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江戸浅草物語2「徳川幕藩体制の最大の危機」 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2013年10月20日 11時44分の記事


【時代小説発掘】
江戸浅草物語2「徳川幕藩体制の最大の危機」
佐藤 高市(さとう たかいち)


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


梗概:
 浅草寺に近い浅草花川戸のむじな長屋に住む住人たちの物語。時代は、犬公方綱吉の逝去の後、生類憐みの令に縛られていた江戸庶民に、ひと時の安らぎが訪れていた。綱吉の後を継いだのは、元甲府藩主の徳川家宣であった。
 だが、六代将軍徳川家宣は、将軍在職の三年余りで病没した。新将軍は、数え年で四歳になる徳川家継であった。この時、徳川幕府の最大の危機であった。
 徳川幕藩体制は、まさに風前の灯だった。前将軍の子飼いであった間部詮房(まなべあきふさ)と英名の誉れ高い新井白石(あらいはくせき)が幕政を司っていた。
 江戸では、幼少の将軍を置いた幕藩体制に対して、不穏な動きがあった。徳川幕府の中興の祖と言われる徳川吉宗が新将軍になるまでの江戸を舞台にした物語がいよいよ始まった。


プロフィール:   
酉年でも喧嘩鳥の生まれ年で単純明快 東京都生まれ 
小説「谷中物語」で茨城文学賞受賞
江戸を舞台の小説「入梅」が韓国の常緑樹文学に翻訳掲載
江戸の歴史研究会会員 
 


これまでの作品:

江戸浅草物語1 「浅草花川戸むじな長屋の住人たち」



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【時代小説発掘】
江戸浅草物語2「徳川幕藩体制の最大の危機」
佐藤 高市(さとう たかいち)



