上、毒素条項が入った貿易・投資協定が結ばれています。
 それらの毒素条項をこれまで日本が行使されたことは一度もありません。

<「終身雇用は日本型の雇用制度」は大きなウソ>
・たとえば、終身雇用を「日本型雇用制度」や「日本的経営」と見るのは間違いです。戦前の状況から振り返ってみるとよくわかります。戦前の日本には、終身雇用などというものはありませんでした。労働者は月給取りどころか、大半の人は日給で働いていました。戦前は「裸の資本主義」に近い世界でしたから、終身雇用といった概念はほぼ存在しない世界でした。
 終身雇用の慣行ができたのは、戦後の高度成長期のころです。「1ドル=360円」という、とびきり有利な為替レートの恩恵もあって、日本企業は非常に大きな利益を出すことができました。

・もっと端的にいえば、終身雇用は為替レートに連動しているといっても過言ではありません。1960年代は「1ドル=360円」という有利な為替レートであったため、終身雇用が成り立ちました。しかし、1971年からは円高が進み、日本の輸出企業の為替の恩恵は減っていきました。プラザ合意後の1985年からは為替レートの恩恵はまったくなくなっています。そのころから、徐々に終身雇用を維持するのが難しい状況が生まれてきました。1990年代には大規模なリストラも行われるようになっています。

<終身雇用は「慣行」であって「制度」ではない>
・終身雇用について議論されるときに、「終身雇用制度」と呼ばれることがあります。しかし、間違えてはいけませんが、終身雇用は「制度」ではなく「慣行」です。
 雇用契約書を見ていただいても、どこにも「終身雇用する」とは書いてないはずです。契約書に雇用期間が書かれていないことから、「期間の定めがない」という解釈をして、ずっと雇用契約が続くとみなしているにすぎません。

・労働環境は、企業ごとに異なるものなので、政府が一律に決めるわけにはいかない領域です。政府は最低限の労働者の権利を保護して、あとは「労使ともにいい関係をつくって下さい」というしかありません。終身雇用するかどうかは、あくまでも企業が決めることであって、それぞれの企業の「慣行」なのです。

<雇用慣行は政府が口出しすべきでない分野の一つ>
・要するに、個人の価値観によって有期が良いのか、無期限が良いのかは違ってきます。政府が一律に決められるような問題ではありません。
 私は、雇用慣行とは経済活動の結果として起こる「自然現象」だと見ています。いわば、仕事の性質や業績に付随する副産物です。業績が好調でゆとりのある会社では、労働者にとって有利な慣行がつくられるでしょう。終身雇用型慣行になるのかもしれません。あるいは終身雇用とは別の労働者が魅力を感じる慣行になるのかもしれません。人材囲い込みのために企業は知恵を絞るはずです。
「終身雇用をしなくなったから、日本の企業は成長できなくなった」と主張する人もいますが、本質的な原因と結果を見誤っています。終身雇用によって日本企業が成功したわけではなく、高度成長期の日本企業が成功した結果の「副産物」が終身雇用なのです。

・政府の仕事は個々の企業の雇用慣行に口出しすることではなく、経済全体を成長させて、より多くの企業が儲かるようにすることです。ミクロのことは企業に任せて、マクロ経済をより良くしていくのが政府の役割です。

<「普通にやっていればうまくいく経済環境」をつくり出すために>
・間違いなくいえることがあります。それは、ひと言でいうなら、「『失業者を最少化すること』こそが、マクロ経済政策の目的だ」ということです。
 失業者が減っているのなら、その経済政策はおおむね正しい政策といえます。しかし、失業者が増えているのなら、経済政策としてはどこかに不満があります。
 私がいつも考えているのは、「全体のパイを増やすこと」です。経済成長と言い換えてもいいのですが、経済成長して全体のパイが増えれば、分配できる物が多くなります。パイが小さくなると、取り分をめぐって争いごとが絶えなくなります。パイを大きくしてみんなで分け合うことが一番いいのです。パイが大きくなれば失業者も減ります。

・多くの人は、為替レートは天から降ってくるようなものと思っているようですが、実際のところ、為替レートは金融政策で決まります。つまり、人間の意図で決まるものです。人間の意図で決まるのであれば、それをきちんと利用してマクロ経済政策を打つべきです。

・本書に書いたように、高度成長期の原動力も為替でした。1985年9月のプラザ合意以前は、実際の為替レートは大幅な円安です。日本の技術水準は高かったけれども、それを生かすも殺すも為替レートであり、価格競争力がなければ、技術をアピールすることもできなくなります。

・その一方、カネを刷れば円安にできるのに、円高を放置した日銀の責任は大きいのです。このエピソードは、日本を代表する電機メーカーや自動車産業などでも共通している政策の失敗例です。
 マクロ経済政策においては「失業者を減らすこと」が一番重要な目的です。そのほかのミクロのことに関しては、政府は民間の邪魔をせず、余計なことはしないで、民間の人に知恵を絞ってもらえばいいのです。

<「選挙結果は民意でない」という驚愕コメント>
・死票が多いのが小選挙区制度の特徴ですから、得票率と議席獲得に差が出ることは仕方のないことです。すべてを比例代表にすれば、得票率に応じて議席が獲得できますが、全議席比例代表にするとヨーロッパのように小政党が増えて、連立政権が多くなります。連立政権というのは、寄せ集めですから実効性がうまくとれない、つまり「決められない政治になりやすい」というデメリットがあります。
 日本の場合は、完全な小選挙区ではなく、比例代表も入れて、小選挙区と比例の両方の側面を持った選挙制度です。

<マスコミの「知識不足」はフェイクニュースの温床>
<「伝える」役割なのだから最低レベルはクリアしてほしい>
・マスコミの人たちがトンチンカンな記事を書いてしまうのは、勉強不足で、根本的なことがわかっていないから、という場合も多々あります。いや、むしろそんなことばかりかもしれません。
 安全保障の専門家に聞けば、「マスコミの外交論や軍事論は、お花畑でお話にならない」という評価を下すことも多いでしょう。また、科学者が「マスコミの科学記事は噴飯ものだ」といっているのを聞いたこともあります。

<実は経済運営というのはこれだけで終わり>
・NAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment)
に達すると、人出不足になりますから、賃金が上がります。ただし、すぐに上がるわけではなく、少しタイムラグがあり、NAIRUに達した半年後ぐらいから賃金が上がり始めます。
 各国の経済運営で目指しているのは、グラフの黒丸のところ、すなわちNAIRUです。実は、経済運営というのは、これだけ。これで終わりです。
 黒丸よりも左にあるときには、積極財政、金融緩和をすると、グラフの右の方向に動きます。黒丸よりも右にあるときには、緊縮財政、金融引き締めをすると、左の方向に動きます。いまどこにいるかで、やる政策が決まってきます。ある意味で、ほとんど自動運転できるような仕組みです。
 民主党政権のときには、デフレが続いて、グラフの左のほうにいました。金融緩和すべきでしたが、しなかったため、ずっと左上のところにいました。安倍政権は、金融緩和をしたため、グラフが右のほうに動いていきました。2018年初頭の段階では、デフレを脱して少しインフレになった状況のところにいます。失業率は2.7%にまで下がりましたが、まだ黒丸の地点には行っていません。

<アメリカの記者は金融政策と失業率の連動を知っている>
・「フィリップス曲線」で示されているように、金融緩和をすると失業率は下がっていきます。ところが、日本のマスコミは、「金融政策」と「失業率」が関係があるということをまったく理解できていません。

<雇用の増えはじめで「平均賃金」が下がるのは当り前>
・左派系のマスコミや野党などは、アベノミクスを批判するときに、「賃金が下がっている」という言い方をします。
 雇用が増えていく過程で、平均賃金が下がるのは当然のことです。新規に雇用される人はあまり給料をもらえませんので、平均賃金は下がっていきます。いままで働いていなかった人は、働けるのであれば、安い賃金でもいいから働いて所得を得ようとします。

・経済がよくなると、まず雇用が増えて、そのプロセスでは平均賃金が一時的に下がり、やがて全体の賃金が上がり始めます。時間差はありますが、最終的に非正規も正規も賃金が上がりますので、「雇用を増やすこと」が何よりも重要なのです。

・アベノミクス批判をする人たちは、雇用が増えても正社員の賃金が上がっていないといいますが、正社員の賃金が上がるのは一番最後です。最初にアルバイトの賃金が上がり、最後に正社員の給料が上がります。
 アルバイトや非正規の人は、給料が上がりやすく、下がりやすいという特徴があり、正規の人は、給料が上がりにくく、下がりにくいという特徴があります。正規の人の賃金上昇は、一番遅れて現れる現象です。そのかわりに、正規の人は不景気になってもデメリットを受けるのは最後の最後です。

・雇用が増えているというのは、企業が採用を増やしているということであり、経済活動が活発になっている証拠です。雇用さえ見ていれば、他の経済指標を見なくても、経済活動が活発になっているかどうか、わかるのです。 
 左派系の人は、「雇用が増えている」というアベノミクスの成果を認めたくないために、一時的に起こるわずかな賃金減少を持ち出して、アベノミクスの失敗だと言い張ります。おそらくマクロ経済の仕組みがわかっていないのでしょう。
 安倍総理は、そういう批判に動じることなく、経済について話をするときにはいつも雇用の話を最初に持ってきます。雇用がよくなれば、いずれ賃金は上がっていくという仕組みをよく知っているからです。

<大学生の就職率は金融政策から簡単に予想できる>
・雇用情勢がよくなっていることは、大学生の就職率を見るとよくわかります。大学生の就職は雇用情勢の影響を露骨に受けます。
 私の勤めている大学でも、民主党政権のときには、就職が本当に大変でした。就職できる人は3分の2くらいで、3分の1は、新卒時点で正規の職に就けませんでした。

・安倍政権になって政策が変わり、金融緩和が行なわれましたから、失業率が下がっていきました。失業率が下がると、翌年の就職率が確実に上がります。私は、5年間、失業率と就職率を予想してきましたが、毎年ほとんど当たりました。

<「株価が上がって儲かるのは資本家だけ」は大間違い>
・「雇用」は、「株価」とも密接にリンクしています。「株価」が上がると、「半年後の就業者数」が増加します。株価のグラフと、半年間ずらした、半年後の就業者数のグラフを比べると、ほとんど重なり合い、見事に相関しています。

・左派系の人の場合は、「株価が上がると資本家が儲かって、労働者が損をする」と思い込んでいます。彼らの頭のなかは、「資本家が得をすると、労働者が損をする」という強烈な信念のようなものがあります。それがある限り、経済を理解することはまず無理です。
 実施には、彼らの思い込みとはまったく逆で、「株価が上がると、資本家が儲かって、労働者も得をする」のです。
 民主党政権が経済オンチといわれたのは、イデオロギーで経済を見ようとしたところに原因があったと思います。

<「財政破綻論」こそホラー小説的なフェイクニュース>
・ひところ「財政が破綻する」「日本経済が破綻する」「国債が暴落する」「ハイパーインフレになる」という類の本がよく売れました。ホラー小説のようなものですが、各出版社が競って出していました。多くの本のネタ元は財務省で、財務省のいうことをそのまま書いている本もありました。しかし、現実には、破綻は起こりませんでした。
 財政破綻を20年間ぐらいずっと主張している方もいます。

・「財政破綻があるはず」という前提に立ち、「自分たちは正しいのに、世間の現実が間違っている」というのが彼らの本音なのでしょう。学者というのはどこか浮き世離れしているものですから、そこ存在意義があるともいえますが、自分の説ありきで、現実を受け止めない学者が多いようです。

・世の中には、破綻論がたくさんありますが、現実には破綻の予兆もなく、破綻論はフェイクニュースに近い状態です。

<経済分野は予想が当たることがとても大事>
・ところが、経済の専門家とされる破綻論者の人たちは、予想がまったく外れていても謝ることすらしません。
 それどころか、極端なことをいう人の本や、当たらない予想をしている人の本が、いまでも次々と出ているのかを出版社の人に聞いてみると、一定の読者がいるからだそうです。
 安倍政権に批判的な人は、「安倍政権が続くと破綻する」という論調が大好きで、政権を批判してくれるなら、経済予想の信憑性はどうでもいいようです。
 出版社としては、一定の読者層がいれば利益は出るので、出版するとのことです。予想の信憑性が疑わしいものは、流通しなくなるという仕組みが働かないため、経済分野においても、トンデモ本や、センセーショナルな本が出版されます。
 マスコミには「フェイクニュースを流さない」という強い姿勢はなく、「ビジネスになるならなんでもいい」という人もいて、それがフェイクニュースを助長している面があります。

<国家財政は「家計」でなく「企業会計」でたとえるべき>
<日本の財政状況は先進国最悪どころか、アメリカよりもいい>
・見てもらえばわかるように、日本のほうがアメリカよりもネット負債(資産負債差)の割合が少ない状態です。ネット負債額は、日本では465兆円(2016年3月末)でGDP比87%、アメリカは19.3兆ドル(2016年9月末)でGDP比104%です。
 日本のマスコミは、バランスシートの右側の数字だけを使って、それをGDPで割った「債務残高対GDP比」の数字しか伝えません。

<財務省の「海外への説明」と「日本国民への説明」は“真逆”>
・財務省は、国民に知られたくないことについては、記者レク(記者に対するレクチャー)をしません。そのため、どの報道機関も報じません。
「ネット負債残高対GDP比」は、2000年の時点では40%弱でしたが、リーマンショック以降悪くなって87%くらいです。それでも、アメリカのほうが日本より常に比率が上です。アメリカのほうが財務状況が悪いのです。悪いといっても、このくらいの数字ならどうということはありません。

・財務省は、海外では英訳した日本国家の財務諸表を配っています。それを見せて、「日本は大丈夫です」といって、国債を売っています。

・海外の人には、財務諸表を見せて「日本は大丈夫です」といいながら、国民に対しては財務諸表を伏せて「財政が危ない」といっているわけです。

<「イデオロギー」でなく「数字」で見るだけ>
・私は、国のバランスシートをつくったときに日銀を含めたバランスシートもつくりました。中央銀行の資産を含めるのはおかしなことではありません。スティグリッツ教授も「普通のこと」としています。企業でいえば、連結決算です。政府単体ではなく、政府子会社(日銀は政府子会社)も含めた連結ベースです。経済学者の好きな言葉でいえば、統合政府といってもいいでしょう。

・中央銀行のバランスシートを加えると、ネット負債残高の比率は下がります。中央銀行が発行する銀行券は債務ではありませんから、資産が増えます。安倍政権になって量的緩和をしましたので、日本のネット負債残高のGDP比は大幅に下がりました。

・このグラフからわかるように、日本の財政は、まったく問題のない安全レベルです。
 私は、イデオロギーで「日本の財政が安全だ」といっているわけではありません。「数字を見る限り、いまは安全だ」といっているだけです。

・現時点においては、図18のように統合政府のネット負債残高のGDP比は非常に低い状況ですから、「財政が危ない」などということに意味はありません。もっといえば、アメリカ並みに借金を増やしても日本は大丈夫です。日米でもGDP比50%くらいの差があります。つまり、250兆円くらい借金を増やしても、日本はへこたれません。減税余地もありますし、財政出動の余地もあります。
 政府単体で見ても、アメリカとはネット負債残高がGDP比17%くらいの差があります。あと100兆円くらいの国債を発行しても、それほど大きな財政問題にはなりません。

<「公共事業は悪」キャンペーンの理論的な誤り>
・マンデル=フレミング理論では、変動相場制のときには、公共投資をすると、為替が円高になってしまって、輸出減という形で効果が相殺されるために、公共投資が効かないとされています。
 しかし、マンデル=フレミング効果には前提条件があります。

・学者たちは、財務省の振り付けどおり、マンデル=フレミング理論を持ち出して、「変動相場制の下では、財政出動は効かない」と平気で話します。肩書きのある学者がいうと、マスコミの人はすぐに信じますから、財務省の思惑どおり、学者とマスコミが「財政出動は効かない」と吹聴してくれました。

<B/Cが1より大きければ「公共事業は善」>
・本来公共事業は理論的にやるべきものです。
 公共事業の理論は簡単です。B/Cが一より大きいかどうかで決められます。B/Cは、ベネフィット(B)をコスト(C)で割ったもの。B/Cが一より大きければ、その公共事業はやる意味があります。コストをかけた以上にベネフィットがあるからです。

<増税するなら「全部を使う」>
・安倍総理は、消費税率10%への増税を予定どおり2019年10月から実施すると明言しています。
 これまで何度も増税が見送られてきましたので、増税派の学者たちは「ようやく増税できる」と思って、溜飲を下げているのではないかと思います。

・しかし安倍政権は賢いので、「増税するけれど、財政再建は先送り」といっています。増税した分は国債償還には回さず、支出されます。
 増税派の人たちは「増税」「財政再建」の二つを目指しており、私は真逆で「増税しない」「財政再建する必要がない」という考えです。
 安倍政権は、増税してそれを全部使うという方針ですから、マクロ経済的には、増税しないのと同じです。私はエコノミストですから、「それならば増税しないほうがいい」と思いますが、政治家は「増税して全部を使う」ことを選びたくなるものです。そちらのほうが、予算の配分枠が増すことで、政治的な力も増すからです。

・「増税して全部を使う」ときに、一番簡単なのは、取ったところに、戻すこと。10%に増税して、直ちに8%に減税すれば、影響はありません。10%に増税して、増収分を他のところに財政支出すれば、取ったところと、出すところが違いますから、少し影響が出ます。それでも、増税してまったく出さないことに比べれば、増税の影響は少なくて済みます。

・「経済オンチ」の新聞から、一斉にダメといわれるのは、けっこういいことなのかもしれません。新聞各社は、国家のバランスシートを読めないので、財務省に丸め込まれて、財政出動をすれば、財政が破綻すると信じているのでしょう。日本のマスコミは、そのレベルです。




(2023/1/26)


『「人新世」と唯物史観』
友寄英隆   本の泉社 2022/4/11



<人新世(ひとしんせい)>
・21世紀に入り、地球環境・気象変動への対応は、ようやく人類共通の喫緊の課題として認識されつつある。しかし、21世紀も20年が経過したが、危機的な状況は加速度的に進行しつつあるにもかかわらず、具体的な対策となると、各国の思惑が重い壁となり、いまだ前途多難の感がする。最近では、人類の活動によって地球環境が破壊的な影響を受けつつあるという意味で、「人新世」などと言う耳慣れない地質学上の新しい時代区分が議論されるほどになっている。

・本書は、こうした今日の世界史的状況を念頭に置いて、あらためてマルクスとエンゲルスが示した唯物史観の今日的意義を確認し、そうした歴史観にもとづいて21世紀的な課題について創造的解明をめざしたものである。

・マルクスが『資本論』を執筆したころは、まだラジオやテレビはなかったし、電話もなかった。自動車や飛行機もなかった。もちろんコンピュータやインタ―ネットもなかった。多くの国民がスマホを操り、社会のさまざまな分野にAIが出現するなどは、マルクス、エンゲルスの時代には想像もできなかったと思われる。
 こうした21世紀の世界史状況のもとで、今あらためて科学的社会主義の理論的意義、マルクスの唯物史観や『資本論』の有効性を巡ってさまざまな議論が起こっている。そのなかには、地球環境危機やコロナ危機の対応で、マルクスの『資本論』や唯物史観の従来の解釈にたいする根本的疑義、異論も生まれている。たとえばベストセラーとなっている斎藤幸平氏の『「人新世」と資本論』などは、その象徴的事例といえるだろう。
 しかし、マルクス、エンゲルスが創始した科学的社会主義の世界観とその理論体系の骨格は、21世紀の現代でも生きている。マルクス、エンゲルスは、人類史的な視野に立って、資本主義という歴史時代の意味を探求し、科学的な方法によって、科学的社会主義の理論的体系を構築したからである。                                       

<「人新世」と唯物史観>
<「人新世」とは何か>
<「人新世」の読み方――「じんしんせい」、「ひとしんせい」、アントロポセン>
<地質学の年代区分としての「人新世」>
・クルッツェンは、地質学上の最新の「完新世」の時代は終って、人類が地質学上の影響を地球にもたらしているという意味で、今や「人新世の時代」に入っていると主張したのである。

<人類の活動による地質学的な変化――「二つの科学的仮説」>
・クルッツェンの「人新世」の提起は、人類の活動による影響が地質学的な意味、つまり地層の変化をもたらすほどの意味を持っているということである。言い換えるなら、46億年にわたる超長期の地球史の一部に人類の歴史を組み入れようという提起である。

<地質学上の「人新世」は、いつから始まったのか>
・もっとも有力な説は、20世紀の後半、第2次大戦後に急激な温暖化と気候変動が進行し始めた時期を「人新世」の起点とすべきという意見である。

<宇宙生物学、惑星科学からみた「知生代」の提起>
■人類の影響が世界の変化を引き起こす主力となった「人新世」は始まったばかりだが、人類が存続しないと人新世も続かないだろう。
■人類が絶滅を避けるには、人口増や資源の枯渇、小惑星衝突、気候変動、長期的には太陽の老化など、「存在にかかわる脅威」を克服する必要がある。
■人新世が永続的なものになれば、地球は根本的に新しい状態に移行する可能性がある。「知生代」ともいうべき10億年スケールで続く新時代だ。そこでは人類文明が知恵を結集して地球の自然を安定させ、生物圏を新たな宇宙領域へ広げることになるだろう。

<「人新世」という概念の自己矛盾――中村桂子氏の指摘>
・地質学の「人新世」という概念は、人類史の視点から言えば、本来的に矛盾をはらんだ性格を持っている。人類が地球に取り返しのつかないほどのダメージを与え続けて、その結果として最終的に人類が絶滅したとすれば、地質学の時代区分そのものが無意味なものとなるだろうし、逆に人類が自然と調和ある物質代謝の道へ立ち戻って、地球環境を回復したとすれば、その場合もやはり「人新世」という悲劇的な時代区分の必要はなくなってしまうだろうからである。

<「搾取」の意味――人間労働と自然の両方を徹底的に利用(開発)し尽くすこと>
・ちなみに、内田氏は、1966年の著書では、「原子爆弾による人間と地球そのものの徹底的な破壊」を例示しているだけであるが、ここには、地球環境の危機、大気の汚染、異常気象などなど、「人新世」で議論されている地層変化のすべての要因があげられるであろう。
『資本論』は、まさに「人新世」、人類史の「前史」の本質的な矛盾を解明し、その「進化と発展」の基本的契機を解明している経済学なのである。

<「土地(自然)」への資本の支配――人間と自然との物質代謝の撹乱>
・人類史の「前史」とりわけ資本主義のもとで、「人間と自然との物質代謝の撹乱」は地球環境の危機をもたらすまでになっているが、その重要な契機をなすのは、資本主義的搾取の二重性とともに、土地(自然)にたいする資本の支配の増大である。

<人間と自然の「物質代謝の撹乱」――「資本の生産力の3重の危険性>
・資本主義的生産様式の発展は、資本による搾取と土地支配の際限なき増大によって、「人間と自然の物質代謝の撹乱」を拡大再生産する課程でもあった。その過程は、人類社会において、「資本の生産力」の危険性を満面開花させることになった。

<唯物史観の基本命題(「生産力と生産関係の相互関係」)の有効性――「資本の生産力」の危険性と人類社会の「進化と発展」の法則>
<人類社会の「本史」の扉を開く社会革命――人類史を「変革する立場」からとらえる>
・人類社会の「本史」の扉を開くためには、なによりもまず資本主義的搾取制度を廃止する社会革命が必要である。

<むすびにかえて>
・地質学における「人新世」の議論をすすめるために求められることは、結局、何であろうか。それは、一言で言うなら、人類史の「進化と発展」の基本課題を、「人新世」という地質学的な時代認識に埋没させてはならないということである。人類史を解明するための唯物史観の命題を、地質学的な超長期の自然史のための時代区分に埋没させてはならないのである。
 地質学界において地質の変化まで議論せざるを得なくなっている現代資本主義の矛盾は、マルクスが唯物史観の定式で述べた結論的な命題――人類史の「前史」から「本史」への進化・発展の命題――が、もはや避けて通れない人類社会の歴史的課題になっていることを示している。こうした歴史的課題に取り組むためにも、現代における唯物史観の意義を再確認する必要がある。

<パンデミックと社会発展の法則――唯物史観の新たな課題>
<パンデミックと歴史の発展法則>
・パンデミックの探究は、歴史の発展法則についての唯物史観の理解について、新しい視点を提起している。
《パンデミックは、歴史の発展を促進したり、撹乱したりする》
 歴史上のパンデミックは、その時々の社会制度や医療体制の弱点をあぶりだし、社会変革に拍車をかけて、社会進歩の歴史的な流れに大きな影響を与えてきた。

