このブログのトップへ こんにちは、ゲストさん  - ログイン  - ヘルプ  - このブログを閉じる 
「風説堂流坊」四
[【時代小説発掘】]
2010年7月4日 21時9分の記事


【時代小説発掘】
「風説堂流坊」四       
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)

梗概:

小料理屋『はな』の下足番角造が遺した「死の伝言」とは・・・。

作者プロフィール:

古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。

「風説堂流坊」  
「風説堂流坊」二 
「風説堂流坊」三 

↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓   ↓  ↓  ↓  ↓




【PR】システム構築、ソフトウェア開発はイーステムにお任せ下さい


************************************************************
当サイトからの引用、転載の考え方
・有料情報サイトですが、引用は可能です。
・ただし、全体の文章の3分の1内程度を目安として、引用先として「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と必ず明記してください。
・ダウンロードしたPDFファイル、写真等は、透かしが入っている場合があります。これは情報管理上のことです。現物ママの転載を不可とします。ただし、そこから情報を引用しての表記は可とします。その場合も、全体の3分の1内程度を目安として、「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と引用先を必ず明記してください。
・商業利用の場合は必ず、連絡下さい。
 メールは、info*officematsunaga.com
(*を@にかえてください)

緊急対応/フォレンジック調査 サイバー119

************************************************************

【時代小説発掘】
「風説堂流坊」四       
古賀宣子



一「下足番」

「しかし、あそこを切り捨てるのは」
 大導寺住職照円の箸が宙で止まる。挟んでいる沢庵が今にも落ちそうになり、平三は膳を素早く脇へずらすと、四つん這いのまま片手を差し伸べた。
「私が代わりに下足番に入りましょうか」
 講話を語っている照円と配下の掃除番に関わる任務での照円とは、その言動や声音が微妙に異なっている。それは当然であろう。が、それにしても「切り捨てる」とは穏やかでない。姿勢を戻しつつ平三は、照円の心中を量りかねていた。
「乱暴な物言いは、残念な気持ちと慎重な思いの裏返しじゃ」
 平然と述べる照円。逆に平三は心底を見抜かれてしまったらしい。

 昨日、小料理屋『はな』の女将菜美が訪ねてきた。下足番をしている実父角造の病が重くなり、店での働きに支障をきたしてきたので、手伝いを免じてほしいと。手伝いというのは、客の噂話をまとめることを指している。
 角造は一階で囁かれる話を嗅ぎ取り、二階は女将が受け持ってきた。そうして拾い上げた噂話を、角造が記し、まとめていく。その作業が出来なくなったのだ。
 任務が隠密という幕府へ繋がる内容だけに、はいそうですかと簡単には承諾するわけにいかない。できれば何とか続行していく道を探らねば・・。
穏やかならざる言い回しをした真意は、どうやらその辺にあるようだ。
「平三はいかん。忘れておったが昨日、千束郷の屋敷をあずかる」
「蓑助ですか」
「そう、その蓑助が、湯島のお屋敷に野菜を届けた帰りと申して、立ち寄っていったが」 平三が留守と知って、また来ると言い残していったという。
 平三は、もとは、旗本二千石青山家の三男平之進で、故あって勘当され、照円が預かっている身である。それを、いくら何でも小料理屋の下足番に回すわけにはいかぬ。
「留十郎にさせてみるか」と思案する照円。
「親父さんは、どうなのですか」
「源吉か。それはいいかもしれぬ」照円は湯呑みに手をかけた。
「角造さんというのは、幾つですか」
「確かわしより四つ上のはず」
「六十七歳か。源吉さんは、まだ四十代でしょう」
「ちょうど二十違いだな」
 茶を飲み干した照円は、これはいいと力強くうなずき、先ずは店内を吟味せねばと、膝頭においたこぶしに力をこめた。
「善は急げ、明日、『はな』へ出向こう」
 腰を浮かしかけた照円は、思い直したように呟く。
「弥源太も連れて行くか」
「構わないのですか」