(一) 幼少の将軍家継誕生

 正徳二年の四月に七代将軍家継が正式に決まった。わずか四歳であった。
 幼い将軍を支えるのは、前の将軍家宣の子飼いである側用人だった間部詮房(まなべあきふさ)と天賦の才を持つ新井白石(あらいはくせき)であった。
 二人は、幼い将軍を擁立し、家継の後見役になった。そして、家継の生母月光院が特に間部詮房と緊密に連絡を取っていた。
間部詮房と新井白石の二人の逸材は、幼い将軍の権威付けに必死であった。将軍家継は、際立って体が大きかった。手足が長く、大きな頭をした子どもは、明らかに病的であった。幼い将軍は、牛のような間の抜けた顔をして、大名たちの前に座っているだけであった。
 大広間での将軍に謁見した大名たちは、大柄な子どもがそこにいるのを見て声を上げそうになった。徳川幕府の将軍に就いた異様な子どもに大名たちは心で笑うのだった。
 大広間で幼い将軍を見た紀州藩主の徳川吉宗は、異様な体をした将軍を見ていた。力士を子供のようにしたような体格だった。
 大名たちの表情をじっと見ていたのは新井白石であった。白石は、じっと大名たちを睨んでいた。ここで、笑いが起きれば、幕府の権威は失墜するのは明らかであった。
 新井白石は、大名たちの表情をうかがいながら、将軍家継の権威付けに必死であった。将軍の権威や格式を上げることで、譜代大名たちを従えようとした。
間部詮房と新井白石は、かつて十一歳の幼い将軍が就いた時を案じていた。それは、三代 将軍徳川家光の後を継いだのは、まだ元服前の徳川家綱であった。保科正之や酒井忠清らの重臣が将軍を補佐した。
 この時、楠木流兵学で名高い由井正雪や槍の名手丸橋忠弥が幕府転覆を狙ったという事件が起きた。慶安事件であった。
 キリシタン弾圧を図り、鎖国を完成させた徳川家光は、幕藩体制を完成させた。その強力な将軍の後がまだ幼い徳川家綱だった。
 幕府転覆を図る闇の力がうごめいていた。当時の幕府は、未然に計画を察知して気配があれば早い時期に芽を摘んだ。その最たるものが慶安事件だった。
 紀州藩主の徳川吉宗は、慶安事件を苦々しく思っていた。
 家光の死後、幕府にとって脅威だったのは、神君家康の子である紀州藩主の徳川頼宣であった。徳川頼宣は、南龍公と言われて豪胆で信望のある人物であった。
 徳川頼宣は、将軍家光とほぼ同世代の生まれであり、幕閣にとっては常に気になる人物であった。
 徳川頼宣は、中国の鄭成功への援軍要請にも積極的であった。頼宣は、日本だけを見てはいなかった。
 由井正雪と親交のあった徳川頼宣が疑われ、本国の紀州に帰ることもできない状況であった。徳川吉宗は、祖父の頼宣が巻き込まれた慶安事件は、幕府の陰謀であったと疑っていた。
 楠木流兵学を教える由井正雪の下には、大名たちが教えを請いに訪れていた。正雪の楠流兵学は、誰もが認めるところであった。
 その由井正雪が輝かしい名声を捨てて、幕府に弓を引くことは考えにくかった。
 徳川頼宣の死後、吉宗は生まれた。南の龍と言われた徳川頼宣のことは、人伝てに聞いていた。そして、いつも引っかかるのは、慶安事件であった。
 南龍公の孫である若き紀州藩主の徳川吉宗は、大地震と大津波によって崩壊寸前の紀州藩の財政を立て直した。
 吉宗の心を支えたのは、江戸の紀州藩邸にあった徳川頼宣の肖像画であった。辛いときには、その肖像画の前で吉宗は、泣くこともあった。その姿は、決して藩の者たちには見せなかった。
 吉宗は、根来衆や紀州藩の隠忍を使って、幕府の動きや譜代大名たちの思惑を調べさせていた。火薬を扱うお薬込め衆も側近としていた。
 吉宗は、間部詮房と新井白石を特に警戒していた。だが、二人の背後にいる幕閣の動きが実は気になるところだった。
 かつて、紀州藩が蒙ったようなことが起きることを警戒していた。吉宗は、将軍家継の病的な体の大きさに、家継の命がそう長くはないと睨んでいた。
 そうなれば、八代将軍を継ぐのは、御三家筆頭の尾張藩主徳川吉通(とくがわよしみち)であった。徳川吉通は、若く聡明で尾張藩を率いていた。
 現に、六代将軍の徳川家宣は、病床の枕元に新井白石を呼んで、次期将軍を徳川吉通
にするか病弱な長男の家継にするかを相談していた。
 新井白石は、徳川幕藩体制の安泰については、徳川宗家の長子相続によることが肝要であると進言した。その進言で将軍家継が誕生したのだった。
 吉宗は、祖父の南龍公が陥れられた慶安事件を思った。幕府は、幕藩体制の脅威に対しては、いかなる手段を使ってもそれを闇に葬る。徳川幕府を守るためには、幕閣は権謀術数をめぐらしてきたのも事実であった。
 大地震と大津波で疲弊した紀州藩を立て直した吉宗は、世間でも評判になっていた。それは、時として幕府に睨まれることにもなる。
 吉宗は、朝早く紀州屋敷の裏門から出ていく。身なりは、虚無僧の姿であった。その後ろには、根来衆が影のように付いていく。