《パンデミックは歴史発展の法則を変えることはできない》
・しかし、パンデミックは、一時的に歴史発展を速めたり、遅らせたりする作用をもたらすとしても、それは歴史発展の法則自体を変えるものではない。

<コロナ・パンデミックと現代世界――社会進歩のための新しい胎動>
<パンデミックは、現代資本主義の矛盾をあぶりだす>
・コロナ・パンデミックが始まった直後、2020年前半は、世界的な規模で再生産活動の撹乱がもたらされ、世界恐慌的な様相を呈しつつあった。

<社会進歩の胎動に注目する>
・筆者は、「人類の歴史をふりかえってみると、パンデミックは、社会制度自体の弱点をあぶりだし、社会変革の契機となってきた」と述べた。

<むすびにかえて――21世紀資本主義をどう変革するか>
・以上の7点を総じて注目すべきことは、支配体制の内部からも、これまでの「新自由主義」型資本主義を変えていく必要があるという体制内的な改良的路線の模索が始まっているかのように見えることである。これらの胎動は、まだ萌芽的なものである。決して過大視することはできない。

<コロナ禍と日本資本主義の課題――コロナ禍による経済危機の性格と関連して>
<コロナ経済危機の性格を分析する意義――従来の恐慌からの回復過程との違い>
・コロナ・パンデミックが起こった直後の2020年4月に執筆した雑誌論文のなかで、パンデミックによる「再生産の突然の撹乱」は「再生産過程内部の矛盾の爆発として起こる全般的過剰生産恐慌」とも、「自然災害などがもたらす急激な再生産の撹乱」とも異なると指摘したうえで、「それを『世界恐慌』というカテゴリーでとらえるかどうかについては、いろいろな議論がありうるだろう」と述べるにとどめておいた。

<コロナ経済危機の特徴――特殊な性格の『再生産の撹乱』>
<落ち込みの烈しさ(恐慌的な再生産の収縮)>
・第1に、2020年度の落ち込みの激しさである。日本の法人企業全体(2020年度:約291万社)の営業利益の動向をみると、コロナ禍のもとで、2018年度の67兆7300億円から、2020年度には41兆6300億円と急激に落ち込んだ。

<産業部門間で格差ある落ち込み>
・第2に、産業によって営業利益の落ち込みに、大きな格差が生まれたことである。とりわけ観光業、運輸業、サービス業の打撃は大きく、製造業も大幅に落ち込んだが、逆に情報通信業は利益をふやした。

<信用破綻をともなわない再生産の収縮>
・第3に、コロナ経済危機は、信用破綻(金融恐慌)をともなわなかったという意味でも通常の恐慌とは異なる特殊な経済危機であった。その象徴的な現われは、コロナ禍のもとでも、世界的に株価は上昇し続けてきたことである。日経平均株価の場合、コロナ・パンデミックが勃発した最初はかなり下落したが、その後は一貫して上昇し続けてきている。

<「アベノミクス恐慌」の初期局面と重なる>
・第4に、コロナ禍の以前から、すでに日本経済のかなり急速な減速、不況が始まっていたことである。コロナ禍がなくても、日本経済は、いわば「アベノミクス恐慌」ともいうべき不況局面に入りつつあった。

<グローバリゼーションの矛盾の露呈>
・第5に、グローバリゼーションのもとで過度に進行した貿易依存のサプライチェーンの矛盾が露呈したことである。とりわけ世界的な半導体不足は、自動車産業などの「部品不足」という意味での世界的な経済危機を加速させた。

<コロナ経済危機からの回復過程の特徴>
・コロナ禍による再生産の収縮は、経済外的な要因による経済危機であったから、その経済外的な要因が取り除かれたなら、今後の再生産の回復も急速であると予測される。2020年後半からは落ち込みからの回復が始まった。以下、今回の回復過程を規定する要因を挙げておこう。

<急速な回復:「K字型回復」、長期停滞の兆し>
・第1に、結果的にコロナ禍は、それまで累積していた過剰要因を解消するという役割も果たした。そのために消費の回復もかなり急速に進んだ。

・回復の水準の低さとともに、「K字型回復」と言われるような格差の拡大も特徴である。コロナ禍の影響も格差があったが、その格差が回復過程でさらに拡大しつつある。それは、再生産の不均衡を拡大して経済活性化の足かせとなり、長期停滞傾向に拍車をかけることになる。

<投資の低迷:デジタル化、グリーン・ニューディールの動向>
・第2に、設備投資の動向としては、デジタル社会へ向けてのDX投資、グリーン・ニューディール投資などが喧伝されている。
 コロナ・パンデミックによる社会的危機が、狭い意味の経済過程だけでなく人間の社会的諸関係の全体にかかわるものであるだけに、経済危機からの回復過程でも、様々な分野で最新のデジタル技術が利用されて
いく可能性がある。しかし、日本大企業については、「新自由主義」型経営からの脱却の兆しは見えていない。いわゆる「デジタル後進国」としての立ち遅れが続くものと予想される。

<国家の経済政策:再分配政策>
・第3に、コロナ禍は、資本主義各国で、それまでの「新自由主義」路線のかかげた「市場万能」主義から、「国家の経済的役割」を重視する政策への転換を余儀なくさせ、各種の給付金などによって国家財政を膨張させた。

<国際環境――世界的な長期停滞への移行>
・第4に、日本経済の国際環境がコロナ禍の前と後では変化しつつあり、それが回復過程にも大きな影響をもたらしつつある。米国は、長期的に続けてきた金融緩和政策からインフレ警戒の政策基調に転換した。2010年代の「アベノミクス」を支えてきた国際金融の条件は変化した。

<2020年代の日本資本主義――ファンダメンタルズの条件>
<歴史的な矛盾の累積>
・戦前から戦後にかけて170年の間に累積してきた日本資本主義のさまざまな矛盾は、各時期の経済発展のなかで、なし崩しで解消されてきたものであるが、解決されないまま、長期にわたって層をなして重なっているものがある。

・たとえば、「選択的夫婦別姓」を自民党などがかたくなに拒否するのは、明治以来の家父長制家族制度を保守政治が引き継ぎ、政治的基盤にしているからである。

<2020年代のフファンダメンタルズの危機――それを示す指標>
<国債発行の限界>
・コロナ禍への国家的対策によって国家財政の赤字は現在の自公政権のもとでは、とうてい再建不可能な域にまで達してしまった。

<異常な金融政策の限界(アベノミクスの「悪しき遺産」>
・2010年代は、安倍内閣のもとで、日銀の異常な金融緩和政策が強行されてきた。異次元の量的緩和によりマネタリーベースを急増させるために投資信託や国債を大量に買い入れて、マイナス金利政策を長期にわたって続けてきた。しかし、異常なアベノミクス金融政策の「悪しき遺産」の破綻の時期が迫りつつある。

<国際収支の不安>
・2010年代の日本の経常収支は、大企業の多国籍企業化による海外投資・利子配当所得によって貿易赤字を補い、黒字基調を維持してきた。しかし、発展途上国の急速な成長、世界経済の長期停滞傾向によって、2020年代には、そうした国際収支の条件が変わる可能性もある。

<人口減少社会、超高齢化社会の加速化>
・コロナ禍のもとで2020年の出生率はいちだんと低下し、人口減少は、社会保障・人口問題研究所の「将来推計人口」よりも、はるかに速いスピードで進行しつつある。2020年代には、いわゆる「2025年問題」(「団塊の世代」が後期高齢期に入る)、「2030年問題」(単身高齢者が25%になる)などなど、困難な条件が重なってくる。2020年代には、労働力人口の減少によって「日本経済の潜在成長率」は低下し続けるだろう。

<自然災害、環境・気候変動、感染症、原発問題>
・さらに忘れてならないのは、コロナ禍の収束のあとでも感染症・パンデミックの危険は続いていくことである。また、気候変動による自然災害の影響も年々増大している。これらのパンデミックや自然災害は、日本だけのことではないが、21世紀の資本主義諸国の共通の課題となっている。

<2020年代日本の二つの道>
・コロナ後、2020年代を展望するとき、日本資本主義のファンダメンタルズの危機は、日本の針路と国家の新たな役割をめぐって、二つの道のどの道を進むか、激しい闘いが予想される。

<政治反動化と憲法改悪の道――国民にとって苦難の道>
・コロナ後の一つの道は、日本社会の新たな発展をめざすなどという旗印をかかげながら、政治の反動化によって経済的生き詰まりを打開しようという道である。自民党と公明党、財界・大企業の支配層による、反動的な日本改革の道である。
 この反動的な社会改革の目標は、憲法9条を改悪して、名実ともに、アメリカと一体になって戦争をする国に日本を改造する道である。

<日本社会の民主的再生をめざす道>
・コロナ後、2020年代のもう一つの道は、「劣化する政治」、「劣化する資本主義」の道から根本的に脱却するための反転攻勢の道、日本社会の新しい民主的な再生へ踏み出す道である。
 今回のコロナ・パンデミックによって、「新自由主義」イデオロギー、たとえば、「市場万能論」、「小さな政府論」、「自己責任論」などが破綻した。パンデミックは、「新自由主義」の「市場万能論」とは真逆に、国家の役割を大きくクローズアップすることとなった。

<むすびにかえて――科学的社会主義の理論的課題について>
・最後に、2020年代の日本資本主義を展望し、政治の民主的な改革をめざす国民的なたたかいの発展のために、科学的社会主義の立場から求められる理論的な課題について提起しておきたい。
 一つは、長期的な視点から日本資本主義の再生産・蓄積過程の諸条件について分析し、2020年代のファンダメンタルズの危機について深く理論的に解明することである。

・二つは、日本経済再生のための長期計画の検討である。この長期計画には、たとえばグリーン・ニューディールを具体化するための国内産業の復興計画、デジタル化社会のあり方についての民主的ルール、労働条件と国民の暮らしの発展のための制度改革、中国を含むアジア地域共同体などの国際的条件の構想、などなどが検討課題となるだろう。

・三つは、2020年代の日本資本主義を展望するためにも、世界資本主義の長期的な視点からの分析が必要である。コロナ・パンデミックの世界的な意味、資本主義諸国の長期停滞の兆し、中国や発展途上国の動向など、21世紀という時代の歴史的意味を解明する分析が求められている。
 四つは、「新自由主義」型の資本主義を民主的に変革する方向についての理論的な検討である。現代資本主義が陥っている深刻な矛盾を解決するためには、踏み込んだ社会変革をおこなうことが必要になっている。

<21世紀資本主義の研究のために――科学的社会主義の理論的課題>
<21世紀資本主義の歴史的位置――「移行期の資本主義」としての特徴>
・最初に、唯物史観の視点から、21世紀資本主義の歴史的位置をめぐる問題について述べてみます。
レーニンは、「よその旗をかかげて」のなかで、資本主義の歴史的過程を、「ブルジョワジーの興隆の時代」「進歩的ブルジョワジーから反動的金融資本への移行の時代」「帝国主義的激動の時代」の三つの時代に区分して、それぞれの時代の特徴をつかむ重要性を指摘しています。このレーニンの時代区分は、今日の時点ではそのままでは適用できないでしょう。しかし、資本主義の時代的な特徴を長期的な視点でとらえるという指摘自体は重要です。

<「劣化する資本主義」の諸現象>
・一つは、資本主義的生産関係の「劣化現象」がさまざまな分野で現われつつあるという問題です。21世紀の資本主義については、さまざまな矛盾の激化、行き詰まりの実態があり、それを捉えて資本主義の危機とか限界とか終焉とか、いろいろな分析がおこなわれています。

・そうした現在の資本主義を特徴づけるとらえ方として、私は「劣化する資本主義」という規定を使っています。資本主義の矛盾が激化して、限界がきているのだけれども、それでもなお資本主義が延命している状態、いろいろな矛盾を解決できないまま延命しつつある現状を「劣化する資本主義」と規定しているわけです。

<社会変革のための、さまざまな試行錯誤的な動き>
・二つめは、「劣化する資本主義」の時代を変革主体の視点からとらえると、さまざまな試行錯誤的な動きが活発になります。政治的には、これまでの時代の流れからの類推を超えた想定外の現象が現われる特徴があります。

<生産力の発展と欺瞞的なイデオロギー>
・三つめは、労働の社会的生産力の発展にもかかわらず生産関係が変わらず、むしろ劣化し、反動的形態で長期化しているために、きわめて欺瞞的なイデオロギーが発生するという問題です。たとえば、生産力の発展を利用した欺瞞的イデオロギーの典型的な表われが「新自由主義」イデオロギーとみることができます。

<体制移行の「助産婦」としての国家の役割>
・四つめは、移行期における国家の役割の問題です。経済的な土台の研究のためにも国家の役割についての研究が必要です。その場合、社会変革による体制の移行を阻止する立場からの国家の反動的利用と、社会変革を促進する立場からの進歩的利用の両方があります。

<「資本論」を土台にした「広義の経済学」の必要性>
・五つめは、21世紀の移行期の資本主義を分析するためには、『資本論』を土台にした「広義の経済学」が必要であり、そのためには『資本論』の「理論の拡張」が求められるということです。

<移行期の経済分析、マルクス経済学の課題>
<21世紀の資本主義の生産力基盤の分析と「理論の拡張」>
・詳しい解説は省きますが、一言で言えば、現代資本主義の生産力基盤は、機械製大工業にICT革命が付け加わって構成されています。そのもとで、近年は、さらにAIが急速に進化し、さまざまな産業・社会分野に応用されつつあるが、これはまだ社会全体の生産基盤にまではなっていません。しかし、AIは、おそらく21世紀後半には生産力基盤の重要な役割を果たすようになると思われます。

<AIの進化と労働過程論、剰余価値論の「理論の拡張」>
・コンピュータやAI、ビッグデータやIoTなどによって、労働過程の内と外がつながるようになり、介護や医療などの対人関係の労働、サービス労働、ケア労働の労働過程も変化しています。『資本論』の労働過程論の「理論の拡張」が求められています。

<資本蓄積のグローバル化と再生産論の「理論の拡張」>
・現代の支配的資本は、ICT革命などの巨大な生産力を掌握することによって、「生産と資本の集積・集中」を新たな段階におしすすめてきました。独占『資本論』の「生産と資本の集積・集中」は、言うまでもなくレーニンが『資本論』の資本蓄積論を基礎にして、20世紀初頭の資本主義の研究によって理論的に発展させたものです。

<労働力の再生産過程の「理論の拡張」(人口問題)>
・労働力の再生産、雇用・失業問題などの分野では、『資本論』で解明された相対的過剰人口の法則は、現代の資本主義のもとでも基本的に貫いているのですが、それと同時に労働市場や労働過程の外でのさまざまな問題も重要になってきています。『資本論』で解明された人口法則(相対的過剰人口論)の「理論の拡張」が必要です。たとえば、人口減少時代のもとでの相対的過剰人口の法則の貫徹の特徴など、新しい解明が必要です。

<21世紀資本主義の矛盾の複合的な発現をめぐる「理論の拡張」>
・20世紀後半の急速な情報通信技術の発展と経済のグローバル化の進展のもとで、世界的に通貨・金融の分野でも新しい特徴が生み出されてきました。金融の肥大化と投機的なマネーがグローバルに運動するようになったことです。
 現代の金融の肥大化・投機的マネー増大の背景には、それ自体は価値を持たない架空資本(擬制資本ともいう)が異常に膨張していることがあります。

<地球環境問題、エネルギーと地域経済、人間と自然の物質代謝の回復の理論>
・20世紀末から21世紀はじめの時代の特徴の一つは、科学・技術と生産力の発展によって、自然や地球環境を守る課題があらためてクローズアップされてきたことです。これは「理論の拡張」というよりも、新しい歴史的課題です。

<価値。価格論、サービス労働論における「理論の拡張」>
・マルクス経済学の基礎に据えられる労働価値説についても、新たな「理論の拡張」が必要になっています。
 マルクスの『資本論』の労働価値説は、言うまでもなく物質的生産労働による価値形成を前提にしています。マルクスが『資本論』を書いた当時はサービス労働が市場で取引される量的な割合は小さかったのですが、現在では非常に増大しています。そこからサービス労働の価値論における扱いをめぐってさまざまな議論が生まれています。

<現代の帝国主義の検討>
・現代の帝国主義では、もちろんアメリカ帝国主義の研究が中心になります。その世界支配の軍事力、軍事国家の機構の分析は言うまでもありませんが、ここでは、「国際独占体」の発展が「現代帝国主義」の変化の土台になっていることだけを指摘しておきます。

<現代中国の政治・経済体制の研究>
・アメリカ帝国主義とともに米中対決の相手である中国の政治・経済体制の研究は、21世紀の世界史的な重要課題です。中国の問題は、本章の表題にかかげた「21世紀資本主義の研究のために」というよりも、さらに視野を広げて、「21世紀社会主義」の研究も含んできます。

<ブルジョア経済学(社会科学)の批判的検討>
・ブルジョワ経済学の批判的研究も必要です。ちょうどマルクスが、封建制から資本主義への移行期と資本主義確立期のブルジョワ経済学の研究に全力を傾けたように、資本主義の没落期と社会主義への移行期のブルジョワ経済学の動向を体系的に研究することが求められています。

<移行期の変革主体の形成をめぐる課題>
・私は、21世紀の資本主義は、劣化しながら延命しているとみているわけですが、そのおおきな要因は、社会変革の主体形成が立ち後れていることです。

<経済的土台・国家・イデオロギーを含む総合的な研究が必要>
・第1に、社会変革の主体形成の研究は経済的な分析だけではできないということです。国家、政治的な法制度、イデオロギー、文化、メディア、教育、などなどの上部構造を含む全体的な体系の中で変革主体が形成されるわけですから、総合的な分析が必要になります。

<ハードとソフトの両面からの研究が必要>
・第2にコンピュータ用語にはハードウェアとソフトウエアという分け方がありますが、変革の主体形成の理論の場合にも、ハードとソフトとの両面があると思います。ハードというのは客観的な社会科学的な分析による主体形成の戦略的な理論であり、ソフトというのは実際に実践的に運動をしながらつかみ出してくる変革主体の理論的な問題です。

<ジェンダー平等社会の実現の戦略的意義>
・第3に、男女差別を是正する課題の戦略的な位置づけの問題です。従来の19世紀以来の通説的理解からすれば、男女差別の根本的な解決は、資本主義の枠内ではできない、それは搾取制度を廃止する社会主義になってからだ、とされてきました。
 私は、現代では「新しい民主主義革命」の段階で、ジェンダー平等の実現へ向けての社会的経済的な条件がすでに形成されつつある、戦略的にそう位置づけて「理論の拡張」をはかるべきだと考えています。それは、現代の生産力と経済社会の発展段階が19世紀のマルクス・エンゲルスの時代とは比べられないほど飛躍的に発展してきているからです。またジェンダー平等へ向けての社会的運動の飛躍的な前進があるからです。

<労働者階級論の「理論の拡張」>
・第4に、労働者階級論の「理論の拡張」という課題です。マルクスとエンゲルスが19世紀に達成した機械制大工業を土台とする労働者階級論をあらためて研究し直しながら、21世紀資本主義のもとで生産力体系がさらに発展してきている土台の上で、労働者階級論を深く研究する必要があります。

<21世紀の未来社会論の課題>
・第5に、移行期の社会変革の主体形成にとっては、新しい社会がどのような社会になるか、未来社会についての研究も大事です。その場合、マルクスが19世紀に構想した未来社会論を研究することは、もちろん重要な意義がありますが、それにとどまらずに、21世紀の現代資本主義の生産力的到達点を基盤にすえた未来社会論を創造的に研究する必要があります。
 
<21世紀資本主義から未来社会への「移行過程」の理論的探究>
・21世紀資本主義から未来社会への「移行過程」の理論的探究については、とりわけ高度に発達した資本主義における「新しい民主主義革命」の理論的探究の問題が重要です。

<移行期の唯物史観、唯物論をめぐる課題>
・最後に、移行期の歴史理論、唯物論、という哲学的な課題についても、簡潔に触れておきます。これらは私の専門外の領域ですが、歴史理論や認識論、論理学、方法論などの問題は、経済学の研究にとっても前提になりますから、たえず考えている問題ではあります。

<エマニュエル・トッドの家族人類史観>
・トッドは、家族の研究を土台に据えて人類史を再構成し、家族の類型によって世界史の大きな流れは良く説明できると主張しています。世界史は唯物史観だけでは説明できない、階級闘争史観だけでは駄目なのだ、家族の在り方、家族の類型的分類を基礎に据えた歴史の研究が必要だと強調しています。

<Y・N・ハラリの『サピエンス全史』、『ホモ・デウス』など3部作の批判的検討>
・マルクス主義を、宗教やナチズムと同列視する乱暴な世界史論については、しっかり批判的な検討が必要です。

<グローバリゼーションと人類史観、世界史論の新しい潮流の検討>
・21世紀に入り、「グローバル・ヒストリー」という新しい人類史の構想を展開する動きが起こっています。「非ヨーロッパ世界の歴史やそこでの歴史発展のあり方の重視」、「異なる諸地域間の相互連関、相互の影響の重視」などの特徴があり、従来の唯物史観による世界史理解への異論が主張されています。

<AIの進化にともなう人間論、唯物論的世界観の展開>
・20世紀初頭にレーニンは、『経験批判論と唯物論』を執筆しました。それから100年後の21世紀の今、唯物史観や唯物論について、あらためて哲学的な理論的考察が求められています。すでに述べたように、21世紀の資本主義のもとでは、ICT革命やAIの進化とともに、認知科学、情報科学、量子物理学、生命科学などなど、自然科学も急速に発展しています。人間論、唯物論的歴史理論、認識論などの哲学的研究が必要になっています。

<『資本論』の最終章>
・私は、はじめて『資本論』を読むという方がたの学習会、読書会に、チューターとして参加する機会が増えていますが、そうした場合には、学習会の第1回で参加者が顔合わせをするガイダンスのときに、最初に『資本論』第郡の最終章、すなわち第7篇第52章を読む、声に出して読み上げることにしています。第郡の最終章ですから、『資本論』体系全体の最終章でもあるわけです。

・『資本論』は、全3巻で98章、新刊書で3700頁を超える分厚い本ですから、推理小説や恋愛小説のように、一晩徹夜すれば読めるというものではありません。

<マルクスは、生涯にわたって「土地(自然)」「土地所有」問題を探求した>
・もともとマルクスとエンゲルスは、初期の「ドイツ・イデオロギー」のなかで、原始共同体や古代社会における土地所有のあり方について、さまざまな面から論じていました。
 このように、マルクスとエンゲルスは、理論活動の出発点から最晩年にいたるまで、土地所有問題に関心を持ち続け、その歴史的、理論的な探求を続けていたのです。

<経済学体系における「土地(自然)」「土地所有」の現代的意義>
・さて、これまで述べてきたことをもとに、現代の資本主義を分析するときに、「土地」の問題や「土地所有」の問題をどのように考えるべきか、現代の経済学体系における「土地」「土地所有」範疇の位置づけについて考えておきたいと思います。
 すでに述べてきたことのまとめとして、具体的に6点をあげておきます。

資本主義的生産関係(搾取関係)の前提としての「土地」の問題
地球環境危機、自然災害の問題
原発ゼロ・自然エネルギーへの転換の問題
自然科学・技術の発展と労働者階級の問題
農業・食糧問題
生命の維持・再生産(人口問題――長寿・生殖・家族・社会保障)の問題

・現代の資本主義社会では、「少子化」と「人口減少」が大きな問題となっています。「資本」は、人間にとっての外的な自然、地球環境を破壊するだけでなく、自然の一環としての人間そのものの存在をも、脅かし始めているかのように見えます。そうした視点から、経済学のなかでの人口問題の位置づけも検討してみる必要があります。

<むすびにかえて>
・マルクスも述べているように、資本主義生産の発展とともに、土地所有のあり方は大きく変貌し、それとともにかつての大土地所有者階級はしだいに分化・解体し、土地所有形態も多様化します。そして、社会階級としては《資本―労働》への二極化が進んでいきます。しかし、すべての土地が国有化されない限り、資本主義のもとでは、土地の私的所有の問題が消滅することはありません。いずれにせよ、土地の所有形態がどのようなものになろうと、その根源にある「土地(自然)」そのものの意義がなくなることはありません。
 資本主義的生産様式は、近代社会の三大経済範疇(資本・土地所有・賃労働)を前提として成り立っているということを、あらためて明確につかんでおくことが必要です。

・しかし範疇としての「土地所有」は、その根源には「土地」を前提としており、それは社会主義のあらゆる経済活動の根本的な自然現象をなすものです。さらに「土地」「土地所有」は、資本主義社会だけでなく、人類発生以来の全歴史にかかわる「広義の経済学」の最も基底的な範疇です。科学的経済学は、そのことをつねに念頭に置いておく必要があります。