 先日、出雲寺家が出版した『大成武鑑』に関わる噂を取り上げたことから、平三は出雲寺家の大まかな歴史を知ることになる。そして、天明期末に八代目を襲職し、寛政期中ごろまで当主を務めた文五郎が、弥源太の父親だと気づかされ、続いて全く偶然から、母親が菜美だと判った経緯がある。
「あいつも、こちらの任務に片足突っ込んでおるゆえ、誘わぬわけにはいくまい」
 手紙を届けさせるので、真太を呼んできてくれという。真太とは今年十歳になる留十郎の倅だ。留十郎に連れられて、何度も行き来している道のりである。ちなみに留十郎は十七で父親になっている。女房の加津は三歳年上だ。

 翌日、留十郎は早めに寺を出て日本橋へ。『はな』を知らない弥源太を連れてくることになった。あとの三人は、店が開く昼九つ(十二時)少し前までに着くようにと寺を出た。
 私用の外出のため、照円は黒の小袖に同色の羽織姿で、いずれも無紋である。
 江戸湾を右手に臨みながら細い道を下っていく。二本榎からだと赤羽橋から舟で汐留橋をくぐり、幸橋御門から京橋まで行けば、『はな』まで大して歩かない。半刻(一時間)もあれば十分だ。


 二「珊瑚の銀釵」

 店の前までくると、細身の若い女が縄暖簾を表に出しているところであった。
「あれは善吉の娘咲だ」
「次男のですね」
 咲は三人に気付くと、驚いた風もなく、会釈をしてから店内へ駆け込んだ。
「お住職さんがお見えです」
 外まで十分聞こえるほどの声である。
「まるで待っていたような応対ぶりだ」
「なあに、寺に来た時に申しておいたのじゃ。近日中に参ると」
 やっぱり、と、平三は心中で頷く。
 中に入るなり照円は、源吉に目配せした。
「かしこまりました」
 源吉は無口で、必要な言葉しか言わない。だが照円とはあうんの呼吸だ。
 下足棚の脇に控える源吉を残して、二人は女将の案内で二階へ。
「角造の代わりに本日より源吉が務めるゆえ、一応顔合わせと、務めの要点を伝えてやってくれ」
 席につくなり照円は本題に入った。
 女将は畏まりましたと頭を下げると、表情を和らげた。
「お食事は、いつお出ししましょうか」
「あとで留十郎らが参るので」
納得して立ちかけた女将に、言い忘れたと更に付け加える。
「源吉の賃金はいらぬ、よいな」
「さようでございますか」
 あでやかな眼差しに、つかの間、算勘の色が宿る。
「菜美も相変わらず若いのう」
 女将が出ていくと、照円はすっかり目じりを下げた。
「四十はすぎているのでしょう」
「五まではいかぬが、それでも、あと二、三年ではないか」
 事情を知らぬ客のなかには、好意を示す者も何人かいるらしい。
「そのなかには、お武家さんも」
「八代目は、ご存命ではないのですか」
「五十一歳で亡くなって、来年で十年になる」
「すると死去したのは、文政元年」
「弥源太の元服を年の瀬に見届けてのう。安堵したのか、明けて直ぐであった」
「ああ、では、弥源太は父親が誰かは知っているのですね」
「それは、分からぬ。ただ、以前から弁えたところがあったゆえ」
「表に出していいことと、そうでないことのけじめをつけている。弥源太は今でもそういうところがある」
「八代目も、多忙な十代目源七郎に頼まれて、臨んだわけであるし」
「あくまでも、親代わりとして、ですか。胸中を察するな」
「今になって思うと、あれは十代目の粋な計らいではなかったかと」
 照円は「ふう」と息を漏らして続ける。
「何せ、出雲寺家の籍にいれる際に、書物問屋の出雲寺家和泉から一札とられておるのだ」
「名乗り出ないとか」
「鋭いぞ、平三」
 代々いろんな商人が入家してきた出雲寺家である。誰が襲職するかを決めるのに、絶えず厄介な金の問題が絡んでくるというのに。
「何代か前の血筋に口出しされるようになっては、のう」
 それ以上のことは解らんと照円はいう。
「但しのう、幼名に弥栄(いやさかえ)の弥を加えたのは八代目だ」
 照円が意味ありげに黙って笑う。先ほど源吉に目配せした照円だが、十代目に倣ったのではなかろうか。角造だけには、こっそり教えてやれと。しかし、まあ問いただしたところで、何もいうまいが。
 そこへ、階段を上る数人の足音がして話は中断した。
「酒なしで、茶漬けと香の物それに天ぷらを、親父の分は握り飯でと言ったのですが、向こうが恐縮して」
「源吉が食べている間くらいは、角造がやるであろう。ところで刺身はどうだ」
「活きのいいのを捌いていましたから、人数分」
「何せ、寺では精進料理が多いゆえ」
 達磨顔が言い訳がましくうつむく。
「本日はご公儀の御用です」
 留十郎が助け船をだし、声を改めた。
「爺さん、思ったより元気な様子でした」
「それは良かった」
「しかし、あの目」と弥源太。
「あの眼差し、まるで医者が患者の身体を診るような」
「人品を定めておったか」
「ちょっと違うな。頭や胸の内部を透かして視るといった」
「平たくいえば、じっと見ていた」と平三。
「じっと、という見方が、透視されているように思えたわけだな」
留十郎が訊く。
「それも、なんだか頭のこの辺に憶えがあるような気がして・・」
 弥源太が髷の右横を指先でつつく。
 そのしぐさに、平三は留十郎と顔を見合わせる。

