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黙劇「杳体なるもの」 十一
[哲学 文学 科学 宗教]
2010年10月4日 8時29分の記事

――∞の時間の相の下、特異点のみ《存在》若しくは《イデア》若しくは《物自体》に《存在》する事を許されたとして、詰まる所、その特異点のみが平安だと君は言ふが、さて、それはどうしてかね? 


――それまで得体の知れなかった無と無限が確定するからさ。


――無と無限が確定する? お前は何を言ってゐるのだ。


――へっ、時間が∞次元の相へと変はるんだぜ。当然、時間が∞次元だとすると、それまで、無とか無限としか名指し出来なかった《もの》が、その不気味な姿を現はさざるを得なくなるのさ。


――つまり、∞次元の時間が森羅万象のその不気味な姿を炙り出すといふ事か――。その時、その《存在》自体が呪はれてゐた特異点がそれまでの束縛から解放される……違ふかね? 


――へっへっへっ、さういふ事だ。しかし、幾ら特異点が平安だからといって《主体》が特異点に素手で触らうものなら《主体》は大火傷間違ひなしだ。


――何故大火傷すると? 


――何故って《主体》なる《もの》全て《吾》への《収束》を冀(こひねが)って已まない《主体》は、特異点に触った刹那、∞へと《発散》してしまふんだぜ。


――それは光になるといふ事だらう? 


――さうさ。光だ。最早収拾出来ぬ光へと《発散》してしまふ。


――つまり、それは物質と反物質が出合ふと光となって対消滅する如く、《主体》は特異点に触れた刹那、光となって消滅するといふ事だね。


――いや、《主体》は光となって《発散》はするが消滅はしない。


――では何になると? 


――森羅万象全てさ。その時、《杳体》の何たるかの尻尾位は解かる筈さ。


――それは無限へと変化する事と同義語か? 


――ああ、無限と言っても全体と言っても何でも構はぬ。唯、《主体》を除いてゐればだがね。


――《主体》が《主体》を除いた森羅万象に《発散》する? ふむ。特異点では《主体》は《客体》に変化するといふ事かな? 


――否、特異点には《客体》が《存在》する余地は残されてゐない。


――え? 《客体》が《存在》しないだと? 


――ああ、特異点では、《客体》なる《もの》は《存在》しない。《存在》するのは《主体》を除いた、例へば《主体》の《抜け殻》のみが森羅万象と重なり合って《存在》する、何とも狐に化かされたやうな話だ。


――それは仮に名付けてみれば《反=主体》といふ事かね? 


――否、《杳体》さ。


――え? つまり、《杳体》は《主体》の《抜け殻》として《存在》する外ない《主体》といふ事かね? 


――へっへっ、何のことか君には解かるかね? 


――へっへっ、本当のところは何のことかさっぱり解からぬ。


――だから《杳体》なのさ。


――先づ、《主体》除いた《主体》とは何かね? 


――渦巻きで例へると渦の腕の部分の事だ。


――つまり、《主体》を除いた《主体》とは渦の中心の如く渦たる《主体》とは別次元の何かといふ事かね? つまり、仮に《主体》が四次元ならば《主体》を除いた《主体》は五次元の《存在》としてある事か? 


――或るひはさうかもしれぬ。


――或るひはさうかもしれぬって、そんな言ひ種はないだらう。《主体》を除いた《主体》を《杳体》と言ひ出したは、君なのだから。


――実のところ、俺に解からないんだ、《杳体》が何かが――。


(十一 終はり) 



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