<あとがきにかえて――21世紀資本主義と「新しい民主主義革命」>
・「新しい民主主義革命」の「新しい」とは、かつての資本主義生成期の土地改革を戦略的課題とする「ブルジョア民主主義革命」が旧い民主主義革命だったとすれば、21世紀の高度に発展した資本主義のもとでの新しい民主主義革命という意味である。
 
・よく知られているように、日本の科学的社会主義の政党である日本共産党の場合は、第2次大戦前から民主主義革命をへて社会主義革命へすすむという二段階革命の戦略をとってきた。

・20世紀末から今日にかけて、旧ソ連・東欧諸国の「社会主義体制」が崩壊することで、欧米諸国の共産党が軒並み危機的な状態に陥ったのにたいして、日本共産党が国内で確固とした地位を維持してきたのは、同党の綱領的礎がしっかりしていたからである。それは国際的に見ても、その理論的水準の高さを証明していると言ってよいだろう。

・こうした21世紀世界で実現すべき「新しい民主主義革命」の戦略的課題は何か。たとえば、次のような課題がある。
核戦争の阻止・核兵器の廃棄
地球環境・気象変動、感染症対策などを含め、人間と自然の物質代謝の合理的管理
ジェンダー平等社会の実現、LGBTなどを含め、より発展した人権の制度的確立
国際独占の支配を民主的に規制する経済改革と民主的労働改革
デジタル社会のための民主的ルール、人間の成長のための教育・文化改革
民主主義的な選挙制度による民意を正確に反映する議会政治の実現――などなど

こうした課題は、まだ資本主義的生産様式を社会主義的生産様式に変革することをめざすものではない。労働者階級だけではなく圧倒的国民多数派の要求を実現する「民主主義的な課題」である。しかし、かつての「ブルジョア民主主義革命」が土地制度の改革を中心的課題としていたこととは、その性格が質的に発展している新しい性格の民主主義的変革である。


(2022/6/21)


『マルクスの資本論 見るだけノート』
資本主義とお金のしくみがゼロからわかる!
白井聡  宝島社 2022/3/16



<『資本論』を知ることで、あなたの常識が180度変わる>
・今からおよそ150年前、「労働者が身を粉にして働くのが正しいことになるのか?」と、世の中に訴えたのが本書で紹介するマルクスの『資本論』です。

<唯物史観>
・人間はどんなに理想的な言葉を述べようとも、結局は食べて寝て遊ぶ存在。ただ、動物とは異なり、道具をつくり、自然に働きかけ、必要なものを自ら生産、すなわち経済的な活動をします。この生産する条件によって歴史が発展する、と見るのが唯物史観です。

<「万国の労働者よ、団結せよ」と訴えたマルクス>
・1848年に刊行されたマルクスの『共産党宣言』を締めくくる文言。この「労働者よ、団結せよ」という言葉は共産主義に関して最も有名なスローガンとなり、社会の歴史=闘争階級の歴史として、あらゆる労働者運動の礎となりました。マルクスは労働者の味方なのです。

<1,資本主義社会は商品と労働で溢れている>
<資本主義経済の解明は商品を知ることからはじまる>
・マルクスは世の中に溢れる商品の数々を、資本主義液剤を構成する主要な要素と見なしました。資本主義経済下の世の中では、すべての富が商品化されるということです。これが『資本論』の出発点になります。商品を、人間の欲望を充足させるだけでなく資本主義社会に特有の機能を持つものと定義したマルクスは、そうした商品を分析することが資本主義社会を知るための第一歩であると主張しました。

・資本主義社会を知るためには、その細胞たる商品を詳しく調べる必要があると考えたのです。

・資本主義社会は、さまざまな労働の組み合わせである分業によって成り立っています。

<資本主義社会の富は商品の集合体である>
・人が何かをしたいという、その欲望を満たすことで値段がつけられるのが、資本主義社会を構成する商品の位置づけです。

・すべてが商品となった社会では、富は「巨大な商品の集合体」として考えられるとマルクスは述べています。

<資本主義は分業によって成り立つ>
・商品は労働の組み合わせで生まれる。

・多くの人が協力することによって成り立つ無数の仕事があり、それが組み合わさって商品が生産され、社会に富が蓄積されます。

<使用価値と交換価値という2つの価値 
・商品には人の欲望を満たす有用性(使用価値)と、商品同士を交換する際の交換比率(交換価値)があります。

・AをX個=BをY個という形で価値量を比較すれば、すべての商品をイコールで結ぶことができるのです。商品にはこれらの2つの価値があることから、商品の二重性とマルクスは考察しました。

<使用価値と交換価値という2つの価値◆
・商品が自ら価値を示すには、比較する対象がなければ成立することはないとマルクスは考察しました。

・商品は交換をもって価値を表現する。

<商品の価値はそこに費やされる労働量で決まる>
・有用性を持った商品を生み出すためには人間の労働が必要です。つまり労働が商品の価値を決定づけているのです。

・このように労働が価値を形成するという理論を経済学では「労働価値説」といい、マルクスが完成させました。

<労働にも二重性がある>
・使用価値を生み出す具体的有用労働と、交換価値を生み出す抽象的人間労働、両者を指して「労働の二重性」と呼びます。

・具体的有用労働は、何かをつくったり、何かのサービスに従事したりするなど、有用性をつくり出す具体的な労働を指しています。
 あらゆる具体的有用労働には共通点があります。どんな種類の具体的な労働も、人が脳と筋肉を使って働くことに変わりはありません。マルクスはこの共通するものを抽象的人間労働と定義し、この2つの属性を「労働の二重性」と名づけました。

<労働価値は社会全体の平均で見る必要がある>
・商品の価値の大きさを決めるのは労働価値です。ただし個々の労働価値ではなく、平均的な労働価値を見る必要があります。

・マルクスは、個々の労働価値ではなく、社会全体の「平均的な労働価値」がその商品の価値を決めると考えました。

<他人に有用であることが商品であるための条件>
・有用であっても個人的なものは商品ではありません。商品であるために必要なものは、他人にとっての使用価値です。

・商品を生産するには、自分にとっての使用価値だけでなく、他人に対する使用価値を生産しなければならないというのがマルクスの主張です。
他人が欲しがったり交換したがったりする品とは、すなわち社会的使用価値がある品と言い換えることができます。

<労働力もまた商品である>
・商品を生み出す際に働く労働力。労働市場において売買されるため、こちらも商品だといえます。

・労働力という商品が商品を生産する。

・労働力も商品である以上、値段がつきます。いわゆる賃金の多寡です。優れた頭脳や技術といった使用価値が大きく希少な労働力商品には高い値段がつき、非熟練労働のように誰にでもできて使用価値が低い労働は、低い値段がつけられます。

<商品はどこからやってきた?>
・商品交換は金銭による等価交換です。お金と商品の交換だけで買い手と売り手の関係は完結し、人間としての関係は残りません。

・資本主義が発展するにつれて金銭による交換の領域が拡大することは、共同体世界の領域が狭くなっていることを示しているのです。

・たとえば、前近代的共同体の内部では貸し借りがあったとしてもそこに金銭は発生しません。

<2,商品から誕生した貨幣>
<布や塩が貨幣のはじまりだった>
・物と物との交換で成り立っていた時代では、どんな商品とも交換することができるものが貨幣の代わりでした。

・また、紙幣の「幣」は布からきているなど、布や稲がお金の代わり、すなわち一般的等価物になっていたことがうかがえます。

・さまざまなものが貨幣の役割を果たしていた。

<貨幣としての優位な地位を確立したのは金>
・金や銀はあらゆる商品とイコールで交換することができる「優越的な地位」を獲得しました。マルクスは、「金や銀は本来貨幣ではないが、貨幣は本来金と銀である」ともいっています。変わった表現ですが、これは商品のなかから貨幣が生まれたという見方を示しています。こうして商品経済が誕生し、それはやがて資本主義社会を生むことになります。

<この世界は商品―貨幣―商品の繰り返し>
・商品と貨幣の関係を示す交換過程の式は、商品が貨幣に変わり、貨幣が商品に変わり、それが繰り返される過程を表します。

・商品を売り、お金をつくる。

・「W(商品)−G(お金)−W」 は社会全体で行われた。

<商品の命がけの飛躍とは?>
・商品を売ることは難しい。マルクスはこれを「商品の命がけの飛躍」という言葉で表現しました。商品と貨幣には同じ量の価値があっても、両者の関係は対等ではないのです。

・商品を売ることで貨幣を手にするには、貨幣を渡す側にとってその商品が使用価値のあるものでなければなりません。まったく同じ商品が複数あれば買い手は値段の安いほうを求めるでしょう。商品を貨幣に変えるためにはあの手この手を使う必要があるのです。

<貨幣の機能>
・貨幣には「価値尺度」の機能が備わっています。まず、商品には値段がついています。また、「流通手段」も貨幣の役割の1つです。貨幣は商品を購入する際に売り手に支払うもの。

・商品が価値を持つのは人間の労働力があってこそ。結局、貨幣は労働の価値を表しているのです。

<なぜ人は金を欲しがるのか?>
・こうして貨幣によって価値を保存できるから、多くの人は、「貨幣はいくらあってもいい」という気持ちになります。言い換えれば、商品を売る立場よりも買う立場に立ち続けたくなります。より多くの金を欲することをマルクスは「黄金欲」といいました。

・貨幣は常に人から欲されるもの。お金が貯まれば欲しいものがたくさん買え、できることも増えます。だから人はお金を欲しがるのです。

<3,貨幣から誕生した増殖を止められない資本>
<資本=絶えざる価値増殖>
・マルクスは商品を生産して販売することで価値の大きさを変化させ、より大きな価値を得る運動を資本であると定義しました。

・剰余価値の生成は、資本主義の肝です。剰余価値を求めてより高い生産力が追及されることになります。

・つまり、資本主義社会には剰余価値を求めて絶えず生産力を増大させ続けなければならないという命題が内在しています。

<資本とは運動である>
・マルクスは、資本を、常に価値増殖を求める運動として定義しました。

・商品を生産して販売する際、利益、すなわち剰余価値を生み出そうとします。こうした流れこそが「資本」の本質であり、絶えず工夫を凝らし価値増殖に努める運動こそが「資本」というわけです。

<資本家は資本の人格化>
・資本家の道徳心は関係ない。

・マルクスは資本家の貪欲さを、単なる個人の道徳問題とは考えませんでした。資本家は資本の運動の担い手として、資本が人格化した存在なので、その貪欲さは、資本の無限の価値増殖に駆られてのものなのです。現に、資本が株式会社化や株式の持ち合いなどにより脱人格化されても、資本の貪欲さに変わりはありません。

・いつの間にカお金儲けが目的になる。

<不変資本と可変資本>
・生産過程の攻勢においてその「原料」の価値がまったく変化しない部分を「不変資本」といいます。このように不変資本部分だけで価値増殖が起こることはありません。しかし、「労働力」が加わってくると話は変わってきます。労働力は、消費すればするだけ価値が増えていくものです。

・労働力は生産物の価値を変化させる。

<剰余価値を生み出すのは労働力という特殊な商品>
・商品をつくるということは、労働者の持つ労働力を消費させる行為であるのと同時に、剰余価値を生む行為でもあります。マルクスは労働力が持つ特別な機能を「商品の使用価値自身が、価値の源泉」と表現しました。

<資本家が労働者を雇うのは剰余価値を得るため>
・資本家が利潤を目的として労働者を雇用して商品を生産しようとする結果、資本主義社会において生産過程=価値増殖過程となっていったのです。

<剰余価値を得たいがために労働者は搾取される>
・資本家は、商品を生産するために購入した労働力を給料分以上に働かせます。剰余価値を生み出すためです。

・剰余価値を生むためには剰余労働時間が必要。

<資本家は労働者を平等だと都合よく考える>
・資本家は労働力によって生み出される剰余価値を、自分の才覚と機械によって生み出されていると捉えがちです。これについてマルクスは、商品売買の原則は等価交換であるのに、労働力に関しては不等価交換が行われていると分析しました。

・つまり、資本家には剰余価値が労働者の搾取によって生み出されているという認識がまったくなく、ただ労働力と貨幣を等価交換しているだけだという認識なのです。

<4,資本による労働者の搾取>
<労働者の給料は労働力再生産の費用に等しい>
・資本家は、より多くの価値を生み出すために労働者から労働力を買いました。それは必ず労働者お搾取をともないます。

・剰余労働時間は給料に含まれていない。そこで、資本家は労働者の再生産を生む「必要労働時間」に、利益となる「剰余労働時間」を加えて雇用契約をします。マルクスはここに搾取を見出し、「労働力の価値は、すべてのほかの商品の価値に等しく、この特殊なる商品の生産、したがってまた再生産に必要な労働時間によって規定される」といいました。

<労働者は労働力しか売るものがない>
・自由は労働者の立場を弱くする。「自分の労働力を売ってもいい」といえる自由はありますが、「労働力以外に売る商品がない」ことは、資本家のもとで働くしかないことを意味します。

<生産物を所有することができない労働者>
・労働者は商品を所有できない。マルクスは、労働者の働き方には2つのことが課されると指摘しました。それは、「管理」と「所有関係」です。
 労働者は、資本家に労働力を商品として売ります。ということは、労働力はそれを買った資本家のもの。つまり、労働時間中は資本家の管理に従わざるをえません。

<労働者は働けるだけ働かされる>
・絶対的剰余価値には限界がある。現在では法律により労働者を働かせることのできる時間に上限ができましたが、労働者が働けるだけ働かされるという側面に変化はありません。いまだ長時間労働が社会問題であることがその証拠です。

<労働日の延長>
・資本家は剰余労働をさせたがる。マルクスが「資本家は労働日の無制限の延長への衝動に駆られる」と指摘した通り、資本家は労働者に超過労働時間を強いるためにあらゆる手段を駆使するのです。労働者は、長時間労働を余儀なくされる宿命といえるでしょう。

<労働者はお金欲しさに残業せざるをえなくなる>
・残業代と労働力を引き換えにしてしまう。資本家に与える労働量より、受け取る賃金の高さに関心を持ってしまうという労働者の厳しい現実は、今もほとんど変わっていません。

<資本家は児童や女性からも搾取する>
・労働者の増加=賃金の低下。成年男子だけでなく児童や女性までもが賃労働者となったのは、機械装置の普及がきっかけだったといわれています。

<資本は労働者の体の成長や発達までも奪う>
・長時間労働は子どもの発育も妨げる。マルクスが生きた時代の資本家が労働者に要求していた労働時間は、1日24時間のうちからわずかな休息時間を差し引いたものでした。貧しい子どもたちはしばしば過酷な扱いを受けて体の成長と健康がおかしくなり、教育も受けられず、凄まじい無知が労働者階級の子弟に蔓延していました。

<資本家は労働力の消耗と死滅を生産している>
・マルクスは、何でも効率を求め無駄を省こうとする資本家は人間が提供する労働力を無駄遣いすることを指摘しています。

・資本家は労働者に対しては無関心。実際に人間性を破壊してまで利益を追求する時代があり、現代のブラック企業で問題となっている精神疾患の多発や過労死にも、マルクスの指摘は通じるものがあるのです。

<労働時間は闘争の焦点>
・売り手と買い手の想定が衝突する。資本家は、1日の労働価値に見合った労働時間をできるだけ長く想定します。そして労働者はこれをできるだけ短く想定するのです。こうした互いの想定が標準労働日をめぐって衝突します。

<資本家のための「働き方改革」>
・度を越えた長期労働は規制された。マルクスは工場法の制定を、資本家が労働力を搾取し続けるための手段と見ました。マルクスは、資本家がこれからも搾取を続行するために労働者の保護をしたのだと考えました。

<5,資本は労働者だけでなく社会全体と自然からも搾取する>
<「あとは野となれ山となれ!」が資本家の標語>
・資本家は今を乗り切ればそれでいい。マルクスは資本家たちの強欲な姿を見て「彼らは人類の退廃や人口の減少などお構いなしに、今までのやり方を続けるだろう」と指摘しています。資本は増殖することしか目指してないのです。

<資本は使用価値に関して無関心>
・「質より量」が資本主義の本質。とにかく量を増やすことが資本主義、そして資本というものの本質ということになります。つまり、「質より量」の必然性が資本には存在しているのです。資本主義に発展によって、人々が豊かになるとすれば、それは資本にとっては副次的な効果にすぎません。

<資本は消費者も騙す>
・食品偽装で食品の質が低下。資本家は、重労働によって労働者を搾取するだけでなく食品偽装をして、消費者までをも欺きました。

<資本は自然からも搾取する>
・資本主義は環境を破壊する。資本主義社会のなかでは、人類が気候を変動させるほど自然環境を消費し破壊しているという事実に気づいていながらも経済成長や過剰消費をやめようとはしていません。しかし、今日でも加速する経済成長と消費がもたらした環境破壊は、もう見て見ぬふりができる段階ではなくなってきています。

・資本は、人間の労働力だけでなく増殖するために自然も容赦なく搾取します。

<資本は物質代謝を乗っ取り撹乱する>
・SDGs(持続可能な開発目標)の不毛。資本主義社会は、消費が停滞すると経済が回らなくなってしまいます。経済が回らなければ人々の生活も回らなくなるという側面から考えと、資本主義社会は構造的に搾取し続ける必要があるということがわかります。

・まさに資本主義批判に踏み込まなければ、SDGsは画に描いた餅にすぎません。

<6,技術の進歩と資本主義>
<なぜ、資本主義は生産力を飛躍的に増大させたか>
・相対的剰余価値の増加が資本主義社会の鍵。生産力を上げる=剰余価値を増やすには、「絶対的剰余価値」と「相対的剰余価値」を増やす2種類があります。前者は、ひたすら労働時間を長くすることで得られる剰余価値、後者は、必要労働時間の削減から得られる剰余価値です。労働時間の延長には限界があるため、資本主義の発展は絶対的剰余価値よりも相対的剰余価値の追求へと向かっていきました。

<生産力の上昇によって延々に続く値下げ競争>
・特別剰余価値=期限つきの剰余価値。イノベーションによって獲得される特別剰余価値は、値下げ競争が延々と続くことにつながります。

<「協業」が生産力を増やす2つの理由>
・機械はなるべく多くの人と共用。このように生産コストが削減されたり、生産力が向上したりすることにより、資本主義において協業を図ることは、相対的剰余価値を大いに増やすことにつながるといえるのです。

<工場制手工業から機械制大工業への変革>
・機械制大工業になり、さらに生産性アップ。大量生産を可能にする機械により、全体の生産量に対する経費は大幅にカットされ、剰余価値は増えるのです。

<機械は人のためではなく資本のために使われる>
・より低コストの生産手段が選ばれる。機械は必ずしも人間に楽をさせるものではない。資本は、人を守り人の作業を楽にするために機械を導入するわけではないのです。

<機械化によって労働は非人道的に>
・機械は、労働者の労働密度を上げてしまう。資本は、機械の速度を高めることを目指し、そうすることで、機械を監視する労働者の範囲や作業も拡大。限られた時間で、より多くの労働を強いられることになるのです。さらに、機械作業に必要な人数を減らすことで、より多くの剰余価値を搾取しようとします。人という労働力は、機械への従属を余儀なくされたといっていいでしょう。

<機械化は、女性や児童に労働をさせる>
・労働人口の増加で賃金低下。機械によって女性や児童が、労働者になりえることを意味するからです。

<機械は労働価値を下げ、家族総出で働く時代へ>
・労働単価は大幅に変わることに………。成年男子の労働力の価値は機械によって引き下げられ………。家族を養える賃金を父親にのみ支払う必要性をなくしました。

・つまり、機械によって労働力の価値が下がり、「個々」の生存維持のために必要な賃金によって規定されるようになったといえるのです。

<機械は、労働者の立場を弱める>
・機械はストライキを鎮圧する武器に。むなしき労働者は資本家のいいなりに。機械は、労働者の労苦や危険を取り除くことができる可能性を秘めているにもかかわらず、それが資本主義的に利用される限り、労働者に対する資本家の支配力を強め、搾取を強めるように作用します。これに対して労働者がストライキなどの反抗を起こしたとしても、かえって機械の進化が促される可能性があることにマルクスは注意を促しています。

・機械の導入は、労働力の削減を意味し、労働者の仕事を奪い、資本家にとっては労働者の要求を避けるための武器に。

<機械に仕事を奪われた労働者は、慢性的窮乏に>
・機械に人の仕事が奪われる恐怖。19世紀から今日に至るまで、人は多くの仕事を機械に奪われ今後もAIの発展によって多くの仕事を奪われるでしょう。

・マルクスは、資本の有機的構成を2種類に分けました。価値を形成して価値の大きさを変化させることから、労働を「可変資本」、そして、価値が変わらない機械や原材料などを「不変資本」と。資本家は、可変資本において労働時間の延長や協業によって多くの剰余価値を得ようとし、不変資本からは節約によって剰余価値を得ようとします。

・19世紀においても、人の仕事は機械によって奪われ続けてきました。1810年代のイギリスでは、労働者が機械を破壊する「ラッタダイド運動」が勃発するほど、労働者は追い詰められていました。

<科学技術の発展で労働者人口は減少へ>
・AIも、未来の労働を変える。資本主義の発展は、より少ない人間による生産を意味します。コンピューターやAIの進化は、その傾向を顕著にすると同時に、資本主義的生産の目指す道ともいえます。

・現代においても、昨今のAIの発達によって未来の働く現場は大きく変わっていくといわれています。

<失業者が増えるほど資本家はよろこぶ>
・3種類の相対的過剰人口=産業予備軍。流動的過剰人口=産業予備軍、潜在的過剰人口(都市に吸収されるのを待つ農民)、停滞的過剰人口(不規則かつ低賃金で働く労働者)。

・産業予備軍の存在が、賃金引き上げを制止してくれるからです。産業予備軍とは、失業もしくは半失業状態にあって、就業の機会を待つ労働者のことを指します。その存在が労働者の労働条件が低下する原因となっており、景気変動を調整する役割を果たしているのです。生産性が向上しても賃金は上がらない ⁉

<罪は機械そのものになく資本家の使い方にある>
・機械に罪があるわけではない。機械は労働者を支配したともいえますが、その罪は機械自体にはなく、機械を使う資本にあるとマルクスは考えました。益となるか害となるかは使い方による。

<7,資本主義社会の不合理な構造>
<誰もがみんな、資本主義に巻き込まれて行く>
・はじめ、形式的にのみ資本主義社会に参加していた人々は、より実質的にそのしくみに組み込まれていくようになっていきます。

・徐々に労働者自身も価値の増殖に積極的になりはじめます。当初、労働力は資本家の指示に消極的に従っていたにすぎませんでしたが、時が経ち、労働階級の人々は資本家と協調・協力し、剰余価値の生産に積極的に参加するようになります。自らを搾取する相手に積極的に協力するにまで至るのが、「実質的包摂」の「実質的」たる所以です。

<大勢の労働者が一緒に働く協業がはじまった>
・協業によって人々は力を発揮する。資本主義社会では大規模な工場などがつくられて、大勢の人々が同じ場所で働くようになりました。仲間と一緒に働くことでお互いに協力し合ったり、競争心を刺激されたりして、単独で働く以上の力を発揮できるのです。

<協業で利益を得るのは労働者ではなく資本家>
・協業で増えた利益は資本家のもの。合計人数以上の力が発揮できる。

<協業で莫大な余剰価値を手に入れるのは資本家>
・協業で利益を手にするのは資本家。協業で生まれる剰余価値を手に入れる方法にはいくつかの種類がありますが、どの方法でも労働者にはメリットがありません。

<単純作業が増えると労働力の価値が低下する>
・分業化が進むと熟練労働は解体される。作業が効率化されて単純作業が増えると、その仕事に対して支払われる賃金は低下していくのです。

・賃金が高い熟練労働者は仕事を失う。

<資本が蓄積しても労働者の暮らしはよくならない>
・より悪い労働条件でも働きたいと望む労働者との競争を強いられますから、資本家は「安い賃金でも働く労働者はいくらでもいる」と賃金を値上げしません。

<労働者は自分の首を自分で絞めているのと同じ>
・人出不足だと賃金が上昇する。賃金が上昇したとしても、労働者が資本家の資本を増やすために道具であることは変わりません。つまり、資本主義社会の下には、常に資本によって追い立てられる労働者がいるのです。

<労働者同士が競争させられ首を絞め合う>
・賃金には時間賃金と出来高賃金がある。働いた作業量に応じて賃金が支払われる出来高賃金にはメリットもありますが、賃金水準を下げられる危険性もあります。