 先日、弥源太が女将の子供だと、確信する場面に出くわしたからである。それは日本橋の出雲寺家の店の前で起きた。
 前を行く老人が突然、路上に置いた出雲寺家の看板にうずくまったのだ。駆け寄ると角造ではないか。あの時の言葉がよみがえる。
「あっしは、もう、長くはありません。そう思うと、つい、一目孫に逢いたくて」
 角造は暖簾の奥から視線を放さなかったが、あれが初めてではなかったのではないか・・。
 やがて料理が運ばれてきた。女将の後から縄暖簾を出していた咲が続く。遅れて現れた源吉が、照円に促されて隣に着席した。それを待ち、女将が二人の前に膳を並べていく。
島田髷の後頭部に挿さる赤い珊瑚が可憐だ。目を凝らすと、尖った鼻先は猪に似ており、変わった彫り物に見える。先日、留十郎の代わりに来たときは、あでやかな顔に目を奪われて気付かなかったが・・。
「遠慮はいらぬ。先に食せ」
「では」言葉少なに源吉は箸をとる。
 その間も女将は咲とかいがいしく動いている。
「混むのは、これからであろう」
「店の前と三和土(たたき)を掃いて始まり、掃いて終わる」
 角造は下足場をいとおしむように語ったという。
「それは『はな』への愛情とつながっておる。祖父さんの心根を、しっかり見ておけ」
「はい」と元気よくうなずく咲。
 女将は心からの謝意を示して下がっていった。


三「死の伝言」

 角造が亡くなったのはそれから間もなくだった。
 源吉の話によると、あの翌日から寝込んでしまったらしい。葬式には、古くから付き合いのある留十郎も、照円と源吉に従った。
 その留守に、蓑助が訪ねてきた。
「先日、来てくれたそうじゃないか」
「大奥様からの言づてがございまして」
「母上様から」
「ご住職にお目にかかりたいのだが、いつが宜しいかと」
「何だ、そんなことか。だったら先日、じかにお伺いすれば良かったのに」
「しかし、平之進様に前もって申し上げておかないと・・」
 蓑助は遠慮気味に視線を上下に動かし、言い淀む。
「そうであった。この姿をご覧になられては」
 平三は総髪の頭に手をやり、作務衣の襟元や膝をつまみあげ、卒倒なさるであろうとおどけた口調でいう。
 