 
(二) 佐吉の恋患い

 四ツ木八幡宮では、赤穂の塩饅頭が飛ぶように売れていた。だが、境内には喜八の姿はなかった。
 幼い将軍の誕生で、安定しない幕府の下、幕府転覆を図る者たちの動きを探るために市中に出ていた。幕府の隠密である喜八は、幕閣から浪人たちの動きを見張るように言い渡されていた。
 隠密廻り同心の高畠十郎は、永代橋のたもとで不審な者たちを警戒していた。喜八は、上野の山から浅草までを丹念に探っていた。
 喜八は、夜中から明け方まで梟(ふくろう)の目で不穏な者たちを見張っていた。深夜であった。山谷堀を灯りもつけずにいる舟を見つけた。
 吉原の遊郭前の岸につけた。喜八は、灯りが消えた遊郭に向かう人の姿を追った。大声がして、吉原の遊里を守る番人たちに囲まれる男の姿があった。
 手拭いで顔を隠していたが、番人たちに小突かれて手拭いが落ちた。男は、花川戸の権助の船宿で働く佐吉であった。
「女に会わせてくださいだと、金も持たずに・・・、この野郎!」
 佐吉は、何も言わずに手を合わせてうなだれていた。
「吉原は、おまえのような子どもが来るところじゃねぇ。女と遊びたかったら、自分で稼いで、もっと早い時刻に来るんだな」
 番人たちが立ち去ると男の泣き声がした。佐吉は、倒れたまま土に顔を付けて、泣いていた。
 喜八は、声をかけるのをやめた。佐吉を初めて見たときに、何か思いつめたような目をしていることが気になっていた。
 まだ少年であった佐吉が吉原にいる女のことを思っていた。その思いは尋常ではなかった。
 紀州藩の一大事に若き藩主の書状を紀州にもたらせたのは、喜八であった。それが成功したのは、江戸一の飛脚である大関屋勝の協力だった。
 佐吉は、大関屋の遠縁で大関屋の口添えで権助の船宿で働くことになった。
 喜八としては、世話になった大関屋勝のために、佐吉に何かしてあげたいと思っていた。
 翌朝、喜八は権助の船宿に立ち寄った。権助のおかみさんのセツが朝餉の支度をする。喜八は、昨夜の吉原の一件を権助に話した。
「佐吉がここに来て日が浅いんですが、仕事もよくやるし、気性もまっすぐです。たまに暗い表情で大川を見ている姿がありました」
 権助は、朝餉を取る喜八に話した。
 佐吉は、待乳山聖天社の門前にある八百屋によく遊びに行っていた。
 八百屋を営むのは、むじな長屋にいた三太だった。吉良の庄から嫁いできたキヨと八百屋を懸命に切り盛りしていた。
 三太は、苦界に沈む女郎たちに新鮮な野菜を食べてもらうことを願っていた。
 浅草寺の観音様と待乳山聖天社を信心する三太は、新鮮な青物を吉原に舟で運んでいた。佐吉は、三太と一緒に舟で野菜を運び、遊郭の台所におさめていた。
 権助は、そう言うと控えていた倅の小太郎を呼んだ。
「まだ、子どもの佐吉が遊郭の台所に出入りするのは、よくねぇと思っていました。小太郎、佐吉から何か聞いているか?」
小太郎は、喜八に手をついて挨拶をした。夢想流杖道(むそうりゅうじょうどう)の達人の喜八を小太郎は尊敬をしていた。
 これまで、喜八は、多くの剣豪と立ち合った。真剣に対して丸木の棒で立ち向かった。勝負がつかなかったことはあったが負けたことはなかった。
 喜八は、以前は赤穂藩の隠密として働き、今では幕府の隠密として働いていた。
「佐吉さんの故郷は越後の山深い村と聞いております。その村で幼馴染の雪乃さんという人がいて、吉原に奉公に上がったということを聞いております」
 小太郎は、佐吉が雪乃を探していることを知っていた。
「八百屋の三太さんと吉原に野菜を売りに行った時、雪乃さんの姿を見たと言っていました」
 小太郎の言葉に喜八と権助は顔を見合わせた。
「佐吉は雪乃を見かけたのか・・・」
 喜八は、そう言うと権助の顔を見た。