<頭が資本主義に侵され資本家の代弁者となる>
・資本家の代弁者となる労働者。生まれたときから資本主義社会で育った労働者にとって、こうした資本家の支配は当たり前のものとなっています。資本主義の体制が固まったことで、労働者の社会の見方までもが資本家にとって都合のよい考え方、すなわちブルジョワ・イデオロギーに影響され、搾取される労働者ですら、資本家の代弁者となってしまいます。

<8、資本主義の行く末は革命である>
<資本主義のはじまりと暴力>
・16世紀、囲い込み運動が起こる。莫大な富を蓄積していく資本主義。そのはじまりを紐解くと、痛ましい「暴力」の光景がありました。マルクスは、近代資本主義を生み出した最初の資本蓄積を「本源的蓄積」と名づけました。

・14世紀イギリス農民は、奴隷状態から抜け出して自営農になっていました。本源的蓄積のきっかけとなったのは囲い込み運動でした。囲い込み運動とは、毛織物原料の羊毛を生産するために、農地を牧羊地に転換しようと農民を土地から暴力的に追い出した過程を指します。農民の多くは生産手段を失い、資本家が雇い入れて働かせることが可能な存在になりました。つまり、暴力こそが資本主義の起源といえます。

<追い立てられた人々>
・農地を追われた農民は都市に。都市に大量流入した元農民たちに対し、国家はムチ打って「労働者階級」に仕立て上げました。農地を失った自営農民は没落し、物乞いや盗賊などになりました。

・イギリス国王が行った「血の立法」。さらに国家は賃金の最高限度を決めたり、労働者の団結権を奪ったりして資本家を後押ししたのです。

<資本間競争と資本の集中>
・世界的独占企業。マルクスは「常にひとりの資本家が多くの資本家を滅ぼす」といっていますが、これまで数多くの資本家や企業が誕生しては、競争に敗れて姿を消していきました。

・つねに1人の資本家が多くの資本家を滅ぼす。

<資本の世界大への拡大>
・マルクスは、資本主義体制が世界各国に拡大していくことを予見していました。

・中国やロシアは新たな資本蓄積空間。グローバル化の直接の由来は、ソ連をはじめとする東側社会主義諸国家の体制崩壊と中国の世界市場への参入でした。このことは、社会主義の政治経済体制が行き詰まったことにより起こったのとともに、世界資本主義が新しい資本蓄積の空間を獲得して生き延びるためでもありました。

<資本主義の危機>
・恐慌は繰り返し起こる。資本主義社会において、恐慌は不可避的現象であるとマルクスは考えました。

・マルクスは恐慌の根本原因を、利益を増やそうとする資本家が労働者を低い賃金で働かせることにあると考えました。

<資本主義の最期を告げる鐘が鳴る>
・資本主義の最期。

・資本家による搾取を止めようとする労働運動が激しくなります。

・資本と労働者の間に格差が広がっていくと、プロレタリア革命が起こるとマルクスは予言しました。


<散らばったメモをまとめ上げマルクスの研究を形にした親友エンゲルス>
・親友の残したメモやノートの解読に苦戦したエンゲルスは、およそ10年の年月をかけて『資本論』の2巻と3巻を刊行しました。『資本論』は、本当の意味でマルクスとエンゲルスの共作であったといえます。

<資本に押しつぶされない豊かな生き方を!>
・『資本論』第1巻が発刊されたのは1867年のこと。日本では「佐幕か?それとも倒幕か?」と、旧政府軍と明治新政府軍が本格的に争おうとしていた時代に、すでにマルクスは資本主義社会から生じる矛盾について批判をしていました。




(2022/2/20)


『ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへ』
OUTBREAK
17歳から始める反抗するための社会学
秋嶋 亮   白馬社 2021/7/15



<この国は崩壊の途上にあるのだ>
・自由貿易による主権の廃絶、経済特区による都市の租界化、派遣制度による勤労者の奴隷化、市場原理主義による福祉・医療の解体、原発事故による被害の拡大など、今や破滅要因が重層化し、この国は崩壊の途上にあるのだ。

<それでも「政治が在る」と信じるのか>
<主権がないのに主権があるように振る舞う>
・菅内閣が発足しましたが、やっていることは前の政権と変わりありません。つまり民営化や、規制緩和や、自由貿易を柱とするグローバル化路線をそのまま継承しているのです。結局のところ鳩山由紀夫が「総理大臣に権限などない。重要法案は日米合同委員会で決定される」と公言する通り、政権が交代したところで、意思決定が在日米軍と上級官僚の合議に委ねられる体制に変わりはないのです。このように主権がないにもかかわらず主権があるかのように振る舞う国を「クエイザイ・ステイト」と言います。

<政権が代われば政治が変わるという妄想>
・繰り返しますが、政権が交代しても何も変わりません。総理大臣や内閣の顔ぶれが変わったところで、外資という司令塔は不動であり、旧来と同じグローバル路線が継承されるのです。つまり私たちの国ではトランスナショナルな資本家階級によって民主制が破壊されており、議会は民意を汲み上げる機能を全く持たないのです。このように政権が代わったと見せかけて同じ支配体制を継続させることを「疑似政権交代」と言います。

<ニホンの民主主義は脳の中にしかない>
・政府の頂上団体として日米合同員会があります。そしてこの組織は本国の指示で動いています。そして本国の議会はグローバル金融と多国籍企業のロビーによって動いており、この階層的な意思決定の下で日本の法律や外交が決定されているのです。つまり国民の代表が民意を集約し政治に反映させる議会制民主主義は建前に過ぎないのです。このように多国間に跨る金融と企業が世界を統一的に支配する様式を「グローバル・ガバナンス」と言います。

<分かりやすい言葉で言えばカツアゲ>
このように大国が支配国に要求を呑ませるために用いる軍事力を「シャープパワー」と言います。

<国策捜査とマスコミが愛国者を葬る>
・よくよく考えなくてはならないことは、国民が支配に抗う政党や政治家を打ち立てても、それを解体する仕組みがあることです。

・このような実情にもかかわらず主権が存在すると妄想する体系を「イマジンド・ポリティカル・コミュニティ」と言います。

<70年以上にわたり自由を撲滅してきた>
・米国による内政干渉の排除に努めた小沢・鳩山政権が解体された「陸山会事件」は、抑圧的国家装置による弾圧のモデルケースだったのかもしれません。

・このように支配関係を不透明化することで相手国を支配する様式を「通時的帝国主義」と言います。

<戦後から引き継がれる巨大な妄想>
・歴史家Jダワーは「ニホン人は駐留米軍による支配の実情に全く気付いていない」と論じています。

・このように被支配民族に自国が民主的な独立国家であると妄想させ支配する方式を「新植民地的革命」と言います。

<法律を拡張解釈すれば国民を弾圧できる>
・菅政権は前の政権を制定した特定秘密保護法や共謀罪法などの授権法(為政者の思惑によって運用できる法律)をフル活用するかもしれません。

・このように民主的権利を脅かす政治的な暴力を「ティラニー」と言います。

<それは戦争国家のスローガンだった>
・「国債は国民の資産である!」、「国債を刷るほど国民は豊かになる!」などという主張が流行っています。しかしこれらは元々戦時中に大政翼賛会が用いたスローガンであり、大量の戦時国債が発行された結果、国民は資産課税によって財産を没収されたのです。そして現在も国債を発行した分だけ元本金利が課税され、国債償還費は毎年国税の40%以上にも達しているのです。このような仕組みを理解せず無限に国債や通貨を発行できると盲信することを「財政錯覚モデル」と言います。

<債権者は銀行、債務者は国民という原則>
・国債の発行と社会保障費の削減はワンセットです。つまり国債を発行すれば増税されるだけでなく、償還のため医療や、福祉や、教育の予算がカットされるのです。そもそも債権者は国債を所有する金融機関であり、債務者はその元本利息を税金で支払う国民です。国債が安全資産とされるのは償還が徴税権によって保証されているからであり、銀行は貸し倒れの心配がないことから国債を引き受けるのです。このように公的な債務の問題から支配関係を突き止めることを「負債論的転回」と言います。

<奴隷は奴隷制の仕組みを知らない>
・政府は国債の発行によって調達したキャッシュを外郭団体(独立行政法人や特殊法人など)に流し込みます。官僚はそこに天下り不労所得を得ます。そして政治家がその系列の企業から献金を回収し、国債の償還義務(増税や社会保障の切り捨て)を国民に課すのです。このように特権層が国債と交換したおカネを私物化し返済の義務だけを国民に押し付ける支配の方式を「債務奴隷制」と言います。

<重大な問題を議論させない権力>
・総務省が公表する完全失業率は3%程度ですが、欧米の算出基準を適用すれば、ニホンの失業率は10%以上に達するでしょう。現に政府の雇用統計には、ギグワーク(単発の仕事)で凌ぐ人々や、長期求職者は除外されているのです。だからこそ失業給付の延長や、生活保護の強化や、給付金の継続を早急に検討しなくてはなりません。しかし、こうした喫緊の議論が国政から一掃されているのです。このように真に重要な問題に言及させない不可視な権力を「二次元的権力」と言います。

<人間を使い捨てにすれば国が滅びる>
・コロナ恐慌によって倒産と失業が激増しています。しかし政府はこの状況でさらに正規雇用を減らし、派遣労働や請負に置き換えようとしているのです。そうなると国民は所得が益々減少し、これまで以上に貧しくなるのです。そして個人消費の低迷によって経済が縮小し、やがて国そのものが崩壊するのです。このようなことが分かりきっていながら人間の使い捨てによって利益を得ようとする営みを「ギグ・エコノミー」と言います。

<国民の救済も経済の発展も目指さない政府>
・コロナ恐慌によって経済が悪化しています。だから本来であれば、国は減税や社会保険料の引き下げで国民の負担を減らし、消費市場がこれ以上縮小しないように努めなければなりません。ところが私たちの政府は財政の悪化を理由に増税し、社会保険料を引き上げようとしているのです。このように経済の原理原則に反する政治の状況性を「パラロジズム」と言います。

<ニホンは自由の国ではない>
・すでに勤労者の半数近くが不安定で低賃金の仕事に服するプレカリアート化しています。そして今後はコロナ恐慌による倒産や廃業によって、この社会層の人々はさらに増えるのです。

・このように人間の有様はその時代の経済や政治によって決定されるとする見方を「状況主義」と言います。

<危険な法案の成立を見逃す野党>
・コロナ禍に揺れた2021年5月の国会では、事実上の憲法改正手続きとなる「国民投票法改正案」を始め、危険な法案が続々と上程されました。

・このように与党と野党が対立する意思のない議会の在り方を「原子化された多党制」と言います。

<与党のアシストが野党の仕事>
・野党の国会対策委員会は酷いものでした。彼らはコロナ問題だけに終始し、汚染水の放出、中国製監視システムの導入、日米FTA第二ラウンド(公的医療や皆保険制度が危機的状況である件)、ネットの言論規制などについて全く取り上げなかったのです。要するに野党は与党と協調して重大な問題圏をスルーしていたのです。このように与野党の対立が形式化し単なる見世物に成り下がる状況を「議会のスぺクタクル化」と言います。

<なぜ与野党の共犯関係を認められないのか>
・つまり実質として「与党の暴走を見過ごすこと」が野党の仕事になっているのです。このような現実にもかかわらず過大な自尊心のため改めることができない(与野党は対立するという)観念や妄想を「定式的真理」と言います。

<一つの支配があるだけで政党の対立はない>
・このように支配層が望む法案を成立させるために協調する与野党の集合を「過大規模連合」と言います。

<政治は与野党の談合によって成る>
・このように野党が与党を配慮した談合的に政権を運営する体制を「
シンクレティック・ポリティクス」と言います。

<野党とは看板を変えた与党の別名>
・このように与野党が一体化し健全な対立項が消失した国会を「寡頭的議会」と言います。

<国会の立法機能が資本に浸食される>
・日本の国会は外資の利権に関わることを議題にしません。なぜなら与党も野党も外資に服しているからです。

・このように国会の立法機能が越境的な資本によって浸食される仕組みを「インターステイト・システム」と言います。

<常識や信念に囚われると現実を直視できない>
・少し考えれば与野党の対立が茶番だと容易に見て取れるのです。しかしそれでも多くの人々は「与党と野党が対立する」という誤謬を改めることができません。

・このように常識や信念に相反する事実を拒絶し自我を保とうとする心理的な傾向を「認知的斉合性」と言います。

<学究によって幻想を粉砕すること>
・著者は一貫して与野党の対立が擬制だと主張してきました。そしてさらにこの仮説を「ヘゲモニー政党制」、「非競合的政党制」、「対立物の相互浸透」、「政治的シナジズム」、「政治的カルテル」、「偽装野党」、「衛星政党制」などの用語で補強し、“与党と野党は対立する”という幻想を打ち砕いているのです。このように学究の立場から物事を徹底的に検証しようとする態度を「ロジシズム」と言います。

<私たちが明視すべき絶望>
・筆者はどれほど謗られても、この国の議会が糾合(一つに纏められた状態)化しているという自説を撤回しません。

・しかしこれはやはり私たちが明視し超克すべきアポリア(大きな絶望)なのです。このように支配的な見解に抗い事実を述べ啓蒙する決意を「パレーシア」と言います。

<ニホンの混乱状態で利益を得る者たち>
・このように一国の混乱状態の隙を突いて爆発的な利益を得る営みを「ディザスター・キャピタリズム」と言います。

<中小企業を潰せば経済が発展するという狂論>
・つまり中小企業を潰すことは、雇用と、個人消費と、設備投資の全てを悪化させることに繋がるのです。このように淘汰に任せれば経済が発展するという誤った論理を「清算主義」と言います。

<倒産と、廃業と、失業と、自殺の山を築く>
・結局のところ中小企業を潰せという「清算主義」の先にあるものは、倒産と、廃業と、自殺の山に他なりません。このような暴論によって破壊される倫理道徳と経済社会の共生関係を「コンヴィヴィアリティ」と言います。

<戦時の昭和に酷似したファシズム>
・今のニホンのように政治や経済の問題が超複雑化し、国民の理解がそれに追いつかなくなる「複雑な社会」では、いつしか全体主義が亢進します。

・このように或る現象にはその前兆となる現象が伴うことを「共変原理」と言います。

<国民が知らない緊急事態条項の恐怖>
・自民党の改憲案通りに憲法が改正され、一旦緊急事態宣言が発令されたならば、三権分立も、基本的人権も、立憲主義も停止となります。

・このように憲法の機能を停止させることによって成立する専制を「主権独裁」と言います。

<憲法を停止させ例外状態を作る>
・慄然とすることは、憲法改正草案に記された緊急事態条項が授権法的な性質を備えることです。

・このように憲法を停止させ例外状態を作り出す諸力を「法措定暴力」と言います。
 
<残酷な世界の現実から見える私たちの未来>
<有権者が選挙に参加できない仕組み>
・2020年の東京都知事選挙では、開票率が1%にも満たない時点で小池氏の当確が報じられました。しかも当時の総理大臣の親族が出資する企業が集計作業を請負い、期日前投票事務や選挙人名簿管理システムの保守を担い、投票用紙交換機、開票事務用機器、投票用紙枚数計数機なども納入していたのです。これでは不正選挙が疑われても仕方がありません。このように選挙の公正さが根本的に損なわれることを「民主政の赤字」と言います。

<選挙制度はあるが民主制度はない>
・不正選挙は世界的な趨勢です。例えばアメリカの大統領選挙では、ディボールド社製の不正プログラムの使用が暴露されています。

・このように国民に信を問う形式で不正に支配する行為を「プレビシット」と言います。

<「お前たちが選んだのだから文句を言うな」という論理>
・グローバル資本による東京都の支配は一層強化されます。なぜなら小池百合子が再選されたことで「都民は国家戦略特区の推進に賛成した」という文脈が作られ、今後グローバル資本は特区の枠組みで直接首長に命令し、実効支配することが可能となったからです。このようにどれほど不正義なことでも有権者が為政者の方針に合意したとみなされることを「共同行為者の了解」と言います。

<都民の多くが貧困に転落する>
・繰り返しますが、これからグローバル資本による東京の支配は一層強化されます。すなわち、移民の増大や、労働法の無効化や、外資優遇のための増税や、インフラや公共施設の民営化や、諸々の規制緩和や、福祉サービスの切り捨てが大々的に着手されるのです。そしてその結果として都民の多くが貧困に転落するのです。このように多国籍資本が描く支配の構想を「ヘゲモニー・ヴィジョン」と言います。

<どちらに転んでも外資が儲かる両建構造>
・大阪都構想は住民投票で否決されました。しかし大阪都化したのと同じように、今後は民営化や規制緩和が進められるのです。

・このようにどちらに転んでも外国の資本が儲かる両建の構造を「ダブル・オプション」と言います。

<住民を犠牲にすることで企業の利益が増える>
・すでに大阪の北区、都島区、中央区、港区、大正区を始めとする自治体の業務が派遣に置き換えられています。そして市バス、病院、公園、地下鉄、図書館などの周辺機関に至るまで民営化が進められているのです。

・このように企業が規制のくびきから逃れ利潤を倍増させる営みを「コーポレート・リベラリズム」と言います。

<大坂の特区化とは大坂のブラック特区化>
・大阪市の水道の民営化は市議会で一旦否決されていますが、検針業務などはすでにヴェオリア社に委託されており、完全な民営化も時間の問題なのかもしれません。

・つまるところ大阪の経済特区化とは大阪のブラック特区化なのです。このように企業や投資家のために住民の権利や福祉を最小にすべきだとする過激思想を「ハード・リバタリアニズム」と言います。

<ニホンはニホン人の国ではない>
・やがて全国の都市が経済特区の名目で外国人自治区化します。

・このようにグローバリズムによって住民主権が廃れる有様を「新帝国主義的従属」と言います。

<傀儡である私たちの政府が仕えるもの>
・政府は経済特区に進出する外資企業の減税策を打ち出しています。そしてその原資を確保するために、福祉、医療、年金、教育などの予算の削減を検討しているのです。つまり私たちの政府は傀儡であり、外国の企業や投資家のためには、国民を犠牲にしてもかまわないという方針なのです。このように支配する者と支配される者の関係性が固定された社会を「コンタクト・ゾーン」と言います。

<国を売れば莫大な報酬が得られる>
・グローバリズムの特徴とは「儲かる分野」に資本が集中することです。語るまでもなく、現代の「儲かる分野」とは民営化や規制緩和、そしてその仲介や口利きです。

・このように政権者とそれに近い者が不正に利益を得る営みを「ヘデラ型資本主義」と言います。

<条約が憲法の上に置かれた>
・すでにTPP、FTA、EPAが発効されています。しかしこれらの条項は単に単に貿易ルールの取り決めとなるだけでなく、自体が憲法の上位法として置かれるのです。そうなると私たちの民意を代弁する国会は町内会程度の機能しかなくなるのです。このように主権を骨抜きにされ政府機能が消失した体系を「無権力国家」と言います。

<ニホンの全土が搾取工場になる>
・自由貿易体制によってこれまで産業や権利を守ってきた諸制度が破壊されます。そうなると日本の全域が搾取工場的な営みとなるのです。つまりグローバル資本が日本を利潤拠点とする一方で、国民は福祉の廃絶と貧困によって苦しむという民族的矛盾が生じるのです。このように外国の干渉によって発展の可能性が閉ざされた体系を「挫折国家」と言います。

<「公正な世界ルール」で全てを奪い尽くす>
・つまるところ自由貿易主義とは帝国主義なのです。帝国主義とは、自国の資本を増殖させるために他国の市場を奪うことです。TPP,FTA、EPA、RCEPなどの自由貿易協定はいずれもこの侵略思想に則っているのです。このように国際投資紛争解決センターや世界貿易機関などを介し、あたかも公正な世界ルールを広めるかの如く支配する現代の方式を「集団的帝国主義」と言います。

<この先の未来に復興はない>
・人類学者のE・トッドは「グローバリズムは合理性と効率性の原理であり、個別的具体性の一切を破壊する」と語りました。

・このように過去の出来事によって現在と未来が規定されることを「履歴効果」と言います。

<起業家と投資家のための政府>
・要するにグローバリズムとは「主権のバラ売り」なのです。だからTPPや、EPAや、RCEPなどの不平等条約が締結され、福祉・医療・教育が(グローバル企業の減税減資を確保するために)解体され、勤労者が(派遣名目で)使い捨てにされ、その結果として貧困や自殺が蔓延り、大都市が(経済特区という枠組みで)治外法権化され、水道や森林や諸々のインフラが叩き売られるのです。
このような事態に対する責任を逃れるため法律や条約の成立過程を不明にする行為を「ポリシー・ロンダリング」と言います。

<世界で最も服従的で無思考な民族>
・国民はTPPが締結された時に沈黙していました。FTAが締結された時も沈黙していました。そしてRCEPが締結された時も沈黙したままでした。

・このようにどれほど屈辱的な状況でも自ら進んで服従的かつ無思考に振る舞おうとすることを「自己家畜化」と言います。

<残酷と搾取が世界の実相>
・グローバリズムを理解するには、その背後にあるエートス(基本精神)を理解しなくてはなりません。私たちは普遍主義(白人も有色人種も同じ人間であるという思潮)で向き合いますが、彼らは権原理論(白人は有色人種を支配する権利を神から与えられているという原論)で動いているのです。このようにコロンブスの大航海時代から引き継がれる侵略思想を「最悪の偏見を正当化する論理」と言います。

<国民の精神が死んでいるから支配は容易>
・しかしニホン国民は全く抵抗しないことからその必要がないのです。つまりとてつもなく民度が低いため拍子抜けするほど支配が容易なのです。このように支配に抗おうとする民族精神が死滅した状態を「悲劇的失策」と言います。

<世界で最も衆愚政策が成功した国であること>
・これほど酷い状況であるにもかかわらず、主権を回復しようという機運が全く生じません。結局のところ日本人特有の無思考な振る舞いは、外部から戦略的に移植されたものなのです。つまり公共教育、スポーツ、バラエティ、お笑い、ワイドショー、SNSなどの諸々の衆愚コンテンツが植民地主義の道具として用いられており、それにより民度が低く保たれ、国民は何も考えない無抵抗な群れとして飼育されているのです。このように相手国民を劣った者として扱う支配の方針を「差異主義」と言います。

<保守や右翼がニホンを売る>
・歴史の原則として、主権が蹂躙された際には民族主義運動が台頭します。ところが現代のニホンでは真逆に保守派がグローバリズムを推進するという倒錯が生じています。

・このようにステレオタイプな愛国主義者のイメージを纏い売国策を推進することを「戦略的資本主義」と言います。

<「国家の伝統」というデッチ上げ>
・歴史家のホブズボウムは「伝統とされるものの大半が近代の作り物である」と述べています。

・このように政治的な動機によって昔から在るものであるかのように偽装される事物を「創造された伝統」と言います。

<悪人の暴力より善人の無知が怖い>
・私たちの国は多国籍な投資家の支配によって滅びるのかもしれません。しかし真の脅威は外部の敵よりも自己家畜化した国民なのです。

・このような現実を直視し過酷な運命を理知で乗り越えようとする心性を「態度価値」と言います。

<没落した国を賛美すればおカネが貰える>
・ニホンは90年代の後半から低開発の時代に突入しています。

・それにもかかわらず書店にはニホンが世界から尊敬される国だと主張する本で溢れ返っているのです。このような検証的な態度を拒絶し国を賛美する馬鹿げた行為を「ステイト・オラトリー」と言います。

<派遣の問題を永久に解決できない理由>
・今や勤労者の40%以上が不安定で低賃金の非正規雇用に服しています。しかしこの問題の解決は殆ど不可能です。

・このように国や企業が国民のために機能しない矛盾に満ちた現代を「逆説の時代」と言います。

<企業に監督される国家>
・私たちの社会は滅亡を約束されたも同然なのです。なぜなら、今や為政者はグローバルな投資家の配当を第一とし、格差や貧困に苦しむ人々への共感や、その救済の意思を全く持たないからです。

・このように政府が国民に奉仕するという使命を投げ捨て、企業とその株式を保有する投資家のためだけに尽くす体制を「コーポレート・キャピタリズム」と言います。

<他人の不幸はやがて自分の不幸になる>
・「すべり台理論」によると、派遣や請負の人々が雇用の調整弁となることで正社員の生活は守られます。

・結局ギグエコノミーなどという人間の使い捨てをもてはやす軽薄な社会は破滅を逃れられないのです。このように他人事に見える現象がいつしか自分の身に降りかかることを「再帰性」と言います。

<グローバリズムという危機の連鎖>
・自由貿易によって安い外国の産品が流入すると国内の生産者は駆逐されます。

・このようなグローバリズムがもたらす危機の連鎖を「システミック・リスク」と言います。

<自由貿易とは失業の輸出である>
・自由貿易は「労働と移動の自由」を保障します。ゆえに今後はRCEPやTPPなどの加盟国から多くの移民が流入することは避けられません。つまりコロナ禍により失業率が戦後最悪を更新する中で、国民は外国人との仕事の争奪戦を強いられ、貧困の蔓延によって経済はさらに縮小するのです。このように自由貿易がもたらす雇用情勢の悪化を「失業の輸出」と言います。