 寺に預けられて平三は四年になるが、母は平之進が平三に変わっているなど夢にも思っていない。ついそれを忘れてしまうほど、平三は寺での暮らしに浸りきっている。
「用件は何か、蓑助は知っておるのか」
「葉瑠お嬢様ご夫妻のことだそうで。それ以外は全く」
「姉上様の」
 葉瑠は四歳上の姉で、長姉と次姉は平三が生まれる前に亡くなっており、もう一人の姉真佐は二歳上である。
「姉上は確か、拙者が家を出る二年前に嫁いだはずだが」
 相手は御小姓組組頭水田高之丞で、長兄とも親しい。小姓組に属していたころ、兄とは組が同じで、しかも先輩だったという。
「六年になられますとか」
「翌年、最初の子が早世し、泣いておられた」
「ええ、男児出生に喜ばれたのも、つかの間でしたそうで」
「その後は」
 季節の変わり目に必ずくる母の手紙には、嫁いだ姉たちの様子は記されていたことはない。
「二人目に続いて三人目も早世なさったそうで」
 蓑助の声音が沈む。
離縁。とっさにその言葉が脳裏をかすめた。
母は胸の内をすべて打ち明けるのであろう。だが照円は、歩むべき方角を指して、命ずることはしない。立ちあがり、頭が働くように言葉をかけるだけだ。言われた者は、後から振り返って納得する。あの時の照円の一言がきっかけだったと。
「では、母上が参られる日は、千束の屋敷に出かけるとするか」
照円は、前もって日にちが判れば、空けておくと答えたらしい。
これから湯島へ行ってその旨を告げ、再び大導寺に寄り、母がこちらへ来る日時を伝えるといった。

 その二日後の朝、平三は留十郎と弥源太を誘い、中原街道を西へ向かった。千束の大池近くにある青山家の抱え屋敷に、蓑助が平三のために建ててくれた小屋がある。一年に一度見回りに来る家臣には、収穫小屋と説明しているが、今までのところは、それで通っているらしい。
 早朝に掃除をしておいてくれたのか、大気は凛としており、大きめの火鉢にかかった薬缶からは、程よい湯気が上がっている。
 留十郎が噂話の幾つかを持ってきた。源吉が、亡くなる前の角造からあずかっていたものである。
 小屋に落ち着くと、平三は早速それらを読み上げていく。
「旗本何某、駒場野御成に無断欠席する」
「何某では分からぬではないか」
 これでは意味をなさぬと弥源太が珍しく厳しい口調だ。
「駒場野なので、狩ではと見当はつくが、日時もないのでは、なあ」
「さすがの角造も、亡くなる直前は耳が衰えたのさ」
「次は」
 留十郎に促され、平三は上の一枚を取り上げる。
「旗本何某、女色の気あり」
「これは、お住職もお手上げだな」
 ある意味、こんなのは掃いて捨てるほどおる、と。
「しかし、衰えたとはいえ、角造も何か臭ったので、記したのではないだろうか」
「なるほど。しかし何某と女色だけでは探りようがない」
「手がかりになるような言葉が一言でもあれば、な」
「他は」と弥源太。
「何某、博弈(ばくえき)。うーむ、中間たちが長屋でこっそり開いておる博打だろうか」
「本人が賭場へ通っておるのもあるだろう」
「どちらもあり得る」
「これは、町奉行所の方から上がってくるかもしれぬ」
「あとは家事取り締まらず、というのがある」
「かじ、とは火の方か」
「違う」と留十郎。
「同族との間や家族中の騒動あるいは家計不良で領民への取り立てが苛酷となって起きる争いなどで、ご公儀から処罰されるときに用いられる」
「母の悩みがこれでないといいのだが」
「何か騒動でも」起きているのかと弥源太。
「水田家に嫁いだ姉が」
 平三は蓑助から聞いた内容を話す。
「大方は家族内で納まるのさ」
 あの母上様が動いておられるのなら心配いらぬと留十郎。
「それで、すべてか」
「あと一枚」
 取り上げた平三は首をかしげる。
「菜美と、あるが、最後の一字は塗りつぶしてある」
 平三は念のため、裏から障子の明かりに透かしてみる。留十郎も弥源太も顔を寄せてきた。
「への字だな」
「あの女将だけが、心残りだったのかもしれん」
「書こうとして止めた、そんなためらいを感じる」
「死の伝言か」と弥源太。
 一瞬だが、突き刺さるような沈黙が流れる。
「あの爺さんに逢って・・」
 弥源太が言いかけた時、小屋の引き戸が開いて、蓑助が現れた。
「お昼の握り飯です」
 盆には香の物のほか、湯呑みと急須も添えられている。
「瓶の水は今朝、換えておきましたので」
「わかった」返事をしながら平三は、薬缶の中を確かめる。
「少し足してはどうか」
熱すぎてもなあと留十郎。