「喜八様、三太には、あっしから話しておきます。子どもの佐吉を二度と吉原には連れていくなと・・・」
 喜八は、佐吉の思い詰めた姿を知った。喜八は、権助に朝餉の礼を言って立ち上がった。
「この件で、佐吉を問い詰めないほうがいい。大関屋には、私から話しておく。佐吉の様子を見るのだ。このままでは心中沙汰になる・・・」
 喜八は、権助にそう言うと今戸橋に向かった。
 佐吉は、長屋から出てこなかった。佐吉は、長屋の部屋でせんべい布団に横になって、考え事をしていた。飯を食べる気にもなれずに幼馴染の雪乃のことを思っていた。
 吉原の橋本楼で、青菜を籠に入れて持って行った時だった。大夫についている年が若い付き人を見た。
 佐吉は、その若い女を見たときにそれが雪乃であることを知った。離れた所で、声をかけることもできなかった。
 幼馴染の雪乃は、遠い世界で生きていた。佐吉は、雪乃に一目会って、言葉を交わしたかった。越後の村祭りのことや村のお堂の前で踊った夜のことが懐かしかった。
 昨夜、吉原の番人たちに袋叩きにされた佐吉は、雪乃に会うためには、再び直談判をするつもりだった。
 佐吉は、雪乃に会えるとは思っていなかった。今度は、番人や雇われ侍に殺されるかもしれなかった。
 佐吉の中で膨らむ雪乃への思いが膨らんでいった。生まれつき不自由な右足を蹴られ、佐吉の足は悲鳴を上げていた。
 越後の山深い村で、人買いと言われる初老の男が、村々を回ってまだ幼さの残る娘たちを集めていた。雪解けの遅い春だった。
 奉公という名のもとに、娘たちは売られていった。娘たちは、故郷の村には帰ることは二度となかった。
 佐吉は、雪乃の笑う顔を思い出していた。その雪乃は、浅草寺裏の田地を抜けた吉原にいる。
 佐吉は、毘沙門天の護符を握りしめていた。毘沙門天は、夜叉を率いて北方を守護する神であった。
 越後が生んだ戦国大名の雄である上杉謙信が信奉した神であり、佐吉の産土神は、毘沙門天であった。
「佐吉、いるかい?」
 佐吉の部屋の前に住むあさりのむき身を売る正太が声をかけた。佐吉は、せんべい布団にくるまって背中を見せていた。
「どうした佐吉、体でも具合が悪いのか?」
 正太は、あさりの煮つけと酒を持ってきた。佐吉は、心を許す正太の思いが身に染みた。
 正太は、佐吉の顔を見て驚いた。吉原で殴られた佐吉の顔は、腫れ上がっていた。唇は、普段よりも倍に腫れていた。
「浅草寺の裏手の田地で、人魂が出たってよ。王子の狐火のようにな。佐吉、不思議なことがあるもんだな」
 正太は、居酒屋の女に振られたことを続けて話した。
 振られた正太は、大川に身を投げようとしたと笑いながら話すのだった。正太は、軽口をたたいて佐吉の気分をほぐそうとした。
 だが、正太は、岡場所の女と心中を図ったことがあった。大川に飛び込んだのだった。五年前の夏の晩だった。夕涼みに舟が幾艘も出ていた。
 若い二人は、船頭たちに助けられた。心中は、晒(さら)されることになっていた。大家の清兵衛の機転で公にはならずに済んだのだった。
 正太は、今でも女の苦しげな顔を思い出すことがあった。あのまま死んでいたら、二人は無間地獄の中を彷徨っていたはずだった。
 正太は、佐吉の姿に昔の自分を重ねていた。あの時は、何も見えなかった。女の病と貧しさに同情して、二人で死ぬことばかり考えていた。
 当時の佐吉には、今世限りで、終わる命に、神も仏も信じられなかった。正太には、佐吉の気持ちが痛いほど分かるのだった。
 正太は、怪談話を続けて話した。大川の岸に植えられた柳の下に女の幽霊が出るという。女は、声をあげて笑っていた。それは、狂女のようだった。
 小太郎も心配して顔を出した。小太郎も馬鹿話やむじな長屋の住人たちのことを佐吉に話した。