<国民の所得を削り投資家の配当に付け替えた>
・つまり非正規労働の強化によって浮かせたおカネが、企業の利益と減税の原資となり、最終的に投資家の配当に付け替えられたのです。そしてその受益者の大半は外国人なのです。このように一国を搾取する法律と金融の手練手管を「ステイト・クラフト」と言います。

<外国人が法案を買える国>
・「子ども食堂」は僅か3年の間に10倍以上も増え、今やその数は5000箇所を超えています。しかし貧困の解決が国政で議論されることは殆どありません。

・このように収賄された政治家が自己利益のためだけに働くことを「マフィア的原則」と言います。

<人間としての生の終焉>
・WHOの基準に照らせば、ニホンでは1日当たり300人が自殺していると推計されます。そしてその多くが経済苦によるものと指摘されるのです。これはもはや無政府的な第三世界の様相だと言えるでしょう。つまり第一世界(平和な民主社会)としての日本は過去の幻影なのです。

・このような状況においてさえも積極的に思考せず時代の支配的なムードに従って生きようとする者を「一次元的人間」と言います。

<暴論の背景にあるものを考える>
・竹中某が「月額7万円のベーシックインカムと引き換えに年金と生活保護を廃止せよ」とぶち上げました。

・このように企業や投資家に雇われ利益を代弁する者を「イデオローグ」と言います。

<ニホン国民ではなくアメリカの資本に忠誠を尽くす>
・日本の政界には米国の戦略国際問題研究所を出自とするエコノミック・ヒットマン(経済工作員)たちが蠢いています。

・このように相手国を支配するために人材を育成し戦略プランを練る諸機関を「アドボカシー・タンク」と言います。

<なぜ弱者を虐待し外資を優遇するのか>
・障害者の医療費助成や福祉年金が大幅に削減されています。しかし政府はこうして弱者を虐待する一方で、外資企業を減税するという矛盾について何も語らないのです。

・このように人権を踏みにじりながら世界に急拡大する権力の様式を「ハイパー・グローバリゼーション」と言います。

<世界のゴミ捨て場化するニホン>
・欧米諸国で禁止された除草剤や毒物入りの柔軟剤が市販され、有効性のない抗がん剤や抗うつ剤が処方され、安全性が疑われる遺伝子編集・組み換え食品が認可され、関税権や食糧権が廃止され、派遣労働が強化され、農地や水源の漁場が叩き売られ、年金の積立が株式市場に注ぎ込まれ、国民の仕事を奪う移民法が強行されました。これらの一切はグローバル基本の要求だったのです。このように外国の指揮によって制度の全般が定められる体制を「司令塔経済」と言います。

<短命社会が確実に到来する>
・自由貿易で流入する産品の放射線照射が指摘されています。

・このように国民の健康や安全を守ることが困難となった体系を「脆弱国家」と言います。

<世界はニホンを「国」と認めていない>
・種苗法改正により種苗の登録品種の自家増殖が原則禁止となりました。

・このように諸外国から独立国と認められず主権が機能しない体系を「パラ・ステイト」と言います。

<安全も風景も伝統も消滅する>
・包括的な自由貿易体制は、こうした多国籍のアグリビジネスを推進するために締結されたのです。しかしこれによってニホンの伝統農業が破壊され、食料自給権や食の安全が損なわれるばかりか、里山の風景や、共同体や、文化も消滅することになるのです。このように世界的な支配に取り込まれ衰退地域となることを「インター・リージョナル化」と言います。

<あらゆる価値がマネーに交換される>
・コロナの混乱に乗じて「生殖補助医療法案」が成立しました。

・このようにグローバル化された社会では生命倫理すら崩壊し、全てがマネーと引き換えにされるという見方を「交換原理」と言います。

<人間の尊厳も生命の倫理もない世紀>
・つまり自由貿易の枠組みでデザイナー・ベイビー市場を創出する目的である、と仮説を立てることができるのです。このような経済至上主義の中で人倫が喪失することを「デモラリゼーション」と言います。

<政治家は資本の下僕である>
・「生殖補助医療法案」は僅か2時間半の審議で可決されました。

・このように国民の代表がグローバル資本に取り込まれ利益代行者として振る舞うとする見方を「捕虜理論」と言います。

<自由貿易によって医療難民が生じるメカニズム>
・自由貿易は医療に関わる特許や知的財産権を包摂します。

・このように社会保障の枠組みから弱者を排除する政策を「放逐」と言います。

<外資がニホンの薬価を1000倍に引き上げた>
・80年代頃の抗がん剤1月分の価格は数千円でした。

・つまり外資の要請によって薬品の価格が1000倍に引き上げられたのです。このように主権を失い外国の支配圏に領域化されることを「テリトリアライゼーション」と言います。

<一番大事なものが食い物にされる>
・在日米国商工会議所は国家戦略特区の枠組みで企業による病院経営を認可させました。また米国商務省は、日本の薬価の統制政策を廃止させた際の予想価格グラフを公開しています。やはり今後は日米FTAの加盟を機に、ニホンの医療費は超高額化すると考えるべきでしょう。このように大国が自国企業のために相手国の法律や制度を変更することを「絶対的規定」と言います。

<アメリカによる恐怖の制度の移植>
・米国はニホンの医療費42兆円を100兆円規模にまで引き上げると豪語しています。

・このように相手国の制度を自国と同じにすることによって支配することを「同質化帝国主義」と言います。

<グローバル資本は国家を解体する>
・コロナウイルスの感染爆発が報じられる中で、総理大臣は国民皆保険制度の解体を示唆しました。

・このように一国の政府がグローバル資本の統制下に置かれることを「領域の罠」と言います。

<年金は株式市場を通じて消えた>
・コロナ恐慌で企業の業績が悪化する中、30年ぶりに株価が高騰しました。しかしこれは実体経済の反映ではなく、年金積立などを投入して釣り上げた偽装相場だったのです。そうやって国民の老後資金は証券市場で一旦洗浄された後、株式の売却益や配当に化けているのです。だから年金の支給年齢がどんどん引き上げられているのです。このように特権者が莫大な利益を上げる一方で国民の資産が目減りすることを「ブーム・アンド・バスト」と言います。

<誰も金融緩和の意味を分かっていない>
・異常な株高の背景には巨大な金融緩和と、財政出動があります。

・このように国民のための金融政策を装いながら特権者の利益だけを図る体制を「疑似民主政資本独裁」と言います。

<君が生まれながらの奴隷であること>
・よく考えなくてはならないことは、金融緩和や財政出動に用いられるおカネは国債を原資とすることです。すなわち徴税権を担保に調達されたおカネが株価を押し上げ、投資家が莫大な利益を得る一方、国民は過剰発行された国債の償還のためホモ・デット(借金人間)化する不条理なのです。このように社会や人間の有様は知識によって見え方が全く異なることを「認知的複雑性」と言います。

<歴史に類例のない搾取が行われようとしている>
・このように国債の償還や財政赤字の埋め合わせのために求められる将来の所得割合を「潜在的国民負担率」と言います。

<ネットの寸言を真理として語っていないか>
・このような事実を無視し、自分の信念や願望に沿った情報だけに触れ、それに適合しない知識を拒絶することを「選択的接触」と言います。

<選挙に投資した企業が政治を支配する>
・このように少数の有力者が権力を握り世界を支配していると見る立場を「パワー・エリート論」と言います。

<世界の本質は奴隷制である>
・国民は納税による国債の償還の義務を課され弁済奴隷化する構図であり、これがまさに資本主義世界の最大の欺瞞なのです。このように金融を通じて浮かび上がる世界の本質的な情景を「ファイナンススケープ」と言います。

<金融の道具としての国家>
・世界で最も有力なシンクタンクは上位500社のグローバル企業によって運営されています。

・このように国家は金融の手段に過ぎないという見方を「道具主義」と言います。

<政府は象徴であり資本の下請けに過ぎない>
・各国の政策は国民の代表議会ではなく民間の政策機関によって策定されます。

・このように政府を超越する意思決定の仕組みを「メタ・ガヴァナンス」と言います。

<グローバル化の終章としての監視社会>
・ニホンのグローバル化計画は四半世紀に及びます。すでに規制緩和、公共施設の民営化、非正規労働の強化、移民の解禁、消費税率の引き上げ、社会保障の解体、関税の廃止などのメニューがほぼ達成されており、残すところは言論の統制と監視の合法化だけなのです。
このように一国を全展望型の刑務所に見立てて支配する構想を「パノプティコン・モデル」と言います。

<世界はファシズムで結ばれる>
・このように対立関係にある国々がその裏では支配のために一致協力する体制を「トランスナショナル・コンソーシアム」と言います。

<人権もプライバシーもない未来>
・このようなデジタル監視によって国民の行動を予測し反抗を未然に防ぐ諸力を「手段主義的権力」と言います。

<収容所的な監視国家の登場>
・このように情報技術をプラットホームとする独裁体制を「デジタル・ファシズム」と言います。

<誰も監視の網から逃れられない>
・このようにメタデータによって国民を監視し統治する体系を「アッサンブラージュ」と言います。

<「日本人は豚になる」という予言>
・私たちの社会は戦後最大の危機を迎えています。しかし未だ国民は現実や未来について思惟することもなく、三島由紀夫が「日本人は豚になる」と予言した通り、目の前の娯楽に溺れ知的怠惰を貫き通しているのです。

・このように公共政策や、諸々の衆愚政策や、低劣な文化などによって人間の意識が同質的に培養されることを「レゾナンス」と言います。

<搾取と昏蒙の果てに>
・古代ローマ帝国は民主制が不全となり、中間層が没落し格差が拡大した挙げ句、衆愚政治の席巻によって滅亡しました。

・このように悪要因が連なり全体化して巨大な崩壊をもたらすことを「有機的危機」と言います。




(2021/2/16)


『略奪者のロジック   超集編』
ディストピア化する日本を究明する201の言葉たち
秋嶋亮    白馬社   2020/4/3



<滅びの時代である>
・原発事故は未だ収束の目途すら立っておらず、その渦中でグローバリズムが亢進し、我々の社会は今まさに存亡の危機に瀕しているのだ。すなわち未曽有の原子力災害と三重の植民地主義が同時進行するというカタストロフィが生じているのだが、国民は全く理解が覚束ないのである。

・すでに特定秘密保護法と共謀罪が施行されているのだが、これらの法意が情報の開示や権利の請求を封じ、抵抗運動を取り締まることにあることは語るまでもない。つまり暗黒法は征服地住民である我々を弾圧するための外国の資本によって制定されたのである。

<大勝利だ!これはアメリカの農家と牧場主に莫大な利益をもたらす勝利なのだ!>
・農林水産省によると、自由貿易で関税が撤廃された場合、国産の米が90%、小麦が99%、乳酸品が56%、牛肉が75%、豚肉が70%減少するという。市場総額では実に4.1兆円が消失する試算である。

<アメリカの穀物は兵器である。食糧はアメリカの強力な外交手段なのである>
・そしてすでに彼らの要請により「遺伝子組み換えではない」という表示を実質禁止することが決まっているのだ。このように自由貿易の恐怖とは、シェーレ(内外の価格差の拡大)によって国内の生産者が駆逐されるだけでなく、国民の健康や生命が脅かされることなのである。

<自由貿易とは多国籍企業だけが利益を得る仕組みである>
・現代でも自由貿易に加盟したほとんどの国で市民生活は悪化しているのだ。それにもかかわらず、日本はTPP・EPA・FTAという三重の自由貿易協定を結んでしまったのである。

<私が見るところ世界中のどの国も国際裁判で勝った試しがない。勝つのはいつも多国籍企業なのだ。>
・筆者は日米自由貿易協定に「間接収用の禁止」が盛り込まれると予測している。そうなれば、民営化されたインフラを再公営化しようとしても、それが投資家の利益を損ねるとして撤回されるのだ。

<巨大な多国籍企業が世界を上から鷲づかみにする。>
・換言するならば、武力を用いずに相手国を植民地化する「非公式の帝国主義」なのである。これによって儲かるのは多国籍企業とそのステークホルダーだけであり、この国は大没落を余儀なくされるのだ。

<私たちは印象操作された翻訳を前提にTPPを審議しているのです。>
・FTAやTPPには日本語の正文(誤訳や齟齬が生じないよう約款を明瞭に示したもの)が存在しないという。他の加盟国に対しては各国の言語で正文が用意されていることからすれば、国際社会における日本の地位がどの程度か察しが付くだろう。

<外資支配とは日本的システムとは異質の論理に立つ“倫理なき資本主義”であり、非持続的な経済社会をもたらす。>
・アメリカの最大の狙いが医療・薬品・保険の分野であることは間違いない。日本は毎年42兆円の医療費を投じる巨大マーケットであり、これらの企業にとって最後の征服地なのだ。

<問題は世界政府が合意によって形成されるか、制服によって形成されるかだけである。>
・立憲民主党は「FTAが発効されても公的な保険と医療は守る」などと主張しているが、これは口約束に過ぎない。繰り返すが通商条約は憲法より上位に置かれることから、この図式においては多国籍資本が国民の代表議会よりも権力を持つのだ。すなわち国会は形骸化し単なる飾りになるのだ。グローバル化とは支配力の越境作用なのである。

<私たちの暮らしは「ならず者経済」によって作り変えられてしまう。「ならず者経済」は私たちの生き方だけでなく死に方までも支配している。>
・保険や医療のプレミアム化は「全てを市場に委ねよ」というフリードマン理論の実践なのである。この思想の危険性とは市場原理を持ち込んではならない分野に市場原理を持ち込むことであり、それによって社会権が抹消されることなのだ。つまるところネオリベラリズム(新自由主義)とは有産階級による生存権の解体なのである。

<国家財産の売却価格をほんの数十億ドル差し引くだけで、スイス銀行の口座に10%のコミッションが振り込まれる>
・2000年から僅か15年の間に、37の国が民営化した水道を公営に戻している。水道料金の異常な高騰や水質の悪化がその主な理由だが、再公営化には莫大なペナルティが科され、市民がその負担を強いられているのだ。

<中高年転職者、若年層のフリーター、外国人という三つの階層で膨大な低賃金労働者を、あっという間に日本の中に作り上げることが可能となる。>
・これから外国人労働者が毎年20万人ベースで流入し、その内約30%が製造業に配置される見込みだ。つまり国民の雇用の受け皿であった分野が移民の受け皿となる格好であり、こうなると失業率が高止まりするだけでなく、国民の賃金も移民の安い賃金に準じて引き下げられるのだ。これはつまり移民社会がもたらすノーマル・アクシデント(必然の結果として起きる事件)なのである。

<シカゴ学派の改革が勝利を収めた国では、人口の25%から60%の固定的な底辺層が生まれ、社会は一種の戦争状態の様相を呈している。>
・年金の先送りによって高齢者を働かせ、入管法の改正によって何百万人もの移民を受け入れ、大企業のリストラによって失業者を増大させ、家計の圧迫により主婦をパートに駆り出し、学費に苦しむ学生にアルバイトを強いるとなれば、仕事の争奪戦となり賃金は上がらないだろう。結局安い人件費によって投資家がボロ儲けするカラクリであり、理不尽な雇用競争は配当政策のために行われるのだ。

<市場原理主義主義とは法律を変えてでも儲ける機会を作ることです。それを貫く思想をグローバリズムと言います。>
・多国籍のガバナンス(統治行為)が国家会計にまで及ぶことからすれば、おそらく教育や福祉などの予算をさらに削減し、企業減税などの穴埋めにすることが求められるだろう。ちなみに過去3年の間に約1兆2000億円の社会保障費が削減されたのだが、これとほぼ同額のカネがアメリカ製戦闘機の購入に充てられており、今後TPP・EPA・FTAという三重の貿易協定の枠組みが、このような搾取的な構造を強化することは間違いないのだ。つまるところグローバリズムとは国家の無権力化なのである。

<ネオリベラリズム(新自由主義)とは、一握りの個人の利益を追求するために、民衆を隷属させ、民主主義の原理を歪めて悪用することである。>
・過去20年で先進国の賃金が概ね倍増しながら日本だけが全く上がっておらず、もはや最低賃金の低さは「生存権を脅かすレベル」だと国連からも非難されている。それにもかかわらず、移民の解禁や派遣の強化などにより、今後も日本の賃金は全く上がる見込みがないのだ。そもそもネオリベラリズム(新自由主義)とは、国民の貧困化により特権層の利益を図る営みであることから、これは決して政策の失敗ではなく、真逆に政策の成功なのである。

<金融資本や独占資本にとって、政治家はただの駒なのである。>
・四半世紀も消費不況が続いているのだから、本来であれば正規雇用を義務付け(派遣を原則禁止し)、中間層の所得を引き上げ、減税を実施し、社会保障を整え、その原資を確保するため法人税を強化しなくてはならない。しかし政府はこのような施策を一切採らないのだ。なぜなら基本財(労働や社会保障などの権利)の破壊がグローバリスト(世界覇権者)の目標であり、国会に命令する彼らの構想だからである。

<「新自由主義」とは名ばかりで、実態は東インド会社がやっていたような植民地支配を合法的にやっているに過ぎない。>
・自公民が推進する新自由主義とは福祉国家の解体を意味するのだ。つまり、公的な医療と保険を切り捨て、教育予算を限界まで削り、年金制度を破壊し、そうやって奪ったカネを(減税や還付などの形で)グローバル資本に付け替えることが命題なのである。

<電撃作戦を仕掛けること。国民が権利を守ろうとして団結する前にやる方法はそれしかない。>
・構造改革以降の日本は「これをやったら国が終わる」という全てをやり尽くしたのではないだろうか。労働者の非正規化、森林・水道の民営化、自由貿易の加盟、移民の解禁、種子法の廃止、遺伝子編集食品の認可、主要都市の経済特区化などはグローバル資本に莫大な富をもたらす反面、国民に損害しかもたらさないのだ。

<私の仕事は各国の指導者たちをアメリカの商業利益を促進する巨大なネットワークに取り込むことだった。>
・結局のところ自公政権が取り組んだことは、国民が戦後から連綿と築いてきた「生きて行ける制度」の破壊だったのだ。要は多国籍資本にとって労働権と福祉権が最大の障壁であることから、彼らが活動しやすいように、これらの制度資本を悉く取り払ったというわけだ。

<私は生まれ変わった!(自民党と共に)憲法改正議論を進めていく!>
・立憲民主党と国民民主党は、自民党の要請に応え、日米自由貿易協定(FTA)の審議に合意したのだ。またこれに際し、共産党や社民党も、何が問題かを国民にほとんど周知しなかったのだ。つまり野党は主権が事実上消える条約の加盟にあたり与党と共謀したのだ。すでにこの国は実質的な翼賛体制(一国一党制)であり、グローバル資本を戴く委任独裁の営みなのである。

<政党制は真実と虚構を識別する能力を失わせる。>
・これまでも野党は共謀罪法や特定秘密保護法の成立や、TPPやEPAなど侵略的な条約の締結をまんまと見過ごしてきたのだ。また原発事故の実態を周知する取り組みも、憲法改正の危険性を訴える目立った活動もない。

<財界人たちの手先となって実動部隊の役回りを演じ続けなければ、支配構造の底辺にさえ留まることができない。>
・やはり日本の国会は与野党が対立せず、大資本の調整の下で協調し法案を成立せしめる「非競合的政党制」であり、そのような談合の営みが、この国の政治の本質なのである。

<日本の政治家がどんな公約を掲げ選挙に勝利しようと、「どこか別の場所」ですでに決まっている方針から外れるような政策は一切行えない。>
・やはり日本の議会とは、経済植民地における談合の機構であり、支配国の通達を政党の発案であるかのように偽装し成立させるためのテアトル(劇場的な場所)なのである。

<大衆は真実を求めているのではない。大衆が求めているのは幻想なのだ。>
・このように与野党が癒着する事実を突き付けられても、立憲や、社民や、共産などの支持者たちは「野党は国民のために戦っている」と盲信する態度を改められないのだ。

<簡単に言えば人の認知は楽をしたがるようにできている。>
・新聞やテレビが扱う問題が重要なことで、新聞テレビが扱わない問題は重要ではないと錯覚させることを「議題設定機能」と言うが、実は野党にも同じ機能があるのだ。立憲、共産、れいわ、国民、社民の支持者は、彼らが扱わない問題は重要ではないと勘違いしていないだろうか?

<大衆社会とは、非エリートがエリートに操縦される社会である。>
・「メラビアンの法則」どおり、有権者は説話の内容よりも、容姿や、動作や、表情や、声の調子で説得され、知らず知らずの内に認知的節約(必要以上に認知資源を用いない傾向)に陥るのだ。

<「お前たちに見せかけの権力を持たせてやるしカネもくれてやるが、本当の統治は我々が別の処で行う」ということ。>
・要するに在日米軍と上級公務員が法律の8割以上を作ることから、「誰がどの政治ポストに就こうがどうでもいい」という論理なのだ。この国では無思考で支配層に従順であることが政治家の第一要件なのである。

<カネで政治に影響を与えたい経団連の思惑と、献金が減って困っている自民党の思惑が一致した。>
・日本経団連の政党評価システムを禁止しなければ日本は滅ぶだろう。繰り返すが消費税増税も、TPPやFTAの加盟も、移民の解禁も、派遣労働の強化も、原発の再稼働も、憲法改正すら「主要政党の政策評価」に示されたノルマなのだ。政治家はこれを達成することで献金が貰えるのだから、民意をそっちのけで私益に走るのも当然である。この国はコーポレートクラシー(企業利益優先主義)によって破滅しようとしているのだ。

<外資企業による政治献金を解禁する政治資金規正法改悪案が可決されました。>
・例えば日本経団連の要請によって4兆円の社会保障費が削減されているが、浮いたカネは国庫に入るのではなく、彼らの減税の原資となり、それが外国人投資家の配当に化けるというカラクリなのだ。経済権力は政治権力より常に上位なのである。

<上に行くほどバカが出てくる日本社会の構造は植民地特有の構造である>
・安倍晋三の在任期間が憲政史上最長となったのは、これほど外資に都合のよい政治家はかつて存在しなかったからだ。つまり関税の廃止、水道・森林の民営化、主要都市の経済特区化、種子法の廃止など、到底受け入れられない要求を実行したことから地位が確保されるというわけだ。

<日本が家産官僚体制たるゆえんは、官吏が税金と自分のカネを同一視していることだ。>
・特別会計とは官僚利権の核心であり、日本国最大のタブーなのだ。しかし200兆円規模の特別会計が国会の審議を受けず、被選挙権のない官僚によって秘匿的に編成される構造を変えなければ、国民は過剰発行される国債によって(役人が作る借金の肩代わりによって)永久に搾取され続けるだろう。

<官僚が天下り先を確保するために、特殊法人の下に3000社も子会社を作っている。>
・公務員の給与、退職金、福利厚生、天下りの補助金、財政投融資の返済などを合算すると、国税62兆円を上回るだろう。つまりこれにより国家予算を編成するカネが消えていることから、毎年100兆円規模の借換債が発行され、その償還のため社会保障や教育などの予算がゴッソリ削られているのだ。国民は公務員という特権階級の養分なのである。

<官僚が描いた青写真を現実化するために努力することが政治家の役割であり、その意味で政治家は世の中を変える力など持っていない。>
・「みなし公務員」の給与はさらに高額なのだ。官制経済とはこのような生産性のない団体を4600社も設立し、そこに2万5000人の官僚OBが天下り、国税と地方税の全てを食い潰す営みなのである。これがつまり「国家の内部にある国家(国の機構でありながら国の規制を受けない利権の集合体)」なのだ。

<この国の財政はあまりにも複雑怪奇で、もはや財務大臣ですら実態が分からない。>
・よくよく考えなくてはならないことは、流行りの「国債をドンドン発行せよ論」によって誰が利益を得るのかということだ。それは語るまでもなく、100兆円もの国税・地方税を特権的に私物化している公務員や、独立行政法人に連なる官制グループ企業群なのだ。

<市場原理主義は福祉国家の解体にあたり、その障害物となる民主的獲得物の一切を取り崩し、制度基盤を弱体化させる。>
・消費税率のアップは社会保障のためだと説明されている。しかし増税直後から生活保護費が削減され、後期高齢者医療保険の負担額が増し、医療費の初診料も再診料も値上げとなり、今後は国保料なども大幅に引き上げられる見込みなのだ。これは要するに増税によって確保された新たな財源が、社会保障に充てられないことの証明なのである。もはやこの国に配分的正義など微塵もないのだ。