 四「守り袋」

「何某では分からんと文句を言っておっても仕方ない」
 味噌を塗った焼き握り飯を一口食べた留十郎が、一枚の紙片を取り上げる。
「今回は駒場野の一件にするか」
「御成に無断欠席した旗本ですね」
「これなら日時も絞りやすい」弥源太も同意する。
「あの死の伝言ですが、源吉さんは何か言っていましたか」
「親父はまだ目を通しておらぬ」
角造から夕刻に預かり、ひとまず懐にしまったが、その夜に倒れ、いつもの発作とは様子が違うと、菜美が医者を呼びに甥を走らせた。客に迷惑をかけぬよう、それでいて迅速にと、菜美の動きは的確だったという。紛失を恐れた源吉は、小さな包みを腹巻の中にしまい直し、夜中に戻るなり留十郎に渡したのだった。
「懐では、担いだり背負ったりするうちに、いつ落とすとも限らぬものなあ」
「源吉さんはさすがだな」
「とにかく日時のことは、お住職にあたって頂こう」

 数日後、再び三人は庫裡に集まった。
「この季節、駒場野御成は追鳥の一度だけだったようで、名前は伏せるが、すでに処分を受けておる」
 留十郎が紙面を広げ、侍の口真似をして読み上げる。
「行跡宜しからず、慎まざるにつき、御小姓組番頭御免、知行之内二千石召しあげられ、閉門仰せつけられる」
「これが青山家なら、無高になる」と嘆息する平三。
「五千石の旗本だが、忠臣の用人が生存しておったときは、他出ごとに付き添っていたので物議をかもすことはなかったらしい」
「その忠臣が亡くなり、諫言する家臣がいなくなったわけだな」
「わがまま一杯になり、下城すると鳶職のような格好をするそうだ」
「吉原通いもしているのではないか」
「勿論。それだけではない。屋敷には常に芸者・太鼓持・芝居者が入り浸っていたらしい」
「将軍御成の行事に無断欠席では、さすがに同僚もかばいきれぬ」
 そうであろうと、弥源太が平三の顔を覗き込む。
「ところが、調べるうちに、新たなことが判明した」
 留十郎の声音が曇る。
「実はその日、病と称して欠席の者がいた」
「つまり、届け出ては、いたのだな」
「それが、その配下の御小姓組組頭の一人が」
「まさか義兄ではないであろうな」
「そのまさかだ。どうやら処罰を受けた御小姓組番頭に引きずられたらしい」
「引きずられるには、それなりの訳があったからだろうな」
 生まれてきた子供が三人とも早世し、姉はふさぎ込んでいるのではないか。所帯を持ったことのない平三でも、それくらいのことは容易に想像できる。義兄にしてみれば、憂さを晴らしたくなる日々だったに違いない。
「お住職からは何か聞いていないのか」と弥源太。
「何も」
「口が堅いのさ、お住職は」
「それで、当日だが、義兄は、芸人の入り浸る番頭の屋敷に、いたのであろうか」
 義兄の動きがはっきりしない平三は、確かめるように尋ねた。
「本当に病だったこともあり得るからな」
「実は、それまでも何度か欠勤があったようだ」
「つまり、引きずられていたというのは、駒場野追鳥御成の日だけではなかったということだな」
「そこで、あの角造の記したものだが」
 留十郎は一旦そこで言葉を切ると、視線を引き締め、頭を左右に振った。
「耳が衰えたなどと嗤ったが、繋がりがあったのさ」
「つながり・・」と、平三の問いに弥源太の声がかぶさる。
「読み上げた咎を二人はすべて犯しておったのだ」
「では、最後の、は」弥源太が言いにくそうな口調になる。
「女将目当てに『はな』通いを始めていたらしい」
「それを懸念していた。そういえば、お住職が話していたな」
事情を知らぬ客のなかには、好意を示す者も何人かいるらしい。 
「なかにはお武家さんも、と」
 気がつくと弥源太が俯いている。膝に置いた両手をしきりに動かしながら・・。
 弥源太自ら話し出すのを待っていた留十郎が、少し経って口を開いた。
「千束の屋敷で、何か言いかけたのではなかったか」
「そうだ。蓑助が現れて、それっきりになっていた」
「あの爺さんの目を見て感じたのだが」
低いが力のこもった語り口だ。
「前にも見たことのある眼差しなのだろう」
「いつだったか思い出してね」
元服のとき親代わりをしてくれた八代目が同じ眼をしていたな。
「それまで父親は十代目ではないかと思いこんでいたが」
「そう受け取れる、わけでも」
「元服に立ち会うと、胸の内を明かす恐れがあったからではないか。そう勝手に思い込んでいた」
「よくぞ、と感激のあまり、ふと漏らす。ありがちなことだ」
 それには応えず弥源太は続けた。
「ところが、年が明けてすぐ八代目が亡くなったと聞き、正直いってどちらか分からなくなっていた」
「角造の眼差しを受けて、考えが変わった」
 そういうことかと聞き入る留十郎。事情を知っているくせに、留十郎は役者だ。
 弥源太のことは留十郎に任せて、平三は筆を執った。