(三)幕藩体制を支える者たち

 幼将軍の家継が将軍宣下した月の四月八日は、灌仏会(かんぶつえ)だった。
 釈迦が降誕した日であり、各寺院では盛大に灌仏会が催されていた。
 権助の船宿「近江屋」の裏手にある寺では、花々で飾られた小堂を作った。堂の中には、盥(たらい)があり、その中にはお釈迦様が降誕した姿の像があった。
 むじな長屋の住人の呑兵衛安とおかみさんのトラがお参りをしていた。
「生まれてすぐに、四方に歩き、右手で天を指し、左手で地を指したという。そして、天上天下唯我独尊とおっしゃったそうな。偉いねぇ、お釈迦様というお方は、本当に偉いなぁ」
 安が手を合わせた。
「あんた、お釈迦様に甘茶をおかけするんだよ。お前さんは、酒をかけられたいのかい?」
「なんだと、このおかめが」
 おかみさんのトラが呑兵衛安につかみかかった。二人がまた喧嘩を始めた。むじな長
屋の名物だった。
「これこれ、二人は仲がいいねぇ」
 むじな長屋の大家の清兵衛の姿を見せた。清兵衛は、店賃が滞っていても厳しい取り立てはしなかった。むじな長屋が空き部屋になると物騒だったので、安い店賃にしていた。 清兵衛は、店子の葬式や夫婦げんかの仲裁まで、面倒を見ていた。安とトラの夫婦喧嘩には、これまで何度もかかわってきた。夫婦喧嘩は犬も食わない。
 清兵衛は、お互いの言い分を聞き、いつもにこにこした顔でうなずいていた。
 時間が経てば、トラの漬けた沢庵で一杯やると安は上機嫌になった。その繰り返しだった。
清兵衛は、むじな長屋の住人たちに教えられてきた。笑ったり怒ったりする喜怒哀楽の中に人の生活があった。
 清兵衛が古希を迎えると長屋の住人たちが祝いの宴を設けてくれた。宴といっても長屋の縁台で安酒と正太が用意したあさりの煮つけと権助が持ってきた刺身の盛り合わせだった。
 清兵衛は、粋な深川の芸者であったお滝の小唄と三味線で、ほろりと涙が出た。これまでのことが回り灯籠(どうろう)のように思い出された。
 清兵衛は、年を重ねると死への恐れは無くなり、悠々とした境涯になると思い込んでいた。だが、それは違っていた。年を取るごとに死への恐怖は膨らんでいくのだった。
 法華宗の強信者であった清兵衛は、南無妙法連華経と書かれたうちわ太鼓を左手に持って、右手でばちを叩いた。
 清兵衛は、南無妙法連華経と声を上げる。その時だけは死への恐れを忘れることができた。
「大家さん、お釈迦様は、天上天下唯我独尊とおっしゃいましたが、ご自分が一番尊いとおっしゃっているのですかね?」
 トラは、清兵衛に尋ねた。
「多分、お釈迦様はご自分のことではなく、私たち人のことをおっしゃったと思いますよ。人の上に空があって、足元には地面がある。人は誰もが尊いということじゃないですかね・・・」
「へぇ、俺たちも尊いのか・・・」
「こんな酒飲み亭主でも尊いですかね?」
 呑兵衛安とトラの口喧嘩がまた始まった。
 清兵衛は、お釈迦様に手を合わせる。来年の灌仏会にもお参りをすることができるようにと祈願をする。
 流行り病で、昨日まで湯屋の二階で将棋を指していた俸手振りの信三が、心の臓の病で急死した。江戸では、そんなことが度々あった。死は、いつも間近にあった。
 清兵衛は、これまでもむじな長屋の住人が亡くなると懇ろに仏を弔ってきた。子どもの死はつらいものがあった。
 数日前まで井戸端で遊んでいた子が突然に亡くなる。母親の泣き声がむじな長屋にいつまでも聞こえた。
 その後、江戸城の新井白石は、幼い将軍の威光を作り出すために必死であった。頭の大きい力士の様な体つきの子どもを将軍に進言したのも新井白石であった。
 徳川幕府を存続させるためには、将軍家の儀礼を重んじた。登城する大名たちの装束の色までも決めて、権威を示すのであった。それは、徳川幕府の権威付けになった。