<巨大企業と1%の富裕層の税負担を減らすために消費税増税が強行された。>
・これから毎年徴収される24兆円の消費税のほとんどが、大企業の還付金や富裕層の減税に充てられるのだ。

<客観的な事実そのものまでが、党の哲学によって暗黙のうちに否定されるのである。>
・政府は消費税増税により大不況になることを予測しているのだ。そしてそうなれば官庁に統計を改竄させ、日銀に「景気は緩やかな回復基調」などと短観させ、御用マスコミに高支持率を捏造させれば、いくらでも誤魔化せるという目論見なのである。日本という国はかくも仮作的な営みなのだ。

<世界は二つのブロックに分かれつつあります。プルトノミー(富裕層)とそれ以外に。>
・日本経団連も消費税増税により景気が大悪化することを予測しているのだが、自分たちは輸出消費税還付によって利益を確保できるという目論見なのだ。結局のところ彼らの関心は、内部留保を積み上げ、配当を倍増させることだけであり、長期的な構想の下で経済を発展させる意思など皆無なのである。国民経済は外資化した経団連のガバニング(統治行為)によって殺されているのだ。

<庶民の富を消費税で吸い上げ、法人税を下げて、グローバル企業の内部留保を拡大し、グローバル資本が株主として吸い上げる。そういう構図。>
・グローバル企業が受け取る7兆円の輸出消費税還付について「払った消費税分が相殺されるだけだ」、「プラマイゼロで利益はない」などと反論されるかもしれない。しかし彼らは下請けに消費税分を値下げさせ、そうやって申告することにより差額を受け取るカラクリなのである。だから輸出企業を中心とする経団連グループは消費税増税を求め、執拗なロビーを繰り返していたのだ。諸悪の根源は法案をカネで買う政策市場の存在なのである。

<僕はいわゆる欧米の植民地主義というものが、どれほど人間を根こそぎにするのかを見せつけられたのです。>
・外資化した経団連の提言通り消費税率が19%にまで引き上げられるならば、輸出消費税還付は15兆円近くになるだろう。これは実に国防予算3倍相当の額であり、かくも莫大な社会資本が彼らに付け替えられるのだ。結局全ては配当政策であり、グローバル企業の利益を最大化するための措置なのである。早い話、消費税とは植民地税なのだ。

<ネオリベラル体制では国民の政治参加の機会が失われ、意思決定は多国籍企業に委ねられる。>
・消費不足による不況が20年以上も続き、実質賃金も貯蓄率も下がり続け、生活保護世帯が過去最多となり、この最中に大震災と大津波と原発事故が起き、止めを刺すように大洪水が発生したのだ。経済学の定理からして、この局面では絶対に減税しなくてはならなかったのだが、日本は真逆に消費税増税を強行したのだ。為政者の関心は企業の要請に応え献金を得ることだけであり、国民の暮らしや経済など全くその埒外なのである。

<はっきりしていることが一つある。大企業のための法人税減税をした分、消費税が増税されていることである。かくして大企業は空前絶後の内部留保を貯め込んだ。>
・大企業の内部留保は500兆円を突破する見込みだ。しかし、これらの70%近くが法人税を払っておらず、払っていても実効税率を大幅に下回っているのだ。ちなみにトヨタは09年から5年にわたり法人税を払っていなかったのだが、この間には輸出還付金を受け取るばかりか、それに利息相当の1.6%が加算されるという至れり尽くせりだったのだ。消費税とはこのような大企業の特権による税収の欠損を埋める制度であり、コーポレートクラシー(泥棒企業主義)の中心手段なのである。

<これは一国政府の陰謀といった小さいものじゃない。>
・多国籍企業の節税方法は80パターン以上もあるのだ。また外国での租税回避も黙認されており、それによって持ち出されたカネは累計で800兆円を超えるという。要するに最も税金を負担すべき大企業を最も軽減し、それを補うため最も税金を軽くすべき層に重税を課すことが日本の租税政策なのである。国民はグローバル企業の税金逃れのために苦しみ喘いでいるのだ。

<政治献金によって成り立つ政府は、税金を財界のために使う政府なのだ。独占資本から政治献金を貰う政権は、税金を国民に還元しない政権なのだ。>
・マスコミは外国人観光客が倍増したと浮かれているが、インバウンド消費は5兆円にも満たないのだ。対し国民の個人消費は300兆円規模である。後者が僅かでも縮小すれば不況になるのだから、消費税率は絶対に引き上げてはならなかったのだ。為政者もそれを重々承知しているのだが、経団連企業の輸出戻し税が7兆円規模に増えることから、彼らの要請に応え税率の引き上げに踏み切ったのである。かくして巨大リセッションは利権によって生じるのだ。

<グローバル化された政治は一国の理想など顧みず、ひたすら利益を追い求め節操のないことをする。>
・昭和の東京五輪の直後には、その反動によって証券恐慌(いわゆる昭和40年不況)が生じ、倒産が前年の3倍に増加したのだ。高度成長の真っ只中においてさえそのような惨状だったのだから、消費税増税によって経済が著しく縮小する令和の時代において、一体どれほど醜い事になるかは想像に難くないだろう。もはやこの国は経済観念を全く持たないのだ。

<特に日本の場合、教育と医療という人間の一番大事なものが徹底的に破壊されつつあります。>
・既に日本は世界に名立たる重税国家だ。社会保険料なども実質の税金と見なせば、断トツの重税国家である。ちなみにアイスランドでは所得の40%が税金として徴収されるものの、医療も教育もほぼ無料なのだ。
これに対し日本は納税の対価となるサービスが乏しく、アスピレーション・レベル(社会保障の欲求水準)が著しく引き下げられているのだが、国民はそれが多国間に跨る搾取の所産であることに気付いていないのだ。

<アメリカの繁栄は日本の稼ぎを搾取し横取りすることによって成り立っている。>
・政府の保有するアメリカ国債が僅か1年で25%も積み増しされ、120兆円規模に達している。これは所有権も決済権もない形だけの債権であり、有利なレートで売却し為替益を得ることが許されない空手形なのだ。日本はかくも莫大なマネーを、社会保障や産業振興に充てられないばかりか、償還時に円高となった場合は、数兆円の為替損すら被るのである。アメリカ経済はこのような「帝国の貢納制」によって成り立っているのだ。

<日米合同委員会の決定事項が、憲法も含めた日本の法律よりも優先されるということです。そのことを総理大臣の私は知らなかった。>
・日本を実質支配する日米合同委員会の上に何があるのか一度よく考えてみるべきだろう。この委員会は本国の政権の指令で動いており、本国の政権は多国籍企業のロビーによって動いているのだ。そしてこのようなメタ・ガバナンス(統治の統治)によって日本の制度が決定される仕組みなのである。

<コングロマリット(多国籍企業)の本質は独占資本である。彼らはアメリカの大統領を支配する力すら持っているのだ。>
・アメリカは触媒国家なのだ。つまりアメリカが日本を支配しているのではなく、グローバル資本がアメリカの議会を仲介として日本を支配しているのである。

<安倍総理は日本を破滅させた人物として歴史に名を残すでしょう。自国通貨の価値を下げるなんて狂気の沙汰としか思えません。>
・金融緩和で過剰供給された通貨が株価を押し上げ、東証プレイヤーの7割を占める外資をぼろ儲けさせている。しかしその一方で通貨の希釈(経済ボリュームを超えた紙幣の発行)が円安をもたらし、国民は資産の目減りや原材料の高騰に喘いでいるのだ。一国の通貨破壊はテロリズムに匹敵する行為であり、非公式戦争の一形態なのである。

<「ひたむきさ」や「感動」がオリンピックという欲望機械を動かす燃料として搾取される。>
・オリンピックは単なる商業イベントである。これによって政治家やゼネコンや、組織委員会や、広告代理店や、マスコミは利益を得るが、開催国の国民は費用を押し付けられるだけなのだ。まして日本の場合、原発事故が収束しておらず、国内に難民が生じている状態で開催を決定していたのである。オリンピックとは利権者たちのパノプリ(乱痴気騒ぎ)なのだ。

<私は国民の生活が大事などという政治は間違っていると思うのです。>
・そもそも子ども食堂があること自体おかしいのだ。なぜならこれは国が憲法第25条に規定された「文化的で最低限度の生活を営む権利」を保障せず、福祉を民間に丸投げしていることを意味するからである。子どもの飢えは民間の篤志に委ねるのではなく、公費で解決すべき問題であり、「小さな政府(最小福祉国家)」の増長を許してはならないのだ。

<支配者にとって大衆が知識を持つことは不都合なのである。>
・国債の増刷によって景気の回復を図るという奇説が流行っているが、これは全く実態を伴わない空理空論である。そもそもこの理論の支持者たちは、国民が納税によって国債の元本利息を支払うという基本原則も、毎年にわたり国税の40%以上が国債の償還に充てられていることも理解していないのだ。

<「ならず者経済」とは、共産主義の崩壊とグローバリゼーションの台頭という20世紀最大の経済的変化によって解き放たれた凶暴な力なのだ。>
・支配層がこれほどまでにやりたい放題できる事情は、ロシアと中国が市場国家化し、共産主義や社会主義という資本主義の敵が消失したことなのだ。つまりどれほど民衆を虐待しても、すでに対抗する思想が死絶しており、革命が生じる懸念がなくなったことにより搾取が過激化しているのだ。これが現代世界で資本が猛威を振るう原理なのである。

<派遣労働が低賃金なのは当たり前。気ままに生活しても賃金も社員並みというのは理解できない。>
・安倍政権下では非正規社員が304万人も増加している。今や働く者の半数近くが使い捨て(プレカリアート)という状況を正さなければ、景気が回復するはずもないだろう。すなわち内需を喚起させ経済を正常化するには、ハケンという現代の奴隷を解放し、正規雇用を義務付けるしかないのだが、派遣制度の強化が日本経団連の要望であることから、かくも重要な問題が国政から抹消されているのだ。

<この時代を一口で言うと、白人による世界植民地制覇の時代である。>
・派遣社員からピンハネされた賃金は、外国人投資家の配当に化ける仕組みだ。ゆえに正規雇用を義務付けようとすれば、TPPやFTAの枠組みでISDS訴訟(投資家対国家紛争解決)されるだろう。しかもラチェット条項により一旦決定した事は絶対に変更が許されないのだ。国民は甘く考えているが、通商条約による内政干渉は労働の分野にまで及ぶのである。

<企業が忠誠を尽くす相手は株主であって国民ではない。>
・大企業が莫大な内部留保を貯め込む背景には、ムーディーズによる格付けがあるのだ。つまり自社の株価を維持するために内部留保の増大を強いられているのだ。また国際会計基準がフリーキャッシュフローを重視することも内部留保の過剰の要因である。そのために日本企業は研究開発費を削り、リストラに励み、正社員を派遣に置き換え、浮かせたカネをひたすら内部留保に充てているのだ。つまり外国人投資家の配当のために500兆円という莫大なマネーが退蔵され、それが経済の血栓となり、消費不況が四半世紀以上も続いているのである。

<国境を越えた資本主義が完成し、それが中流層から富を奪い、グローバル時代の新有閑階級を支えている。>
・日本社会の荒廃をよそに、UBSやクレディ・スイスを筆頭とする投資銀行は、単年で600兆円を租税回避地に送り、オフショアの資産総額を3000兆円規模に積み上げたのだ。つまり国民のカネは消えたのではなく、彼らの口座に移し替えられたのである。格差も貧困も地球的なゼロサムゲーム(勝者総取り競争)の所産なのだ。

<彼らは資本主義モデルの代替として成功例となりそうな社会の誕生を阻止するのです。>
・現在の日本の社会状況は崩壊前のソビエトと酷似している。すなわち特権官僚(ノーメンクラトゥーラ)が税金を私物化し、政治家が公営企業やインフラを外資に売りとばし、経済も財政もメチャクチャになったところで原発事故が起きるという(ソ連の崩壊と)同じプロセスを辿っているのだ。貴方はこの相似を否定できるのだろうか?

<大衆社会の特徴とは非エリートの操作可能性である。>
・かつて人類が体験したことのない巨大な「大衆社会(エリートが非エリートを操作する体系)」が出現しているのだ。そしてその中心ツールが、サッカーや、野球や、ラグビーなどの公的レクリエーションなのである。これにより国民は問題を捉え対処する知性を失い、画一的同調行動の群れと化しているのだ。現に関税自主権が撤廃される歴史的な局面において、大衆はそれに感心すら持たず競技に熱中していたではないか。

<故意に嘘を吐き、その嘘を心から信じ、都合が悪くなったら全て忘れる。>
・国会も多くの誤謬を用いている。例えばTPPやFTAの加盟に際しては外国産品が安く入手できるなどと説きリスクには触れない「片面表示」、原発事故の報道に際しては“絆”や、“復興”などの美麗な言葉を散りばめ印象を操作する「充填された語」、汚染水の放出に際しては著名な学者に安全だと言わせる「権威による論証」など手口は枚挙にいとまがないのだ。

<ネット社会の現実は、それぞれが自分にあった低位の情報だけを選び、自分と同類の人間とだけ交信し、馬鹿が馬鹿とつるみ、さらに馬鹿になるというスパイラルとなり、その結果として白痴化することなのだ。>
・現代の愚民化プログラムは、3S(sex,sport,screen)にSNS(電脳社交)が加わり、4S化しているのだ。SNS特有の簡易な構文や短文に脳が過剰反応すると、語彙力や読解力が衰え、その結果として思考力が劣化することが指摘されているが、これは自覚できないだけに危険なのである。

<目下の課題は新しい世界秩序を創造することである。>
・インフラや公営企業の民営化、医療や教育の市場化、先軍体制(社会保障費を削減し軍事費に充てる政治)の強化、民主的権利を脅かす弾圧法の施行など、我々の社会で起きていることを見れば「日米社会20年遅延説」の通りである。すなわち常にアメリカの現在が日本の近未来なのだ。そしてそれは同時にトランスナショナル・ポリティクス(国家を超越する統一的な支配の枠組み)が在ることの証明なのである。

<表向きは民主主義国家であっても、その裏では監視社会が進んでいるのです。>
・いずれ日本でも香港や中国のように、個人情報と、個人番号と、LINEと、生体認証と、スマホと、監視カメラが連動したユビキタスな監視体制が敷かれるのだろう。それはまさにジェレミ・ベンサムが構想したパノプティコン(監視刑務所社会)の現代的具現なのである。



『続・ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへ』
秋嶋 亮(旧名・響堂雪乃)  白馬社 2019/5/27



<被選挙権のない者たちが法律を作っている>
・ニホンで制定される法律の80%以上は官吏が作る「内閣立法」です。つまり国会議員の作る「議員立法」は全体の20%にも満たないのです。そして「議員立法」も内閣法制局によって調整されるため、実際には法律のほとんどが被選挙権のない官吏によって作られているのです。このように
国会議員は飾りに過ぎず公務員が立法を取り仕切る仕組みを「官僚内閣制」と言います。

<外国の食い物にされる国は何と呼ばれるか>
・政府は外国人観光客を呼ぶためにカジノを誘致すると主張していますが、実際には来場者の7割以上がニホン国民だと予測されているのです。

・このように外国に都合よく扱われる国を「クライアント・ステイト」と言います。

<植民地主義は生活領域まで広がる>
・「改正水道法」の成立により水道が外国の企業に委ねられることになりました。

・このように多国籍企業の支配が日常の暮らしにまで浸透することを「生活世界の植民地化」と言います。

<ギャンブル依存症者が世界一多い国でカジノを作る>
・カジノ法の成立により巨大な賭博場が各地に作られることになりました。しかしすでにニホンには、パチンコ、スロット、競馬、競輪、競艇など膨大なギャンブル施設があり、
依存症の人々は300万人を超えると指摘されているのです。だから国民の幸福や国家の品位を考えれば、これ以上賭博を広めるべきではないのです。それにもかかわらずこの法案が強行された事情とは、ラスベガス・サンズ社などの賭博資本がドナルド・トランプに莫大な選挙資金を提供し、カジノを推進する対日外交を求めたからなのです。

・このように相手国の事情を無視し、法律の制定や協定の締結を迫ることを「命令的・圧政的干渉」と言います。

<要するに外資の配当のための移民政策であるということ>
<なぜ貴重な雇用を国民ではなく移民に与えるのか>
<イギリス国民は移民に悲鳴を上げEU離脱を求めた>
<貧困のスパイラルから永久に逃れられない>
<移民の数だけ雇用が消える>
<失業者で溢れ返る国が100万人の移民を叫ぶ狂気>
・国は空前の人手不足を理由に移民の正統性を訴えています。しかし、ニホンの完全失業者数は160万人を超え、日雇い仕事や短期のアルバイトで凌ぐ人々がこれと同じ数だけいるのです。

・このように統計を無視し人手不足というデマカセをあたかも事実のように語ることを「作話」と言います。

<少子化を仕掛け労働者不足を訴える>
<天文学的な移民コストは国民の負担となる>
<移民国家は犯罪国家になる>
<下層に転落した人々の運命>
<かつてない「就業の大競争時代」の到来>
<『家畜人ヤプー』さながらの人々>
・驚くべきことにニホンが主権を失う局面において、保守を自称する人々は外国資本に忠誠を誓い、経済市場や社会資本を明け渡す手助けをしていました。つまり国体の護持に努めることを本文とする右翼の団体や神道の連盟がグローバル企業の手先となり、自由貿易や経済特区を推進していたのです。このように或る集合が矜持や主義を投げ捨て変貌することを「アニムス・ドミナンディ」と言います。

<移民社会は低賃金社会である>
・「出入国管理法改正案」によって移民が解禁されました。しかし経済企画庁の試算によると、移民が100万人規模で流入した場合、安い労賃が給与相場に波及することにより、全体の賃金は24%も引き下げられるのです。

・このように現実を無視し移民の増加によって社会が発展するなどと唱える愚説を「俗流経済学」と言います。

<経済特区は現代の租界>
<世界で最も愚かな国であることの証明>
・近年は中国など経済特区も悉く不成功に終わっています。そもそも経済特区とは低賃金や安い税金と引き換えに外国の企業を誘致する手段であることから、先進国にとってはマイナスでしかないのです。

<やがて投資家の訴訟がニホンのおカネを奪い尽くす>
・日本のTPP加盟によって最も活気づいているのは医療業界や製薬業界ではなく、保険業界や金融業界でもなく、IT業界でも通信業界でもなく、各国に支店を構える国際弁護士事務所です。なぜなら、TPPにはISDS条項が盛り込まれているため、法律家たちはニホンの制度の多くがそれに触れることに着目し、参加国企業に訴訟プランを持ちかけているのです。

<津波や地震よりもグローバルな資本が脅威である世紀>
・インドでは過去20年の間に30万人以上の農民が自殺しましたが、これも自由貿易体制がもたらした惨害だったのです。そしてTPPが発効された後のニホンにも安価な外国製品が押し寄せ、生産者の多くは廃業や縮小を余儀なくされるのです。このように資本と政府が一体となり外国の市場を支配する取り組みを「権益拡張」と言います。

<国民を守る機能としての政府はもう無い>
・つまりニホンは外国資本が提示する条件を全面的に受け入れる形で破滅的な協定に署名したのです。このように国益を守る機能が消滅した状態を「政府の空洞化現象」と言います。

<相手国を破滅させる貿易を何と言うか>
・外国企業はTPPを通じほとんどの経済分野を支配できます。そしてこれらの企業は二重課税防止の租税条約によって納税義務を回避し、ニホンで得た利益の大半を国外に持ち出します。

・このように貿易の相手国に損害を与える通商の枠組みを「敵対貿易」と言います。

<政治家もTPPの内容を知らない>
・TPPの内容は原則4年にわたり秘密指定されます。そしてこの間には多国籍企業の関係者だけが条文の閲覧を許され、国会議員ですら詳しい内容を知ることができないのです。

・このように協定を結ぶ過程やその中身を不透明にすることを「ポリシー・ロンダリング」と言います。

<国民の議会が廃止され外国の企業が政府になる>
・貿易協定が国家憲法により上位に置かれるということは、国民の代表議会が無効になることを意味します。つまりTPPの発効とは民主主義の終焉と同じ意味なのです。

・このように投資家や起業家が国民の議会よりも権限を持つ体制を「超国家主義」と言います。

<離脱も撤回も永久に許されない協定に署名した>
・TPPの侵略的な意図に気付いても破棄することはできません。なぜなら協定の合意文書には離脱を禁じた「ラチェット条項」が盛り込まれているからです。そもそも国家憲法は国民投票によって変更できますが、貿易協定は加盟国の合意がなければ変更できないのです。つまりニホンは永久にこの体制に呑み込まれ、二度と主権を取り戻すことができないのです。このように未来は先行する出来事によって決まるという見方を「決定論」と言います。

<主権が無くなったことに誰も気付いていない>
・TPPが発効されましたが、国民はその恐ろしさを理解していません。現代世界において自由貿易に批准することが、主権の放棄と同じであることが分かっていないのです。すなわち、関税法、行政法、病院法、会計法、食糧法、商標法、著作権法、特許法、薬事法などを始めとする諸々の法律が、外国によって都合よく変えられる事態を予測できないのです。このようにマスコミも周囲も騒いでいないのだから大した問題ではないと錯誤することを「多次元的無知」と言います。

<自国のことを自国で決めてはならないというルール>
・そもそも批准とは「協定に拘束されることの同意」を意味します。要するに「憲法の上位法として貿易協定が位置付けられること」を示唆するのです。だから今後ニホンは国民の幸福や自国の経済の発展よりも、加盟国の要求を優先して制度を定めなくてはならないのです。換言するならば、加盟国に拠点を置く企業の命令に従って法律を運用しなくてはならないのです。このように多国間に跨る権力によって決定される政治の様式を「リンケージ・ポリティクス」と言います。

<巨大な不況が戦後最長の好況に偽装された>
・年金や日銀を始めとする公的資金の介入が無ければ、東証の株価はせいぜい1万円程度と推計されます。つまり現在の株式市場は国民の資産を注ぎ込んで価格を吊り上げた偽装相場なのです。また民間消費が3年も連続して落ち込んでいるとおり、ニホンの経済は好調であるどころか、戦後最大級の不況の真っ只中にあるのです。このように官報化したメディアによって誤った認識を抱くことを「教化効果」と言います。

<報道が認識を歪め事実を不明にする>
・新聞各社は倒産件数が過去最少になったと伝えます。しかしその一方で業績不振による自主廃業が過去最多を記録しているのです。テレビ各局は有効求人倍率が過去最高になったと伝えます。しかしその内の約6割が月収15万円にも満たない低賃金か、派遣などの有期雇用なのです。つまり政治の失敗がメディアの修辞によって隠されているのです。このように新聞テレビが作為的に情報を切り取って報道することにより生じる認知の歪みを「メディア・バイアス」と言います。

<現実は在るのではなく作られるということ>
・好景気とは国民の所得が増え、個人消費が設備投資を促し、資金需要の増大によって金利が上昇するサイクルを意味します。しかし新聞テレビの言う好景気は全くこの要件を満たしていません。現に国際通貨基金の統計によると、2017年のニホンのGDPの伸び率は191カ国中147位であり、今後さらに後退する見通しなのです。つまりニホンの経済は好景気どころか大不況の最中にあるのです。このようにあからさまな虚偽でありながらマスコミによって事実だと信じ込まされることを「マインド・セット」と言います。

<国民は無知に沈められる>
・マスメディアはTPPによって主権が消滅したことを伝えません。原発事故の被害がどれほど広がっているかも報道しません。株式運用によって年金に莫大な損失が生じていることも、総理大臣の外遊によって国防費12年分のおカネがばら撒かれたことも、ニホンの生活保護支出が先進国中最低でありながら国会議員と公務員の給与が世界最高であることも全くニュースにしないのです。

<問題はどのようにすり替えられているか>
・新聞テレビはカルロス・ゴーンの脱税を大々的に取り上げていました。しかし問題の核心は120億円の記載漏れではなく、ニホンの経済システムが植民地の構造と化していることなのです。つまり日産が2万人の社員や期間工をクビにする一方で、ルノーには年間1000億円近い配当金を支払っているように、本当の問題は外国人がニホン人を搾取し莫大なおカネを持ち逃げする仕組みが出来上がっていることなのです。このように議論の争点をすり替えるマスコミの権力機能を「アジェンダセッティング」と言います。

<とろい人々を標本にして政府が望む世論をデッチ上げる>
・共同通信の世論調査によると内閣の支持率が50%近くもあります。
しかしTPPによって主権を放棄し、種子法の廃止によって伝統農業を破壊し、民営化によって水道を外資に売り飛ばし、移民の解禁によって雇用を奪い、消費税率の引き上げによって不況を決定的にし、年金の運用失敗によって老後資金を焼失させ、挙句に国土を世界の核ゴミ処理場にしようとする政権が、半数の国民に支持されているはずがありません。このように期待したとおりの回答が得られる層から作為的に抽出したデータで作る世論調査を「偏った標本による虚偽」と言います。