 御小姓組組頭水田高之丞よ、離縁するもよし、立て直すもよし。
が、行跡宜しからず、との咎だけは、受けるなよ。
                    風説堂流坊


“めおと”のことは二人にしか解らぬに違いない。だからといって、罪は罪。平三は願いを込めて、そう記した。             
 例によって平三は写しを二枚とった。一枚は控えとして、もう一枚は照円に渡す分である。
 それから間もなく、照円は寺社奉行松平信順を訪ねた。
「平三、まずは安堵せよ。お奉行様が、一度は機会を与えねばなるまいと、申された」
 墓前にも、その旨を伝えるよう、照円は源吉に託したという。

「いつまでも八代目に縛られているのもなあ」
 あの時、聞き入る留十郎に、弥源太は呟いたのだった。
「縛られるとは、弥源太、お前が、か」
「違う。母が、だ」
「母がって、気づいていたのか」
「爺さんの眼差しで、うすうす」
「それが確信に変じたのは」
平三が思わず横から口をはさんだ。
「銀釵についていたあの珊瑚だ」
 弥源太は懐深くしまっていた小ぶりの袋を取り出すと、紐を首から外した。
「出雲寺家が生母から預かっていた袋で、これからは弥源太が大切に保管しておくようにと、八代目から渡された」
「お守りか」
「お札のほかに、ほれ」
 弥源太は、自分の干支を象った小さな珊瑚を、万感を込めて見せたのだった。            
 
 了      



       




最終編集日時:2010年12月14日 13時38分

このブログへのチップ   101100pts.   [チップとは]

[このブログのチップを見る]
[チップをあげる]

このブログの評価
★★★★★

[このブログの評価を見る]
[この記事を評価する]

◆この記事へのコメント
コメントはありません。

◆コメントを書く

お名前:

URL:

メールアドレス:(このアドレスが直接知られることはありません)

コメント:


くる天
officematsunaga
速報情報は、オリジナル取材ネタも含めてtwitterで無料公開!
twitter

【オフイス・マツナガのブログ】

【CONTACT/連絡先】

カレンダー
<<2010年07月>>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
マーケット情報
by 株価チャート「ストチャ」


FX経済指標


会員制システム
会費は月額1000円で、すべての記事、すべての連載、バックナンバーを見ることができます。また、一般には入手困難な資料等をダウンロードできます。
 購読の規約に関しては、くる天 よくある質問を参考ください。


会費の支払い方・課金の仕方

1:くる天へ会員登録する。
2:ポイントを購入する。
3:記事を購入する 。
 という手順となります。
 初めての課金の申し込み方

返金システムに関して

なお、会費を支払い購読されて「これは課金に値しない」と判断された方には、すみやかに返金に応じます。詳細は、返金システムに関してを参考ください。

入稿後は加筆・修正しません

有料会員制度のサイトという性格と、くる天さんのシステムから、有料記事に関しては入稿後の修正、訂正はきかないようになっています。そのため誤字・脱字・錯誤が含まれる場合があります。誤字・脱字・錯誤等の修正に関しては、別途、指摘させていただく場合があります。誤字・脱字・錯誤  修正情報