 六代将軍の家宣の時には、将軍の権力で政を行うことができた。将軍家宣は、間部詮房と新井白石の建議を取り上げて政を行っていた。
 今では、その家宣はいない。老中たちは、白石の建議に反対する者もいた。幕政は、そう簡単には治めることはできなかった。  
 新井白石は、正式に将軍職に就いた直後の灌仏会を重要視した。幼い将軍家継があたかも仏の再来のような演出を施していた。大奥からの使いの役を命じられた女たちが灌仏会を行う寺に詣でる。
 江戸中の寺では、お釈迦様の像に甘茶をかける人の姿を見ることができた。子どもの姿もあった。ほととぎすが鳴き、初夏の到来に行水をする人の姿もあった。
 大奥の女たちは、幼い将軍をお釈迦様の再来としてあがめた。それは、将軍の生母の月光院に気をつかってのことだった。
 月光院は、上野に近い浅草の寺で生まれた。父親は、元加賀藩の藩士であった。月光院は、子の家継の将軍宣下を受けて栄華の絶頂にいた。
 側用人の間部詮房は、将軍の権力代行で月光院と緊密に連絡を受けていた。間部詮房の傍らには、いつも新井白石がいた。
 新井白石は、久留里藩で目付を務めた父を持ち、幼少の時より英才で知られていた。だが、大老堀田正俊に仕えたが、大老の堀田が殿中で刺殺されて白石は浪人となった。
 儒学、朱子学を修め文学にも才能があった。新井白石は、泳ぎ続けるまぐろのように学問を続けていた。
 数々の学問が新井白石を支え続けていた。学問を辞めればただの老人になることを白石は知っていたのだった。それは、白石には耐えられないことだった。
 そのためには、日夜修学を続けるしかなかった。白石は、その中で、異人のことを知った。白石の目は海の向こうの世界に広がっていくのだった。
 幼い将軍の誕生の祝いをお釈迦様の誕生を祝う灌仏会にすり替える。白石の考えたことだった。
 新井白石の眉間のしわが火の字のように見える。それは、子どもの頃からあって、火の子と呼ばれていた。
 眉間の火の字のしわが普段より目立つ時は、執念を燃やす時に見せる白石の表情であった。間部詮房は、険しい顔つきを度々見せる白石を思いやっていた。
 一方、月光院を取り巻く女たちの様子をじっとうかがう者たちがいた。姿を変えたお薬込め衆たちであった。
 影の者たちは、月光院、そして間部詮房の動きを見ていた。それを命じたのは、紀州藩主の徳川吉宗だった。
 吉宗は、月光院と間部詮房を離せば、幕藩体制は一気に瓦解することを知っていた。
 徳川吉宗は、弱体化した幕藩体制を懸念していた。
 有力な外様大名と不満を抱く譜代の大名が手を組めば、関ヶ原の戦いが再び起きることもある。西には、徳川幕藩体制のほころびを窺う者たちがいた。
 神君徳川家康の直系である吉宗は、あらゆる手を使って揺るぎない徳川幕藩体制を強固にするという強い意志があった。その強い意志が隠忍やお薬込め衆、そして根来衆を動かしていた。
 徳川吉宗は、いつも祖父の南龍公の徳川頼宣を見ていた。神君徳川家康の十男であった。
 幕府転覆を画策したと言われる由井正雪との間が疑わられた徳川頼宣は、本国に帰ることも許されなかった。
 やられたらやり返すのが武士としての面目であった。吉宗は、祖父頼宣への幕府の仕打ちを片時も忘れたことはなかった。
 徳川吉宗は、自分が徳川の中心になることが幕藩体制の堅持に繋がると確信するようになっていた。そうなれば、幕藩体制を強固にすることができる。
 曽祖父の神君家康の血が吉宗には、受け継がれていた。
 徳川吉宗の狙いは、月光院を取り巻く大奥であった。月光院の弱みを握れば、幕府の中枢に迫ることができた。時を失すれば、自らが狙われることを吉宗は知っていた。


