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リタイア後は充実感を求めて長生き人生を送る
 
2024年11月28日 20時21分の記事

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最近思うのは、会社員時代は何も考えずにボーッと毎日通勤していれば給料も入り、何となく生きていくことができるが、リタイアしてしまうと通勤も無くなるし、一定の決まった行動をすることが無くなる。しかし引退後の人生は、健康であればかなりの長生き人生を送ることになる。もしかすれば会社員時代と同じくらい長い老後人生となる可能性がある。リタイア後の人生にノルマは何もないので、何もしなくても生きれるかもしれないが、やはり親を見て思ったのは何かをしていないと落ち着かないのだろう。つまりその何かをすることで充実感が得られるからではないかと考える。自分もいつの間にかあちこちのボランティア作業を見つけてやっているが、お金がもらえるわけでもないし誰かにお礼を言われるわけでもない、ただただ自分がやりたいからやっているだけなのである。恐らく何も見つけられず何もやらなければ、ストレスばかり溜める人生になるのではないかと思える。特別に幸福感を求めるまでの人生を歩む必要は無いと思う、それはハードルが高すぎるからである。そもそも今までに幸福感が持続するようなことがあったのだろうか、それより充実した人生を送ることを目標にしたほうが、簡単なのではないかと思える。何か物足らないと思ったら、それは満たされる行動を取ればよいのだから、比較的に得られやすいと考える。ただ時々、気分転換に遊びや飲食をすることも必要なことである。やはり人生後半は、気の向くままにやりたいことをやるのが、健康にも良いと感ずるのである。

さてここでついでだが、終活と言う言葉が浮かんでくる。たとえば、エンディングノート作成や不要品の整理など、人生の最期に近づいてからでは出来なくなる可能性があるから、若いうちに取り掛かっておいたほうが、いっそう充実感が得られるのではないかと考える。




今朝見つけた記事に、老後ひとり難民が増えているとあった。長生き人生を目指すことは良いことだろう、一方現在では30人に1人が遺体の引き取り手が無い方となっているらしい。その理由は、核家族化などにより高齢が進み、身寄りのないお年寄りが増えていることによる。独身であろうが結婚していようが、人生の最期の時は誰でも一人になる、これからの日本は高齢化が進むにつれて、老後ひとり難民と言う言葉が目立つようになるのではないか。そこで問題になるのは、死亡した後の手続きを誰がやるのか、葬儀を行った方なら大変だったことが分かるだろう。どんな手続きがあるかは、ここでは書かないので調べておくと役に立つかもしれない。

今朝は、複雑な話から書いてしまったが、日曜日に母親の弟の法事があるので、何となく他人ごとではいられなくなってきたからかもしれない。




さて今日も朝から快晴の小春日和になりそうである。今日は、特にイベント的な予定はない、だからと言って何もしないでいると、クリスマスが近づき年末となって、気が付けば年を越していたとなるのが例年のことである。今は、嫌々と通勤して会社に行く必要はない、若い時なら誰かと初スキーに行き始めるころかもしれないが、今はそんな付き合いは全くないので、あえてスキーに出かける気分にもならない。結局、今日は正月の準備でも始めようかと思いに耽ることになりそうだ。




記事にあるが今頃の時期は、やはり荷物の置き配の盗難が増えてきているようだ。なぜか年末になると悪い奴が増えるが、置き配泥棒もその一つだろう。泥棒する奴は何でも泥棒するので、ネット注文の箱などが置いてあれば持って行かれると思わなければいけない。中身は新品の何かであるから売り飛ばせば金になると思っているので、絶対危険な方法だ。置き配もサービスとしては存在するものだが、配達が完了したものについては自分の責任だから、私みたいに外作業しながらのんびり待つのが安全と言えるだろう。




今日は、朝から室内でゆっくりしていたら、10時ごろ固定電話が鳴った、いつもなら出てしまうが、我が家の電話機は着信表示に設定しなかったので誰だか分からない。そもそも知り合いが、こんな時間に固定電話にかけてくることは無い。だから電話に出ると、「奥様はいますか」と聞いてくるが、すかさず外出中だと言うと電話を切ってしまう、間違いなく詐欺の電話だ。不親切な応対と思うことなど全くない、知らない人の電話に出ても碌なことが無いのである。ただ後で携帯ユを電話に畑の近くの住人から用事で電話があったので、その電話だったかもしれないが、気にしないことだ。




さて記事にあったが、高崎線で人身事故が遭った模様だが、昔社員が忘年会で酔っ払って帰る時、ホームを通過する電車に接触して死亡したのを思い出した。年末は、単なる人身事故も起きるが、また飛び込み事故も多いのは確かである。人前で飛び込まれてブルーシートに囲まれて片づけられることを考えれば、情けないとしか思えない。どんな事故にせよ、年末は酔っ払ってホームに入らないほうが安全であろう。




今日は、畑に行ったら畑を使ってくれている人が、ヤツガシラ芋を畑の端っこに捨ててあったので、鶏の餌用に全部貰ってきたら100キロくらいになってしまった。一応小さい芋だが人が食べることもできるので、何か月かは煮物が出来るだろうから、薪ストーブで暖かくして、温かい鍋物の朝食で予想する長い冬を乗り切れそうだ。




 最近思うのは、お金って必要なものなのかと思うことがある。確かに税金は、たくさん持って行かれるのでお金は必要であるが、飲みにも旅行にも行かなくなったので、普段は野菜や果樹を栽培し、山歩きやウォーキングをしたり、自宅バーベキューなどをしていると、大金を使うことが無くなったので、何となく原始時代の暮らしになってきたと感じる。本当にこんな緩い生活で良いのかなぁと感ずるが、誰もしないようなボランティア作業をしているので、良しとしようと自分にカツを入れる毎日である。たまには飲みに行きたいのである。

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