<テレビに気を取られている隙に国を乗っ取られた>
・合衆国広報文化交流局の長官が「情報庁の役目は外国に市場を開放させることである」と述べています。そして現実にニホン国民が「おバカ番組」に気を取られている隙を突いて、TPPの批准や主要都市の特区化が決定されたのです。繰り返しますが自由貿易や経済特区がグローバル資本が国富を吸い上げるための制度的枠組みであり、これによって破滅的事態が生じるにもかかわらず、国民は未だ何が起きているのかすら理解できないのです。このように低強度戦争の兵器として用いられるテレビなどのメディアを「心理媒体」と言います。

<この国では50歳の大人の政治知識が15歳の子どもと大差無い>
・ほとんどの国民は国の本当の予算である特別会計の額も内訳も知りません。消費税の全額が大企業と富裕層の減税に使われていることも、天下り予算が国防予算の2倍もあることも知りません。毎年どれだけの国債が発行されているかも、国会議員が外国企業からどれだけ献金を貰っているかも知りません。そして法律の大半が国会ではなく公務員と在日米軍によって作られることも知らないのです。つまりニホンでは50歳を過ぎた大人の政治知識が中学生のそれと大差無いのです。このように無知の自覚のない人々がマスコミに誘導され世論を形成する状況を「多数派の専制」と言います。

<内閣官房機密費に飼われる卑しいジャーナリストの群れ>
・この国の政権は外資から献金を受取り、それに応える形で法律を制定しています。それにもかかわらず論壇誌やオピニオン誌は、彼らが愛国的な保守政党であると書き立てています。62億円の官房機密費の9割近くが領収書不要の「政策推進費」に用いられているとおり、結局これらの編集者や言論人は買収され、言われたとおり提灯記事を書いているだけなのです。このように権力に飼われる恥知らずな批評の群れを「エンベデッド・ジャーナリスト」と言います。

<全てが見えているようで何も見えていない>
・「パチンコチェーンストア協会」のアドバイザーとして自民党の議員が25人、日本維新の会の議員が6人、国民民主党の議員が8人、立憲民主党の議員が4人参画しています。要するに政治家は業界の便宜を図り、北への送金を見逃すことにより献金を貰っているのです。

・このように高度な情報社会でありながら重要なことは何一つ知覚できない現代の逆説的な有様を「輝ける闇」と言います。

<ニホンの主義を誰も知らない>
・私たちの国のイデオロギーは国民の代表が政治を行う民主主義ではありません。それは新自由主義を土台とし、最小福祉主義や、企業独裁主義や、官僚搾取主義や、新植民地主義や、少数者専制主義などが混淆した特殊な形態なのです。このような国民に知られていない支配の意図や作用を「潜在的機能」と言います。

<国家は国民のためはなく資本のためにある>
・国家観にはおおよそ三つの種類があります。すなわち民族の政治的統一機構あるいは文化の有機体と捉えるヘーゲル的な捉え方。搾取する階級の道具的な機構であるとするマルクス的な捉え方。そしてグローバル企業の「帝国」に在るコミュニティに過ぎないとするネグリ&ハート的な捉え方があります。

・このように筋道を立て分析する思考の態度を「理論理性」と言います。

<バラバラに見えるものが一つの恐ろしい構造を示す>
・バラク・オバマは退任のドサクサに紛れNDAA(言論統制を合法化する国防授権法)に署名しました。つまり時限立法だった「愛国者法」を永久法にしたのです。

・このように戦争経済の発展のため各国が同じ体制に収斂することを「構造的同型性」と言います。

<大統領も末端の使い走り程度の者に過ぎない>
・アメリカの財務長官は国の予算を決定するだけでなく、諸々の税制を策定し、さらには通貨発行権を担い、連邦準備制度理事会や国際通貨基金の代表すら兼務します。つまり財務長官とは大統領を凌ぐ宗主国の最高権力なのです。

・このように一国のトップを頂点とする権力の階層においては末端の者に過ぎないことを「地位の非一貫性」と言います。

<政治家は選出母体の代理人であるという原則>
・アメリカでは2010年に「シチズンズ・ユナイテッド」という判決が下されました。要は選挙資金の寄付の上限を定めた法律が撤廃され、企業が息のかかった者を政界に送ることが合法となったのです。

・このように企業や金融の圧力によって成る政治体制を「プレッシャー・ポリティクス」と言います。

<資本は議会に命令する>
・前任のバラク・オバマも選挙公約の大半を翻し、多国籍資本に言われるまま政策を転換しました。オバマが使った軍事費はイラク戦争を引き起こしたブッシュ政権よりも多く、退任の間際には100兆円のミサイル防衛計画まで承認したのですが、これは彼が削減した福祉予算と全く同じ額だったのです。そして後任のドナルド・トランプも戦争予算を捻出するため、国の債務をさらに増やすと宣言しているのです。このように政治のトップを操る力を持つ企業や団体を「非国家的行為主体」と言います。

<やがて非国民という言葉が日常語になる>
・自民党が与党に返り咲いた2012年以降、軍需企業上位9社による政治献金は2倍になっています。そして兵器予算を捻出するため、消費税、所得税、住民税、固定資産税、贈与税、自動車税、国民年金保険料、厚生年金保険料、医療費、介護保険料などが引き上げられ、さらには年金支給の先送りが強行されようとしているのです。このように軍事の優先により国民の暮らしを大悪化させることを「戦前の無責任の体系の再現」と言います。

<右翼も左翼も形式的に存在するだけで機能は無い>
・本来の保守とは伝統社会や独自文化を護持し、国民経済と独立主義を絶対とする立場です。しかし今時代の保守は自由貿易や経済特区による植民地化を推進しているとおり全く真逆のスタンスです。これに対して左翼とは労働権と福祉権の充実を目指し、弱者の救済を至上とする立場です。しかし今時代の左翼は保守と協調してグローバリズムを推進しているとおり、右翼の補完勢力に成り下がっているのです。このように対立する者たちも利益の共有によって似たような存在になるという説を「蹄鉄理論」と言います。

<愛国者ほど国を批判し、売国奴ほど国を賛美する>
・そもそも保守派が「外国の軍隊が国内に駐留する状態での改憲」を支持することなど狂っているのです。なぜなら外国の軍隊が自国の議会を支配する状況で憲法を改正するならば、あらゆる法律が外国に都合よく書き換えられ、永久に隷属することになることが分かりきっているからです。

・このように保守を名乗りながら実際には外国の手先となって活動する者たちを「偽装右翼」と言います。

<馬鹿が多くなると社会は右翼化する>
・元最高裁判事の濱田邦夫氏が自民党の改憲草案について「正気の人間が書いた条文とは思えない」と語っています。例えば天皇が象徴であるとともに元首であると記され、憲法の三大柱である国民主権・基本的人権・平和主義が否定され、国防軍の創設が明記されるとともに、拷問の絶対禁止の条文から絶対が削除されているのです。このように社会が極めて危険な状況であるにもかかわらず、スポーツやバラエティなどの低劣な娯楽に溺れ、政治への関心を失うことを「アポリティカル」と言います。

<派遣の兵隊になって死んだところで何の補償もない>
・今や20代の半数近くが非正規社員となり、アメリカのように貧困層の若者が進んで軍隊に入る「経済的徴兵」の下地が出来ています。そしていずれ自衛隊の業務の多くも民間企業に委託されます。

<権力に付け込まれている内に思考力を失い無反応になった>
・ニホン人は権力に逆らいません。主権を撤廃する貿易協定が締結されても、削減された社会保障費の全額が大企業減税に付け替えられても、文教費が過去最低の中で軍事費が過去最高を記録しても、新規のガン患者が100万人を超える状態で遺伝子編集食品が流通されても、消費税にスライドして公務員の給与が引き上げられても、ニホン人は家畜のように大人しく絶対に反抗しないのです。このように権力に付け込まれている内に思考力を失い無反応になることを「アパシー」と言います。

<非理性を振りかざす醜い大人たち>
・ニホンの学校は抵抗権が自然権(国法に先立つ権利)として付与されていることや、市民的不服従(行政が生存権を侵害するようになったら反逆すること)が民主主義の原則であることを教えません。だから「国が決めたことに従うのが国民の務めだ!」などと絶叫する馬鹿者がゾロゾロと出てくるのです。このような歪な教育によって異論や反論を許さない社会が生じ、戦争などの危険な方向に向かうことを「斉一性の原理」と言います。

<兵器産業に投資する聖職者たち>
・宗教の欺瞞は外国も変わりありません。例えばカトリックの総本山であるバチカンの実体は宗教事業協会という投資ファンドです。そして聖職者たちは無限の愛を説く一方で、アエリタリア社などの軍需企業に莫大なおカネを投資しているのです。

・このように情報を知識のふるいにかけ何が本質であるのか吟味する試みを「エピステモロジー」と言います。

<宗教は普遍の支配ツールである>
・キリスト教徒の戦争には必ず従軍牧師が帯同されます。聖職者たちは常に軍隊と行動を共にし、相手国民を殺すことは神の意志に適うことなのだと兵士の心を鼓舞するのです。

・多くの司祭や牧師が寄り添い、キリスト教を信仰しない人種は人間ではないのだから殺しても構わない(心を痛める必要はない)と説教し続けたのです。このように或る宗教を成立させる中心的な論理を「エートス」と言います。

<宗教と政治が癒着し地獄のような社会を作った>
・仏教団体を母体とする公明党が20年以上にわたり政権に参与しているとおり、「政教分離の原則」は実質として解除されているのです。

・このように政治団体と宗教団体が結託する独裁体制を「強権的ファシズム」と言います。

<政府が国民に仕掛けるテロリズム>
・安倍内閣が発足してから円はドルベースで40%も暴落しています。外国人の所有する株式や過剰に発行した国債を買い取るため紙幣を刷り過ぎたことから、ニホンの通貨の価値がこれほどまでに奪われたのです。

・このように自国の政府による自国の経済の破壊を「ホームグロウン・テロリズム」と言います。

<危機は砂山のように堆積している>
・メディアが教示するニホン像とは「大胆な政治改革によって不況を克服し、五輪を契機に新たな発展局面を迎えた国家」です。しかし実相の国家は主権の喪失や、原発事故の拡大や、移民の導入や、福祉の廃絶や、貧困の蔓延や、財政の破綻や、経済の縮小にのたうち回っているのです。

・このように社会を取り巻く危機が何重にも重なる状況を「マルチハザード」と言います。

<迷いを深める答えが本当の答え>
・筆者には「それでは一体どうすればいいのだ?」という絶叫のような問いが寄せられます。しかしそれぞれが置かれている立場も、年齢も、個性も、経歴も、価値観も異なるのです。だからそれをたった一つの解決編で掬い取り道を示すことなど不可能などです。

・結局のところ答えは自分で考えるしかないのです。このように孤独の中で現実を見極めながら進むべき道を模索する行為の連続を「実存的な生き方」と言います。

<滅び行く国に生まれた若い君たちが考えなくてはならないこと>
・これから君たちが対峙する脅威とは、外国資本の傀儡と化した自国政府であり、生存権すら無効とする搾取であり、永劫に収束することのない原発事故であり、正常な思考を奪う報道機関であり、人間性の一切を破壊する学校教育であり、貿易協定に偽装した植民地主義であり、戦争国家のもたらすファシズムです。しかし運命主義に囚われ未来を諦めてはなりません。

・このような確信の下で自分を強く信じ不敵に生き抜こうとする精神を「先駆的決意性」と言います。



『愛国のリアリズムが日本を救う』
「何のために」を見失った日本人への骨太の指針!
高橋洋一   育鵬社 2018/9/5



<今こそ国益と政策的合理性の追求を>
・右と左の観念論を論破し、既得権益に固執する官僚とご都合主義に走る業界を糺す。

<愛国に右も左もない。あるのは日本に対する責任感だ!>
・戦後教育にどっぷりとつかり、学界やマスコミ界という「ムラ社会」の掟と徒弟制度のしがらみから抜けられない学者やジャーナリストなどは、強い思い込みというイデオロギーの世界にはまり込んでおり、現実を直視できていない。

<国益と政策的合理性の追求>
<筆者は、「国益を守る」ということが愛国だと思っている。>
・国という共同体において、そこに生きる人々の雇用が確保され、生きがいを持って仕事に打ち込み、相応の賃金が確保されることは、経済政策の根本だ。相応の賃金の総和が国の豊かさであり、それを実現することが国益の追求となる。

・むしろ、戦争にならない確率をどう高めるかが現実的な課題となる。筆者は、過去の戦争データなどを検証した結果、集団的自衛権を行使した方が戦争になる確率は低いと見出した。

・また、「もう日本は経済成長しない」「金融緩和政策では経済成長はあり得ない」などと言う人もいるが、バブル経済崩壊に伴う「失われた20年」は、日本銀行が間違った金融引き締めを行っただけであり、金融政策をセオリー通りに行っていれば景気の低迷はなかった。リーマン・ショック後も他の先進国が経済成長を果たしている中で、日本だけができない理由はどこにもなかったのだ。
 金融引き締めという高金利政策のもとでは、銀行は利ザヤを稼ぎやすくなるため、「銀行ムラ」に所属する経済学者やエコノミストは、自ずと金融緩和政策を否定する。

・特にアベノミクスを批判してきた左派やリベラルの政党、左派系マスコミでは、これらの状況をどのように理解しているのか。「貧富の格差をなくせ」と言うが、まず失業率を低くし雇用が確保されれば、人材不足に陥った企業は自然に賃金を上げざるを得ないのだ。左派・リベラル政党こそ、やるべき政策だったのである。

・一方、わが国の財務省は「財政再建のため消費増税は必要だ」と言う。
 しかし、これは彼らの天下り先である特殊法人や独立行政法人を民営化、もしくは廃止して投資を回収するという手段を考慮し、統合政府の考え方で国の子会社である日本銀行をバランスシートに加えれば、日本の財政は健全であることに目を向けようとしない。景気低迷から今まさに脱却しようという途上で、消費増税などというのは、角を矯めて牛を殺す議論でしかない。

<総理大臣は雇用と外交で評価される>
<名宰相の条件>
・当たり前の話だが、首相は日本の国益を最優先して考え、実行していかなければならない。国際社会と協調できず、国民の安全と生活を保障できないようでは、どんなに素晴らしい理想を持っていたとしても、首相としては不適格者だ。

<経済政策の主眼は「雇用」に鈍感だった民主党政権>
<時の政権が見誤った政策の顛末>
・時の政権への批判は野党の重要な仕事であるから大いにやってもらいたいものだが、安倍政権の政策に対して対案を出すにしても、左派系野党の基礎的な学力と分析力、先見性がないとしか言いようがないから、議論しようにもできない。
 つまり経済・社会状況や国際関係、過去のデータなどを精査せず、端から「こうあるべきだ」という理想が結論としてあるため、ロジックが通用しない。
 政党や個人のイデオロギーは、それぞれ多様で結構なのだが、問題はイデオロギーにあまりに囚われ過ぎて、的確な判断を見誤ってしまっている。そのような政治家が政権にいると日本の舵取りを間違ってしまう。

<雇用を生む政策を見殺しにした民主党政権>
・連立政権の時のような過去の苦い経験を活かし、二度と同じ過ちを犯してはいけない。2008年のリーマン・ショックで後退している景気を立て直すためにも経済政策は重要だった。しかし、民主党の閣僚たちは行政の当事者になるには不慣れであり、各省庁の官僚をコントロールすることなどできるはずはなかった。

<何をやりたいのか分からない左派・リベラル政党>
・すでに安倍政権が金融緩和政策を使って雇用を伸ばすという「リベラル」や「左派政党」のお株を完全に奪っている。その結果、日本の政治では初めてそれを使って目覚ましい成果を出してしまい、その勢いで、市場重視、社会福祉でも矢継ぎ早に政策を出しており、左派系野党は後れを取っている。

<何をもってアベノミクスは破綻していると言うのか>
・その大塚共同代表もアベノミクスの金融緩和政策について、「既に破綻している」「5年経ったが良くなっていない」と批判している。
 大塚氏は日銀出身で平均的な国会議員よりは政策を語れる能力はあるが、古い日銀の枠からは出ていないようだ。
 日本をデフレに追いやり、「失われた20年」を作った当時の日銀は日本経済のガンであった。それをアベノミクスの異次元緩和によって取り戻しつつある今、再び古い日銀を復活させたいとでも言うのか。大塚共同代表は、金融緩和政策が既に破綻していると主張する根拠を「物価が上がらないからだ」だという。まさに古い日銀そのものである。
 物価だけに注目していると、デフレが望ましいように見えてしまう。確かにそうした理論も存在しており、いわゆる「フリードマン・ルール」と呼ばれる。

<労働者の雇用を守り賃金を上げているのは誰か>
・首相が経済界に賃上げを求めるのは「官製春闘」と呼ばれるが、これは安倍政権になってからの現象だ。本来これは労働組合や左派・リベラル政党が行うべきことなので、世界から見れば、安倍政権は「左派政策」をやっているように見える。

<原発存廃問題も市場の原理に任せる>
・ところで、左派やリベラルの人の中で「原発ゼロ」を訴え、原子力発電をすぐに廃止しようと言う人がいるが、これも理想を結論に持っていきロジックもなく「こうであるべきだ」論を展開するロマンチストである。

<AIで近未来はこう変わる>
<近未来、国家資格はなくなる>
・AI(人工知能)について話題になる時、プログラミングの経験があるか、ないかでその受け止め方が大きく違うようだ。経験がない人はAIが人類の知能を超える転換点(シンギュラリティ)を迎え、SF的な発想で人類を脅かす存在になると考えているようだ。経験のある人は単なるプログラムとしか見ていない人が多く、筆者もその一人だが、プログラムは活用するだけという立場にいる。

<AIやロボットの導入により、今後多くの仕事が失われるとの予測がある。>
・タクシー・トラック運転手、ネイリスト、銀行の融資担当者、弁護士助手らの仕事は、コンピュータに代替される確率が90%以上とされている。
 ほかにも、コールセンター業務、電話オペレーター、集金人、時計修理工、映写技師、カメラ・撮影機器修理工、ホテルの受付係、レジ係、レストランの案内係、不動産ブローカー、スポーツの審判、仕立屋(手縫い)、図書館員補助員などの伝統的な仕事もなくなるという。

・金融業界も大転換があり、投資判断、資産運用アドバイス、保険の審査担当者、税務申告書代行者、簿記・会計・監査の事務員などは消えるとしている。

・これらには、専門的なスキルと言われてきた「士業」が多く含まれている。法律などによる専門資格を要件としているが、そうした「専門的スキル」と称されるものがAIで代替可能になるというわけだ。
 例えば、弁護士は、難関の国家資格が必要とされる業務である。しかし、その実態と言えば、過去の判例を調べることが中心とも言える。過去の判例はデータベース化されているので、適切な類似例を調べるのは、今でもパソコンを使ってやっている。そうであれば、AIでもかなり代替できる可能性がある。
 公認会計士や税理士もパソコンの会計ソフトがあるくらいだから代替可能だろう。

<銀行の窓口から人がいなくなる>
・メガバンク3行が、AIやロボットによる自動化を進めるなどして、約3万人分の業務量を減らすと報じられている。

<行政も変わる時が来た>
・AIの特性を活かすならば国会答弁も適していると思う。
 国会の審議で政治家たちに向けられる質問内容は、事前に通告される。これを「質問通告」と呼ぶが、前日の午後6時頃に行われることがしばしばである。午後6時というと退庁時間を過ぎているので、官僚たちは「残業」せざるを得ない。

<労働人口減少は心配しなくていい>
・総務省によると、2013年で7883万人いた労働人口(生産年齢人口=15歳以上65歳未満)は、2060年には4418万人まで減少すると予測している。しかし、前述したように今ある仕事の多くはAIに代替することが可能だ。
 悲観的に考えれば、人間から仕事が奪われるということになるが、ベーシック・インカムと考えてみてはどうだろうか。つまり、AIによって働かなくとも最低限の収入が得られるというものだ。単純労働や情報処理業務など、AIに任せれば生産性は上がるだろうから、少子高齢化の日本に合うかもしれない。

・では、肝心のAIに関する技術力はどうだろうか。科学技術関係予算は2012年度の5兆2792億円から2年連続で減少し、2014年度4兆1270億円だ。研究費の政府負担を他国と比較すると日本は18.6%で37%あるフランスの半分程度。韓国の24.9%、中国の21.7%より低い。

・これは以前から言っていることだが、筆者が企画した「ふるさと納税」の仕組みを利用してはどうだろうか。地方大学や民間研究所へ個人や企業が寄付してもふるさと納税と同じように税額控除するという仕組みだ。

<サンドボックス制度の導入>
・さて、今年(2018)2月、政府が「サンドボックス制度」導入を閣議決定し、経済産業委員会で審議が始まっている。
 サンドボックスとは「砂場」という意味で、コンピュータ用語として使用されているものだ。システムをチェックする時に、トラブルがあっても害が外に及ばないように保護された領域で動作させるセキュリティ機構のことを言う。

・この制度を利用すれば、AIの技術を駆使した自動走行などの革新的な技術やビジネスモデルの実証実験がしやすくなるわけだ。

<企業はどうなる>
<ものづくりとデータ改竄問題>
・日産自動車や神戸製鋼所、東レなどでデータ不正問題が次々に発覚している。日本の製造業に対する信頼が失われるとの指摘もあるが、どのような背景があるのだろうか。

・一連の不正データ問題が、報道通りだとすれば、リーマン・ショック(2008年)以降、企業体力が弱まる中、余裕を持って安全性をクリアすることもままならなくなり、実態としては理不尽ともいえる役所の資格基準を順守する余裕もなかったのかもしれない。

・いずれにしても、安全基準をクリアしているかどうかが最終ラインであるので、そのチェックは万全を尽くすべきだ。
 問題発覚から公表までの期間が長いので、企業イメージを損なってしまうし、問題発覚後も取引していたことになり、企業のコンプライアンス(法令順守)の点でも問題だ。

<中国の動向と外交政策のポイント>
<一帯一路の海軍力の増強>
・つまり、鉄道、道路、港湾のインフラ整備を行って、陸と海のシルクロードを作るという構想で、巨大公共事業を中国国外で行うというものである。
 中国が国内で何かをやる分には人権侵害などを除き許容できるが、海外へ進出してきたら要注意である。
 実際、2018年1月、スリランカ政府は中国の援助で建設した南部ハンバントタ湾の管理会社の株式の70%を中国側に99年間譲渡することで合意した。この湾は建設費の13億ドルの大半を中国からの融資でまかなっており、最高6.3%にも上る高金利にスリランカの財政は耐えられなかった。

・また、中国が香港からポートスーダンまで延びる、中国の海上交通路戦略の「真珠の首飾り戦略」の一部で重要拠点となっているモルディブでは、少なくとも16の島を中国の関係者が賃借りし、港湾開発やインフラ整備を進めており、モルディブの対外債務の約8割は中国が占め、返済に行き詰まった場合、島やインフラ設備をさらに中国に引き渡さざるを得なくなる可能性があるとナシード元大統領が指摘している。

・「一帯一路」構想が出てきた時に懸念されていたことが現実となった。「一帯一路」は、まさに中国版の国際秩序のやり方である。具体的には、金利が高く、返済できなければ領土を奪うというやり方だ。
 先進資本主義国のやり方は、先進国なので低い金利で譲渡可能だから、低い金利で融資する。返済が滞っても、リスケ(返済猶予)を設けて領土を奪うという蛮行は決して行わない。「一帯一路」構想が出た時、国内左派から、「バスに乗り遅れるな」という議論が出てきて、筆者はそんなボロいバスに乗るなと言ってきたが、まさに予言的中だ。左派識者のデタラメを物語るものだ。

・先にも書いたが、韓国の文大統領は親北であり、つまり大国中国を意識していることは間違いない。中国としては、北朝鮮を経由して、南北の
連邦制を作らせて、朝鮮半島で統一和平という名の下に、朝鮮半島すべてを社会主義国化したいと目論んでいるはずだから、日本も安穏としていられない。

<中国は、人口1人当たりGDP1万ドルを超えられるか>
・ところで、「中国はいつ崩壊するのだ?」と問われることが多い。社会主義体制の国など長くは持たないだろうと誰もが思っている。しかしソ連も同じく、ずっと崩壊しなかった。というのも社会主義国というのは統計をごまかせばかなり持続できるからで、ソ連は70年間持った。
 ではなぜソ連は崩壊したのか。簡単に言えば、ソ連が経済成長を望んだからだ。
 そのため、中国もこれ以上の経済成長を望めばいずれ崩壊するだろう。