(四) 吉原の迷宮に

 佐吉は、山谷堀を舟で吉原に向かっていた。星々がきらめく夜だった。蛙の鳴き声が山谷堀の両脇に広がる田んぼから聞こえる。
 佐吉は、前方に見える遊郭のきらびやかな世界を見ていた。あの明かりの下で、雪乃が暮らしていた。
 佐吉は、黒ずくめの衣装で、顔を手拭いで隠していた。まるで盗賊の様な姿であった。佐吉は、雪乃に一目会いたくて、ここまで来てしまった。
 三太と野菜を売りに行った時、雪乃を見かけたことで物狂いの様に雪乃のことばかりを思っていた。
 吉原遊郭に程近い岸辺に舟を着けた。身を隠した佐吉は、予てから考えていた吉原遊郭の西側から忍び込もうとした。畑に入り、塀によじ登ろうとした。
 その時、佐吉の足を引っ張る者がいた。佐吉は、驚いて下を向いた。小太郎であった。権助もそこにいた。
「親方・・・、勘弁してくだせぇ。おいらは・・・・・・」
 佐吉は権助の足もとに手をついた。佐吉は男泣きに泣いた。
「佐吉さん、花川戸に帰ろうよ・・・、ここは、来ちゃいけない場所なんだよ」
 小太郎の言葉に佐吉は頷いた。
 権助の漕ぐ舟は、吉原遊郭を後にした。涼しい川風が佐吉の頬に吹いた。蝙蝠(こうもり)の群れが船の上を横切った。
 権助は、哀れな佐吉にかける言葉が見当たらなかった。小太郎は、佐吉が川面をぼんやりと眺める後ろ姿を見ていた。川に飛び込むのが心配だった。
 その晩は、佐吉は小太郎と一緒に過ごした。
翌日の朝餉の後、飛脚の大関屋勝が近江屋に姿を見せた。佐吉は、花川戸に別れを告げる。それは、喜八が大関屋と話し合って決めたことだった。
 喜八には、吉原にいる雪乃を思う佐吉の気持ちが分かっていた。この前のように吉原の番人に袋叩きにされ、この次は用心棒に切り捨てられることは明らかであった。切り捨てられた佐吉の遺骸は、山谷堀に捨てられ魚や蟹に食われることになる。
 風の喜八と呼ばれた剣の達人には、少し先のことが分かることがあった。人の定めが剣を極めることによって、少し見えてくるのだった。
 華やかな吉原遊郭で働く雪乃の前途は、生き地獄の苦界に身を沈めることだった。だが、遊女でも一握りの大夫となれば、芸や教養を積んで、江戸市中で評判になる。
 越後の貧しい村から遊里に売られた娘には、苦しみの中で生きなければならなかった。産土神や観音様、そして待乳山聖天社などに手を合わせて、信心の中に希望の光を見出す。
 大関屋勝は、喜八と権助に礼を言って深々と頭を下げた。
「こいつが漁師になりたいっていうもんで、知り合いの上総の漁師の網元にお願いをします。皆様には、大変お世話になりました」
 大関屋勝は、日焼けした顔で笑った。佐吉が横でまだ頭を下げていた。
「佐吉さん、きっと大きな船を用意して、上総の海を訪ねますよ」
 小太郎は、佐吉の肩を叩いた。
「上総の海では、鯨もとれるという。佐吉、鯨を食べさせてくれよ」 
 権助は、そう言って佐吉に餞別を渡した。
 二人は、花川戸を後にした。それを見送るむじな長屋の住人たちがいた。
物陰から八百屋の三太と連れ合いのキヨが手を合わせていた。三太は、佐吉を連れて吉原遊郭に青菜を売りに行ったことを悔やんでいた。
 三太は、毘沙門天を産土神にしている佐吉に親しみを感じていた。佐吉から吉原に青菜を売りに行く手伝いをしたいと言ってきた。
 待乳山聖天社では毘沙門天を祀っていたので、佐吉は度々聖天社を参拝し、帰りがけに三太の八百屋に寄って手伝いもした。
「悪いことをしちまった。おいらが佐吉を吉原に連れて行かなければ、こんなことにならなかった」
 三太は、そう言った。
「これも仏さまがお考えになったことですよ。あなたには罪はないですよ」
キヨは、そう言うと三太の手を握っていた。
 三太は、吉原遊郭に佐吉を連れて行った時を思っていた。佐吉は、遊郭の台所に青菜を運んでいた。佐吉は、物珍しいのかあたりを見まわしていた。
 権助から佐吉の思いを聞いた三太は、自分を責め続けていた。そして、時間が許す限り、待乳山聖天社の階段を上がって、大根を供えて本殿に手を合わせた。毘沙門天にも祈った。
 三太は、吉原の苦界に沈む女たちを憐れみ、取り立ての青菜を遊郭に運んだ。それが佐吉のような若者を苦しめることになった。
 迷宮のような吉原の地獄の業火に、男と女が生きながら焼かれる。情だけでは、その地獄の業火を消すことはできなかった。
 右足を引きずる佐吉の後ろ姿が人込みに紛れていく。三太とキヨは、しばらくの間、手を合わせていた。