皆様へのお願い

 申し込まれたアクセスコード、パスワードを他人に教えたり、譲渡する行為は犯罪行為です。すでに、第三者におしえてしまった!という方は、すみやかにパスワードの変更をお願いします。やむなき場合は、しかるべき対応をさせていただきます。
皆様へのお願い  
当サイト連載コラム
週刊日程表

本日のマーケット

今週の永田町

永田町レポート

本日のオフレコ情報

遠藤顧問の歴史だよ

時代小説発掘(無料公開)

カテゴリ
全て (3356)
2014衆議院選挙当落予想 (12)
無料公開記事 (7)
週間日程表 (154)
選挙 (26)
政治 (86)
経済 (6)
社会 (17)
永田町レポート (67)
今週の永田町 (326)
本日のオフレコ情報 (71)
本日の日経225 (29)
本日のマーケット (1654)
特オチ最前線 (75)
瘋癲老人のレイジーな日々 (25)
扱い注意 (38)
ネットでメシウマ!ウェブマーケティングの虚実 (32)
伊藤博一の事件の眼 (23)
鬼デスクの酔いどれ日記 (44)
アダルトサイト運営奮闘記 (3)
遠藤顧問の歴史だよ (30)
業界記者の覆面レポート (2)
真名のケーザイ探検 (27)
ホッピー・モツ焼・闇市の世界 (4)
ネットでビビるな!ネット音痴の業界人へ (14)
今週のマスコミがびびったネットネタ by 野次馬 (10)
アラカルター久里&占い軍団 (46)
コーヒーブレイク・エクササイズ編 (64)
コーヒーブレイク・ボイスエクササイズ編 (12)
医読同源 (1)
永田町奥の院を新人記者「僕」行く (12)
アンコール (2)
「永田町に棲んだ女たち」2 (13)
「永田町に棲んだ女たち」 (15)
ぼやき三毛猫 (49)
白川司郎訴訟関係 (4)
動画で go !!!! (7)
縄文だよ!!!! (4)
【時代小説発掘】 (204)
2009年 衆議院選挙  最新調査データ (26)
衆議院選挙 選挙区レポート (4)
島田が行く!報道現場の盲点 (2)
誤字・脱字・錯誤  修正情報 (6)
見落とすな!ネット情報・リンク先・保存先 (3)
「永田町に棲んだ女たち・特別番外編」 (8)
雑誌販売動向 (7)
最近の記事
12/06 12:26 江戸浅草物語14「月こそ心よ花こそ心よ」 (無料公開)
11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
オフイス・マツナガのサイト
[現役雑誌記者によるブログ日記!by オフイス・マツナガ]

[オフイス・マツナガ書籍部]

[今週のキーワードbyオフイス・マツナガ]

[オフイス・マツナガのブログWordPress版]

[週刊日程表(アクセス規制有)]

[調査分析報道・資料倉庫]

【公にされない公の資料を公開】

【その他 オフイス・マツナガweb管理人】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最近のコメント
風雲 念流剣 七 (無料公開)(鮨廾賚此丙郤圈)
宿志の剣 三 (無料公開)(会話スキル★吉野)
週刊・月間誌 販売動向13年3月6-7日(管理人:kitaoka)
週刊・月間誌 販売動向13年3月6-7日(珈琲好き)
■この国の最大の問題点は「スパイ防止法案」がない点。マスコミだけでなく、政党にも外国勢力が跋扈。(珈琲好き)
イチローストレッチが止まらない!(バーバリー 時計)
■あまりにあっけなく、野田民主党惨敗。あまりにあっけなく、安部自民党大勝利(takeshi.komi)
時代小説発掘 !!!!!告知!!!!!()
〈助太刀兵法21〉 尾道かんざし燈籠 (無料公開)(モンクレール ダウン)
薩摩いろは歌 雌伏編(十一)痛撃(無料公開)  (株式の初心者)
ブログ内検索

RSS
携帯からも見られます!
QRコード対応の携帯で、このコードを読み取ってください。

Copyright (c) 2006 KURUTEN All right reserved