・また中国は、今の体制のままでは先進国にはなれないのは確かである。
 先進国の定義は曖昧で国際的に基準が決められているわけではないが、筆者の見解では、先進国になるためには人口1人当たりのGDPが1万ドルを超えないと無理だ。
 裏を返せば、中国がなぜ今まで崩壊しないで今日まできたかというと、いまだGDPが1万ドルに届いていないからというのが筆者の予想である。GDP1万ドルを超えるには、資本の移動の自由などが保障されていなければ越えられない額だと考えているからだ。
 さらに、先進国になるにはもう少し工業化を進めなければならない。ある程度工業化しないと、資本主義国でもGDP1万ドルを超えるのは結構大変だ。理論的な根拠ははっきりとしないが、今までの先進国を振り返るならば、工業化した後に消費者経済に入るというパターンとなる。

・中国の場合、消費者経済が少し早すぎて、工業化まで行っていない。このことは中国の擁護論者から見ると新技術でカバーできるという人もいるが、その技術を自由に使うことができなければ、なかなかうまくいかないだろうというのが、筆者の予想だが現実に起こり始めている。
 例えば、企業内に共産党委員会を作れという話がある。それに従うということになったら当然企業の健全な経営はままならなくなる。中国は今、そういう思想の面で統制をかけてきている真っ只中であり、このような状況からは民間企業は生まれない。

・以上の予想をもとに考えれば、中国の崩壊まであと何年と言うのは難しいが、人口1人当たりのGDPが1万ドルを超えるという可能性は少ないとしか思えない。
 結果として、政治的な自由を確保しないまま、経済的な自由を完全に謳歌できず、中国の一党独裁の共産党がある限りは、なかなか経済成長は難しいという長期的な読みが出る。
 つまり、経済成長を目指そうとすれば不自由な社会主義経済では不可能であり、おのずと自由主義の資本主義経済になるわけだ。それは、中国の崩壊を意味する。

<「日本は蚊帳の外」という致命的な誤り>
・北朝鮮は、このアメリカの圧力を受けて日本に助けを求めてきた、というのが過去の日朝首脳会談実現の背景にあった。つまり、北朝鮮は圧力をかけないと動かない国であるが、実際に圧力があると反応する国でもあるのだ。

・このように考えると「日本は蚊帳の外」と言っていた人たちは単に安倍政権を批判したいというだけであり、もっと言えば中国と北朝鮮の立場で主張している「国賊」のようなものだ。

<連携したい自由主義・資本主義国>
・経済不安を抱え、軍事大国化している中国に対して、日本は国際社会とどのように連携し対抗していけばよいのか。まず、提携する筆頭国はもちろんアメリカだ。「一帯一路構想」を基軸に内陸国家から海洋大国として覇権を強めようとしている中国に、アメリカも敏感に反応している。

<いつの間にか日本主導のTPPで「中国抜きの経済連携」>
・TPPのメリットは自由貿易の恩恵だ。これは経済学の歴史200年間で最も確実な理論だ。ただ、自由貿易でメリットを受けるのは輸出者、そして消費者だ。一方で、デメリットになるのが輸入品と競合する国内生産者だ。自由貿易の恩恵というのは、メリットがデメリットを上回ることを言う。
 これは経済理論だけではなく、定量的にも国際標準の方法で確かめられる。それに基づく政府試算で「概ね10年間で実質国内総生産(GDP)3兆円増」とされている。これは、「概ね10年後に今よりGDPが差し引きで3兆円増加し、それが続く」というもので、反対論者が言っていた「10年間累積で3兆円」ではない。反対論者は経済分析もできずに、意味不明な反対を言っていた。

・国家間紛争ルールを定めたISD条項など一般になじみのないものを毒素条項だと脅す反対論者もいた。この条項を利用して、アメリカ企業が日本を訴えて日本は負けるというものだ。しかし、この条項は、これまでの国際協定ではかならず盛り込まれており、日本が不利益を被ったこともない。法律上の不備があるとまずいが、日本の精緻な法体系ではこれまでやられたことはない。このように反対論者は無知でかなりでたらめだった。
 それが、アメリカがTPPから離脱すると、反対派は一気にトーンダウンした。
 TPPからアメリカがいなくなっても、TPP加盟国には米系企業があるので、ISD条項の脅威は同じであるので、反対派がいかに感情的でロジカルでない意見を言っていたかが分かる。

<米中貿易戦争で中国は大打撃>
・トランプ政権が中国に仕掛けている貿易戦争が、習近平政権に打撃を与えている。結論から言えば、この争いは中国に勝ち目がない。関税引き上げは、自由な資本主義国間では百害あって一利なしだが、対社会主義国では政治的には意味がある。

・ある程度の工業化がないと、1人当たりGDP1万ドルの壁を突破するのは難しいというのが、これまでの発展理論であるが、中国は今その壁にぶち当たっている。
 貿易摩擦で輸出主導経済が崩れると、中国の経済発展に行き詰まりが出て、中国製造2025の達成も危うくなる。

<集団的自衛権の戦争のリスクを軽減する>
<自衛隊の日報問題とPKO5原則の見直し>
・ずいぶん以前からPKOの実態は変わっているのだ。
 しかし、日本のPKO法は1992年の施行から26年間、放置されたままだ。

・このままでは世界の常識からどんどんと後れを取ってしまうばかりだ。
 今後、政治家が急いでやるべきことは、PKO法を世界の現状に合わせて修正するか、恥ずかしながら全部撤退するかのどちらかしかない。

<日米同盟の視点――アメリカは世界最強で一番怖い国>
・まず、日本が位置するアジアは、第2次世界大戦後(以下、戦後と呼ぶ)に起こった戦争(1000人以上の戦死者を出した国家間戦争を言う)38のうち15(39%)を占める最も多い地域である。

・したがって、日本は今後も最適な国と同盟関係を結び続ける方が、戦争が起こらない確率が高いということだ。

・日本の国益を守るために安全保障はある。その安全保障の確率をより高くするために何をすべきかをさまざまなデータを基に考えれば自ずと結論は出るのだ。



『「官僚とマスコミ」は嘘ばかり』
高橋洋一 PHP  2018/4/15



<森友問題、加計問題………>
・官僚たちは、自分たちの思う方向に状況をもっていくために、いかにメディアを操るか?マスコミは、なぜミスリードを繰り返すのか?「明日の社説に書け!」。財務省では、上司からそんな命令が飛ぶ。実は財務官僚は、様々な手を講じて、思いのままに新聞の社説を書いてもらえるほどの「ズブズブの人間関係」をつくりあげているのである。

・しかし私は、客観的なエビデンスから見て、この両者は、「安倍総理(ないし総理夫人)が関与して行政を歪めた」という観点についていえば、いずれも、かぎりなく「フェイクニュース(嘘ニュース)」である可能性が高いと考えています。
 なぜ、そう思うかは本文で詳述しますが、ここで押さえておきたいのは、両者が「フェイクニュース」ということは共通しているにしても、「フェイクニュース」をめぐる前提が微妙に異なることです。

・ここで財務省らしからぬ答弁ミスをします。自身の「事務ミス」を隠すためもあったのでしょうが、そのため、前述のように「決裁文書」の書き換えという犯罪にまで手を染めてしまうことになります。
 この森友問題の主たる構図は、マスコミが「あまりにも無理筋なストーリー」を描き、それを前提に突っ走ってしまったことでしょう。そのことが「フェイク」の元区になっています。きっかけは、致命的とまではいえない財務省のミスでしたが、追求が暴風のような勢いで吹き荒れたので、ついに局長(のち国税庁長官)のクビまで飛ぶことになりました。

・この加計問題は官僚(ないし元官僚)の「リーク」や「発言」によって、どんどんと煽られていきました。ここにマスコミの「安倍内閣を叩きたい」という思いが追い風になって、大きく膨らんでいったのです。
 ざっくり整理すれば、「森友問題」はマスコミが引き起こした暴風に、官僚が煽られて失敗してしまった事例、「加計問題」は官僚の側が暴風を煽ってマスコミが乗っかっていった事例ということになります。

・疑惑を追求する側は、「エビデンスに欠けるニュース」であっても、あるいは「フェイクニュース」でさえあっても、ストーリーを仕立てて、いくらでも追及することができます。
一方、追求される側からすると、「なかったこと」を証明するのは、「悪魔の証明」といわれるほど困難なものです。たとえば、満員電車に乗っていて「あなたは痴漢をした」と騒ぎになり、それをマスコミから連日のように報じられつづけて、「自分はしていない」ということを証明できる人が、どれほどいるでしょうか。

・行政を動かしている官僚や政治家も、このようなマスコミの性質を利用して、自分たちの思う方向に事態を持っていこうとします。今回、財務省が行なった「公文書」改竄はれっきとした犯罪です。しかし実は、官僚たちは「公文書改竄」という犯罪にまで手を染めなくとも、情報を「リーク(漏洩)」するなどしてマスコミを操作し、自分にとって都合のいい方向に世論を誘導するのは、むしろ日常茶飯事です。

<麻生氏の責任は重い>
・改ざんは、財務省理財局長として学園への便宜を否定してきた佐川宣寿氏の国会答弁と整合性を図るため、理財局の指示で行われたという。
 だが、財務省の調査報告には分からない点が多すぎる。

・三権分立に基づく立法府の行政府に対する監視機能をないがしろにし、この1年余の審議の前提を覆すことになる。国会審議の妨害にほかならない。
 公文書は、行政の政策決定が正しかったのかどうか、国民が判断できるよう適正に保管されるべきものだ。その改ざんは国民の「知る権利」を侵し、歴史を裏切る行為である。
 財務省は、会計検査院にも改ざんされた文書を提出した。検査院は、国の収入や支出をチェックするために設けられた憲法上の独立機関である。
 国の予算や国有財産の管理を担う財務省が、お目付け役の検査院を欺いていたことになる。
 まさに指摘のとおりです。財務省としても、何の弁解もできないでしょう。

<財務省が政治家に忖度しない3つの理由>
・しかしそもそも、財務省には「首相に忖度しなければ出世できない」とか「政治家に逆らうと危うい」などといったプレッシャーはありません。財務省は、政治家に忖度をする必要などないのです。むしろ逆に「政治家を潰す」力がある、といっていいでしょう。
 なぜ、財務省がそんなに強いかといえば、財務省には他の官庁にない三つの権限があるからです。
 一つ目は、予算編成権です。
 権限の二つ目は、国税調査権です。
 さて、三つ目は、官邸内に張り巡らされた人的ネットワークです。

・そうして、いち早く情報を入手し、首相、官房長官、副長官いずれかの段階で歯止めを掛けるべく働きかけることができます。天下りを含めて過去、財務省の意向に反する人事がなかったのはそのためです。

<安倍総理の「辞める発言」以前からほころびが>
・決裁文書書き換えの理由として、私が最初に感じた可能性は、佐川氏が所轄官庁の局長としての答弁の仕方はもちろん、地方財務局の仕事についても詳しくわかっていなかったことが、この結果を招いたのではないか、ということでした。

・つまり、佐川氏の国会答弁は、安倍総理の「関与していれば辞める」発言の以前から、ほころびが出ていたのです。佐川氏が書き換えを命じたのは、安倍総理が「辞める」と発言したので、齟齬を来さないように必死だったのではないかという指摘もマスコミや野党などからされましたが、佐川氏の答弁の経緯を考えれば、その指摘は実際にはあまり妥当とはいえない可能性が高いと思われます。

<詳細なメモは「忖度なし」の証し>
・ところが、佐川氏は迂闊な答弁をしてしまいました。とくに「価格交渉」がなかったと答弁したのは致命的で、これは嘘であることは各種の情報からすぐバレてしまいます。そこで決裁文書の書き換えをしてしまい、さらにその後は「文書を破棄した」など、嘘の上塗りを繰り返したのではないか、と想像することもできます。

<大蔵省接待スキャンダル事件と比較すると………>
・決裁文書の書き換えが明らかになったとき、多くの論者が指摘したのが、財務省の過去の不祥事、とくに1998年の大蔵省接待スキャンダル事件でした。
 私は当時、大蔵省内で管理職になったばかりだったので、よく覚えています。第一勧業銀行の総会屋利益供与事件をきっかけに、“MOF担”といわれる各銀行の大蔵省担当者による過剰接待が明らかになり、大きな問題になったのです。なかには、ノーパンしゃぶしゃぶといわれる店に行った例もあって、その名と共に世の中を大いに騒がせました。

・この事件で逮捕されたのは、大蔵省関係が5名、日銀1名。自殺者は3名にのぼりました。私が知っていた人も多く、本当に切ないことでした。
 逮捕された一人は、私の後任者でした。東京地検特捜部が捜査に入って、いきなり呼び出され、そのまま戻ってくることなく逮捕されました。自分の机の上も、仕事をしているそのままの状態でした。
 自殺で亡くなったのは当時、大蔵省銀行局の金融取引管理官と日本銀行理事、そして第一勧業銀行の宮崎邦次会長でした。

・皆さん、人として本当にいい方々でした。官僚のスキャンダルでは往々にして、真の首謀者はのうのうと生き残り、代わりに弱い立場の担当官やおとなしい性格の人が責任を感じて、自殺という形で犠牲になってしまうことがあります。今回、自殺してしまった近畿財務局の職員も、まさにそうだったのでしょう。心からご冥福をお祈りしたいと思います。

・飲食店に通っていた官僚リストに私の名前が入っていて、それで追求されたこともありました。私はその店へ行ったことはあったのですが、自費でした。自腹であることの証明を求められ、さすがに領収書は取っていないので、自筆の名前が入った会員証を提出し、接待を受けていないことを証明したこともあります。

<本来ならば消費税増税など許されない事態だが>
・この大蔵省接待スキャンダルは前例のない接待汚職でしたが、2018年に問題になった決済書類の書き換えは、まさに職務時間内の本業そのものの「問題」でした。考えようによっては、こちらのほうが罪が重いともいえます。

<“窮鼠猫を噛む”で自爆テロの誘惑?>
・万が一、財務省なり佐川氏なりが、「実は総理の意向が………」などと言い出したら、それだけで実際に安倍内閣が倒れるようなことになったかもしれません。

・私はかつて第一次安倍政権のときに社会保険庁を担当し、社保庁の「倒閣運動」ともいえるような、官僚による「情報リーク(漏洩)」、自爆テロを経験しました。2007年に、社会保険庁が国民年金など公的年金保険料のデータを杜撰に管理していたため、5000万件以上もの納付記録が消えてしまっていることが発覚し、「消えた年金問題」として国民の大きな怒りを買った事案です。

・これは明らかに社会保険庁の体質、より正確にいえば社保庁の労働組合の体質に起因する問題でした。社会保険庁の労働組合が、紙台帳をコンピュータ化する作業が推進された折に「人員削減につながる」「労務強化につながる」などといって猛反対し、「コンピュータ入力は1日5000タッチまで」「45分働いたら15分休憩」などといった、一般の常識とはかけ離れた覚書を交わし、いいかげんな仕事を続けてきたのです。

<なぜエビデンスもないのに決めつけるのか>
・少なくとも本書執筆時点では、本当のことは誰にもわからないのですから、エビデンスから推測するしかありません。現時点でのエビデンスに基づいて、あらかじめ「ストーリー」を組み立てて、報道している傾向もあるようです。

<なぜ官房機密費が必要不可欠なのか>
・官邸に入ってみると、官邸は財務省とはまったくやり方が違っていたため、ビックリしました。外部の人と会うときの費用として、おそらく官房機密費が使われていることも多いはずです。誰が官房機密費をもらっていたのかはよく知りませんが、官邸の機密が漏れないように、機密費を使わないといけないのだと思います。

・私は官房機密費については勉強不足で、使い方がよくわかっているわけではないのですが、たぶん相手に取り込まれないためのものだろうと思います。

・官邸の仕事の場合、相手にはお金を一切負担させず、官房機密費を使ってすべて自分たちが支払うやり方のほうが、インテリジェンスの面ではるかに理にかなっているのです。官房機密費を白眼視する方々もいますが、その意義は理解しておいたほうがいいと思います。私も官邸の仕事を垣間見て、その必要性を痛感しました。

<「危険度」のレベルが全然違う>
・いずれにせよ、官邸での仕事の場合は、様々な思惑で近寄ってくる人の数は、各省庁の場合の比ではありませんので、本当に十分に気をつけなければなりません。しかも、取り扱う問題は、推進派と反対派が熾烈にせめぎ合っている場合も多いですし、大きな政治問題にしようとマスコミや野党が虎視眈々狙っていることが日常茶飯事です。その危険度レベルは、やはり各省庁レベルとはだいぶ違います。

<マスコミには「確率的に考えられる人」があまりいない>
・アメリカの調査機関は、「ヒラリー氏が50数%の確率で勝ち、トランプ氏が40数%の確率で勝つ。ヒラリー氏が優勢」というような発表をします。

・結果は、トランプ氏の勝利でしたが、各州の勝敗が当たったか外れたかを見てみると、2州を除いて当たっていました。

・データを公平な目で見ないで、自分の思い込みや希望など、恣意的なものを入れすぎるから、マスコミは信用されなくなり、「フェイクニュース」と批判されるような状況になっているのです。
 トランプ大統領が「フェイクニュース大賞」というのを発表して、米メディアを名指ししましたが、バイアスのかかった一方的な報道を続ける限り、フェイクニュースと呼ばれてしまっても仕方のない面があります。

<「選挙結果は民意ではない」という驚愕コメント>
・選挙結果は、事前の予想どおり、自公の圧勝でした。
 選挙後には、与党に批判的なマスコミによって、自民党の選挙区の得票率が5割弱であるのに議席獲得率は75%になったとか、野党が一本化していれば60議席以上が逆転したとかいった報道がさかんになされましたが、つまるところ、「自民党が勝って、悔しい」といいたかったのでしょう。
 死票が多いのが小選挙区制度の特徴ですから、得票率と議席獲得率に差が出ることは仕方のないことです。すべてを比例代表にすれば、得票率に応じて議席が獲得できますが、全議席比例代表にするとヨーロッパのように小政党が増えて、連立政権が多くなります。連立政権というのは、寄せ集めですから実効性がうまくとれない、つまり、「決められない政治になりやすい」というデメリットがあります。

<八百長相撲かどうかを「千秋楽の星取り分析」で>
・データを調べるのは、それほど大変なことではありません。過去20年間くらいの7勝7敗力士のデータを調べるのにかかった時間は、小1時間くらいです。調べる必要があるのは、15日目の星取り表で、勝って8勝7敗になった人と、負けて7勝8敗になった人のところだけです。

<ただ「建前」を掲げて批判をするだけでは………>
・私は、相撲界に八百長疑惑があるといいたいわけではなく、すべてをガチンコ相撲にすべきと考えているわけでもありません。年6場所90日間ガチンコ勝負をするのは、無理があるという見方をしています。怪我が多くなって、興行的に成り立たなくなるのではないかと思います。
 プロレスの世界では、「ガチンコ」とはいわず「シュート」と呼ばれていますが、シュートをしないのが普通で、シュートは例外的に扱われています。

<マスコミのデータ分析には、いい加減で恣意的なものが少なくない>
・なぜ、あまり「保守化」していない若い世代に自民党支持が多く、「保守化」している老齢世代で自民党支持が少ないのでしょうか。
 一つは、若い世代にとって雇用が切実な問題であるのに対して、老齢世代は雇用の心配がないということがあります。

<マスコミの「知識不足」はフェイクニュースの温床>
<「伝える」役割なのだから最低レベルはクリアしてほしい>
・つまり、マクロ経済のメカニズムも知らずに、経済政策についての記事、あるいは経済政策についての批判記事を書くことが、まかり通っているということです。

・その下限の失業率は、NAIRUと呼ばれています。インフレを加速しない失業率です。
 失業率というのは、残念ながら、ゼロにはなりません。人間には合う、合わないというものがあり、雇用のミスマッチがありますので、仕事に就けない人が必ず出てきます。失業率には下限があるのです。この下限の失業率は、国によって違います。日本の場合は2.5%程度、アメリカの場合は4%程度です。

<実は経済運営というのはこれだけで終わり>
・日本は、いいところまで行きましたが、最後のところで少しサボっています。金融緩和については、日銀の黒田東彦総裁が以前よりも消極的です。財政面では、安倍政権は北朝鮮問題など外交にエネルギーを取られてしまっています。政権が外交に力を入れざるをえないため、増税派が力を盛り返してきて、左に動かそうとしている状況です。財務省の影響力が復活してきている感じです。

<アメリカの記者は金融政策と失業率の連動を知っている>
・日本のマスコミの人は、経済のことをよくわかっていないのであれば、アメリカの経済記者のまねをするだけでも、記事の質が上がります。アメリカの記事フォーマットをそのまま使って、データを日本のデータに置き換えて、雇用情勢、失業率のことを先に報じてから、金融政策のことを報じればいいのです。

<「財政破綻論」こそホラー小説的なフェイクニュース>
・ひところ「財政が破綻する」「日本経済が破綻する」「ハイパーインフレになる」という類の本がよく売れました。ホラー小説のようなものですが、各出版社が競って出していました。多くの本のネタ元は財務省で、財務省のいうことをそのまま書いている本もありました。しかし、現実には、破綻は起こりませんでした。

<経済分野は予想が当たることがとても大事>
・マスコミには「フェイクニュースを流さない」という強い姿勢はなく、「ビジネスになるならなんでもいい」という人もいて、それがフェイクニュースを助長している面があります。

<国家財政は「家計」でなく「企業会計」でたとえるべき>
・国家財政の話をするときに、マスコミは、家計とのアナロジーで報道しようとしますが、これは財務省の策略です。

<日本の財政状況は先進国最悪どころか、アメリカよりもいい>
・見てもらえばわかるように、日本のほうがアメリカよりもネット負債(資産負債差)の割合が少ない状態です。ネット負債額は、日本では465兆円(2016年3月末)でGDP比97%、アメリカは19.3兆ドル(2016年9月末)でGDP比104%です。

<財務省の「海外への説明」と「日本国民への説明」は“真逆”>
・財務省は、海外では英訳した日本国家の財務諸表を配っています。それを見せて、「日本は大丈夫です」といって、国債を売っています。

<「イデオロギー」でなく「数字」で見るだけ>
・私は、国のバランスシートをつくったときに日銀を含めたバランスシートもつくりました。中央銀行の資産を含めるのはおかしなことではありません。

・中央銀行のバランスシートを加えると、ネット負債残高の比率は下がります。中央銀行が発行する銀行券は債務ではありませんから、資産が増えます。安倍政権になって量的緩和をしましたので、日本のネット負債残高のGDP比は大幅に下がりました。
中央銀行を含めた統合政府では、日本では169兆円(2016年3月末)でGDP比32%、アメリカは15.5兆ドル(2016年9月末)でGDP比87%となっています。日米では50%以上も差があります。

<「公共事業は悪」キャンペーンの理論的な誤り>
<増税するなら「全部を使う」>
・しかし、安倍政権は賢いので、「増税はするけれど、財政再建は先送り」といっています。増税した分は国債償還には回さず、支出されます。

・安倍政権は、増税して、それを全部使うという方針ですから、マクロ経済的には、増税しないのと同じです。私はエコノミストですから、「それならば増税しないほうがいい」と思いますが、政治家は「増税して全部を使う」ことを選びたくなるものです。そちらのほうが、予算の配分枠が増すことで、政治的な力も増すからです。

<若手研究者を論文捏造に追い込んだのは財務省?>
・京都大学iPS細胞研究所で、助教による研究論文捏造があり、その件で、ノーベル賞受賞者の山中伸弥所長の責任を追及する報道まで噴出しましたが、これは原因を辿っていくと、財務省のプロパガンダと緊縮財政姿勢に行き着くと、私は思います。

・研究者になるつもりであったので、基礎研究がいかに困難であるか、ということも知っています。一般論としていえば、基礎研究が「当たる」確率は、いわゆる「千に三つ」でしょう。多くの場合、トライしても上手くいかないものです。しかし、「三つ」を当てるためには「千」のトライが必要なのも事実なのです。

・教育国債があれば、日本の教育・研究開発予算は年間数兆円も増殖することができます。教育・研究環境は格段によくなり、結果として研究不正も減るのではないでしょうか。

<出世のために「金の卵を産むニワトリ」を飢え死にさせる愚>
・科学研究の力は、技術立国である日本の基幹になるべきものです。それを、財務省の「フェイクニュース」で弱体化するのは、将来的に日本の首を絞めるものです。許されることではありません。まして、教育国債、研究国債という手法も、十分に考えられるのです。

・財政危機というフェイクニュースをばらまき、金の卵を産むニワトリのエサ代をケチって自分の出世を手に入れた財務官僚は、子供たちの世代にどう責任を取るのでしょうか。




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