(五) 四ツ木八幡宮に現れた吉宗

 一人の虚無僧が四ツ木八幡宮に続く林の小道を歩いていた。初夏の日差しが大柄な虚無僧に降り注いでいた。
 その時であった。町人姿の男たちが虚無僧の前に現れた。人数は、五人であった。深編笠を被った虚無僧は、尺八を吹き続けていた。
 虚無僧の前に立ちふさがった男たちは、懐から短刀を出した。一人の男が短刀を両手で握って虚無僧に向かって走っていく。
 掛け声とともに、白木の棒が半円を描いて走ってきた男の短刀を打ち落とした。
 喜八であった。短刀を打ち落とされた男は、手首の骨を砕かれて、その場にうずくまった。
 残りの男たちが喜八に迫っていく。黒い影が見えた瞬時であった。喜八に迫ってくる男たちがその場に倒れた。
 黒い影は、吉宗に仕える忍びの者たちであった。喜八は、その者たちが声を出さずに、 男たちの遺骸を運ぶのを見ていた。
 喜八は、深編笠の虚無僧を振り返った。虚無僧は、喜八に会釈をすると先になって、歩き始めた。四ツ木八幡宮の朱色の鳥居が見えてきた。
 喜八は、前を行く虚無僧が徳川吉宗であることに気付いていた。吉宗を守るのは、忍びのお薬込め衆たちであった。
 夢想流杖道の使い手である喜八の腕を忍びの者たちは知っていた。
 短刀を持って吉宗に襲い掛かった男を一撃で仕留めることを吉宗や忍びの者たちは知っていたのだった。
 吉宗は、江戸市中を探索していた。新しい将軍が誕生した後の世間の動きを見ていたのだった。
 六年前の大地震と大津波によって紀州藩の財政は、疲弊(ひへい)していた。当時の紀州藩は、相次いで藩主が急逝して莫大な葬儀費用は、幕府からの借財で補っていた。当然、借財は幕府に返さなくてはならなかった。
 その難局に当たって、紀州藩の一大事に藩主徳川吉宗の書状を紀州藩の城代家老に繋いだのが喜八であった。
 吉宗は、喜八に感謝をして四ツ木八幡宮に寄進をした。吉宗が訪れるのは初めてであった。
 深編笠を被ったままの吉宗は、本堂に向かっていく。紀州藩のために身命をなげうった宝蔵院流十文字鎌槍の剣豪木村源浄の槍が納められていた。
 吉宗は、本堂に納められていた十文字槍を手に取った。槍の鞘(さや)をはずすと十文字の槍の刃が薄明りを受けた。研ぎ澄まされた刃先がそこにあった。
「喜八殿には、今生の頼みがあります。この書状を持って紀州藩城代家老に届けていただきたい。藩主の徳川吉宗様の直々の書状である」
 喜八は、木村源浄の言葉を喜八は思い出す。
幕閣からの密命を受けて、紀州藩に潜入していた木村源浄は、紀州藩の危機に立ち上がった。喜八は、幕閣から木村源浄を探るために使わされたのだった。
 木村源浄は、江戸に下向して、藩のために豪商から一万両の金子も用立てたのであった。
 本堂の明り取りから一条の光が射してきた。吉宗は、十文字槍の切っ先を喜八に向けた。
 喜八は、間合いをとって白木の棒を構えた。喜八には、吉宗の姿に今は亡き木村源浄の姿を重ねていた。
 喜八と木村源浄は、鉄砲州波除け稲荷の境内で、立ち合ったことがあった。満月だった。喜八と木村源浄は白装束姿であった。
 海から風が吹いていた。月の光に十文字鎌槍の切っ先が光った。喜八は、海側に立った。源浄は、海から風を受けて十文字鎌槍を喜八に向けた。槍先を地面に向けながら、喜八の様子を窺っていた。
 喜八は、月光の下で木村源浄と向き合っていた。あの時の光景が目の前にあった。
徳川吉宗は、槍を引いた。そして、本堂の外に出ていく。外で待っていた虚無僧たちが吉宗に従っていく。
 紀州藩主徳川吉宗は、深編笠の中で忠義の木村源浄に涙をしていた。豪胆な性格に繊細な気持ちを兼ね備えた藩主であった。







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